高齢者の職場探訪 北から、南から 第149回 茨城県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 事業と高齢従業員がともに成長“自分たちの職場”を守り続ける 企業プロフィール 日新健商(にっしんけんしょう)株式会社サテライト水戸(茨城県城里町(しろさとまち)) 開業 1998(平成10)年 業種 競輪場外車券売場 (不動産賃貸事業、飲食事業、警備事業、清掃事業) 従業員数 88人 ※グループ従業員数 (60歳以上男女内訳) 男性(20人)、女性(28人) (年齢内訳)60〜64歳 10人(11.4%) 65〜69歳 19人(21.6%) 70歳以上 19人(21.6%) 定年・継続雇用制度 飲食事業は定年65歳、そのほかは定年60歳。希望者全員65歳まで継続雇用。最高年齢者は警備事業に勤務する75歳 企業プロフィール 有限会社サン・ウエスト 設立 1995(平成7)年 業種 清掃業 従業員数 18人 (60歳以上男女内訳) 男性(2人)、女性(12人) (年齢内訳)60〜64歳 0人(0.0%) 65〜69歳 5人(27.8%) 70歳以上 9人(50.0%) 定年・継続雇用制度 定年60歳。希望者全員65歳まで継続雇用。最高年齢者75歳 株式会社アイケイケイ 設立 1997(平成9)年 業種 警備業 従業員数 44人 (60歳以上男女内訳) 男性(18人)、女性(5人) (年齢内訳)60〜64歳 8人(18.2%) 65〜69歳 7人(15.9%) 70歳以上 8人(18.2%) 定年・継続雇用制度 定年60歳。希望者全員65歳まで継続雇用。最高年齢者74歳 株式会社ヒット 設立 1989(平成元)年 業種 飲食業 従業員数 20人 (60歳以上男女内訳) 男性(0人)、女性(11人) (年齢内訳)60〜64歳 2人(10.0%) 65〜69歳 7人(35.0%) 70歳以上 2人(10.0%) 定年・継続雇用制度 定年65歳。最高年齢者71歳  茨城県は、関東平野の北東部に位置し、東部は太平洋に面して約190kmにおよぶ長い海岸線を有しています。阿武隈山地(あぶくまさんち)、八溝山(やみぞさん)、筑波山(つくばさん)の山野に恵まれ、利根川水系の霞ヶ浦、北浦の湖沼に代表される豊かな水源に恵まれています。県庁所在地の水戸市では、毎年8月に「水戸黄門祭り」が盛大に開催され、水戸駅前では「山車巡行」・「水戸黄門カーニバル(曲目に合わせて熱く踊ります)」・「提灯行列」と祭り一色になります。  JEEDの茨城支部高齢・障害者業務課の上村(かみむら)俊貴(としたか)課長は、県の産業と支部の取組みについて次のように説明します。「県北は、かつては石炭鉱山や日立製作所の工場が多く発展していましたが、現在では人口減少が進んでいます。また、県西地区でも首都圏への若手労働力人口の流出による人手不足への対応などの課題があり、対策について相談を受けることがあります。県南のつくば市とその周辺地域は県内で唯一人口が増加していますが、国立の機関が多く、訪問は歓迎されるものの制度改善については国の動向次第のため提案がむずかしいなどの課題があります。  プランナーとの連絡調整会議には茨城労働局の高齢者対策担当官が出席しているほか、毎年度初回の会議では各公共職業安定所の高齢者雇用担当官に一堂に会していただくなど、職業安定機関とは良好な関係が構築されており、プランナーの訪問活動にもたいへんご協力をいただいています。  また、JEEDのプランナーや70歳雇用推進コーディネーター、生産性向上人材育成支援センター職員らの企業訪問をベースとした企業とのつながりにより、地域ワークショップなどでの事例発表や、高年齢者活躍企業コンテストへの応募などの協力を得ています」  同支部で活躍するプランナーの一人、北村(きたむら)卓也(たくや)さんは、大手メーカー総務部の人事労務管理業務でつちかった知見を活かし、プランナーに就任して20年になります。長年の経験を反映させた教育資料を独自に作成して訪問先事業所に提供するなど、熱心に高齢者雇用の助言・提案をしてきました。「現場を見て従業員の声を聞くことで環境や機械設備改善などのアドバイスができるので、できるだけ現場を見させてもらっています」とプランナー活動におけるポリシーを話します。  「北村プランナーが独自に作製した資料のなかには、『定年退職後の予定表』があります。