【P6】 特集 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 〜開催レポートU〜 11月28日開催「ミドルシニアのキャリア再構築〜リスキリングの重要性と企業の戦略」  JEEDでは、生涯現役社会の普及・啓発を目的とした「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」を毎年開催しています。2024(令和6)年度は、企業の人事担当者のみなさまにとって、特に関心の高いテーマごとに全3回開催し、学識経験者による講演や、先進的な取組みを行っている企業の事例発表・パネルディスカッションなどを行いました。  今号では、2024年11月28日に開催された「ミドルシニアのキャリア再構築〜リスキリングの重要性と企業の戦略」の模様をお届けします。 【P7-10】 2024年11月28日開催 基調講演 令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「ミドルシニアのキャリア再構築〜リスキリングの重要性と企業の戦略」 ミドルシニアのキャリアの現状の課題 株式会社日本総合研究所 創発戦略センター スペシャリスト 小島(こじま)明子(あきこ) ミドルシニアのキャリア意識の現状  本日、私からはミドルシニアのキャリアにおける現状と課題についてお話しします。  私自身は20年近く企業のESG※1の評価にたずさわってきました。そのなかでも、特に働き方に関する調査・研究に長く従事しており、ここ数年ではいわゆる中高年、ミドルシニアの働き方に関して、株式会社日本総合研究所を主体としてデータを実際に集めて、働く人たちの意識について、データを分析しながら調査・研究を行っています。  本日の講演は二つのテーマを用意しています。一つめは「ミドルシニアのキャリアの意識の現状」です。こちらは日本総合研究所が実施をしたアンケート調査を基にお話しします。  45歳以上の就労者比率が、年々増加しており、2023(令和5)年には約6割近くに上っています。1976(昭和51)年には約4割でしたが、いまでは働く方々の多くが45歳以上であり、さらにこの比率は今後も増えていくでしょう。労働力人口全体が減少していくなかで、いかにミドルシニアに働き手として活躍をしていただくかが、非常に重要になってきています。  では、日本社会におけるシニア雇用の現状を見てみると、65歳までの高年齢者雇用確保措置の実施状況として、約7割の企業が継続雇用制度を導入しています。  一方、70歳までの高年齢者就業確保措置の実施状況を見ると、65歳まで働くことができる企業と比べ、70歳まで働ける企業はまだまだ少ないといえます。ちなみに、70歳まで働ける企業の従業員の規模を見ると、301人以上の企業より、21〜300人、いわゆる中小企業の方が70歳まで働ける環境を整備しています。これは、中小企業のほうが人手不足が深刻なので、より長く働いてほしい意向が強いのではないかと推察をしています。  それでは働き手の意識はどうなっているのでしょうか。ミドルシニアの男性の労働価値観の特徴を見てみましょう。一つめは外的報酬欲求です。特徴としては、「出世、昇進のために働くことが重要だ」と考えている人が、就職活動時点※2では約3割ですが、現在は2割ほどに下がっています。  二つめの特徴は、内的報酬欲求です。「自分の能力、スキルを活かしたい」と考えている人は、就職活動時点で約6割です。就職後もその数字は大きく変わっていません。「年齢を経ると仕事に対する意欲が低くなる」といわれることもありますが、データを見ると、若いときとモチベーションは変わらず、「やりがいのある仕事をしたい」、「自分の能力を活かしたい」という思いを持っている人が非常に多いということがわかります。  次に、ハードワークに対する許容度合いです。これは「ワーク・ライフ・バランスへの志向」に読み替えるとわかりやすいかと思います。「やりたい仕事であれば、仕事以外の時間が削られても仕方がない」と思っている人は、就職活動時点では、「長時間労働にも耐えられる」、「将来に向けて、さまざまなことを学んでいきたい」といった志向の人だと思いますが、半数近くと比較的多くなっています。ただし、年齢とともに体力も落ちてくるので、現在もハードワークを許容している人は約3割と非常に少なくなっています。  ハードワークに対する許容度合いをふまえると、「年齢を経るとハードワークはしたくないが、やりがいのある仕事をしたいという人の比率は、変わらず高いままである」という状況が見えてきます。一般的に「年を取るとやる気がなくなる」といわれる方は多いですが、長時間労働やハードワークができなくなることから、誤解をされてしまうのではないかと感じています。  続いて、ミドルシニアの女性について見ていきましょう。「出世、昇進のために働くことが重要だ」と考えている人は、就職活動時点でも、アンケート回答時点でも1割程度と、非常に少ないという結果が出ています。ミドルシニアを調査対象にしているところもあり、男性に比べて、出世・昇進に対する意欲が非常に低いようです。  一方、内的報酬欲求は、特に「自分の能力やスキルを活かすために働くことが重要」だと考えている人が、4〜5割弱となっています。これは就職活動時点とアンケート回答時点とでも同様です。女性が男性と少し異なるのは、「自分の能力を活かしたい」と思う人が就職活動時点より増えている点です。年を取ると、よく「女性のほうが男性よりも元気になる」という話を聞くことがありますが、データにも示されていると感じています。  次にハードワークに対する許容度合いです。女性でも年齢を重ねるとハードワークをきついと感じるのか、就職活動時点と就職後を比べると、1割ほど減っています。ただし、男性では比較的、就職活動時点から仕事以外の時間が削られても仕方がないと思う方は一定割合いるのですが、女性は男性に比べると少ないのが特徴的です。 ミドルシニアの職業生活に対する満足度  続いて、現在の職業生活に対する満足度についてです。  特徴的なのは、「仕事を通じて自分は成長している」と感じているミドルシニア男性は約3割しかいないことです。