高齢者の職場探訪 北から、南から 第146回 秋田県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 無理のない働き方で経験と資格を活かし地域のライフライン維持と若手指導に貢献 企業プロフィール 株式会社ガスセンター秋田(秋田県潟上(かたがみ)市) 創業 1987(昭和62)年 業種 道路貨物運輸業(LPガス配送) 社員数 28人(うち正社員数27人) (60歳以上男女内訳)男性(5人)、女性(0人) (年齢内訳)60〜64歳 4人(14.3%) 65〜69歳 1人(3.6%) 定年・継続雇用制度 定年60歳、希望者全員を年齢上限なく継続雇用。最高年齢者は69歳  秋田県は、東北地方の日本海側に位置し、秋田・青森両県にまたがる世界自然遺産に登録されている白神(しらかみ)山地や、深さ日本一の田沢湖のほか、秋田竿燈まつり、大おおまがり曲の花火、なまはげなど、豊かな自然や個性的な文化が大切にされています。古くから米づくりを中心とした農業をはじめ、林業、漁業、鉱業などで発展し、近年は風力発電や地熱発電などの再生可能エネルギーの導入を積極的に進めていることでも知られます。  JEED秋田支部高齢・障害者業務課の篠ア(しのざき)悦郎(えつお)課長は、「秋田県は、世界一高齢化が進む日本のなかでも、最も高齢化が進んでいます。さらに、少子化と人口流出により、毎年1万人以上の人口が減少しており、高齢者雇用と高齢社員の戦力化の取組みは必須となっており、県内の事業所からは好事例の紹介や制度改善の助言など支援を求められる機会が多くなっています。また、実際に事業の主力となっている中高齢社員のモチベーションの維持・向上施策として、JEEDの『就業意識向上研修※』が有効であるとおすすめしています。そして、制度の改善にともなう役割意識の醸成と健康などに配慮した働き方の提示が、事業の維持発展に欠かせない条件であることなどを強調しています」と注力している取組みについて説明します。  同支部で活躍するプランナーの一人、藤田(ふじた)弘幸(ひろゆき)さんは、特定社会保険労務士として、人事・労務に関して中小企業の支援を行っており、プランナー活動では相談・助言業務や生涯現役社会の実現に向けたセミナーの講師として幅広く活躍しています。今回は、藤田プランナーの案内で、「株式会社ガスセンター秋田」を訪れました。 さまざまな改革を行い希望者全員を年齢上限なく継続雇用する制度に  株式会社ガスセンター秋田は、1987(昭和62)年に株式会社出光ホームガスセンター秋田として創業し、アストモスエネルギー株式会社(旧出光ホームガス)のガス配送をおもな業務として実績を重ね、2006(平成18)年に株式会社アストモスガスセンター秋田への社名変更を経て、2020(令和2)年に現社名となりました。現在は、複数の企業からの依頼に応えてガス配送業務を行っています。  黒澤(くろさわ)真志(まさし)取締役経営統括は、「一般家庭のみならず、病院や福祉施設、学校、製造工場など、暮らしや事業活動を維持するライフラインとしてのLPガスの供給を、日々安全かつ迅速に行い、地域や社会に貢献しています」と同社の仕事を説明します。  数年前に業績が厳しくなっていた時期があり、3年前に現職に就任した黒澤取締役は、創業当時まで収支実績をさかのぼって分析し、業務の効率化や経費削減などの改革に着手。委託先の理解を得て配送料・貸出容器料の値上げを実現したり、古くなった車輌の代替えなどに取り組み、社内では基本給や賞与査定の見直し、福利厚生の充実、自治体や業界団体が主催する各種表彰制度の申請などに取り組んできました。受賞者は表彰式に出席して賞状を授与され、懇親会もあるそうで、「晴れやかな場に出る機会を得て社員は誇らしく感じると思いますし、仕事のやりがいにつながっていると考えています」と黒澤取締役。このように制度改革とともに、社員のモチベーション向上に気を配ってきました。  そうしたなかで一歩ずつ改革が浸透し、業績はV字回復。苦労をしていた人材確保についても、この3年間で4人を採用できたそうです。  また高齢者雇用制度も改革しました。