いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第61回 「障害者雇用」 第62回 「36(サブロク)協定」 第63回 「労働基準監督署」 第64回 「インターンシップ」 第65回 「ILO(国際労働機関)」 第66回 「過重労働対策」 第67回 「女性活躍推進法」 第68回 「スポットワーク」 第69回 「労働委員会」 第70回 「ハローワーク」 第61回 「障害者雇用」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「障害者※1雇用」について取り上げます。 障害者雇用の理念は「共生社会」の実現  障害者雇用に関する目的や基本理念、義務や責務などの内容は、障害者の雇用の促進等に関する法律(障害者雇用促進法)に定められています。本法律の第一条の目的には、長文なので一部抜粋となりますが※2、「(省略)雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会及び待遇の確保並びに障害者がその有する能力を有効に発揮することができるようにするための措置(省略)、その職業生活において自立することを促進するための措置を総合的に講じ、もつて障害者の職業の安定を図ることを目的とする。」とあります。また、基本的理念のうち第四条には、「障害者である労働者は、職業に従事する者としての自覚を持ち、自ら進んで、その能力の開発及び向上を図り、有為な職業人として自立するように努めなければならない。」とあります。  傍線を引いた部分を総合すると、法律の目ざすところは、障害者が能力を発揮し、職業生活で自立できる社会の実現にあることがわかります。そのためにも、障害の有無にかかわらず均等な雇用機会や待遇の確保、能力発揮のための訓練等が必要であるとし、実現するための雇用主や国・地方公共団体の義務や責務に基づく施策を定めています。障害者雇用というと、この施策にいかに対応するかが話題になりがちですが、視野を広げて、希望や能力に応じてだれもが職業を通じた社会参加のできる「共生社会」への協働としてとらえ直すと、これから説明する障害者雇用の施策に対する理解が深まるのではないかと思います。 障害者の法定雇用率遵守は事業主の義務  では、障害者雇用に関する施策のポイントについてみていきたいと思います。  まず、理解しておきたいのは障害者雇用率制度です。これは、従業員が一定数以上の規模の事業主に従業員の一定割合以上の障害者の雇用を義務づけるものです。ここでいう一定割合を法定雇用率と呼びますが、5年程度で労働状況等に基づき変更されることがあるため、定期的に確認していく必要があります。例えば、本稿執筆時点(2025〈令和7〉年7月)では、常時雇用する労働者のうち民間企業では2.5%、国・公共機関などは2.8%、都道府県などの教育委員会は2.7%が法定雇用率ですが、2026年7月からは、民間企業は2.7%、国・公共機関などは3.0%、都道府県などの教育委員会が2.9%と引き上げられることが決まっています※3。計算式としては「常時雇用している労働者の総数※4×法定雇用率=雇用すべき障害者数(小数点以下切り捨て)」となります。  ここで知識として大切なのは、障害者の雇用者数のカウント方法です。1人を実際に雇用したとしても、障害者区分や週の所定労働時間に応じて「何人雇用したことになるか」の数え方が異なります。障害者の区分のうち身体障害者・知的障害者は、実際に1人雇用した場合、週の所定労働時間が30時間以上の場合には、1人(重度は2人)としてカウントします。20時間以上30時間未満の場合は0.5人(重度は1人)、10時間以上20時間未満の場合は0人(重度は0.5人)となります。精神障害者は、実際に1人雇用した場合、週の所定労働時間が20時間以上であれば1人、10時間以上20時間未満は0.5人でカウントします。前提として身体障害者手帳・療養手帳・精神障害者保健福祉手帳の所有者がカウント対象となります。  法定雇用率の遵守は事業主の義務とされているため、法定雇用率を満たしていない常用雇用労働者100人超の事業主からは不足1人あたり月額5万円の納付金が徴収されます。一方で、法定雇用率を超えて雇用している事業主については、超過1人あたり原則月額2万9千円の調整金と、超過1人あたり原則月額2万1千円の報奨金(常用雇用労働者100人以下の事業主に限る)の支給があります。なお、納付金を支払っても義務を果たしたことにはなりません。未達成の場合にはハローワークより「障害者雇入れ計画書作成命令」が発せられたり、行政指導や企業名公表が行われることもあるため、注意する必要があります。 障害者雇用支援に関する情報や機関の活用  このような取組みのもと、民間企業に雇用されている障害者の数は67.7万人となり21年連続で過去最高を更新し、障害者雇用が着実に進展していることが見てとれます(2024年6月1日時点。厚生労働省「令和6年障害者雇用状況の集計結果」※5)。しかし、実雇用率(常用雇用労働者に占める、障害者である労働者の数)は2.41%、法定雇用率達成企業割合は46.0%とまだ改善の余地があります。「障害者雇用実態調査結果報告書(令和5年6月厚生労働省)※6」の障害者を雇用しない理由別事業所数の割合に関する調査を参照すると、70%の企業が理由として「障害者に適した業務がないから」と回答しています。また15〜20%程度の回答として「障害者雇用について全くイメージが湧かないから」、「障害者の雇用管理のことがよくわからないから」という内容もある一方で、「過去に障害者を雇用したが、うまく続かなかったから」の回答が3〜5%程度にとどまっており、障害者雇用自体に消極的というよりは、情報・理解不足でふみ出せないという企業も一定数あることが推察されます。  じつは、障害者雇用に関する情報提供や支援は充実しており、例えば厚生労働省が発行した令和7年4月1日現在の『障害者雇用のご案内』というパンフレット※7ではわかりやすく、障害者雇用率の説明、雇用に向けたサービス・支援策、助成金等についてまとめられています。また、(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)が発行している障害者雇用の月刊誌『働く広場※8』では、障害者のさまざまな働き方の実例が掲載されており、障害者雇用をはじめようとする企業のヒントにもなります。また、JEEDでは障害者雇用や能力開発の支援も行っているため、問い合わせてみることも有効な方法です。 ***  次回は、「36(サブロク)協定」について取り上げます。 ※1 障害者には、「障がい者」、「障碍者」などの異なる表記方法もあるが、本稿では法律(障害者雇用促進法)の表記に合わせ「障害者」としている ※2 傍線は筆者加工 ※3 1人以上の障害者雇用を行うべき事業主の範囲は、民間企業の場合、現時点では常用雇用者数40人以上、令和8年7月からは37.5人以上となる ※4 1週間の所定労働時間が20時間以上で、1年を超えて雇用される見込みのある、または1年を超えて雇用されている労働者(パート・アルバイト含む) ※5 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_47084.html ※6 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_39062.html ※7 https://www.mhlw.go.jp/content/000767582.pdf ※8 https://www.jeed.go.jp/disability/data/works/index.html 第62回 「36(サブロク)協定」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「36協定」について取り上げます。労働基準法第36条に基づく行為であるためこの名称が使われています。 時間外・休日労働をさせるには必ず必要  36協定は、使用者が労働者に時間外・休日労働を命じるために締結する労使協定※1のことをいいます。多くの労働者には時間外・休日労働の経験があるかもしれませんが、これらは自由に行えるものではありません。労働基準法では、労働時間は原則として1日8時間、1週40時間以内と法定労働時間が定められており※2、業務はこの範囲内で行うことが基本で、使用者がこれを超えた労働を命じると違法となります。しかし、業務の都合上、どうしても法定労働時間を超えて働いてもらう必要が生じることがあります。そのような場合に備えて、会社と労働者の代表があらかじめ労使協定を結び届け出することで、時間外・休日労働を可能とするのが36協定です。  労使で協定した内容は届出書(36協定届)〔図表〕に明記しなければなりません。その際に決める必要があるのは、時間外労働を行う業務の理由と種類〔A〕、1日・1カ月・1年あたりの時間外労働の上限〔B〕です。上限は法令では、月45時間・年360時間が限度時間で、これに基づき結んだ協定を一般条項といいます。