Leaders Talk No.111 資産の棚卸しと公的年金で生活を設計 人的資産と金融資産づくりの二つを重視 ファイナンシャルプランナー 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 山中伸枝さん やまなか・のぶえ 心とお財布を幸せにする専門家。サーティファイド ファイナンシャル プランナー○R(CFP○R)。米国オハイオ州立大学ビジネス学部卒業。「楽しい・分かりやすい・やる気になる」講演、ライフプラン相談、執筆など多数。  人生100年時代を迎え、だれもが気になるのが老後のライフプランです。今回は、個人や企業を対象としたライフプランの設計支援や、金融機関に勤める人材の育成などにもたずさわるファイナンシャルプランナーで一般社団法人公的保険アドバイザー協会理事の山中伸枝さんにご登場いただき、人生100年時代における資産形成や企業が従業員のために取り組むべき支援などについてお話をうかがいました。 生活設計の土台となる公的保険制度を知りそれをベースに老後の生活設計を ―山中さんは、ファイナンシャルプランナーとして、また一般社団法人公的保険アドバイザー協会の理事としてもご活躍されています。具体的にはどのような活動をされているのですか。 山中 個人のお客さまのライフプランの設計をはじめ、法人の企業型確定拠出年金(DC)などの退職金制度や福利厚生施策づくり、従業員向けの投資教育などの資産形成を応援する仕事などに長年たずさわってきました。そのほか、私が立ち上げた一般社団法人公的保険アドバイザー協会では、金融機関に勤務している人向けに国の制度について教育する仕事もしています。公的保険制度は複雑ですが、ライフプランにおけるすべての土台です。日本にはベースに生活保護などの公的扶助制度、貧しくならないための公的年金などの社会保障制度があり、その上に自助努力による資産形成などの仕組みがあります。本来は国が保障する制度をベースに老後設計を考えるべきですし、ベースを知らなければいくらお金があっても足りません。金融のプロに国の保障制度を勉強してもらうのが協会の役割です。 ―人生100年時代を迎え、就業年齢が長くなるなかで、資産形成を含めてどのように生きていくべきだとお考えでしょうか。 山中 人生100年時代は、「自分の生活に必要なお金は自分でつくる」のが原則的な考え方です。よく「年金では足りない」といわれますが、そもそも年金は何もしないで暮らせる生活を約束しているわけではなく、現役時代の所得の5〜6割を保障する仕組みになっています。また、公的年金制度ができたころの男性の寿命は70歳弱で、当時主流だった55歳定年後の老後は10年程度であり、年金以外の退職金や貯蓄でなんとか生活できたわけですが、人生100年時代では60歳を定年とすると、あと40年もあるのです。  一方、国は企業に高齢者の働く場所を提供し、賃金を保障するように求めています。でも企業にすれば義務や努力義務があるといっても、会社に来るだけで貢献もしない人に給与を払うのは納得いかないものでしょう。ライフプランセミナーで、60歳定年後も継続雇用で働く人に年収をたずねると、あたり前のように年収400万円、500万円という回答を聞くのですが、それは本当に自分の働きに見合った金額なのか、その金額にふさわしい貢献をしているのかを考える必要があります。  たしかに60歳定年で終わりだと思っていたのに、65歳、70歳までとゴールが長くなり、戸惑っていらっしゃる方もたくさんいます。しかし、経営陣からすれば「その人の経験・知識を後輩に伝えてほしい」、「会社にもっと貢献してほしい」と思っているのです。ゴールが遠くなり、モチベーションのコントロールができない人もいると思いますが、60歳で1回リセットし、次の10年、15年を自分はどう生きていくのか、100歳までの時間を区切りながら計画を立てることが大切です。自分なりのやりがいや存在意義を見出し、働く側、雇う側の双方が意識を高く持って働き続けることが、いま求められています。 ――そのうえで老後の生活のためのお金についてはどのように考えればよいでしょうか。 山中 まずは資産の棚卸しをすることです。企業年金や公的年金以外に入っている民間の個人年金保険のほか、自宅や親からもらった土地を売ったらどれくらいになるのかなど、将来受け取るものも含めて点在している資産の棚卸しをします。そして次は100歳までの40年間にどう配分していくかを考えます。月々の生活費や臨時の介護費用など、ある程度予測して配分計画を立てることが基本です。老後のお金は「いま資産がいくらあるか」ではなく、「月々の家計が回っていくこと」が重要です。資産がなくてもキャッシュフロー、つまり入ってくるお金で生活が回っていれば心配することはありません。生活費の足りない部分は資産を取り崩すという計画を立てていくと少しすっきりすると思います。 人生100年時代のライフプラン100歳までの40年の資産配分を考えること ―老後の生活費を確保するにはどういう方法がありますか。 