Leaders Talk No.118 継続雇用の年齢上限を70歳に延長しジョブ型要素を取り入れた処遇制度を導入 株式会社九電工 人事労務部長 下村晋二さん しもむら・しんじ 1993(平成5)年に入社。九電工アカデミー(社員研修所)勤務などを経て、2018年東京本社総務部長、2021年人事労務部副部長、2024年より現職。  福岡県に本社を置く株式会社九電工は、九州・沖縄エリアの建設業において、37年連続で売上高1位を誇る。同社では、2025(令和7)年1月より、定年後継続雇用の年齢上限を65歳から70歳に引き上げるとともに、ジョブ型要素を取り入れた仕組みを導入し、継続雇用社員の処遇を引き上げました。そこで、人事労務部長の下村晋二さんに、制度改定の背景や新制度の概要について、お話をうかがいました。 将来を見すえて継続雇用制度を改定 シニア層が活躍できる環境を整備 ―貴社では、2025(令和7)年1月に定年後継続雇用制度を改定し、雇用の年齢上限を70歳に延長されました。その経緯やねらいについてお聞かせください。 下村 当社では、2002(平成14)年から、60歳定年後の継続雇用制度を導入しています。ただし、賃金については在職老齢年金や高年齢雇用継続基本給付金などを考慮したもので、定年前と比較すると低い処遇となっていました。制度導入以降、2回ほど賃金の見直しを行っていますが、技術職のなかには定年後、他社に引き抜かれて転職する人がいたり、各部門や支店によって制度の解釈が異なり統一性に欠けるといった課題も生じていました。  今回の制度改定の一つの契機は、2020年に高年齢者雇用安定法が改正され、70歳までの就業確保が努力義務となったことです。現在、当社には60歳以上の社員が、全社員の6〜7%にあたる約450人おり、10年後には約15%、1000人を超えると予測しています。新卒採用も厳しいなかで、人材を確保していくためには、シニア層が活躍できる環境を整備していく必要があると考え、今回の改定に至りました。いまの60 歳以上の人は、昔に比べてとても元気ですし、そうであればしっかりと働き、活躍してもらいたいという思いもありました。 ―新制度への改定にあたり、内部ではどんな議論があったのでしょうか。 下村 55歳以上の社員にアンケート調査を実施したところ、「60歳以降もフルタイムで勤務したい」という人が約8割、65歳以降でも約4割いました。特に人員が不足している施工管理に従事する技術職として雇用継続を希望する人も相当数いました。一方で、同業他社と比べて現在の報酬が低いという課題も見えてきました。  議論は、定年を延長するか、継続雇用制度を続けるか、というところからスタートしました。経営会議にも諮り、「一律に定年を延長するのではなく、継続雇用制度を改定したほうが、働く意欲を喚起できるのではないか」、また「若年層に配慮し、役職の世代交代の面でも有効」ということで、継続雇用制度の改定で対応することに決まりました。そして報酬制度を見直し、メリハリをつけたジョブ型に近い制度にすることにしたのです。 ―「ジョブ型に近い制度」というところも含め、新制度の概要について教えてください。 下村 従来の継続雇用制度の場合、65歳以降については、特例的に一部の技術職に限定して働いてもらっていましたが、新制度では希望する人は原則全員が70歳まで働くことができます。  また、60歳定年後の処遇制度については、定年前の役職や保有資格をポイント化し、その合計で報酬水準を決めていました。ただし、先ほどお話しした通り、部門や部署によっては報酬水準の特例運用が常態化するなど、運用面でばらつきがあり、担当する業務と報酬が紐づいていませんでした。  当社の事業は、九州電力から委託されている配電線工事、建物内の電灯・コンセントといった電気設備工事、エアコンや給排水衛生などの空調衛生の設備工事の三つの柱に加えて、最近では大型太陽光発電などの再生エネルギー事業も手がけています。また、社員は施工管理に従事する技術職が多くを占めているという実態があります。  この状況をふまえ、新たな処遇制度では、「施工管理」、「施工支援」、「技能現業」、「教育指導」、「業務」の五つの職務グループに分け、職務ごとに仕事の重要性や難易度によってランクを決定します。ランクごとに、どのような業務をになうのかといった役割と責任を明確にした「役割定義書」を作成し、ランクに基づいて定額の基本給が決まります。通常のジョブ型人事制度におけるジョブディスクリプション(職務記述書)のように、職務を細かく定義していないので完全なジョブ型ではありませんが、ジョブ型に近い制度設計です。そして、どのランクのどのような業務を担当するかについては、上長との面談を通じて人事労務部に申請します。