特別寄稿 「介護が必要になる従業員の親」からみた「仕事と介護の両立支援」の課題 玉川大学経営学部教授 大木(おおき)栄一(えいいち) 1 親子が協力して乗り切る大介護時代に突入  介護保険制度が導入された2000(平成12)年以降、高齢化の進展を背景に、介護保険サービスに対するニーズは拡大を続けている。これにともない、介護人材(介護職や看護職など)については、2000年の介護保険制度創設当時の約55万人から順調に増加を続け、2013年には約171万人となり、要介護高齢者等に対する介護サービス提供を支えてきた(厚生労働省「介護サービス施設・事業所調査」〈2014年〉)。また、厚生労働省「衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」(2017年)によれば、介護施設で働く看護職は2006年では13万7102人であったのが、2016には22万1020人になり、ここ10年間で60%以上もの伸びを見せており、今後、よりいっそう介護分野での看護職のニーズは高まっていくと予想される。しかし、現状では、介護サービスの需要の高まりに、安定した人材確保が追いつかない状況にある。団塊世代全員が75歳以上となる2025(令和7)年には、5人に1人が75歳以上、3人に1人が65歳以上という超高齢化社会に突入する。要介護者も大幅に増えると予想され、大量介護への対応が必要な「2025年問題」が迫っている。高齢者人口の増加は要介護者数の増加につながり、子や子の配偶者が介護をになうケースが多い日本では、その世代にあたる、いわゆる働き盛りの世代の介護の負担が増す可能性が高いと考えられる。  このように増え続ける高齢者の介護をいったいだれがになっているのだろう。厚生労働省「国民生活基礎調査」(2001年および2010年)によると、2001年および2010年いずれも「同居する家族」(2001年が71.1%、2010年が64.1%)におもに介護されている。次いで「事業者」(同9.3%、同13.3%)による介護が多く、これに、「別居する家族」(同7.5%、同9.8%)による介護が続いている。さらに、同居する家族の内訳をみると、いずれも「配偶者」(同25.9%、同25.7%)の割合が最も高く、次いで、「子」(同19.9%、同20.9%)、「子の配偶者」(同22.5%、同15.2%)となっている。公的介護保険の導入により介護の外部化が進み、同居家族による介護が減少し、事業者による介護が増加しているが、それでも要介護者の6割強が同居する家族に介護されている状況にある。加えて、同居するおもな介護者として「子の配偶者」の割合が7.3ポイント減少しており、働く妻が増えて夫の親の介護まで手が回らない現実があると推測される。  同居のおもな介護者の性別をみると、2001年では、女性が76.4%、男性が23.6%であったのに対して、2010年では、女性は7ポイント減少して69.4%、これに対して、男性は30.6%になり、男性の割合が増えている。このことは介護のにない手の男性シフトが続いていることを示している。その理由として40〜50歳代の女性の就業率が高まり、共働き世帯が増加していることが考えられる。さらに、同居している家族介護者のうち「子」の年齢(2010年)についてみると、男女ともに5割以上(女性52.6%、男性56.5%)が40歳代から50歳代になっており、仕事を持っている中高年介護者が増えている。  そのため介護を理由とする離職者(介護離職者)も増加している。総務省統計局「就業構造基本調査」(2017年)によれば、過去1年間(2016年10月〜2017年9月)に「介護・看護のため」に前職を離職した者についてみると、9万9000人(過去1年間に前職を離職した者に占める割合1.8%)で、うち男性は2万4000人、女性は7万5000人となっており、女性が74.1%を占めているが、男性比率の推移をみると、2002年10月〜2003年9月までの間の16.0%から、2011年10月〜2012年9月までの間には19.5%、2016年10月〜2017年9月までの間の24.2%となっており、上昇傾向にあることがうかがわれる。  このように多くの中高年男性にとって親の介護は配偶者任せにはできなくなり、自らが当事者になることをあらためて認識する必要がある時代に突入した。また、要介護者になったときの子どもの仕事と介護の両立支援も大きな課題になっている。 