高齢者の職場探訪 北から、南から 第144回 岩手県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 より働きやすい職場へ 変化に対応してつねに改革を 企業プロフィール 社会福祉法人みちのく大寿会(だいじゅかい)(岩手県九戸(くのへ)郡) 創業 1990(平成2)年 業種 介護保険事業。特別養護老人ホーム、老人デイサービスなど 職員数 76人 (60歳以上男女内訳) 男性(4人)、女性(14人) (年齢内訳) 60〜64歳 10人(13.2%) 65〜69歳 6人(7.9%) 70歳以上 2人(2.6%) 定年・継続雇用制度 定年65歳、希望者全員70歳まで継続雇用。以降、本人と確認のうえ運用で雇用を継続。最高年齢者は74歳  岩手県は、47都道府県のなかで北海道に次いで面積が広く、四国4県を合わせたものとほぼ同じで、関東4都県(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)よりも広大です。県内は、県北、県央、県南、沿岸部と、大きく四つのエリアに分けられ、それぞれ気候も主要産業も異なっています。  JEED岩手支部高齢・障害者業務課の荒川(あらかわ)賢一(けんいち)課長は、県内の産業について次のように説明します。  「県内における産業別就業者は、第3次産業が64%と高い比重を占めますが※1、農林水産業などの第1次産業も盛んで、特に水産業はリアス式海岸などの水産物の生育に適した岩礁に恵まれ、2021(令和3)年の漁業生産額はあわびが全国第1位、わかめが全国第2位、サケが全国第3位です※2。  製造業では自動車関連産業、半導体関連産業が中心となり、国際競争力の高いものづくり産業が県経済をけん引しています」  また、岩手県における70歳まで働ける企業の割合は39・5%(2023年6月1日現在)で全国第3位となっています※3。  「一方で、沿岸部では、東日本大震災以降の人口減少および高齢化が課題となっており、県内全体で見ても階級別人口構成から、高齢者の労働力に頼らざるを得ない傾向があります。そのため、事業所訪問活動では労働局、ハローワークなどの関係機関と連携して企業に働きかけるとともに、JEEDの企業診断システムを活用し、高齢労働力の活用に向けて企業内において取り組むべき課題と方向性を整理し、企業の実情に合った相談や助言、提案をしています」(荒川課長)  同支部で活躍するプランナーの一人である後藤(ごとう)真理子(まりこ)さんは、各企業の状況に応じた専門的かつ技術的な相談・助言や制度改定に関する提案を行うとともに、各企業の希望に応じて、職場管理者や中高年社員を対象とした就業意識向上研修の講師を務めるなど、高齢社員が活き活きと働く職場づくりの支援に注力しています。  今回は、後藤プランナーの案内で、「社会福祉法人みちのく大寿会」を訪れました。 故郷の笑顔を守るために唯一の特別養護老人ホームを開設  社会福祉法人みちのく大寿会は、1990(平成2)年に社会福祉法人として設立され、同年に特別養護老人ホーム久く慈平(じひら)荘を開所しました。その後、デイサービスやホームヘルパーサービス、小規模多機能型ホームを開設するなど徐々に事業を拡大して、現在では7事業を展開しています。法人基本理念に「私たちは、故郷の笑顔を守る法人になります。」を掲げて、高齢者に必要な支援を提供し、故郷に住み続けたい人やその家族を支えています。2020年には久慈平荘が開所30周年を迎え、その歩みを収めた30周年記念誌には入所者やサービスの利用者、ご家族から、たくさんの笑顔の写真とともにお祝いと感謝の言葉が寄せられました。このことからも、同法人が地域の笑顔を守り、親しまれ、信頼されてこの地域の福祉をになっていることがわかります。  同法人では、働きやすい職場づくりを目ざしてさまざまな取組みを展開しており、岩手県主催「いわて働き方改革AWARD2017優秀賞・同2018最優秀賞」連続受賞をはじめ、厚生労働省・JEED共催「令和2年度高年齢者雇用開発コンテスト」(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長表彰特別賞受賞、厚生労働省主催2023年度「介護職員の働きやすい職場環境づくり」厚生労働大臣表彰奨励賞受賞などの評価を受けています。  