しかし、臨時的な特別の事情があれば、年720時間、複数月平均80時間以内・月100時間未満(休日労働を含む)までは設定することができる(ただし、月45時間を超えることができるのは年間6カ月まで)特別条項を締結することができます。なお、建設業・ドライバー・医師等については、2024(令和6)年4月以降に定められた特例の上限規制が適用されているため、別途確認が必要です※3。  36協定を結んでも運用上で留意すべき事項があります。時間外・休日労働は最小限にとどめるのが基本で、臨時的な事情がある場合でもできるかぎり限度時間に近づけるよう努めなければなりません。また、36協定の範囲内であっても労働者に対する安全配慮義務を負い、限度時間を超えて労働させる場合は、医師による面接指導や深夜業の回数制限等の労働者の健康・福祉を確保する措置を講ずる必要があります。これらの留意事項は厚生労働省の「36協定で定める時間外労働及び休日労働について留意すべき事項に関する指針※4」にわかりやすくまとめられています。 協定の対象者やプロセスにも配慮  協定の対象者やプロセスについても見ていきましょう。  協定の対象者となるのは、労働基準法第9条に定める労働者です。正社員・パート・定年後再雇用等の雇用形態に関係なく対象となります。一方、使用者に該当する取締役や労働基準法第41条に該当する管理監督者は労働時間の制約になじまないとされているため、対象外となります。これらの対象者のうち一人でも時間外・休日労働をする可能性がある場合には、会社単位ではなく事業場※5単位で36協定を締結し届出する必要があります。また、36協定届出書には対象となる労働者数を記載しなければならない〔図表のC〕ため対象をよく確認してください。  36協定の締結・更新は年に1回が望ましいとされています。自動更新も可能ですが、労使いずれからも異議の申出がなかった事実を証する書面を届け出る必要があります。締結・更新の際に注意しておきたいのは締結主体となる労働者代表についてです。これは事業場に、@労働者の過半数で組織する労働組合(過半数組合)がある場合はその労働組合、A @がない場合は労働者の過半数を代表する者(過半数代表者)が該当します。@の場合は、雇用形態関係なくすべての労働者に対して組合員数が50%を超過しているかを確認する必要があります。Aの場合は、代表者を選出する必要があります。選出は、雇用形態に関係なくすべての労働者が参加する民主的な方法(投票・挙手等)で選ばれた労働者でなければならず、管理監督者や会社が指名した者、社員親睦(しんぼく)会の幹事等を自動的に選任した場合は過半数代表者となりません。36協定を@またはAに該当しない相手と締結しても無効となりますし、36協定届にも過半数労働者の選出方法を記載する必要がある〔図表のD〕など注意が必要です。締結後は36協定届を所轄の労働基準監督署長に届け出して、その後は常時作業場の見やすい場所に掲示・備えつけをしたり、書面を労働者に交付する等で労働者に周知しなければなりません。  36協定を締結せずに時間外・休日労働をさせた場合や、協定した時間を超えて時間外・休日労働をさせた場合は、労働基準法違反で6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金となることがあります。また、労働者の安全配慮は使用者の義務です。正しい内容や手順で36協定を締結するためにも、厚生労働省の労働基準関係リーフレット※6や主要様式ダウンロードコーナー※7などを確認することをおすすめします。 ***  次回は「労働基準監督署」について取り上げます。 ※1 使用者と労働者の代表が、労働条件などについて合意し、文書で取り交わす協定のこと ※2 「時間外労働」については、本連載第17回(2021年10月号)をご参照ください。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202110/html5.html#page=52 ※3 厚生労働省Webサイト「建設業・ドライバー・医師等の時間外労働の上限規制」を参照。 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/gyosyu/topics/01.html ※4 https://www.mhlw.go.jp/content/000350731.pdf ※5 一定の場所において、相互に関連する組織のもとで継続的に行われる作業の一体 ※6 「労働基準関係リーフレット」厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000056460.html ※7 「主要様式ダウンロードコーナー(労働基準法等関係主要様式)」厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudoukijunkankei.html 図表 36協定届の様式(一般条項) 〔出所〕主要様式ダウンロードコーナー(労働基準法等関係主要様式)「様式第9号」(厚生労働省ウェブサイト) https://view.officeapps.live.com/op/view.aspx?src=https%3A%2F%2Fwww.mhlw.go.jp%2Fbunya%2Froudoukijun%2Froudoujouken01%2Fdl%2Fnew_youshiki09.docx&wdOrigin=BROWSELINK 第63回 「労働基準監督署」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「労働基準監督署」について取り上げます。特に経営者や人事部門の担当者には「労基署(ろうきしょ)」や「監督署」という略称で通じるくらい、行政機関のなかでも身近な存在であるともいえます。 労働基準監督署は第一線機関※1  労働基準監督署は、労働関係法令(労働基準法・労働安全衛生法・最低賃金法等)を遵守するように監督・指導する行政機関です。これらの行政機関には最上部組織として労働関係法令の制定・改廃や各種施策の企画・立案を行う厚生労働省労働基準局があり、その下部組織として都道府県労働局という各都道府県の実情をふまえた労働行政を行う機関、その下部組織として、労働条件の確保・改善の指導、安全衛生の指導、労災保険の給付などの業務を行っている第一線機関としての労働基準監督署があるという構造になっています。これらは上部組織が下部組織を指揮・監督する関係になっており、都道府県労働局が全国47カ所に設置されているのに対して、労働基準監督署は321カ所(本稿執筆現在)で、労働基準監督署ごとに定められた管轄地域※2にある事業場(工場・事務所等)の監督・指導を受け持っています。  各労働基準監督署の業務を概観するために、その内部組織をみていきましょう。署の規模等により構成が異なる場合はありますが、労働基準法などの関係法令に関する各種届出の受付や相談対応、監督指導を行う「方面(監督課)」、労働安全衛生法などに基づき、働く人の安全と健康を確保するために、機械や設備の設置にかかる届出の審査や職場の安全、労働者の健康の確保に関する技術的な指導を行う「安全衛生課」、労働者災害補償保険法に基づき、働く人の業務上の事由、通勤による負傷などに対して被災者や遺族の請求により事業主から徴収した労災保険料をもとに保険給付を行う「労災課」、会計処理などを行う「業務課」に分かれています。 労働基準監督署には大きな権限がある  ここからは方面(監督課)のおもな業務である監督・指導について詳細をみていきます。というのも、法に定める労働条件や安全衛生等の基準を事業主が遵守し、労働条件の確保・向上と働く人の安全や健康の確保を図るために調査・指導し、改善を求める重要な役割を果たしているからです。これらの一連の行為を臨検(りんけん)監督といい、厚生労働省に属する専門職である労働基準監督官がにないます。法令違反があった場合に具体的な改善まで求める立場であるため、労働基準監督官には強い権限が付与されています。これには、会社への立ち入りを行い、帳簿書類の確認や従業員への事情聴取、重大で悪質な事案については司法警察職員※3として捜査を行うといった権限も含まれます。  次に臨検監督ですが、図表に記載のチャートが一般的な流れとなっています。労働基準監督署が毎月事業場を選定する「定期監督」と労働者からの申告に基づく「申告監督」のいずれかが起点となります。いずれの場合でも次のステップとしては労働基準監督官が事業場へ訪問し、立入調査を行います。この調査は証拠隠滅等を阻止し、事業場のありのままの現状を的確に把握するため予告なしに行うことが多くあります。その調査のなかで法令違反が認められない場合は臨検監督は終了しますが、違反が認められる場合はその状態を是正し報告することを求める是正勧告書や事業場の労働条件が定める基準や条件を満たしていない場合に改善を求める指導票、労働災害につながるおそれのある設備や機械の使用停止を求める使用停止命令書などの交付といった文書指導が行われます。これらの指導に対して、事業場が是正・改善を報告しそれらが確認された場合は臨検監督は終了しますが、確認されない場合は再度の立ち入り検査(再監督)が行われます。