新連載 いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第1回「人事制度」 第2回「定年」 第3回「退職金」 第4回「キャリア」 第5回「賃金カーブ」 第6回「人事評価」 第7回「昇格・昇進」 第8回「諸手当」 第9回「限定社員」 第10回「賞与」 第1回「人事制度」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者ならおさえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  人事用語には、簡単なものから人によって解釈の分かれるもの、一般的な使われ方と人事担当者の使い方が異なるものなどがあり、むずかしく、とっつきにくいという声をよく聞きます。そのような「聞いたことはあるけれど具体的には分かりにくい」用語について、今後6回の連載で解説していきます。一つの用語に対して、意味だけでなく世間の動向や社会的背景、関連する用語まで、なるべくやさしく解説していきます。 「人事制度」は「処遇」を決めるルール  1回目の用語として取り上げるのは、今後詳細に解説していく一つひとつの用語と切っても切り離せない、人事的な仕組みを総括してさし示すときに使うことが多い「人事制度」についてです。  「人事制度」という用語は、人事担当者でもないかぎり「聞いたことはあるけれど詳しくは知らない」、「人事担当者から説明を受けたくらい」という方も多いかもしれません。そのため、「人事制度」といわれても人によっては思い浮かべるものが異なるというのが実際のところでしょう。給料や役職といったような限定的なものから、勤怠管理や有給休暇など労務管理にかかわるものまで、幅広くとらえている方もいるかもしれません。ただし、人事の世界における一般的な使い方としては、「人事制度」とは従業員の「処遇」を決定する仕組みをさします。  ここで「処遇」という日常生活では見慣れない用語が出てきます。ただし、人事を語るうえで必ず押さえておきたい用語でもあります。処遇とは「立場を決め、それに相応(ふさわ)しい対応をすること」をさします。単純な例を出せば、「Aさんには人をまとめる力があるので、人を指揮・指導するような立場で働いてもらおう。その負担や責任は大きいので高い給与を支払おう」と決めるのが処遇する≠ニいうことになります。ただし、これらの処遇の決定は社員数が少なければある程度個別に実施できますが、一定数以上になると判断がむずかしくなりますし、不公平も生じてくることになります。そこで処遇を決定するにあたってのルール化、または根拠や基準が必要となります。それが「人事制度」です。処遇を決めるものという目的をそのまま表現して「処遇制度」と呼ばれることもあります。 人事制度は「等級」、「評価」、「報酬」で成り立っている  会社や組織での処遇を決めるにあたり、重要な機能は三つあります。 @社員をどのような立場・役割にするか、どのレベルの業務をになってもらうかを決める A立場や役割、業務に対してどのくらいの対価を支払うかを決める B立場や役割に相応しい実力を有しているか、業務をしっかり行っているか判断する  制度で表すと@は「等級制度」、Aは「報酬制度」、Bは「評価制度」です(図表)。この連載で今後取り上げる用語に付随して、それぞれ詳しく触れていく予定ですので、ここでは基本的な点を押さえていきたいと思います。 @等級制度  等級・報酬・評価の制度のなかで、もっとも理解がむずかしいのが等級制度でしょう。先ほど立場や役割、業務レベルを決定すると述べましたが、これを主に二つの仕組みで実現します。「等級」と「役職」です。どちらかというと「役職」の方がわかりやすいと思います。部長や課長など立場を示すもの、簡単にいうと偉さ≠示し、むずかしくいうと権限や裁量の程度を示すものになります。次に「等級」です。求められる役割や、業務に必要な能力を定める区分です。1級・2級など特定の記号で表され、区分ごとに役割や能力の定義が定められています。なお、その役割や業務をになう資格があるという意味で等級は「資格」と呼ばれることもあります。 A報酬制度  報酬よりも「賃金」という呼び方のほうが、人によってはなじみがあるかもしれません。立場や役割、業務に対しての対価の支払い方について定めるものです。この対価とは「給与」と「賞与」で構成されます。給与は「給料」、「月例給」などとも表現され、毎月支払われるものです。賞与は「ボーナス」という呼び方が一般的かもしれません。多くの会社で年間2〜3回支払われる一時金です。そして、この給与と賞与を合わせて年間で支払われたものを「年収」と呼びます。なお、退職後に支給される「退職金」も報酬制度に含まれます。 B評価制度  「評価」という用語は日常的に使われているので、もっともわかりやすいかもしれません。処遇と評価の関係でいえば、評価がよければ等級・役職・給与・賞与が上がるチャンスが増えます。ただし、これを経営者や上司の好みで決めてしまうと公平性の観点から問題がありますし、社員のモチベーションにも悪影響をおよぼします。そこで、「評価項目」や「評価基準」というものを定めて、求められていることがどの程度できたか(あるいはできなかったか)を判定していくことになります。これを判定するものとしてよく使われるものが「成果」、「能力」「行動」、「姿勢」などの要素になります。 年功序列≠生み出しているのは人事制度  ここからは、もう一歩ふみ込んで人事制度の特徴について見ていきたいと思います。  かつて日本の労働慣行の三種の神器≠ニ呼ばれているものがありました。「企業内労働組合」、「終身雇用」、「年功序列」のことです。ただし、この三つは現在では崩壊しつつあるともいわれています。労働組合の組織率(雇用者数に占める労働組合員数の割合)は2019年時点では16・7%で、平成が始まった1989年よりも10%近く下がっています(厚生労働省「令和元年(2019年)労働組合基礎調査の概況」)。  また終身雇用については、2019年にトヨタ自動車株式会社の豊田章男代表取締役社長が否定的な発言をしたことがマスメディアなどで大きく取り上げられました。年功序列についてはどうでしょうか。崩壊しつつあるという論調がありながらも、管理職層・経営層に中高年(特に男性)が多いことを考慮すると、年功傾向は現時点ではまだまだあるといえそうです。  さて、この年功序列ですが、人事制度と大きなかかわりがあります。年功序列制度≠ニいう制度は存在しないのですが、人事制度の運用の結果、年功的な傾向になるのはよくある話です。人事制度の組立ての基本を何に置くかで、運用上の特徴が決まってきます。 @職能資格制度(能力等級制度)  能力の高まりに応じて、処遇(等級や報酬)が上がる制度です。日本独自の制度ともいわれており、年功的運用を生み出しやすい制度です。「能力の高まりに応じるのなら年功にならないのでは」という声が聞こえてきそうですが、ここでいう能力に応じて≠ヘ、パフォーマンスの高い人の処遇がよいといったものではありません。人事で注意書きもなく「能力」といった場合、「経験によって積み上がるもの」であり、よほどのことがなければ下がることのないものを示します。そのため、長く勤続すればするほど理屈としては処遇がよくなっていきます。パフォーマンスが高く、若くして役職についた社員よりも、長年同じ仕事をしている社員の方が年収が高いという現象が発生することもあります。 A職務等級制度  職能資格制度を日本独自の制度とした場合、他国で主流なのは「職務等級制度」です。従事している仕事の価値によって処遇が決まるものです。例えば、職能資格制度では異動などで仕事内容が変わっても従事する人が変わらないかぎり処遇が変わることは基本的にはありません。一方、職務等級制度では同じ人でも仕事内容が変わると処遇が変わるのが基本となります。このため、前者を「人基準」、後者を「仕事基準」と呼ぶこともあります。日本が人基準であるのは、高度経済成長期の過剰なまでの人手不足に対応するため、長期勤続を前提にいろいろな仕事を経験させていく必要があったという事情があります。一方で他国が仕事基準を採用する背景には、処遇における人種差別を避けるため、どんな人が従事しても仕事によって処遇を決めていく必要があったといわれています。この場合、年齢や勤続年数などにかかわらず仕事内容によって処遇が決まるため、年功という運用結果にはなりにくくなります。 B役割等級制度  では、日本のすべての会社が職能資格制度かというとそうでもありません。事業環境の変化が激しい近年、年齢や勤続の長さよりもパフォーマンスにより処遇を決めていこうという考えの会社が増えています。それであれば職務等級制度を導入すればいいのですが、できれば長く勤めてもらい、いろいろな仕事も経験してほしいという企業側の要望もあり、仕事が変わると処遇が代わる制度は導入しにくいという事情もあります。そこで、2018年時点では30%程度の会社が導入し、今後も増加傾向にあるといわれているのが「役割等級制度」というものです(「労政時報」第3957号)。この制度は、職能資格制度と職務等級制度の両方の特徴を取り入れた制度といわれています。