学び直し$謳i企業に聞く! 第3回 エーザイ株式会社  「人生100年時代」の到来に向け、社員の学び直し≠支援する先進企業を紹介する本連載。第3回は、「学び方改革」、「社内EKKYO」など多彩なプログラムで、リスキリングの啓発に力を入れている、エーザイ株式会社にスポットをあてる。年齢を問わず、全社員に門戸を開いた取組みが、中高年人材のさらなる活躍にもつながっている。 社員自らの選択で挑戦する「学び方改革プログラム」  大手製薬会社、エーザイ株式会社(東京都)の創業は1941(昭和16)年。80年を超える歴史を持ち、2023(令和5)年には、アルツハイマー病の新たな治療薬「レカネマブ(商品名レケンビ)」の開発で注目を集めた。2024年6月には、米タイム誌が選ぶ「世界で最も影響力のある100社(TIME100 Most Influential Companies)」にも選出されている。  国内外に拠点があり、グループ会社全体の従業員数は約1万1000人にのぼる。国内本社の従業員数は約3000人。年齢別構成比(2023年度)は、30歳未満が16.6%、30〜39歳が23.2%、40〜49歳が24.8%、50〜59歳が28.3%。定年は65歳で、60歳以上の従業員の割合は7.1%となっている。  同社は、「自律的にキャリアを築き、挑戦していくことで成長できる人財を育む」ことを目標に掲げ、多様なプログラムで構成される研修体系を整備している。そのうちの一つが2021年に全社員を対象にスタートした公募型の研修「学び方改革プログラム」だ。  同社の人財育成やキャリア開発戦略を管轄するグローバルHRキャリアディベロップメント部の古森(こもり)雄一朗(ゆういちろう)さんは同プログラムについて、「一つの特定の研修に手をあげてもらうという形ではなく、参加者それぞれが、個人の嗜好やニーズに応じて自ら選択し、挑戦するスタイルで行うのが研修の特徴」と話す。具体的には、外部の研修会社が提供する研修コンテンツから、社員それぞれが、学びたい領域、学びたいテーマのプログラムを選択して受講する。  プログラムは、@キャリア、A営業、Bリーダーシップ、Cマネジメント、Dセルフマネジメント、E思考力、Fコミュニケーションの7種のテーマで、約120のコンテンツをラインナップ。スタートからこれまでに、延べ約700人の社員が参加している。 社外の人たちとの学び合いに効果 シニア層も積極的に参加  学び方改革プログラムの目的は、「新たな価値観、付加価値・多様性を持つ人財の醸成」だ。外部のプログラムを受講することで、社外の人たちと交流し、視野を広げることも、重要なポイントとなっている。  「研修で学ぶ内容そのものへの期待もありますが、自分でプログラムを選んでいくことや、社外の人たちと一緒に勉強することの意味が非常に大きいと考えています。プログラムを通じて、いわゆるハシゴを上っていくような単一型のキャリア形成だけではなく、上下左右と自由に動けるようなキャリアへの視野を広げていただく。そういうところにも期待しています」(古森さん)  学び方改革プログラムの参加者を年代別に見ると、「管理職少し前の世代」の30〜35歳ぐらい、「管理職になって間もない、あるいは組織長になる少し前の世代」の40〜45歳ぐらいの割合が多いという。シニア層については、「特に多いということはないが、参加割合が特に低いということでもない」のが現状。全社の年代構成比と申込者の年代構成比に大きな差はなく、「研修についてポジティブに前向きに考えている人が、シニア層にもたくさんいる」と見ている。 「社内EKKYO」―ふだんと異なる環境で「今後の自分」を考える  同社の研修体系には、「社内EKKYO」というプログラムもある。「会社主導のキャリア形成」から、「社員個々の価値観・挑戦意欲に基づく主体的なキャリア形成」へと、社員の意識改革をうながすことを目的とした社内インターンシップの取組みで、2016(平成28)年から続いているものだ。  