知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第73回 高齢者の契約更新と期待可能性、賃金の不利益変更 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 他社を定年退職した高齢者を雇用する際に留意すべきことは何ですか  人材の不足が続いていることから、自社内での定年後の再雇用だけでなく、他社において定年を迎えた高齢者についても、有期雇用の社員として採用を始めました。定年後再雇用の労働者と基本的には同一の業務を任せて、おおむね3年から5年程度の期間で契約を終了することを予定しています。何か留意しておく事項はありますか。 A  無期転換権の適用を除外することができないことに留意する必要があるほか、労働契約更新の期待を自社の実情を考慮して、適切な記載にしておく必要があります。また、更新拒絶の可能性がある場合には、事前に更新の基準などを説明しておくことが望ましいでしょう。 1 人材不足と高齢者雇用のニーズ  物流や建設業界などでは、「2024年問題」と呼ばれている働き方改革による時間外労働の上限規制の適用開始もあいまって、一人あたりの時間外労働時間数を減らさなければならず、人材不足をいかにして補っていくのかという課題に直面している事業者も多いようです。  物流・建設業界が特に取り上げられることが多いですが、これらの業種にかぎらず、人材不足に悩みを抱えている企業は増えているように思われます。  定年後の再雇用については、これまでに触れてきている通り、高年齢者雇用安定法に基づき、65歳までの継続雇用については、解雇事由に該当するような事情がないかぎりは、雇止めは認められず、70歳までの継続が努力義務として定められているところです。なお、定年後の再雇用においては、第二種計画認定を受けておくことによって、労働契約法第18条に基づく無期転換権の適用を除外することが可能となっています。  他方で、自社で定年を迎えていない高齢者の採用については、定年を超えた年齢で採用しているかぎり、第二種計画認定によって無期転換権の適用を除外することができません。また、定年後の継続雇用とは異なるため、65歳未満であっても、高年齢者雇用安定法により65歳までの継続雇用が保障されるわけでもありません。  このように、自社で定年を迎えた労働者の継続雇用であるか、それとも、他社で定年を迎えた後に採用した高齢者雇用であるのかという違いは、65歳までの継続雇用や無期転換権の適用除外が可能であるかといった点に相違があるため、まったく同じような取扱いをしていくことが適切とはかぎりません。  他社を定年退職した高齢者を雇用する場合には、有期雇用契約の更新基準や更新に向けた評価、面談などについて、継続雇用してきた労働者以上に気をつけておく必要があると考えられます。 2 高齢者に対する雇止めに関する裁判例  大手信託銀行を定年退職した労働者(入社時66歳)が、ハローワークを通じて入社した企業において、契約を合計3回更新して、通算3年2カ月の間、有期雇用契約を継続していたところ、社員の若返りを図りたい旨を口頭で伝えたうえで、担当していた業務への社内からのクレームがあること、担当業務が実施されていなかったこと、居眠りおよび年齢を理由として雇止めを行う旨を通知したところ、これに不服をとなえて訴訟に至ったという事案があります(東京地裁令和3年2月18日判決)。  他社を定年退職して入社してきた有期雇用の労働者ですので、高年齢者雇用安定法による保護対象ではありませんが、通常の有期雇用契約と同様に、更新に対する期待が合理的であるか、反復して更新されており無期雇用の労働者と社会通念上同視できる場合には、雇止めについて、有期雇用契約の継続を主張することができます。ただし、雇止めに客観的かつ合理的な理由があり、社会通念上相当である場合には、労働契約は期間満了をもって終了することになります(労働契約法第19条)。  この事件では、採用時の求人票には、「契約更新の可能性あり(原則更新)」と記載されており、年齢による更新上限や定年制の規定がなかったうえ、年齢も70歳に至っていないという事情がありました。また、原則更新との記載を打ち消すような、更新上限や最終更新時期、業務遂行状況を評価したうえでの雇止めの可能性などについて具体的な説明も行われていませんでした。これらの事情を理由として、裁判所は、「原告において本件労働契約の契約期間の満了時(平成31年3月31日の満了時)に同契約が更新されるものと期待することがおよそあり得ないとか、そのように期待することについておよそ合理的な理由がないとはいえず、本件労働契約は労働契約法19条2号に該当する」と判断し、雇止めが制限されると判断しています。  したがって、雇止めに関して、客観的かつ合理的な理由と社会通念上の相当性が必要となるのですが、裁判所はその判断をする前に、労働者の期待について、「原告が、平成31年3月31日の満了時に同契約が更新されることについて強度な期待を抱くことにまで合理的な理由があるとは認められず」という理由をつけ加えています。労働契約法第19条2号の要件においては、合理的期待の有無であって、その程度は判断基準とは直接関係はありません。にもかかわらず、裁判所が「強度な期待を抱くこと」について合理的な理由はないと触れているのは、雇止めにおける客観的かつ合理的な理由および社会通念上の相当性の判断基準を低く設定する意図があったものと考えられます。  実際、この事件では、労働者による業務上の不備がさまざま指摘されたうえで、「本件労働契約は、労働契約法19条2号に該当するものの、被告が原告の更新申込みを拒絶することが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められないとはいえないから、原告の更新申込みを被告が承諾したものとはみなされない」として、雇止め自体は有効であると判断して、労働者側が敗訴しています。  この裁判例からは、他社を定年退職した高齢者を雇用するにあたって、更新の可能性に関して、「原則更新」といった記載をしておくことは、更新に対する合理的な期待が認められる可能性を高めることになることには留意する必要があるでしょう。