そのうえで、重大・悪質な事案と認定される場合は送検され、場合によっては裁判にかけられ罰金刑や拘禁刑となります。また、立入調査を拒んだり、妨げたりした場合も30万円以下の罰金が科されることがあるため注意が必要です。 違反件数、再検査や送検は減少していない  最後に数値に基づき、監督の状況や傾向について確認してみましょう。厚生労働省労働基準局が公表している「労働基準監督年報」※4を参照すると監督実施状況について、2023(令和5)年は監督対象全体で17万1679件、内訳では定期監督等81.1%、申告監督11.3%、再監督が7.6%となっています。この構成比は直近5年(2019年から2023年)でも傾向が変わりません。また、定期監督等実施状況13万9215件のうち違反事業場は9万6831件で69.6%と比率としては高い状態です。これも直近5年を確認すると違反事業場比率は7割前後で推移しています。  送検結果の状況については、2023年の送検799件に対して起訴率が34.1%で直近5年では3〜4割で推移しています。うち裁判の結果は罰金がほとんどですが、2019年、2020年ともに懲役刑が1件ずつ発生しています。  このようにみていくと、毎年15万件を超える事業場に対して臨検監督が実施されているにもかかわらず、違反件数や再監督、さらには送検件数などは、全体として減少傾向にあるとはいいがたいのが実情です。企業や事業場にいっそうの法令遵守意識の向上とルールの徹底が望まれているといえます。 ***  次回は、「インターンシップ」について取り上げます。 ※1 第一線機関……直接担当し、もっとも活動する位置にある機関 ※2 例えば東京都の場合は、管轄地域ごとに17労働基準監督署と1支署がある(本稿執筆時点) 3 司法警察職員……犯罪行為に対して捜査・逮捕・送検することができる職務の者。警察官は一般司法警察職員、労働基準監督官は労働関係法令に対する違反に権限が限定される特別司法警察職員に区分される ※4 労働基準監督年報……監督活動についての実績を毎年まとめて公表するもの 図表 臨検監督の一般的な流れ 主体的、計画的に、対象事業場を選定 労働者からの申告 労働災害の発生 事業場へ訪問 事業場への立入調査 事情聴取、帳簿の確認など 法違反が認められなかった場合 法違反などが認められた場合 文書指導 是正勧告・改善指導・使用停止命令など 事業場からの是正・改善報告 再度の立入調査の実施 是正・改善が確認された場合 重大・悪質な事案の場合 指導の終了 送検 (注1)上図は一般的な流れを示したものであり、事案により、異なる場合もあります。 (注2)事業場への監督指導は、原則として予告することなく実施しています。 出典:労働基準監督署の役割 厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署 https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/dl/131227-1.pdf 第64回 「インターンシップ」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「インターンシップ」について取り上げます。 インターンシップに関する重要な見直し  インターンシップとは、本稿執筆現在のインターンシップの考え方を示す『インターンシップを始めとする学生のキャリア形成支援に係る取組の推進に当たっての基本的考え方』(文部科学省、厚生労働省および経済産業省)という資料によると、「学生がその仕事に就く能力が自らに備わっているかどうか(自らがその仕事で通用するかどうか)を見極めることを目的に、自らの専攻を含む関心分野や将来のキャリアに関連した就業体験(企業の実務を経験すること)を行う活動(但し、学生の学修段階に応じて具体的内容は異なる)」と定義されています。学生のキャリア形成に主眼を置いた内容になっていますが、本資料では、企業等が実施する意義として、「実践的な人材の育成」、「大学等の教育への産業界等のニーズの反映」、「企業等に対する理解の促進、魅力発信」、「採用選考時に参照し得る学生の評価材料の取得」が掲げられています※1。後半の二つの意義には、インターンシップで企業が得た学生情報の採用広報活動(参加者への会社説明会の案内送付等)と採用選考活動(参加者への採用プロセスの一部免除等)への活用についても含まれていますが、生産年齢人口の減少による近年の人材確保の難化を背景に、この情報活用への期待がインターンシップを実施する多くの企業にあることは想像に難くありません。  学生情報の活用が可能とされたのは、じつは最近のことです。先述の資料が2022(令和4)年6月13日に改正され、2025年3月に卒業・修了する学生※2が2023年度に参加するインターンシップから適用されるようになりました。従来、文部科学省・厚生労働省・経済産業省の間に「インターンシップの推進に当たっての基本的な考え方」(三省合意)がありましたが、一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)と国公私立大学のトップで構成される「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」における意見交換をふまえた2022年4月の報告をもとに見直しをした結果、学生情報の広報活動・採用選考活動への活用が可能と6月13日の改正で初めて明文化されることになりました。 基準を満たしていないとインターンシップに該当しない  立場が異なる産学合意のもとで学生情報の活用が可能とされた意義は大きいといわれていますが、インターンシップに該当するのは一定の基準を満たした場合であることに注意が必要です。先の産学協議会の整理で、学生のキャリア形成にかかる産学協同の取組みを「タイプ1:オープン・カンパニー」、「タイプ2:キャリア教育」、「タイプ3: 汎はん用よう的能力・専門活用型インターンシップ」、「タイプ4(試行):高度専門型インターンシップ」に分けていますが、インターンシップに該当するのはタイプ3・4であり、タイプ1・2はインターンシップとは分類されずに学生情報活用は不可となります。インターンシップに該当するには就業体験要件・指導要件・実施期間要件・実施時期要件・情報開示要件を必ず満たす必要があります。図表に要件を載せていますが、一部抜粋のため、出典を確認してみてください。 インターンシップ実施における留意点  最後に、インターンシップにおけるおもな留意点について述べたいと思います。  一つめは、学生情報は広報活動・採用活動の開始時期以降にかぎりそれぞれ利用可能となる点です。内閣官房が公表している「2026(令和8)年度卒業・修了予定者等の就職・採用活動に関する要請」では、広報活動は卒業・修了年度に入る直前(一般的には3学年次)の3月1日以降、採用選考活動開始は卒業・修了年度(4学年次)の6月1日以降を原則としています。  二つめは、ハラスメントへの対応です。特にインターンシップ中にセクシュアル・ハラスメントを受けた者の割合は30.1%※3という調査結果があります。このようなことがあると学生にも企業にも深刻なダメージを与えるため、相談窓口をつくる、学生と従業員の個人的な連絡先の交換をさせない、面談の実施場所等に配慮するなど、企業側が対応を徹底することが必要です。  三つめは、労働者とみなされるかどうか(労働者性の判断)がある点です。タイプ3については企業と学生の間に雇用関係はないため、労働関連法令の適用外が原則です。しかし、就業体験や見学的要素が少ない、使用者からの指揮命令が強い、利益を生む生産活動に直接学生が従事しているなどのケースにおいては、企業と学生の間に労働契約があると判断され、労働関連法令の適用対象となる可能性があります。 * * *  次回は「ILO(国際労働機関)」について取り上げます。 ※1 本資料では、大学等および学生にとっての意義として「キャリア教育・専門教育としての意義」、「教育内容・方法の改善・充実」、「高い職業意識の育成」、「自主性・独創性のある人材の育成」があげられている ※2 学部生の場合は、2023年度に学部3年生に進学する学生 ※3 「職場のハラスメントに関する実態調査報告書(概要版)」令和5年度、厚生労働省雇用環境・均等局雇用機会均等課 図表 産学協働による学生のキャリア形成支援活動〈4類型とその主な特徴〉※出典より一部抜粋 タイプ1:オープン・カンパニー タイプ2:キャリア教育 タイプ3:汎用的能力・専門活用型インターンシップ タイプ4(試行):高度専門型インターンシップ 主な特徴 @目的 個社や業界に関する情報提供・PR 働くことへの理解を深めるための教育 就業体験を通じて、学生にとっては自らの能力の見極め、企業にとっては学生の評価材料の取得 就業体験を通じて、学生にとっては実践力の向上、企業にとっては学生の評価材料の取得 B就業体験 なし 任意 必須 ★(a)就業体験要件 学生の参加期間の半分を超える日数を職場での就業体験に充てる ★(b)指導要件 就業体験では、職場の社員が学生を指導し、インターンシップ終了後、学生に対しフィードバックを行う 必須 C参加期間(所要日数) 超短期(単日) 授業・プログラムによって異なる ★(c)実施期間要件 (@)汎用的能力活用型は短期(5日間以上) (A)専門活用型は長期(2週間以上) ●ジョブ型研究インターンシップ:長期(2カ月以上) ●高度な専門性を重視した修士課程学生向けインターンシップ:2週間以上 D実施時期 時間帯やオンラインの活用等、学業両立に配慮し、学士・修士・博士課程の全期間 (年次不問) 学士・修士・博士課程の全期間(年次不問)。