藤田プランナーが相談・助言業務で同社を初めて訪問した2023年4月は、まさに改革の最中だったそうです。  「当時、60歳を超えた社員の方が比較的多いという現状と、会社としては、年齢についてはあまり意識されていないということでしたので、定年引上げや継続雇用年齢の引上げについてアドバイスを行いました」と藤田プランナー。継続雇用の上限年齢を引き上げ、基準該当者を70歳まで雇用することを提案したところ、同社はそれを上回る制度改定を行い、2024年5月に定年60歳を維持し、希望者全員を年齢上限なく継続雇用する制度にあらためました。  黒澤取締役は、「年金の受給年齢が上がっていることなどに加え、当社の配送業務には資格と経験が必要ですから、ベテラン社員はとても大切な存在です。継続雇用は年齢で決めるのではなく、体力などに合わせてフルタイム勤務のほか、週2〜3日の勤務にするなど、働き方に柔軟性を持たせて長く働ける内容にしました」と現制度に改革した視点を語ってくれました。そして高齢社員には、「特に若い人の育成指導の役割を期待しています」と話します。  今回は、勤続27年の高齢社員と、ともに働く2人の同僚にお話を聞きました。 身体に負担のかからない働き方で会社に貢献  同社で勤続年数が最も長く、最年長の石井(いしい)和夫(かずお)さん(69歳)は、印刷会社などの勤務を経て1997年に知人の紹介で同社に入社しました。以降、LPガスを配送するために車の大型運転免許をはじめ、「充てん作業者講習修了証」、「高圧ガス移動監視者講習修了証」を取得。さらに、シリンダー(ガスボンベ)配送のための「販売主任者免状」、「テールゲートリフター特別教育免状」を取得し、長年にわたりおもにバルクローリーに乗車してLPガス配送業務に従事してきました。バルクローリーとは、LPガスを家庭や事業所などに配送・充てんする車で、必要な資格を持つ人だけが運転できる車輌です。  「定年まで大型のバルクローリー車に乗って県内を走りまわって配送したおかげで、道路、地理を覚えることができました。運転することに負担を感じることなく、幸い事故もなくここまでくることができました」と石井さん。  60歳以降もフルタイムで働いていましたが、体力面などを考慮して会社と相談し、2年前からは勤務を週2日にして、LPガス配送業務を担当しつつ、月末は事務作業の手伝いをしています。同社の勤務時間は8時〜17時となっていますが、担当業務などによって柔軟に勤務時間を調整することが可能で、石井さんはおもに6時〜15時勤務で働いています。  「いまは、ボンベを配送する社員と一緒に乗車し、老人ホームや病院などへLPガスを配送しています。ボンベは重いので、けがをしないように注意し合ってがんばっています。週2日勤務は、身体に負担のかからないちょうどよい働き方だと思っています」と現在を語ります。  若手社員に仕事を教えることもあるそうですが、「教えるというより、けがをせず、安全に働いていくためのポイントを伝えているようなものです」と穏やかな表情で話します。また、事務作業については10年ほど前に病気をして、仕事に復帰した直後に手伝っていたことがきっかけで、以来ずっと続けていると教えてくれました。  今後については、これまでと同様に安全第一を徹底し、「長く勤務するには人間関係が大事だと思いますので、相手の年齢に関係なく、ふだんからコミュニケーションをうまくとっていくようにしたいと思っています」と話してくれました。 頼もしく、周囲を気遣ってくれる存在  佐々木(ささき)勇人(はやと)主任は、以前は石井さんの後輩として、現在はLPガス配送業務のまとめ役としてともに働いています。  石井さんについて、「シリンダー配送とバルクローリーによる配送の両方の経験があり、それに関係する大抵の仕事をお願いできる頼もしい存在です。しかも、事務の手伝いまでされていて活躍の幅は多岐にわたりますし、新入社員の指導やそのフォローもしていただいています」と尊敬のまなざしで語ります。  また、高齢者雇用制度についてたずねると、「今後は社会全体で定年年齢の引上げや継続雇用年齢の延長があたり前になっていくと思います。