先ほど、「ミドルシニアの男性は年齢を経ても働く意欲は高い」とお話ししましたが、自分の能力やスキルを活かしたいという人は多くいても、職業生活において満足感を感じている方は非常に少なく、いい換えれば、「活躍の場が少ない」ということなのではないかと感じています。  一方で、現在の私生活に満足しているミドルシニアの男性は4割ほどで、あまり高くはないといえます。特にミドルシニアの男性は、趣味、居場所、あるいは友人が少ないことも明らかになっています。今後残された人生のなかで、これからの職業生活をどう歩んでいくかは重要な課題ですが、私生活をどう生きていくかも、男性にとっては課題になっていくだろうと感じています。  女性の職業生活への満足度に目を向けると、特にミドルシニアの女性に関しては、「興味や好奇心がかき立てられている」と感じている方が約3割と低めです。先ほども、男性と同様にミドルシニアの女性は、仕事に対する意欲が非常に高いというお話をしましたが、おもしろいと感じて仕事をしている方は少ないといえるかもしれません。  一方、私生活への満足度を見るとおよそ半数が満足しており、男性よりは私生活が充実していると感じている方が多いといえます。ただ、職業生活に満足している方は約4割で、私生活に比べると多くはないということになります。 役職定年制度と働く意欲・キャリア意識の関係  さて、大企業の多くが役職定年制度を設けており、特にこの制度が多くの働くミドルシニアの意欲を下げているというデータがあります。役職を降りた経験のある方の約6割弱が、会社に尽くそうとする意欲が下がっていることが明らかになっています。これが特徴の一つめになります。  二つめの特徴として、役職が高い人ほど、役職を降りたあとのモチベーションが下がっています。どうしても役職の高い方ほど、そのギャップに悩む方が多いということを示しているかと思います。  三つめの特徴は、経営層、上司の相談相手、教育係、あるいはアドバイザーのような仕事に就いている人のほうが、社員の補助、応援といった仕事をしている人よりもモチベーションが下がりづらいという結果が出ています。これは、若手社員と同じ立場で仕事をするよりも、モチベーションが下がりづらいということを表しているのだと思います。ただし、今後、ミドルシニアが企業のなかで増えていくことを考えると、その多くをアドバイザーや教育係に配置することは、組織としては対応しづらいところですので、今後課題になっていくのではないかと思います。  キャリア自律度について見てみると、男性も女性も40代・50代は非常に低くなっています。年齢が高くなるにつれてキャリア自律度が低くなっており、ミドルシニアのキャリア自律をどう高めていくかが一つの課題であると思います。 ミドルシニアの活躍施策の現状  次に、二つめのテーマである「ミドルシニアの活躍施策の現状」について、これまでお話しした働き手のキャリア意識の現状をふまえて、お話ししていきたいと思います。  ミドルシニアの活躍に向けた施策の動向としては、年齢にかかわらずスキルアップ、リスキリングの機会の提供、そのほか長く働く人が増えていくことから、仕事内容、働きぶりに合わせた賃金体系の整備の必要、あるいは副業・兼業の解禁などが、ここ数年指摘されており、その機会を提供していくことが必要です。  そして、65歳、あるいは70歳まで、いかに長く働ける環境を整備していくかが重要だといわれています。また、高齢者を含めICTを活用したテレワークの推進も求められます。  続いて「リスキリング」についてお話しします。  従業員の自己啓発の実施状況はどうかというと、まず年齢が上がるにつれて、自己啓発をしている人はどんどん減っていきます。自己啓発をしている人の割合を見てみると、20〜29歳が4割、50〜59歳は3割弱、60歳以上は2割ほどです。自己啓発を実施した時間は、20・30代と比べるとややミドルシニアの方が少ないのですが、全体を見ても、平均延べ時間は40時間程度なので、そもそもあまり時間をかけていないことがわかります。  さらに、自己啓発の実施方法に目を向けてみると、圧倒的に多いのがeラーニングでの学習、次いでラジオ・テレビによる学習であり、個人で勉強をするインプット型が非常に多いといえます。  能力・スキル向上に向けた従業員と企業側の認識におけるギャップについて見てみると、従業員が今後、向上させたい能力・スキルとしては、ITを使いこなす能力、あるいは高度な専門的な知識・スキルが非常に多くなっています。  一方、企業側が重要と考える能力・スキルに目を向けると、じつはIT、あるいは高い専門性を重要だと考えている企業は少なく、チームワーク・周囲との協働力、あるいは職種に特有の実践的なスキルを重要だととらえていることがわかります。従業員が向上させたい能力・スキルと企業側の認識には、大きなギャップがあり、企業側が従業員の声にきちんと応えきれていないといえます。  続いて、企業側の副業・兼業の取組み状況を紹介します。  副業・兼業を解禁しているのは、従業員規模が1000〜5000人未満の企業では5割ほど、5000人以上では6.5割ほどとなっており、じつは大企業ではわりと多いことがわかります。特に自律的なキャリア形成支援に取り組む企業ほど、副業・兼業に積極的です。自己啓発は一人で学ぶのも重要だと思いますが、学んだ知識をどうアウトプットしていくかが今後は重要になり、そのアウトプットの場として副業・兼業が非常に重要な意味を持つと思います。  では、実際に従業員の副業・兼業に関する意識はどうなっているでしょうか。大企業ほど副業・兼業を認めているなかで、「手をあげるのは若い人が多い」という話をよく聞きます。それはデータでも明らかとなっており、40代・50代の副業・兼業の実施率は、ほかの年代に比べて少ないということがわかっています。  副業を行っていない理由としては、「自分の希望やスキルに合っておらず応募を控えてしまう」という人が多くなっています。ただし、特に最近では、副業・兼業の形が変わり、リモートワークで知見を提供するといったスタイルの仕事も出てきていますし、副業・兼業そのものが、多様化してきているので、企業側も多様な副業を認めていく、あるいは情報提供をしていくことが必要になると考えています。  