いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第11回「働き方改革」 第12回「昇給とベースアップ」 第13回「健康経営」 第14回「目標管理制度」 第15回「ジョブ・カード」 第16回「役員」 第17回「時間外労働」 第18回「休日・休暇」 第19回「就業規則」 第20回「ワークシェアリング」 第11回 「働き方改革」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は「働き方改革」について取り上げます。働き方改革とは、日本人があたり前と思っていた働き方全般を見直すもので、人事領域にとどまらない幅広い内容を含んでいます。 働き方改革の背景  働き方改革は、成長戦略の一環として、安倍前内閣が強く推進していた施策の一つです。2016(平成28)年9月の「働き方改革実現会議」を皮切りに議論が重ねられ、実行に移すための通称「働き方改革関連法案」が2018年6月に成立、2019年4月1日以降、順次施行されています。この期間、働き方改革という用語はマスメディアなどを通して日々発信されていましたが、最近は落ち着きをみせつつあります。内閣が変わってトーンダウンとしたとみる向きもありますが、法律施行から2年近く経ち、具体的な実行段階に入っているからととらえた方がよさそうです。  さて、なぜ働き方改革が推進されるようになったのでしょうか。この背景には「少子高齢化にともなう生産年齢人口の減少」が大きくかかわっています。本連載の第1回(2020年6月号)でも取り上げましたが、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」によると、生産活動の中心をになう15歳以上65歳未満の年齢層をさす「生産年齢人口」は1995年をピークに減少し続け、今後も減少傾向が続くと推定されています。また、労働者一人あたり、または労働1時間あたりで生み出す成果を示す「労働生産性」が日本は低いといわれています。例えば、日本の一人あたり労働生産性はOECD加盟国37か国中26位です(日本生産性本部「労働生産性の国際比較2020」)。このような状況を打破するために、従来の働き方では就労がむずかしかった方にも生産活動に参画してもらうことで人手不足の解消につなげ、無駄や負担を軽減することで生産性を上げていくのが働き方改革の大きな目的となります。 働き方改革に関する人事面での取組み  ここからは人事面での取組みについて、「労働時間の制限」、「雇用の多様化」、「就業場所の多様化」の三つの観点で整理していきます。すでに本連載で取り上げた内容もかかわってきますが、おさらいの意味も含めて触れていきます。 @労働時間の制限  日本のこれまでの労働実態のなかで、長時間労働がかなり問題になっていました。働き過ぎによる過労死や健康への悪影響、また長時間労働をしにくい人材の就労機会の低下などです。これらの解決策として、働き方改革関連法により、企業に対して主に次のような対応が求められるようになりました。 ・時間外労働上限規制…月45時間、年360時間を原則とする。 ・年次有給休暇の取得…10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対し取得時季を指定しての5日間の有給休暇付与を義務とする。  このほか、「労働時間状況の把握義務化」や、勤務終了後に一定時間以上の休息時間を設ける「勤務間インターバルの努力義務化」などがあります。これらは労働時間の制限につながるものであり、実現するには無駄を排除するための業務プロセス見直しやIT化の推進など、生産性向上に向けた対応も必要になってきます。 A雇用の多様化  働くのは65歳までという年齢や、フルタイム正社員が雇用形態の基本といったような従来の認識よりも幅広く労働者を定義し、就業機会を増やすための取組みです。本連載で解説した高齢者の「雇用延長」や「限定社員」が該当します。また「最低賃金」の引上げや、いわゆる正規社員・非正規社員の不合理な待遇差の格差の是正といった「同一労働・同一賃金」もパートタイマー従業員などの一層の参画・活躍をよりうながす意味で、この取組みに含まれます。  まだ本連載で触れていない施策としては、「副業・兼業」の推進が挙げられます。副業・兼業とは、主となる業務以外に収入を得る業務に従事することです。厚生労働省が2018年に公表した「副業・兼業の促進に関するガイドライン」にあるように、副業・兼業の形態は、正社員、パート・アルバイト、会社役員、起業による自営業主などさまざまです。従来は副業・兼業を禁止する会社がほとんどでしたが、副業・兼業を通した従業員のスキル習得、収入の安定、優秀な人材の確保などメリットがあることから、解禁を実施・検討している企業は増えています。労働時間管理や健康管理面、機密保持などのクリアすべき課題は多くあるのですが、一つの会社・業務にとどまらず、複数の選択肢を持つことは、人生100年時代において働く意思があるかぎり働くための一つの有効な手段になるのではないかと筆者は考えています。 B就業場所の多様化  決められた一つの事業所に出社して働くのではなく、業務内容や生活スタイルに応じて最適な場所で働くようにできるのが就業場所の多様化です。それを実現するための手段が「テレワーク」です。在宅勤務のような使われ方もしますが、一般社団法人日本テレワーク協会によると「TELE=離れた所」と「WORK=働く」を合わせた造語ですので、場所は自宅とはかぎりません。労働時間管理のむずかしさや、コミュニケーション面、情報セキュリティの観点から普及はむずかしいといわれていましたが、2020年以降の新型コロナウイルス感染症対策の観点から一気に導入が進みました。  働き方改革の文脈からテレワークをみると、通勤時間が短縮され、自宅で働くことも可能になることから、子育てや介護など家庭の事情がある方の就業を可能とします。また、転勤や単身赴任など会社の人事異動が家族を巻き込み負担になることが多かったのですが、実際に赴任地に行かなくてもIT機器やノウハウを応用して業務を行うことが可能なケースが増えてきました。テレワークの普及により従業員に求める評価軸も変わってきており、管理者や評価者が本人の働いている姿を実際に見ることができないため、高い成果やアウトプットを重視するようになってきています。これは効率的に成果を出せばよいという意識の改革にもつながり、働き方改革が目ざしている生産性向上に直結する流れともいえます。 ☆☆  次回は「昇給とベースアップ」について取り上げる予定です。 第12回 「昇給とベースアップ」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「昇給とベースアップ」について取り上げます。4月分から給与が上がる会社が多く、マスメディアなどでも特徴的な業界や会社の動向が伝えられるなど、人事的には春の季語≠ニいってもよいくらいの用語といえます。 昇給とベースアップの違い  給与を上げることを一般的に「賃上げ」と呼びます。これは、給与に該当する呼び名である賃金を上げること≠ノ由来しています。この賃上げですが、大きく「昇給」と「ベースアップ」に分類されます。この二つの用語は混同して使われることがありますが、目的も方法も異なるものですので、違いを明確にしながら解説したいと思います。 @昇給  「昇給」は、定められた条件に該当する場合に給与が上がることをさします。「定期昇給」という形で耳にすることが多いかもしれません。