技を支える vol.340 電力インフラを支える変圧器の心臓部をになう 変圧器組立工 深山(みやま)茂雄(しげお)さん(62歳) 「仕事をやらされている意識では進歩しないので、つねに製品に愛情を持ち、よいものを早くつくろうと考えるように後輩たちに伝えています」 一人で担当する巻線作業は技能が求められる仕事  私たちが電気を利用するうえで、欠かせない設備の一つに変圧器がある。発電所から電気を送る際、送電線の抵抗によって電気の損失が生じる。この送電損失を減らすには、電流を少なくする必要がある。そこで、発電所で発電した電気は、電流を少なくするために電圧を上げて送電され、変電所を経由して工場やビル、一般家庭などで必要な電圧に下げて利用される。その際に使用されるのが変圧器だ。  変圧器を主力製品として製造している、富士電機株式会社千葉工場(千葉県市原(いちはら)市)に勤務する深山茂雄さんは、40年以上にわたり変圧器の巻線作業に従事。令和5年度「現代の名工」に選ばれた。  変圧器は、基本的に鉄心に電線を巻いた一次コイルと二次コイルで構成され、電磁誘導の法則を利用して電圧を変換する。電力は一次コイルによって磁気エネルギーに変換され、鉄心を介して二次コイルに伝達し、再び電力に変換される。電圧は、それぞれのコイルの巻数比を変えることで調整できる。変圧器の心臓部といえるコイルをつくるのが巻線作業だ。  「共同作業が多い工場のなかで、一つのコイルを一人で担当する巻線は唯一の個人作業です。図面に表せない部分が多く、電線を巻く際の張り具合の調整など、体で覚える要素が多い仕事といえます」  深山さんがおもにたずさわってきたのは、変電所や工場などで使用される大型の変圧器で、コイルだけでも1〜15トンの重さがある。61ページの写真のような大きな巻型に、電線を重ねて巻いていく。電線や巻き方には、それぞれ用途に応じてさまざまな種類があり、それらを一通り覚えて一人前となる。さらに、変圧器は受注生産で毎回仕様が異なるため、豊富な経験が必要になる。  「コイルは決められた仕様・工数内に仕上げる必要があります。例えば寸法なら、1.5ミリ前後の範囲内に収めなければなりません。正確性と品質を保ちつつ、効率よく仕上げる技能が求められます」 新たな製造法を導入し品質・効率の向上に貢献  深山さんは製造方法の改善にも取り組んできた。その一つに「竪型(たてがた)巻線(まきせん)技法ぎほう)」(竪巻き)の導入がある。同社の巻線作業は、61ページの写真のように、横にした巻型に電線を縦方向に巻いていく方法(横巻き)のみで行われてきたが、電線が太い場合、上に重ねて巻いていくとねじれやすいという欠点がある。巻型を立てて電線を横に巻いていく竪巻きであれば、電線を上に積み重ねていけるため、太い電線でも巻きやすい。そのため、設計の自由度が増したという。  「竪巻きでつくるコイルは工場で使われる変圧器のものが多いです。工場の変圧器は電源のオン・オフが多く、電源を入れるたびに振動が起こるため、コイルに緩みがあると崩れやすくなります。竪巻きにしたことで緩みが生じにくくなり、耐久性も向上しました」 後進の育成を加速させる「巻線道場」を提案  ものづくりが好きだった深山さんは、工業高校電気科を卒業し、1980(昭和55)年に富士電機株式会社に入社。1年間の研修を経て巻線の職場に配属された。  「最初の1年ほどは覚えることが多くて』きついな』と思いましたが、早く一人前になりたくて、毎日夜遅くまで働きました。仕事ができるようになると、自分の腕が出来栄えに表れるところにおもしろさを感じるようになりました」  深山さんの入社当時は、電線やコイルの種類を一通り覚えるのに10年かかるといわれていたそうだ。現在、その期間は半分ほどに短縮されている。それを可能にしたのが、深山さんが提案した「巻線道場」の存在だ。職場のOBが指導役となり、若手が巻線作業を練習できる場である。  「早く一人前になれば、仕事のおもしろさも早くわかる」と、自身がつちかってきた技能を、今後も後進の育成に活かしていく考えだ。 富士電機株式会社千葉工場 TEL:0436(42)8110 https://www.fujielectric.co.jp (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) 写真のキャプション 現在は生産管理課主任として工程管理や品質保証を担当するが、繁忙期には現場を手伝う。教え子だった現場のリーダーに指導面でアドバイスをすることも 東京湾に面している千葉工場。中央の大きな建屋が変圧器工場。大型の変圧器はクレーンで船に積んで出荷される(写真提供:富士電機株式会社) 61ページ写真の右奥には、電線ドラムが設置された架台がある。そこから自動で送られてくる電線の張り具合を調整しながら巻いていく 巻線作業の担当者が共同で使用するスパナ、ハンマー、ペンチ、カッターなどの工具類。必要時にすぐに使えるように整理整頓されている 深山さんが確立させた竪型巻線。横型巻線ではねじれてしまう幅の太い電線を巻けるようになり、設計の自由度が増し、耐久性も向上した(写真提供:富士電機株式会社) 千葉工場の主力製品である大型変圧器。受注生産により、半年〜1年程度をかけて製作される(写真提供:富士電機株式会社)