また、従業員の方に、なぜ副業・兼業をしないのかとお話を聞くと、「自分が何に向いているかわからない」という声や、「中小企業のプロボノのような場に行っても、自分がそこまで高いスキルを持っていないのでむずかしいのではないか」という答えが返ってきます。よって、各個人のスキルをきちんと見える化をしていく、あるいはもう少し参加をしやすい副業・兼業の場を、企業の側も提供していかなくてならないと感じています。 まとめ  総括に入りたいと思います。ミドルシニアに対する学びの機会の提供について、ミドルシニアの人ほど学ぶ時間が少なく、学んでいる人も少ないので、その量を増やしていく必要があると思います。つまり、「量」が一つめのポイントです。  二つめは「質」です。いままでのスキルの向上に加えて、社会のニーズに合わせた学びの支援が必要だと思います。企業側、従業員側、それぞれのギャップがあるとお話をしましたが、質を向上させていくことが必要になると思います。  三つめは、ミドルシニアに対する、「社会の活躍機会を増やしていく」ことです。「中小企業にプロボノに行くには、自分のスキルは足りない」と考えている方であったとしても、社会にはさまざまな活躍の場があるので、選択肢を増やしてその機会を提供していくことが必要だろうと思います。 ※1 ESG……Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の略 ※2 アンケートを実施した時点で、就職活動時はどう思っていたかをふり返って回答 【P11-12】 2024年11月28日開催 事例発表@ 令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「ミドルシニアのキャリア再構築〜リスキリングの重要性と企業の戦略」 ミドルシニアのキャリア再構築 〜リスキリングの重要性と企業の戦略 アズビル株式会社 アズビル・アカデミー学長 荻野(おぎの)明子(あきこ) 能力開発方針のもと人材育成に注力 ベテランエンジニアが長く活躍  当社は、「人間の苦役からの解放」を目ざし、1906(明治39)年に創業者である山口(やまぐち)武彦(たけひこ)が、欧米の工作機械類を輸入・販売する会社として立ち上げました(当時の社名は山武(やまたけ)商会)。現在は、「人を中心としたオートメーション」をグループ理念に掲げ、間もなく創業から120年を迎える会社です。  計測と制御の技術を基盤としたオートメーション事業はアナログから出発していますが、大きな技術革新を迎えてデジタルへ移行し、最近では、DX、生成AIが浸透しつつあります。BtoBがメインで、建物市場ではビルディングオートメーション事業、工場やプラント市場でアドバンスオートメーション事業、ライフラインや健康など生活に密着した市場においてライフオートメーション事業を展開しています。全国にサービスの拠点を持ち、製品の開発から、製造、エンジニアリング、メンテナンス、保守までを一貫して行う体制が整っています。  当社のベテランエンジニアは、設備導入当初からお客さまに寄り添い信頼関係を構築し、長らく技術、サービスを提供しているメンバーが数多く在籍しています。  こういった背景もあり、ベテランが長く活躍し続ける会社という理由になっているのかもしれません。従業員(単体)5163人(2023〈令和5〉年時点)のうち、50代は2504人。60代以上を合わせると、約半数がベテラン社員という年齢構成になっています。  人材育成の面においては、2008(平成20)年に、社員に求める人材像や人材育成の基本理念といった、能力開発基本方針を制定しました。また、2012年には人事部から人材育成の機能を独立させ、アズビル・アカデミーという人材育成の専門機関を立ち上げました。アズビル・アカデミー誕生の2012年は経営体制の一新があり、その際に三つの基本方針を打ち出しました。その一つが「学習する企業体」です。  学習する企業体というのは、ただ研修が多い会社、たくさん勉強する企業という意味ではなく、自ら変革しなければならないという意識を持って、継続的に学び、実践をくり返すという体質を強化できる企業体を意味しています。 ミドルシニアが学び、体験する 人材育成専門機関の取組み  アズビル・アカデミーは学習する企業体を体現できる人材の育成をリードしていく役割をになっており、その取組みのなかから、おもにベテラン層が多く関係する制度や取組みの一部をご紹介します。  一つめは資格制度です。公的資格取得奨励制度は、現在、500を超える資格を登録しており、代表的なものとして、技術士、技能士、電気主任技術者、情報処理技術者のほか、各種IT関連の公的資格を対象としています。合格者には奨励一時金を支給しています。また、社内資格として「技術プロフェッショナル」や「安全マイスター」といった認定制度を設けており、資格試験に合格した方には一時金の支給に加え、その証として認定証とバッジを授与しています。認定された方は、その技術伝承のため後進を育成する役割をになうと規定に盛り込んでいます。  二つめは、メンタープログラムです。メンティーは新任のグループマネージャー、メンターには過去に役職を経験したベテラン社員を迎えて、伴走するプログラムになっています。ここでいうベテランとは定年後再雇用を迎えた60歳以上の方です。年に1回、メンター、メンティーともに手あげで参加者を募り、約半日のプログラムを合計3回、実施しています。通常、メンター制度といいますと、メンター、メンティーともに一対一で行うことが多いと思いますが、このメンタープログラムでは、メンター、メンティーともに複数名を一つのチームとして活動していきます。これが当社の特徴であり、メンター、メンティーのマッチング度合いを高めるための工夫の一つになっています。各チーム5人程度、そして5チームほどで開催します。開催時は、全員同じ場所に集まって話をすることになるので、同じチームのメンバーだけではなく、メンター同士、もしくはメンティー同士という横のつながりを広げる場としても活用しています。  社員一人ひとりの成長がアズビルグループの持続的成長の礎であることから、メンター、メンティーともに本取組みへの挑戦を通じて学び、成長するということをねらいに置いています。