高齢者に聞く生涯現役で働くとは 第96回  大山光彦(70歳)さんは大手航空会社に42年勤務し、営業からマネージメント、人事まで多岐にわたる分野を邁進(まいしん)してきた。そして現在は、豊富な経験を活かし経営コンサルタントとして第一線で活躍している。人材育成に情熱を注ぐ大山さんが生涯現役で働くことの魅力を語る。 アルファブレーンコンサルティング株式会社 シニアエキスパート 大山(おおやま)光彦(みつひこ)さん 経験こそ宝物  私は、日本三景の一つ宮城県宮城郡松島町(まつしままち)に生まれ、中学と高校は仙台市内に通い、大学は東京に出てイタリア語を専攻しました。高校時代、イタリアに造詣の深い作家の塩野(しおの)七生(ななみ)さんが雑誌に連載していたエッセイ「君知るや南の国」を読んで、イタリアという国に魅了されたことがきっかけでした。  ただ、はじめは語学の大学に進む予定ではありませんでした。周囲からすすめられ、高校を卒業した年は医学部を受験しましたが、受験に失敗。浪人中に自分の将来を見つめ直して文系に進路を切り替えました。そのとき頭にあったのが塩野さんのエッセイでした。人生は何が契機になるかわかりません。  大学を卒業して航空会社に入社、総合事務職として採用されました。東京支店での営業担当を皮切りに、旅客チェックイン業務や整備本部で調達の仕事などを歴任しました。その後は米国の航空機会社との契約交渉を担当するため米国出張が続きました。国内線専門でやってきた会社が国際線に進出するようになると、新たに航空燃料調達の仕事が増えました。石油の元売りとの交渉などで語学力のある人材が求められ、本社の調達部に配属されました。これまでつちかったさまざまな分野での経験がいまに活きています。  あらゆる分野の仕事に前向きに取り組んできた。後に仕事でイタリアに赴任したとき、縁あって憧れの塩野さんと食事をする機会があったとのこと。「エッセイが人生を変えることもあるからおもしろいですね」と大山さんは笑顔で語る。 57歳でキャリアチェンジ  会社の国際線の開拓とともに海外出張が続きましたが、いよいよイタリアにも航路が開かれ、イタリア語ができる私に白羽の矢が立ちました。それまで手紙の翻訳などはしたことがありますが、イタリア語で勝負するのは実質初めてで、ミラノとローマに支店を立ち上げることが私に課せられました。いま思えば人生の修羅場といえるような時代でした。たった一人での現地人材の採用からはじまり、あらゆることへ挑戦の連続でした。就任して2カ月後に初めて飛行機が飛んだときは感無量でした。その後、さまざまな事情で支店を閉鎖することになり、一緒に苦労してきた現地の社員を解雇したときもつらかったです。この時代のことを話すといくら時間があっても足りません。楽しいこともつらいこともすべてが、自分の成長につながった現場でした。  帰国してからはマイレージセンターの所長として登録業務やクレーム処理を担当しました。その後は出向が続き、最後が貨物部門の営業でした。気がつけば57歳になっていました。  当時は60歳定年で、57歳になると60歳以降も雇用延長するか、退社するかを決めなければなりません。そこで選んだのがまず人事系のキャリアコンサルタントの資格を取ること。1年かけて資格を取ってから人事部に相談し、あらためて採用の仕事をさせてもらうことになりました。雇用延長して67歳まで教育研修のプログラム開発の業務に従事しました。この経験が第二の人生に踏み出す力になりました。  70歳まで働くつもりが、コロナ不況の影響もあり、67歳で退職となった。再就職先を探すなかで、「東京キャリアトライアル65」という、働く高齢者の活躍の場を広げることが目的の東京都の事業に出会った。 経験が活かせる天職との出会い  SNSで「東京キャリアトライアル65」を知り、紹介してもらったのが現在の職場です。  いまは「シニアエキスパート事業部」でクライアント企業の人材育成をサポートしています。具体的には、その企業が採用している人事制度をチェックして、問題点、あるいは課題を洗い出し、適切な対処法をお伝えするというのが私の仕事です。とてもやりがいのある部門で働かせてもらえていることに感謝しています。  もちろん最初は私に何ができるか不安でいっぱいでしたが、入社する前の2カ月間のトライアル期間中にこれまでの人生の「棚卸し」をサポートしてもらったことが大きな力となりました。「棚卸し」とはこれまで私が重ねてきた人事関係の仕事の経験やスキルを「見える化」する作業でした。これまでやってきたことを拾い出し、それをもとにヒアリングをくり返してスキルを洗い出していきます。なかなかたいへんな作業ですが、気がつけば自分のセールスポイントが明確になっていきました。この「棚卸し」という作業は高齢者の再就職にとても有効ではないかと思います。次の一歩を踏み出せるよう背中を押してもらいました。 チャレンジ精神をいつも心に秘めて  会社との契約は、案件ごとの業務委託です。いまは、ある上場企業の人事制度の改革推進をサポートしています。その会社の本社が名古屋にあるので頻繁に名古屋に出かけて、マネージャーの研修などを行っています。  57歳のときにキャリアコンサルタントの資格を取ったことから私のキャリアチェンジが始まりましたが、資格を取ってから10年近く採用や人材育成の仕事をしたことがいまの仕事におおいに役立っています。  とはいえ、新しい案件への対応には不安もありますが、会社の営業ディレクターが案件ごとのミーティングに同席してくれるので心強いです。現在6人のシニアエキスパートがおり、それぞれが専門知識を最大限に活かしながら「活きる事例」としてお客さまをサポートしています。お互いに助け合う風土のなかで、仲間たちがアシスタントを引き受けてくれることもあり、とても助かっています。一口に専門知識といっても広範囲ですが、私が専門とする人材開発はどの企業にとっても課題であるため、必要とされていることをうれしく思います。  若いときは自分のプライドを優先しましたが、さまざまな経験を重ねるなかで、チーム全体がよくなっていく方向を目ざすべきだと思うようになりました。若い人の意見も素直に聞けるような気がします。この仕事を始めて2年半ですが、まだまだ自分には「伸びしろ」があると密かに自負しています。  働き方としては週3日勤務程度でしょうか。現地に出かけることもあればWebでの会議もあります。オフの日は何をしているかというと、いくつか趣味がありまして、一つは畑仕事です。八ヶ岳の麓ふもとに畑をもって20年ほどになりました。また、前職時代から建築物を見て回るのが好きで、いまは「東京建築ウォッチングツアー」というのを主催して、月に一度遠足気分で仲間たちとウォッチングを続けています。  かつて森林セラピストという資格を取得したので、最近はほとんど機会のなかった森林浴を始めてみようかと思っています。仕事も趣味もチャレンジあるのみです。