技を支える vol.343 昭和40年代の機械を操り活版印刷の活字を鋳造 活字鋳造職人 大松(おおまつ)初行(はつゆき)さん(80歳) 「自分のつくったものが世の中に認められるのは、うれしいことです。自分が納得できない活字は売りません」 活字のできばえにこだわり 1000分の1ミリ単位で調整  金属製の活字を組み合わせた版に、インキをつけて紙に転写する活版印刷。15世紀に発明されて以降、大量印刷を可能にし、長年にわたり印刷文化を支えてきた。20世紀にオフセット印刷やデジタル印刷が登場し、活版印刷の需要は激減したが、いまでも独特の書体や風合いを求め、活版印刷を利用するニーズは根強く存在する。  活版印刷に不可欠な活字をいまも製造する数少ない会社の一つが、1919(大正8)年創業の株式会社築地(つきじ)活字(横浜市)。約60年勤務する大松初行さんは、現在同社唯一の活字鋳造職人として、2022(令和4)年度の「横浜マイスター」に選ばれた。  活字の材料は、鉛、スズ、アンチモンを配合した合金。活字鋳造機の鋳型の先端に凹型の活字母型をセットし、350〜400度に溶かした地金を流し込み、水で冷却して凸型の活字を鋳造する。  一文字ずつ組み合わせて版にする活字は、サイズや文字の位置がそろっていないと、きれいに印刷することができない。そのため大松さんは、サイズや文字位置の調整には細心の注意を払っている。鋳造された活字を1000分の1ミリ単位で測定できるマイクロメーターやルーペでチェックし、機械の設定を微調整することをくり返しながら、品質を保っている。  昭和40年代に製造された活字鋳造機のメンテナンスも大松さんの役割だ。調子が悪くなったときは、機械の音を聞きながら、油が足りない、水が少ないなどの原因をつきとめる。「ずっとまじめにやってきたから、いまではだいたいのことはわかる」そうだ。 どうすればうまくいくかを考えることが楽しい  長崎県の平戸島(ひらどじま)で生まれ育ち、高校卒業後に上京、高校の先輩が勤める築地活字の前身の会社に就職した。事務、文選(大量の活字の在庫から必要な文字を拾う仕事)、営業を経験し、20代後半に鋳造の仕事に就いた。  「先輩たちがいたころは、やっている様子をずっと見ていることで、やり方が自然と頭に入りました」  先輩たちが退職間近になると、機械の調整法をきちんと教わり、いつでも確認できるように、機械のうえにある排気ダクトにメモをたくさん書き込んだ。  「それを見ながらがんばってきたことで、一人でも一通りのことができるようになりました」  もっとも最初のころは、鋳造の仕事は汚れるから嫌だったそうだ。  「だけど、一生懸命やっているうちに、次第におもしろくなってね。自分のつくったものが世に出て認められるのがうれしかった。返品されなければ世の中に通じるということだから、とにかく返品されないものをつくろうと心がけ、返品されたときは、悪いところを直すように努めました」  できあがりに納得できないものは、製品として出さないという。  「うまくいかないときは、どうすればうまくいくかを考えるのが好きなんです。試行錯誤してうまくできたときに喜びを感じます」  当初苦労したのは欧文の活字。仮名や漢字と違い、同じサイズでも「I」「W」など文字によって幅が異なるため、その都度機械の調整が必要になるからだ。  「先輩のやり方を踏襲するだけでなく、もっと簡単にできる方法がないか、つねに考えてきました。そうでなければ進歩がないからね」  築地活字代表取締役の平工(ひらく)希一(きいち)さんは、「活字のことをつねに考えている」と大松さんを評価する。 自分が知っていることはみんな教えてあげたい  築地活字では、大松さんの活字鋳造の技術を後世に残すために、クラウドファンディングで「活字鋳造・基礎コース」の参加者を募集。現在4人が大松さんの指導を受けている。「自分の知っていることはみんな教えてあげたいと思っています。教えた人が伸びていくのがうれしい」と、大松さんは笑顔で話してくれた。 株式会社築地活字 TEL:045(261)1597 http://www.tsukiji-katsuji.com (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) 写真のキャプション 高温の地金でやけどをしないよう注意を払いつつ、活字のサイズや文字位置を調整する。上部のダクトには、調整に必要な数値などがたくさん書かれていた 活字を組んだ版と、その印刷物(築地活字の年賀状)。活版印刷にしかない独特の風合いがある 活字の元となる凹型の活字母型。築地活字では26万個の母型を所蔵している 鋳造されたばかりの9ポイントの活字。鋳型により直方体に成形され、その先に凸型の文字がつく 大松さんの指導は「教え方がていねいで、わからないことは何でも教えてくれます」と評判だ 大松さんが手がけた活字が、種類ごとに整理されて棚に保管されている 活字の原料となる地金。鉛・スズ・アンチモンで構成されている。この地金を溶かして活字をつくる 活字のサイズや文字位置の調整をし終えた後、活字鋳造機から次々と流れ出てくる同一文字の活字