重要な役割をになえば高い処遇になりますが、その役割が大きく変化しないかぎり(異動などで仕事内容が変わる程度では)、おおよその処遇は維持されます。 高齢者の人事制度の動向  ここまで、人事制度の構成や特徴について見てきました。最後に高齢者の人事制度の動向について触れて締めくくりたいと思います。高齢者の人事制度は、定年退職の前と後で内容が変わります。定年退職前であれば何歳であっても同じ人事制度が適用され、処遇もほとんど変わらないのが原則です(人によっては役職を外れ、その分報酬が下がるというのが一部あるかもしれません)。  一方で、定年を迎えると同じ会社で雇用されても「継続雇用制度」というものが適用され、退職時の年収よりも3〜4割程度下がってしまうのが一般的傾向です(独立行政法人労働政策研究・研修機構「高齢者の雇用に関する調査」)。定年前にはあった賞与が定年後にはなくなり、給与そのものも減額され、評価も実施されないというケースも見られます。  役割・能力や仕事内容が同じであれば、処遇は維持されるというのが人事制度の基本的なスタンスです。一方で、継続雇用では処遇の切り下げが行われているのはなぜでしょうか。一つの理由としては、定年退職で一度雇用関係が終わっていて新たな雇用契約に基づくため、処遇の見直しをしやすいことが挙げられます。もう一つは、職能資格制度の運用により年功的に処遇が上がっている場合は、退職時の処遇の高さにパフォーマンスが見合わないということが、理屈上出てきてしまう点にあります。さらには、労働力人口が今後10年間で500万人程度減るといわれているなか(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」)、若手採用の市場が激化しており、そちらに人件費をふり分けたいとする企業の事情もあります。2013年4月1日施行の高年齢者雇用安定法の改正により、「65歳までの定年の引上げ」、「65歳までの継続雇用制度の導入」、「定年の廃止」のいずれかの措置をとることが始まって以来、継続雇用分をコストとしてとらえ、高齢者雇用の位置づけを「福祉的雇用」とみなした企業も多いという実態があります。  しかし、近年は高齢者雇用を「戦略的雇用」とみなし、高齢者に定年前と同じ役割や業務内容を求める代わりに、処遇も引き上げる会社が増えてきています。その背景には、若手の採用が年々困難になる、定年を迎える社員数が増加し続ける、職種によってはベテランの知見があらためて見直されてきている、といった点があげられます。  また、先に述べた処遇の切り下げが、本人たちのモチベーションや生産性を押し下げていることが問題視されてきています。そのため、視点をコスト≠ゥら活躍の促進≠ノ切り替え、定年退職前と同じ制度を適用したり、成果に基づく処遇の仕組みを導入するなど、高齢者雇用のあり方を見直している会社も増えてきています。継続雇用における人事制度の見直しが、高齢者雇用活性化のキーポイントになるのは間違いなさそうです。 ☆  ☆  さて、今回は初回ということで幅広く人事制度について解説しました。次回は、本稿最後に触れた高齢者雇用にまつわる制度の理解をより深めるために「定年」について解説する予定です。 図表 人事制度の全体像 等級・役職・コースと連動 等級制度 ●等級、役職 ●職務・勤務地限定コース、キャリア別コース ●昇格、降格要件 報酬制度 ●報酬体系 ●基本給、手当 ●定期昇給、昇格昇給 ●賞与 ●退職金(一時金・年金) 評価結果と連動 評価基準や方法と連動 評価制度 ●評価フォーマット ●評価基準 ●評価プロセス ●報酬への反映方法 出典:筆者作成 第2回「定年」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者ならおさえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  連載2回目の用語として、高齢者雇用を考えるうえで現在大きな動きがある「定年」を取り上げます。定年とは「一定の年齢に到達すると、仕事や役割から離れること」ですが、一般的には、定められた年齢で雇用関係が終了する「定年退職」をさして使われます。 平均寿命の伸びと定年  現在の定年退職年齢の主流は60歳です。この年齢ですが、会社の方針により、60歳ではなく70歳など定年年齢を先延ばしにすることも可能です。しかし、60歳を前倒しして会社独自のルールを設ける(例えば50歳に設定する)ことは、高齢者雇用に対する義務を定めている「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(以下「高年齢者雇用安定法」)により許されていません。  ところで定年の年齢ですが、普遍的なものではありません。例えば筆者が初めて定年という用語を聞いたのは小学生のときでしたが、テレビでサザエさんのアニメを見ていて、当時54歳の波平さんが隠居に近いようなのんびりとした働き方をしているのも、55歳の定年間近だからと説明を受けて、妙に納得した記憶があります。この55歳というのは、大半の会社の定めであり法律上で明確になっていたわけではないのですが、60歳に引上げになった時期は法律上で明確です。高年齢者雇用安定法により1986(昭和61)年に60歳定年が努力義務となり、1994(平成6)年には60歳未満定年制が禁止されています。  では、定年年齢の変化とはどういったきっかけで起きるのでしょうか。ポイントとなるのは「平均寿命」と「健康寿命」です。先ほど登場したサザエさんの放送開始年である1969年の平均寿命は男性69・18歳、女性74・67歳。60歳まで雇用が義務化された1994年は男性76・57歳、女性82・98歳(厚生労働省「簡易生命表」)で、男女ともに7歳以上の伸びを示しています。このような平均寿命の伸びに合わせて、健康寿命(健康上の問題で制約されることなく日常生活を送ることができる年齢)も伸びる傾向にあります。健康寿命までは体力的に十分に就業可能と考えると、平均寿命の伸びに合わせて定年年齢を見直すのは自然の流れともいえます。このような流れのなかで、2012年の高年齢者雇用安定法の改正により、現在の65歳までの雇用義務化が定められました。 雇用義務化への対応法は大きく三つ  定年退職の最低年齢は60歳ですが、それ以降については、年齢を引き上げる「定年延長」や定年という制度そのものをなくす「定年廃止」、また最低65歳までの「継続雇用」の三つのうち、いずれかを実施するように法的に求められているのが65歳までの雇用義務化の意味しているところです。  定年延長や定年廃止に比べ「継続雇用」はわかりにくいと思います。継続雇用とは、いったん定年退職して雇用関係が終了した社員がさらなる就業を希望する場合、雇用契約を結び直して再雇用することをさします。継続雇用における処遇については、雇用契約の結び直しを機に、特に報酬面を見直す運用をしている会社が多いのが実態で、定年退職前の年収水準にくらべ30パーセント以上減額したうえでの雇用が一般的な傾向となっています(独立行政法人労働政策研究・研修機構『高齢者の雇用に関する調査』2016年)。  しかしながら、定年退職前とまったく同じ職務や責任・負担でありながら減額されることもあり、問題も生じています。例えば、この点で争われた「長澤運輸事件」※は2018年に最高裁判所による判決が出て、かなりの注目を集めました。退職前との処遇格差そのものは否定されないものの、不合理な格差は許されないという主旨です。それならば継続雇用という方法をとらずに、定年延長に一本化したほうがよいという議論もたしかにあります。しかし、一気に定年延長を行うと総額人件費の上昇につながり企業経営を圧迫する、本人の体力や気力に応じた働き方とそれに見合った処遇に見直す機会が失われるという意見も強く、なかなか定年延長にはふみ込めないのが実情です。2019年時点では、雇用確保の方法として約8割の会社が継続雇用制度を選択しています(厚生労働省「高年齢者の雇用状況」集計結果2019年)。  今後の動向は70歳までの就業機会確保  さて、ここからは今後の動向について見ていきましょう。2012年の65歳雇用義務化からさらに状況が変わり、直近の公表で平均寿命(2018年時点)は男性81・25歳、女性87・32歳、健康寿命(2016年時点)は男性72・14歳、女性74・79歳(第11回健康日本21(第二次)推進専門委員会資料2018年)です。なんと、健康寿命は先に述べた1969年の平均寿命を超えています。「人生100年時代」や「生涯現役」というフレーズもここ数年でよく見られるようになり、かつての60歳以降=定年=隠居というイメージはすっかりなくなり、60歳以降もこれまでつちかったスキルや経験を活かして働く、体力や気力がある間は働くという意識やライフスタイルへ転換してきています。このような情勢をふまえ、70歳までの就業機会確保が来年(2021年)4月施行で努力義務となります。  この努力義務にはすでに解説した「定年廃止」、「定年延長」、「継続雇用」のほか、「他企業への再就職支援」、「継続的な業務委託」、「社会貢献活動への従事」ができる制度の導入が盛り込まれ、従来よりも幅広い選択が可能となっています。注意しておきたいのが、定年の最低年齢は60歳のままで、定年年齢の引上げに直結しているわけではありません。