略して「定昇(ていしょう)」と呼び、この場合は毎年給与が上がることをさします。昇給の方法や実施期間・時期などは会社が自由に定められます。多くの会社が新事業年度を4月に開始する関係で4月給与分から昇給を実施していますが、10月に実施している会社や、数年に一度しか実施しない会社もあります。  昇給の代表的な方法について取り上げます。かつては、年齢に応じた生活の支援や長期勤続に対する動機づけを目的に、年齢や勤続年数が1年上がるごとに給与を上げる「年齢給」や「勤続給」による昇給を実施している会社が主流でした。この場合は、同じ年齢・勤続年数であれば、同額の昇給をすることになります。しかし、これらの方法を採用することは、給与の年功的な上昇につながることになります。そこで、年功を薄めようとする会社は個々人の能力の伸びに応じて昇給額を設定する「能力給」による昇給や評価結果によって基本給を増減させる方法に切り替えています。この場合、同じ年齢・勤続年数であっても、能力や評価によって昇給が高い人と低い人にばらつくことになります。優秀な人材の意欲の向上を主な目的とした昇給といえます。 Aベースアップ  「ベースアップ」は、社員の給与水準全体を一律に引き上げることをさします。略して「ベア」と呼びます。このベアとは何かを理解するために図表を見てください。現水準(@)があります。例えば、2000円ベースアップといった場合には、人事制度上で給与支給額を定めている「給与テーブル」全体に2000円加算します。そして、社員全員の実際の支給額も2000円増額します。このことにより、制度上も支給額も2000円底上げされた新水準(A)ができあがります。ベアの特徴として大きいのは、翌年以降に賃上げがある場合でも、底上げされた新水準から上がることになるため、効果が永続する点にあります。昇給が現水準(@)のライン上でA地点からB地点に移動するものであることに対して、ベア後の昇給は新水準(A)のC地点からD地点への移動となります。  ベアの目的は、かつては物価の上昇に対応するためのものでした。ところが、1990年代以降のバブル経済の崩壊にともない、物価が上がらない状況が続きました。日本経済団体連合会(経団連)が毎年発表している「昇給・ベースアップ実施状況調査結果」によると、昇給・ベアをともに実施している会社は2013(平成25)年までは10%未満でした。しかし、安倍前内閣で成長戦略の一環として賃上げが位置づけられ、なかでも給与水準全体の引き上げにつながるベアの実施が大企業を中心に強く要請されるようになりました。要請を反映し、2014年には昇給・ベアをともに実施している会社は50%を超え、その状況がしばらく続くことになります。また政府の要請によらずとも、人手不足を背景とした人材の獲得策としてベアを実施し、給与を引き上げている会社もあります。このように、ベアは本来の物価連動とは異なる次元で実施されているのが近年の特徴ともいえます。 昇給とベースアップに関する動向  ここからは、直近の動向について触れていきます。先述の経団連の調査によると、2019年の賃上げ率は月例給与全体で2・31%、内訳は昇給1・94%、ベア0・37%でした。また昇給・ベアともに実施している会社は62・0%にのぼります。2014〜2018年も同じような傾向にあります。しかしながら、2020年は全体的に抑制された結果となりました。賃上げ率は月例給与全体で2・00%、内訳は昇給1・83%、ベア0・17%、また昇給・ベアともに実施している会社は39・2%にとどまっています。これは新型コロナウイルス感染症流行拡大による、経済状況を反映した結果といわれています。本稿執筆時点では、2021(令和3)年の賃上げについては、従業員の代表である労働組合と経営側が交渉している春闘の結果が出そろっていないのですが、2020年同様に厳しい状況が想定されています。自動車業界では一部メーカーの組合からのベア要求が見送られ、電機業界では要求金額を昨年より引き下げ、景気低迷が直撃している業界ではベア要求よりも雇用維持を優先しています。人件費負担が将来的にも続くベアは、景気の動向を受けやすい傾向にあるといえるでしょう。 ☆  ☆  今回は「昇給とベースアップ」について解説しました。次回は「健康経営」について取り上げる予定です。 図表 昇給とベースアップ A B C D 定期昇給 ベースアップ (ベースアップ後の) 定期昇給 (ベースアップなしの場合の)定期昇給 N年度 (N+1)年度 (N+2)年度 新水準(A) 現水準(@) 第13回 「健康経営」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は「健康経営」について取り上げます。文字をみただけでは、これが人事用語なのか疑問を持たれるかもしれませんが、従業員の働きやすさや人材の活躍にもかかわり、人事担当者にはぜひ知っていただきたい用語です。 健康経営とはなにか  まずは、健康経営の定義から確認したいと思います。健康経営の推進役である経済産業省ヘルスケア産業課の『健康経営の推進について』(2020(令和2)年)という資料には「健康経営とは、従業員の健康保持・増進の取組みが、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること」と記載されています。そして健康経営の推進のための具体的な取組みを投資ととらえ、その投資が従業員の活力向上や生産性の向上につながり、業績や企業価値の向上が期待されるとあります。従業員の健康維持・向上を支援する取組みが企業の成長をうながし、結果として経済成長にもつながるという理念のもと、官民あげての推進事業となり、「健康経営ブーム」と呼ばれる現象もありました。  次に、健康経営を推進する背景についてみていきたいと思います。本連載で何度か触れている「少子高齢化」と「働き方」にも大きくかかわっています。少子高齢化による経済的な影響の大きなものは労働力人口の減少です。若年人口の増大期には高齢者は一定年齢で引退し、若年層を労働者として取り入れればこと足りました。労働力人口の減少が止められない現在では、若年労働者のみに焦点をあてるのではなく、年齢に関係なく就業できる環境を整備したほうが、企業としても社会としても効果的な状況になっています。また働き方については、長時間労働や職場内でのハラスメントの発生などにより従業員が肉体的・精神的な健康を損ない、業務効率の低下、休職や退職となる事例が後を絶ちません。度重なると業務の生産性や人件費コストといった経営的な指標に直接的な悪影響を及ぼすことになります。これらの課題の有効な解決策の一つが、従業員の健康の維持・向上からもたらされる従業員一人ひとりの活躍と、結果としての生産性の向上ととらえられていることが健康経営の推進の背景にあるといえます。 健康経営の推進・取組み状況  さて、先ほど官民あげての推進事業と書きましたが、各々の取組み状況についてみていきましょう。 @行政としての取組み  優良な健康経営に取り組んでいる法人を表彰することで事例をつくり、健康経営に取り組みやすい環境を整えることに力を入れています。もっとも有名なのは「健康経営優良法人認定制度」でしょう。大規模法人と中小規模法人別に定められている認定要件を満たした企業に対して、従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる法人として認定しています。なかでも、上位500位に入る法人を大規模法人部門は「ホワイト500」、中小規模法人部門は「ブライト500」として認定しています。