新連載 いまさら聞けない 人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第1回 「人事制度」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者ならおさえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  人事用語には、簡単なものから人によって解釈の分かれるもの、一般的な使われ方と人事担当者の使い方が異なるものなどがあり、むずかしく、とっつきにくいという声をよく聞きます。そのような「聞いたことはあるけれど具体的には分かりにくい」用語について、今後6回の連載で解説していきます。一つの用語に対して、意味だけでなく世間の動向や社会的背景、関連する用語まで、なるべくやさしく解説していきます。 「人事制度」は「処遇」を決めるルール  1回目の用語として取り上げるのは、今後詳細に解説していく一つひとつの用語と切っても切り離せない、人事的な仕組みを総括してさし示すときに使うことが多い「人事制度」についてです。  「人事制度」という用語は、人事担当者でもないかぎり「聞いたことはあるけれど詳しくは知らない」、「人事担当者から説明を受けたくらい」という方も多いかもしれません。そのため、「人事制度」といわれても人によっては思い浮かべるものが異なるというのが実際のところでしょう。給料や役職といったような限定的なものから、勤怠管理や有給休暇など労務管理にかかわるものまで、幅広くとらえている方もいるかもしれません。ただし、人事の世界における一般的な使い方としては、「人事制度」とは従業員の「処遇」を決定する仕組みをさします。  ここで「処遇」という日常生活では見慣れない用語が出てきます。ただし、人事を語るうえで必ず押さえておきたい用語でもあります。処遇とは「立場を決め、それに相応(ふさわ)しい対応をすること」をさします。単純な例を出せば、「Aさんには人をまとめる力があるので、人を指揮・指導するような立場で働いてもらおう。その負担や責任は大きいので高い給与を支払おう」と決めるのが処遇する≠ニいうことになります。ただし、これらの処遇の決定は社員数が少なければある程度個別に実施できますが、一定数以上になると判断がむずかしくなりますし、不公平も生じてくることになります。そこで処遇を決定するにあたってのルール化、または根拠や基準が必要となります。それが「人事制度」です。処遇を決めるものという目的をそのまま表現して「処遇制度」と呼ばれることもあります。 人事制度は「等級」、「評価」、「報酬」で成り立っている  会社や組織での処遇を決めるにあたり、重要な機能は三つあります。 @社員をどのような立場・役割にするか、どのレベルの業務をになってもらうかを決める A立場や役割、業務に対してどのくらいの対価を支払うかを決める B立場や役割に相応しい実力を有しているか、業務をしっかり行っているか判断する  制度で表すと@は「等級制度」、Aは「報酬制度」、Bは「評価制度」です(図表)。この連載で今後取り上げる用語に付随して、それぞれ詳しく触れていく予定ですので、ここでは基本的な点を押さえていきたいと思います。 @等級制度  等級・報酬・評価の制度のなかで、もっとも理解がむずかしいのが等級制度でしょう。先ほど立場や役割、業務レベルを決定すると述べましたが、これを主に二つの仕組みで実現します。「等級」と「役職」です。どちらかというと「役職」の方がわかりやすいと思います。部長や課長など立場を示すもの、簡単にいうと偉さ≠示し、むずかしくいうと権限や裁量の程度を示すものになります。次に「等級」です。求められる役割や、業務に必要な能力を定める区分です。1級・2級など特定の記号で表され、区分ごとに役割や能力の定義が定められています。なお、その役割や業務をになう資格があるという意味で等級は「資格」と呼ばれることもあります。 A報酬制度  報酬よりも「賃金」という呼び方のほうが、人によってはなじみがあるかもしれません。立場や役割、業務に対しての対価の支払い方について定めるものです。この対価とは「給与」と「賞与」で構成されます。給与は「給料」、「月例給」などとも表現され、毎月支払われるものです。賞与は「ボーナス」という呼び方が一般的かもしれません。多くの会社で年間2〜3回支払われる一時金です。そして、この給与と賞与を合わせて年間で支払われたものを「年収」と呼びます。なお、退職後に支給される「退職金」も報酬制度に含まれます。 B評価制度  「評価」という用語は日常的に使われているので、もっともわかりやすいかもしれません。処遇と評価の関係でいえば、評価がよければ等級・役職・給与・賞与が上がるチャンスが増えます。ただし、これを経営者や上司の好みで決めてしまうと公平性の観点から問題がありますし、社員のモチベーションにも悪影響をおよぼします。そこで、「評価項目」や「評価基準」というものを定めて、求められていることがどの程度できたか(あるいはできなかったか)を判定していくことになります。これを判定するものとしてよく使われるものが「成果」、「能力」「行動」、「姿勢」などの要素になります。 年功序列≠生み出しているのは人事制度  ここからは、もう一歩ふみ込んで人事制度の特徴について見ていきたいと思います。  かつて日本の労働慣行の三種の神器≠ニ呼ばれているものがありました。「企業内労働組合」、「終身雇用」、「年功序列」のことです。ただし、この三つは現在では崩壊しつつあるともいわれています。労働組合の組織率(雇用者数に占める労働組合員数の割合)は2019年時点では16・7%で、平成が始まった1989年よりも10%近く下がっています(厚生労働省「令和元年(2019年)労働組合基礎調査の概況」)。  また終身雇用については、2019年にトヨタ自動車株式会社の豊田章男代表取締役社長が否定的な発言をしたことがマスメディアなどで大きく取り上げられました。年功序列についてはどうでしょうか。崩壊しつつあるという論調がありながらも、管理職層・経営層に中高年(特に男性)が多いことを考慮すると、年功傾向は現時点ではまだまだあるといえそうです。  さて、この年功序列ですが、人事制度と大きなかかわりがあります。年功序列制度≠ニいう制度は存在しないのですが、人事制度の運用の結果、年功的な傾向になるのはよくある話です。人事制度の組立ての基本を何に置くかで、運用上の特徴が決まってきます。 @職能資格制度(能力等級制度)  能力の高まりに応じて、処遇(等級や報酬)が上がる制度です。日本独自の制度ともいわれており、年功的運用を生み出しやすい制度です。「能力の高まりに応じるのなら年功にならないのでは」という声が聞こえてきそうですが、ここでいう能力に応じて≠ヘ、パフォーマンスの高い人の処遇がよいといったものではありません。人事で注意書きもなく「能力」といった場合、「経験によって積み上がるもの」であり、よほどのことがなければ下がることのないものを示します。そのため、長く勤続すればするほど理屈としては処遇がよくなっていきます。パフォーマンスが高く、若くして役職についた社員よりも、長年同じ仕事をしている社員の方が年収が高いという現象が発生することもあります。 A職務等級制度  職能資格制度を日本独自の制度とした場合、他国で主流なのは「職務等級制度」です。従事している仕事の価値によって処遇が決まるものです。例えば、職能資格制度では異動などで仕事内容が変わっても従事する人が変わらないかぎり処遇が変わることは基本的にはありません。一方、職務等級制度では同じ人でも仕事内容が変わると処遇が変わるのが基本となります。このため、前者を「人基準」、後者を「仕事基準」と呼ぶこともあります。日本が人基準であるのは、高度経済成長期の過剰なまでの人手不足に対応するため、長期勤続を前提にいろいろな仕事を経験させていく必要があったという事情があります。一方で他国が仕事基準を採用する背景には、処遇における人種差別を避けるため、どんな人が従事しても仕事によって処遇を決めていく必要があったといわれています。この場合、年齢や勤続年数などにかかわらず仕事内容によって処遇が決まるため、年功という運用結果にはなりにくくなります。 B役割等級制度  では、日本のすべての会社が職能資格制度かというとそうでもありません。事業環境の変化が激しい近年、年齢や勤続の長さよりもパフォーマンスにより処遇を決めていこうという考えの会社が増えています。それであれば職務等級制度を導入すればいいのですが、できれば長く勤めてもらい、いろいろな仕事も経験してほしいという企業側の要望もあり、仕事が変わると処遇が代わる制度は導入しにくいという事情もあります。そこで、2018年時点では30%程度の会社が導入し、今後も増加傾向にあるといわれているのが「役割等級制度」というものです(「労政時報」第3957号)。この制度は、職能資格制度と職務等級制度の両方の特徴を取り入れた制度といわれています。重要な役割をになえば高い処遇になりますが、その役割が大きく変化しないかぎり(異動などで仕事内容が変わる程度では)、おおよその処遇は維持されます。 高齢者の人事制度の動向  ここまで、人事制度の構成や特徴について見てきました。最後に高齢者の人事制度の動向について触れて締めくくりたいと思います。高齢者の人事制度は、定年退職の前と後で内容が変わります。定年退職前であれば何歳であっても同じ人事制度が適用され、処遇もほとんど変わらないのが原則です(人によっては役職を外れ、その分報酬が下がるというのが一部あるかもしれません)。  一方で、定年を迎えると同じ会社で雇用されても「継続雇用制度」というものが適用され、退職時の年収よりも3〜4割程度下がってしまうのが一般的傾向です(独立行政法人労働政策研究・研修機構「高齢者の雇用に関する調査」)。定年前にはあった賞与が定年後にはなくなり、給与そのものも減額され、評価も実施されないというケースも見られます。  役割・能力や仕事内容が同じであれば、処遇は維持されるというのが人事制度の基本的なスタンスです。一方で、継続雇用では処遇の切り下げが行われているのはなぜでしょうか。一つの理由としては、定年退職で一度雇用関係が終わっていて新たな雇用契約に基づくため、処遇の見直しをしやすいことが挙げられます。もう一つは、職能資格制度の運用により年功的に処遇が上がっている場合は、退職時の処遇の高さにパフォーマンスが見合わないということが、理屈上出てきてしまう点にあります。さらには、労働力人口が今後10年間で500万人程度減るといわれているなか(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」)、若手採用の市場が激化しており、そちらに人件費をふり分けたいとする企業の事情もあります。2013年4月1日施行の高年齢者雇用安定法の改正により、「65歳までの定年の引上げ」、「65歳までの継続雇用制度の導入」、「定年の廃止」のいずれかの措置をとることが始まって以来、継続雇用分をコストとしてとらえ、高齢者雇用の位置づけを「福祉的雇用」とみなした企業も多いという実態があります。  しかし、近年は高齢者雇用を「戦略的雇用」とみなし、高齢者に定年前と同じ役割や業務内容を求める代わりに、処遇も引き上げる会社が増えてきています。その背景には、若手の採用が年々困難になる、定年を迎える社員数が増加し続ける、職種によってはベテランの知見があらためて見直されてきている、といった点があげられます。  また、先に述べた処遇の切り下げが、本人たちのモチベーションや生産性を押し下げていることが問題視されてきています。そのため、視点をコスト≠ゥら活躍の促進≠ノ切り替え、定年退職前と同じ制度を適用したり、成果に基づく処遇の仕組みを導入するなど、高齢者雇用のあり方を見直している会社も増えてきています。継続雇用における人事制度の見直しが、高齢者雇用活性化のキーポイントになるのは間違いなさそうです。 ☆  ☆  さて、今回は初回ということで幅広く人事制度について解説しました。次回は、本稿最後に触れた高齢者雇用にまつわる制度の理解をより深めるために「定年」について解説する予定です。 図表 人事制度の全体像 等級・役職・コースと連動 等級制度 ●等級、役職 ●職務・勤務地限定コース、キャリア別コース ●昇格、降格要件 報酬制度 ●報酬体系 ●基本給、手当 ●定期昇給、昇格昇給 ●賞与 ●退職金(一時金・年金) 評価結果と連動 評価基準や方法と連動 評価制度 ●評価フォーマット ●評価基準 ●評価プロセス ●報酬への反映方法 出典:筆者作成 第2回 「定年」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者ならおさえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  連載2回目の用語として、高齢者雇用を考えるうえで現在大きな動きがある「定年」を取り上げます。定年とは「一定の年齢に到達すると、仕事や役割から離れること」ですが、一般的には、定められた年齢で雇用関係が終了する「定年退職」をさして使われます。 平均寿命の伸びと定年  現在の定年退職年齢の主流は60歳です。この年齢ですが、会社の方針により、60歳ではなく70歳など定年年齢を先延ばしにすることも可能です。しかし、60歳を前倒しして会社独自のルールを設ける(例えば50歳に設定する)ことは、高齢者雇用に対する義務を定めている「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(以下「高年齢者雇用安定法」)により許されていません。  ところで定年の年齢ですが、普遍的なものではありません。例えば筆者が初めて定年という用語を聞いたのは小学生のときでしたが、テレビでサザエさんのアニメを見ていて、当時54歳の波平さんが隠居に近いようなのんびりとした働き方をしているのも、55歳の定年間近だからと説明を受けて、妙に納得した記憶があります。この55歳というのは、大半の会社の定めであり法律上で明確になっていたわけではないのですが、60歳に引上げになった時期は法律上で明確です。高年齢者雇用安定法により1986(昭和61)年に60歳定年が努力義務となり、1994(平成6)年には60歳未満定年制が禁止されています。  では、定年年齢の変化とはどういったきっかけで起きるのでしょうか。ポイントとなるのは「平均寿命」と「健康寿命」です。先ほど登場したサザエさんの放送開始年である1969年の平均寿命は男性69・18歳、女性74・67歳。60歳まで雇用が義務化された1994年は男性76・57歳、女性82・98歳(厚生労働省「簡易生命表」)で、男女ともに7歳以上の伸びを示しています。このような平均寿命の伸びに合わせて、健康寿命(健康上の問題で制約されることなく日常生活を送ることができる年齢)も伸びる傾向にあります。健康寿命までは体力的に十分に就業可能と考えると、平均寿命の伸びに合わせて定年年齢を見直すのは自然の流れともいえます。このような流れのなかで、2012年の高年齢者雇用安定法の改正により、現在の65歳までの雇用義務化が定められました。 雇用義務化への対応法は大きく三つ  定年退職の最低年齢は60歳ですが、それ以降については、年齢を引き上げる「定年延長」や定年という制度そのものをなくす「定年廃止」、また最低65歳までの「継続雇用」の三つのうち、いずれかを実施するように法的に求められているのが65歳までの雇用義務化の意味しているところです。  定年延長や定年廃止に比べ「継続雇用」はわかりにくいと思います。継続雇用とは、いったん定年退職して雇用関係が終了した社員がさらなる就業を希望する場合、雇用契約を結び直して再雇用することをさします。継続雇用における処遇については、雇用契約の結び直しを機に、特に報酬面を見直す運用をしている会社が多いのが実態で、定年退職前の年収水準にくらべ30パーセント以上減額したうえでの雇用が一般的な傾向となっています(独立行政法人労働政策研究・研修機構『高齢者の雇用に関する調査』2016年)。  しかしながら、定年退職前とまったく同じ職務や責任・負担でありながら減額されることもあり、問題も生じています。例えば、この点で争われた「長澤運輸事件」※は2018年に最高裁判所による判決が出て、かなりの注目を集めました。退職前との処遇格差そのものは否定されないものの、不合理な格差は許されないという主旨です。それならば継続雇用という方法をとらずに、定年延長に一本化したほうがよいという議論もたしかにあります。しかし、一気に定年延長を行うと総額人件費の上昇につながり企業経営を圧迫する、本人の体力や気力に応じた働き方とそれに見合った処遇に見直す機会が失われるという意見も強く、なかなか定年延長にはふみ込めないのが実情です。2019年時点では、雇用確保の方法として約8割の会社が継続雇用制度を選択しています(厚生労働省「高年齢者の雇用状況」集計結果2019年)。  今後の動向は70歳までの就業機会確保  さて、ここからは今後の動向について見ていきましょう。2012年の65歳雇用義務化からさらに状況が変わり、直近の公表で平均寿命(2018年時点)は男性81・25歳、女性87・32歳、健康寿命(2016年時点)は男性72・14歳、女性74・79歳(第11回健康日本21(第二次)推進専門委員会資料2018年)です。なんと、健康寿命は先に述べた1969年の平均寿命を超えています。「人生100年時代」や「生涯現役」というフレーズもここ数年でよく見られるようになり、かつての60歳以降=定年=隠居というイメージはすっかりなくなり、60歳以降もこれまでつちかったスキルや経験を活かして働く、体力や気力がある間は働くという意識やライフスタイルへ転換してきています。このような情勢をふまえ、70歳までの就業機会確保が来年(2021年)4月施行で努力義務となります。  この努力義務にはすでに解説した「定年廃止」、「定年延長」、「継続雇用」のほか、「他企業への再就職支援」、「継続的な業務委託」、「社会貢献活動への従事」ができる制度の導入が盛り込まれ、従来よりも幅広い選択が可能となっています。注意しておきたいのが、定年の最低年齢は60歳のままで、定年年齢の引上げに直結しているわけではありません。ただし、過去の経緯から見られる通り、努力義務から雇用義務へ、それにともない定年の引上げとなることは十分に想定されます。会社にとっては70歳雇用延長または65歳定年引上げを前提とした社員のキャリアプランや人事制度の見直しが今後は重要課題となると考えられます。また、本人にとっても、どのようなスキルを武器にいかに活躍していくかという長い目で見たキャリア形成を真剣に考える時期がきているともいえます。 ☆  ☆  次回は定年退職に密接にかかわる「退職金」について解説する予定です。 ※ 長澤運輸事件……定年退職後、嘱託社員として再雇用された社員らが、職務の内容は正社員時代と同一であるにもかかわらず、正社員と比べて2割程度低い賃金とされたことについて、労働契約法第20条に違反し無効であると主張していた事件 第3回 「退職金」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者ならおさえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  第3回目に取り上げるのは「退職金」です。昨年、金融庁金融審議会のワーキング・グループの報告書(「高齢社会における資産形成・管理」)をめぐって、老後2千万円*竭閧ニして話題になりました。また老後の生活資金の問題について書かれている書籍もたくさんあり、平均寿命の延びに合わせて、退職後の資金についての関心が高まっていることは間違いなさそうです。 退職金の種類はさまざま  退職金とは、退職した社員に支給されるものであることは読んで字の通りなのですが、種類は多岐にわたります。細かい制度区分を説明すると複雑になるので、基本的なところをおさえておきたいと思います。 @支給方法  「退職一時金」と「退職年金」の二つの方法があります。一時金の方は一括で支給されるもの、年金は分割で支給されるものです。一般的には高額の退職金を退職時に一気に受け取るイメージで語られており、統計上も一時金で支給している会社が7割程度で、年金のみで支給している会社はわずかです。ただし、一時金と年金を併用している会社も一定程度あります(図表)。一括支給だけだと、生活費ではなく臨時収入として早期に使い果たしてしまうこともあり、併用の方が社員の生活設計に配慮した支給方法といえます。 A積立・運用方法  企業はその年に発生する退職金を毎年調達するわけではありません。一定のルールに従って積み立て、運用して退職金支給の準備をします。代表的なものとしては「確定給付」と「確定拠出(企業型)」があります。確定給付とは、あらかじめ将来の給付額を決定し、その給付額をまかなうために必要な掛金を企業が準備し、運用するものです。運用がうまくいかずに給付額が準備できなくなると、企業が補填する必要があります。一方、企業が準備するのは掛金のみなのが、確定拠出(企業型)です。こちらは、企業が準備した拠出額を社員個人が運用するため、給付額は個人の運用次第ということになります。確定給付とは異なり、運用がうまくいかなかった分を企業が補填する必要がないため、企業の負担は軽くなります。社員にとっても個人別の口座で運用するので、定年前に退職しても個人型の確定拠出年金(iDeCo(イデコ))や転職先の企業が確定拠出(企業型)の制度を有している場合、その資金を移管して運用し続けられるメリットもあります。なお、確定拠出(企業型)は2001(平成13)年に開始された制度で歴史は浅いですが、2018年時点での東京都の導入状況を見てみると、45・1%と、確定給付型44・5%に対して拮きっ抗こうしています(東京都「中小企業の賃金・退職金事情」2018年)。 B算定方法  退職金算定方法の基本形は、勤続期間連動です。勤続期間が長い=積立期間が長いため、長く勤務したほうが退職金の額が大きくなるのが一般的です。そのため、算定方法としては退職時基本給に勤続年数や勤続年数ごとに設定された係数を乗じて計算する方法がかつては主流でした。しかし、基本給をベースアップした際に連動して退職金も上がってしまうなどの予期せぬ副作用≠烽り、基本給ではなく別の算定基礎額を使う「別テーブル方式」や、等級や役職によって毎年のポイントが決定し、その集計によって支給額が決定する「ポイント式」を用いたりするケースも増えています。 退職金支給の意義は三つ  さて、この退職金ですが、法律で支給が定められたものではありません。統計上、3割程度の会社が制度を有しておらず、企業規模が小さくなるほど導入率は低くなります(図表)。退職金の平均額は統計上、企業規模や学歴によって異なるのですが、例えば2018年の就労条件総合調査(厚生労働省)によると、35年以上勤務の一人あたり給付額は大学・大学院卒で、企業規模計で2173万円、100〜299人規模でも1785万円という金額にのぼります。この金額は、企業側にすると人件費上ではかなりの負担になるのは間違いないのですが、制度があること自体が当然で、なぜ退職金を支給するのかを考える機会は少ないと思われます。  退職金支給の意義ですが、「生活保障」、「功労報奨」、「賃金後払い」の三つがあるといわれています。生活保障については、家族手当などと同様に社員の生活を会社が支えるという考えが根底にあります。功労報奨とは、勤続期間全体を会社への貢献とみなし、その還元を長期インセンティブとして退職時に行うというものです。賃金後払いについては、実務的には本来毎年支払うべき給与から一定額を拠出して、退職金用に積み立てていくという設計上の事情が背景にあります。このようにみると、日本の雇用の特徴といわれる「終身雇用」、「長期勤続」を前提とした制度であるといえます。そのため、ベンチャー企業などでは長期勤続を前提とせず、退職金制度を設けずに、掛金分を前払いとして、給与に乗せているケースもあります。  しかし、社員側が退職金を含めてトータルで報酬全般をとらえることはありません。若年層にしてみると、退職(特に定年退職)は遠い先の話であり、退職金の水準よりも単年度の年収が高い方が魅力的に映ります。一方、40歳を超えるあたりから、老後の生活設計を含めて退職金の額が初めて気になるくらいのものであり、退職金の意義が十分に伝わっていないことも否定できません。人生100年時代を見すえると、生涯報酬や老後の働き方とセットで退職金の在り方や支払い方も議論し、社員に伝達する必要があるのではないかと筆者は考えています。 ☆  ☆  次回は働き方全般にかかわる「キャリア」について解説する予定です。 図表 退職金の支給の方法 (単位:社、%) 集計企業数 制度あり 退職一時金のみ 退職一時金と退職年金の併用 退職年金のみ 制度なし 無記入 調査産業計 1,060 (100.0) 756 (71.3) 〈100.0〉 574 〈75.9〉 156 〈20.6〉 26 〈3.4〉 256 (24.2) 48 (4.5) 10〜49人 618 (100.0) 398 (64.4) 〈100.0〉 332 〈83.4〉 56 〈14.1〉 10 〈2.5〉 195 (31.6) 25 (4.0) 50〜99人 279 (100.0) 221 (79.2) 〈100.0〉 157 〈71.0〉 56 〈25.3〉 8 〈3.6〉 43 (15.4) 15 (5.4) 100〜299人 163 (100.0) 137 (84.0) 〈100.0〉 85 〈62.0〉 44 〈32.1〉 8 〈5.8〉 18 (11.0) 8 (4.9) 出典:東京都「中小企業の賃金・退職金事情」(2018年) 第4回「キャリア」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者ならおさえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回で連載4回目となります。第2回「定年」、第3回「退職金」と、60歳以降に大きくかかわるものを取り上げてきましたが、今回は少し視野を広げて職業人生や働き方全般にかかわる「キャリア」と、関連する用語について解説していきます。 「キャリア」の定義はむずかしい  「キャリア」という用語は、さまざまな場面で目にする機会が多い用語です。ただしあらためて定義を問われると、なかなか明確には答えにくい用語の一つだと思います。インターネットなどを見てもさまざまな定義が出てきます。  少し古い資料ですが、2002(平成14)年に厚生労働省が発表した「キャリア形成を支援する労働市場政策研究会」報告書というものがあります。ここではキャリアを一般に「経歴」、「経験」、「発展」さらには、「関連した職務の連鎖」などと表現し、「時間的持続性ないし継続性を持った概念」と定義しています。少々回りくどい表現になっていますが、端的には「職務や関連する活動による経験」といえるでしょう。  ポイントは報告書の定義にあるように時間的な継続性が含まれる点です。このため、理想的なキャリアの積み方を企画する「キャリアデザイン」や、職務経験などを通して個人の能力開発をうながしていく「キャリア形成」は、中長期的な時間軸が必要な要素となってきます。個人が歩んできた職業やスキル習得も含めた経験が、将来の生き方に影響を与えることは実際にあります。  例えば、筆者の話で恐縮ですが、大学卒業直後に入社したのは出版社で、8年経ってからまったく経験したことのない人事関連のコンサルティング会社に入社しました。ここで直接的には職業経験は一度途切れていますが、日常的に文章を書くことが多いコンサルタント業務をするうえで、出版社時代の文章の書き方や、校正の経験が非常に役立っています。ずいぶん関係ないところで影響するものだと自分でも思いますが、キャリアの中長期的な時間軸からすると不思議なことではないのかもしれません。 キャリアへの関心の高まり  以前から働く人にとってキャリアは関心事の一つでしたが、近年「人生100年時代」を背景として、キャリアについての関心がさらに高まっていると感じます。かつては若年層がいかによい会社に入るか、希望の仕事をするかといった文脈で語られることが多かったのですが、近年は定年や寿命の延びに関連して、職業人生を含めた人生全体を、いかに充実したものにするかという広いとらえ方になってきています。  例えば、会社の選び方も「就社から就職へ」といわれることがあります。この場合の「就社」は、終身雇用を前提に安定性や将来性のある会社に入社することに関心がもたれていますが、「就職」は就いた職務により、経験やスキルを積み、それを活かして自身が望む仕事や生き方ができるのであれば、転職や独立も選択肢に含まれるという考え方です。  「平成31年度新入社員『働くことの意識』調査結果」(図表1)によると、特徴的なのは会社の選択理由として「能力・個性を生かせる」、「仕事が面白い」が半数超の回答で、「会社の将来性」という回答は長期にわたって減少傾向を示しているうえに、もっとも低い回答になっています。各社の採用ホームページなどを見ても、会社の素晴らしさよりも、どのような経験を積めるか、自身を活かせるかという点で訴求しています。  これは高齢者雇用でも同様です。経済産業省が作成した「『人生100年時代』の企業の在り方」(2017年)という資料で、よくまとめられています。要旨は、従来のキャリアは終身雇用を前提に会社がつくるものでしたが、これからは社員が自律的にキャリアをつくり、独立や転職などの社外転身も視野に入れるというものです。本資料でも指摘されていることですが、社内のほかのだれかに代替が利きやすい仕事をしているかぎり、高齢者雇用では定型作業や雑用などの「低付加価値労働」のにない手として位置づけられます。  一方、社外も見据えたキャリア形成をしていくのであれば、社外でも通用するスキルや専門性を習得していかなければならず、それを武器とすれば社内で継続的に働く場合でも、60歳以前と同じような働き方をし続けることができることになります。  本連載第2回にも記載した通り、法改正による70歳までの就業機会確保の努力義務(2021年4月施行)で、定年廃止・定年延長・再雇用に加えて、「他企業への再就職支援」、「継続的な業務委託」、「社会活動への従事」が追加されました。これは選択肢が広がる一方で、特に他企業への再就職や業務委託は同一会社での継続雇用よりもより難易度が高く、キャリアに対する意識を変えて自身の得意領域を明確にしていかないと、現実的にはむずかしい領域となります。 会社としてのキャリア開発支援が重要  ただし、誤解のないようにしておきたいのは、キャリア形成を本人任せにするという意味ではありません。会社として支援することは引き続き重要です。従来は会社が最適な視点で社員へ職務を付与し、60歳や65歳で雇用関係が終了すれば後は関係ないというスタンスが一般的でしたが、今後は長い就業期間や雇用関係の終了後も見据えて、どのようなスキルや能力を習得して働くことが会社にとっても本人にとってもよいのかを、ともに考えていくようなスタンスに変えていく必要があります。会社が施策を打って習得を支援する場合は「キャリア開発支援」と呼びます。  キャリア開発支援にはいくつもの方法があります。一般的な施策として、まずは「ジョブローテーション」があげられます。社員に複数の職務を経験させるものです。これは日本企業の人材活用の特徴として、かなり昔から行われています。  近年はいくつもの職務を経験させることは専門的なスキル習得の妨げになるとして否定される向きもありますが、本人の適性を見極め、また仕事や視野の広がりを持たせるためにも重要な施策です。自身が向いていると感じていることと、実際にできることには少なからず乖離(かいり)があります。これは実際に経験してみないとわからないことです。また、長年同一職務しか行っていない場合、どうしても視野が狭くなります。製造系の会社で本社の管理部門の社員を工場に一定期間配属させることがありますが、この目的は現場目線の獲得にあります。ジョブローテーションが無駄なもの≠ニして感じられる場合は、無計画に行っているか、ローテーションの意図を本人に伝えていないことなどが理由として想定されます。  次にあげられる施策には「フィードバック」があります。業務に関する取組みや行動について、よかった点や改善点を明らかにして、本人に伝えることです。人事評価の結果について上司が部下に伝えるのが、多くの会社にあるフィードバックの機会です。  