高齢者の職場探訪 北から、南から 第145回 宮城県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 制度化=見える化で実現する 一生涯働くことができる職場づくり 企業プロフィール 株式会社MAYURA(まゆら)(宮城県仙台市) 設立 2011(平成23)年 業種 障害福祉サービス事業 社員数 30人(うち正社員数13人) (60歳以上男女内訳) 男性(10人)、女性(4人) (年齢内訳) 60〜64歳 3人(10.0%) 65〜69歳 3人(10.0%) 70歳以上8人(26.7%) 定年・継続雇用制度 定年は70歳。以降は運用により年齢の上限なく継続雇用  宮城県は東北地方の中東部に位置し、栗駒山(くりこまやまや)蔵王(ざおう)連峰を擁する奥羽山脈がそびえる県西部を山形県、南は福島県、北は岩手県・秋田県に接し、太平洋に面する東側は、三陸海岸南部のリアス式海岸および親潮と黒潮が交わる海流などのおかげで世界有数の豊かな漁場となっています。また、県北部に東北最長の北上川、南部に東北2番目の阿武隈川が流れ、県中部には日本三景に数えられる松島のほか、伊達政宗が開いたとして知られる東北唯一の政令指定都市である仙台市があります。  JEEDの宮城支部高齢・障害者業務課の浅井(あさい)鉄也(てつや)統括は「東日本大震災から13年が経過し基幹インフラである道路、河川、鉄道、港湾、空港とも100%復旧、防潮堤も99%の整備が完了しています。県全体の製造品出荷額は、内陸部の自動車関連が後押しし震災前の122%となっていますが、沿岸部だけでみると震災前の84%にとどまっています。水産業・水産加工業では、県内主要4漁港(気仙沼(けせんぬま)、女川(おながわ)、石巻(いしのまき)、塩釜(しおがま))の年間水揚量(2023〈令和5〉年)は20.3万トンで震災前の2010(平成22)年(31.3万トン)の65%であり、2022年12月時点で再開を希望する水産加工施設の98%が事業を再開しましたが、生産能力が震災前の8割以上まで回復した県内企業は68%、売上げが8割以上まで回復した企業は52%にとどまっています。また、売上げが戻らない理由として、人材の不足、原材料の不足、販路の不足・喪失があげられています。そのほか、2021年に復旧対象農地の100%が営農可能となっています。  観光分野では、2019年に観光客数が過去最高を記録したものの、近年は新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け震災前の水準を割り込んでいます※」と説明します。  同支部で活躍する氏家(うじいえ)明子(あきこ)プランナーは、企業の人事部門を経て、社会保険労務士の資格を取得。社会保険労務士事務所に勤務して研鑽(けんさん)を積んだ後に独立しました。もっぱら人事労務分野でつちかった経験と資格を活かしてプランナー活動を行っています。  今回は、氏家プランナーの案内で「株式会社MAYURA」を訪れました。 60歳以上が約半数、70〜80代も大活躍  株式会社MAYURAは、2011年に創業。宮城県仙台市内で複数の障害福祉サービス事業所を運営しています。パンの製造・販売を行う就労継続支援A型事業所「Petit Eclair(プチエクレア)」と就労継続支援B型事業所「青い鳥」を併設した多機能型事業所「Petit Eclair」をはじめ、同じく多機能型事業所の「いろはまるごと仙台港」、「Ma Rue(マル)」などを開設し、地域に根ざした複合的な障害福祉サービスを提供しています。  MAYURAで活躍する社員の約半数が60歳以上。代表取締役社長の千葉(ちば)真由美(まゆみ)さんは、高齢社員に対する期待と安心感を次のように語ります。  「例えば配達業務で納品や返品に出向いた際、若手社員は荷物を置いてくるだけのところを、高齢社員は先方としっかりコミュニケーションをとって戻ってきます。社外に出ればみんな会社の顔、会社を代表する社員ですから、その点で高齢社員は安心して仕事を任せることができます。また、子育て世代の場合、子どもの学校行事などの日程が重なってしまうことも少なくありません。高齢社員を含め多世代が働く職場であれば、子どもの行事や急な病気などで欠勤の人がいても補うことができます。