【表紙】 画像の為、加工できません。 【表紙2】 10月は「高年齢者就業支援月間」です 高年齢者活躍企業フォーラムのご案内 (高年齢者活躍企業コンテスト表彰式)  高年齢者が働きやすい就業環境にするために企業等が行った創意工夫の事例を募集した「高年齢者活躍企業コンテスト」の表彰式をはじめ、コンテスト入賞企業等による事例発表、学識経験者を交えたトークセッションを実施し、企業における高年齢者雇用の実態に迫ります。「年齢にかかわらずいきいきと働ける社会」を築いていくために、企業や個人がどのように取り組んでいけばよいのかを一緒に考える機会にしたいと思います。 日時 令和6年10月4日(金)13:00〜16:20 受付開始12:00〜 場所 大手町プレイスホール (東京都千代田区大手町2−3−1 大手町プレイスイーストタワー2F) ●JR新幹線・JR山手線・京浜東北線など「東京」駅丸の内北口から徒歩7分 ●東京メトロ丸の内線・東西線・千代田線・半蔵門線・都営三田線「大手町」駅A5 出口直結 定員 100名(事前申込制・先着順)ライブ配信同時開催 主催 厚生労働省、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) プログラム 13:00〜13:10 主催者挨拶 13:10〜13:40 高年齢者活躍企業コンテスト表彰式 厚生労働大臣表彰および独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長表彰 13:40〜14:25 高年齢者活躍企業コンテスト上位入賞企業による事例発表 14:25〜14:35 (休憩) 14:35〜15:20 基調講演「ミドル・シニア社員を活かす経営の新常識」 前川孝雄氏 株式会社FeelWorks代表取締役、青山学院大学兼任講師 15:20〜16:20 トークセッション コーディネーター…内田賢氏 東京学芸大学 名誉教授 パネリスト…………・事例発表企業3社 ・前川孝雄氏 参加申込方法 フォーラムのお申込みは、以下の専用URLからお願いします(会場・ライブ配信)。 https://www.elder.jeed.go.jp/moushikomi.html 参加申込締切 〈会場参加〉令和6年10月2日(水)14:00 〈ライブ視聴〉令和6年10月4日(金)15:00 お問合せ先 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 高齢者雇用推進・研究部 普及啓発課 TEL:043-297-9527 FAX:043-297-9550 【P1-4】 Leaders Talk リーダーズトーク No.112 中高年が持つ「一番の強み」を自覚し「自分のキャリア」を全うする覚悟が必要 株式会社アジア・ひと・しくみ研究所 代表取締役 経営コンサルタント 新井健一さん あらい・けんいち 大手メーカーでの人事業務やビジネススクールの講師・運営業務などを経て2010(平成22)年に経営コンサルタントとして独立。組織・人事制度設計・運用、経営管理、業績評価・運用など、幅広い領域にわたるコンサルティングを行っている。著書に『それでも、「普通の会社員」はいちばん強い40歳からのキャリアをどう生きるか』(日本経済新聞出版)など。  「人生100年時代」、「生涯現役時代」を迎え、高齢者の活躍の場が増えていくことが期待される一方で、IT化やAIの活用など、急激に変化を続ける社会に対応するスキルを身につけていくことは、キャリアを築いていくうえでは欠かせません。今回は、『それでも、「普通の会社員」はいちばん強い』の著者、新井健一さんにご登場いただき、生涯現役時代を見すえた中高年のキャリア形成について、お話をうかがいました。 いま、キャリアは「自分で築く」時代 「自分のために」を出発点としたキャリア形成を ―新井さんの著書『それでも、「普通の会社員」はいちばん強い』では、AIやデジタル技術の進展など急激な社会の変化のなかでの、中高年世代のキャリアや生き方を指南されています。いま、中高年世代が直面しているキャリアや働き方の課題とは何でしょうか。 新井 いまの中高年世代は、ちょうど企業と社員の関係が変わりつつある狭間にいると思います。終身雇用、年功序列型賃金、企業内組合の三種の神器といわれる仕組みは、戦後の産業復興のために人材を囲い込むうえで不可欠なものでした。雇用を保障する代わりに「会社のために一生尽くしてくれ」といい、異動・配置でも会社は強力な人事権を行使し、転居をともなう転勤も平気で命じてきました。社員にとってもそれはあたりまえのことであり、ほかの選択肢もありませんでした。つまり、「キャリアとは会社のものであり、会社から与えられるものである」という認識が染みついていました。しかしバブル崩壊後、会社は人事政策の基調を徐々に変えていきます。大量の人員削減に象徴されるように雇用保障の信念を手放すようになりました。  会社は表立ってはいいませんが、「一生雇うことはできないし、キャリアは会社のものではなく、元々あなたたち自身のものです」というニュアンスをにじませてきます。いつのまにか昔は認めていなかった副業を解禁し、「キャリアは自分で築くもの」という風潮になり、「キャリアは会社に与えられるもの」と思っていた中高年のなかには、自分の強みは何か、自分に何ができるのかと思い悩んでいる人が増えています。本来、日本国憲法は基本原理に個人の尊厳を掲げ、それに付随するキャリアも個人のものですが、人事の基調もその方向に変わりつつある端境期(はざかいき)に、いまの中高年はいるといえます。 ―「キャリアは自分のもの」といわれて、とまどう人もいると思います。見つけるための心がまえや、そのためにどんな行動をとるべきでしょうか。 新井 会社のためではなく「私のために」を出発点に考えることでしょう。改正高年齢者雇用安定法により65歳までの雇用が義務化され、70歳までの就業機会確保が企業の努力義務になっていますが、はたしてそのシステムに乗るのが自分の人生の充実につながるのかを考える必要があります。嫌で苦痛をともなう仕事は寿命を縮め、反対に楽しい仕事は認知症リスクの軽減につながるという分析もあります。自分の生きがいや人生の目的は仕事とニアリーイコールの関係にあり、どうしたら楽しく、やりがいを持って仕事ができるのかをつねに考えておく必要があります。  そのうえで自分のキャリアを考えるためには、企業組織以外の人と話をしてみることです。同質の人間が集まる組織の人間にいくらキャリアについて相談しても答えは出てきません。なるべく早い段階でまったく異なる畑の人と交流をすることです。よく「副業や週末起業すればよい」といわれますが、それは商売やお金目当てであって、自分のキャリアを一緒に考えてくれる関係の人たちではありません。友だちづきあいのできる関係性をどう築いていくかが大事です。  また、会社員は思っている以上に商売や儲けの仕組みを知りません。会社員は毎月給与が入ってくるので「自分で稼ぐ」という発想があまりないのです。商売や儲けの仕組みがどうなっているかを探れば、「これは儲かりにくい」、「これなら自分のキャリアを活かせるのではないか」など、いろいろなことがわかってきます。それを見きわめることが自分のキャリアの第一歩。外に視線を向けてまず知ること、調べることで「こんなことをしてみたい」という自分だけのオリジナルな発想が生まれてくるかもしれません。そこで副業をやってみたいと思えば、そのための主体的な行動につながるでしょう。これからのキャリアを生き抜くうえで大事なのは「“自分のキャリア”を全うしていくんだ」という覚悟であり、自分で決めて主体性を持って働くことです。 ゼネラリストであることが“普通の会社員”の強みさまざまな経験がAI時代に活きてくる ―著書では「“普通の会社員”は強い」と指摘していますが、“普通の会社員”の強みとは何でしょうか。 新井 “普通の会社員”とは、新人研修や階層別研修など一定の能力開発研修を受け、また、ジョブローテーションを通じていろいろな職場を経験している、いわゆるメンバーシップ型の働き方をしている人としています。このように会社で受けた能力開発や経験・知識は活かせる場所がたくさんあります。例えば、欧米企業で標準的なジョブ型や職務給の世界は、雇用契約の段階で職務の範囲が明確に規定されています。労働市場では一物一価が成立していますが、今後、これらの世界はAIやロボットに置き換えられる可能性があります。一定の仕様が存在し、知識の幅や深さ、必要なスキルが明らかであるものはAIに置き換えられやすいといえます。その点、メンバーシップ型はユニークです。例えば、「いまは人事の仕事をやっているが、その前は営業をやっていた」という人がおり、一物一価ではありません。営業と人事の両方の視点を持っていることは、大きな武器となり得るのです。  今後、AIと人間が協業していくときに、あらゆる仕事のテーマに関して、人間側に3割ぐらいの知識が必要になるといわれています。それがないと、AIが導き出した成果物が目的に沿ったものなのかといった、善し悪しの評価ができないからです。つまり、その仕事に3割精通していれば、あとの7割はAIがやってくれます。3割の知識・経験を持つ人とはメンバーシップ型で育ったゼネラリストです。営業の経験もある、人事や生産管理も知っている、という基礎的なことを知っている人がAI時代には必要になると思います。 ―3割の経験や知識を持つ中高年世代は強みを活かすことができますね。 新井 ただし、先ほどいったように、自分のキャリアをどうすれば活かせるのかということを自覚しなくてはいけません。多くの人は、自分では自分の強みはわかりません。外での出会いを通じてだれかに教えてもらうなど、主体性のある行動を通じて、自分の強みを知ることがとても重要になります。 ―AIと聞くと、尻込みする人も多いと思いますが、AIと協業するにはどうすればよいでしょうか。 新井 AIといっても、多くの人が高度なITスキルを持った開発者になるわけではありません。一ユーザーとして利用できるようになればよいのです。Windows95が職場に登場したころは、パソコンやメールは普及しておらず、覚えるのに中高年はとても苦労しましたが、いまはAIのアプリケーションソフトがパソコンのなかで更新されていくので、それほどむずかしくはないはずです。中高年のみなさんも嫌がらずにやってみることです。独立起業するにしてもAIとのつきあいは欠かせないと思います。会社も若者だけにかぎらず、中高年のAI教育に積極的に取り組んでほしいと思います。 「いばらない」、「かくさない」、「せまくない」を意識することがキャリアの充実につながる ―中高年世代が「自らのキャリア」をベースに、職業人生を充実したものとするためのアドバイスをお願いします。 新井 コロナ禍を契機に会社と社員の関係性はますます変わるだろうと考え、自分の働き方を変えたいという人たちと勉強会を始め、私のような講師業をやってみようという人を集めてノウハウを伝授する「互助会」というサークルをつくりました。このサークルには「いばらない」、「かくさない」、「せまくない」という三つの掟があります。  自分の存在をアピールするために威張る人がいますが、そういう人は周りの人を遠ざけてしまい、人間関係を構築することがむずかしくなります。そうなれば、例えば若者からITスキルを教わる、といったこともできないでしょうし、得することは何もありません。  逆に、自分の専門性や知識を隠さないで惜しみなく提供することは、良好な人間関係を構築することにつながり、新しい知識やスキルを教えてくれる人が自然と現れます。  そして、「自分は○○しかやりません」と、自分がやれる範囲を狭くしないことが大切です。例えば、私のような職業の場合、最初の仕事でよい結果が出ると、専門領域以外でも「こんなこともできませんか?」と追加の依頼をいただくことがあります。そこで「がんばればできるかも」と思えたなら、引き受けることで自分のスキルアップにもつながります。  私はビジネススクールの運営にたずさわっていたことがあり、さまざまな講師の人たちと出会いましたが、「いばらない」、「かくさない」、「せまくない」の三つを兼ね備えている人ほど活躍されています。キャリアを充実したものとするためには、この三つを意識することが重要だと思います。 (聞き手・文/溝上憲文 撮影/中岡泰博) 【もくじ】 エルダー エルダー(elder)は、英語のoldの比較級で、”年長の人、目上の人、尊敬される人”などの意味がある。1979(昭和54)年、本誌発刊に際し、(財)高年齢者雇用開発協会初代会長・花村仁八郎氏により命名された。 ●表紙のイラスト KAWANO Ryuji 2024 September No.538 特集 6 シニア社員活躍の鍵は人事・管理職にあり! −人事担当・管理職支援マニュアル− 7 総論 〜ダイバーシティ経営を実現するために〜 働き方改革と管理職の部下マネジメントが鍵 東京大学名誉教授 佐藤博樹 11 解説1 人事担当者のためのシニアの戦力化に向けた評価・処遇制度のポイント 株式会社新経営サービス 人事戦略研究所 マネージングコンサルタント 森中謙介 15 解説2 人事担当者のためのシニアが活き活き働ける柔軟で多様な勤務制度のポイント 株式会社新経営サービス 人事戦略研究所 マネージングコンサルタント 森中謙介 19 解説3 管理職のためのシニア人材マネジメントのポイント マンパワーグループ株式会社 シニアコンサルタント 難波猛 23 解説4 ケーススタディ 年下管理職のための年上部下とのコミュニケーションのポイント 株式会社ヒューマンテック 代表 濱田秀彦 1 リーダーズトーク No.112 株式会社アジア・ひと・しくみ研究所 代表取締役 経営コンサルタント 新井健一さん 中高年が持つ「一番の強み」を自覚し「自分のキャリア」を全うする覚悟が必要 29 日本史にみる長寿食 vol.370 サンマは北海の長寿食 永山久夫 30 集中連載 マンガで学ぶ高齢者雇用 突撃!エルダ先生が行く!ユニーク企業調査隊 《最終回》青春のおそばやさん 主役は笑顔いっぱいの高齢スタッフ! 「生きがい」を持って働けるおそば屋さん 36 高齢者の職場探訪 北から、南から 第147回 山形県 山形陸運株式会社 40 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは 第97回 タイキ株式会社 総務部長兼経理部長 河野泰士さん(71歳) 42 知っておきたい労働法Q&A《第76回》 事業場外労働と残業代、定年後再雇用における労働条件の調整 家永勲 46 シニア社員を活かすための面談入門 【第4回】 再雇用、定年延長後の目標設定におけるポイントやコツ 株式会社パーソル総合研究所 組織力強化事業本部 キャリア開発部 土方浩之 48 いまさら聞けない人事用語辞典 第50回 「副業・兼業」 吉岡利之 50 労務資料 令和5年度「能力開発基本調査」の結果概要 厚生労働省 人材開発統括官付参事官(人材開発政策担当)付政策企画室 54 お知らせ 令和6年度「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」のご案内 56 BOOKS 58 ニュース ファイル 60 次号予告・編集後記 61 技を支える vol.343 昭和40年代の機械を操り 活版印刷の活字を鋳造 活字鋳造職人 大松初行さん 64 イキイキ働くための脳力アップトレーニング! [第87回]不等号ナンプレ 篠原菊紀 ※連載「学び直し$謳i企業に聞く!」は休載します 【P6】 特集 シニア社員活躍の鍵は人事・管理職にあり! 人事担当・管理職 支援マニュアル shinia-shain jinji-tanto kanrishoku  少子高齢化などによる人手不足を背景に、高齢者をはじめとした多様な人材を活用し、その活躍をうながしていくための職場づくりが求められています。そこで重要になるのが、多様な人材が能力を発揮していくための制度をつくる人事担当者や、各職場で多様な価値観を持つ多様な人材をマネジメントする管理職です。  今回は、シニア社員の活躍をうながしていくために必要な人事制度づくりのポイント、そして職場におけるマネジメントのポイントを解説します。シニア社員が各々の能力を発揮し、活き活きと働ける職場の実現に向け、ぜひご一読ください。 【P7-10】 総論 〜ダイバーシティ経営を実現するために〜 働き方改革と管理職の部下マネジメントが鍵 東京大学名誉教授 佐藤(さとう)博樹(ひろき) 1 はじめに  シニア人材を含めて多様な人材が活躍できる企業を実現するための取組みが、ダイバーシティ経営です。しかし、ダイバーシティ経営に取り組んでいる企業におけるその推進組織をみると、女性の活躍の場の拡大をおもな目的としている場合が多い現状があります。さらに、当該企業が、女性だけではなく、シニアや障害者の活躍の場の拡大に取り組んでいる場合であっても、その取組みのにない手は、ダイバーシティ経営の推進組織とは別である場合が少なくないです。もちろん、女性、シニア、障害者、さらには外国籍などさまざまな多様な人材の活躍の場の拡大の取組みを、一つのセクションにまとめて行うことが望ましいと主張するわけではありません。対象となる多様な人材によって、異なる考え方や取組みが必要な部分もありますが、同時に、共通した考え方や取組みが必要な部分も多いのです。このように多様な人材の活躍を支援する取組みには、共通の考え方や取組みが必要であるにもかかわらず、そうしたことへの関心を欠いたまま、さまざまな取組みが行われている企業が少なくないのです。  本稿では、こうした現状をふまえて、女性、シニア、障害者、さらには外国籍などさまざまな多様な人材の活躍の場の拡大の取組みに、不可欠な共通の考え方と取組みに関して、説明したいと思います。 2 ダイバーシティ経営の定義と企業として取り組む必要性※1  ダイバーシティ経営の定義を最初に紹介します。図表1は、経済産業省がダイバーシティ経営100選に際して提示した定義です。この定義で大事な点は、ダイバーシティ経営の実現には、多様な人材を受け入れることだけでなく、それぞれが能力を発揮し、経営に貢献できるようにする仕組みづくりが不可欠なことです。そしてその仕組みづくりのなかで、最近多く取り組まれているのが「Equity(公正性)」です。これに関しては、紙幅の制約から指摘のみにとどめます。  企業がダイバーシティ経営に取り組む必要性は、次の三つにあります。ただし、第3の点は、公開企業のみに該当します。  第1は、労働市場の構造変化に対応するためです。企業がこれまで〈中核人材〉として想定してきた「人材像」に該当する働く人々が減少するだけでなく、働く人々の属性に加えて、価値観や希望するライフキャリアなどが多様化したことがあります。具体的には、これまでの大企業にとって、日本人で、転勤や残業前提のフルタイム勤務の働き方、さらに仕事中心の価値観を受容できる者が望ましい人材でした。しかし、そうした人材像に該当する者が減少したため、それ以外の多様な働き方や価値観の多様な人材を受け入れることができる経営への転換が必要になったことがあります。  第2は、市場環境の不確実性の増大に対応するためです。属性だけでなく、価値観など考え方が同質的な人材のみでは、不確実性が高い市場環境の変化に対応することがむずかしいことがあります。それに加えて、異なる価値観や考え方を持った人材が交流したり、議論したりすることで、従来とは異なる新しい価値の創出につなげることが、経営として重要になってきていることがあります。こうした結果、多様で異質な考え方や価値観を受容できる組織風土の構築が不可欠となり、ダイバーシティ経営への取組みが求められているわけです。  第3は、公開企業のみに関係しますが、資本市場の変化に対応するためです。機関投資家などは、人的資本を重視した投資など人的資本情報の開示への関心を高めています。例えば、内閣府「ジェンダー投資に関する調査研究」(令和4年度)によると、機関投資家などが投資判断における女性活躍情報の活用では、「全てにおいて活用」は8.1%ですが、「一部で活用」が57.3%と、両者を合わせると約3分の2の投資家が女性活躍情報を活用しています。機関投資家などが投資や業務において活用する女性活躍情報では、「女性役員比率」が79.0%、「女性管理職比率」が65.4%で、女性役員や女性管理職の比率を女性活躍の指標として重要視していることがわかります。 @人事管理における雇用・処遇管理の「個別管理」への転換を  企業として多様な人材が活躍できるダイバーシティ経営を実現するためには、これまで中核人材として想定してきた「人材像」を前提とした人材活用の仕組みや働き方などの改革が必要になります。ここではダイバーシティ経営を支える柱として、そのうちの主要なものを取り上げて説明しましょう。  第1は、同質的なキャリア意向を持った社員を想定した雇用管理や処遇管理の見直しです。いわゆる正社員に関しては、新卒入社の社員を学歴別かつ勤続年数別に層化して管理するいわゆる「学歴別年次管理」から「個別管理」への転換が必要になります。すでに中途採用者の増加や育休などキャリアの途中で休業する社員など学歴別年次管理が機能しなくなっています。また、雇用管理では、企業は包括的な人事権を保有し、配置や育成を管理する「企業主導のキャリア管理」から、個別対話を重視し、会社の要望と個人のニーズをすり合わせる「企業・社員の調整型キャリア管理」への転換が必要になっています。この点に関しては、とりわけ従来の転勤施策の見直しを企業に迫ることになっています。「個別管理」に転換できれば、シニア人材の雇用や処遇に関して、年齢や勤続の要素を解消でき、役職定年制だけでなく、定年制を廃止できることにもつながります。最近、役職定年制を廃止する企業が増えていますが、この背景には、人材不足だけでなく、「個別管理」の浸透があります。 Aパーパス経営や理念共有経営を  第2は、パーパス経営や理念共有経営の重視です。ダイバーシティ経営は、企業にとって必要なスキルや経験、あるいはポテンシャルがある人材であれば、属性だけでなく、価値観にもこだわらず多様な人材を受け入れて、その能力を発揮できるようにする取組みです。  特に価値観の多様化が大事で、多様な価値観を持った人材を受け入れて、従来の同質的な価値観の人材による議論ではなく、異なる価値観を持った人材の交流やコミュニケーションから新しい価値を生み出そうとする取組みでもあります。  他方で、企業組織には、統合のために「求心力」が不可欠ですが、多様な価値観を持った人材を受け入れるダイバーシティ経営を推進すると、組織に「遠心力」が働くことになります。多様な価値観を持った人材を受け入れ、かつ組織の求心力を維持するために大事なことは、企業の経営理念を明確にし、それを社員の間に浸透させることです。  経営的な観点による意見が割れたときは、最終的に自社の経営理念に即して判断することになります。つまり、社員が共有している経営理念は、異なる考え方を持った社員が議論するための土俵といえます。 B残業削減から仕事のOSを変革する働き方改革を※2  第3は、働き方改革です。働き方改革に取り組む企業の多くは、残業など長時間労働の削減を目的としている場合が多いです。健康を害するような長時間労働の解消は不可欠ですが、働き方改革の本来の目的は、残業削減ではなく、残業を前提としたフルタイム勤務の働き方を希望しない社員や、そうした働き方ができない社員でも活躍できる職場を構築することです。つまり、長時間働くことではなく、時間あたりの生産性を高めることで経営に貢献する付加価値の高い仕事の仕方に転換するわけです。こうした取組みを通じて、結果として不要な残業の削減を実現するわけです。すなわち、解消すべきなのは、「安易な残業依存体質」で、仕事が終わらないときは残業することが当然とされる状態の解消です。  こうした取組みは、残業つきのフルタイム勤務がむずかしい人材にも活躍の機会を提供することにつながるだけでなく、労働市場における企業の人材確保力の向上にも貢献することになります。以上のように働き方改革では、図表2の伝統的な狭義の働き方改革ではなく、広義の働き方改革に取り組むことが求められるのです。 C多様な部下をマネジメントできる管理職の育成・登用を  第4は、多様な働き方を選択し、多様な価値観を持った部下をマネジメントできる「ヒューマンスキル」を備えた管理職を育成し、登用することです。