メンティーだけが何かを得るということではなく、メンターのみなさんにも学びや成長、そして参加してよかったと思えるような工夫を盛り込んでいます。  三つめは、社内プチインターン制度です。他部門の業務に興味、関心を持つ社員が自らの意思で、一定期間内、希望する業務の内容を体験できるという仕組みで、年1回、受入れ可能な部門を募っています。体験できる業務の内容、期間、頻度については、受入れ部門と手をあげた本人が、話合いのうえで内容を決定していきます。2024年度は最長6カ月という時間枠を設けて開催しました。私が所属するアズビル・アカデミーでも50代の方一名が、業務体験に来ています。 DX人材として活躍するため学びの場を提供  最後にご紹介するのはDX人材の育成です。当社が求めるDX人材のスキル定義から着手し、そのスキルセットを自身に実装していくために、どのような育成プログラムを提供するのがよいかを企画・検討し、いくつかのプログラムを実施しています。研修やセミナーなど、OFF-JTの場で得た知識を、OJTの場となるDXに関するプロジェクトへの参画や、日常業務内でのDXという取組みで発揮し、当社の製品やサービスのDXを実現していくというシナリオを描いています。  アズビル全社員がDX人材として活躍するということを目ざしているので、もちろん、ベテラン社員のみなさんも育成の対象に含まれています。 【P13-14】 2024年11月28日開催 事例発表A 令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「ミドルシニアのキャリア再構築〜リスキリングの重要性と企業の戦略」 50代は「今さら」ではなく「今から」 〜明治のキャリア自律支援の取り組み〜 株式会社明治 人財開発部DE&I推進G専任課長 戸井(とい)浩(ひろし) シニア領域における課題感について  本日は、「50代は『今さら』ではなく『今から』」というテーマで、株式会社明治のキャリア自律支援の取組みについてお話ししていきたいと思います。  当社は、2009(平成21)年に明治製菓株式会社と明治乳業株式会社の経営統合によって設立された持ち株会社の明治ホールディングスの完全子会社になります。食品セグメントの事業会社として、乳幼児から高齢者まで、粉ミルク、牛乳、乳製品、菓子、スポーツ栄養食品、流動食など、多岐にわたる商品をお届けしています。  さっそく、本題のシニア領域における課題感についてお話ししていきたいと思います。当社の年齢別人員構成を2021(令和3)年4月当時と2032年4月のシミュレーションと比較したところ、60歳以上が2021年は259人ですが、2032年では955人と3.7倍も増える見込みです。さらに、構成比を見ると2021年は3.9%で、2032年は16.6%と、4.3倍に増加することになります。  このような状況ですと、従来の再雇用者の仕事のままでは立ち行かなくなり、会社への影響度が格段に上がると、大きな課題感を抱きました。そこにトップからの一言があり、2021年10月に施策検討のタスクチームが発足され、特に「シニア領域については重要度・緊急度の高さに対して世間より遅れている」という認識のもとで検討をスタートしました。  課題は四つあり、まずシニア層のモチベーションの低下です。現在の再雇用制度では業務内容や成果、あるいは保有スキルに応じた報酬体系になっていないので、特に管理職の再雇用後の活躍の阻害要因になっているというところが特に大きな課題です。そのほか、働き方に関する意識の変化、生涯現役への支援、そしてスキル向上と再雇用制度の再構築、これらを課題としてとらえてきました。  課題の解決にあたっては、リスキリングを通じて新しいスキル、技術を身につけてもらい、社員一人ひとりが活き活きと働き、そして会社に還元して会社も活性化を図るというところを目的としました。  その目的を実現するための施策としては、キャリアデザイン研修、面談、リスキリング支援の三つが軸となっています。  タスクチーム発足時に、制度の改正も必要であろうということで、キャリア開発支援に合わせて制度の改正に向けた検討も進めていきました。キャリア開発支援に関しては2022年度秋から開始しており、制度改正は2025年度4月以降を予定しています。  キャリア開発支援は50代社員を対象とした研修・面談を行い、リスキリングなどの行動変容をうながしています。また、再雇用の年齢上限を、現行の満65歳の誕生日の属する月の月末から、2024年度より段階的に満70歳の誕生日の属する月の月末に延長することになっています。 3本立てのリスキリング支援  では、当社の3本立てとなっているリスキリング支援施策について紹介します。まず「PICKUP」という名の手あげ式研修です。2023度よりスタートし、全社員向けに実施しており、1年間で最大6講座の受講が可能です。再雇用者も受講することができます。  二つめは「自己啓発」です。自己啓発は自費を原則としますが、条件を満たせば半額を会社が援助します。そのなかには通信教育講座、eラーニング、動画サブスクリプションを準備しています。  最後が「DX関連講座」で、「P活動画」というパソコンにかかわる動画をつねに閲覧することができ、自由にそれを見ながら、基本的なパソコンのスキルなどを磨ける場を設けています。さらに2024年度から「50代じっくりエクセル講座」という、50代限定でエクセルの基礎的なことを学ぶ講座を実施しています。 50代キャリア研修・面談  続いて、50代キャリアデザイン研修についてご紹介します。管理職向けの研修と一般職向けの研修に分かれており、管理職向けの研修は1日3.5時間を3回、月1回とし3カ月連続で行います。対象者は50代の管理職です。2022年度から2025年度まで、年度ごとに年齢で対象者を区切って受講を進めています。また、一般社員は3.5時間×1回に設定し、管理職と同じ時期にキャリアコンサルタントの資格を持つ人財開発部長が講師となり研修を実施しています。  管理職向けの研修の内容に関しては、おもに成人発達理論と意識体系を大きな二つの軸に定め、グループワークでの対話を重視し、内省による自律思考することを目ざしていきます。  