【表紙】 画像データです 【表紙2】 助成金のごあんない 65歳超雇用推進助成金 65歳超雇用推進助成金に係る説明動画はこちら 65歳超継続雇用促進コース  65歳以上への定年の引上げ、定年の定めの廃止、希望者全員を対象とする66歳以上の継続雇用制度の導入、他社による継続雇用制度の導入のいずれかの措置を実施した事業主の皆様を助成します。 主な支給要件 @労働協約または就業規則で定めている定年年齢等を、過去最高を上回る年齢に引上げること A定年の引上げ等の実施に対して、専門家へ委託費等の経費の支出があること。また、改正前後の就業規則を労働基準監督署へ届け出ること B1年以上継続して雇用されている60歳以上の雇用保険被保険者が1人以上いること C高年齢者雇用等推進者の選任及び高年齢者雇用管理に関する措置(※1)の実施 支給額 ●定年の引上げ等の措置の内容、60歳以上の対象被保険者数、定年の引上げ年数に応じて10万円から160万円 高年齢者評価制度等雇用管理改善コース  高年齢者の雇用管理制度を整備するための措置(賃金制度、健康管理制度等)を実施した事業主の皆様を助成します。 支給対象となる主な措置(注1)の内容 @高年齢者の能力開発、能力評価、賃金体系、労働時間等の雇用管理制度の見直しもしくは導入 A法定の健康診断以外の健康管理制度(人間ドックまたは生活習慣病予防検診)の導入 (注1)措置は、55歳以上の高年齢者を対象として労働協約または就業規則に規定し、1人以上の支給対象被保険者に実施・適用することが必要。 支給額 支給対象経費(注2)の60%(中小企業事業主以外は45%) (注2)措置の実施に必要な専門家への委託費、コンサルタントとの相談経費、措置の実施に伴い必要となる機器、システム及びソフトウェア等の導入に要した経費(経費の額に関わらず、初回の申請に限り50万円の費用を要したものとみなします。) 高年齢者無期雇用転換コース  50歳以上かつ定年年齢未満の有期契約労働者を無期雇用労働者に転換した事業主の皆様を助成します。 主な支給要件 @高年齢者雇用等推進者の選任及び高年齢者雇用管理に関する措置(※1)を実施し、無期雇用転換制度を就業規則等に規定していること A無期雇用転換計画に基づき、無期雇用労働者に転換していること B無期雇用に転換した労働者に転換後6カ月分(勤務した日数が11日未満の月は除く)の賃金を支給していること C雇用保険被保険者を事業主都合で離職させていないこと 支給額 ●対象労働者1人につき30万円(中小企業事業主以外は23万円) 高年齢者雇用管理に関する措置(※1)とは (1)55歳以上の高年齢者を対象としたもの (2)次のいずれかに該当するもの (a)職業能力の開発及び向上のための教育訓練の実施等、(b)作業施設・方法の改善、(c)健康管理、安全衛生の配慮、(d)職域の拡大、(e)知識、経験等を活用できる配置、処遇の推進、(f)賃金体系の見直し、(g)勤務時間制度の弾力化 障害者雇用助成金 障害者雇用助成金に係る説明動画はこちら 令和6年4月1日改正分 障害者雇用納付金関係助成金等のおもな変更点について New! 障害者雇用相談援助助成金の創設 障害者雇用相談援助事業を実施する事業者が、当該事業を利用する事業主に障害者雇用相談援助事業を行った場合に、助成します。 New! 障害者職場実習等支援事業の創設 障害者を雇用したことがない事業主等が職場実習の実習生を受け入れた場合等に、謝金等を支給します。 整理拡充 ●障害者作業施設設置等助成金・障害者介助等助成金の一部・職場適応援助者助成金について、加齢に伴って生ずる心身の変化により職場への適応が困難となった中高年齢等障害者(35歳以上)の雇用継続を図る措置への助成を拡充 ●障害者介助等助成金において次の措置への助成を拡充 ・障害者の雇用管理のために必要な専門職(医師または職業生活相談支援専門員)の配置または委嘱 ・障害者の職業能力の開発および向上のために必要な業務を担当する方(職業能力開発向上支援専門員)の配置または委嘱 ・障害者の介助等の業務を行う方の資質の向上のための措置 New! 特定短時間労働者の追加 助成金に共通する事項として対象となる「労働者」に週の所定労働時間が10時間以上20時間未満の重度身体障害者、重度知的障害者、精神障害者が「特定短時間労働者」として加えられます(対象とならない助成金もあります)。 ※お問合せや申請は、当機構(JEED)の都道府県支部高齢・障害者業務課(65ページ参照東京、大阪支部は高齢・障害者窓口サービス課)までお願いします 【P1-4】 Leaders Talk No.111 資産の棚卸しと公的年金で生活を設計 人的資産と金融資産づくりの二つを重視 ファイナンシャルプランナー 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 山中伸枝さん やまなか・のぶえ 心とお財布を幸せにする専門家。サーティファイド ファイナンシャル プランナー○R(CFP○R)。米国オハイオ州立大学ビジネス学部卒業。「楽しい・分かりやすい・やる気になる」講演、ライフプラン相談、執筆など多数。  人生100年時代を迎え、だれもが気になるのが老後のライフプランです。今回は、個人や企業を対象としたライフプランの設計支援や、金融機関に勤める人材の育成などにもたずさわるファイナンシャルプランナーで一般社団法人公的保険アドバイザー協会理事の山中伸枝さんにご登場いただき、人生100年時代における資産形成や企業が従業員のために取り組むべき支援などについてお話をうかがいました。 生活設計の土台となる公的保険制度を知りそれをベースに老後の生活設計を ―山中さんは、ファイナンシャルプランナーとして、また一般社団法人公的保険アドバイザー協会の理事としてもご活躍されています。具体的にはどのような活動をされているのですか。 山中 個人のお客さまのライフプランの設計をはじめ、法人の企業型確定拠出年金(DC)などの退職金制度や福利厚生施策づくり、従業員向けの投資教育などの資産形成を応援する仕事などに長年たずさわってきました。そのほか、私が立ち上げた一般社団法人公的保険アドバイザー協会では、金融機関に勤務している人向けに国の制度について教育する仕事もしています。公的保険制度は複雑ですが、ライフプランにおけるすべての土台です。日本にはベースに生活保護などの公的扶助制度、貧しくならないための公的年金などの社会保障制度があり、その上に自助努力による資産形成などの仕組みがあります。本来は国が保障する制度をベースに老後設計を考えるべきですし、ベースを知らなければいくらお金があっても足りません。金融のプロに国の保障制度を勉強してもらうのが協会の役割です。 ―人生100年時代を迎え、就業年齢が長くなるなかで、資産形成を含めてどのように生きていくべきだとお考えでしょうか。 山中 人生100年時代は、「自分の生活に必要なお金は自分でつくる」のが原則的な考え方です。よく「年金では足りない」といわれますが、そもそも年金は何もしないで暮らせる生活を約束しているわけではなく、現役時代の所得の5〜6割を保障する仕組みになっています。また、公的年金制度ができたころの男性の寿命は70歳弱で、当時主流だった55歳定年後の老後は10年程度であり、年金以外の退職金や貯蓄でなんとか生活できたわけですが、人生100年時代では60歳を定年とすると、あと40年もあるのです。  一方、国は企業に高齢者の働く場所を提供し、賃金を保障するように求めています。でも企業にすれば義務や努力義務があるといっても、会社に来るだけで貢献もしない人に給与を払うのは納得いかないものでしょう。ライフプランセミナーで、60歳定年後も継続雇用で働く人に年収をたずねると、あたり前のように年収400万円、500万円という回答を聞くのですが、それは本当に自分の働きに見合った金額なのか、その金額にふさわしい貢献をしているのかを考える必要があります。  たしかに60歳定年で終わりだと思っていたのに、65歳、70歳までとゴールが長くなり、戸惑っていらっしゃる方もたくさんいます。しかし、経営陣からすれば「その人の経験・知識を後輩に伝えてほしい」、「会社にもっと貢献してほしい」と思っているのです。ゴールが遠くなり、モチベーションのコントロールができない人もいると思いますが、60歳で1回リセットし、次の10年、15年を自分はどう生きていくのか、100歳までの時間を区切りながら計画を立てることが大切です。自分なりのやりがいや存在意義を見出し、働く側、雇う側の双方が意識を高く持って働き続けることが、いま求められています。 ――そのうえで老後の生活のためのお金についてはどのように考えればよいでしょうか。 山中 まずは資産の棚卸しをすることです。企業年金や公的年金以外に入っている民間の個人年金保険のほか、自宅や親からもらった土地を売ったらどれくらいになるのかなど、将来受け取るものも含めて点在している資産の棚卸しをします。そして次は100歳までの40年間にどう配分していくかを考えます。月々の生活費や臨時の介護費用など、ある程度予測して配分計画を立てることが基本です。老後のお金は「いま資産がいくらあるか」ではなく、「月々の家計が回っていくこと」が重要です。資産がなくてもキャッシュフロー、つまり入ってくるお金で生活が回っていれば心配することはありません。生活費の足りない部分は資産を取り崩すという計画を立てていくと少しすっきりすると思います。 人生100年時代のライフプラン100歳までの40年の資産配分を考えること ―老後の生活費を確保するにはどういう方法がありますか。 山中 会社員をずっと続けてきた人はそれなりの年金が入ります。妻が専業主婦の場合、65歳時点で夫婦が受け取る年金の平均値は月21万円ぐらいです。例えば生活費として30万円ほしい場合、毎月の赤字を補填するために資産を取り崩しながらずっと生活していくのは、いつお金がなくなるのかわかりませんし、非常に怖いものです。その場合、年金のくり下げ受給で増やす方法もあります。年金の受給を5年間遅らせて70歳から受け取ると、29万8000円になります。それで終身、年金だけで暮らせます。もちろん65歳から70歳までは無年金状態になりますが、5年間の生活費は退職金や資産を取り崩せばよいでしょう。100歳まで年金だけで生活できる状態をつくり、さかのぼって65歳から70歳まで資産を取り崩すか、あるいはもうちょっと働こうかと考えていくと安心できるのではないでしょうか。 ―現在も働いている20〜30代の若者世代や、40〜50代のミドル世代の資産形成についてはどのように考えていますか。 山中 資産には人的資産と金融資産があります。若いころは人的資産づくりに軸足を置き、スキルの修得や将来のキャリア形成、人脈をつくることで自分の付加価値を高めていくことが大切になります。やがて歳を重ねると人的資産が少しずつ減少し、金融資産づくりに変わっていくのが普通の人の人生です。20〜30代にとっては若さも体力も人的資産です。勉強したり、リスキリングによって自分の付加価値や稼得能力を高めるなど、人的資産価値を高めることを意識しながら働くことがますます重要になっています。お金の投資も大事ですが、20〜30代は自分への投資を重視してほしいと思います。  40〜50代になると人的資産よりも金融資産づくりの比重が高くなりますが、それでも修学期の子どもを抱えていると「目の前のお金が出ていく一方で、とても老後まで手が回らない」という人が多くいます。それでも子どもが高校生になれば、高校卒業後の進路も含め、教育費の上限も見えてきます。その場合、時間軸をずらして、「3年後はこのお金を老後に回そう」、「5年後に資産づくりを始めよう」と計画を立てる。決して遅くはなく、キャッチアップはいくらでも可能です。  もちろん、そのお金を使って勉強し、キャリアチェンジもできます。人的資産づくりは若い人限定ではなく、50歳を過ぎても、再投資することでさらに高めることができます。 ―定年退職後を見すえた社員の資産形成を支援していくうえで、中小企業が利用可能な制度について教えてください。 山中 最適なのは確定拠出年金でしょう。iDeCo+(イデコプラス)と企業型確定拠出年金(DC)の二つがあります。iDeCo+は従業員がやっているiDeCoに会社がプラスして掛金を出すことです。会社の掛金は全額損金で落ちます。会社員の場合、iDeCoの掛金の上限は2万3000円ですが、個人と会社の合計の掛金がその範囲内に収まればよく、会社が3000円、5000円上乗せしてくれると社員はうれしいものですし、会社も福利厚生制度として老後の年金を応援する制度があると、それを採用活動でアピールすることもできます。ただし、従業員300人以下の会社しか使えません。  退職金制度を新たに導入するのであればDCでしょう。例えば、従業員の賃金を1万円上げると、会社としては15%の法定福利費が発生し、また従業員もそこから社会保険料や税金が引かれ手取りは7〜8割程度となるでしょう。しかし、会社がDCの掛金として従業員に1万円を拠出すると、それらの負担は発生しません。実質的に15%の法定福利費を削減しながら福利厚生の拡充ができるのです。DCは転職しても持ち運びができますし、特に新卒や中途採用の求職者は「退職金制度があってあたり前」という感覚を持っています。求人票に「企業型DCあり」と書くことは採用活動でも有効だと思います。 社員のライフプラン研修で重要なのは最初に公的制度を徹底的に学んでもらうこと ―ライフプラン研修を行う企業は多いですが、情報提供や教育のポイントは何でしょうか。 山中 まず税金や社会保険制度など公的制度の仕組みを徹底的に学んでもらうことです。税金や社会保険の処理はいままで会社がやってくれましたが、退職後は全部自分でやらなくてはいけません。また介護保険についても学び、どんな福祉サービスがあるのかも教えてほしいですね。いずれはどんな人でも介護が必要になるので、介護保険やベースになる公的制度を学んだうえで資産形成について教えることです。ライフプラン研修の講師を金融機関に依頼すると、退職金を活用してもらおうと資産形成から入るケースが多いのです。順番としては最初に、税と社会保険について徹底的に学んでもらうことをおすすめします。 (聞き手・文/溝上憲文 撮影/中岡泰博) ★サーティファイドファイナンシャルプランナー○R、CFP○Rは、米国以外においてはFinancial Planning Standards Board Ltd.(FPSB)の登録商標、FPSBとのライセンス契約の下に、日本国内においてはNPO法人日本FP協会が商標の使用を認めています。 【もくじ】 エルダー(elder)は、英語のoldの比較級で、”年長の人、目上の人、尊敬される人”などの意味がある。1979(昭和54)年、本誌発刊に際し、(財)高年齢者雇用開発協会初代会長・花村仁八郎氏により命名された。 ●表紙のイラスト KAWANO Ryuji 2024 August No.537 特集 6 ベテラン社員もDX! 7 総論 DX(デジタル・トランスフォーメーション)って何? 日本生産性本部 コンサルティング部 主任経営コンサルタント 高橋佑輔 11 解説 DXに向けたベテラン人材へのリカレント教育 テックガーデンスクール代表 高橋与志 15 事例@ 花王株式会社(東京都中央区) シニアの自発的学びがDX戦略を草の根で動かすきっかけに 19 事例A 株式会社フジワラテクノアート(岡山県岡山市) ベテランも一体となって共有するビジョン実現手段としてのDX 23 事例B 株式会社陣屋(神奈川県秦野市) 全員がDX化に対応して業績が飛躍的に向上従業員の週休3日制・副業可も実現 27 お知らせ 生産性向上支援訓練「DX対応コース」のご案内 1 リーダーズトークNo.111 ファイナンシャルプランナー 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 山中伸枝さん 資産の棚卸しと公的年金で生活を設計人的資産と金融資産づくりの二つを重視 28 集中連載 マンガで学ぶ高齢者雇用 突撃!エルダ先生が行く!ユニーク企業調査隊 《第5回》株式会社横引シャッター 多様な人材が活躍するシャッターメーカー 長く、楽しく、生涯現役で働ける職場を実現 34 高齢者の職場探訪北から、南から 第146回 秋田県 株式会社ガスセンター秋田 38 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは 第96回 アルファブレーンコンサルティング株式会社シニアエキスパート 大山光彦さん(70歳) 40 学び直し$謳i企業に聞く! 【第3回】 エーザイ株式会社 44 知っておきたい労働法Q&A《第75回》 定年を超えた労働者と再雇用拒否、休職期間延長の可否 家永勲 48 シニア社員を活かすための面談入門 【第3回】 こんな面談はNG! シニア面談はどう行うべきなのか? 株式会社パーソル総合研究所 組織力強化事業本部 キャリア開発部 赤座佳子 50 いまさら聞けない人事用語辞典 第49回 「裁量労働制」 吉岡利之 52 日本史にみる長寿食vol.369 日本人の大好きなイカ 永山久夫 53 お知らせ 高年齢者活躍企業フォーラムのご案内 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウムのご案内 地域ワークショップのご案内 56 BOOKS 58 ニュース ファイル 60 次号予告・編集後記 61 技を支えるvol.342 オートクチュールの技を活かし味のある仕立てに 婦人・子供服仕立職 須藤陽子さん 64 イキイキ働くための脳力アップトレーニング! [第86回]穴埋め四則演算 篠原菊紀 【P6】 特集 ベテラン社員もDX! Digital Transformation  少子高齢化による人手不足などを背景に「DX」が注目を集めています。生まれたころからデジタルツールを活用してきた若手に比べると、「デジタルツールは苦手」とされがちなベテラン世代ですが、役職定年や定年後再雇用などにより、立場や役割が変わっていくなかで、現場の一戦力として活躍してもらうためには、ベテラン社員自身がデジタルスキルなどについて学び、活用していくことは欠かせません。  そこで今回は「ベテラン社員もDX!」と題し、DXが求められる背景やベテラン世代がDXに対応していくことの重要性などについて、先進的に取り組む企業の事例を交えて解説します。 【P7-10】 総論 DX(デジタル・トランスフォーメーション)(デジタル・トランスフォーメーション)って何? 日本生産性本部 コンサルティング部 主任経営コンサルタント 高橋(たかはし)佑輔(ゆうすけ) 1 はじめに―「DX」とは  DXは「デジタル・トランスフォーメーション」の略です。X(トランスフォーメーション)は「変革」の意味ですから、DXとはデジタル変革のことです。  このような「X」はほかにもあります。例えば脱炭素社会を目ざす「GX(グリーン・トランスフォーメーション)」や、社会問題の解決を目ざす「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)」です。グリーンもサステナビリティもデジタルも、大きな社会課題であり、どの企業にとっても他人事ではありません。  この点を本稿の主題である「デジタル」に絞って考えてみましょう。いまや市場の主役は「Z世代(1990年代後半以降生まれ)」です。Z世代は生まれたときからデジタルツールに親しむデジタルネイティブであり、今後の社会活動・経済活動にデジタルは欠かせないインフラです。また、わが国は人口減少・働き手の不足に苦しんでいます。人口増加の展望が容易に見えないなか、デジタルによる人的作業の置換は急務でしょう。反対に新興国では人口が増え続けており、急激な都市化とデジタルの発展が経済成長を牽引しています。デジタルは世界経済が新陳代謝する原動力になっているのです。  デジタルという変化の波は不可逆的に世界を覆っています。デジタル化を忌避するのではなく、一刻も早くデジタル時代に適合したビジネスモデルを構築すべきです。  DXの取組みは業種によって差があります。総務省の調査※1によると、情報通信業、金融業、農業・林業で比較的DXが進んでいるのに対して、医療・福祉、宿泊業・飲食サービス業などでは「実施していない」(「実施していないが、今後実施を検討」、「実施していない、今後も予定なし」の合計)との回答が8割を超えています(図表1)。  今後は人手不足が外発的圧力となって、どの産業でもデジタル化が加速するとみられます。デジタルによる業務の自働化(人間とデジタルが協働することで効率化や付加価値向上を志向するアプローチ)は、新しい業務習得を容易にし、異なる業種間での労働力の移動を円滑化するため、性別・年齢を問わず労働力の有効活用につながることが期待されます。 2 シニアとデジタルの親和性を高める「慣れ」と「期待感のデザイン」  一方で、新しい社会問題として「デジタルデバイド(情報格差)」がいわれています。デジタルツールを使いこなせる人と使いこなせない人の間にある社会的・経済的格差のことです。この問題は、組織におけるシニア人材の活用にも関係します。  NRI社会情報システム株式会社が実施した50〜79歳の3000人への調査※2によると、「社会のデジタル化に期待していない」(「あまり期待していない」、「全く期待していない」の合計)と回答した割合は32.7%に及びます。すでにデジタルは社会インフラといえますが、そのことを前向きに受けとめられない層が相当数あります。その理由として、女性で多かった回答は「新しい技術や機器を使いこなせる自信がない」で40.3%(男性17.2%)。男性では「生活が便利になるとは考えにくい」が31.8%(女性18.0%)でした(図表2)。DXにシニアを巻き込むには、デジタルツールへの「慣れ」と「期待感のデザイン」の二つが課題といえそうです。  一つめの「慣れ」については、デジタルツールへの接触機会の拡大が欠かせません。実際、同調査では農林漁業や生産業務などの「技能的職業」に従事しているシニア層と比べ、デジタルツールを活用する機会が多いと思われる「管理的職業」に従事しているシニア層のほうが、デジタル社会への期待感が高いことが示唆されています。だれしも不慣れな道具を扱うのは不安です。日ごろからデジタルツールと接点を持てる業務環境の構築が必要でしょう。その際には、デジタルツールを一方的に押しつけるのではなく、ユーザーエクスペリエンス(UX:利用者の体験価値)への配慮が大事です。シニアが快適に使えるように、画面のボタンの大きさや、名称の工夫(わかりにくい横文字ではなく、日本語表記にするなど)といった外形上の改善に加え、操作を習得するための支援の充実などを行いましょう。  二つめの「期待感のデザイン」には、より組織的な取組みが求められます。「期待理論」という考えでは、モチベーションの高さは「報酬の魅力」、「報酬を得るためのハードルの高さ」、「ハードルを乗り越えられる可能性」の3点で決まります。仮に賞与アップに魅力を感じるシニア社員がいたとします。同社員をデジタル活用に動機づけるには、賞与アップとデジタル習熟の因果関係を組織が保証し、かつその達成を信じられる環境を提供することです。具体的には、「スキルマップ(従業員が習得すべきスキル項目を一覧化したもの)」におけるデジタルツール習熟の評価が「良」になれば賞与査定をアップすると明言し、かつ、その挑戦を支援するためのOJTや社外研修会への参加機会を提供します。努力しても成果が出ないことが予想される場合はモチベーションが高まりません。がんばれば届くところに目標を設定し、またその達成を組織がバックアップしましょう。  なお、デジタル活用に抵抗感があることを理由に、「シニアにはできることだけをやってもらう」という考えもあります。その結果として、単純作業やスポット的な作業をまかせるケースが増えるのであれば、注意が必要です。「職務特性理論」では、組織や顧客への貢献度合いが見えにくい仕事は魅力度が低く、モチベーションを損なうことが指摘されています。恒常的な人手不足の時代にあって、シニア人材は短期間の助っ人ではなく、長く頼りにすべきパートナーです。