高齢者の職場探訪
北から、南から
第147回
山形県
このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。
ドライバー確保を命題に健康経営○R
67歳まで希望者全員を正社員待遇に
企業プロフィール
山形陸運株式会社(山形県山形市)
設立 1950(昭和25)年
業種 貨物自動車運送業・倉庫業・JRコンテナ取扱い業・不動産賃貸業・産業廃棄物収集運搬業
社員数 132人(うち正社員数111人)
(60歳以上男女内訳) 男性(23人)、女性(2人)
(年齢内訳) 60~64歳 9人(6.8%)
65~69歳 11人(8.3%)
70歳以上 5人(3.8%)
定年・継続雇用制度
定年は60歳。希望者全員を67歳まで継続雇用し、正社員と同等の待遇を保障。所属長の推薦により70歳まで継続雇用
 山形県は東北地方の日本海側に位置し、日本百名山に数えられる山々に囲まれて、米沢・山形・新庄の各盆地が広がり、庄内平野には最上川が流れています。江戸時代の幕藩体制のなごりなどから、置賜(おきたま)、村山(むらやま)、最上(もがみ)、庄内(しょうない)の四つの地域に大きく区分され、方言や食習慣、文化がやや異なります。
 特産品は佐藤錦(さとうにしき)や紅秀峰(べにしゅうほう)に代表されるさくらんぼをはじめとしたフルーツ、米はつや姫、雪若丸、牛肉は米沢牛、山形牛など銘柄が多く、日本酒、ワインも注目されています。
 JEED山形支部高齢・障害者業務課の宍戸(ししど)真哉(しんや)課長は、「山形県内の高齢者雇用の状況は70歳までの就業確保措置実施済企業割合が32.1%(全国平均29.7%)で全国22位となっています(2023〈令和5〉年6月1日現在)※1。県内企業の多くが新規学卒者および若年層の採用に苦労しており、高齢者雇用の必要性はますます高くなっています。近年は社員の健康、視力、体力などに関する相談が多く寄せられています」と話します。
 同支部で活躍するベテランプランナーの一人、樋口(ひぐち)智成(ともなり)さんは、25年にわたって高年齢者雇用アドバイザー・プランナーを務めています。就任翌年からJEEDの「生涯現役エキスパート研修」※2開発の委員に任命され、雇用力評価ツールなど運用マニュアルの開発・制作にたずさわり、若手アドバイザーを対象にしたセミナーの講師を務めるなど、後進の育成にも尽力。中小企業診断士の知見を活かした経営視点からの高齢者雇用の提案は、各方面の事業主に響き、9割を超える再訪問につながっています。
 今回は、樋口プランナーの案内で「山形陸運株式会社」を訪れました。
 働きやすさを追求する健康経営の先進企業
 山形陸運株式会社は、1950(昭和25)年に創業した地元密着の運送会社です。山形市に本社と二つの拠点営業所を構え、農産物や土木・建築資材、工業製品、食料品などを輸送しています。また、東根(ひがしね)市に学校給食配送センター営業所を置き、小・中学校への給食配送業務を行うなど、多岐にわたる輸送事業を展開しています。
 同社で執行役員管理統括部長を務める加川(かがわ)博丈(ひろたけ)さんは、「創業以来、物流を公益的事業としてとらえ、その使命達成に熱い思いを抱いて70年以上にわたって取り組んできました。“人々の生活に不可欠な、『物を運ぶ』事業を通して、社会に貢献する”という理念のもと、今後もさらなるお客さまへのサービスの徹底、輸送品質の向上などに努め、地域社会へ貢献していきたいと考えております」と力を込めます。
 かつては「3K(きつい、汚い、危険)」といわれていた運送業界ですが、その慢性的なドライバー不足の課題を解消するべく、同社は2005(平成17)年から健康経営に取り組んできました。2018年度から7年連続で経済産業省の「健康経営優良法人」に認定されているほか、「令和2年度やまがた健康づくり大賞〈健康経営部門〉」の受賞や、国土交通省「働きやすい職場認証制度〈3つ星認証〉」を県内のトラック事業者で初受賞するなど、先進的かつ継続的な取組みが評価されています。
希望者全員が67歳まで働ける環境を整備
