“学び直し”先進企業に聞く! 第2回 東京海上日動火災保険株式会社  「人生100年時代」に向け、社員の学び直し≠積極的に後押しする企業を紹介する本連載。第2回は、「東京海上日動版ライフシフト大学」などのプログラムで、中高年人材のリカレント教育に力を注ぐ、東京海上日動火災保険株式会社にご登場いただいた。生涯現役を可能にする学び直し≠ヨと、社員の意識をいかにして高めるか―。取組みのポイントについて聞いた。 社員数約1万6000人 「エイジフリー」の活躍を後押し  日本最大手の損害保険会社として知られる東京海上日動火災保険株式会社(東京都)。2004(平成16)年10月に、旧東京海上と旧日動火災が合併して現会社が誕生し、20年の節目を迎えるが、創業自体は明治時代にまでさかのぼる。自由闊達な社風で、大学生の就職先人気ランキングでも上位の常連だ。  社員数は2023(令和5)年3月末現在で1万6645人。定年は60歳。60歳以降は「シニア社員」として1年更新で65歳まで再雇用。現在、60歳以上のシニア社員はおよそ900人となっている。  同社では、シニア社員の活躍をうながし、自律的にキャリア開発を行ってもらうために、おもに二つの制度を導入している。一つ目は「シニアお役に立ちたい」。社内公募でシニア人材を募り、人員が不足している地方部署などに派遣し、当該職場をサポートするとともに、シニア社員がこれまでつちかってきた経験・知識を元に交流することで、組織力を高めていく制度となっている。二つ目は「シニア戦略ジョブリクエスト制度」。高度な専門性や知識・経験が求められるポストについて、シニア人材の社内公募を行い、シニア人材が蓄積してきたノウハウや知見を活かす仕組みだ。いずれも年々、社内公募数、応募者ともに増えてきているという。  「年齢にかかわりなく活躍していただきたいという意味で、会社として『エイジフリー』を掲げてきました」と話すのは、同社人事企画部の部長で、キャリアデザイン室長を兼務する山本(やまもと)泰浩(やすひろ)氏。  「人生100年時代を見すえ、『ライフシフト』の考え方が浸透しつつあるなか、会社としても、社員の能力開発や自己研鑽の機会の提供に取り組み、エイジフリーで活躍する社員を後押ししようと考えています」と語る。  その取組みの一つとなるのが、「東京海上日動版ライフシフト大学(以下、「東京海上日動版LSU」)」だ。 リカレントプログラムで「ミドル層のさらなる成長」を支援  東京海上日動版LSUは2021年10月に開講。「学び直しを通じて自分自身を内省し、自律的キャリア開発のためのマインドを養うとともに、具体的アクションに繋げ、変化対応力を備える」ことがプログラムのコンセプトだという。同社で活躍しているミドル層社員の学び直し、さらなる成長を支援するのが目的だ。  プログラムは、株式会社ライフシフト(東京都)の協力のもと開発された。同社は、ミドル・シニア層のセカンドキャリア形成に特化した教育機関である「ライフシフト大学」を運営している※。同大学が一般のミドル・シニア人材に提供している学び直し・リカレントプログラムを、東京海上日動向けにカスタマイズし、新しいプログラムとして創設したのが東京海上日動版LSUとなる。  東京海上日動版LSUのプログラムは、全8回、各回3時間のリアルタイム講義と、「ミドル・シニア学び放題」と銘打ったeラーニング講座などで構成されている。対象は、42歳から57歳のミドル層社員(2024年度より40歳から59歳に拡大)。定員は20人程度で、例年4月ごろから募集をし、7月から9月にかけて開催する。  リアルタイム講義は、「夜に実施することも検討しましたが、夜は業務の影響で参加できないなど、中途半端になってしまう可能性もあるので、土曜日にしました。また、家庭がある人などへの影響も考え、講義時間も3時間にしています」と、山本室長。社員が参加しやすいプログラムになるよう、検討を重ねたという。 何を学べばよいかわからない―― 学び直しへの「きっかけ」を提供  「『学び直し』に注目が集まるなかで、おそらく多くの人が『学ばなければいけない』と考えていると思います。しかし、仕事が忙しい、子育てや介護があるなど、さまざまな理由から学ぶ時間がとれない、考える時間すらないという人が多いのも現実」というのが、山本室長の見解だ。「まずは『何を学んだらよいのかわからない』という人に、学ぶきっかけを提供したい」という思いから、東京海上日動版LSUについては、専門特化型ではなく「さまざまな分野について『きっかけ』になるような内容」を意識しているそうだ。  2024年のプログラムを見てみよう。「マインド」、「知恵」、「健康」、「評判」、「仲間」の五つをテーマに、イノベーターシップやキャリア戦略、マインドフルネスやウェルビーイング、セルフブランディング、ロジカルシンキングなどの内容がリアルタイム講義に盛り込まれている(図表)。