但し、企業主催の場合は、時間帯やオンラインの活用等、学業両立に配慮 ★(d)実施時期要件 学業との両立の観点から、「学部3年・4年ないしは修士1年・2年の長期休暇期間(夏休み、冬休み、入試休み・春休み) − E取得した学生情報の採用活動への活用 不可 不可 採用活動開始以降に限り、可 ★(e)情報開示要件:募集要項等に必要な情報(9項目。詳細は2021年度 報告書ご参照)を記載し、ホームページ等で公表 採用活動開始以降に限り、可 出典:採用と大学教育の未来に関する産学協議会 2024年度報告書 第65回 「ILO(国際労働機関)」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「ILO(国際労働機関)」について取り上げます。なんとなく聞いたことがあるものの、実際にはよくわからないという方も多いと思いますが、じつは経営者・労働者双方にとってかかわりの深い組織です。 ILOとはそもそもなにか  ILOはInternational Labour Organizati-onの略称で、日本語訳では「国際労働機関」といいます。1919(大正8)年6月に設立された国際連合の専門機関※1で、創設100年以上の長い歴史を誇っています。本部はスイスにあり、現在187カ国が加盟しています。日本は設立当初からの加盟国です(1940〈昭和15〉年に脱退し、1951年に再加盟)。また、日本はILOの通常予算に対する第3位拠出国で米国・中国に次ぐ位置にあります。これらにみられるように、まずはILOと日本のかかわりは深いことを押さえておいてください。  では、ILOとはそもそも何をする組織なのかについてみていきましょう。国際連合広報センターのサイトには、ILOとは「世界中のすべての人が、自由、公平、安全、人間としての尊厳が確保された条件のもとで、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の機会を促進すること」を使命とした機関とあります。ILO駐日事務所によると、幅広い労働の問題に全力で取り組む国際機関であり、次の主要な四つの戦略目標を数々の手段を用いて実現していくとあります。 ・仕事の創出…必要な技能を身につけ、働いて生計が立てられるように、国や企業が仕事をつくり出すことを支援。 ・社会的保護の拡充…安全で健康的に働ける職場を確保し、生産性も向上するような環境の整備。社会保障の充実。 ・社会対話の推進…職場での問題や紛争を平和的に解決できるように、政・労・使の話し合いの促進。 ・仕事における権利の保障…不利な立場に置かれて働く人々をなくすため、労働者の権利の保障、尊重。  ILOが特徴的なのは、社会対話の推進のところにあるように、政府(政)・労働者(労)・使用者(使)が対等に参加する「三者構成」で運営されている点といわれています。これは国際機関のなかでも唯一の運営体制といわれており、労働問題を解決していくためには、もっとも切実な利害関係者である労働者と使用者の参画が不可欠とされているからです※2。 ILOと私たちとのかかわり  ILOに関する概要を押さえたところで、実際に私たちにどのようにかかわってくるのかをみていきましょう。  もっともかかわりの大きいものに、ILOの使命や目標を達成するための国際的な労働基準の設定があります。設定の対象は、強制労働の禁止、雇用・職業の差別待遇の排除などの基本的人権に関連するものから、労働条件、労働安全衛生、社会保障など、労働に関連するあらゆる分野に及んでいます。  これらの基準に実効性を持たせるために「条約」と「勧告」という手段を用いています。条約は、2カ国以上の加盟国が批准(ひじゅん)することで国際的に発効し、批准国は条約を実施するために必要な措置を執るという国際的な義務を負うことになります。一方で、勧告は加盟国の事情が相当に異なることに配慮し、各国に適した方法で適用できる指針となるものです。条約には拘束力があるが、勧告にはないという関係になります。なお、現在の条約数は全体で191(うち撤回・廃止11、棚上げ19)、勧告数208(うち撤回36、置き換え22)という状況です※3。  日本の批准条約数は50です。詳細な内容と批准・未批准の情報に関心のある方は、インターネットで公開されている『国際労働基準 ILO条約・勧告の手引き2025年版』(ILO駐日事務所 編集・発行)※4をご参照いただき、本稿では、中核的労働基準に絞ってみていきます。  中核的労働基準とは、労働に関する最低限の基準を定めたものであり、5分野・10条約で構成されています(図表)。このうち8条約は批准されていて、「雇用及び職業についての差別待遇に関する条約(111号)」と「職業上の安全及び健康に関する条約(155号)」は未批准の状態です。条約を批准すると必要措置を執る義務が発生しますので、具体的に労働法制に反映していくことになります。この反映にあたっては、厚生労働大臣の諮問(しもん)機関である労働政策審議会(労政審(ろうせいしん))※5で審議にかけられたのち、国会で審議され法案成立というプロセスを執ることになります。  当然ながら法として整備された後は企業・労働者ともに遵守する必要があるため、ILOの活動は私たちの賃金や働き方に大きくかかわってくるといえます。例えば、現在の労働時間の基本である1日8時間、週40時間の基準は、ILOの条約や勧告に沿ったものです※6。今後の動きとしては、先述の職業上の安全及び健康に関する条約(155号)について条約締結に向けた手続きを進めていく予定で、国内の労働安全衛生政策に大きな影響を与えることが想定されます。 * * *  次回は「過重労働対策」について取り上げます。 ※1 国連の専門機関とは、経済・社会・文化・教育・保健その他の分野で国際協力を推進するために設立された国際機関。よく知られている機関では、WHO(世界保健機関)、UNESCO(国際連合教育科学文化機関)がある ※2 日本労働組合総連合会(連合)ホームページ「労働法制の決定プロセスと三者構成原則」より。https://www.jtuc-rengo.or.jp/rengo_online/2023/07/20/1563/ ※3 ILO駐日事務所のサイト「数字で見る国際労働基準(2023年8月時点)」https://www.ilo.org/ja/reqions-and-countries/国際労働基準(基準設定と監視機構) ※4 ILO駐日事務所のサイトhttps://www.ilo.org/ja/publications/国際労働基準:ilo条約・勧告の手引き2025年版 ※5 労働政策審議会についても、公(公益代表委員)・労(労働者代表委員)・使(使用者代表委員)の三者構成で議論が行われている ※6 第1号条約に定められた内容だが、日本は直接の批准は行っていない 図表 中核的労働基準 5分野・10条約 結社の自由・団体交渉権の承認 結社の自由及び団結権の保護に関する条約(87号) 団結権及び団体交渉権についての原則の適用に関する条約(98号) 強制労働の禁止 強制労働に関する条約(29号) 強制労働の廃止に関する条約(105号) 児童労働の禁止 就業の最低年齢に関する条約(138号) 最悪の形態の児童労働の禁止及び廃絶のための即時行動に関する条約(182号) 差別の撤廃 同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約(100号) 雇用及び職業についての差別待遇に関する条約(111号) 安全で健康な労働条件 職業上の安全及び健康に関する条約(155号) 職業上の安全及び健康促進枠組条約(187号) 出典:日本労働組合総連合会ホームページ(中核的労働基準とILO) https://www.jtuc-rengo.or.jp/activity/kokusai/ilo/ 第66回 「過重労働対策」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「過重労働対策」について取り上げます。この用語の明確な統一定義は、じつはありません。しかし、厚生労働省の「『過重労働による健康障害防止のための総合対策について』の一部改正について」※1をみると、「労働者が疲労を回復することができないような長時間にわたる過重労働を排除していくとともに、労働者に疲労の蓄積を生じさせないようにするため、労働者の健康管理に係る措置を適切に実施」とあり、“過重な労働の排除”や“健康管理措置”がキーワードといえます。次に、過重な労働とは何かについてですが、同資料で「長時間にわたる過重な労働は、疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられ、さらには、脳・心臓疾患の発症と関連性が強い」とあるように“長時間労働”がキーワードとなります。