技を支える vol.342 オートクチュールの技を活かし味のある仕立てに 婦人・子供服仕立職 須藤(すどう)陽子(ようこ)さん(73歳) 「『流は万流、仕上げは一つ』。いろいろなやり方がありますが、試行錯誤して、早くきれいに仕立てる自分なりのやり方を見つけることが大切」 さまざまな洋服の縫製経験を注文服づくりに活かす  東京都西東京市でアトリエSUDOを営む須藤陽子さん。オートクチュール仕立てによる縫製技術に卓越し、第23回技能グランプリ(2005〈平成17〉年)で第1位厚生労働大臣賞、2022全日本洋装技能コンクールでも厚生労働大臣賞を受賞するなど、その技能は高く評価されており、2023(令和5)年、「卓越した技能者(現代の名工)」として表彰された。  「オートクチュールとは、上質な素材を用い、熟練した技術でオリジナルの洋服をつくることです」と須藤さん。オートクチュールのアトリエで約12年にわたり、一般の注文服をはじめ、皇室のドレス、雑誌に掲載する作品、コレクションの作品など、さまざまな洋服の縫製を担当した経験が、須藤さんの技能を支えているという。  そのアトリエでの経験から、須藤さんが仕立てにおいて大事にしていることが二つある。  一つは、「手を加えることでオリジナル性を高めること」。例えば、61ページ写真左端のコートは前述の技能コンクール受賞作品だが、プレーンなデザインのシルエットに、アップリケ、毛糸のステッチ、フリンジといった手芸的な技法を加えることで独自のデザインにしている。そのほかの洋服にも、オートクチュール仕込みの多様な技法が用いられている。  もう一つは「ていねいで味のある仕立て」。63ページ左下写真のジャケットは、紳士服のようなカチッとした印象ではなく、柔らかい風合いに仕立てられている。芯に接着芯ではなく毛芯(けじん)を用い「ハ刺(ざ)し」で襟の返りをソフトにしたり、アイロンによる「くせ取り」で立体的なシルエットをつくり出している。  「よいものを見る目がないと、よい服はつくれません。その目は、やはりオートクチュールのアトリエでつちかわれたと思います」 ていねいな縫製で早くきれいに仕上げることを求められる  子どものころから縫い物や編み物が好きだった。  「戦後でまだ物がなかった時代に、母が子どもの服を手づくりしてくれました。その影響があったのかもしれません」  「洋服づくりをしたい」という夢が膨らみ、高校卒業後は洋裁学校に進学。卒業後、実家の脇に建てた小さなプレハブで、婦人服の仕立ての仕事を始める。注文はひっきりなしにあったものの、しばらくして自分の技能に行きづまりを感じ、「ほかの洋裁店でもっと勉強したい」と就職したのがオートクチュールのアトリエだった。  「普通ならミシンで縫うような部分も、あえて昔ながらの手仕事でていねいに仕立てていました。その一方で給与は歩合制でしたので、早くきれいに、何枚もこなさないと仕事としては成り立ちません。厳しい世界でしたが、いろいろな縫製をやらせてもらえて、飽きることはありませんでした」  その後、アトリエを退職。介護や子育てなどによるブランクを経て、2002年に自身のアトリエを開き、技能検定一級を取得。技能コンクールに毎回参加してきた。  「技能コンクールは、自分の作品をつくれる楽しさがあります。また裏方として手伝うことを通じてさまざまな出会いがあり、洋裁の視野を広げる機会にもなりました」 プロを目ざす若い世代にこの仕事の魅力を伝えたい  現在は公益社団法人全日本洋裁技能協会の常務理事を務め、検定委員や技能グランプリ大会の主査、講習会の講師なども担当する。  「つくる過程の楽しさ、仕上がったときの達成感、そしてお客さまに喜ばれることが、この仕事の醍醐味です。プロを目ざす若い方々に、この仕事の魅力を伝えていきたいと思っています」  「現代の名工」表彰を機に半生をふり返って、こう感じたそうだ。  「子どものころに夢みた仕事に就き、ずっと続けてこられたことは、本当に幸せなことだと思います。そして、70代になっても仕事ができていることに感謝しています」 アトリエSUDO TEL:042(464)2474 (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) 写真のキャプション 「年を重ねても続けられる仕事で本当によかったと思います」と須藤さん。「洋裁をやっている先生は、長生きで仕事を続けられている方が多い」とのこと 東京都西東京市保谷町にあるアトリエSUDO 「くせ取り」。湿り気を加え、アイロンの熱で平らな布地を立体的に変化させる。写真はウエストのくびれ部分に伸ばしをかけるところ 味のある仕立て技の一つ、「ハ刺し」。生地の裏に毛芯を「ハ」の字になるように刺し縫いすることで、柔らかい襟の返しをつくる 必要な道具にすぐ手が届くように配置されているアトリエ。ミシンはずっと足踏み式だったが、30年ほど前にモーター式に変えた 「現代の名工」を受賞し「もっとがんばろう」という気持ちに 襟の返りやウエスト部分などに、須藤さんの仕立ての特徴である「柔らかさ」が表れている