技を支える vol.349 手間を惜しまず伝統の方法で着物を再生 洗張(あらいはり)職人 田川(たがわ)城道(しろみち)さん(76歳) 「工程が多い洗い張りですが、日本の伝統文化である着物のよさを伝えるために、手抜きをせず一枚一枚大切に仕上げています」 着物をほどいて水洗いししわを伸ばしてきれいに  着物を洗濯する伝統的な方法に「洗い張り」がある。その手順は、まず着物をほどき、生地を端縫いして反物の形に戻し、水洗いをする。その後、「伸子(しんし)張り」、「湯のし」などの方法でしわを伸ばしたり、糊入れを行う。最後に縫いあわせをほどき、アイロンをかけて仕上げる。これらの工程を職人が手作業で行う。丸洗い(ドライクリーニング)ではなかなか落ちない汚れも、洗い張りをすることできれいに仕上げることができる。  「大切な着物が色落ちや色移りしないように気をつけながら、汚れをしっかり落とすには、一つひとつ手洗いするしかありません。きれいな生地に戻してから仕立て直すことで、新品同様によみがえります。洗い張りは着物を親から子へと受け継ぐ際などに最適です。新しい着物を買うより安くできることもあり、お客さまに喜ばれます」  そう話すのは、東京都葛飾区で着物の専門店「鹿島屋(かしまや)」を営む田川城道さん。洗い張りの職人として60年近いキャリアを持つ。  「私が役員を務めている『東京きもの染洗協同組合』には、染色、洗い張り、しみ抜きなど着物に関係した業者が加盟しています。私が子どものころ、組合員は約1500人でしたが、現在はわずか50人ほどです。なかでも、当店のように洗い張りを自前で一から十までやる店は、都内でも数軒しかありません」 長年の経験と勘で生地に適した洗い張りを行う  洗い張りは、職人の経験と勘がものをいう仕事だ。着物の生地にはさまざまな種類や柄があり、汚れ具合も異なる。そのため、個々の生地の状態を見きわめ、それに適した対応が求められる。  「水洗いの際は、ササラという竹でできた道具で汚れを落とします。強い汚れは入念にこする必要がありますが、黒い生地だとどうしても擦れて白っぽくなります。もし擦れが出た場合は、ロート油を刷毛で塗る『擦れ張り』という方法で直せます。このように着物の状態をみながら、一つひとつ対応できるのが手作業のよいところです」  洗い終えた生地のしわを伸ばす方法の一つに「伸子張(しんしば)り」がある。竹ひごの両端に針がついた伸子を生地の両端に刺すことで、生地に張りをもたせる方法だ。この伸子を張る間隔や、糊入れに用いるフノリの濃さも、生地によって変える必要がある。田川さんは長年の経験でつちかった指先の感覚で、生地を触って適切な伸子張りの間隔やフノリの濃さを瞬時に判断し、手際よく作業を進めていた。 親から受け継いだ仕事のやり方を守り抜く  鹿島屋を創業した洗張職人の父親の姿をみて、「父の仕事が一番だ」と思いながら育った。  「小学生のころ、作文に『大人になったら人間国宝になる』と書いたことがあります。同じ新小岩の江戸小紋の職人が人間国宝なのに、なぜまじめにやっている父は評価されないのか、と思っていました」  高校を卒業すると家業に就き、下働きから始めて仕事を覚えていった。最盛期には職人を雇い家族総出でもこなしきれないほど忙しかった。そんななか、「洗い張りだけでは満足に稼げない」と一念発起し、40年ほど前に呉服の販売を始めた。そのおかげで、洗い張りの需要が減るなかでも仕事を続けてくることができた。  「『こすい(ずるい)ことはするな。まじめにコツコツやれ』が両親の教えでした。どんなに手間がかかっても、親から受け継いだ仕事のやり方を守り続けています」  その仕事ぶりや業界への貢献が認められ、2021(令和3)年に「卓越した技能者(現代の名工)」の表彰を受け、2024年には「黄綬褒章」を受章した。  織物や染め物と違い、裏方である洗い張りはなくなってしまうのではないかという危機感がある。  「着物が好きで、日本の伝統文化を残したいという熱意のある人がいれば、いくらでも教えます」 有限会社鹿島屋 TEL:03(3651)6166 (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) 写真のキャプション 洗濯した生地に、伸子を張ってしわを伸ばす「伸子張り」。伸子を張る間隔は生地ごとに違い、生地に触れた指先の感覚で瞬時に判断する JR新小岩駅近くの商店街にある「鹿島屋」。戦前に創業した父親が、故郷の茨城県鹿島郡にちなんで名づけた 生地のコシ・ツヤを出すための糊入れに用いる天然のフノリ。乾燥した海藻の状態から溶かして使う 2021年に「卓越した技能者(現代の名工)」の表彰、2024年に「黄綬褒章」を受章した。「国のお墨つきを得た以上、いい加減な仕事はできません」 表生地に糊入れをする。糊の濃さは生地の状態によって変える。胴裏(着物の裏地)の場合は薄塗り。最盛期には胴裏を50反まとめて糊入れしていた。表生地はこの後、湯のしをして幅を整える 生地のしわを伸ばす方法の一つ「湯のし」。生地に蒸気を当てながら幅を整える。着る人の体形に合わせて幅を伸ばすこともある 父親は洗い張り一筋だったが、田川さんは洗い張りに加え呉服の販売を始め、需要が減少するなかで商売を軌道に乗せた。反物を巻くのもお手のものだ