これらから、過重労働対策は「長時間労働など過重な労働による疲労蓄積を防ぎ、健康管理措置を適切に講じる取組み」とまとめられます。 社会問題としての過重労働と過労死  過重労働は、健康障害のみならず過労死という結果につながることもあり、関係者のみならず社会的にも大きな損失を招くため、適切な対策をとるのはあたり前の行為と現在では考えられています。しかし、社会的課題としての対策がとられだしたのはそれほど昔のことではありません。  過労死は、過労死等防止対策推進法(平成26年法律第100号)の第2条で「業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡若しくは業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡又はこれらの脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害をいう」と定義されていますが、この法律の制定は2014(平成26)年といまから10年ほど前のことです。しかし、長時間労働が招く過労死という用語自体は1970年代から使われていたといわれ、海外メディアでも“Karoshi”という用語が使われているくらい国際的にも日本の社会問題として注目されていました。ところが、日本国内では1989(平成元)年のころに“24時間戦えますか”というフレーズが流行する※2など、長時間労働はむしろ“美徳(びとく)”とする風潮があり、過重労働や過労死の問題に対するとらえ方はいまよりも緩いものでした。そこからさまざまな訴訟や2013年5月に国際連合の社会権規約委員会※3が日本の過労死や長時間労働に対して対策をとるよう勧告するなどの動きを経て、同法の制定に至ることになります。その後は、2016年に政府の働き方改革実現会議が発足し本格的な議論が始まり、2018年には通称「働き方改革関連法」が成立するなどして、過重労働対策が大きく進んでいくことになります。 長時間労働の抑制が対策の本丸  過重労働の原因については、長時間労働だけではなく、ストレスやハラスメント※4、人間関係の負荷など広くとらえられています。しかしながら、疾患や過労死等の因果が強いといわれている長時間労働対策がおもに法律的にも定められています。  代表的なところをあげていくと、一つめは時間外労働の抑制です。脳・心臓疾患の発症前1カ月間におおむね100時間、または発症前2カ月間ないし6カ月間にわたって1カ月あたりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できるとされ、これらの時間は過労死ラインともよばれています。36協定※5の特別条項でも規制されている時間であるため、企業および労働者は、これらの時間を超えないようにすることはもとより、健康管理のためにも時間外労働を可能なかぎり抑制していく必要があります。  続けて二つめは、勤務間インターバル制度です。これは、終業時刻から次の始業時刻の間に一定時間以上の休息時間(インターバル時間)を確保する仕組みで努力義務とされています。休息時間については現状では法的に明確な規制はありませんが、EUの労働時間指令※6が24時間につき最低連続11時間の休息期間を付与するとあることから、日本でも11時間が目安といわれています。  三つめは、労働時間の状況把握です。これは、労働安全衛生法により2019年4月から企業に義務づけられています。ポイントとなるのは把握する方法で、原則はタイムカード・ICカード・パソコン等の使用時間などの客観的な方法で把握しなければならない点です。把握した労働時間の状況から毎月1回以上、一定の期日を定めて時間外・休日労働時間を算定し、月80時間超えの労働者がいた場合は労働者本人に速やかに通知するよう定められています。 過重労働対策は依然として重要な課題  最後に、統計から過重労働対策をとりまく状況を確認したいと思います。『令和7年版 過労死等防止対策白書』(厚生労働省、2025〈令和7〉年10月)をみると、週労働時間40時間以上の雇用者に占める週労働時間60時間以上の雇用者の割合(時間外労働80時間以上の雇用者の割合に近い)は、2003年17.9%であったものが2019年10.9%、2024年8.0%の状況で、明確に減少していることがわかります。しかし、業種別にみると、2024年で製造業4.9%、情報通信業5・8%に対して、運輸業・郵便業17.7%、宿泊業・飲食サービス業15.1%と業界により大きなばらつきがみられます。  過重労働の是正は、行政も強い姿勢を示しています。労働基準監督署(労基署)※7の臨検監督の徹底に加え、厚生労働省は2015年に長時間労働対策を目的とした特別部署・チーム「過重労働撲滅特別対策班(通称:かとく)」を設置し、違法な長時間労働に対する高度な捜査や労基署の管轄を超えた調査・勧告などに対応しています。労働時間に関する取り締まりは年々厳しくなっているという声がある一方で、例えば、「長時間労働が疑われる事業場に対する令和6年度の監督指導結果」をみると、労働基準関係法令違反があった事業場のうち42.4%が違法な時間外労働に関するもので、うち時間外・休日労働の実績がもっとも長い労働者の時間数が1カ月あたり100時間を超えるものは28.4%、150時間を超えるものは5.8%、200時間を超えるものは1.1%など、過重労働を撲滅するまでにはまだまだ越えなければならないハードルがありそうです。  次回は「女性活躍推進法」について取り上げます。 ※1 2008(平成20)年3月7日、基発第0307006号、都道府県労働局長あて厚生労働省労働基準局長通知 https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb3741&dataType=1&pageNo=1 ※2 もともとはコマーシャルの音楽で使われていたフレーズで、1989年の流行語大賞にもノミネートされている ※3 社会権規約委員会……「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」の実行を確保するために国際連合に設けられた機関 ※4 パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、カスタマーハラスメントなど。「ハラスメント」については、本誌2023年4月号参照。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202304/index.html#page=58 ※5 「36協定」については、本誌2025年12月号を参照。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202512/index.html#page=50 ※6 EU労働時間指令……EU 圏内の労働者の安全や衛生を守るため、労働時間や休息について定めたもの ※7 「労働基準監督署」については、本誌2026年1月号を参照。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202601/index.html#page=54 第67回 「女性活躍推進法」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「女性活躍推進法」(以下、「本法」)について取り上げます。正式名称は「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」で、2015(平成27)年9月に公布、2016年4月に全面施行されています。 ポジティブ・アクションを推進する法律  本法の趣旨を理解するためには、制定の背景を知ることがとても重要です。公布された年度に厚生労働省から出された『平成27年版 働く女性の実情』は、わが国は急速な人口減少局面を迎え将来の労働力不足が懸念されるなかで、国民のニーズの多様化やグローバル化等に対応しなければならず、人材の多様性(ダイバーシティ)を確保することが不可欠としています。それにもかかわらず、就業を希望していながら働いていない女性が約300万人、第一子出産を機に離職する女性が約6割、離職してからの再就職は非正規労働者になる場合が多く、管理職に占める女性の割合は欧米・アジア諸国に比べて低いなど、働く場面において女性の力が十分発揮できる状況にないなどの課題があるとしています。こうした状況をふまえ、女性の個性と能力を十分に発揮できる社会を実現するために、本法が成立したとされています。  本法の特徴は、ポジティブ・アクションを推進することにあります。これは、社会的・構造的な差別によって不利益を被っている者に対して、一定の範囲で特別の機会を提供することで、結果の改善を求める施策を国や自治体、事業主に求めるものです。本法より前の1986(昭和61)年4月に雇用や定年、退職・解雇、労働時間等の男女間の“差別的な取扱いを禁止”する男女雇用機会均等法が施行され女性の雇用や処遇の改善に寄与してきましたが、よりいっそうの“結果の改善の推進”を図るのが本法といえます。  