ていねいなフォローや教育を惜しむべきではないでしょう。 3 シニアのDXを推進するプロセスとは  以上をふまえ、最後に、DXにシニアを巻き込むプロセスを整理します(図表3)。 @バリューチェーン分析  最初はバリューチェーン分析です。これは、自社が付加価値を生み出す流れをまとめたものです(図表4)。ここから、自社の「稼ぐ力の源泉」はどこにあるのかを分析します。販売時のコスト競争力に強みがあるなら、それを支える「調達」や「製造」が稼ぐ力の源泉かもしれません。人材に強みがあるなら、教育や採用を行う「人事・労務」が源泉かも知れません。  こうした分析に不慣れなうちは、ChatGPTに「○○事業のバリューチェーン分析をやって」のように指示し、出てきた案を参考にするとよいです。このステップは経営戦略に近い領域なので、経営層を中心に検討します。 Aアナログのデジタル置換  稼ぐ力をより高めることを念頭に、アナログをデジタルに置き換えます。目的は効率化&省力化です。業務の負荷を減らし、より「稼ぐ力」に集中できる体制を整えます。ここでのデジタル化には、手書きのチェックシートをタブレット入力にしたり、定型的な入力作業をロボットで自働化したりするなどがあります。最近の飲食店では、卓上のタブレットやゲストの携帯電話でオーダーするシステムを見ます。これらの店では「オーダーをとる作業」をデジタルで省人化し、余力ができた分を「料理の説明やお客さまへの細やかな応対」にふり分けることで稼ぐ力を高めています。  アナログをデジタルに置換するには、「業務の棚卸し(自分たちの業務を、かかっている時間や頻度とともに書き出してみること)」を実行し、そこから改善する業務を選定します。業務負荷の大きさ、改善の実現容易性などを参考にデジタル化する業務を決めます。悩んだ際はWebなどで「先行事例」を探しましょう。ほとんどの場合、類似の先行事例が見つかるはずです。先行事例があればコストとリターンを見積もりやすくなるので、投資の意思決定が楽になります。  成功のコツは、「複数の小さなヒット」をねらうことです。いきなり大きなデジタル化を進めるより、現場の意見を聞きながら、チェックシートのデジタル化のような小規模な挑戦を、スピード感をもって重ねていくことが有効です。現場にいるシニアの意見は積極的に取り込んでください。「自己決定理論」によると、自分の行動を自分で決めていると感じられることは達成意欲を高めます。最初からデジタル化に乗り気なシニアは少ないかもしれませんが、デジタル化することへの意見を求めたり、デジタル化した後にもフィードバックを求めたりすることで、「この会社のデジタル化に自分は主体的にかかわっており、影響を及ぼしている」と感じてもらうことができます。DXとは単なるデジタル化ではなく、このような文化的変容をともなう「変革」なのです。 B稼ぐ力をデジタルで強化  Webを検索すれば、いろいろなデジタル化の成功事例が見られます。介護事業の例では、利用者の移動を検知するセンサーを設置して思わぬ転倒やけがの予防につなげていたり、画像認識AIを用いて異常の早期発見につなげていたりする例があります。このように、稼ぐ力(ここでは「介護力」)をデジタルで強化するのが最後のステップです。  このステップでは、現場の観察や担当者からの聞き取りがより大事になります。シニア社員は日常の業務において、どのような面に問題や改善の余地を感じているのか? シニア社員に対してどんな支援があれば稼ぐ力はいっそう高まるのか? そんな視点でていねいに現場と意見交換してください。  アナログのデジタル置換がある程度進んでいれば、シニアもデジタル化の効果を実感し、前向きな意見が増えてきます。シニアは若年層と比べて「デジタル技術」には詳しくないかもしれません。しかし、顧客理解や業務そのものへの理解が劣っているわけではありません。むしろ過去の業務経験や自らの人生経験に照らして、新しい発見を自社のビジネスにもたらしてくれる可能性があります。介護事業のように、シニア社員の目線が主要なユーザー層と近い場合はもちろん、おもな顧客層が若年層であっても同様です。  団地で一人暮らしの85歳(当時)の女性がYouTubeを始め、登録者数8万人の人気者になったというニュースがありました。動画制作や投稿をサポートしているのは15歳(当時)のお孫さんです。シニアの意見を若者が拾い上げて実現する、というあり方には、超高齢化社会のわが国にあって、あらためて評価されるべき戦略的価値があるように思います。 ※1 総務省「デジタル・トランスフォーメーションによる経済へのインパクトに関する調査研究」(2021年) ※2 NRI社会情報システム株式会社「変わるシニア世代の就業意識・行動調査」(2021年) 図表1 業種別のDX取組み状況 2018年以前から実施 2019年度から実施 2020年度から実施 実施していないが、今後実施を検討 実施していない、今後も予定なし 情報通信業 34.9% 9.0% 7.1% 17.0% 32.1% 金融業・保険業 32.2% 6.7% 5.8% 19.7% 35.7% 農業・林業 22.7% 9.1% 13.6% 4.5% 50.0% 生活関連サービス業・娯楽業 11.8% 3.5% 3.0% 15.3% 66.5% 宿泊業・飲食サービス業 10.0% 3.7% 2.7% 17.8% 65.8% 医療・福祉 5.4% 1.9% 2.0% 12% 78.7% ※総務省「デジタル・トランスフォーメンションによる経済へのインパクトに関する調査研究」(2021年)を基に筆者作成 図表2 社会のデジタル化に期待しない理由〈デジタル化に期待していない人に限定〉(複数回答) 男性 女性 個人情報が漏洩されるリスクが高くなると思う 45.5% 53.1% 今の生活に不自由はない 34.0% 40.8% 監視社会になることが不安 35.3% 28.5% 新しい技術や機器を使いこなせる自信がない 17.2% 40.3% 生活が便利になるとは考えにくい 31.8% 18.0% 人のリアルな交流が少なくなると思う 19.4% 23.6% 実現には時間がかかると思う 22.7% 18.1% 特に理由はない 10.2% 5.7% デジタル化というものがよく分からない 4.2% 7.4% その他 3.8% 1.3% ※NRI社会情報システム株式会社「シニア世代のデジタル化に関する意識・行動と課題」(2021年)を基に筆者作成 図表3 DXの進め方 DXの進め方 小さな成功をスピーディーに追求する @バリューチェーンの検証 現状&未来の評価 経営層が戦略的観点から検討 Aアナログのデジタル置換で効率化 現場のシニア人材を巻き込む! B稼ぐ力をデジタルで強化 シニアの発想を付加価値に変える! ※筆者作成 図表4 バリューチェーン分析の進め方 ■支援活動 全般管理 人事・労務 技術開発 調達活動 ■主活動 調達 製造 出荷 販売 サービス 利益 ※筆者作成 【P11-14】 解説 DXに向けたベテラン人材へのリカレント教育 テックガーデンスクール代表 高橋(たかはし)与志(よし) 1 企業とベテラン社員が持つべきマインドセット  本稿では、「デジタルが苦手」とされるベテラン人材に、デジタルスキルを学んでもらうための指導・教育のポイントについて解説します。  企業もベテラン社員も「DX化」や「リカレント教育」が必要なことを頭では理解しているものの、「プログラミングはミドル・シニアには無理」と、内心は思っているのが現実ではないでしょうか。  リカレント教育に取り組んでもらい、業務のDX化を推進する戦力となってもらうためには、企業側とベテラン社員側が以下のマインドセットを共有することが重要です(図表1)。 マインドセット@…DX化、DXスキルはビジネスを持続可能にするために必須 マインドセットA…ミドル・シニアのビジネス・実務経験がDX推進には必須 マインドセットB…社会で活躍し続けるセカンドキャリアを目ざすならDXスキルは必須  自社の事業と実務に詳しいベテラン社員がDXスキルを持てば、DXを推進できる人材として生まれ変わり、企業に貢献することができます。  人生100年時代に、社会の第一線で活躍し続けるセカンドキャリアを目ざすためには「経験×IT」を武器とするDX人材として学び続け、成長し続ける必要があることをベテラン社員にまず認識してもらう必要があります。 2 業務との関係を伝え学習ロードマップをつくる  次に、ベテラン社員に対して実際にDX研修への参加をうながす場合の注意点についてお話ししていきます。  いきなり動画教材などでプログラミングやデータ分析、人工知能などの学習を開始しても、「これって、業務にどう活かせるの?」と疑問を抱いてしまいます。業務に活かすイメージが湧かないまま学習を開始してしまうと簡単にモチベーションが低下するので要注意です。  ITへの苦手意識を持つとともに、目的志向の強いベテラン社員に対しては、いきなりプログラミングを学ばせるのではなく、まず「DXの全体像と自社業務との関係」を伝え、必要性を自分事として腹落ちさせることが重要です。  彼らが得意な「自分の業務とその課題」について考えてもらい、その解決手段の一つとしてDX化の話につなげていくとよいでしょう。  その際、 ・ITによる業務改善の切り口を探すことが大切であること ・必ずしも彼らがプログラミングをしてDX化を行う必要はないこと ・ITを学ぶのはエンジニアやデータサイエンティストとのコミュニケーションの土台をつくることが目的であること を理解してもらうようにしてください。  DXの全体像は業界、業種によって千差万別ではありますが、データドリブン経営※を例とした全体像を図表2に示しますので、みなさんのイメージづくりにお役立てください。  次に、業務での課題解決のゴールを設定し、「業務から逆算した」学習ロードマップを作成することをおすすめします。そうすることで、途中で不安になりがちな学習を安心して継続できるようになると思います。図表3に例を示します。 3 安心感のある学習環境づくり  作成した学習ロードマップにしたがって、DX研修を開始するわけですが、その際ベテラン社員にとって安心感のある学習環境を用意することを意識していただきたいと思います。 ・若い世代の社員とは分けて研修を行う ・リアルで質問できるコーチ・メンターの用意 ・ITリテラシー(パソコン・インターネットの使い方)の土台を固める など、ベテラン社員の「プライド」や「ITリテラシー」に配慮することがポイントです。  また、ベテラン社員はいわゆる同期や同年代に対しては心を開きやすく、弱みも出し合いながら助け合える傾向にあります。同世代社員のコミュニティを形成すれば、より安心して学習を進めることができるでしょう(図表4)。 4 学習を継続し業務に活かすまでのサポート  学習を継続してもらい、業務に活かしてもらうために、次のような方法でDX研修を業務や職場と結びつけることも有効だと思います。 ・DX研修と結びつけた業務のゴールを設定する ・職場の上司、部下を巻き込んで、サポートする ・業務OJTの際も、引き続き専門家によるサポートを行う ・業務に活かす前提での学習とし、業務時間内の学習も認める ・成果を評価に反映させ、人事制度も進捗管理に活用する  研修のサイクル終了後は、フォローアップとして、「次のDXのステップに進むために不足しているスキル」を洗い出し、さらに学習とスキルアップを継続すると、より効果的です。 5 企業とベテラン社員がWin−Winの関係へ  ベテラン社員にとって学習を継続しやすい環境と仕組みを整え、DX研修と実務OJTというインプットとアウトプットのサイクルを成功に導くことができれば、企業にとっては ・事業のDX化の促進 ・業務効率化とベテラン社員の活用による人手不足解消 という成果が得られます。  ベテラン社員にとっては、 ・60歳以降も自分の経験を活かし、活躍し続けるためのスキルの獲得 ・セカンドキャリアでも活かすことができるDX実績の獲得 という自己成長に結びつけることができ、企業とベテラン社員がWinーWinの関係になるリカレント教育が実現できます(図表5)。  ペーパーレス化などのデジタル化(いわゆるデジタイゼーション)止まりでは不十分であり、自社の事業・業務への深い理解に基づいたイノベーションこそが真のDX化といえます。ベテラン社員にDX教育を施すことで、自社の事業・業務への深い理解を持つ彼らが、イノベーションを起こすことを促進することもできると考えます。  また、2023(令和5)年3月決算以降より人的資本の情報開示が義務化され、「人材育成方針」が項目の一つに含まれるようになりました。今後、人的資本を通して事業の成長を実現する企業が投資家や従業員からの支持を得られる傾向がいっそう強まることが予想されます。  これまで論じてきたように、ベテラン社員へのDX教育は、効果的にデザインすればリターンを得られやすいため、人的資本への有効な投資方法の一つであるといえるのではないでしょうか。 図表1 企業とベテラン社員が持つべきマインドセット 企業 ベテラン社員 よくあるマインドセット DXなんてIT部門の仕事でしょ プログラミングは若くないと無理! セカンドキャリアには関係ないよね! 社会的要請 人手不足DX化 70歳就業時代 人生100年時代 リカレント教育 持つべきマインドセット @DX化、DXスキルはビジネスを持続可能にするために必須 Aミドル・シニアのビジネス・実務経験がDX推進には必須 B社会で活躍し続けるセカンドキャリアを目ざすならDXスキルは必須 ※筆者作成 図表2 データドリブン経営の全体像 ビジネス ビジネスにフィードバック 業務アプリやWebサイト ビジネスデータ (会員情報・売上情報) Web解析データ (アクセス数・クリック数・アクセス元) 課題設定 データベース データ集計 ビッグデータ:Python、BIツール+RPA(自動化) 小規模データ:エクセル+VBA(自動化) データ抜き出し・成形・作成 機械学習 ノーコード:AzureML・TensorFlowなど コード:Python 可視化 ノーコード:BIツール・エクセル コード:Pyhton 予測結果 可視化 データ収集 → データ分析 → 機械学習 経営者 意思決定 経営判断 図表3 データ分析・機械学習の学習ロードマップ例 業務上のゴール1 営業成績のダッシュボード作成 〇〇支店 今月の営業成績 逆算 業務上のゴール2 気温による売上予測 気温による商品別売上予測 逆算 PowerBIによるデータ前処理・可視化 コードなし Pythonによるデータ前処理・可視化 コード有 Pythonによる機械学習・予測 コード有 ※筆者作成 図表4 ベテラン社員のための学習環境と仕組みづくり 継続し成果を出すための仕組み作り 現場でのOJTもセットで 成果評価に結びつける DX研修も業務と位置づける 上司、部下を巻き込んでサポート 脱落しにくい学習環境を用意 若い世代とは別に実施 コーチ・メンターを用意 同年代社員との学習コミュニティ ITリテラシー(パソコン・インターネットの使い方)の土台を固める ※筆者作成 図表5 DX研修におけるインプットとアウトプットの関係 上司 同僚・部下 進捗共有評価 支援 ベテラン社員 実務から逆算して学ぶインプット(DX研修) 成長 成果 アウトプットしながら学ぶ実務OJT 企業 【P15-18】 事例1 シニアの自発的学びがDX戦略を草の根で動かすきっかけに 花王株式会社(東京都中央区) DXの推進により「よきモノづくり」の進化を目ざす  界面化学をコア技術として、洗剤やシャンプー、化粧品などの生活に身近な商品群を柱とする大手化学メーカーの花王株式会社。同社は洋小間物問屋から始まる、100年以上の歴史を持つ老舗企業であると同時に、研究開発に力を注ぎ、職場でも新しい挑戦を志向する、草の根的なチャレンジ精神を企業風土としている。  中期経営計画「K27」では、「グローバル・シャープトップ」を旗印に掲げ、創造と革新で唯一無二を目ざしており、DXを進める人財の拡充を重点施策の一つとしている。  同社のDX推進に向けた本格的な取組みは、2018(平成30)年にDX推進や先端技術の活用などをになう「先端技術戦略室(SIT)」を設置したところからスタートした。2022(令和4)年にはDX推進を専門に扱うDX戦略部門を設立。また、顧客との双方向デジタルプラットフォーム「MyKao」の運用もスタートさせた。  DXを深化させる究極の目標は、従来のモノづくりに「UX(顧客体験)サービス」をプラスして、企業理念である「よきモノづくり」をより進化させること。全社DX推進部戦略企画室の吉岡(よしおか)光司(こうじ)室長は、DX推進のねらいについて次のように話す。  「花王は、たくさんのデータを蓄積していますが、十分に利活用が進んでいないという課題がありました。そこで私たちは「よきモノづくり」をいまよりさらに一歩先に進めていくという意味でも、DXの推進に取り組んできました。DXを進めることで、身の回りの業務改善について、データを扱いながら改善を実現していくという流れをつくれています。現在はこの流れをサポートするために必要な環境を情報システム部門と連携して整備しています。しかしながら、DX推進の鍵は、実際に作業を行う社員にあります。DXを組織に定着させるためには、社員が能動的にかかわっていくことが必要です。いままで以上にデータの利活用を推進していける環境を整備し、その成果を生活者に還元していきたいと考えています」 DX推進のポイントは先端技術教育プログラムによる底上げ  具体的な取組みとしては、全社員を対象に実施している、IT技術の基礎的理解からトップクラスのスキルまで習得するための「DXアドベンチャープログラム」があげられる。  DXを進めるためには、人財育成がきわめて重要なポイントとなる。2023年から展開している「DXアドベンチャープログラム」は、全社員のDXスキルのアセスメントを実施して、それぞれに合わせた学習プログラムを提供する。@全社員、A部門DX推進者、B全社DXリーダー、の3段階で構成しており、すでに約1万人の社員が、全社員向けのプログラムを受講している。2024年からは第2段階として、部門別に求められるDX人財像に合わせてカスタマイズした、部門DX推進者向けのプログラムを実施しているところだ。今後は、さらに、社外リソースも活用した上級レベルのプログラムで、全体のDXリーダーの育成を目ざすという。  モチベーション高く取り組んでもらうための仕組みとして、プログラム修了者には、国際的な技術標準規格に沿った、社内外で通用するデジタルスキルの履修証を付与する。デジタルのバーチャルな証明書「オープンバッジ」で、初級の「DX Beginner」から、「DX Inter mediate」、「DX Advanced」、「DX Expert」、「DX Leader」まで、細かく5段階で設定されている。全社員向けプログラムを修了した約1万人が「DX Beginner」を取得しており、中期計画が終了する2027年末までに、DXリーダー150人、部門別DX推進者300人の育成を目標としている。  吉岡室長は、「『DXアドベンチャープログラム』は、全社員を対象に、段階的なレベルアップを図るためのものです。花王グループ全員の力の底上げの部分とともに、スペシャリストもきちんと育成していく必要があります」と第2段階に入ったプログラムの意義を強調する。 草の根的DX推進を生んだ職場レベルの課題解決  じつはこのプログラムを始める前に、IT技術者ではないものの、ITツールを活用して、自分の職場・現場の課題を簡単なプログラム開発などによって改善する取組みが、さまざまな部署で草の根的に広がっていた。「シチズン・ディベロッパー」と呼ばれる人たちで、現在では、それぞれの職場で約1500人が活躍している。いまでは、全社的な取組みとして、2027年までのシチズン・ディベロッパーの育成目標を3000人と設定している。また、サポート体制として、活動を発表して共有する場の「シチズン・ディベロッパーEXPO」や、交流のための「コミュニケーションサイト」が立ち上げられている。  DXというと、きわめて技術的なことととらえて、DXの専門人財の確保・育成が必要と単純に考えてしまいがちだが、花王の取組みがきわめてユニークなのは、職場レベルでのDX人財の育成と職場・現場の問題解決を組み合わせた点だ。  全社的に広がった「シチズン・ディベロッパー」の動きの起点となったのは、一人の定年後継続雇用者のアイデアだったという。それが、主力工場である和歌山工場の工場長を勤め上げ、2019年に定年後の継続雇用として、設立まもない「先端技術戦略室」に移った松下(まつした)芳(かおる)さんだ。松下さんは、職場・現場のさまざまな問題の解決策を模索するなかで、ITツール活用のアイデアをつかんだという。 自発的リスキリングが思いを形に  松下さんが、初心者でも簡単にプログラムが作成できる、マイクロソフトのローコード開発ツール「Power Apps」に出会ったのが、そもそもの発端だ。解説書を丸々一冊読み込む自発的リスキリングで、職場で使える簡単なアプリの作成に着手した。最初につくったのは、研究所の研究員用の防災確認届けのアプリだった。それまでは、最後に実験室を出る人が「研究機器等の安全確認をすべて完了しました」などと紙ベースで届け出て管理していた。これを、研究員各自のスマートフォンのアプリで届け出をすることができるようにした。実験室に残っているかどうかもリアルタイムでわかり、現場では非常に重宝されたという。ちょうど新型コロナウイルス感染症が流行した時期で、社員同士の接触を減らす工夫をする必要もあったころだ。  現在、全社DX推進部先端技術戦略室の戦略コーディネーターを務める松下さんは、「ワクワクしながら楽しく取り組ませてもらっています。職場の課題解決につながり、いろいろな人の役に立つことがとても大切なことを実感しています」とふり返り、ラインの仕事から離れたシニアの仕事には、このワクワク感≠ニだれかの役に立つこと≠ェ重要だと話す。  「ずっと頭の中にやりたいことがありました。それを実現することができるツールに出会ったときにひらめいて、思いを実現することができました。いろいろな思いや夢をずっと持ち続けることが重要なのだと思います。それがあれば、ちょっとしたきっかけで夢の実現に向けて自分のエネルギーを集中発揮することができます」と話し、「シニアにとっては会社から与えられた環境だけで、自分を奮い立たせるのはむずかしいでしょう。身近な職場・現場の課題を考えて、つねに問題意識を持つことがスタート地点だと思います」と強調する。  こうした松下さんの取組みに刺激を受けた社員たちの間に、自発的にシチズン・ディベロッパーの活動が広がり、それを会社側も認知して、サポート体制を整備した。  一般的に、職場における非IT技術者のDX活用といえば、汎用のRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)や情報通信システムなどを導入して、カスタマイズするケースが一般的で、自分たちでアプリやRPAを作成するシチズン・ディベロッパーの育成に取り組むのは珍しい。草の根的な職場レベルでの活動が活発な社風がなせる技ともいえ、花王の組織としての強みといえるだろう。  人財育成で効果を上げるためには、社員の納得性が鍵となる。その意味で、社員が自発的かつ積極的に、職場・現場の課題に取り組む文化があることは、納得性を生み、人財育成がうまく回ることにつながる。企業文化をどのように醸成するかが、その業績や、企業組織の存続に大きくかかわるともいわれている。  企業PR戦略部の鈴木(すずき)千賀子(ちかこ)さんは次のように話す。  「当社では、花王の精神をまとめた企業理念である『花王ウェイ』を、創業以来受け継いできました。「花王ウェイ」を拠りどころとすることで、社員一人ひとりの目線を合わせることが可能となっています。『よきモノづくり』も、基本となる価値観として、みんなが意識しながら、日々の仕事を行っています」  目につくところには必ず、「豊かな共生世界の実現」の使命のもと、「よきモノづくり」、「絶えざる革新」などを「基本となる価値観」とする「花王ウェイ」が掲げられており、日々の業務で「花王ウェイ」を実践するためのプログラムも行われている。