1カ月の予定を埋めていくものなのですが、予定がまったく埋まらず(行くところがない・やることがない)、真っ白な予定表を見ると、定年後にいかに『活き活きと生活するには』と考えるきっかけとなるそうです」(上村課長)  今回は、北村プランナーの案内で、日新健商株式会社が運営する競輪場外発券施設「サテライト水戸」を訪れました。 地域の雇用創出と地元発展を目ざし設立  日新健商株式会社は、1980(昭和55)年に「日々新たに健やかに事業を通して社会に貢献する」を理念として設立されました。雇用の少ない地域に地元自治体に貢献できる公益事業を設置するべく準備に10年を費やし、1998(平成10)年にサテライト水戸を開業しました。広大な敷地面積は2万uを超え、月平均3万人が訪れる全国的にも大規模な施設であり、売上げは「ラ・ピスタ新橋」(東京都)に次ぎ全国2位※を誇ります。  同社は創業準備中に三つの子会社を設立しました。「株式会社ヒット」は、サテライト水戸内の食堂を運営する会社で、利用者に多彩なメニューを提供しています。3社のなかでは従業員が比較的若く、50〜60代が中心。動きが多い立ち仕事でありながら、みな、きびきびと仕事に従事しています。  「株式会社アイケイケイ」は、サテライト水戸の警備をになっています。駐車台数1500台、月平均3万人以上の来場者がある構内だけに、監視カメラを設置し、警備員の頭にはアクションカメラを装着するなどして業務をサポートしています。  「有限会社サン・ウエスト」は、清掃会社として構内の樹木管理と清掃業務をになっています。体力に合わせて男性はポリッシャーなどの機械を使い、女性はゴミ拾いやモップがけを担当しています。  日新健商の木元(きもと)和重(かずしげ)代表取締役社長は、「三事業とも実績がなく、すべてゼロからスタートしました。日常業務と経験を積み重ね、学びながらそれを実践してきたというのが正直なところです。業界大手の企業から見たら驚くような運用かもしれませんが、われわれはこの手法で26年間サテライト水戸を守ってきました。今後も状況に応じて変化に対応しながら、いままでの方法を守っていきます」と胸を張ります。  同社では、サテライト水戸の運営とともに、積極的な社会貢献活動を展開しています。広大な駐車場を利用した太陽光発電施設を設けているほか、毎月11日を「サテライト水戸防災の日」と定め、消防訓練やAED講習などを実施しています。また、館内には障害者施設でつくられたパン売場を設置しており、利用者からの評判もよく毎回売り切れるほど。こうした幅広い活動を通して地域の発展に貢献しています。 高齢従業員の機転と技術が施設をつくる  サテライト水戸の運営を支える3社では、それぞれ異なる高齢者雇用制度を導入しています。ヒットは定年65歳、アイケイケイとサン・ウエストは定年60歳・希望者全員65歳までの継続雇用制度を整備しています。いずれも制度上は65歳までの雇用ですが、65歳以降も運用により雇用延長が可能です。  3社とも離職率が著しく低く、開設当初から勤務している人が多く在籍しています。その働きぶりについて日新健商の西村(にしむら)英輝(ひでき)専務取締役は、「警備の高齢従業員は、電気や建設分野の出身で技術がある人が多く、屋外ステージを配電を含めて、自分たちでつくってしまったこともあります。何でも自分たちでつくってしまうので地元の業者はがっかりしているのではないでしょうか」と笑います。木元社長は「高齢のお客さまが、自身の衣類と館内の床を汚してしまった際には、着替えを用意して帰宅をうながし、きれいに掃除をしてくれたこともあります。経験を積んだ従業員はやはり適切な対応をしてくれます。『人が足りないから』といって、時給を上げて人材募集をしても、応募者がそれに見合う仕事を最初からしてくれるわけではありません。当社にとって高齢従業員はほかには代えがたい存在なのです」と話します。  新型コロナウイルス流行の影響で4カ月近く休業を余儀なくされた際も、人員整理を一切せず事業を再開することができたとのこと。従業員を守り切れたことは、今後起こりうる有事においても乗り切れる自信につながっているそうです。  近年は高齢従業員の健康が関心事となっている木元社長。その思いを感じている西村専務は、「社長にとって従業員は家族のような存在です。そこで、健康管理の取組みとして、コロナ禍に導入した検温を現在も続けています。出社時に確認して、微熱がある人は帰宅のうえ受診をうながします。また、インフルエンザの予防接種にあたっては、2000円を上限に費用を補助しています」と取組みを紹介してくれました。  