2024年からは新たに「知恵」をテーマとした講義で、「未来を考えるための視点として、歴史や哲学に関する内容も学ぶのが特色の一つ」(山本室長)だという。  そのうえで「プラスα」のコンテンツとして、見たいとき、学びたいときにオンデマンドで視聴することができる、eラーニング講座も開設。内容は@ライフシフトプランニング、Aミドルシニアロール、Bイノベーション、C未来を考える力、の4カテゴリーで、各カテゴリーの講座数は10〜16。いずれも20〜30分程度にコンパクトにまとめられており、例年「予想以上に視聴されている」(山本室長)そうだ。前年までの実績では、1人あたり10時間以上視聴している計算になるという。 「新たなマインドセットができた」 「会社を退職後も人生は続く」  東京海上日動版LSUの受講費用は計12万5000円。すべて受講者が負担する。「自己負担してでも学ぼうということなので、意識が高い人が集まっているという面はありますが、しっかり勉強をしていただいて、すばらしいと思います」と、山本室長。受講者を対象に、プログラムの満足度について調査した結果によると、受講者のうち半数以上が満足度「10点満点」で、全員が8点以上、平均は9.4点という結果だった。  東京海上日動版LSUのスタートから3年間で、受講した社員の数は計約60人。そのうちの2人に、プログラム受講の感想をうかがった。 A社員(54歳) ◯所属・役職/Y支店・企業営業チーム、マネージャー ◯参加理由/「メンバーを指揮する・鼓舞する・よい影響を与える」という役割にあるリーダーとして、最新の確立されたビジネス理論と自身の経験を融合させる意義・重要性を強く感じたためです。また、「人生100年時代」において、文字通り折り返し年齢を過ぎた時点で、公私ともにこれまでの人生をふり返る絶好の機会だとも思いました。当時の勤務地(北海道)から、休日にオンラインで受講できるという利便性も参加の決め手になりました。 ◯受講した感想/全8回にコンパクトにまとめたプログラムで、効率・効果的に学び、深く考えるきっかけも得られたと思います。特に自身の持つ強みに気づき、半生を「心の充実度」という切り口でふり返ったことで、自分の想いを再確認し、公私ともに新たなマインドセットができたと思います。お金の重要性にもあらためて気づかされ、国家資格の1級ファイナンシャル・プランニング技能士を取得することもできました。 B社員(47歳) ◯所属・役職/Z支社、支社長 ◯参加理由/以前に別のビジネススクールを受講して刺激を受けるとともに、学び続けることの大切さを実感していたなかで、東京海上日動版LSUが開講することを知り参加しました。社会人経験は長くなってきてはいますが、「このままでよいのか」といった漠然とした将来への不安があり、変化の激しい時代において、自らが変化したり学んだりできる環境を求めていたのではないかと思います。 ◯受講した感想/会社員人生が終わっても、その後の人生は長く続くこと、そして10年、20年後の将来について、いまから考えておく必要があることを実感しました。変化の激しい時代だからこそ学び、チャレンジし続けることが大切です。そのためには健康が重要だと思い、体調管理にも非常に気を遣うようになりました。健康について体系的に学ぶため「日本健康マスター検定」のエキスパートコースの受験を決意し、合格することができました。 「50研修」で醸成する学び直し≠ヨの意識  成果をあげつつある東京海上日動版LSUだが、同社にとってはミドル層社員向けの研修体系の一部であり、40代・50代の社員に学び直しや自己研鑽(けんさん)の機会を提供する取組みは、ほかにも重層的に行われている。  まず研修体系の第1ステップとなるのが47歳に到達した社員を対象としていることから「47歳研修」と呼ばれ、長く実施されてきた「人事制度説明会」だ。研修には47歳を迎えた全社員が参加し、ミドル・シニア向けの人事制度に関する説明が行われる。年金や退職金に関することや、セカンドライフ支援制度(早期退職等)など、いわば「今後の人生のために、知っておくべきこと」を学ぶ場となっている。  次のステップが「キャリアデザイン50研修」。以前は、47歳研修と同様、50歳研修を必須で実施していたが、「キャリア選択は自律の時代。全員に一律の研修を受けさせることはやめ選択制としました。いまは、今後のキャリアに向けて、まだ一歩をふみ出せていない人、自分の取組みでは足りないと感じている人に向けて、研修を行っています」(山本室長)  研修の対象となるのは、50〜57歳の社員(2024年度より50〜59歳に拡大)。毎年、希望者を募り、各回定員20人で年8回、計約160人が参加している。各回とも、4時間の研修2回で構成。