いまさら聞けない 人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第51回 「エンゲージメント」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、エンゲージメントについて取り上げます。 エンゲージメントは組織と個人の双方向の関係で成り立つ  エンゲージメントの定義をインターネットで検索してみると、さまざまな表現の内容が出てきます。公的な資料の定義を引用すると、『経済財政運営と改革の基本方針2022について』※1という資料では、エンゲージメントは「働き手にとって、組織目標の達成と自らの成長の方向が一致し、仕事へのやりがい・働きがいを感じる中で、組織や仕事に主体的に貢献する意欲や姿勢を示す概念」と記載されています。また、厚生労働省の『働き方・休み方改善ポータルサイト』※2では、「エンゲージメントは、仕事にやりがい(誇り)を感じ、熱心に取り組み、仕事から活力を得ている状態をさし、個人と仕事との関係に着目したワークエンゲージメントと、所属組織への貢献意欲をさし、個人と組織との関係に着目した従業員エンゲージメントの二種類がある」としています。  これらとインターネットでみられる定義も含めて一致しているのは、「組織」と「個人(働き手)」の双方向の関係が主体的な組織や仕事への貢献意欲などに影響を及ぼすという点です。従業員満足度や企業へのロイヤリティ(忠誠心)と混同されることもありますが、個人から組織への一方向的な思いである点や、主体的な貢献意欲などにつながるかどうかまではわからない点に違いがあります。また、個人が目標に向けて主体的に行動するワークモチベーションとも双方向性という観点から異なる用語です。ただし、エンゲージメントの向上が、従業員満足度やロイヤリティ、ワークモチベーションにも好影響を及ぼすともいわれているため、各々関連している用語といってもよいと思います。 エンゲージメントの現状  エンゲージメントは概念的な用語ではありますが、現状を測定し数値化することは可能とされています。メディアなどでよく取り上げられるのは、ギャラップ社※3のState of the Global Workplaceで、“日本の従業員のエンゲージメントは低い”という調査結果を聞いたことがある読者の方も多いのではないでしょうか。最新の「2024 Report」を参照するとエンゲージしている日本の従業員は6%と東アジア地域で最低水準にあります(高水準はモンゴル41%、中国19%です)。また、2023年版の資料※4に経年の推移が載っているのですが、2012年から2022年にかけてグローバルの13%〜23%と右肩上がりの水準に対して、日本は7%〜5%と低水準を推移している状態にあります。  また、国内の調査では、少々古いですが、『令和元年版 労働経済の分析』※5にエンゲージメントの詳しい解説と分析が載っています。ここでは、エンゲージメントは「活力」、「熱意」、「没頭」の三つが揃った状態とし、これらを測定するための質問回答に基づきエンゲージメントスコアを算出し、日本における働きがいの現状を示しています。概況の一部を抜粋したものが図表です。特徴的なのは加齢または職位・職責の高まりにともなって、スコアが高まっている点です。特に、60歳以上のスコアがほかの年齢層と比較して、突出して高い数値となっており、高齢者雇用の推進はエンゲージメントの高い社員の活用につながる点がうかがえます。一方で、これから長い職業人生における活躍が期待される若手層のスコアが低い点が課題ともとらえられます。 エンゲージメント向上に向けた取組み  労働経済の分析のなかで、エンゲージメントを向上させることは、個人・企業の労働生産性の向上につながる可能性や、「職業人生は可能な限り長い方が望ましい」と感じる労働者の増加につながる可能性が示唆されています。このため、エンゲージメントの向上は、現在の日本の大きな課題である労働生産性の向上や人手不足の解消策の一部としてとらえられ、政府としても『経済財政運営と改革の基本方針2022について』のなかで、「人的資本投資の取組とともに、働く人のエンゲージメントと生産性を高めていくことを目指して働き方改革を進め」としています。  また、企業業績の向上や人材の定着につながるとして、エンゲージメントの向上施策に具体的に取り組んでいる企業も多くあります。『令和元年版 労働経済の分析』のなかにエンゲージメントの高い勤め先企業で実施されている雇用管理という調査(第2−(3)−20図、P213)がありますが、「能力・成果等に見合った昇進や賃金アップ」、「有給休暇の取得促進」、「職場の人間関係やコミュニケーションの円滑化」、「人事評価に関する公正性・納得性の向上」、「仕事と育児の両立支援」などが実施率の上位に入っています。また、『働き方・休み方改善ポータルサイト』で、各社の具体的な取組み事例をみることができます。多くの企業に共通しているのは、調査ツールやアンケートを用いてエンゲージメントの実態を把握し、その結果に基づき施策を実施することを継続的にくり返していることです。エンゲージメントは持続的かつ安定的な状態をとらえる概念ともいわれており、一過性の対応ではなかなか向上にはつながらない点に注意が必要です。  次回は、「労働基準法」について取り上げます。 ※1 『経済財政運営と改革の基本方針2022について』(令和4年6月7日閣議決定) https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2022/2022_basicpolicies_ja.pdf ※2 「ワークエンゲージメントとは」『働き方・休み方改善ポータルサイト』https://work-holiday.mhlw.go.jp/work-engagement/ ※3 ギャラップ社……アメリカ最大の調査会社。世論調査や従業員意識調査などを実施 ※4 『2023年版 ギャラップ職場の従業員意識調査:日本の職場の現状 リーダーのための5つの洞察』 ※5 『令和元年版 労働経済の分析 ─人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について─』(厚生労働省) https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/19-1.html ここでは、ワーク・エンゲイジメントと表現されているが、本稿ではエンゲージメントで統一した 図表 エンゲージメントスコアの概況(抜粋) (スコア) 熱意 没頭 エンゲイジメント・スコア 活力 全体 3.92 3.55 3.42 2.78 性別 男性 3.85 3.50 3.39 2.81 女性 4.02 3.60 3.45 2.73 年齢 29歳以下 3.85 3.37 3.29 2.66 30歳台 3.90 3.51 3.38 2.73 40歳台 3.94 3.55 3.42 2.76 50歳台 3.94 3.59 3.44 2.78 60歳以上 4.08 3.82 3.70 3.19 居住地 三大都市圏 3.95 3.55 3.43 2.79 地方圏 3.91 3.54 3.40 2.77 役職 役職なし 3.88 3.46 3.33 2.66 係長・主任相当職 3.94 3.54 3.40 2.72 課長相当職 3.91 3.59 3.45 2.85 部長相当職以上 4.14 3.86 3.76 3.26 勤め先企業の規模 20人以下 3.92 3.50 3.40 2.77 20超50人以下 3.97 3.61 3.47 2.28 50超100人以下 3.91 3.52 3.39 2.76 100超300人以下 3.86 3.49 3.35 2.71 300超1000人以下 3.91 3.44 3.36 2.72 1000人超 3.74 3.41 3.27 2.65 資料出所(独)労働政策研究・研修機構「人手不足等をめぐる現状と働き方等に関する調査(正社員調査票)」(2019年)の個票を厚生労働省政策統括官付政策統括室にて独自集計 (注)エンゲイジメント・スコアは、調査時点の主な仕事に対する認識として、「仕事をしていると、活力がみなぎるように感じる」(活力)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(熱意)、「仕事をしていると、つい夢中になってしまう」(没頭)と質問した項目に対して、「いつも感じる(=6点)」「よく感じる(=4.5点)」「時々感じる(=3点)」「めったに感じない(=1.5点)」「全く感じない(=0点)」とした上で、「活力」「熱意」「没頭」の3項目全てに回答している16,579サンプルについて、1項目当たりの平均値として算出している。 出典:『令和元年版 労働経済の分析』厚生労働省