いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第41回「フリーランス」 第42回「最低賃金」 第43回「タレントマネジメント」 第44回「フレックスタイム制」 第45回「春闘」 第46回「ウェルビーイング」 第47回「出向・転籍」 第48回「役員報酬」 第49回「裁量労働制」 第50回「副業・兼業」 第41回 「フリーランス」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  フリーランスという用語は、柔軟な働き方の一形態として近年ますます目にする機会が増えています。一方で、具体的な内容がわからずに使われがちな用語でもあります。 フリーランスとは働き方を示す用語  まず押さえておきたいのは、フリーランスは法律上の用語ではないという点です。そのため情報によってフリーランスをさす範囲や対象者数が異なっている状況ですが、「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」※1をみると、「実店舗がなく、雇人もいない自営業主や一人社長であって、自身の経験や知識、スキルを活用して収入を得る者を指す」とあります。内閣官房の統一調査では、@自身で事業等を営んでいる(自営業である)、A従業員を雇用していない、B実店舗を持たない、C農林漁業従事者ではない、という「働き方」の要件を満たすものをフリーランスとして対象者数を試算しています。  個人事業主と混同されがちですが、個人事業主は、自身で事業を営むに際して、法人を設立せずに、税務署に対して「個人事業の開業・廃業等届出書」を提出したものが対象となる「税法上」の区分をさします。一方で、@〜Cの「働き方」の要件を満たせば企業などの法人(人間〈自然人〉と同様の権利・義務を持つ組織)経営者であってもフリーランスに含まれます。また、従業員を雇用していても個人事業主の対象となりますが、フリーランスの対象には含まれません。個人事業主とフリーランスはイメージとしては似ていますが、区分の目的や対象者が必ずしも一致せず、別物として使用すべき用語ということになります。 雇用との違いを理解することが重要  近年、自身で選択する人が増えているといわれるフリーランスですが、企業に雇用される従業員(以下、「従業員」)とは大きく異なる点がいくつもあり、理解しておくことが非常に重要です。以下に人事関連に絞った違いをあげてみます。  一つめは、企業からの報酬の支払われ方の違いです。従業員には企業との雇用契約に基づき労働の対価として毎月定められた給与が支払われます。フリーランスについては、企業とは雇用契約を結ばず、業務の内容や報酬の額、支払い時期などを定めた業務委託契約に基づき、報酬が支払われることになります。業務委託契約は法律上では、請負契約※2と準委任契約※3に分かれています。準委任契約の場合は仕事が完成しなくても定められた業務を遂行していれば報酬は支払われますが、請負契約は仕事が完成しないかぎり報酬は支払われません。契約内容によっては報酬が支払われない時期もあるという点が従業員と異なります。  二つめは、従業員には労働条件に関する最低条件などを定めた労働基準法が適用されますが、フリーランスは企業と雇用契約を結ばず労働者に原則該当しない※4ため、労働基準法の適用対象外となる点です。例えば、従業員については時間外労働や休日についての規制が存在しますが、フリーランスについては規制対象外となるため、業務が終わらなければ何時間でも働くことや、時間単価が最低賃金を下回ることもありえます。  三つめは、加入できる公的保険の違いです。健康保険について従業員は企業が属する健康保険組合に加入し、保険料の支払いは企業と本人で折半です。フリーランスは都道府県・市区町村が運営する国民健康保険への加入が基本で、保険料も全額自身で支払う必要があります。年金保険については、従業員は国民年金に上乗せする形で厚生年金に加入となりますが(一部適用外あり)、フリーランスは法人化しないかぎり厚生年金には加入できません。将来受け取れる年金を上乗せしたい場合には国民年金基金に加入するなど、自身で対応をとる必要があります。また、従業員は雇用保険(労働者が失業、休業した場合に手当が支給される)や労災保険(労働者の業務上の事由または通勤による労働者の傷病等に対して必要な保険給付が行われる)の対象ですが、フリーランスはともに対象外(労災保険については特別加入あり)です。 フリーランスの課題と対応  これまで見たように、フリーランスは労働者保護制度の適用対象外となるなどの課題も多く、政府も実態把握とその対応を進めてきました。  フリーランスの諸問題が浮き彫りになった「フリーランス実態調査結果」※5の資料を参照すると、労働者保護制度の適用以外にも課題が見えてきます。一つの課題は、収入の不安定さ・少なさです。