同法人が働きやすい職場づくりに注力するようになったのは2008年ごろから。特別養護老人ホーム久慈平荘の野田(のだ)大介(だいすけ)副施設長は、「それまでは順調にできていた新規学卒者の採用が、少子高齢化の影響などから徐々にむずかしくなっていました。そこで、『いま働いている職員をもっと大切にしよう』と考え、どうすれば働きやすい職場になるのかの検討を行いました。当時は、子育て中の女性職員が多かったことから、まずは保育料の半額を補助する子育て支援手当制度を制定し、好評を得ました」とふり返ります。  以降、賃金制度改革、休暇の取得促進、人事考課の導入、住宅取得応援制度などに積極的に取り組むとともに、長く働いている職員が年齢を重ねていくなか、将来を見すえ、2019年に定年を60歳から65歳に延長し、継続雇用の上限年齢を65歳から70歳へ引き上げました。  後藤プランナーは、2016年10月に同法人を初めて訪問。「地域性、業種からも人材確保が困難であり、すでに多様な取組みを実施されていました。職場は明るい雰囲気で、職員も仕事に誇りを持ち、活き活きと働いている印象を受けました」と当時をふり返ります。そして、いくつになっても活躍することができる職場を目ざして、定年と継続雇用年齢の引上げを提案。職員の声を聞きながら、制度の改定をていねいに行っていくことなどを助言しました。  今回は、特別養護老人ホーム久慈平荘を支えるベテラン職員のお二人にお話を聞きました。 制度を活用して資格を取得  久保(くぼ)洋子(ようこ)さん(63歳)は、特別養護老人ホーム久慈平荘の開設時からの職員で、勤務歴34年の大ベテラン。現在、准看護師兼介護支援専門員として、フルタイムで週5日働いています。  仕事に必要な資格として、入職後に同法人の資格支援取得制度を活用して介護福祉士と介護支援専門員、准看護師を取得しました。資格支援取得制度は、受験勉強のための勤務調整と、受験費用とその旅費を同法人が負担する制度です。  働きながらの受験は簡単なことではなく、久保さんは6年の時間をかけてこれらの資格を取得しました。なかでも准看護師は、「2年間平日は学校に通い、週末に久慈平荘で仕事をするというサイクルでたいへんでしたが、手厚いサポートと周囲の協力があったので、がんばって取得することができました」とふり返ります。  現在は、資格と学んだことを活かして、活き活きと仕事をしています。「利用者の方から『ありがとう』の言葉が聞けたときがやはりうれしく、原動力になります」と話します。  職場は休暇が取りやすく、お互いさまの精神で支え合うことができ、「休暇後は、次からまたしっかりがんばろう、という気持ちになります。働けるうちは、働いていたいです」と笑顔で話してくれました。  野田副施設長は、「業務に看護職が必要になることから資格取得を奨励したのですが、期待に応えてくれました。周囲への気配りやコミュニケーションもよくとって、いつもしっかり仕事をしてくれる存在です」と久保さんをたたえます。  源田(げんだ)ゆきえさん(63歳)も、入職後に資格取得支援制度を活用して介護福祉士、介護支援専門員の資格を取得しました。そして、それらの資格を活かして、久慈平荘で介護主任兼介護支援専門員として、フルタイムで週5日働いています。保育士などの経験を経て、36歳のときに入職し、勤続27年です。  「介護職はむずかしさも楽しさもあります。利用者のことを第一に考え、また、同僚のことも考えながら仕事をして悩むこともありますが、最後は結局利用者や職員に助けられています。利用者から『ありがとう』といわれたときは、この仕事をしていてよかったと心から思います」と明るい表情で話す源田さん。  以前は介護福祉士として夜勤もこなしていましたが、介護支援専門員も兼任していることから、野田副施設長のすすめで、体力的な負担を軽減するため60歳を過ぎてからは日勤のみになったそうです。  また、「健康経営○R(★)の取組みの一環で、職員の健康管理のため、歩行推進やオンラインのヨガ教室に参加できる機会がありますので、積極的に参加しています。体調を管理して、いつまでも働けるようにしたいです」と今後の働き方を話してくれました。  野田副施設長は源田さんについて、「バイタリティがあり、幅広く仕事を任せられる存在です。