Leaders Talk リーダーズトーク No.109 ベテラン社員のキャリア自律を積極的に推進 多様な選択肢で新たな挑戦と学び直しを支援 ソニーピープルソリューションズ株式会社 執行役員 大塚康さん おおつか・やすし 1992(平成4)年、ソニー稲沢株式会社(現・ソニーグローバルマニュファクチャリング&オペレーションズ株式会社)に入社。その後、ソニー株式会社オーディオ人事部、同社HQ人事部、EC 人事部統括部長などを経て、2023(令和5)年より現職。  人生100年時代を迎え、50歳、60歳、70歳と年齢を重ねていく間、活き活きと暮らし働いていくためには、自らキャリアを切り拓いていくための「キャリア自律」が欠かせません。今回は、ソニーグループにおける人事管理やキャリア支援の役割をになっている、ソニーピープルソリューションズ株式会社の大塚康さんに、ベテラン社員のキャリア自律をうながしていくための取組みについてお話をうかがいました。 ベテラン社員のキャリア自律をうながす「キャリア・カンバス・プログラム」 ―まずは、ソニーグループにおける、ソニーピープルソリューションズ株式会社の位置づけについて教えてください。 大塚 ソニーピープルソリューションズは、ソニー本社の人事機能の一部を別会社にしたもので、グループ社員の採用と研修、給与計算、産業保健、総務、そしてキャリア支援など幅広い業務をになっています。キャリア支援に関しては2021(令和3)年4月に、グループの人材理念として「Special You,Diverse Sony」を発表しました。自らの意思で、独自のキャリアを築き、自由闊達(かったつな)未来を切り拓き、多様な個を受け入れ、新たな価値を創出するための器がソニーである、というメッセージがこめられています。 ―ソニーグループ(以下、ソニー)では、50歳以降のベテラン社員を対象としたキャリア支援制度「キャリア・カンバス・プログラム」を2017(平成29)年に導入されていますね。そのねらいは何でしょうか。 大塚 「自分のキャリアは自ら築く」という文化はソニーの社員には浸透していますが、一方でどこの企業でもそうであるように、ベテラン社員の比率が高まっています。これまで何十年も経験を積んだ50歳以上の社員のさらなる活躍を支援し、人生100年時代であることをふまえて、人事の重点施策としてキャリア支援をパッケージとして提示したのが「キャリア・カンバス・プログラム」です。ベテラン社員が自らの意思でキャリアを磨き、引き続き再雇用で働くというだけではなく、起業をする、他社で働く、仕事だけではなく趣味や地域生活などライフを充実させるなど、さまざまな選択肢を見すえる。そのための学び直しを含めて自律的なキャリア形成を支援していこうというのがプログラムの目的です。 ―業務のためのキャリア開発にとどまらず、社外での活躍を見すえた人生のキャリア≠支援するのは珍しいと思います。具体的な内容について教えてください。 大塚 まず、ソニーのなかで新しい分野への挑戦を支援するメニューとして「キャリアプラス」があります。これは、現部署の仕事を継続しつつ、勤務時間の1〜2割程度を使ってほかの部署のプロジェクトなどに参画し、業務を兼務するというものです。例えば、設計の仕事をしている人が品質保証の仕事もになうことで、新しいスキルの獲得につながり、仕事の領域が広がるなど、人材としての付加価値も上がります。  また、ソニーは社内求人に応募して部署間を異動する「社内公募制度」を1966(昭和41)年から導入していますが、新たな仕組みとして、これまでの職務経歴を登録し、ほかの部署からオファーを受けるスカウト型の「キャリアリンク」も設けました。キャリアプラスが社内兼業で、キャリアリンクは社内転職というイメージです。  そのほか、学び直しの支援として、新たなスキル取得を金銭的に支援する「Re-Creationファンド」があります。50歳以上に限定し、保有スキルの向上や新たなスキルの獲得のための学びに自己投資をした場合、1回10万円まで補助するものです。いまの仕事に必要なスキルだけではなく、ソニーの仕事と直接的な関係がなくても、将来を見すえ、自分でキャリアを考えたうえでの学びであれば、基本的に認めています。ユニークな例では、「自宅を改装してインバウンド向けに日本の食文化を紹介する仕事がしたいので、『そば打ち』を勉強したい」という申請を認めました。 マネジメント経験者をメンターに任命しキャリア研修後のフォローアップを実施 ―社内兼業など新しい分野への挑戦や学び直しを行うには、社員のキャリア自律をうながしていくための研修も重要になります。 大塚 35歳、45歳、50代前半、50代後半を節目とした年代別キャリア研修を実施しており、特に50代で行う二つの研修では、終了後一人ひとりにメンターをつけ、キャリア面談を通じて、次の一歩をふみ出すための後押しを行っています。