健康経営優良法人に認定されると、認定法人名が公表され、認定された証であるロゴを使用して広報活動ができるなど、法人側にもメリットがあります。  また、東京証券取引所の上場企業のなかから、健康経営に優れた企業を選定した「健康経営銘柄」という認定もあります。これは長期的な視点からの企業価値の向上を重視する投資家に対して、魅力のある企業として紹介することで健康経営の取組みを促進することを目的としています。認定状況は、2021年の大規模法人は1801法人、中小規模法人は7934法人、健康経営銘柄は29業種48法人となっています。 A企業としての取組み  企業としての取組み状況については、まだ十分ではない状況です。少しさかのぼりますが、東京商工会議所が2019(平成31)年に発表した「健康経営に関する実態調査 調査結果」によると、健康経営の内容を知っている企業が29・0%、現在実践している企業が20・8%といった状況です。ただし、いずれは実践したいという回答が54・3%あり、健康経営の実践課題の回答のトップが、どのようなことをしたらよいかわからない45・5%というところをみると、必要性は理解しているが具体策がわからない層が一定数いると想定されます。一般的にも、健康診断の受診率向上や禁煙の推進くらいしか思いつかないという声も聞こえてきます。  これに対して参考になるのが、一つは健康経営優良法人の認定要件です。実際にご参照いただくとわかりますが、「経営理念(経営者の自覚)」、「組織体制」、「制度・施策実行」、「評価・改善」、「法令遵守・リスクマネジメント(自主申告)」という五つの大項目で区分されており、そのなかで評価項目としてどのようなテーマに取り組むべきかにブレイクダウンされています。自社の取組みの実態把握のためのチェックリストとして活用することができます。より具体的な取組み事例については、『健康経営ハンドブック2018』(経済産業省・東京商工会議所)や、『健康経営優良法人取り組み事例集』(経済産業省・2020年)あたりが、企業名や取組み内容、効果とともに写真も掲載されており、わかりやすいと思います。また、地域ごとに行われている健康経営へのインセンティブや、認定・登録・表彰制度についても記載があります。これらの認定や表彰などを目標におくことも、自社内の健康経営への取組みを実際に促進するために有効と考えられます。  高齢者雇用の観点からも、健康経営は重要な取組みです。特に、本年(2021年)4月1日からの「改正高年齢者雇用安定法」施行により、70歳までの就業機会確保が企業の努力義務となりました。個人差はありますが、60歳を超えて体力・気力が維持できない、または健康状態の悪化により就業に支障をきたすケースは少なくありません。中長期的な視野に立って健康経営を推進し、年齢に関係なく活躍できる支援をすることが、雇用延長制度を成功させるポイントになると考えられます。  今回は「健康経営」について解説しました。次回は「目標管理制度」について取り上げる予定です。 第14回 「目標管理制度」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「目標管理制度」について取り上げます。目標管理制度は約8割の企業が導入しているといわれ(「人事労務諸制度の実施状況」一般財団法人労務行政研究所 平成30年)、すでに定着している制度といえます。本稿では用語の確認から、運用上の課題やポイントなどについて解説していきます。 目標管理とPDCA  目標管理制度とは、目標を設定し、その達成に向けて実行や進捗を管理していく「マネジメント手法」のことです。アメリカの経営学者であるピーター・F・ドラッカーが1950年代に著書『現代の経営』で提唱したのが始まりといわれ、半世紀以上の長い歴史のある手法といえます。原文ではManagement by objectivesとあるため、日本でも略して「MBO」と呼ぶこともあります。日本に広まったのは1990年代といわれ、労務行政研究所の調査でも企業への導入率は1991(平成3)年には約30%だったのが、2001年には約60%へと急増しています。バブル経済崩壊の時期と重なっており、人件費の抑制を図るために硬直化した人事評価や給与・賞与にメリハリをつけるために「成果」という評価軸を取り入れ、成果を測定するためのツールとして目標管理制度が取り入れられたという背景があります(図表)。  このように目標管理制度は評価制度と密接に関連していますが、本来はマネジメントのための手法です。企業の場合は業績向上を目的に導入され、継続的な業務改善を進める「PDCA」サイクルに連動させる運用が一般的です。 PLAN(計画):組織の目標を達成するために、社員一人ひとりがになう役割や目標を設定します。 DO(実行):設定した目標の達成に向けて実行に移します。 CHECK(確認):計画通りに進んだか、目標を達成したかを確認します。 ACTION(検証):計画や実行での課題や改善点を洗い出し、次の計画に反映します。  計画から検証までのサイクルは、企業の事業年度開始から決算期までの期間に合わせて1年または半年で管理している企業が多くみられます。 目標管理の運用はむずかしい  長い年月を経て、多くの企業で運用されている目標管理制度ですが、課題があるのも事実です。ここからは筆者がコンサルティングの現場で聞くことの多い課題と改善のポイントについてみていきたいと思います。 課題@:何を目標に立てればよいかわからない  企業や所属組織の目標や一人ひとりの役割が明確でないことに起因しています。この場合は、所属組織の目標を社員が見て何をすればよいかイメージできるレベルにまで具体化し、上司が組織目標の達成に向けて必要な役割や成果の分担を行い、部下一人ひとりにしっかり伝えることが改善につながります。 課題A:社員が立てる目標のレベルが低い  企業側は業績向上のために高い目標を掲げさせようとしている一方で、人事評価に活用している点にどうしても矛盾が生じます。例えば目標の達成度を賞与支給額に直接反映するなど明確にしすぎると、達成しやすい目標を立てようという心理的なバイアスが社員にかかるのは仕方のないことです。この場合は、結果だけでなく取組み内容も含めて評価し、参考としての反映とするなど達成度の評価結果への反映度を薄めることが改善につながります。 課題B:何年も運用しているが形骸化している  二つの要因が考えられます。一つ目は現場で使っているマネジメントツールと評価に反映させている目標管理制度が分離しているケースです。この場合は、現場のツールの方が日々のマネジメント上で重要となりますので、ここからわかる取組み内容や目標の達成度を評価結果に反映できるように人事評価制度を見直すことが必要です。二つ目は計画を一生懸命立てるものの進捗の確認を行っていない、改善検証をして次の目標につなげることをしていないケースです。この場合は、上司が部下とのコミュニケーションを増やし、目標の達成を支援するように進捗確認やアドバイスをくり返していくことがポイントとなります。 高齢者雇用と目標管理制度  運用面の課題が多い目標管理制度ではありますが、高齢者雇用との親和性は高いと考えられます。特に定年後の継続再雇用における活躍を引き出すためには、本人の働き方やスキル、経験が異なるなかで、雇用契約期間中にどのような役割や成果を期待するかを個別に明確に伝えることが重要です。ここが明確でないと、周囲の期待と本人の行動にギャップが生じたり貢献意欲の低下につながったりすることもあります。