さまざまな世代の社員が、同じ目標、同じ目線で仕事をしていくためのベースとなっているといえる。 ベテランのワクワク感で職場になじむDXに  シチズン・ディベロッパーの戦略的な意義について、松下さんは「ようやく戦略的なものになってきました。3年前にこの簡単なプログラム(ローコード)を使ってアプリをつくる技術に出会ったときに『これだ!』と思いました。花王には、もともと自分たちでいろいろなものを開発していく土壌があるので、簡単なプログラミング(ローコード)でいろいろなアプリをつくれると知ったときには、いままで外注していたものが内製化できるうえに、そのなかに自分たちの考えやアイデアを入れ込めることに気づきました。つまり、職場・現場で抱えている自分たちの課題がきちんと解決できるということです」と話す。  さらに、「これは、人財育成の課題である技能伝承にもつながっています。若い人は簡単にプログラムの技術は学べるけれど、それだけではよいアプリはできません。じつは、ベテランが持っている経験値をかけ合わせることで、心温まる≠謔、なアプリができるのです。これが実用的で、なおかつ楽しい仕事なのです。ワクワク感を持てる実例を積み上げて広げていくべく、会社側もここ数年でいろいろな仕掛けをしてくれました。そのおかげで、機運が盛り上がり、いまでは全社的な取組みになりました」と話す。  松下さんは、米国の実業家で詩人のサミュエル・ウルマンの「青春の詩」を引用して、「年を重ねただけでは、人は老いません。理想を失うときにはじめて老いがくるのです」と、シニア世代にエールを送る。  全社員を対象とするDX推進プログラムでは、特に高齢社員をターゲットにした取組みを展開しているわけではないが、「高齢社員は経験値が高いことはもちろん、自分たちの職場の課題についても意識が強い。これをうまく若い人たちとマッチングできれば、ワクワクできる活動が職場で広がっていきます。職場でのワクワク感は、つくろうと思っても、簡単につくれるものではありません」(松下さん)との発想が、シチズン・ディベロッパーの活動につながっている。 アイデアを実現する土壌がDXの推進に活かされている  松下さんは、草の根の活動が生まれるような花王の企業文化について、「われわれのコア技術は界面化学の技。コア技術は企業の文化風土にもつながっています。人と人の間にも界面が存在していて、そこに何らかのアイデアや刺激を落とすと、さっと社員間に馴染んでいきます。そんな組織風土がわれわれの強みなのです」と分析している。  花王におけるシニアの働き方について松下さんは、「年齢にかかわりなく、それぞれの個々の人間にそれぞれのよさや考え方があり、その力を発揮できる環境を整えていくのが、基本的な考え方だと思います。社員それぞれがお互いに、積み重ねてきたものに対する尊厳を尊重し合い、それをうまく組み合わせてわれわれの『よきモノづくり』が形になっているのです」と説明する。  最後に松下さんは、働くシニアに対するアドバイスとして、「それぞれの人たちが、それぞれの年齢で、それぞれいろいろなことができるのだと理解することが一番大切だと思います。私の場合は、たまたまそれがアプリ開発でした。それぞれが主人公になって自発的に考え、勉強し、さまざまなものにチャレンジすることが大切だと思います」と強調した。 写真のキャプション 左から企業PR戦略部の鈴木千賀子さん、全社DX推進部先端技術戦略室の松下芳さん、全社DX推進部戦略企画室の吉岡光司室長 【P19-22】 事例2 ベテランも一体となって共有する ビジョン実現手段としてのDX 株式会社フジワラテクノアート(岡山県岡山市) 微生物のチカラを高度に利用するモノづくり  株式会社フジワラテクノアートは1933(昭和8)年の創業から90年以上にわたり、清酒や焼酎、醤油、味噌といった醸造食品の醸造機械、食品機械バイオ関連機器の製造のほか、プラントの設計・施工事業を展開している。醸造工学や微生物の培養条件管理(原料の状態、温度管理、湿度管理など)を産業化する技術と、オーダーメイド生産でつちかったモノづくりの技術を武器に、主要製品である回転式自動製麹(せいぎく)装置は、国内シェア約80%を占める。社員数は約150人で30代以下の社員がそのうちの約5割を占めており、60歳以上は約1割、70代も2人が働いている。  近年、同社ではDXの推進に注力している。同社でDX推進委員会委員長を務める頼(らい)純英(すみえ)さんは「当社は個別受注生産のため、ライン生産ではなく一品ずつ個別に製造し、品質を重視する取引先に選んでいただいています。各工程で機械化はしているものの、ベテラン社員の技術、経験によるノウハウがモノづくりの現場で活用されており、若手が増えるなか、そのスキル・ノウハウの伝承が課題になっています」と話す。  こうしたなかで進めてきた取組みが評価され、経済産業省の「DXセレクション2023」において、最高賞のグランプリを受賞した。そこで同社のDX推進の取組み概要とその成果、今後の展望などについて、お話をうかがった。 2050年にあるべき姿を描いたビジョンを策定  同社では、「醸造を原点に、世界で『微生物インダストリー』を共創する企業」という2050年に向けたビジョンを2018(平成30)年に策定した。これがDX推進の発端となったと、頼委員長は話す。  「醸造機械の国内における高いシェアを達成し、そこにあぐらをかき技術力が停滞することを経営陣が危惧していたことから、社内の管理職以上と開発部門を中心に議論を重ね、2050年に向けたビジョンを策定し、各種取組みを展開することとしました」(頼委員長)  具体的には「健康経営○R(★)を含めた働き方改革」、「人材育成」、「技術イノベーション」、「DX」の四つの柱を定め、部門横断の取組みとして各委員会を設置した。その一つが「DX推進委員会(発足当初は『業務インフラ刷新委員会』、2022(令和4)年に現名称に変更)」で、社会全体の要望に対応し、微生物を高度に活用することを実現するためのプロセスを考え「フルオーダーメイドの高度化」と、「新たな価値を創造する開発体制」をキーワードに、2050年ビジョン実現に向けた取組みがスタートした。  「DX≠ニいうと、『自分の仕事が便利になる』、『効率化』というところが注目されがちですが、各部門に向けてはそういった伝え方はせず、策定したビジョンに基づくあるべき姿に向けた全体最適、全社一気通貫を前提にして議論しました。DXを推進するうえでは、システム化するための手間やルールが必要になるので、むしろ仕事が増えます。それでもDXを推進する理由については、経営陣がことあるごとに策定したビジョンと目ざす方向性を示し、何のためにDXをするのか、データ活用の必要性についてくり返し発信し、全社員への浸透を図ってきました」(頼委員長) 社員参加で洗い出した約100項目の課題  頼委員長は、一人ひとりがDXを他人事にすると、推進を妨げるという他社事例を見聞きしていたという。そこで社員に説明して理解をうながすだけでなく、比較的取組みの早い段階でだれもが参加する雰囲気を醸成し、社員全員が「自分事」に感じるような仕掛けづくりに意識的に取り組んできた。  全体最適、全社一気通貫の業務フローおよび仕組みを検討するにあたり、まず各部にヒアリングを実施して、現状の業務プロセスと課題の洗い出しを行った。営業部の見積り提案から、設計、調達、製造、納品、最後は経理部担当の入金まで、部署ごとに業務の流れをまとめ紙に出力すると、畳2畳分の大きさにもなったという。これにより、一つの案件にまつわる自分たちの仕事の全体像が把握しやすくなり、業務フロー図は多くの社員の目に入るコピー機の横の壁に貼り出した。  「このフロー図を見て、全社員を対象に、業務に対する疑問や意見を付箋に書いてもらい、該当する部門・業務の部分に貼りつけてもらいました」(頼委員長)  これにより、新入社員からベテラン社員まで、それぞれの社員が抱える意見や疑問を別の部署の社員も見ることになり、目の前の自分の仕事だけではなく、俯瞰的に仕事を理解することにつながったという。  業務フロー図の作成と全社員から意見を募ることによって、100項目にも及ぶ課題が見えてきた。その課題をふまえ、DX推進委員会にて、基幹システムとなる生産管理システムの導入に向けた検討を行った。  「DXによって実現したい事柄に優先順位をつけて提案依頼書を作成し、複数のベンダー(販売業者)に送り、提案を受けて比較検討しました。当社が特に重視したのは必要十分な機能とサポート、検討期間の短さ、データ活用の自由度です。さまざまなベンダーにすすめられるがままではなく、自分たちで比較検討する項目をつくりDX委員会で導入するシステムを決めました」(頼委員長) 基幹システムとなる生産管理システムを導入  検討により導入した生産管理システムだが、当初は大きな苦労があったという。  「まず部品一つとっても、同じ社内なのに人によって呼び方が微妙に違うことがありました。そこで部品の呼び名を統一しマスターデータ化に取り組みましたが、膨大な検討項目や作業が発生しました。また、売上げデータなどを旧システムから移行する際は、数字が合わないこともあり、チェックに時間がかかるなど、DX委員会の生産管理システム立上げメンバーはかなり苦労しましたが、みんなで前向きに取り組みました」(頼委員長)  生産管理システムと連動して同時にオンライン発注システムを導入した。約120の主要協力会社には経営者が高齢化した零細企業もあったが、ちょうど新型コロナウイルス感染症が流行し始めた時期にあたり、オンラインのやりとりが必須の雰囲気があったことから、調達部門が協力会社に「一緒に少しずつDXを実施していこう」と声がけして協力を得た。最終的には9割以上の企業の承諾を得てオンラインの発注に切り替えることができた。  オンライン発注に切り替わって、誤認識や注文情報を再入力する手間が削減(月間400時間)し、ペーパーレス化、通信費の削減を実現。その後、生産管理システムと連動した顧客情報共有システム、図面・文書管理システム、在庫管理システムなども導入し、成果として3年の間に21ものシステムツールを導入した。  「生産管理システムを入れる前に、だれもが利用しているSNSのビジネス版を活用し、社内連絡を掲示板に投稿して閲覧をうながし、デジタルに慣れてもらってデジタル化の不安を払拭したことも効果があったと思います」(頼委員長)  なお、フジワラテクノアートが導入したシステムは、すべて既存のパッケージ商品だそうだ。ゼロから開発すれば自社に合わせて便利で使いやすいものにはなるが、そもそもパッケージはさまざまな企業の意見や使い勝手が集約されて完成した、いわば標準仕様であると考え、システムに合わせて自社の業務の方法を変えることにしたそうだ。アップデートによるトラブル回避のため、極力カスタマイズをせず、設定変更が可能な範囲において反映できることがないかなども調査しながら、運用を行っているという。 社員のDXボトムアップ効果  社外のコンサルティングに頼らず、DX委員会が中心となり社内で検討を重ねながら推進したDX。特別なノウハウがないため、スタート時は苦労が続いたが、取組みを継続するなかで、DX推進委員会を中心に「やればできる」と自信がついた。成果が数字などで目に見えるのもやりがいになったという。また、副次的な効果としてITに興味を持ち自主的に資格取得などの学習に取り組む社員が増加した。IT関係の資格保有者は2018年は1人だったが、2023年には資格取得者や実務での実践者が延べ21人になるなど、DXが社内に与えた影響は大きい。  ITの知識がゼロだったある若手社員は、DX推進委員に選ばれ、その業務でエラーとデータ抽出に試行錯誤をくり返しながら、いまではプロ顔負けにプログラムを自在に組めるまで技術を高めた。  AIとは縁遠かったあるベテラン社員は、次世代醸造プラントに向けて、AIを活用した設備の必要性を感じてPython(パイソン)を学び、その過程で何万回もエラーを出しながらも、いまでは画像認証で杜氏(とうじ)をサポートするAI技術の開発まで手がけるようになった。頼委員長自身もITストラテジストの資格取得の勉強をしながら、業務でDXを実践して学びを活かしてきた。ベテラン勢もDXを拒否することなく、業務に必要なITスキルを習得している。 ベテラン社員のためのサポート  デジタルを苦手とするベテラン世代の社員のサポートについては、導入時に研修会を実施して目的を説明し、細かい操作は各部門のDX推進委員会のメンバーが懇切丁寧にフォローしている。  「当社はフルオーダーメイドの製造ということで、さまざまな経験を経て高いスキルを持つベテラン社員を尊敬する風土が根づいています。そのうえでベテラン社員がシステムの使用に苦労していれば、若手社員が進んで手助けをしています」(頼委員長)  製造部のDX委員である甲元(こうもと)久美子(くみこ)さんは「ベテラン社員からシステムの操作について聞かれたら、まず何をやりたいかを聞きます。一度教えた内容であれば、もう一度復習しながら行います。みなさん少しずつ対応していますし、『わからないことを聞く』ということは、『デジタル化に対応していく意欲がある』ということなので、その気持ちがすごいと思います。私自身あまりITに詳しくないので、どちらかというと、ベテラン社員のみなさんと同じ気持ちでわかりにくい点などに共感しながら話を聞いています」  甲元さんから、システムの操作方法などについて、よく教えてもらっているという、製造部生産管理グループ顧問の谷(たに)幹夫(みきお)さんは、「システムが新しくなり、最初は本当にたいへんでした。そもそも基本的な用語がよくわからず、前に聞いた言葉でもたまに使うだけだと忘れてしまうので、その都度聞いて教えてもらっています。時代とともに仕事のやり方が変化していくなかで、環境は昔には戻りませんから、わからないことも勉強をして、聞いて、覚えて、挑戦する気持ちをいつも持っています」と話す。  谷さんがおもに使っているのは、図面・文書管理システム、そして生産管理システムである。「以前は、他部署に頼んで印刷してもらっていた図面や、実績や調達に関することなど、知りたい情報が自分のパソコンですぐ見られるようになり、仕事はとても効率的になり、業務への向き合い方が未来志向になってきたことを実感しています」(谷さん) DX成功のカギは社員へのビジョン浸透  最後に、DX推進を成功させるためのポイントについて、頼委員長にうかがった。  「DXを推進すれば、それだけで効率化する・便利になる、というわけではありません。当社の場合も、それまで阿吽(あうん)の呼吸で上手くいっていたアナログ作業をデジタル化することで、多くの社員に大きな負担がかかりました。DX推進により確実に効率化はしていますが、全社員がDXの必要性に納得し、さらに、たいへんであっても、その先の未来を楽しみに『DXの推進は将来のため』、『高みを目ざすため』と考えられたのは、経営理念やビジョンが浸透していたからです。DX推進は社員がそのマインドを持てるようになっているか否かがキーになると思います」  DXの力で経営基盤の強化を進めてきたフジワラテクノアート。現在は据付現場での搬入ルートや配管の検討に3Dスキャンを活用する取組みのほか、ベテランのさまざまな経験や知識を全社で活用できるようナレッジデータベースの構築に取り組んでいる。これからもベテラン社員が持つ知見を活かしながら、デジタル化を推進していく方針だ。 ★「健康経営○R」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。 写真のキャプション 株式会社フジワラテクノアート本社 頼純英DX推進委員会委員長(左)、谷幹夫製造部生産管理グループ顧問(右) 業務フローの洗い出しを行った畳2畳大のフロー図 【P23-26】 事例3 全員がDX化に対応して業績が飛躍的に向上 従業員の週休3日制・副業可も実現 株式会社陣屋(じんや)(神奈川県秦野(はだの)市) 創業100年を超える老舗旅館 赤字からの脱却を目ざしDXを推進  東京都の新宿駅から小田急線で約1時間。株式会社陣屋が営む「鶴巻(つるまき)温泉(おんせん)元湯(もとゆ)陣屋」は、鶴巻温泉駅から歩いて4分の便利な場所に立地しながら、1万坪の広さを誇る庭園を持つ自然にいやされる老舗旅館。丹沢山塊(たんざわさんかい)の地下深くから湧き出る温泉は、カルシウム含有量世界有数の名湯といわれ、国内外から多くの人々が訪れている。  創業は1918(大正7)年。100年を超える歴史があり、貴賓室「松風(まつかぜ)」は明治天皇の宿泊のため、黒田藩主が大磯に建てたものを移築した部屋で、将棋や囲碁の名棋士が王座を争う舞台としても知られており、これまでに300以上のタイトル戦が行われている。  しかし、バブル崩壊後から売上げが低迷し、一時は償却前利益が年間マイナス6000万円となり、廃業の危機に直面したこともあった。  危機を乗り越えたのは、経営を引き継いだオーナーと女将が夫婦で取り組んだDX化と、それにともなうシニアを含む従業員全員へのデジタルスキルの習得・活用が出発点だったという。 紙の管理からデジタルへ移行し情報の共有化、日常業務の効率化を図る  陣屋の経営を引き継いだ宮ア(みやざき)富夫(とみお)さん(現・陣屋グループオーナー)は、もともと旅館を継ぐ気持ちはなく大手自動車メーカーで技術者として働いていたが、父が急逝し、母が病に倒れて陣屋の経営者が不在となり、急きょ跡を継ぐことを決断。元会社員で当時は出産直後の二児の母だった妻の宮ア(みやざき)知子(ともこ)さんが2009(平成21)年10月、4代目の女将に就任した(現在は代表取締役・女将)。当時は売上げ減少に直面している時期であり、跡を継いだ宮ア夫妻には、早期の業績改善が求められており、すぐに経営改革に着手した。特に課題となっていたのが顧客管理だったという。  旅館経営に欠かせない宿泊客の管理は、手書きの紙の台帳が主体となっており、当時パソコンを使える従業員は夫妻のほかに1人のみ。また、宿泊客の好みや要望などが従業員間で共有されておらず、常連のお客さまに同じ質問を何度もしてしまうということもあったという。  そのほか、従業員の仕事はサービス係、フロント係、調理係などに細分化されているが、フロント係が多忙をきわめていても、別の係は手が空いているといったこともあり、日常的な業務においても非効率的な面が多々あったという。  そうした状況の分析を行い、従業員には事業継続が危機的状況にあることを説明したうえで、経営改善のために同社では次の方針を打ち出した。 @情報の「見える化」 APDCAサイクル(計画・実行・評価・改善)の高速化 B情報は持つだけでなく活用させる C仕事を効率化し、お客さまとの会話と接点を増やす  これらを推進していくためには、旅館経営を支える基幹システムが必要と判断し、当時市販されていたホテル・旅館向け基幹システムの導入を検討した。しかし、自社に適したものが見あたらなかったことから、独自のシステムを開発することを決断し、システムエンジニアを1人採用した。その結果誕生したのが、旅館業に特化したクラウド型基幹システム「陣屋コネクト」だ。  陣屋コネクトは、予約台帳・顧客台帳をペーパーレス化したもので、タブレットを通じてすべての顧客情報がそれを必要とする従業員と共有され接客サービスの向上につながる。また、仕入れ・原価管理、設備管理、勤怠管理や会計処理などを一元管理することで効率化・最適化も図ることができる、旅館経営を行ううえで画期的なシステムである。 実際に使うことで体得してもらう社内ルールを徹底し例外を認めず  陣屋コネクトを導入したものの、全従業員が使いこなせるようになるまでには、いくつかの工夫と苦労、時間が必要だった。  まず、それまではあたり前だった紙の予定表やメモ書き、ホワイトボードの使用を禁止し、報告や連絡、承認、レポートの提出はすべて陣屋コネクトで行うことを社内ルールとし、情報端末を全員に支給した。勤怠管理も陣屋コネクトで行うため、システムにログインしないとそもそも仕事を始めることができず、全従業員が情報端末を使わざるを得ない状況をつくった。  陣屋コネクトを導入したのは2010年3月のこと。従業員数は80人ほどで、60歳前後から70代の従業員が多かったという。当時はスマートフォンを持つ人はほとんどおらず、パソコンに触れたこともないという人が大半だったそうだ。そうしたなかでDXを推進したため、メモ書き禁止などのルール化に対し、反発は大きかったという。  「『パソコンはこわいもの』、『壊したらたいへん』というイメージを持っているベテラン世代の従業員が多く、『なるべく触りたくない』という雰囲気が当初からありました」と代表取締役・女将の宮ア知子さんは、DX推進に取り組み始めた15年前をふり返る。宮アさんは、「ATMを使ったことがあるなら大丈夫。簡単に壊れたりはしないし、むずかしいものではない」と説明し、実際に使ってもらいながら、「わからないことは、そのつど聞いてください」と、ていねいな説明をくり返し、その浸透を図っていった。  特に陣屋コネクトの使い方教室のような場は設けなかったという。一同を集めて30分間説明をしても、興味がない人には効果がないと考えたからだ。  慣れるまでの時間は人によって違い、同じことを何度も聞く人もいたが、根気よく対応した。取組みの推進にあたり重視したのは、「報告や連絡はすべて陣屋コネクトで送信する」、「手書きでは受け取らない」といった最初に決めた社内ルールの徹底。一人でも例外を許してしまうと、その影響が周囲に波及し、うまくいかなくなると考えた。なかには「自分にはできない」と泣きながら訴える従業員もいたそうだが、ルールに則って仕事をしてもらえるよう、困っている従業員のためのサポート役を決めて、フォローを行うことも徹底した。  サポート役の従業員は、はじめからその担当として役割をこなしていたというわけではなく、元々、同じ質問をくり返しされても、いやな顔をせず応えている若手従業員がおり、わからないことがある人は、だんだんその従業員に聞きにいくことが増えていたという。そこで、その従業員に負担がかかりすぎてはいけないと思い、みんなが慣れるまでのサポート役をになってもらうこととし、評価制度でそのことをプラスに評価することにした。  そのうちサポート役の従業員は手順がわかる写真を貼ったり、苦戦していた従業員たちもそれを写真に撮るなどの工夫をしながら陣屋コネクトの使用を続け、2年半ほどすると全員が問題なく使えるようになっていたそうだ。 便利さを一緒に実感することで新たなツールもスムーズに導入  一方で、陣屋コネクトをより使いやすいツールへとカスタマイズしていくため、現場の声とニーズを把握し、柔軟に改善も行ってきた。  例えば、音声認識ツールを使用して、広大な敷地のどこにいても、館内などの状況を即時に共有できるようにするため、当初は従業員が携帯するタブレット端末とトランシーバーを併用していたが、それでは音声をテキストで記録に残すことができないなどの課題があり、新たな仕組みの導入を検討。その結果、トランシーバーではなく、タブレットにインターカム(以下、「インカム」)を通して発話すると、その声がテキストに自動変換され、即時に共有できる新たなアプリを導入することにした。  この仕組みの導入当初は、高齢従業員から、「インカムの使用は、お客さまに失礼になるのでは」という声があがった。しかしインカムは、公共施設などでも使用されている例があることなどを説明し、一斉に切り替えると、2週間ほどで全員が慣れたという。このツールでは、1人が発信した情報が瞬時に多数の人に伝わるため、以前のツールより断然便利なことが使い始めてすぐにわかったからである。 陣屋コネクトを通じた情報共有でお客さまサービスが向上  陣屋コネクトの導入から全従業員が問題なく使用できるようになる2年半の間には、デジタルスキルの習得に向き合う従業員のモチベーションを高めるできごともあった。  年齢が高くても、新しいことを覚えるのに積極的で向上心のある70代の従業員は、すぐにシステムの使用方法を習得。