フィードバックの目的は、本人の行動改善や動機づけをすることで成長をうながすことにあります。しかし、一方的に伝えるだけでは成長につながらない、お説教のようになりかえって逆効果という声もあります。そこで、近年では上司・部下間で本人のキャリアや成長について定期的に話し合う「1on1(ワンオンワン)」という取組みを行っている会社もあります。  キャリア開発において話合いは重要で、先ほどの工場への異動の例をとってみても、異動の意義が本人にしっかり伝わっていれば、工場勤務は視野を広げるために重要な経験になりますし、意図が伝わらず本人の意にも沿っていない場合は、本人にとっては無駄な期間になってしまいます。  会社が考える適性配置やジョブローテーションと、本人の希望がかみ合わないことは多々ありますが、その溝を埋めていくのは対話による意識のすり合わせであるといえます。  施策の最後としてあげられるのは「キャリアパス」の設定です。キャリアパスとは社内で社員が目ざすことのできる役職や職務などを明らかにして、そこに向けてどのような経験やスキルが必要か過程を示すものです。  わかりやすいのが、人事制度で「マネジメント職(管理職)」と「専門職」の二つを目ざせるとして「複線型のコース制度」を用いている会社です。  この場合は管理職になり課長・部長と職位を上げていくほかに、自身の職務の専門性を磨けば、部課長と同等の処遇で働くことができることを示しています。そこに至るまでに「等級」という複数段階のステップがあり、等級ごとにどのような能力を身につけ役割を果たせばよいかなど定義が定められ、それをクリアしないと上のステップに上がれない仕組みになっています(図表2)。特にマネジメント職には適性があり、プレーヤーとしては優秀だが課長として組織運営や部下サポートをやらせたら向いていなかったというのはよくあるケースです。このため、課長に就任させる前に小規模組織の運営やプロジェクトリーダーを経験させて、適性を見極めるという取組みをしている会社もあります。 セカンドキャリアを意識する  人生100年時代を見据えたキャリアを考えた場合、会社のキャリア支援策をただ受け止めるだけではなく、加えて「セカンドキャリア」を意識して自身の武器となるスキルや能力を高めていくことを、本人が主体的に行うことが必要です。  セカンドキャリアとは、第二の職業人生≠ニ説明されることが多いですが、より長い期間で考えると生き方をどうするか≠ニいう、より広い視野に立つものになります。かつてはセカンドキャリアといった場合、55歳あたりから考えるものとしてとらえられていましたが、近年では遅くとも40代から意識するものという認識が広まっています。書店でよく見かける○歳から考えるキャリア≠ニいった書籍も、対象年齢が早まってきています。  人生が長くなったのに、セカンドキャリアを考えるのが早まっているのは一見矛盾しているようですが、考える内容が大きく異なっています。55歳あたりから考えるセカンドキャリアは、退職までの働き方や退職後の過ごし方、資金計画などがおもな内容でした。一方で近年の内容は、いかに長く活躍するか、充実した人生を生きるかに主眼が置かれています。  先に述べたように、同じ会社で働き続ける、違う会社で活躍する、起業して働けるかぎり働く、働くだけでなく地域や社会に貢献するなど、さまざまな選択肢が視野に入ります。退職後、喪失感によりやる気をなくす、やることがなくなるなどの声もありますが、あらかじめ自身にとって最適なセカンドキャリアを考え、準備ができていれば、退職いかんにかかわらず充実した人生を送ることができるのではないでしょうか。  そのため、「セカンドキャリア研修」を実施して意識づけをしたり、他社での豊富なキャリアを持つ就業意欲のある方を積極的に採用し、活躍の場を提供するなど、会社としての役割も高まっています。 ☆  ☆  今回は「キャリア」について解説しました。次回は、雇用延長とも密接に関連する「賃金カーブ」について取り上げる予定です。 図表1 会社の選択理由(主な項目の経年変化) 会社の将来性 技術が覚えられる 仕事が面白い 能力・個性が生かせる 出典:「平成31年度新入社員『働くことの意識』調査結果」(公益財団法人日本生産性本部) 図表2 ジョブローテーションとキャリアパス <等級> 5級 4級 3級 2級 1級 職種 営業 事務 製造 総合職/専門職分岐 キャリア選択期間 (職種内異動が主) ジョブローテーション期間 (職種間異動を含めさまざまな仕事を経験) 第5回 「賃金カーブ」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者ならおさえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  第5回目は「賃金カーブ」です。賃金カーブは、日ごろ聞きなれない用語かもしれません。図表を見るとわかりやすいですが、横軸が年齢、縦軸が給与の水準を示したものです。年齢や勤続年数に応じた給与の上昇傾向といえます。 賃金カーブの基本は右肩上がり  年齢や勤続年数を重ねると、給与は上昇していくものというのが一般的なイメージですが、それが本当かと疑問に思ったことはないでしょうか。あたり前のことのようですが、実はこの問いは、筆者がまだ駆け出しコンサルタントのころに、お客さまから受けたものです。それまで給与は年を重ねると上がるもの≠ニ思い込んでいたため、答えに窮きゅうした覚えがあります。  実は年齢や勤続年数によって賃金カーブが上昇するのは、一部の属性といわれています。図表を見ていただくと一目瞭然ですが、男性は50代半ばまで上昇しますが、女性の上昇傾向は明確ではありません。誌面の都合上、いろいろなグラフを載せることはできませんが、例えば、いわゆる正社員は上昇傾向ですが正社員以外は横ばい、金融・保険業は大きく上昇傾向ですが、サービス業関連は緩やかな上昇になっています。関心のある方は「令和元年賃金構造基本統計調査の概況」(厚生労働省)を見ていただくと、複数の切り口で賃金カーブのグラフが掲載されており、傾向が把握できると思います。給与が上昇するというのは男性・正社員・一部の企業にはいえることですが、他の属性では必ずしもそうではないということが分かります。  人事の世界では、一般的にイメージされていることと実態が必ずしも一致しないことがありますが、その一例といえます。一方でイメージ通りなのは、男性のグラフで比較するとわかりますが、20年以上前と比較して、全般的に賃金カーブは低い水準にあります。これは、バブル経済崩壊以降に男性の雇用形態が正社員以外に分散したことや、次に述べる昇給やベースアップを抑制してきたことが影響しています。 給与はなぜ上がるのか  傾向を把握したところで、賃金の上がる方法について説明します。大きな要素は「昇給」、「ベースアップ(ベア)」、「最低賃金の改定」の三つです。「昇給」は、能力レベルの向上や年間の勤続に報いて給与が一定額(率)増える仕組みをさします。年に1回行われることが多いため「定期昇給」と呼ばれることもあります。昇給のある会社では一般的には給与の最大額と最小額を定めた「給与テーブル」があり、その範囲内で給与を上げていくことになります。  次の「ベースアップ」は、給与テーブル自体を底上げする行為です。テーブル自体が引き上げられるので、適用される社員も全員、同額(率)上がるのが基本です。日本経済団体連合会(経団連)が公表している「昇給・ベースアップ実施状況調査結果」(2019年)を見ると、2013(平成25)年まではベースアップはほぼ実施されていませんが、2014年以降は調査企業の半数程度がベースアップを実施しています。ベースアップの本来の目的である物価上昇への対応が、長引くデフレ経済により不要になっていましたが、2014年以降は成長戦略の一環として政府主導で推進されたことに起因しています。  最後に「最低賃金の改定」です。最低賃金は1時間あたりの給与(時給)の最低額を示したものであり、毎年10月に改定されるのが通例となっています。基本は都道府県別に定められ、一部産業別に定められています。2019(令和元)年10月の改定では、全国加重平均では874円から901円へと約3%のアップでした。2018年10月の改定も同様の傾向であり、先述の経団連調査によると昇給・ベースアップなどを合わせた給与の引き上げが2%程度であるのに対し、毎年比較的高い推移での見直しが図られています。しかし、本稿を執筆している8月時点では、2020年の改定は新型コロナウイルスによる景気悪化の状況を受けて、現状程度にとどまることが想定されています。 高齢者雇用と賃金カーブ  最後に高齢者雇用と賃金カーブの関係について見ていき、本稿を締めくくりたいと思います。図表を見ていくと、50代半ばをピークにカーブが引き下がっています。これは後進に道を譲ることを目的に役職を外れ、その分の給与が減額される「役職定年」や、昇給停止の制度が50代に設けられていることなどが要因となっています。  また、図表のグラフからは読み取れませんが、60歳でカーブが落ち込み、それ以降は横ばいになっています。60歳以降の雇用は約8割の会社が1年更新の再雇用制度を採用しており、雇用の継続性がない前提で、昇給制度を設けていないことに起因しています。モチベーションの観点や、ほかの年齢層との公平性の観点から、これらの施策をあらためるべきとの意見がある一方で、今後のさらなる雇用延長を見据えると、人件費全体の検討が必要です。  そのため、カーブの上昇を緩やかにする分、高齢者雇用における水準落ち込みも緩やかにするカーブ全体の見直しに取り組んでいる会社も増えてきています。 ☆  ☆  今回は「賃金カーブ」について解説しました。次回は、高齢者雇用においても必要性が高まっている「人事評価」について取り上げる予定です。 図表 性別、年齢階級による賃金カーブ 各調査年の男女計「20〜24歳」の平均所定内給与額=100 男性1976年 男性2019年 女性2019年 女性1976年 女性1995年 男性1995年 注1:1976年、1995年、2019年の各調査年での男女計の「20〜24歳」の平均所定内賃金額を100としたときの各年齢階級の平均所定内給与額をあらわしている 注2:19歳以下と60歳以上では調査年により年齢階級区分が異なるため、労働者数ウェイトを用いて区分を統合した値を推計した 出典:労働政策研究・研修機構(資料出所:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」)https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0405.html 第6回 「人事評価」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者ならおさえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  第6回目に取り上げるのは「人事評価」です。おそらく、人事関連の用語のなかでもっとも浸透しているものだと思います。簡単にいうと、定められた基準に基づき、優劣を判定することです。会社が人事評価を仕組み化する場合、業務上の成果や本人の能力、仕事に取り組む姿勢、日常行動などの「評価項目」別に基準を定め、判定します。その評価の結果を昇給や賞与、昇格・昇進(俗にいう出世=jなどの処遇変更に反映させることが一般的です。  高齢者雇用においては、特に継続雇用・再雇用の場合は1年間という短期的な契約が多いため、これまでは人事評価を実施しないのが主流でした。しかし現在では、60歳以降の社員に対しても50%以上の会社が人事評価を実施または実施検討中であり、うち60%程度の会社が報酬改定に活用している状況にあります(労働政策研究・研修機構『高年齢者の雇用に関する調査』2020年)。高齢者の活躍推進にあたり、人事評価の正しい理解と運用が重要となっています。 絶対評価と相対評価  ここからは、人事評価を運用するうえでポイントとなる点について解説していきます。まず、必ず押さえておいていただきたいのが、「絶対評価」と「相対評価」の違いです。  絶対評価とは、定められた基準に対しての達成度合いで優劣を判定するものです。例えば、半年間で5千万円の売上げを達成することがAさんの目標の場合、5千万円の売上げがあれば標準、6千万円なら優秀、4千万円なら劣った評価となります。一方で相対評価とは、比較によって優劣を判定することです。先ほどの例であれば、Aさんに5千万円の売上げがあっても、Bさんが7千万円、Cさんが1億円だった場合、Aさんはもっとも劣った評価になります。  このように書くと、絶対評価で評価すべきですねといわれそうですが、そう単純な話ではありません。たしかに、評価される側(被評価者)のモチベーションや客観性といった面を考慮すると絶対評価の方がよさそうですが、処遇変更の判断に使う場合は、絶対評価だけでは運用しきれない部分が出てきます。先ほど出世≠ニ書きましたが、これが一番わかりやすいと思います。課長→部長→役員→社長になるにつれ、人数としては絞り込んでいかなければなりません。「絶対評価がよいので、社長が5名います」、という会社はありません。ここには、比較してだれがもっともふさわしいかという判断が必ず出てきます。人件費の面でも同じです。絶対評価が全社員よくても、社員を比較して優秀な順に配分しないと昇給予算に収まらない場合があります。このように、定員を意識すべき場合は相対評価とするのが妥当ということになります。  人事評価制度導入の目的は、人材育成と処遇の決定(「査定」ともいいます)とよくいわれます。人材育成には、基準に対してできた点と改善点を明らかにして、本人と話し合うのが有効です。しかし、処遇に結びつける際には、実務上定員を意識して相対評価で決定していきます。 定量評価と定性評価  「定量評価」と「定性評価」についても、特徴を押さえてうまく使い分けることが、人事評価の運用上のポイントになります。定量評価は、判定の基準を数値化したものです。先ほど述べた目標5千万円のケースであれば、5千万円に対してどの程度超えたか、足りなかったかで評価が決まります。  一方で定性評価は、数値で判断できない貢献や、業務プロセスなどを評価するものです。例えば、AさんとBさんともに売上げ5千万円の場合は、定量評価では標準評価となりますが、商圏の難易度という定性評価も加味すると、難易度が低いAさんよりも、高いBさんの方が高評価となります。  仕事の内容によって、定量評価と定性評価の向き不向きがあります。営業職の場合は売上げや利益の数値目標の達成が主なミッションとなるため、数値による評価が容易です。一方で、人事担当や事務職にはむずかしい面があります。例えば、自社で活躍できる人材の獲得が採用上のミッションであるにもかかわらず、採用者数で評価することが前面に出ると、自社には向かない人材まで採用するという行動をとってしまい、本来の目的とのミスマッチが起きてしまいます。また、事務処理をミスなく期日通りに行う業務に従事している場合など、そもそも判定の基準を数値化しにくい仕事は実際にあります。  このような場合は、客観性のみを重視して無理に定量評価するのではなく、目ざしてほしい状態や行動を評価者と被評価者でよく話し合い、合意して、定性的に評価していくのが望ましいといえます。 人事評価はとてもむずかしい  概念的な整理よりもむずかしいのが、実際の人事評価運用です。モチベーションや処遇に影響することから、被評価者の納得度の高い人事評価が望まれますが、どんなに追求しても完成形がありません。二つの主な理由があると筆者は考えています。一つ目は、そもそも人それぞれ異なる仕事や環境、保有している能力のなかで、統一の基準での評価は困難ということです。もう一つは根本的な話になりますが、人が人を評価するのはそもそもむずかしいということです。評価が厳しい・甘いなどの評価の傾向は、人の価値観や性格の影響から免れないといわれていますし、日ごろの評価者・被評価者の関係性が良好でない場合は、評価者がどんなに客観性に配慮して評価しようとも、被評価者からすると評価者への不満が評価そのものの納得度の低さにつながっていくからです。  高齢者雇用においても同様で、元の部下がマネジメントを行っている場合などは、評価する側とされる側の立場が逆転します。その状況に高齢者側は抵抗感を持ち、評価する側はやりにくさがあるという話がよく出てきます。これについては、一人の上司が評価を決定するのではなく、複数の評価者の合議で評価を決定する、客観的判断がしやすい定量評価中心とする、評価者訓練などで評価者・被評価者の両者に定期的に意識づけをするなど、お互いが受け入れやすい状況をつくり出すことも必要となります。 ☆☆  次回は、今回出世≠ニいう言葉で表現した「昇格・昇進」について取り上げる予定です。 第7回 「昇格・昇進」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。 「昇格」と「昇進」の違い  「昇格」と「昇進」は言葉も似ていますし、混同されることが多い用語です。文章だけで理解するのはむずかしいので、「等級体系」を表した図表を使って説明します。等級については連載第1回(本誌2020年6月号)の「人事制度」で解説しましたが、求められる役割や業務に必要な能力を定める区分のことです。図表では1等級〜M2等級までの記号で書かれた部分になります。1等級が求められる役割や能力のレベルがもっとも低く、上の等級に移動するほど高くなります。この上への移動を「昇格」といいます。各社員を本人のレベルにあった等級に配置しますが、等級=格とみなして「格付」と呼ぶこともあります。  一方で「昇進」は図表では「役職」と書かれた部分にかかわってきます。役職は権限や裁量の程度を示すものになります。こちらも下の課長補佐の権限や裁量がもっとも小さく、上の役職になるほど大きくなります。この役職が上がっていくことを「昇進」と呼びます。まずは、この昇格と昇進の違いを押さえておいてください。なお、昇格・昇進とは逆に下がっていくことを「降格・降職」と呼びます。 昇格・昇進とポスト  ここまで解説したところで、等級と役職が分かれているから複雑になるのであって、等級・役職、昇格・昇進を一体化したらよいのではないかと疑問を感じる方もいるかもしれません。しかし、「ポスト」という観点から一体化はむずかしいといえます。ポストとはいろいろな解釈のある用語ですが、人事では組織の責任者(組織長)≠ニとらえて間違いはありません。例えば、組織図上の部組織の長は役職では部長となります。組織長は1名でないと指揮命令系統(「レポートライン」とも呼びます)が混乱するため、部長も1名となります。ところが、ポストにはかぎりがあります。だれかが組織長になるとしばらくはほかの社員が昇進できず、報酬も上がらないという現象が起きます。そこで、図表のように部長と同格だが、組織長でない「担当部長」という役職を置いて処遇することがあります。組織長ではないが、部長並みに重要な役割をになう役職です。この場合は部長も担当部長も同格(同じ難易度の役割をになう)であることを示すために、等級というレベルを示す区分が必要となります。また、役職者未満(図表では「一般職」)であっても、だれが組織長の候補者としてのレベルに達しているかを判断するために、等級による区分が必要です。図表の場合、課長の候補者となり得るのは5等級に配置されている人材ということになります。このように、実際の役割に則しているのは役職ですが、その役職の就任に該当するレベルの人材を同等級に配置したほうが、機動的に運用できるという理由から、等級・役職、昇格・昇進は分離することになります。 「管理職」と「管理監督者」は異なる  課長・部長などの組織長への昇進、もしくは対応する等級に昇格すると「管理職」と呼ぶ会社が多くあります。文字通り組織を管理する立場になるため、このように呼んだりするのですが、労働基準法第41条の「管理監督者」とは異なるという点に注意が必要です。この二つも昇格・昇進並みに混同されて使われているため、本稿で触れておきます。厚生労働省の『労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために』(2008年)というパンフレットには、「『管理監督者』は労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者をいい、労働基準法で定められた労働時間、休憩、休日の制限を受けません。『管理監督者』に当てはまるかどうかは、役職名ではなく、その職務内容、責任と権限、勤務態様等の実態によって判断します」とあります。  管理職と呼んでいる役職者には、要件を満たしていないにもかかわらず、管理監督者とみなして時間外手当や休日出勤手当を支給しないケースも見られます。真に管理監督者であれば支給対象外ですが、そもそも管理職が管理監督者に該当しないとなると「賃金未払い」の状態になるため注意が必要です。自社の管理職が管理監督者に該当するかどうか疑問に感じる場合は、弁護士や社会保険労務士などの専門家へ相談することをおすすめします。 高齢者雇用と昇格・昇進  昇格・昇進の話に戻ります。多くの会社では50〜55歳あたりで昇格・昇進がストップするのが一般的で、一定年齢に達すると役職から外れる「役職定年」を導入している会社もあります。少なくとも定年時には役職を外れたうえで、再雇用へと切り替えることがほとんどです。そのため、60歳以上の雇用については役職も昇格・昇進もない状態が多く見られます。しかし、本来は後進に道をゆずる意味も込めての措置でもあったところ、昨今の人手不足により代わりの人材がいないという事情もあります。また、今後の70歳までの長期雇用を見据えると、昇格・昇進と年齢を切り離して考えた方がむしろ現実的な対応となり、本人のモチベーションに寄与する可能性にも触れておきたいと思います。 ☆  ☆  今回は「昇格・昇進」について解説しました。次回は、最近話題になることが増えている「諸手当」について取り上げる予定です。 ※ 第1回(6月号)〜第6 回(11月号)はホームページでご覧になれます。 エルダー 人事用語辞典 検索 図表 等級体系 管理職 一般職 〈等級〉 昇格 M2等級 M1等級 5等級 4等級 3等級 2等級 1等級 〈役職〉 昇進 部長 担当部長 課長 担当課長 課長補佐 出典:筆者作成 第8回 「諸手当」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回取り上げるのは、最近話題になることが増えている「諸手当」についてです。手当の前に諸≠ェついているように、手当には多くの種類があります。会社勤めをしているほとんどの方の給与明細には、何かしらの手当項目があると思います。それにもかかわらず、従来それほど注目されてこなかった手当ですが、最近は「人手不足への対応」、「テレワークの拡大」、「同一労働・同一賃金への対応」という三つの観点からあらためて注目されているように感じます。 手当とは何か  手当には、「住宅手当」のように支給目的に関する用語をつけるのが一般的で、ある意味わかりやすい給与項目です。そのため、手当の項目を見るとどのような会社なのか≠ェみえてくるといっても過言ではありません。  手当とは簡単にいうと「基本給」以外に支払われる給与項目のことです。それでは、基本給とは何かという話になると、厚生労働省が毎年発表している就労条件総合調査では、「毎月の賃金の中で最も根本的な部分を占め、年齢、学歴、勤続年数、経験、能力、資格、地位、職務、業績など労働者本人の属性又は労働者の従事する職務にともなう要素によって算定され支給される賃金」と定義されています。基本給は労働に従事しているかぎり必ず支給されるものですが、手当は条件次第で支給されるものといえます。この条件については就業規則や給与規程などで、どのような場合にいくら支給されているかを明記しておくのが原則となります。 手当は支給目的が重要  それでは、なぜ給与は基本給だけでなく、手当を切り出しているのかについて見ていきたいと思います。図表をご覧ください。ここに記載されている項目がおおよその手当の種類となります。ここにも「勤務手当」、「生活手当」という記載がありますが、手当は支給目的が重要なため、筆者の解釈も含めてもう少し細かく分類してみたいと思います。  @職務の重さや困難さに対する報奨(役付手当、特殊作業・勤務手当)、A技能・技術習得者の確保(技能手当、技術(資格)手当)、B着実な勤務・出勤の促進(精皆勤手当、出勤手当)、C実負担の代替(通勤手当)、D生活の支援(家族手当・扶養手当・育児支援手当・住宅手当・単身赴任手当・別居手当・食事手当)、E地域の物価や事情への配慮(地域手当・勤務地手当・寒冷地手当)の六つです。  これらの手当については、法律上で支給を定められているものはありません。そのため、あえて支給している手当に会社の考えや置かれている状況が表れることになります。例えば、Aが手厚いのは特殊な技能が必要な会社、Dは社員の中長期的な勤務を望んでいる会社、Eは事業所のある地域が分散している会社などです。これらの事情がない、もしくは明確なポリシーのもと、通勤手当以外は基本給で一本化している会社もあります。  なお、実務的な背景として、基本給の高さと賞与額や退職金が直接連動している会社がその額を抑えるために、給与総額は変えずに基本給と手当を切り分けていたケースもあることは押さえておいてもよいでしょう。 手当に関する動向  手当の支給割合や支給額などは、図表で扱った就労条件総合調査(厚生労働省)のほかに、職種別民間給与実態調査(人事院)、賃金事情等総合調査(中央労働委員会)などでも大きく扱っており、かつ一般公開されているため単年度の傾向が把握できます。手当全体の増減傾向については、「就労条件総合調査」の「過去3年間の賃金制度の改定内容別企業割合」において「手当を縮減し基本給に組入れ」が平成26年調査計で4・5%、平成29年調査計で11・1%となっており、縮小傾向といえます。一方で、世間の動向には一方的に縮小とはいい切れない動きも出てきています。  まずは「人手不足への対応」についてですが、就労人口の減少もあり、特に若手の採用が困難ななかで、給与額の底上げや従業員を大切にする会社≠ニのイメージを打ち出すことを目的に、家族手当(特に子ども部分)や住宅手当の新設・拡充に取り組む会社も出てきています。  次に「テレワークの拡大」ですが、新型コロナウイルス感染症予防対策の一環で、自宅などオフィス以外の場所で勤務する、テレワークを導入している企業が2020(令和2)年に一気に増えました(東京都の「テレワーク導入実態調査結果」では、導入率57・8%)。手当に関係するのが、通勤手当の廃止(または縮小)と在宅勤務手当の導入です。勤務する場所がオフィスから自宅に変わることで、必要な実負担が自宅の光熱費やインターネット回線にシフトしていることへの対応です。  最後に「同一労働・同一賃金への対応」です。具体的な内容については、厚生労働省のガイドラインや弁護士の判例解説を参照することをおすすめしますが、雇用区分にとらわれず、手当の支給目的と対象者をあらためて検証する動きが活発になっていることについて、本稿でも触れておきたいと思います。定年後の継続再雇用についても同様で、再雇用中は手当不支給として基本給一本にまとめてしまうケースが多かったのですが、特に@職務の重さや困難さに対する報奨や、A技能・技術習得者の確保に関する手当については、説明責任やモチベーション対策、優秀なベテラン確保の観点から、再雇用者であっても支給する動きが強まってきています。 ☆  ☆  次回は柔軟な働き方の促進を目的とした「限定社員」について取り上げる予定です。 図表 諸手当の種類別支給企業割合(令和元年11月分) 複数回答(単位:%) 令和2年調査計 計 100.0 業績手当など(個人、部門・グループ、会社別) 13.9 勤務手当 役付手当など 86.9 特殊作業手当など 12.2 特殊勤務手当など 24.2 技能手当、技術(資格)手当など 50.8 精皆勤手当、出勤手当など 25.5 通勤手当など(1か月分に換算) 92.3 生活手当 家族手当、扶養手当、育児支援手当など 68.6 地域手当、勤務地手当など 12.2 住宅手当など 47.2 単身赴任手当、別居手当など 13.1 上記以外の生活手当(寒冷地手当、食事手当など) 15.3 調整手当など 31.5 上記のいずれにも該当しないもの 13.9 出典:厚生労働省「平成27年就労条件総合調査の概況」より抜粋 第9回 「限定社員」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、人材確保に対する施策の一つとして注目されている「限定社員」について解説します。安倍内閣以来、政府により推進されてきた「働き方改革」のなかでも取り上げられており、一度は聞いたことがある言葉だと思います。 限定社員の分類は三つ  「限定社員」という用語は、『勤務地などを限定した「多様な正社員」の円滑な導入・運用に向けて』(厚生労働省)というパンフレットで、以下のようにわかりやすく分類されています。 @勤務地限定正社員:転勤するエリアが限定されていたり、転居をともなう転勤がなかったり、あるいは転勤が一切ない正社員 A職務限定正社員:担当する職務内容や仕事の範囲がほかの業務と明確に区別され、限定されている正社員 B勤務時間限定正社員:所定労働時間がフルタイムでない、あるいは残業が免除されている正社員  要は、勤務地・職務・勤務時間のいずれか(またはセットで)を限定して働くことを想定した社員をさしています。さて、ここで着目していただきたいのは「正社員」としている点です。パートタイマーなどのいわゆる非正規社員の場合は@ABのいずれか(またはすべて)を限定する運用をしているケースがほとんどです。そのため、広い意味では非正規社員も限定社員に該当します。しかし、一般的にはいずれも限定されていないのが正社員の典型的な働き方としたうえで、正社員の働き方に柔軟性を持たせる「多様な正社員」の普及・拡大を推進するのが限定社員という位置づけになります。  Aについてはわかりにくいため補足します。限定のない正社員がある職務に従事したのちに、異動してまったく異なる職務に従事する可能性があるのに対して、定められた以外の職務従事を求められることがない正社員をさします。特定業務のスペシャリストや、医療福祉業・運輸業などで資格が必要とされる職務などが例として挙げられます。 限定社員導入が有効な場合  では、具体的に限定社員はどのようなケースに活用できるかについてみていきましょう。  一つは、子育てや介護などの家庭事情への対応があります。これらの事情を抱えたままの家族帯同での転勤や単身赴任はむずかしい場合、転勤をきっかけとした離職を防ぐ施策として、勤務地限定は有効です。また、介護は平日の昼間に医療施設に連れていくなどの対応が必要なものもあり、フルタイム就労が困難な場合もあります。この場合は、業務負担の軽減を図るために、勤務地・職務・勤務時間のいずれの限定も有効となります。  もう一つは人材の取込みです。かつては、正社員なら辞令による転勤はあたり前というイメージがありましたが、特に若い世代を中心に転勤を望まないという意識が高まっています。例えば、「2019年度新入社員の会社生活調査」(産業能率大学総合研究所)を見ると「一度も転勤せずに同じ場所で働きたい」が36・4%に達しています。これは、全国転勤しか選択肢がない場合には、採用のターゲット層が狭まることを意味しています。また、非正規社員で優秀な人材が正社員転換を望んでも、「フルタイム就業で転勤あり」がハードルになります。そもそもフルタイムがむずかしいのでパートタイマーという働き方を選んでいるケースが多いからです。この場合、勤務地や時間を限定すると正社員転換がスムーズになります。  「限定社員」は、高齢者雇用にも有効です。定年後再雇用の場合は、勤務地や職務・時間を限定して処遇を見直すという運用をとっている企業も多く、これとは別に本人の希望や事情に沿った多様な働き方を提示することで、社内には従来なかった経験やスキルを持ったシニア人材を採用できる可能性が高まります。 限定社員の普及には課題も多い  このようにさまざまな効果が期待できそうな限定社員ですが、「令和元年度雇用均等基本調査」(厚生労働省)によると、令和元年度の時点で制度ありの企業が28・2%と導入が大きく進んでいるとはいいがたい状況にあります。