山中 会社員をずっと続けてきた人はそれなりの年金が入ります。妻が専業主婦の場合、65歳時点で夫婦が受け取る年金の平均値は月21万円ぐらいです。例えば生活費として30万円ほしい場合、毎月の赤字を補填するために資産を取り崩しながらずっと生活していくのは、いつお金がなくなるのかわかりませんし、非常に怖いものです。その場合、年金のくり下げ受給で増やす方法もあります。年金の受給を5年間遅らせて70歳から受け取ると、29万8000円になります。それで終身、年金だけで暮らせます。もちろん65歳から70歳までは無年金状態になりますが、5年間の生活費は退職金や資産を取り崩せばよいでしょう。100歳まで年金だけで生活できる状態をつくり、さかのぼって65歳から70歳まで資産を取り崩すか、あるいはもうちょっと働こうかと考えていくと安心できるのではないでしょうか。 ―現在も働いている20〜30代の若者世代や、40〜50代のミドル世代の資産形成についてはどのように考えていますか。 山中 資産には人的資産と金融資産があります。若いころは人的資産づくりに軸足を置き、スキルの修得や将来のキャリア形成、人脈をつくることで自分の付加価値を高めていくことが大切になります。やがて歳を重ねると人的資産が少しずつ減少し、金融資産づくりに変わっていくのが普通の人の人生です。20〜30代にとっては若さも体力も人的資産です。勉強したり、リスキリングによって自分の付加価値や稼得能力を高めるなど、人的資産価値を高めることを意識しながら働くことがますます重要になっています。お金の投資も大事ですが、20〜30代は自分への投資を重視してほしいと思います。  40〜50代になると人的資産よりも金融資産づくりの比重が高くなりますが、それでも修学期の子どもを抱えていると「目の前のお金が出ていく一方で、とても老後まで手が回らない」という人が多くいます。それでも子どもが高校生になれば、高校卒業後の進路も含め、教育費の上限も見えてきます。その場合、時間軸をずらして、「3年後はこのお金を老後に回そう」、「5年後に資産づくりを始めよう」と計画を立てる。決して遅くはなく、キャッチアップはいくらでも可能です。  もちろん、そのお金を使って勉強し、キャリアチェンジもできます。人的資産づくりは若い人限定ではなく、50歳を過ぎても、再投資することでさらに高めることができます。 ―定年退職後を見すえた社員の資産形成を支援していくうえで、中小企業が利用可能な制度について教えてください。 山中 最適なのは確定拠出年金でしょう。iDeCo+(イデコプラス)と企業型確定拠出年金(DC)の二つがあります。iDeCo+は従業員がやっているiDeCoに会社がプラスして掛金を出すことです。会社の掛金は全額損金で落ちます。会社員の場合、iDeCoの掛金の上限は2万3000円ですが、個人と会社の合計の掛金がその範囲内に収まればよく、会社が3000円、5000円上乗せしてくれると社員はうれしいものですし、会社も福利厚生制度として老後の年金を応援する制度があると、それを採用活動でアピールすることもできます。ただし、従業員300人以下の会社しか使えません。  退職金制度を新たに導入するのであればDCでしょう。例えば、従業員の賃金を1万円上げると、会社としては15%の法定福利費が発生し、また従業員もそこから社会保険料や税金が引かれ手取りは7〜8割程度となるでしょう。しかし、会社がDCの掛金として従業員に1万円を拠出すると、それらの負担は発生しません。実質的に15%の法定福利費を削減しながら福利厚生の拡充ができるのです。DCは転職しても持ち運びができますし、特に新卒や中途採用の求職者は「退職金制度があってあたり前」という感覚を持っています。求人票に「企業型DCあり」と書くことは採用活動でも有効だと思います。 社員のライフプラン研修で重要なのは最初に公的制度を徹底的に学んでもらうこと ―ライフプラン研修を行う企業は多いですが、情報提供や教育のポイントは何でしょうか。 山中 まず税金や社会保険制度など公的制度の仕組みを徹底的に学んでもらうことです。税金や社会保険の処理はいままで会社がやってくれましたが、退職後は全部自分でやらなくてはいけません。また介護保険についても学び、どんな福祉サービスがあるのかも教えてほしいですね。いずれはどんな人でも介護が必要になるので、介護保険やベースになる公的制度を学んだうえで資産形成について教えることです。ライフプラン研修の講師を金融機関に依頼すると、退職金を活用してもらおうと資産形成から入るケースが多いのです。順番としては最初に、税と社会保険について徹底的に学んでもらうことをおすすめします。 (聞き手・文/溝上憲文 撮影/中岡泰博) ★サーティファイドファイナンシャルプランナー○R、CFP○Rは、米国以外においてはFinancial Planning Standards Board Ltd.(FPSB)の登録商標、FPSBとのライセンス契約の下に、日本国内においてはNPO法人日本FP協会が商標の使用を認めています。