また、本人の活かせそうな得意分野ややりたいことを目標に取り入れ、契約更改時の給与改定における参考とすることでモチベーションの向上にもつなげることができます。今後、高齢者の就業人口が多くなるのに際して従来通りの働きができるのかなど懸念の声も聞かれますが、従来通りだけでなく個別の役割を、企業と本人でしっかりコミュニケーションし、ていねいに設定していくという取組みが解決策の一つとなると筆者は考えています。 ☆☆  今回は「目標管理制度」について解説しました。次回は「ジョブカード」について取り上げる予定です。 図表 目標管理の評価シート展開例 期初に記入 期末に記入 目標項目(何をどうする) 達成基準(どのレベルまで) 達成方策 (いつまでに) (どのように) 達成状況 達成基準に対する結果 達成方策に対する取組み内容 本人評価 一次評価 目標@ 売上予算の達成 **円 @×月まで A月1回 B×月まで CB終了後 @売上げを向上させるための施策を企画するための情報収集をする。 ・同業他店舗をめぐり、陳列や販売促進ツール、接客などについて調査する。 ・販売業について取り上げられている雑誌や本・記事の取組み事例を調べる。 A自社商品に関する正しい知識やアピールポイントを共有するための勉強会を店舗メンバーとともに実施する。 B… C… 【売上高実績】 **円(達成率102%) 【達成方策について】 @A社・B社・C社の店舗を回り特徴やよいところ、悪いところをまとめた。雑誌や本・記事の取組み事例については、Y社の事例が掲載されており役立ちそうだったのでポイントを整理した。 A@で整理した内容も含めて、月に1回勉強会を実施し、意見交換した。また、勉強会で共有した接客に関する改善については、実行できていなければ適宜メンバーにフィードバックした。 B… C… 3 3 PLAN ・目標 ・目ざすレベル ・達成に向けたプロセス CHECK・ACTION ・取組みの振り返り ・改善事項 評価結果 出典:筆者作成 第15回 「ジョブ・カード」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、ジョブ・カードについて取り上げます。名称を聞いたことがない、内容をよく知らないという方もいるかと思いますが、政府の掲げる戦略や雇用政策とのかかわりが深く、普及・促進にかなりの力が入れられている制度です。 ジョブ・カードの目的と活用  ジョブ・カードについては、厚生労働省が運営している「ジョブ・カード制度 総合サイト」に概要・活用法から活用支援ツールまでまとめられています。そこではジョブ・カードについて、「『生涯を通じたキャリア・プランニング』及び『職業能力の証明』の機能を担うツール」と定義されています。前者は自身の職業経験、強みや志向を棚卸しすることでキャリアを考えることの支援をする、後者は学習・訓練歴や職務経験などの情報を蓄積することで職業能力を見える化することを目的としています。まとめると、ジョブ・カードとは、キャリアを自身で考え他者に証明するための支援ツールといえます。  活用法についてみていきます。まずは、指定された様式(カード)に自身の情報を記入・蓄積していきます。様式はキャリアプラン・職務経歴・職業能力証明(免許・資格)・職業能力証明(学習歴・訓練歴)・職業能力証明(訓練成果・実務成果)・職務経歴書(ジョブ・カード標準様式)といった複数に分かれています。これらのシートは在職者用・求職者用・学生用に大別されます。次に、記入した情報をもとに、職業選択や中長期のキャリア形成、それを実現するための教育訓練に関するアドバイスを受けるキャリアコンサルティングにより自身のキャリアに対する考えを深めていきます。また、記入された様式を加工し履歴書の付属資料として採用を希望する企業に提出することで、企業側が採用したい経験やスキルなどを有しているかを判断する材料としていきます。  企業にもジョブ・カードの導入が推奨されています。在職者に対しても自身の経歴やスキルなどの棚卸しをし、キャリアコンサルティングを受けてもらうことで、計画的な教育訓練を実施しやすくなり、社員の仕事に対するモチベーションの向上、離職者の減少などが効果として期待できるからです。 ジョブ・カードと政府の戦略・労働政策とのかかわり  ジョブ・カードの活用促進には、政府や厚生労働省がかなりの力を入れています。キャリア形成という本来は個人の課題に対して、公的機関が強く支援することを疑問に思われるかもしれませんが、成長戦略や雇用政策とのかかわりといった観点からみると理解できるかと思います。図表は2018(平成30)年に開催された「第7回 ジョブ・カード制度推進会議」の参考資料の抜粋で、ジョブ・カード関連制度についてまとめています。2008年を起点とし、このころ社会問題として顕在化していた非正規労働者やフリーターなど職業能力形成の機会に恵まれない人に対する救済策≠ニしてジョブ・カード制度は創設されました。  2011年には政府の新成長戦略のもと、少子高齢化による労働力人口減少への対応策として「若者・女性・高齢者など潜在的な能力を有する人々の労働市場への参加を促進」がうたわれ、その推進策の一環としてジョブ・カードが位置づけられ、2020年までにジョブ・カード取得者300万人が目標として設定されました。  2014年の「日本再興戦略」改定2014によりジョブ・カードが「学生段階から職業生活を通じて活用し、自身の職務や実績・経験、能力等の明確化を図る」ものとされ、2015年には新ジョブ・カードとしてコンセプト・仕様ともに現在のものに見直しが図られています。従来の救済策≠ゥら現在のキャリア・プランニングと職業能力の証明に重きが置かれた背景には、有効求人倍率を含めた雇用環境が改善される一方で、人生100年時代の長い職業人生に代表されるキャリア・プランニングの重要性や生産性向上に向けた職業能力と職務のマッチングなど、雇用や労働に関する課題が変化したことがあげられます。  しかし、ジョブ・カードの普及に関しては十分ではない状況です。広報活動関連施策や助成金を導入するなど普及に努めてきましたが、目標300万人に対して、2019年8月末時点で228万人(「キャリア形成支援策としてのキャリアコンサルティングについて」資料)といわれ目標達成には遠い状況にあります。 高齢者雇用とジョブ・カード  高齢者雇用とジョブ・カードには深いかかわりがあります。高年齢者雇用安定法により解雇などで離職が予定されている高年齢者など(45歳以上65歳未満)が希望する際には円滑な再就職活動を行えるように、本人の職務経歴や職業能力などの情報を記載した求職活動支援書を作成・交付しなければならないとされています。記載されたジョブ・カードに再就職援助措置関係シートをつけることで求職活動支援書として活用することができます。  また、同一の会社に定年退職後も再雇用される場合や、積極的に別の会社での再就職活動をする際にもジョブ・カードは有効です。本人が定年後の職業人生においてやりたいことを描き、それを実行するための能力を証明する助けとなります。一方企業側では、再雇用や業務付与や採用について詳細な根拠をもって行うことができ、能力のミスマッチを防ぐことができます。普及に遅れがみられるジョブ・カードですが、高齢者雇用におけるメリットはより打ち出してもよいのではないかと筆者は考えています。 ☆  ☆  次回は「役員」について取り上げる予定です。 