また、同調査の利用者割合を見ると、もっとも多く利用されている勤務地限定正社員で10%程度と低い水準にとどまります(図表)。  導入が進まないのは、人員配置の課題が大きいためと想定されます。例えば、複数部署や拠点を有する会社で、勤務地限定や職務限定が利用されすぎると、欠員が出た場合の補充やローテーションがやりにくくなります。また、管理職層や経営層になるにあたり、異動を通した幅広い視野や経験が必要な場合もあり、限定社員に対してはこのような機会を付与することができなくなります。また、利用率が低いのは処遇の課題が大きいと考えられます。限定されただけ業務や精神的な負担が減るとみなし、その分の処遇を引き下げるというのが一般的な運用です。昇格に上限を設ける、給与や賞与を一定程度引き下げるといった格差です。完全に同一処遇にすると限定のない社員から、格差をつけすぎると限定社員から不公平感を持たれるというジレンマがあります。  人員配置と処遇の課題が一体であり、人員配置のポリシーを明確にしないと、限定社員の導入をどこまで推進するかが見えてこないというのが実際のところといえます。 ☆  ☆  今回は「限定社員」について解説しました。次回は「賞与」について取り上げる予定です。 図表 多様な正社員制度の利用者割合 (%) 男女計 女性 男性 常用労働者計 利用者 女性常用労働者計 利用者 男性常用労働者計 利用者 短時間正社員制度 平成30年度 100.0 2.6(100.0) 100.0 5.0(86.3) 100.0 0.6(13.7) 令和元年度 100.0 2.2(100.0) 100.0 3.8(80.7) 100.0 0.8(19.3) 勤務地限定正社員制度 平成30年度 100.0 10.4(100.0) 100.0 12.2(51.0) 100.0 9.0(49.0) 令和元年度 100.0 9.6(100.0) 100.0 11.8(55.4) 100.0 7.8(44.6) 職種・職務限定正社員制度 平成30年度 100.0 8.5(100.0) 100.0 10.0(48.9) 100.0 7.4(51.1) 令和元年度 100.0 9.3(100.0) 100.0 11.0(53.4) 100.0 7.9(46.6) 注1:多様な正社員制度がある事業所の常用労働者を100として集計した 注2:「利用者」は、平成30年10月1日から令和元年9月30日までの間に制度を利用した者をいう 出典:厚生労働省「令和元年度雇用均等基本調査」 第10回「賞与」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は「賞与」について取り上げます。意外かもしれませんが、3月は賞与となじみ深い月です。期末(決算)賞与の支給や、翌年度の従業員の処遇について経営側と従業員側が話し合う「春闘」の実施がこの時期にあたるからです。 賞与の目的はさまざま  賞与という言葉よりも、「ボーナス」の方をよく耳にするかもしれません。しかし、人事ではボーナスではなく、賞与という用語を使います。ボーナスは何かよかったときのみ支払われる報奨金的な意味合いであるのに対して、賞与はより幅広い目的で支給されるからです。  目的の確認に入る前に賞与の前提に触れておくと、賞与は労働に対する支給義務が法律上定められたものではありません。そのため、賞与という制度を設けるかどうかは企業の自由です。そして、ここがポイントですが、何のために支給するかの目的も企業の設定次第ということになります。先ほど幅広い目的≠ニ書きましたが、おおよそ次の目的といわれています。 @業績の還元:利益などの業績により賞与が増減する仕組みを用いている場合は、この目的に基づいています。業績に連動させることで、業績悪化時には人件費の負担を抑制し、一方で好調時には従業員へより多く還元したいという意図があります。 A生活給の一部:年末や盆などの、支出の多い特別な時期の生活費を支援することを目的としています。賞与が毎年一定程度支給されている場合は、住宅ローン支払いなどの生活設計と連動させやすくなるため、従業員側にすると生活給としての認識が強くなります。 B給与の後払い:本来は「年俸制」にみられるように、従業員に予定している年収を12カ月で分割して毎月の給与で支給すればよいのですが、あえて分割数を増やして給与分の残りをまとめて支払うのが賞与です。これは目的そのものというよりも、@とAを実現するための手段といった方が正しいかもしれません。 賞与の支給方法は目的によって変わる  賞与の支給方法は目的によって変わります。例えば、業績還元にした場合は、営業利益や経常利益などの賞与の総予算(「賞与原資」ともいいます)を決める「業績指標」を定め、そのうちのどの程度を賞与に配分するかをルール化します。ルールが明確で従業員にもしっかり説明されている場合は、業績悪化時には賞与不支給もあり得ますし、業績好調時には相当額の賞与が支給される場合もあります。一方で、生活給的要素が強い場合は、業績悪化時であっても容易には賞与は減額できないことになります。賞与支給の根拠は就業規則・給与規程などに記載することですが、支給を断定する表現や支給水準が明記されている場合には、業績などの事情によらず、その記載に則って支払うのが基本となります。  しかし、業績か生活給かの両極ではなく、図表にあるように一定程度は生活給として固定的に支払う(=最低支給額を定める)が、残りは業績に連動させるという組合せがよくある運用です。また、賞与の支給回数は夏・冬の2回としている会社が多いですが、事業年度の年度末に「期末賞与」を支給している企業もあります。この場合は、夏・冬は固定的、期末賞与は業績還元として、支給か不支給は業績次第という傾向が強くなります。このため、期末賞与を「決算賞与」と呼ぶこともあります。  さらに、業績還元について一つ触れておくと、企業全体の業績だけでなく、個人の業績貢献度である評価結果を反映させ、個人単位の支給額に差をつけるケースが多く見られます。例えば、標準では基本給の1カ月分相当が支給されるところ、評価の高い従業員は1・3カ月分相当、評価が低い従業員には0・7カ月分相当の支給額となるといったものです。このような差をつけるのは、毎月の給与は従業員の生活の安定の観点から大幅な増減は望ましくないものの、賞与は従業員のモチベーション向上につなげるために、メリハリを持たせた支給を柔軟に行うことができるからです。 高齢者雇用と賞与  賞与は法律的な制限が少ないため、企業の意思次第で目的や支給方法を定められます。そのため、従業員に伝えたいメッセージを表現するのに適しています。また従業員との合意が前提ですが、運用の見直しがしやすいというメリットもあります。  高齢者雇用についても同様です。労務行政研究所「高年齢者の処遇に関する実態調査」(平成31年)によると、再雇用者に対して賞与支給のある企業の割合は約77・5%と、幅広い企業で支給されています。しかし、年間賞与の分布状況を見ると、20万円未満が27・8%と低い水準にとどまります。寸志程度の金額で賞与としている企業も実際には見受けられます。  しかし、これは企業の高齢者雇用へのメッセージという観点からは、工夫の余地があるといえます。定年前と同様、またはそれ以上の成果の創出を期待するのであれば、高評価を受けた場合には定年前と同様か、それ以上の賞与を支給する仕組みが考えられます。またチームワークを重視する場合には、業績還元の期末賞与は定年前の従業員と同額の支給を受けるといった措置も必要だと考えます。再雇用者のモチベーション引上げが話題になることがありますが、本人への期待の伝達とともに、賞与の支給方法を見直すことは有効な施策ではないかと筆者は考えています。 ☆☆  今回は「賞与」について解説しました。次回は、「働き方改革」について取り上げる予定です。 図表 賞与の支給方法 【年間2回支給の場合(例)】 夏賞与(100%) 生活給 固定(50%) 業績還元 業績連動(50%) 冬賞与(100%) 固定(50%) 業績連動(50%) 【年間3回支給の場合(例)】 夏賞与(100%) 固定(100%) 冬賞与(100%) 固定(100%) 期末賞与(100%) 業績連動(100%) *実際は、年間2回支給でも1回は業績連動なし、年間3回支給の場合でもすべて業績連動ありなどの組合せもあります 出典:筆者作成 第11回 「働き方改革」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は「働き方改革」について取り上げます。働き方改革とは、日本人があたり前と思っていた働き方全般を見直すもので、人事領域にとどまらない幅広い内容を含んでいます。 働き方改革の背景  働き方改革は、成長戦略の一環として、安倍前内閣が強く推進していた施策の一つです。2016(平成28)年9月の「働き方改革実現会議」を皮切りに議論が重ねられ、実行に移すための通称「働き方改革関連法案」が2018年6月に成立、2019年4月1日以降、順次施行されています。この期間、働き方改革という用語はマスメディアなどを通して日々発信されていましたが、最近は落ち着きをみせつつあります。内閣が変わってトーンダウンとしたとみる向きもありますが、法律施行から2年近く経ち、具体的な実行段階に入っているからととらえた方がよさそうです。  さて、なぜ働き方改革が推進されるようになったのでしょうか。この背景には「少子高齢化にともなう生産年齢人口の減少」が大きくかかわっています。本連載の第1回(2020年6月号)でも取り上げましたが、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」によると、生産活動の中心をになう15歳以上65歳未満の年齢層をさす「生産年齢人口」は1995年をピークに減少し続け、今後も減少傾向が続くと推定されています。また、労働者一人あたり、または労働1時間あたりで生み出す成果を示す「労働生産性」が日本は低いといわれています。例えば、日本の一人あたり労働生産性はOECD加盟国37か国中26位です(日本生産性本部「労働生産性の国際比較2020」)。このような状況を打破するために、従来の働き方では就労がむずかしかった方にも生産活動に参画してもらうことで人手不足の解消につなげ、無駄や負担を軽減することで生産性を上げていくのが働き方改革の大きな目的となります。 働き方改革に関する人事面での取組み  ここからは人事面での取組みについて、「労働時間の制限」、「雇用の多様化」、「就業場所の多様化」の三つの観点で整理していきます。すでに本連載で取り上げた内容もかかわってきますが、おさらいの意味も含めて触れていきます。 @労働時間の制限  日本のこれまでの労働実態のなかで、長時間労働がかなり問題になっていました。働き過ぎによる過労死や健康への悪影響、また長時間労働をしにくい人材の就労機会の低下などです。これらの解決策として、働き方改革関連法により、企業に対して主に次のような対応が求められるようになりました。 ・時間外労働上限規制…月45時間、年360時間を原則とする。 ・年次有給休暇の取得…10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対し取得時季を指定しての5日間の有給休暇付与を義務とする。  このほか、「労働時間状況の把握義務化」や、勤務終了後に一定時間以上の休息時間を設ける「勤務間インターバルの努力義務化」などがあります。これらは労働時間の制限につながるものであり、実現するには無駄を排除するための業務プロセス見直しやIT化の推進など、生産性向上に向けた対応も必要になってきます。 A雇用の多様化  働くのは65歳までという年齢や、フルタイム正社員が雇用形態の基本といったような従来の認識よりも幅広く労働者を定義し、就業機会を増やすための取組みです。本連載で解説した高齢者の「雇用延長」や「限定社員」が該当します。また「最低賃金」の引上げや、いわゆる正規社員・非正規社員の不合理な待遇差の格差の是正といった「同一労働・同一賃金」もパートタイマー従業員などの一層の参画・活躍をよりうながす意味で、この取組みに含まれます。  まだ本連載で触れていない施策としては、「副業・兼業」の推進が挙げられます。副業・兼業とは、主となる業務以外に収入を得る業務に従事することです。厚生労働省が2018年に公表した「副業・兼業の促進に関するガイドライン」にあるように、副業・兼業の形態は、正社員、パート・アルバイト、会社役員、起業による自営業主などさまざまです。従来は副業・兼業を禁止する会社がほとんどでしたが、副業・兼業を通した従業員のスキル習得、収入の安定、優秀な人材の確保などメリットがあることから、解禁を実施・検討している企業は増えています。労働時間管理や健康管理面、機密保持などのクリアすべき課題は多くあるのですが、一つの会社・業務にとどまらず、複数の選択肢を持つことは、人生100年時代において働く意思があるかぎり働くための一つの有効な手段になるのではないかと筆者は考えています。 B就業場所の多様化  決められた一つの事業所に出社して働くのではなく、業務内容や生活スタイルに応じて最適な場所で働くようにできるのが就業場所の多様化です。それを実現するための手段が「テレワーク」です。在宅勤務のような使われ方もしますが、一般社団法人日本テレワーク協会によると「TELE=離れた所」と「WORK=働く」を合わせた造語ですので、場所は自宅とはかぎりません。労働時間管理のむずかしさや、コミュニケーション面、情報セキュリティの観点から普及はむずかしいといわれていましたが、2020年以降の新型コロナウイルス感染症対策の観点から一気に導入が進みました。  働き方改革の文脈からテレワークをみると、通勤時間が短縮され、自宅で働くことも可能になることから、子育てや介護など家庭の事情がある方の就業を可能とします。また、転勤や単身赴任など会社の人事異動が家族を巻き込み負担になることが多かったのですが、実際に赴任地に行かなくてもIT機器やノウハウを応用して業務を行うことが可能なケースが増えてきました。テレワークの普及により従業員に求める評価軸も変わってきており、管理者や評価者が本人の働いている姿を実際に見ることができないため、高い成果やアウトプットを重視するようになってきています。これは効率的に成果を出せばよいという意識の改革にもつながり、働き方改革が目ざしている生産性向上に直結する流れともいえます。 ☆☆  次回は「昇給とベースアップ」について取り上げる予定です。 第12回 「昇給とベースアップ」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「昇給とベースアップ」について取り上げます。4月分から給与が上がる会社が多く、マスメディアなどでも特徴的な業界や会社の動向が伝えられるなど、人事的には春の季語≠ニいってもよいくらいの用語といえます。 昇給とベースアップの違い  給与を上げることを一般的に「賃上げ」と呼びます。これは、給与に該当する呼び名である賃金を上げること≠ノ由来しています。この賃上げですが、大きく「昇給」と「ベースアップ」に分類されます。この二つの用語は混同して使われることがありますが、目的も方法も異なるものですので、違いを明確にしながら解説したいと思います。 @昇給  「昇給」は、定められた条件に該当する場合に給与が上がることをさします。「定期昇給」という形で耳にすることが多いかもしれません。略して「定昇(ていしょう)」と呼び、この場合は毎年給与が上がることをさします。昇給の方法や実施期間・時期などは会社が自由に定められます。多くの会社が新事業年度を4月に開始する関係で4月給与分から昇給を実施していますが、10月に実施している会社や、数年に一度しか実施しない会社もあります。  昇給の代表的な方法について取り上げます。かつては、年齢に応じた生活の支援や長期勤続に対する動機づけを目的に、年齢や勤続年数が1年上がるごとに給与を上げる「年齢給」や「勤続給」による昇給を実施している会社が主流でした。この場合は、同じ年齢・勤続年数であれば、同額の昇給をすることになります。しかし、これらの方法を採用することは、給与の年功的な上昇につながることになります。そこで、年功を薄めようとする会社は個々人の能力の伸びに応じて昇給額を設定する「能力給」による昇給や評価結果によって基本給を増減させる方法に切り替えています。この場合、同じ年齢・勤続年数であっても、能力や評価によって昇給が高い人と低い人にばらつくことになります。優秀な人材の意欲の向上を主な目的とした昇給といえます。 Aベースアップ  「ベースアップ」は、社員の給与水準全体を一律に引き上げることをさします。略して「ベア」と呼びます。このベアとは何かを理解するために図表を見てください。現水準(@)があります。例えば、2000円ベースアップといった場合には、人事制度上で給与支給額を定めている「給与テーブル」全体に2000円加算します。そして、社員全員の実際の支給額も2000円増額します。このことにより、制度上も支給額も2000円底上げされた新水準(A)ができあがります。ベアの特徴として大きいのは、翌年以降に賃上げがある場合でも、底上げされた新水準から上がることになるため、効果が永続する点にあります。昇給が現水準(@)のライン上でA地点からB地点に移動するものであることに対して、ベア後の昇給は新水準(A)のC地点からD地点への移動となります。  ベアの目的は、かつては物価の上昇に対応するためのものでした。ところが、1990年代以降のバブル経済の崩壊にともない、物価が上がらない状況が続きました。日本経済団体連合会(経団連)が毎年発表している「昇給・ベースアップ実施状況調査結果」によると、昇給・ベアをともに実施している会社は2013(平成25)年までは10%未満でした。しかし、安倍前内閣で成長戦略の一環として賃上げが位置づけられ、なかでも給与水準全体の引き上げにつながるベアの実施が大企業を中心に強く要請されるようになりました。要請を反映し、2014年には昇給・ベアをともに実施している会社は50%を超え、その状況がしばらく続くことになります。また政府の要請によらずとも、人手不足を背景とした人材の獲得策としてベアを実施し、給与を引き上げている会社もあります。このように、ベアは本来の物価連動とは異なる次元で実施されているのが近年の特徴ともいえます。 昇給とベースアップに関する動向  ここからは、直近の動向について触れていきます。先述の経団連の調査によると、2019年の賃上げ率は月例給与全体で2・31%、内訳は昇給1・94%、ベア0・37%でした。また昇給・ベアともに実施している会社は62・0%にのぼります。2014〜2018年も同じような傾向にあります。しかしながら、2020年は全体的に抑制された結果となりました。賃上げ率は月例給与全体で2・00%、内訳は昇給1・83%、ベア0・17%、また昇給・ベアともに実施している会社は39・2%にとどまっています。これは新型コロナウイルス感染症流行拡大による、経済状況を反映した結果といわれています。本稿執筆時点では、2021(令和3)年の賃上げについては、従業員の代表である労働組合と経営側が交渉している春闘の結果が出そろっていないのですが、2020年同様に厳しい状況が想定されています。自動車業界では一部メーカーの組合からのベア要求が見送られ、電機業界では要求金額を昨年より引き下げ、景気低迷が直撃している業界ではベア要求よりも雇用維持を優先しています。人件費負担が将来的にも続くベアは、景気の動向を受けやすい傾向にあるといえるでしょう。 ☆  ☆  今回は「昇給とベースアップ」について解説しました。次回は「健康経営」について取り上げる予定です。 図表 昇給とベースアップ A B C D 定期昇給 ベースアップ (ベースアップ後の) 定期昇給 (ベースアップなしの場合の)定期昇給 N年度 (N+1)年度 (N+2)年度 新水準(A) 現水準(@) 第13回 「健康経営」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は「健康経営」について取り上げます。文字をみただけでは、これが人事用語なのか疑問を持たれるかもしれませんが、従業員の働きやすさや人材の活躍にもかかわり、人事担当者にはぜひ知っていただきたい用語です。 健康経営とはなにか  まずは、健康経営の定義から確認したいと思います。健康経営の推進役である経済産業省ヘルスケア産業課の『健康経営の推進について』(2020(令和2)年)という資料には「健康経営とは、従業員の健康保持・増進の取組みが、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること」と記載されています。そして健康経営の推進のための具体的な取組みを投資ととらえ、その投資が従業員の活力向上や生産性の向上につながり、業績や企業価値の向上が期待されるとあります。従業員の健康維持・向上を支援する取組みが企業の成長をうながし、結果として経済成長にもつながるという理念のもと、官民あげての推進事業となり、「健康経営ブーム」と呼ばれる現象もありました。  次に、健康経営を推進する背景についてみていきたいと思います。本連載で何度か触れている「少子高齢化」と「働き方」にも大きくかかわっています。少子高齢化による経済的な影響の大きなものは労働力人口の減少です。若年人口の増大期には高齢者は一定年齢で引退し、若年層を労働者として取り入れればこと足りました。労働力人口の減少が止められない現在では、若年労働者のみに焦点をあてるのではなく、年齢に関係なく就業できる環境を整備したほうが、企業としても社会としても効果的な状況になっています。また働き方については、長時間労働や職場内でのハラスメントの発生などにより従業員が肉体的・精神的な健康を損ない、業務効率の低下、休職や退職となる事例が後を絶ちません。度重なると業務の生産性や人件費コストといった経営的な指標に直接的な悪影響を及ぼすことになります。これらの課題の有効な解決策の一つが、従業員の健康の維持・向上からもたらされる従業員一人ひとりの活躍と、結果としての生産性の向上ととらえられていることが健康経営の推進の背景にあるといえます。 健康経営の推進・取組み状況  さて、先ほど官民あげての推進事業と書きましたが、各々の取組み状況についてみていきましょう。 @行政としての取組み  優良な健康経営に取り組んでいる法人を表彰することで事例をつくり、健康経営に取り組みやすい環境を整えることに力を入れています。もっとも有名なのは「健康経営優良法人認定制度」でしょう。大規模法人と中小規模法人別に定められている認定要件を満たした企業に対して、従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる法人として認定しています。なかでも、上位500位に入る法人を大規模法人部門は「ホワイト500」、中小規模法人部門は「ブライト500」として認定しています。健康経営優良法人に認定されると、認定法人名が公表され、認定された証であるロゴを使用して広報活動ができるなど、法人側にもメリットがあります。  また、東京証券取引所の上場企業のなかから、健康経営に優れた企業を選定した「健康経営銘柄」という認定もあります。これは長期的な視点からの企業価値の向上を重視する投資家に対して、魅力のある企業として紹介することで健康経営の取組みを促進することを目的としています。認定状況は、2021年の大規模法人は1801法人、中小規模法人は7934法人、健康経営銘柄は29業種48法人となっています。 A企業としての取組み  企業としての取組み状況については、まだ十分ではない状況です。少しさかのぼりますが、東京商工会議所が2019(平成31)年に発表した「健康経営に関する実態調査 調査結果」によると、健康経営の内容を知っている企業が29・0%、現在実践している企業が20・8%といった状況です。ただし、いずれは実践したいという回答が54・3%あり、健康経営の実践課題の回答のトップが、どのようなことをしたらよいかわからない45・5%というところをみると、必要性は理解しているが具体策がわからない層が一定数いると想定されます。一般的にも、健康診断の受診率向上や禁煙の推進くらいしか思いつかないという声も聞こえてきます。  これに対して参考になるのが、一つは健康経営優良法人の認定要件です。実際にご参照いただくとわかりますが、「経営理念(経営者の自覚)」、「組織体制」、「制度・施策実行」、「評価・改善」、「法令遵守・リスクマネジメント(自主申告)」という五つの大項目で区分されており、そのなかで評価項目としてどのようなテーマに取り組むべきかにブレイクダウンされています。自社の取組みの実態把握のためのチェックリストとして活用することができます。より具体的な取組み事例については、『健康経営ハンドブック2018』(経済産業省・東京商工会議所)や、『健康経営優良法人取り組み事例集』(経済産業省・2020年)あたりが、企業名や取組み内容、効果とともに写真も掲載されており、わかりやすいと思います。また、地域ごとに行われている健康経営へのインセンティブや、認定・登録・表彰制度についても記載があります。これらの認定や表彰などを目標におくことも、自社内の健康経営への取組みを実際に促進するために有効と考えられます。  高齢者雇用の観点からも、健康経営は重要な取組みです。特に、本年(2021年)4月1日からの「改正高年齢者雇用安定法」施行により、70歳までの就業機会確保が企業の努力義務となりました。個人差はありますが、60歳を超えて体力・気力が維持できない、または健康状態の悪化により就業に支障をきたすケースは少なくありません。中長期的な視野に立って健康経営を推進し、年齢に関係なく活躍できる支援をすることが、雇用延長制度を成功させるポイントになると考えられます。  今回は「健康経営」について解説しました。次回は「目標管理制度」について取り上げる予定です。 第14回 「目標管理制度」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「目標管理制度」について取り上げます。目標管理制度は約8割の企業が導入しているといわれ(「人事労務諸制度の実施状況」一般財団法人労務行政研究所 平成30年)、すでに定着している制度といえます。本稿では用語の確認から、運用上の課題やポイントなどについて解説していきます。 目標管理とPDCA  目標管理制度とは、目標を設定し、その達成に向けて実行や進捗を管理していく「マネジメント手法」のことです。アメリカの経営学者であるピーター・F・ドラッカーが1950年代に著書『現代の経営』で提唱したのが始まりといわれ、半世紀以上の長い歴史のある手法といえます。原文ではManagement by objectivesとあるため、日本でも略して「MBO」と呼ぶこともあります。日本に広まったのは1990年代といわれ、労務行政研究所の調査でも企業への導入率は1991(平成3)年には約30%だったのが、2001年には約60%へと急増しています。バブル経済崩壊の時期と重なっており、人件費の抑制を図るために硬直化した人事評価や給与・賞与にメリハリをつけるために「成果」という評価軸を取り入れ、成果を測定するためのツールとして目標管理制度が取り入れられたという背景があります(図表)。  このように目標管理制度は評価制度と密接に関連していますが、本来はマネジメントのための手法です。企業の場合は業績向上を目的に導入され、継続的な業務改善を進める「PDCA」サイクルに連動させる運用が一般的です。 PLAN(計画):組織の目標を達成するために、社員一人ひとりがになう役割や目標を設定します。 DO(実行):設定した目標の達成に向けて実行に移します。 CHECK(確認):計画通りに進んだか、目標を達成したかを確認します。 ACTION(検証):計画や実行での課題や改善点を洗い出し、次の計画に反映します。  計画から検証までのサイクルは、企業の事業年度開始から決算期までの期間に合わせて1年または半年で管理している企業が多くみられます。 目標管理の運用はむずかしい  長い年月を経て、多くの企業で運用されている目標管理制度ですが、課題があるのも事実です。ここからは筆者がコンサルティングの現場で聞くことの多い課題と改善のポイントについてみていきたいと思います。 課題@:何を目標に立てればよいかわからない  企業や所属組織の目標や一人ひとりの役割が明確でないことに起因しています。この場合は、所属組織の目標を社員が見て何をすればよいかイメージできるレベルにまで具体化し、上司が組織目標の達成に向けて必要な役割や成果の分担を行い、部下一人ひとりにしっかり伝えることが改善につながります。 課題A:社員が立てる目標のレベルが低い  企業側は業績向上のために高い目標を掲げさせようとしている一方で、人事評価に活用している点にどうしても矛盾が生じます。例えば目標の達成度を賞与支給額に直接反映するなど明確にしすぎると、達成しやすい目標を立てようという心理的なバイアスが社員にかかるのは仕方のないことです。この場合は、結果だけでなく取組み内容も含めて評価し、参考としての反映とするなど達成度の評価結果への反映度を薄めることが改善につながります。 課題B:何年も運用しているが形骸化している  二つの要因が考えられます。一つ目は現場で使っているマネジメントツールと評価に反映させている目標管理制度が分離しているケースです。この場合は、現場のツールの方が日々のマネジメント上で重要となりますので、ここからわかる取組み内容や目標の達成度を評価結果に反映できるように人事評価制度を見直すことが必要です。二つ目は計画を一生懸命立てるものの進捗の確認を行っていない、改善検証をして次の目標につなげることをしていないケースです。この場合は、上司が部下とのコミュニケーションを増やし、目標の達成を支援するように進捗確認やアドバイスをくり返していくことがポイントとなります。 高齢者雇用と目標管理制度  運用面の課題が多い目標管理制度ではありますが、高齢者雇用との親和性は高いと考えられます。特に定年後の継続再雇用における活躍を引き出すためには、本人の働き方やスキル、経験が異なるなかで、雇用契約期間中にどのような役割や成果を期待するかを個別に明確に伝えることが重要です。ここが明確でないと、周囲の期待と本人の行動にギャップが生じたり貢献意欲の低下につながったりすることもあります。また、本人の活かせそうな得意分野ややりたいことを目標に取り入れ、契約更改時の給与改定における参考とすることでモチベーションの向上にもつなげることができます。今後、高齢者の就業人口が多くなるのに際して従来通りの働きができるのかなど懸念の声も聞かれますが、従来通りだけでなく個別の役割を、企業と本人でしっかりコミュニケーションし、ていねいに設定していくという取組みが解決策の一つとなると筆者は考えています。 ☆☆  今回は「目標管理制度」について解説しました。次回は「ジョブカード」について取り上げる予定です。 図表 目標管理の評価シート展開例 期初に記入 期末に記入 目標項目(何をどうする) 達成基準(どのレベルまで) 達成方策 (いつまでに) (どのように) 達成状況 達成基準に対する結果 達成方策に対する取組み内容 本人評価 一次評価 目標@ 売上予算の達成 **円 @×月まで A月1回 B×月まで CB終了後 @売上げを向上させるための施策を企画するための情報収集をする。 ・同業他店舗をめぐり、陳列や販売促進ツール、接客などについて調査する。 ・販売業について取り上げられている雑誌や本・記事の取組み事例を調べる。 A自社商品に関する正しい知識やアピールポイントを共有するための勉強会を店舗メンバーとともに実施する。 B… C… 【売上高実績】 **円(達成率102%) 【達成方策について】 @A社・B社・C社の店舗を回り特徴やよいところ、悪いところをまとめた。雑誌や本・記事の取組み事例については、Y社の事例が掲載されており役立ちそうだったのでポイントを整理した。 A@で整理した内容も含めて、月に1回勉強会を実施し、意見交換した。また、勉強会で共有した接客に関する改善については、実行できていなければ適宜メンバーにフィードバックした。 B… C… 3 3 PLAN ・目標 ・目ざすレベル ・達成に向けたプロセス CHECK・ACTION ・取組みの振り返り ・改善事項 評価結果 出典:筆者作成 第15回 「ジョブ・カード」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、ジョブ・カードについて取り上げます。