知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第81回 期待値の高い中途採用者の解雇、高齢者の労災リスク 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 中途採用した人材を、試用期間の終了に合わせて雇用契約を終了してもよいのでしょうか  即戦力として期待して中途採用した社員がいるのですが、期待とは裏腹に活躍が見込めないような状況にあります。試用期間中であることから、試用期間満了時に契約を終了させたいのですが問題ないでしょうか。 A  即戦力として採用した際の説明内容や採用後の処遇によっては、試用期間満了による終了が認められる余地はあります。しかしながら、改善の機会を与えていたことや即戦力として期待されていたことの立証は求められます。 1 解雇規制について  労働契約法第16条は、解雇に関して、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定められています。  @客観的に合理性な理由およびA社会通念上の相当性を欠く場合に解雇を無効とされることになりますが、試用期間の満了も解雇の一種ですので、これらの要件を充足する必要があります。  まず、@客観的に合理的な理由については、解雇の理由が、単なる主観ではなく客観的に裏づけられていることが求められています。近年では、この要件について、解雇事由が将来にわたって継続するものと予測されること(将来予測の原則)および最終的な手段として行使されること(最終手段の原則)の二つの要素を考慮して判断すべきであるという考え方もあります。したがって、試用期間満了による場合であっても、改善の機会を与えることや好転の見込みの有無を判断しなければなりません。  次に、Aの社会通念上の相当性については、本人の反省状況、これまでの勤務態度、違反などの反復継続性、ほかの労働者との均衡、使用者側の対応の不備の有無などに照らして判断すべきとされています。 2 即戦力採用について  即戦力として中途採用したという点が未経験で採用した状況とは異なっています。即戦力として期待された人材については、将来予測の原則から求められる改善の機会などについて、新卒採用と比較すると、その必要性が後退すると考えられています。  しかしながら、労働市場が活性化して、転職も珍しくないような状況ですので、将来予測の原則の後退を認めるほどの事情があるのかという観点から、単に職歴がある中途採用による転職と、即戦力として期待された人材は区別される必要があります。  例えば、会社が英語のビジネス利用に関する経験があり即戦力となる人材として募集し、英語力に秀でた人材で、かつ、期待される能力を過去の職歴においても明記していたことから中途採用したような場合には、今後の改善の機会の確保をする必要性が減退すると考えられます。過去の裁判例では、類似の事案において、期待される職務に関する経験が必要であることを明示して募集し、中途採用された労働者本人も会社に期待されていた能力などを理解していた事例においては、雇用時に予定された能力をまったく有さず、これを改善しようともしない場合は、解雇せざるを得ないと判断された例があります(東京地裁平成14年10月22日判決、ヒロセ電機事件)。  他方で、中途採用時の年俸が高額かつ役職を与えられた状態であった場合であっても、募集時に「経験不問」との記載があり、一定期間稼働して求められる能力や適格性を平均的に達することが求められているに留まるものと判断された例もあります(東京地裁平成12年4月26日判決、プラウドフットジャパン事件・第一審)。  したがって、即戦力として期待されるような人材と認定されるには、募集時に期待される能力を明確にしておくことは必要であり、求人票以外の採用前の説明内容など採用に至った経緯も重要です。  即戦力としての採用について、期待する能力や必要な素質について、どの程度具体的に伝えられていたかによって、改善の機会を与えるべき期間や頻度が左右されることになりますので、採用時の状況や採用に至った経緯を整理する必要があります。 3 改善の機会の与え方や期間について  「改善の見込みがないこと」が解雇を実施するにあたって重要であることは間違いありませんが、その判断は非常に困難です。担当している業務の内容や任されている地位などにも左右されますし、会社の状況によってあくまでもケースバイケースで判断されてしまうため、一定の基準を示すことはむずかしいものです。  とはいえ、何らの指標もないままでは、実務的にどのように判断すればよいのか具体的に検討することすらできませんので、過去の裁判例を参考にしてみましょう。  即戦力と期待された人材ではない中途採用の事例ですが、能力不足や勤務態度不良を理由とした普通解雇が有効とされた事例として、東京地裁平成26年3月14日判決(富士ゼロックス事件・第一審)があります。  中途採用で採用された労働者が、無断で3回の半休を取得したこと、机での居眠り、無断残業、通勤費用の修正、週報の提出遅れ、社用の自転車の私的利用、私用のインターネット閲覧を逐一注意され、これ以上の違反が生じた場合に重大な判断がありうる旨記載した警告書を交付され、それに対して署名押印をした後、会社の命令でほかの支店に異動してさらに改善を求められたが、異動後も遅刻し、ビジネスマナーが守られず、メモを取らないうえ、ミスを多発していたので、再度研修を実施しましたが、改善できず、再度の警告書を交付しました。  違反事由が多岐にわたるうえ、改善の具体的な見通しがつかないことから、会社は、指示事項を文書化し、その後、当該文書に違反した場合に逐一注意し、複数の指示事項違反が生じた後に、原因と対策を検討するようにレポート作成を命じて提出させていました。結局、レポートの内容は根本的な問題点に関する考察に不足があるものでしたが、対象者からは「これ以上は教えてもらわなければわからない」などと話がされ、具体的な訂正指示をしましたが、簡潔なレポートが提出されるに留まったため、最終的に解雇に至りました。なお、入社から解雇に至るまでは、約1年間が経過していました。  