同社には、薬の研究開発を行う部門をはじめ、生産、営業、コーポレート部門まで、さまざまな職場があるが、社内EKKYOでは、人事異動をともなうことなく、自部門以外の実務を経験したり、会議などに参加したりすることができる。自部門以外の情報や他部門の仕事の意義、業務の進め方の違いなどについて知るのに加え、ふだんと異なる環境に身を置くことで、「自分自身が今後どうありたいか」を考える機会にしてもらうのが、プログラムのねらいだという。  「キャリアを志向していくうえでは、当然のことながら広い視野が必要だと認識しています。キャリアオーナーシップを築くためにも、社内EKKYOは、きわめて重要なイベントです」と、グローバルHRキャリアディベロップメント部タレントディベロップメントグループの近藤(こんどう)樹(たつき)グループ長。「キャリアオーナーシップ」とは、一般的に「個人が自分自身のキャリアに対して主体性(オーナーシップ)を持って取り組む意識と行動」をさすが、「企業にとって、社員のキャリアオーナーシップを高めていくことは、とても重要な課題。そうした認識が、このプログラムにつながっている」という。  2023年度は、11部門で、計82人が社内EKKYOに参加。スタート以来の参加者は延べ364人にのぼる。若手層が多いが、ベテランということはないが、参加割合が特に低いとい層、管理職からの参加もあるという。 「社外越境体験」もスタート プロボノ活動で「新たな視点」を探る  2022年には、社外を対象とした越境プログラム「社外越境体験」もスタートした。プロボノ活動(会社に勤めながら、自分の専門知識や経験を活かして社会貢献する活動)に参加し、ほかの会社の人と学び合い、新たな視点から気づきを得てもらう取組みだ。  社外越境には、人材活用支援などを行うエッセンス株式会社(東京都)が提供する「プロボノプログラムitteki」(以下、「itteki」)を活用。ittekiでは、「異業種×多世代×社会課題」をコンセプトに、参加者の視野の拡大、キャリア自律などにつなげる活動が行われる。具体的には、地域も職種も違う企業の社員が全国から集まってチームを組み、支援が必要なスタートアップ企業やエリア中小企業の経営課題の解決策について話し合うなどの活動に取り組む。  「自由な発想で、ほかの会社の人と一緒に学び合うことで、新たな視点でさまざまなものが生まれます。『世の中はまだまだ広く、知らないことがたくさんある』という気づきを得てもらうのが、プログラムの目的です」と、グローバルHRキャリアディベロップメント部の内田(うちだ)清(きよし)ディレクターは話す。  社外の人たちとの共同作業は、「社内ではあたり前だと思っていた仕事の進め方やアイデアの出し方が、まったくあたり前ではない」といった気づきにつながる。また、社内の会議やミーティングでは、上司や先輩が発言の機会を与えてくれるが、社外の活動では他者の助け舟を待つのではなく、自ら発言することが前提になることなども、成長につながると期待される。  ittekiには、エーザイからこれまで合計35人が参加。うち40代は31%、50歳以上が14%となっている。プログラム終了後、参加者の上長を対象に行ったアンケートでは「発言が積極的になった」、「先輩に対する接し方が変わってきた」などといった回答があり、参加者に行動変容の兆しも見られる。  また、参加者からは「『隣の芝は青い』と思っていて、実際に隣の芝も青かったが、エーザイの芝はもっと青々としていた」といった感想も聞かれるという。他社の人たちと接したことで、自社のよさへの気づきもあったようだ。 年齢制限を設けない研修制度 シニア層にも若手と同じコンテンツを  エーザイの研修体系には、学び方改革や社内EKKYO以外にも、多種多様なプログラムが盛り込まれている。入社時研修や新任経営職研修、新任組織長研修など、階層別の必須プログラムのほか、キャリアコーチングや個別キャリア相談などのキャリアデザインプログラムも充実。