2 60歳代は自分の介護について子どもとどの程度話し合っているか  筆者が執筆に参加した、60歳代(調査時点で団塊世代と呼ばれていた64歳〜67歳)を対象にしたアンケート調査をまとめた(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)〈2015〉『団塊世代の就業・生活意識に関する調査研究報告書ー2014年調査ー』(第8章)によれば、子どもがいる60歳代(1629人)が自分の介護が必要になったとき、配偶者に頼れない場合、どのような対応をするか明らかにしている。  それによれば、子どもと「話し合ったことがある」(「話し合ったことがある」1.5%+「ある程度話し合ったことがある」9.8%)が11.3%、「話し合ったことがない」(「あまり話し合ったことがない」32.3%+「話し合ったことがない」56.4%)が88.7%であり、60歳代の9割弱が、自分の介護について子どもと話し合っていないことになる(図表1)。こうした結果は大介護時代を乗り切るために、まだ、十分な準備に取りかかっていないことを表している。  こうした60歳代の自分の介護に関する子どもとの話合い状況については男性よりも女性の方が自分の介護について子どもと話し合っている。また、現在の就労状況別にみると、就労状況にかかわらず、自分の介護について子どもと話し合う比率は変わらない。これに対して、60歳代の介護保険制度の仕組みに関する知識の保有状況別にみると、介護保険制度の仕組みに関して知っている者ほど、自分の介護について子どもと話合いを行っており、介護保険制度の仕組みを知ることと自分の介護について子どもと話合いを行うことは密接な関係にある。  ちなみに、同報告書では、60歳代が「介護保険制度の仕組みをどの程度知っているのか」についても明らかにしている。それによれば、介護保険制度の仕組みについて「知っている(「知っている」6.3%+「ある程度知っている」45.6%)が51.9%、「知っていない」(「あまり知らない」44.1%+「知らない」4.0%)が48.1%であり、60歳代の5割弱が介護保険制度の仕組みを知らないことになる。また、「知っている」者の多くが「ある程度知っている」にとどまっており、「介護保険制度の仕組みに関する知識」が十分であるとはいえない状況にある。こうした結果は、大介護時代を乗り切るために、まだ、十分な準備に取りかかっていないことを表している。 3 介護が必要になったとき自分の子どもは就労を継続することができるか  自分(60歳代)の介護が必要になったとき、配偶者に頼れない場合、あなたの介護をになう子どもは「就労を継続することができると思う」(「就労を継続することができると思う」26.6%+「ある程度就労を継続することができると思う」30.3%)が56.9%、「就労を継続することができないと思う」(「あまり就労を継続することができないと思う」24.7%+「就労を継続することはできないと思う」18.5%)が43.2%であり、6割弱が、自分に介護が必要になったとき、子どもは就労を継続することができると考えている(図表2)。  こうした子どもが就労を継続できるかどうかについては、介護保険制度の仕組みに関して知っている60歳代ほど、介護をになう子どもは就労を継続することができると考えている者も多くなっている。同様に、自分の介護に関して子どもと話し合っている機会が多い60歳代ほど、介護をになう子どもは就労を継続することができると考えている者も多くなっている。  つまり、自分の介護をになう子どもが就労を継続することができるかどうかについては、介護保険制度の仕組みの知識、あるいは、自分の介護について、どの程度子どもと話し合っているか、いいかえれば、子どもとのコミュニケーションと密接な関係にあることがうかがわれる。 4 求められる「仕事と介護の両立支援」の整備  60歳代の5割弱が介護保険制度の仕組みを知らないだけではなく、「知っている」者の多くが「ある程度知っている」にとどまっており、「介護保険制度の仕組みに関する知識」が十分であるとはいえない状況にある。加えて、60歳代の9割弱が、自分の介護について子どもと話し合っていない。つまり、自分の介護について、子どもとのコミュニケーションが十分にできていないことを表している。こうした結果は、60歳代が大介護時代を乗り切るために、まだ、十分な準備に取りかかっていないことを表している。  しかしながら、大介護時代を乗り切るためには、60歳代自身だけが準備するだけでなく、その子どもも準備に取りかかる必要がある。そのためには、60歳代の親を持つ子どもが介護保険の仕組みに関して知識を持ち、介護について親と話合いを行うことも重要である。さらに、社会全体で、とくに、企業においては、従業員の介護に備えて、「介護と仕事の両立支援の構築」が求められる。  仕事と介護の両立の課題は、女性だけの問題ではなく、男女共通の課題であると同時に、当該層は企業経営をになう中核人材でもある。