社員としては、安心して働くことができ、生活ができるように制度が整えられていくことが大事だと思います」と答えてくれました。  同社の経理業務をはじめとした事務作業を一人で担当する佐々木(ささき)明美(あけみ)さんは、「石井さんは、長年仕事をされているので段取りが上手ですし、早くて正確にこなせること、事務を手伝ってくださること、また、みんなの様子を見てさりげなく手助けをする姿が素敵ですね。いつも月末になると多忙な私のために、伝票整理をしてくれます」と石井さんへの感謝を語ってくれました。高齢者雇用については、「体力が続かないときのサポートが大事になると思います」と考えを聞かせてくれました。  黒澤取締役は、「石井さんにはまだまだ勤務し続けてほしいと思っていますが、無理しないように話し合いながら対応していきたい」と期待や思いを語りました。 社員全体の気持ちに応える制度へ  同社のさまざまな改革は、経営が安定してきたから終わり≠ニいうことではなく、「時代は変化していくので、つねに何がよいのかを考えることが必要です。高齢者雇用についても、定年年齢の引上げも含めて今後も検討したいと考えています。藤田プランナーには、今後も相談に乗っていただければありがたいです」と黒澤取締役は語ります。  藤田プランナーは、最後に今回の取材を通して次のように語ってくれました。  「無理なく経験を活かして働く石井さんの姿を見て、ともに働く若手社員の方々は『こういう働き方があるのだ』とわかり、お手本や目標にしていく。このサイクルが続いていくことが理想です。柔軟な働き方ができる職場づくりを続けられていることは会社にとっても大事なことだと思いますし、高齢者雇用制度の改革については、高齢社員も含め、社員全体の気持ちに応えることができるものになるよう、今後も支援を続けたいと思います」  地域のライフラインを守る仕事を支える社員が、より安心して働ける職場環境へ、同社の改革は続いていきます。(取材・増山美智子) ※ 「就業意識向上研修」の詳細は、JEEDホームページをご覧ください。 https://www.jeed.go.jp/elderly/employer/startwork_services.html 藤田弘幸プランナー アドバイザー・プランナー歴:7年 [藤田プランナーから] 「話しやすい雰囲気づくりを心がけ、まずは事業者のお話をていねいに聞くことを心がけています。そのうえで、社会保険労務士としての資格を活かし、今後の高齢者雇用に役立つ人事労務管理全般について相談・助言を行っています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆秋田支部高齢・障害者業務課の篠ア課長は藤田プランナーについて、「企画立案サービスに積極的に取り組むなど、真摯に事業所の課題に向き合うプランナーです。熱心に話をうかがい、それをもとに的確な制度改善提案を行うなど、特に人事・労務管理に関してのエキスパートとして、若手ながら、企業からの厚い信頼を得ています」と話します。 ◆秋田支部高齢・障害者業務課は、JR奥羽本線「追分(おいわけ)駅」(県庁所在地の秋田駅から北へ4つ目)から徒歩20分、潟上市の住宅地のなかにあります。ちなみに潟上市は、なまはげ行事で有名な男鹿(おが)半島の入り口に位置しています。 ◆同県では、6人の70歳雇用推進プランナーが活動し、年間約180件の相談・助言活動を行っています。そのうちの約70件で制度改善提案を実施しており、制度改善の提案後、約1割の事業所で半年以内に制度改善を行っています。 ◆相談・助言を無料で行います。お気軽にお問い合わせください。 ●秋田支部高齢・障害者業務課 住所:秋田県潟上市天王字上北野4-143 秋田職業能力開発促進センター(ポリテクセンター秋田)内 電話:018-872-1801 写真のキャプション 秋田県潟上市 株式会社ガスセンター秋田 黒澤真志取締役経営統括 石井和夫さん「LPガスを配送する大型バルクローリーには、現在もときどき乗っています」 株式会社ガスセンター秋田主任の佐々木勇人さん 株式会社ガスセンター秋田経理担当の佐々木明美さん