同調査のなかで収入が少ない・安定しないという回答は6割、フリーランスの年収として最も多いのが本業で200万円以上300万円未満(19%)、副業で100万円未満(74%)という決して高いとはいえない年収です。次に課題となるのが、取引先とのトラブル経験がある者37.7%(トラブル内容として、「発注の時点で報酬や業務内容などが明示されなかった」37.0%、「報酬の支払いが遅れた・期日に支払われなかった」28.8%)のうち、トラブルについて「交渉せずに受け入れた」が21.3%、「交渉せず、自分から取引を中止した」が10.0%という、発注側にかたよった力関係です。  これらの状況を改善し、フリーランスが安定的に働く環境を整備するために、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)」が2023年5月12日に公布(2024年秋ごろ施行予定)。同法により、以下の点が義務となりました。 @書面等による取引条件の明示 A報酬支払期日の設定・期日内の支払 B禁止事項(フリーランスに責任がないのに発注した物品等を受け取らない、発注時に決めた報酬額を後で減額すること等の禁止) C募集情報の的確表示 D育児介護等と業務の両立に対する配慮 Eハラスメント対策に係る体制整備 F中途解除等の事前予告  日本のフリーランス人口は、2020年時点で462万人というかなりの数に上ります。70歳までの就業機会の確保の選択肢として「70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入」もあり、フリーランスは今後も増えていくことが想定されます。そのため、フリーランスの保護に関する制度や施策のいっそうの拡充が望まれます。  次回は、「最低賃金」について解説します。 ※1 内閣官房・公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省『フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン』(令和3年3月26日) ※2 請負契約……当事者の一方が「ある仕事を完成する」ことを約束し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約束する契約 ※3 準委任契約……当事者の一方が「法律行為以外の事実行為をする」ことを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することを内容とする契約 ※4 雇用契約を結んでいなくても、業務内容や遂行方法、勤務場所と勤務時間などについて具体的な指示や拘束を発注者側から受けているなど、法律上の「労働者」にあたる(労働者性がある)場合もある ※5 内閣官房日本経済再生総合事務局『フリーランス実態調査結果』(令和2年5月) 第42回 「最低賃金」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。 毎年10月は最低賃金の改定に注意  秋になると最低賃金に関する話題が報道されたり、駅などで周知ポスターを見かけることが多いかと思いますが、これは毎年10月1日〜中旬にかけて地域別の最低賃金が改定されることに起因しています。  最低賃金は、最低賃金法に基づき国が賃金の最低限度を定め、使用者はその金額以上の賃金を支払わなければならない制度です。2023(令和5)年時点では、時間額(時給)で定められています。最低賃金法の第一条には目的として次のように記載されています。  「この法律は、賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。」  傍線部分が目的に関するキーワードですが、低廉な労働者に該当しない賃金全般の引上げも目的に含まれるといわれています。  この目的に沿って、最低賃金には二つの種類が設けられています。 @地域別最低賃金…産業や職種にかかわりなく、都道府県内の事業所で働くすべての労働者とその使用者に対して適用されるもの。各都道府県別に定められている。毎年改定される。 A特定最低賃金…「地域別最低賃金」よりも金額水準の高い最低賃金を定めることが必要と認める特定の産業について設定された最低賃金。毎年は改定されない。  @とAの関係性ですが、両者を比較してみて高い方を適用する必要があります。例えば、2023年10月時点では、@東京1113円に対して、A東京・鉄鋼業871円のため、@1113円を適用することになります。Aはあまり意識されていないかもしれませんが、自社が特定産業に属するか否かをチェックする必要があります。 最低賃金の確認は必ず行う  最低賃金の改定時期は10月ですが、毎年8月〜9月の時点には改定額が各都道府県で発表されるため、そのあたりから自社の賃金が改定後の最低賃金を下回らないか確認を行い、必要に応じて賃金を見直す必要があります。