ただし、過去の経緯から見られる通り、努力義務から雇用義務へ、それにともない定年の引上げとなることは十分に想定されます。会社にとっては70歳雇用延長または65歳定年引上げを前提とした社員のキャリアプランや人事制度の見直しが今後は重要課題となると考えられます。また、本人にとっても、どのようなスキルを武器にいかに活躍していくかという長い目で見たキャリア形成を真剣に考える時期がきているともいえます。 ☆  ☆  次回は定年退職に密接にかかわる「退職金」について解説する予定です。 ※ 長澤運輸事件……定年退職後、嘱託社員として再雇用された社員らが、職務の内容は正社員時代と同一であるにもかかわらず、正社員と比べて2割程度低い賃金とされたことについて、労働契約法第20条に違反し無効であると主張していた事件 第3回「退職金」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者ならおさえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  第3回目に取り上げるのは「退職金」です。昨年、金融庁金融審議会のワーキング・グループの報告書(「高齢社会における資産形成・管理」)をめぐって、老後2千万円*竭閧ニして話題になりました。また老後の生活資金の問題について書かれている書籍もたくさんあり、平均寿命の延びに合わせて、退職後の資金についての関心が高まっていることは間違いなさそうです。 退職金の種類はさまざま  退職金とは、退職した社員に支給されるものであることは読んで字の通りなのですが、種類は多岐にわたります。細かい制度区分を説明すると複雑になるので、基本的なところをおさえておきたいと思います。 @支給方法  「退職一時金」と「退職年金」の二つの方法があります。一時金の方は一括で支給されるもの、年金は分割で支給されるものです。一般的には高額の退職金を退職時に一気に受け取るイメージで語られており、統計上も一時金で支給している会社が7割程度で、年金のみで支給している会社はわずかです。ただし、一時金と年金を併用している会社も一定程度あります(図表)。一括支給だけだと、生活費ではなく臨時収入として早期に使い果たしてしまうこともあり、併用の方が社員の生活設計に配慮した支給方法といえます。 A積立・運用方法  企業はその年に発生する退職金を毎年調達するわけではありません。一定のルールに従って積み立て、運用して退職金支給の準備をします。代表的なものとしては「確定給付」と「確定拠出(企業型)」があります。確定給付とは、あらかじめ将来の給付額を決定し、その給付額をまかなうために必要な掛金を企業が準備し、運用するものです。運用がうまくいかずに給付額が準備できなくなると、企業が補填する必要があります。一方、企業が準備するのは掛金のみなのが、確定拠出(企業型)です。こちらは、企業が準備した拠出額を社員個人が運用するため、給付額は個人の運用次第ということになります。確定給付とは異なり、運用がうまくいかなかった分を企業が補填する必要がないため、企業の負担は軽くなります。社員にとっても個人別の口座で運用するので、定年前に退職しても個人型の確定拠出年金(iDeCo(イデコ))や転職先の企業が確定拠出(企業型)の制度を有している場合、その資金を移管して運用し続けられるメリットもあります。なお、確定拠出(企業型)は2001(平成13)年に開始された制度で歴史は浅いですが、2018年時点での東京都の導入状況を見てみると、45・1%と、確定給付型44・5%に対して拮きっ抗こうしています(東京都「中小企業の賃金・退職金事情」2018年)。 B算定方法  退職金算定方法の基本形は、勤続期間連動です。勤続期間が長い=積立期間が長いため、長く勤務したほうが退職金の額が大きくなるのが一般的です。そのため、算定方法としては退職時基本給に勤続年数や勤続年数ごとに設定された係数を乗じて計算する方法がかつては主流でした。しかし、基本給をベースアップした際に連動して退職金も上がってしまうなどの予期せぬ副作用≠烽り、基本給ではなく別の算定基礎額を使う「別テーブル方式」や、等級や役職によって毎年のポイントが決定し、その集計によって支給額が決定する「ポイント式」を用いたりするケースも増えています。 退職金支給の意義は三つ  さて、この退職金ですが、法律で支給が定められたものではありません。統計上、3割程度の会社が制度を有しておらず、企業規模が小さくなるほど導入率は低くなります(図表)。退職金の平均額は統計上、企業規模や学歴によって異なるのですが、例えば2018年の就労条件総合調査(厚生労働省)によると、35年以上勤務の一人あたり給付額は大学・大学院卒で、企業規模計で2173万円、100〜299人規模でも1785万円という金額にのぼります。この金額は、企業側にすると人件費上ではかなりの負担になるのは間違いないのですが、制度があること自体が当然で、なぜ退職金を支給するのかを考える機会は少ないと思われます。  退職金支給の意義ですが、「生活保障」、「功労報奨」、「賃金後払い」の三つがあるといわれています。生活保障については、家族手当などと同様に社員の生活を会社が支えるという考えが根底にあります。功労報奨とは、勤続期間全体を会社への貢献とみなし、その還元を長期インセンティブとして退職時に行うというものです。賃金後払いについては、実務的には本来毎年支払うべき給与から一定額を拠出して、退職金用に積み立てていくという設計上の事情が背景にあります。このようにみると、日本の雇用の特徴といわれる「終身雇用」、「長期勤続」を前提とした制度であるといえます。そのため、ベンチャー企業などでは長期勤続を前提とせず、退職金制度を設けずに、掛金分を前払いとして、給与に乗せているケースもあります。  しかし、社員側が退職金を含めてトータルで報酬全般をとらえることはありません。若年層にしてみると、退職(特に定年退職)は遠い先の話であり、退職金の水準よりも単年度の年収が高い方が魅力的に映ります。一方、40歳を超えるあたりから、老後の生活設計を含めて退職金の額が初めて気になるくらいのものであり、退職金の意義が十分に伝わっていないことも否定できません。人生100年時代を見すえると、生涯報酬や老後の働き方とセットで退職金の在り方や支払い方も議論し、社員に伝達する必要があるのではないかと筆者は考えています。 ☆  ☆  次回は働き方全般にかかわる「キャリア」について解説する予定です。 図表 退職金の支給の方法 (単位:社、%) 集計企業数 制度あり 退職一時金のみ 退職一時金と退職年金の併用 退職年金のみ 制度なし 無記入 調査産業計 1,060 (100.0) 756 (71.3) 〈100.0〉 574 〈75.9〉 156 〈20.6〉 26 〈3.4〉 256 (24.2) 48 (4.5) 10〜49人 618 (100.0) 398 (64.4) 〈100.0〉 332 〈83.4〉 56 〈14.1〉 10 〈2.5〉 195 (31.6) 25 (4.0) 50〜99人 279 (100.0) 221 (79.2) 〈100.0〉 157 〈71.0〉 56 〈25.3〉 8 〈3.6〉 43 (15.4) 15 (5.4) 100〜299人 163 (100.0) 137 (84.0) 〈100.0〉 85 〈62.0〉 44 〈32.1〉 8 〈5.8〉 18 (11.0) 8 (4.9) 出典:東京都「中小企業の賃金・退職金事情」(2018年) 第4回「キャリア」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者ならおさえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回で連載4回目となります。第2回「定年」、第3回「退職金」と、60歳以降に大きくかかわるものを取り上げてきましたが、今回は少し視野を広げて職業人生や働き方全般にかかわる「キャリア」と、関連する用語について解説していきます。 「キャリア」の定義はむずかしい  「キャリア」という用語は、さまざまな場面で目にする機会が多い用語です。ただしあらためて定義を問われると、なかなか明確には答えにくい用語の一つだと思います。インターネットなどを見てもさまざまな定義が出てきます。  少し古い資料ですが、2002(平成14)年に厚生労働省が発表した「キャリア形成を支援する労働市場政策研究会」報告書というものがあります。ここではキャリアを一般に「経歴」、「経験」、「発展」さらには、「関連した職務の連鎖」などと表現し、「時間的持続性ないし継続性を持った概念」と定義しています。少々回りくどい表現になっていますが、端的には「職務や関連する活動による経験」といえるでしょう。  ポイントは報告書の定義にあるように時間的な継続性が含まれる点です。このため、理想的なキャリアの積み方を企画する「キャリアデザイン」や、職務経験などを通して個人の能力開発をうながしていく「キャリア形成」は、中長期的な時間軸が必要な要素となってきます。個人が歩んできた職業やスキル習得も含めた経験が、将来の生き方に影響を与えることは実際にあります。  