こうした中核人材が仕事と介護の両立に困難やストレスを感じたり、仕事と介護の両立が困難となることで離職に至ると、企業としての損失はきわめて大きなものとなる。したがって、従業員の介護の実態や仕事と介護の両立にかかわるニーズを的確に把握し、仕事と介護の両立を支援することが、企業経営としてもきわめて重要な課題となる。  介護の必要が長く続くことを考えると、仕事と介護の両立支援では、育児への支援とは異なり、長期間の休業による対応を前提とするよりも、通常の働き方を改革してワーク・ライフ・バランスを実現できる職場としたり、半日単位や時間単位で利用できる介護のための休暇制度や短時間勤務などの柔軟な勤務形態の整備をすることで働きながら介護を行うことができる仕組みを構築することが重要である。  さらに、働く時間(とくに、残業時間)の短縮も大きな課題であり、そのためには、職場の管理職の管理行動の改革が必要不可欠である(詳しくは、大木栄一・田口和雄(2010)「「賃金不払残業」と「職場の管理・働き方」・「労働時間管理」賃金不払残業発生のメカニズム」『日本労働研究雑誌』No.596を参照)。仕事の計画能力が欠如している上司、無駄な仕事を指示する上司ではなく、残業前提に仕事の指示をする、評価を行う際に残業時間の長さを考慮するような時間管理能力が欠如している上司の下で働く従業員ほど、実残業時間が長くなっている。つまり、仕事の計画と配分の管理行動より、部下への時間管理行動が適正に行われないと残業時間は長くなりやすくなるということである。 ※ここで取り上げた報告書の執筆に際して、JEEDの鹿生治行上席研究役から協力を得ました。記して謝意を表します。 図表1 自分(60 歳代)の介護に関して、どの程度子どもと話し合っているか (単位:%) 件数 話し合ったことがある 話し合ったことがない 話し合ったことがある ある程度話し合ったことがある あまり話し合ったことがない 話し合ったことがない 全体 1,629 11.3 1.5 9.8 32.3 56.4 88.7 性別 男性 1,415 9.5 1.1 8.4 30.5 60.0 90.5 女性 214 23.4 4.7 18.7 43.9 32.7 76.6 現在の就労状況別 主に仕事をしている 555 10.6 0.9 9.7 33.9 55.5 89.4 仕事をしていない 1,074 11.7 1.9 9.8 31.5 56.9 88.4 介護保険の仕組みに関する知識の保有状況別 知っている 102 30.4 9.8 20.6 31.4 38.2 69.6 ある程度知っている 743 15.0 1.3 13.7 34.9 50.1 85.0 あまり知らない 719 5.3 0.7 4.6 31.7 63.0 94.7 知らない 65 4.6 0.0 4.6 10.8 84.6 95.4 (注)子どもがいる64歳〜67歳の回答 出典:(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(2015)「団塊世代の就業・生活意識に関する調査研究報告書−2014年調査−」 図表2 介護が必要になったとき自分の子どもは就労を継続することができるか (単位:%) 件数 就労を継続することができると思う 就労を継続することはできないと思う 就労を継続することができると思う ある程度就労を継続することができると思う あまり就労を継続することができないと思う 就労を継続することはできないと思う 全体 1,629 56.9 26.6 30.3 24.7 18.5 43.2 介護保険の仕組みに関する知識の保有状況別 知っている 102 65.7 30.4 35.3 23.5 10.8 34.3 ある程度知っている 743 62.7 29.5 33.2 21.5 15.7 37.2 あまり知らない 719 50.6 22.9 27.7 28.4 21.0 49.4 知らない 65 44.6 27.7 16.9 21.5 33.8 55.3 介護に関して子どもと話し合っている程度別 話し合ったことがある 25 84.0 56.0 28.0 0.0 16.0 16.0 ある程度話し合ったことがある 159 75.5 25.8 49.7 16.4 8.2 24.6 あまり話し合ったことがない 526 57.6 23.2 34.4 30.0 12.4 42.4 話し合ったことがない 919 52.5 27.9 24.6 23.7 23.8 47.5 (注)子どもがいる64歳〜67歳の回答 出典:(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(2015)「団塊世代の就業・生活意識に関する調査研究報告書−2014年調査−」