リスキリングに関しては、オンライン動画学習サービスなどのe-learningで、自発的な学習を支援している。本社約3000人のうち、約2000人が受講しているそうだ。  さらに、学んだことを現実に活かす、実践の機会も提供されている。自らの意思で他部署への異動が希望できる「ジョブチャレンジ制度(社内公募)」の拡大に力を入れているほか、国を超えた活躍を希望する社員に向けたグローバルリーダーシップ開発プログラムなども推進している。  同社の研修には「年齢制限を設けているプログラムが少ない」というのも特徴だ。中高年齢層も、若手と同じ研修プログラムを受けることができるのが大きなポイント。以前は、年代によって受講できないプログラムもあったが、会社として方針を転換し、現在では、学び方改革プログラム、社内EKKYOも社外越境体験も全世代対象で、年代を問わず参加することができる。  近藤グループ長は、シニア層を対象とした研修について、一般的に退職を視野に入れた内容、退職を促進する内容が多い点を指摘し、「ミドル層、シニア層の社員もエーザイにとってきわめて重要な人的資本。現在のミドル層、シニア層の人たちが最後まで働いて、輝き続けるためにも、若手と同じ研修を受けていただく。そういう発想で進めています」と、強調した。 学び直し≠ゥら新たな道へ 50代からのチャレンジも  年齢制限を廃した、積極的な学び直し≠フ推進は、ミドル・シニア層の新たなチャレンジにもつながっている。  入社以降、営業部門で活躍してきたAさんは、50代後半で「人生100年時代」のライフシフトをテーマとした研修を受けたことをきっかけに、定年後も続くキャリア形成について考えるようになった。学び直しにも積極的になり、新型コロナウイルスの感染拡大で外出を制限されていた期間は、英語の学習などに取り組んだ。  そんなAさんの目に飛び込んできたのが、国際的に活躍したいと考えている社員に向けたグローバルリーダーシップ開発プログラム。公募選抜式のプログラムだが、ほかの研修と同様、参加者の年齢制限は撤廃されている。Aさんは募集に応じて参加し若手社員とともに課題に取り組んだ結果、希望していた国際業務部門に、グローバル人材として配属され、いまも挑戦は続いているという。  医薬情報担当者(MR)のBさんも、同じく50代後半でライフシフト研修を受講したことをきっかけに、新たなチャレンジを始めた1人だ。Bさんの場合、学び直し≠フ場として選んだのは社外越境のitteki。さまざまな地域、業種の人たちと切磋琢磨し、課題解決について考え、学び合うことで、視野を広げた。  研修終了後、Bさんがチャレンジしようとしているのが「医薬品を受け取れず困っている人たち」に向けた取組みだ。ドローンを使って医薬品を届けるビジネスについて考えており、ドローンの免許を取得するための勉強も進めているという。  こうしたベテラン人財の新たなチャレンジについて、近藤グループ長は、「人生100年時代、エーザイに所属している期間というのは、本当に道の半ばであって、人生のなかのごく一部です。そう考えると、どの年代にとってもリスキリングは必要です」と話す。続けて「自分が最期を迎えるときに、自分がどんな人間でありたいかというところを目ざし、人は生き抜いていかなければならない」と、現在の仕事を、自分が目ざす人間像につなげていくためにも、チャンスに即応できるよう、つねにリスキリングが必要だとの考えも強調した。  ミドル層やシニア層の学び直し≠めぐっては、今後さらなる雇用延長の可能性もあり、そのニーズがより高まることも予想される。近藤グループ長は、「組織長などが中心になり、学び直しに対するモチベーションを高めるような活動をしていきたい」と話し、会社全体の、学び直し≠フ機運をさらに高めていく構えだ。 写真のキャプション グローバルHRキャリアディベロップメント部の古森雄一朗さん グローバルHRキャリアディベロップメント部タレントディべロップメントグループの近藤樹グループ長 グローバルHRキャリアディベロップメント部の内田清ディレクター