知っておきたい労働法Q& A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第76回 事業場外労働と残業代、定年後再雇用における労働条件の調整 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 事業場外労働における残業代の取扱いについて知りたい  日中に外で業務を行うことから、事業場外労働によるみなし労働時間として取り扱っていたところ、始業や終業の時間を報告して把握できたはずだという理由で、残業代を請求されたのですが、支払わなければならないのでしょうか。 A  業務の内容があらかじめ定まらず、報告を受けてもその正確性を確認できないような場合には、適用は否定されません。 1 事業場外労働によるみなし労働時間制  労働基準法第38条の2第1項は、「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす」という定めを置いています。  このような規定が置かれている理由は、事業場外においては、指揮監督が及ばず、労働時間の算定が困難な業務を対象として、労働時間について、所定労働時間労働したものとみなすこととし、労働者にとっては労務提供を実際に行っていたか立証する必要がなくなり、使用者にとっては事業場外で労務提供を行うことを許容することができるようにしています。  同条が定める要件は、@「事業場外」であることに加えて、A「労働時間を算定し難いとき」という二つですが、労働時間を算定しがたいか否かについては、現在ではその評価がむずかしくなってきています。というのも、始業や終業の時間を把握するという意味では、携帯電話での連絡、スマートフォンを利用したチャット、クラウド勤怠システムによる勤怠管理なども技術的には可能となっており、同条が定められた当時とは状況が大きく異なってきているからです。  そのため、近年では事業場外労働によるみなし労働時間制の適用が否定される裁判例も多く、その取扱いには慎重にならざるを得ない面があります。他方で、在宅勤務を含むテレワークにおいても、事業場外労働は適用可能性があるとされており、現在においても適用が必要な場合もあります。 2 適用を否定した最高裁判決の存在  海外旅行の添乗員について、事業場外労働のみなし労働時間制が適用されるか否かが争点となった事案があります(最高裁平成26年1月24日判決、阪急トラベルサポート〈派遣添乗員・第2〉事件)。  同事件において、海外旅行の派遣添乗員が、時間外労働を理由とした未払い割増賃金の支払いを求めたところ、使用者が、事業場外みなし労働時間制が適用されるものと反論していました。  前述の通り、事業場外みなし労働時間制が適用されるためには、二つの要件を充足することが必要とされていますが、この事件でも「労働時間を算定し難いとき」に該当するかが問題となりました。  海外旅行の派遣添乗員ですので、当然ながら、指揮命令をする上司が同伴していないかぎり、事業場外であり、かつ、指揮監督が困難な状況とはいえそうです。しかしながら、最高裁は、このような事案において、添乗員に対する事業場外みなし労働時間制の適用を否定しました。その理由は、あらかじめ旅程や所要時間が定まっており、その通りに進行することが業務であったことや、その内容も報告が必要であったこと、イレギュラーな事態が生じたときには報告して指示を仰ぐことが求められていたことなどがあげられています。  最高裁は、適用の可否を判断するために必要な考慮要素について、「業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等」という整理をしています。とはいえ、考慮要素を列挙されただけでは、どういった事情があれば適用可能であるのかということは明らかにはなりません。  一見すると、事業場外労働と認められそうな事案において、その適用が否定されたことにより、事業場外労働の適用範囲の判断はむずかしくなりました。 3 新たな最高裁判決  最近、新たに事業場外労働のみなし労働時間制が適用されるか否かが争点となった事件が最高裁で判断されました(最高裁令和6年4月16日判決、協同組合グローブ事件)。  外国人技能実習生の指導員として働いていた労働者が、外国人技能実習生を受け入れている企業や当該実習生をサポートするために、熊本県内および九州各地に所在する企業などを訪問するような業務を行っていたところ、事業場外労働のみなし労働時間制が適用されないものとして未払い賃金を請求したという事案です。  第1審および控訴審においては、いずれも事業場外労働のみなし労働時間制の適用を否定して、未払い賃金の支払いを命じました。その際には、阪急トラベルサポート事件が示した考慮要素に基づき、業務状況を逐一確認することは困難であるが、業務日報の内容を確認すれば、その内容を把握し、外国人技能実習生や彼らを受け入れている企業に確認をすることも可能であったことなどから、正確性も担保されているとして、労働時間の算定が困難ではなかったという結論を導いています。  たしかに、阪急トラベルサポート事件においても、業務内容を事後的に報告することとされていたことが考慮されて、事業場外労働のみなし労働時間制の適用が否定されており、その判断に沿ったものといえそうです。  しかしながら、最高裁は、この結論を否定し、事業場外労働のみなし労働時間制の適用可否を判断するにあたって、業務日報が提出されているだけでは足りず、その正確性を担保する手段をより具体的に検討する必要があるとして、破棄したうえ、高裁で審理をやり直すよう差戻しを行いました。  第1審と控訴審は、かつて最高裁があげた考慮要素をもとに判断しましたが、それでも最高裁に差し戻されており、このことは法律解釈のプロである裁判官ですら、事業場外労働のみなし労働時間制が適用されるかどうかを判断することはむずかしいということを端的に示しているように思われます。  