“学び直し”先進企業に聞く! 最終回 大樹生命(たいじゅせいめい)保険(ほけん)株式会社  「人生100年時代」の到来に向け、学び直し≠支援する先進企業を紹介する本連載。最終回となる今回は、「学習する個・組織」の実現に向けた環境づくりを、人の大樹<vロジェクトとして全社的に進める大樹生命保険株式会社に迫る。「学びの仕組みづくりは、街づくりと一緒」という視点から、独自の「学びMAP」を作成。世代を超えた学び合い、主体性や持続可能性を重視した取組みが特徴だ。 従業員の学びから組織の好循環を「“人の大樹”プロジェクト」  1927(昭和2)年の三井生命保険株式会社発足から90年を超える歴史をもつ大樹生命保険株式会社(東京都江東区)。2019(平成31)年4月の社名変更から、今年で5年目を迎えた。  全国47都道府県に63の支社と433の営業拠点を展開し、従業員数は1万918人、うち内勤職員は3857人。50歳以上の従業員が大きな割合を占めるようになるなかで、企業の持続的な成長と経験豊富な当該層の知識や能力を最大限に活かすことを目的に、2020(令和2)年に65歳定年制を導入している。  同社では、「大樹生命のだれもが働きがいのある職場」づくりを目ざして、2020年度に人の大樹<vロジェクトをスタートさせた。「従業員一人ひとりの成長を通じて、お客さまの満足度向上から企業価値の持続的成長につなげていく好循環を目指す」もので、@上司と部下の関わりの強化、A成長のための主体的な学びの支援、B成長のための土台作り―の三つの柱で構成されている。  プロジェクトでは、研修やeラーニング拡充などのリスキリング施策も進められているが、「研修とは基本的に、会社が指名し、会社が定めた画一的なプログラムなので、受講者にとって必ずしも自己実現のイメージが湧かず、しかも、あまりワクワクしないですよね」と、従来型の学び≠ノ限界を感じると話すのが、人事部人材開発室審議役・CDPプロジェクトリーダーの高橋(たかはし)俊哉(としや)さんだ。高橋さんは、入社10年までの従業員を対象としたキャリアデベロップメントプログラム(CDP)をはじめ、社内全体の人材育成施策をになう人物である。  以前の研修プログラムは、高橋さんが主導して作成していたが、「リーダーシップのような普遍的な考え方やメソッドであっても、研修の場では高揚感や自己変革への意識が芽生えるものの、3〜4カ月後のモニタリングでは具体的な一歩をふみ出せていない受講者も多く見受けられます。期待値が大きいほど、人の意識や行動を変えるのはたやすいことではなく、職場に戻れば、形状記憶合金のように元に戻ってしまう。数年に一度、単発の研修ではどうしても限界があります」とジレンマを口にする。「会社主導で、『自立的な学びを』、『キャリア自律を』と拳を振り上げたところで、一人ひとりを動かすのはむずかしい」と、高橋さんは話す。  人材育成のあり方を大きく見直すきっかけとなったのが中期経営計画だ。2024〜2026年度の3カ年で掲げる人材像は、@デジタルを活用し、仕事を根本からデザインできる人材、A変化に挑戦し、新しいビジネス・戦略を構想できる人材の2点。この方向性をベースに、一般的な企業が抱える「学び直し・リスキリングの壁」の要因分析なども丹念に行いながら、より身近で、持続可能性を重視した内容に再構築した。 「学びの仕組みづくりは街づくり」“学びMAP”で世代を超えた学びを  「いままでは、特定の階層やスキルにフォーカスし、会社の定める方針や人材像に沿った人材育成を進めていた」(高橋さん)という点を見直し、学びの新たなプラットフォームとして2024年4月に打ち出したのが「人の大樹 学びMAP」(図表)だ。職階・施策名を縦に並べた、ありがちな人材育成体系図ではなく、社内外の学びのすべての取組みが一目で体感できるように「4つの大陸」を模したイラストで表現した。イラストは従業員の手によるもので、「“人の大樹”の社風を大切にしつつ、従業員一人ひとりが自分らしさを探究できるように」とのメッセージを込めた「地図」となっている。  「背景にある思想は、“街づくり”です。学びの仕組み自体は、街づくりと共通する部分が多いと思います」と高橋さんは話す。「街づくりではまず、地域性が重要です。地域には歴史や文化、独自の環境がありますが、同じように会社の文化やDNAを大切にし、それを活かすことが重要」と考え、「大樹生命らしさ」を意識した。  