Leaders Talk リーダーズトーク No.112 中高年が持つ「一番の強み」を自覚し「自分のキャリア」を全うする覚悟が必要 株式会社アジア・ひと・しくみ研究所 代表取締役 経営コンサルタント 新井健一さん あらい・けんいち 大手メーカーでの人事業務やビジネススクールの講師・運営業務などを経て2010(平成22)年に経営コンサルタントとして独立。組織・人事制度設計・運用、経営管理、業績評価・運用など、幅広い領域にわたるコンサルティングを行っている。著書に『それでも、「普通の会社員」はいちばん強い40歳からのキャリアをどう生きるか』(日本経済新聞出版)など。  「人生100年時代」、「生涯現役時代」を迎え、高齢者の活躍の場が増えていくことが期待される一方で、IT化やAIの活用など、急激に変化を続ける社会に対応するスキルを身につけていくことは、キャリアを築いていくうえでは欠かせません。今回は、『それでも、「普通の会社員」はいちばん強い』の著者、新井健一さんにご登場いただき、生涯現役時代を見すえた中高年のキャリア形成について、お話をうかがいました。 いま、キャリアは「自分で築く」時代 「自分のために」を出発点としたキャリア形成を ―新井さんの著書『それでも、「普通の会社員」はいちばん強い』では、AIやデジタル技術の進展など急激な社会の変化のなかでの、中高年世代のキャリアや生き方を指南されています。いま、中高年世代が直面しているキャリアや働き方の課題とは何でしょうか。 新井 いまの中高年世代は、ちょうど企業と社員の関係が変わりつつある狭間にいると思います。終身雇用、年功序列型賃金、企業内組合の三種の神器といわれる仕組みは、戦後の産業復興のために人材を囲い込むうえで不可欠なものでした。雇用を保障する代わりに「会社のために一生尽くしてくれ」といい、異動・配置でも会社は強力な人事権を行使し、転居をともなう転勤も平気で命じてきました。社員にとってもそれはあたりまえのことであり、ほかの選択肢もありませんでした。つまり、「キャリアとは会社のものであり、会社から与えられるものである」という認識が染みついていました。しかしバブル崩壊後、会社は人事政策の基調を徐々に変えていきます。大量の人員削減に象徴されるように雇用保障の信念を手放すようになりました。  会社は表立ってはいいませんが、「一生雇うことはできないし、キャリアは会社のものではなく、元々あなたたち自身のものです」というニュアンスをにじませてきます。いつのまにか昔は認めていなかった副業を解禁し、「キャリアは自分で築くもの」という風潮になり、「キャリアは会社に与えられるもの」と思っていた中高年のなかには、自分の強みは何か、自分に何ができるのかと思い悩んでいる人が増えています。本来、日本国憲法は基本原理に個人の尊厳を掲げ、それに付随するキャリアも個人のものですが、人事の基調もその方向に変わりつつある端境期(はざかいき)に、いまの中高年はいるといえます。 ―「キャリアは自分のもの」といわれて、とまどう人もいると思います。見つけるための心がまえや、そのためにどんな行動をとるべきでしょうか。 新井 会社のためではなく「私のために」を出発点に考えることでしょう。改正高年齢者雇用安定法により65歳までの雇用が義務化され、70歳までの就業機会確保が企業の努力義務になっていますが、はたしてそのシステムに乗るのが自分の人生の充実につながるのかを考える必要があります。嫌で苦痛をともなう仕事は寿命を縮め、反対に楽しい仕事は認知症リスクの軽減につながるという分析もあります。自分の生きがいや人生の目的は仕事とニアリーイコールの関係にあり、どうしたら楽しく、やりがいを持って仕事ができるのかをつねに考えておく必要があります。  そのうえで自分のキャリアを考えるためには、企業組織以外の人と話をしてみることです。同質の人間が集まる組織の人間にいくらキャリアについて相談しても答えは出てきません。なるべく早い段階でまったく異なる畑の人と交流をすることです。よく「副業や週末起業すればよい」といわれますが、それは商売やお金目当てであって、自分のキャリアを一緒に考えてくれる関係の人たちではありません。友だちづきあいのできる関係性をどう築いていくかが大事です。  また、会社員は思っている以上に商売や儲けの仕組みを知りません。会社員は毎月給与が入ってくるので「自分で稼ぐ」という発想があまりないのです。商売や儲けの仕組みがどうなっているかを探れば、「これは儲かりにくい」、「これなら自分のキャリアを活かせるのではないか」など、いろいろなことがわかってきます。それを見きわめることが自分のキャリアの第一歩。外に視線を向けてまず知ること、調べることで「こんなことをしてみたい」という自分だけのオリジナルな発想が生まれてくるかもしれません。そこで副業をやってみたいと思えば、そのための主体的な行動につながるでしょう。