名称を聞いたことがない、内容をよく知らないという方もいるかと思いますが、政府の掲げる戦略や雇用政策とのかかわりが深く、普及・促進にかなりの力が入れられている制度です。 ジョブ・カードの目的と活用  ジョブ・カードについては、厚生労働省が運営している「ジョブ・カード制度 総合サイト」に概要・活用法から活用支援ツールまでまとめられています。そこではジョブ・カードについて、「『生涯を通じたキャリア・プランニング』及び『職業能力の証明』の機能を担うツール」と定義されています。前者は自身の職業経験、強みや志向を棚卸しすることでキャリアを考えることの支援をする、後者は学習・訓練歴や職務経験などの情報を蓄積することで職業能力を見える化することを目的としています。まとめると、ジョブ・カードとは、キャリアを自身で考え他者に証明するための支援ツールといえます。  活用法についてみていきます。まずは、指定された様式(カード)に自身の情報を記入・蓄積していきます。様式はキャリアプラン・職務経歴・職業能力証明(免許・資格)・職業能力証明(学習歴・訓練歴)・職業能力証明(訓練成果・実務成果)・職務経歴書(ジョブ・カード標準様式)といった複数に分かれています。これらのシートは在職者用・求職者用・学生用に大別されます。次に、記入した情報をもとに、職業選択や中長期のキャリア形成、それを実現するための教育訓練に関するアドバイスを受けるキャリアコンサルティングにより自身のキャリアに対する考えを深めていきます。また、記入された様式を加工し履歴書の付属資料として採用を希望する企業に提出することで、企業側が採用したい経験やスキルなどを有しているかを判断する材料としていきます。  企業にもジョブ・カードの導入が推奨されています。在職者に対しても自身の経歴やスキルなどの棚卸しをし、キャリアコンサルティングを受けてもらうことで、計画的な教育訓練を実施しやすくなり、社員の仕事に対するモチベーションの向上、離職者の減少などが効果として期待できるからです。 ジョブ・カードと政府の戦略・労働政策とのかかわり  ジョブ・カードの活用促進には、政府や厚生労働省がかなりの力を入れています。キャリア形成という本来は個人の課題に対して、公的機関が強く支援することを疑問に思われるかもしれませんが、成長戦略や雇用政策とのかかわりといった観点からみると理解できるかと思います。図表は2018(平成30)年に開催された「第7回 ジョブ・カード制度推進会議」の参考資料の抜粋で、ジョブ・カード関連制度についてまとめています。2008年を起点とし、このころ社会問題として顕在化していた非正規労働者やフリーターなど職業能力形成の機会に恵まれない人に対する救済策≠ニしてジョブ・カード制度は創設されました。  2011年には政府の新成長戦略のもと、少子高齢化による労働力人口減少への対応策として「若者・女性・高齢者など潜在的な能力を有する人々の労働市場への参加を促進」がうたわれ、その推進策の一環としてジョブ・カードが位置づけられ、2020年までにジョブ・カード取得者300万人が目標として設定されました。  2014年の「日本再興戦略」改定2014によりジョブ・カードが「学生段階から職業生活を通じて活用し、自身の職務や実績・経験、能力等の明確化を図る」ものとされ、2015年には新ジョブ・カードとしてコンセプト・仕様ともに現在のものに見直しが図られています。従来の救済策≠ゥら現在のキャリア・プランニングと職業能力の証明に重きが置かれた背景には、有効求人倍率を含めた雇用環境が改善される一方で、人生100年時代の長い職業人生に代表されるキャリア・プランニングの重要性や生産性向上に向けた職業能力と職務のマッチングなど、雇用や労働に関する課題が変化したことがあげられます。  しかし、ジョブ・カードの普及に関しては十分ではない状況です。広報活動関連施策や助成金を導入するなど普及に努めてきましたが、目標300万人に対して、2019年8月末時点で228万人(「キャリア形成支援策としてのキャリアコンサルティングについて」資料)といわれ目標達成には遠い状況にあります。 高齢者雇用とジョブ・カード  高齢者雇用とジョブ・カードには深いかかわりがあります。高年齢者雇用安定法により解雇などで離職が予定されている高年齢者など(45歳以上65歳未満)が希望する際には円滑な再就職活動を行えるように、本人の職務経歴や職業能力などの情報を記載した求職活動支援書を作成・交付しなければならないとされています。記載されたジョブ・カードに再就職援助措置関係シートをつけることで求職活動支援書として活用することができます。  また、同一の会社に定年退職後も再雇用される場合や、積極的に別の会社での再就職活動をする際にもジョブ・カードは有効です。本人が定年後の職業人生においてやりたいことを描き、それを実行するための能力を証明する助けとなります。一方企業側では、再雇用や業務付与や採用について詳細な根拠をもって行うことができ、能力のミスマッチを防ぐことができます。普及に遅れがみられるジョブ・カードですが、高齢者雇用におけるメリットはより打ち出してもよいのではないかと筆者は考えています。 ☆  ☆  次回は「役員」について取り上げる予定です。 図表 ジョブ・カード推進に関する制度・施策 2008年 ジョブ・カード制度創設・職業能力形成プログラム策定・全国推進基本計画策定 2010年 新成長戦略 2011年 「ジョブ・カード制度新全国推進基本計画」策定 2012年 職業能力形成プログラムに公共職業訓練・求職者支援訓練を追加 2013年 キャリアアップ助成金創設 2014年 専門実践教育訓練創設 2015年 企業内人材育成推進助成金創設・新ジョブ・カード制度に移行 2016年 中高年齢者雇用型訓練創設・職業能力形成プログラムに追加 2018年 ジョブ・カード様式の改正 出典:第7回ジョブ・カード制度推進会議の資料を基に筆者作成 第16回 「役員」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は役員について取り上げます。会社であれば必ず役員はいますし、だれしも聞いたことのある用語だと思います。しかし、具体的にどのような存在でいかなる役割をになっているのか意外と整理されていません。高齢者雇用の観点からは、大手企業の経営幹部や高度な技能を持った高齢者が、中小規模の企業の役員または相当する地位として迎え入れられるケースもみられます。今回は、役員の定義や種類、知っておくとよいテーマについても触れていきます。 役員の種類は法律によって異なる  役員とは何かを辞書でみると、おおよそ「経営の監督」、「業務執行」、「会計監査」などを受け持つ幹部職員といった記載がみられます。役員の種類として最も一般的なのは取締役ですが、役員の範囲は法律によって異なります。  会社の組織・設立・運営管理などを定めた会社法によると、役員の種類は取締役のほか、会計参与・監査役が定義されています。会社の会計などの計算に関する事項について定めた会社計算規則によると、執行役が加わります。さらには、会社法の細かい取り決めをする会社法施行規則によると、これらに理事・監事・そのほかこれらに準ずる者が加わります。誌面の都合上、株式会社の代表的な役員に絞って各々の役割や設置条件をみていきたいと思います。 ・取締役…経営や業務執行に関する意思決定と、それらが適切に実行されるかを監督する役割が基本ですが、実務上は業務執行の役割をになうこともあります。株式会社は必ず1人以上を設置する必要があります。なかでも会社を代表する権限と責任を持つ者を代表取締役といいます。 ・執行役…取締役と役割を分離して、業務執行に特化した役割をにないますが、指名委員会等設置会社という特別な形態をとる会社にのみ設置することができます。この場合、取締役は業務執行を行わず意思決定と監督に専任します。取締役と執行役の兼任も可能です。 ・監査役…取締役の業務執行や会社の会計が適切に行われているかを調査し、不正があった場合は指摘したり止めたりする役割で、原則設置は任意です。ただし、会社の資本金5億円以上、または負債総額200億円以上の大会社では設置が必須です。 ・会計参与…取締役と共同して、会社の会計に関する計算書類などを作成する役割で、公認会計士や税理士の資格を持つ者が就任できます。監査役を置かない会社が会計の正確性の確保を目的に設置することができます。  執行役と似て非なるもので執行役員を設置している会社がありますが、両者は異なる存在ですので注意が必要です。執行役は法律上定められた役員ですが、執行役員には定めがありません。よって、執行役員は設置も役割も会社が自由に設定できます。当初は取締役の意思決定・監督と業務執行の役割を分離したアメリカ企業の役員制度を参考に導入された経緯がありますが、現状では従業員の最高役職や、取締役候補としている会社が多くみられます。 役員について知っておきたいテーマ  ここまで、複雑な話をしてきました。以降はもっと身近な話題について述べていきます。 @社外取締役  大学教授や弁護士、著名人などで「○○株式会社 社外取締役」という肩書をみたことがあるかと思います。親子会社の役員や従業員でない、近い親族でないなどの要件を満たす、会社との利害関係がない社外から迎えた取締役をさします。代表取締役が不正をしたり、適切でない会社方針を執行しようとしたりしても、力関係のなかでほかの取締役が指摘しにくいことが実態としてあります。このような状況を是正するため、客観的な観点で経営を監視し、意見をいうための存在が社外取締役です。例えば株式の上場会社など、経営の透明化がより求められる会社は設置が義務化されています。社外取締役を選ぶのも当該企業であるため、有効性に疑問が持たれることもありますが、例えば2016(平成28)年の大手流通チェーンのカリスマ♂長の退任には社外取締役の役割が大きかったといわれて注目されました。 A役員の役職名  役員の名称として社長や専務といったものをみたことがある方も多いと思います。これらを役職名と呼んだりしますが、実は法律上の定義はありません。役員の経営トップへの近さ(格)を示すものとして一般的に使われています。したがって、この名称の使用有無は会社の自由ですし、専務取締役・専務執行役員のように取締役・執行役員のどちらとセットで表記するのかも会社によります。ただし、社長を会社のトップとした場合、社長への近さは副社長・専務・常務・役職なしが一般的な順番となります。  このほか、CEO(最高経営責任者)やCOO(最高執行責任者)といった役職名をみたことがあるのではないでしょうか。こちらも法律上の定義はないのですが、役員としての業務執行上の役割を示す使われ方をします。そのため執行役員とセットで表記されることが多いです。例えば、経営の最高責任者としての役割をになうのがCEOですが、このほかにCOOやCFO(最高財務責任者)、CTO(最高技術責任者)あたりがよく使われます。 B役員報酬  毎年6月から7月にかけて役員報酬が話題になります。上場会社でかつ役員報酬1億円以上の役員については、有価証券報告書で役員の氏名や具体的な報酬額の個別開示が義務とされています。本稿執筆時の2021(令和3)年7月14日時点では個別開示253社、544人という状況です。最高額は18億8200万円ですが、上位10人のうち日本人は3人と外国人役員が多くを占めています(東京商工リサーチ調べ)。高額報酬者のうち外国人役員が多くを占めるというのは例年の傾向で、高い報酬額でなければ優秀な役員をグローバルから採用できない、日本の役員の多くは社員との給与の連続性で設定されることが多く、他国と比べて低めの水準になるなどの理由が背景にあります。なお、ここでの役員報酬には給与・賞与・退職慰労金といった現金報酬のほかにストックオプションなどの株式報酬も含まれます。 ☆  ☆  今回は「役員」について解説しました。次回は「時間外労働」について取り上げる予定です。 第17回 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第17回 「時間外労働」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は時間外労働について取り上げます。時間外労働とは、労働条件について最低限守るべき基準を設けた労働基準法(労基法)で定められた労働時間を超えて働くことをさします。働く人々にとって一度は経験したことのある、また長時間労働等で話題になりやすい身近な用語ですが、細かいルールがありわかりにくいものでもあります。関連する用語もたくさんあります。 時間外労働の種類は複数ある  ここからは文章だけだとわかりにくいので、図表を確認しながら進めていきます。文章中の@〜Dは図表に対応しています。  労働者が働く時間を労働時間といい、大きくは所定労働時間(@)と法定労働時間(A)の二つに分かれます。所定労働時間は、労働者と会社間で取り決められた労働時間で会社ごと(または職場ごと)に異なります。これに対して、法定労働時間は労働基準法で定められた労働時間で、原則週40時間、1日8時間が上限とされています(労働者10人未満の商業、接客娯楽業等は例外として週44時間、1日8時間)。会社が定める所定労働時間は、法定労働時間を超えてはならず、8時間以内で設定する必要があります。  定められた労働時間を超えた部分が時間外労働に該当しますが、労働時間別に異なる用語がつけられています。給与の計算も変わりますので、正しく押さえておく必要があります。法定労働時間から所定労働時間を引いた労働時間を法定時間内残業(B)、法定労働時間を超えた労働時間を法定時間外残業(C)といいます。また、22時から翌5時の間に働くことを深夜勤務といいますが、この場合は法定時間外残業かつ深夜勤務(D)の状態となります。なお、ここに残業とあることから、時間外労働は一般的に「残業」と呼ばれます。 時間外労働には手続きが必要  もともと労働は最低限、法定労働時間内に終わらせるべきと考えられており、これを超えて労働させるには、会社と労働者の過半数で組織する労働組合または過半数を代表する労働者代表との間で36(サブロク)協定というものを結び、所轄の労働基準監督署(労基署)に届け出る必要があります。36協定とは労働基準法第三六条に基づく「時間外・休日労働に関する協定」をさします。労働基準監督署は、労働基準法などを会社が遵守しているかを監督し、問題があれば調査・指導する機関のことです。  本連載、第11回の「働き方改革」でも触れた通り、労働者の健康管理、ワークライフバランスの促進、生産性の向上などの観点から、長時間労働の抑制が国や会社をあげての重要課題と位置づけられました。そこで、2019(平成31)年4月(中小企業は2020〈令和2〉年4月)から、原則月45時間・年360時間の時間外労働の上限規制が設けられることになりました。ただし、臨時的な特別な事情があって、会社と労働者が合意すれば年6カ月まで、時間外労働が年720時間以内などの制約のもと月45時間を超える労働が可能となりますが(特別条項)、この場合も36協定が必要となります。 給与算定には注意が必要  法定外労働時間で働いた分については、基準となる給与に一定割合を増やして支給する割増賃金が必要となります。通常よりも多くの給与を払うことで、会社側には時間外労働の抑制、労働者側にはインセンティブ機能があるといわれています。  どの程度を割増しするかは、労働基準法上定めがあります。また図表を確認していただきたいのですが、法定時間外残業(C)は基準となる給与の25%、法定時間外残業が月60時間を超える場合には50%、法定時間外残業かつ深夜勤務(D)は50%、深夜勤務が所定労働時間内の場合には25%となります。法定時間内残業(B)は会社が法定労働時間よりも有利な条件で設定した結果のものであるため、割増せずに所定労働時間を延長した分の給与を支給すれば足ります。なお、これらの割増率は最低ラインであるため、労働者のモチベーションなどを考慮し、より高い割増率で支給することも可能です。  割増率は基準となる給与に対して乗じることで計算しますが、ここでいう基準となる給与には家族手当・通勤手当・別居手当・子女教育手当・住宅手当・臨時に支払われた賃金・1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金は含まれません。注意が必要なのは、これらの手当は家族数や交通費・距離や家賃に比例して増減する支給方法であることです。一律支給の場合には基準となる給与に含める必要があります。この点が正しく運用できていない会社が散見されますので、しばらく人事制度を見直してこなかった会社については、これを機会に細かくチェックしてみることをおすすめします。  時間外労働は、会社と労働者間の紛争にもなりやすいテーマです。時間外労働分の給与が支給されていない未払い残業代や、長時間労働による健康障害などの問題が報道でもかなりの頻度でみられます。厚生労働省や都道府県労働局などが発行している資料などで、より詳細な確認や弁護士や社会保険労務士等の専門家のアドバイスを受けて法令遵守をするとともに、そもそもの時間外労働をなくしていく全社的な取組みを行うことが重要です。 ☆  ☆  今回は「時間外労働」について解説しました。次回は「休日・休暇」について取り上げます。 図表 時間外労働の割増率[所定労働時間が午前9時から午後5時(休憩1時間)までの場合] 17:00〜18:00 ▲1時間あたりの賃金×1.00×1時間 法定時間内残業 18:00〜22:00 ▲1時間あたりの賃金×1.25×4時間 法定時間外残業 22:00〜5:00 ▲1時間あたりの賃金×1.50(1.25+0.25)×7時間 法定時間外残業+深夜勤務 9:00 実働7時間 @所定労働時間 A法定労働時間 17:00 1時間 B法定時間内残業 18:00 4時間 C法定時間外残業 25%以上 22:00 7時間 5:00 D法定時間外+深夜勤務 50%以上 割増率 出典:東京労働局「しっかりマスター労働基準法―割増賃金編」より筆者作成 第18回 「休日・休暇」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は休日・休暇について取り上げます。休日と休暇は、休むという行為に違いはなく、用語としても違いを意識せずに日常的に使うことも多いかと思いますが、実は労働基準法上では明確に区別して使われている用語です。前回の連載で取り上げた「時間外労働」に引き続き、労働時間に関するテーマとなりますので、前回の解説も思い起こしながら読んでいただくと、理解が深まると思います。 休日は労働の義務がない日  休日とは、労働の義務がない日のことをさします。休日のなかでも労働基準法で定められた法定休日と、法の定めではないが労働者と会社間で取り決められた法定外休日に分かれます。  法定休日は、週1日または4週間に4日以上、会社は労働者に必ず休みを与えなければならないと定められています※1。ここでいう1日とは午前0時から午後12時の24時間のことをさします。これに対して、法定外休日とは法定休日を超えて定められた休日のことで、会社が定める労働条件などを記載した就業規則や労働者と会社が労働条件について取り交わす労働契約に定めることで休日となります。例えば、本稿掲載号発行の11月には勤労感謝の日といった国民の祝日がありますが、法律上は休日に該当するため公立の教育機関や行政機関は基本的には休みとなります。このため一般的には祝日=休みと認識されていますが、会社において祝日は必ずしも休みではなく、法定外休日として定めていなければ休みにはならないというのが基本です。  さて、この内容だけだと会社は週1日の法定休日のみ付与すればよいのに、土日+祝日が休みの会社が多いのはなぜかという疑問がわくかもしれません。  これは前回解説した法定労働時間が1日8時間、1週40時間と定められていることが関係します。1日8時間労働した場合、5日で週40時間に達してしまいます。この時点で週2日休みが基本となります。1年間が365日とした場合、1年間に約52.14週あることになります。これに週2日の休みを乗じて端数を切り上げると最低で年間105日は休みが必要となります。この日数を個別に休日を指定すると管理が複雑になりますが、土日+祝日(年間16日)を休みとすれば、年間休日は基本的に120日となりますので、法律上の要件を超えることになります。このため、土日・祝日が稼ぎどきのサービス業などを除いてこのような運用をする会社が多くあるのが実際のところです。 休日の労働には注意が必要  本来、労働の義務のない日に労働させるには一定の手続きが必要です。休日労働が必要な理由や労働させることのできる法定休日の日数を明記した36協定を会社と労働者間で結び、労働基準監督署に届け出なければ、法定休日に労働させることはできません。次に法定休日に労働させた場合、その時間に応じて35%の割増賃金が必要となります。ここで複雑なのが、法定外休日は法定時間外残業扱いとなるため25%の割増となる点です。土日が休日で法定休日が日曜日の会社は、日曜日に労働すると35%の割増、法定時間をを超えて土曜日に労働すると25%の割増となります※2。  休日の代わりに別途休みを付与することで対応することも可能です。振替休日と代休です。これらはよく混同されていますが、給与の割増がかかわってくるので正しい理解が必要です。厚生労働省の解説を引用すると、振替休日は、「予め休日と定められていた日を労働日とし、そのかわりに他の労働日を休日とする」ことをいいます。代休は、「休日労働が行われた場合に、その代償として以後の特定の労働日を休みとする」ものです。大きな違いは振替休日の場合は事前に指定して休日を動かすので法定休日の振替でも35%の割増は不要、代休の場合は事前に動かすわけではないので、労働した法定休日の35%の割増は必要という点です。 休暇は労働が免除される日  さて、次に休暇についてみていきたいと思います。休暇とは、本来は労働の義務がある日ですが、一定の条件に該当する場合に免除される日のことを指します。簡単にいえば、これまで解説してきた休日以外に付与される休みのことです。こちらも法令で定められたものと定められていないものがあります。  法令で定められている休暇で代表的なものは、心身の疲労を回復しゆとりある生活を保障するために付与される年次有給休暇です。半年以上継続して勤務し、かつ全労働日の8割以上を出勤している場合に、勤続年数に応じて休むことのできる権利のことです。「有給」の名称の通り、取得しても給与は支払われます。半年勤務で年10日の付与を最低日数として、最大6年半の勤務で年20日間の日数が付与されます。これは正社員・パート社員関係なく付与され(週の労働日数や労働時間が短い場合、付与数は減)、労働者が休暇取得を申し出た際に、会社は取得時季の変更を申し出ることはできますが、取得を拒むことはできません。また、2019(平成31)年より年次有給休暇が10日以上の労働者に対して、毎年5日間、会社が取得時季を指定することにより年次有給休暇を確実に取得させることが義務づけられました。なお、有給休暇の取得は原則1日単位ですが、労使の協定により年間5日の範囲内で時間単位での取得が可能となります。  法令で定められていない休暇については、一定時期に比較的長い休みを取る夏季休暇や年末年始休暇、お祝いごとやお悔やみごとなどがあった際の慶弔休暇、年次有給休暇以外に心身の回復などを目的に付与されるリフレッシュ休暇などがあります。会社が指定する休暇であるため、これらがない会社もありますし、誕生日休暇などさらに充実させている会社もあります。  近年は、働き方改革やワーク・ライフ・バランスの浸透により給与と同等以上に労働条件を重視する労働者が増えてきています。また、高年齢層の労働者が今後も増加していく傾向にあるなか、採用競争力や社員の定着率を高め、健康を維持して生産性高く働いてもらうために、法定以上の休日・休暇をいかに充実させるかがポイントとなってきています。  次回は「就業規則」について取り上げます。 ※1 労働基準法第35条第2項参照 ※2 労働基準法第37条第1項参照 前回までの内容は、当機構ホームページでご覧になれます エルダー 人事用語辞典 検索 第19回 「就業規則」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は就業規則について取り上げます。就業規則とは「労働者の賃金や労働時間などの労働条件に関すること、職場内の規律などについて定めた規則集」のことをいいます(厚生労働省「リーフレットシリーズ労基法89条」)。使用者・労働者ともに守るべきルールが明記されたものであるため、普段意識することが少なくても、非常に重要な存在といえます。 就業規則の作成・届出が必要な対象  就業規則は、労働条件について最低限守るべき基準を定めた労働基準法により、常時10人以上の労働者を使用している事業場での作成と所轄の労働基準監督署への届出が義務づけられています。ここでいう労働者にはパートタイムやアルバイトなども含まれ、一時は10人を下回っていても通常はおおよそ10人に達する場合には作成・届出義務がある点に注意が必要です。また、勘違いされやすい点ですが、企業(団体等含む)単位でなく一定の場所において、関連する業務が行われている単位である事業場ごとに作成する必要があります。例えば、営業所や店舗を有している企業については、単位ごとで常時10人以上の労働者がいれば就業規則の作成・届出義務が生じます。これは、事業場ごとに働き方が異なるケースがあり、働きの実態に沿ったルールが必要との考えに基づくものです。  就業規則は使用者と労働者の双方が守るべきものであるため、就業規則の作成・変更は使用者主導で行うにしても、労働基準監督署に届出する前に、事業場の労働者の過半数で組織する労働組合または労働者の過半数を代表する労働者代表の意見を聴かなければなりません。また、労働者がいつでも内容がわかるように各作業所の見やすい場所への掲示や備えつけ、書面の交付などによって周知することも労働基準法で定められています。なお、サーバーやWEB上にデータで就業規則を管理し、労働者が各人のパソコンを使っていつでも確認できる状態にするといった周知方法も認められています。 就業規則に記載する内容  次に、就業規則にはどのような内容を記載すればよいかをみていきましょう。事業場ごとの作成といっても、実務上は企業単位で可能な範囲は共通化して、事業場ごとに違いを持たせざるを得ない部分について、個別の内容を記載しているケースが多くみられます。では、企業が定めたルールがすべて就業規則の内容として認められるかといえばそうではありません。大前提として法律、特に労働基準法を遵守した内容でないといけません。例えば前回(11月号)で解説したように、少なくとも毎週1日の休日か、4週間を通じて4日以上の休日を必ず付与しなければならないと労働基準法上定められていますが、当社は業務過多なので休日を付与しない月があるといったような定めをして就業規則に記載したところで無効となります。逆に、週休2日や夏季休暇を付与する旨を記載するなど、法律以上に労働者に有利になる内容を記載することは問題ありません。  就業規則に記載すべき内容についても労働基準法上で定められています。必ず記載しなければならない絶対的必要記載事項と、当該事業場で定めをする場合には記載しなければならない相対的必要記載事項に分かれます。これらの概要については図表をご確認ください。新たに就業規則を作成する際や自社の就業規則の内容が正しいかどうか判断に迷う場合には、モデル就業規則(2021(令和3)年4月 厚生労働省労働基準局)の活用をおすすめします。各記載事項についての文例とその解説がていねいに記載されています。また、決めごとにより内容が分かれるものについては、複数例が列記されています。例えば高齢者雇用については、[例1]定年を70歳とする例、[例2]定年を65歳とし、その後希望者を継続雇用とする例といったように複数例示されています。  就業規則にすべての内容を記載すると量が膨大になる場合や、テーマごとに分けたほうが周知や管理しやすい場合には、別の規程として切り出すことができます。賃金規程や育児・介護休業規程などが代表的ですが、名称が異なっても就業規則と同様の扱いとなります。また、パートタイムやアルバイトなど、雇用形態の違いにより労働条件が異なる場合には、それぞれの労働者が適用される就業規則を作成・届出する必要があります。 就業規則は非常に重要  冒頭で就業規則は「非常に重要な存在」と書きましたが、法律で定められているからだけではありません。一つは就業規則の記載と周知をしっかり行うことにより使用者・労働者間のトラブルの防止につながる点です。例えば、定年後再雇用では労働時間や給与水準が定年前と異なる場合がありますが、定年後再雇用規程を作成し理解を求めれば、処遇に関する認識の違いを埋めることができます。もう一つは、就業規則を見直すことで労働者の労働環境の向上につながる点です。働き方改革により労働時間の短縮や就業場所の多様化などを検討している企業が多くありますが、就業規則を変更することで実現が可能となります。  何年も就業規則を見直していないという企業もありますが、2020年6月1日より職場におけるパワーハラスメント対策が義務化され、その方針や対策について就業規則に記載するなど書面での周知の必要が生じるなど時代により求められる記載内容も変化しています。定期的に社会保険労務士などの専門家を交えながら内容を検証、更新していくことも重要な取組みです。  次回は「ワークシェアリング」について取り上げます。 図表 就業規則に記載すべき内容 絶対的必要記載事項 1 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに交替制の場合には就業時転換に関する事項 2 賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項 3 退職に関する事項(解雇の事由を含む。) 相対的必要記載事項 1 退職手当に関する事項 2 臨時の賃金(賞与)、最低賃金額に関する事項 3 食費、作業用品などの負担に関する事項 4 安全衛生に関する事項 5 職業訓練に関する事項 6 災害補償、業務外の傷病扶助に関する事項 7 表彰、制裁に関する事項 8 その他全労働者に適用される事項 出典:厚生労働省「リーフレットシリーズ労基法89条」 第20回 「ワークシェアリング」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回はワークシェアリングについて取り上げます。ワークシェアリングとは文字通り、ワーク(仕事)をシェア(分かち合う)という意味です。この用語は20年前に広まりましたが、最近はあまり耳にすることがありません。あえてこの用語を使う必要がないくらい定着したともいえます。考え方自体は現在も継続して残っていますので、本稿の連載名の通りいまさら≠ナすが、解説していきたいと思います。 ワークシェアリングにはさまざまな目的があった  ワークシェアリングの具体的な定義・目的については、2001(平成13)年に厚生労働省が発表した「ワークシェアリングに関する調査研究報告書」に記載されています。ここでは、「ワークシェアリングとは、雇用機会、労働時間、賃金という三つの要素の組み合わせを変化させることを通じて、一定の雇用量を、より多くの労働者の間で分かち合うこと」と定義づけられています。目的については、@雇用維持型(緊急避難型)、A雇用維持型(中高年対策型)、B雇用創出型、C多様就業対応型の四つに類型化しています。この四つは密接に関連しつつも、実現までの時間軸という観点から二つに大別できます。 短期的な課題への対応  まずは、@Aの雇用維持型ですが、これらは短期的な課題への対応が主となっています。図を見ていただきたいのですが、先の報告書が提示された2001年は、いわゆるバブル経済崩壊後の経済状況の悪化を受けて、有効求人倍率(求職者に対する求人数の割合)が0.59倍、完全失業率(15歳以上の働く意思をもった労働力人口のうち、職がなく求職活動をしている人の割合)が5.0%と雇用環境が厳しい時期でした。業務上必要な労働者よりも雇用している労働者が多いという雇用過剰感が企業から叫ばれている時期でもありました。この状況下で、喫緊に対応しなければならないとされていたのが、企業内に在籍している社員の雇用維持でした。