いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第47回 「出向・転籍」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。 出向・転籍は人事異動の一つ  今回は、出向・転籍について取り上げます。  出向・転籍は人事異動の一つです。人事異動とは、社員の所属する組織や地位、勤務条件などが変わることをいいます。  人事異動のうち、社員の所属する組織を変えるおもな行為が配置転換・出向・転籍です。このうちほぼすべての企業で行われるのが配置転換で、自社内において、勤務地や所属する部署・職務が変更となることをさします。一方で、自社以外の企業へ所属や職務が変わることが出向・転籍で、「社外への異動」というのが配置転換との違いになります。 出向は元の会社との雇用関係あり  それでは、出向と転籍について具体的にみていきたいと思います。まずは出向ですが、図表の〔出向〕にある通り、労働者が出向元企業(自社)と出向先企業(他社)と労働契約を結び、双方と雇用関係を持ちながら職務に従事することをいいます。労働者がもともと労働契約を結んでいる企業に在籍したまま他社の仕事をすることから在籍型出向とも呼ばれます。民法上では、労働契約の権利を使用者(雇用主)が第三者に譲り渡すことはできないとされていますが、本人の合意または就業規則に基づく異動命令※1により実施されることになります。  出向を実施するにあたり必要となるのが、出向元・出向先間で結ばれる出向契約です。出向契約で定めておくことが望ましい事項の代表的なものとして、出向期間、職務内容・職位・勤務場所、就業時間・休憩時間、休日・休暇、賃金・手当などの負担、社会保険・労働保険の扱い、福利厚生の扱い、人事考課の実施方法、途中解約の条件があげられます※2。このうち、就業時間・休憩時間、休日・休暇、安全配慮・労災保険などの就労にかかわる部分は出向先、解雇については出向元の就業規則に従います。賃金に関しては、出向元・出向先のいずれが給与を支払う窓口となるか、支給水準や各々の支払いの負担(出向負担金)をどうするかは両社の協議で定め、厚生年金・健康保険は賃金の支払窓口となる企業の適用、雇用保険は賃金負担の大きい企業の負担というのが基本的な考えとなります。 転籍は元の会社との雇用関係がなくなる  次に転籍ですが、図表の〔転籍〕をみると、転籍元と労働者間は雇用関係終了となり、転籍先と労働者間のみ雇用関係ありとなっています。このように、元の会社との労働契約を終了させ、転籍先と労働者間で新たに労働契約を結ぶことを転籍といいます。転籍元・転籍先・労働者間で結ぶ転籍契約に基づき、一定期間出向した後に、出向元企業との雇用契約を終了させると同時に、出向先企業との雇用契約を発生させるケースが多いことから転籍型出向と呼ばれることがあります。ただし、企業が保有する事業の一部または全部を他社に譲り渡す事業譲渡や、別会社に移転する会社譲渡にともなう転籍もあるため、転籍は出向と必ずしも一緒に行われるというわけではありません。  転籍における出向との大きな違いは、労働者の個別の合意なく企業の一方的な命令だけでは転籍させられない点にあります※3。また、出向契約に定めるような、労働条件や賃金などについての出向元・出向先どちらの規程に従うかといった別はなく、すべて転籍先の規程に従うことになります。ただし、転籍による労働者の処遇への影響が避けられないことから、転籍前の給与水準を維持する、退職金の支給や年次有給休暇の付与日数において、転籍前の勤務期間を通算するなどの個別の定めをするケースもみられます。 出向と転籍にはメリットも大きい  かつて大ヒットした銀行を舞台にした某ドラマで、出向や転籍だけはしたくないといったシーンがたびたびあったように、特に労働者側の立場からは、出向・転籍に対して消極的な印象が強いかと思います。たしかに、以前は人員数や人件費削減のためになかば強制的に子会社や関連会社に出向・転籍させ、同時に給与水準を引き下げるといった運用が多くみられたことは否めません。しかし、近年ではその状況は変わりつつあります。  例えば、2021年の「在籍型出向に関するアンケート結果について」※4をみると出向先での業務経験により知識・スキルが高まった、出向先での交流を通じて人的ネットワークが広がった、出向先での業務経験によりキャリアの選択肢が広がったというキャリア形成・能力開発に関するメリットを見出す労働者側の回答が目立ちます。ここでは転籍については触れられていませんが、出向先の業務が気に入って自ら転籍を希望するという事例は実際に耳にします。  また、人員数や人件費の調整ではなく、社内や企業グループ内でのキャリア形成を目的に、本人希望や公募を起点とした出向・転籍を実施する企業も増えています。このほか、人手不足のなか、社員が社外に転職する前に、社内の異なる仕事に目を向けてもらいリテンション(人材流出防止)を図ることを目的としたり、高度な専門的スキルを有する人材を本社等で採用し、一定期間従事後に子会社等に出向・転籍させることでグループ全体の専門レベルを引き上げる施策をとる企業も増えています。  多様な働き方が求められるなか、今後は出向・転籍もキャリアの幅を広げる機会ととらえられることが増えていくのではないでしょうか。  次は、「役員報酬」について取り上げます。 ※1 出向先での賃金・労働条件、出向の期間、復帰の仕方など就業規則や労働協約等によって労働者の利益に配慮して整備されている、また出向命令が使用者の権利の濫用ではないといった前提が必要 ※2 『在籍型出向「基本がわかる」ハンドブック(第2版)』(厚生労働省)。在籍型出向の詳しい解説や出向契約書の参考例あり ※3 会社分割による場合は、労働者の個別の合意なく、分割契約書の定めによる包括的同意のみで転籍可能とされている ※4 都道府県労働局にて産業雇用安定助成金の計画届を受理した出向元・出向先事業主および在籍型出向を経験した労働者に対して都道府県労働局が2021年8月に実施した調査 図表 出向・転籍 〔出向(在籍型出向)〕 出向契約 出向元 出向先 労働者 雇用関係 雇用関係 〔転籍(転籍型出向)〕 転籍契約 転籍元 転籍先 労働者 雇用関係の終了 雇用関係 出典:「出向等に関する参考資料」経済産業省北海道経済産業局、筆者一部加工