タブレット端末を使って仕事をする高齢者ということが話題となり、メディアで取り上げられると、それを目にしたお孫さんから、「すごいね、おばあちゃん」といわれ、とても喜んだそうだ。  そこで同社は、積極的に取材を受けるとともに、陣屋コネクトを展示会で発表したり、自治体などが主催する表彰制度に応募したりして、メディアでの露出機会を増やしていくと、それが従業員間はもちろん、宿泊客や取引先の間でも話題となった。  「家族や友人から『すごいね』とほめられるようになり、それが従業員の自信や誇りを高めることにつながりました。人はほめてもらう機会が増えると前向きになれるものです」(宮アさん)  陣屋コネクトを通じた情報共有でサービスの質が向上し、宿泊客が喜んでくれる。それも従業員が前向きになる力となった。 業績改善と組織の成長により週休3日制を実現  陣屋コネクトの導入は、さまざまな効果をもたらした。 ・手書きの手間を省き、作業の重複や漏れなどのトラブルを防止。いつ・だれが・何をしたかの履歴が残る ・女将や従業員の頭の中にしかなかった接客のための情報が、陣屋コネクト上に蓄積 ・スタッフがいつでもどこでも最新情報を共有できることにより、「いった・いわない・聞いていない」のトラブルが解消。部門を越えた情報共有で組織の一体感が向上 ・細やかな「おもてなし」を実現  業務の効率化が進み、サービスの質が向上したことで細やかなおもてなしが可能となり、リピーターの宿泊客が増えて、廃業寸前だった旅館は約3年で黒字経営に転換した。  また、以前は指示待ち体質の従業員が多かったそうだが、DXの推進と同時に、各従業員が複数の業務をこなすマルチタスク化にも取り組み、短期間に変化に対応し続けたことで、従業員が自律的に考え判断する組織に変わったという。  DX推進の取組みを、宮アさんは次のようにふり返る。  「DXは、まさに当社の転換点でした。『何とかして業績を回復させなくては』という思いから始まった取組みですが、システムを開発し、それを従業員が活用し、そこから得たメリットをサービスに転嫁して、こうしていまお客さまをお迎えすることができ、従業員に過度な負担をかけることなく事業運営ができています。ありがたいことに人員が確保できているのも、DXに取り組んでいたからこそだと思っています」  人員の確保については、「旅館を憧れの職業に」という方針を掲げ、働き方改革にも積極的に取り組んでいる。DXの推進により業務の効率化を実現したことで、従業員のプライベートの充実や自己研鑽(けんさん)を奨励し、副業も推奨しており、現在では旅館全体の休館日を設けて、従業員の「週休3日制・副業可」を実現し、全国から注目を集めている。  一方で、独自開発した旅館管理システムである陣屋コネクトを、同業他社へ販売する会社を立ち上げた。また、陣屋コネクトを通じた交流を発展させ、地域全体でマーケティング、集客の強化とDXを推進するための地域観光DXプラットフォーム事業も始動している。 取組みのポイントは、ていねいな説明と理解を得て進めること  2024(令和6)年6月時点の陣屋の従業員数は46人。そのうち正社員が23人、パートタイム従業員が23人で、60歳以上はパート従業員が10人ほどとなっている。最近はスマートフォンを使用する人が増えていることから、採用した従業員が陣屋コネクトに慣れるまでの苦労などは特にないという。  最後に、高齢従業員にデジタルスキルを学んでもらいたいと考えている企業へのメッセージをお聞きすると、宮アさんは「高齢だから苦手と決めつけず、興味を持ってもらうこと、むずかしいものではないと説明すること、同じ質問をされても面倒な顔をしないことがポイントではないでしょうか。会社のメリットだけに注力せず、職場の環境をよりよくし、従業員の業務負荷が軽減されることで、新しいことにチャレンジする時間を生み出していけることなども説明し、理解を得ながら進めることが重要だと思います」と語ってくれた。 写真のキャプション 代表取締役・女将の宮ア知子さん(写真提供:株式会社陣屋) 100年の伝統を持つ元湯陣屋(写真提供:株式会社陣屋) 【P27】 生産性向上人材育成支援センターでは、中小企業等におけるDX人材の育成を支援しています! 生産性向上人材育成支援センターでは、生産性向上支援訓練「DX対応コース」及び在職者訓練「DX対応訓練」により、中小企業・事業主団体等のDX人材の育成≠支援しています。 生産性向上支援訓練「DX対応コース」の概要  生産性向上支援訓練は、あらゆる産業分野の中小企業等が生産性を向上させるために必要な知識・スキルを習得するための訓練です。  DXの推進に資する人材の育成を支援する「DX対応コース」では、共通領域としてDX推進に向けたスタートコース、ネットワーク・セキュリティに関するコースを実施しています。また、DXに向けた3つの課題を設定し、それぞれの課題解決に対応したコースをご用意しています。 共通領域 DX推進に向けたスタートコース DXの推進に必要な知識や導入事例を知りたい⇒【バックオフィス分野】DXの推進 ネットワーク・セキュリティに関するコース 社内ネットワークのセキュリティ対策を進めたい⇒【倫理・セキュリティ分野】脅威情報とセキュリティ対策 3つの課題 デジタル化と新しい生活様式の課題への対応コース 自社業務に適切なITツールを選定したい⇒【バックオフィス分野】ITツールを活用した業務改善 業務プロセスの課題への対応コース システム化に伴うコストの考え方を知りたい⇒【バックオフィス分野】失敗しない社内システム導入 ビジネスモデルの課題への対応コース IoTによるビジネス環境の変化や動向を知りたい⇒【組織マネジメント分野】IoTを活用したビジネスモデル ○受講対象者  事業主の指示を受けた在職者の方 ○訓練日数・時間  おおむね1〜5日(4〜30時間) ○受講料(1人あたり・税込)  2,200円〜6,600円 ○訓練会場  自社会議室等を訓練会場とすることが可能です(講師を派遣します) 在職者訓練「DX対応訓練」の概要  在職者訓練は、設計・開発、加工・組立、工事・施行、設備保全などものづくり分野≠ノおける生産現場の課題を解決するための実習を中心とした職業訓練です。生産性向上、業務改善、製品等の高付加価値化などの生産活動等における課題解決に向け、DXにつながる技術要素(IoT、ロボット、AI等)の導入・活用に対応できる人材の育成を目的とした「DX対応訓練」も実施しています。 多くの方に受講いただいているコースを一部ご紹介します! 3次元CADを活用したアセンブリ技術 機械設計の新たな品質・製品の創造のため、高付加価値化に向けた設計のアセンブリ機能を活用した検証方法を学びます BIMを用いた建築設計技術 建築設計の効率化、適正化、最適化のため、BIMを用いた建築設計に関する技能を学びます 訓練受講ご希望の企業様は、最寄りの生産性向上人材育成支援センターにお問い合わせください。 〜生産性向上人材育成支援センター(生産性センター)は、事業主のみなさまの生産性向上に向けた人材育成を支援しています〜 生産性センターホームページ 【P28-32】 集中連載 マンガで学ぶ高齢者雇用 突撃! エルダ先生が行く!ユニーク企業調査隊 第5回 多様な人材が活躍するシャッターメーカー長く、楽しく、生涯現役で働ける職場を実現 株式会社横引シャッター(東京都足立区) ※1 厚生労働省とJEEDの共催で、生涯現役で活き活き働ける職場の実現に向け、創意工夫をして取り組む企業を表彰するコンテスト ※2 『エルダー』2022年11月号P.16-19でご紹介しています https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202211/index.html#page=18 つづく 【P33】 解説 集中連載 マンガで学ぶ高齢者雇用 突撃! エルダ先生が行く!ユニーク企業調査隊 第5回 多様な人材が活躍するシャッターメーカー 長く、楽しく、生涯現役で働ける職場を実現 企業プロフィール 株式会社横引シャッター(東京都足立区) 創立1986(昭和61)年 シャッターの製造・販売  スライド式の「上吊り式横引きシャッター」を開発し、日本全国に普及させてきたシャッター専業メーカー。駅の売店やショッピングモール、個人宅のガレージなど、同社のシャッターはさまざまな場所で使用されており、読者のみなさまも一度は目にしたことがあるのではないだろうか。  同社では、多様な人材が生涯現役で活躍できる職場環境づくりに取り組んでおり、「令和4年度高年齢者活躍企業コンテスト」で、(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長表彰優秀賞を受賞。高齢者をはじめとする多様な人材が活き活きと働いている。 生涯現役で働ける職場環境を実現  70歳定年後、年齢上限なく働ける再雇用制度を整備しており、社員が生涯現役で働ける環境を整えている。定年後も給与水準を維持し、本人の希望に配慮した柔軟な働き方が可能で、社員のモチベーションアップと業績向上の好循環を実現している。 充実かつユニークな福利厚生制度  「好きな仲間と楽しく働きたい」という願いの具現化に向け、市川慎次郎代表取締役自らがさまざまなアイデアを出し、福利厚生制度の充実を図っている。社員だけではなく、その家族の分も含めた防災グッズの常備や、全社員へのオーダースーツの支給など、ユニークな取組みも多い。 高齢社員の負担を軽減する独自の取組み  自転車通勤をしている高齢社員は、「雨や雪など天候が悪い場合は出社しなくてよい」というルールを設けるなど、高齢者に安全に働き続けてもらうための工夫を行っている。また、フレキシブルな勤務形態を整え、高齢社員の希望とニーズに配慮した柔軟な働き方を実現している。 【P34-37】 高齢者の職場探訪 北から、南から 第146回 秋田県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 無理のない働き方で経験と資格を活かし地域のライフライン維持と若手指導に貢献 企業プロフィール 株式会社ガスセンター秋田(秋田県潟上(かたがみ)市) 創業 1987(昭和62)年 業種 道路貨物運輸業(LPガス配送) 社員数 28人(うち正社員数27人) (60歳以上男女内訳)男性(5人)、女性(0人) (年齢内訳)60〜64歳 4人(14.3%) 65〜69歳 1人(3.6%) 定年・継続雇用制度 定年60歳、希望者全員を年齢上限なく継続雇用。最高年齢者は69歳  秋田県は、東北地方の日本海側に位置し、秋田・青森両県にまたがる世界自然遺産に登録されている白神(しらかみ)山地や、深さ日本一の田沢湖のほか、秋田竿燈まつり、大おおまがり曲の花火、なまはげなど、豊かな自然や個性的な文化が大切にされています。古くから米づくりを中心とした農業をはじめ、林業、漁業、鉱業などで発展し、近年は風力発電や地熱発電などの再生可能エネルギーの導入を積極的に進めていることでも知られます。  JEED秋田支部高齢・障害者業務課の篠ア(しのざき)悦郎(えつお)課長は、「秋田県は、世界一高齢化が進む日本のなかでも、最も高齢化が進んでいます。さらに、少子化と人口流出により、毎年1万人以上の人口が減少しており、高齢者雇用と高齢社員の戦力化の取組みは必須となっており、県内の事業所からは好事例の紹介や制度改善の助言など支援を求められる機会が多くなっています。また、実際に事業の主力となっている中高齢社員のモチベーションの維持・向上施策として、JEEDの『就業意識向上研修※』が有効であるとおすすめしています。そして、制度の改善にともなう役割意識の醸成と健康などに配慮した働き方の提示が、事業の維持発展に欠かせない条件であることなどを強調しています」と注力している取組みについて説明します。  同支部で活躍するプランナーの一人、藤田(ふじた)弘幸(ひろゆき)さんは、特定社会保険労務士として、人事・労務に関して中小企業の支援を行っており、プランナー活動では相談・助言業務や生涯現役社会の実現に向けたセミナーの講師として幅広く活躍しています。今回は、藤田プランナーの案内で、「株式会社ガスセンター秋田」を訪れました。 さまざまな改革を行い希望者全員を年齢上限なく継続雇用する制度に  株式会社ガスセンター秋田は、1987(昭和62)年に株式会社出光ホームガスセンター秋田として創業し、アストモスエネルギー株式会社(旧出光ホームガス)のガス配送をおもな業務として実績を重ね、2006(平成18)年に株式会社アストモスガスセンター秋田への社名変更を経て、2020(令和2)年に現社名となりました。現在は、複数の企業からの依頼に応えてガス配送業務を行っています。  黒澤(くろさわ)真志(まさし)取締役経営統括は、「一般家庭のみならず、病院や福祉施設、学校、製造工場など、暮らしや事業活動を維持するライフラインとしてのLPガスの供給を、日々安全かつ迅速に行い、地域や社会に貢献しています」と同社の仕事を説明します。  数年前に業績が厳しくなっていた時期があり、3年前に現職に就任した黒澤取締役は、創業当時まで収支実績をさかのぼって分析し、業務の効率化や経費削減などの改革に着手。委託先の理解を得て配送料・貸出容器料の値上げを実現したり、古くなった車輌の代替えなどに取り組み、社内では基本給や賞与査定の見直し、福利厚生の充実、自治体や業界団体が主催する各種表彰制度の申請などに取り組んできました。受賞者は表彰式に出席して賞状を授与され、懇親会もあるそうで、「晴れやかな場に出る機会を得て社員は誇らしく感じると思いますし、仕事のやりがいにつながっていると考えています」と黒澤取締役。このように制度改革とともに、社員のモチベーション向上に気を配ってきました。  そうしたなかで一歩ずつ改革が浸透し、業績はV字回復。苦労をしていた人材確保についても、この3年間で4人を採用できたそうです。  また高齢者雇用制度も改革しました。藤田プランナーが相談・助言業務で同社を初めて訪問した2023年4月は、まさに改革の最中だったそうです。  「当時、60歳を超えた社員の方が比較的多いという現状と、会社としては、年齢についてはあまり意識されていないということでしたので、定年引上げや継続雇用年齢の引上げについてアドバイスを行いました」と藤田プランナー。継続雇用の上限年齢を引き上げ、基準該当者を70歳まで雇用することを提案したところ、同社はそれを上回る制度改定を行い、2024年5月に定年60歳を維持し、希望者全員を年齢上限なく継続雇用する制度にあらためました。  黒澤取締役は、「年金の受給年齢が上がっていることなどに加え、当社の配送業務には資格と経験が必要ですから、ベテラン社員はとても大切な存在です。継続雇用は年齢で決めるのではなく、体力などに合わせてフルタイム勤務のほか、週2〜3日の勤務にするなど、働き方に柔軟性を持たせて長く働ける内容にしました」と現制度に改革した視点を語ってくれました。そして高齢社員には、「特に若い人の育成指導の役割を期待しています」と話します。  今回は、勤続27年の高齢社員と、ともに働く2人の同僚にお話を聞きました。 身体に負担のかからない働き方で会社に貢献  同社で勤続年数が最も長く、最年長の石井(いしい)和夫(かずお)さん(69歳)は、印刷会社などの勤務を経て1997年に知人の紹介で同社に入社しました。以降、LPガスを配送するために車の大型運転免許をはじめ、「充てん作業者講習修了証」、「高圧ガス移動監視者講習修了証」を取得。さらに、シリンダー(ガスボンベ)配送のための「販売主任者免状」、「テールゲートリフター特別教育免状」を取得し、長年にわたりおもにバルクローリーに乗車してLPガス配送業務に従事してきました。バルクローリーとは、LPガスを家庭や事業所などに配送・充てんする車で、必要な資格を持つ人だけが運転できる車輌です。  「定年まで大型のバルクローリー車に乗って県内を走りまわって配送したおかげで、道路、地理を覚えることができました。運転することに負担を感じることなく、幸い事故もなくここまでくることができました」と石井さん。  60歳以降もフルタイムで働いていましたが、体力面などを考慮して会社と相談し、2年前からは勤務を週2日にして、LPガス配送業務を担当しつつ、月末は事務作業の手伝いをしています。同社の勤務時間は8時〜17時となっていますが、担当業務などによって柔軟に勤務時間を調整することが可能で、石井さんはおもに6時〜15時勤務で働いています。  「いまは、ボンベを配送する社員と一緒に乗車し、老人ホームや病院などへLPガスを配送しています。ボンベは重いので、けがをしないように注意し合ってがんばっています。週2日勤務は、身体に負担のかからないちょうどよい働き方だと思っています」と現在を語ります。  若手社員に仕事を教えることもあるそうですが、「教えるというより、けがをせず、安全に働いていくためのポイントを伝えているようなものです」と穏やかな表情で話します。また、事務作業については10年ほど前に病気をして、仕事に復帰した直後に手伝っていたことがきっかけで、以来ずっと続けていると教えてくれました。  今後については、これまでと同様に安全第一を徹底し、「長く勤務するには人間関係が大事だと思いますので、相手の年齢に関係なく、ふだんからコミュニケーションをうまくとっていくようにしたいと思っています」と話してくれました。 頼もしく、周囲を気遣ってくれる存在  佐々木(ささき)勇人(はやと)主任は、以前は石井さんの後輩として、現在はLPガス配送業務のまとめ役としてともに働いています。  石井さんについて、「シリンダー配送とバルクローリーによる配送の両方の経験があり、それに関係する大抵の仕事をお願いできる頼もしい存在です。しかも、事務の手伝いまでされていて活躍の幅は多岐にわたりますし、新入社員の指導やそのフォローもしていただいています」と尊敬のまなざしで語ります。  また、高齢者雇用制度についてたずねると、「今後は社会全体で定年年齢の引上げや継続雇用年齢の延長があたり前になっていくと思います。社員としては、安心して働くことができ、生活ができるように制度が整えられていくことが大事だと思います」と答えてくれました。  同社の経理業務をはじめとした事務作業を一人で担当する佐々木(ささき)明美(あけみ)さんは、「石井さんは、長年仕事をされているので段取りが上手ですし、早くて正確にこなせること、事務を手伝ってくださること、また、みんなの様子を見てさりげなく手助けをする姿が素敵ですね。いつも月末になると多忙な私のために、伝票整理をしてくれます」と石井さんへの感謝を語ってくれました。高齢者雇用については、「体力が続かないときのサポートが大事になると思います」と考えを聞かせてくれました。  黒澤取締役は、「石井さんにはまだまだ勤務し続けてほしいと思っていますが、無理しないように話し合いながら対応していきたい」と期待や思いを語りました。 社員全体の気持ちに応える制度へ  同社のさまざまな改革は、経営が安定してきたから終わり≠ニいうことではなく、「時代は変化していくので、つねに何がよいのかを考えることが必要です。高齢者雇用についても、定年年齢の引上げも含めて今後も検討したいと考えています。藤田プランナーには、今後も相談に乗っていただければありがたいです」と黒澤取締役は語ります。  藤田プランナーは、最後に今回の取材を通して次のように語ってくれました。  「無理なく経験を活かして働く石井さんの姿を見て、ともに働く若手社員の方々は『こういう働き方があるのだ』とわかり、お手本や目標にしていく。このサイクルが続いていくことが理想です。柔軟な働き方ができる職場づくりを続けられていることは会社にとっても大事なことだと思いますし、高齢者雇用制度の改革については、高齢社員も含め、社員全体の気持ちに応えることができるものになるよう、今後も支援を続けたいと思います」  地域のライフラインを守る仕事を支える社員が、より安心して働ける職場環境へ、同社の改革は続いていきます。(取材・増山美智子) ※ 「就業意識向上研修」の詳細は、JEEDホームページをご覧ください。 https://www.jeed.go.jp/elderly/employer/startwork_services.html 藤田弘幸プランナー アドバイザー・プランナー歴:7年 [藤田プランナーから] 「話しやすい雰囲気づくりを心がけ、まずは事業者のお話をていねいに聞くことを心がけています。そのうえで、社会保険労務士としての資格を活かし、今後の高齢者雇用に役立つ人事労務管理全般について相談・助言を行っています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆秋田支部高齢・障害者業務課の篠ア課長は藤田プランナーについて、「企画立案サービスに積極的に取り組むなど、真摯に事業所の課題に向き合うプランナーです。熱心に話をうかがい、それをもとに的確な制度改善提案を行うなど、特に人事・労務管理に関してのエキスパートとして、若手ながら、企業からの厚い信頼を得ています」と話します。 ◆秋田支部高齢・障害者業務課は、JR奥羽本線「追分(おいわけ)駅」(県庁所在地の秋田駅から北へ4つ目)から徒歩20分、潟上市の住宅地のなかにあります。ちなみに潟上市は、なまはげ行事で有名な男鹿(おが)半島の入り口に位置しています。 ◆同県では、6人の70歳雇用推進プランナーが活動し、年間約180件の相談・助言活動を行っています。そのうちの約70件で制度改善提案を実施しており、制度改善の提案後、約1割の事業所で半年以内に制度改善を行っています。 ◆相談・助言を無料で行います。お気軽にお問い合わせください。 ●秋田支部高齢・障害者業務課 住所:秋田県潟上市天王字上北野4-143 秋田職業能力開発促進センター(ポリテクセンター秋田)内 電話:018-872-1801 写真のキャプション 秋田県潟上市 株式会社ガスセンター秋田 黒澤真志取締役経営統括 石井和夫さん「LPガスを配送する大型バルクローリーには、現在もときどき乗っています」 株式会社ガスセンター秋田主任の佐々木勇人さん 株式会社ガスセンター秋田経理担当の佐々木明美さん 【P38-39】 高齢者に聞く生涯現役で働くとは 第96回  大山光彦(70歳)さんは大手航空会社に42年勤務し、営業からマネージメント、人事まで多岐にわたる分野を邁進(まいしん)してきた。そして現在は、豊富な経験を活かし経営コンサルタントとして第一線で活躍している。人材育成に情熱を注ぐ大山さんが生涯現役で働くことの魅力を語る。 アルファブレーンコンサルティング株式会社 シニアエキスパート 大山(おおやま)光彦(みつひこ)さん 経験こそ宝物  私は、日本三景の一つ宮城県宮城郡松島町(まつしままち)に生まれ、中学と高校は仙台市内に通い、大学は東京に出てイタリア語を専攻しました。高校時代、イタリアに造詣の深い作家の塩野(しおの)七生(ななみ)さんが雑誌に連載していたエッセイ「君知るや南の国」を読んで、イタリアという国に魅了されたことがきっかけでした。  ただ、はじめは語学の大学に進む予定ではありませんでした。周囲からすすめられ、高校を卒業した年は医学部を受験しましたが、受験に失敗。浪人中に自分の将来を見つめ直して文系に進路を切り替えました。そのとき頭にあったのが塩野さんのエッセイでした。人生は何が契機になるかわかりません。  大学を卒業して航空会社に入社、総合事務職として採用されました。東京支店での営業担当を皮切りに、旅客チェックイン業務や整備本部で調達の仕事などを歴任しました。その後は米国の航空機会社との契約交渉を担当するため米国出張が続きました。国内線専門でやってきた会社が国際線に進出するようになると、新たに航空燃料調達の仕事が増えました。石油の元売りとの交渉などで語学力のある人材が求められ、本社の調達部に配属されました。これまでつちかったさまざまな分野での経験がいまに活きています。  あらゆる分野の仕事に前向きに取り組んできた。後に仕事でイタリアに赴任したとき、縁あって憧れの塩野さんと食事をする機会があったとのこと。「エッセイが人生を変えることもあるからおもしろいですね」と大山さんは笑顔で語る。 