例えば、筆者の話で恐縮ですが、大学卒業直後に入社したのは出版社で、8年経ってからまったく経験したことのない人事関連のコンサルティング会社に入社しました。ここで直接的には職業経験は一度途切れていますが、日常的に文章を書くことが多いコンサルタント業務をするうえで、出版社時代の文章の書き方や、校正の経験が非常に役立っています。ずいぶん関係ないところで影響するものだと自分でも思いますが、キャリアの中長期的な時間軸からすると不思議なことではないのかもしれません。 キャリアへの関心の高まり  以前から働く人にとってキャリアは関心事の一つでしたが、近年「人生100年時代」を背景として、キャリアについての関心がさらに高まっていると感じます。かつては若年層がいかによい会社に入るか、希望の仕事をするかといった文脈で語られることが多かったのですが、近年は定年や寿命の延びに関連して、職業人生を含めた人生全体を、いかに充実したものにするかという広いとらえ方になってきています。  例えば、会社の選び方も「就社から就職へ」といわれることがあります。この場合の「就社」は、終身雇用を前提に安定性や将来性のある会社に入社することに関心がもたれていますが、「就職」は就いた職務により、経験やスキルを積み、それを活かして自身が望む仕事や生き方ができるのであれば、転職や独立も選択肢に含まれるという考え方です。  「平成31年度新入社員『働くことの意識』調査結果」(図表1)によると、特徴的なのは会社の選択理由として「能力・個性を生かせる」、「仕事が面白い」が半数超の回答で、「会社の将来性」という回答は長期にわたって減少傾向を示しているうえに、もっとも低い回答になっています。各社の採用ホームページなどを見ても、会社の素晴らしさよりも、どのような経験を積めるか、自身を活かせるかという点で訴求しています。  これは高齢者雇用でも同様です。経済産業省が作成した「『人生100年時代』の企業の在り方」(2017年)という資料で、よくまとめられています。要旨は、従来のキャリアは終身雇用を前提に会社がつくるものでしたが、これからは社員が自律的にキャリアをつくり、独立や転職などの社外転身も視野に入れるというものです。本資料でも指摘されていることですが、社内のほかのだれかに代替が利きやすい仕事をしているかぎり、高齢者雇用では定型作業や雑用などの「低付加価値労働」のにない手として位置づけられます。  一方、社外も見据えたキャリア形成をしていくのであれば、社外でも通用するスキルや専門性を習得していかなければならず、それを武器とすれば社内で継続的に働く場合でも、60歳以前と同じような働き方をし続けることができることになります。  本連載第2回にも記載した通り、法改正による70歳までの就業機会確保の努力義務(2021年4月施行)で、定年廃止・定年延長・再雇用に加えて、「他企業への再就職支援」、「継続的な業務委託」、「社会活動への従事」が追加されました。これは選択肢が広がる一方で、特に他企業への再就職や業務委託は同一会社での継続雇用よりもより難易度が高く、キャリアに対する意識を変えて自身の得意領域を明確にしていかないと、現実的にはむずかしい領域となります。 会社としてのキャリア開発支援が重要  ただし、誤解のないようにしておきたいのは、キャリア形成を本人任せにするという意味ではありません。会社として支援することは引き続き重要です。従来は会社が最適な視点で社員へ職務を付与し、60歳や65歳で雇用関係が終了すれば後は関係ないというスタンスが一般的でしたが、今後は長い就業期間や雇用関係の終了後も見据えて、どのようなスキルや能力を習得して働くことが会社にとっても本人にとってもよいのかを、ともに考えていくようなスタンスに変えていく必要があります。会社が施策を打って習得を支援する場合は「キャリア開発支援」と呼びます。  キャリア開発支援にはいくつもの方法があります。一般的な施策として、まずは「ジョブローテーション」があげられます。社員に複数の職務を経験させるものです。これは日本企業の人材活用の特徴として、かなり昔から行われています。  近年はいくつもの職務を経験させることは専門的なスキル習得の妨げになるとして否定される向きもありますが、本人の適性を見極め、また仕事や視野の広がりを持たせるためにも重要な施策です。自身が向いていると感じていることと、実際にできることには少なからず乖離(かいり)があります。これは実際に経験してみないとわからないことです。また、長年同一職務しか行っていない場合、どうしても視野が狭くなります。製造系の会社で本社の管理部門の社員を工場に一定期間配属させることがありますが、この目的は現場目線の獲得にあります。ジョブローテーションが無駄なもの≠ニして感じられる場合は、無計画に行っているか、ローテーションの意図を本人に伝えていないことなどが理由として想定されます。  次にあげられる施策には「フィードバック」があります。業務に関する取組みや行動について、よかった点や改善点を明らかにして、本人に伝えることです。人事評価の結果について上司が部下に伝えるのが、多くの会社にあるフィードバックの機会です。  フィードバックの目的は、本人の行動改善や動機づけをすることで成長をうながすことにあります。しかし、一方的に伝えるだけでは成長につながらない、お説教のようになりかえって逆効果という声もあります。そこで、近年では上司・部下間で本人のキャリアや成長について定期的に話し合う「1on1(ワンオンワン)」という取組みを行っている会社もあります。  キャリア開発において話合いは重要で、先ほどの工場への異動の例をとってみても、異動の意義が本人にしっかり伝わっていれば、工場勤務は視野を広げるために重要な経験になりますし、意図が伝わらず本人の意にも沿っていない場合は、本人にとっては無駄な期間になってしまいます。  会社が考える適性配置やジョブローテーションと、本人の希望がかみ合わないことは多々ありますが、その溝を埋めていくのは対話による意識のすり合わせであるといえます。  施策の最後としてあげられるのは「キャリアパス」の設定です。キャリアパスとは社内で社員が目ざすことのできる役職や職務などを明らかにして、そこに向けてどのような経験やスキルが必要か過程を示すものです。  わかりやすいのが、人事制度で「マネジメント職(管理職)」と「専門職」の二つを目ざせるとして「複線型のコース制度」を用いている会社です。  この場合は管理職になり課長・部長と職位を上げていくほかに、自身の職務の専門性を磨けば、部課長と同等の処遇で働くことができることを示しています。そこに至るまでに「等級」という複数段階のステップがあり、等級ごとにどのような能力を身につけ役割を果たせばよいかなど定義が定められ、それをクリアしないと上のステップに上がれない仕組みになっています(図表2)。特にマネジメント職には適性があり、プレーヤーとしては優秀だが課長として組織運営や部下サポートをやらせたら向いていなかったというのはよくあるケースです。このため、課長に就任させる前に小規模組織の運営やプロジェクトリーダーを経験させて、適性を見極めるという取組みをしている会社もあります。 セカンドキャリアを意識する  人生100年時代を見据えたキャリアを考えた場合、会社のキャリア支援策をただ受け止めるだけではなく、加えて「セカンドキャリア」を意識して自身の武器となるスキルや能力を高めていくことを、本人が主体的に行うことが必要です。  セカンドキャリアとは、第二の職業人生≠ニ説明されることが多いですが、より長い期間で考えると生き方をどうするか≠ニいう、より広い視野に立つものになります。かつてはセカンドキャリアといった場合、55歳あたりから考えるものとしてとらえられていましたが、近年では遅くとも40代から意識するものという認識が広まっています。書店でよく見かける○歳から考えるキャリア≠ニいった書籍も、対象年齢が早まってきています。  人生が長くなったのに、セカンドキャリアを考えるのが早まっているのは一見矛盾しているようですが、考える内容が大きく異なっています。55歳あたりから考えるセカンドキャリアは、退職までの働き方や退職後の過ごし方、資金計画などがおもな内容でした。一方で近年の内容は、いかに長く活躍するか、充実した人生を生きるかに主眼が置かれています。  先に述べたように、同じ会社で働き続ける、違う会社で活躍する、起業して働けるかぎり働く、働くだけでなく地域や社会に貢献するなど、さまざまな選択肢が視野に入ります。退職後、喪失感によりやる気をなくす、やることがなくなるなどの声もありますが、あらかじめ自身にとって最適なセカンドキャリアを考え、準備ができていれば、退職いかんにかかわらず充実した人生を送ることができるのではないでしょうか。  そのため、「セカンドキャリア研修」を実施して意識づけをしたり、他社での豊富なキャリアを持つ就業意欲のある方を積極的に採用し、活躍の場を提供するなど、会社としての役割も高まっています。 ☆  ☆  今回は「キャリア」について解説しました。次回は、雇用延長とも密接に関連する「賃金カーブ」について取り上げる予定です。 