今回は清掃部門で20年間働く、同部門のリーダーにお話を聞きました。 「働けること」の感謝を胸に熱心に働く  「ここで働けて本当にありがたいです」と開口一番、胸に手を当て感謝を口にした川ア(かわさき)光江(みつえ)さん(73歳)は、同社で勤務して20年になります。清掃部門のリーダーを務めており、朝は早めに出社して駐車場のゴミ拾いを自主的に行うなど、熱意を持って業務に取り組んでいます。「『よくこんなに細かくちぎれるなぁ』と思うくらい細かい紙がごみ箱の周りに散乱していて、掃除に苦労することはよくあります」と話します。  「びんや缶は中身を空けてから分別してもらい、生ごみは乾燥させてから捨てています。水分を減らすと格段にごみが削減されます。汚れる仕事でみなさんの負担は増えますが、川アさんをはじめ、みなさんに本当にていねいに作業をしてもらっています」(西村専務)  川アさんはシフト作成と調整を前任者から引き継いでおり、若手従業員と2人でシフト表を作成しています。  「休暇や担当場所など、不満につながらないように平等に組むことを心がけています。当日急遽休みの連絡がきたときは、担当者の調整をします」と話す川アさん。シフト表はトイレ掃除など特定の業務を色分けするなど、ひと目でわかるように工夫されていました。  川アさんはくり返し「いま働けること、いま生活ができることがありがたい」と会社への感謝を口にし「これからもがんばりたい」と力強く話します。  木元社長は「震災やコロナ禍を経て、『自分たちの職場を自分たちで守っていくんだ』という気持ちがなければ、その姿勢を貫いて日々職務に就くということはできないでしょう。本当にありがたいです」と感謝を述べました。  “家族同然”の従業員がこの先も安心して働くために、北村プランナーは定年65歳、希望者全員70歳までの継続雇用の制度をあらためて提案し、木元社長は前向きな姿勢を示していました。  四半世紀かけて「サテライト水戸」の事業と職場環境を醸成してきた日新健商と三つの子会社。労使互いに感謝し合う関係性は代えがたいものになっています。ときに制度に社員への思いを反映させて形にする同グループの取組みが、今後もより強固になって地域社会に還元されていくことに期待が集まります。(取材・西村玲) ※ 出典:株式会社週刊レース社『Add Race 2023 公営競技関係団体住所録令和5年度版』 北村卓也 プランナー アドバイザー・プランナー歴:20年 [北村プランナーから] 「企業訪問は、感動の出会いが多々あります。また、どの企業も『なるほど! すごい!』と思う工夫を実践していることに感動します。プランナーの研修では、5年前は発表者として、今年は受講者として臨みましたが、この5年間の環境の激変にも柔軟に対応しているプランナーの適応力に驚き、日々研鑽の重要性をあらためて認識させられました。サミエル・ウルマンの『青春とは人生のある期間を言うのではなく気持ちの持ちようを言うのだ』を支えとして、これからもがんばります」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆茨城支部高齢・障害者業務課の上村課長は北村プランナーについて「2004年から20年以上の長きにわたり相談・助言活動に尽力しています。地元企業の総務部門に長くたずさわり、その知識・経験からきめ細やかな助言活動を実施しています。特に教育については熱心に取り組んでおり、独自につくっている資料には企業から高い評価を得ています」と話します。 ◆茨城支部高齢・障害者業務課は、JR水戸駅南口より徒歩約10分のところに位置し、茨城労働局は徒歩圏内、茨城県庁までも車で約15分と、各行政機関と連携が取りやすい環境にあります。近くには日本三大庭園の一つである、「水戸偕楽園」と偕楽園下の千波湖(せんばこ)があり、多くの市民の憩いの場となっています。 ◆同県では、10人のプランナーが活動し、県内事業所訪問を実施しています。2023年度は553件の相談・助言活動を実施し、65歳以上への定年年齢引上げ、あるいは65歳を超えた継続雇用延長の提案を122件実施しています。 ◆相談・助言を実施しています。お気軽にお問い合わせください。 ●茨城支部高齢・障害者業務課 住所:茨城県水戸市城南1-4-7 第5プリンスビル5階 電話:029-300-1215 写真のキャプション 茨城県城里町 サテライト水戸 木元和重代表取締役社長(右)、西村英輝専務取締役(左) 川ア光江さん(73歳)