本法は2025(令和7)年度末までの有効期限10年間の時限立法※1でした。しかし、女性の活躍は徐々に進みつつあるものの課題が依然として存在するとして、2025年6月の改正(2026年4月1日施行)により(以下、「改正法」)、さらに10年間期限が延長※2されています。 行動計画の策定と情報公開がメイン  それでは、本法の概要をみてみましょう。本法では、国・地方公共団体・事業主の責務が明確化されています。  おもな内容としては、女性活躍を推進するための具体的な行動計画の策定(常用労働者数101人以上の事業主は義務※3)があげられます。これは、@女性の活躍に関する状況把握・課題分析(女性労働者の割合・男女の平均勤続年数差異・平均残業時間等の労働時間・女性管理職比率など)、A一般事業主行動計画の策定(計画期間や数値目標・取組内容・実施期間)・社内周知・公表、B都道府県労働局への行動計画届出、C数値目標の達成状況や取組みの実施状況の点検・評価の四つの取組みをPDCAサイクルのように回し、次期の取組みにつなげていくものです。  次のおもな内容としては女性の職業選択に資する情報の公表があげられます。情報の公表により、企業の女性活躍に対する姿勢を表し、求職者が企業選択の要素とすることができるようにするためのものです。常用労働者101人以上の事業主には、男女間賃金差異および女性管理職比率の公表を義務づけています。これらに加えて、101人以上の事業主には1項目以上、301人以上の事業主には2項目以上の公表が求められています※4。各企業の公開情報や取組み内容は「女性の活躍推進企業データベース※5」(厚生労働省)に詳しく掲載されています。  このほか、本法では女性活躍を推進するための支援措置について定められています。対象となる取組内容としては、女性の活躍推進に関する状況等が優良な事業主を認定する「えるぼし※6」認定制度が本法制定時からありましたが、改正法により、職場における女性の健康支援に取り組む企業を認定する「えるぼしプラス(3段階)」および「プラチナえるぼしプラス」の認定が追加されました。なお、改正法により女性活躍の推進にあたっての女性の健康上の特性に配慮して行われるべき旨が明確化されている点も押さえておきたいところです。 統計でみる課題  最後に、統計によって女性活躍推進の課題を確認したいと思います。「雇用の分野における女性活躍推進に関する検討会」(第11回 2024年8月1日)の参考資料中「第5次男女共同参画基本計画の目標値の進捗状況」(図表)を参照すると、令和5年時点で到達すべき数値(目標値)に対して、25歳から44歳までの女性の就業率と、えるぼし認定企業数は達成していますが、事業主の情報公表項目にもなっている女性管理職比率は、課長相当職は令和2年よりも増えているものの令和5年目標値に対して未達、部長相当職にいたっては令和2年よりも減少している状態です。このほか、同資料に男女間賃金差異の経年比較がありますが、長期的には縮小傾向にあるものの男性の所定内給与額を100としたときの女性の給与額が同法施行年の2016年の72.9%に対して2023年は74.8%と大幅に改善したとはいいがたい状態です。また、女性の就業率は上昇しているものの、正規雇用比率は30歳代以降に低下し「L字」カーブ※7を描いているとの指摘もあり、本法制定の背景にあった課題は続いているといえそうです。  次回は「スポットワーク」について取り上げます。 ※1 時限立法……一定の目的を期間内に達成する必要がある場合に制定する法律。期限までに目的が達成されない場合は、延長される場合がある ※2 本法の期限は2036年度末まで延長されている ※3 本法制定時は常用労働者301人以上の事業主が義務だったが、改正により101人以上の企業に範囲が拡大 ※4 対象項目は、サイトの資料にわかりやすくまとめられている。https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001663919.pdf ※5 https://positive-ryouritsu.mhlw.go.jp/positivedb ※6 認定要件の取得度に応じて、「えるぼし(3段階)」、「プラチナえるぼし」を認定。https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001671864.pdf ※7 女性の正規雇用比率が20歳代後半にピークを迎え、その後右肩下がりになるグラフを90度回転させると「L」に似ていることから、出産を契機に、女性が非正規雇用化することをさす 図表 第5次男女共同参画基本計画の目標値の進捗状況 項目 目標値(令和7年) 策定当時(令和2年) 最新値(令和5年) 等速で目標値を達成する場合、令和5年時点で到達すべき数値 部長相当職に占める女性の割合 ★1 12% 8.5% 8.3% 10.6% 課長相当職に占める女性の割合 18% 11.5% 13.2% 15.4% 係長相当職に占める女性の割合 30% 21.3% 23.5% 26.52% 25歳から44歳までの女性の就業率 ★2 82% 77.4% 80.8% 80.16% えるぼし認定の企業数 ★3 2,500社 1,209社 2,534社 1,983.6社 ★1 資料出所:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」 ★2 資料出所:総務省「労働力調査(基本集計)当該年平均」 ★3 厚生労働省調べ 出典:第11回雇用の分野における女性活躍推進に関する検討会(参考資料) 第68回 「スポットワーク」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「スポットワーク」について取り上げます。 スポットワークは短期的・単発の働き方  スポットワークは、SPOT(一時的)とWORK(働く)を組み合わせた造語で、法律において定められた用語ではありません。  厚生労働省のリーフレット『「知らない」では済まされない「スポットワーク」の労務管理』(2025〈令和7〉年7月)※1によると「スポットワークとは、短時間・単発の就労を内容とする雇用契約のもとで働くこと」としています。また、財務省の資料である『スポットワーク市場の動向と展望について』※2の説明が、この働き方の特徴をより示しており、「継続した雇用関係を持たず、数時間〜数日間の期日で働くこと」としています(傍線は筆者による)。  このような働き方をする人をスポットワーカーと呼びますが、重要なのは、短期間でも業務を発注した事業主とスポットワーカーの間には直接の雇用契約が結ばれるという点です。このため、短時間・単発の仕事であろうと労働基準法の対象となります。同じような働き方を示す用語にギグワークがありますが、こちらは短期的・単発の仕事を業務委託契約に基づき実施するため、原則的には労働基準法の対象外となります。  スポットワークの形態についてはさまざまな形態があるものの、スポットワーク仲介事業者が運営するスポットワークアプリを通して、事業主が掲載した求人にスポットワーカーが応募し、面接等を経ることなく、短時間に求人と応募をマッチングさせることで雇用契約が成立し、仲介事業者が賃金の立替払いまで行うサービスが多く採用されています。リーフレットをはじめとした政府の資料もおおよそこの形態を前提に記載されています。 スポットワークの働き方は急速に拡大している  このスポットワークの働き方は、近年急速に拡大しています。  拡大の要因は三つに整理できます。一つめは労働力の確保という事業者側のニーズです。日本労働組合総連合会(連合)がまとめた『スポットワークに関する調査2025』(2025年1月公表)(以下、「連合調査」)※3によると、スポットワークで従事したことがある仕事の内容のうち回答上位3位は、「倉庫作業員(27.5%)」、「飲食店スタッフ(21.0%)」、「イベントスタッフ(17.2%)」という、求人しても応募者が集まりにくい業務やかぎられた期間中に人手が必要な業務があがっています。二つめは短期的・単発業務に対するニーズの高まりです。連合調査のスポットワークで働こうと思った理由の回答上位3位は、「生活のために収入を得たいから(27.1%)」、「空いている時間を有効活用したいから(24.5%)」、「賃金がすぐに受け取れるから(18.4%)」となっています。三つめは、ITの進化によるサービスの利便性です。スポットワークアプリで応募から賃金払いまで一貫して手軽に℃タ施できるサービスは、空いている時間ですぐに稼ぎたいというニーズに対して、非常にマッチしているといわれています。この仕組みがあってこそのスポットワークの拡大であるため、スポットワークという用語よりもCMで流れているサービス名※4やその際に使われるスキマバイトという用語の方がむしろ一般的になじみがあるといえます。  これらの要因から、内閣府の『令和7年度年次経済財政報告』のスポットワークの拡大の状況を参照すると、2019年12月時点ではスポットワークアプリの延べ登録者数は330万人程度だったものが、2025年1月時点には3200万人程度と、10倍近くに拡大しています。 