図表1 会社の選択理由(主な項目の経年変化) 会社の将来性 技術が覚えられる 仕事が面白い 能力・個性が生かせる 出典:「平成31年度新入社員『働くことの意識』調査結果」(公益財団法人日本生産性本部) 図表2 ジョブローテーションとキャリアパス <等級> 5級 4級 3級 2級 1級 職種 営業 事務 製造 総合職/専門職分岐 キャリア選択期間 (職種内異動が主) ジョブローテーション期間 (職種間異動を含めさまざまな仕事を経験) 第5回「賃金カーブ」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者ならおさえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  第5回目は「賃金カーブ」です。賃金カーブは、日ごろ聞きなれない用語かもしれません。図表を見るとわかりやすいですが、横軸が年齢、縦軸が給与の水準を示したものです。年齢や勤続年数に応じた給与の上昇傾向といえます。 賃金カーブの基本は右肩上がり  年齢や勤続年数を重ねると、給与は上昇していくものというのが一般的なイメージですが、それが本当かと疑問に思ったことはないでしょうか。あたり前のことのようですが、実はこの問いは、筆者がまだ駆け出しコンサルタントのころに、お客さまから受けたものです。それまで給与は年を重ねると上がるもの≠ニ思い込んでいたため、答えに窮きゅうした覚えがあります。  実は年齢や勤続年数によって賃金カーブが上昇するのは、一部の属性といわれています。図表を見ていただくと一目瞭然ですが、男性は50代半ばまで上昇しますが、女性の上昇傾向は明確ではありません。誌面の都合上、いろいろなグラフを載せることはできませんが、例えば、いわゆる正社員は上昇傾向ですが正社員以外は横ばい、金融・保険業は大きく上昇傾向ですが、サービス業関連は緩やかな上昇になっています。関心のある方は「令和元年賃金構造基本統計調査の概況」(厚生労働省)を見ていただくと、複数の切り口で賃金カーブのグラフが掲載されており、傾向が把握できると思います。給与が上昇するというのは男性・正社員・一部の企業にはいえることですが、他の属性では必ずしもそうではないということが分かります。  人事の世界では、一般的にイメージされていることと実態が必ずしも一致しないことがありますが、その一例といえます。一方でイメージ通りなのは、男性のグラフで比較するとわかりますが、20年以上前と比較して、全般的に賃金カーブは低い水準にあります。これは、バブル経済崩壊以降に男性の雇用形態が正社員以外に分散したことや、次に述べる昇給やベースアップを抑制してきたことが影響しています。 給与はなぜ上がるのか  傾向を把握したところで、賃金の上がる方法について説明します。大きな要素は「昇給」、「ベースアップ(ベア)」、「最低賃金の改定」の三つです。「昇給」は、能力レベルの向上や年間の勤続に報いて給与が一定額(率)増える仕組みをさします。年に1回行われることが多いため「定期昇給」と呼ばれることもあります。昇給のある会社では一般的には給与の最大額と最小額を定めた「給与テーブル」があり、その範囲内で給与を上げていくことになります。  次の「ベースアップ」は、給与テーブル自体を底上げする行為です。テーブル自体が引き上げられるので、適用される社員も全員、同額(率)上がるのが基本です。日本経済団体連合会(経団連)が公表している「昇給・ベースアップ実施状況調査結果」(2019年)を見ると、2013(平成25)年まではベースアップはほぼ実施されていませんが、2014年以降は調査企業の半数程度がベースアップを実施しています。ベースアップの本来の目的である物価上昇への対応が、長引くデフレ経済により不要になっていましたが、2014年以降は成長戦略の一環として政府主導で推進されたことに起因しています。  最後に「最低賃金の改定」です。最低賃金は1時間あたりの給与(時給)の最低額を示したものであり、毎年10月に改定されるのが通例となっています。基本は都道府県別に定められ、一部産業別に定められています。2019(令和元)年10月の改定では、全国加重平均では874円から901円へと約3%のアップでした。2018年10月の改定も同様の傾向であり、先述の経団連調査によると昇給・ベースアップなどを合わせた給与の引き上げが2%程度であるのに対し、毎年比較的高い推移での見直しが図られています。しかし、本稿を執筆している8月時点では、2020年の改定は新型コロナウイルスによる景気悪化の状況を受けて、現状程度にとどまることが想定されています。 高齢者雇用と賃金カーブ  最後に高齢者雇用と賃金カーブの関係について見ていき、本稿を締めくくりたいと思います。図表を見ていくと、50代半ばをピークにカーブが引き下がっています。これは後進に道を譲ることを目的に役職を外れ、その分の給与が減額される「役職定年」や、昇給停止の制度が50代に設けられていることなどが要因となっています。  また、図表のグラフからは読み取れませんが、60歳でカーブが落ち込み、それ以降は横ばいになっています。60歳以降の雇用は約8割の会社が1年更新の再雇用制度を採用しており、雇用の継続性がない前提で、昇給制度を設けていないことに起因しています。モチベーションの観点や、ほかの年齢層との公平性の観点から、これらの施策をあらためるべきとの意見がある一方で、今後のさらなる雇用延長を見据えると、人件費全体の検討が必要です。  そのため、カーブの上昇を緩やかにする分、高齢者雇用における水準落ち込みも緩やかにするカーブ全体の見直しに取り組んでいる会社も増えてきています。 ☆  ☆  今回は「賃金カーブ」について解説しました。次回は、高齢者雇用においても必要性が高まっている「人事評価」について取り上げる予定です。 図表 性別、年齢階級による賃金カーブ 各調査年の男女計「20〜24歳」の平均所定内給与額=100 男性1976年 男性2019年 女性2019年 女性1976年 女性1995年 男性1995年 注1:1976年、1995年、2019年の各調査年での男女計の「20〜24歳」の平均所定内賃金額を100としたときの各年齢階級の平均所定内給与額をあらわしている 注2:19歳以下と60歳以上では調査年により年齢階級区分が異なるため、労働者数ウェイトを用いて区分を統合した値を推計した 出典:労働政策研究・研修機構(資料出所:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」)https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0405.html 第6回「人事評価」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者ならおさえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  第6回目に取り上げるのは「人事評価」です。おそらく、人事関連の用語のなかでもっとも浸透しているものだと思います。簡単にいうと、定められた基準に基づき、優劣を判定することです。会社が人事評価を仕組み化する場合、業務上の成果や本人の能力、仕事に取り組む姿勢、日常行動などの「評価項目」別に基準を定め、判定します。その評価の結果を昇給や賞与、昇格・昇進(俗にいう出世=jなどの処遇変更に反映させることが一般的です。  高齢者雇用においては、特に継続雇用・再雇用の場合は1年間という短期的な契約が多いため、これまでは人事評価を実施しないのが主流でした。しかし現在では、60歳以降の社員に対しても50%以上の会社が人事評価を実施または実施検討中であり、うち60%程度の会社が報酬改定に活用している状況にあります(労働政策研究・研修機構『高年齢者の雇用に関する調査』2020年)。高齢者の活躍推進にあたり、人事評価の正しい理解と運用が重要となっています。 絶対評価と相対評価  ここからは、人事評価を運用するうえでポイントとなる点について解説していきます。まず、必ず押さえておいていただきたいのが、「絶対評価」と「相対評価」の違いです。  絶対評価とは、定められた基準に対しての達成度合いで優劣を判定するものです。例えば、半年間で5千万円の売上げを達成することがAさんの目標の場合、5千万円の売上げがあれば標準、6千万円なら優秀、4千万円なら劣った評価となります。一方で相対評価とは、比較によって優劣を判定することです。先ほどの例であれば、Aさんに5千万円の売上げがあっても、Bさんが7千万円、Cさんが1億円だった場合、Aさんはもっとも劣った評価になります。  このように書くと、絶対評価で評価すべきですねといわれそうですが、そう単純な話ではありません。たしかに、評価される側(被評価者)のモチベーションや客観性といった面を考慮すると絶対評価の方がよさそうですが、処遇変更の判断に使う場合は、絶対評価だけでは運用しきれない部分が出てきます。先ほど出世≠ニ書きましたが、これが一番わかりやすいと思います。課長→部長→役員→社長になるにつれ、人数としては絞り込んでいかなければなりません。「絶対評価がよいので、社長が5名います」、という会社はありません。