いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー執行役員・ディレクター 吉岡利之 第49回 「裁量労働制」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、裁量労働制について取り上げます。2024(令和6)年4月1日施行で、裁量労働制に関する厚生労働省令・大臣告示の改正があったため、その内容も含めて解説していきます。 定められた時間働いたとみなす$ァ度  裁量労働制とは、業務遂行の手段や時間配分などを大幅に労働者の裁量に委ねる制度です。「裁量」とは一般的には本人の考えや判断により実行に移すことをさします。  この制度が適用されると、実際に働いた時間にかかわらず、会社と労働者間で定めた時間分を働いたとみなす(実際にあったものとして扱う)ことになります。企業が定める就業時間である所定労働時間が8時間の場合、7時間しか働かないときは欠勤扱いになり1時間分の賃金は減少、9時間働いた場合は時間外労働となり1時間分の時間外手当を支給というのが基本的な労働時間と賃金の考え方です。一方、裁量労働制の場合、1日8時間働いたとするみなし時間を定めると、7時間働いても9時間働いても支払われる賃金は変わらないというのが原則です。  このことから、裁量労働制はみなし労働時間制の一部といわれています。ほかのみなし労働時間制に該当するものに事業場外みなし労働時間制がありますが、こちらは労働時間の全部または一部を事業場外での業務に従事した場合に労働時間の「算定」が困難な際に働いたとみなす制度なので、「裁量」による時間配分により働いたとみなす裁量労働制とは別物です。 裁量労働制の対象業務  裁量労働制を適用するには、「専門業務型裁量労働制」(以下、「専門型」)または「企画業務型裁量労働制」(以下、「企画型」)のいずれかの条件を満たす必要があります。この専門型か企画型かは、対象となる業務の違いです。まずは専門型ですが、高度な専門性を必要とする業務の性質上、業務遂行において本人の大幅な裁量があると想定される20の対象業務が厚生労働省令および大臣告示にて定められています(図表)。なお、図表の13「いわゆるM&Aアドバイザーの業務」については、冒頭で述べた令和6年施行の法改正により追加された業務です。次に企画型ですが、具体的な業務指定はなく、「事業の運営に関する事項についての業務」、「企画、立案、調査および分析の業務」、「業務遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務」、「業務遂行の手段および時間配分について、使用者が具体的な指示をしない業務」であることのすべてを満たした業務が対象とされています。一見、対象範囲が広そうにみえますが、実際にはこれらのすべてを満たす業務はかなり制限されるといわれています。 制度を遂行するときに注意すべき点  手続き面でも条件を満たさなければなりません。例えば、専門型の場合には、労使協定※1にて次の@〜Iを定め、労働基準監督署へ届け出る必要があります。「@制度の対象業務」、「Aみなし労働時間」、「B業務遂行の手段や時間配分に関し、使用者が適用労働者に具体的な指示をしないこと」、「C適用労働者の労働時間の状況に応じて実施する健康・福祉確保措置の具体的内容」、「D適用労働者からの苦情処理のために実施する措置の具体的内容」、「E制度の適用にあたって労働者本人の同意を得なければならないこと」、「F制度の適用に労働者が同意をしなかった場合に不利益な取扱いをしてはならないこと」、「G制度の適用に関する同意の撤回の手続」、「H労使協定の有効期間」、「I労働時間の状況等※2や、同意および同意の撤回の労働者ごとの記録を協定の有効期間中およびその期間満了後3年間保存すること」です。傍線部分が2024年改正での追加事項であり、労使協定の内容や制度の概要、適用される賃金・評価制度の内容、同意をしなかった場合の配置および処遇などを説明のうえ、本人の同意を得ることが必要とされました。  企画型の手続きについては、誌面の都合により割愛しますが、より厳しい条件となっています※3。 裁量労働制の適用状況  それでは、最後に裁量労働制の適用状況についてみていきたいと思います。厚生労働省の令和5年就労条件総合調査の概況をみると、みなし労働時間制を採用している企業が14.3%、うち専門型は2.1%、企画型は0.4%という状況です。10年前(2014年)の同調査のみなし労働時間制を採用している企業13.3%、うち専門型は3.1%、企画型は0.8%と比べても適用状況はほぼ変わっていません。  裁量労働制は、適切に運用すれば、近年の柔軟な働き方を推進する有効な手段です。2024年の法改正を機に、より適切な運用ができるように本稿で紹介した冊子※3や、厚生労働省ホームページを確認することをおすすめします。また、裁量労働制についてすでに労使協定を結んでいる場合でも、法改正に従って、追加事項を含めてあらためて協定を結び直す必要がありますので、忘れずに対応していただければと思います。 ****  次回は、「副業・兼業」について取り上げます。 ※1 労使協定……事業主と過半数労働組合、または労働者の過半数代表者間で労働条件について定めた書面 ※2 労働時間の状況等……正しくは「労働時間の状況、健康・福祉確保措置の実施状況、苦情処理措置の実施状況」 ※3 厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署が発行している『専門業務型裁量労働制の解説』、『企画業務型裁量労働制の解説』に対象業務や手続き、規程・協定書・説明書・同意書例などが詳しく記載されている 図表 A 専門業務型裁量労働制の対象となる業務は、次に掲げる業務です ※太字部分は令和6年4月1日から追加される業務です。 1 新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務 2 情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であってプログラムの設計の基本となるものをいう。7において同じ。)の分析又は設計の業務 3 新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送法(昭和25年法律第132号)第2条第28号に規定する放送番組(以下「放送番組」という。)の制作のための取材若しくは編集の業務 4 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務 5 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務 6 広告、宣伝等における商品等の内容、特長等に係る文章の案の考案の業務(いわゆるコピーライターの業務) 7 事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務(いわゆるシステムコンサルタントの業務) 8 建築物内における照明器具、家具等の配置に関する考案、表現又は助言の業務(いわゆるインテリアコーディネーターの業務) 9 ゲーム用ソフトウェアの創作の業務 10 有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務(いわゆる証券アナリストの業務) 11 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務 12 学校教育法(昭和22年法律第26号)に規定する大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る。) 13 銀行又は証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査又は分析及びこれに基づく合併及び買収に関する考案及び助言の業務(いわゆるM&Aアドバイザーの業務) 14 公認会計士の業務 15 弁護士の業務 16 建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務 17 不動産鑑定士の業務 18 弁理士の業務 19 税理士の業務 20 中小企業診断士の業務 出典:『専門業務型裁量労働制について』厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署