57歳でキャリアチェンジ  会社の国際線の開拓とともに海外出張が続きましたが、いよいよイタリアにも航路が開かれ、イタリア語ができる私に白羽の矢が立ちました。それまで手紙の翻訳などはしたことがありますが、イタリア語で勝負するのは実質初めてで、ミラノとローマに支店を立ち上げることが私に課せられました。いま思えば人生の修羅場といえるような時代でした。たった一人での現地人材の採用からはじまり、あらゆることへ挑戦の連続でした。就任して2カ月後に初めて飛行機が飛んだときは感無量でした。その後、さまざまな事情で支店を閉鎖することになり、一緒に苦労してきた現地の社員を解雇したときもつらかったです。この時代のことを話すといくら時間があっても足りません。楽しいこともつらいこともすべてが、自分の成長につながった現場でした。  帰国してからはマイレージセンターの所長として登録業務やクレーム処理を担当しました。その後は出向が続き、最後が貨物部門の営業でした。気がつけば57歳になっていました。  当時は60歳定年で、57歳になると60歳以降も雇用延長するか、退社するかを決めなければなりません。そこで選んだのがまず人事系のキャリアコンサルタントの資格を取ること。1年かけて資格を取ってから人事部に相談し、あらためて採用の仕事をさせてもらうことになりました。雇用延長して67歳まで教育研修のプログラム開発の業務に従事しました。この経験が第二の人生に踏み出す力になりました。  70歳まで働くつもりが、コロナ不況の影響もあり、67歳で退職となった。再就職先を探すなかで、「東京キャリアトライアル65」という、働く高齢者の活躍の場を広げることが目的の東京都の事業に出会った。 経験が活かせる天職との出会い  SNSで「東京キャリアトライアル65」を知り、紹介してもらったのが現在の職場です。  いまは「シニアエキスパート事業部」でクライアント企業の人材育成をサポートしています。具体的には、その企業が採用している人事制度をチェックして、問題点、あるいは課題を洗い出し、適切な対処法をお伝えするというのが私の仕事です。とてもやりがいのある部門で働かせてもらえていることに感謝しています。  もちろん最初は私に何ができるか不安でいっぱいでしたが、入社する前の2カ月間のトライアル期間中にこれまでの人生の「棚卸し」をサポートしてもらったことが大きな力となりました。「棚卸し」とはこれまで私が重ねてきた人事関係の仕事の経験やスキルを「見える化」する作業でした。これまでやってきたことを拾い出し、それをもとにヒアリングをくり返してスキルを洗い出していきます。なかなかたいへんな作業ですが、気がつけば自分のセールスポイントが明確になっていきました。この「棚卸し」という作業は高齢者の再就職にとても有効ではないかと思います。次の一歩を踏み出せるよう背中を押してもらいました。 チャレンジ精神をいつも心に秘めて  会社との契約は、案件ごとの業務委託です。いまは、ある上場企業の人事制度の改革推進をサポートしています。その会社の本社が名古屋にあるので頻繁に名古屋に出かけて、マネージャーの研修などを行っています。  57歳のときにキャリアコンサルタントの資格を取ったことから私のキャリアチェンジが始まりましたが、資格を取ってから10年近く採用や人材育成の仕事をしたことがいまの仕事におおいに役立っています。  とはいえ、新しい案件への対応には不安もありますが、会社の営業ディレクターが案件ごとのミーティングに同席してくれるので心強いです。現在6人のシニアエキスパートがおり、それぞれが専門知識を最大限に活かしながら「活きる事例」としてお客さまをサポートしています。お互いに助け合う風土のなかで、仲間たちがアシスタントを引き受けてくれることもあり、とても助かっています。一口に専門知識といっても広範囲ですが、私が専門とする人材開発はどの企業にとっても課題であるため、必要とされていることをうれしく思います。  若いときは自分のプライドを優先しましたが、さまざまな経験を重ねるなかで、チーム全体がよくなっていく方向を目ざすべきだと思うようになりました。若い人の意見も素直に聞けるような気がします。この仕事を始めて2年半ですが、まだまだ自分には「伸びしろ」があると密かに自負しています。  働き方としては週3日勤務程度でしょうか。現地に出かけることもあればWebでの会議もあります。オフの日は何をしているかというと、いくつか趣味がありまして、一つは畑仕事です。八ヶ岳の麓ふもとに畑をもって20年ほどになりました。また、前職時代から建築物を見て回るのが好きで、いまは「東京建築ウォッチングツアー」というのを主催して、月に一度遠足気分で仲間たちとウォッチングを続けています。  かつて森林セラピストという資格を取得したので、最近はほとんど機会のなかった森林浴を始めてみようかと思っています。仕事も趣味もチャレンジあるのみです。 【P40-43】 学び直し$謳i企業に聞く! 第3回 エーザイ株式会社  「人生100年時代」の到来に向け、社員の学び直し≠支援する先進企業を紹介する本連載。第3回は、「学び方改革」、「社内EKKYO」など多彩なプログラムで、リスキリングの啓発に力を入れている、エーザイ株式会社にスポットをあてる。年齢を問わず、全社員に門戸を開いた取組みが、中高年人材のさらなる活躍にもつながっている。 社員自らの選択で挑戦する「学び方改革プログラム」  大手製薬会社、エーザイ株式会社(東京都)の創業は1941(昭和16)年。80年を超える歴史を持ち、2023(令和5)年には、アルツハイマー病の新たな治療薬「レカネマブ(商品名レケンビ)」の開発で注目を集めた。2024年6月には、米タイム誌が選ぶ「世界で最も影響力のある100社(TIME100 Most Influential Companies)」にも選出されている。  国内外に拠点があり、グループ会社全体の従業員数は約1万1000人にのぼる。国内本社の従業員数は約3000人。年齢別構成比(2023年度)は、30歳未満が16.6%、30〜39歳が23.2%、40〜49歳が24.8%、50〜59歳が28.3%。定年は65歳で、60歳以上の従業員の割合は7.1%となっている。  同社は、「自律的にキャリアを築き、挑戦していくことで成長できる人財を育む」ことを目標に掲げ、多様なプログラムで構成される研修体系を整備している。そのうちの一つが2021年に全社員を対象にスタートした公募型の研修「学び方改革プログラム」だ。  同社の人財育成やキャリア開発戦略を管轄するグローバルHRキャリアディベロップメント部の古森(こもり)雄一朗(ゆういちろう)さんは同プログラムについて、「一つの特定の研修に手をあげてもらうという形ではなく、参加者それぞれが、個人の嗜好やニーズに応じて自ら選択し、挑戦するスタイルで行うのが研修の特徴」と話す。具体的には、外部の研修会社が提供する研修コンテンツから、社員それぞれが、学びたい領域、学びたいテーマのプログラムを選択して受講する。  プログラムは、@キャリア、A営業、Bリーダーシップ、Cマネジメント、Dセルフマネジメント、E思考力、Fコミュニケーションの7種のテーマで、約120のコンテンツをラインナップ。スタートからこれまでに、延べ約700人の社員が参加している。 社外の人たちとの学び合いに効果 シニア層も積極的に参加  学び方改革プログラムの目的は、「新たな価値観、付加価値・多様性を持つ人財の醸成」だ。外部のプログラムを受講することで、社外の人たちと交流し、視野を広げることも、重要なポイントとなっている。  「研修で学ぶ内容そのものへの期待もありますが、自分でプログラムを選んでいくことや、社外の人たちと一緒に勉強することの意味が非常に大きいと考えています。プログラムを通じて、いわゆるハシゴを上っていくような単一型のキャリア形成だけではなく、上下左右と自由に動けるようなキャリアへの視野を広げていただく。そういうところにも期待しています」(古森さん)  学び方改革プログラムの参加者を年代別に見ると、「管理職少し前の世代」の30〜35歳ぐらい、「管理職になって間もない、あるいは組織長になる少し前の世代」の40〜45歳ぐらいの割合が多いという。シニア層については、「特に多いということはないが、参加割合が特に低いということでもない」のが現状。全社の年代構成比と申込者の年代構成比に大きな差はなく、「研修についてポジティブに前向きに考えている人が、シニア層にもたくさんいる」と見ている。 「社内EKKYO」―ふだんと異なる環境で「今後の自分」を考える  同社の研修体系には、「社内EKKYO」というプログラムもある。「会社主導のキャリア形成」から、「社員個々の価値観・挑戦意欲に基づく主体的なキャリア形成」へと、社員の意識改革をうながすことを目的とした社内インターンシップの取組みで、2016(平成28)年から続いているものだ。  同社には、薬の研究開発を行う部門をはじめ、生産、営業、コーポレート部門まで、さまざまな職場があるが、社内EKKYOでは、人事異動をともなうことなく、自部門以外の実務を経験したり、会議などに参加したりすることができる。自部門以外の情報や他部門の仕事の意義、業務の進め方の違いなどについて知るのに加え、ふだんと異なる環境に身を置くことで、「自分自身が今後どうありたいか」を考える機会にしてもらうのが、プログラムのねらいだという。  「キャリアを志向していくうえでは、当然のことながら広い視野が必要だと認識しています。キャリアオーナーシップを築くためにも、社内EKKYOは、きわめて重要なイベントです」と、グローバルHRキャリアディベロップメント部タレントディベロップメントグループの近藤(こんどう)樹(たつき)グループ長。「キャリアオーナーシップ」とは、一般的に「個人が自分自身のキャリアに対して主体性(オーナーシップ)を持って取り組む意識と行動」をさすが、「企業にとって、社員のキャリアオーナーシップを高めていくことは、とても重要な課題。そうした認識が、このプログラムにつながっている」という。  2023年度は、11部門で、計82人が社内EKKYOに参加。スタート以来の参加者は延べ364人にのぼる。若手層が多いが、ベテランということはないが、参加割合が特に低いとい層、管理職からの参加もあるという。 「社外越境体験」もスタート プロボノ活動で「新たな視点」を探る  2022年には、社外を対象とした越境プログラム「社外越境体験」もスタートした。プロボノ活動(会社に勤めながら、自分の専門知識や経験を活かして社会貢献する活動)に参加し、ほかの会社の人と学び合い、新たな視点から気づきを得てもらう取組みだ。  社外越境には、人材活用支援などを行うエッセンス株式会社(東京都)が提供する「プロボノプログラムitteki」(以下、「itteki」)を活用。ittekiでは、「異業種×多世代×社会課題」をコンセプトに、参加者の視野の拡大、キャリア自律などにつなげる活動が行われる。具体的には、地域も職種も違う企業の社員が全国から集まってチームを組み、支援が必要なスタートアップ企業やエリア中小企業の経営課題の解決策について話し合うなどの活動に取り組む。  「自由な発想で、ほかの会社の人と一緒に学び合うことで、新たな視点でさまざまなものが生まれます。『世の中はまだまだ広く、知らないことがたくさんある』という気づきを得てもらうのが、プログラムの目的です」と、グローバルHRキャリアディベロップメント部の内田(うちだ)清(きよし)ディレクターは話す。  社外の人たちとの共同作業は、「社内ではあたり前だと思っていた仕事の進め方やアイデアの出し方が、まったくあたり前ではない」といった気づきにつながる。また、社内の会議やミーティングでは、上司や先輩が発言の機会を与えてくれるが、社外の活動では他者の助け舟を待つのではなく、自ら発言することが前提になることなども、成長につながると期待される。  ittekiには、エーザイからこれまで合計35人が参加。うち40代は31%、50歳以上が14%となっている。プログラム終了後、参加者の上長を対象に行ったアンケートでは「発言が積極的になった」、「先輩に対する接し方が変わってきた」などといった回答があり、参加者に行動変容の兆しも見られる。  また、参加者からは「『隣の芝は青い』と思っていて、実際に隣の芝も青かったが、エーザイの芝はもっと青々としていた」といった感想も聞かれるという。他社の人たちと接したことで、自社のよさへの気づきもあったようだ。 年齢制限を設けない研修制度 シニア層にも若手と同じコンテンツを  エーザイの研修体系には、学び方改革や社内EKKYO以外にも、多種多様なプログラムが盛り込まれている。入社時研修や新任経営職研修、新任組織長研修など、階層別の必須プログラムのほか、キャリアコーチングや個別キャリア相談などのキャリアデザインプログラムも充実。リスキリングに関しては、オンライン動画学習サービスなどのe-learningで、自発的な学習を支援している。本社約3000人のうち、約2000人が受講しているそうだ。  さらに、学んだことを現実に活かす、実践の機会も提供されている。自らの意思で他部署への異動が希望できる「ジョブチャレンジ制度(社内公募)」の拡大に力を入れているほか、国を超えた活躍を希望する社員に向けたグローバルリーダーシップ開発プログラムなども推進している。  同社の研修には「年齢制限を設けているプログラムが少ない」というのも特徴だ。中高年齢層も、若手と同じ研修プログラムを受けることができるのが大きなポイント。以前は、年代によって受講できないプログラムもあったが、会社として方針を転換し、現在では、学び方改革プログラム、社内EKKYOも社外越境体験も全世代対象で、年代を問わず参加することができる。  近藤グループ長は、シニア層を対象とした研修について、一般的に退職を視野に入れた内容、退職を促進する内容が多い点を指摘し、「ミドル層、シニア層の社員もエーザイにとってきわめて重要な人的資本。現在のミドル層、シニア層の人たちが最後まで働いて、輝き続けるためにも、若手と同じ研修を受けていただく。そういう発想で進めています」と、強調した。 学び直し≠ゥら新たな道へ 50代からのチャレンジも  年齢制限を廃した、積極的な学び直し≠フ推進は、ミドル・シニア層の新たなチャレンジにもつながっている。  入社以降、営業部門で活躍してきたAさんは、50代後半で「人生100年時代」のライフシフトをテーマとした研修を受けたことをきっかけに、定年後も続くキャリア形成について考えるようになった。学び直しにも積極的になり、新型コロナウイルスの感染拡大で外出を制限されていた期間は、英語の学習などに取り組んだ。  そんなAさんの目に飛び込んできたのが、国際的に活躍したいと考えている社員に向けたグローバルリーダーシップ開発プログラム。公募選抜式のプログラムだが、ほかの研修と同様、参加者の年齢制限は撤廃されている。Aさんは募集に応じて参加し若手社員とともに課題に取り組んだ結果、希望していた国際業務部門に、グローバル人材として配属され、いまも挑戦は続いているという。  医薬情報担当者(MR)のBさんも、同じく50代後半でライフシフト研修を受講したことをきっかけに、新たなチャレンジを始めた1人だ。Bさんの場合、学び直し≠フ場として選んだのは社外越境のitteki。さまざまな地域、業種の人たちと切磋琢磨し、課題解決について考え、学び合うことで、視野を広げた。  研修終了後、Bさんがチャレンジしようとしているのが「医薬品を受け取れず困っている人たち」に向けた取組みだ。ドローンを使って医薬品を届けるビジネスについて考えており、ドローンの免許を取得するための勉強も進めているという。  こうしたベテラン人財の新たなチャレンジについて、近藤グループ長は、「人生100年時代、エーザイに所属している期間というのは、本当に道の半ばであって、人生のなかのごく一部です。そう考えると、どの年代にとってもリスキリングは必要です」と話す。続けて「自分が最期を迎えるときに、自分がどんな人間でありたいかというところを目ざし、人は生き抜いていかなければならない」と、現在の仕事を、自分が目ざす人間像につなげていくためにも、チャンスに即応できるよう、つねにリスキリングが必要だとの考えも強調した。  ミドル層やシニア層の学び直し≠めぐっては、今後さらなる雇用延長の可能性もあり、そのニーズがより高まることも予想される。近藤グループ長は、「組織長などが中心になり、学び直しに対するモチベーションを高めるような活動をしていきたい」と話し、会社全体の、学び直し≠フ機運をさらに高めていく構えだ。 写真のキャプション グローバルHRキャリアディベロップメント部の古森雄一朗さん グローバルHRキャリアディベロップメント部タレントディべロップメントグループの近藤樹グループ長 グローバルHRキャリアディベロップメント部の内田清ディレクター 【P44-47】 知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第75回 定年を超えた労働者と再雇用拒否、休職期間延長の可否 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 定年後継続雇用となった高齢社員との契約の更新を止める際の留意点について知りたい  定年を超えて継続雇用していた労働者について、65歳以降も雇用を維持してきました。しかしながら、体力面での衰えや業務への理解が追いつかなくなるなど、これ以上の雇用継続がむずかしいと感じています。次回の更新時期に、雇用を継続しないという判断をしようと考えていますが、留意すべき点はありますか。 A  継続雇用への期待を生じさせないことが必要であり、これまで継続してきた事情をふまえても、雇用継続が適切ではないと判断した事情をあらかじめ労働者に説明しておくことが適切でしょう。 1 定年後の継続雇用とその終了  定年後の継続雇用について、65歳までは、高年齢者雇用安定法に基づく義務として行わなければなりませんが、それ以降は努力義務となっています。  他方で、65歳を超えた労働者については、定年制のように、労働契約の終了時期について明確な基準があるわけではありません。第二種計画認定などにより、労働契約法に基づく無期転換申込権の適用除外を受けている場合には、有期雇用で更新し続けるという状況が想定されます。  労働力不足が社会的な課題ともなっており、年齢を問わず、スキルや体力など、業務に必要な能力を有している人材は活用されていくべきであり、そのような傾向は超高齢化社会においては不可避なのではないかとも思われます。  他方で、加齢とともに能力が低下していくこともまた避けがたい事実であり、いつかは労働契約を終了させるという判断が必要になることもまた事実です。  労働条件通知書において、有期労働契約においては、その更新回数の上限や期間の限度などを記載するようになりましたが、個別の事情に応じてこれを超えて更新するようなケースも生じてくる可能性もあります。そうしたことがくり返されると、明確な基準がないなか、有期労働契約で勤務を継続する高齢者が増えていき、その雇用継続への期待は高まっていく可能性があり、そのことは、労働契約法第19条に定める雇用継続の期待とも関連する事情となっていきます。  そこで、65歳を超えた労働者を人材として活用していくにあたっても、どのような基準や時期をもって、労働契約の終了を判断していくのかという点は、課題になっていくであろうと考えられます。 2 裁判例の紹介  65歳を超えて継続的に有期労働契約で雇用が維持されていた労働者らが、雇止めを受け、当該雇止めが権利の濫用で違法であるとして慰謝料を請求した事案があります(横浜地裁令和元年9月26日判決)。  タクシー事業を営む会社であり、代表者が健康かつ接客態度および業務態度が良好な乗務員については、65歳以上であっても再雇用すると述べており、タクシーの運転手として69歳まで雇用を継続されていた労働者の雇止めが違法であるか否かが争点となりましたが、裁判所は、会社による雇止めを違法とは認めませんでした。その理由として、当該労働者が交通事故を4回生じさせ、全ドライバーのなかでも4番目に多かったことや、雇用更新の前に観光バスの前に割り込む運転を行い、警察から注意をされたにもかかわらず、自ら非を認めず謝罪や反省などをしなかったという事情がありました。このような事情は、裁判所に「原告が…乗務員となった後の交通事故発生率が比較的高く、とりわけ本件雇止め直前…に立て続けに事故を惹起していること、それにもかかわらず前記危険運転行為(注:観光バスの前に割り込む運転のこと)に及び、これについて反省や今後事故を回避するための方策を真摯に検討する様子が伺えない点を踏まえると、被告が、今後原告の運転により重大な事故等が発生することを危惧し、前記運転行為について真摯な謝罪や反省がなければ契約の更新を行うことはできないと判断したことは、やむを得ないというべき」と評価されました。  この裁判例は年齢についても言及しており、「原告は、本件雇止め時点で69歳と高齢であって、年々身体能力が低下していくこと自体は否めず、その程度如何によっては、雇用契約が更新されなくなる可能性も否定できないのであるから、その意味で原告の雇用契約更新への期待の程度は限定的である」という判断がなされています。 3 裁判例の評価  紹介した裁判例において、69歳という年齢について年々身体能力が低下していくこと自体は否めないことを前提としていることは、多くの使用者においても参考になるであろうと考えられます。ただし、運転手という職業との関連性を考慮してのことであろうと考えられますので、自社内での具体的な判断にあたっては、業務と身体能力の関連性もふまえた判断を行っていくことには、留意する必要があります。  また、年齢による身体能力の低下だけではなく、その表れともいえる事故の回数という事象が生じていたことも捨象することができません。年齢を理由に雇止めができるというわけではなく、身体能力の低下とその発現としての業務上の不備やミスなどを記録しつつ、その改善の余地がなくなってしまったことという状況が、雇止めを適法と判断されるための重要なポイントとなっています。したがって、高齢になるにつれて、そのようなミスなどが生じていないかという点は更新時期の直前ではなく、一定の期間をもって評価ができるような体制にしておくことが望ましいと考えられます。  他方で、代表者が、65歳を超えても積極的に雇用すると述べていたことは、紛争の火種になってしまった部分があるといえそうです。労働契約法第19条においても、雇用継続への期待が要件となっているように、期待を生じさせてしまう発言は、全体に対して伝えるよりは個別の労働者ごとに判断したうえで伝えていく方が適切でしょう。また、そのような期待を生じさせてしまっているような場合には、前述の通り一定の期間をもって評価を行い、そのフィードバックにおいて、更新することがむずかしいということを可能なかぎり早期の段階で伝えておかなければ、紛争を回避することが困難となるでしょう。 Q2 私傷病で休職している従業員について、就業規則で定めている休職期間を延長してもよいのですか  当社の従業員で、私傷病の治療で長期にわたり休職している労働者がいます。治療の成果が出ているようですが、勤務可能な状態になるのが就業規則で定める休職期間の1カ月後の予定のようです。可能なかぎり復帰させたいと考えていますが、このような場合に個別に休職期間を1カ月延長することは可能でしょうか。 A  就業規則に延長可能である旨の規定がある場合は、当該規定に基づき延長することが可能です。また、規定がない場合には、当該労働者との間で個別に合意を締結することで延長は可能と考えられます。 1 休職制度の位置づけ  一般的に、就業規則においては休職の規定が定められていることが多いです。例えば、厚生労働省が公表しているモデル就業規則を例にとると、業務外の原因による疾病や傷害(いわゆる「私傷病」)に基づく休職措置を前提としています。  なお、業務上の傷病が原因である場合は、労災補償の対象となるほか、当該業務上の傷病に基づく休職中については、解雇が制限されています(労働基準法第19条1項)。