 同社の定年年齢は60歳。継続雇用については1995年から段階的に制度を改定しており、2014年に希望者全員67歳までの継続雇用制度を導入し、2018年4月からは継続雇用社員に正社員と同等の待遇を保障、2019年10月には所属長の推薦により70歳まで継続可能な制度としました。
 高齢社員の場合、加齢による体力の低下や疾病リスクの上昇などが懸念されますが、加川統括部長は「60歳以上は全員、全額会社負担で脳ドックを受診してもらっています。65歳以降の継続雇用を希望する社員は受診を必須とし、健康診断と脳ドックの結果をふまえ、本人や医師との意見交換を交えて、客観的に継続雇用の判断をしています」と説明します。
 樋口プランナーは、2015年に同社を初めて訪問しました。
 「山形陸運は、山形県経営者協会の継続雇用研究会のメンバーでもあり、すでに65歳以降も働ける仕組みを導入している先進企業でした。最近では、2022年に『継続雇用の改善について意見がほしい』と要請を受け訪問を実施しています。その際、継続雇用の延長基準に所属長の推薦など、会社選別要素が含まれており、恣意(しい)性を排除する改善と70歳超雇用の明文化を提案しました」
 今回は、活き活きと日々の業務に取り組む60代後半の2人にお話を聞きました。
会社の取組みに共感し、業界の変化を喜ぶ
 五十嵐(いがらし)秀雄(ひでお)さん(69歳)は勤続52年。長らく事務職を務めていましたが、67歳のときに夜間点呼の仕事に転向しました。点呼者は運行前にドライバーの呼気アルコールチェックをはじめ、健康状態、運行上の注意事項を確認し、それを記録・保存します。
 現在は月に12日ほど夜間勤務に従事しています。「365日24時間、ドライバーと連絡がとれるよう3人の点呼者がシフト制で勤務しています。届ける時間の変更や、ドライバーの体調不良、大雪によるトラブルなどがあると、すべて点呼者に一報が入ります。大事な役割ですので、日々責任感を持って取り組んでいます」と胸を張ります。
 夜間点呼への転向は、年金の受給が始まったことや体力面などを考え、自分から切り出したそうです。「無理なく働き続けることができているので、切り替えてよかったです。給料は減りましたが、賞与が年二回あるのでありがたいですね」と話します。
 元気に働くためにもと、1日1万歩を目標に散歩をしているそうです。「そのかいあってか、健康診断結果も良好です。当社の場合、社内報が自宅に届けられるので、家族も会社の取組みを知ることができ、家庭で話題に上がります。運送業界は『きつい』イメージがありますが、改善に向けた行政の取組みに加えて、当社でも荷主さんに労働時間短縮を交渉して給料面がよくなっていますし、業界全体がよくなっていると感じています。私もできるかぎり、働き続けたいと思っています」と抱負を語りました。
 会社や業界が何を目ざし取り組んでいるのかを理解し、その一員としてしっかり取り組んでいる五十嵐さん。一つひとつのコメントに加川統括部長は感嘆のうなずきが止まらない様子でした。
新しい役割を受け入れ
資格取得に励むベテラン社員
 斎藤(さいとう)利博(としひろ)さん(67歳)は、60歳になる年に入社しました。集乳車のドライバーとして採用され、3交代のシフト制で牛乳集荷業務にあたってきましたが、2023年に入って同事業が終了したことから、会社の免許取得制度を利用してフォークリフトの免許を取得。現在は、さまざまな荷物を運ぶドライバーとして活躍しています。「集乳車は毎日同じルートを運転していましたが、いまは仕事ごとに目的地が変わるので楽しいですね」と朗らかな表情で語ります。
 加川統括部長は「資格取得をすすめたところ二つ返事で受けてくれました。新しい仕事にも前向きに楽しんで取り組んでくれています」と感謝しきりです。最近はテールゲートリフターの特別教育を受講し、修了したそうです。
 「仕事で心がけていることは笑顔です。お客さまと対面でコミュニケーションをとるうえでとても大切ですし、笑顔でいると心身が元気になります」と話す斎藤さん。以前、社内で組織体制の変更があった際には、一時的に社内のコミュニケーションが停滞したこともあったそうですが、自ら冗談をいって場を盛り上げるなど、職場のムードづくりに一役買っています。
 その一方で、「仕事は緊張感が重要」とも話す斎藤さん。
