いまさら聞けない 人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第55回 「リストラクチャリング」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、リストラクチャリングについて取り上げます。 広義と狭義の意味がある  リストラクチャリングよりも、“リストラ”という略称の方がすっかり定着していますが、リストラというと多くの人がまずイメージするのが人員削減や解雇といった意味だと思います。こちらの意味でも間違ってはいませんが、じつはこれだけでは狭い部分をさしています。  リストラクチャリングは、もともと英語で再構築を意味するRestructuringからきた用語です。定義としては経済財政白書にある平成11(1999)年度年次経済報告のなかで「リストラの背景と実態」に記載されている内容がわかりやすく、「企業が、資本、労働、技術など各種の生産要素の組合せや業務内容を見直して、再編成することを意味している。すなわち、諸資源のより効率的な組合せを作り生産性を上昇させていくという行為を指すものである。この意味では、必ずしも業務規模の縮小や撤退、あるいは雇用削減を意味するものではない。」としています。ここでみられるように、本来のリストラクチャリングには、不採算や収益性が高くない事業から、資源(ヒト・モノ・カネ・情報等)を成長分野にシフトしていくという広義の意味が含まれています。人員の削減はこれを行ううえでの人員数の適正化にともなうもので、一つの手段という狭義の意味になります。  この用語がいつから使われ始めたかは明確ではないのですが、1980年代には多くのアメリカ企業がリストラクチャリングに取り組んでおり、そのころ日本でも用語としては流入していたようです。1990年代になると、いわゆるバブル経済の崩壊による急速な企業業績の悪化への対応策として、本来の目ざすべき生産性の向上や成長分野へのシフトよりも、会社規模の縮小と人員数の適正化を行う企業が多かったことから、リストラ=人員削減のイメージが一気に広まっていきました。 広義のリストラクチャリングが増えてきた  バブル経済以降も、2008年前後のリーマンショックや2020(令和2)年あたりからの新型コロナウイルス感染症の流行など、国内景気が悪化すると、その喫緊の対応策として狭義のリストラ(人員削減)という選択肢を取る企業はまだ多くあります。このことは、東京商工リサーチが集計している上場企業の早期・希望退職募集数※1の2009年から2024年までの年度別推移をみても、実施した企業数が最も多かったのが2009年、次に多かったのが2020年という状況からもみて取れます。  しかし、インバウンド(訪日外国人観光客)需要等により国内景気が堅調とされる2024年も2020年・2021年に次ぐ早期・希望退職の募集規模で、募集人員数も1万人を超える集計になっています。個別の企業をみると、たしかに業績悪化への対応が理由と思われる会社もありますが、これまでとは異なる傾向もみえてきます。そのうちの一つが募集企業のうち最終利益が黒字の企業が約6割あるという点です。これらの会社にみられる実施理由が、事業内容の見直しです。もう一つが、年齢制限を設けずに募集をする企業が増えてきたという点です。従来は、人件費負担を軽くするために比較的賃金水準の高い中高年層を対象としてきましたが、募集の目的が事業の見直しであれば、年齢や賃金水準の高低よりも事業を遂行できるスキルを有した人材の確保が課題となるため年齢制限は大きな意味をなさなくなります。  これらのことから、近年は事業の再編成という広義のリストラクチャリングが広まってきているといえます。その理由として大きいのは、これまでのビジネスモデルを見直さざるを得ないという点です。製造業の場合は、グローバル競争の激化にともない、日本企業の収益構造では勝てない製造品目や拠点から撤退し収益性の高い部分への集中を進める、小売業の場合には店舗数の拡大により収益を生み出すという手法が人件費や物価等の高騰、人手不足により成り立たなくなったため、旗艦店への店舗の集中やインターネット販売の強化を進めるといった事例があげられます。 事業の再編成は社会の課題でもある  リストラクチャリングという用語を直接は使っていないものの、政府の資料でも事業の再編成については、たびたび言及されています。例えば、2021年6月18日に閣議決定された「成長戦略実行計画」では、製造コストの何倍の価格で販売できているかを示すマークアップ率※2が日本は1.3倍にとどまりG7諸国のなかで最も低く(最も高いのはイタリア2.5倍、次に高いのは米国1.8倍)、新製品や新サービスを投入した製造業の割合は9.9%と先進国のなかでも最も低い(最も高いのはドイツで18.8%、イタリアは17.8%)ことに対して、日本企業が付加価値の高い新製品や新サービスを生み出し、高い売価を確保できる付加価値を創造することで労働生産性の向上を図る必要があると問題提起しています。  また、2024年6月21日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2024」では、社会課題の解決と持続的な経済成長の実現に向け、官民が連携してグリーン、デジタル、科学技術・イノベーション、フロンティアの開拓、経済・エネルギー安全保障等の分野において、長期的視点に立ち、戦略的な投資を速やかに実行し、人材や資本等の資源を成長分野に集中投入していく旨が述べられています。「雇用政策の方向性、雇用維持から成長分野への労働移動の円滑化へとシフトしていく」とのふみ込んだ記載もあり、事業の再編成は個々の企業だけでなく、社会全体で推進していく課題として政府もとらえていることがうかがえます。  ただし、事業の再編成にともなう労働者の生活やキャリアには十分に配慮しておきたいものです。先述の基本方針2024でも賃上げやリスキリングの必要性が述べられていますが、労働移動や従事職務の変更を円滑に行うのであれば、それらは必要不可欠になります。また、企業としてはマルチスキル化の推進や配置転換を図ることで、望まない社外への労働移動を行うことなく、事業再編成を可能なかぎり実現していくという観点も必要かと思います。  次回は、「グローバル人材」について取り上げます。 ※1 「早期退職・希望退職」については、本連載第26回(2022年7月号)参照。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202207/#page=52 ※2 マークアップ率…… 分母をコスト(限界費用)、分子を販売価格とする分数。この値が1のとき、販売価格はちょうど費用を賄う分だけを捻出していることになる