いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第48回 「役員報酬」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、役員報酬について取り上げます。 役員報酬には支払い方法の種類が複数ある  役員報酬とは、簡単にいうと「役員に求められる役割・業務遂行等に対する対価」のことです。役員とは、取締役・執行役・会計参与・監査役・理事・監事および清算人という幅広い対象者となります※1。ただし、役員の対象によって支払い条件に異なる部分があることや、対象者数として最も多いのが取締役であることから、本稿では取締役に対する報酬≠中心に解説していきます。  最初に、役員報酬の種類について押さえていきます。役員報酬は、毎月の給与に該当する基本報酬とあらかじめ設定した条件(利益目標の達成や成長率等)を達成することで支払われるインセンティブ、退職時に支給される退職慰労金に大別されます。基本報酬は原則、毎月一定額で支払われることから固定報酬、インセンティブは支払い有無や支払額が条件達成度合いで異なることから変動報酬と呼ぶこともあります。  ここまでだと従業員の給与・賞与・退職金の関係に近くイメージしやすいと思いますが、従業員の給与等にあまりみられない支払い方法として、非金銭報酬というものがあります。従業員の場合は労働基準法上、給与は現金で支払うことと定められ、役員報酬でも基本報酬は現金(金銭報酬)で支払われることが多いのですが、インセンティブについては、上場企業の場合は会社の業績・成長と株価の関連性が強いことから、自社株式の付与をもって報酬とする株式報酬(非金銭報酬)を用いるケースが多くみられます。 役員報酬には税法上の制約もある  従業員の場合には、労働基準法等に定められている事項を遵守すれば給与・賞与等は会社毎のペイポリシー(支払いに対する基本的な考え方)に従って自由に設計でき、支払額については原則、法人税法※2上の損金(経費)として算入(損金算入)できますが、役員報酬の場合には次のいずれかの支払い方法に該当しない場合には損金算入が認められない※3という制約があります。 @定期同額給与・・・1カ月以下の一定期間ごとに同額で支給するもの。 A事前確定届出給与・・・所定の時期に確定額の金銭または確定数の株式等を支給することを事前に定めた届出書を税務署に提出し、届け出た時期と金額通りに支給するもの。 B業績連動給与・・・業務執行役員※4に対して業績に連動して支給するもの。利益の状況や株式の市場価格の状況などを示す指標を基礎として、支給額の算定方法が客観的に定められ、有価証券報告書などにより開示されていることなどの条件を満たす必要がある(有価証券報告書等の開示が条件となるため実質的には上場企業にしか使えない)。  なお、役員報酬の支給額や算定方法については、定款または株主総会決議によって定め、定期同額給与額に変更がある場合は事業年度開始から3カ月以内に支払いを開始、事前確定届出給与を支払う場合は定められた期限内に税務署に届出をする必要があるなど(詳細は国税庁ホームページ等を参照)の報酬決定・支給プロセス面での制約もあります。  このように役員報酬の支払い方法にはさまざまな制約がありますが、決算を見越した過大・過小な支払いを認めてしまうと、利益や支払うべき税金が調整できてしまうからだといわれています。 近年の役員報酬の傾向  最後に、役員報酬の近年の傾向についてみていきましょう。まずは水準感ですが、規模別や役位(ポジション)別にいくつかの統計が存在します。しかし、役員の報酬に対して社外に開示したくないという意識の企業も多く、各統計とも回答母数が少ないのが実情です。比較的母数が多い(企業規模計・1123社)統計が図表の「令和5年民間企業における役員報酬(給与)調査」の結果で、ほかの統計の数値と比較しても乖離がないため、おおよそこのくらいの水準感と認識してよいと思います。  同統計の第5表(報酬月額の改定状況)をみると、2022(令和4)年に増額改定した企業は42.5%(減額改定6.9%)、2023年増額改定(予定を含む)は31.4%(減額改定〔予定を含む〕5.4%)という状況です。上場企業については1億円超の報酬額が支払われる役員については、個人名と支払額等を有価証券報告書等で開示するように企業内容等の開示に関する内閣府令で定められていますが、2023年3月期決算の公表では、対象者717人(東京商工リサーチ調べ)と開示人数が過去最多と話題になりました。これらのことから、役員報酬水準は増加傾向にあるといえます。  支払い方法については、上場企業を中心とした株式報酬の導入増加が傾向としてあげられます。日本企業の役員報酬の特徴として固定報酬の比率が高くインセンティブ部分が薄いため「攻めの経営」ができていないという指摘があり※5、かねてより年度利益に連動した賞与の導入など短期インセンティブの拡大を図る企業は多くありました。しかし、短期的な業績向上だけではなく、中長期的な企業価値の向上を見すえた経営を促進するための仕組みの整備も必要との方針が日本再興戦略(平成27〈2015〉年6月30日閣議決定)で打ち出され、以降、中長期インセンティブとして株式報酬を導入する会社は年々増加し、一般社団法人日本経済団体連合会によると2015年時点で592社だった導入企業は2023年7月1日時点で2321社と4倍近くになっています※6。  次回は、「裁量労働制」について取り上げます。 ※1 各々の役割・設置条件については、本連載第16回「役員」(2021年9月号)を参照 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202109/html5.html#page=52 ※2 法人税……法人の企業活動により得られる所得に対して課される税。法人の所得金額は、益金の額から損金の額を引いた金額となる ※3 役員報酬の損金算入が認められないと損金と認められる額が小さくなり、課税対象となる所得が大きくなる ※4 業務執行役員……会社内での担当業務の責任者等として遂行における中心的な役割をになう立場の者 ※5 「『攻めの経営』をうながす役員報酬〜企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引〜」(経済産業省・2023年3月時点版)に詳しく記載 ※6 「役員・従業員へのインセンティブ報酬制度の活用拡大に向けた提言」(一般社団法人日本経済団体連合会・2024年1月16日) 図表 企業規模別、役名別平均年間報酬 役名 役名 役名 役名 役名 役名 役名 役名 役名 役名 役名 会長 副会長 社長 副社長 専務 常務 専任取締役 部長等兼任 監査等委員 監査役 専任執行役員 万円 万円 万円 万円 万円 万円 万円 万円 万円 万円 万円 企業規模 全規模 6,391.1 5,821.5 5,196.8 4,494.4 3,246.9 2,480.0 2,086.6 1,746.2 2,054.0 1,694.9 2,368.9 3,000人以上 9,305.8 *7,579.4 8,602.6 6,008.8 4,545.0 3,354.8 2,990.8 1,968.6 2,965.4 2,692.9 3,469.0 1,000人以上3,000人未満 5,813.1 *6,205.7 5,275.6 3,947.9 3,343.6 2,464.2 2,100.3 1,743.3 1,810.5 1,657.5 2,156.9 500人以上1,000人未満 5,636.4 *3,062.6 4,225.5 3,510.6 2,543.4 2,154.4 1,836.6 1,707.7 1,587.4 1,326.8 1,701.6 「*」は、集計実人員が20人以下であることを示す。 出典:人事院「令和5年民間企業における役員報酬(給与)調査」2024(令和6)年2月29日掲載 https://www.jinji.go.jp/kouho_houdo/toukei/0321_yakuinhousyu/0321_yakuinhousyu_ichiran.html