最低賃金を下回るとその賃金は最低賃金法により無効となり、最低賃金額と同額の定めをしたものとして扱われます。また、最低賃金までの差額の支払い、50万円以下の罰金が求められます※1。このほか、労働者のモチベーション低下や流出、採用難などを引き起こしかねません。  確認を行うにあたり、ここでは必ず押さえるべき基本的な点についてみていきます。 ・適用範囲…すべての労働者。正社員・パート・アルバイト・嘱託等の雇用形態や呼称にかかわらず適用※2 ・適用都道府県…労働者が実際に働いている事業場がある都道府県。派遣労働者の場合は派遣先の都道府県 ・対象となる賃金…毎月支払われる基本的な賃金。ただし、「臨時の賃金(結婚手当等)」、「賞与等」、「時間外勤務手当」、「休日出勤手当」、「深夜勤務手当」、「精皆勤手当・通勤手当・家族手当」は除外 ・確認方法…自社の全労働者の時間額(時給)が最低賃金未満とならないかを確認。日給制の場合は1日の所定労働時間、月給制の場合は月平均所定労働時間で割って時間額を算出したうえで比較 ・賃金見直し方法…最低賃金未満の労働者の時間額を最低賃金以上に設定。ほかの労働者もあわせて引き上げる必要があるかを検討  最低賃金は時間給で定められているため、月給処遇者の確認を疎(おろそ)かにしがちです。特に、一定期間昇給をしていない正社員や、定年前よりも一定程度給与を引き下げられた再雇用者については、時間給を算定してみると最低賃金未満であるケースが実際にみられたりしますので、注意が必要です。  詳しくは、厚生労働省のWEBサイト※3にわかりやすく網羅的にまとめられているので、参照してみてください。地域別最低賃金と特定最低賃金の一覧もこちらに掲載されています。 今後も最低賃金は上昇し続ける  2023年10月の改定では、全国加重平均額が1004円となり初めて1000円を超えたと話題になりました。また、図表の通り最低賃金は毎年右肩上がりで、前年に対する上昇額もここ10年は20円〜30円程度で推移していたものが、本年は43円の上昇額でした※4。地域別最低賃金は、地域における労働者の生計費や賃金、通常の事業の賃金支払い能力を考慮して、最低賃金審議会の議論・答申に基づき決定されますが、その議事録をみると、近年の物価の上昇や景況感、賃金上昇における国際比較や人手不足などの社会的な課題などを含めて議論がされています。これらの課題が今後も大きく変わる想定がしにくい点や、岸田首相が2023年8月に開催された「新しい資本主義実現会議」で2030年代半ばまでに全国加重平均で1500円を目ざす≠ニ明言している点などを考慮すると、今後も同等以上の上昇額で上昇することが容易に想定されます。  企業側の立場になると、最低賃金の大幅上昇は経営に影響を与えるものではありますが、今後も避けて通れないことはほぼ確実なため、対応し続けることができる経営基盤づくりが求められることになります。  次回は、「タレントマネジメント」について解説します。 ※1 特定最低賃金を下回る場合は、労働基準法により30万円以下の罰金 ※2 精神または身体の障害により著しく労働能力の低い方など、使用者が都道府県労働局長の許可を得ることを条件に、特例が認められる場合がある ※3 https://pc.saiteichingin.info/point/page_point_what.html ※4 2020年は、新型コロナウイルス感染症による景況の悪化などを背景に、全国加重平均は1円上昇 図表 最低賃金(地域別最低賃金 全国加重平均額・時間額 2013年〜2023年) 全国加重平均額 上昇率% 2013年 764円 2014年 780円 2015年 798円 2016年 823円 2017年 848円 2018年 874円 2019年 901円 2020年 902円 2021年 930円 2022年 961円 2023年 1,004円 ※厚生労働省「平成14年度から令和5年度までの地域別最低賃金改定状況」を基に筆者作成 第43回 「タレントマネジメント」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、タレントマネジメントについて取り上げます。人事にかかわる人にはすでに浸透していますが、それ以外の人にはなじみが薄い用語かもしれません。 タレントとは才能≠意味する  タレントマネジメントの定義は一定ではないといわれていますが、例えば厚生労働省が公表した『平成30年版労働経済の分析』では、一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会の「人材の採用、選抜、適材適所、リーダーの育成・開発、評価、報酬、後継者養成などの人材マネジメントのプロセスを支援するシステム」という定義を引用しています。なんとなくタレント≠ニ聞くと、メディアへの露出度が高い芸能人や有名人などを想像しがちですが、本来は「才能・才能のある人」を意味しており、さまざまなタレントマネジメントの定義においても「個人の才能を把握・育成・活用する」という点においては共通しています。  