技を支える vol.344 伝統技法を守りながら美しい色と柄を追求 型染め・紅型(びんがた)作家 山本(やまもと)加代子(かよこ)さん(77歳) 「体験教室では、『紅型染めとはこういうものなんだ』としっかり記憶に 残るように、本格的な体験をしていただけるよう心がけています」 「染(そめ)の街」新宿で紅型染めの工房を営む  東京都新宿区の落合・中井界隈は、昭和30年代まで染色関連業が集積し、京都や金沢と並ぶ染色の三大産地だった。そんな「染の街」には、現在も染色にかかわる工房が点在している。紅型作家、山本加代子さんの「おかめ工房」もその一つ。作品をつくるかたわら、紅型染めの教室を主宰している。  紅型は沖縄の伝統的な染色技法で、「紅」は色全般を、「型」は模様や柄を表している。鉱物などから採取された顔料を用いた、鮮やかな色合いが特徴だ。紅型染めの伝統技法を守りながら、現代風の洗練されたデザインを追求する山本さんは、自身の作風を「モダン紅型」と名づけている。  「沖縄の紅型とは少し違い、私は東京で暮らす自分の感性を大事にしています。江戸時代に流行した『雀(すずめ)の羽色(はいろ)』という言葉があります。すずめの羽は白と茶色ですが、そのなかに少しだけ赤を入れるのが江戸の粋と考えられていました。そんな紅型を目ざしていますが、なかなかむずかしいですね(笑)」  紅型との出会いは約40年前。友人に誘われて紅型染めの教室に行ってみたところ、色の美しさに魅了されて習い始めた。1991(平成3)年に染色作家としての活動を開始。以来、伝統技法による作品づくりと教室などを通じて紅型の普及に努めてきた功績が評価され、2023(令和5)年には東京マイスターに認定された。 型紙づくりから表装まで全工程を一人で手がける  現代の染色では化学染料の使用が主流だが、山本さんは昔から紅型染めに使用されてきた天然の顔料にこだわっている。  「私が紅型の色に魅了された理由は顔料にありました。顔料は発色がきれいで、同時に心が安らぐ色でもあります」  顔料ならではの、むずかしさもある。顔料は水や油では溶けないため、大豆を絞ってつくった「呉汁(ごじる)」で溶いて使うことで発色・定着させる。呉汁で溶いて思い通りの濃淡を出すには、ある程度の経験が必要になる。また、顔料は固体のため、しっかり溶いて塗らないと後でムラになりやすい。  紅型染めの工程は「糊置(のりお)き」から始まる。図柄が彫られた型紙を生地に敷き、その上から糊を刷毛(はけ)でまんべんなく置いていく。糊を置いた部分には顔料がつかない。糊置きがしっかりできていないときれいに染まらないため、大事な工程だ。その後の染色は3回に分けて行われる。一度塗りでは全体的に色を薄く塗り、二度塗りでより濃い色を塗ることで発色が強まる。そして三度塗りでは、紅型の特徴の一つである「隈取(くまど)り」を行う。  「最もむずかしいのが隈取りです。はっきりと色分けせず、濃い色を部分的に重ねてグラデーションにすることで立体感を表現します」  最後に色落ち止めの「みょうばん」をかけて、色が定着してから糊を落として完成となる。なお、山本さんは型紙も自分で彫ってつくっている。さらに、表装技能士の資格を持っており、染め上がった生地をかけ軸にすることもある。 さまざまな活動を通じて紅型の魅力を伝えていく  落合・中井地区では、2009年から毎年2月に「染(そめ)の小道」というイベントを開催している。山本さんはこのイベントに初回から、展示や実演、トークショー、体験講座などを通じて紅型染めの魅力を発信している。このイベントにたずさわるようになってから、山本さんの教室の生徒も増えたそうだ。  「子どものころから絵描きと教師になることが夢で、紅型を通じて両方かなえられた気がします。作品ができて生徒さんに喜んでいただけるのはうれしいものです」  また、紅型染めのインテリア製品やかばんなど、和装以外の作品づくりにも挑戦し、紅型のさらなる可能性を追求している。  「いまや着物も染色ではなくプリントが増えてきました。天然の材料を使った紅型染めの文化が失われないよう、いろいろな方法で伝え続けていきたいと思います」 おかめ工房 TEL:090−8043−2758 (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) おかめ工房Webサイト https://www.okamekobo.jp おかめ工房Instagram https://Instagram.com/okamekobo/ 写真のキャプション 糊置きした生地に顔料を塗っていく。まだ一度塗りのため、全体に淡い色合いになっている。顔料を使って思い通りの色に染めるには、経験が必要だという 粉末や棒状の顔料を、大豆を絞ってつくった呉汁で溶いて濃淡を調整する。生地を染める際は、さまざまな太さの「すり込み刷毛」を使う 帯の見本をつくっている生徒さんにアドバイス。生地を染める際は、まず見本をつくり、あらかじめ配色を決めてから本番に臨む 工房の入口にかかる 「のれん」も山本さんの作品。鮮やかでありながら心安らぐ色合いが、山本さんの作風といえる 和装のほか、ランプシェードなどのインテリア製品やかばん、小物などもつくり、「モダン紅型」の可能性を追求している 紅型染めの帯と、その基となった 型紙。渋紙に図柄を彫り、紗張(しゃば)りした型紙は、かつては専門の職人がになう分野だったが、現在は職人がほとんどいなくなり、山本さんが自分でつくっている 花びらや葉の先端、流水などの色の濃い部分が「隈」。部分的に濃い色をグラデーションになるように重ねる隈取りは重要でむずかしく、「隈が命」といわれるほど