さらに、「シニアがいれば若者もいて、パートタイムで働く人も、障害のある人も、多様な価値観や背景を持った人たちが、ともに学び合う環境が不可欠」として、「多様性・自律性の尊重」を一つの大きなテーマとして掲げている。地域の住民が主体的に参加し、意見を出し合って進む街づくりのように、多様な人材が世代を超えて、共通の目標に向かって協力し、互いに学び合えるような風土の醸成を目ざしている。  人材開発室では「学びMAP」と合わせ、「互いに学び合い、成長することの重要性」を従業員に伝えるため、社内向けの動画※も作成した。文書などではなく動画でのメッセージを選んだ理由について、「自分ごととして受けとめてもらうためには共感が土台にないと機能しない」と、高橋さんは話す。  対話を「見える化」するグラフィックファシリテーションの手法で制作した動画は、いわゆる「Z世代」とシニアの会話を軸に構成。「若い世代とシニア世代が一緒に学び高め合うことが、個々の成長・共創につながる」ということを視覚的に訴えている。 組織のトリオで一体研修「関係性向上プログラム」  「学びMAP」は、「キャリアパス・プログラム」、「関係性向上プログラム」、「ブック・コミュニティ」、「ラーニング・スクエア」の四つのセクターで構成され、それぞれが連動する仕組みになっている。そのうち「キャリアパス・プログラム」は、従来からある総合職、エリア総合職の階層別・スキル別研修、DX(デジタルトランスフォーメーション)研修が中心。リーダーシップ開発研修やビジネススキル強化研修などとともに、「プレ・シニア層の個≠活かした多様な活躍」を目ざしたキャリアデザイン研修なども盛り込まれている。  「関係性向上プログラム」は、経営ビジョンの実現に向け、一人ひとりが主役意識を持ち、多彩な能力を最大限に発揮できる企業を目ざす研修プログラムで、2024年度から本社を中心に実施。12の部門から3人ずつ招集し、計3回のセッションの研修を、7カ月にわたって実施する計画だ。研修メンバーは、例えば「部長・グループ長、所属員」のように、同じ組織内の上司と部下のトリオで構成され、三者一体で、個人・グループワークなどを通じて自分の原動力の探求、組織のミッション、未来ビジョンなどを徹底的に言語化・対話を通じて磨き合う。  「従業員の持っている本来的な力は、『本音がいえる』という心理的安全性や、衝突や対立を恐れない対話によってこそ、職場の創発活動や新しい価値の創出につながると思います」と、高橋さん。一定期間をかけ、段階をふんで関係性を高めていくことで、互いへの理解と尊重が生まれる。それによって、生産性が向上し、従業員もそれぞれの自己認知・創造性を高め、イノベーションを促進できる組織風土が育まれる、というのがプログラムのねらいだ。 「本」を通じた身近なリスキリング書籍要約サービスが中高年層にも人気  大樹生命の育成施策のなかでも、もっとも個性的で特徴的な取組みの一つが、「本」、「読書」を通じたリスキリングだ。「学びMAP」では、「ブック・コミュニティ」のセクターに具体的な施策がまとめられているが、同社では2020年から、本の要約サービス「flier(フライヤー)(★)」の法人版を導入。「自分磨き」のツールとして、社内での活用が広がっている。  flier は、株式会社フライヤーが運営する、ビジネス書を1冊10分で読める要約を提供するサービス。「ビジネスパーソンが読むべき本」3700冊超がラインナップされているという。最新書籍や過去の名著から厳選された要約が毎日配信される仕組みや、要約から学んだことを社内で共有するための「学びメモ機能」、通勤中などのすき間時間でも利用しやすい音声機能などがある。  2020年に法人契約した当初の社内の利用者はおよそ100人だったが、現在の登録者数は従業員の約1割まで増加。flier利用者の年代別割合を見ると、40代が約2割、50代が5割近くと、中高年層の割合が圧倒的に多くなっている。  高橋さんは、中高年層のリスキリングや、新たなキャリアへの挑戦について、「ある程度の年齢になると、ずっとつちかってきたコンフォートゾーン(いまあるスキルで対応ができる居心地のよい場所)から飛び出すのは簡単なことではありません」と話す。  そこで注目したのが「読書」だ。新たなキャリアを目ざしたり、資格を取得したり、具体的な挑戦にふみ出すのはハードルが高くても、「読書」であれば身近で手軽に自分を磨くことができる。