とりわけ、担当職を部下に持った課長レベルの管理職が該当します。通常、担当職として業績を上げた人材が、その働きぶりを評価され、課長に登用されることになります。ただし、課長になるとになうべき役割が変わります。担当職の場合は、上司から割り振られた業務を納期までに保有しているスキルを活用して遂行することです。他方で、課長になっても部下の担当職と同じようなプレイヤーとしての役割はありますが、それが課長の役割ではありません。課長になると、課に課せられた課題を遂行するために必要な戦略立案とその戦略を業務に分解し、それを部下に割り振り、業務を割り振られた部下が、業務内容を理解し、高いモチベーションを維持して、仕事に取り組むことができるように支援することが管理職としての役割になります。業務遂行に必要なスキルが不足している場合は、能力開発も課長の役割になります。また、部下のモチベーションの維持・向上のためには、その前提として部下一人ひとりとの対話が不可欠になります。1on1が導入されている理由がここにあります。  さらに、管理職には職場内の「心理的安全性」を高めるマネジメントが求められます。多様な考え方や価値観を持った人材を受け入れていても、これまでと異なる考え方の意見を職場で表明できないと新しい価値の創出に貢献しません。そのため、管理職や同僚と異なる意見を会議などで部下が表明しても自分にマイナスがないと自覚できること、つまり心理的安全性を持てることが大事です。さらに、管理職は、アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)を自覚することも大事です。「シニア人材は、新しい仕事に取り組む意欲が低い」、「女性は管理職に向かない」、「男性は子育てができない」などは、典型的なアンコンシャスバイアスです。こうした思い込みが合致する人材もいますが、大事なのはすべての人材に該当するわけではないということです。部下のシニア人材には、新しいことに取り組むことが苦手な人もいれば、そうではない人もいるわけで、その点をふまえた個別管理が大事になります。つまり、シニア人材も多様であるため、それぞれの希望や能力、適性を個別に評価して仕事を割り振るなどのマネジメントが大事になるのです。 D個人「内」多様性の推進を  最後に、多様な属性や考え方の人材を受け入れて、異なる考え方の人材が相互に交流しシナジー効果を発揮するためには、そうした多様な人材がさまざまな交流機会や議論の場に参加し、発言することが大事になります。しかし、多くの場合、同じような考え方の人材同士で集まることになり、異なる考え方の人材間での交流が生まれにくいことが知られています。この問題を解消するためには、個々人が自分のなかの価値観を多様化することが有効です。これが個人「内」多様性です。じつは、このための取組みはむずかしくなく、社外で仕事以外の役割をになうことで実現できます。その役割も、夫、父親、子どものPTAの役員、マンション組合の理事など多様なものがあります。仕事以外の役割があるにもかかわらず、その役割をこれまでになってこなかった人材が多いのが日本です。この点を解消することで、個人「内」多様性につながり、自分のなかの価値観の多様化に貢献し、これまでの自分と異なる考え方の人とも交流できるようになります。 3 おわりに  これまで説明してきたダイバーシティ経営を支える五つの柱の実現に取り組み、シニア人材を含めて、多様な人材が活躍できる経営を目ざしてください。 〈プロフィール〉さとう・ひろき 東京大学名誉教授。内閣府・男女共同参画会議など、政府の審議会委員を歴任。著書に『シリーズダイバーシティ経営 多様な人材のマネジメント』(共著、中央経済社)、『新しい人事労務管理 第7版』(共著、有斐閣)など。 ※1 詳しくは、佐藤博樹・武石(たけいし)恵美子(えみこ)・坂爪(さかづめ)洋美(ひろみ)『シリーズ ダイバーシティ経営 多様な人材のマネジメント』(2022年、中央経済社)をご覧ください ※2 詳しくは、佐藤博樹・松浦(まつうら)民恵(たみえ)・高見(たかみ)具広(ともひろ)『シリーズ ダイバーシティ経営 働き方改革の基本』(中央経済社)をご覧ください 図表1 経済産業省の新・ダイバーシティ経営企業100選による定義 「多様な人材(a)を活かし、その能力(b)が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」 (a)「多様な人材」=性別、年齢、人種や国籍、障がいの有無、性的指向、宗教・信条、価値観などの多様性だけでなく、キャリアや経験、働き方などの多様性も含む。 (b)「能力」=多様な人材それぞれの持つ潜在的な能力や特性なども含む。 ※経済産業省『平成27年度 新・ダイバーシティ経営企業100選ベストプラクティス集』より筆者作成 図表2 二つの働き方改革 狭義の働き方改革 広義の働き方改革 目的 長時間労働の解消 「働き方改革」を通じて、 @多様な人材が活躍できる職場とすること A安易な「残業依存体質」を解消し、結果として長時間労働を解消すること 手法 残業規制など 仕事や仕事の仕方、およびマネジメントの見直し →時間当たり生産性を意識する働き方へ 課題等 残業を削減することが目的になると、不払い残業の潜在化のリスクも 残業のない職場でも働き方改革は不可欠 ※筆者作成 【P11-14】 解説1 人事担当者のためのシニアの戦力化に向けた評価・処遇制度のポイント 株式会社新経営サービス 人事戦略研究所 マネージングコンサルタント 森中(もりなか)謙介(けんすけ) 1 シニアの期待役割を明確にすることから始める  本格的に70歳就業時代を迎え、社員の就業期間もますます延長傾向にあります。60歳で定年を迎え、その後再雇用となった社員の継続雇用期間も長くなってきており、65歳以上はもとより、70歳以上の社員が複数名在籍する企業も昨今では決して珍しくありません。  慢性的な人手不足が続き、人材採用も困難な状況であるなか、企業サイドとしては必然的に60歳以上のシニアに戦力として少しでも長く活躍してもらうことが不可欠となっています。  この点、シニアの活躍を引き出していくためには既存の評価・処遇制度の改善も重要な課題となってきますが、現実には大半の企業で十分な取組みが行えていません。一般的な「定年後再雇用」の枠組みを廃止し、定年延長まで踏み切ってシニアの処遇を引き上げる例なども少しずつ出てきていますが、まだまだ少数派であり、多くは「何から始めればよいかわからないため動けない」という足踏み状態といえます。  「シニアの戦力化」というとどうしても抽象的な議論になってしまうため、まずはその意味するところを具体化すること、もっといえば、「今後シニアに期待する役割を明確化していくこと」から着手していくことが、多くの企業にとって求められることになります。  シニアの期待役割に関してシンプルにとらえるならば、「現役時の役割を続行してもらう」、または「現役時とは異なる役割を果たしてもらう」という二つの方向に分かれます。どちらがシニアの戦力化に適しているかについては各企業の経営状況、組織状況によって当然異なりますが、いずれの方向を重視するかを決めることによって、評価・処遇制度に関する方針については格段に考えやすくなります。  仮に「現役時の役割を続行してもらう」ことを重視するのであれば、企業一般によく用いられている再雇用制度の枠組み(年収ベースでの大幅ダウン、評価もほとんど実施しない)ではシニアのモチベーションを維持し、戦力化を図ることはなかなかむずかしいでしょう。賃金水準自体も見直していく必要がありますし、場合によっては定年延長まで実施し、60歳以後も現役時代の人事制度がそのまま継続される仕組みとする方がシンプルで効果的な選択となることもありえます。  あるいは、「現役時とは異なる役割を果たしてもらう」という方向を重視するのであれば、シニアに具体的に何をしてもらうのか、ということについて全社的に再検討する必要があります。例えば、「技能伝承や後進育成の役割」、「管理職者の補佐的役割」などが考えられますが、一作業者としての継続勤務ではなく、シニア固有の役割をになってもらうことになるため、計画的な準備が求められることになります。  人事評価の基準についてもシニア固有の役割に沿って再設計することが必要になるでしょう。図表1をご覧ください。図表1は製造業の事例であり、定年後に再雇用を迎えたシニアに対する評価シートのサンプルです。定年前の現役時とは異なる期待役割が設定されており、「技術伝承」と「組織改善」を主テーマとした、目標設定型の人事評価を実施しています。対象となるシニアごとに異なる目標を設定しているため、対象者ごとに期待役割を伝えやすく、シニアの戦力化につなげやすい仕組みであるといえます。 2 シニアの期待役割に応じて賃金水準を再設定する  シニアの期待役割およびそれに準じた評価基準の再設定に加え、賃金水準の見直しも重要な課題となります。例えば「現役時の役割を続行する」ことによりシニアの戦力化を図るのであれば、従来的な再雇用制度のように、現役時より賃金を下げる仕組みではなく、「下がらない」仕組みにすることが有効な場合が出てくるでしょうし、そうした企業も徐々に増えてきています。例えば定年延長を同時に行うような場合は、その方が(賃金を下げない方が)むしろ自然であるともいえるでしょう。  一方で、「現役時とは異なる役割を期待する」ということであれば、必ずしも賃金を現役時の100%設定のままとする必要はなく、むしろ役割の性質に応じて複数の賃金設定が行える制度設計にしておく方が運用しやすいということもありえます。これらはどちらが正解というものではなく、各企業のシニア活用方針によっていずれの方法が適するか、ということを慎重に検討することが求められます。  また、シニア層の賃金水準について、企業全体の相場感を把握しておくことも重要になります。ここでは代表的な統計資料として、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」からデータを紹介します。図表2をご覧ください。5歳刻みでの業種別年収データが記載されており、60歳以上のデータをシニアの賃金水準としてとらえれば、55〜59歳時のデータより共通して減額している様子がわかります。このことは大半の企業が60歳定年を採用しており、60歳以後は定年後再雇用により賃金が減額されていることの表れである、という理解をしていただいて構いません。  ここでは参考に2023年時と2013年時のデータを比較していますが、これを見ると、ここ10年で全体的に年収水準が引き上がってきていることに加えて、結果として60歳以後の賃金の減額率も抑えられてきている様子がうかがえます(例えば、「全産業」区分における55〜59歳時から60〜64歳時での減額率は、2013年時データでは30.3%だが、2023年時データでは23.4%)。  シニアの期待役割に応じた賃金設定を行うことを基本的な考え方とすべきことは従前に説明した通りですが、賃金相場の変化について適切に把握しておくこともまた重要です。自社におけるシニアの賃金水準との比較を定期的に行っていただき、必要があれば自社の賃金水準を再設定することにより対外的な賃金競争力を維持することができますし、シニア自身の賃金に対する納得感をより高めていくことにもつながると考えられます。 3 事例紹介―65歳への定年延長と70歳までの再雇用制度構築を同時に実施した例  従来型の再雇用制度の見直しに加え、近年では特に、60歳以上への定年延長あるいは65歳から70歳までの再雇用を含めて総合的に制度枠組みの検討を行いたい、という企業のニーズも増えてきています。そこで、ここでは実際に筆者がコンサルタントとして経験したシニア人事制度改定の企業事例(「65歳への定年延長」と「70歳までの再雇用制度」を同時に導入)を要約して解説します。  A社(仮)の人事制度は一般的な再雇用制度 を採用しており、定年前と同一労働であるにも かかわらず賃金水準は大幅に低下することと、 人事評価なども実施されないため、シニア層の モチベーションは高いとはいえない状態でし た。また、 65 歳以後の雇用に関しては対象社員 との個別契約において続けているものの、体系 的な人事制度は整っていませんでした。  上記のような組織・人事制度の状況をふまえ、同社では今後さらに高齢化が進展していくことの危機感から、シニア戦力化に向けた取組みの必要性を感じ、「65歳への定年延長」、「70歳までの再雇用」の人事制度枠組みを同時に取り入れる方針を決定しました。以下、それぞれの仕組みについて旧制度との比較をしながら概要を見ていくこととします(全体像は図表3参照)。 @65歳への定年延長  同社が定年延長を行うにあたって変更した点は以下の通りです。  まず、定年年齢は60歳から一気に65歳まで引き上げました。雇用体系は正規社員としての雇用(無期)が65歳まで単純に継続されることになります。職務・職責の内容は60歳時点と同様であり、役職者は役職を基本的に継続します。ただし、1年ごとの人事評価結果をふまえ、会社都合により役職が外れる場合もあることが制度上予定されている点は現行の再雇用制度との違いです。等級は60歳時点の等級を引き継ぎ、人事評価も当該等級の基準で行われます。ただし、60歳以後は等級の変更(昇格・降格など)は原則行われない点が特徴です。  次に、給与処遇に関しては、年収水準で60歳時点の70%水準とすることを基本方針として制度設計を行いました。基本給、賞与ともに現行の再雇用制度より増額となっており、諸手当に関しては60歳時点と同額の支給を継続することとし、年収水準では大幅に増額となります。  当然ながら総額人件費の上昇は大きく、短期的な業績に与える影響は少なくありませんでしたが、同社としては、シニア活用が想定通り進まなかった場合のリスクを抑制するための必要な投資と見込んで、シニア層の大幅処遇アップを決定しました。 A70歳までの再雇用制度  雇用年齢の上限は70歳となり、再雇用後の雇用体系は嘱託社員(非正規)となります。1年単位の契約更新であり、体調面や仕事のパフォーマンスが低調な場合には、更新を行わないこともあります(現行の高年齢者雇用安定法では70歳までの継続雇用制度の導入は「努力義務」であることを前提にしている)。  職務・職責の内容は、65歳時点から大きく変わるケースもありますが、変わらない場合も、業務量や責任の負担は必ず軽減することを前提に再雇用を行います。役職者は65歳を役職定年とし、原則として再雇用時に役職を外れることとなります。  賃金の仕組みに関しては以下の通りです。  基本給については65歳時点より一定割合が減額となりますが、生活給への配慮から下限を設けることとしています。諸手当に関しては65歳時点の支給項目はすべて引き継ぎますが、金額ベースで一定の減額がなされることとなります。賞与のベースは定額での支給となりますが、対象社員の仕事へのモチベーションに配慮して、現行の再雇用制度では行っていなかった人事評価を実施し、評価がよければ賞与を加算する仕組みとしました。 B新人事制度導入後の成果と課題  65歳への定年延長に加え、70歳までの再雇用についても人事制度上の構造がクリアになったことについて、同社の社員からは全般に好意的に受けとめられました。もっとも、今回の人事制度改革による総額人件費の上昇が業績に与える影響は少なくありません。同社としては、シニアの戦力化を通じてさらなる業績向上につなげていくためには、今回のように人事制度を改定しただけでは不十分であり、シニアの職務環境の整備(働きやすい職場づくり、あるいは能力の再開発など)を並行して行っていくことが欠かせないと認識しており、今後の課題として掲げています。 図表1 シニア固有の役割を設定した人事評価シート(例) 評価実施日 令和 年 月 日 シニア社員S2等級 対象期間 令和 年 月 日〜令和 年 月 日 氏名 所属 役職 一次評価者 二次評価者 テーマ 目標項目 (何を?) 達成基準 (いつまでに、どのレベルまで) 評価ポイント 評価 本人 一次 二次 素点 素点 素点 技術伝承 機械加工指導 加工頻度の高い、特殊品A,Bの加工が十分なレベルにできるよう、Aさんに指導する 5:期待を大きく下回る  10:期待をやや下回る 15:期待通り       20:期待をやや上回る 25:期待を大きく上回る 取引先の引継ぎ 4〜6月の間に、上得意先4社について、Bさんへの担当引継ぎをすべて完了させる 5:期待を大きく下回る  10:期待をやや下回る 15:期待通り       20:期待をやや上回る 25:期待を大きく上回る 組織改善 不良率の改善 特に不良率の高い製品Aについて、原因になりやすい工程を発見し、改善策を立案する 5:期待を大きく下回る  10:期待をやや下回る 15:期待通り       20:期待をやや上回る 25:期待を大きく上回る 挨拶の推進 若手社員に対して毎日声がけを行い、自発的な挨拶ができるようにする 5:期待を大きく下回る  10:期待をやや下回る 15:期待通り       20:期待をやや上回る 25:期待を大きく上回る 合計 ※筆者作成 図表2 シニアの賃金水準データ比較(2023年時と2013年時を例に) 【2023年時データ】 業種区分 年齢区分別平均年収(単位千円) 減額率(%)(1-b/a) 参考 減額率(%)(1-c/a) 55〜59歳(a) 60〜64歳(b) 65〜69歳(c) 全産業 5,736 4,394 23.4% 3,600 37.2% 製造業 5,951 4,134 30.5% 2,963 50.2% 建設業 6,711 5,276 21.4% 4,359 35.0% 卸売業、小売業 5,746 4,115 28.4% 3,681 35.9% 運輸業、郵便業 4,512 3,707 17.8% 3,035 32.7% 宿泊業、飲食サービス業 3,865 3,259 15.7% 2,805 27.4% 情報通信業 7,764 5,556 28.4% 3,737 51.9% ・データは社員数10人以上の企業(男女計・学歴計)を対象としたものを使用 ・平均年収は「所定内給与(時間外手当除く)×12+年間賞与」で算出 ※厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(2023年)を基に筆者作成 【2013年時データ】 業種区分 年齢区分別平均年収(単位千円) 減額率(%)(1-b/a) 参考 減額率(%)(1-c/a) 55〜59歳(a) 60〜64歳(b) 65〜69歳(c) 全産業 5,228 3,642 30.3% 3,334 36.2% 製造業 5,318 3,363 36.8% 3,051 42.6% 建設業 5,598 3,829 31.6% 3,432 38.7% 卸売業、小売業 5,173 3,661 29.2% 3,145 39.2% 運輸業、郵便業 4,006 2,816 29.7% 2,431 39.3% 宿泊業、飲食サービス業 3,299 2,591 21.5% 2,301 30.3% 情報通信業 7,438 4,592 38.3% 4,055 45.5% ・データは社員数10人以上の企業(男女計・学歴計)を対象としたものを使用 ・平均年収は「所定内給与(時間外手当除く)×12+年間賞与」で算出 ※厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(2013年)を基に筆者作成 図表3 A社におけるシニア人事制度改定の全体像 処遇区分 現行制度 新制度 再雇用 定年延長 再雇用 雇用体系 嘱託社員(非正規) 正社員(正規) 嘱託社員(非正規) 雇用契約 有期(60歳以後1年更新) 無期 有期(65歳以後1年更新) 雇用年齢上限 65歳 65歳 70歳 職務・職責 原則定年前と同様 旧定年前と同様 65歳時点より業務量・職責を軽減 等級 適用なし 旧定年前と同様(ただし変更なし) 適用なし 役職 継続可(ただし役職手当減) 旧定年前と同様(ただし1年更新) 65歳時点で外れる 人事評価 なし 旧定年前と同様 あり 基本給 定年時×60%水準 旧定年時×80%水準 新定年時×70%水準(下限有り) 昇給 なし なし なし 諸手当 なし 旧定年前と同様 新定年前と同様(一部減額あり) 賞与 なし 旧定年時×70%水準 定額支給+評価加算 ※筆者作成 【P15-18】 解説2 人事担当者のためのシニアが活き活き働ける柔軟で多様な勤務制度のポイント 株式会社新経営サービス 人事戦略研究所 マネージングコンサルタント 森中謙介 1 働き方に対するシニアのニーズを把握する  60歳以後に継続雇用を選択するシニアのなかには、働き方に対するさまざまなニーズがあることでしょう。例えば、引き続き定年前と同じ会社で働く場合でも、健康面での心配から仕事量を減らしたいと希望する人もいるでしょうし、あるいは積極的に副業・兼業などにチャレンジするため、フルタイム以外での働き方を希望するようなケースもよく聞かれるようになりました。今後、企業サイドとしては優秀なシニアに引き続き長く活躍してもらうために、柔軟で多様な勤務制度を構築していくことが求められることになります。  実際、企業で働く60歳以後のシニアの働き方とはどのようなものでしょうか。  はじめに図表1をご覧ください。日本労働組合総連合会(連合)が実施した2020(令和2)年の調査(「高齢者雇用に関する調査 2020」)によれば、フルタイムで働くシニアが最も割合としては多いという結果になっています(1日8時間勤務が42.0%、週5日勤務が54.5%)。一方で、フルタイム以外の働き方(短時間勤務または短日数勤務)をしているシニアも多く存在しており、実際にはシニアの働き方はかなり多様な状態になっている様子がうかがえます。  こうした傾向は年齢を重ねるごとに、より顕著になってきており、同調査において、「65歳以降、どのような働き方を希望するか」という問いにおいては、「現役時代と同じ会社で“正規以外”の雇用形態で働く」という回答が最も多くなっており(全体の42.4%)、「現役時代と同じ会社で正社員として働く」(全体の33.1%)という回答より多くなっています。また、現役時とは違う会社で働く、または会社員をやめてフリーランスとして働くといった、元々いた会社を離れるという選択をしているシニアも相当な割合存在している点も特徴的であり、シニアの働き方に対するニーズは多様化しています(図表2)。 2 シニアの役割に応じた柔軟で多様な勤務体系を整備する  解説1でも述べたように、シニアの戦力化を促進していくためにはシニアに対する期待役割を明確にしたうえで、役割に応じた評価・処遇制度を整備することが求められます。  一方で、年齢とともにシニア側にはさまざまな働き方に対する要望が出てきますので(健康面での心配、あるいは副業・兼業といった新しい働き方のニーズなど)、期待役割に沿ってシニアに活躍をしてもらううえでは、シニアの勤務体系を柔軟にしていくことも重要なテーマとなります。  企業としてはこうしたシニアのニーズをふまえてできるかぎり柔軟な勤務形態の整備を行うべきではありますが、かといってなんでもシニアの好きなように働き方を選べることとすれば、今後シニアの人数が増えていくほどスムーズな組織運営を阻害する可能性があります。そのため、基本的にはシニアの期待役割に応じて選択できる、標準となる勤務制度のパターンをいくつか設けておくことに加え、実際にはシニアの希望だけでそれらを選択できるのではなく、あくまで最終的な決定権は企業側が持っている、という状態にしておくことが制度運用上も望ましい姿であると考えられます。  例えば、図表3のような「コース別」の再雇用制度を考えます。定年後再雇用の場合、一般的には再雇用時に一律に処遇を決めていることが多いのに対し、図表3では再雇用後に果たすシニアの役割と能力などに応じて三つのコースを選択することが可能になります。もっとも、再雇用者の希望が必ず通るわけではなく、例えばA+コース(チャレンジコース)を選択する場合には相応の目標設定ができること、また実際に当該仕事に取り組める環境、対象者の意欲も重要になりますので、自ずと適用できる対象者は限定されることになります。ただ、当該コースがあることによって、シニアの意欲や仕事ぶりに応じて処遇にメリハリをつけることができるようになるため、シニアの戦力化を促進するうえでは効果的に機能することが期待できます。 