ここには、比較してだれがもっともふさわしいかという判断が必ず出てきます。人件費の面でも同じです。絶対評価が全社員よくても、社員を比較して優秀な順に配分しないと昇給予算に収まらない場合があります。このように、定員を意識すべき場合は相対評価とするのが妥当ということになります。  人事評価制度導入の目的は、人材育成と処遇の決定(「査定」ともいいます)とよくいわれます。人材育成には、基準に対してできた点と改善点を明らかにして、本人と話し合うのが有効です。しかし、処遇に結びつける際には、実務上定員を意識して相対評価で決定していきます。 定量評価と定性評価  「定量評価」と「定性評価」についても、特徴を押さえてうまく使い分けることが、人事評価の運用上のポイントになります。定量評価は、判定の基準を数値化したものです。先ほど述べた目標5千万円のケースであれば、5千万円に対してどの程度超えたか、足りなかったかで評価が決まります。  一方で定性評価は、数値で判断できない貢献や、業務プロセスなどを評価するものです。例えば、AさんとBさんともに売上げ5千万円の場合は、定量評価では標準評価となりますが、商圏の難易度という定性評価も加味すると、難易度が低いAさんよりも、高いBさんの方が高評価となります。  仕事の内容によって、定量評価と定性評価の向き不向きがあります。営業職の場合は売上げや利益の数値目標の達成が主なミッションとなるため、数値による評価が容易です。一方で、人事担当や事務職にはむずかしい面があります。例えば、自社で活躍できる人材の獲得が採用上のミッションであるにもかかわらず、採用者数で評価することが前面に出ると、自社には向かない人材まで採用するという行動をとってしまい、本来の目的とのミスマッチが起きてしまいます。また、事務処理をミスなく期日通りに行う業務に従事している場合など、そもそも判定の基準を数値化しにくい仕事は実際にあります。  このような場合は、客観性のみを重視して無理に定量評価するのではなく、目ざしてほしい状態や行動を評価者と被評価者でよく話し合い、合意して、定性的に評価していくのが望ましいといえます。 人事評価はとてもむずかしい  概念的な整理よりもむずかしいのが、実際の人事評価運用です。モチベーションや処遇に影響することから、被評価者の納得度の高い人事評価が望まれますが、どんなに追求しても完成形がありません。二つの主な理由があると筆者は考えています。一つ目は、そもそも人それぞれ異なる仕事や環境、保有している能力のなかで、統一の基準での評価は困難ということです。もう一つは根本的な話になりますが、人が人を評価するのはそもそもむずかしいということです。評価が厳しい・甘いなどの評価の傾向は、人の価値観や性格の影響から免れないといわれていますし、日ごろの評価者・被評価者の関係性が良好でない場合は、評価者がどんなに客観性に配慮して評価しようとも、被評価者からすると評価者への不満が評価そのものの納得度の低さにつながっていくからです。  高齢者雇用においても同様で、元の部下がマネジメントを行っている場合などは、評価する側とされる側の立場が逆転します。その状況に高齢者側は抵抗感を持ち、評価する側はやりにくさがあるという話がよく出てきます。これについては、一人の上司が評価を決定するのではなく、複数の評価者の合議で評価を決定する、客観的判断がしやすい定量評価中心とする、評価者訓練などで評価者・被評価者の両者に定期的に意識づけをするなど、お互いが受け入れやすい状況をつくり出すことも必要となります。 ☆☆  次回は、今回出世≠ニいう言葉で表現した「昇格・昇進」について取り上げる予定です。 第7回「昇格・昇進」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。 「昇格」と「昇進」の違い  「昇格」と「昇進」は言葉も似ていますし、混同されることが多い用語です。文章だけで理解するのはむずかしいので、「等級体系」を表した図表を使って説明します。等級については連載第1回(本誌2020年6月号)の「人事制度」で解説しましたが、求められる役割や業務に必要な能力を定める区分のことです。図表では1等級〜M2等級までの記号で書かれた部分になります。1等級が求められる役割や能力のレベルがもっとも低く、上の等級に移動するほど高くなります。この上への移動を「昇格」といいます。各社員を本人のレベルにあった等級に配置しますが、等級=格とみなして「格付」と呼ぶこともあります。  一方で「昇進」は図表では「役職」と書かれた部分にかかわってきます。役職は権限や裁量の程度を示すものになります。こちらも下の課長補佐の権限や裁量がもっとも小さく、上の役職になるほど大きくなります。この役職が上がっていくことを「昇進」と呼びます。まずは、この昇格と昇進の違いを押さえておいてください。なお、昇格・昇進とは逆に下がっていくことを「降格・降職」と呼びます。 昇格・昇進とポスト  ここまで解説したところで、等級と役職が分かれているから複雑になるのであって、等級・役職、昇格・昇進を一体化したらよいのではないかと疑問を感じる方もいるかもしれません。しかし、「ポスト」という観点から一体化はむずかしいといえます。ポストとはいろいろな解釈のある用語ですが、人事では組織の責任者(組織長)≠ニとらえて間違いはありません。例えば、組織図上の部組織の長は役職では部長となります。組織長は1名でないと指揮命令系統(「レポートライン」とも呼びます)が混乱するため、部長も1名となります。ところが、ポストにはかぎりがあります。だれかが組織長になるとしばらくはほかの社員が昇進できず、報酬も上がらないという現象が起きます。そこで、図表のように部長と同格だが、組織長でない「担当部長」という役職を置いて処遇することがあります。組織長ではないが、部長並みに重要な役割をになう役職です。この場合は部長も担当部長も同格(同じ難易度の役割をになう)であることを示すために、等級というレベルを示す区分が必要となります。また、役職者未満(図表では「一般職」)であっても、だれが組織長の候補者としてのレベルに達しているかを判断するために、等級による区分が必要です。図表の場合、課長の候補者となり得るのは5等級に配置されている人材ということになります。このように、実際の役割に則しているのは役職ですが、その役職の就任に該当するレベルの人材を同等級に配置したほうが、機動的に運用できるという理由から、等級・役職、昇格・昇進は分離することになります。 「管理職」と「管理監督者」は異なる  課長・部長などの組織長への昇進、もしくは対応する等級に昇格すると「管理職」と呼ぶ会社が多くあります。文字通り組織を管理する立場になるため、このように呼んだりするのですが、労働基準法第41条の「管理監督者」とは異なるという点に注意が必要です。この二つも昇格・昇進並みに混同されて使われているため、本稿で触れておきます。厚生労働省の『労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために』(2008年)というパンフレットには、「『管理監督者』は労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者をいい、労働基準法で定められた労働時間、休憩、休日の制限を受けません。『管理監督者』に当てはまるかどうかは、役職名ではなく、その職務内容、責任と権限、勤務態様等の実態によって判断します」とあります。  管理職と呼んでいる役職者には、要件を満たしていないにもかかわらず、管理監督者とみなして時間外手当や休日出勤手当を支給しないケースも見られます。真に管理監督者であれば支給対象外ですが、そもそも管理職が管理監督者に該当しないとなると「賃金未払い」の状態になるため注意が必要です。自社の管理職が管理監督者に該当するかどうか疑問に感じる場合は、弁護士や社会保険労務士などの専門家へ相談することをおすすめします。 高齢者雇用と昇格・昇進  昇格・昇進の話に戻ります。多くの会社では50〜55歳あたりで昇格・昇進がストップするのが一般的で、一定年齢に達すると役職から外れる「役職定年」を導入している会社もあります。少なくとも定年時には役職を外れたうえで、再雇用へと切り替えることがほとんどです。そのため、60歳以上の雇用については役職も昇格・昇進もない状態が多く見られます。しかし、本来は後進に道をゆずる意味も込めての措置でもあったところ、昨今の人手不足により代わりの人材がいないという事情もあります。また、今後の70歳までの長期雇用を見据えると、昇格・昇進と年齢を切り離して考えた方がむしろ現実的な対応となり、本人のモチベーションに寄与する可能性にも触れておきたいと思います。 ☆  ☆  今回は「昇格・昇進」について解説しました。次回は、最近話題になることが増えている「諸手当」について取り上げる予定です。 ※ 第1回(6月号)〜第6 回(11月号)はホームページでご覧になれます。 エルダー 人事用語辞典 検索 図表 等級体系 管理職 一般職 〈等級〉 昇格 M2等級 M1等級 5等級 4等級 3等級 2等級 1等級 〈役職〉 昇進 部長 担当部長 課長 担当課長 課長補佐 出典:筆者作成 第8回「諸手当」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回取り上げるのは、最近話題になることが増えている「諸手当」についてです。