そのため、業務上の傷病に基づく休職については、就業規則に定めた休職期間とは無関係に、療養のための休職期間を認める必要があります。  就業規則に定めることが一般的となっていますが、業務外の傷病を原因とする休職という制度については、労働基準法をはじめとして法令に具体的な定めはありません。そのため、休職に関する規定については、企業が裁量的に制度設計する余地が大きく残されています。  そのため、例えば、Y保険会社事件(東京高裁平成28年10月6日判決)においても、「休職制度の制度設計、運用については、基本的に使用者の合理的な裁量に委ねられているものと解される」と判断されており、私傷病について、そもそも休職制度を採用するか、制度を採用するとしても当該制度をどのように設計するかについては、企業の合理的な裁量の範囲で定めることができます。 2 休職制度の趣旨について  休職制度は一般的になり、その趣旨についても「傷病が完治するまで会社に在籍し続けることができる制度」と考えられているかもしれません。  しかしながら、休職期間の満了時点において治癒していない場合(休職前の従前の職務に戻ることができない場合を意味することが多いです)には、当然に退職となるという制度設計をされ、治癒しないかぎり復職できない制度になっていることが一般的です。  私傷病により労務の提供ができなくなったとき、労働者は、労働契約における最も基本的な義務である労務提供ができない状況にあります。そのため、労働者の債務不履行と評価することが可能といえます。債務不履行が生じたときには、契約を解除(労働契約においては解雇)できることが民法などの基本的なルールです。  しかしながら、長期雇用を前提とした労働者が私傷病に罹(かか)った場合に、私傷病で労務が提供できなくなったからといって治療の期間を与えることもなく解雇にすることが憚(はばか)られる場合もあるでしょう。また、治療期間もなく解雇することが労働者にとって酷な場合もあります。とはいえ、治療をいつまでも継続することになると、企業としては人員補充の時機を失することもあり、長期化する場合にはその不利益を無視できない場合もあります。  そこで、休職制度を設けることによって、労働者にとっては、即時に解雇されるという不利益を一定程度緩和しつつ、企業としては期限までに復職できない場合には退職させることができるようにバランスをとることができます。そのため、使用者の立場から見たときには、休職制度は法的には労働者に対する解雇猶予措置としての機能を有しています。  例えば、前出のY保険会社事件において、「休職制度は、一般的に業務外の傷病により債務の本旨に従った労務の提供をすることができない労働者に対し、使用者が労働契約関係は存続させながら、労務への従事を禁止又は免除することにより、休職期間満了までの間、解雇を猶予する旨の性格を有している」と整理されています。  したがって、休職制度は、労働者にとって治癒できるまで会社が待つという意味では、労働者にとってメリットのある制度という側面もある一方で、法的には、休職期間満了時までに治癒できない労働者にとって退職が待ち構えているという不利益な側面も有している制度といえます。 3 休職延長の可否  休職制度の設計が企業の合理的な裁量に委ねられていることからすると、延長を認めるか否かについても、就業規則上であらかじめ定めておくことで、当該規定に基づいて延長することは可能と考えられます。そのため、就業規則において、延長を許容することがある旨定めている場合には、必要に応じて休職期間を延長することは可能でしょう。  次に、就業規則において延長規定を置いていない場合についても、検討しておきましょう。  就業規則が労働条件の最低基準を画する効力を有していることからすると(労働契約法第12条)、就業規則が延長規定を設けていない場合に、延長することが、当該労働者にとって不利益な措置となる場合は、たとえ個別の合意があったとしても、労働者にとって就業規則よりも不利益な労働条件として無効になると考えられます(労働契約法第7条)。  とすれば、休職の延長を行うことが労働者にとって不利益な労働条件の変更となるかを評価する必要があります。休職制度が解雇猶予措置であることから、休職期間を延長することは、労働契約終了までの猶予期間を延長することを意味しています。そのため、労働者にとって、治癒して復職する機会が延長されることになります。このような観点からすれば、休職期間を労働者と合意のうえで延長することは、就業規則よりも有利な労働条件を定めるものとなり、延長することが許容されると考えられます。 【P48-49】 シニア社員を活かすための面談入門 株式会社パーソル総合研究所 組織力強化事業本部 キャリア開発部 赤座(あかざ)佳子(よしこ)  長年の職業人生のなかでつちかってきた豊富な経験や知見を持つシニア社員。その武器を活かし、会社の戦力として活躍してもらうために重要となるのが「面談」です。仕事内容や役割、立場が変化していくなかで、シニア社員のやる気を引き出し、活き活きと働いてもらうための面談のポイントについて、人と組織に関するさまざまな調査・研究を行っているパーソル総合研究所が解説します。 第3回 こんな面談はNG!シニア面談はどう行うべきなのか? はじめに  総務省の調査によれば、2023(令和5)年の全労働力人口は約6925万人で、このうち約930万人は65歳以上のシニア労働者です※1。このシニア労働者は、2000(平成12)年には、労働力全体の7.3%でしたが、2040年には19.0%にまでなるそうです※2。一方で、株式会社パーソル総合研究所と中央大学が行った労働市場の未来推計によると、2030年には約644万人の人手不足に到達する見込みです※3。このような労働力不足を背景に、企業ではますますシニア人材への期待が高まっています。 シニア人材を取り巻く課題  株式会社パーソル総合研究所「企業のシニア人材マネジメントの実態調査」(2020年)によると約9割の企業が「シニア人材に既に課題感を感じている」、「10年以内に課題になる」と回答しています。シニア人材を取り巻く課題として多くあげられているのは(シニア社員の)「はたらくモチベーションの低さ」、「パフォーマンスの低さ」、「シニア社員に対する現場マネジメントの困難さ」といったものでした。そのため、約60%の企業が何らかのシニア人材施策をすでに実施しているとのことです。 シニア人材課題を解決するカギは?  シニア課題への施策として多くの組織では制度変更やスキルアップ研修に取り組んでいます。しかし、それらの機会の提供だけでは、課題解決にはなりません。働く人のパフォーマンスはモチベーションと連動しています。このモチベーション向上には本人の意識だけでなく、上司を含む周囲がどのようにかかわり、支援を行うかが大きく影響をします。本連載の第1回「シニアとの面談とは?シニア面談の目的・効果について」※4でもご紹介したように、上司は自分よりも年上の部下に対し、遠慮をしたり、できるかぎりコミュニケーションを避ける気持ちが生まれやすくなるものです。  一方で、定年を迎える本人は、「まあ、悪いようにはされないだろう。なんとかなるだろう」と漠然と根拠のない期待を持ち、働き続ける人、「仕事内容も職場もこれまでと同じなのだから、周囲との関係も変わらない」とこれまでの延長線上にシニアの働き方をイメージされている方も多くいらっしゃるようです。ただ、実際にシニア人材として働き始めると、自分にとって想定外の現実にショックを受け、モチベーション低下が起こりやすい状況となります。このギャップの調整役をになうのが、上司の役割の一つでもあるのです。 こんな面談はNG!  パーソル総合研究所の調査において「年上上司」と「年下上司」について調査を行ったところ、マネジメント行動についての感じ方に大きなギャップがあることがわかっています(図表1)。  このギャップは、じつは面談の前からスタートしている可能性があります。例えば、シニア社員に対し「長年のやり方で凝り固まって、変わろうとしない」、「年金受給までのつなぎだろう」などのバイアスを持っている方もいるようです。それに対し、シニア本人は「いまさら出しゃばらず、責任ある仕事は避けよう」、「厄介者扱いされて、いつの間にか孤立している」などと考えます。このシニアの考えや行動がさらに上司・周囲から「モチベーションが低い」と見られることにつながるという悪循環が生まれるのです。「こんな面談はNG!」よりも前に「シニアは面談の必要がないだろう」と考える上司もいるかもしれません。マネジメントに求められていることは、部下が年上でも年下でも、同じなのではないでしょうか。一人の部下として日ごろの働きを観察し、バイアス前提で面談を行うのではなく、一人ひとりの価値や経験に敬意を示し、課題があれば指摘をする。部下のモチベーションやパフォーマンス向上に向けてともに考え、支援する姿勢が、どのような「面談」においても必要なのです。 組織活性につながるシニア面談とは  アメリカの心理学者アブラハム・マズローの欲求5段階説にて、人間の欲求は、低階層の欲求が満たされるとより高次の欲求を欲するといわれています。第3の欲求「社会的欲求」は、帰属欲求とも呼ばれ、集団に属したり、仲間がほしくなる欲求です。生存や安全が確保されると一人では寂しくなるわけです。そして第4、第5の欲求に至り、内的に満たされたいという欲求が生まれます(図表2)。  新しい働き方や変化が求められるとき、だれもが「社会的欲求」、「承認欲求」が脅かされ、不安や孤独を抱きます。新しい働き方を求められるシニア人材との面談においては、特に最初の「信頼関係構築」をていねいに行うことが大切です。「相手をよく知ること」、「(面談者自らも)構えないこと」、「相手のそのままをいったん受け入れること」などです。信頼関係構築によってシニア自身が変化を受け入れるきっかけになるはずです。「シニアだから」というバイアスをいったん取り外し、信頼関係構築の面談に挑戦してみてください。 ※1 総務省統計局「労働力調査」(2023年) ※2 総務省統計局「労働力調査」および独立行政法人労働政策研究・研修機構「労働力需給の推計ー労働力需給モデル(2018年度版)による将来推計」(2019年) ※3 パーソル総合研究所、中央大学「労働市場の未来推計2030」(2018年) ※4 本連載第1回は、本誌2024年6月号をご覧ください。https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202406/index.html#page=50 図表1 上司のマネジメント行動 年上上司 年下上司 上司は、仕事の目標を考える機会を与えてくれる 39.0% 27.0% 上司は、今後のキャリア形成についての課題を指摘してくれる 28.6% 16.7% 上司は、中長期のキャリアについてともに考え、支援してくれる 32.0% 20.4% 上司は、自分にない新たな視点を与えてくれる 35.8% 24.4% 上司は、私の課題を明確に指摘してくれる 34.5% 23.5% 上司は、仕事の成果を労ってくれる 44.3% 33.3% 上司は、些細なことでも声をかけてくれる 35.4% 24.6% 上司は、チャレンジを高く評価してくれる 38.8% 28.4% 上司は、あなたの業務に対して専門的な指導をしてくれる 28.6% 18.2% 上司とは定期的に会話をする機会がある 52.7% 42.5% 上司は、責任のある仕事を任せてくれる 51.0% 40.9% 上司は、私の強み・弱みをよく理解してくれている 37.7% 27.7% 上司は、敬意を持って接してくれる 45.8% 47.5% 【差分】年上−年下 12.0 11.9 11.6 11.4 11.0 11.0 10.8 10.4 10.4 10.2 10.1 10.0 -1.7 年上上司−年下上司のGAPが大きい 出典:石山恒貴・パーソル総合研究所「ミドル・シニアの躍進実態調査」(2017年) 図表2 マズローの欲求5段階説 精神的欲求 物理的欲求 成長欲求 欠乏欲求 自己実現欲求 承認欲求 社会的欲求 安全欲求 生理的欲求 【P50-51】 いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー執行役員・ディレクター 吉岡利之 第49回 「裁量労働制」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、裁量労働制について取り上げます。2024(令和6)年4月1日施行で、裁量労働制に関する厚生労働省令・大臣告示の改正があったため、その内容も含めて解説していきます。 定められた時間働いたとみなす$ァ度  裁量労働制とは、業務遂行の手段や時間配分などを大幅に労働者の裁量に委ねる制度です。「裁量」とは一般的には本人の考えや判断により実行に移すことをさします。  この制度が適用されると、実際に働いた時間にかかわらず、会社と労働者間で定めた時間分を働いたとみなす(実際にあったものとして扱う)ことになります。企業が定める就業時間である所定労働時間が8時間の場合、7時間しか働かないときは欠勤扱いになり1時間分の賃金は減少、9時間働いた場合は時間外労働となり1時間分の時間外手当を支給というのが基本的な労働時間と賃金の考え方です。一方、裁量労働制の場合、1日8時間働いたとするみなし時間を定めると、7時間働いても9時間働いても支払われる賃金は変わらないというのが原則です。  このことから、裁量労働制はみなし労働時間制の一部といわれています。ほかのみなし労働時間制に該当するものに事業場外みなし労働時間制がありますが、こちらは労働時間の全部または一部を事業場外での業務に従事した場合に労働時間の「算定」が困難な際に働いたとみなす制度なので、「裁量」による時間配分により働いたとみなす裁量労働制とは別物です。 裁量労働制の対象業務  裁量労働制を適用するには、「専門業務型裁量労働制」(以下、「専門型」)または「企画業務型裁量労働制」(以下、「企画型」)のいずれかの条件を満たす必要があります。この専門型か企画型かは、対象となる業務の違いです。まずは専門型ですが、高度な専門性を必要とする業務の性質上、業務遂行において本人の大幅な裁量があると想定される20の対象業務が厚生労働省令および大臣告示にて定められています(図表)。なお、図表の13「いわゆるM&Aアドバイザーの業務」については、冒頭で述べた令和6年施行の法改正により追加された業務です。次に企画型ですが、具体的な業務指定はなく、「事業の運営に関する事項についての業務」、「企画、立案、調査および分析の業務」、「業務遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務」、「業務遂行の手段および時間配分について、使用者が具体的な指示をしない業務」であることのすべてを満たした業務が対象とされています。一見、対象範囲が広そうにみえますが、実際にはこれらのすべてを満たす業務はかなり制限されるといわれています。 制度を遂行するときに注意すべき点  手続き面でも条件を満たさなければなりません。例えば、専門型の場合には、労使協定※1にて次の@〜Iを定め、労働基準監督署へ届け出る必要があります。「@制度の対象業務」、「Aみなし労働時間」、「B業務遂行の手段や時間配分に関し、使用者が適用労働者に具体的な指示をしないこと」、「C適用労働者の労働時間の状況に応じて実施する健康・福祉確保措置の具体的内容」、「D適用労働者からの苦情処理のために実施する措置の具体的内容」、「E制度の適用にあたって労働者本人の同意を得なければならないこと」、「F制度の適用に労働者が同意をしなかった場合に不利益な取扱いをしてはならないこと」、「G制度の適用に関する同意の撤回の手続」、「H労使協定の有効期間」、「I労働時間の状況等※2や、同意および同意の撤回の労働者ごとの記録を協定の有効期間中およびその期間満了後3年間保存すること」です。傍線部分が2024年改正での追加事項であり、労使協定の内容や制度の概要、適用される賃金・評価制度の内容、同意をしなかった場合の配置および処遇などを説明のうえ、本人の同意を得ることが必要とされました。  企画型の手続きについては、誌面の都合により割愛しますが、より厳しい条件となっています※3。 裁量労働制の適用状況  それでは、最後に裁量労働制の適用状況についてみていきたいと思います。厚生労働省の令和5年就労条件総合調査の概況をみると、みなし労働時間制を採用している企業が14.3%、うち専門型は2.1%、企画型は0.4%という状況です。10年前(2014年)の同調査のみなし労働時間制を採用している企業13.3%、うち専門型は3.1%、企画型は0.8%と比べても適用状況はほぼ変わっていません。  裁量労働制は、適切に運用すれば、近年の柔軟な働き方を推進する有効な手段です。2024年の法改正を機に、より適切な運用ができるように本稿で紹介した冊子※3や、厚生労働省ホームページを確認することをおすすめします。また、裁量労働制についてすでに労使協定を結んでいる場合でも、法改正に従って、追加事項を含めてあらためて協定を結び直す必要がありますので、忘れずに対応していただければと思います。 ****  次回は、「副業・兼業」について取り上げます。 ※1 労使協定……事業主と過半数労働組合、または労働者の過半数代表者間で労働条件について定めた書面 ※2 労働時間の状況等……正しくは「労働時間の状況、健康・福祉確保措置の実施状況、苦情処理措置の実施状況」 ※3 厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署が発行している『専門業務型裁量労働制の解説』、『企画業務型裁量労働制の解説』に対象業務や手続き、規程・協定書・説明書・同意書例などが詳しく記載されている 図表 A 専門業務型裁量労働制の対象となる業務は、次に掲げる業務です ※太字部分は令和6年4月1日から追加される業務です。 1 新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務 2 情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であってプログラムの設計の基本となるものをいう。7において同じ。)の分析又は設計の業務 3 新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送法(昭和25年法律第132号)第2条第28号に規定する放送番組(以下「放送番組」という。)の制作のための取材若しくは編集の業務 4 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務 5 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務 6 広告、宣伝等における商品等の内容、特長等に係る文章の案の考案の業務(いわゆるコピーライターの業務) 7 事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務(いわゆるシステムコンサルタントの業務) 8 建築物内における照明器具、家具等の配置に関する考案、表現又は助言の業務(いわゆるインテリアコーディネーターの業務) 9 ゲーム用ソフトウェアの創作の業務 10 有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務(いわゆる証券アナリストの業務) 11 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務 12 学校教育法(昭和22年法律第26号)に規定する大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る。) 13 銀行又は証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査又は分析及びこれに基づく合併及び買収に関する考案及び助言の業務(いわゆるM&Aアドバイザーの業務) 14 公認会計士の業務 15 弁護士の業務 16 建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務 17 不動産鑑定士の業務 18 弁理士の業務 19 税理士の業務 20 中小企業診断士の業務 出典:『専門業務型裁量労働制について』厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署 【P52】 日本史にみる長寿食 FOOD 369 日本人の大好きなイカ 食文化史研究家● 永山久夫 縄文人も食べたイカ  世界中で、最もイカの好きな民族は日本人だといわれています。イカには、魚のような骨がありませんから食べやすいですし、日干しにすると保存がきき、味もいっそうよくなります。  縄文時代の貝塚から、石灰化したイカの甲が出土しており、縄文人もイカが好物だったことがわかります。  最近、イカの成分として注目されているのがタウリン。タウリンは、疲労回復に役立ち、気力や体力を強化する作用もあり、スタミナ強化のドリンクなどにも、よく用いられています。  イカには、特にタウリンが多く、スルメに付着している白い粉はタウリンの結晶体で、なめてみると、かすかな甘さがあります。  また、肝臓の働きを活性化する作用もありますから、酒の肴にイカの塩辛やイカソーメン、刺身などが好まれるのは、じつはとても健康的なのです。 忍者好みの干しイカ  戦国時代の昔、忍者はスルメを噛みながら、山の中で夜間トレーニングをしたと伝えられています。暗がりのなかでも、視力が利くようにするためで、タウリンには、暗視能力を高める働きもあるといわれているのです。  また、イカはタンパク質を多く含みながら、脂肪が少ないのでカロリーが低く、肥満を気にする方には、頼もしい食材といってよいでしょう。イカには抗酸化作用のあるビタミンEも多いですから、上手に食べることによって若返り効果も十分に期待できそうですし、感染症などに対する免疫力強化に役に立つミネラルの亜鉛も含まれています。 江戸っ子とスルメ  イカを干したものがスルメで、江戸っ子も大好きでした。少し火にあぶり、裂いて食べるのが最もうまいといわれます。固くて食べにくい面もありますが、そこをがまんして噛み続けると、アミノ酸特有のうま味成分が、口のなかいっぱいに広がって、ついつい後を引き、しまいには、あごが痛くなったりします。江戸っ子とスルメの逸話は、次の江戸の川柳にあります。  まきするめ口へ入れて困るなり  くるくると丸くなったスルメを、口の中に入れたのはよいが、かさばって、噛むこともままならずに、なんとかしようと四苦八苦してしまいます。苦労しても食べたい、それだけスルメは美味なのです。 【P53-55】 高年齢者活躍企業フォーラムのご案内 (高年齢者活躍企業コンテスト表彰式)  高年齢者が働きやすい就業環境にするために企業等が行った創意工夫の事例を募集した「高年齢者活躍企業コンテスト」の表彰式をはじめ、コンテスト入賞企業等による事例発表、学識経験者を交えたトークセッションを実施し、企業における高年齢者雇用の実態に迫ります。「年齢にかかわらずいきいきと働ける社会」を築いていくために、企業や個人がどのように取り組んでいけばよいのかを一緒に考える機会にしたいと思います。 