3 勤務地限定の適用、交代勤務の免除など、シニアの多様な働き方のニーズに対応した事例  ここでは、定年延長にともなってシニアの多様な働き方のニーズに対応した企業事例を紹介します。  B社(仮)は製造業であり、全国に工場を有することから、正社員はいわゆる総合職として定期的な転勤がある勤務形態となっています。また、工場勤務では2交代制が採用されており、場合によっては夜間の緊急対応の呼び出しもあるなど、比較的業務負荷が高い仕事も存在しています。  B社の定年年齢はこれまで60歳であり、60歳以後は定年再雇用制度を採用していました。再雇用後は基本的にパートタイム労働が基本であり、社員ごとに差はありますが、基本は週4〜5日勤務、1日の労働時間は5〜7時間といった形で、正社員時代よりは全体に仕事の負担を下げた勤務形態としていました。  B社では近年社員の高齢化が進んでおり、慢性的な人手不足も相まって、シニアの戦力化を促進していくことが大きな課題となっていました。そこで60歳から65歳への定年延長を実施することとなり、基本的に60歳以上のシニアにもフルタイムで働いてもらうことを前提とした勤務制度改革を行うことになりましたが、その過程で、シニア側にも多様な働き方に対するニーズがあることが明らかになりました。 @勤務地限定に対するシニアの希望  現役時代は転居をともなう勤務地の変更(転勤)を行ってきたシニアのなかには、今後は生活拠点のある地域を本拠地とし、転勤のない働き方をしたいというニーズが一定数あることが明らかになりました。60歳以後は健康面の負担から転勤を望まないという声が元々多くあったことに加え、定年前の時点で自宅を離れて転勤をしていたシニアのなかには60歳を機会として自宅のある地元エリアにある工場に戻って働きたい、という希望も新たに出てきていました。そこで、60歳以後に関しては本人の選択により「勤務地を限定する」ことが可能な制度を設けることで、シニアのニーズに応えていくことにしました。  なお、「引き続き転勤があることを前提にしても構わない」というシニアも一定数いることから、そうした社員との間で不公平が生じないよう、勤務地限定を選んだ場合には基本給が10%減額になる、という賃金制度の見直しを行いました(図表4)。 A交替勤務や緊急呼び出しなど、負荷の高い業務をなくしたいシニアの希望  交代勤務や緊急呼び出しなどの業務に関して、頻度にもよりますが、やはりシニアのなかには体力的にも精神的にも厳しくなってきているという声が上がっていました。  60歳到達時からすぐであれば、59歳時と比べて急激に身体能力の低下をともなうことはさほど多くはないでしょうが、やはり長く働けば働くほど、負荷の高い業務を担当することがむずかしくなることは想像に難くありません。こうした高負荷の業務が免除される仕組みをつくることで、シニアも健康面に気をつけながら仕事をすることができますし、企業側としても事故につながるリスクを減らすことが可能になります。  なお、勤務地限定の場合と同様、基本給の10%が減額となります。また、勤務地限定+交替勤務免除を同時に選択した場合には、基本給の25%が減額になります(図表4)。同時に選択をする例はほとんどありませんが、諸々の限定がない社員との間で公平性を維持するためには必要な措置であるとB社では認識しています。 〈プロフィール〉もりなか・けんすけ 株式会社新経営サービス人事戦略研究所マネージングコンサルタント。人事制度構築・改善を中心としたコンサルティングで活躍中。著書に『人手不足を円満解決 現状分析から始めるシニア再雇用・定年延長』(第一法規)、『9割の会社が人事評価制度で失敗する理由』(あさ出版)など。 図表1 60歳以上社員の労働時間(1日あたり)、労働日数(1週間あたり)の調査 1日に何時間程度働いているか[数値入力形式] 対象:60歳以上の人 <平均> 全体:6.8時間 正規雇用者:8.0時間 正規雇用者以外:6.3時間 全体【n=400】 4時間未満 7.5% 4時間 6.8% 5時間 9.5% 6時間 10.0% 7時間 17.5% 8時間 42.0% 9時間 3.8% 10時間 2.8% 11時間以上 0.3% 1週間に何日程度働いているか[数値入力形式] 対象:60歳以上の人 <平均> 全体:4.5日 正規雇用者:4.9日 正規雇用者以外:4.3日 全体【n=400】 1〜2日 6.5% 3日 10.3% 4日 19.5% 5日 54.5% 6日 8.8% 7日 0.5% 出典:日本労働組合総連合会「高齢者雇用に関する調査 2020」 図表2 65歳以降の働き方に対する希望 65歳以降、どのような働き方を希望するか(または希望していたか)[複数回答形式] 対象:今後、65歳以降も働きたいと回答した人 全体【n=780】 現役時代と同じ会社(グループ含む)で正規以外の雇用形態で働く 42.4% 現役時代と同じ会社(グループ含む)で正社員として働く 33.1% 現役時代と異なる会社で正規以外の雇用形態で働く 21.2% 現役時代と異なる会社で正社員として働く 12.1% 会社をやめてフリーランスとして働く 12.1% 会社をやめて有償の社会貢献活動をする 6.9% 会社をやめて起業して働く 3.3% その他 0.5% 出典:日本労働組合総連合会「高齢者雇用に関する調査 2020」 図表3 コース別再雇用制度の考え方 A+コース (チャレンジコース) ■Aコース選択者のうち、フル日数フルタイム勤務者がチャレンジ目標を上乗せするコース ■その他の基本条件は、Aコースと同じ ■賞与時に、チャレンジ目標の評価結果は、成果に応じて加算反映される Aコース (標準コース) ■週4日以上かつ1日6時間以上の勤務コース(社会保険の被保険者資格要件を満たす範囲) ■主要業務は、通常は定年前の業務を継続するが、それにかぎらない(他部署への異動もあり得る) ■半期ごとに人事評価あり。評価結果はベース賞与に反映される Bコース (パートコース) ■週4日未満または1日6時間未満の勤務コース(社会保険の被保険者資格要件を満たさない範囲) ■業務内容は、再雇用契約時に取り決める ■人事評価なし、賞与なし ※筆者作成 図表4 定年延長にともなって、60歳以上のシニアに勤務形態の選択を認める例 旧定年(60歳) 勤務地制限なし 職務制限なし 新定年(65歳) 60〜65歳までの働き方 賃金体系 評価体系 定年延長 Aコース 旧定年前と同様 (現役社員同等) 旧定年前と同様 (=処遇維持) 旧定年前と同様(現役社員同等) 定年延長 Bコース 勤務地域の再選択可能 (以後は転居をともなう異動なし) 基本給10%減 定年延長 Cコース 夜勤免除+突発的な呼び出し等の当番・待機をともなう勤務体制に入らない 基本給10%減 B+C併用 B+Cの同時適用パターン 基本給25%減 ※筆者作成 【P19-22】 解説3 管理職のためのシニア人材マネジメントのポイント マンパワーグループ株式会社 シニアコンサルタント 難波(なんば)猛(たけし) 1 シニア人材を取り巻く厳しい環境  2021(令和3)年4月に「改正高年齢者雇用安定法」が施行され、70歳までの就業機会の確保が努力義務化されました。前例のない「長く働く時代」が訪れつつあります。  また、現代は前例のない「長く生きる時代」でもあります。厚生労働省の「令和4年簡易生命表(2023年7月28日公表)」では、日本人の平均寿命は男性81.05歳、女性87.09歳。国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)〈2023年4月26日公表〉」では、2050年の平均寿命は男性84.45歳、女性90.50歳、「人生90年時代」が近づいています。  一方、2019年以降、早期・希望退職者を募る企業は増加傾向です。2018(平成30)年は12社4126人、2019年は35社1万1351人、2020年は93社1万8635人、2021年は84社1万5892人と、上場企業だけで3年連続1万人を超えています(東京商工リサーチ「2021年上場企業『早期・希望退職』募集状況」)。  「より長く働いてほしい」国、「人生も職業人生も長く続く」個人、「終身雇用的な人材マネジメントが厳しくなっている」企業、という入り組んだ状況下で、特に渦中にあるのが企業のなかで人数も多く処遇も高い50代以上のシニア層であり、そうした「年上部下」をマネジメントする「年下上司」です。 2 シニア人材が不活性化する「三つのズレ」  そうしたなか、人事コンサルタントとして相談が多いのが「シニア人材の不活性化」です(図表1)。  不活性化の原因はさまざまですが、「WILL−MUST−CAN」のフレームワークで本人と上司がギャップを確認すると解決策が見つかりやすくなります。 ・WILL…「やりたいこと」や「ありたい姿」など、本人の意思や欲求や価値観 ・MUST…「やるべきこと」や「周囲からの期待」など、周囲からの期待役割やニーズ ・CAN…「できること」や「得意なこと」など、本人の能力、スキル、強み  実際のキャリア研修やカウンセリングでは、本人に右記三つをそれぞれ円として図示してもらい、その重なり方や大きさによって、仕事に対するやる気・期待・能力といった「自分の状態」を把握してもらいます。  WILL−MUST−CANが大きくかつ重なっている人は、ハイパフォーマーとして活躍している場合が多いです。  「仕事にやりがいを感じていて、その仕事が周囲から期待されており、実際それを遂行する能力もある」という、理想的な状態です。  一方、ローパフォーマーはWILL−MUST−CANのいずれかが「小さい」、または「離れている」など、ズレが生じた状態になっていることが多いです(図表2)。  例えば、「能力はあるが仕事への積極的な姿勢が欠如している」場合はWILL、「やる気はあるが会社の戦略と合っていない」場合はMUST、「昔は通用していた仕事の進め方が時代に合わなくなっている」場合はCANが、ズレている可能性があります。  特にシニア人材のこうしたズレは、「長年同じ業務をやってきた」、「ベテランになり周囲からのフィードバックが減った」、「以前と求められる能力やビジネススタイルが変化した」、「会社の指示に長く従ってきたので自分のWILLを考える必要がなかった」、「定年が近く、出世や昇格の可能性が低い」などの背景があり、若手以上にズレが大きくなっている場合があります。  シニア人材マネジメントにおいて「WILL−MUST−CANがズレる理由」、「どうすればズレを改善できるのか」について、一つずつ解説します。 3 「WILL」の変化  普通は、入社初日からWILL(やる気や意欲)がない人はいません。  少なくとも、自分の意志で採用選考を受けに来て「御社で○○の仕事をしたい」、「こういう点に魅力を感じています」と入社したはずです。 ■本人側の原因…理想と現実のギャップ(自分が期待していた仕事、状態、成果、評価が得られないなど)。また、同じ仕事や職場が続くことでの飽き、心身の衰えや不調、人間関係、家庭問題なども、意欲が減退する原因になる場合があります。 ■会社側の原因…コミュニケーション不足(本人の志向を把握していない、本人が望まない仕事や役割を与えている、そもそも話自体をしていない、など)。 ■解決策…しっかり聴く。  動機づけを高めるには、「やるべき仕事」と「自分のやりたいこと」、「ありたい姿」がつながっていることが重要です。  若手には高頻度で話を聞いていても、ベテランには小まめなコミュニケーションができていない上司が見受けられます。「ベテランなので、やる気なんてあって当然」、「いまさら、やりたいことや希望をあらためて聴くのも違和感がある」という上司は存在します。  しかし、いかにベテランであっても、やる気を保つためには上司や周囲からのフィードバックや対話は不可欠です。  会社内で勤続年数や職位が上がると、周りからの承認機会や素直に自分の欲求や意志を吐き出す機会が減りがちなので、上司側が意識して本人のWILLを聴く機会を設けることも有効です。 4 「MUST」のズレ  シニア人材の場合、CAN(能力)以上にMUST(期待役割)がズレているケースが多数見られます。  MUSTがズレると、どんなに本人ががんばっても成果を出すことはできません。  本人はがんばっているつもりなので、会社や上司から評価されないと被害者意識や不満を持ちやすくなります。  経験や能力もあるはずなのに成果が出ない、やる気はあるが空回りするシニア人材の場合、本人側、会社側の双方に原因がある場合があります。 ■本人側の原因…期待の誤解(経営方針や事業戦略などの情報が古い。上司との確認不足など)。また、自分に都合よく期待を解釈する、自分の立場や雇用を守りたいという気持ちから、周囲の期待を「誤解」でなく「曲解」している場合もあります。 ■会社側の原因…説明不足(戦略や方向性の変化や最新情報を個に落とし込んでいない。期待する働き方や成果を明示していない)。確認不足(一方的な通知のみで本人の理解を確認していない)。 ■解決策…しっかり伝える。  「若手じゃないんだから、会社の期待はいわなくても理解しているはず(理解するべき)」という経営者や上司がいますが、いわなければ伝わりません。  期待役割を伝えていない、上司が言語化できていない場合、責任は本人ではなく上司や人事の怠慢です。  特に中期経営計画や事業構造改革や経営体制の変更などで、会社の戦略やビジネスモデルが大きく転換する際には、一方的な通達や動画メッセージだけでなく、対面で今後の期待役割を伝えたうえで、どう理解したか本人の口で言語化してもらいましょう。 5 CANの不足  CAN(能力やスキル)の不足は、一般的には新入社員や中途入社者、配置転換した社員に発生しますが、最近は技術の進展や戦略変更にともない、経験豊富なシニア人材でも能力的についていけないケースも増えています。  シニア人材が能力的に不足している場合、単にOJTなどの教育だけでは解決しない場合があります。 ■本人側の原因…「変化対応力」と「学習意欲」の減退。過去の成功体験が豊富なシニア人材ほど、変化や学習自体に抵抗感がある(面倒くさい、失敗が怖い、いままでのやり方に固執したい)場合があります。まずは「変化の必要性」、「変化しないことのリスク」、「学ぶ必要性」などを上司や人事が伝えていく必要があります。 ■会社側の原因…「注意指導の不足(成長してほしいこと、改善が必要なことなどを伝えていない)」があげられます。また、「能力開発機会の不足(ベテランには同じ仕事を何年も与える)」も、本人の学習意欲を低下させやすくなります。 ■解決策…しっかり観る。  社員の業務や言動を観察し、「スキルや働き方にギャップが生じてきたな」、「インプットやアウトプットが不足している」、「新しいことに抵抗感を示しているな」と感じたら、年上部下相手でも面倒くさがらずに話し合いましょう。  能力開発を考える際は、できるだけ「本人が興味を持っている領域」かつ「少し背伸びした挑戦機会(ストレッチゾーン)」を意識すると、心理学的には「フロー状態」という集中力や幸福感が高い状態をつくることができます。 6 「部下を変える」のではなく「ズレを一緒に解決する」  上記のように、シニア人材の不活性化は「本人が全面的にダメ」ということではなく「何かにギャップやズレが生じている」場合が多いので、本人が書いた「WILL−MUST−CAN」を基に話し合うことが効果的です。  ズレが生じる原因は、本人側に問題がある場合もあれば、会社側にある場合もあります。  「成果が出ないのは、本人の責任だ」と上司が一方的に決めつけると、建設的な問題解決につながりません。  シニア人材に対しては、長年会社を支えてくれたことへの感謝と敬意を持ちながら、発生しているズレを埋めていく姿勢が重要です。  本人と上司(または人事)が「お互いに改善できることがあるかもしれない。一緒に考えよう」と謙虚かつ真剣に対話する姿勢が大切です。そのうえで「どのような状態が理想的か」、「理想と何がズレているのか」、「どう解消するか」について、本人と上司で共有しながら検討し、人事が両者を支援する3者の連携が問題解決につながります。 7 問題解決に向けた人事施策  最後に「WILL−MUST−CAN」のズレを解決するための、人事施策と管理職支援を紹介します(図表3)。  自組織の風土との相性や最終的なゴールや目的を考えながら、取捨選択することをおすすめします。 〈プロフィール〉なんば・たけし マンパワーグループ株式会社シニアコンサルタント。研修講師、人事コンサルタントとして2000人以上のキャリア開発施策などにたずさわる。著書『ネガティブフィードバック 「言いにくいこと」を相手にきちんと伝える技術』(アスコム)や雑誌への寄稿実績など多数。 図表1 「シニア人材の不活性化」にまつわる企業の声 役職定年や定年後再雇用を境にモチベーションが落ちてしまう社員がいる 自律的に能力開発をしてほしいが、学習習慣が根づいていないベテランが多い ジョブ型雇用に切替えが進むなかで、自分の活躍領域を真剣に考えてほしいが、なかなか変化を受け止められない ギャップが生じているが、相手が年上なので遠慮してしまいうまく改善できない 本人はまじめにコツコツ働いているが、会社の方向性と合っていない リモートワークやDX(デジタルトランスフォーメーション)にうまく適応できない人材が発生している ※筆者作成 図表2 WILL-MUST-CANのフレーム(三つのズレ) 良い状態 期待されていること MUST やりたいこと WILL できること CAN 期待と志向・能力が合わない MUST CAN WILL やりたくないができている MUST WILL CAN やる気はあるが能力が足りない WILL MUST CAN ※筆者作成 図表3 シニア人材向け人事施策 1 考える機会をつくる ・キャリアデザイン研修(中長期のキャリアを考える) ・キャリアカウンセリング(社内外のキャリアカウンセラーと相談する) ・キャリア面談(業務や数字目標でなく、今後のキャリアプランについて話し合う) 2 ギャップやズレを話し合う ・1on1(短時間でも、高頻度で定期的に話す) ・PIP(3〜6カ月での業績改善プログラム) ・昇降格・昇降給の運用(期待と成果のギャップを解消する) 3 選択肢を用意する ・複線型人事制度(スペシャリスト/ゼネラリストを選択できる) ・ジョブ型雇用制度(自分の意志で専門性を追求する) ・社内公募制度(自分で社内キャリアを選択できる) ・社内副業制度(別部門の業務を経験できる) ・社内ベンチャー制度(新事業の立上げを経験できる) ・パラレルキャリア支援(副業・複業・ボランティア活動を認める) ・地域限定勤務制度/時短勤務(働く場所、日数、時間を選択できる) ・雇用契約でなく業務委託契約(業務内容や契約条件を選択できる) ・早期退職優遇制度/転身支援制度(雇用契約解消を選択できる) ・再就職支援(社外キャリアを形成できる) 4 管理職(年下上司)を支援する ・キャリア面談スキルトレーニング(年上部下との面談スキルを向上する) ・管理職同士によるワークショップ(お互いの悩みや現場での対応を共有する) ・管理職へのフォローアップ(人材マネジメントに関する個別相談に対応する) ・人事による面談(上司部下では言えない双方の意見を聴き、必要に応じて支援する) ・ミスマッチが生じている場合の配置転換(上司部下の関係性が毀損している場合) ※筆者作成 【P23-28】 解説4 ケーススタディ 年下管理職のための年上部下とのコミュニケーションのポイント 株式会社ヒューマンテック 代表 濱田(はまだ)秀彦(ひでひこ) ケース@ シニア社員とモチベーション  役職定年や定年後再雇用などにより、業務や職責の変更、新しい仕事への適応不足で、モチベーションが下がってしまうシニア社員は少なくありません。しかし、日々の仕事にモチベーションが低いまま臨んでいては、周囲の社員にネガティブな影響を与えてしまう可能性もあります。 モチベーション低下の要因は“明るい未来”が描けないこと  まずは、ありがちなうまくいかない1on1ミーティングでの会話パターンを見てみましょう。 (以下、「上司」は年下管理職、「部下」は年上部下とします) NGケース 上司 来期のチーム方針なのですが、業務効率化に向け、システム化を進めようと思っています。どうでしょうか。 部下 もう歳なんで、新しいことはちょっと。 上司 将来を見すえると、いまやっていかないとならないんです。 部下 私も先が長くないですし、若い人にがんばってもらって。 上司 メンバーの一員として、やっていただかないと困ります。 部下 いつまで会社にいるか、わかりませんし。 上司 ……。  このタイプの部下の特徴は、「将来」、「新しいこと」に対するネガティブな発言が目立つことです。その理由を探ってみましょう。  「将来」に対してネガティブなのは、拗(す)ねていることが大きな要因です。今後、自分自身が社内で輝ける未来がイメージできないため、「将来といわれても」という反応になりがちです。  また、「新しいこと」に関しては、長年やってきた慣れたやり方を変えることに対し、抵抗感があります。特にパソコン、スマートフォンといったデジタルツールを苦手とする傾向もあいまって、新しいことに拒絶反応を示しがちです。  放置すれば、未来に向けて進もうとするチームのムードに水を差す存在になりかねません。対策を考えましょう。  まずは、モチベーション向上の基本に立ち返ります。現代のビジネスパーソンは「アメとムチ」のような単純な方法では動機づけできません。現代のモチベーション要因は次の三つの実感です。 @自分の仕事は価値があるという実感 A自分は職場で価値ある存在という実感 B自分は成長できているという実感  これは、年上部下にかぎらず、すべてのビジネスパーソンにいえることです。ただ、年上部下はいずれの実感も持ちにくいもの。それを、こちらが与える必要があります。 シニア社員が“価値”を実感できるコミュニケーションを  このことをふまえて、先ほどのNG会話を改善してみましょう。 OKケース 上司 来期のチーム方針なのですが、業務効率化に向け、システム化を進めようと思っています。いかがでしょうか。 部下 もう歳なんで、新しいことはちょっと。 上司 なにをおっしゃいますか(笑)。○○さんには、まだまだ助けていただかないと。チームにかけがえのない存在です。 部下 いや、そんなことはないですよ。 上司 たしかに、新しいことを始めるわけですが、だからこそ○○さんの経験が必要なんです。 部下 私の経験なんか役に立ちますかね。 上司 大いに役立ちます。システム化の細かいことは、ほかのメンバーに担当してもらいます。○○さんには、ぜひお願いしたいことがあります。今回のプロジェクトのカギになる部分です。 部下 私にできることなら、やってみましょう。  いかがでしょうか。途中の年上部下のセリフは、さほど変わっていませんが、上司のセリフは改善されています。その結果、最終的な年上部下の姿勢は大きく変わりました。  ポイントになる点を順に見ていきましょう。  まずは、「もう歳なんで」というセリフに対する上司の反応から。そこは、イラッとせずに、「何をおっしゃいますか」と笑って流すのが得策です。会話がうまくいかない要因のひとつに、年上部下がよく使うセリフに対し、年下管理職が過剰反応してしまうことがあげられます。ここは、器の大きいところを見せましょう。  次に「チームにかけがえのない存在」や「○○さん(年上部下)の経験が必要」というセリフがポイントになります。これは、先にあげたモチベーションの要因A「自分は職場で価値ある存在という実感」を与えるものです。  そして、最後に年上部下に依頼することについて、「プロジェクトのカギになる部分」だといっています。これは、モチベーションの要因@「自分の仕事は価値があるという実感」を与えるものです。  このように、モチベーションの原則を軸に会話を進めていくことで、前向きな姿勢を引き出していくことができます。  また、途中「システム化の細かいことは、ほかのメンバーに担当してもらう」というコメントを入れています。相手が苦手としている部分について、逃げ道をつくっておき、前向きになれない障害を事前に取り除いておくわけです。  こういった会話の構成は、テーマが変わっても活用できます。