Leaders Talk No.110 シニア人材の活性化に向け定年延長担当業務・役割を明確化し活躍を促進 前澤工業株式会社上席執行役員管理本部長 菊地和信さん きくち・かずのぶ 1987(昭和62)年に前澤工業株式会社に入社。2015(平成27)年より経営管理本部人事部長を務め、2017年に執行役員に就任。2020(令和2)年より管理本部副本部長、2021年より上席執行役員管理本部長を務める(2023年まで人事部長を兼任)。  1937(昭和12)年創業の前澤工業(まえざわこうぎょう)株式会社は、各種水処理施設や、それに関連した機器・装置の設計・製作・据付などを行う、水≠ノかかわる専業メーカー。創業以来つちかってきた高い技術力と開発力で、人々の暮らしを支えている。同社では2018(平成30)年に65歳定年制と70歳までの継続雇用制度を導入している。今回は、同社における高齢者雇用の取組みについて、上席執行役員管理本部長の菊地和信さんに、お話をうかがった。 閉塞感からの脱却を目ざし65歳定年と70歳までの継続雇用制度を導入 ―貴社では、2018(平成30)年6月に、65歳への定年延長および70歳までの継続雇用制度を導入されました。その経緯とねらいについてお聞かせください。 菊地 もともと、60歳を過ぎても元気であればいつまでも働き続けてもらいたいし、以前の定年年齢の60歳が節目である必要はないと思っていました。加えて、事業を継続し発展させていくうえで、技術やノウハウの継承は不可欠です。高齢社員は後進の育成以外にも会社に貢献できるスキルや経験があり、その能力をもっと発揮してほしいという思いもありました。「生涯現役時代」、「人生100年時代」という言葉があたり前になりつつある時期でしたし、60歳、65歳を超えても、まだまだ勉強して成長する可能性はどんな人にもあると思い、制度改定を行いました。  また、もう一つのねらいとして、高齢社員のモチベーション維持の妨げになる要因を排除したかったということもあります。従来の再雇用制度は、1年契約の嘱託社員で処遇もかなり下がります。さらに、60歳まで課長、部長を務めていた管理職が、定年を境に一契約社員になり、元部下の部下になってしまう。環境の急激な変化がモチベーションに悪影響を与えていたことは否めません。当時、社長から「会社の閉塞感を脱却したい、何かよいプランはないか」とたずねられ、評価制度や給与体系の改革なども含めて行ったさまざまな提案のなかの一つとして定年延長があり、これを先行して進めることになったのです。 ―定年を一律に65歳に引き上げるのではなく、60歳、63歳、65歳から選択できる選択定年制を採用していますが、その理由は何でしょう。 菊地 定年を間近に控えた50代後半の社員のなかには、60歳定年を前提に生活設計などいろいろ準備をしていた人もいます。「60歳定年を一区切りにし、セカンドキャリアに踏み出したい」という人もいれば、「もう少し準備が必要だから63歳で辞めたい」という人もいるでしょうし、そういう人たちにとって、一律に定年を延長することが幸せなのかを考えて選択定年制にしました。  制度導入から6年が経過し、現在も選択定年制のままですが、60歳・63歳での定年を選択したのは、制度導入時に数人いた程度で、ほとんどの人が65歳定年を選択しています。なお、2030年度をもって、選択定年制は廃止する予定です。 ―制度改定以降の高齢社員の処遇について教えてください。 菊地 旧制度では、60歳定年以降、処遇は半額程度まで下がっていましたが、制度改定後、60歳以降の賃金水準は60歳時の75〜85%強程度になるように設計しています。当社の基本給は、基礎給(年齢給)と職能給(等級に応じて支給)で構成されており、具体的には51歳以降は基本給を少しずつ減額し、職能給は60歳時の水準を維持します。60歳以降の昇給はありませんが、賞与は60 歳以前と同基準で支給しています。  また、管理職については、組織運営上どうしても必要な人材については、60歳以降も課長や部長として残ってもらう例もありますが、原則的に60歳で役職定年となります。以降は一般職となりますが、管理職経験者には「シニアリーダー」、部長経験者のなかから一部の人材については「シニアマネージャー」という新たな役割を付与しています。  シニアリーダーは、マネジメントが得意な人であれば管理職を補佐したり、知識・技術・ノウハウを活かし後進を指導・育成したり、一プレイヤーとして業績向上に貢献してもったりと、所属部署と話し合ってそれぞれの個性や希望に沿った活躍を期待しています。賃金については管理職を外れるので本来なら職能等級が下がり、職能給も減額されることになりますが、職能等級はそのまま残し、等級に応じて一定額を支給するほか、シニアリーダー、シニアマネージャーの役職手当も支給しています。