「50代を超え、人生100年の折り返し地点にくると『ちゃんと地に足のついた大人になりたい』、『教養を身につけたい』という感情が芽生えるものなのですね」と高橋さんは自分自身もふり返り、リスキリングのツールとしての「読書」の有効性を強調。flierで読んだ内容が「心に刺さった」、「顧客との会話で役立った」という利用者も多く、研修との相乗効果もあらわれているという。 民間初の「雑誌読み放題」持続可能な“学び”へのつながりに期待  「学びMAP」で創設された「ブック・コミュニティ」では、flier 利用のほか、読書を軸にしたリスキリングの場として「グローアップ・カフェ」、「ブック・カフェ」、「ブック・ラボ」が盛り込まれている。  「グローアップ・カフェ」は、本の著者を招いたランチタイムセミナーで、有名な著者の肉声を聞くことができる機会となっている。「ブック・カフェ」は、ランチタイムの読書会だ。どちらもZoomで月一回開催しており、全国の従業員が気軽に参加することができる。さまざまな本を通じて、従業員同士が交流を深め、読んだ本からの気づき、学びを共有してもらうのがねらいだという。  「ブック・ラボ」は、ビジネスパーソンから支持を得ている本の著者によるオンラインのワークショップで、総合職、エリア総合職、業務職から参加者を募り、著者の実践知を体感できる学びを展開している。  さらに、本による継続的な学びを後押しするために、2024年5月に「大樹生命電子図書館」を開設。同図書館では、キャリア・仕事術などの自己啓発書だけではなく、絵本から子育て・料理・健康・文芸書や雑誌まで、幅広いジャンルの本を取り揃えており、いつでも好きな時間に、好きな本をWeb上で借りることができる。従業員のみならず、同居する家族の利用も可能だ。コロナ禍の影響や災害被災地での心のケアなどを背景に、自治体などで電子図書館を導入するケースが増えているが、民間企業の導入は大樹生命が全国で3例目だという。  さらに2024年8月からは、同図書館内で「雑誌読み放題」がスタートした。民間企業では初の取組みで、閲覧可能な雑誌は計230誌。ビジネス誌はもちろん、旅行や鉄道、バイク、カメラなど中高年層に人気の雑誌も豊富にラインナップされている。「雑誌には刺激があふれていて、仕事でも、生活でも、いろいろな意味で、最新のヒントを得ることができます」と、高橋さん。雑誌が発信するアイデアや視点によって、若手からシニア層まで、創造性や思考力が刺激され、継続的な学びにつながるとの考えだ。  また、特に、人口の少ない地域などにある営業部や支所では、書店の閉鎖が進み、気軽に雑誌を手に取ることができないケースもあるという。  電子図書館が、そうした地域でのリスキリングの活性化やQOL(生活の質)の向上にも、一役買うことが期待される。 「学びMAP」で自分の「宝島」へシニアのキャリアにも新しい要素を  「学びMAP」ではそのほか、「ラーニング・スクエア」のセクターで、公募型・選択型の10のプログラムを提供している。「研修」といっても、従来のeラーニングに並んでいるようなメニューとは趣が異なり、「人間力やウェルビーイングの探究」、「おもしろさ」、「ワクワク感」にもこだわった内容となっているのが特徴だ。例えば、2024年は、「心を突き動かすメッセージング技術」、「自分らしさを育む感性開発ワークショップ」といったラインナップで、各分野の専門家から学ぶことができる。  同社は、この「キャリアパス・プログラム」、「関係性向上プログラム」、「ブック・コミュニティ」、「ラーニング・スクエア」の4セクターを、それぞれに連動させることで、持続的な新しい学びにつなげ、多様性に富んだ人材の育成をさらに進めていく。  「中高年世代の従業員にも、DXを含めて、自身のフィールドから一歩ふみ出して新しい興味・関心を、自分のキャリアに取り込めるような、そんな学びの場を広げていきたい」と話す高橋さん。最後に「この学びMAP≠手に、自分で行けるところ、目ざすもの―自分の『宝島』を探してほしい」と語ってくれた。 ※ https://www.youtube.com/watch?v=AgTBhpPX3cI ★ 「flier」は株式会社フライヤーの登録商標です 図表 人の大樹 学びMAP ※資料提供:大樹生命保険株式会社 写真のキャプション 人事部人材開発室審議役・CDPプロジェクトリーダーの高橋俊哉さん