また、現在は、更新上限回数を労働条件通知書に記載する必要がありますので、定年後再雇用者と同程度の期間を想定するのであれば、70歳までもしくは5回を上限とするなど、労働条件通知書や雇用契約書に記載する事項についても、継続雇用の労働者以上に気を配る必要があると考えられます。 Q2 業績悪化による賃金減額・手当の廃止を検討しているのですが、注意点はありますか  会社の業績などを考慮すると、昇給を継続することができず、むしろ手当の削減や給与制度全体の見直しが必要な状況にあると考えています。廃止すべき手当について、どのように選別していくとよいのか、また、削減するにあたって、気をつけるべき点があれば教えてください。 A  不利益変更の必要性のほか、全体的な不利益の程度を試算し、不利益緩和措置を行うこと、労働組合などとの協議を行い条件を調整すること、協議については回数を重ねて行い、譲歩の余地があれば会社から提案するといったプロセスを経て、最終的な変更に至ることが重要となります。 1 賃金の不利益変更  支給する賃金を個別にではなく、全体的に見直すことを予定している企業において、就業規則の不利益変更に関する配慮は避けることができません。  労働契約法第10条は、就業規則により労働者の労働条件を不利益に変更することについて、合理的なものでなければならないと定めています。したがって、不利益変更の合理性がどのような観点から認められるのか検討する必要があります。合理性判断にあたって考慮される内容は、以下のような事項とされています。 @労働者が受ける不利益の程度 A労働条件変更の必要性 B変更後の就業規則の内容の相当性 C労働組合等との交渉の状況 Dその他就業規則の変更に係る事情  ただし、労働契約において、労働者および使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、合意によらないかぎり変更することはできません。  会社の業績などを考慮して、賃金制度の見直しを行うということは、会社の現在の業績と昇給ができないという事情が、A労働条件変更の必要性ということになります。決算書をふまえた資産の状況などを考慮して、切実な必要性が認められるのか、そうではないのかということが検討されることになります。賃金に関する不利益変更を有効と認める裁判例では、「高度の必要性」(例えば、破産または清算するか、賃金減額するか選択せざるを得ないほどの必要性)が求められ、なかなか変更が有効とは認められていません。  次に、手当の削減の金額やそれに対する経過措置を置くかどうかといった点が、@労働者が受ける不利益の程度や、B変更後の労働条件の相当性として考慮されることになります。なお、ある手当を削減しつつ、ほかの条件を引き上げることで実質的に不利益ではない状態を整えたとしても、部分的な不利益変更があるかぎりは、就業規則の変更には合理性が必要となると考えられており、ほかの条件の引上げはB変更後の就業規則の内容の相当性において考慮されるにとどまります。  また、近年で重視される傾向にあるのは、C労働組合などとの交渉の状況です。労働組合がない場合には、労働者たちに対する説明会の実施や労働者から選ばれた過半数代表者との協議などがこの要素として考慮されることがあります。  さらに、Dその他就業規則の変更に係る事情としては、社会一般の状況や代償措置の内容、その他の労働条件の改善状況などが含まれると考えられています。 2 手当廃止と経過措置による不利益変更  今回は、特殊業務手当という手当を廃止するために、基本給などの昇給措置をとり、廃止にあたっては経過措置として20%ずつ実施した事案において、賃金減額の不利益変更が有効と認められた事案を紹介します(東京地裁立川支部令和5年2月1日判決)。  当該事案は、病院を運営する法人において、精神病棟に勤務する職員のみに特殊業務手当が支給されていました。その理由は、過去の制度において、精神病棟に執務することの負担を考慮して、支給するものとされていたからでした。  他方で、現在では、精神病棟のみならず、一般病棟においても精神病患者を受け入れているなど、かつてほどの相違がなくなっていたことから、特殊業務手当の廃止を決断するに至ったという背景があります。  また、約7年間経常収支が赤字の状態が継続しており、給与制度の適正化を含む取組みにより黒字化や繰越欠損金の削減を図ることが、厚生労働大臣より求められている状況から、労働条件変更の必要性が肯定されています。  なお、特殊業務手当について、4年の経過措置で廃止すること(1年25%ずつの削減)を提案していたところ、労働組合との交渉の結果、5年(1年20%ずつの削減)に変更したうえで、地域手当や基本給などほかの賃金項目の引上げなどにより不利益性を緩和した結果、賃金変更の合理性が肯定されるという結論になっています。  なお、多くの裁判例において、賃金の不利益変更については、「高度の必要性」がないかぎり、有効とは認められにくかったのですが、この裁判例では、「高度の必要性」はなくとも変更の合理性を認めたという点に特徴があります。  そのような結論を導いた背景としては、精神病棟の職員のみに支給すべき事情が失われていたこと、減額の幅が最大でも3.92%程度にとどまっていたこと、労働組合との協議が2カ月という短期間に5回と多数回行われたうえ、協議以外の場においても交渉を行い、双方の条件を調整するための提案を行っていたことなどが考慮されています。なお、この事案では、労働組合は、提案された内容に対して賛成しておらず、最終的に労働組合と合意ができたわけではありませんでした。  これらの事情は、就業規則を不利益変更するにあたって重要な事情が網羅されているといえそうです。就業規則変更のプロセスにおいて、労働組合との協議のなかで提案を修正するなどして合理的な条件を見出すほか、短期間で実現する必要がある場合にはスピード感をもって回数を重ねることも意義がありそうです。また、全体の従業員について不利益変更後の賃金額を試算して、その結果を見たときに最大の減額幅(3.92%)が把握できていたという事情も重要でしょう。  仮に特殊業務手当を削減しなければならないという目的だけをもって、不利益緩和措置や減額にともなう従業員に生じる不利益の程度が試算できていなかった場合には、このような結論にはならなかったと思われます。