図表 ジョブ・カード推進に関する制度・施策 2008年 ジョブ・カード制度創設・職業能力形成プログラム策定・全国推進基本計画策定 2010年 新成長戦略 2011年 「ジョブ・カード制度新全国推進基本計画」策定 2012年 職業能力形成プログラムに公共職業訓練・求職者支援訓練を追加 2013年 キャリアアップ助成金創設 2014年 専門実践教育訓練創設 2015年 企業内人材育成推進助成金創設・新ジョブ・カード制度に移行 2016年 中高年齢者雇用型訓練創設・職業能力形成プログラムに追加 2018年 ジョブ・カード様式の改正 出典:第7回ジョブ・カード制度推進会議の資料を基に筆者作成 第16回 「役員」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は役員について取り上げます。会社であれば必ず役員はいますし、だれしも聞いたことのある用語だと思います。しかし、具体的にどのような存在でいかなる役割をになっているのか意外と整理されていません。高齢者雇用の観点からは、大手企業の経営幹部や高度な技能を持った高齢者が、中小規模の企業の役員または相当する地位として迎え入れられるケースもみられます。今回は、役員の定義や種類、知っておくとよいテーマについても触れていきます。 役員の種類は法律によって異なる  役員とは何かを辞書でみると、おおよそ「経営の監督」、「業務執行」、「会計監査」などを受け持つ幹部職員といった記載がみられます。役員の種類として最も一般的なのは取締役ですが、役員の範囲は法律によって異なります。  会社の組織・設立・運営管理などを定めた会社法によると、役員の種類は取締役のほか、会計参与・監査役が定義されています。会社の会計などの計算に関する事項について定めた会社計算規則によると、執行役が加わります。さらには、会社法の細かい取り決めをする会社法施行規則によると、これらに理事・監事・そのほかこれらに準ずる者が加わります。誌面の都合上、株式会社の代表的な役員に絞って各々の役割や設置条件をみていきたいと思います。 ・取締役…経営や業務執行に関する意思決定と、それらが適切に実行されるかを監督する役割が基本ですが、実務上は業務執行の役割をになうこともあります。株式会社は必ず1人以上を設置する必要があります。なかでも会社を代表する権限と責任を持つ者を代表取締役といいます。 ・執行役…取締役と役割を分離して、業務執行に特化した役割をにないますが、指名委員会等設置会社という特別な形態をとる会社にのみ設置することができます。この場合、取締役は業務執行を行わず意思決定と監督に専任します。取締役と執行役の兼任も可能です。 ・監査役…取締役の業務執行や会社の会計が適切に行われているかを調査し、不正があった場合は指摘したり止めたりする役割で、原則設置は任意です。ただし、会社の資本金5億円以上、または負債総額200億円以上の大会社では設置が必須です。 ・会計参与…取締役と共同して、会社の会計に関する計算書類などを作成する役割で、公認会計士や税理士の資格を持つ者が就任できます。監査役を置かない会社が会計の正確性の確保を目的に設置することができます。  執行役と似て非なるもので執行役員を設置している会社がありますが、両者は異なる存在ですので注意が必要です。執行役は法律上定められた役員ですが、執行役員には定めがありません。よって、執行役員は設置も役割も会社が自由に設定できます。当初は取締役の意思決定・監督と業務執行の役割を分離したアメリカ企業の役員制度を参考に導入された経緯がありますが、現状では従業員の最高役職や、取締役候補としている会社が多くみられます。 役員について知っておきたいテーマ  ここまで、複雑な話をしてきました。以降はもっと身近な話題について述べていきます。 @社外取締役  大学教授や弁護士、著名人などで「○○株式会社 社外取締役」という肩書をみたことがあるかと思います。親子会社の役員や従業員でない、近い親族でないなどの要件を満たす、会社との利害関係がない社外から迎えた取締役をさします。代表取締役が不正をしたり、適切でない会社方針を執行しようとしたりしても、力関係のなかでほかの取締役が指摘しにくいことが実態としてあります。このような状況を是正するため、客観的な観点で経営を監視し、意見をいうための存在が社外取締役です。例えば株式の上場会社など、経営の透明化がより求められる会社は設置が義務化されています。社外取締役を選ぶのも当該企業であるため、有効性に疑問が持たれることもありますが、例えば2016(平成28)年の大手流通チェーンのカリスマ♂長の退任には社外取締役の役割が大きかったといわれて注目されました。 A役員の役職名  役員の名称として社長や専務といったものをみたことがある方も多いと思います。これらを役職名と呼んだりしますが、実は法律上の定義はありません。役員の経営トップへの近さ(格)を示すものとして一般的に使われています。したがって、この名称の使用有無は会社の自由ですし、専務取締役・専務執行役員のように取締役・執行役員のどちらとセットで表記するのかも会社によります。ただし、社長を会社のトップとした場合、社長への近さは副社長・専務・常務・役職なしが一般的な順番となります。  このほか、CEO(最高経営責任者)やCOO(最高執行責任者)といった役職名をみたことがあるのではないでしょうか。こちらも法律上の定義はないのですが、役員としての業務執行上の役割を示す使われ方をします。そのため執行役員とセットで表記されることが多いです。例えば、経営の最高責任者としての役割をになうのがCEOですが、このほかにCOOやCFO(最高財務責任者)、CTO(最高技術責任者)あたりがよく使われます。 B役員報酬  毎年6月から7月にかけて役員報酬が話題になります。上場会社でかつ役員報酬1億円以上の役員については、有価証券報告書で役員の氏名や具体的な報酬額の個別開示が義務とされています。本稿執筆時の2021(令和3)年7月14日時点では個別開示253社、544人という状況です。最高額は18億8200万円ですが、上位10人のうち日本人は3人と外国人役員が多くを占めています(東京商工リサーチ調べ)。高額報酬者のうち外国人役員が多くを占めるというのは例年の傾向で、高い報酬額でなければ優秀な役員をグローバルから採用できない、日本の役員の多くは社員との給与の連続性で設定されることが多く、他国と比べて低めの水準になるなどの理由が背景にあります。なお、ここでの役員報酬には給与・賞与・退職慰労金といった現金報酬のほかにストックオプションなどの株式報酬も含まれます。 ☆  ☆  今回は「役員」について解説しました。次回は「時間外労働」について取り上げる予定です。 第17回 「時間外労働」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は時間外労働について取り上げます。時間外労働とは、労働条件について最低限守るべき基準を設けた労働基準法(労基法)で定められた労働時間を超えて働くことをさします。働く人々にとって一度は経験したことのある、また長時間労働等で話題になりやすい身近な用語ですが、細かいルールがありわかりにくいものでもあります。関連する用語もたくさんあります。 時間外労働の種類は複数ある  ここからは文章だけだとわかりにくいので、図表を確認しながら進めていきます。文章中の@〜Dは図表に対応しています。  労働者が働く時間を労働時間といい、大きくは所定労働時間(@)と法定労働時間(A)の二つに分かれます。所定労働時間は、労働者と会社間で取り決められた労働時間で会社ごと(または職場ごと)に異なります。