さまざまな面で頼りになるので、今後も60歳以上の人材を積極的に採用していきたいと思っています」  専務兼部長の原(はら)豊樹(とよき)さんは、「当社では、働き方改革推進の旗振り役として安全衛生推進プロジェクトチームを立ち上げ、障害者と高齢者にやさしい職場づくりを目ざし活動してきました。例えば蛍光灯をすべてLED化したほか、社用車を安全性能の高い同一メーカーの車両に入れ替えたり、階段に手すりを設けるなどの対策を行っています」と話します。  そのプロジェクトチームを牽引する管理者の本間(ほんま)淳史(あつし)さんは「60代後半で入社して、いまは70歳以上の高齢社員が多く、しかもみなさんまだまだ元気です。75歳を超えている方もおり、私たちも負けていられないので、高齢社員のみなさんを見習っています」と頭が上がらないという面持ちでした。 制度改正に対応して「働きやすさ」を見える化  同社は2023年9月に定年制度を改定し、定年を65歳から70歳に延長しました。  「定年撤廃も視野に入れて検討していたのですが、顧問の社会保険労務士から『定年という区切りを設けて、その後の働き方などについて意思確認をすることも大切』とアドバイスを受け、70歳までの定年延長としました。70歳で一区切りつくとはいえ、それ以降の継続雇用でも処遇に変更はありません。70歳定年時には、体調や勤務継続の意思確認なども含め、対話をする機会にしています」(千葉社長)  また、2021年には、生涯現役で働きたい社員を支える制度として、病気の治療と仕事の両立を支援するための仕組みを整えました。本人同意のうえで診断書を提出してもらい、面談を通して病状などに配慮した支援計画を立てます。これについて氏家プランナーは、「病気休暇10日間を有給とするすばらしい取組みです。会社としては負担が大きいので、無給で導入する企業もありますが、会社に在籍し続けること自体の障壁を減らし、生涯現役で働き続けることができるようにという配慮が感じられ、社員を大切にしていることが伝わってきます」と驚いていました。  「病気の場合、先行きが見通せないことも少なくないので、治療に専念し、安心して職場に戻ってこられるように、制度化することで社員に見える化≠キることが大切だと思います。社員が困ったときや相談を受けた際に、『こんな制度があります』、『この制度を使いましょう』と示せるようになりました」と、千葉社長は成果についての手応えを述べました。  今回は、年齢を感じさせない働きぶりで会社に貢献している2人にお話を聞きました。 「生涯現役」を抱負に日々楽しく指導にあたる  藤井(ふじい)義雄(よしお)さん(79歳)は3年ほど前から、就労継続支援B型事業所「青い鳥」で職業指導員として働いています。もともと千葉社長とつき合いがあり、直接スカウトされたそうです。  「職業指導員の仕事は素人でしたから、若い世代と一緒になって仕事を覚えました。毎日、通所者と一緒に4時間ほど作業をしています。通所者の方には感情のコントロールが苦手な人もおり、たいへんなときもありますが、『今日も来て楽しかった』と、思ってもらえたら私の仕事はそれで完了です」と藤井さんは話します。  明るく闊達な話しぶりからも、80歳間近とは思えないバイタリティが垣間見えます。人づき合いが好きで、若いころから営業やタクシードライバーなど、人と接する仕事に就いてきたそうです。  「多方面においてスキルを持った方で、特に教えることがうまく、周りからとても頼りにされています」(原専務兼部長)  「仕事中はまったく年齢を感じさせないところがすごいと思います」(本間さん)  藤井さんは9時30分〜15時30分までの週4日勤務で、「時間帯がちょうどよい」と話し、無理なく働けているとのこと。「仕事は生きがい。規則正しい生活が送れて毎日楽しく、生涯働くつもりです」と抱負を話してくれました。 パンづくり一筋、パワフルに働く82歳  小野(おの)四市(よいち)さん(82歳)は、就労継続支援A型事業所「Petit Eclair」の工房で、パンづくりを通して通所者の就労支援を行っています。仕事は6時から12時まで。出勤するとまずサンドイッチ用の食パンをスライスし、その後パン生地の成形を通所者とともに行います。「決まった時間までにパンを焼き上げるのがたいへんです。