知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第77回 従業員が死亡した場合の退職金の支給対象者、副業先の時間外労働 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 従業員が死亡した場合、退職金の支給対象はだれになるのか  従業員が亡くなったのですが、当社では死亡による退職時にも、退職金支給が行われます。このたび、相続人であるという従業員のご兄弟から連絡があったのですが、支払いを行っても問題ないでしょうか。支払うにあたって、確認しておくべき事項はありますか。 A  死亡退職金の支給対象者は、相続人とはかぎらず、自社の就業規則などを慎重に確認する必要があります。支払いにあたっては支給対象者に該当するか否か確認すること、および代表者にまとめて支払うことについて、全員の了承が得られているのかなども確認しておくべきです。 1 退職金制度  退職金制度を導入するか否かは、各社の裁量に委ねられており、そもそも制度を設けるか否か、設けるとしてもどういった支給基準(計算方法)を採用するか、死亡時の退職金の支給対象者(支給順位)をどのように定めるかなど、退職金制度の設計において各社ごとに内容が相違することが多くあります。  各社の裁量に委ねられているとはいえ、労働基準法(以下、「労基法」)が退職金についてまったく触れていないかというとそういうわけではなく、「退職手当」という用語で、図表1のような規定が設けられています。  また、通常の賃金の場合は、退職した後に請求された際には7日以内に支払わなければならないと規定されています(労基法第23条)が、退職手当については、退職前においては退職事由次第では支給されないこともある停止条件付債権であり、支給するか否かも含めて使用者が条件を定めることができることから、通常の賃金と異なり、あらかじめ特定した支払い期日が到来するまでは退職金を支払わなくとも差し支えないと解釈されているという特徴もあります。  退職金制度を自社のみで準備することもあれば、独立行政法人勤労者退職金共済機構の中小企業退職金共済制度(以下、「中退共」)を用いる場合もあります。中退共においては、中小企業退職金共済法に基づき、加入者に対して退職金の支給が行われることになりますが、「被共済者がその責めに帰すべき事由により退職し、かつ、共済契約者の申出があつた場合において、厚生労働省令で定める基準に従い厚生労働大臣が相当であると認めたときは、機構は、厚生労働省令で定めるところにより、退職金の額を減額して支給することができる」と定められており(同法第10条第5項)、一定の場合には退職金が減額されることが想定された停止条件付債権となっています。 2 死亡退職金の支給にあたっての留意事項  従業員の死亡時に退職金を支給するにあたっては、その支給対象者を確定する必要があります。この点、留意しなければならないこととしては、必ずしも相続人が退職金の受給対象者となるとはかぎらないという点です。  例えば、中退共による退職金の支給については、法令においてもその受給者の順位が定まっており、図表2のような定めとなっています。  この規定では、配偶者が第一順位とされており、そのほかの相続人と相続分に応じて分けることにはなっていないことや、第2項が死亡の当時主としてその収入によって生計を維持していたものを優先する内容となっており、たとえ子であるとしても、生計を維持した兄弟姉妹が存在する場合には、相続とは異なり優先されないといった相違があります。  また、就業規則においては、労働災害補償法第16条の7(生計を維持していた兄弟姉妹は優先しない点で中退共による支給と相違する)を引用している事例も多くあります。  したがって、自社の死亡退職金の支給対象者がだれになるのかという点は、就業規則などに定められた内容を確認しなければ確定しないことになります。また、中退共による支給や労働災害補償法第16条の7を引用しているような場合には、子、孫、父母などであることの確認に加えて、「生計を維持していた」か否かについても確認が必要ということになります。基本的には住所が同一であったか否かといった方法で確認することになりますが、相続とは大きく異なる点ですので、注意が必要です。  また、同順位の受給者がいる場合には、各人に分割して支払っていくか、もしくは受領する代表者を定めて支給するということになりますが、後者の場合には、代表者以外のほかの受給者も含めて、代表者を選んだことに各自が同意しているかという点にも留意する必要があります。同意したか確認することなく、代表者に全額を支払ってしまった場合には、ほかの受給者から自身の受給予定額を請求されたときには、二重払いをせざるを得ない(その場合、代表者から返還してもらうようにしなければならない)というリスクもあります。  なお、過去の裁判例においては、受給者の順位を定めていなかった事例では、遺族固有の権利とする合理的な根拠もなかったことから、相続財産に含まれるものとして相続人が支払いを求めることができると判断しているものがあります(大阪地裁平成22年9月19日判決、大阪産業大学事件)。したがって、受給者の順位を定めていない場合には、相続順位にしたがって支給対象者を検討することになりますが、代表者への支払いについては同様の事項に留意することが必要です。 図表1 労働基準法による退職手当の規定 第89条第3の2号 (就業規則に)退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項 第143条 第115条の規定(時効)の適用については、当分の間、同条中「賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間」とあるのは、「退職手当の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)の請求権はこれを行使することができる時から三年間」とする。 ※筆者作成 図表2 中小企業退職金共済法が定める遺族の範囲と順位 (遺族の範囲及び順位) 第十四条 第十条第一項の規定により退職金の支給を受けるべき遺族は、次の各 号に掲げる者とする。 一 配偶者(届出をしていないが、被共済者の死亡の当時事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。) 二 子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹で被共済者の死亡の当時主としてその収入によつて生計を維持していたもの 三 前号に掲げる者のほか、被共済者の死亡の当時主としてその収入によつて生計を維持していた親族 四 子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹で第二号に該当しないもの 2 退職金を受けるべき遺族の順位は前項各号の順位により、同項第二号及び第四号に掲げる者のうちにあつては同号に掲げる順位による。