手当の前に諸≠ェついているように、手当には多くの種類があります。会社勤めをしているほとんどの方の給与明細には、何かしらの手当項目があると思います。それにもかかわらず、従来それほど注目されてこなかった手当ですが、最近は「人手不足への対応」、「テレワークの拡大」、「同一労働・同一賃金への対応」という三つの観点からあらためて注目されているように感じます。 手当とは何か  手当には、「住宅手当」のように支給目的に関する用語をつけるのが一般的で、ある意味わかりやすい給与項目です。そのため、手当の項目を見るとどのような会社なのか≠ェみえてくるといっても過言ではありません。  手当とは簡単にいうと「基本給」以外に支払われる給与項目のことです。それでは、基本給とは何かという話になると、厚生労働省が毎年発表している就労条件総合調査では、「毎月の賃金の中で最も根本的な部分を占め、年齢、学歴、勤続年数、経験、能力、資格、地位、職務、業績など労働者本人の属性又は労働者の従事する職務にともなう要素によって算定され支給される賃金」と定義されています。基本給は労働に従事しているかぎり必ず支給されるものですが、手当は条件次第で支給されるものといえます。この条件については就業規則や給与規程などで、どのような場合にいくら支給されているかを明記しておくのが原則となります。 手当は支給目的が重要  それでは、なぜ給与は基本給だけでなく、手当を切り出しているのかについて見ていきたいと思います。図表をご覧ください。ここに記載されている項目がおおよその手当の種類となります。ここにも「勤務手当」、「生活手当」という記載がありますが、手当は支給目的が重要なため、筆者の解釈も含めてもう少し細かく分類してみたいと思います。  @職務の重さや困難さに対する報奨(役付手当、特殊作業・勤務手当)、A技能・技術習得者の確保(技能手当、技術(資格)手当)、B着実な勤務・出勤の促進(精皆勤手当、出勤手当)、C実負担の代替(通勤手当)、D生活の支援(家族手当・扶養手当・育児支援手当・住宅手当・単身赴任手当・別居手当・食事手当)、E地域の物価や事情への配慮(地域手当・勤務地手当・寒冷地手当)の六つです。  これらの手当については、法律上で支給を定められているものはありません。そのため、あえて支給している手当に会社の考えや置かれている状況が表れることになります。例えば、Aが手厚いのは特殊な技能が必要な会社、Dは社員の中長期的な勤務を望んでいる会社、Eは事業所のある地域が分散している会社などです。これらの事情がない、もしくは明確なポリシーのもと、通勤手当以外は基本給で一本化している会社もあります。  なお、実務的な背景として、基本給の高さと賞与額や退職金が直接連動している会社がその額を抑えるために、給与総額は変えずに基本給と手当を切り分けていたケースもあることは押さえておいてもよいでしょう。 手当に関する動向  手当の支給割合や支給額などは、図表で扱った就労条件総合調査(厚生労働省)のほかに、職種別民間給与実態調査(人事院)、賃金事情等総合調査(中央労働委員会)などでも大きく扱っており、かつ一般公開されているため単年度の傾向が把握できます。手当全体の増減傾向については、「就労条件総合調査」の「過去3年間の賃金制度の改定内容別企業割合」において「手当を縮減し基本給に組入れ」が平成26年調査計で4・5%、平成29年調査計で11・1%となっており、縮小傾向といえます。一方で、世間の動向には一方的に縮小とはいい切れない動きも出てきています。  まずは「人手不足への対応」についてですが、就労人口の減少もあり、特に若手の採用が困難ななかで、給与額の底上げや従業員を大切にする会社≠ニのイメージを打ち出すことを目的に、家族手当(特に子ども部分)や住宅手当の新設・拡充に取り組む会社も出てきています。  次に「テレワークの拡大」ですが、新型コロナウイルス感染症予防対策の一環で、自宅などオフィス以外の場所で勤務する、テレワークを導入している企業が2020(令和2)年に一気に増えました(東京都の「テレワーク導入実態調査結果」では、導入率57・8%)。手当に関係するのが、通勤手当の廃止(または縮小)と在宅勤務手当の導入です。勤務する場所がオフィスから自宅に変わることで、必要な実負担が自宅の光熱費やインターネット回線にシフトしていることへの対応です。  最後に「同一労働・同一賃金への対応」です。具体的な内容については、厚生労働省のガイドラインや弁護士の判例解説を参照することをおすすめしますが、雇用区分にとらわれず、手当の支給目的と対象者をあらためて検証する動きが活発になっていることについて、本稿でも触れておきたいと思います。定年後の継続再雇用についても同様で、再雇用中は手当不支給として基本給一本にまとめてしまうケースが多かったのですが、特に@職務の重さや困難さに対する報奨や、A技能・技術習得者の確保に関する手当については、説明責任やモチベーション対策、優秀なベテラン確保の観点から、再雇用者であっても支給する動きが強まってきています。 ☆  ☆  次回は柔軟な働き方の促進を目的とした「限定社員」について取り上げる予定です。 図表 諸手当の種類別支給企業割合(令和元年11月分) 複数回答(単位:%) 令和2年調査計 計 100.0 業績手当など(個人、部門・グループ、会社別) 13.9 勤務手当 役付手当など 86.9 特殊作業手当など 12.2 特殊勤務手当など 24.2 技能手当、技術(資格)手当など 50.8 精皆勤手当、出勤手当など 25.5 通勤手当など(1か月分に換算) 92.3 生活手当 家族手当、扶養手当、育児支援手当など 68.6 地域手当、勤務地手当など 12.2 住宅手当など 47.2 単身赴任手当、別居手当など 13.1 上記以外の生活手当(寒冷地手当、食事手当など) 15.3 調整手当など 31.5 上記のいずれにも該当しないもの 13.9 出典:厚生労働省「平成27年就労条件総合調査の概況」より抜粋 第9回「限定社員」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、人材確保に対する施策の一つとして注目されている「限定社員」について解説します。安倍内閣以来、政府により推進されてきた「働き方改革」のなかでも取り上げられており、一度は聞いたことがある言葉だと思います。 限定社員の分類は三つ  「限定社員」という用語は、『勤務地などを限定した「多様な正社員」の円滑な導入・運用に向けて』(厚生労働省)というパンフレットで、以下のようにわかりやすく分類されています。 @勤務地限定正社員:転勤するエリアが限定されていたり、転居をともなう転勤がなかったり、あるいは転勤が一切ない正社員 A職務限定正社員:担当する職務内容や仕事の範囲がほかの業務と明確に区別され、限定されている正社員 B勤務時間限定正社員:所定労働時間がフルタイムでない、あるいは残業が免除されている正社員  要は、勤務地・職務・勤務時間のいずれか(またはセットで)を限定して働くことを想定した社員をさしています。さて、ここで着目していただきたいのは「正社員」としている点です。パートタイマーなどのいわゆる非正規社員の場合は@ABのいずれか(またはすべて)を限定する運用をしているケースがほとんどです。そのため、広い意味では非正規社員も限定社員に該当します。しかし、一般的にはいずれも限定されていないのが正社員の典型的な働き方としたうえで、正社員の働き方に柔軟性を持たせる「多様な正社員」の普及・拡大を推進するのが限定社員という位置づけになります。  Aについてはわかりにくいため補足します。限定のない正社員がある職務に従事したのちに、異動してまったく異なる職務に従事する可能性があるのに対して、定められた以外の職務従事を求められることがない正社員をさします。特定業務のスペシャリストや、医療福祉業・運輸業などで資格が必要とされる職務などが例として挙げられます。 限定社員導入が有効な場合  では、具体的に限定社員はどのようなケースに活用できるかについてみていきましょう。  一つは、子育てや介護などの家庭事情への対応があります。これらの事情を抱えたままの家族帯同での転勤や単身赴任はむずかしい場合、転勤をきっかけとした離職を防ぐ施策として、勤務地限定は有効です。また、介護は平日の昼間に医療施設に連れていくなどの対応が必要なものもあり、フルタイム就労が困難な場合もあります。この場合は、業務負担の軽減を図るために、勤務地・職務・勤務時間のいずれの限定も有効となります。  もう一つは人材の取込みです。かつては、正社員なら辞令による転勤はあたり前というイメージがありましたが、特に若い世代を中心に転勤を望まないという意識が高まっています。例えば、「2019年度新入社員の会社生活調査」(産業能率大学総合研究所)を見ると「一度も転勤せずに同じ場所で働きたい」が36・4%に達しています。これは、全国転勤しか選択肢がない場合には、採用のターゲット層が狭まることを意味しています。