この対策としてのワークシェアリングは、一人あたりの業務量や業務時間を減らして、現在すでに雇用されている者同士(特に正社員)で分かち合うというものでした。雇用維持による企業の財務状況の悪化を防ぐために、業務時間の短縮分の労務が提供されていなかったとして、ノーワークノーペイ分の給与の削減なども行われていました。この点を含めて、日本経営者団体連盟(使用者側)と日本労働組合総連合会(労働者側)で議論・検討し、2002年には、ワークシェアリングについては、労使で協議しながらともに推進していくことで合意し、「ワークシェアリングの取り組みに関する5原則」を発表しています。 中長期的な課題への対応  次に、中長期的な課題への対応ですが、先の四つの類型のうち、B雇用創出型、C多様就業対応型が該当します。先の雇用過剰感があった時期と同時に提唱されているのが興味深いのですが、少子高齢化にともなう生産年齢人口(満15歳以上65歳未満の人口)の減少へ対応するための方策としてワークシェアリングが位置づけられています。当時主流だったのはフルタイム・残業あり・全国転勤あり・職務の制限なしといったいわゆる正社員的な働き方でした。このような働き方が可能なのは、特に出産・子育て・体力等により時間的な制約を受けないとされる60歳以下の男性が労働者の中心であり、このままでは将来的に人手不足になることが問題視されていました。そこで、時間や労働環境の制約で従来は労働力として取り込みにくかった女性や高齢者を含めて労働者の対象を増やし、労働市場全体のなかで労働時間や業務量を分かち合うことで生産性の向上を図っていくことをワークシェアリングで実現しようとしています。その実行策として、時短や多様な働き方の推進、雇用形態にかかわらない公正な処遇の実現などが、先述の報告書や5原則にも記載されています。 現在も継続しているワークシェアリングの取組み  さて、現在に目を向けてみましょう。新型コロナウイルス感染症の影響で経済的に打撃があったといわれている2020(令和2)年時点でも、有効求人倍率1.18倍、完全失業率2.8%、2021年の正社員が不足している企業は40.7%に対して、過剰な企業は13.6%(「人手不足に対する企業の動向調査」帝国データバンク 2021年7月調査)と20年前とは雇用環境が大きく異なります。この状況を反映し、短期的な課題に分類した@A雇用維持型については現在話題にあがることはほとんどありません。一方で、中期的な課題に分類したB雇用創出型、C多様就業対応型については現在も継続しています。中長期的な課題で解説した文脈を目にしたことがあるとお気づきの方もいるかもしれませんが、本連載でも取り上げた働き方改革や高齢者の雇用義務化、同一労働・同一賃金といったように、具体的な施策として取り組まれています。道半ばの部分もありますが、子育てしながらの就労や高齢者の就労機会、フルタイム以外の働き方などはあたり前のように受けとめられる社会となっているため、20年前に課題提起されていたことが実現に向けて着々と前進しているともいえます。 ☆  ☆  今回は「ワークシェアリング」について解説しました。次回は「戦略人事」について取り上げます。 第21回 「戦略人事」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は戦略人事について取り上げます。1990年代にアメリカの経済学者であるデイビッド・ウルリッチ教授が『MBAの人材戦略』という書籍のなかで提唱した考えで、戦略的人的資源管理ともいいます。提唱されてから30年ほどの歴史がありますが、人事部門の方が聞いたことがあるくらいの一般に浸透しているとはいいがたい用語だと思います。しかし近年、再度着目されているため、本稿で取り上げることとしました。 戦略人事とは何か  戦略人事の解説に入る前に、いまさらながら経営戦略とは何かについてみていきたいと思います。こちらは毎日のように目にするくらい浸透していて、インターネットなどで探してみると、さまざまな定義が出てきますが、筆者は「企業が継続・成長という目的を達成するための基本的な方針」と整理しています。この経営戦略に基づいて、3年から5年後の企業の成長の姿や実施すべき施策をまとめた中期経営計画やそれを1年ごとに分解した年度計画が策定され、従業員が日々取り組むべき具体的な実行策や行動に落とし込まれていきます。逆にみると、日々の事業活動を通して達成すべきものが経営戦略ともいえます。  さて、前振りが長くなりましたが、戦略人事に戻りたいと思います。戦略人事とは、経営戦略を実現するために人事面から深くかかわり、推進していくことをさしています。例えば、計画をいくら立てても、実行に移す人材が不足していると計画は実現できません。そこで実現に向けて必要なスキル・能力や人員数を定め、活躍をうながす組織や労働条件、働き方を整備する必要が出てきます。戦略人事ではこれらのことを従来の方策やルールの延長線ではなく、人事部門が経営者や現場からのニーズをふまえながら、最適な施策を意思をもって企画し推進していくことが求められています。  戦略人事を行うためには、次の四つの機能が必要といわれています。 ・HRビジネスパートナー(HRBP)…経営陣や事業活動を推進する部門の責任者のパートナーとして人事面からサポートする機能 ・センター・オブ・エクセレンス(CoE)…人事に関する高度な専門的知識・知見をもとに制度設計や人事施策の企画を行う機能 ・組織開発・人材開発(OD&TD)…組織や従業員のパフォーマンスを向上させる取組みを牽引する機能 ・オペレーションズ(OPs)…給与支払いや労務管理、入退社手続きなどの実務を正確かつ効率的に処理する機能 戦略人事の再注目の背景と取組み  本稿の冒頭で、戦略人事が再度着目されていると述べました。これには近年の社会環境の変化が関係しています。日本を取り巻く大きな環境変化として、企業のグローバル化の進展、事業環境のスピードの加速化、少子高齢化があげられます。多くの企業にとって、これらの環境変化に対応することが必要不可欠であり、人事面での対応も迫られています。ここからは各々の環境変化に対する戦略人事の取組み例についてみていきたいと思います。  まずはグローバル化の進展ですが、海外企業を買収したり海外拠点を設立する企業はかなりの数に上っています。従来は各国の拠点の事情に即した人事制度で運用し、日本企業から幹部を派遣して運営することが一般的でした。しかし、マーケットが広くなればなるほど競争優位性を保つためには、国籍を問わず優秀な人材を幹部登用していくことが必要となります。その実現を図るために有効な施策として重視されているのが、全拠点統一の人事制度を導入し、共通の基準で人材を抜擢・育成する仕組みの導入です。海外拠点の従業員が日本本社の幹部や社長に抜擢される事例も出てきており、今後もこの流れは強まっていくことが想定されます。  次に事業環境のスピードの加速化ですが、日本企業における従来の人事部門の役割の多くは先にあげたオペレーションズ≠ナした。労務・給与・採用の実行チームはあるものの企画をする機能はなく、経営で決まったことを粛々と実行する人事部門も多くみられました。しかし、これではどうしてもスピード感に欠けることと事業の実態に合わないことがあります。そこで、オペレーション機能を集約や外注することで施策を企画できる時間と人材を増やし、現場のニーズを満たすために有効な組織編成や人材配置などを立案、経営陣に提言することを人事部門のおもな役割として再定義する動きがあります。CHRO(最高人事責任者)という役員相当の人事全般を掌握するポストを設け、社長の補佐として機能させている会社もあります。  最後に少子高齢化ですが、企業にとって深刻な課題となっています。労働力人口が減少する前であれば、事業の拡大や欠員に対して採用すればこと足りました。しかし、現在は募集しても人が集まらないという状況が通常になっています。そこで、近年は少ない人手のなかで生産性を高めながら業務を遂行する方向に多くの企業が舵を切り始めています。多くの人手を要した定型作業は自動化し、従業員はより専門的で難易度の高い業務の遂行にシフトしていきます。人事部門には少ない人材で事業運営が可能となるために必要なスキルの洗い出しと保有する人材の採用や教育、人材配置などを企画し推進することが強く求められ始めています。 高齢者雇用と戦略人事  高齢者雇用も戦略人事のテーマの一つといえます。従来は法令遵守を主な目的として継続雇用し定型業務をメインに従事させていた福祉的雇用から、シニア人材の熟練技能や知見を最大限に活かして重要な役割や高度な業務に従事することで計画達成の貴重な戦力とする戦略的雇用に考えが切り替わりつつあります。継続雇用から定年延長への切替えや65歳超の人材の雇用についても、政府が推進しているから=A他社がやっているから≠セけではなかなか検討が進まない部分がありますが、自社の経営戦略達成に向けたシニア人材の活躍が必要不可欠かどうかの認識が固まれば、方向性はおのずと定まってくるのではないでしょうか。  次回は「セルフキャリアドック」について取り上げます。 第22回 「セルフ・キャリアドック」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回はセルフ・キャリアドックについて取り上げます。この用語をインターネットで検索すると厚生労働省による特設サイトや資料が多く表示され、普及に関して力が入れられていることがわかります。一方で、現状ではあまり普及しているとはいいがたい制度でもあります。企業内で導入・実践していくとメリットが期待できる仕組みでもありますので、概略を解説していきたいと思います。 セルフ・キャリアドックの定義と意義  セルフ・キャリアドックに関する資料のなかで全体像が把握でき、具体的な事例や導入に際して役立つフォーマットが掲載されているものに「『セルフ・キャリアドック』導入の方針と展開」(厚生労働省)という冊子があります。そこではセルフ・キャリアドックについて「企業がその人材育成ビジョン・方針に基づき、キャリアコンサルティング面談と多様なキャリア研修などを組み合わせて、体系的・定期的に従業員の支援を実施し、従業員の主体的なキャリア形成を促進・支援する総合的な取組み、また、そのための企業内の『仕組み』」と定義づけています。まとめると、従業員が主体的にキャリアについて考えることを企業が支援する仕組みともいえます。  ここで、個人の課題であるキャリア形成について、なぜ国や企業が促進・支援していかなければならないのかという疑問が生じるかもしれません。そこで意義を理解するために、導入の背景について触れていきます。  セルフ・キャリアドックについて提言されたのは、第2次安倍内閣における成長戦略をまとめた「日本再興戦略改訂2015」のなかです。ここでは、変化の激しい環境に対応するために、一人ひとりが持てる能力をプロとして最大限発揮することが求められ、そのためには自らのキャリアについて立ち止まって考える「気づきの機会」が必要と提言されています。日本再興戦略2016のなかではその具体策として、セルフ・キャリアドックの導入・推進について述べられています。  連動する形で、2016(平成28)年4月1日施行の改正職業能力開発促進法の第10条の3第1号において、業務の遂行に必要な技能およびこれに関する知識の内容および程度その他の事項に関し、情報の提供、キャリアコンサルティングの機会の確保その他の援助を行うことが事業主に求められるようになりました。これらにより、セルフ・キャリアドックは従業員・事業主の双方が実施に努めるものとして規定されることになりました。 セルフ・キャリアドックの実施内容  国が掲げる目的は理解できたとしても、従業員や企業にとっての導入のメリットがないと導入は進みません。厚生労働省の資料では、次の四つの対象者と期待効果を提示しています。 @新卒採用者…仕事の向き合い方やキャリアパスの明示などを通じて、職場への定着や仕事の意欲が高まる。 A育児・介護休業者…仕事と家庭の両立にかかわる不安の解消や課題解決を支援し、職場復帰を円滑に行う。 B中堅社員…職業人生の後半戦に向けて、キャリアを再構成しモチベーションの維持・向上を図る。 Cシニア社員…これまでのキャリアの棚卸しをし、目標を再設定することで、シニア期の充実した職業・人生の設計を行う。  具体的にセルフ・キャリアドックでは何を行うのでしょうか。大きくは三つの実施事項があります。一つめは、多くの従業員にキャリア形成の重要性を理解し、自身のキャリアの棚卸しやキャリア目標・アクションプランを作成するきっかけとなるキャリア研修を集合形式で実施します。二つめは、従業員とキャリアコンサルタントが一対一で面談するキャリアコンサルティングを実施します。ここでは、自身の働き方で大切にしていることや企業から求められる役割や責任を確認したうえで、各々にあったキャリアビジョンや行動計画をつくりこんでいきます。三つめはフォローアップです。守秘義務のある個別の内容は除き、キャリアコンサルティング対象者全体のキャリア意識の傾向や組織的な課題がキャリアコンサルタントから事業主へと報告されます。その解決を図るとともによりよい仕組みにしていくために継続的な改善を行います。より具体的な進め方については、図表をご参照ください。 セルフ・キャリアドックの普及はこれから  セルフ・キャリアドックの普及状況については、2020(令和2)年度「能力開発基本調査」(厚生労働省)が参考となります。このなかにキャリアコンサルティングを行う仕組みの導入状況が設問としてありますが、キャリアコンサルティングを行う仕組みがない企業は61.4%にのぼっています。キャリアコンサルティングを行っていない理由のなかで最も多いのは、「労働者からの希望がない」が正社員で48.2%、ほか着目すべき理由として「労働者がキャリアに関する相談をする時間を確保するのが難しい」が25.0%となっています。この結果は、キャリア形成の必要性に関する国と企業・従業員との意識のギャップがまだまだ大きいことを示しています。今後、環境変化はさらに加速化し、職業人生が長期化するなか、自身のキャリアに関する考えにその都度修正が求められていくのは想像にかたくありません。仕組みよりもまずは、セルフ・キャリアドックの意義や必要性をより浸透させていくことが課題と考えられます。  次回は「サクセッションプラン」について取り上げます。 図表 セルフ・キャリアドックの標準的プロセス 1 人材育成ビジョン・方針の明確化 @経営者のコミットメント A人材育成ビジョン・方針の策定 B社内への周知 2 セルフ・キャリアドック実施計画の策定 @実施計画の策定 A必要なツールの整備 Bプロセスの整備 3 企業内インフラの整備 @責任者等の決定 A社内規定の整備 Bキャリアコンサルタントの育成・確保 C情報共有化のルール D社内の意識醸成 4 セルフ・キャリアドックの実施 @対象従業員向けセミナー(説明会)の実施 Aキャリア研修 Bキャリアコンサルティング面談を通した支援の実施 C振り返り 5 フォローアップ @セルフ・キャリアドックの結果の報告 A個々の対象従業員に係るフォローアップ B組織的な改善措置の実施 Cセルフ・キャリアドックの継続的改善 出典:『「セルフ・キャリアドック」導入の方針と展開』(厚生労働省)p.7 第23回 「サクセッションプラン」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回はサクセッションプランについて取り上げます。サクセッションプランとは、一言でいうと「後継者育成に向けた計画」をさします。  企業経営の前提に、将来にわたり継続していくこと(ゴーイングコンサーン)があるように、経営者も従業員も次世代を育成し、引き継いでいく必要があります。このことをふまえるとあたり前の取組みなのですが、実態としてはなかなか実践されているとはいいがたい状況にあります。 サクセッションプランの本丸は経営者育成  後継者の育成であるかぎり、サクセッションプランの対象は経営者・従業員の双方にあてはまりますが、特に近年はコーポレートガバナンス・コード(CGC)との関係で経営者の育成をさすことが多いです。コーポレートガバナンスとは、東京証券取引所の説明によると「会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場をふまえたうえで、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」を意味しており、コードは「実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則を取りまとめたもの」とされています。上場企業においては、その原則を実践≠ワたは実践しない場合には説明≠キることが求められています。CGCは五つの基本原則と原則(基本原則を具体化したもの)、補充原則(原則を行動レベルまで詳細化したもの)に分かれていますが、この基本原則4の補充原則のなかで最高経営責任者(CEO)等の後継者育成について十分な時間と資源をかけて計画的に行われるようにと触れられています。  CGCは2015(平成27)年に策定され、もともと最高経営責任者などの後継者計画については記載があったのですが、十分に機能していないという指摘も多く、2018年には、より具体的な取組みをうながす内容に改訂されました。 サクセッションプランの実践状況  それでは、どのくらいの会社が本腰を入れてサクセッションプランに取り組んでいるかというと、あまり芳しくない状況といえそうです。日本の社長・CEOの指名方法としてよくいわれるのは、現社長・CEOが次の後継者を指名するというものです。現任者の意向が強く反映され、後継者としての資質がある者が本当に選ばれているかわからない、退任後も影響を及ぼしやすい院政≠敷きやすいなどの指摘が一般的にもよくみられます。これを裏づける調査結果があります。  『コーポレートガバナンスに関するアンケート調査結果(2018年版)』(経済産業省委託PwCあらた有限責任監査法人調査)のなかに、次の質問と回答があります。%は最も多い回答比率をあげています。 問14:社長・CEOの再任についての決定を最も左右する主体とは 回答:社長・CEO自身(39%) 問29:次期社長・CEOの選定に関し、候補者の選出から決定までのプロセスとは 回答:現社長・CEO等が単一の候補者を選定し、取締役会で審議・決定(22%) 問30:サクセッションプランの有無とは 回答:後継者の計画が存在しない(48%) 問35:サクセッションプランを作成していない理由とは 回答:後継者については社長・CEO等の経営陣の意向が尊重されるため(56%)  本調査のごく一部の要約となりますが、これらをみるだけでもサクセッションプランの実施については消極的な姿勢がうかがえます。経営者本人に後継者育成の課題感がないと、ほかの役員や人事部門からはとてもではないが提案しにくく、導入が進まないというのが実際のところのようです。 サクセッションプランの取組み  このような状況に対し、経済産業省が2018年に改訂した『コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針』によると、企業の持続的な成長と中期的な企業価値の向上には、経営トップを、もっとも優れた後継者にベストなタイミングで経営トップの交代が必要であり、現行の後継者の現社長・CEOによる属人的な選定は、現在の変化の激しい経営環境のなかでは適切な後継者指名が行われないリスクが高いとして、サクセッションプランの必要性について強く説いています。  一方で、新たに後継者計画に取り組む企業にとって、最初からフルスペックで仕組みを構築することは困難として、七つのステップ(図表)を参考にできるところから一歩ずつ取り組んでいくように記載されています。また、サクセッションプランの導入における重要な取りかかりとなるのは、どのような後継者を育成していくのかという「あるべき社長・CEO像」の可視化ですが、本資料に社長・CEOに求められる資質・能力の一例が掲載されています。このほか各ステップの進め方や取組み例について具体的に記載されているため、サクセッションプランにこれから取り組もうという企業には参考になるかと思います。  日本の企業でもグローバル化の進展にともない、日本人以外でも優秀な社員を経営陣に抜擢する動きも増えてきています。社内の内輪の理論だけで経営者を選出していては、環境変化やグローバル化へのかじ取りがますますむずかしくなっていくのは明白です。取組みを進めるために、まずは後継者を育成し、最適な人材を選抜していくことの重要性をいかに現在の経営者に醸成していくかがポイントになりそうです。 ☆☆  次回は、「福利厚生」について取り上げます。 図表 後継者計画の策定・運用のステップ ステップ 主な内容 1 後継者計画のロードマップの立案 2 「あるべき社長・CEO像」と評価基準の策定 3 後継者候補の選出 4 育成計画の策定・実施 5 後継者候補の評価、絞込み・入替え 6 最終候補者に対する評価と後継者の指名 7 指名後のサポート 出典:コーポレートガバナンスに関する実務指針(経済産業省) 第24回 「福利厚生」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は福利厚生について取り上げます。基本中の基本用語ですが、あらためて概要や背景、実施状況などをみていきたいと思います。 福利厚生は大きく二つに分類される  福利厚生を一言でまとめたもので筆者がもっともわかりやすいと思ったのが、「企業が、労働力の確保・定着、勤労意欲・能率の向上などの効果を期待して、従業員とその家族に対して提供する各種の施策・制度」という説明です(出典『デジタル大辞泉』小学館)。福利厚生は、企業が費用を負担することを法律で義務づけられている法定福利厚生と、企業が任意で実施する法定外福利厚生に分かれます。  まずは法定福利厚生ですが、こちらは項目が決まっています。 @健康保険…傷病の治療などに対して、従業員の費用負担を軽減するための制度。 A厚生年金保険…日本国内に住んでいる満20歳以上60歳未満全員が加入する国民年金に上乗せして支給される年金。 B介護保険…高齢者の介護を社会全体で支え合うための保険。 C雇用保険…失業した際の生活を支え、再就職などに向けた支援をするための保険。 D労災保険…労働者の業務上または通勤による傷病などに対して必要な給付を行う制度。 E子ども・子育て拠出金…国や自治体が実施する子育て支援のための拠出金。  @ABは企業と従業員で折半、Cは企業と従業員で一定割合を負担、DEは企業が全額負担となっています。  次に法定外福利厚生です。こちらは企業の任意なので実施有無や内容は企業ごとに異なりますが、いくつかに区分されます。2020(令和2)年12月に一般社団法人日本経済団体連合会(以下、「経団連」)が公表した『福利厚生費調査結果報告』が従業員一人一カ月あたりの福利厚生費用平均の内訳を記載していて状況を把握しやすいため、紹介したいと思います(※カッコ内は全産業の平均。代表的なものを金額の高い順に列記)。 ・住宅関連…社宅や持ち家援助(1万1639円) ・ライフサポート…給食、財産形成、ファミリーサポート等(5505円) ・医療・健康…医療・保健施設運営、ヘルスケアサポート(3187円) ・文化・体育・レクリエーション…施設・運営、活動への補助(2069円) ・慶弔関係…慶弔金、法定超の付加給付(514円)  なお、従業員への法定外福利厚生の提供方法ですが、企業がパッケージで施策やサービスを提供する方法と、外部業者などと連携して、従業員にさまざまなメニューを提供し、従業員は一定の補助金のなかで自由に選択できるカフェテリアプランという方法に分かれます。 福利厚生の実施状況とその背景  経団連の報告書で気になるグラフがあるので紹介します(図表)。福利厚生費の推移を示したものですが、法定福利費が右肩上がりとなっています。これは急速な少子高齢化により一人あたりの健康保険や厚生年金保険などの負担が上がっていることによるものです。余談ですが、ここ何年も日本の給与額が上がっても手取りが増えないといわれています。この法定福利費の増大がその大きな要因となっています。  法定外福利費は抑制傾向であることがグラフからみて取れます。2019年度での福利厚生費に占める法定外福利費の比率は22.2%に過ぎません。報告書には先の福利厚生項目別の経年推移が載っていますが、住宅やライフサポート関連はおおよそ減少傾向にあります。一方で着目したいのが医療・健康の項目については増加傾向にある点です。独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)が2017(平成29)年に行った『企業における福利厚生施策の実態に関する調査』でも、今後充実させたい施策については、メンタルヘルス相談や治療と仕事の両立支援、人間ドック受診の補助が上位にあげられています。本連載の健康経営の回(2021年6月号)でも触れましたが、従業員の高齢化や人手不足が進むなかで、従業員の健康の維持・向上が会社の生産性や業績に好影響を与えると企業側が判断していることがみて取れます。  この点については、高度経済成長期やいわゆるバブル経済期などを通し全国から人材を集めるにあたり、特に低賃金の若年層の給与補填的な施策や生活施設の提供などを通して、人材獲得における競争力や社員の定着力の向上のために法定外福利厚生を充実させてきました。しかしながら、1990年代後半以降の経済の悪化にともなう人員過剰感を理由に法定外福利厚生は削減の方向で見直されることとなります。  このように法定外福利厚生は経済状況や人手不足・過剰感に密接に連動しています。コンサルティングの現場で筆者が感じることとしては、近年は属人的になりがちな法定外福利厚生を削減し、仕事や成果による給与や賞与を底上げしていくケースと、法定外福利厚生を充実させ社員のモチベーション向上、採用競争力の強化をすすめるケースに分かれつつあることです。特に従来は中小企業は法定外福利厚生に力を入れていない傾向がありましたが、今後の中小企業の人手不足解消の解決策の一つになることは想像に難くありません。  次回は「ダイバーシティ」について取り上げます。 図表 福利厚生費の推移 法定福利費の対現金給与総額比率(右軸) 法定外福利費の対現金給与総額比率(右軸) 法定福利費 法定外福利費 2019年度 法定 84,392円 法定外 24,125円 出典:『福利厚生費調査結果報告』2020年12月18日・一般社団法人日本経済団体連合会 第25回 「ダイバーシティ」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回はダイバーシティについて取り上げます。用語としては広く浸透しており企業経営に大きくかかわるものでもあります。本稿では、定義や企業経営における位置づけ、取組み状況に焦点をあてて解説していきます。 ダイバーシティは企業経営における重要戦略≠ナある  ダイバーシティとはアメリカを発祥とする用語で、日本語では「多様性」と直訳されます。企業とのかかわりを示すものとしてわかりやすいのが、日本におけるダイバーシティの普及のきっかけをつくったといわれる「日経連ダイバーシティ・ワーク・ルール研究会」報告書(2002〈平成14〉年)の定義です。ここでは、「ダイバーシティとは『多様な人材を活かす戦略』である。従来の企業内や社会におけるスタンダードにとらわれず、多様な属性(性別、年齢、国籍など)や価値・発想をとり入れることで、ビジネス環境の変化に迅速かつ柔軟に対応し、企業の成長と個人のしあわせにつなげようとする戦略」としています。  報告書でも指摘されていますが、20世紀半ばの高度経済成長期に代表されるように経営環境が安定し、経済が右肩上がりに成長していた時代には、従来の日本人・男性を主な対象とした終身雇用・年功序列を中心とした画一的な人員構成や価値・発想が日本企業の成長に有効とされていました。しかし、高度経済成長期の終焉から現在にかけては、本連載でも何度も取り上げている少子高齢化により雇用の対象を日本人・男性に絞り込むと立ち行かない、加速化する市場や生産のグローバル化に対して日本人の価値観や手法だけでは対応できない、高まる人権意識のなかで属性による処遇の差別は許されなくなっているといった課題が年を経るごとにますます大きくなっています。画一的な人員構成では解決できないこれらの課題に対し、企業の構成員を多様化し、個々人が持つさまざまな発想や能力を尊重して活かすことで、戦略的に対応していくことが企業におけるダイバーシティといえます。 多様性の対象範囲は広い  それでは「多様性」とは一般的にどのようなことが想定されているのでしょうか。いろいろな分類がありますが、ここでは「個人属性」、「価値観・働き方」の二つの切り口でみていきます。報告書で指摘されている従来の日本人・男性・画一的な価値・発想との対比でイメージするとわかりやすいと思います。 @個人属性…女性の活躍や管理職・役員登用、若年層・高年齢者を含めた年齢にとらわれない雇用と活躍、外国人人材の受入れなどがあげられます。また、障害のある人やLGBT(性的マイノリティ)に対する理解と配慮をもった職場環境の構築も重要です。 A価値観・働き方…異なる意見の受容や尊重、さまざまな経験や能力をもった人材の雇用や適材適所、仕事と生活のバランスに配慮したワークライフバランスなどがあげられます。また、ここには本人の価値観や生活状況に基づく、限定された時間や職務への従事や、副業の推進など働き方の多様化も含まれます。  これらの多様性を推進していくためには、属性別の雇用や管理職比率の目標値を設けたうえで具体的なアクションを定めたり、終身雇用・年功序列の人事制度からパフォーマンスや職務を重視した制度への転換、残業規制・有給休暇消化の推進、属性にとらわれない福利厚生の導入などルールや仕組みの面での整備が必要です。しかし、その前提となるのは多様性を認め合い受容する(インクルージョン)ことといわれています。いくら多様性を促進したとしても、互いの理解がなければ職場における対立が生まれ、企業・組織の成長どころか生産性を落とすことにつながりかねません。多様性と受容を包括して対応することが重要であることから、ダイバーシティ&インクルージョン(Dive rsity and Inclusion)とセットで呼ぶこともあります。 日本における実施状況  冒頭で述べたように用語としては浸透していますし、重要性についても理解も深まっているように思えます。しかし、現時点での実現度については一般的には疑問視されています。統計からみて取れますが、わかりやすい指標としてあげられるのが、女性の管理職・取締役比率の低さです。図表を参照すると一目瞭然ですが、欧米諸国と比較すると女性の就業比率はほぼ同等のなか、管理職比率は14.8%と顕著に低い状態にあります。取締役会における女性取締役の比率についても、トップのフランス44.6%に対して、日本は11.0%と同一の比較対象国のなかでもっとも低い位置にあります(成長戦略会議〈第10回〉配付資料 2021〈令和3〉年)。また同資料では外国人取締役の割合にも触れていますが、トップのドイツ30.0%に対して日本は4.0%とこちらも日本の低さが際立っています。このほか、国における男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数について日本の順位は156カ国中120位と先進国のなかで最低レベル、アジア諸国のなかで韓国や中国、ASEAN諸国より低い結果と指摘されている(世界経済フォーラム「ジェンダー・ギャップ指数2021」)など、国際比較するうえで日本の後れを示す統計が多々出てくるといった状況です。今後、日本企業がダイバーシティをより強く意識して推進していかなければならないのは間違いなさそうです。  次回は、「早期退職・希望退職」について取り上げます。 図表 管理職の女性割合の国際比較(2019年) 米国 就業者の女性割合 47.0% 管理職の女性割合 40.7% 英国 就業者の女性割合 47.3% 管理職の女性割合 36.8% フランス 就業者の女性割合 48.5% 管理職の女性割合 34.6% ドイツ 就業者の女性割合 46.6% 管理職の女性割合 29.4% 日本 就業者の女性割合 44.5% 管理職の女性割合 14.8% (注)日本は総務省「労働力調査(基本集計)」、諸外国はILO"ILO STAT"における「管理的職業従事者」の女性割合 (出所)内閣府『男女共同参画白書 令和2年版』(2020年7月公表)を基に作成。 