日時 令和6年10月4日(金)13:00〜16:20 受付開始12:00〜 場所 大手町プレイスホール (東京都千代田区大手町2−3−1 大手町プレイスイーストタワー2F) ●JR新幹線・JR山手線・京浜東北線など「東京」駅丸の内北口から徒歩7分 ●東京メトロ丸の内線・東西線・千代田線・半蔵門線・都営三田線「大手町」駅A5出口直結 定員 100名(事前申込制・先着順)ライブ配信同時開催 主催 厚生労働省、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) プログラム 13:00〜13:10 主催者挨拶 13:10〜13:40 高年齢者活躍企業コンテスト表彰式 厚生労働大臣表彰および独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長表彰 13:40〜14:25 高年齢者活躍企業コンテスト上位入賞企業による事例発表 14:25〜14:35 (休憩) 14:35〜15:20 基調講演「ミドル・シニア社員を活かす経営の新常識」 前川孝雄氏 株式会社FeelWorks代表取締役、青山学院大学兼任講師 15:20〜16:20 トークセッション コーディネーター…内田賢氏 東京学芸大学 名誉教授 パネリスト…………・事例発表企業3社          ・前川孝雄氏 参加申込方法 フォーラムのお申込みは、以下の専用URLからお願いします(会場・ライブ配信)。 https://www.elder.jeed.go.jp/moushikomi.html (申込みは令和6年8月21日(水)から) 参加申込締切 〈会場参加〉令和6年10月2日(水)14:00 〈ライブ視聴〉令和6年10月4日(金)15:00 お問合せ先 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)高齢者雇用推進・研究部普及啓発課 TEL:043−297−9527 FAX:043−297−9550 10月は「高年齢者就業支援月間」 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム  改正高年齢者雇用安定法により、70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務とされ、高年齢者の戦力化について各企業においてさまざまな施策が展開されています。  生涯現役社会の実現に向けたシンポジウムでは各企業の人事担当者の方々の関心が高いテーマごとに、講演や事例発表、パネルディスカッション等を実施し、高年齢者の活躍促進にむけた展望について、みなさまとともに考えます。 参加方法 ライブ視聴(※事前申込制・先着500名) 参加費 無料 申込方法 以下のURLへアクセスし、専用フォームからお申込みください。 https://www.elder.jeed.go.jp/moushikomi.html (申込みは令和6年8月21日(水)から) ○10月10日(木)14:00〜16:30 「ジョブ型」人事から考える〜シニア人材の戦力化 【出演者】 今野浩一郎氏 学習院大学名誉教授 谷圭一郎氏 株式会社資生堂ピープル&カルチャー本部変革推進グループグループマネージャー 神山靖基氏 株式会社日立製作所 人財統括本部 人事勤労本部 ジョブ型人財マネジメント推進プロジェクト シニアプロジェクトマネージャ 廣川英樹氏 三菱マテリアル株式会社 人事労政室 室長 ○10月25日(金)14:00〜16:30 役職定年見直し企業から学ぶシニア人材の戦力化 【出演者】 大木栄一氏 玉川大学 経営学部国際経営学科 教授 佐治正規氏 ダイキン工業株式会社 常務執行役員人事担当 人事本部長 委嘱 菊岡大輔氏 大和ハウス工業株式会社 経営管理本部 人財・組織開発部長 中村幸正氏 株式会社リコー 人事総務部 C&B室 室長 ○11月28日(木)14:00〜16:30 ミドルシニアのキャリア再構築〜リスキリングの重要性と企業の戦略 【出演者】 小島明子氏 株式会社日本総合研究所 創発戦略センター スペシャリスト 宮島忠文氏 株式会社社会人材コミュニケーションズ代表取締役CEO社長 中小企業診断士、MBA(社会的企業のビジネスモデル研究) 荻野明子氏 アズビル株式会社 アズビル・アカデミー学長 戸井浩氏 株式会社明治 人財開発部 DE&I推進G 専任課長 〜生涯現役社会の実現に向けた〜 地域ワークショップ  高年齢者雇用にご関心のある事業主や人事担当者のみなさま!改正高年齢者雇用安定法により、70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務とされ、高年齢者の活躍促進に向けた対応を検討中の方々も多いのではないでしょうか。  JEEDでは各都道府県支部が中心となり、生涯現役社会の実現に向けた「地域ワークショップ」を開催します。事業主や企業の人事担当者などの方々に、高年齢者に戦力となってもらい、いきいき働いていただくための情報をご提供します。  各地域の実情をふまえた具体的で実践的な内容ですので、ぜひご参加ください。 概要 日時/場所 高年齢者就業支援月間の10月を中心に各地域で開催 カリキュラム (以下の項目などを組み合わせ、2〜3時間で実施します) 専門家による講演【70歳までの就業機会の確保に向けた具体的な取組みなど】 事例発表【先進的に取り組む企業の事例紹介】 ディスカッション など 参加費 無料(事前の申込みが必要となります) 開催スケジュール 下記の表をご参照ください(令和6年7月18日現在) ■開催スケジュール ※  で記載されている北海道、青森、茨城、栃木、埼玉、千葉、東京、神奈川、福井、静岡、愛知、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山、山口、福岡、長崎、鹿児島、沖縄については、ライブ配信やアーカイブ配信等の動画配信を予定しています。 ※開催日時などに変更が生じる場合があります。詳細は、各都道府県支部のホームページをご覧ください。 都道府県 開催日 場所 北海道 10月25日(金) 北海道職業能力開発促進センター 青森 10月17日(木) アピオあおもり 岩手 10月22日(火) いわて県民情報交流センター(アイーナ) 宮城 11月15日(金) 宮城職業能力開発促進センター 秋田 10月29日(火) 秋田県生涯学習センター 山形 10月17日(木) 山形国際交流プラザ(山形ビッグウイング) 福島 10月23日(水) ビッグパレットふくしま 茨城 10月18日(金) ホテルレイクビュー水戸 栃木 10月17日(木) とちぎ福祉プラザ 群馬 (未定)10月下旬〜11月上旬 群馬職業能力開発促進センター(予定) 埼玉 10月10日(木) さいたま共済会館 千葉 10月8日(火) ホテルポートプラザちば 東京 10月15日(火) 日本橋社会教育会館 神奈川 10月31日(木) かながわ労働プラザ 新潟 10月10日(木) 朱鷺メッセ新潟コンベンションセンター 富山 10月22日(火) 富山県民会館 石川 10月11日(金) 石川県地場産業振興センター 福井 10月16日(水) 福井県中小企業産業大学校 山梨 10月31日(木) 山梨職業能力開発促進センター 長野 10月17日(木) ホテル信濃路 岐阜 10月22日(火) 長良川国際会議場 静岡 10月16日(水) 静岡県コンベンションアーツセンター 愛知 10月11日(金) 名古屋市公会堂 三重 10月15日(火) 津公共職業安定所 都道府県 開催日 場所 滋賀 10月18日(金) 滋賀職業能力開発促進センター 京都 10月11日(金) 京都経済センター 大阪 10月22日(火) 大阪府社会保険労務士会館 兵庫 10月17日(木) 兵庫県中央労働センター 奈良 10月24日(木) かしはら万葉ホール 和歌山 10月22日(火) 和歌山職業能力開発促進センター 鳥取 10月25日(金) 鳥取職業能力開発促進センター 島根 10月18日(金) 松江合同庁舎 岡山 10月11日(金) 岡山職業能力開発促進センター 広島 10月25日(金) 広島職業能力開発促進センター 山口 10月4日(金) 山口職業能力開発促進センター 徳島 10月16日(水) 徳島県JA会館 香川 10月23日(水) サンメッセ香川 愛媛 10月25日(金) 愛媛職業能力開発促進センター 高知 10月21日(月) 高知職業能力開発促進センター 福岡 10月29日(火) JR博多シティ 佐賀 10月25日(金) アバンセ 長崎 10月24日(木) 長崎県庁 熊本 10月11日(金) 熊本県庁 大分 10月7日(月) トキハ会館 宮崎 10月16日(水) 宮崎市民文化ホール 鹿児島 10月23日(水) かごしま県民交流センター 沖縄 10月18日(金) 那覇第2地方合同庁舎 各地域のワークショップの内容は、各都道府県支部高齢・障害者業務課(65ページ参照)までお問い合わせください。 上記日程は予定であり、変更する可能性があります。 変更があった場合は各都道府県支部のホームページでお知らせします。 jeed 生涯現役ワークショップ] 検索 【P56-57】 Books 「FLEX」能力を身につけ、変化の時代を生き抜くリーダーになる! FLEX 柔軟なリーダーシップ 権威と協調を自在に使い分ける ジェフリー・ハル著、川ア(かわさき)千歳(ちとせ)訳/ディスカヴァー・トゥエンティワン/2530円  本書は、数十年に及ぶコーチングの経験をもつ著者が、多様なクライアントへの実践と事例、リーダーシップに関する最新の科学をもとに、現代のリーダーに必要な資質とその伸ばし方についてまとめた実践書である。  動きが速く、気まぐれに変化する今日の社会で成功するリーダーには、権威(アルファ型)と協調(ベータ型)を自在に使い分け、状況に応じて柔軟に役割を変える能力、すなわち「FLEX能力」を身につけることが求められるという。本書は「FLEX能力」の重要性と、その能力を効果的に伸ばすための六つの資質(「柔軟性」、「意志力」、「感情的知性」、「真正性(自分らしさ)」、「協調性」、「積極的関与」の知識と身につけるための具体的な方法を説く。第1章「準備作業 自分を知る旅」から、第2章「熟達したリーダーになるためのマインドセット」、第3章「柔軟性を身につける アルファとベータを自在に切り替える」などの10章で構成されている。自分のリーダーシップのスタイルがわかるチェックリストを活用することもできる。  年齢や業界、企業規模にかかわらず、自身の成長を願うリーダー、いま課題を抱えているリーダーに特におすすめの一冊。 困った行動の根拠とその対応へのヒントを、会話形式で具体的に説明 「指示通り」ができない人たち 榎本(えのもと)博明(ひろあき)著/日経BP日本経済新聞出版/990円  管理職として責任感を持って仕事に臨んでいるものの、部下が思うように動いてくれない…。部下の育成と人材マネジメントは、いまも昔も管理職が抱える悩みの上位にあげられる。  かつて、指示がなければ動かない社員が「指示待ち族」と呼ばれたが、指示をしたところでそもそもその通りに動くことがむずかしい、という人もいるという。いったことが、なかなか伝わらないのである。また、自分の力量に気づかず「できる人」のようにふるまって迷惑をかける人や、取引先に一緒に行ってもまったく違う理解で物事を進めてしまう人、状況の変化に対応できず、すぐにパニックになってしまう人などもいる。本書は、このような人材を前にして、どう指導したらよいのかわからず困惑する管理職の声を紹介しながら、その改善策を考えていく。心理学の博士号を持つ著者と悩める上司の会話形式で文章が展開され、多様なケースについて、どのような能力的要因が関係しているのか、改善するにはどうすればよいのかを具体的に示す。  事例のなかに、自分や同僚にもあてはまる内容がみつかるかもしれない。管理職にかぎらず、職場での円滑なコミュニケーションや仕事の進め方のヒントにもなる内容といえるだろう。 子育てと両立できる、多様な働き方とキャリア形成支援のあり方を提示 シリーズ ダイバーシティ経営 仕事と子育ての両立 矢島(やじま)洋子(ようこ)、武石(たけいし)恵美子(えみこ)、佐藤(さとう)博樹(ひろき)著/中央経済社/2750円  本書は、ダイバーシティ経営に関する基本書シリーズの一冊として刊行された。同シリーズのダイバーシティ経営とは、「多様な人材を受け入れ、それぞれが保有する能力を発揮し、それを経営成果として結実させるという戦略をもって組織運営を行うこと」を意味しているという。  本書では、「女性(母親)の活躍」と「男性(父親)の子育て」に着目。企業が「女性」や「子育て」というテーマに限定せず、多様な人材を受け入れるための「多様な働き方支援」と「キャリア形成支援」を行う「ダイバーシティ経営」に向かっているという状況などを考慮しつつ、男女の仕事と子育てが両立できる働き方と企業における支援のあり方を考えていく。  全6章のうち、第3章では女性の育休復職後の就業継続とキャリア形成を、第4章では男性の仕事と子育ての両立課題を、第5章では同僚の働き方と子育て社員との関係を、第6章では夫婦の働き方や希望するライフコースの変化と地域の子育て支援のあり方を考察。1990(平成2)年以降の法整備による国からの働きかけや、夫婦の役割分担、地域における子育て支援の変化をふまえ、企業が検討すべき今日的課題を提示する、新しい視点が得られる一冊となっている。 思考力を鍛えるトレーニングで、仕事ができる人になる! 「解像度が高い人」がすべてを手に入れる 「仕事ができる人」になる思考力クイズ51問 権藤(ごんどう)悠(ゆたか)著/SBクリエイティブ/1760円  「解像度」とは、おもに画像を構成する密度のことを意味するが、近ごろのビジネスシーンでは、「仕事ができる人」のことを「解像度が高い」と表現することがあるそうだ。  本書の著者は、経営コンサルタントとして約3000社を担当し、延べ1万人以上のビジネスパーソンに接した経験を持つ。そのなかで、「仕事ができる人」には、「解像度が高い」という共通点があることを実感した。「解像度が高い人」には、「思考が鮮明で、細部まで明確に見えている」、「物事をわかりやすく伝えられる」などの特徴があり、反対に「解像度が低い人」には、「物事の理解が不十分で、考えも粗い」、「話がふわっとしている」などの状況がみられるという。どうしたら解像度の高い人になれるのか。  本書は、解像度が高い人の特徴にみられる三つの思考力(具体化思考力・抽象化思考力・具体←→抽象思考力)を掘り下げて説明し、後半ではそれらを鍛えるためのクイズ形式のトレーニングを多数掲載。例えば、「問26『印鑑』『手』『思考』『辞書』を2つに分類せよ。」などの問いが51問用意されていて、答えを考えたり、解答例を読んだりすることで、思考力を高めていく。視野を広げることや脳トレにもよさそうだ。 先駆者2人に聞く、老後の不安が軽くなる働き方・楽しく過ごせる生き方とは? 人生100年時代を豊かに生きる ヨタヘロしても七転び八起き 樋口(ひぐち)恵子(けいこ)、坂東(ばんどう)眞理子(まりこ)著/ビジネス社/1540円  本書は、90代の樋口恵子さんと70代の坂東眞理子さんとの対談から生まれた一冊。対談の内容や新たに書かれた文章で、超高齢化社会を、楽しく豊かに生き抜く知恵を紹介している。  樋口さんは、女性の地位向上のために執筆や講演など多方面で活躍中だ。坂東さんは、昭和女子大学総長を務めるとともに、男女共同参画社会の実現などに向けてさまざまな活動をしている。高齢期を明るく楽しく過ごすために二人が揃って大切だと語るのが、「働くこと」である。57歳で公務員を退職して大学教授になった坂東さんは、パソコンに大苦戦したが、約20年後のいま、同じ職場で充実した日々を送っていると綴り、これからは「元気な高齢者が介護を必要とする高齢者をサポートするという考え方を持たないと」と呼びかける。樋口さんは、多くの人の老後の不安として、「お金、健康、生きがい、孤独にまつわること」をあげつつ、「そのすべての不安を軽くし、私たちをハッピーにしてくれるのが働くこと」と綴り、歳だからと遠慮せず、「『私しゃ頑張りますよ、世のため人のため』と前向きに行こうじゃありませんか」と周囲を鼓舞する。多くの後輩に向けてエールを送る一冊。 ※このコーナーで紹介する書籍の価格は、「税込価格」(消費税を含んだ価格)を表示します 【P58-59】 ニュース ファイル NEWS FILE 行政・関係団体 厚生労働省 2023年「労働災害発生状況」、「高年齢労働者の労働災害発生状況」  厚生労働省がまとめた2023(令和5)年の労働災害発生状況(確定値)によると、労働災害による死亡者数は755人となっており、前年と比べ19人(2.5%)減少し、過去最少となった。  死傷災害(死亡災害および休業4日以上の災害)についてみると、死傷者数は13万5371人となっており、前年と比べ3016人(2.3%)増加し、3年連続で増加となった。  死傷災害を事故の型別にみると、「転倒」が最も多く3万6058人(前年比2.2%増)、「動作の反動・無理な動作」が2万2053人(同5.6%増)、「墜落・転落」2万758人(同0.7%増)。  2023年「高年齢労働者の労働災害発生状況」から、「転倒による骨折等」の労働災害について、年齢階層別・男女別の労働災害発生率(死傷年千人率)をみると、特に女性の場合、60歳以上(平均2.41)は20代(平均0.16)の約15.1倍となっている。このため厚生労働省では、中高年齢の女性労働者に多い転倒災害の発生状況の周知を行うとともに、転倒災害防止のための基本的事項(チェックリスト)の周知指導を行うとしている。  また、2023年の雇用者全体に占める60歳以上の割合は18.7%(前年比0.3%増)。労働災害による休業4日以上の死傷者数に占める60歳以上の割合は29.3%(同0.6%増)となっている。 注:死亡者数、死傷者数はいずれも新型コロナウイルス感染症へのり患による労働災害を除いたもの 厚生労働省 2023年「職場における熱中症による死傷災害の発生状況」  厚生労働省は、2023(令和5)年の「職場における熱中症による死傷災害の発生状況(」確定値)を公表した。  2023年における職場での熱中症による死傷者数(死亡・休業4日以上)は1106人で、前年より279人増加した(34%増)。業種別にみた死傷者数で最も多いのは製造業の231人(全体の20.9%)、次いで、建設業209人(同18.9%)、運送業146人(同13.2%)、商業125人(同11.3%)、警備業114人(同10.3%)など。年齢別の発生状況をみると、50歳以上が587人(全体の53.1%)。月別の発生状況では、死傷者数は7月431人、8月493人で、この2カ月で8割以上を占めている。  また、熱中症による死亡者数は31人で、前年より1人増加した。業種別の死亡者数をみると、最も多いのは建設業で12人、次いで警備業で6人。年齢別では、50歳以上が19人(全体の63.3%)、このうち60歳以上は11人(同35.5%)となっている。  死亡災害の被災者は男性30人、女性1人で、発症時・緊急時の措置の確認・周知していたことを確認できなかった事例が28件、WBGT(暑さ指数)の把握を確認できなかった事例が25件、熱中症予防のための労働衛生教育の実施を確認できなかった事例が18件、糖尿病や高血圧症など熱中症の発症に影響をおよぼすおそれのある疾病や所見を有していることが明らかな事例は12件あった。 https://www.mhlw.go.jp/content/11303000/001100761.pdf 厚生労働省 「職場のハラスメントに関する実態調査」の報告書を公表  厚生労働省は、2023(令和5)年度の厚生労働省委託事業「職場のハラスメントに関する実態調査」(調査実施者:PwCコンサルティング合同会社)の報告書を公表した。調査は、企業と労働者等を対象に、3年ぶりに実施した。  報告書によると、過去3年間に各ハラスメントの相談があったと回答した企業の種別割合をみると、パワハラ(64.2%)、セクハラ(39.5%)、顧客等からの著しい迷惑行為(27.9%)、妊娠・出産・育児休業等ハラスメント(10.2%)など。ハラスメント予防・解決のために実施している取組みは、「相談窓口の設置と周知」が最も高く、約7割以上の企業が実施。次いで「ハラスメントの内容、職場におけるハラスメントをなくす旨の方針の明確化と周知・啓発」で、約6割以上が実施している。  労働者への調査結果から、過去5年間に就業中に妊娠・出産した女性労働者のなかで、妊娠・出産・育児休業等ハラスメントを受けた者の割合をみると、26.1%となっている。また、過去5年間に勤務先で育児にかかわる制度を利用しようとした男性労働者のなかで、育児休業等ハラスメントを受けたと回答した者の割合は、24.1%となっている。  次に、2020〜2022年度卒業でインターンシップ中に就活等セクハラを一度以上受けたと回答した者の割合をみると、30.1%。インターンシップ以外の就職活動中に受けた者の割合は31.9%となっている。 https://www.mhlw.go.jp/content/11910000/001256082.pdf 中央労働委員会 2023年「賃金事情等総合調査」(賃金事情調査・退職金、年金及び定年制事情調査)  中央労働委員会は、2023(令和5)年「賃金事情等総合調査」(「賃金事情調査」と「退職金、年金及び定年制事情調査」)の結果をまとめた。  調査は、資本金5億円以上・労働者1000人以上の企業(運輸・交通関連業種を除く)380社を対象に同年8月から9月にかけて実施した。  「賃金事情調査」の結果から、2023年6月分の平均所定内賃金についてみると38万1300円で、前年に比べ6700円増加。平均所定外賃金は6万5300円で、同1700円増加している。  次に、「退職金、年金及び定年制事情調査」の結果から、定年制に関する部分をみると、定年制を採用している企業は99.4%で、制度のある企業で定年を「60歳」としているのは76.3%、「65歳」が21.2%となっている。  続いて、継続雇用制度に関する部分をみると、継続雇用制度を採用している企業は、定年制のある企業の95.5%で、そのすべてで再雇用制度を採用している。再雇用時の雇用形態は、「嘱託社員」が54.1%と最も多く、ほかでは「契約社員」29.1%、「正社員」4.7%、「パート・アルバイト」が4.1%などとなっている。  再雇用時と定年退職時の基本給の時間単価を比較すると、「50%以上80%未満」が63.8%と6割を超えており、ほかでは「50%未満」が18.8%、「定年退職時と同じ」が4.0%、「80%以上100%未満」が3.4%などとなっている。 https://www.mhlw.go.jp/churoi/chousei/chingin/23/dl/07.pdf 東京都 「東京キャリア・トライアル65」募集スタート  東京都は、生涯現役社会の実現を目ざして、「東京キャリア・トライアル65」を実施している。その参加者として、都内で就業を希望する65歳以上の高齢者と、都内に事業所を有し高齢者を受け入れることができる企業を募集している。  この事業は、高齢者の希望・能力と、企業の受入れニーズとをマッチングするとともに、短期間、派遣社員として就業することで、高齢者は「就業先の業界で働くスキル」を、企業は「シニアを活用するノウハウ」を、それぞれ習得することができるとしている。参加申込みをした高齢者は、就業相談後に派遣社員として1週間〜最大2カ月間のトライアル就業(有給)を行う。職種は、事務職、営業職、TT・技術職など。派遣就業中の困りごとなどは専任のキャリアアドバイザーがサポートする。  この派遣就業に要する派遣人件費・通勤交通費は、東京都が全額負担する。また、派遣から直接雇用契約への切替えが可能で、その際の紹介料も東京都が全額負担する。前年の2023(令和5)年度の実績は、約900件の求人案件(複数ポジションの案件を含む)のなかで505人の高齢者が派遣された。  参加者の募集期間は、2025年3月7日まで。参加は無料。詳細や申込みは、左記ウェブサイト「東京キャリア・トライアル65(※)」、または「東京シニア雇用促進・トライアル65」事務局の電話へ。※https://career-trial65.jp/recruiter/ ◆「東京シニア雇用促進・トライアル65」事務局 電話:0120−536−034(フリーダイヤル) 調査・研究 LIFULL(ライフル) 「シニアの就業に関する意識調査」を実施  株式会社LIFULLは、65歳以上の働く高齢者300人と、企業の採用担当者300人を対象に、「シニアの就業に関する意識調査」を2024年3月に実施した。