どのような相違があったのかという点は、最高裁判決をしっかりと見比べる必要がありますが、大きな相違点としては、業務内容があらかじめ確定しているか否か(協同組合グローブ事件の場合は裁量や変更可能性があった)、事後的な報告の正確性を担保する手段が現実的であるか否か(協同組合グローブ事件では一般的な可能性しか指摘されていなかった)といった点があげられます。事業場外労働が導入された背景である、業務に対する具体的な指揮監督が困難であるか否かという点に立ち返って、業務に対する裁量や確認方法の現実性を見ていく必要があります。 Q2 定年から再雇用契約の締結までに時間がかかってしまった場合の会社の責任について知りたい  定年後再雇用する際に、当該社員より就業場所の変更などを希望されたのですが、従前と同様の場所で働いてもらいたいので、協議していたところ、定年を迎えてから再雇用契約を締結するまでに期間が空いてしまいました。高年齢者雇用安定法に違反する対応になるのでしょうか。 A  定年後の労働条件が合致しなかったことが理由であれば、やむを得ないものとして許容されると考えられます。 1 定年後再雇用制度  高年齢者雇用安定法は、65歳までの継続雇用を義務づけており、事業主は、労働者が60歳で定年を迎える場合には、その後継続雇用することが必要となります。  継続雇用制度は、現に雇用する労働者が希望するときは、定年後も引き続いて雇用する制度をいうとされており、原則として60歳定年を迎えるときには継続雇用の条件が定まり、定年と継続雇用には隙間がないように対応することが望ましいといえます。  ここに隙間が生じた場合には、例えば、高年齢雇用継続基本給付金をその間受給できなくなってしまい、収入への影響が生じることがあるなど、労働者にとっては不利益が生じることになりかねません。  そのため、定年を迎えるまでに労働条件に関する協議や定年後の継続雇用に関する労働契約を締結しておくことが適切といえます。  しかしながら、使用者としても合理的な裁量の範囲で労働条件の変更が可能であるうえ、労働者にとっても定年後の労働条件の変更を希望する場合もあり、条件が合致しない可能性もあります。使用者からすれば、労働条件が合致しない以上は継続雇用に関する労働契約が成立しなかったものとして扱うことが可能な場合が多いですが、それを必ずしも望んでいるわけではない場合もあるでしょう。 2 協議しているうちに定年を超えてしまったとき  理想的な形で、定年前に労働条件が合致できればよいのですが、定年からしばらくしてから条件が合致したときに、使用者は高年齢者雇用安定法違反を問われるのでしょうか。  仮に、労働条件が合致しないまま、定年退職をして、その後も労働条件が合致しなかった場合、使用者が合理的な裁量の範囲内において提示した条件であったのであれば、違法となることはなく、高年齢者雇用安定法違反となることもないと考えられます。しかしながら、定年後しばらくしてから成立したときの解釈については、参考になる見解はあまり存在しておらず、どのような取扱いとなるのか不明瞭なところがあります。  このような事態について、裁判で争われた珍しい事例がありますので、ご紹介します(大阪地裁令和4年10月14日判決)。  この事案は、従業員であった原告が、定年後再雇用契約を締結したにもかかわらず、再雇用契約を締結したのは定年退職時より遅い時期とされたため、賃金などに未払いがあり、また、健康保険料を支払わなければならない、高年齢雇用継続基本給付金が受給できないなどの損害が生じたとして、損害賠償などを求めた事案です。  原告である労働者は、定年直後に継続雇用の合意が成立していたと主張していますが、被告である使用者は、定年を迎えてから紆余曲折を経て、合意に至ったもので、定年直後の合意は成立していないと主張しています。  紆余曲折の内容としては、定年前のアンケートでは、定年後の就業場所について変更の希望があったほか、継続雇用を希望しない旨の連絡を一度行っていましたが、その後あらためて定年後再雇用を希望すると伝え、使用者から継続雇用の労働条件を伝えたものの、就業場所について拒絶されてしまっていました。その後、あらためて労働者から使用者に対して、使用者が提示した就業場所で構わないと伝えたものの、数日後にはやはり嫌であると述べるなど二転三転し、使用者としては従前の就業場所と同様とすることを示唆したところ、原告が当該就業場所の所長に電話をかけて希望叶わず配属になったので今後は好きにさせてもらうなどと伝えたことから、やむなく別の就業場所での勤務を提案した、というものでした。  最終的に定年後の再雇用に関する雇用契約書が作成されたのは、定年からおよそ半年程度経過している段階でしたが、原告は、定年直後に再雇用の合意があったものと主張していたということになります。  裁判所は、使用者においては、定年後再雇用契約の場合は、原則として従前配属されていた営業所に配属する運用であったことや、原告が意向を変更したことを受けて対応していたことなどを認定したうえで、「原告の希望を踏まえて配属先を調整したり、原告の健康状態を確認するなどしていたため、原告の定年退職前あるいは定年退職後直ちに再雇用契約を締結することができ」なかったという経緯は、合理的なものとして首肯することができる、と判断しています。  そして、原告が請求していた損害(被告が定年後再雇用契約を締結したにもかかわらず、被告が同日に定年後再雇用契約を締結していない扱いとしたため、健康保険料全額の支払いをしなければならなくなった、高年齢雇用継続基本給付金の支給を受けることができなかった)についても、その請求は前提を欠いており、失当であると判断されています。  裁判所としても、定年後の再雇用において、労働条件が合致していない間については、たとえ継続雇用が使用者の義務であるとはいえ、強制するわけではなく、その合意に向けた手続きがきちんととられているかぎりは、合理的なものとして首肯できると判断しています。定年後再雇用において、労働条件がうまく合致しない場合における対応方針を定めるにあたって参考になる事例と思い、紹介します。