知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第75回 定年を超えた労働者と再雇用拒否、休職期間延長の可否 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 定年後継続雇用となった高齢社員との契約の更新を止める際の留意点について知りたい  定年を超えて継続雇用していた労働者について、65歳以降も雇用を維持してきました。しかしながら、体力面での衰えや業務への理解が追いつかなくなるなど、これ以上の雇用継続がむずかしいと感じています。次回の更新時期に、雇用を継続しないという判断をしようと考えていますが、留意すべき点はありますか。 A  継続雇用への期待を生じさせないことが必要であり、これまで継続してきた事情をふまえても、雇用継続が適切ではないと判断した事情をあらかじめ労働者に説明しておくことが適切でしょう。 1 定年後の継続雇用とその終了  定年後の継続雇用について、65歳までは、高年齢者雇用安定法に基づく義務として行わなければなりませんが、それ以降は努力義務となっています。  他方で、65歳を超えた労働者については、定年制のように、労働契約の終了時期について明確な基準があるわけではありません。第二種計画認定などにより、労働契約法に基づく無期転換申込権の適用除外を受けている場合には、有期雇用で更新し続けるという状況が想定されます。  労働力不足が社会的な課題ともなっており、年齢を問わず、スキルや体力など、業務に必要な能力を有している人材は活用されていくべきであり、そのような傾向は超高齢化社会においては不可避なのではないかとも思われます。  他方で、加齢とともに能力が低下していくこともまた避けがたい事実であり、いつかは労働契約を終了させるという判断が必要になることもまた事実です。  労働条件通知書において、有期労働契約においては、その更新回数の上限や期間の限度などを記載するようになりましたが、個別の事情に応じてこれを超えて更新するようなケースも生じてくる可能性もあります。そうしたことがくり返されると、明確な基準がないなか、有期労働契約で勤務を継続する高齢者が増えていき、その雇用継続への期待は高まっていく可能性があり、そのことは、労働契約法第19条に定める雇用継続の期待とも関連する事情となっていきます。  そこで、65歳を超えた労働者を人材として活用していくにあたっても、どのような基準や時期をもって、労働契約の終了を判断していくのかという点は、課題になっていくであろうと考えられます。 2 裁判例の紹介  65歳を超えて継続的に有期労働契約で雇用が維持されていた労働者らが、雇止めを受け、当該雇止めが権利の濫用で違法であるとして慰謝料を請求した事案があります(横浜地裁令和元年9月26日判決)。  タクシー事業を営む会社であり、代表者が健康かつ接客態度および業務態度が良好な乗務員については、65歳以上であっても再雇用すると述べており、タクシーの運転手として69歳まで雇用を継続されていた労働者の雇止めが違法であるか否かが争点となりましたが、裁判所は、会社による雇止めを違法とは認めませんでした。その理由として、当該労働者が交通事故を4回生じさせ、全ドライバーのなかでも4番目に多かったことや、雇用更新の前に観光バスの前に割り込む運転を行い、警察から注意をされたにもかかわらず、自ら非を認めず謝罪や反省などをしなかったという事情がありました。このような事情は、裁判所に「原告が…乗務員となった後の交通事故発生率が比較的高く、とりわけ本件雇止め直前…に立て続けに事故を惹起していること、それにもかかわらず前記危険運転行為(注:観光バスの前に割り込む運転のこと)に及び、これについて反省や今後事故を回避するための方策を真摯に検討する様子が伺えない点を踏まえると、被告が、今後原告の運転により重大な事故等が発生することを危惧し、前記運転行為について真摯な謝罪や反省がなければ契約の更新を行うことはできないと判断したことは、やむを得ないというべき」と評価されました。  この裁判例は年齢についても言及しており、「原告は、本件雇止め時点で69歳と高齢であって、年々身体能力が低下していくこと自体は否めず、その程度如何によっては、雇用契約が更新されなくなる可能性も否定できないのであるから、その意味で原告の雇用契約更新への期待の程度は限定的である」という判断がなされています。 3 裁判例の評価  紹介した裁判例において、69歳という年齢について年々身体能力が低下していくこと自体は否めないことを前提としていることは、多くの使用者においても参考になるであろうと考えられます。ただし、運転手という職業との関連性を考慮してのことであろうと考えられますので、自社内での具体的な判断にあたっては、業務と身体能力の関連性もふまえた判断を行っていくことには、留意する必要があります。  また、年齢による身体能力の低下だけではなく、その表れともいえる事故の回数という事象が生じていたことも捨象することができません。年齢を理由に雇止めができるというわけではなく、身体能力の低下とその発現としての業務上の不備やミスなどを記録しつつ、その改善の余地がなくなってしまったことという状況が、雇止めを適法と判断されるための重要なポイントとなっています。したがって、高齢になるにつれて、そのようなミスなどが生じていないかという点は更新時期の直前ではなく、一定の期間をもって評価ができるような体制にしておくことが望ましいと考えられます。  他方で、代表者が、65歳を超えても積極的に雇用すると述べていたことは、紛争の火種になってしまった部分があるといえそうです。労働契約法第19条においても、雇用継続への期待が要件となっているように、期待を生じさせてしまう発言は、全体に対して伝えるよりは個別の労働者ごとに判断したうえで伝えていく方が適切でしょう。