うまくリードして、モチベーションを上げ、戦力として活躍をうながしていきましょう。 ケースA シニア社員と立場、役割の変化  役職定年や定年後再雇用などにより、モチベーションの下がるシニア社員がいる一方で、その変化を受け入れられず、役職を離れたあとも管理職のようにふるまってしまうシニア社員もいます。 立場の変化に対するマインドチェンジができていない  指示する側から、指示を受ける側に回ったにもかかわらず、管理職時代と同じような言動をする年上部下。年下管理職にとって、むずかしい存在です。  ありがちなうまくいかない1on1ミーティングでの会話パターンを見てみましょう。 NGケース 上司 例の顧客向けのクレーム報告書の件ですが。 部下 なに? 上司 「先月中に」とお願いしたはずなんですが、まだですか? 部下 聞いてないよ。 上司 いや、お伝えしたはずですが。 部下 はっきりいわないからいけないんだ。 上司 遅くとも今週中には完成していただかないと、先方との関係が悪化します。 部下 急にいわれてもなあ。忙しいんだよね。  このような発言に言葉づかい。話しているとストレスが溜まりそうです。そして、最も困るのは指示通りに動いてくれないこと。  まずは、原因を考えてみましょう。  このような発言、言葉づかいについては、新たな立場・役割を受け入れられていないことが要因です。特に管理職だったシニア社員は、役職定年になる際、「能力が落ちたわけではないのに、納得いかない」と、会社に対する不満を抱える傾向があります。会社の制度に納得がいっていないため、「立場が変わった」という根本的なマインドチェンジができず、それが言動に表れます。  指示通りに動かない、という点もそこに原因があります。「指示を受ける立場になった」ということが受け入れられずにいるわけです。しかし、指示通りに動いてくれないと仕事に支障が出ます。まずは、指示をどうするか、から考えましょう。  指示の前提となる、年上部下に対する基本姿勢のポイントは次の2点です。 @相手に対し人生の先輩として、敬意を示す。 A自分は管理職として役割を果たす。  この二つのポイントは、前者が「相手が上」、後者は「自分が上」という、相反する前提から成り立っています。相反する二つのことを両立させなければならないという点が年上部下対応のむずかしいところ。でも、それは可能です。 敬意と厳格さを持って「ゴール」と「やり方」を示す  @人生の先輩として敬意を示すについて。これは、大げさなことをしなくても伝えられます。例えば、一緒に昼食をとる際に、さっと上座をすすめる。じつは、筆者も年上部下世代。私たちの世代は、こういったささいなことで、敬意を感じ取るものです。一方の、A管理職として役割を果たす。これは、業務統制をきっちりやるということです。指示は、誤解のないようにピシっと出し、進捗管理も行います。  先のNG例は、すでに納期遅れになってしまっています。この段階で、どう会話を改善しても、結果が変わるわけではありません。そうなる前に、もとになる指示を改善する必要があります。  NG会話のもとになった当初の指示は以下のようなものでした。 NG指示 上司 この件の、顧客向けのクレーム報告書なんですが。 部下 なに? 上司 お忙しいと思うんですが、できれば今月中に作成していただけないでしょうか。 部下 むずかしいなあ。ほかに頼んでよ。 上司 そこをなんとか。 部下 しょうがないなあ。まあ、ちょっとやってみるよ。 上司 お願いします。  冒頭のNGケースは、このような曖昧な指示がもとで引き起こされたものでした。これを改善するためのポイントは次の二つです。 @ゴールを示す Aやり方を示す  これをふまえて指示を改善すると次のようになります。 OK指示 上司 この件の、顧客向けクレーム報告書についてお願いがあります。 部下 なに? 上司 ○○さん(年上部下)に作成をお願いします。今月中に完成させて私にください。作成にあたっては、一つだけ、お願いがあります。原因と再発防止策を明記してください。後はお任せします。 部下 オレがやるの? 上司 そうです。お願いします。  @ゴールを示すについて、「今月中に完成する」とはっきりと示しています。Aやり方を示すについては「原因と再発防止策の明記」とだけ伝えています。これは、年上部下に対する指示のコツです。やり方の自由度を広めに与えるということ。やり方を細かく指定すると、自由度が狭まります。そうなると、プライドが傷つき、指示を受け入れにくくなります。そのため、やり方については「一つだけ」、「後はお任せします」と広めに設定しています。  そして、こういった指示を出す際は、相手の目を見てはっきりといい切ることが大切です。ここで遠慮しては「管理職としての役割」が果たせません。きっぱりといい切ってください。  さらに、進捗管理も必要です。納期の前に、「○○さん。クレーム報告書、来週末が納期です。先方に持参する日程も月初で決まりましたので、お願いします」と念押ししておきます。  このように、明確な指示と進捗管理をセットで行うことで、仕事を確実に前に進めるようにし、冒頭のNG会話のようになってしまうことを防ぎます。  残る問題「発言」、「言葉づかい」については、解決に時間がかかります。本人の意識の問題なので、短期間に、他者からの働きかけで改善するのはむずかしいのです。こちらがやれることは、管理職としての自分を、仕事を通じて認めさせること。  道は二つあります。一つは、マネジメントのスキルを見せること。もう一つは、個々の業務でフォローしていくなかで、相手にスキルを見せること。相手が苦手としている業務、例えばパソコン関連の業務で相手が苦労しているとき、助けてあげることで「この分野では勝てない」と思わせます。  こうやって力を見せつつも、人生の先輩としての敬意を示し続け、少しずつ柔らかくしていきましょう。  相手の言葉づかいが、少しでもていねいになったら、認められた証。あなたの勝ちです。 ケースB シニア社員とコミュニケーション  職人気質で寡黙なシニア社員は少なくないようです。たしかな技術と豊富な経験があり、仕事面での周囲からの信頼は厚いものの、言葉が少なく、周囲をとまどわせてしまいます。  とにかく口数が少ないシニア社員。意見を求めても、明確な返事がなく、ミーティングで発言することもない。コミュニケーションがとりにくく、相手の意向がつかめない。年下管理職としては、マネジメントがしにくい相手です。  では、間もなく新年度を迎えるというタイミングでの1on1ミーティングの会話パターンを見てみましょう。 NGケース 上司 来年度の業務目標はどういったものにしようと思っていますか? 部下 ……。 上司 いま思うことで構わないのですが。 部下 ……。 上司 今期できなかったことを継続課題にしてもよいと思いますが、どうですか? 部下 ……。むずかしいですね。  これでは話が進みません。  まずは、こうなってしまう原因を考えましょう。このようなシニア社員は、「分析型」の人で、主張せず、思考的、慎重に考えるタイプです。  最大の特徴は、考えるのに時間がかかること。じつは、先の会話例でも、ただ黙っているだけではなく、頭の中は猛烈に回転しています。「来期の業務目標は」という質問に対し、「これはどうだろう」、「いやダメだ」という思考をくり返しているのです。  そうとは知らない上司は、しびれを切らして「いま思うことで構いません」と口を挟んでしまいました。すると、一回思考は中断し、再び考えをまとめるのに時間がかかります。そして、最後は考えをまとめることをあきらめ「むずかしいですね」といって終えてしまう。  さまざまな会話でこのようなことが起こります。そして、上司がアプローチを変えないかぎり、このパターンがくり返されます。  対策を考えましょう。  最も重要な点は、「考える時間を与える」ということです。このタイプの方は、即答が苦手です。即答させるような状況をつくると、沈黙の時間が長くなり、お互いに時間の無駄になってしまいます。それを避けるため、次の二つの方法のどちらかを選択します。 @予習させる A宿題にする  NGケースを基に考えてみましょう。@予習させるでいくならば、事前に「来期の業務目標をどのようなものにするか、来週末にお聞きしたいので、候補を三つほど考えておいてください」といっておく。  このタイプの相手は、考える時間があれば答えは出してきますので会話はスムーズになります。 A宿題にするでいくならば、次のような会話にします。 OKケース 上司 来年度の業務目標はどういったものにしようと思っていますか? 部下 ……。 上司 少し考えてもらって、後日お聞きしたほうがいいですか? 部下 そうですね。 上司 それでは、今週末にあらためてお聞きしますので、少し考えてみてください。 部下 わかりました。  @予習させる、A宿題にする、どちらでいくかは、両方試してみるとよいでしょう。  基本線は、このように時間を与える方向ですが、日常のすべての会話を、予習、宿題にあてはめるわけにはいきません。  日常会話での対策は、クローズ質問とオープン質問をうまく組み合わせることです。  私たちが普段している質問は、クローズ質問とオープン質問に分けられます。クローズ質問とは、答えがイエス・ノーになるなど、かぎられている質問です。一方のオープン質問は、相手が自由に答えられるものです。比べてみましょう。 クローズ質問での会話 上司 あの仕事、終わりましたか? 部下 いいえ、まだです。  このように、答えが「はい」か「いいえ」になるように、かぎられてしまう質問をクローズ質問といいます。 オープン質問での会話 上司 あの仕事、進み具合はどうですか? 部下 だいたい終わったのですが、まだ一部残っています。 (または) 部下 あと1日あれば終わると思います。  このように相手が自由に答えられるような質問をオープン質問といいます。  ちなみに、オープン質問の代表例は、5W1Hといわれるもの、「When(いつ)」、「Where(どこで)」、「Who(だれが)」、「What(何を)」、「Why(なぜ)」、「How(どのように)」です。  オープン質問のほうが相手から多くの意見や情報を引き出せますので、本来はオープン質問を使うほうがよいのです。  しかし、分析型はオープン質問に答えるのが苦手です。 NG例 上司 あの仕事、どうなっていますか? 部下 どう、といわれても……。  こうなってしまうのを避けるため、先にクローズ、その後にオープンという組み合わせにします。 OK例 上司 あの仕事、予定通り進んでいますか? 部下 いいえ。 上司 どのあたりで引っかかっていますか? 部下 お客さんからの返事待ちで。  「予定通り進んでいるか?」という、イエス・ノーでシンプルに答えられるクローズ質問を先に持ってきて、まずは発言してもらう。その後にオープン質問で深掘りしていくという作戦です。  口数が少ないシニア社員から、情報や意見を引き出せるようになったら、管理職の会話スキルはひとつ上のレベルに上がります。  まずは、「考える時間を与える」、「クローズからオープンに質問する」の二つから実践してみてください。 〈プロフィール〉はまだ・ひでひこ 株式会社ヒューマンテック代表。マネジメント・コミュニケーション研修の講師として活躍。『年上の部下をもったら読む本』(きずな出版)、『あなたが部下から求められているシリアスな50のこと』(実務教育出版)など著書多数。 【P29】 日本史にみる長寿食 FOOD 370 サンマは北海の長寿食 食文化史研究家● 永山久夫 「はんじよのサンマ」うまし  日本列島の北の方に、秋風が立ちはじめると、サンマがやって来ます。  夏の間は、北太平洋やオホーツク海で過ごし、秋の気配を感じると、産卵のために、北海道沖・三陸沖へと南下を開始します。  そして、脂質がたっぷり乗った状態で、千葉の房総沖にやって来ます。江戸時代、この海域で捕れたサンマは、塩をふって山積みにし、快速船で江戸の日本橋にある魚市場へ運送されました。  波でゆっさこら、ゆっさこらと船がゆれている間に、ほどよく塩がなじみ、天下一品の美味なる“淡塩サンマ”に仕上がります。  この淡塩サンマを、江戸っ子は「はんじよのサンマ」と呼びました。「はんじよ」は半塩のことで、淡塩がほどよくなじんだ塩漬けサンマを意味し、これを焼くとたいへんにうまい。  つまり、江戸の町人たちは、脂の乗った旬のサンマを最高の味加減で食べていたのです。 長寿効果もたっぷり  昔もいまも、旬のサンマは、一尾丸ごとの塩焼きにかぎります。   まて火箸(ひばし)   わたしてサンマ   焼いて食ひ  江戸時代の川柳で「まて火箸」は「待て暫(しば)し」にかけてあり、七輪にわたした火箸にサンマを乗せて焼いています。この川柳の作者は、酒でも飲みながらサンマを食べているのでしょう。  脂の乗ったサンマは、美味なだけではなく、長寿効果の高い成分も豊富。旬のサンマは体の25%近くが脂質ですが、ただの脂質ではありません。情報化時代に欠かせない頭の回転力を高め、情報の解析能力を向上させるうえで役に立つといわれるDHA(ドコサヘキサエン酸)が豊富に含まれているのです。  さらに脚光を浴びているのがEPA(エイコサペンタエン酸)で、こちらは血液のサラサラ効果が期待されています。血行をよくすることは、人生100年時代の不老長寿実現に欠かせません。 【P30-34】 集中連載 マンガで学ぶ高齢者雇用 突撃! エルダ先生が行く!ユニーク企業調査隊 最終回 主役は笑顔いっぱいの高齢スタッフ! 「生きがい」を持って働けるおそば屋さん 青春のおそばやさん(香川県綾歌郡(あやうたぐん)宇多津町(うたづちょう)、運営:ココイキ福祉サービス株式会社/香川県丸亀市(まるがめし)) おわり 【P35】 解説 集中連載 マンガで学ぶ高齢者雇用 突撃! エルダ先生が行く!ユニーク企業調査隊 最終回 主役は笑顔いっぱいの高齢スタッフ! 「生きがい」を持って働けるおそば屋さん 企業プロフィール 青春のおそばやさん (香川県綾歌郡宇多津町、運営:ココイキ福祉サービス株式会社/香川県丸亀市) 開業2023(令和5)年 飲食サービス業  「60歳以上の高齢者がいきいきと働き、人生の第二章を謳歌できる場所」をコンセプトに、2023年に開業したおそば屋さん。スタッフは全員高齢者で、さまざまなキャリアを持つ高齢者8人(2024年7月現在)が、そのコンセプトに惹かれて入社し、活躍している。  代表を務める白井陽介さんが、飲食店経営のノウハウを活かして経営しており、クラウドファンディングなども活用して資金を募るなど、「青春のおそばやさん」のコンセプトに共感する人たちの支援を得て2023年に開業した。“うどん県”である香川県で、自慢の十割りそばと、活き活き働く高齢者の笑顔を武器に、注目を集めている。 平均年齢69.5歳の高齢スタッフが活躍中  同店では、2024年7月現在、8人の高齢スタッフが活躍している。平均年齢は69.5歳。勤務時間は9時〜14時と、10時〜15時の2パターンがあり、スタッフの都合に合わせて選択することができる。 メニュー数は最少限に  お店のコンセプトとともに、手打ちの十割りそばを“売り”とする同店だが、働く高齢スタッフが覚えやすいようにと、メニュー数は最少限にした。また、高齢スタッフのためのレシピ教育や研修などの機会も設けている。  店内のレイアウトも、スタッフの転倒を防ぐため、動線を広く取るなど工夫がされている。 キッチンカーの導入をはじめ さらに高齢者が活躍できる場を拡大  2024年6月には、キッチンカーによる販売をスタートさせた。こちらもお店のコンセプト通り、高齢者の活躍の場をさらにつくっていくための取組みの一環。将来的にはフランチャイズ店舗の展開も構想している。 【P36-39】 高齢者の職場探訪 北から、南から 第147回 山形県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 ドライバー確保を命題に健康経営○R 67歳まで希望者全員を正社員待遇に 企業プロフィール 山形陸運株式会社(山形県山形市) 設立 1950(昭和25)年 業種 貨物自動車運送業・倉庫業・JRコンテナ取扱い業・不動産賃貸業・産業廃棄物収集運搬業 社員数 132人(うち正社員数111人) (60歳以上男女内訳) 男性(23人)、女性(2人) (年齢内訳) 60〜64歳 9人(6.8%) 65〜69歳 11人(8.3%) 70歳以上 5人(3.8%) 定年・継続雇用制度 定年は60歳。希望者全員を67歳まで継続雇用し、正社員と同等の待遇を保障。所属長の推薦により70歳まで継続雇用  山形県は東北地方の日本海側に位置し、日本百名山に数えられる山々に囲まれて、米沢・山形・新庄の各盆地が広がり、庄内平野には最上川が流れています。江戸時代の幕藩体制のなごりなどから、置賜(おきたま)、村山(むらやま)、最上(もがみ)、庄内(しょうない)の四つの地域に大きく区分され、方言や食習慣、文化がやや異なります。  特産品は佐藤錦(さとうにしき)や紅秀峰(べにしゅうほう)に代表されるさくらんぼをはじめとしたフルーツ、米はつや姫、雪若丸、牛肉は米沢牛、山形牛など銘柄が多く、日本酒、ワインも注目されています。  JEED山形支部高齢・障害者業務課の宍戸(ししど)真哉(しんや)課長は、「山形県内の高齢者雇用の状況は70歳までの就業確保措置実施済企業割合が32.1%(全国平均29.7%)で全国22位となっています(2023〈令和5〉年6月1日現在)※1。県内企業の多くが新規学卒者および若年層の採用に苦労しており、高齢者雇用の必要性はますます高くなっています。近年は社員の健康、視力、体力などに関する相談が多く寄せられています」と話します。  同支部で活躍するベテランプランナーの一人、樋口(ひぐち)智成(ともなり)さんは、25年にわたって高年齢者雇用アドバイザー・プランナーを務めています。就任翌年からJEEDの「生涯現役エキスパート研修」※2開発の委員に任命され、雇用力評価ツールなど運用マニュアルの開発・制作にたずさわり、若手アドバイザーを対象にしたセミナーの講師を務めるなど、後進の育成にも尽力。中小企業診断士の知見を活かした経営視点からの高齢者雇用の提案は、各方面の事業主に響き、9割を超える再訪問につながっています。  今回は、樋口プランナーの案内で「山形陸運株式会社」を訪れました。  働きやすさを追求する健康経営の先進企業  山形陸運株式会社は、1950(昭和25)年に創業した地元密着の運送会社です。山形市に本社と二つの拠点営業所を構え、農産物や土木・建築資材、工業製品、食料品などを輸送しています。また、東根(ひがしね)市に学校給食配送センター営業所を置き、小・中学校への給食配送業務を行うなど、多岐にわたる輸送事業を展開しています。  同社で執行役員管理統括部長を務める加川(かがわ)博丈(ひろたけ)さんは、「創業以来、物流を公益的事業としてとらえ、その使命達成に熱い思いを抱いて70年以上にわたって取り組んできました。“人々の生活に不可欠な、『物を運ぶ』事業を通して、社会に貢献する”という理念のもと、今後もさらなるお客さまへのサービスの徹底、輸送品質の向上などに努め、地域社会へ貢献していきたいと考えております」と力を込めます。  かつては「3K(きつい、汚い、危険)」といわれていた運送業界ですが、その慢性的なドライバー不足の課題を解消するべく、同社は2005(平成17)年から健康経営に取り組んできました。2018年度から7年連続で経済産業省の「健康経営優良法人」に認定されているほか、「令和2年度やまがた健康づくり大賞〈健康経営部門〉」の受賞や、国土交通省「働きやすい職場認証制度〈3つ星認証〉」を県内のトラック事業者で初受賞するなど、先進的かつ継続的な取組みが評価されています。 希望者全員が67歳まで働ける環境を整備  同社の定年年齢は60歳。継続雇用については1995年から段階的に制度を改定しており、2014年に希望者全員67歳までの継続雇用制度を導入し、2018年4月からは継続雇用社員に正社員と同等の待遇を保障、2019年10月には所属長の推薦により70歳まで継続可能な制度としました。  高齢社員の場合、加齢による体力の低下や疾病リスクの上昇などが懸念されますが、加川統括部長は「60歳以上は全員、全額会社負担で脳ドックを受診してもらっています。65歳以降の継続雇用を希望する社員は受診を必須とし、健康診断と脳ドックの結果をふまえ、本人や医師との意見交換を交えて、客観的に継続雇用の判断をしています」と説明します。  樋口プランナーは、2015年に同社を初めて訪問しました。  「山形陸運は、山形県経営者協会の継続雇用研究会のメンバーでもあり、すでに65歳以降も働ける仕組みを導入している先進企業でした。最近では、2022年に『継続雇用の改善について意見がほしい』と要請を受け訪問を実施しています。その際、継続雇用の延長基準に所属長の推薦など、会社選別要素が含まれており、恣意(しい)性を排除する改善と70歳超雇用の明文化を提案しました」  今回は、活き活きと日々の業務に取り組む60代後半の2人にお話を聞きました。 会社の取組みに共感し、業界の変化を喜ぶ  五十嵐(いがらし)秀雄(ひでお)さん(69歳)は勤続52年。長らく事務職を務めていましたが、67歳のときに夜間点呼の仕事に転向しました。点呼者は運行前にドライバーの呼気アルコールチェックをはじめ、健康状態、運行上の注意事項を確認し、それを記録・保存します。  現在は月に12日ほど夜間勤務に従事しています。「365日24時間、ドライバーと連絡がとれるよう3人の点呼者がシフト制で勤務しています。届ける時間の変更や、ドライバーの体調不良、大雪によるトラブルなどがあると、すべて点呼者に一報が入ります。大事な役割ですので、日々責任感を持って取り組んでいます」と胸を張ります。  夜間点呼への転向は、年金の受給が始まったことや体力面などを考え、自分から切り出したそうです。「無理なく働き続けることができているので、切り替えてよかったです。給料は減りましたが、賞与が年二回あるのでありがたいですね」と話します。  元気に働くためにもと、1日1万歩を目標に散歩をしているそうです。「そのかいあってか、健康診断結果も良好です。当社の場合、社内報が自宅に届けられるので、家族も会社の取組みを知ることができ、家庭で話題に上がります。運送業界は『きつい』イメージがありますが、改善に向けた行政の取組みに加えて、当社でも荷主さんに労働時間短縮を交渉して給料面がよくなっていますし、業界全体がよくなっていると感じています。私もできるかぎり、働き続けたいと思っています」と抱負を語りました。  会社や業界が何を目ざし取り組んでいるのかを理解し、その一員としてしっかり取り組んでいる五十嵐さん。一つひとつのコメントに加川統括部長は感嘆のうなずきが止まらない様子でした。 新しい役割を受け入れ 資格取得に励むベテラン社員  斎藤(さいとう)利博(としひろ)さん(67歳)は、60歳になる年に入社しました。集乳車のドライバーとして採用され、3交代のシフト制で牛乳集荷業務にあたってきましたが、2023年に入って同事業が終了したことから、会社の免許取得制度を利用してフォークリフトの免許を取得。現在は、さまざまな荷物を運ぶドライバーとして活躍しています。「集乳車は毎日同じルートを運転していましたが、いまは仕事ごとに目的地が変わるので楽しいですね」と朗らかな表情で語ります。  加川統括部長は「資格取得をすすめたところ二つ返事で受けてくれました。新しい仕事にも前向きに楽しんで取り組んでくれています」と感謝しきりです。最近はテールゲートリフターの特別教育を受講し、修了したそうです。  「仕事で心がけていることは笑顔です。お客さまと対面でコミュニケーションをとるうえでとても大切ですし、笑顔でいると心身が元気になります」と話す斎藤さん。以前、社内で組織体制の変更があった際には、一時的に社内のコミュニケーションが停滞したこともあったそうですが、自ら冗談をいって場を盛り上げるなど、職場のムードづくりに一役買っています。  その一方で、「仕事は緊張感が重要」とも話す斎藤さん。  「運んでいるのはお客さまにとって大切な荷物ですから、破損なく届けられるとホッとしますし、達成感があります。トラックの事故のニュースなどを目にする機会は少なくありませんが、『お客さまの荷物を運んでいる』という自覚があれば、運転は自然とていねいになって、事故も減るのではないでしょうか。