 「運んでいるのはお客さまにとって大切な荷物ですから、破損なく届けられるとホッとしますし、達成感があります。トラックの事故のニュースなどを目にする機会は少なくありませんが、『お客さまの荷物を運んでいる』という自覚があれば、運転は自然とていねいになって、事故も減るのではないでしょうか。若いドライバーを隣に乗せて指導をする際には一番大事なこととして『ガタガタ揺れるような道路は慎重にならないといけない』と教えています」(斎藤さん)
 加川統括部長は、若手社員の教育について「教育係は年齢が近い方がギャップが少ないので、年齢差の少ない社員に任せることもあるのですが、危険の感知が緩くなるところがあります。ときには斎藤さんのような経験豊富なベテラン社員に見てもらうと視点が変わって、多面的に育成ができます。また年齢が近いと注意に対して反発することもありますが、年齢が離れていると素直に聞き入れてくれるように感じています」と話します。
 最後に今後の事業の展望について、加川統括部長にうかがうと、「人手不足で入社希望者も少なく、ドライバーをどれだけ確保できるかが命題です。高齢社員が活き活き働ける環境を整え、同時に若手の育成とどれだけ高齢社員の知恵を引き継いでいけるかに、継続して取り組んでいきます」と力強く語ってくれました。
 今回の取材を終え樋口プランナーは、「高齢社員に仕事を任せることに消極的な会社は少なくありませんが、山形陸運は年齢とは関係なく、適切な仕事を適切な人材に任せています。また、高齢社員にも新たな資格取得を推奨したり、高齢社員自身が楽しんで仕事に臨んでいたりする姿勢がすばらしいと思います。同社の前向きな取組みは、企業や業界のイメージアップにつながっています。これからも取組みを発信していただき、高齢社員の活躍につなげていただきたいと思います」と期待を込めて話してくれました。
 国や自治体も認める、同社の健康経営をはじめとする働きやすい職場づくりが、高齢社員をさらに活気づけていくに違いありません。
(取材・西村玲)
★「健康経営○R」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
※1 山形労働局「令和5年 高年齢者雇用状況等報告」(2023年)
※2 https://www.jeed.go.jp/elderly/employer/startwork_services.html
※3 ア公労使……ア(70歳雇用推進プランナー・高年齢者雇用アドバイザー)+公労使、樋口プランナーによる造語
樋口智成 プランナー
アドバイザー・プランナー歴:25年
[樋口プランナーから]
「経営がよくないと高齢者雇用はうまくいきません。『“ア公労使”※3が喜ぶアドバイザー活動、70歳就業、生涯現役社会』をモットーに、だれもが満足できる事業活動の実現に努めています」
高齢者雇用の相談・助言活動を行っています
◆山形支部高齢・障害者業務課の宍戸課長は樋口プランナーについて「1999年より当該業務に従事しており、中小企業診断士の資格を持ち、人事労務管理、職場改善などを得意分野に、豊富な経験を活かして企業が取り組むべき対策などについてわかりやすい解説を行い、事業主から厚い信頼を得ています。また、地域ワークショップや就業意識向上研修の講師としても実績があり、当支部にとって欠かせないプランナーです」と話します。
◆山形支部高齢・障害者業務課は、山形市北部に位置し、JR漆山(うるしやま)駅より徒歩15分の場所にあり、天てん童どう市に隣接しています。周辺地域には工業団地が所在し、機械、木工、印刷などをはじめ、多くの企業が立地し、山形市の地場産業を支える工業団地として大きな役割をになっています。
◆同県では5人の70歳雇用推進プランナーが活動しており、2023年度は延べ299事業所の相談に対応し、高齢者雇用に関する相談・助言業務を実施しました。
◆相談・助言を無料で実施しています。お気軽にお問い合わせください。
●山形支部高齢・障害者業務課
住所:山形県山形市漆山1954 山形職業能力開発促進センター内
電話:023-674-9567
写真のキャプション
山形県山形市
山形陸運株式会社 本社
加川博丈執行役員管理統括部長
点呼の状況を確認する五十嵐秀雄さん
出発前に気を引き締める斎藤利博さん