スポットワークの課題  一方で、急速な拡大にともない課題も顕在化しています。スポットワーカーについての保護法などは現行では特になく、短期的・単発の業務であっても通常の労働者とは変わらないという位置づけで労働基準法が適用されます。しかし、その認識・順守が不足しているケースも多くあるのが実際のところです。  例えば連合調査によると、スポットワークで働いている際に仕事上のトラブルを経験することがあったかという問いに対しては、46.8%がトラブル経験ありの回答で、トラブルの内容は「仕事内容が求人情報と違った(19.2%:回答上位1位)」、「労働条件が求人情報と違った(16.5%:同4位)」、「急に仕事が取消しになった(15.6%:同6位)」という状況です。いずれも労働基準法に照らすと違反の指摘を受けざるを得ない内容です。  特に、雇用契約成立後の仕事の取消しについては、出勤前の取消しであれば賃金を支払わないというケースが頻発したこともあり、訴訟にも発展しました。このようなこともあり、厚生労働省は、「別途特段の合意がなければ、事業主が掲載した求人にスポットワーカーが応募した時点で労使双方の合意があったものとして労働契約が成立するもの」として、事業主の都合で丸1日の休業または仕事の早上がりをさせた場合には、休業手当または該当する賃金を支払うようにリーフレットにまとめ周知・徹底することとしました。  このほかリーフレットには、業務に必要な準備行為等も労働時間である点や一方的な賃金の減額は違法である点、スポットワーカーも労災保険※5給付の対象である点、ハラスメント対策が行われるべき点などについても記載されています。あたり前に遵守すべき事項として一般的に浸透しているような内容ですが、スポットワークは“手軽に”成立することから、事業主・スポットワーカーともに労働基準法への意識が低くなりがちなのが課題といえます。  また、空いた時間を活用するという働き方については、長い社会人経験やスキルを有したシニア層がにない手になる可能性は十分にあると考えられます。しかし、株式会社パーソル総合研究所の「スキマバイト/スポットワークに関する定量調査」(2025年1月公表)によると、スキマバイト(スポットワーク)の経験率でもっとも多いのは20〜29歳であり、60〜69歳は2%にも満たない状態です。若年層にはわかりやすいスポットワークアプリの仕組みがシニア層にはなじみにくい点は否定できず、シニア向けサービスの充実が待たれます。 ***  次回は、「労働委員会」について取り上げます。 ※1 本資料は事業主向けで、働き手向けには『ご存じですか?「スポットワーク」の注意点』という資料がある。 いずれも、https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_59321.htmlから参照可能 ※2 本資料はスポットワークの登場から現状の動向、市場拡大の背景、課題と展望までがコンパクトにまとめられている。 https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/202412/202412l.pdf ※3 以下のホームページでご覧になれます。 https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20250123.pdf ※4 スポットワークの健全な発展の推進を目的とした「一般社団法人スポットワーク協会」の会員であるタイミー社のサービスなどは有名で、年次経済財政報告に統計情報のデータ提供を行っている ※5 労災保険……労働者が仕事や通勤が原因で負傷した場合、また、病気になった場合や亡くなった場合に行われる給付 第69回 「労働委員会」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「労働委員会」について取り上げます。 労使紛争の解決を図る機関  労働委員会の定義については、「労働委員会は労使間(労働者・使用者間)のトラブル(労使紛争)を解決するために、法律によって設けられた行政機関で、トラブルの自主的な解決が困難な場合に、中立・公正な立場で問題解決の手伝いをする※1」と『労働委員会ガイドブック』(全国労働委員会連絡協議会)に記載されています。労働組合法第19条に基づく機関であり、国の機関である中央労働委員会(中労委)と、各都道府県の機関である都道府県労働委員会の2種類があります。労使紛争の内容が一つの都道府県のことであれば都道府県労働委員会、二つ以上の都道府県に関係する場合は中央労働委員会の扱いとなります。  この機関の重要なポイントは、「中立・公正な立場で」紛争の解決を図るという点です。労使間でトラブルが発生して、それが社内で解決できない場合に第三者の労働委員会に相談するという流れになります。解決できないという時点で、労働者と使用者の間で意見の相違があるため、解決を図る側の労働委員会に労使いずれかに偏った意見が強いという状態は望ましくないことになります。そこで、解決を図る立場の労働委員会の委員は、労働者の代表として労働組合から推薦された労働者委員、使用者の代表として使用者団体から推薦された使用者委員、中立的な第三者の立場として学識経験者や法曹関係者からなる公益委員で構成され(三者構成※2)、任期は2年です。中央労働委員会の人数は三者同数15名ずつ(計45名)で内閣総理大臣により任命されます。都道府県労働委員会は各機関により人数が異なり(東京都はそれぞれ13名、愛知県はそれぞれ7名など)都道府県知事により任命されます。公平性を期すために、委員の経歴・現職、労働者委員・使用者委員・公益委員のいずれであるかの名簿が厚生労働省や都道府県のホームページなどで公開されています。 集団的労使紛争と個別的労使紛争  労働委員会がかかわる労使紛争は、労働組合と使用者との間で生じる集団的労使紛争と労働者個人と使用者の間で生じる個別的労使紛争に分かれます。労働委員会の役割として、労働組合法および労働関係調整法で役割が明記されているのは集団的労使紛争です。労働委員会のおもな役割を整理すると、「労働争議の調整」、「不当労働行為事件の審査」、「労働組合の資格審査」の三つがあげられます。  一つめの「労働争議の調整」については、労働組合には労働者と使用者が対等な立場で交渉できるように、団体交渉権が労働三権※3の一部として憲法第28条で保障されています。労働問題について交渉した際に、労使の意見が平行線をたどり決裂するなど労使間の紛争が発生し自主解決が困難となった際に、労働組合または使用者が労働委員会に調整の申請を行います。調整には、法的な強制力の低い順に、「あっせん」、「調停」、「仲裁」があります。 ・あっせん…あっせん員が労使双方の主張を確かめ、労使の自主的な話し合いを援助(あっせん案の提示など)する。あっせん案の受諾は任意。簡単で迅速な手続きのためもっともよく活用されている。 ・調停…三者構成の調停委員会が労使双方の主張を聞いて作成した調停案を提示する。調停案の受諾は任意。 ・仲裁…公益委員で構成される仲裁委員会が、仲裁裁定を下す。この内容は労働協約と同一の効力をもって当事者を拘束。  二つめの「不当労働行為事件の審査」とは、労働組合法第7条で禁じられている不当労働行為を使用者が労働組合や労働者に対して行った場合に、労働委員会に対して救済申立てを行うことができる制度のことです。不当労働行為には、組合員であることを理由とする解雇その他の不利益取扱い、正当な理由のない団体交渉の拒否、労働組合の運営等に対する支配介入※4および経費援助、労働委員会への申立て等を理由とする不利益取扱いなどがあります。労働委員会はこれらの救済申立てがあった場合に審査を行い、不当労働行為の事実があると認められる場合には、使用者に対して、復職や組合運営への介入の禁止等といった救済命令を出します。一方、申立てに意義がないとされる場合には棄却命令が出されます。なお、申立ては基本的には都道府県労働委員会に対して行いますが、そこでくだされた救済命令(初審命令)に不服がある場合は、中央労働委員会に再審査申立てを行うことができます。  三つめの「労働組合の資格審査」ですが、本来、労働組合は自由に設立でき、届け出なども不要ですが、労働組合法に定める手続きに参与したり、救済を受けるためには、労働組合法第2条および第5条に定める一定の資格要件を備えていなければならないことになっています。この資格の有無を審査するのが労働組合の資格審査で、労働委員会の役割の一つとなります。  労働委員会は、個別的労使紛争の調整も行っていますが、手続きは「あっせん」に限定され、東京都・兵庫県・福岡県には労働委員会が主体となる制度がないなど、都道府県により実施状況が異なります。 労使紛争の取扱状況  最後に、労働委員会による労使紛争の取扱状況について確認しましょう。中央労働委員会のホームページ※5に事件取扱状況などの統計が公表されています。  まずは、「労働争議の調整」ですが、2024(令和6)年に全国の労働委員会が新規に取り扱った係属件数は165件(あっせんが159件、調停が5件、仲裁が1件)です。