若いドライバーを隣に乗せて指導をする際には一番大事なこととして『ガタガタ揺れるような道路は慎重にならないといけない』と教えています」(斎藤さん)  加川統括部長は、若手社員の教育について「教育係は年齢が近い方がギャップが少ないので、年齢差の少ない社員に任せることもあるのですが、危険の感知が緩くなるところがあります。ときには斎藤さんのような経験豊富なベテラン社員に見てもらうと視点が変わって、多面的に育成ができます。また年齢が近いと注意に対して反発することもありますが、年齢が離れていると素直に聞き入れてくれるように感じています」と話します。  最後に今後の事業の展望について、加川統括部長にうかがうと、「人手不足で入社希望者も少なく、ドライバーをどれだけ確保できるかが命題です。高齢社員が活き活き働ける環境を整え、同時に若手の育成とどれだけ高齢社員の知恵を引き継いでいけるかに、継続して取り組んでいきます」と力強く語ってくれました。  今回の取材を終え樋口プランナーは、「高齢社員に仕事を任せることに消極的な会社は少なくありませんが、山形陸運は年齢とは関係なく、適切な仕事を適切な人材に任せています。また、高齢社員にも新たな資格取得を推奨したり、高齢社員自身が楽しんで仕事に臨んでいたりする姿勢がすばらしいと思います。同社の前向きな取組みは、企業や業界のイメージアップにつながっています。これからも取組みを発信していただき、高齢社員の活躍につなげていただきたいと思います」と期待を込めて話してくれました。  国や自治体も認める、同社の健康経営をはじめとする働きやすい職場づくりが、高齢社員をさらに活気づけていくに違いありません。 (取材・西村玲) ★「健康経営○R」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。 ※1 山形労働局「令和5年 高年齢者雇用状況等報告」(2023年) ※2 https://www.jeed.go.jp/elderly/employer/startwork_services.html ※3 ア公労使……ア(70歳雇用推進プランナー・高年齢者雇用アドバイザー)+公労使、樋口プランナーによる造語 樋口智成 プランナー アドバイザー・プランナー歴:25年 [樋口プランナーから] 「経営がよくないと高齢者雇用はうまくいきません。『“ア公労使”※3が喜ぶアドバイザー活動、70歳就業、生涯現役社会』をモットーに、だれもが満足できる事業活動の実現に努めています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆山形支部高齢・障害者業務課の宍戸課長は樋口プランナーについて「1999年より当該業務に従事しており、中小企業診断士の資格を持ち、人事労務管理、職場改善などを得意分野に、豊富な経験を活かして企業が取り組むべき対策などについてわかりやすい解説を行い、事業主から厚い信頼を得ています。また、地域ワークショップや就業意識向上研修の講師としても実績があり、当支部にとって欠かせないプランナーです」と話します。 ◆山形支部高齢・障害者業務課は、山形市北部に位置し、JR漆山(うるしやま)駅より徒歩15分の場所にあり、天てん童どう市に隣接しています。周辺地域には工業団地が所在し、機械、木工、印刷などをはじめ、多くの企業が立地し、山形市の地場産業を支える工業団地として大きな役割をになっています。 ◆同県では5人の70歳雇用推進プランナーが活動しており、2023年度は延べ299事業所の相談に対応し、高齢者雇用に関する相談・助言業務を実施しました。 ◆相談・助言を無料で実施しています。お気軽にお問い合わせください。 ●山形支部高齢・障害者業務課 住所:山形県山形市漆山1954 山形職業能力開発促進センター内 電話:023-674-9567 写真のキャプション 山形県山形市 山形陸運株式会社 本社 加川博丈執行役員管理統括部長 点呼の状況を確認する五十嵐秀雄さん 出発前に気を引き締める斎藤利博さん 【P40-41】 第97回 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは  河野泰士さん(71歳)は長年、経理畑、財務畑でキャリアを積み重ねてきた。60歳以降も経理の第一線で活躍しつつ、シニアの人材発掘の分野でも手腕を発揮。シニアの働きやすい環境づくりを目ざす河野さんが、生涯現役で働くことの醍醐味を語る。 タイキ株式会社 総務部長兼経理部長 河野(かわの)泰士(やすし)さん 「英文会計」が拓いてくれた未来  私は九州の宮崎県宮崎市に生まれました。風光明媚な日南(にちなん)海岸の近くです。高校まで地元で過ごし、長崎の大学で経済学を学んだあと、大阪の商社に就職しました。最初は営業部に配属され、その後は経理部で勤務しました。4年間の在籍でしたが、経理の基本を学ばせてもらいました。28歳のとき、設立されて間もない外資系のメーカーに転職しました。新しい会社では経理担当者が私一人だけだったため、必要に応じてカルチャーセンターなどで英文会計を学びました。社内ではアメリカ人上司の指導を受けながらアメリカの本社に関する月次報告や日本法人の社長に対しての経理報告を担当しました。  入社して2年後に本社が東京に移転することにともない、私も上京しました。  36歳のとき、ヘッドハンティングで外資系の生命保険会社に経理課長として入社しました。経理の経験はあったものの保険会計は一から学ぶことが多く、苦労もしましたがやりがいもありました。ここで18年近く経理と財務業務に従事しました。  その後、縁あってスイスが本社の損害保険会社の日本支店に財務部長として招かれ、7年間勤務しました。大学卒業後、一貫して経理全般に従事し、生命保険や損害保険の会計・税務の経験を重ねられたことは宝物だと思っています。  英文会計とは、アメリカの会計制度に準じて、英語による会計・簿記を行うこと。「ヘッドハンティングはたまたま英文会計ができたからです」と河野さんは謙遜するが、資格取得の過程では不断の努力があったに違いない。 タイミングと「ご縁」を糧にして  若いころから英語が好きで、英会話も少しできましたが、やはり上司がすべて外国人という職場は、いま思えば鍛錬の場だったと思います。社会人になってからも、英会話学校などで英語を学びました。英語力を磨き、英文会計を習得したことで新しい世界がどんどん拓かれ、転職によってステップアップできたことは恵まれていたと思います。  私にとって4社目の損害保険の会社は65歳が定年で、60歳を迎えたとき、会社に残る道はありました。ただ、節目の年を迎えていろいろ思うことがあり、これからの生き方も考えるようになっていました。そんな折に、2社目の外資系メーカーのOB会があり、かつての上司からタイキ株式会社を紹介されました。上司は公認会計士で、現在の顧問先である会社の経理担当者が退職してたいへん困っているから力を貸してくれないかということでした。  人生とはタイミングだと私は思います。いろいろ考え始めたころにOB会があり、そこでかつての上司に声をかけられたのもご縁かなと思い、いわば第二の人生を歩むことを決めました。入社して10年ほどが経ちますが、現在は総務部長兼経理部長として多忙な日々を送っています。  タイキ株式会社は、自動車のランプに内装されているゴムスポンジの加工をメインの事業としている。技術の継承の意味からもシニア雇用に力を入れており、人材育成の経験も豊富な河野さんなればこそ、会社とマッチングが成功した。 シニア雇用に注力  タイキ株式会社は7年ほど前から、東京都が設置した「東京しごとセンター」の「東京キャリア・トライアル65」を利用して、積極的にシニアを雇用しています。私が入社した時期と東京都のシニア雇用の取組みが偶然に重なり、結果としては私の入社がシニア雇用のきっかけとなったようです。現在8人のシニアが働いていますが、ISOや品質管理、営業全体のマネジメントの分野で優秀な経験者を採用できました。私は経理で入社しましたが、総務部長でもあるため、採用も担当しており、雑誌などのシニア雇用に関する取材を一手に引き受けています。  当社の埼玉工場で工場長を務める人は「東京キャリア・トライアル65」を利用して昨年入社しました。自動車製造会社で工場の責任者を長年務めてきたキャリアを活かして、生産管理から納期管理、品質管理をにない、工場を動かす即戦力となっています。シニアの勤務日数は希望を優先することができ、週に3日か4日、健康状態に合わせて働いている人が多いです。  シニアの強みは、長い経験に裏づけられた仕事の質だと思います。私自身も60歳からスタートした職場で、経理から総務全般を任されていますが、これまでの自分の経験が活かされる場面は多いです。 生涯現役であることのよろこび  大学を出てからずっと走り続けてきました。60歳になったときに4カ月ほどのんびり過ごしましたが、幸いなことにそのときいまのタイキ株式会社と出会いました。正直、会社については名前も知リませんでした。ただ、信頼する上司の推薦もあり、私の仕事は職種が違ってもするべきことは同じですから不安はなかったです。  いまの働き方としては勤務日数が調整できますが、一人で総務や経理をになっていることもあり、週5日、フルタイムで働いています。私にとってはフルタイム勤務が合っているようです。具体的な仕事は、経理部門では決算関係、支払いや売掛金の回収、税金関係など多岐にわたります。給与計算は外部に依頼していますが、データはすべて私がまとめています。総務部門の重要な仕事は採用で、そのほか総務全般の仕事があり、つねに忙しいですが、楽しくこなしています。  英文会計の経験が活かされることは少ないですが、やはり英語には少しでも触れていたくて、新聞の英語のクロスワードを解くことをずっと楽しんでいます。また、活字に触れることが昔から好きで、電子版の新聞を三紙読んでいます。郷里の「宮崎日日新聞」にも目を通していて、だれかに伝えたい記事があるとメールで郷里の友人たちに教えています。早くに故郷を飛び出したのでどこかでつながっていたい部分があるのかもしれません。  日ごろは、晩酌もほどほどでなるべく歩くようにしているほかはこれといった健康法もなく、おもしろみがないと思われるかもしれませんが、やはり私のよろこびは健康で働き続けることだと思っています。幸い社屋にはエレベーターがないので、毎日せっせと階段を昇っていますが、その瞬間にも現役であることの誇りがあると思っています。だから、明日も私は私の仕事に会いに、ここへやってきます。 【P42-45】 知っておきたい労働法Q& A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第76回 事業場外労働と残業代、定年後再雇用における労働条件の調整 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 事業場外労働における残業代の取扱いについて知りたい  日中に外で業務を行うことから、事業場外労働によるみなし労働時間として取り扱っていたところ、始業や終業の時間を報告して把握できたはずだという理由で、残業代を請求されたのですが、支払わなければならないのでしょうか。 A  業務の内容があらかじめ定まらず、報告を受けてもその正確性を確認できないような場合には、適用は否定されません。 1 事業場外労働によるみなし労働時間制  労働基準法第38条の2第1項は、「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす」という定めを置いています。  このような規定が置かれている理由は、事業場外においては、指揮監督が及ばず、労働時間の算定が困難な業務を対象として、労働時間について、所定労働時間労働したものとみなすこととし、労働者にとっては労務提供を実際に行っていたか立証する必要がなくなり、使用者にとっては事業場外で労務提供を行うことを許容することができるようにしています。  同条が定める要件は、@「事業場外」であることに加えて、A「労働時間を算定し難いとき」という二つですが、労働時間を算定しがたいか否かについては、現在ではその評価がむずかしくなってきています。というのも、始業や終業の時間を把握するという意味では、携帯電話での連絡、スマートフォンを利用したチャット、クラウド勤怠システムによる勤怠管理なども技術的には可能となっており、同条が定められた当時とは状況が大きく異なってきているからです。  そのため、近年では事業場外労働によるみなし労働時間制の適用が否定される裁判例も多く、その取扱いには慎重にならざるを得ない面があります。他方で、在宅勤務を含むテレワークにおいても、事業場外労働は適用可能性があるとされており、現在においても適用が必要な場合もあります。 2 適用を否定した最高裁判決の存在  海外旅行の添乗員について、事業場外労働のみなし労働時間制が適用されるか否かが争点となった事案があります(最高裁平成26年1月24日判決、阪急トラベルサポート〈派遣添乗員・第2〉事件)。  同事件において、海外旅行の派遣添乗員が、時間外労働を理由とした未払い割増賃金の支払いを求めたところ、使用者が、事業場外みなし労働時間制が適用されるものと反論していました。  前述の通り、事業場外みなし労働時間制が適用されるためには、二つの要件を充足することが必要とされていますが、この事件でも「労働時間を算定し難いとき」に該当するかが問題となりました。  海外旅行の派遣添乗員ですので、当然ながら、指揮命令をする上司が同伴していないかぎり、事業場外であり、かつ、指揮監督が困難な状況とはいえそうです。しかしながら、最高裁は、このような事案において、添乗員に対する事業場外みなし労働時間制の適用を否定しました。その理由は、あらかじめ旅程や所要時間が定まっており、その通りに進行することが業務であったことや、その内容も報告が必要であったこと、イレギュラーな事態が生じたときには報告して指示を仰ぐことが求められていたことなどがあげられています。  最高裁は、適用の可否を判断するために必要な考慮要素について、「業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等」という整理をしています。とはいえ、考慮要素を列挙されただけでは、どういった事情があれば適用可能であるのかということは明らかにはなりません。  一見すると、事業場外労働と認められそうな事案において、その適用が否定されたことにより、事業場外労働の適用範囲の判断はむずかしくなりました。 3 新たな最高裁判決  最近、新たに事業場外労働のみなし労働時間制が適用されるか否かが争点となった事件が最高裁で判断されました(最高裁令和6年4月16日判決、協同組合グローブ事件)。  外国人技能実習生の指導員として働いていた労働者が、外国人技能実習生を受け入れている企業や当該実習生をサポートするために、熊本県内および九州各地に所在する企業などを訪問するような業務を行っていたところ、事業場外労働のみなし労働時間制が適用されないものとして未払い賃金を請求したという事案です。  第1審および控訴審においては、いずれも事業場外労働のみなし労働時間制の適用を否定して、未払い賃金の支払いを命じました。その際には、阪急トラベルサポート事件が示した考慮要素に基づき、業務状況を逐一確認することは困難であるが、業務日報の内容を確認すれば、その内容を把握し、外国人技能実習生や彼らを受け入れている企業に確認をすることも可能であったことなどから、正確性も担保されているとして、労働時間の算定が困難ではなかったという結論を導いています。  たしかに、阪急トラベルサポート事件においても、業務内容を事後的に報告することとされていたことが考慮されて、事業場外労働のみなし労働時間制の適用が否定されており、その判断に沿ったものといえそうです。  しかしながら、最高裁は、この結論を否定し、事業場外労働のみなし労働時間制の適用可否を判断するにあたって、業務日報が提出されているだけでは足りず、その正確性を担保する手段をより具体的に検討する必要があるとして、破棄したうえ、高裁で審理をやり直すよう差戻しを行いました。  第1審と控訴審は、かつて最高裁があげた考慮要素をもとに判断しましたが、それでも最高裁に差し戻されており、このことは法律解釈のプロである裁判官ですら、事業場外労働のみなし労働時間制が適用されるかどうかを判断することはむずかしいということを端的に示しているように思われます。  どのような相違があったのかという点は、最高裁判決をしっかりと見比べる必要がありますが、大きな相違点としては、業務内容があらかじめ確定しているか否か(協同組合グローブ事件の場合は裁量や変更可能性があった)、事後的な報告の正確性を担保する手段が現実的であるか否か(協同組合グローブ事件では一般的な可能性しか指摘されていなかった)といった点があげられます。事業場外労働が導入された背景である、業務に対する具体的な指揮監督が困難であるか否かという点に立ち返って、業務に対する裁量や確認方法の現実性を見ていく必要があります。 Q2 定年から再雇用契約の締結までに時間がかかってしまった場合の会社の責任について知りたい  定年後再雇用する際に、当該社員より就業場所の変更などを希望されたのですが、従前と同様の場所で働いてもらいたいので、協議していたところ、定年を迎えてから再雇用契約を締結するまでに期間が空いてしまいました。高年齢者雇用安定法に違反する対応になるのでしょうか。 A  定年後の労働条件が合致しなかったことが理由であれば、やむを得ないものとして許容されると考えられます。 1 定年後再雇用制度  高年齢者雇用安定法は、65歳までの継続雇用を義務づけており、事業主は、労働者が60歳で定年を迎える場合には、その後継続雇用することが必要となります。  継続雇用制度は、現に雇用する労働者が希望するときは、定年後も引き続いて雇用する制度をいうとされており、原則として60歳定年を迎えるときには継続雇用の条件が定まり、定年と継続雇用には隙間がないように対応することが望ましいといえます。  ここに隙間が生じた場合には、例えば、高年齢雇用継続基本給付金をその間受給できなくなってしまい、収入への影響が生じることがあるなど、労働者にとっては不利益が生じることになりかねません。  そのため、定年を迎えるまでに労働条件に関する協議や定年後の継続雇用に関する労働契約を締結しておくことが適切といえます。  しかしながら、使用者としても合理的な裁量の範囲で労働条件の変更が可能であるうえ、労働者にとっても定年後の労働条件の変更を希望する場合もあり、条件が合致しない可能性もあります。使用者からすれば、労働条件が合致しない以上は継続雇用に関する労働契約が成立しなかったものとして扱うことが可能な場合が多いですが、それを必ずしも望んでいるわけではない場合もあるでしょう。 2 協議しているうちに定年を超えてしまったとき  理想的な形で、定年前に労働条件が合致できればよいのですが、定年からしばらくしてから条件が合致したときに、使用者は高年齢者雇用安定法違反を問われるのでしょうか。  仮に、労働条件が合致しないまま、定年退職をして、その後も労働条件が合致しなかった場合、使用者が合理的な裁量の範囲内において提示した条件であったのであれば、違法となることはなく、高年齢者雇用安定法違反となることもないと考えられます。しかしながら、定年後しばらくしてから成立したときの解釈については、参考になる見解はあまり存在しておらず、どのような取扱いとなるのか不明瞭なところがあります。  このような事態について、裁判で争われた珍しい事例がありますので、ご紹介します(大阪地裁令和4年10月14日判決)。  この事案は、従業員であった原告が、定年後再雇用契約を締結したにもかかわらず、再雇用契約を締結したのは定年退職時より遅い時期とされたため、賃金などに未払いがあり、また、健康保険料を支払わなければならない、高年齢雇用継続基本給付金が受給できないなどの損害が生じたとして、損害賠償などを求めた事案です。  原告である労働者は、定年直後に継続雇用の合意が成立していたと主張していますが、被告である使用者は、定年を迎えてから紆余曲折を経て、合意に至ったもので、定年直後の合意は成立していないと主張しています。  紆余曲折の内容としては、定年前のアンケートでは、定年後の就業場所について変更の希望があったほか、継続雇用を希望しない旨の連絡を一度行っていましたが、その後あらためて定年後再雇用を希望すると伝え、使用者から継続雇用の労働条件を伝えたものの、就業場所について拒絶されてしまっていました。その後、あらためて労働者から使用者に対して、使用者が提示した就業場所で構わないと伝えたものの、数日後にはやはり嫌であると述べるなど二転三転し、使用者としては従前の就業場所と同様とすることを示唆したところ、原告が当該就業場所の所長に電話をかけて希望叶わず配属になったので今後は好きにさせてもらうなどと伝えたことから、やむなく別の就業場所での勤務を提案した、というものでした。  最終的に定年後の再雇用に関する雇用契約書が作成されたのは、定年からおよそ半年程度経過している段階でしたが、原告は、定年直後に再雇用の合意があったものと主張していたということになります。  裁判所は、使用者においては、定年後再雇用契約の場合は、原則として従前配属されていた営業所に配属する運用であったことや、原告が意向を変更したことを受けて対応していたことなどを認定したうえで、「原告の希望を踏まえて配属先を調整したり、原告の健康状態を確認するなどしていたため、原告の定年退職前あるいは定年退職後直ちに再雇用契約を締結することができ」なかったという経緯は、合理的なものとして首肯することができる、と判断しています。  そして、原告が請求していた損害(被告が定年後再雇用契約を締結したにもかかわらず、被告が同日に定年後再雇用契約を締結していない扱いとしたため、健康保険料全額の支払いをしなければならなくなった、高年齢雇用継続基本給付金の支給を受けることができなかった)についても、その請求は前提を欠いており、失当であると判断されています。  裁判所としても、定年後の再雇用において、労働条件が合致していない間については、たとえ継続雇用が使用者の義務であるとはいえ、強制するわけではなく、その合意に向けた手続きがきちんととられているかぎりは、合理的なものとして首肯できると判断しています。定年後再雇用において、労働条件がうまく合致しない場合における対応方針を定めるにあたって参考になる事例と思い、紹介します。 【P46-47】 シニア社員を活かすための面談入門 株式会社パーソル総合研究所 組織力強化事業本部 キャリア開発部 土方(ひじかた)浩之(ひろゆき)  長年の職業人生のなかでつちかってきた豊富な経験や知見を持つシニア社員。その武器を活かし、会社の戦力として活躍してもらうために重要となるのが「面談」です。仕事内容や役割、立場が変化していくなかで、シニア社員のやる気を引き出し、活き活きと働いてもらうための面談のポイントについて、人と組織に関するさまざまな調査・研究を行っているパーソル総合研究所が解説します。 第4回 再雇用、定年延長後の目標設定におけるポイントやコツ はじめに  近年、高齢化社会の進展、また労働力人口の減少にともない、企業における定年後再雇用や定年延長後のシニア層の戦力化への期待が高まっています。株式会社パーソル総合研究所と中央大学の調査では、2025年には505万人、2030年には644万人の労働力が不足するという結果が出ていますが※1、この労働力人口不足を解消するためにはシニア層の活躍が不可欠です。  一方で、日本企業のなかで高い労務構成比率を占めるシニア層の戦力化の実態はどうでしょうか。ポストオフや役割変化など、さまざまな人事施策の影響によりパフォーマンスが停滞しがちという現実があります。シニア層に再雇用、定年延長後もパフォーマンスを発揮し続けてもらうためにも目標設定のあり方は重要なテーマです。  再雇用者、定年延長者が目標設定をネガティブに受けとめるか、新たなキャリアを築く躍進への糧として受け入れるか。シニア層の戦力化に向けてこの課題に真摯に取り組むことが、企業の持続的成長の鍵です。  本章では、さまざまなトランジションを経て現在に至るシニア層が、新たなキャリア形成にポジティブに向き合うための目標設定のポイントやコツを解説します。 「いまさら目標設定?」