受講者へのアンケートからは、「自分一人で考えるだけではなく、他者からのフィードバックを受けられることで自信を持ち、他者の話で新しい発見ができた」といった意見が多くありました。  キャリアデザイン面談は、キャリア研修で明らかになったキャリア形成上の課題、強み、希望などの気づきの再確認や個別アドバイス、個別のアクションプランの作成支援などを目的としたものです。面談の一番のポイントは、傾聴し、受講生が自身で話して、自身で気づくこと。そして自分の考えを整理するというところに主眼を置いています。  50代キャリア自律施策の今後の展望ですが、手あげ式のPICKUP研修は50代、60代の申込みが増えましたが、さらに増加に向かうよう取り組んでいきます。自己啓発の受講については2024年度より会社補助要件を緩和しました。キャリア相談支援はもっと時間をとって相談したいという人もいます。2023年度時点で十数人だったので、さらに増えるように認知度を上げる働きかけを進めています。  現在実施中の研修は、いずれも一部改善を加え、安定した運用を図っております。  いままでお話しした取組みを通じて、社員個人と会社双方にとってWin-Winの実現を図り、50代は「今さら」ではなくて、「今から」ということを掲げて取り組んでいきたいと思います。 【P15-16】 2024年11月28日開催 事例発表B 令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「ミドルシニアのキャリア再構築〜リスキリングの重要性と企業の戦略」 ミドルシニアのキャリア再構築 〜リスキリングの重要性と企業の戦略 株式会社社会人材コミュニケーションズ 代表取締役CEO社長 宮島(みやじま)忠文(ただふみ) ミドルシニアのキャリア再構築の必要性  ミドルシニアのキャリア再構築、リスキリングの重要性と企業の戦略ということでお話をしていきたいと思います。  当社は、研修から実際の職業紹介のところまでスキームを組み立てて、どうすればミドルシニアが活躍できるのかを研究している会社です。ミドルシニアの研修として、個人向けの塾も開講していますが、企業からの相談、あるいは研修の内製化の相談が増えています。実際に転職に至るまで、どうしたらうまく活躍できるのか、どういうスキルが必要なのかを探索しています。  会社内のシニアをめぐる問題点は、簡単にいうと「積極性に欠ける」、あるいは「知識が古いが学ぼうとしない」といった仕事に対する姿勢・態度です。原因は、ポストオフや報酬の減少などで、いわゆる縦型のキャリアに対する行きづまりがあり、そこでモチベーションが落ちていくということになります。また、研修を受けるミドルシニア当事者とお話をするなかで感じているのは、「承認欲求が満たされていない」ということです。当事者からすれば会社に裏切られた気分だと話す方も、正直なところ多いです。  当社の塾に来ている比較的やる気があるミドルシニアのデータではありますが、会社からの期待感を感じているという人は約4割で、残りの6割はあまり感じていません。会社の施策や会社に対する満足度、エンゲージメントにも影響しています。「能力や経験を活かしきれていない」、「がんばりたいが機会がない」と考えている人がいます。つまりがんばるためのポジションがないということです。ポストオフになっていればなおさらです。  また、人事の声、真意は届いていないといえます。「キャリア」という概念がまず多義的で、「キャリア自律」といわれても、何のことやらわからないというのが本音です。「いきなり『キャリア自律』といわれても、いままでしたことがないので無理です」と考えます。ですから若いうちからのキャリア形成が重要になるのです。  会社の制度や施策に満足しているかについては、「満足している」という人は10%と少数派で、7割以上は満足していないという答えが出ています(株式会社社会人材コミュニケーションズ会員アンケートより)。  問題は、ミドルシニアに「その施策の目的やビジョンを理解しているか」と聞くと、ほとんどの人が理解できていない点です。特にキャリア研修を始めるやいなや、「この研修の目的は何ですか」と聞かれることがあります。企業の意図が明確に伝わっていないところがあるので、まずはしっかり伝えることから始めることが大事だと感じています。  これらはあくまで受ける側の意見です。当社は、企業内のアンケートではなくて個人に聞いていますので、本音だと感じています。実際には、企業はたいへんな努力をされているのですが、それが届いていない、ということが見えてきています。  では、ミドルシニアのキャリアをどのように再構築していくのか。まずは、ミドルシニアの“在り方”から考えていきましょう。背景としては、知的資本を有したボリュームゾーンですから活躍してもらわなければなりません。これは避けられない状況です。ただし、いままではそれがなかった世界だったわけで、ロールモデルもおらず、つまり彼らは“フロンティア”なのです。ですので、在り方は新しく定義しないと立ち行かないだろうと感じています。  しかも、それはいままでの働き方の延長線上にはありません。縦型キャリアではなく面に広がっていくことになるので、これまでの延長線上にはないのです。つまり、働き方の再定義が必要になります。まず、「企業の戦略的視点から存在価値の再定義(場の再定義)」をし、続いて「ミドルシニア本人の変革(主体の再定義)」が必要だと思います。これからは付加価値を生む主体になっていかなければいけません。本人の変革においても縦型の年功序列的なポストや報酬といった動機づけの意識を変えなくてはいけません。例えば、達人やアーティストが結果に貢献するような、成果物を動機づけに変更していくイメージです。また陳腐化されたスキルを強化する必要があり、ゆえにリスキリングが重要です。 シニアのキャリア再構築の実施方法  ミドルシニア本人の変革をうながしていくうえでは、加齢と慣行からくる行動上の問題点を修正する必要があります。例えば、後輩の指導をする際に、口ではいろいろいえるけど、実際にお手本を見せるようなことはしない・できないというようなこともあります。  