1回目は、自分を理解すること、内省をうながすような内容が中心で、例えば「欲求」について考え、「自分は何をしたいか」の原点に立ち返ったり、自分の能力、経験の棚卸しを通じ、「自分に何ができるか」を考えたりするそうだ。  2回目の研修は、1回目の2週間後に実施される。1回目から2週間の時間をおき、その間に「自分が今後、何をしていきたいか」などを考える時間を設けているのがポイントだ。2回目の研修では、考えたことをふまえアクションプランを作成する。「『まずは最初の一歩から』、『小さな目標からでも始めよう』ということで、アクションプランを作成します。現実として、何から始められるかを考えるきっかけになればよい」(山本室長)と、研修のねらいについて話した。 「第一歩」へ背中を押す―― 学び直し≠ナの会社の役割  東京海上日動版LSU、キャリアデザイン50研修はいずれも、受講者から好評を博しているが、「いま、受講している人も、社員の分母からすれば決して多いというわけではありません。もっと会社のなかで、リスキリング、学び直しの裾野を広げてムーブメントにすることが課題だと思います」(山本室長)  山本室長自身、キャリアデザイン室を運営するにあたり、「自分も学び直しをしなければ」と考え、キャリアコンサルタントの国家資格取得に挑戦。専門機関の講習会に参加し学びの輪に入るなかで、自ら費用をかけ、時間をかけて学んでいる人の多さに、刺激を受けたという。  「私たちの世代、少なくとも入社当時の私には、勉強の機会や研修は会社が与えてくれるもので、会社がレールを敷いてくれるという感覚がありました。いまでは社内にも自ら学んでいる社員はたくさんいますが、会社全体で学び直しの大きな流れをつくっていく必要があると感じています」(山本室長)  社内に学び直し≠フ文化を根づかせるために、大切だとするのが「きっかけづくり」。キャリアについて考え、学び直しのきっかけにもしてもらおうと、同室はこのほど、同室社員によるキャリア相談をスタートさせた。  山本室長は、「キャリア自律ということで、『自分で考えるべきだ』という考え方もあるかもしれませんが、スタートはやはり、背中を押してあげることが大事」と強調する。会社が背中を押すことで、「生涯現役につながるような意識をもってもらいたい。社内で『これからも、しっかりがんばっていこう』という人たちを、1人でも多くしたい」という思いだ。 ※ 『エルダー』2022年12月号特集「いまだからこそ学び直す」参照   https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202212/index.html#page=8 図表 東京海上日動版LSUの講義プログラム(2024年) テーマ 概要 1 マインド VUCAの時代に生き残るためのイノベーターシップ イノベーターシップの総論と学び方を学習します。創造のためには過去の経験をアンラーニングし、自分の未来への思いを描くことが大切です。イノベーションマインドを呼び覚まします。 2 マインド 人生100年時代のキャリア戦略 変身資産確認@ 人生100年時代の現実を認識したうえで、自分が本来持っている強みに気づき、これからのキャリアのビジョンを描きます。その実現のための自身の力(変身資産)を確認します。 3 知恵 問題解決のための思考力を磨く 意思決定、論理思考、問題解決力など、ビジネスに求められる基本的能力をおさらいし、ミドルシニアとしてしっかり応用が効くスキルを再構築します。 4 健康 マインドフルネス・ウェルビーイング 心身ともに健康であってこその人生100 年。マインドフルネスやウェルビーイングの極意を得てご自身の健やかなライフシフトに向けての実践方法を理解します。 5 評判 セルフブランディング力(自己PR力) 第二の人生を切り拓くための自己PR力を高める具体的なノウハウを学びます。将来のキャリアの方向性を見定めセルフブランディング力を高めます。 6 知恵 未来を考える力 ミドルシニアのための教養講座 グローバル世界と日本についての歴史や哲学のおりなす背景、また主観を鍛えるアートなどミドルシニアに相応しい教養を学ぶ新たな視点を身につけます。 7 仲間 ミドルシニアのコミュニケーション力 ミドルシニアに求められる「支援型リーダーシップ」の重要性を認識するとともに、必要なコミュニケーションスキル(共感力/傾聴力/モチベート力/コーチング力)を実践的に学びます。 8 まとめ 変身資産確認A 並行 キャリア・コーチング ・個人別に2回(各回30分) 並行 オンライン自主学習 ・ライフシフト大学オンライン(WEBシステム)を6カ月利用(7月〜12月末) ※学習動画(ミドル・シニア学び放題:全48講座)、ジャーナリング(学習振返り)、セルフコーチング(日記) ○c 2022 LIFE SHIFT INC All Rights Reserved. 写真のキャプション 人事企画部 部長兼キャリアデザイン室長の山本泰浩氏