ポイントをまとめると、@違反事由に該当する行為が記録化され、注意した旨が残されていたこと、A支店へ異動させて環境を変えて改善の機会を再度与えていること、B警告書や指示事項を文書化するなどの方法で、改善点の特定および明確化を複数回図っていること、C労働者の自己認識を把握するためにレポートを作成させていること、などがあげられます。通常の中途採用であれば、この程度の要素が集約されなければ解雇に至らないということになりますが、即戦力として期待された人材の場合には、Aの改善の機会を複数回与えるという点は必要性が低く、BおよびCの改善点の把握についても自己分析させることで足りるものと思われます。試用期間という短期間をもって解雇することはむずかしいことが多いのですが、試用期間を延長したうえで、延長時に十分な警告を行っておくことで、業務の改善または労働契約の終了に向けた準備が整うことも多いのではないかと思われます。 Q2 高齢労働者が増えてきているので、高齢労働者の労働災害防止対策について知りたい  世代別の労働力人口においても高齢化が進んでおり、自社内でも高齢の労働者が増えているのですが、事故などの防止対策についてこれまでと変えていく必要はあるのでしょうか。 A  65歳以上の高齢者の割合は過去最高の状況となっており、働く高齢者の数も過去最高を更新しています。他方で、仕事中の事故で死亡や4日以上休むけがをした60歳以上の労働者数も過去最多となっており、高齢者向けの安全配慮義務を整備しておく必要性が高まっています。 1 高齢者の勤務と事故の発生状況  2024(令和6)年9月時点において、総務省がまとめた人口推計は、65歳以上の高齢者が3625万人で過去最多となり、総人口に占める高齢者の割合も29.3%に及び過去最高です。また、2023年の労働力調査においては、60歳以上の高齢者の数が914万人と過去最高を更新していたこともふまえると、高齢者全体の増加とともに、労働を継続している高齢者も増加傾向にあるといえるでしょう。  他方で、厚生労働省が公表した、仕事中の事故で死亡や4日以上休むけがをした60歳以上の労働者は、3万9702人となっており、非常に多くの労災事故が生じています。労災事故に占める高齢者の割合も29.3%となっています※。  60歳以上の労働者が増えているとしても、全労働力人口に占める割合は18.7%※であることから、高齢者が労災事故に遭うリスクが高いということはこれらの調査などからも読み取ることができると思われます。30代の労働者と比較すると男性は約2倍、女性は約4倍の労働災害発生率となっており、休業見込み期間も年齢が上がるとともに長期化する傾向があるとも指摘されています。  したがって、高齢の労働者が増加傾向にあるうえ、事故の発生率も高く、事故が発生したときのけがの程度も大きくなるということをふまえて、職場の安全配慮義務に対する見直しなどに取り組む必要があると考えられます。 2 エイジフレンドリーガイドライン  厚生労働省は、令和2年3月16日付で「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」(通称「エイジフレンドリーガイドライン」)を策定しています。  エイジフレンドリーガイドラインが策定された当時も、高齢者雇用の増加と事故発生率の高さ、けがなどの長期化の傾向は、昨年の調査などと比較しても大きな相違はありません。つまりは、エイジフレンドリーガイドラインが定められたものの、これを意識した安全配慮義務や具体的な対策が広がっておらず、高齢者が安心かつ健康に働ける職場づくりが実現できていない環境が残っていることを意味しているように思われます。  エイジフレンドリーガイドラインを策定するのみならず、中小企業事業者向けにエイジフレンドリー補助金も用意されており、高齢者の事故対策に要する費用を補助する制度もあります。こちらは、令和6年度は、予算が不足するほどの状況になり、申請の締切が早まるといった状況になっており、関心が強まってきていることはたしかなように思われます。  あらためて、高齢者向けに安全な職場づくりに目を向けて取り組む必要性が高まっていることを認識していただければと思います。 3 具体的な留意事項  高齢者の労災事故のうち、特に注意が必要と考えられているのは、「墜落・転倒」、「動作の反動・無理な動作」などです。これらの類型では、高齢化するにつれて、労働災害発生率が高くなる傾向にあるうえ、特に転倒による骨折などの発生率は顕著に上昇します。  単純な対策のように思われるかもしれませんが、まずは、転ばない職場、段差のない職場、明るい職場を目ざすということは重要な要素になります。床に置かれているものを整理整頓すること、つまずきの原因になるような場所には目立つような色を付けること、注意をうながすマークなどを記すことなどが考えられるところです。昨年度のエイジフレンドリー補助金にも「転倒・墜落災害防止対策」が対象にされており、つまずき防止対策、滑り防止対策、階段への手すりの設置などが補助対象となる防止対策としてあげられていたところです。  転倒防止については、転ばない職場づくりはもちろんですが、じつは何もないところで転倒するという例も少なくありません。そうなると、どんな対策をしても無駄なのかというとそういうわけではなく、転倒やけがをしにくい身体づくりの運動プログラムの導入などが推奨されています。このことは、腰痛を引き起こすといわれる「動作の反動・無理な動作」に対する対処にもなります。昨年度のエイジフレンドリー補助金においても、「転倒防止や腰痛防止のためのスポーツ・運動指導コース」が用意されているように、運動プログラムを導入することはけがの防止や予防に役立つと考えられています。  高齢者のための職場づくりは将来にわたって安心・安全に働ける職場づくりにつながり、定着率の上昇にも寄与するものと思われますので、一度、高齢者の労災事故防止に目を向けた取組みを行ってみてはいかがでしょうか。 ※ 厚生労働省「令和5年 高年齢労働者の労働災害発生状況」https://www.mhlw.go.jp/content/11302000/001099505.pdf