しかし、経験からスキルのレベルは高く、知的資本はすばらしいとしかいいようがありません。よく「WILL、MUST、CAN」といいますが、“WILL”は会社にあります。それなのに会社からの期待感が感じられない点が重要だと思っています。  総論として、重要なのはメッセージの浸透です。そして、突然キャリア自律のすべてを任せないということです。そして“勝手に老けさせない”。世の中に目を向ければ、70代以上でも現役でバリバリ活躍している人たちがいます。そういう人たちと比べればまだまだ若いので、老けさせてはいけないと思っています。また、自己決定の場の提供と、変われる人から変えていくというのが必要です。  リスキリングについては、貢献領域と連動させなければいけないと感じています。「『リスキリング』という言葉がいままでの否定に聞こえる」という声も聞こえてきます。そうではなく、いままでの知見に価値があるということですから、何にしてもリスペクトが必要です。それがあればシニアから新施策を動かせる起爆剤にできると考えています。  なかには経験と勘に頼りがちな人もいますから、リスキリングはアップデートのためにも必要です。いままでの知見とかけ算したらどうなるかを考えれば、リスキリングは有効だと考えています。いずれにしてもリスキリングは目的が明確でなければいけないというところがポイントになります。 【P17-22】 2024年11月28日開催 パネルディスカッション 令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「ミドルシニアのキャリア再構築〜リスキリングの重要性と企業の戦略」 ミドルシニアのキャリア再構築 〜リスキリングの重要性と企業の戦略 コーディネーター 株式会社日本総合研究所 創発戦略センター スペシャリスト 小島明子氏 パネリスト アズビル株式会社 アズビル・アカデミー学長 荻野明子氏 株式会社明治 人財開発部DE&I推進G専任課長 戸井浩氏 株式会社社会人材コミュニケーションズ 代表取締役CEO社長 宮島 忠文氏 ミドルシニアのリスキリング施策に至る背景 小島 パネリストのみなさんからは、現在の取組みについて紹介していただきました。ここからは、ミドルシニアのリスキリング施策に至る背景についてお聞きしていきたいと思います。最初に、アズビル株式会社の荻野さんからお願いします。 荻野 当社で大きなリスキリングの起点となったのは、環境変化でした。大規模な人員の配置転換があり、異なる領域の事業、例えばビルの空調からプラントの制御へと大きく仕事の内容が変わる人がおり、これまでの知識や経験だけでは、日常の業務が立ち行かなくなったわけです。アズビル・アカデミーの最初の大きな仕事は、この配置転換となった方たちに対してのリスキリングだったと思います。 小島 ありがとうございます。では続いて、株式会社明治の戸井さん、お願いします。 戸井 先ほどお話ししたシミュレーションにおいて、60歳以上のゾーンが約4倍に増えるのであれば、そのゾーンが会社を支える社員としてどれだけ活躍してくれるかを考えた際に、危機感がありました。一方、ここ数年は従業員のキャリア自律を重要視しているので、こうした背景のもと、リスキリングの施策に取り組んでいます。 小島 ありがとうございます。株式会社社会人材コミュニケーションズの宮島さんは、実際に数多くの企業、あるいは塾生である個人の方と接しておられますが、双方の視点から見たリスキリング施策について、お考えをお聞かせください。 宮島 「リスキリングの必要性を感じないから実施しない」ということもあると思います。実際には65歳を超えると、さらに勉強の投資が増えるというデータもあります。人生は長いと気づき始めるのでしょう。ただ問題は、現役のときのリスキリングの必要性です。自分の役割を定義したら、それに対して学習が足りないはずなのです。知識が古いこともあり得ます。ですから、自身の能力を明確に理解する機会と、自身で役割を考える場を設けて、会社からも役割を明確にする。リスキリングの必要性を感じるところから取り組まないといけないと感じています。 小島 宮島さんのお話のなかでも、企業側の施策の重要性が従業員の側にあまり伝わっていないというご指摘がありました。それをきちんと伝えていくためにはどのような視点が必要でしょうか。 宮島 会社からのメッセージにバイアスをかけて、「何か裏があるのではないか」とメッセージを受けとめない人もいます。私が思う必要な視点は、制度との連動性です。リスキリングをして活用する場がある、つまり実用性があれば、客観的な事実に納得できます。制度との連動性がうまくつくれるかどうかが重要だと思います。 小島 ありがとうございます。裏がないように伝えていかなければいけないということですね。戸井さんはどういったメッセージを研修の場で伝えていますか。 戸井 昨年度から研修の体系をガラッと変え、手あげ式の研修がメインとなっています。これは、会社が謳い続けているキャリア自律が基になっております。われわれとしては、自ら学ぶための場を提供しており、一人ひとりがそれぞれ在りたい姿をしっかり設定できないと、受動的になってしまいますので、いかに能動的になるかの意識づけとして、30代、40代にもキャリアデザイン研修をしています。 小島 まず在りたい姿を明確化していくというところですね。荻野さんの会社ではどのように従業員に伝えているのでしょうか。 荻野 当社のなかでも社員のキャリア自律に関する施策の検討を始めています。経営理念や、中期・長期計画をみなさんにお伝えして、会社が目ざしていることを知ってもらう。そのうえで自分はどうなっていきたいのかを描いてもらうことを大切にしたいと考えています。 小島 中期・長期計画を自分の仕事に落としこんで紐づけできるようにメッセージを伝えているということですね。 ミドルシニア向けのキャリア形成支援策 小島 次にミドルシニア向けのキャリア形成支援策についてお聞きします。  まず、戸井さんにお聞きしたいのですが、キャリアデザイン研修について、こだわっているポイントや独自に工夫をされているところはありますか。 戸井 キャリア形成支援のスタートは研修となっています。