生地は毎日状態が異なるのでそこがむずかしいところ。きちんと時間内に終えられると楽しいと感じます」とキリッとした面持ちで語ります。小野さんは製パンメーカーを定年退職後、小学生の交通誘導の仕事をしていたところ、通勤中の原専務と顔見知りになりました。原専務がたまたまPetit Eclairのパンを手渡す機会があり、「以前はパンづくりの仕事をしていて」と打ち明け、トントン拍子でMAYURAで働くことになりました。「MAYURAで働き出してもう13年。仕事を任せてくれるのでやりがいがあります」と小野さん。  「販売スキルが非常に高く、車で販売に出ると必ず完売して戻ってくるので驚いていました。年齢的に車の運転がむずかしくなってきたこともあり、本人も会社も泣く泣く販売業務を卒業し、成形の仕事に変更しましたが、生産量の増加におおいに貢献してくれています」(原専務兼部長)  工場長の伊藤(いとう)千秋(ちあき)さん(73歳)は、「小野さんはパンづくりの経験が長く、成形の手さばきが違います。やさしい人柄で怒らずに教えてくれるので、通所者のみなさんもわからないことがあれば、小野さんに質問に行くのです。業務の引継ぎもていねいで、さじ加減がポイントになる工程も含め、簡潔で正確に要所を説明してくれます」と高く評価していました。  伊藤さん自身も70代ということで話を聞くと、「会社には同世代の人が多く、みんな『年寄り』という感じはあまりありません。私はもともとパティシエとして働いていたので、おいしいものを提供することはやりがいです。これからも通所者一人ひとりに、技術をしっかり覚えてもらって、一人前になって社会に出られるよう力を尽くしたいです」と話してくれました。  今回の取材を終え氏家プランナーは「高年齢者雇用安定法改正に合わせて制度導入を実施する事業所は多いですが、導入した制度をどうすれば実際に活用できるのかというところまで落としこむ考えがすばらしいと感じました」と語り、今後の高齢者雇用の取組みにも期待を寄せていました。  将来的には定年撤廃も見すえているMAYURA。高齢社員のみなさんのますますの活躍が期待されます。(取材・西村玲) 氏家明子 プランナー アドバイザー・プランナー歴:3年 [氏家プランナーから] 「プランナーとして各方面の事業所を訪問し、高齢者雇用の取組みについて直にお話をうかがえることはとても貴重な機会となっています。そのなかで会社の取組みや理念、販売している商品などのファンになってしまう事業所は増える一方です。次の訪問が楽しみになっています」と話します。 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆宮城支部高齢・障害者業務課の浅井統括は氏家プランナーについて、「2021年度から当支部で活躍し、人事労務管理、職域・職務開発などを得意分野としています。高いコミュニケーション能力を有し、事業所訪問では担当者の雰囲気にも気配りしながら、現行制度に寄り添い、現状に即して無理なく実現できる制度改善提案に心がけ活動してくれています」と話します。 ◆宮城支部高齢・障害者業務課はJR仙石線多賀城駅より南東へ徒 歩約20分に位置する宮城職業能力開発促進センター(ポリテクセ ンター宮城)内にあります。立地する多賀城市は、古代に陸奥国府(むつこくふ)が置かれた地で、今年創建1300 年を迎えます。 ◆同県では、7人の70歳雇用推進プランナーが活動し、2023年度は364件の相談・助言業務を行い、115件の事業所に制度改善提案を行いました。 ◆相談・助言を無料で実施しています。お気軽にお問い合わせください。 ●宮城支部高齢・障害者業務課 住所:宮城県多賀城市明月2-2-1 宮城職業能力開発促進センター内 電話:022-361-6288 ※復興庁宮城復興局「宮城県の復興の現状−東日本大震災から13年−」(2024年3月) https://www.reconstruction.go.jp/topics/20240311_miyagikennohukkonogenjou.pdf 写真のキャプション 宮城県仙台市 Petit Eclair併設のベーカリーカフェ店内 原豊樹専務兼部長 通所者に寄り添って軽作業を進める藤井義雄さん パンの成形工程で作業を手助けする小野四市さん