シニア層の心理的側面を知る  まずは再雇用者、定年延長後のシニア層の心理的側面を上司は把握しておく必要があります。一般的にシニア層は「ポストオフ」や「再雇用後の年収変化」といった負のトランジションを経て定年を迎えています。ある方は、ポストオフで自分の居場所を失ったままかもしれません。あるいは定年後、収入が大幅に下がり、モチベーションを喚起する材料を持てないまま残りのキャリアをやり過ごそうとしているかもしれません。  本来、人事制度において「目標」とは、従業員の業務パフォーマンスやキャリア成長の促進のために設定されるものですが、多くの場合シニア層の心の状態と目標設定の意義との間に大きなギャップが存在しています。パーソル総合研究所の調査では、ポストオフを制度として導入している企業の比率は57%※2、さらに再雇用後に平均44%も収入がダウンするという結果が出ています※3。つまり大半のシニア層は「いまさら目標?」、「目標を達成して何かよいことがあるのか?」などと、懐疑的な思いを抱いています。  さて、評価制度の根幹は「目標設定」と「フィードバック」ですが、これらを支えていたものは「外発的動機づけ」です。つまり「昇給したい」や「昇格したい」といった目に見える動機がモチベーョンの源泉となっているのです。一方で、シニア層には外発的動機づけは働きません。動機のメインエンジンを失った状態にいるのです。ではシニア層のエンジンとなり得るものとは何でしょうか?  それは「内発的動機づけ」です。内発的動機づけをいかに喚起させるかが、上司が押さえておかなければならない重要な課題です。 再雇用、定年延長後の目標設定のポイント  内発的動機づけとは、昇給や昇格などのインセンティブではなく、個人の内面から湧き上がる興味や満足感に基づいて行動を起こすことをさします。これは、活動そのものが楽しい、興味深い、挑戦的であると感じる場合に生じます。シニア層に与えられる仕事はこれらの要素を満たすものばかりではありませんが、目標設定において最も重きを置くべきポイントは“目標の意味づけ”と“仕事の意味づけ”です。  仕事の意味づけとは、個人が自分の仕事に対して感じる意義や価値をさしますが、具体的には「自分の担当業務は何に貢献するのか」、あるいは「自分は何のニーズを満たすために存在するのか」、「ニーズを満たすために果たすべき役割は何か」という視点で形成されるものです。  空港の清掃業務に従事されている方が、「自分の仕事は世界の方々に日本の清潔さをアピールすることです」とテレビの取材でお話しになられたエピソードが有名ですが、まさしくこれが仕事の意味づけです。  「組織のこのミッションを達成するうえで〇〇さんの経験をお借りしたいのです」  「〇〇さんの△△の知見をメンバーに伝播させることが事業部の成果に直結するのです」  このように、目標設定における仕事の意味づけは従業員のモチベーションや満足度、ひいてはパフォーマンスに大きく影響します。上司や経営者は、シニア層が自分の仕事にポジティブな意味づけを感じられるような環境を整えることが重要です。  またシニア層にとっても、挑戦意欲を刺激する要素も必要です。 【目標の高さ】どのくらいの(程度・水準)を目ざすのか 【目標の方向性】どんな成果・成長を目ざすのか 【目標の目じるし】「目標」の表現の仕方  シニア層にとって自分に相応しく、達成基準が明確な目標は再び奮い立たせる起爆剤です。この三つの視点もシニア層の躍進に向けて押さえるべきポイントです。 年上部下との信頼の確保  再雇用者、定年延長者との目標設定面談は、年上の部下に対して行うケースが大半ではないでしょうか。そのため、目標のコミットメントや合意性の確保は、年下部下との面談よりも配慮が必要です。それは、上司の聞き手としての姿勢です。相手の年齢や経験を尊重し、謙虚な姿勢で接することが重要であり、意見や考えに真剣に耳を傾けることで、年上部下との信頼関係が得られます。  開かれた、開放的な対話の場をつくり、相手が自由に意見や感情を表現できるように心がけることで目標の合意性が高められます。面談において以下の三つのポイントを意識すると開放的な対話の場をつくるために有効です。 @部下の強みを伝える/部下との対話に興味を持つ A上司も完璧でなくてよい/上司もちょっとした自身の課題や悩みを話す Bまずは、受け入れる/そのままを受け入れる。判断も評価も否定もしない  以上、再雇用、定年延長後の目標設定におけるポイントやコツについて解説してきましたが、すべてに共通するキーワードは、シニア層の「自己効力感の再形成」です。シニア層の大半はこれまで会社の発展に貢献してきたという自信を持たれています。長年つちかってきた自己効力感を再び解き放つ場をつくるためにも、目標設定と面談の重要性をあらためてご理解ください。 ※1 パーソル総合研究所、中央大学「労働市場の未来推計2030」(2018年) ※2 パーソル総合研究所「大手企業における管理職の異動配置に関する実態調査」(2022年) ※3 パーソル総合研究所「シニア従業員とその同僚の就労意識に関する定量調査」(2021年) 【P48-49】 いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第50回 「副業・兼業」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、副業・兼業について取り上げます。 副業と兼業の各々の定義は多様  副業・兼業とは、読んで字のごとくで「二つ以上の仕事をかけ持ちすること」をいいます。このなかには複数の会社と雇用契約を結ぶことや、事業主として複数の会社の業務を請負や委任といった形で請け負うことなどさまざまな形態が想定されています。  しかし、よくみると“副業”と“兼業”という似たような言葉が並列になっていて、何が異なるのかと気になる方もいらっしゃるかと思います。この点についてはじつは明確ではなく、企業によって定義は多様で、政府が発行している資料でも使い分けているケースと分けていないケースがあります。区別する場合には、「副業=収入を得るためにたずさわる本業以外の仕事(本業がメイン業務、副業がサブ業務)」、「兼業=同程度の労働時間や労力をかけて行う複数の仕事(メイン業務・サブ業務の別なし)」がおおよその整理かと思います。また、両者の違いをあえて明確にしない複業と呼ぶケースもあります。しかし、これらの用語の違いが法律面や手続き面で特に影響しているわけではないため、同義として扱っても問題ないと考えられています(本稿でも特に区別はしません)。 時代によって変化する副業・兼業へのスタンス  かつては、企業が就業規則上で、副業・兼業を許可しないのが一般的でした。おもな理由としては、「過重労働になり、本業に支障を来す」、「知識や技術の漏洩が懸念される」、「人材の流出につながる」といった点があげられます。また、終身雇用の志向が強い雇用環境のなかで、副業・兼業自体に心理的な抵抗感が企業・従業員双方にあったことは想像に難くありません。  しかし、政府は2017(平成29)年3月の『働き方改革実行計画』の「5.柔軟な働き方がしやすい環境整備」のなかで、労働者の健康確保に留意しつつ、原則副業・兼業を認める方向で、副業・ 兼業を普及促進し、就業規則などで、合理的な理由なく副業・兼業を制限できないことをルールとして明確化する旨を掲げたことから、副業を認める会社が増えていくことになります。  この後、厚生労働省の『モデル就業規則』※1に副業・兼業を認める記載例を掲載したり、副業・兼業を認めるうえでの必要事項や労働時間の管理方法・雇用保険や厚生年金保険などの扱いなどを網羅した『副業・兼業の促進に関するガイドライン』※2を公表するなどして副業を促進していく環境を整えていきます。特に、副業・兼業時の労働時間の申告や通算方法、法定外労働の扱いがわかりにくいとされていましたが、このガイドラインで簡便な労働時間管理の方法(管理モデル)を示したことにより、副業・兼業の手続き上の負荷が減ったといわれています。  また、経営者の団体である一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)も働き手のエンゲージメントを高め、働き方改革フェーズUを推進するとして副業・兼業の促進を提言し※3、2023(令和5)年10月の第17回規制改革推進会議のなかでも岸田首相が、兼業・副業の円滑化をはじめとする雇用関係の制度の見直しに言及するなど、政府と企業側が副業・兼業を牽引していくという流れが近年明確になっています。 副業・兼業のメリットは大きい  このような流れにあわせて、副業・兼業従事者の数も増加傾向にあります。『令和4年就業構造基本調査』(総務省統計局)※4内に「副業がある者の推移―全国」というグラフがありますが、2012年には214.6万人だったのが、2017年245.1万人、2022年304.9万人と、特に2017年以降の伸びが大きくなっています。また、経団連が2022年10月に提示した『副業・兼業に関するアンケート調査結果』※5を参照すると社外で副業・兼業することを認めている企業は、従業員数100人未満企業で31.6%のところ5000人以上規模で66.7%と、企業規模が大きいほど認めている企業の割合が大きくなっています。  副業・兼業のメリットについて、従業員にとっては収入の増加や新たな知識・スキル習得、多様なキャリア形成、起業準備に役立つなどがあげられることが多いですが、企業にとってはどのようなメリットがあるのでしょうか。図表を参照すると複数の観点からの効果が示されています。特に「社内での新規事業創出やイノベーション促進」や「社外からの客観的な視点の確保」を目的に副業・兼業を認めている会社も多くあります。従来の日本企業のあり方では、ものの見方や考え方が当該企業の枠組内にとどまり、イノベーションが起きにくい、組織が停滞し環境変化に対応しにくいといった課題が発生しやすくなるため、副業・兼業の推進が解決策の一つになることが期待されているのです。  高齢者雇用・活躍推進の観点からも副業・兼業は有益です。副業・兼業を通じた知識・スキルの習得が、新たな業務・分野への挑戦や業務遂行能力の維持・向上を促進し、長く働き続けることへプラスの影響を与えます。「本業で従事していた企業を定年後に退職し、副業・兼業していた会社で働き続ける」、「副業・兼業でつちかったスキルや経験を活かし、その道の専門家としての業務委託契約を締結することで、就労機会の確保を実現する」、といった事例もしばしばみられるようになっています。  次回は、「エンゲージメント」について解説します。 ※1 モデル就業規則……https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/model/index.html ※2 副業・兼業の促進に関するガイドライン……https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000192188.html ※3 副業・兼業の促進 働き方改革フェーズUとエンゲージメント向上を目指して……https://www.keidanren.or.jp/policy/2021/090.html ※4 令和4年就業構造基本調査……https://www.stat.go.jp/data/shugyou/2022/index2.html ※5 副業・兼業に関するアンケート調査結果……https://www.keidanren.or.jp/journal/times/2022/1027_04.html 図表 社外からの受入:認めたことによる効果 人材の確保 53.3% 社内での新規事業創出やイノベーション促進 42.2% 社外からの客観的な視点の確保 35.6% 自社で活用できる他業種の知見・スキルの習得 24.4% 習得した他業種の知見・スキルの展開による生産性向上 17.8% 自社で活用できる人脈の獲得 17.8% 採用競争力の向上 4.4% 企業イメージの向上 4.4% 都市部の企業等との関係構築 0.0% 地方の企業等との関係構築 0.0% 社内風土の転換 0.0% その他 8.9% 特に効果は出ていない 4.4% ※該当する項目を上位3つまで選択する形式 ※社外からの副業・兼業人材の受入を認めている企業45社における比率 出典:『副業・兼業に関するアンケート調査結果』一般社団法人日本経済団体連合会、2022年10月11日 【P50-53】 労務資料 令和5年度「能力開発基本調査」の結果概要 厚生労働省 人材開発統括官付参事官(人材開発政策担当)付政策企画室  厚生労働省では、企業の能力開発の方針や事業所と労働者の教育訓練の実態を明らかにし、今後の職業能力開発行政に活用することを目的として、2001(平成13)年度から毎年度「能力開発基本調査」を実施しています。  令和5年度は、常用労働者30人以上を雇用している7318企業(有効回答率56.3%)・7026事業所(同54.3%)、調査対象事業所に属している労働者1万9574人(同43.6%)を対象に実施しました。  本誌では、この発表資料をもとに、個人調査における「自己啓発」の実施状況等を中心に抜粋して紹介します(編集部) 事業所調査 (1)教育訓練の実施に関する事項について @OFF−JTの実施状況  令和5年度調査において、正社員または正社員以外に対してOFF−JTを実施したと回答した事業所は72.6%であり、その内訳をみると、「正社員と正社員以外、両方実施した」は27.1%、「正社員のみ実施した」は44.3%、「正社員以外のみ実施した」は1.2%であった。一方、「OFF−JTを実施していない」とする事業所は27.2%であった。  OFF −JTを実施した対象を職層等別にみると、正社員では「新入社員」が58.9%、「中堅社員」が56.9%、「管理職層」が48.0%となっており、「正社員以外」は28.3%となった。  正社員に対してOFF−JTを実施した事業所割合は、前回(70.4%)と同水準の71.4%となり、3年移動平均の推移でみると、直近では上昇に転じている。  正社員以外に対してOFF−JTを実施した事業所割合は前回(29.6%)と同水準の28.3%であり、正社員に比べて低い割合になっている。  (中略) 個人調査  (中略) (3)自己啓発について @自己啓発の実施状況  令和4年度に自己啓発を行った者は、「労働者全体」では34.4%であり、「正社員」で44.1%、「正社員以外」で16.7%と、正社員以外の実施率が低くなっている。  男女別にみると、「男性」は39.9%、「女性」は28.0%と、女性の実施率が低くなっている。  最終学歴別では、「中学・高等学校・中等教育学校」(21.4%)、「専修学校・短大・高専」(29.3%)、「大学(文系)」(47.9%)、「大学(理系)」(49.4%)、「大学院(文系)」(58.9%)、「大学院(理系)」(69.6%)と、特に「大学院(理系)」での実施率が高くなっている。  年齢別にみると、20歳以上では、「20〜29歳」(41.6%)、「30〜39歳」(39.5%)、「40〜49歳」(35.6%)、「50〜59歳」(29.1%)、「60歳以上」(22.1%)と、年齢階級が高くなるほど実施率が低くなっている。  産業別にみると、正社員では、「情報通信業」(67.9%)で最も高く、「複合サービス事業」(22.4%)で最も低くなっている。正社員以外では、最も高い「情報通信業」(38.2%)でも3割台であり、最も低い「生活関連サービス業、娯楽業」では11.2%となった。  企業規模別にみると、正社員では「30〜49人」(27.2%)、「50〜99人」(34.8%)、「100〜299人」(36.7%)、「300〜999人」(51.2%)、「1000人以上」(51.9%)と、規模が大きくなるに従って実施率が高くなっており、「300〜999人」、「1000人以上」では実施率が5割を超えている。一方、正社員以外では、最も高い「1000人以上」でも18.7%にとどまっている。 A自己啓発の実施方法  自己啓発の実施方法は、正社員では「eラーニング(インターネット)による学習」を挙げる者の割合が43.6%で最も高く、次いで、「ラジオ、テレビ、専門書等による自学、自習」(35.3%)、「社内の自主的な勉強会、研究会への参加」(23.7%)、「社外の勉強会、研究会への参加」(20.2%)、「通信教育の受講」(16.5%)が続いている。正社員以外においても、「eラーニング(インターネット)による学習」(41.2%)を挙げる割合が最も高く、以下、正社員と同様に、「ラジオ、テレビ、専門書等による自学、自習」(31.0%)、「社内の自主的な勉強会、研究会への参加」(16.7%)が続いている。 B自己啓発を行った者の延べ実施時間(図表1)  令和4年度に自己啓発を行った者の延べ実施時間では、労働者全体でみると、「5時間未満」が14.7%、「5時間以上10時間未満」が18.9%、「10時間以上20時間未満」が17.4%と、20時間未満の者が全体の半数を占めている。正社員と正社員以外を比較すると、「5時間未満」(正社員12.7%、正社員以外24.2%)、「5時間以上10時間未満」(正社員18.3%、正社員以外21.8%)などの割合では、正社員が正社員以外を下回っている。  自己啓発を行った者の平均延べ自己啓発実施時間(推計)※1をみると、「労働者全体」では42.2時間であり、「正社員」(42.3時間)、「正社員以外」(41.5時間)ともに40時間を超えている。  男女別では、「男性」は44.7時間、「女性」は38.1時間と、女性が少なくなっている。  最終学歴別にみると、「中学・高等学校・中等教育学校」(31.4時間)、「専修学校・短大・高専」(36.0時間)、「大学(文系)」(52.1時間)、「大学(理系)」(39.4時間)、「大学院(文系)」(41.1時間)、「大学院(理系)」(48.4時間)と、「大学(文系)」「大学院(文系)」「大学院(理系)」が40時間を超えており、「大学(文系)」が最多となっている。  年齢別では、「20歳未満」(78.1時間)、「20〜29歳」(46.8時間)、「30〜39歳」(45.9時間)、「40〜49歳」(40.3時間)、「50〜59歳」(38.8時間)、「60歳以上」(30.2時間)と、年齢階級が高くなるほど実施時間が少なくなっている。 C自己啓発を行った者の延べ自己負担費用の状況(図表2)  自己啓発を行った者の延べ自己負担費用を労働者全体でみると、「0円」が42.7%で最も多く、以下「1円以上1千円未満」が3.7%、「1千円以上1万円未満」が21.1%、「1万円以上2万円未満」が13.2%と、2万円未満の者が8割を超えている。一方、「10万円以上20万円未満」が2.4%、「20万円以上50万円未満」が1.5%、「50万円以上」が1.0%と、10万円以上の者は1割に満たなかった。  正社員と正社員以外を比較すると、「0円」(正社員41.5%、正社員以外48.2%)、「1円以上1千円未満」(正社員3.4%、正社員以外5.1%)などでは、正社員以外が正社員を上回っている。  自己啓発を行った者の平均延べ自己負担費用(推計)※2をみると、「労働者全体」では25.1千円であり、「正社員」(25.0千円)、「正社員以外」(25.5千円)ともに25千円以上となっている。  男女別では、「男性」では24.9千円、「女性」では25.4千円と、女性の方がやや高くなっている。  最終学歴別にみると、「中学・高等学校・中等教育学校」(13.1千円)、「大学(理系)」(20.8千円)で低く、「大学院(理系)」(38.4千円)、「大学院(文系)」(34.3千円)で高くなっている。  年齢別では、「20歳未満」(33.3千円)で最も高く、「30〜39歳」(27.9千円)、「50〜59歳」(27.6千円)、「20〜29歳」(27.0千円)と続いている。 D自己啓発にかかった費用の補助の状況  自己啓発を行った者のうち、費用の補助を受けた者は、「労働者全体」では44.4%であり、「正社員」では47.8%、「正社員以外」では28.1%となっている。  男女別にみると、「男性」で47.4%、「女性」で39.5%と、女性の方が補助を受けた割合が低くなっている。  最終学歴別では、「大学院(理系)」(52.8%)で最も高い。一方、最も低い「大学院(文系)」(30.9%)は3割となっている。  年齢別にみると、「20〜29歳」で51.2%と最も高く、年齢階級が高くなるほど費用の補助を受けた割合は低くなっている。  自己啓発費用の補助を受けた者の平均補助額(推計)※3をみると、「労働者全体」は36.8千円、「正社員」は37.6千円、「正社員以外」は29.2千円であった。  男女別にみると、「男性」(43.7千円)に比べ、「女性」(23.5千円)の方が低くなっている。  最終学歴別では、「大学院(理系)」で53.8千円と最も高く、「大学院(文系)」で15.7千円と最も低くなっている。  年齢別にみると、「60歳以上」(45.8千円)で最も高く、次いで「30〜39歳」(42.4千円)、「50〜59歳」(41.6千円)と続いている。  自己啓発費用の補助を受けた者の補助主体(最も補助額の大きいもの)別の内訳をみると、労働者全体では、「勤務先の会社」が91.5%(正社員92.8%、正社員以外81.1%)と補助主体の多くを占めている。 E自己啓発を行った理由(図表3)  自己啓発を行った者のうち、自己啓発を行った理由をみると、正社員、正社員以外ともに、「現在の仕事に必要な知識・能力を身につけるため」(正社員83.4%、正社員以外74.0%)の割合が最も高く、次いで、「将来の仕事やキャリアアップに備えて」(正社員58.0%、正社員以外44.8%)、「資格取得のため」(正社員34.5%、正社員以外27.4%)と続いている。 F自己啓発を行う上での問題点(図表4)  自己啓発を行う上で何らかの問題があるとした者は、労働者全体の「総数」では80.0%(正社員83.0%、正社員以外74.5%)であった。  男女別では、「男性」の78.4%(正社員81.4%、正社員以外67.2%)に対して、「女性」は81.9%(正社員86.3%、正社員以外77.9%)と、問題があるとする割合は女性の方がやや高くなっている。  自己啓発における問題点の内訳をみると、正社員、正社員以外ともに「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」(正社員60.0%、正社員以外37.1%)、「家事・育児が忙しくて自己啓発の余裕がない」(正社員28.2%、正社員以外32.2%)、「費用がかかりすぎる」(正社員27.8%、正社員以外28.5%)の順に高くなっている。  さらに、正社員の自己啓発における問題点の内訳を男女別でみると、男性では「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」(64.3%)、「費用がかかりすぎる」(26.8%)、「どのようなコースが自分の目指すキャリアに適切なのかわからない」(22.8%)の順に高く、女性では「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」(52.2%)、「家事・育児が忙しくて自己啓発の余裕がない」(39.0%)、「費用がかかりすぎる」(29.5%)と続いている。 ※1 自己啓発の延べ実施時間の回答欄が時間階級別になっていることから、各階級の中間値を当該回答の受講時間とし、自己啓発実施時間の最高階級「200時間以上」は225時間として平均延べ自己啓発実施時間を算出した ※2 自己啓発を行った者の延べ自己負担費用の回答欄が金額階級別になっていることから、各階級の中間値を当該回答、最高階級「50万円以上」は65万円として、平均延べ自己負担費用を算出した ※3 自己負担費用の補助を受けた者の補助額の回答欄が金額階級別になっていることから、各階級の中間値を当該補助額、最高階級「50万円以上」は65万円を補助額として平均補助額を算出した 図表1 自己啓発を行った者の平均延べ実施時間(推計) (雇用形態、性、最終学歴、年齢階級別) (時間) 労働者全体 42.2 雇用形態別 正社員 42.3 正社員以外 41.5 性別 男性 44.7 女性 38.1 最終学歴別 中学・高等学校・中等教育学校 31.4 専修学校・短大・高専 36.0 大学(文系) 52.1 大学(理系) 39.4 大学院(文系) 41.1 大学院(理系) 48.4 年齢階級別 20歳未満 78.1 20〜29歳 46.8 30〜39歳 45.9 40〜49歳 40.3 50〜59歳 38.8 60歳以上 30.2 図表2 自己啓発を行った者の平均延べ自己負担費用(推計) (雇用形態、性、最終学歴、年齢階級別) (千円) 労働者全体 25.1 雇用形態別 正社員 25.0 正社員以外 25.5 性別 男性 24.9 女性 25.4 最終学歴別 中学・高等学校・中等教育学校 13.1 専修学校・短大・高専 21.5 大学(文系) 33.3 大学(理系) 20.8 大学院(文系) 34.3 大学院(理系) 38.4 年齢階級別 20歳未満 33.3 20〜29歳 27.0 30〜39歳 27.9 40〜49歳 21.5 50〜59歳 27.6 60歳以上 17.2 図表3 自己啓発を行った理由(複数回答) (%) 正社員 正社員以外 現在の仕事に必要な知識・能力を身につけるため 83.4 74.0 将来の仕事やキャリアアップに備えて 58.0 44.8 資格取得のため 34.5 27.4 昇進・昇格に備えて 20.0 6.5 転職や独立のため 8.0 13.2 退職後に備えるため 7.4 10.4 配置転換・出向に備えて 5.2 5.2 海外勤務に備えて 1.9 0.4 その他 5.9 12.8 図表4 自己啓発を行う上での問題点の内訳 (正社員・正社員以外)(複数回答) (%) 正社員 正社員以外 仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない 60.0 37.1 家事・育児が忙しくて自己啓発の余裕がない 28.2 32.2 費用がかかりすぎる 27.8 28.5 どのようなコースが自分の目指すキャリアに適切なのかわからない 25.1 26.6 自分の目指すべきキャリアがわからない 21.1 23.8 自己啓発の結果が社内で評価されない 18.1 10.7 適当な教育訓練機関が見つからない 15.0 18.0 コース等の情報が得にくい 12.5 16.0 コース受講や資格取得の効果が定かでない 12.5 11.7 休暇取得・定時退社・早退・短時間勤務の選択等が会社の都合でできない 9.6 8.5 その他の問題 4.2 9.2 【P54-55】 令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 高年齢者雇用に取り組む、事業主や人事担当者のみなさまへ  改正高年齢者雇用安定法により、70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務とされ、高年齢者の戦力化について各企業においてさまざまな施策が展開されています。  「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」では各企業の人事担当者の方々に関心の高いテーマごとに、講演や事例発表、パネルディスカッションなどを実施し、高年齢者の活躍促進にむけた展望について、みなさまとともに考えます。 参加無料・ライブ配信 ※事前申込制・先着各500名 「ジョブ型」人事から考える 〜シニア人材の戦力化  いわゆる「ジョブ型」人事を導入している企業において、職務の明確化や、それに応じた処遇についてどのように対応しているのか、制度導入の背景や経緯、導入における工夫や制度を浸透させるための苦労、運用上の課題等についてご発表いただき、高齢社員も含めた全世代の社員を活かす「ジョブ型」人事について考えます。 日時 令和6年10月10日(木)14:00〜16:30 〈プログラム〉 【基調講演】 今野浩一郎氏 学習院大学 名誉教授 【事例発表】 谷圭一郎氏 株式会社資生堂 ピープル&カルチャー本部 変革推進グループ グループマネージャー 神山靖基氏 株式会社日立製作所 人財統括本部 人事勤労本部 ジョブ型人財マネジメント推進プロジェクト シニアプロジェクトマネージャ 廣川英樹氏 三菱マテリアル株式会社 人事労政室 室長 【パネルディスカッション】 コーディネーター 今野浩一郎氏 パネリスト 事例発表3社 申込 申込締切 各開催日 当日15時まで ※専用フォームからの申込がむずかしい場合、左記お問合せ先にご連絡ください。お電話で対応させていただきます。 ※申込みの際に取得した個人情報は適切に管理され、当機構(JEED)が主催・共催・後援するシンポジウム・セミナー、刊行物の案内等にのみ利用します。利用目的の範囲内で適切に取り扱うものとし、法令で定められた場合を除き、第三者に提供することはありません。 お申込み案内ページ https://www.elder.jeed.go.jp/moushikomi.html 役職定年見直し企業から学ぶ シニア人材の戦力化  多くの企業で浸透していた役職定年制については、70歳までの就業確保措置が努力義務化されて3年が経過し、そのあり方が課題となっています。本シンポジウムでは、役職定年を廃止した企業の事例を紹介するとともに、それらの企業の処遇のあり方(役職定年廃止の実際の運用や導入の苦労)や世代間のバランス、若年層や高齢層に企業としてどのようなメッセージを発しているか、などについてディスカッションを行います。 日時 令和6年10月25日(金)14:00~16:30 〈プログラム〉 【イントロダクション】 大木栄一氏 玉川大学 経営学部国際経営学科 教授 【事例発表】 佐治正規氏 ダイキン工業株式会社 常務執行役員人事担当 人事本部長 委嘱 菊岡大輔氏 大和ハウス工業株式会社 経営管理本部 人財・組織開発部長 中村幸正氏 株式会社リコー 人事総務部 C&B室 室長 【パネルディスカッション】 コーディネーター 大木栄一氏 パネリスト 事例発表3社 ミドルシニアのキャリア再構築 〜リスキリングの重要性と企業の戦略  人生100年時代に向けて個人が働く期間が長期化した現在、中高年齢層においても、キャリア形成やキャリア形成のための支援が重要となっています。本シンポジウムでは、「キャリア」や「リスキリング」を切り口として、中高年齢層の社員も含めた社員に対してキャリア研修と能力開発機会の提供を一体的に進めている先進企業からの事例発表、制度導入の苦労や課題、中高年齢層の社員の意識の変化やモチベーションへの好影響などについてディスカッションを行います。 日時 令和6年11月28日(木)14:00~16:30 〈プログラム〉 【基調講演】 小島明子氏 株式会社日本総合研究所 創発戦略センター スペシャリスト 【事例発表】 荻野明子氏 アズビル株式会社アズビル・アカデミー 学長 戸井浩氏 株式会社明治 人財開発部 DE&I 推進G 専任課長 宮島忠文氏 株式会社社会人材コミュニケーションズ 代表取締役 【パネルディスカッション】 コーディネーター 小島明子氏 パネリスト 発表者3名 お問合せ先 高齢者雇用推進・研究部 普及啓発課 TEL:043-297-9527 【P56-57】 BOOKS できるリーダーは、「共感・支援」型!! すぐに実践したくなる秘訣が満載! リーダーシップは見えないところが9割 吉田(よしだ)幸弘(ゆきひろ) 著/青春出版社/1100円  目標達成に向けて、どのようにリーダーシップを発揮するのか。求められるリーダーの姿は、時代によって変化しているようだ。  人材コンサルタントとして3万5千人以上の管理職の育成にたずさわってきた本書の著者は、変化が激しく、価値観が多様化しているこれからの時代に求められるリーダーシップは「指示命令型」ではなく「共感型」であり、部下に直接命令して「やらせる」のではなく、部下が自主的に「やりたくなる」しかけをつくることが、リーダーの重要な役割になる、と説く。そして、できるリーダーには、部下をさりげなくフォローしたり仕事の流れを整えたりという、「見えないところ」で働きかけをして部下をうまくサポートしている共通点がみられるという。  本書は、そうしたリーダーが「見えないところ」で行っている部下育成や仕事の工夫、チーム力を高めるための習慣などをまとめている。部下育成については、役職定年や定年後再雇用で最近増えている「年上部下」にも注目し、年上部下のタイプ別にモチベーション向上への対応などを説いている。  リーダーシップのスキルに加え、自分を高めるためのノウハウも学べるビジネス書である。 充実した人生を送り心から満足するために。意識を変革させる一冊 後悔しない時間の使い方 ティボ・ムリス 著、弓場(ゆみば)隆(たかし) 訳/ディスカヴァー・トゥエンティワン/1980円  「つい先延ばしにしてしまう」、「集中力が続かない」、「『時間がない』という不平や口実をいい続けている」…。いずれも「自分のことのようだ」と胸に手をあてた人が多いのではないか。  「できるかぎり有意義な時間を過ごし、なるべく後悔せずに充実した人生を送るにはどうすればいいだろうか?」。本書は、この問いをメインテーマにして、後悔しない時間の使い方を伝えていく。時間管理術のようなノウハウを学ぶものではなく、意識改革をうながす内容だ。五つのサブテーマ(生産性の本質を理解する、時間に対する認識を改める、有意義な時間を過ごす、時間を有効に使う、驚異的な集中力を養う)について、その意義を学んだり考えたりしながら、「時間」に対するとらえ方を変えていく。  例えば、生産性に関するサブテーマでは、先延ばし癖の本質とその克服法を取り上げ、先延ばしする理由を八つあげて、対処法を示している。解説の合間には、読者が自身を見つめるための「エクササイズ」がいくつか散りばめられていて、飽きずに読み進めることができる。  年齢にかかわらず、「時間を大切にして、より大きな充実感を得たい」と望んでいる人にとって有意義な一冊といえるだろう。 これからの時代に必須なスキル、ChatGPTの基礎から応用まで 基礎からDALL・E、GPTsまで徹底解説 ChatGPTスゴイ活用術 AI部 著/マイナビ出版/2288円  ChatGPTは、2022(令和4)年11月に発表された。以降、ものすごい勢いで世界にユーザーが増えている。ChatGPTのサイトで質問したいことをテキストで入力すると、すぐに回答してくれるAIのサービスだが、まるで人間と対話しているような自然な文章で答えてくれることで注目を集めた。文章の作成や要約、翻訳、プログラミングを行うこともできる。しかも、さまざまな言語に対応している。  本書は、ChatGPTの基礎知識から応用的な活用方法まで網羅的に紹介。本書を読むことで、ChatGPTを効果的に活用する方法を理解することが期待できる。  大きく3部構成で、はじめに基礎知識の紹介。次に、シーン別(「仕事で使う」、「学習に使う」、「プログラミングに使う」、「クリエイティブに使う」、「日常生活や遊びで使う」)の活用術の解説。さらに、画像生成や応用的な活用方法、AIの未来、現状の課題を紹介している。  ChatGPTの登場により、AI活用の分野は急速に広がっている。AI活用のスキルは、これからの時代に必須といっても過言ではないだろう。知っておきたい知識がまとめられた本書は、一読の価値がある実用書である。 すぐ読んで、すぐ安心。メンタル&体調不良の症状や対処法がわかる実用書 職場の医学事典 池井(いけい)佑丞(ゆうすけ) 著/ワニブックス/1650円  働く人の健康問題は、「毎日忙しい」、「受診や治療に抵抗がある」、「検査に行くのが面倒」などさまざまな理由から放置されがちだ。  産業医である著者は、「多くの労働者が未治療の不健康状態を抱え、その影響が個人の幸福、仕事のパフォーマンス、そして生産性に深刻な影響を及ぼしていることを日々実感しています」と本書の「はじめに」で綴っている。  本書は、働く人々に向けて、病気や検査に関する基本的な知識をわかりやすくまとめた医学の実用書である。頭痛や腹痛などの身近な症状をはじめ、会社員に多い精神疾患、毎年受ける健康診断にかかわる検査と病気についての解説のほか、睡眠や日光浴など健康のためのおすすめ習慣も紹介。多くは症状別に書かれているので、日々の生活で健康に関する疑問が生じたときや、具体的な健康管理の方法を知りたいときに、辞書のように活用できる。  さらに、産業保健に関する基本情報や、最近よく聞く「ソーシャル・ジェットラグ(社会的時差ボケ)」、「インターネット依存」の影響など働き方と健康にかかわる最新動向についても紹介。職場に置いて、従業員が気軽に手に取れるような一冊としてもおすすめしたい。 「定年はただの通過点」。医師が説く、すぐに始められる心と体の整え方 老後をやめる 自律神経を整えて生涯現役 小林(こばやし)弘幸(ひろゆき) 著、石井(いしい)晶穂(あきほ) 編集協力/朝日新聞出版/924円  老後を想像したとき、お金、健康、孤独などをあげて、多くの人が不安を口にする。そうした「老後不安」をいかにコントロールするかが、「人生の後半戦を幸せなものにするカギとなる」と、医師で、腸と自律神経研究の第一人者である著者は指摘。そして、老後不安をなくす方法として、「老後をやめる」を提案する。  生涯現役で働いている人たちの生活は、老後とはいわれない。趣味やボランティア活動も同じだという。仕事や趣味などの活動に励み、身につけたスキルを活かしたり、人と出会ったり、感謝されたりして日々をイキイキ、ワクワクして生きている人は、何歳であっても老後ではなく、つまり老後不安を解消、少なくとも軽減することが可能だと著者は説く。  そのうえで、定年は「通過点」ととらえ、3年ほど前から準備をして、定年のその日からやりたいことに突き進む、という生涯現役で毎日をワクワクして生きるための心と体の整え方を、医師としての知見をふまえて伝授する。「寝る前の『3行日記』」、「やりたいことが見つかる108のリスト」など、すぐに始めたくなる習慣や胸が躍るような方法が紹介されていて、読むことで人生の新たな楽しみが見つかりそうだ。 ※このコーナーで紹介する書籍の価格は、「税込価格」(消費税を含んだ価格)を表示します 【P58-59】 ニュース ファイル NEWS FILE 行政・関係団体 厚生労働省 「生涯現役地域づくり環境整備事業 (2024年度開始分)」の実施団体候補を決定  厚生労働省は「生涯現役地域づくり環境整備事業」の2024(令和6)年度第1次実施団体候補として、1団体の採択を決定した。  この事業は、2016(平成28)年度より高齢者雇用対策として取組みを進めている「生涯現役促進地域連携事業」に続く事業として、2022年度より新たに実施されているもの。  働く意欲のある高齢者がその能力を発揮し活躍できる環境を整備する必要性が高まり、今後は企業内での雇用だけでなく、高齢者のニーズに応じ、地域において高齢者が活躍できる多様な雇用・就業機会を創出する取組みを促進していくことが必要とされている。そこで、地域ですでに定着している取組みとの連携を強化し、地域のニーズをふまえた高齢者の働く場の創出と持続可能なモデルづくりや、他地域への展開を推進する事業となることを目ざしている。  2024年度の第1次募集は、同年1月下旬から3月下旬にかけて行われ、有識者等からなる企画書等評価委員会により実施団体候補が採択された。採択された団体とその事業構想は次の通り。 ◆美祢(みね)わくらくサポート協議会(山口県美祢市)  事業タイトル「仕事も生活も健康で活気に満ち溢れた、生涯現役な地域づくりを支援する『わくらくサポートプロジェクト』」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_40448.html 内閣府 2024年版「高齢社会白書」公表  内閣府は、2024(令和6)年版「高齢社会白書」を公表した。1996(平成8)年から毎年政府が国会に提出している年次報告書。  2024年版は、「令和5年度 高齢化の状況及び高齢社会対策の実施状況」、「令和6年度 高齢社会対策」の2部から構成されている。  第1章の高齢化の現状をみると、2023年10月1日現在、総人口に占める65歳以上人口の割合(高齢化率)は29.1%となっている。  次に、「高齢期の暮らしの動向」から、高齢者世帯(65歳以上の者のみで構成するか、またはこれに18歳未満の未婚の者が加わった世帯)の平均所得金額(2021年の1年間の所得)についてみると、318.3万円で、全世帯から高齢者世帯と母子世帯を除いたその他の世帯(669.5万円)の約5割となっている。また、高齢者世帯の所得階層別分布をみると、200〜250万円が最も多くなっている。  65歳以上の就業者数および就業率は上昇傾向であり、特に65歳以上の就業者数をみると20年連続して前年を上回っている。また、就業率については10年前の2013年と比較して、65〜69歳で13.3ポイント、70〜74歳で10.7ポイント、75歳以上で3.2ポイントそれぞれ伸びている。  男女別に就業状況をみると、60代後半の男性の6割以上、女性の4割以上が就業している。 ◆2024(令和6)年版高齢社会白書 https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2024/zenbun/06pdf_index.html 内閣府 2024年版「男女共同参画白書」公表  内閣府は、2024(令和6)年版「男女共同参画白書」を公表した。男女共同参画社会基本法に基づき、政府が国会に毎年報告するものである。  2024年版は、「令和5年度男女共同参画社会の形成の状況」、「男女共同参画社会の形成の促進に関する施策」の2部から構成されている。  特集では、「仕事と健康の両立〜全ての人が希望に応じて活躍できる社会の実現に向けて〜」をテーマにかかげ、社会構造の変化と男女で異なる健康課題について確認したうえで、健康課題の仕事、家事・育児等への影響やこれからの働き方などについて深掘りし、今後の両立支援のあり方を考察している。キャリア形成において重要な時期に健康課題を抱えやすい女性のキャリア継続・キャリアアップのためには、仕事と家事・育児の両立支援に加えて、女性特有の症状をふまえた健康への理解・支援などが必要であること、家族など周囲の健康・介護は個人のみで抱えるべき課題ではなく、社会全体で支える必要があることや、今後の両立支援は、男性を含むすべての人の働き方を、両立を実現できるような働き方に変えていくことが重要であると指摘。女性も男性も、仕事か家庭か、仕事か健康かなどを迫られることなく、持続可能なかたちで自らの理想とする生き方と仕事を両立することが可能となれば、キャリア継続、キャリアアップのモチベーションとなるだろう、と考察している。 ◆2024(令和6)年版男女共同参画白書 https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r06/zentai/pdfban.html 政府 「女性活躍・男女共同参画の重点方針2024」決定  政府は2024(令和6)年6月11日、「すべての女性が輝く社会づくり本部」および「男女共同参画推進本部」の合同会議を開催し、「女性活躍・男女共同参画の重点方針2024(女性版骨太の方針2024)」を決定した。  重点事項に、「T 企業等における女性活躍の一層の推進」、「U 女性の所得向上・経済的自立に向けた取組の一層の推進」、「V 個人の尊厳と安心・安全が守られる社会の実現」、「W 女性活躍・男女共同参画の取組の一層の加速化」の4本を掲げ、横断的な視点を持って速やかに各取組みを進めていくこととしている。  具体的には、「企業等における女性活躍の一層の推進」のため、プライム市場上場企業における女性役員比率を2030年までに30%以上とする目標達成に向けて、企業で活躍する女性の採用・育成・登用の環境整備を図るとともに、女性活躍を推進する経営層や管理職などへのアプローチを強化していく。また、「女性の所得向上・経済的自立に向けた取組の一層の推進」のため、男女間賃金格差の是正に向けて、業種・分野に即した所得向上やリスキリングの支援、仕事と育児、介護、女性特有の健康課題などの両立支援、地域における取組みのにない手やリーダー育成を進めていくことなどを取り上げている。 ◆女性活躍・男女共同参画の重点方針2024(女性版骨太の方針2024) https://www.gender.go.jp/policy/sokushin/pdf/sokushin/jyuten2024_honbun.pdf 調査・研究 マイナビ 「非正規雇用の外国人・シニア採用に関する企業調査(2024年)」を発表  株式会社マイナビは、全国の企業を対象に実施した「非正規雇用の外国人・シニア採用に関する企業調査(2024年)」の結果を発表した。  シニア採用に関する結果をみると、非正規雇用でシニア(65歳以上)を採用したことがある企業は62.8%(前年比3.6ポイント減)。業種別では、「警備・交通誘導」で91.5%と最も高く、次いで「販売・接客(コンビニ・スーパー)」で74.3%となっている。  今後、非正規雇用のシニアの採用意向がある割合は58.4%(前年比7.4ポイント減)。業種別では、「警備・交通誘導」で78.6%と最も高く、次いで「製造ライン・加工」で67.0%、「販売・接客(コンビニ・スーパー)」で66.0%となっている。  シニア層を採用していきたい企業のうち、何歳まで採用したいかを聞いたところ、全体では「66〜70歳」で54.7%と最も高く、次いで「71〜75歳」で18.5%、「〜65歳」で17.7%となっている。業種別では、「警備・交通誘導」で41.8%と最も高く、次いで「ホールキッチン・調理補助」で39.2%、「保育」で37.2%となっている。  シニア受入れのための取組みでは、多い順に「65歳以上の再雇用」で37.9%、「体力に応じた仕事内容・仕事量」で29.5%。前年と比べると、「体調への気遣いや健康維持のための取組」、「シルバー人材センターへの登録」等が微増している。 https://www.mynavi.jp/news/2024/06/post_44321.html 発行物 生命保険文化センター 小冊子『ねんきんガイド−今から考える老後保障−』を改訂  公益財団法人生命保険文化センターは、小冊子『ねんきんガイド−今から考える老後保障−』(B5判、カラー68ページ)を改訂した。  この冊子は、老後をどのように暮らしていくのか、そのためにはどのような経済的準備が必要なのかを考えるときに参考にできる最新情報を掲載し、公的年金制度の基礎知識、個人年金保険の仕組みや契約時の注意点などを図表や具体例を用いてわかりやすく解説している。  今回の改訂では、2024(令和6)年度の年金額や加算額を掲載して年金額改定ルールについて解説し、事例計算や年金額早見表などに2024年度の金額を反映した。また、読者が自分で年金額を計算できるように、「老齢基礎年金の計算式」、「老齢厚生年金 報酬比例部分の計算式」を掲載するなど紙面構成を変更したほか、Q&Aや資料編などを充実した。  一冊200円(税込・送料別)。申込みは、左記ホームページより。 https://www.jili.or.jp/knows_learns/publication/index.html#anchor-entry9650 【P60】 次号予告 10月号 特集 令和6年度 高年齢者活躍企業コンテスト 厚生労働大臣表彰受賞企業事例から リーダーズトーク 針ヶ谷光正さん(歯科医) JEEDメールマガジン 好評配信中! 詳しくは JEED メルマガ 検索 ※カメラで読み取ったリンク先がhttps://www.jeed.go.jp/general/merumaga/index.htmlであることを確認のうえアクセスしてください。 お知らせ 本誌を購入するには 定期購読のほか、1冊からのご購入も受けつけています。 ◆お電話、FAXでのお申込み 株式会社労働調査会までご連絡ください。 電話03-3915-6415 FAX 03-3915-9041 ◆インターネットでのお申込み @定期購読を希望される方 雑誌のオンライン書店「富士山マガジンサービス」でご購入いただけます。 富士山マガジンサービス 検索 A1冊からのご購入を希望される方 Amazon.co.jpでご購入いただけます。 