成人発達理論や意識体系(「アイデンティティ=自己認識」、「価値観」、「能力」、「行動」、「環境認識」の意識を体系化)を軸に、自身の長所をあらためて確認しながら、在りたい姿を描いていただき、在りたい姿とのギャップに対して、何をしていくかを、段階を踏んで3カ月間3回に分けて考えていただきます。各回事前課題にも取り組んでいただき進めていきます。 小島 時間をとにかくかけて、ゆっくり腰をすえて考える機会を提供されているということですね。先ほど手あげ式の研修の話もありましたが、手をあげる方はわりと問題意識の強い方だと思います。そういった方を増やすためにどうされていますか。 戸井 そこはむずかしいところです。キャリア自律となると、どこまで手をかけてよいのかというところがあります。ですから成長の場を提供し、あとは自身でどれだけ先を見すえるか、そのきっかけづくりとして、30代・40代の社員を対象としたキャリアデザイン研修も行っています。 小島 たしかにキャリア自律といいながら、強制・名ざしで、研修に参加していただくのはむずかしいと思います。一方で、手をあげない方こそ、本当は出てほしいというところもあるので、主体的に参加する人をどのように増やすかという点が課題だといえます。荻野さんはいかがでしょうか。 荻野 これまでも、55歳を迎える社員を対象に「キャリアライフプランセミナー」を実施してきました。ここでは、これからの資産形成の情報提供、これまでの自身のキャリアの棚卸から、これからのキャリアを考える機会を提供しています。参加者からは「もっと前に実施してほしかった」といった意見も多く寄せられています。 小島 ライフプランセミナーは、今後ほかの世代に広げる予定はありますか。 荻野 30代、40代、50代の10年刻みで実施したいと考えています。例えば30代であれば、次の40代のセミナーの際、30代でどんなことを考えていたかをふり返ることができる、そんな仕組みにしていきたいですね。 小島 たしかにふり返りに使えるのはよいですね。例えばライフプランセミナーのようにお金のことを考える機会は非常に重要です。定年前に突然、資産運用をすすめるのは現実的ではないところもありますので、金融経済教育の支援は今後重要になってくると思っています。では、宮島さんに、企業が個人にキャリア自律をうながすために必要な視点についてお聞きしたいと思います。 宮島 視点としては二つあると思います。まず一つは、やる気のある人から動かすこと。リスキリングは新しい概念ですから、やる気のある人からということです。例えば同期の人たちはみんな横並びだと思っている人がいます。ところが同じと思っていた同期が、じつはこの先のキャリアに対するしっかりした考えを持っていて、準備もしているという状況を知ってもらうことです。やる気のある人から動かしてそれを見せていくというのは一つの普及経路です。  二つめは、会社からの期待感です。「がんばってくれよ」といわれて悪い気がする人はいません。役職を降りるのは仕方ないとしても、「君には次の役割がある、ぜひがんばってくれよ」といわれると、みなさん喜んで取り組めると思います。 小島 まずは、やる気のある方を中心に動きをつくり、褒めて育てる、ということですね。 宮島 そうですね、何歳になっても褒められたいものですし、特に出世をやりがいにしてきた人たちにとって、それが先になくなると、その時点でモチベーションが落ちてしまいます。自身で目的・目標を探すことは重要ですが、できるだけ具体的な役割を任せるなど、ある程度は企業に示してもらいたいと感じています。 小島 なるほど。じつはもっと役に立つことができるということを、会社側が示しつつ、その方をしっかり認めていくということですね。 宮島 まさにそうですね、他者承認が必要です。 デジタルスキル向上に向けた施策 小島 続いて、キャリア形成支援策のなかでも、デジタルスキルの向上についての話をお聞きしていきたいと思います。戸井さんが先ほどの発表で紹介された「50代じっくりエクセル講座」がとても興味深かったのですが、50代からシニアの方ほど、デジタルスキルを向上させたくても、参加しづらいのではないでしょうか。参加しやすくなる工夫などはありますか。 戸井 ひとことで「デジタルスキル」といっても、さまざまな職種の方がいて、どんな業務であるかによっても取得したいスキルは異なります。ここが一番むずかしいところで、デジタル部門に相談をしながら、一般的に使われているエクセルに絞って、よく使いそうな例題を出し、基本的な操作を教えています。  2023年度に2回行ったところ、募集人数を超える応募があったので、2024年度は人数制限せず開催しました。オンライン研修なので自分の進み具合が遅くとも恥をかくことはないですし、そういった意味でも敷居が低く、参加しやすかったのかもしれません。また、動画を後から何回も見ながらしっかり習得してもらえればと期待しています。 小島 “じっくり”という言葉が研修の名前になっていますが、本当にじっくり教えているのですか。 戸井 教える側も受講者と同じ年代なので、ペースについていけない人は遠慮なく申し出てもらって、じっくりと、ゆっくりな人のペースに合わせて行っています。 小島 同年代の方のみが参加可能な講座というのは、50代の社員にとっても参加しやすいですね。荻野さんにお聞きしたいのですが、アズビルでは社員全員がDX人材として活躍できるように取り組まれています。特にミドルシニア従業員向けの取組みはありますか。 荻野 あえて50代という年齢枠を設けて「DXナレッジセミナー」を企画しました。「DXを若者に任せておかず、50代でもやるぞ!」と気概がある方を手あげ制で募集しました。セミナーでは「DXとは何か」から学び、学んだことを自分なりに解釈してアウトプットします。自社のDXを自身で考え、成果物として最終発表の形まで整え、当社にあるテクノカンファレンスという場を使って発表、資料公開を行いました。  セミナー終了後のアンケートでは、「50代で体系立てて新しいことを学ぶことが新鮮でした。自分なりの大きな発見もありました」、「これまでの人脈を有効に使って、自分なりのDXができそうな気がしてきました」とベテランならではの声が届きました。  2024年度は年齢枠を40代にも広げて、同じセミナーを実施しています。  