10年前の2014(平成26)年の367件、5年前の2019年205件と比較して減少傾向にあります。  次に、「不当労働行為事件の審査」ですが、2025年は国の労働委員会が初審として扱った新規申立てが188件で、公表値でもっとも古い2021年の277件と比較してこちらも減少傾向にあります。  減少の理由としては、働く環境が改善されてきたと評価される一方で、労働組合の組織率の低迷や、解決率が半数程度(2024年の労働争議の調整が解決で終結した比率は51.1%)であることも影響していると思われます。  次回は、「ハローワーク」について取り上げます。 ※1 『労働委員会ガイドブック』4ページの「労働委員会って何をするの?」の説明から筆者が一部改変。https://www.mhlw.go.jp/churoi/panfu/dl/pamph05.pdf ※2 三者構成については、国際的な労働問題の解決を図るILO(国際労働機関)でも同様の構成になっている ※3 労働三権……「団結権」(労働者が労働組合を結成する権利)、「団体交渉権」(労働者が使用者と団体で交渉する権利)、「団体行動権」(要求を実現するためにストライキなど団体で行動する権利)のこと ※4 支配介入……労働組合結成に対する阻止・妨害行為、労働組合の日常の運営や争議行為に対する干渉を行うことをさす ※5 労働争議の調整の統計 https://www.mhlw.go.jp/churoi/chousei/sougi/sougi05.html 不当労働行為事件の審査の統計 https://www.mhlw.go.jp/churoi/shinsa/futou/futou03.html 第70回 「ハローワーク」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「ハローワーク」について取り上げます。 セーフティネットの中心的役割  ハローワークは職業安定法を根拠に設置された厚生労働省の機関です。かなり浸透している用語ですが、じつは1989(平成元)年に導入された“愛称”で、正式名称は公共職業安定所(略称:職安(しょくあん))といいます。  ハローワークの取組内容や実績については、厚生労働省の『公共職業安定所(ハローワーク)の主な取組と実績(令和8年4月)』※1(以下、『取組と実績』)に詳しく記載されています。ここではハローワークについて「憲法に定められた勤労権の保障のため、障害者や生活保護受給者の方など民間の職業紹介事業等では就職へ結びつけることが難しい就職困難者や人手不足の中小零細企業を中心に、国が無償で支援を行う雇用のセーフティネットの中心的役割を担うもの」と説明しています。職業紹介事業とは、求人(採用したい)および求職(仕事をしたい)の申込みを受け、求人者と求職者の間の雇用関係の成立をあっせんすることをさしますが、2025(令和7)年度では3万3888所という数多くの民営職業紹介事業所※2が存在しています(厚生労働省職業安定局需給調整事業課調べ※3)。しかし、そのうち大半が有料であっせんを行っていることに対して、ハローワークの設置意義としては、民間の職業紹介事業では困難な求人者・求職者を対象に、無償で行っている点があげられます。  ハローワークは、本稿執筆現在では計544所の本所(436)・出張所(95)・分室(13)による全国ネットワークを活かした支援のほか、地方公共団体(都道府県・市区町村)と一緒に取り組む雇用対策協定に基づく連携施策などによる地域密着型の支援も実施しています。また、2002年より全国版のハローワークインターネットサービスが提供されています。 雇用に関する3業務を一体的に実施  ハローワークの業務には、おもに職業紹介・雇用保険・雇用対策の3業務がありますが、これらは就職支援を効果的に実施するために一体的に行われています。 @職業紹介…求人者は、募集したい人材の要件や処遇内容について登録すると全国のハローワークやインターネットを通じて求職者にアプローチすることができます。一方、求職者は希望やスキルに合った求人情報を探したり、ハローワークを通した応募手続きを行ったりすることができます。これらを効果的に進めるために、ハローワーク職員によるキャリアコンサルティング※4や応募書類の添削、面接対策、スキルアップのための職業訓練(ハロートレーニング)の案内なども行っています。 A雇用保険…労働者が失業・休業等をした場合の生活の安定や早期再就職の促進を目的とした給付を行う雇用保険について、受給希望者はハローワークで給付の手続きを行い、ハローワークでは受給要件を満たしていることを確認したうえで、受給資格の決定を行います。失業等給付※5や育児休業等給付が対象ですが、特に失業等給付については、ハローワークで職業紹介と一体的に運営することで、求職活動実績を確認することを通した適正な支給を確保することができるとしています。 B雇用対策…企業に対して障害者雇用率※6の達成に向けた指導を行うほか、高年齢者雇用確保措置の導入をうながすための指導を実施しています。また、労働時間・賃金・職場環境などの雇用管理に関する改善を支援し、企業の人材確保と安定的な雇用の実現を後押ししています。 高齢者雇用におけるニーズは高まっている  職業紹介については、求職者のニーズの多様化に対応するため、対象者別の専門窓口を設置しています(図表参照)。しかしながら、令和7年度『年次経済財政報告』(内閣府)※7をみると入職経路(労働者が現在の職場に入る際に利用したルート)に占めるハローワークの比率は、2010年26.2%、2020年18.2%、2023年13.9%と低下傾向にあります。また、『取組と実績』のハローワークにおける職業紹介等の実績をみても、新規求職申込件数は2021年度463.0万件に対して2024年度が440.9万件、若年者についてみると2021年度10.8万人に対して2024年度が8.4万人という状況です。これには先に述べた民営職業紹介事業所のサービスが求人者にも求職者にも広く浸透し活用されている影響が要因としてあげられます。  一方で、同実績の高齢者(65歳以上の就職件数)をみると、2021年度が11.2万件、2022年度12.7万件、2023年度13.7万件、2024年度14.4万件という右肩上がりの状況です。これは、高齢者の新規求職者数が増加傾向にある影響もありますが、ハローワークでは生涯現役支援窓口で特に65歳以上の求職者への再就職に向けた手厚い支援を実施しているなど、民間の事業所では十分に対応しきれないニーズに対応していることも要因としてあげられます。  人材確保に悩んでいる企業については、ハローワークにおける高齢者の求人を積極的に活用することも一つの策と考えられます。 ***  次回は、「職務分析」について取り上げます。 ※1 https://www.mhlw.go.jp/content/001683249.pdf ※2 「エージェント」や「人材紹介会社」と呼ばれることが多い。厚生労働大臣に許可された事業者のみがあっせんを取り扱いできる ※3 https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/001699953.pdfに1990年度から2025年度までの推移がまとめられている ※4 働く人が自分のキャリアについて整理し、よりよい選択ができるように職業選択についてのアドバイスを行うこと ※5 失業者への給付である「求職者給付」、早期再就職者への給付である「就職促進給付」、自主的教育訓練受講者への給付である「教育訓練給付」、介護休業等により雇用を継続する者への給付である「雇用継続給付」がある ※6 障害者雇用率については、本連載第61回(2025年9月号)をご覧ください。    https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202509/index.html#page=50 ※7 https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je25/index_pdf.htm 図表 ハローワークの専門支援窓口 マザーズコーナー(183) 子育て中の女性等に対する就職支援を実施。 わかもの支援コーナー・窓口(201) 正社員を希望するおおむね35歳未満のフリーター等に対する就職支援を実施。 中高年層(ミドルシニア)専門窓口(92) 中高年層(ミドルシニア)の不安定就労者に対して、就職から職場定着までの一貫した支援を実施。 生涯現役支援窓口(300) 高年齢求職者の職業生活の再設計に係る支援や就労ニーズに即した総合的な就労支援を実施。 人材確保対策コーナー(124) 医療、介護、保育、建設、警備、運輸などの求人倍率の高い人材不足分野へのマッチング支援を実施。 地方就職支援コーナー(2) 地方就職希望者に対する就職支援を実施。 農林漁業就職支援コーナー(16) 農林漁業人材の確保・職場定着までの支援を総合的に実施。 *( )は設置数 出典:『公共職業安定所(ハローワーク)の主な取組と実績(令和8年4月)』(厚生労働省) https://www.mhlw.go.jp/content/001683249.pdf