研修で将来のキャリアを考える気づきを得ても、職場に帰ると日常に戻ってしまう人もいます。そうならないように、マネジメント経験者などがメンターとなって、研修後も定期的にフォローアップを行います。メンターになる人はキャリアコンサルタントの国家資格を持ち、現在約30人います。本業との兼任ですが、同じ部署の社員がつくことはなく、相談内容について人事が関知することは一切ありません。以前はメンターになるマネジメント経験者を社内で探し、資格取得費用も会社で負担し依頼していましたが、いまは人気業務で、社内兼業で公募をすると「資格を持っているのでぜひやりたい」という人が増えています。また、メンター同士が定期的に集まり、情報交換や事例研究を行うなど、楽しんで新しい役割に取り組んでいるのが見てとれます。  また、キャリアについてベテラン社員同士で考える自主的サークル活動「社内分科会」を奨励しています。ソニーではもともと、オフタイムを使って本業とは別の商品企画を考える自主的な活動が盛んでしたが、そういった取組みを会社として支援していくため、ホームページで紹介したり、一部費用を補助するようになってから、異業種交流会や、社外で活躍しているソニーOBを呼んで行う勉強会など、さまざまな分科会が活発に活動しています。会社がメニューを提示して行う施策も大事ですが、社員が主体的につくり出すボトムアップの活動も、キャリアを考えるうえで非常に有効だと気づきました。 ―「シニアインターンシップ」という取組みにも力を入れているとうかがいました。 大塚 シニアインターンシップは、社外から見た自身の価値に気づき、これまでの経験で得られなかったやりがいを知ってもらうことを目的に2年前から取り組んでいます。具体的には、中小企業や自治体が抱える課題の解決に取り組むというもので、例えば、佐賀県のある自治体が「ふるさと納税10億円を達成したい」ということで、ソニーの社員がプロジェクトに参加し、見事に達成したという事例もあります。サラリーマンですから数値目標があるとますます意欲がわくようです。これも手挙げ式で公募していますが、参加可能なプロジェクトは1年間に4〜5件程度。応募者が多いため、参加するための競争率は数倍になります。 キャリア自律支援に重要なのは会社の風土や文化を活かした取組みであること ―キャリア・カンバス・プログラムの導入から7年が経過していますが、ベテラン社員のキャリア形成への意識はどう変わりましたか。 大塚 シニアインターンシップの参加者からは「外部で自分の能力がどの程度通用するのかがわかった」、「これからの選択肢が増えた」といったポジティブな評価が多いです。「新しい体験なのですごく楽しく、ワクワクする」という声もあるなど、いろいろな気づきにつながっています。  社内兼業のキャリアプラスの経験者は累積で400人を超えています。制度の浸透とともに、兼業の求人が増加し、いまでは応募者が足りなくなるほど社内で定着しています。  プログラムでの経験や学びを通じて、「60歳の定年後もソニーで活躍したい」という人もいれば、シニアインターンシップで刺激を受け、参画した会社で副業を始めた人、他社に転職した人、大学の教員やNPOで働く人などもいます。ある男性エンジニアは「子どもが好き」ということから保育士の資格を取り、いまは保育園で楽しく働いています。 ―60歳定年後は再雇用ということですが、定年後も再雇用で働き続ける人はどのくらいいらっしゃるのでしょうか。 大塚 60歳定年以降も継続して働く人は近年増えてきており、6〜7割の人が再雇用を選択しています。3〜4割の人は50代後半から60歳にかけて外部で新たなキャリアを歩んでいます。今後は60歳以降の人に向けたキャリア支援にも力を入れていきたいと考えています。 ―ベテラン社員のキャリア支援や学び直しに取り組みたいと考えている企業にアドバイスをお願いします。 大塚 ソニーには、もともとチャレンジや自律を重視するカルチャーがあることから、ベテラン社員のチャレンジをさらに支援していくべく、キャリア・カンバス・プログラムを導入しました。やはり会社の風土や文化に合った方法を考えたほうがうまくいくと思います。その会社が誇れるような風土や文化を活かした取組みを工夫することが大切です。また、単に「キャリア自律しなさい」と押しつけても、必ずしも自律につながらないのがむずかしいところです。学び直しにしても全員に同じスキルを習得してもらうことに効果があるのかという疑問もあります。ベテラン社員が積み上げてきた経験やスキルは一人ひとり異なります。全員に同じことをやってもらうのではなく、多様な選択肢を用意し、そのなかから自分に合ったものを学んでもらうことが、入口としてあってもよいかもしれません。 (聞き手・文/溝上憲文 撮影/中岡泰博)