興味を持って参加したミドルシニアが、DXについて学びアウトプットすることで、インフルエンサーとなって、メンバーが集まってきていると思うので、徐々に広がっていくとよいと考えています。 小島 先ほど宮島さんが話していた、やる気のある人から広げていくような、受講者がインフルエンサーになって活動をより浸透させていくという、よい事例ですね。 リスキリング施策を通じた企業価値の向上 小島 リスキリング施策を通じた企業価値の向上という視点でとらえた場合、アズビルではどんな取組みをされているのでしょうか。 荻野 「社内プチインターン」という仕組みを取り入れています。自職場以外の業務体験ができ、年齢、部門を超えて、情報と人の交流を生み出すことができる施策です。  「学び」という切り口で得た新たな体験は、個人の気づきから行動変容につながります。また、人の交流から新たなアイデアが生まれます。こうして変革の種が蒔かれて、その継続によって芽吹き、結果お客さまへの新たな価値提供につながっていくと考えています。 小島 まさにリスキリング施策を通じて、本人の人材育成にもつながり、組織の新陳代謝、活性化にもつながっているのですね。宮島さんは、この点についてどうお考えですか。 宮島 ミドルシニアはまさに知的資本を持っているので、いままでのスキルにかけ算でリスキリングをすれば、きわめて有効に価値を生めるだろうと思います。ミドルシニアはやはり業務知識が豊富ですし、ワークフローの改善にもかなりの知見を持ち、現場の知識が強いので、あとはDXの材料があれば、むしろ活躍できると感じています。  戦略的にどう企業価値を上げていくかでいえば、ミドルシニアのイメージがあまりよくないので、新卒者がロールモデルとしてイメージできるようなかっこいいミドルシニアをつくるというところは、当然採用にも活用できるのではないかと考えます。  また、ミドルシニアのなかには、利益になりそうな情報を持っているのに発表の機会がないと感じている人もいるようです。なかには、効果の期待できるよい提案ができる人がいると思うので、ボトムアップ型にすることで、経営陣にも相当有効な策を出せると思います。 小島 ちなみに、宮島さんが考えるかっこいいミドルシニア像はありますか。 宮島 いわゆる「マニア」ですね。事業をどんどん開発していく方とか、卒業して何か会社をつくっているOBを取り込むことなども一つの方法だと思います。エンジニアリングの会社に多く、そういった人がいる会社は若手も活き活きしています。 小島 いくつになっても、夢中になる何かを仕事で実現している感じでしょうか。 宮島 そうですね。まさに夢を追っている、終わり感がないというところですね。 小島 なるほど。ミドルシニアのリスキリング施策について今後の課題はいかがでしょうか。 宮島 「リスキリング」という言葉が、なんとなく否定的に聞こえます。もっとアップスキルの要素をうまく伝えられるとよいですね。正直なところ、ミドルシニアがゼロから学び始めて、格段に優位性が出るとは思っていません。リスキリングはいままでの知見に上乗せていく、かけ算のところだと感じています。 小島 いままでの自分が持っているスキル、強みを把握するには、どうすればよいでしょうか。 宮島 極端なことをいってしまうと、修羅場を経験することでしょうか。副業も有効だと思います。社内の阿吽の呼吸もなく、異文化を経験するところで、自分は何の役に立つのだろうと感じることが、有効だと思います。 小島 本日みなさんからいろんなご意見をいただきました。最後に、今日感じたことについてコメントをいただけますか。 荻野 「社会人になると学ばない」といわれることもありますが、上司が期待を伝え、社員自らが目標を持ち、達成に向けて学び成長する。上司、会社はそれを支援していくことが重要だと思います。本日はさまざまなヒントをいただきましたので、ミドルシニアならではの学びの機会、学び方も模索しながら、学習する企業体として、魅力あるリスキリングの施策を打ち出していきたいと思いました。 戸井 ミドルシニアがこれから活躍するうえで、われわれとしても活躍の場を創出していくことも必要であると感じております。一方でミドルシニアには、いま一度、本当に自分の在りたい姿をイメージしていただき、われわれもそれができるよう引き続きうながしていければと思っています。 宮島 ミドルシニアは人口のボリュームゾーンですので、リスキリングは喫緊の課題だと思います。ミドルシニアは自身が持っている知的資本が失われていくことに危機感を持っているので、その活用という視点も重要です。また、その年代の方たちに対してのリスペクトがもう少し伝わるとよいと感じています。 小島 みなさん、ありがとうございました。ミドルシニアに対してリスキリング施策を推進していくうえで、荻野さんからは会社内での事業の転換があり、戸井さんからは組織内においてミドルシニアが増加することへの危機感といった背景があるといったお話をおうかがいしました。それらを共通認識として明確にしたうえで、会社としての方向性をミドルシニア社員に理解してもらい、取組みを推進していることを感じました。  一方で、宮島さんのお話では、当事者であるミドルシニアにしっかり伝わっていないという話もありました。しっかりと会社からのメッセージを届けていくことが、前提として重要だと思っています。  本日、パネリストのみなさんからは、独自性がある非常にユニークな取組みを紹介していただき、私自身もとても勉強になりました。「リスキリング」と聞くと、これまでつちかってきた知識や経験を否定されたように感じている方もいると思います。ですので、いままでの知識や経験を活かす・引き継ぐという視点も重要にしながら、リスキリング施策を進めていく必要があると感じました。  本日、お話のあった貴重な意見を一つでも、二つでも持ち帰っていただいて、何か活用いただけるものがあれば誠に幸いです。本日はありがとうございました。 写真のキャプション 株式会社日本総合研究所 創発戦略センター スペシャリスト 小島明子氏 アズビル株式会社 アズビル・アカデミー学長 荻野明子氏 株式会社明治 人財開発部DE&I推進G専任課長 戸井浩氏 株式会社社会人材コミュニケーションズ代表取締役CEO社長 宮島忠文氏