技を支える vol.345 コンマ1ミリの精度で実物を忠実に再現 鉄道模型製作 稲見(いなみ)行雄(ゆきお)さん(73歳) 「忠実に再現するために縮尺にこだわり過ぎると、壊れやすくなったり、走行に支障が出たりしますので、バランスを大事にしています」 45分の1サイズの大型模型を専門に製作  鉄道模型といえば、日本ではおもに150分の1サイズの「Nゲージ」(レール幅9ミリ)が一般的だが、それよりもかなり大きな45分の1サイズの「OJゲージ」(同24ミリ)や「Oゲージ」(同32ミリ)を専門に製作しているのが、稲見鉄道模型製作所(横浜市神奈川区)の稲見行雄さん。2023(令和5)年度の横浜マイスターに選定された。  「OJゲージやOゲージのよさは存在感があること。スケールが大きい分、細部の再現性も高くなります。これ以上大きくなると片手では持てませんので、人の手に合う、ちょうどよいサイズといえます」  顧客から直接注文を受け、設計から完成までを一人で手がける。製品によっては、下調べに時間がかかるため、完成まで3年を要するケースもある。部品の数は、ネジ1本まで含めると、蒸気機関車で約250種700点、電気機関車で約200種1500点におよぶ。コンマ1ミリ単位の精度が求められる部品を、旋盤やミーリング盤などの工作機械を駆使して自ら加工するほか、軸箱などのように数量が必要な立体的な部品は精密な鋳造ができるロストワックスを外部に発注。特に精緻さが求められる部品は医療機器や光学機器の製造会社に依頼することもある。部品の多くは真鍮(しんちゅう)製。はんだづけやネジ止めなどで、仕上がりをイメージしながら組み立てていく。 スケールにこだわり過ぎずときにはデフォルメも必要  大事にしているのは、本物を45分の1サイズでできるだけ忠実に再現すること。そのこだわりがよくあらわれているのが、蒸気機関車の車体を支える「担にないばね」と呼ばれる部分(63ページ右上の写真参照)。完成後は車輪の影に隠れてあまり見えないが、本物と同様、長さの異なる11枚の板ばねを重ねてつくられており、実際に少したわむようになっている。  一方で、縮尺にこだわり過ぎると、本物よりも小さい分、支障が出ることもあるという。  「例えば、フレームに使われている六角ボルトなどは、縮尺通りだと小さすぎてわかりにくくなってしまうので、やや大きめにデフォルメしています。また、車軸間の長さを本物に合わせると車輪同士が近づきすぎてぶつかりそうになるため、少し長めにしています。車輪のフランジ※の高さも、縮尺通りだと約0.7ミリですが、レールから脱線しにくいように1ミリにしています」  正確な縮尺だけでなく、見た目の印象や走行性とのバランスにも気を配りながら製作を行っている。 鉄道模型づくりの楽しさを伝えていきたい  同製作所は、鉄道模型づくりを趣味にしていた稲見さんの父親が1946(昭和21)年に創業。高度成長期には模型店の下請けとなり、輸出用製品を量産した。自宅に併設された工房で、父親の仕事を身近に見て育った稲見さんは、自然な成り行きで20代半ばの1976年に入社。必要な技術は、すべて父親から学んだという。その後、円高で輸出産業が下火になると、顧客から直接注文を受けて製造販売する業態にシフト。部品の販売や修理対応も行っている。  「注文や修理を依頼されるお客さまには、その模型に対する思い入れがあります。ある人は退職の記念に、東北から集団就職で乗ってきた列車を牽引していたEF57(電気機関車)を注文されました。また、押し入れを片づけていたら、子どものころ、親に買ってもらった鉄道模型が出てきたので、きれいな状態にして飾りたいと修理を依頼される方もいます。お客さまの思い出が鉄道模型を通じて呼び覚まされる、そのお役に立てることがうれしいです」  かつては商店街に一つは存在していた模型店が姿を消し、鉄道模型を楽しむ人は減少傾向にある。  「模型をつくりたい人がいれば、ノウハウを含めて何でも教えます。模型づくりの楽しさを、一人でも多くの人に伝えたいですね」 稲見鉄道模型製作所 TEL:045(481)0311 https://inamimodel.jimdofree.com (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) ※ フランジ……鉄道車両の車輪の内側の縁に設けられている、脱線を防ぐための出っ張り 写真のキャプション 平面を切削(せっさく)するミーリング盤や円筒状に切削する旋盤などの工作機械を、それぞれの癖を理解したうえで駆使し、コンマ1ミリ単位で部品を加工する おもに真鍮でできた部品同士をはんだづけで接合する。その後、表面にはんだがなるべく残らないよう、きさげ作業できれいに落とす 機関車の揺れを吸収するための「担いばね(重ね板ばね)」。稲見さんこだわりの部品の一つ 担いばねは11枚の板ばねを組み合わせてできている 細かい部品も多い。最小は平径1ミリの六角ボルト 蒸気機関車のフレームに再現された六角ボルト。実際に接合面の剛性を高めている 道具の数々。はんだごて、やっとこ、やすり、きさげ、ドライバーなど 蒸気機関車C57のメインフレーム。見えにくい部分まで再現されている