また、そのような期待を生じさせてしまっているような場合には、前述の通り一定の期間をもって評価を行い、そのフィードバックにおいて、更新することがむずかしいということを可能なかぎり早期の段階で伝えておかなければ、紛争を回避することが困難となるでしょう。 Q2 私傷病で休職している従業員について、就業規則で定めている休職期間を延長してもよいのですか  当社の従業員で、私傷病の治療で長期にわたり休職している労働者がいます。治療の成果が出ているようですが、勤務可能な状態になるのが就業規則で定める休職期間の1カ月後の予定のようです。可能なかぎり復帰させたいと考えていますが、このような場合に個別に休職期間を1カ月延長することは可能でしょうか。 A  就業規則に延長可能である旨の規定がある場合は、当該規定に基づき延長することが可能です。また、規定がない場合には、当該労働者との間で個別に合意を締結することで延長は可能と考えられます。 1 休職制度の位置づけ  一般的に、就業規則においては休職の規定が定められていることが多いです。例えば、厚生労働省が公表しているモデル就業規則を例にとると、業務外の原因による疾病や傷害(いわゆる「私傷病」)に基づく休職措置を前提としています。  なお、業務上の傷病が原因である場合は、労災補償の対象となるほか、当該業務上の傷病に基づく休職中については、解雇が制限されています(労働基準法第19条1項)。そのため、業務上の傷病に基づく休職については、就業規則に定めた休職期間とは無関係に、療養のための休職期間を認める必要があります。  就業規則に定めることが一般的となっていますが、業務外の傷病を原因とする休職という制度については、労働基準法をはじめとして法令に具体的な定めはありません。そのため、休職に関する規定については、企業が裁量的に制度設計する余地が大きく残されています。  そのため、例えば、Y保険会社事件(東京高裁平成28年10月6日判決)においても、「休職制度の制度設計、運用については、基本的に使用者の合理的な裁量に委ねられているものと解される」と判断されており、私傷病について、そもそも休職制度を採用するか、制度を採用するとしても当該制度をどのように設計するかについては、企業の合理的な裁量の範囲で定めることができます。 2 休職制度の趣旨について  休職制度は一般的になり、その趣旨についても「傷病が完治するまで会社に在籍し続けることができる制度」と考えられているかもしれません。  しかしながら、休職期間の満了時点において治癒していない場合(休職前の従前の職務に戻ることができない場合を意味することが多いです)には、当然に退職となるという制度設計をされ、治癒しないかぎり復職できない制度になっていることが一般的です。  私傷病により労務の提供ができなくなったとき、労働者は、労働契約における最も基本的な義務である労務提供ができない状況にあります。そのため、労働者の債務不履行と評価することが可能といえます。債務不履行が生じたときには、契約を解除(労働契約においては解雇)できることが民法などの基本的なルールです。  しかしながら、長期雇用を前提とした労働者が私傷病に罹(かか)った場合に、私傷病で労務が提供できなくなったからといって治療の期間を与えることもなく解雇にすることが憚(はばか)られる場合もあるでしょう。また、治療期間もなく解雇することが労働者にとって酷な場合もあります。とはいえ、治療をいつまでも継続することになると、企業としては人員補充の時機を失することもあり、長期化する場合にはその不利益を無視できない場合もあります。  そこで、休職制度を設けることによって、労働者にとっては、即時に解雇されるという不利益を一定程度緩和しつつ、企業としては期限までに復職できない場合には退職させることができるようにバランスをとることができます。そのため、使用者の立場から見たときには、休職制度は法的には労働者に対する解雇猶予措置としての機能を有しています。  例えば、前出のY保険会社事件において、「休職制度は、一般的に業務外の傷病により債務の本旨に従った労務の提供をすることができない労働者に対し、使用者が労働契約関係は存続させながら、労務への従事を禁止又は免除することにより、休職期間満了までの間、解雇を猶予する旨の性格を有している」と整理されています。  したがって、休職制度は、労働者にとって治癒できるまで会社が待つという意味では、労働者にとってメリットのある制度という側面もある一方で、法的には、休職期間満了時までに治癒できない労働者にとって退職が待ち構えているという不利益な側面も有している制度といえます。 3 休職延長の可否  休職制度の設計が企業の合理的な裁量に委ねられていることからすると、延長を認めるか否かについても、就業規則上であらかじめ定めておくことで、当該規定に基づいて延長することは可能と考えられます。そのため、就業規則において、延長を許容することがある旨定めている場合には、必要に応じて休職期間を延長することは可能でしょう。  次に、就業規則において延長規定を置いていない場合についても、検討しておきましょう。  就業規則が労働条件の最低基準を画する効力を有していることからすると(労働契約法第12条)、就業規則が延長規定を設けていない場合に、延長することが、当該労働者にとって不利益な措置となる場合は、たとえ個別の合意があったとしても、労働者にとって就業規則よりも不利益な労働条件として無効になると考えられます(労働契約法第7条)。  とすれば、休職の延長を行うことが労働者にとって不利益な労働条件の変更となるかを評価する必要があります。休職制度が解雇猶予措置であることから、休職期間を延長することは、労働契約終了までの猶予期間を延長することを意味しています。そのため、労働者にとって、治癒して復職する機会が延長されることになります。このような観点からすれば、休職期間を労働者と合意のうえで延長することは、就業規則よりも有利な労働条件を定めるものとなり、延長することが許容されると考えられます。