出典:「成長戦略会議(第10回)配付資料」内閣官房成長戦略会議事務局 第26回 「早期退職・希望退職」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、早期退職・希望退職について取り上げます。ここ2〜3年、新聞などのマスメディアを通して見る機会が多くなった用語だと思います。 早期退職と希望退職の違いは期間限定≠ゥどうか  早期退職と希望退職はセットで表記されることが多い用語で、両者とも「定められている定年年齢よりも前に退職する際に優遇≠キる」ことを目的とした制度です。しかし両者には大きな違いがあります。希望退職から説明したほうがわかりやすいですが、これは定められた期間内に社員が退職を申し込んだ場合に優遇される制度です。一方で、早期退職は条件を満たした社員はいつでも申し込め、優遇される制度です。要は、希望退職は期間限定≠ナ運用される制度、早期退職は恒常的≠ノ運用される制度であり、時間軸の違いが両者の違いとなります。このため、希望退職は期間限定で申込者を集めるために募集人数を提示し、満たさなければ二次募集などを行うのに対して、早期退職は特に応募人数を定めずに、応募者の条件にあえば受けつけるといった運用が多くみられます。  次に優遇≠ニはどのようなものかみていきましょう。これらの制度がある企業に最も多く設けられているのが、退職金の特別加算措置です。これは通常の退職金に上乗せした金額を支給するものです。割増退職金や退職加算金と呼ばれることもあります。一般的に年収の1年分程度が加算されるイメージが持たれていますが、希望退職応募者の一人あたりの加算金の平均額の平均年収に対する割合は全産業・規模計平均で1.02倍(『労政時報』 第4014号 労務行政研究所 2021年5月)と同等の結果となっています。  このほかの優遇措置としては、再就職支援があげられます。転職を支援する企業のサービスの活用や転職先の紹介、転職活動に向けた早退の許可や特別休暇の付与、教育訓練の補助などが含まれます。 近年の動向と実施の背景  次に、近年の動向についてみていきます。図表は主な上場企業の早期・希望退職者を募集した企業数と募集人数の経年推移を示したものです(東京商工リサーチ 2022年1月20日発表)。全期間では2009(平成21)年、近年では2020(令和2)年・2021年の数が増えています。早期退職・希望退職は別名で人員削減やリストラと呼ばれるように、企業の業績が悪化した際に人件費抑制のために実施されるととらえられがちです。たしかに、2009年はリーマンショックによる各社の業績悪化に対応して実施するケースが多かったのですが、近年の実施目的は、より複雑化しています。 @新型コロナウイルスによる業績悪化への対応  アパレル・繊維業や観光・飲食業等に代表されるように、2020年以降本格化した新型コロナウイルスは多くの企業に業績の悪化をもたらしました。これらに対応するため、特に希望退職によって一定期間で社員数と人件費を減らし、業績改善につなげていくことを目的としています。 A組織の若返りに向けた対応  社員数のボリュームゾーンが中高年齢層である企業のなかには組織が硬直化する、新規取組みへの対応が遅れる、人件費が高年齢層に集中し若年層の給与が上がらないといった事象が発生することがあります。そこで、中高年社員に次のキャリアについて社外での活躍を見すえ制度を活用してもらう一方で、若年層の採用や処遇改善による定着を行うことを目的としています。 B事業や業務の見直しに向けた対応  経営環境の変化に対応するために、既存事業を縮小・撤退し、新規事業に経営資源を配分し直すことに取り組む企業や、生産性の向上や将来の人手不足を見すえてデジタル化による人の手を介さない業務を推進する企業が増えています。これら既存の事業や業務に従事していた社員の新たな事業・業務の受け持ちがむずかしい場合は、社外に活躍の場をみつけてもらうことを目的としています。  特徴的なのは、業績好調時でも早期退職・希望退職を実施する企業が多いことです。東京商工リサーチの調べでは、2021年に早期退職・希望退職を募集した企業のうち直近本決算が黒字の企業が44%にのぼり、早期退職・希望退職の目的がもはや業績悪化への対応にとどまらないことを示しています。黒字企業の多くはAやBのような目的で早期退職・希望退職の制度を実施しており、今後もこの流れは継続するといわれています。 運用に関する留意点  最後に、早期退職・希望退職の運用の留意点について触れていきます。留意点としてよくあげられるのは、優秀人材の流出です。多くの企業では、応募してきた社員を企業が承諾することで制度を活用できるとしています。制度上は特定の人材の引き留めは可能ということになりますが、実務上は恣意的に認めないことも限界があり、場合によっては応募者とのトラブルになります。また、特に希望退職のケースでは、応募人数を満たすために社員に対して退職勧奨をすることがあります。退職を勧める≠アと自体は可能とされていますが、何度も短期間で面談をくり返したり、応じない社員を意図せぬ業務に従事させたりすると退職強要と受け取られ、労務問題に発展することがあります。退職という人生の一大事にかかわる制度ですので、導入・運用に際しては弁護士などのアドバイスを受けながら進めていくことが望まれます。  次回は「社外取締役」について取り上げます。 図表  主な上場企業における早期・希望退職者の募集状況 2009年 191社 22,950人 2010年 85社 12,223人 2011年 58社 8,623人 2012年 63社 17,705人 2013年 54社 10,782人 2014年 32社 8,852人 2015年 32社 9,966人 2016年 18社 5,785人 2017年 25社 3,087人 2018年 12社 4,126人 2019年 35社 11,351人 2020年 93社 18,635人 2021年 84社 15,892人 ※募集人数で募集枠を設けていないケースは応募人数をカウントした。 ※資料は「会社情報に関する適時開示資料」などに基づく。 出典:東京商工リサーチ「2021年上場企業『早期・希望退職』実施状況」 第27回 「社外取締役」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、社外取締役について取り上げます。この用語自体は、本連載の第16回(2021〈令和3〉年9月号)※1で触れていますが、本稿でより深く解説していきたいと思います。 社外取締役は自社にとって利害関係のない役員  社外取締役は、読んで字の通りで社外から選任した取締役のことをさします。この「社外」が何をさすかについては、会社法※2第二条で定められています。就任の10年前から現在まで当該株式会社または子会社の業務執行取締役等でないこと、親会社等の取締役等や使用人ではないこと、兄弟会社の業務執行取締役等ではないこと、当該会社の取締役等の配偶者または二親等以内の親族でないことなどです。加えて、証券取引所の定める独立性基準を満たす社外取締役(一般株主と利益相反が生じる恐れのない者)は、独立社外取締役と呼ばれます。いきなりむずかしい用語が並びましたが、ここでは「社外」の要件は厳格で、当該会社とは可能なかぎり利害関係がない社外の人材から選任した取締役であることを押さえておけばよいと思います。  それでは、なぜ利害関係がない取締役の存在が必要なのでしょうか。日本においては、1990年代までの多くの企業では、会社の業務執行に関する決議を行う取締役会が社内から昇格してきた社員中心で占められており、企業経営における監視機能がなく、不祥事や経営者の誤った判断を招いた事例が多発したことが背景にあります。従業員時代の上司・部下の関係を維持したまま役員に登用されるため、社長が客観的には誤った判断や行為をしていたとしても、ほかの取締役は指摘しづらい一方で、そのような関係性がない取締役がいれば諌止(かんし)することが期待できるからです。 社外取締役の役割は監督と助言  経済産業省がまとめた「社外取締役の在り方に関する実務指針」(令和2年7月)にも「社外取締役の最も重要な役割は、経営の監督である」と記載されています。その役割の中核として、経営陣(特に、社長・CEO※3)の評価や指名・再任・報酬の決定をあげており、必要な場合には社長・CEOの交代を主導するよう求めています。このため、取締役や社長の選任や役員報酬の金額は身内でお手盛りで決める≠ェ一般的でしたが、近年は取締役の選任や解任を審議し候補者を決定する指名委員会や、役員報酬のルールを決定し、役員個人別の報酬額および決定に至るプロセスの妥当性を検証する報酬委員会の議長や参加者を社外取締役がになうことが一般的になっています。  もう一つの重要な役割として、上場企業に対して適切な企業経営のための監視・統制の原則をまとめたコーポレートガバナンス・コードの原則4―7の「経営の方針や経営改善について、自らの知見に基づき、会社の持続的な成長を促し中長期的な企業価値の向上を図る、との観点からの助言を行うこと」があります。同一の社内しか経験がない人材のみで企業経営を行うと、従来からのしがらみや成功体験、価値観から逃れられず、経営環境の変化が加速化しているなかで事業や組織風土の変革が進まないという課題は現在では広く認知されています。そこで、いままでに自社にはない経験や知見をもった多様な人材を選任し、かつては煙たがられたともいわれている社外取締役の発言を積極的にうながしている企業は増えています。社外取締役の発言の場は取締役会や指名委員会等の公式な場が一般的ですが、非公式な議論の場を設け社内取締役と社外取締役の意見交換を増やしている会社も出てきています。 社外取締役はメジャー≠ネ存在  かつて社外取締役はマイナーな存在≠ナした。日本取締役協会が発表した「上場企業のコーポレート・ガバナンス調査」(2021年8月)によると、2004(平成16)年では東証一部上場企業のうち、社外取締役をまったく選任していない企業は69.75%でしたが、2021年には0.05%しかありません。また、同調査によると、取締役会のうち過半数を社外取締役が占める企業は10.3%、3分の1が68.7%に上っています。経年でみると、毎年社外取締役が占める割合が増えています。このことから社外取締役は少なくとも上場企業にとっては、いまやメジャーな存在≠ニいえます。  法律やコンプライアンスの面からも社外取締役の設置を企業側にうながしています。例えば、会社法では、2021年に上場企業等の一定の条件を満たす会社に社外取締役の設置を義務づけています。また、コーポレートガバナンス・コードでは、原則4―8「独立社外取締役の有効な活用」でプライム市場上場会社では少なくとも3分の1、そのほかの市場の上場会社では2名以上選任すべきと定められています。このような背景もあり、社外取締役の延べ人数は毎年かなりの伸びを示しています(図表)。  従来、日本の社外取締役は企業経営の監督という役割から、学者や弁護士が多いといわれていましたが、近年は社外取締役に企業の中長期的な成長に向けた助言を求める企業が増えていることから、他社の経営幹部や高度な事業の実績があるビジネス人材の需要が高まっています。このような要件に合う人材が無尽蔵にいるわけではないため、一人の元企業経営者が何社もの社外取締役を兼任するのは珍しくなく、今後、社外取締役人材の獲得競争が激しくなっていくことが想定されています。  次回は、「労働組合」について取り上げます。 ※1 当機構ホームページでご覧になれます https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/202109.html ※2 会社法……会社の設立や運営について定めた法律。2006年施行 ※3 CEO……最高経営責任者 図表 社外取締役/独立社外取締役述べ人数(東証1部) 2021年 社外取締役405 独立社外取締役6,925 2020年 社外取締役448 独立社外取締役6,285 2019年 社外取締役432 独立社外取締役5,717 2018年 社外取締役463 独立社外取締役5,174 2017年 社外取締役476 独立社外取締役4,723 2016年 社外取締役477 独立社外取締役4,271 2015年 社外取締役618 独立社外取締役2,970 2014年 社外取締役702 独立社外取締役1,760 2013年 社外取締役688 独立社外取締役1,349 2012年 社外取締役681 独立社外取締役1,103 2011年 社外取締役657 独立社外取締役1,019 2010年 社外取締役568 独立社外取締役1,013 2009年 社外取締役509 独立社外取締役1,043 2008年 社外取締役1,515 2007年 社外取締役1,480 2006年 社外取締役1,296 2005年 社外取締役1,164 2004年 社外取締役918 2004年〜2006年 有価証券報告書に基づく2次データ、2007年以降 東証コーポレート・ガバナンス情報サービスを利用して作成。毎年8月1日に集計。 出典:日本取締役協会「上場企業のコーポレート・ガバナンス調査」2021年8月 第28回 「労働組合」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「労働組合」について取り上げます。知らない方はいないくらいメジャーな用語ですが、ポイントを絞って解説していきます。 労働組合は法律で定められた組織  労働組合(略称、労組)を理解するためには労働三権について触れる必要があります。労働三権とは、@労働者が労働組合を結成する権利(団結権)、A労働者が使用者(会社)と交渉する権利(団体交渉権)、B労働者が要求実現のために団体で行動する権利(団体行動権〈争議権〉)という労働者の三つの権利をさしています※。この権利は日本国憲法第28条で定められ、その実現にあたり労働組合法により労働組合の役割や権利、実行する能力等(権能)が詳細に定められています。労働組合の定義は、労働組合法で「労働者が主体となつて自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体又はその連合団体をいう」と定められています。  労働組合が有する権能で一番大きなものに労働協約の締結があります。労働協約とは使用者と労働組合の間で交わされる労働条件に関する約束のことをいいます。労働協約の効力はかなり強く、労働協約に反する労働条件の提示や遂行は法的には無効となります。この労働協約を結ぶにあたり、使用者に組合員を代表して労働条件の改善に向けた要求を伝え交渉をする権利(団体交渉権)や、要求が通らない場合に組合員をまとめて抗議行動する権利(団体行動権)も認められています。団体交渉権の行使でもっとも有名なものは春闘(しゅんとう)です。多くの会社の賃上げや労働条件の改定が行われるのが4月であるため、その前の2月あたりに労働組合より改善について要求、3月中には交渉を経て妥結という一連の流れが春に行われることから春闘といわれています。また、団体行動権の行使でよく聞くものとしてスト≠ェあげられます。これは、仕事をしないで団体で抗議することが認められたストライキ権のことをさしています。なお、組合が交渉を要求した際に使用者が拒否をすることは不当労働行為として正当な理由なくできないとされています。このように労働組合の権能は大きく、労働者のだれもが有する労働三権について団体として行動することで、これらの権利を効果的・効率的に推進していくのが労働組合ということが理解できます。 労働組合にはさまざまな種類がある  大きな役割や権能を有する労働組合ですが労働者が主体的・自主的に結成するものなので、労働者が複数人集えば行政機関の届出等なしに自由に結成できるとされています。このため労働組合の有無は会社によって異なりますし、一つの会社に一つの組合という制限があるわけでもありません。かつてある航空会社が経営危機に陥った際に組合が八つ程度あり、交渉に時間がかかると話題になったことがありました(現在は四組合に再編)。  日本の場合、労働組合の結成単位のほとんどが会社単位であり、企業別組合が年功序列・終身雇用と並び日本の企業の特徴と呼ばれることもあります。しかし、欧米では産業別組合が主要であり、このほか、職種別や地域別といった組合もあり、その形態はさまざまです。例えば日本でも社外の労働者が集まって結成する組合があり、合同労組と呼ばれたりします。企業内組合では加入対象外になることが多い管理監督者やいわゆる非正規労働者、会社に労働組合がない労働者が組合員となるケースがあります。このような社外の労働組合であっても団体交渉を要求された場合には、使用者は応じる必要があるとされています。  さて、日本の労働組合の大多数を占める企業別組合ですが、活動は同一組織内だけで完結するわけではありません。これらは単位組織と呼ばれ、同じ業種の単位組織が集まってつくられた産業別組織、さらに産業別組織が集まったナショナル・センターという全国中央組織に加盟している場合もあります。ナショナル・センターは複数ありますが、最大の組織は日本労働組合総連合会(連合)です。単位組織だけではむずかしい春闘の主導や政策提言、政府への要請活動などの役割をになう団体です。 労働組合の組織率や組合員数は低下傾向  最後に労働組合の動向について触れていきたいと思います。図表を参照すると、雇用者数(労働者数)は増加傾向にある一方で、雇用者数に占める労働組合員数の割合である推定組織率は低下傾向にあることがみてとれます。最盛期には55%を超えていたという組織率が、直近の2021(令和3)年には16.9%にまで落ち込んでいます。また、図表にはありませんが同調査で2017(平成29)年では24465組合あったものが、2021年には23392組合と組合数自体も減っています。このような状況を背景に、従来は正社員中心で構成していた労働組合も加入対象の範囲を広げようとしていますが、同調査のパートタイム労働者の組織率は2017年7.9%のところ、2021年8.4%と増加しているもののなかなか加入が進んでいないのが実態です。働き方や価値観が多様化しているなかで、労働者個人が望んでいることを統一の要求として集約していくことがむずかしく、労働者として組合に加入するメリットが少ないとの意見もあり、今後の組織率の上昇は困難な課題といえそうです。  次回は、「社員教育」について取り上げます。 ※@ABは厚生労働省ホームページ「労働組合」より引用 図表 雇用者数、労働組合員数及び推定組織率の推移(単一労働組合) ピーク時(平成6年)労働組合員数12,699千人 出典:令和3年労働組合基礎調査の概況(厚生労働省) 第29回 「社員教育」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は社員教育について取り上げます。用語解説するには、いまさら感の強い用語ではありますが、高齢者の就業確保を考えるうえで注目されているテーマでもありますので、ここで解説しておきたいと思います。 社員教育の実施方法は多岐にわたる  社員教育とは、従業員のスキル・能力の向上や成長のために企業が教育を実施する、または学ぶ機会を提供することです。まずはわかりやすく実施方法からみていきましょう。 @OJT(On the Job Training)…職場の上司や先輩が部下や後輩に対し、具体的な仕事の実践を通じて教育することです。特に新入社員に対しては近い年次の先輩をOJTリーダーに任命して、仕事の指導に加え相談役としての役割をになわせることで、新入社員のみならずOJTリーダーの育成にもつなげているケースがよくみられます。 AOFF―JT(Off the Job Training)…仕事場を離れて、研修やセミナーなどを通して知識の付与や考え方を教育することです。受講生が一堂に集まり講師と対面して学ぶ集合研修や、オンラインで動画を視聴することで学ぶeラーニングが代表的な手段といえます。 B自己啓発支援…社員の自主的な自己啓発活動に対し、時間面、経済面での援助や手段の提供などを行うことです。企業が支援する公的または民間資格の取得や研修のコンテンツの項目や手段を指定し、その条件に合致する取組みを社員自らが行った場合に支援されるものです。 Cキャリア開発支援…職務や関連する活動による経験を通して、継続的にスキルや能力の向上を図る支援をすることです。計画的に部署や職務を変更することを通して、経験や能力の幅を広げ、適性を見極めるジョブローテーションもこれに含まれます。 D内省支援…自分自身の心の動きや、自分自身が経験したことを客観的にふり返り、新たな行動へつなげる機会やきっかけを設けることです。業務に関する取組みや行動について、上司から本人に伝えるフィードバック面談が代表的ですが、短いサイクルで実施し、より対話や本人の自主性を重視した1 on 1(ワン・オン・ワン)ミーティングも実施する企業が増えています。  この五つは各々別々に実施するのではなく、OJTとキャリア開発支援、内省支援を一体として行うなど、体系立てて行うことでより一層大きな効果が期待できるといわれています。 社員教育の意義は大きい  社員教育の意義としてよくあげられるのは、主に次の三つです。 ・業務に必要な知識やスキルの習得による労働生産性※1の向上 ・社員のモチベーションの維持・向上 ・環境変化への対応力の強化  企業としては労働生産性の向上やモチベーションの維持・向上に関心を持つ傾向がありますが、多くの企業が費用をかけてまで実施するほど重要視しているかは疑問です。厚生労働省の「能力開発基本調査(令和3年度)」の企業調査をみても、OFF―JTまたは自己啓発支援の両方に支出した企業は19.7%の一方で、いずれにも支出しない企業は49.0%に上り、同調査のOFF―JTに支出した費用の労働者一人あたり年間平均額(図表)は1・2万円、自己啓発支援では0・3万円となんとも寂しい状況にあります。また、景況悪化によって最初に減らされるのが社員教育費といわれる通り、図表の一人あたり平均額でみると、2008年のリーマンショックや新型コロナウイルスの影響が色濃い時期には平均額が低下しています。  一方、政府は労働生産性の向上と、環境変化対応の強化面から、社員教育の意義について重要視しています。内閣府が発行している『経済白書(年次経済財政報告)』(平成30年)の第2章第2節に「人生100年時代の人材育成」というパートを設けています。このなかで、企業における教育の効果として「平均的には一人あたり人的資本投資※2額1%の増加は、0.6%程度労働生産性を増加させる可能性が示唆される」と数値的に示すことで積極的に教育投資することへの有効性について説いています。また、技術革新という環境変化に対応していくために、技術革新をになうための情報処理・通信にたずさわるIT人材の育成、技術革新に代替されることが困難な能力獲得、リカレント(学び直し)教育の重要性について述べています。  リカレント教育は最近メディア等でもみかけ、高齢者の就業確保とも関係の深い用語であるため、触れておきたいと思います。リカレント教育とは、学校教育からいったん離れたあとも継続的に学び直し、仕事で求められる能力を磨き続けていくことをさしています。大学等の教育機関への通学や通信講座なども含めた自己啓発による学び直しを行うことにより、従事している業務またはそれ以外の分野や最新の知識・スキルを習得していきます。これにより社内でのさらなる活躍や新たな仕事や職場への挑戦など、長い職業人生に対応しやすくなることが期待できます。高齢者雇用においては、高齢者の知識・スキルのアップデート不足や新たな業務に柔軟に対応できないといった点が課題としてあげられますが、リカレント教育はこれらの課題解決に有効な手段として注目されています。  次回は、「終身雇用」について取り上げます。 ※1 労働生産性……労働者1人1時間あたりに生み出される付加価値 ※2 人的資本投資……人材を「資本」としてとらえ、その価値を最大限引き出すために投資をすること 図表  OFF―JTに支出した費用の労働者一人あたり平均額 労働者一人あたり平均値 平成20年度調査2.5 平成21年度調査1.3 平成22年度調査1.3 平成23年度調査1.5 平成24年度調査1.4 平成25年度調査1.3 平成26年度調査1.4 平成27年度調査1.7 平成28年度調査2.1 平成29年度調査1.7 平成30年度調査1.4 令和元年度調査1.9 令和2年度調査1.5 令和3年度調査1.2 3年移動平均 平成20年度調査 平成21年度調査1.7 平成22年度調査1.4 平成23年度調査1.4 平成24年度調査1.4 平成25年度調査1.4 平成26年度調査1.5 平成27年度調査1.7 平成28年度調査1.8 平成29年度調査1.7 平成30年度調査1.7 令和元年度調査1.6 令和2年度調査1.5 令和3年度調査 出典:「能力開発基本調査(令和3年度)」厚生労働省 第30回 「終身雇用」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。 終身雇用は制度でなく慣行≠ナある  今回は終身雇用について取り上げます。  通常は読んで字のごとくの用語が多いですが、終身雇用については注意が必要です。終身とは本来「命を終えるまでの間」(デジタル大辞林)をさしますが、多くの企業では定年退職などにより一定年齢で雇用関係を終了させ、従業員が生涯にわたり雇用され続けることは一般的ではありません。また、終身雇用は制度≠ニして表現されることがありますが、法律上も会社の就業規則上も生涯にわたり雇用を保証するルールを設けることはありません。終身≠熈制度≠熨蛯ーさな表現で、終身雇用とは「同一企業での長期的な雇用慣行=vというのが本来意図することに近い表現といえます。  終身雇用という用語ですが、ジェームズ・アベグレンという経営学者が『日本の経営(邦訳)』のなかで「日本の経営の大きな特徴の一つとしてlife-time commitment(終身雇用)がある」と指摘したことが由来といわれています。本書ではこのほかに日本の経営の特徴として「企業内労働組合(本連載2022〈令和4〉年9月号掲載)※」と「年功序列(次回解説予定)」をあげており、これら三つの特徴はまとめて日本的経営の三種の神器と呼ばれています。 終身雇用の歴史は長くない  終身雇用の慣行の成り立ちについては諸説ありますが、太平洋戦争前後が起点になるといわれています。かつては工場の労働者を中心に賃金の高い企業に移動するなど比較的転職が多い労働環境にありました。しかし、1938(昭和13)年に戦争遂行のため国内すべての人的資源・物的資源を国家が管理・統制できる国家総動員法の成立を皮切りに、軍需産業に従事する労働者の転職が制限され、1940年には「従業者移動防止令」により労働者の転職が制限されることとなります。その一方で、労働者の意欲向上に向け、昇給や退職金、福利厚生などの充実が図られていきます。終戦後、移動の制限はなくなりますが、主に三つの要因により雇用の長期化が進んでいくことになります。  一つ目は、戦後復興期(1945年ごろ〜)労働力の供給過剰により大量解雇が発生したことに対して労働組合が雇用の安定を求めたことです。二つ目は、高度経済成長期(1955年ごろ〜)の労働力の需要ひっ迫により、社員を長期的に雇用し業務遂行能力を高め、ジョブローテーションによりさまざまな仕事を覚えさせることで、人手が不足している部分を補おうとしたことです。三つ目は、オイルショック(1973年ごろ〜)の経済悪化による大量解雇に対して、法律では解雇は認められるものの実質的には企業の解雇権を規制する解雇権濫用法理が確立していったことにあります。労働力の供給過剰・需要ひっ迫という反対の事象を経ながらも長期雇用の慣行が成立してきたところが少々興味深い点でもあります。 全労働者が終身雇用に当てはまるわけではない  とはいえ、実際には転職経験者がいるなかで終身雇用はどこまで本当なのかという素朴な疑問が出てくるかと思います。これについては『我が国の構造問題・雇用慣行等について』(2018〈平成30〉年厚生労働省職業安定局)という資料に「生え抜き社員割合の推移」というグラフがあり実態が把握できます。若年期に入社してそのまま同一企業に勤め続ける者を生え抜き社員としていますが、その割合は2016年には大卒正社員5割、高卒正社員3割程度となっています。産業別に見ると金融業・保険業が8割近くであるのに対して、医療・福祉と宿泊・飲食業は4割程度と大きな開きがあります。  また、終身雇用は日本経営の特徴といわれていることについて先述しましたが、国際比較のデータを見ると違った側面も見えてきます。『データブック国際労働比較2022』(独立行政法人労働政策研究・研修機構)の勤続年数別雇用者割合を参照すると、勤続年数10年以上の雇用者割合は日本が45.7%の一方で、イタリア50.9%・フランス44.5%・スペイン44.0%・ドイツ40.6%という数値が並んでいます。28.0%のアメリカと比較すると長期雇用の傾向が日本は強いといえますが、大陸ヨーロッパ諸国と比較すると必ずしも長期雇用は日本にかぎった特徴とまではいえなさそうです。 終身雇用の今後は不透明  終身雇用対象者の実態は半数程度としても、終身雇用への問題提起は近年多くなされています。  例えば、2019年5月、一般社団法人日本経済団体連合会の中西(なかにし)宏明(ひろあき)会長(当時)は定例記者会見で「働き手の就労期間の延長が見込まれるなかで、終身雇用を前提に企業運営、事業活動を考えるには限界がきている」と述べ、同月にはトヨタ自動車株式会社の豊田(とよだ)章男(あきお)社長が日本自動車工業会の会長会見で「雇用を続ける企業などへのインセンティブがもう少し出てこないと、終身雇用を守るのはむずかしい局面に入ってきた」と述べて話題になりました。  また、官の側からも、終身雇用からの脱却を目ざす提言がなされています。経済産業省が産業構造の転換を見据えた人材政策についてまとめた『未来人材ビジョン』(2022年5月)では、長期雇用について、右肩上がりの経済成長のもとでの長期的な視点の人材育成・組織の一体感の醸成・企業特殊能力の蓄積への寄与はあったものの、今後は就業期間の長期化や経済成長におけるイノベーションの重要性等の観点から、働き手と組織の関係を「選び、選ばれる」関係へと変化させ、新卒一括採用だけではない多様な複線化された採用の入り口を増やしていく方向へ転換する重要性が述べられています。  しかし、労働者側の意識は異なると想定されます。パーソル総合研究所が実施した「働く10000人の就業・成長定点調査2022」では、転職意向について、2022年時点で20―24歳の回答がもっとも多く44%、もっとも少ないのが40代で21%、2017年からの毎年の推移を見ても30代が右肩上がり(2017年29%、2022年35%)の傾向がある以外は、特筆すべき傾向はない状態です。 * * * *  次回は、「年功序列」について解説します。 ※ 本連載の過去の記事は当機構ホームページでご覧いただけます。https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/202209.html 第31回 「年功序列」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。 年功序列は傾向としては明確  今回は年功序列について取り上げます。  年功序列とは、勤続年数や年齢に応じて処遇(役職や賃金など)が上がることをさします。最初に年功序列の実態についてみていきます。  参考になるのは役職別の平均勤続年数や年齢ですが、『令和3年賃金構造基本統計調査』(厚生労働省)の第7表男女計を見ると、非役職者の平均勤続年数が10.4年に対して、係長級17.9年、課長級20.5年、部長級22.4年となっています。東京商工リサーチによる2021(令和3)年の『全国社長の年齢調査』では、社長の平均年齢は2020年で62.49歳です。もう一つ参考になるのが、勤続年数別の賃金格差です。図表を参照するとわかりやすいのですが、日本は男女ともに右肩上がりの傾向を示しています。勤続年数1〜5年の賃金を100とした場合、勤続年数30年以上で賃金は男性1.6倍、女性1.5倍に達しています。  