一方で、身分は一般職になるので残業手当の支給対象にもなります。  退職金については、勤続年数や職能等級に応じてポイントを付与するポイント制としており、60歳以降はポイントの加算はなく、65歳の定年時に退職金を支払っています。 役職定年者の新たな役割「シニアリーダー」、「シニアマネージャー」を創出 ―制度改定後、社員の意識や働く意欲はどう変化しましたか。 菊地 65歳に定年を延長したことで、正社員という安定した状態で将来のライフプランを描けますし、仕事に対する向き合い方も前向きになったと感じています。管理職を降りてもシニアリーダーという一目置かれる立場になり、仕事に対する意欲や質の向上にもつながっていると思いますし、65歳からの継続雇用に向けてスイッチしていく助走にもなっています。 ―65歳以降の継続雇用にあたっては、一定の基準などを設定しているのでしょうか。 菊地 人事評価が著しく悪い、懲戒処分を受けている、あるいは健康上65歳を超えて働くことがむずかしいといった形式的な基準はありますが、基本的には本人が希望すれば、65歳定年以降も1年ごとに契約を更新する継続雇用に移行します。  フルタイム勤務を原則としていますが、家族の介護など、さまざまな事情を抱えている社員もいるので、それぞれの職場で検討し、人事に申請することで柔軟な働き方を認めています。多いのは週4日ないし週3日勤務ですが、所定労働時間はそのままで、出勤・退勤時間を1時間ずつ早めるなどの例もあります。また、家族の介護の関係から定時出勤・退勤がむずかしくなっていた社員に、一時的に月給制から時給制で働くことを認めたケースなどもあります。 継続雇用者向けの新たな評価制度がモチベーション維持・向上のインセンティブに ―継続雇用の社員に意欲を持って働いてもらうために何か工夫していることはありますか。 菊地 1年間に担当する業務やミッション、期待する成果を上司と話し合って記入する「担当業務記述書」に基づいて評価する仕組みを設けています。目標管理制度のようなものですが、プレイヤーとして目ざす数値目標や、「この人を育成します」といった、特に力を入れる項目を記入し、契約更新日にこの「業務成果」と「責任感」、「リーダーシップ」の3点について自己評価と上司評価を行います。この評価結果は継続雇用終了の70歳のときに支給される「功労金」に反映されます。標準のB評価が5ポイント、A評価が20ポイント、S評価が40ポイントになり、1ポイントの単価は1万円です。S評価を取り続ければ5年間で200万円になりますし、働くインセンティブとして機能していると思います。  もう一つ「行動評価シート」というものがあります。「後輩を育てることに熱心ですか」、「後輩の意見や考えに耳を傾けることが多いですか」といった項目を5段階評価するものです。実際の評価にはあまり活用しませんが、周囲の社員が本人の働きぶりをどう見ているのか、ふり返ってもらうためのフィードバックに使っています。 ―高齢社員に明確な役割と目標を明示することは重要ですね。継続雇用は70歳までですが、その先も見すえているのですか。 菊地 制度上は70歳というルールがありますが、じつは70歳以降もそれまでと同じ条件で1年更新で働いている社員もいます。職場のニーズがあり、本人も健康で意欲があり、期待する成果を出すことができる人材であれば、「70歳で終わり」という線引きはしていません。現在の最高齢者は74歳です。将来的にはエイジレスな制度への改定を行う可能性もありますが、いまは制度を変えなくても自然体でうまく運用できていると思っています。 ―65歳定年制を導入する企業はまだまだ少ないのが現状です。定年の延長も含めて65歳以降の雇用に取り組む企業にアドバイスをお願いします。 菊地 業界や業種の特性もありますし、企業が一律にやるべきなのかもわかりません。多くの会社は人材確保を出発点に、支払う賃金の問題も含めて検討に入っていると思いますが、当社も社員に長く勤めてもらうことを前提に検討を行いました。中途採用も増やしていますが、これまで数社の転職を経て入社した人にも、当社を最後に長く活躍してほしいですし、当社での勤務を通じて将来の生活設計を考えることができるような制度をつくってきました。大切なことは「シニアに何を期待するのか」という会社の軸を明確にすることだと思います。それが定まれば、定年延長や継続雇用制度の改定に向けた具体的な検討も進むでしょう。「世の中の動きがこうだから」など、周りに流されたうえでの制度変更は、いずれ無理がくるかもしれません。当社の制度改定も、最初は思いきった決断であり、勇気も必要でしたが、いまでは定着し多くの高齢社員が活躍しており、取組みを進めてよかったと感じています。 (聞き手・文/溝上憲文 撮影/中岡泰博)