これに対して、法定労働時間は労働基準法で定められた労働時間で、原則週40時間、1日8時間が上限とされています(労働者10人未満の商業、接客娯楽業等は例外として週44時間、1日8時間)。会社が定める所定労働時間は、法定労働時間を超えてはならず、8時間以内で設定する必要があります。  定められた労働時間を超えた部分が時間外労働に該当しますが、労働時間別に異なる用語がつけられています。給与の計算も変わりますので、正しく押さえておく必要があります。法定労働時間から所定労働時間を引いた労働時間を法定時間内残業(B)、法定労働時間を超えた労働時間を法定時間外残業(C)といいます。また、22時から翌5時の間に働くことを深夜勤務といいますが、この場合は法定時間外残業かつ深夜勤務(D)の状態となります。なお、ここに残業とあることから、時間外労働は一般的に「残業」と呼ばれます。 時間外労働には手続きが必要  もともと労働は最低限、法定労働時間内に終わらせるべきと考えられており、これを超えて労働させるには、会社と労働者の過半数で組織する労働組合または過半数を代表する労働者代表との間で36(サブロク)協定というものを結び、所轄の労働基準監督署(労基署)に届け出る必要があります。36協定とは労働基準法第三六条に基づく「時間外・休日労働に関する協定」をさします。労働基準監督署は、労働基準法などを会社が遵守しているかを監督し、問題があれば調査・指導する機関のことです。  本連載、第11回の「働き方改革」でも触れた通り、労働者の健康管理、ワークライフバランスの促進、生産性の向上などの観点から、長時間労働の抑制が国や会社をあげての重要課題と位置づけられました。そこで、2019(平成31)年4月(中小企業は2020〈令和2〉年4月)から、原則月45時間・年360時間の時間外労働の上限規制が設けられることになりました。ただし、臨時的な特別な事情があって、会社と労働者が合意すれば年6カ月まで、時間外労働が年720時間以内などの制約のもと月45時間を超える労働が可能となりますが(特別条項)、この場合も36協定が必要となります。 給与算定には注意が必要  法定外労働時間で働いた分については、基準となる給与に一定割合を増やして支給する割増賃金が必要となります。通常よりも多くの給与を払うことで、会社側には時間外労働の抑制、労働者側にはインセンティブ機能があるといわれています。  どの程度を割増しするかは、労働基準法上定めがあります。また図表を確認していただきたいのですが、法定時間外残業(C)は基準となる給与の25%、法定時間外残業が月60時間を超える場合には50%、法定時間外残業かつ深夜勤務(D)は50%、深夜勤務が所定労働時間内の場合には25%となります。法定時間内残業(B)は会社が法定労働時間よりも有利な条件で設定した結果のものであるため、割増せずに所定労働時間を延長した分の給与を支給すれば足ります。なお、これらの割増率は最低ラインであるため、労働者のモチベーションなどを考慮し、より高い割増率で支給することも可能です。  割増率は基準となる給与に対して乗じることで計算しますが、ここでいう基準となる給与には家族手当・通勤手当・別居手当・子女教育手当・住宅手当・臨時に支払われた賃金・1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金は含まれません。注意が必要なのは、これらの手当は家族数や交通費・距離や家賃に比例して増減する支給方法であることです。一律支給の場合には基準となる給与に含める必要があります。この点が正しく運用できていない会社が散見されますので、しばらく人事制度を見直してこなかった会社については、これを機会に細かくチェックしてみることをおすすめします。  時間外労働は、会社と労働者間の紛争にもなりやすいテーマです。時間外労働分の給与が支給されていない未払い残業代や、長時間労働による健康障害などの問題が報道でもかなりの頻度でみられます。厚生労働省や都道府県労働局などが発行している資料などで、より詳細な確認や弁護士や社会保険労務士等の専門家のアドバイスを受けて法令遵守をするとともに、そもそもの時間外労働をなくしていく全社的な取組みを行うことが重要です。 ☆  ☆  今回は「時間外労働」について解説しました。次回は「休日・休暇」について取り上げます。 図表 時間外労働の割増率[所定労働時間が午前9時から午後5時(休憩1時間)までの場合] 17:00〜18:00 ▲1時間あたりの賃金×1.00×1時間 法定時間内残業 18:00〜22:00 ▲1時間あたりの賃金×1.25×4時間 法定時間外残業 22:00〜5:00 ▲1時間あたりの賃金×1.50(1.25+0.25)×7時間 法定時間外残業+深夜勤務 9:00 実働7時間 @所定労働時間 A法定労働時間 17:00 1時間 B法定時間内残業 18:00 4時間 C法定時間外残業 25%以上 22:00 7時間 5:00 D法定時間外+深夜勤務 50%以上 割増率 出典:東京労働局「しっかりマスター労働基準法―割増賃金編」より筆者作成 第18回 「休日・休暇」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は休日・休暇について取り上げます。休日と休暇は、休むという行為に違いはなく、用語としても違いを意識せずに日常的に使うことも多いかと思いますが、実は労働基準法上では明確に区別して使われている用語です。前回の連載で取り上げた「時間外労働」に引き続き、労働時間に関するテーマとなりますので、前回の解説も思い起こしながら読んでいただくと、理解が深まると思います。 休日は労働の義務がない日  休日とは、労働の義務がない日のことをさします。休日のなかでも労働基準法で定められた法定休日と、法の定めではないが労働者と会社間で取り決められた法定外休日に分かれます。  法定休日は、週1日または4週間に4日以上、会社は労働者に必ず休みを与えなければならないと定められています※1。ここでいう1日とは午前0時から午後12時の24時間のことをさします。これに対して、法定外休日とは法定休日を超えて定められた休日のことで、会社が定める労働条件などを記載した就業規則や労働者と会社が労働条件について取り交わす労働契約に定めることで休日となります。例えば、本稿掲載号発行の11月には勤労感謝の日といった国民の祝日がありますが、法律上は休日に該当するため公立の教育機関や行政機関は基本的には休みとなります。このため一般的には祝日=休みと認識されていますが、会社において祝日は必ずしも休みではなく、法定外休日として定めていなければ休みにはならないというのが基本です。  さて、この内容だけだと会社は週1日の法定休日のみ付与すればよいのに、土日+祝日が休みの会社が多いのはなぜかという疑問がわくかもしれません。  これは前回解説した法定労働時間が1日8時間、1週40時間と定められていることが関係します。1日8時間労働した場合、5日で週40時間に達してしまいます。この時点で週2日休みが基本となります。1年間が365日とした場合、1年間に約52.14週あることになります。これに週2日の休みを乗じて端数を切り上げると最低で年間105日は休みが必要となります。この日数を個別に休日を指定すると管理が複雑になりますが、土日+祝日(年間16日)を休みとすれば、年間休日は基本的に120日となりますので、法律上の要件を超えることになります。このため、土日・祝日が稼ぎどきのサービス業などを除いてこのような運用をする会社が多くあるのが実際のところです。 