一般的には、1990年代あたりのいわゆるバブル経済崩壊後の、個人の成果により処遇を決める成果主義への転換により、年功序列は薄まっているといわれていますが、これらの情報をみるかぎりでは年功序列の傾向はまだまだ明確といえそうです。なお、図表を再びみると、スウェーデン・イギリス以外は勤続年数により賃金が高まり、部分的には日本よりもドイツの方がその傾向が強く出ています。終身雇用と同じですが、年功序列も日本特有≠フ特徴とはいえなさそうです。 人事制度面の影響も大きい  年功序列の成り立ちとして、高度経済成長期(1955〈昭和30〉年ころ〜)の労働力不足に対して、一度採用した社員の離職を防ぐために、勤続し続けると処遇が向上するメリットを持たせる人事制度を、意図的につくったことにあるといわれています。この仕組みは江戸時代に普及した儒教の年長者を敬うという教えや、商人の家に住み込み、丁稚(でっち)(年少時代)による修業から、長い年月を経て番頭(ばんとう)(使用人の中で最高の地位)に段階をふんで上がっていく江戸から昭和まで引き継がれた雇用上の考えもあり、精神的な面でも経営者にも労働者にも受け入れやすかったという背景もあるようです。  現在の年功序列の傾向も、高度経済成長期と同様に制度が大きく影響しているといえます。第1回「人事制度(本連載2020年6月号掲載)※1」でも一部触れていますが、制度上のルール面と運用面の両方に理由があります。  ルール面では、能力の蓄積に応じた昇格と昇給の制度(職能資格制度)があることです。一般的な能力の認識と異なり、人事制度上の能力は一度蓄積したら下がらないとされています。そのため、勤続年数を重ねるほど能力は蓄積され、それにともない昇格・昇給が実施され、結果として年功的な給与分布となっていきます。2022年に労務行政研究所が発表した調査※2によると、職能資格制度の導入率は一般社員・企業規模計で52.6%に上っています。  運用面では、役職登用の運用とモデル賃金の存在が主な原因といえます。役職が高いほど平均勤続年数が長いという点は運用でなんとなく行ってしまっているケースがあります。例えば、同期のだれかが課長になるとバランスをとってほかの社員も課長にするといったものです。また、モデル賃金とは入社以来標準的なペースで昇格や昇給をした場合の給与水準を示すものですが、勤続年数または年齢別に右肩上がりのカーブを描くように作成するのが一般的です。勤続に対するモチベーション創出や年齢が上がるほど生活費が上がるという考えからこのようなつくり方をするのですが、この考え方は、年功序列的運用が前提にあるともいえます。 見直しの機運は高まっている  これまでも年功序列の見直しは議論されてきましたが、2022年はこれまで以上に見直し機運が高まっているといえます。同年10月3日に行われた第210回国会における所信表明演説で、岸田(きしだ)文雄(ふみお)内閣総理大臣が構造的な賃上げというテーマのなかで、「年功制の職能給から、日本に合った職務給への移行」と述べています。  また、一般社団法人日本経済団体連合会は春闘の指針などを通して年功序列賃金の見直しにしばしば言及しています。このほか、報道などで大手企業が年功序列からの脱却を図る制度改定を進めていることが取り上げられています。政府や経営側からの発信が目立つのは、若くて優秀な社員の離職をうながしてしまう、中途採用がしにくく多様な人材が集まらない、人材の入れ替えが起きずに組織が活性化されない、などの課題の解消のためという面があります。しかし、少子高齢化を背景に企業の平均年齢が高まっているなか、高年齢層の人件費を抑えて、採用市場で取り合いになっている若手や専門性の高い人材などに人件費を振り分けて企業の成長につなげたいという意図も見えてきます。  経営者側からすると年功序列の見直しは経営をしやすくするためのメリットはあるものの、労働者側からすると勤続という要素だけでは処遇が上がりにくくなり専門性の向上や転職によるステップアップなどがこれまで以上に求められるため、評価の分かれるところです。  次回は、「正社員と非正規社員」について解説します。 ※1 本連載の過去の記事は当機構ホームページでご覧いただけます。https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/series.html ※2 一般財団法人労務行政研究所「人事制度の実施・改定動向」 図表 勤続年数別賃金格差 勤続1〜5年=100(2018年) 男 女 日本 ドイツ イタリア フランス イギリス スウェーデン 出典:『データブック国際労働比較2022』(独立行政法人労働政策研究・研修機構) 第32回 「正社員と非正規社員」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。 定義は必ずしも明確ではない  今回は、正社員と非正規社員について取り上げます。  広く社会に浸透し、あたり前のように日常で使われている用語ですが、その定義は必ずしも明確ではありません。正社員も非正規社員も法律上の用語ではなく、複数の雇用形態のうち、一般的に認知された通称といえるものと考えています。イメージを具体化していくために、雇用形態について代表的なものの解説から始めます。 @雇用期間…労働者が雇用される期間の定めのない無期雇用(満60歳以降の定年設定は可)と、定めのある有期雇用(原則、最大3年。更新可)の区分あり。 A労働時間…企業が定めている所定労働時間(原則、最長1日8時間、週40時間)のすべての時間を働くフルタイムと、より短い時間で働くパートタイムの区分あり。 B雇用元…勤務先の企業と労働者間で雇用に関する契約を結ぶ直接雇用と、勤務先とは別の企業と労働者間で契約を結ぶ間接雇用の区分あり。  これら三つの形態のうち、正社員は@無期雇用、Aフルタイム、B直接雇用の組合せと一般的に認知され、厚生労働省の資料などをみても、おおよそこの組合せを基本とした記述になっています。一方で、非正規社員は正社員以外の労働者を括る用語であり、雇用形態上は@有期雇用、Aパートタイムまたはフルタイム、B直接雇用または間接雇用が一般的に認知されている組合せとなります。さらに細かい形態の差異により、非正規社員はパート・アルバイト・契約社員・嘱託社員・派遣社員などと区分されます。  先ほどから「一般的な認知」と逐一記載しているのには理由があります。実は、これらの組合せから外れる正社員・非正規社員が存在するからです。例えば、働き方改革の一環として多様な正社員が推奨されるなかで、Aがパートタイムにあたる短時間正社員制度を導入している企業があります。また、有期雇用契約が更新されて通算5年を超えた場合に、労働契約法に基づき労働者本人からの申し込みにより@の無期雇用に転換した後も、その他の労働条件に変更がなく、会社内で正社員として位置づけられない場合は、無期雇用の非正規社員が発生します。これらはあくまで一例ですが、ほかにも多様な形態の正社員・非正規社員が存在し、一般的な認知を基本としつつ、最終的には各企業が正社員・非正規社員の定義を就業規則等で定めているのが実情です。 統計から把握できる雇用状況・処遇  次に、正社員・非正規社員の実態について、雇用状況や処遇に関する統計から把握していきたいと思います※1。  雇用状況については、厚生労働省のホームページの「非正規雇用の現状と課題」※2という資料に基づきみていきます。正社員と非正規社員数の年別推移は、1984(昭和59)年は全労働者3936万人のうち、非正規社員は604万人(構成比15.3%)となっています。全労働者が5000万人を超えた2009(平成21)年には全労働者5124万人のうち非正規社員は1727万人(33.7%)、直近の統計2021(令和3)年には全労働者5662万人のうち非正規社員は2075万人(36.7%)と推移し、非正規社員は増加傾向にあります。一方、それぞれの年の正社員数をみると1984年は3333万人、2009年は3395万人、2021年は3587万人と近年増加傾向にあります。  非正規社員を年齢階級別にみると、2021年の非正規社員のうち45歳以上が1253万人(60.4%)、65歳以上の推移は、2009年には65歳以上の非正規社員が158万人(9.1%)に対して、2021年には393万人(18.9%)と実数・構成比ともに倍以上となるなど、65歳以上の割合が高まっています。  また、非正規社員のうち正社員として働く機会がなく非正規社員として働いている者の割合は、2013年で342万人(19.2%)に対し、2021年には216万人(10.7%)と減少傾向にあります。  処遇については、厚生労働省が公表している「令和3年賃金構造基本統計調査 結果の概況」に掲載されている雇用形態・性別の賃金格差で傾向がつかめます。調査対象日における対象者平均の最高水準は、男性正社員は428万6000円に対し非正規社員は274万7000円、女性正社員305万6000円に対し非正規社員は200万2000円であり、男女ともに正社員に比べ非正規社員の賃金は65%程度にとどまります。  また、同じく厚生労働省の「令和元年就業形態の多様化に関する総合実態調査の概況」のうち、現在の会社における各種制度等の適用状況をみると、退職金制度は正社員77.7%に対し非正規社員13.4%、賞与支給制度は正社員86.8%に対し非正規社員35.6%、福利厚生施設等の利用は正社員55.8%に対し非正規社員25.3%の適用と、正社員に適用されても非正規社員は適用外の制度も多くあります。  これらの内容から、正社員・非正規社員の雇用状況・処遇については、次のようにまとめることができます。 ・全労働者が増加するなか、正社員・非正規社員ともに増加傾向が続いてきており、非正規社員は65歳以上の割合が高まっている。 ・正社員として働く機会がなく、非正規社員として働いている者の割合は10%程度。 ・正社員と非正規社員の処遇上の差は、賃金の額や制度面でも明らかに確認できる。  こうした状況のなか、同一労働同一賃金の導入による、同一企業・団体における正社員と非正規社員との間の不合理な待遇差の解消を目ざすパートタイム・有期雇用労働法が2021年4月1日から全面施行されています。そもそもの定義からして複雑な正社員・非正規社員ですが、本稿が理解の一助となれば幸いです。  次回は「ハラスメント」について解説します。 ※1 統計上、正規雇用・正職員などで表記されているものは本稿では正社員、非正規雇用・正社員以外の労働者などで表記されているものは非正規社員と表記している ※2 http://www.mhlw.go.jp/content/001041163.pdf 第33回 「ハラスメント」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回はハラスメントについて取り上げます。ハラスメントとは、相手が嫌がり、精神的苦痛を感じる言動をすることで、個人としての尊厳や人格を不当に傷つける行為をさします。 職場における代表的なハラスメント  日常的にさまざまなハラスメントの問題が報道で取り上げられるなど、広く一般化した用語ではありますが、本稿では職場における代表的なハラスメントについて取り上げます。 ・パワーハラスメント(パワハラ)…職場において行われる「優越的な関係を背景にした言動」であり、「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」により、「労働者の就業環境が害されるもの」の三つのすべての要素を満たすものをさします。該当する言動には@身体的な攻撃、A精神的な攻撃、B人間関係からの切り離し、C過大な要求、D過小な要求、E個の侵害といったものがあります。上司からの必要以上の執拗(しつよう)な叱責により部下の業務遂行に支障をきたすといったものが一般的な例になりますが、上司よりも豊富な知識や経験を有する同僚・部下から上司に対する同様の行為もパワハラに該当します。 ・セクシュアルハラスメント(セクハラ)…職場において行われる労働者の意に反する性的な言動により、労働者が労働条件について不利益を受けたり、就業環境が害されることをさします。性的関係の強要や必要なく身体に触れること、性的な内容の発言をすることなどが例としてあげられますが、異性に対するものだけでなく、同性に対する言動も対象となります。また、性的指向(恋愛・性愛がいずれの性別を対象とするか)や性自認(性別に対する自己認識)に関する言動もセクハラに該当することを見落とさないようにしたいところです。 ・妊娠・出産・育児休業等ハラスメント…妊娠・出産した女性労働者や育児休業などを申し出・取得した男女労働者の就業環境が害されることで、マタニティハラスメント(マタハラ)と呼ばれることもあります。妊娠・出産、育児休業などを理由として、解雇、不利益な異動、減給、降格など不利益な取扱いを行うことは、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法などで禁止されています。また、これらの行為以外でも、休業制度や育児時短の利用の拒否や嫌がらせの言動などもハラスメントに該当します。近年は男性社員からの当該制度の活用の申し出も増えていますが、拒否や嫌がらせはパタニティハラスメント(パタハラ)と呼ばれている点も押さえておきたいところです。  ここでの定義や記載は厚生労働省のハラスメント対策総合情報サイト「あかるい職場応援団※」を主に参考にしています。職場でのハラスメントを理解するための動画や裁判例、他社の取組み事例、Q&Aなどがわかりやすく網羅されているため、より深い理解のために参照をおすすめします。 ハラスメント対策は事業主の責務  ハラスメントの放置により、最悪なケースでは自殺に至る事案が実際に何度も起こり、ハラスメントは会社で必ず対応していくべき重要課題として位置づけられるようになりました。そこで、労働施策総合推進法、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法が改正、2020(令和2)年6月に施行され、ハラスメント防止措置が事業主の責務となり、2022年4月にはパワーハラスメントの防止が中小企業を含めて全企業に義務化されました。  これにより事業主は、「事業主の方針などの明確化およびその周知・啓発(職場におけるパワハラの内容・パワハラを行ってはならない旨の方針化、行為者に対する対処内容の就業規則等文書への記載など)」、「相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備(相談窓口の設置、対応の体制など)」、「職場におけるハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応(事実関係の確認、被害者に対する配慮、行為者に対する措置、再発防止措置など)」、「あわせて講ずべき措置(プライバシー保護、不利益取扱いの禁止など)」を必ず行わなければならないとされました。  それでは、これらの措置を通してハラスメントの実態はどのように変化したのでしょうか。2020年6月の関係法律の施行1年後に実施した「職場のハラスメント防止に関するアンケート結果(2021年12月14日)」(日本経済団体連合会)を参照するとその様子が垣間みえます。5年前と比較した相談件数について、増えたか減ったかの比較でみていくと、パワハラ44.0%/16.3%(増えた/減った。以下同)、セクハラ11.5%/28.8%、妊娠・出産に対するハラスメント3.0%/6.8%、育児休業・介護休業などに関するハラスメントは4.0%/5.5%と、パワハラ以外は「増えた」より「減った」が多い結果になっています。ただし、パワハラをはじめとして相談件数が増えたのは事案の純増だけでなく、法施行や相談窓口の設置、啓蒙活動などにより以前より相談しやすくなったという側面もあるようです。  最後に、今後必要となるハラスメント防止・対応の課題についてみていきます。同アンケートで課題の上位三つとして「コミュニケーション不足」、「世代間ギャップ・価値観の違い」、「ハラスメントの理解不足」があげられています。同アンケートにおいてハラスメントに関する研修を行っていると回答した企業は6〜7割に上っており、基本的なハラスメントに対する理解促進は引き続き進んでいくことが期待できます。しかし、今後は世代間ギャップ・価値観の違いにより、注意を向けていく必要があると考えます。近年、ハラスメントや性別、働き方に関する価値観が急速に変化しており、昔は許されていたと思われていた言動が、近年では問題視されることが増えています。これは政治家などの公人の言動でも、しばしば社会問題として取り上げられていることからもわかります。自らの意識だけで価値観を一気に変えるのはむずかしいため、常に世間の動向や他社のケースなどに目を向け、定期的に情報提供や研修、多様なメンバーでのコミュニケーション活性化策を実施するなど、企業としての継続的な取組みが重要と考えます。 * * * *   次回は、「採用」について解説します。 ※「あかるい職場応援団」……https://www.no-harassment.mhlw.go.jp 第34回 「採用」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は採用について取り上げます。人事のうえでの採用とは「企業などに必要な人材を確保するために雇い入れること」をさします。 採用にはいろいろな種類がある  採用に関する基本的な種類から押さえておきたいと思います。まずは、対象者の違いでみていきます。 ・新卒採用…一定の時期に学校を卒業する見込みのある学生(新卒)を採用することです。大学卒や高校卒、専門学校卒など学歴別に定員を定めて採用するケースがほとんどです。基本的には就業経験のない学生を採用することになるため、入社後の育成を前提に潜在的な能力を期待した採用(ポテンシャル採用)となります。 ・中途採用…新卒と異なり、すでに就業経験のある人材を採用することです。多くの場合は、社員の離職や事業の拡大などにより不足した労働力の確保を目的として行うため、他社での経験やスキルを活かし即戦力となることを期待した採用(キャリア採用)が主となります。なお、学校を卒業後に3年間程度の就業経験のある者を第二新卒と区分し、一定の就業経験と潜在的な能力の両面を期待し、採用することもあります。  次に、採用時期の違いについてみていきます。 ・一括採用…特定の期間に採用活動を行い、定められた日にちにまとめて入社させることです。主に新卒採用が対象で、卒業後の4月1日に入社させることが多いため新卒一括採用とも呼ばれます。広報活動・採用選考などの採用活動の時期については、現在は政府が、学生の学業への影響を配慮して、広報活動開始日・採用選考活動開始日・正式な内定(企業が雇用する意思を本人に伝える状態)日に分けて要請を出しています。 ・通年採用…期間を特定せずに年間を通して採用活動をし、入社をさせることです。必要な労働力を確保したい時期に採用を行う中途採用が主な対象となります。  次に、採用時の職務限定の有無についてみていきます。 ・職務の限定なし…入社後の職務について特には限定せずに、ジョブローテーションによってさまざまな職務を経験させることを前提とした採用で、総合職採用ともいいます。従事する職務ありきでなく、企業の一員として人を雇用するという意味からメンバーシップ型雇用と呼ばれることもあります。 ・職務の限定あり…入社後の職務内容を明確化した採用です。職務内容はジョブディスクリプション(職務記述書)などで定義され、この定義に限定して働くことが想定されています。特定職務の必要性に応じて人を雇用するという意味からジョブ型雇用と呼ばれることもあります。 採用の傾向は変化の過程にある  日本の採用の特徴的な傾向として、「新卒一括採用」、「職務の限定なし」と従来からいわれていますが、現在この傾向は変化の過程にあります。経済産業省が2020(令和2)年に公表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書」において、「メンバーシップ型雇用は、事業環境が急速に変化し、個人の価値観・ニーズも多様化するなかでは、変化に対応した人材の育成・獲得や従業員の専門性の観点から課題が顕在化してきている」、との指摘があるように従来型の採用では限界があるという認識が広まっています。具体的な変化の一つとしては、就業経験のない新卒採用ではジョブ型の採用は向かないというのが従来の一般的な認識でしたが、現在では学生時代で専門スキルを習得可能なIT分野を中心に、新卒のジョブ型雇用も広がりをみせています。  また、政府が現在要請している採用活動の時期については、例えば2023年度卒業・修了予定者は採用選考活動開始を卒業・修了年度の6月1日以降としていますが、2026年春卒業・修了予定者より、専門性の高い学生を中心により柔軟な方向に見直すよう検討を進めるとしています。現状でもすでに幅広い人材の確保を目的に、新卒採用でも通年採用を行う企業や、新卒・既卒の別を設けない採用を行う企業も増えてきています。  これらの変化は政府が主導する前に各社が独自で進めている点も多分にあります。専門性のある人材を中心に、人材の確保は各社の重要課題となっており、横並びの採用活動では立ち行かなくなりつつあることが背景にあります。 採用は売り手℃s場  それではなぜ、人材の確保が重要課題になっているのでしょうか。それは、会社が労働力を求める求人と働くことを申し入れる応募の需給バランスが崩れていることに起因しています。求人数が応募者数を上回る状況を売り手市場(応募者が有利)、求人数が応募者数を下回る状況を買い手市場(企業が有利)と呼びますが、現在は売り手市場といえる状況にあるからです。例えば、一人の求職者に対してどれだけの求人があるのかを表す有効求人倍率は2022年12月時点では1.35倍、2022年平均で1.28倍となっています(「一般職業紹介状況(令和4年12月分及び令和4年分)について」厚生労働省)。ただし、こちらは新規学卒者を除きパートタイムを含むものであるため、リクルートワークス研究所の「第39回ワークス大卒求人倍率調査(2023年卒)」で大学・大学院卒で求人倍率をみると、2023年3月卒業予定1.58倍という状況にあります。業界別にみると金融業は0.22倍という狭き門に対して、流通業7.77倍、建設業7.70倍というように求人倍率に格差が明確に存在する状況です。このような学生の取り合いともいえる状況下、優秀人材の確保を目的に、2022年度大学卒初任給平均21万2129円(「2022年度決定初任給の最終結果」一般財団法人労務行政研究所)に対して、25万円〜30万円をターゲットに初任給の大幅引き上げを2023年3月時点で公表している企業が複数出てきています。今後は企業が選ばれる側≠ヨ採用政策を切り替える流れが進んでいきそうです。 * * * *   次回は、「安全配慮義務」について解説します。 第35回 「安全配慮義務」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は安全配慮義務について取り上げます。安全配慮義務とは、労働者が安全に働けるように使用者(事業主や事業の経営担当者など)が配慮し必要な措置を実施すべきことをさします。 安全配慮義務を使用者が負うべき理由  まずは、なぜ使用者に安全配慮義務が課されているかについてみていきます。  安全配慮義務は、労働契約法第5条に、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と定められています。現在では企業が労働者の安全配慮を行うのはあたり前のように思えますが、実は同法第5条が施行されたのは2008(平成20)年3月1日。それまでは、判例を通して安全配慮が使用者の義務であることが示されてきました。  例えば、「陸上自衛隊事件」※1と「川義(かわぎ)事件」※2の判決のなかで、労働者は、使用者が指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具などを用いて労働に従事するものであることから、労働契約の内容として具体的に定めずとも、労働契約にともない信義則※3上当然に、使用者は労働者に対して安全配慮義務を負うとされました。このことは、民法などでは規定がなかったため、労働契約法第5条で明文化されたという経緯があります。労働契約法上で明文化される前から、信義則上当然に≠ニあるように、労働契約を結んだ時点で、労働契約上特段の定めがなくとも、使用者は誠実に労働者の安全の確保や危険を回避するために必要な措置をとるべきとされていたのです。 安全に配慮するための措置はさまざま  次に、どのような措置が必要になるかについてみていきます。法令上にはとるべき措置の具体的な定めといったようなものはありません。ただし、厚生労働省労働基準局長の通達である「労働契約法の施行について」(基発0810第2号)には、 ・第5条の「生命、身体等の安全」には心身の健康も含まれる。 ・第5条の「必要な配慮」とは、一律に定まるものではなく、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等の具体的な状況に応じて必要な配慮をすること。 と記載されています。また、対象者(労働者)については、直接雇用している従業員のほか、自社で働く派遣労働者や下請け企業の従業員なども含まれるとされています。必要な措置は各々の企業などが独自で考え対応すべきとありますが、一般的な措置として、次のようなものがあげられます。 @労働時間管理…時間外労働・休日労働の抑制、特に過労死ラインとよばれる80時間超(2〜6カ月平均)〜100時間超(1カ月)の時間外・休日労働の撲滅、勤務間インターバル制度(勤務終了後に一定時間〈8〜12時間程度〉の休憩時間を設ける努力義務)の導入、客観的な労働時間の把握・記録、管理監督者などへの教育 A健康管理…定期的な健康診断の実施と受診率の向上、ストレスチェックやカウンセリングなどによるメンタルヘルス不調の防止、産業医などによる健康指導の充実 B職場環境の管理…職場内いじめ・嫌がらせ・ハラスメント対策の強化、安全衛生管理体制の構築、安全・衛生設備の導入や安全衛生教育の実施による事故・疾病の撲滅、新型コロナウイルスなど感染症対策の実施  また、60歳以上の高年齢労働者に対する安全配慮の取組みについては、「令和3年『労働安全衛生調査(実態調査)』の概況」の高年齢労働者に対する労働災害防止対策の状況が参考になります。図表(一部抜粋)を参照してください。 安全配慮義務違反はリスクが高い  労働契約法第5条には特別な罰則規定がないため、措置をとらないこと自体について企業などがペナルティを科されることはありません。しかし、安全配慮を怠ることで、最悪のケースでは労働災害(仕事や通勤を理由として傷病や死亡すること)につながり、労働者から安全配慮義務違反として訴えられ、損害賠償を請求されることがあります。  また、安全配慮を怠ることで労働基準法などの法令に抵触することになれば、当該法令に基づく罰則の適用や行政機関からの是正勧告を受けることになります。さらには、これらにより企業名が世間に周知され、企業イメージのダウンにつながるリスクもあります。実施すべき措置が法令上で具体的に定められていないため、取組みに対する企業などの温度差が発生しがちな部分ではありますが、怠ったときのリスクが容易に想定できるため、他社の事例などを参考にしながら、しっかりと対応するのが望ましいでしょう。 * * * *  次回は、「2025年問題」について解説します。 ※1 陸上自衛隊事件(最高裁昭和50年2月25日第三小法廷判決)…陸上自衛隊員が、自衛隊内の車両整備工場で車両整備中、後退してきたトラックにひかれて死亡した事例で、国の公務員に対する安全配慮義務を認定した事件 ※2 川義事件(最高裁昭和59年4月10日第三小法廷判決)…宿直勤務中の従業員が強盗に殺害された事例で、会社に安全配慮義務の違背に基づく損害賠償責任があるとされた事件 ※3 権利の行使や義務の履行にあたり、信義に従い誠実に行わなければならないとする原則 図表 60歳以上の高年齢労働者に対する労働災害防止対策の取組の有無及び取組内容別事業所割合(単位:%) 区分 60歳以上の高年齢労働者が従事している事業所計1)2) 高年齢労働者に対する労働災害防止対策に取り組んでいる 労働災害防止対策の取組内容(複数回答) 手すり、滑り止め、照明、標識等の設置、段差の解消等を実施 作業スピード、作業姿勢、作業方法等の変更 作業前に体調不良等の異常がないかを確認 健康診断の結果を踏まえて就業上の措置を行っている 令和3年 [75.6] 100.0 78.0 20.2 18.3 36.1 30.6 令和2年 [74.6] 100.0 81.4 20.7 16.9 38.7 34.8 区分 労働災害防止対策の取組内容(複数回答) 医師等による面接指導等の健康管理を重点的に行っている 健康診断実施後に基礎疾患に関する相談・指導を行っている 定期的に体力測定を実施し、本人自身の転倒、墜落・転落等の労働災害リスクを判定し、加齢に伴う身体的変化を本人に認識させている 高年齢労働者の身体機能の低下の防止のための活動を実施している 加齢に伴い身体機能・精神機能の変化と災害リスク、機能低下の予防の必要性について教育を行っている 本人の身体機能、体力等に応じ、従事する業務、就業場所等を変更 高所等の危険場所での作業や他の労働者に危険を及ぼすおそれのある作業(機械の運転業務等)に従事させないようにしている 令和3年 6.4 16.5 4.0 4.7 6.2 41.4 16.2 令和2年 7.4 19.4 3.8 4.6 6.2 45.7 16.3 区分 労働災害防止対策の取組内容(複数回答) 体調異変に備えて、できるだけ単独作業にならないようにしている 時間外労働の制限、所定労働時間の短縮等 深夜業の回数の減少又は昼間勤務への変更 その他 高年齢労働者に対する労働災害防止対策に取り組んでいない 令和3年 16.2 27.7 9.8 1.9 19.9 令和2年 18.3 32.9 10.9 1.5 16.8 注:1)[ ]は、全事業所のうち、60歳以上の高年齢労働者が従事している事業所の割合である。 2)「60 歳以上の高年齢労働者が従事している事業所計」には、「高年齢労働者に対する労働災害防止対策の取組の有無不明」を含む。 出典:厚生労働省「令和3年『労働安全衛生調査(実態調査)』の概況」(令和4年7月5日) 第36回 「2025年問題」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。 2025年は今後想定される問題の一つの起点  2025年問題とは、団塊の世代(1947〜1949年生)の層が75歳以上となることによって引き起こされる問題のことをさします。この問題を理解するためには、まずは日本の人口の変化について押さえることが重要です。  図表のグラフでは、吹き出しで団塊の世代≠ニして示されている部分が2020年においてもっとも長い棒グラフになっています。これは第一次ベビーブーム(新生児の出生が一時的に急増する)期に生まれた世代で、日本の年齢別人口においてもっとも層の厚い世代といわれています。  一般的には65歳以上を高齢者として、65〜74歳を前期高齢者、75歳以上を後期高齢者としていますが、隣りの2025年に目を向けると、団塊の世代の推移を示す矢印が後期高齢者の層に移動し、全員が後期高齢者になることが示されています。総人口のうちの比率でみると後期高齢者が18%、前期高齢者が12%、高齢者合計で30%に到達すると推計されています。さらに図表の右側を見ていくと2040年には後期高齢者は人口・比率ともにさらに増え、2065年には人口は減るものの比率は26%(高齢者全体では39%)と上昇を続けています。  なお、総人口については、2020(令和2)年の1億2615万人から、2065年には8808万人と、30%以上減少すると推計されています。今後は、総人口が急激に減少していくなかで、高齢者(特に後期高齢者)の比率が高まっていく社会になっていきます。2025年≠ヘあくまで問題の一つの起点であり、継続していくものととらえる必要があります。 「2025年問題」で指摘される主要な問題点  後期高齢者が増え続けることによる、人事にかかわる主要な問題点について見ていきます。 @いっそうの人手不足  図表を再び参照すると、現在の日本の労働力の中心である20〜64歳の層は2020年と比較して、2040年には1395万人、2065年には2749万人減少し、総人口の50%を割り込む推計になっています。現在でも「正社員が不足している」と答える企業は66.5%(東京商工リサーチ「2023年企業の『人手不足』に関するアンケート調査」)に上っており、人手不足により事業継続が困難になると倒産に至ることもありますが(人手不足倒産)、2022年度では140件といわれています(帝国データバンク「全国企業倒産集計2022年」)。今後、景気の大幅な減退や産業構造の変革がないかぎり、この人手不足感はよりいっそう高まるといわれています。 A医療費・介護費用の増大  「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」(内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省 平成30年5月21日)の社会保障給付費の高齢者にかかわる部分を抜粋すると、2018年は介護10.7兆円、医療39.2兆円、年金56.7兆円が、2025年※1には介護15兆円程度、医療48兆円程度、年金60兆円程度、2040年※1には介護25兆円程度、医療70兆円程度、年金73兆円程度とかなりの増加が推計されています。これは、公的介護保険制度の適用対象は原則65歳以上、医療費の自己負担割合が6歳以上70歳未満は3割負担のところ、70〜74歳は原則2割負担、75歳以上は原則1割負担、年金給付年齢は原則65歳からと高齢者の増加にともない負担増大が確実に見込まれる制度になっていることが理由です。 「2025年問題」への対応  これらの問題への政府の対応として、問題点@では、高年齢者雇用安定法に基づく65歳までの雇用確保措置の義務化が2025年に完全実施※2、70歳までの就業確保措置の努力義務化が2021年より実施されています。また、健康経営Rの推進や残業時間の規制が強化されるなど、健康を維持しながら働ける環境を整備し、高齢者の労働力を取り込もうとしています。  「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」である健康寿命が、男性72.68歳、女性75.38歳(厚生労働省「健康日本21(第二次)推進専門委員会」(令和元年))とされるなか、65歳以上を高齢者として定義することや、75歳以上を働けない層とする前提が現状とあっていないという議論もあり、今後は働ける能力に応じた就業や負担の環境整備がいっそう進むことが想定されます。  また問題点Aでは、後期高齢者の増加が見込まれるなかで、75歳以上の自己負担割合の見直しが進められ、2021年の健康保険法等の一部改正により、2022年10月より一定以上の所得がある者については、自己負担割合が2割に変更されました(現役並み所得者は3割負担)。また、令和6年に予定されている介護保険制度の見直しについては、65歳以上の介護保険料や介護サービスを受けた場合の自己負担を所得に応じた負担に見直すことなどについて、2022年に本格議論がされました(現在も検討中)。  次回は、「人的資本」について解説します。 ※1 将来見通しについては、現状投影と計画ベースで数値が異なるため、○○程度とした ※2 2025年3月31日の経過措置終了にともなうもの 表 人口ピラミッドの変化(20〜64歳区分を含む) 2020年(実績) 総人口 1億2,615万人 団塊世代(1947〜49年生まれ) 団塊ジュニア世代(1971〜74年まれ) 〜19歳 2,074万人(16%) 20〜64歳 6,938万人(55%) 65〜74歳 1,742万人(14%) 75歳〜 1,860万人(15%) 2025年(推計) 総人口 1億2,254万人 〜19歳 1,943万人(16%) 20〜64歳 6,635万人(54%) 65〜74歳 1,497万人(12%) 75歳〜 2,180万人(18%) 2040年(推計) 総人口 1億1,092万人 〜19歳 1,629万人(15%) 20〜64歳 5,543万人(50%) 65〜74歳 1,681万人(15%) 75歳〜 2,239万人(20%) 2065年(推計) 総人口 8,808万人 〜19歳 1,237万人(14%) 20〜64歳 4,189万人(48%) 65〜74歳 1,133万人(13%) 75歳〜 2,248万人(26%) 出典:実績値(2020年)は総務省統計局「国勢調査」、推計値(2025年、2040年、2065年)は国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)出生中位・死亡中位推計」(各年10月1日現在人口)により厚生労働省政策統括官付政策統括室において作成 ※ 2020年の実績値は、図に掲載している推計値の後に公表されたものであることに留意が必要である 第37回 「人的資本」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  人的資本は、2020(令和2)年9月に経済産業省が人材戦略のあり方について提言した「人材版伊藤レポート」(以下、伊藤レポート)※1を公表して以降、注目度が高まった用語です。本稿では、用語の定義や背景、取組みについて基本的な点を解説していきます。 人は資源≠ナはなく資本  人的資本とは何かですが、「人的資本可視化指針」※2という資料には「人材が、教育や研修、日々の業務等を通じて自己の能力や経験、意欲を向上・蓄積することで付加価値創造に資する存在であり、事業環境の変化、経営戦略の転換にともない内外から登用・確保するものであることなど、価値を創造する源泉である『資本』としての性質を有することに着目した表現である」と記載してあります。簡単にいうと、人材に投資することで人材価値を引き出し、持続的な企業の成長につなげるという考え方です。企業として組織的に行うことを人的資本経営といいます。  人的資本と似て非なる用語である人的資源(企業経営のために人や個人のスキル・能力を管理し活用していく考え方)との違いに着目するとわかりやすいと思います。大きな違いは、人的資源は人材を「管理・コスト」対象としてとらえますが、人的資本では人材を「価値創造・投資」としてとらえる点にあります。伊藤レポートでは、人材マネジメントの目的を人的資源から人的資本に変えることで、人事の位置づけが人事諸制度の運用改善から持続的な企業価値の向上へ変化することや、主導者が人事部から経営陣に変わること、雇用が終身雇用から企業・応募者間で選び選ばれる関係になるなどの人事全般の変革≠ノつながっていくことが示されています。 人的資本への転換は環境変化対応に不可欠  それでは、なぜ人的資本への転換の必要性が説かれるようになったのでしょうか。そこには近年の社会や企業を取り巻く大きな環境変化がかかわっています。伊藤レポートでは、グローバル化・デジタル化・人生100年時代(少子高齢化)、新型コロナウイルスへの対応を取り上げています。いずれの環境変化も速度が激しく、従来の常識や成功体験にとらわれていると対応しきれずに、ともすれば社会全体が淘汰されてしまうという危機感が年々強くなっています。正解が見出しにくい状況下で、危機を打破できるのは柔軟な発想でスピード感をもって変革できる人材であり、これらの力を最大限に引き出し、企業もビジネスモデルも創造的かつ柔軟に変えていかなければならないとの課題認識が人的資本への転換の必要性の背景になります。また、従来の日本企業の人事は管理の側面が強く、環境変化へ十分に対応しきれていなかった反省も背景としてあることを理解しておきたいところです。 人的資本の実践に向けて何をすべきか  定義と背景を押さえたところで、人的資本の実践に向けて何をすべきかについて見ていきたいと思います。2022年5月に公開された「人材版伊藤レポート2・0」では、図表のように八つの取組み視点とそれぞれの取組み項目が記載されています。具体的には伊藤レポート2・0を読んでいただければと思いますが、図表で概要はつかめると思います。ただし、取組み内容の策定と実践にあたりいくつかのポイントがあるためここで記載します。 ・事業内容や置かれた環境によって有効な打ち手は異なるため、チェックリスト的に取り組むものではないこと。 ・最も重要な視点は「経営戦略と人材戦略の連動」であり、ここに掲げる取組みに着手することが第一歩であること。 ・課題を特定し、優先順位をつけ、改善を重ねていく絶え間ないサイクルを中長期的な観点で実施すること。  特に、「経営戦略と人材戦略の連動」は、人的資本の趣旨に則れば、環境変化が激しいなかで企業を成長させるためには、経営戦略とそれを実現するための人材戦略を表裏一体で策定し、実行することが必要不可欠です。個別の取組み施策を考えるよりもはるかにむずかしいのですが、社内で最も時間と労力をかけて検討すべき部分となります。  取組み内容の策定と実践に並行して重要なのは、内容や結果を可視化して、投資家や社員に示すことです。社内外の目に触れることにより、より真剣に実践することが期待されます。特に、上場企業においては今後、企業を持続的に成長させていけるかどうかを投資家が判断するための重要な要素となります。そのため、2023年3月期の有価証券報告書より、女性管理職比率、男性育児休業取得率、男女間賃金差異のほか、人材育成方針、社内環境整備方針およびこれらに関する指標を用いた目標・実績などの項目について、人的資本の情報を記載するよう義務づけられるようになりました※3。個社別の取組み内容や状況については、今後はこの開示情報が参考になると思われます。  次回は「就業機会の確保」について解説します。 ※1 正式名称は、「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書〜人材版伊藤レポート〜」 ※2 内閣官房「人的資本可視化指針」(2022年8月) ※3 開示にあたり求められる内容については、根拠法に基づく 図表 「人材版伊藤レポート2.0」の全体像 1.経営戦略と人材戦略を連動させるための取組 @CHROの設置 A全社的経営課題の抽出 BKPIの設定、背景・理由の説明 C人事と事業の両部門の役割分担の検証、人事部門のケイパビリティ向上 Dサクセッションプランの具体的プログラム化 (ア)20・30代からの経営人材選抜、グローバル水準のリーダーシップ開発 (イ)候補者リストには経営者の経験を持つ者を含める E指名委員会委員長への社外取締役の登用 F役員報酬への人材に関するKPI の反映 2.「As is - To beギャップ」の定量把握のための取組 @人事情報基盤の整備 A動的な人材ポートフォリオ計画を踏まえた目標や達成までの期間の設定 B定量把握する項目の一覧化 3.企業文化への定着のための取組 @企業理念、企業の存在意義、企業文化の定義 A社員の具体的な行動や姿勢への紐付け BCEO・CHROと社員の対話の場の設定 (出所)経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書」(人材版伊藤レポート2.0)(2022年5月)を基に作成。 4.動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用 @将来の事業構想を踏まえた中期的な人材ポートフォリオのギャップ分析 Aギャップを踏まえた、平時からの人材の再配置、外部からの獲得 B学生の採用・選考戦略の開示 C博士人材等の専門人材の積極的な採用 5.知・経験のダイバーシティ&インクルージョンのための取組 @キャリア採用や外国人の比率・定着・能力発揮のモニタリング A課長やマネージャーによるマネジメント方針の共有 6.リスキル・学び直しのための取組 @組織として不足しているスキル・専門性の特定 A社内外からのキーパーソンの登用、当該キーパーソンによる社内でのスキル伝播 Bリスキルと処遇や報酬の連動 C社外での学習機会の戦略的提供(サバティカル休暇、留学等) D社内起業・出向起業等の支援 7.社員エンゲージメントを高めるための取組 @社員のエンゲージメントレベルの把握 Aエンゲージメントレベルに応じたストレッチアサインメント B社内のできるだけ広いポジションの公募制化 C副業・兼業等の多様な働き方の推進 D健康経営への投資とWell-beingの視点の取り込み 8.時間や場所にとらわれない働き方を進めるための取組 @リモートワークを円滑化するための、業務のデジタル化の推進 出典:内閣官房(2022)「人的資本可視化指針」 第38回 「就業機会の確保」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  就業機会の確保とは「仕事に就ける機会を確実に手に入れること」をいいますが、人事では「70歳までの就業機会の確保」と使われることが多い用語です。本稿でも高年齢者雇用に特化して説明していきます。 70歳までの就業機会の確保の選択肢はさまざま  高齢者の雇用推進や活躍できる環境整備を図るための法律として高年齢者雇用安定法※1があります。ここでは60歳以上の雇用について、大きく二つの定めをしています※2。  一つ目は、65歳までの雇用確保(義務)です。ここでは、事業主に対して60歳未満の定年禁止と65歳までの雇用確保措置を義務として実施すべきと定めています。65歳までの雇用確保については、@65歳までの定年引上げ、A定年制の廃止、B65歳までの継続雇用制度(雇用している高齢者を、本人が希望すれば定年後も引き続いて雇用する、「再雇用」などの制度)のいずれかの措置をとるべきとされています。  二つ目は、65歳から70歳までの就業機会の確保(努力義務)です。ここでは、事業主は次のいずれかの措置をとるように努めるべきことが定められています。@70歳までの定年引上げ、A定年制の廃止、B70歳までの継続雇用制度、C70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入、D70歳まで継続的に社会貢献事業(事業主が自ら実施する社会貢献事業、事業主が委託・出資等する団体が行う社会貢献事業)に従事できる制度の導入の五つです。  @〜Bは65歳までの雇用確保と年齢が異なるだけで同一の内容に見えますが、Bの継続雇用については継続雇用の範囲が65歳未満は自社または特殊関係事業主(自社の子法人、親法人、関連法人等)であるのに対して、65歳以上70歳未満はこれらに加え、特殊関係事業主以外の他社も範囲に含まれます。またCDについては65歳までの雇用確保にはない選択肢です。また、@〜Bは直接雇用であるのに対して、CDは雇用はしないものの就業機会を提供するという点が異なります。特にCについては、事例としても実際に増えています。例えば、個人事業主として起業し、得意とする業務の遂行や成果に対して報酬を受け取る業務委託契約を在籍していた会社や複数の会社から得るようなケースです。なお、このような雇用によらない選択肢をとる場合、事業主には、制度に関する計画を策定し過半数労働組合などの同意を得て、計画を周知する手続きを行ったうえで、個々の高齢者と業務委託契約などを締結する創業支援等措置を実施することが求められます。 高齢者こそ柔軟な働き方が必要  働き方の選択肢が広がっている点が70歳までの就業機会の確保のポイントとなるのですが、これは高齢者雇用を考えるうえで参考となります。  70歳までの就業機会の確保が努力義務化されたのは、改正高年齢者雇用安定法が施行された2021(令和3)年4月1日からと近年のことです。しかし、ここに至るまで、65歳以降の雇用についてはニッポン一億総活躍プラン(2016〈平成28〉年)、働き方改革実行計画(平成29年)、成長戦略実行計画(2019年)など国の大きな方針を定める計画や会議などに何度も論点として出てくるため、特に今後深刻化が見込まれる人手不足解消の重要課題として考えられてきたのは間違いありません。そこで共通しているのは、高齢者の寿命や健康・身体能力の観点から高齢者の就業率は現在よりも大幅に高い水準になる余地がある、また多くの高齢者も65歳を超えても働きたいと願っているのに、高齢者が働く環境が整っていないという課題感です。一方で、体力や意欲差が大きく、介護などの事情を抱えるケースもあり、フルタイムでの働き方を一律で押しつけるわけにはいかないという実態もあります。このため、高齢者のニーズに応じた働き方ができるようにして、より多くの継続的な就業をうながしたいという意図が70歳までの就業機会の確保の選択肢が広がった背景にあります。 企業の対応状況は道半ば  最後に、70歳までの就業機会の確保に対する企業の対応状況を見ていきます。改正高年齢者雇用安定法の施行から1年以上経つ「令和4年 高年齢者雇用状況等報告」(厚生労働省)によると、70歳までの就業確保措置を実施済みの企業は27.9%(前年より2.3%増)、また、図表を参照すると66歳以上まで働ける制度のある企業のなかでも、基準該当者66歳以上の継続雇用制度という65歳以上の希望者全員を必ずしも対象としない制度を用いている会社は11.8%となっています。これらのことから改正高年齢者雇用安定法の意図する対応ができていない企業がまだまだ多いということがわかります。  この理由については、現状では「努力義務」であるため喫緊の課題とはとらえていない企業があることと、対応はしたいが健康面や働き方の観点から不安があり実行に移すのが不安という面もあると思います。後者の場合には、「70歳雇用推進事例集」((独)高齢・障害・求職者雇用支援機構〈JEED〉)※3、「シニアが輝く職場をめざして」(東京都産業労働局)などの企業における具体的な事例を参考にする、高齢者雇用の専門家であるJEEDの70歳雇用推進プランナーや高年齢者雇用アドバイザーに相談や助言・提案を受けることなどで、実施に向けた一歩がふみ出せるかもしれません。 * * *  次回は「両立支援」について解説します。 ※1 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律 ※2 本連載第2回(2020年7月号)「定年」をご参照ください https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/series.htm ※3 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/manual.html 図表 66歳以上まで働ける制度のある企業の状況 全企業(40.7%) 定年制の廃止3.9% 66歳以上定年3.2% 希望者全員66歳以上の継続雇用制度10.6% 基準該当者66歳以上の継続雇用制度11.8% その他66歳以上まで働ける制度11.2% 301人以上(37.1%) 定年制の廃止0.6% 66歳以上定年0.8% 希望者全員66歳以上の継続雇用制度5.1% 基準該当者66歳以上の継続雇用制度15.3% その他66歳以上まで働ける制度15.3% 21〜300人(41.0%) 定年制の廃止4.2% 66歳以上定年3.4% 希望者全員66歳以上の継続雇用制度11.0% 基準該当者66歳以上の継続雇用制度11.5% その他66歳以上まで働ける制度10.8% ※66歳以上定年制度と66歳以上の継続雇用制度の両方の制度を持つ企業は、「66歳以上定年」のみに計上している。 ※「その他66歳以上まで働ける制度」とは、業務委託等その他企業の実情に応じて何らかの仕組みで66歳以上まで働くことができる制度を導入している場合を指す。 出典:厚生労働省「高年齢者雇用状況等報告」(2022年) 第39回 「両立支援」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  両立支援とは、「両方とも支障なく成り立つように支援すること」をいいます。本稿では、政府や企業が取組みを促進している、仕事と育児・介護の両立について取り上げたいと思います。 両立支援は社会・企業・個人にとってメリットがある  まず、個人の事情ととらえられがちな「仕事」と「育児・介護」について、政府や企業がなぜ両立を支援する必要があるのかについてみていきます。  「今後の仕事と育児・介護の両立支援に関する研究会報告書」※1に両立支援に取り組む意義について記載があります。そのなかでは、「少子高齢化により人口減少が加速化するなかで、社会経済の活力を維持・向上させるためには、生産性の向上を図るとともに、多様な人材が働き続けられることが必要」としています。なかでも離職理由として大きい育児や介護の事情が発生しても、労働者の希望に対応しつつ就業を継続できる制度や環境整備といった両立支援を行うことで、社会や企業としては労働力の確保、本人としては望むキャリア形成ができるとしています。  政府や企業が両立支援を推進することは、出生率の減少(2022〈令和4〉年で過去最低)、生産年齢人口※2の減少(1995〈平成7〉年をピークに毎年減少)や価値観の多様化(家庭事情・年齢に関係なく働きたいなど)といった現状を考慮すると、社会・企業や本人のいずれにも大きなメリットがあるといえます。 政府の取組み  次に、政府と企業の具体的な取組み内容についてみていきます。政府としては、「関連法」、「認定制度」、「助成金」の三つの観点から両立支援を推進しています。関連法については、「育児・介護休業法」が1991年に成立していますが、2021年6月にさらに両立支援を推進する改正を行っています。おもな改正点として、男性の育児参加を後押しするために「産後パパ育休(出生時育児休業)制度」が創設され、1歳までの育児休業とは別に産後8週間以内に4週間(28日)を限度として2回に分けて休業できるようになりました。また、育児休業を取得しやすくするために、原則1回までしか取得できなかった1歳までの育児休業についても、男女ともそれぞれ2回まで取得することが可能となりました。  認定制度については、企業に両立支援を推進する動機づけを図るために、おもに次のような認定を行っています。 ・えるぼし認定…女性の活躍促進に関する状況などが優良な企業を認定する制度。認定の段階は3段階で、より高い要件を満たしている場合は、プラチナえるぼし認定を受けることができる。 ・くるみん認定…「子育てサポート企業」として認定する制度。くるみん・プラチナくるみん・トライくるみんの三つの認定がある。  助成金については、2023年度時点で両立支援等助成金として次のものが設けられています。 ・出生時両立支援コース(子育てパパ支援助成金)…男性労働者が育児休業を取得しやすい雇用環境や業務体制整備を行い、産後8週間以内に開始する連続5日以上の育児休業を取得させた中小企業事業主に支給。 ・介護離職防止支援コース…「介護支援プラン」を策定し、円滑な介護休業の取得・復帰に取り組んだ中小企業事業主などに支給。 ・育児休業等支援コース…育児休業の円滑な取得・職場復帰のための取組みを行った事業主に支給。 企業の施策  企業の取組みとしては、義務化されているものとして次のものがあります。 ・一般事業主行動計画の策定・届出※3…事業主が従業員の仕事と子育ての両立を図るための雇用環境の整備や、子育てをしていない従業員も含めた多様な労働条件の整備などに取り組むにあたって、@計画期間、A目標、B目標を達成するための対策の内容と実施時期を具体的に盛り込み策定するもの。 ・ハラスメント防止措置の実施…育児・介護休業法が対象とする制度の利用を理由とした解雇や不利益取扱いなどのいやがらせの言動や、制度利用を阻害する言動などに対して防止措置を講ずること。  義務化されていない取組みとして代表的なものとしては、先述の認定制度の取得(企業のイメージの向上メリットあり)のほか、テレワークやフレックスタイム制度の導入、法で定める期間を超えた休暇制度・短時間勤務制度の充実、1時間単位の有給休暇の取得など、育児や介護の事情に対応しやすい就業制度の導入があげられます。具体的な内容については、東京都産業労働局の「家庭と仕事の両立支援ポータルサイト」※4の取組事例・両立体験談が参考になると思いますので、ご参照ください。 両立支援の今後の課題  両立支援ですが、まだまだ課題はあります。一つは制度が十分に使われていない点です。例えば、「令和3年度雇用均等基本調査」結果※5によると、2021年度の育児休業取得率は女性85.1%に対して、男性は14.0%の状況です。しかも取得期間は女性は12カ月〜18カ月未満が最も多いのですが、男性は5日〜2週間未満が最も多い状況です。介護についても、「令和元年度仕事と介護の両立等に関する実態把握のための調査研究事業報告書」※6によると、直近1年間における家族の介護をおもな理由として退職した従業員の割合8.4%のうち、退職前の介護休業制度の利用者は22.8%、介護休業以外の両立支援制度の利用者は10.9%にすぎません。これらの理由としては、職場(特に上司)の理解不足、会社の周知不足、休業中の収入への不安などがあげられます。  もう一つの課題としては、介護に関する両立支援がまだまだ十分でない点があげられます。育児・介護休業法の近年の改正のメインは育児関連であり、また先述の厚生労働省委託調査でも、介護のために勤務先の制度を利用しなかった理由として、そもそも「介護休業制度等の両立支援制度が整備されていなかったため」が35.5%(現在正社員回答)と最も多い状況です。今後、仕事と介護の両立が必要となる従業員は増加していくことが想定されるため、仕事と介護の両立支援の充実が望まれます。  次回は、「HRDX」について解説します。 ※1 厚生労働省『今後の仕事と育児・介護の両立支援に関する研究会報告書』(2023年6月) ※2 生産年齢人口……生産労働を中心となって支える15歳から64歳の人口 ※3 「次世代育成支援対策推進法」により従業員101人以上の企業には、行動計画の策定・届出、公表・周知が義務化 ※4 https://www.katei-ryouritsu.metro.tokyo.lg.jp/ ※5 厚生労働省『令和3年度雇用均等基本調査』(2022年7月) ※6 厚生労働省委託事業『令和元年度仕事と介護の両立等に関する実態把握のための調査研究事業報告書』(2022年3月) 第40回 「HRDX」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  HRDXとは、HR(Human Resource)とDX(Digital Transformation)を組み合わせた用語です。 DXは単なる業務の効率化ではない  HRDXの話に入る前に、まずはDXとは何かについて押さえておきましょう。近年、報道や仕事をするうえでDXという用語を聞く機会は多いと思います。  DXの定義はデータやITシステムを使った業務効率化≠ニいった説明も見られますが、経済産業省は『デジタルガバナンス・コード2・0』※1のなかで「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」としています。業務効率化にとどまらず、ビジネスモデルや仕事の仕方、組織までも変革することまで見すえている点が大きなポイントです。会社の理念や存在意義をもとに、中長期的な会社やビジネスのありたい姿(理想)を設定し、理想と現状の差分を解消する一つの手段≠ニしてデータやITシステムを活用することが重要です。しかし、DXの推進そのものを目的にしてしまうと、やってみたものの思ったほどの効果がみられないとして、DXの取組みが頓挫(とんざ)してしまいがちになるため注意が必要です。 人事分野のDX推進は重要性が増していく  それでは、HRDXについてみていきたいと思います。HRは人的資源※2や人材をさすため、人事領域にかかわるDX(人事DX)といえます。わざわざ人事領域にフォーカスしている背景には、人事業務や人事部門ならではの次のような問題があるからです。 @人事のIT化の後れ…ITへの投資をしている会社でも、収益向上に直接かかわらない人事に対する投資は後回しになりがちになっている。 A人事の業務が属人化…人事の多岐にわたる業務(給与計算・労務管理・採用など)を少人数でになっており、担当者しか業務を把握できない状況になっている。 B人事施策の感覚的実施…人の能力や適性などの数値は図りにくく、人事部門に数値的な成果を求められることが少なかったため、経験則に基づく感覚で人事施策を行ってしまう。  ほかにもありますが、人事領域においてはITシステムの導入も活用も後れているというのが、多くの会社で共通しているところです。  それでは、HRDXによって人事はどのように変わっていくのでしょうか。最初のステップとしては人事業務の効率化があげられます。@Aの理由もあり人事担当者は一日の多くの時間を目の前の制度運用対応や手作業に費やし、新たな取組みや提言を行う物理的な時間が不足しているといわれています。DX化により作業などの時間が削減できれば、新たな取組みなどに充てる時間が捻出できることになります。  次のステップとして、人事にかかわるデータを収集・分析し、その結果を用いて人事施策の立案・決定に活かしていくこと(ピープルアナリティクス)があげられます。例えば、採用・人材配置などはBで記載したような経験則で最もやりがちな施策でしたが、優秀層の属性、行動・成果実績やスキルなどをデータ分析し、人材像を明確化したうえで実施する企業も増えています。  さらにその先のステップとして、経営への貢献があげられます。人事部門に求められる役割は人事諸制度の運用改善から持続的な企業価値の向上への貢献に変化してきています※3。人的資本情報の把握(女性管理職比率、男女間賃金差異など)の情報整理はもとより、企業の中長期的な成長に対して、どのような人材を組み合わせれば達成できるか(人材ポートフォリオ)、そのために最適な採用や教育、働き方、組織風土は何かまでも提案・実行することが求められます。DXの定義にある会社の変革を人事面から推進することがHRDXの大きなゴールといえます。 DXの取組みはまだまだこれから  最後に、各社のDXの取組み状況について見ていきたいと思います。HRDXに絞った公的機関が出している統計は見あたらないため、DX全般の統計になりますが、「令和4年版 情報通信白書」(総務省)によると、DXに関する取組みを進めている日本企業の割合(「全社戦略に基づき全社的に」、「一部の部門において」、「部署ごとに個別にDXに取組んでいる」企業の合計値)は約56%です(アメリカは約79%)。中小企業については、より少なく、「中小企業のDX推進に関する調査」(独立行政法人中小企業基盤整備機構)によると、(「既に取り組んでいる」、「取り組みを検討している」企業の合計値)は、24.8%です。取組みが活発であるとはいいがたい理由としては、DXにかかわる人材やスキル不足のほか、「具体的な効果や成果が見えない」、「経営者の意識・理解が足りない」などがあげられています(図表参照)。HRDXについては、推進の必要性を経営者が理解することのハードルがより高いことが想定されるため、HRDXの目的と効果を事前に整理することがいっそう重要となります。  次回は、「フリーランス」について解説します。 ※1 デジタルガバナンス・コード…… 企業のDXに関する自主的取組みをうながすため、デジタル技術による社会変革をふまえた経営ビジョンの策定・公表といった経営者に求められる対応をまとめたもの。2020年11月策定、2022年9月に改訂 ※2 人的資源……経営に不可欠といわれている資源であるヒト・モノ・カネ・情報のうち、ヒトにかかわる部分 ※3 本連載第37 回(2023 年8月号)「人的資本」をご参照ください https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/202308.html 図表 DXに取り組むに当たっての課題 (複数回答n=1,000) DXに関わる人材が足りない 31.1% ITに関わる人材が足りない 24.9% 具体的な効果や成果が見えない 24.1% 予算の確保が難しい 22.9% 経営者の意識・理解がたりない 19.0% DXに取り組もうとする企業文化・風土がない 18.8% 何から始めてよいかわからない 17.1% ビジョンや経営戦略、ロードマップがない 12.6% 情報セキュリティの確保が難しい 7.5% 既存システムがブラックボックス化している 5.2% その他 2.6% 出典:独立行政法人中小企業基盤整備機構「中小企業のDX推進に関する調査」(2022年5月)