すでに60歳以降で継続雇用の社員についても役割定義書に基づいて上長と面接し、担当業務の再定義を行いました。  職務グループごとにレベル1から3までの給与テーブルがあり、職務遂行難易度がもっとも低いレベル1の場合、賞与込みの標準報酬は以前に比べて2割程度高くなります。一方、レベル3になると以前の上限額の2倍近くの報酬になります。特に人員が不足している施工管理グループは、なるべく多くの人に従事してもらいたいということで、高い報酬設定にしています。  また、担当役員や社長の決裁により任用される特定A、特定Bという特定職を設け、さらに高い報酬水準を設定しています。役割ランクの見直しは1年ごとの契約更新の際に上長と話し合い、荷が重いということであれば下のランクの役割を担当してもらい、あるいは上長が上位のランクの役割をになってほしいと伝え、本人も意欲があればランクがアップすることもあります。 役割と責任を明確にした「役割定義書」を作成 ランクに基づいて基本給を定める ―本人の意欲と能力しだいで報酬アップも可能になりますね。人事評価制度はあるのでしょうか。 下村 もちろん評価制度もあります。ランク別の基本給はランクが変わらなければ昇給することはありません。人事評価には役割遂行度評価と行動評価の二つがあり、その二つの総合評価の結果を賞与に反映します。役割遂行度評価は年に1回、自分の役割と責任を果たしているかを評価しますが、じつは現役世代も期首に設定した目標の達成度を評価する仕組みなので、スムーズに受け入れてもらえると思います。  行動評価は半期に1回、年2回実施し、評価項目は「フォロワーシップ」、「チームワーク」、「指導・育成」、「健康管理」、「経営思考」、「プロ意識」の六つです。フォロワーシップでは、部署の方針にしたがい、上司やメンバーと協力しながら業務を遂行しているかを見ています。また、経験や実績を持つ人のなかには、ややもするとスタンドプレーに走りがちな人もいるので、自分勝手な行動は取らないという意味でチームワークを重視しています。指導・育成も後進にしっかりと技術・技能を伝承してほしいという思いがあります。 多様な勤務制度にも対応 元気で意欲的なシニアに高い期待 ―行動評価にシニアに対する期待があらわれていますね。また、雇用の年齢上限が70歳まで延びたことで健康管理も重要となります。会社として何か健康に配慮していることはありますか。 下村 経営会議で「健康経営○R(★)」の推進に力を入れていくことを決定し、経済産業省の「健康経営優良法人2025」の申請をしています。その一環としてシニアにかぎりませんが、健康診断の一定の項目の数値が高い人には、就業制限をかけるようにしました。例えば、最高血圧が180以上になると脳疾患や心臓疾患などのリスクが高まりますし、その場合は時間外労働や休日出勤、単独での運転や高所作業などを禁止します。いままでは健診結果がよくなければ、ひとまず二次健診を受けるようにと本人任せになっていました。会社の安全配慮義務も含めて、社員自身にも健康管理に対する意識を高めてもらい、治療に専念し、数値が改善すれば通常の仕事に復帰できるようにしています。 ―健康問題のほか、家族の介護など、加齢とともにさまざまな事情を抱えるシニアも増えてきます。その点での対応はいかがでしょうか。 下村 短日・短時間勤務制度を設けています。60歳定年後の継続雇用社員については要件は限定せず、個々の事情に応じて上長と話し合い、会社が承認すれば時給制の非常勤社員として働くこともできます。短時間勤務自体は従来から可能でしたが、時給は一律に決まっていました。新制度下では役割ランクに基づいて時給単価を計算するので、個々に支給額も異なります。 ―処遇の改善によって人件費も増えることになります。それだけシニア社員に対する期待も大きいということですね。 下村 経営トップも、「社員の処遇を向上させることが私のミッションの一つである」と、つねにおっしゃっています。その想いを具現化することが人事労務部の仕事です。継続雇用制度のスタート当初はシニアの力を経営戦略と結びつけて考えていなかった面もあります。いまは若手だけではなく、シニアも含めて人に対する投資を積極的に推進していこうとしています。いまのシニアは本当に元気ですし、意欲の高い人も多い。特に建設業にとっては、シニアは貴重な戦力ですし、しっかりと処遇し、元気に活躍していただきたいという思いが強くあります。今後も期待を込めたメッセージを発信し続けていきたいと考えています。 (インタビュー/溝上憲文 撮影/中岡泰博) ★「健康経営○R」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。