休日の労働には注意が必要  本来、労働の義務のない日に労働させるには一定の手続きが必要です。休日労働が必要な理由や労働させることのできる法定休日の日数を明記した36協定を会社と労働者間で結び、労働基準監督署に届け出なければ、法定休日に労働させることはできません。次に法定休日に労働させた場合、その時間に応じて35%の割増賃金が必要となります。ここで複雑なのが、法定外休日は法定時間外残業扱いとなるため25%の割増となる点です。土日が休日で法定休日が日曜日の会社は、日曜日に労働すると35%の割増、法定時間をを超えて土曜日に労働すると25%の割増となります※2。  休日の代わりに別途休みを付与することで対応することも可能です。振替休日と代休です。これらはよく混同されていますが、給与の割増がかかわってくるので正しい理解が必要です。厚生労働省の解説を引用すると、振替休日は、「予め休日と定められていた日を労働日とし、そのかわりに他の労働日を休日とする」ことをいいます。代休は、「休日労働が行われた場合に、その代償として以後の特定の労働日を休みとする」ものです。大きな違いは振替休日の場合は事前に指定して休日を動かすので法定休日の振替でも35%の割増は不要、代休の場合は事前に動かすわけではないので、労働した法定休日の35%の割増は必要という点です。 休暇は労働が免除される日  さて、次に休暇についてみていきたいと思います。休暇とは、本来は労働の義務がある日ですが、一定の条件に該当する場合に免除される日のことを指します。簡単にいえば、これまで解説してきた休日以外に付与される休みのことです。こちらも法令で定められたものと定められていないものがあります。  法令で定められている休暇で代表的なものは、心身の疲労を回復しゆとりある生活を保障するために付与される年次有給休暇です。半年以上継続して勤務し、かつ全労働日の8割以上を出勤している場合に、勤続年数に応じて休むことのできる権利のことです。「有給」の名称の通り、取得しても給与は支払われます。半年勤務で年10日の付与を最低日数として、最大6年半の勤務で年20日間の日数が付与されます。これは正社員・パート社員関係なく付与され(週の労働日数や労働時間が短い場合、付与数は減)、労働者が休暇取得を申し出た際に、会社は取得時季の変更を申し出ることはできますが、取得を拒むことはできません。また、2019(平成31)年より年次有給休暇が10日以上の労働者に対して、毎年5日間、会社が取得時季を指定することにより年次有給休暇を確実に取得させることが義務づけられました。なお、有給休暇の取得は原則1日単位ですが、労使の協定により年間5日の範囲内で時間単位での取得が可能となります。  法令で定められていない休暇については、一定時期に比較的長い休みを取る夏季休暇や年末年始休暇、お祝いごとやお悔やみごとなどがあった際の慶弔休暇、年次有給休暇以外に心身の回復などを目的に付与されるリフレッシュ休暇などがあります。会社が指定する休暇であるため、これらがない会社もありますし、誕生日休暇などさらに充実させている会社もあります。  近年は、働き方改革やワーク・ライフ・バランスの浸透により給与と同等以上に労働条件を重視する労働者が増えてきています。また、高年齢層の労働者が今後も増加していく傾向にあるなか、採用競争力や社員の定着率を高め、健康を維持して生産性高く働いてもらうために、法定以上の休日・休暇をいかに充実させるかがポイントとなってきています。  次回は「就業規則」について取り上げます。 ※1 労働基準法第35条第2項参照 ※2 労働基準法第37条第1項参照 前回までの内容は、当機構ホームページでご覧になれます エルダー 人事用語辞典 検索 第19回 「就業規則」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は就業規則について取り上げます。就業規則とは「労働者の賃金や労働時間などの労働条件に関すること、職場内の規律などについて定めた規則集」のことをいいます(厚生労働省「リーフレットシリーズ労基法89条」)。使用者・労働者ともに守るべきルールが明記されたものであるため、普段意識することが少なくても、非常に重要な存在といえます。 就業規則の作成・届出が必要な対象  就業規則は、労働条件について最低限守るべき基準を定めた労働基準法により、常時10人以上の労働者を使用している事業場での作成と所轄の労働基準監督署への届出が義務づけられています。ここでいう労働者にはパートタイムやアルバイトなども含まれ、一時は10人を下回っていても通常はおおよそ10人に達する場合には作成・届出義務がある点に注意が必要です。また、勘違いされやすい点ですが、企業(団体等含む)単位でなく一定の場所において、関連する業務が行われている単位である事業場ごとに作成する必要があります。例えば、営業所や店舗を有している企業については、単位ごとで常時10人以上の労働者がいれば就業規則の作成・届出義務が生じます。これは、事業場ごとに働き方が異なるケースがあり、働きの実態に沿ったルールが必要との考えに基づくものです。  就業規則は使用者と労働者の双方が守るべきものであるため、就業規則の作成・変更は使用者主導で行うにしても、労働基準監督署に届出する前に、事業場の労働者の過半数で組織する労働組合または労働者の過半数を代表する労働者代表の意見を聴かなければなりません。また、労働者がいつでも内容がわかるように各作業所の見やすい場所への掲示や備えつけ、書面の交付などによって周知することも労働基準法で定められています。なお、サーバーやWEB上にデータで就業規則を管理し、労働者が各人のパソコンを使っていつでも確認できる状態にするといった周知方法も認められています。 就業規則に記載する内容  次に、就業規則にはどのような内容を記載すればよいかをみていきましょう。事業場ごとの作成といっても、実務上は企業単位で可能な範囲は共通化して、事業場ごとに違いを持たせざるを得ない部分について、個別の内容を記載しているケースが多くみられます。では、企業が定めたルールがすべて就業規則の内容として認められるかといえばそうではありません。大前提として法律、特に労働基準法を遵守した内容でないといけません。例えば前回(11月号)で解説したように、少なくとも毎週1日の休日か、4週間を通じて4日以上の休日を必ず付与しなければならないと労働基準法上定められていますが、当社は業務過多なので休日を付与しない月があるといったような定めをして就業規則に記載したところで無効となります。逆に、週休2日や夏季休暇を付与する旨を記載するなど、法律以上に労働者に有利になる内容を記載することは問題ありません。  就業規則に記載すべき内容についても労働基準法上で定められています。必ず記載しなければならない絶対的必要記載事項と、当該事業場で定めをする場合には記載しなければならない相対的必要記載事項に分かれます。これらの概要については図表をご確認ください。新たに就業規則を作成する際や自社の就業規則の内容が正しいかどうか判断に迷う場合には、モデル就業規則(2021(令和3)年4月 厚生労働省労働基準局)の活用をおすすめします。各記載事項についての文例とその解説がていねいに記載されています。また、決めごとにより内容が分かれるものについては、複数例が列記されています。例えば高齢者雇用については、[例1]定年を70歳とする例、[例2]定年を65歳とし、その後希望者を継続雇用とする例といったように複数例示されています。  