これからのキャリアを生き抜くうえで大事なのは「“自分のキャリア”を全うしていくんだ」という覚悟であり、自分で決めて主体性を持って働くことです。 ゼネラリストであることが“普通の会社員”の強みさまざまな経験がAI時代に活きてくる ―著書では「“普通の会社員”は強い」と指摘していますが、“普通の会社員”の強みとは何でしょうか。 新井 “普通の会社員”とは、新人研修や階層別研修など一定の能力開発研修を受け、また、ジョブローテーションを通じていろいろな職場を経験している、いわゆるメンバーシップ型の働き方をしている人としています。このように会社で受けた能力開発や経験・知識は活かせる場所がたくさんあります。例えば、欧米企業で標準的なジョブ型や職務給の世界は、雇用契約の段階で職務の範囲が明確に規定されています。労働市場では一物一価が成立していますが、今後、これらの世界はAIやロボットに置き換えられる可能性があります。一定の仕様が存在し、知識の幅や深さ、必要なスキルが明らかであるものはAIに置き換えられやすいといえます。その点、メンバーシップ型はユニークです。例えば、「いまは人事の仕事をやっているが、その前は営業をやっていた」という人がおり、一物一価ではありません。営業と人事の両方の視点を持っていることは、大きな武器となり得るのです。  今後、AIと人間が協業していくときに、あらゆる仕事のテーマに関して、人間側に3割ぐらいの知識が必要になるといわれています。それがないと、AIが導き出した成果物が目的に沿ったものなのかといった、善し悪しの評価ができないからです。つまり、その仕事に3割精通していれば、あとの7割はAIがやってくれます。3割の知識・経験を持つ人とはメンバーシップ型で育ったゼネラリストです。営業の経験もある、人事や生産管理も知っている、という基礎的なことを知っている人がAI時代には必要になると思います。 ―3割の経験や知識を持つ中高年世代は強みを活かすことができますね。 新井 ただし、先ほどいったように、自分のキャリアをどうすれば活かせるのかということを自覚しなくてはいけません。多くの人は、自分では自分の強みはわかりません。外での出会いを通じてだれかに教えてもらうなど、主体性のある行動を通じて、自分の強みを知ることがとても重要になります。 ―AIと聞くと、尻込みする人も多いと思いますが、AIと協業するにはどうすればよいでしょうか。 新井 AIといっても、多くの人が高度なITスキルを持った開発者になるわけではありません。一ユーザーとして利用できるようになればよいのです。Windows95が職場に登場したころは、パソコンやメールは普及しておらず、覚えるのに中高年はとても苦労しましたが、いまはAIのアプリケーションソフトがパソコンのなかで更新されていくので、それほどむずかしくはないはずです。中高年のみなさんも嫌がらずにやってみることです。独立起業するにしてもAIとのつきあいは欠かせないと思います。会社も若者だけにかぎらず、中高年のAI教育に積極的に取り組んでほしいと思います。 「いばらない」、「かくさない」、「せまくない」を意識することがキャリアの充実につながる ―中高年世代が「自らのキャリア」をベースに、職業人生を充実したものとするためのアドバイスをお願いします。 新井 コロナ禍を契機に会社と社員の関係性はますます変わるだろうと考え、自分の働き方を変えたいという人たちと勉強会を始め、私のような講師業をやってみようという人を集めてノウハウを伝授する「互助会」というサークルをつくりました。このサークルには「いばらない」、「かくさない」、「せまくない」という三つの掟があります。  自分の存在をアピールするために威張る人がいますが、そういう人は周りの人を遠ざけてしまい、人間関係を構築することがむずかしくなります。そうなれば、例えば若者からITスキルを教わる、といったこともできないでしょうし、得することは何もありません。  逆に、自分の専門性や知識を隠さないで惜しみなく提供することは、良好な人間関係を構築することにつながり、新しい知識やスキルを教えてくれる人が自然と現れます。  そして、「自分は○○しかやりません」と、自分がやれる範囲を狭くしないことが大切です。例えば、私のような職業の場合、最初の仕事でよい結果が出ると、専門領域以外でも「こんなこともできませんか?」と追加の依頼をいただくことがあります。そこで「がんばればできるかも」と思えたなら、引き受けることで自分のスキルアップにもつながります。  私はビジネススクールの運営にたずさわっていたことがあり、さまざまな講師の人たちと出会いましたが、「いばらない」、「かくさない」、「せまくない」の三つを兼ね備えている人ほど活躍されています。キャリアを充実したものとするためには、この三つを意識することが重要だと思います。 (聞き手・文/溝上憲文 撮影/中岡泰博)