いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第50回 「副業・兼業」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、副業・兼業について取り上げます。 副業と兼業の各々の定義は多様  副業・兼業とは、読んで字のごとくで「二つ以上の仕事をかけ持ちすること」をいいます。このなかには複数の会社と雇用契約を結ぶことや、事業主として複数の会社の業務を請負や委任といった形で請け負うことなどさまざまな形態が想定されています。  しかし、よくみると“副業”と“兼業”という似たような言葉が並列になっていて、何が異なるのかと気になる方もいらっしゃるかと思います。この点についてはじつは明確ではなく、企業によって定義は多様で、政府が発行している資料でも使い分けているケースと分けていないケースがあります。区別する場合には、「副業=収入を得るためにたずさわる本業以外の仕事(本業がメイン業務、副業がサブ業務)」、「兼業=同程度の労働時間や労力をかけて行う複数の仕事(メイン業務・サブ業務の別なし)」がおおよその整理かと思います。また、両者の違いをあえて明確にしない複業と呼ぶケースもあります。しかし、これらの用語の違いが法律面や手続き面で特に影響しているわけではないため、同義として扱っても問題ないと考えられています(本稿でも特に区別はしません)。 時代によって変化する副業・兼業へのスタンス  かつては、企業が就業規則上で、副業・兼業を許可しないのが一般的でした。おもな理由としては、「過重労働になり、本業に支障を来す」、「知識や技術の漏洩が懸念される」、「人材の流出につながる」といった点があげられます。また、終身雇用の志向が強い雇用環境のなかで、副業・兼業自体に心理的な抵抗感が企業・従業員双方にあったことは想像に難くありません。  しかし、政府は2017(平成29)年3月の『働き方改革実行計画』の「5.柔軟な働き方がしやすい環境整備」のなかで、労働者の健康確保に留意しつつ、原則副業・兼業を認める方向で、副業・ 兼業を普及促進し、就業規則などで、合理的な理由なく副業・兼業を制限できないことをルールとして明確化する旨を掲げたことから、副業を認める会社が増えていくことになります。  この後、厚生労働省の『モデル就業規則』※1に副業・兼業を認める記載例を掲載したり、副業・兼業を認めるうえでの必要事項や労働時間の管理方法・雇用保険や厚生年金保険などの扱いなどを網羅した『副業・兼業の促進に関するガイドライン』※2を公表するなどして副業を促進していく環境を整えていきます。特に、副業・兼業時の労働時間の申告や通算方法、法定外労働の扱いがわかりにくいとされていましたが、このガイドラインで簡便な労働時間管理の方法(管理モデル)を示したことにより、副業・兼業の手続き上の負荷が減ったといわれています。  また、経営者の団体である一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)も働き手のエンゲージメントを高め、働き方改革フェーズUを推進するとして副業・兼業の促進を提言し※3、2023(令和5)年10月の第17回規制改革推進会議のなかでも岸田首相が、兼業・副業の円滑化をはじめとする雇用関係の制度の見直しに言及するなど、政府と企業側が副業・兼業を牽引していくという流れが近年明確になっています。 副業・兼業のメリットは大きい  このような流れにあわせて、副業・兼業従事者の数も増加傾向にあります。『令和4年就業構造基本調査』(総務省統計局)※4内に「副業がある者の推移―全国」というグラフがありますが、2012年には214.6万人だったのが、2017年245.1万人、2022年304.9万人と、特に2017年以降の伸びが大きくなっています。また、経団連が2022年10月に提示した『副業・兼業に関するアンケート調査結果』※5を参照すると社外で副業・兼業することを認めている企業は、従業員数100人未満企業で31.6%のところ5000人以上規模で66.7%と、企業規模が大きいほど認めている企業の割合が大きくなっています。  副業・兼業のメリットについて、従業員にとっては収入の増加や新たな知識・スキル習得、多様なキャリア形成、起業準備に役立つなどがあげられることが多いですが、企業にとってはどのようなメリットがあるのでしょうか。図表を参照すると複数の観点からの効果が示されています。特に「社内での新規事業創出やイノベーション促進」や「社外からの客観的な視点の確保」を目的に副業・兼業を認めている会社も多くあります。従来の日本企業のあり方では、ものの見方や考え方が当該企業の枠組内にとどまり、イノベーションが起きにくい、組織が停滞し環境変化に対応しにくいといった課題が発生しやすくなるため、副業・兼業の推進が解決策の一つになることが期待されているのです。  高齢者雇用・活躍推進の観点からも副業・兼業は有益です。副業・兼業を通じた知識・スキルの習得が、新たな業務・分野への挑戦や業務遂行能力の維持・向上を促進し、長く働き続けることへプラスの影響を与えます。「本業で従事していた企業を定年後に退職し、副業・兼業していた会社で働き続ける」、「副業・兼業でつちかったスキルや経験を活かし、その道の専門家としての業務委託契約を締結することで、就労機会の確保を実現する」、といった事例もしばしばみられるようになっています。  次回は、「エンゲージメント」について解説します。 ※1 モデル就業規則……https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/model/index.html ※2 副業・兼業の促進に関するガイドライン……https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000192188.html ※3 副業・兼業の促進 働き方改革フェーズUとエンゲージメント向上を目指して……https://www.keidanren.or.jp/policy/2021/090.html ※4 令和4年就業構造基本調査……https://www.stat.go.jp/data/shugyou/2022/index2.html ※5 副業・兼業に関するアンケート調査結果……https://www.keidanren.or.jp/journal/times/2022/1027_04.html 図表 社外からの受入:認めたことによる効果 人材の確保 53.3% 社内での新規事業創出やイノベーション促進 42.2% 社外からの客観的な視点の確保 35.6% 自社で活用できる他業種の知見・スキルの習得 24.4% 習得した他業種の知見・スキルの展開による生産性向上 17.8% 自社で活用できる人脈の獲得 17.8% 採用競争力の向上 4.4% 企業イメージの向上 4.4% 都市部の企業等との関係構築 0.0% 地方の企業等との関係構築 0.0% 社内風土の転換 0.0% その他 8.9% 特に効果は出ていない 4.4% ※該当する項目を上位3つまで選択する形式 ※社外からの副業・兼業人材の受入を認めている企業45社における比率 出典:『副業・兼業に関するアンケート調査結果』一般社団法人日本経済団体連合会、2022年10月11日