また、非正規社員で優秀な人材が正社員転換を望んでも、「フルタイム就業で転勤あり」がハードルになります。そもそもフルタイムがむずかしいのでパートタイマーという働き方を選んでいるケースが多いからです。この場合、勤務地や時間を限定すると正社員転換がスムーズになります。  「限定社員」は、高齢者雇用にも有効です。定年後再雇用の場合は、勤務地や職務・時間を限定して処遇を見直すという運用をとっている企業も多く、これとは別に本人の希望や事情に沿った多様な働き方を提示することで、社内には従来なかった経験やスキルを持ったシニア人材を採用できる可能性が高まります。 限定社員の普及には課題も多い  このようにさまざまな効果が期待できそうな限定社員ですが、「令和元年度雇用均等基本調査」(厚生労働省)によると、令和元年度の時点で制度ありの企業が28・2%と導入が大きく進んでいるとはいいがたい状況にあります。また、同調査の利用者割合を見ると、もっとも多く利用されている勤務地限定正社員で10%程度と低い水準にとどまります(図表)。  導入が進まないのは、人員配置の課題が大きいためと想定されます。例えば、複数部署や拠点を有する会社で、勤務地限定や職務限定が利用されすぎると、欠員が出た場合の補充やローテーションがやりにくくなります。また、管理職層や経営層になるにあたり、異動を通した幅広い視野や経験が必要な場合もあり、限定社員に対してはこのような機会を付与することができなくなります。また、利用率が低いのは処遇の課題が大きいと考えられます。限定されただけ業務や精神的な負担が減るとみなし、その分の処遇を引き下げるというのが一般的な運用です。昇格に上限を設ける、給与や賞与を一定程度引き下げるといった格差です。完全に同一処遇にすると限定のない社員から、格差をつけすぎると限定社員から不公平感を持たれるというジレンマがあります。  人員配置と処遇の課題が一体であり、人員配置のポリシーを明確にしないと、限定社員の導入をどこまで推進するかが見えてこないというのが実際のところといえます。 ☆  ☆  今回は「限定社員」について解説しました。次回は「賞与」について取り上げる予定です。 図表 多様な正社員制度の利用者割合 (%) 男女計 女性 男性 常用労働者計 利用者 女性常用労働者計 利用者 男性常用労働者計 利用者 短時間正社員制度 平成30年度 100.0 2.6(100.0) 100.0 5.0(86.3) 100.0 0.6(13.7) 令和元年度 100.0 2.2(100.0) 100.0 3.8(80.7) 100.0 0.8(19.3) 勤務地限定正社員制度 平成30年度 100.0 10.4(100.0) 100.0 12.2(51.0) 100.0 9.0(49.0) 令和元年度 100.0 9.6(100.0) 100.0 11.8(55.4) 100.0 7.8(44.6) 職種・職務限定正社員制度 平成30年度 100.0 8.5(100.0) 100.0 10.0(48.9) 100.0 7.4(51.1) 令和元年度 100.0 9.3(100.0) 100.0 11.0(53.4) 100.0 7.9(46.6) 注1:多様な正社員制度がある事業所の常用労働者を100として集計した 注2:「利用者」は、平成30年10月1日から令和元年9月30日までの間に制度を利用した者をいう 出典:厚生労働省「令和元年度雇用均等基本調査」 第10回「賞与」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は「賞与」について取り上げます。意外かもしれませんが、3月は賞与となじみ深い月です。期末(決算)賞与の支給や、翌年度の従業員の処遇について経営側と従業員側が話し合う「春闘」の実施がこの時期にあたるからです。 賞与の目的はさまざま  賞与という言葉よりも、「ボーナス」の方をよく耳にするかもしれません。しかし、人事ではボーナスではなく、賞与という用語を使います。ボーナスは何かよかったときのみ支払われる報奨金的な意味合いであるのに対して、賞与はより幅広い目的で支給されるからです。  目的の確認に入る前に賞与の前提に触れておくと、賞与は労働に対する支給義務が法律上定められたものではありません。そのため、賞与という制度を設けるかどうかは企業の自由です。そして、ここがポイントですが、何のために支給するかの目的も企業の設定次第ということになります。先ほど幅広い目的≠ニ書きましたが、おおよそ次の目的といわれています。 @業績の還元:利益などの業績により賞与が増減する仕組みを用いている場合は、この目的に基づいています。業績に連動させることで、業績悪化時には人件費の負担を抑制し、一方で好調時には従業員へより多く還元したいという意図があります。 A生活給の一部:年末や盆などの、支出の多い特別な時期の生活費を支援することを目的としています。賞与が毎年一定程度支給されている場合は、住宅ローン支払いなどの生活設計と連動させやすくなるため、従業員側にすると生活給としての認識が強くなります。 B給与の後払い:本来は「年俸制」にみられるように、従業員に予定している年収を12カ月で分割して毎月の給与で支給すればよいのですが、あえて分割数を増やして給与分の残りをまとめて支払うのが賞与です。これは目的そのものというよりも、@とAを実現するための手段といった方が正しいかもしれません。 賞与の支給方法は目的によって変わる  賞与の支給方法は目的によって変わります。例えば、業績還元にした場合は、営業利益や経常利益などの賞与の総予算(「賞与原資」ともいいます)を決める「業績指標」を定め、そのうちのどの程度を賞与に配分するかをルール化します。ルールが明確で従業員にもしっかり説明されている場合は、業績悪化時には賞与不支給もあり得ますし、業績好調時には相当額の賞与が支給される場合もあります。一方で、生活給的要素が強い場合は、業績悪化時であっても容易には賞与は減額できないことになります。賞与支給の根拠は就業規則・給与規程などに記載することですが、支給を断定する表現や支給水準が明記されている場合には、業績などの事情によらず、その記載に則って支払うのが基本となります。  しかし、業績か生活給かの両極ではなく、図表にあるように一定程度は生活給として固定的に支払う(=最低支給額を定める)が、残りは業績に連動させるという組合せがよくある運用です。また、賞与の支給回数は夏・冬の2回としている会社が多いですが、事業年度の年度末に「期末賞与」を支給している企業もあります。この場合は、夏・冬は固定的、期末賞与は業績還元として、支給か不支給は業績次第という傾向が強くなります。このため、期末賞与を「決算賞与」と呼ぶこともあります。  さらに、業績還元について一つ触れておくと、企業全体の業績だけでなく、個人の業績貢献度である評価結果を反映させ、個人単位の支給額に差をつけるケースが多く見られます。例えば、標準では基本給の1カ月分相当が支給されるところ、評価の高い従業員は1・3カ月分相当、評価が低い従業員には0・7カ月分相当の支給額となるといったものです。このような差をつけるのは、毎月の給与は従業員の生活の安定の観点から大幅な増減は望ましくないものの、賞与は従業員のモチベーション向上につなげるために、メリハリを持たせた支給を柔軟に行うことができるからです。 高齢者雇用と賞与  賞与は法律的な制限が少ないため、企業の意思次第で目的や支給方法を定められます。そのため、従業員に伝えたいメッセージを表現するのに適しています。また従業員との合意が前提ですが、運用の見直しがしやすいというメリットもあります。  高齢者雇用についても同様です。労務行政研究所「高年齢者の処遇に関する実態調査」(平成31年)によると、再雇用者に対して賞与支給のある企業の割合は約77・5%と、幅広い企業で支給されています。しかし、年間賞与の分布状況を見ると、20万円未満が27・8%と低い水準にとどまります。寸志程度の金額で賞与としている企業も実際には見受けられます。  しかし、これは企業の高齢者雇用へのメッセージという観点からは、工夫の余地があるといえます。定年前と同様、またはそれ以上の成果の創出を期待するのであれば、高評価を受けた場合には定年前と同様か、それ以上の賞与を支給する仕組みが考えられます。またチームワークを重視する場合には、業績還元の期末賞与は定年前の従業員と同額の支給を受けるといった措置も必要だと考えます。再雇用者のモチベーション引上げが話題になることがありますが、本人への期待の伝達とともに、賞与の支給方法を見直すことは有効な施策ではないかと筆者は考えています。 ☆☆  今回は「賞与」について解説しました。次回は、「働き方改革」について取り上げる予定です。 図表 賞与の支給方法 【年間2回支給の場合(例)】 夏賞与(100%) 生活給 固定(50%) 業績還元 業績連動(50%) 冬賞与(100%) 固定(50%) 業績連動(50%) 【年間3回支給の場合(例)】 夏賞与(100%) 固定(100%) 冬賞与(100%) 固定(100%) 期末賞与(100%) 業績連動(100%) *実際は、年間2回支給でも1回は業績連動なし、年間3回支給の場合でもすべて業績連動ありなどの組合せもあります 出典:筆者作成