その結果、経験を活かして働きたいと考える高齢者は多くいる一方で、高齢者を積極的に採用している企業は少なく、こうした双方のギャップにより、就業を希望する高齢者が職を得られない場合の経済損失について、「国民生活基礎調査」等のデータをもとに試算したところ、約1兆390億8200万円であることがわかったという。  「シニアの就業に関する意識調査」の結果によると、現在希望通りの仕事に就いている高齢者は79.3%で、「5年以内に仕事探しをした人」に絞ると70.5%となっている。希望通りの仕事に就けていないと回答した高齢者にその理由をたずねると、「自身の年齢が高いため」80.6%、「応募できる企業が少ないから」30.6%などとなっている。  また、「これまでの経験やスキルを活かすことのできる職種で働きたいと思うか」という質問に対しては、83.0%が「はい」と回答している。採用担当者への調査では、83.0%が人手不足と回答する一方で、現在65歳以上の人材の採用を積極的に行っているのは21.0%。65歳以上の人材を採用しない(できない)理由は、「体力・健康面に不安」が最多で42.2%、次いで「任せられる仕事がない、わからない」が34.3%、「即戦力として活躍が期待できないから」が24.5%となっている。 【P60】 次号予告 9月号 特集 シニア社員活躍の鍵は人事・管理職にあり ―人事担当・管理職支援マニュアル― リーダーズトーク 新井健一さん(経営人事コンサルタント) JEEDメールマガジン 好評配信中! 詳しくは JEED メルマガ 検索 ※カメラで読み取ったリンク先がhttps://www.jeed.go.jp/general/merumaga/index.htmlであることを確認のうえアクセスしてください。 お知らせ 本誌を購入するには 定期購読のほか、1冊からのご購入も受けつけています。 ◆お電話、FAXでのお申込み  株式会社労働調査会までご連絡ください。 電話03-3915-6415 FAX03-3915-9041 ◆インターネットでのお申込み @定期購読を希望される方  雑誌のオンライン書店「富士山マガジンサービス」でご購入いただけます。 富士山マガジンサービス 検索 A1冊からのご購入を希望される方  Amazon.co.jpでご購入いただけます。 編集アドバイザー(五十音順) 猪熊律子……読売新聞編集委員 上野隆幸……松本大学人間健康学部教授 牛田正史……日本放送協会解説委員室解説委員 大木栄一……玉川大学経営学部教授 大嶋江都子……株式会社前川製作所 コーポレート本部総務部門 金沢春康……一般社団法人 100年ライフデザイン・ラボ代表理事 佐久間一浩……全国中小企業団体中央会事務局次長 丸山美幸……社会保険労務士 森田喜子……TIS株式会社人事本部人事部 山ア京子……立教大学大学院ビジネスデザイン研究科 特任教授、日本人材マネジメント協会理事長 編集後記 ●今号の特集は「ベテラン社員もDX!」と題し、ベテラン社員にデジタルスキルを学んでもらう際のポイントや、実際にベテラン社員とともにDXの推進に取り組む企業の事例をご紹介しました。一般的に「デジタルスキルが苦手」とされがちなベテラン世代ですが、パソコンやスマートフォンのある仕事・生活があたり前となっているいま、ベテラン世代も含めたDXの推進は、決してむずかしいものではありません。もちろんゼロからプログラミングなどの専門スキルを習得するのはたいへんですが、ベテラン世代だからこそ持っている知見をDXに落とし込むことなどを通して、業務全体の生産性の向上に大きく貢献してくれるはずです。最初から「ベテラン世代にDXは無理」と決めつけるのではなく、一緒に進められる方法を模索していただければと思います。 ●JEEDでは、10月4日の「高年齢者活躍企業フォーラム」をはじめ「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」、「地域ワークショップ」を今年も開催します。みなさまの参加をお待ちしています。 読者アンケートにご協力をお願いします! よりよい誌面づくりのため、みなさまの声をお聞かせください。 回答はこちらから 公式X(旧Twitter)はこちら! 最新号発行のお知らせやコーナー紹介などをお届けします。 @JEED_elder 読者の声 募集! 高齢で働く人の体験、企業で人事を担当しており積極的に高齢者を採用している方の体験、エルダーの活用方法に関するエピソードなどを募集します。文字量は400字〜1000字程度。また、本誌についてのご意見もお待ちしています。左記宛てFAX、メールなどでお寄せください。 月刊エルダー8月号No.537 ●発行日−令和6年8月1日(第46巻第8号通巻537号) ●発行−独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 発行人−企画部長 鈴井秀彦 編集人−企画部次長 綱川香代子 〒261-8558 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-2 TEL 043(213)6200 (企画部情報公開広報課) FAX 043(213)6556 ホームページURL https://www.jeed.go.jp メールアドレス elder@jeed.go.jp ●発売元 労働調査会 〒170-0004 東京都豊島区北大塚2-4-5 TEL03(3915)6401 FAX03(3918)8618 ISBN978-4-86788-039-5 *本誌に掲載した論文等で意見にわたる部分は、それぞれ筆者の個人的見解であることをお断りします。(禁無断転載) 【P61-63】 技を支える vol.342 オートクチュールの技を活かし味のある仕立てに 婦人・子供服仕立職 須藤(すどう)陽子(ようこ)さん(73歳) 「『流は万流、仕上げは一つ』。いろいろなやり方がありますが、試行錯誤して、早くきれいに仕立てる自分なりのやり方を見つけることが大切」 さまざまな洋服の縫製経験を注文服づくりに活かす  東京都西東京市でアトリエSUDOを営む須藤陽子さん。オートクチュール仕立てによる縫製技術に卓越し、第23回技能グランプリ(2005〈平成17〉年)で第1位厚生労働大臣賞、2022全日本洋装技能コンクールでも厚生労働大臣賞を受賞するなど、その技能は高く評価されており、2023(令和5)年、「卓越した技能者(現代の名工)」として表彰された。  「オートクチュールとは、上質な素材を用い、熟練した技術でオリジナルの洋服をつくることです」と須藤さん。オートクチュールのアトリエで約12年にわたり、一般の注文服をはじめ、皇室のドレス、雑誌に掲載する作品、コレクションの作品など、さまざまな洋服の縫製を担当した経験が、須藤さんの技能を支えているという。  そのアトリエでの経験から、須藤さんが仕立てにおいて大事にしていることが二つある。  一つは、「手を加えることでオリジナル性を高めること」。例えば、61ページ写真左端のコートは前述の技能コンクール受賞作品だが、プレーンなデザインのシルエットに、アップリケ、毛糸のステッチ、フリンジといった手芸的な技法を加えることで独自のデザインにしている。そのほかの洋服にも、オートクチュール仕込みの多様な技法が用いられている。  もう一つは「ていねいで味のある仕立て」。63ページ左下写真のジャケットは、紳士服のようなカチッとした印象ではなく、柔らかい風合いに仕立てられている。芯に接着芯ではなく毛芯(けじん)を用い「ハ刺(ざ)し」で襟の返りをソフトにしたり、アイロンによる「くせ取り」で立体的なシルエットをつくり出している。  「よいものを見る目がないと、よい服はつくれません。その目は、やはりオートクチュールのアトリエでつちかわれたと思います」 ていねいな縫製で早くきれいに仕上げることを求められる  子どものころから縫い物や編み物が好きだった。  「戦後でまだ物がなかった時代に、母が子どもの服を手づくりしてくれました。その影響があったのかもしれません」  「洋服づくりをしたい」という夢が膨らみ、高校卒業後は洋裁学校に進学。卒業後、実家の脇に建てた小さなプレハブで、婦人服の仕立ての仕事を始める。注文はひっきりなしにあったものの、しばらくして自分の技能に行きづまりを感じ、「ほかの洋裁店でもっと勉強したい」と就職したのがオートクチュールのアトリエだった。  「普通ならミシンで縫うような部分も、あえて昔ながらの手仕事でていねいに仕立てていました。その一方で給与は歩合制でしたので、早くきれいに、何枚もこなさないと仕事としては成り立ちません。厳しい世界でしたが、いろいろな縫製をやらせてもらえて、飽きることはありませんでした」  その後、アトリエを退職。介護や子育てなどによるブランクを経て、2002年に自身のアトリエを開き、技能検定一級を取得。技能コンクールに毎回参加してきた。  「技能コンクールは、自分の作品をつくれる楽しさがあります。また裏方として手伝うことを通じてさまざまな出会いがあり、洋裁の視野を広げる機会にもなりました」 プロを目ざす若い世代にこの仕事の魅力を伝えたい  現在は公益社団法人全日本洋裁技能協会の常務理事を務め、検定委員や技能グランプリ大会の主査、講習会の講師なども担当する。  「つくる過程の楽しさ、仕上がったときの達成感、そしてお客さまに喜ばれることが、この仕事の醍醐味です。プロを目ざす若い方々に、この仕事の魅力を伝えていきたいと思っています」  「現代の名工」表彰を機に半生をふり返って、こう感じたそうだ。  「子どものころに夢みた仕事に就き、ずっと続けてこられたことは、本当に幸せなことだと思います。そして、70代になっても仕事ができていることに感謝しています」 アトリエSUDO TEL:042(464)2474 (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) 写真のキャプション 「年を重ねても続けられる仕事で本当によかったと思います」と須藤さん。「洋裁をやっている先生は、長生きで仕事を続けられている方が多い」とのこと 東京都西東京市保谷町にあるアトリエSUDO 「くせ取り」。湿り気を加え、アイロンの熱で平らな布地を立体的に変化させる。写真はウエストのくびれ部分に伸ばしをかけるところ 味のある仕立て技の一つ、「ハ刺し」。生地の裏に毛芯を「ハ」の字になるように刺し縫いすることで、柔らかい襟の返しをつくる 必要な道具にすぐ手が届くように配置されているアトリエ。ミシンはずっと足踏み式だったが、30年ほど前にモーター式に変えた 「現代の名工」を受賞し「もっとがんばろう」という気持ちに 襟の返りやウエスト部分などに、須藤さんの仕立ての特徴である「柔らかさ」が表れている 【P64】 イキイキ働くための脳力アップトレーニング!  計算課題では脳の頭頂連合野と前頭前野をよく使います。とりわけ、今回のような穴埋め算では、記憶や情報を一時的に保持しながら計算をするため、ワーキングメモリ(作業記憶)を使います。ワーキングメモリは歳とともに衰えやすく、脳トレではメインターゲットの機能です。頭の中だけでしっかり取り組みましょう。 第86回 穴埋め四則演算 目標3分 □に計算記号(+、−、×、÷)か数字を入れて、正しい式にしてください。 @ 4□8=12 A □−2=3 B 1□7=7 C 7−□=2 D 4÷□=2 E □×3=6 F □+3=9 G 8□2=4 H 3+□=6 I 4−□=3 J □×6=30 K 12□4=3 L 4+□=11 M 12□3=9 N 6×□=48 O □÷7=1 P 14−□=10 Q 6□13=19 R □×7=35 S 16□4=4 ワクワクしながら脳トレしよう!  今回の脳トレに取り組む際に大事なのが「ワーキングメモリ」です。記憶や情報を一時的に保持し、必要なときに引き出す機能で、日常生活のあらゆる行動にかかわっています。  このワーキングメモリは、18歳から25歳ぐらいをピークにだんだんと能力が落ちていく傾向がみられますが、年齢に関係なく鍛えることができます。会話をしたり、料理をしたり、日常生活のなかでも鍛えられますが、今回の脳トレのような問題を解くことで、ワーキングメモリをになっている脳の前頭前野の働きを確実に向上させることができるのです。  また、問題が解けたら自分で自分を褒めてあげてください。自分を褒めて脳が快感を得ることで、より高い効果が期待できます。問題を解くことができなかったら、解答をみてもかまいません。問題が解けるに越したことはありませんが、正解することが目的ではなく、ワクワクしながら取り組むことが目的なのです。 篠原菊紀(しのはら・きくのり) 1960(昭和35)年、長野県生まれ。公立諏訪東京理科大学医療介護健康工学部門長。健康教育、脳科学が専門。脳計測器多チャンネルNIRSを使って、脳活動を調べている。『中高年のための脳トレーニング』(NHK出版)など著書多数。 【問題の答え】 @ 4+8=12 A 5−2=3 B 1×7=7 C 7−5=2 D 4÷2=2 E 2×3=6 F 6+3=9 G 8÷2=4 H 3+3=6 I 4−1=3 J 5×6=30 K 12÷4=3 L 4+7=11 M 12−3=9 N 6×8=48 O 7÷7=1 P 14−4=10 Q 6+13=19 R 5×7=35 S 16÷4=4 【P65】 ホームページはこちら (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)各都道府県支部高齢・障害者業務課所在地等一覧  JEEDでは、各都道府県支部高齢・障害者業務課等において高齢者・障害者の雇用支援のための業務(相談・援助、給付金・助成金の支給、障害者雇用納付金制度に基づく申告・申請の受付、啓発等)を実施しています。2024年8月1日現在 名称 所在地 電話番号(代表) 北海道支部高齢・障害者業務課 〒063-0804 札幌市西区二十四軒4条1-4-1 北海道職業能力開発促進センター内 011-622-3351 青森支部高齢・障害者業務課 〒030-0822 青森市中央3-20-2 青森職業能力開発促進センター内 017-721-2125 岩手支部高齢・障害者業務課 〒020-0024 盛岡市菜園1-12-18 盛岡菜園センタービル3階 019-654-2081 宮城支部高齢・障害者業務課 〒985-8550 多賀城市明月2-2-1 宮城職業能力開発促進センター内 022-361-6288 秋田支部高齢・障害者業務課 〒010-0101 潟上市天王字上北野4-143 秋田職業能力開発促進センター内 018-872-1801 山形支部高齢・障害者業務課 〒990-2161 山形市漆山1954 山形職業能力開発促進センター内 023-674-9567 福島支部高齢・障害者業務課 〒960-8054 福島市三河北町7-14 福島職業能力開発促進センター内 024-526-1510 茨城支部高齢・障害者業務課 〒310-0803 水戸市城南1-4-7 第5プリンスビル5階 029-300-1215 栃木支部高齢・障害者業務課 〒320-0072 宇都宮市若草1-4-23 栃木職業能力開発促進センター内 028-650-6226 群馬支部高齢・障害者業務課 〒379-2154 前橋市天川大島町130-1 ハローワーク前橋3階 027-287-1511 埼玉支部高齢・障害者業務課 〒336-0931 さいたま市緑区原山2-18-8 埼玉職業能力開発促進センター内 048-813-1112 千葉支部高齢・障害者業務課 〒263-0004 千葉市稲毛区六方町274 千葉職業能力開発促進センター内 043-304-7730 東京支部高齢・障害者業務課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2794 東京支部高齢・障害者窓口サービス課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2284 神奈川支部高齢・障害者業務課 〒241-0824 横浜市旭区南希望が丘78 関東職業能力開発促進センター内 045-360-6010 新潟支部高齢・障害者業務課 〒951-8061 新潟市中央区西堀通6-866 NEXT21ビル12階 025-226-6011 富山支部高齢・障害者業務課 〒933-0982 高岡市八ケ55 富山職業能力開発促進センター内 0766-26-1881 石川支部高齢・障害者業務課 〒920-0352 金沢市観音堂町へ1 石川職業能力開発促進センター内 076-267-6001 福井支部高齢・障害者業務課 〒915-0853 越前市行松町25-10 福井職業能力開発促進センター内 0778-23-1021 山梨支部高齢・障害者業務課 〒400-0854 甲府市中小河原町403-1 山梨職業能力開発促進センター内 055-242-3723 長野支部高齢・障害者業務課 〒381-0043 長野市吉田4-25-12 長野職業能力開発促進センター内 026-258-6001 岐阜支部高齢・障害者業務課 〒500-8842 岐阜市金町5-25 G-frontU7階 058-265-5823 静岡支部高齢・障害者業務課 〒422-8033 静岡市駿河区登呂3-1-35 静岡職業能力開発促進センター内 054-280-3622 愛知支部高齢・障害者業務課 〒460-0003 名古屋市中区錦1-10-1 MIテラス名古屋伏見4階 052-218-3385 三重支部高齢・障害者業務課 〒514-0002 津市島崎町327-1 ハローワーク津2階 059-213-9255 滋賀支部高齢・障害者業務課 〒520-0856 大津市光が丘町3-13 滋賀職業能力開発促進センター内 077-537-1214 京都支部高齢・障害者業務課 〒617-0843 長岡京市友岡1-2-1 京都職業能力開発促進センター内 075-951-7481 大阪支部高齢・障害者業務課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0782 大阪支部高齢・障害者窓口サービス課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0722 兵庫支部高齢・障害者業務課 〒661-0045 尼崎市武庫豊町3-1-50 兵庫職業能力開発促進センター内 06-6431-8201 奈良支部高齢・障害者業務課 〒634-0033 橿原市城殿町433 奈良職業能力開発促進センター内 0744-22-5232 和歌山支部高齢・障害者業務課 〒640-8483 和歌山市園部1276 和歌山職業能力開発促進センター内 073-462-6900 鳥取支部高齢・障害者業務課 〒689-1112 鳥取市若葉台南7-1-11 鳥取職業能力開発促進センター内 0857-52-8803 島根支部高齢・障害者業務課 〒690-0001 松江市東朝日町267 島根職業能力開発促進センター内 0852-60-1677 岡山支部高齢・障害者業務課 〒700-0951 岡山市北区田中580 岡山職業能力開発促進センター内 086-241-0166 広島支部高齢・障害者業務課 〒730-0825 広島市中区光南5-2-65 広島職業能力開発促進センター内 082-545-7150 山口支部高齢・障害者業務課 〒753-0861 山口市矢原1284-1 山口職業能力開発促進センター内 083-995-2050 徳島支部高齢・障害者業務課 〒770-0823 徳島市出来島本町1-5 ハローワーク徳島5階 088-611-2388 香川支部高齢・障害者業務課 〒761-8063 高松市花ノ宮町2-4-3 香川職業能力開発促進センター内 087-814-3791 愛媛支部高齢・障害者業務課 〒791-8044 松山市西垣生町2184 愛媛職業能力開発促進センター内 089-905-6780 高知支部高齢・障害者業務課 〒781-8010 高知市桟橋通4-15-68 高知職業能力開発促進センター内 088-837-1160 福岡支部高齢・障害者業務課 〒810-0042 福岡市中央区赤坂1-10-17 しんくみ赤坂ビル6階 092-718-1310 佐賀支部高齢・障害者業務課 〒849-0911 佐賀市兵庫町若宮1042-2 佐賀職業能力開発促進センター内 0952-37-9117 長崎支部高齢・障害者業務課 〒854-0062 諫早市小船越町1113 長崎職業能力開発促進センター内 0957-35-4721 熊本支部高齢・障害者業務課 〒861-1102 合志市須屋2505-3 熊本職業能力開発促進センター内 096-249-1888 大分支部高齢・障害者業務課 〒870-0131 大分市皆春1483-1 大分職業能力開発促進センター内 097-522-7255 宮崎支部高齢・障害者業務課 〒880-0916 宮崎市大字恒久4241 宮崎職業能力開発促進センター内 0985-51-1556 鹿児島支部高齢・障害者業務課 〒890-0068 鹿児島市東郡元町14-3 鹿児島職業能力開発促進センター内 099-813-0132 沖縄支部高齢・障害者業務課 〒900-0006 那覇市おもろまち1-3-25 沖縄職業総合庁舎4階 098-941-3301 【裏表紙】 定価503円(本体458円+税) 10月は「高年齢者就業支援月間」です 高齢者雇用に取り組む事業主や人事担当者のみなさまへ秋のイベントをご案内します。 高年齢者活躍企業フォーラムのご案内 (高年齢者活躍企業コンテスト表彰式)  高年齢者が働きやすい就業環境にするために企業等が行った創意工夫の事例を募集した「高年齢者活躍企業コンテスト」の表彰式をはじめ、コンテスト入賞企業等による事例発表、学識経験者を交えたトークセッションを実施し、企業における高年齢者雇用の実態に迫ります。「年齢にかかわらずいきいきと働ける社会」を築いていくために、企業や個人がどのように取り組んでいけばよいのかを一緒に考える機会にしたいと思います。 日時 令和6年10月4日(金)13:00〜16:20 受付開始12:00〜 場所 大手町プレイスホール (東京都千代田区大手町2−3−1 大手町プレイスイーストタワー2F)●JR新幹線・JR山手線・京浜東北線など「東京」駅丸の内北口から徒歩7分 ●東京メトロ丸の内線・東西線・千代田線・半蔵門線・都営三田線「大手町」駅A5出口直結 定員 100名(事前申込制・先着順)会場・ライブ配信同時開催 主催 厚生労働省、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) お申込みはコチラ 申込みは令和6年8月21日(水)から https://www.elder.jeed.go.jp/moushikomi.html 〜生涯現役社会の実現に向けた〜 地域ワークショップ  JEEDでは各都道府県支部が中心となり、生涯現役社会の実現に向けた「地域ワークショップ」を開催します。事業主や企業の人事担当者などの方々に、高年齢者に戦力となってもらい、いきいきと働いていただくための情報をご提供します。各地域の実情をふまえた具体的で実践的な内容ですので、ぜひご参加ください。 概要 日時/場所 高年齢者就業支援月間の10月を中心に各地域で開催 カリキュラム (以下の項目などを組み合わせ、2〜3時間で実施します) 専門家による講演【70歳までの就業機会の確保に向けた具体的な取組など】 事例発表【先進的に取り組む企業の事例紹介】 ディスカッション など 参加費 無料(事前の申込みが必要となります) ※各地域のワークショップの内容は、各都道府県支部高齢・障害者業務課 (65頁参照)までお問い合わせください。 ※開催日時などに変更が生じる場合は、JEEDホームページで随時お知らせしますので、ご確認ください。 jeed 高年齢者就業支援月間 検索 2024 8 令和6年8月1日発行(毎月1回1日発行) 第46巻第8号通巻537号 〈発行〉独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 〈発売元〉労働調査会