就業規則にすべての内容を記載すると量が膨大になる場合や、テーマごとに分けたほうが周知や管理しやすい場合には、別の規程として切り出すことができます。賃金規程や育児・介護休業規程などが代表的ですが、名称が異なっても就業規則と同様の扱いとなります。また、パートタイムやアルバイトなど、雇用形態の違いにより労働条件が異なる場合には、それぞれの労働者が適用される就業規則を作成・届出する必要があります。 就業規則は非常に重要  冒頭で就業規則は「非常に重要な存在」と書きましたが、法律で定められているからだけではありません。一つは就業規則の記載と周知をしっかり行うことにより使用者・労働者間のトラブルの防止につながる点です。例えば、定年後再雇用では労働時間や給与水準が定年前と異なる場合がありますが、定年後再雇用規程を作成し理解を求めれば、処遇に関する認識の違いを埋めることができます。もう一つは、就業規則を見直すことで労働者の労働環境の向上につながる点です。働き方改革により労働時間の短縮や就業場所の多様化などを検討している企業が多くありますが、就業規則を変更することで実現が可能となります。  何年も就業規則を見直していないという企業もありますが、2020年6月1日より職場におけるパワーハラスメント対策が義務化され、その方針や対策について就業規則に記載するなど書面での周知の必要が生じるなど時代により求められる記載内容も変化しています。定期的に社会保険労務士などの専門家を交えながら内容を検証、更新していくことも重要な取組みです。  次回は「ワークシェアリング」について取り上げます。 図表 就業規則に記載すべき内容 絶対的必要記載事項 1 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに交替制の場合には就業時転換に関する事項 2 賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項 3 退職に関する事項(解雇の事由を含む。) 相対的必要記載事項 1 退職手当に関する事項 2 臨時の賃金(賞与)、最低賃金額に関する事項 3 食費、作業用品などの負担に関する事項 4 安全衛生に関する事項 5 職業訓練に関する事項 6 災害補償、業務外の傷病扶助に関する事項 7 表彰、制裁に関する事項 8 その他全労働者に適用される事項 出典:厚生労働省「リーフレットシリーズ労基法89条」 第20回 「ワークシェアリング」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回はワークシェアリングについて取り上げます。ワークシェアリングとは文字通り、ワーク(仕事)をシェア(分かち合う)という意味です。この用語は20年前に広まりましたが、最近はあまり耳にすることがありません。あえてこの用語を使う必要がないくらい定着したともいえます。考え方自体は現在も継続して残っていますので、本稿の連載名の通りいまさら≠ナすが、解説していきたいと思います。 ワークシェアリングにはさまざまな目的があった  ワークシェアリングの具体的な定義・目的については、2001(平成13)年に厚生労働省が発表した「ワークシェアリングに関する調査研究報告書」に記載されています。ここでは、「ワークシェアリングとは、雇用機会、労働時間、賃金という三つの要素の組み合わせを変化させることを通じて、一定の雇用量を、より多くの労働者の間で分かち合うこと」と定義づけられています。目的については、@雇用維持型(緊急避難型)、A雇用維持型(中高年対策型)、B雇用創出型、C多様就業対応型の四つに類型化しています。この四つは密接に関連しつつも、実現までの時間軸という観点から二つに大別できます。 短期的な課題への対応  まずは、@Aの雇用維持型ですが、これらは短期的な課題への対応が主となっています。図を見ていただきたいのですが、先の報告書が提示された2001年は、いわゆるバブル経済崩壊後の経済状況の悪化を受けて、有効求人倍率(求職者に対する求人数の割合)が0.59倍、完全失業率(15歳以上の働く意思をもった労働力人口のうち、職がなく求職活動をしている人の割合)が5.0%と雇用環境が厳しい時期でした。業務上必要な労働者よりも雇用している労働者が多いという雇用過剰感が企業から叫ばれている時期でもありました。この状況下で、喫緊に対応しなければならないとされていたのが、企業内に在籍している社員の雇用維持でした。この対策としてのワークシェアリングは、一人あたりの業務量や業務時間を減らして、現在すでに雇用されている者同士(特に正社員)で分かち合うというものでした。雇用維持による企業の財務状況の悪化を防ぐために、業務時間の短縮分の労務が提供されていなかったとして、ノーワークノーペイ分の給与の削減なども行われていました。この点を含めて、日本経営者団体連盟(使用者側)と日本労働組合総連合会(労働者側)で議論・検討し、2002年には、ワークシェアリングについては、労使で協議しながらともに推進していくことで合意し、「ワークシェアリングの取り組みに関する5原則」を発表しています。 中長期的な課題への対応  次に、中長期的な課題への対応ですが、先の四つの類型のうち、B雇用創出型、C多様就業対応型が該当します。先の雇用過剰感があった時期と同時に提唱されているのが興味深いのですが、少子高齢化にともなう生産年齢人口(満15歳以上65歳未満の人口)の減少へ対応するための方策としてワークシェアリングが位置づけられています。当時主流だったのはフルタイム・残業あり・全国転勤あり・職務の制限なしといったいわゆる正社員的な働き方でした。このような働き方が可能なのは、特に出産・子育て・体力等により時間的な制約を受けないとされる60歳以下の男性が労働者の中心であり、このままでは将来的に人手不足になることが問題視されていました。そこで、時間や労働環境の制約で従来は労働力として取り込みにくかった女性や高齢者を含めて労働者の対象を増やし、労働市場全体のなかで労働時間や業務量を分かち合うことで生産性の向上を図っていくことをワークシェアリングで実現しようとしています。その実行策として、時短や多様な働き方の推進、雇用形態にかかわらない公正な処遇の実現などが、先述の報告書や5原則にも記載されています。 現在も継続しているワークシェアリングの取組み  さて、現在に目を向けてみましょう。新型コロナウイルス感染症の影響で経済的に打撃があったといわれている2020(令和2)年時点でも、有効求人倍率1.18倍、完全失業率2.8%、2021年の正社員が不足している企業は40.7%に対して、過剰な企業は13.6%(「人手不足に対する企業の動向調査」帝国データバンク 2021年7月調査)と20年前とは雇用環境が大きく異なります。この状況を反映し、短期的な課題に分類した@A雇用維持型については現在話題にあがることはほとんどありません。一方で、中期的な課題に分類したB雇用創出型、C多様就業対応型については現在も継続しています。中長期的な課題で解説した文脈を目にしたことがあるとお気づきの方もいるかもしれませんが、本連載でも取り上げた働き方改革や高齢者の雇用義務化、同一労働・同一賃金といったように、具体的な施策として取り組まれています。道半ばの部分もありますが、子育てしながらの就労や高齢者の就労機会、フルタイム以外の働き方などはあたり前のように受けとめられる社会となっているため、20年前に課題提起されていたことが実現に向けて着々と前進しているともいえます。 ☆  ☆  今回は「ワークシェアリング」について解説しました。次回は「戦略人事」について取り上げます。