この場合において、父母については養父母、実父母の順とし、祖父母については養父母の養父母、養父母の実父母、実父母の養父母、実父母の実父母の順とする。 3 前項の規定により退職金を受けるべき遺族に同順位者が二人以上あるときは、退職金は、その人数によつて等分して支給する。 ※筆者作成 Q2 従業員が副業をするにあたり、副業先での時間外労働の取扱いと、当社で留意すべき事項について知りたい  当社は副業を認めており、ある若手従業員が副業の申し出をしてきました。ところが、副業先が就業規則の作成や36協定の締結・届出をしているかもわかりません。副業であることから時間外労働が生じることも考えられるのですが、問題ないでしょうか。 A  副業先において、就業規則および36協定が作成・届出がなされていないとすれば、副業先において時間外労働をさせることができないということになります。そのため、副業先における時間外労働の可能性をふまえると、副業先における36協定提出完了を確認させておくことが望ましいでしょう。 1 副業・兼業について  副業・兼業については、厚生労働省が、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(以下、「ガイドライン」)を策定しており、原則として、副業・兼業を認める方向とすることが適当と示しています。  副業・兼業については、労働者にとって、離職せずとも別の企業でのスキルや経験を獲得できること、所得が増加することなどのメリットがある一方で、就業時間が長くなる可能性があることから健康管理も一定程度必要とされ、その把握や管理の方法が課題とされています。  ガイドラインにおいては、就業時間の把握や管理方法以外にも、安全配慮義務、秘密保持義務、競業避止義務との関係なども整理されています。また、厚生労働省のホームページには、これらに則したモデル就業規則、届出書、労使間で締結することを想定した副業・兼業に関する合意書の様式、ガイドラインのQ&Aなどが公表されており、参考になります。  なお、副業先における働き方が、雇用ではなく準委任契約等である場合には、労働時間管理には影響は与えないと考えられます。 2 副業・兼業と労働時間の管理  労働者が、副業・兼業を実施する場合の労働時間管理については、時間外労働時間の計算方法に特徴があります。  まず、自社と副業先の労働契約の成立日の先後関係を把握する必要があります。副業の申出を受けたということは、自社が先に労働契約を締結していたものと考えられます。  副業時の時間外労働時間の把握については、@所定労働時間の通算とA所定外労働時間の通算の問題があり、@については、労働契約を後に成立させた副業先において、両社の所定労働時間を通算して法定労働時間を超えた部分について、時間外割増賃金を負担しなければならないことになります。例えば、自社において7時間、副業先において3時間の所定労働時間となっている場合には、所定労働時間の通算結果は、合計10時間となり、労働契約を後に成立させた副業先において2時間(法定労働時間8時間を超過した部分)の時間外労働をさせるという取扱いとなります。このような場合、副業先は36協定の作成および届け出を行っておかなければ、想定していた3時間働いてもらうことは労基法違反となってしまいます。  Aについては、@の方法で計算した所定労働時間の通算に加えて、自社において所定外労働時間が生じた場合に、労働契約の先後関係ではなく、所定外時間労働が生じた順番(労働時間の先後関係)をもって、法定労働時間を超えたか否かを判断することになります。例えば、所定労働時間の通算においては、合計8時間以内におさまっているような場合であっても、自社の出勤前に副業先で働いているようなケースにおいては、自社の所定外労働時間となった部分については、時間外労働として把握する必要があります。  したがって、これらの計算を行うためには、そもそも、労働契約の先後関係はどのようになっているのか、副業先における所定労働時間がどの程度であるのか、時間帯が自社よりも早いのかについて把握しておく必要があります。  これらの把握や通算が煩雑な場合には、厚生労働省が紹介している簡便な労働時間管理の方法「管理モデル」を採用することも考えられます。自社および副業先の双方において、時間外労働が労働時間の上限規制(単月100時間、複数月80 時間未満)を下回るように、それぞれにおける時間外労働の上限をふり分けたうえで、各社が定めた上限を遵守しているかぎりは、それぞれの事業場で行った時間外労働に対して割増賃金を支給することをもって、労基法違反を回避することができるというものです。  なお、副業先が労使協定を届け出ているとしても、原則として労使協定において月45時間未満の時間外労働という上限が定められ、労基法が定める上限である単月100時間、複数月80時間となるような時間外労働が可能となるような特別条項の適用は年6回を上限とするように労使協定に定められていることが一般的です。したがって、上限規制を遵守するということだけではなく、特別条項の適用回数について留意する必要はあります。 3 健康管理  副業を行う場合には、どうしても通算した労働時間は、1社で働いている場合よりも多くなりがちです。  労働災害との関係でいえば、複数の事業場における労働時間は通算したうえで、精神障害や脳・心臓疾患の発症と業務の関連性(業務起因性)が判断されることになります。その際には、過剰な時間外労働や連続勤務が重要な要素とされています。  他方で、長時間労働者を対象とした産業医による面接指導や自社における健康確保措置の対象者について、法制度上は、労働時間を通算することが前提とされていません。しかしながら、労災認定の基準が緩やかになるわけではなく、事前予防の機会を失うことにもなりかねません。  したがって、たとえ、管理モデルを採用して、副業先の労働時間を積極的に把握する必要がなくなったとしても、健康管理の観点から、どの程度の労働時間となっているのか、連続勤務の状況(休日が確保されているか)については、定期的に本人の申告を受けたり、本人の心身の不調が疑われるときには、副業先の労働時間を含めた状況の把握が必要になるでしょう。また、産業医による面接指導の機会についても法制度上の義務であるか否かにこだわりすぎずに、自社内での健康管理について、副業を行っている場合には定期的に実施したり、自社内での時間外労働時間数のみによることなく実施対象にするなど、事前予防の機会を失わないように配慮しておくことが望ましいでしょう。