編集アドバイザー(五十音順) 猪熊律子……読売新聞編集委員 上野隆幸……松本大学人間健康学部教授 牛田正史……日本放送協会解説委員室解説委員 大木栄一……玉川大学経営学部教授 大嶋江都子……株式会社前川製作所 コーポレート本部総務部門 金沢春康……一般社団法人 100年ライフデザイン・ラボ代表理事 佐久間一浩……全国中小企業団体中央会事務局次長 丸山美幸……社会保険労務士 森田喜子……TIS株式会社人事本部人事部 山ア京子……立教大学大学院ビジネスデザイン研究科 特任教授、日本人材マネジメント協会理事長 編集後記 ●今号の特集は、「シニア社員活躍の鍵は人事・管理職にあり!―人事担当・管理職支援マニュアル―」をお届けしました。高齢者をはじめとする多様な人材の活用が求められている昨今、人事制度づくりやその運用に奔走する人事担当者、そして現場で多様な人材を直接マネジメントする管理職の負担が増えているといわれています。W多様な人材”がいるということは、W異なる価値観”を持った多くの人が、同じ職場で働いているということ。そうした人材をとりまとめ、会社が継続的な発展をしていくために、高齢者はもちろん、女性や障害者、外国人を雇用する会社のみなさまにも、本特集が少しでも参考になれば幸いです。 ●10月は「高年齢者就業支援月間」です。10月4日に開催する「高年齢者活躍企業フォーラム」をはじめ、全国47都道府県で「〜生涯現役社会の実現に向けた〜地域ワークショップ」などを開催します。会場参加のほか、ライブ配信・アーカイブ配信も予定しています。ぜひ、ご参加ください。 読者アンケートにご協力をお願いします! よりよい誌面づくりのため、みなさまの声をお聞かせください。 回答はこちらから 公式X(旧Twitter)はこちら! 最新号発行のお知らせやコーナー紹介などをお届けします。 @JEED_elder 月刊エルダー9月号 No.538 ●発行日−−令和6年9月1日(第46巻 第9号 通巻538号) ●発行−−独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 発行人−−企画部長 鈴井秀彦 編集人−−企画部次長 綱川香代子 〒261-8558 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-2 TEL 043(213)6200 (企画部情報公開広報課) FAX 043(213)6556 ホームページURL https://www.jeed.go.jp メールアドレス elder@jeed.go.jp ●発売元 労働調査会 〒170-0004 東京都豊島区北大塚2-4-5 TEL 03(3915)6401 FAX 03(3918 )8618 ISBN978-4-86788-040-1 *本誌に掲載した論文等で意見にわたる部分は、それぞれ筆者の個人的見解であることをお断りします。 (禁無断転載) 読者の声 募集! 高齢で働く人の体験、企業で人事を担当しており積極的に高齢者を採用している方の体験、エルダーの活用方法に関するエピソードなどを募集します。文字量は400字〜1000字程度。また、本誌についてのご意見もお待ちしています。左記宛てFAX、メールなどでお寄せください。 【P61-63】 技を支える vol.343 昭和40年代の機械を操り活版印刷の活字を鋳造 活字鋳造職人 大松(おおまつ)初行(はつゆき)さん(80歳) 「自分のつくったものが世の中に認められるのは、うれしいことです。自分が納得できない活字は売りません」 活字のできばえにこだわり 1000分の1ミリ単位で調整  金属製の活字を組み合わせた版に、インキをつけて紙に転写する活版印刷。15世紀に発明されて以降、大量印刷を可能にし、長年にわたり印刷文化を支えてきた。20世紀にオフセット印刷やデジタル印刷が登場し、活版印刷の需要は激減したが、いまでも独特の書体や風合いを求め、活版印刷を利用するニーズは根強く存在する。  活版印刷に不可欠な活字をいまも製造する数少ない会社の一つが、1919(大正8)年創業の株式会社築地(つきじ)活字(横浜市)。約60年勤務する大松初行さんは、現在同社唯一の活字鋳造職人として、2022(令和4)年度の「横浜マイスター」に選ばれた。  活字の材料は、鉛、スズ、アンチモンを配合した合金。活字鋳造機の鋳型の先端に凹型の活字母型をセットし、350〜400度に溶かした地金を流し込み、水で冷却して凸型の活字を鋳造する。  一文字ずつ組み合わせて版にする活字は、サイズや文字の位置がそろっていないと、きれいに印刷することができない。そのため大松さんは、サイズや文字位置の調整には細心の注意を払っている。鋳造された活字を1000分の1ミリ単位で測定できるマイクロメーターやルーペでチェックし、機械の設定を微調整することをくり返しながら、品質を保っている。  昭和40年代に製造された活字鋳造機のメンテナンスも大松さんの役割だ。調子が悪くなったときは、機械の音を聞きながら、油が足りない、水が少ないなどの原因をつきとめる。「ずっとまじめにやってきたから、いまではだいたいのことはわかる」そうだ。 どうすればうまくいくかを考えることが楽しい  長崎県の平戸島(ひらどじま)で生まれ育ち、高校卒業後に上京、高校の先輩が勤める築地活字の前身の会社に就職した。事務、文選(大量の活字の在庫から必要な文字を拾う仕事)、営業を経験し、20代後半に鋳造の仕事に就いた。  「先輩たちがいたころは、やっている様子をずっと見ていることで、やり方が自然と頭に入りました」  先輩たちが退職間近になると、機械の調整法をきちんと教わり、いつでも確認できるように、機械のうえにある排気ダクトにメモをたくさん書き込んだ。  「それを見ながらがんばってきたことで、一人でも一通りのことができるようになりました」  もっとも最初のころは、鋳造の仕事は汚れるから嫌だったそうだ。  「だけど、一生懸命やっているうちに、次第におもしろくなってね。自分のつくったものが世に出て認められるのがうれしかった。返品されなければ世の中に通じるということだから、とにかく返品されないものをつくろうと心がけ、返品されたときは、悪いところを直すように努めました」  できあがりに納得できないものは、製品として出さないという。  「うまくいかないときは、どうすればうまくいくかを考えるのが好きなんです。試行錯誤してうまくできたときに喜びを感じます」  当初苦労したのは欧文の活字。仮名や漢字と違い、同じサイズでも「I」「W」など文字によって幅が異なるため、その都度機械の調整が必要になるからだ。  「先輩のやり方を踏襲するだけでなく、もっと簡単にできる方法がないか、つねに考えてきました。そうでなければ進歩がないからね」  築地活字代表取締役の平工(ひらく)希一(きいち)さんは、「活字のことをつねに考えている」と大松さんを評価する。 自分が知っていることはみんな教えてあげたい  築地活字では、大松さんの活字鋳造の技術を後世に残すために、クラウドファンディングで「活字鋳造・基礎コース」の参加者を募集。現在4人が大松さんの指導を受けている。「自分の知っていることはみんな教えてあげたいと思っています。教えた人が伸びていくのがうれしい」と、大松さんは笑顔で話してくれた。 株式会社築地活字 TEL:045(261)1597 http://www.tsukiji-katsuji.com (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) 写真のキャプション 高温の地金でやけどをしないよう注意を払いつつ、活字のサイズや文字位置を調整する。上部のダクトには、調整に必要な数値などがたくさん書かれていた 活字を組んだ版と、その印刷物(築地活字の年賀状)。活版印刷にしかない独特の風合いがある 活字の元となる凹型の活字母型。築地活字では26万個の母型を所蔵している 鋳造されたばかりの9ポイントの活字。鋳型により直方体に成形され、その先に凸型の文字がつく 大松さんの指導は「教え方がていねいで、わからないことは何でも教えてくれます」と評判だ 大松さんが手がけた活字が、種類ごとに整理されて棚に保管されている 活字の原料となる地金。鉛・スズ・アンチモンで構成されている。この地金を溶かして活字をつくる 活字のサイズや文字位置の調整をし終えた後、活字鋳造機から次々と流れ出てくる同一文字の活字 【P64】 イキイキ働くための脳力アップトレーニング!  今回は「不等号ナンプレ」。「ナンプレ」、「数独」と呼ばれている脳トレをひとひねりしています。わかりにくいルールの理解も、記憶や情報を一時的に保持しながらあれこれ考えるワーキングメモリ(作業記憶)を使います。しっかりルールを理解し、ワーキングメモリを使って答えましょう。 第87回 不等号ナンプレ 目標 4分  タテ、ヨコのそれぞれの列に、1から7までの数字が必ず一つずつ入ります。マスの間にある不等号は、上下左右それぞれのマスに入る数字の大小を表しています。  空いているすべてのマス目を埋めて完成させましょう。 □<6>2<5>3>1<□ ∧ ∨ ∨ ∨ ∧ ∧ ∨ 6>3>□<2<□<7>5 ∨ ∧ ∧ ∧ ∨ ∨ ∨ 3<□<6<□>2<□>1 ∨ ∧ ∨ ∨ ∧ ∧ ∧ □<7>4>□<5<6>□ ∧ ∨ ∨ ∧ ∧ ∨ ∧ 2>□<3<□<7>□<6 ∧ ∧ ∧ ∨ ∨ ∨ ∨ 5>4<□>1<□>2<3 ∧ ∨ ∨ ∧ ∨ ∧ ∧ □>2<5<6>1<3<□ 「年をとると脳は衰える一方」という間違った常識  「脳を鍛えましょう」、「認知機能(頭の働き)の低下を予防しましょう」などと聞くと、「ああ、年をとると脳はダメになっていく。衰える一方だからそれを防ごう、という話なんだ」と思われる人が多いかもしれません。  しかし、実際のところ、脳は強力な「メモリーマシン」であり、これまでつちかってきた人生のなかでのさまざまな知識や経験が蓄えられています。そして50歳、60歳…90歳、100歳になっても、新しい記憶はどんどんインプットされ続けます。  もちろん、新しい知識や経験を脳に入れたり、出したり、組み合わせたりしていく力は年齢とともに低下していくのは仕方がありませんし、若い人のほうが優れているのはその通りです。しかし、脳に蓄積された知識や経験の総量は、年齢を重ね、経験を重ねた脳のほうが豊富になっていきます。  つまり、今回の脳トレ問題にチャレンジすることも含めて、「脳を鍛える」ことは、若いころの脳に戻ろう、ということではなく、「年齢を重ねたからこそ充実した脳の特性を、最大限に活かしていく」ことなのです。 篠原菊紀(しのはら・きくのり) 1960(昭和35)年、長野県生まれ。公立諏訪東京理科大学医療介護健康工学部門長。健康教育、脳科学が専門。脳計測器多チャンネルNIRSを使って、脳活動を調べている。『中高年のための脳トレーニング』(NHK出版)など著書多数。 【問題の答え】 4<6>2<5>3>1<7 ∧ ∨ ∨ ∨ ∧ ∧ ∨ 6>3>1<2<4<7>5 ∨ ∧ ∧ ∧ ∨ ∨ ∨ 3<5<6<7>2<4>1 ∨ ∧ ∨ ∨ ∧ ∧ ∧ 1<7>4>3<5<6>2 ∧ ∨ ∨ ∧ ∧ ∨ ∧ 2>1<3<4<7>5<6 ∧ ∧ ∧ ∨ ∨ ∨ ∨ 5>4<7>1<6>2<3 ∧ ∨ ∨ ∧ ∨ ∧ ∧ 7>2<5<6>1<3<4 【P65】 ホームページはこちら (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 各都道府県支部高齢・障害者業務課 所在地等一覧  JEEDでは、各都道府県支部高齢・障害者業務課等において高齢者・障害者の雇用支援のための業務(相談・援助、給付金・助成金の支給、障害者雇用納付金制度に基づく申告・申請の受付、啓発等)を実施しています。 2024年9月1日現在 名称 所在地 電話番号(代表) 北海道支部高齢・障害者業務課 〒063-0804 札幌市西区二十四軒4条1-4-1 北海道職業能力開発促進センター内 011-622-3351 青森支部高齢・障害者業務課 〒030-0822 青森市中央3-20-2 青森職業能力開発促進センター内 017-721-2125 岩手支部高齢・障害者業務課 〒020-0024 盛岡市菜園1-12-18 盛岡菜園センタービル3階 019-654-2081 宮城支部高齢・障害者業務課 〒985-8550 多賀城市明月2-2-1 宮城職業能力開発促進センター内 022-361-6288 秋田支部高齢・障害者業務課 〒010-0101 潟上市天王字上北野4-143 秋田職業能力開発促進センター内 018-872-1801 山形支部高齢・障害者業務課 〒990-2161 山形市漆山1954 山形職業能力開発促進センター内 023-674-9567 福島支部高齢・障害者業務課 〒960-8054 福島市三河北町7-14 福島職業能力開発促進センター内 024-526-1510 茨城支部高齢・障害者業務課 〒310-0803 水戸市城南1-4-7 第5プリンスビル5階 029-300-1215 栃木支部高齢・障害者業務課 〒320-0072 宇都宮市若草1-4-23 栃木職業能力開発促進センター内 028-650-6226 群馬支部高齢・障害者業務課 〒379-2154 前橋市天川大島町130-1 ハローワーク前橋3階 027-287-1511 埼玉支部高齢・障害者業務課 〒336-0931 さいたま市緑区原山2-18-8 埼玉職業能力開発促進センター内 048-813-1112 千葉支部高齢・障害者業務課 〒263-0004 千葉市稲毛区六方町274 千葉職業能力開発促進センター内 043-304-7730 東京支部高齢・障害者業務課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2794 東京支部高齢・障害者窓口サービス課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2284 神奈川支部高齢・障害者業務課 〒241-0824 横浜市旭区南希望が丘78 関東職業能力開発促進センター内 045-360-6010 新潟支部高齢・障害者業務課 〒951-8061 新潟市中央区西堀通6-866 NEXT21ビル12階 025-226-6011 富山支部高齢・障害者業務課 〒933-0982 高岡市八ケ55 富山職業能力開発促進センター内 0766-26-1881 石川支部高齢・障害者業務課 〒920-0352 金沢市観音堂町へ1 石川職業能力開発促進センター内 076-267-6001 福井支部高齢・障害者業務課 〒915-0853 越前市行松町25-10 福井職業能力開発促進センター内 0778-23-1021 山梨支部高齢・障害者業務課 〒400-0854 甲府市中小河原町403-1 山梨職業能力開発促進センター内 055-242-3723 長野支部高齢・障害者業務課 〒381-0043 長野市吉田4-25-12 長野職業能力開発促進センター内 026-258-6001 岐阜支部高齢・障害者業務課 〒500-8842 岐阜市金町5-25 G-frontU7階 058-265-5823 静岡支部高齢・障害者業務課 〒422-8033 静岡市駿河区登呂3-1-35 静岡職業能力開発促進センター内 054-280-3622 愛知支部高齢・障害者業務課 〒460-0003 名古屋市中区錦1-10-1 MIテラス名古屋伏見4階 052-218-3385 三重支部高齢・障害者業務課 〒514-0002 津市島崎町327-1 ハローワーク津2階 059-213-9255 滋賀支部高齢・障害者業務課 〒520-0856 大津市光が丘町3-13 滋賀職業能力開発促進センター内 077-537-1214 京都支部高齢・障害者業務課 〒617-0843 長岡京市友岡1-2-1 京都職業能力開発促進センター内 075-951-7481 大阪支部高齢・障害者業務課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0782 大阪支部高齢・障害者窓口サービス課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0722 兵庫支部高齢・障害者業務課 〒661-0045 尼崎市武庫豊町3-1-50 兵庫職業能力開発促進センター内 06-6431-8201 奈良支部高齢・障害者業務課 〒634-0033 橿原市城殿町433 奈良職業能力開発促進センター内 0744-22-5232 和歌山支部高齢・障害者業務課 〒640-8483 和歌山市園部1276 和歌山職業能力開発促進センター内 073-462-6900 鳥取支部高齢・障害者業務課 〒689-1112 鳥取市若葉台南7-1-11 鳥取職業能力開発促進センター内 0857-52-8803 島根支部高齢・障害者業務課 〒690-0001 松江市東朝日町267 島根職業能力開発促進センター内 0852-60-1677 岡山支部高齢・障害者業務課 〒700-0951 岡山市北区田中580 岡山職業能力開発促進センター内 086-241-0166 広島支部高齢・障害者業務課 〒730-0825 広島市中区光南5-2-65 広島職業能力開発促進センター内 082-545-7150 山口支部高齢・障害者業務課 〒753-0861 山口市矢原1284-1 山口職業能力開発促進センター内 083-995-2050 徳島支部高齢・障害者業務課 〒770-0823 徳島市出来島本町1-5 ハローワーク徳島5階 088-611-2388 香川支部高齢・障害者業務課 〒761-8063 高松市花ノ宮町2-4-3 香川職業能力開発促進センター内 087-814-3791 愛媛支部高齢・障害者業務課 〒791-8044 松山市西垣生町2184 愛媛職業能力開発促進センター内 089-905-6780 高知支部高齢・障害者業務課 〒781-8010 高知市桟橋通4-15-68 高知職業能力開発促進センター内 088-837-1160 福岡支部高齢・障害者業務課 〒810-0042 福岡市中央区赤坂1-10-17 しんくみ赤坂ビル6階 092-718-1310 佐賀支部高齢・障害者業務課 〒849-0911 佐賀市兵庫町若宮1042-2 佐賀職業能力開発促進センター内 0952-37-9117 長崎支部高齢・障害者業務課 〒854-0062 諫早市小船越町1113 長崎職業能力開発促進センター内 0957-35-4721 熊本支部高齢・障害者業務課 〒861-1102 合志市須屋2505-3 熊本職業能力開発促進センター内 096-249-1888 大分支部高齢・障害者業務課 〒870-0131 大分市皆春1483-1 大分職業能力開発促進センター内 097-522-7255 宮崎支部高齢・障害者業務課 〒880-0916 宮崎市大字恒久4241 宮崎職業能力開発促進センター内 0985-51-1556 鹿児島支部高齢・障害者業務課 〒890-0068 鹿児島市東郡元町14-3 鹿児島職業能力開発促進センター内 099-813-0132 沖縄支部高齢・障害者業務課 〒900-0006 那覇市おもろまち1-3-25 沖縄職業総合庁舎4階 098-941-3301 【裏表紙】 定価 503円(本体458円+税) 高年齢者雇用に取り組む事業主のみなさまへ 〜生涯現役社会の実現に向けた〜 地域ワークショップ  高年齢者雇用にご関心のある事業主や人事担当者のみなさま! 改正高年齢者雇用安定法により、70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務とされ、高年齢者の活躍促進に向けた対応を検討中の方々も多いのではないでしょうか。  JEEDでは各都道府県支部が中心となり、生涯現役社会の実現に向けた「地域ワークショップ」を開催します。事業主や企業の人事担当者などの方々に、高年齢者に戦力となってもらい、いきいき働いていただくための情報をご提供します。  各地域の実情をふまえた具体的で実践的な内容ですので、ぜひご参加ください。 概要 日時/場所 高年齢者就業支援月間の10月を中心に各地域で開催 カリキュラム (以下の項目などを組み合わせ、2〜3時間で実施します) 専門家による講演【70歳までの就業機会の確保に向けた具体的な取組など】 事例発表【先進的に取り組む企業の事例紹介】 ディスカッション など 参加費 無料(事前の申込みが必要となります) 開催スケジュール 下記の表をご参照ください(令和6年8月9日現在) 開催スケジュール ※  で記載されている北海道、青森、茨城、栃木、埼玉、千葉、東京、神奈川、福井、静岡、愛知、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山、山口、福岡、長崎、鹿児島、沖縄については、ライブ配信やアーカイブ配信等の動画配信を予定しています。 ※開催日時などに変更が生じる場合があります。詳細は、各都道府県支部のホームページをご覧ください。 都道府県 開催日 場所 北海道 10月25日(金) 北海道職業能力開発促進センター 青森 10月17日(木) アピオあおもり 岩手 10月22日(火) いわて県民情報交流センター(アイーナ) 宮城 11月15日(金) 宮城職業能力開発促進センター 秋田 10月29日(火) 秋田県生涯学習センター 山形 10月17日(木) 山形国際交流プラザ(山形ビッグウイング) 福島 10月23日(水) ビッグパレットふくしま 茨城 10月18日(金) ホテルレイクビュー水戸 栃木 10月17日(木) とちぎ福祉プラザ 群馬 11月5日(火) 群馬職業能力開発促進センター 埼玉 10月10日(木) さいたま共済会館 千葉 10月8日(火) ホテル ポートプラザちば 東京 10月15日(火) 日本橋社会教育会館 神奈川 10月31日(木) かながわ労働プラザ 新潟 10月10日(木) 朱鷺メッセ新潟コンベンションセンター 富山 10月22日(火) 富山県民会館 石川 10月11日(金) 石川県地場産業振興センター 福井 10月16日(水) 福井県中小企業産業大学校 山梨 10月31日(木) 山梨職業能力開発促進センター 長野 10月17日(木) ホテル信濃路 岐阜 10月22日(火) 長良川国際会議場 静岡 10月16日(水) 静岡県コンベンションアーツセンター 愛知 10月11日(金) 名古屋市公会堂 三重 10月15日(火) 津公共職業安定所 都道府県 開催日 場所 都道府県 滋賀 10月18日(金) 滋賀職業能力開発促進センター 京都 10月11日(金) 京都経済センター 大阪 10月22日(火) 大阪府社会保険労務士会館 兵庫 10月17日(木) 兵庫県中央労働センター 奈良 10月24日(木) かしはら万葉ホール 和歌山 10月22日(火) 和歌山職業能力開発促進センター 鳥取 10月25日(金) 鳥取職業能力開発促進センター 島根 10月18日(金) 松江合同庁舎 岡山 10月11日(金) 岡山職業能力開発促進センター 広島 10月25日(金) 広島職業能力開発促進センター 山口 10月4日(金) 山口職業能力開発促進センター 徳島 10月16日(水) 徳島県JA会館 香川 10月23日(水) サンメッセ香川 愛媛 10月25日(金) 愛媛職業能力開発促進センター 高知 10月21日(月) 高知職業能力開発促進センター 福岡 10月29日(火) JR博多シティ 佐賀 10月25日(金) アバンセ 長崎 10月24日(木) 長崎県庁 熊本 10月11日(金) 熊本県庁 大分 10月7日(月) トキハ会館 宮崎 10月16日(水) 宮崎市民文化ホール 鹿児島 10月23日(水) かごしま県民交流センター 沖縄 10月18日(金) 那覇第2地方合同庁舎 各地域のワークショップの内容は、各都道府県支部高齢・障害者業務課(65ページ参照)までお問い合わせください。 上記日程は予定であり、変更する可能性があります。 変更があった場合は各都道府県支部のホームページでお知らせします。 jeed 生涯現役ワークショップ 検索 2024 9 令和6年9月1日発行(毎月1回1日発行) 第46巻第9号通巻538号 〈発行〉独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 〈発売元〉労働調査会