長く働いてほしいと思い、60歳過ぎから夜勤をなくし日勤のみで働いてもらっています」と人柄と期待を語りました。 地域総動員で取り組む環境をつくる  定年と継続雇用の上限年齢を引き上げたほかにも、年齢にかかわりなく評価制度があり賞与に反映していること、短時間・短日数勤務など希望に合った柔軟な働き方ができること、例えば「シーツ交換のみ」といった得意なこと・できることで仕事に就ける環境があること、相談しやすい職場風土があることなど、いくつになっても働きやすい職場づくりが実現されています。  「過疎地域ですので、総動員でやっていかないと立ち行かなくなります」と野田副施設長。法人として、住宅取得支援制度で地元に住む住民を増やすことに協力したり、地域の学校と連携して福祉教育などにも取り組んでいます。  後藤プランナーは、「2019年に高年齢者雇用開発コンテスト(現・高年齢者活躍企業コンテスト)へ応募した際は、20年ほど前から労務管理において取り組まれていることを年表形式で整理し、取組み内容とその効果を具体的に確認していきました。すると、若手人材の離職率減少などの効果が確認できた取組みもあり、コンテストの応募資料のまとめをお手伝いしながら、将来的な職員の高齢化を見すえたうえで、高齢職員の活用の重要性を共有することができました。コンテストに応募した理由は『職員の誇りになると考えてのこと』とのことで、つねに、職員のやりがいと誇りを大事にしている職場だと思います」と同法人の取組みを称賛します。  野田副施設長は、「後藤プランナーに専門家の目で取組みのポイントを整理していただくなかで、あらためて学ぶことがあり、有意義なチャレンジになりました。どういう職場が働きやすいのか。これからも、さまざまな変化に対応し、改革を止めることなく、よりよい職場づくりに努めていきたいと思います」と明るく語ってくれました。  挑戦し続ける職場の今後にも注目したいと思います。(取材・増山美智子) ★「健康経営○R」はNPO法人健康経営研究会の登録商標です。 ※1 岩手県「県民経済年報」(2022年) ※2 農林水産省「海面漁業生産統計調査」(2023年) ※3 岩手県労働局「令和5年『高年齢者の雇用状況等報告』の集計結果」(2023年) 後藤真理子プランナー アドバイザー・プランナー歴:8年 [後藤プランナーから] 「人材不足が課題となるなか、地方の中小企業においては業種を問わず積極的に高齢者を活用していかなければならない状況にあると考えています。戦略的に高齢者を活用していくためにも、ていねいにヒアリングを行い、課題を共有することを心がけています。そのうえで課題解決に向けて、同業他社事例などの情報提供を行い、高齢者活用のメリット、配慮すべき事項などをお伝えしています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆岩手支部高齢・障害者業務課の荒川課長は後藤プランナーについて、「特定社会保険労務士の資格を持ち、とりわけ人事労務管理の分野に精通しています。プランナーとして、JEED が岩手県内で開催する地域ワークショップの講師や就業意識向上研修などにも積極的に取り組んでいます」と活躍状況を話します。 ◆岩手支部高齢・障害者業務課は、JR盛岡駅から徒歩約15分、県庁所在地である盛岡市中心街・菜さい園えん地区のビル内にあります。近隣には盛岡城跡公園や石割桜などの観光スポット、岩手県庁や盛岡市役所などの行政機関、複数の映画館や飲食店が並ぶアーケード街などがあります。同じビルには、ハローワーク盛岡菜園庁舎も入居しています。 ◆同県では、7人の70歳雇用推進プランナーが活動しており、2023(令和5)年度は421件の相談・援助を実施、76件の制度改善提案を行いました。 ◆相談・助言を無料で行っています。お気軽にお問い合わせください。 ●岩手支部高齢・障害者業務課 住所:岩手県盛岡市菜園1-12-18 盛岡菜園センタービル3階 電話:019-654-2081 写真のキャプション 岩手県九戸郡 みちのく大寿会の法人理念「私たちは、故郷の笑顔を守る法人になります。」 特別養護老人ホーム久慈平荘の野田大介副施設長 准看護師として、特別養護老人ホームで入所者の血圧測定をする久保洋子さん 特別養護老人ホームに入所する女性に話しかけながら、髪を整える源田ゆきえさん