この用語の歴史は長く、1990年代に当時激化していた優秀人材の獲得競争を背景に、アメリカのマッキンゼー・アンド・カンパニーというコンサルティング会社がThe War for Talent(人材獲得・育成競争)≠ニいう概念を提示したことが始まりといわれています。この考え方にのっとり、早期に具体的な仕組みやシステムづくりに着手する企業がある一方で、考え方は理解するが具体化はせずにきたという企業も多く、取組みに対する温度差が大きかったというのがここ最近までの流れといえます。しかしながら、近年はタレントマネジメントの必要性が年々高くなり、再び注目されています。 タレントマネジメントの必要性は近年高まっている  その必要性とは、この連載でも何度も出てくる少子高齢化による人材不足≠ニグローバル化や情報技術の進化などの環境変化≠フ加速化にあります。タレントマネジメントの考えが提示された1990年代後半あたりは、日本では人材獲得の競争どころかバブル経済の崩壊により、人員余剰の状態が恒常的に続きました。また、高度経済成長期からバブル経済期までの企業の成功体験をもとに社員の採用は新卒採用中心の長期雇用、教育はジョブローテーションによりさまざまな仕事を経験させ社内の幅広い仕事ができる会社人材≠育てることに重点が置かれていました。環境変化が緩やかであれば過去の成功法を次世代に継承し、人員余剰であれば足りない人材のみを外部から調達すればこと足りたのですが、近年ではその考えがもはや通用しないことは多くの企業が認識していることです。これまでの成功体験が通用しない、思うように人も集まらない状況下で企業が生き残っていくためには、どのような事業や会社運営に今後重点を置くべきかを戦略的に考え、それを遂行するために必要なスキル・能力・志向性など(以下、「スキル等」)を持った人材を効果的に確保することの重要度が高くなります。実現するためには、事業を遂行するために求められるスキル等を具体的に設定し、該当するスキル等を有する人材を採用し、並行して社員の能力開発を進めていく必要があります。これらを仕組み化して継続して進めていくことがタレントマネジメントの基本となるため、人材不足と環境変化が加速化するほど注目が高まるのは必然ともいえます。 大事なのは目的に応じた実施  タレントマネジメント推進の前提となるのは、事業上必要な業務や会社運営上の役割(以下、「業務や役割」)ごとのスキル等の具体的な設定と、社員がスキル等をどの程度有しているかの個別の情報データベース化です。情報に基づかないと人事部門や経営者の勘と経験に頼らざるを得ず、次のような施策を具体的に展開できなくなるからです。 ・採用…業務や役割ごとに必要なスキル等と在籍する社員の実態を把握し、不足する、またはより伸ばしていくべきスキル等を有する人材を採用する。新卒だけでなく、即戦力としての中途採用も対象とする。 ・人材配置…業務や役割を遂行するのに必要なスキル等を有する人材を適材適所で配置する。このことで業務遂行や組織運営の効果を高め、生産性を上げる。 ・能力開発…事業に必要なスキル等のトレーニングを行う。研修などの場で行うことと並行して、社員の将来的なキャリアを見すえた(当該業務に従事することによりどのようなスキルが習得できるか)ジョブローテーションも行う。 ・後継者育成…次世代の人材がいないという状況にならないように、組織長や経営層に求められるスキル等を洗い出し、該当する社員を候補としてプールする。そのうえで、より次世代に相応しい人材にするための教育や選抜を行っていく。 ・リテンション(人材流出の防止)…業務や役割に従事するにあたり必要なスキル等を明示し、対応可能な人材が自ら異動希望を出せるようにすることで、やりたいことができないことによる離職を防ぐ。  代表的なものを取り上げましたが、施策の範囲が幅広い点がポイントです。インターネットで「タレントマネジメント」と検索するとすぐにITシステムの広告が表示されますが、これらのシステムはデータベースの構築・抽出・推進するための手段の一つにすぎません。ここにばかり注力して肝心の施策にまで展開できないというケースを聞くことがあります。しかし、重要なのは施策への展開です。社員の情報を何にどのように活用するか目的を明確にし、あらかじめ全体像を描いたうえで取り組むのがよいでしょう。  また、もう一つのポイントは、すでにやっている・やりたいと思っていることを仕組み化して行うという点です。タレントマネジメントとあらためていわれなくても、社員のスキルを伸ばしたい、適材適所で人を配置したい、後継者がほしいということを希望する企業や、試行錯誤で取り組んできた企業は多いはずです。ここで従来欠けていたのは、業務などの目的・範囲やスキルの可視化と情報収集という施策の根拠になる部分です。何から手をつけたらよいかわからないという企業であっても、これらを起点に施策を推進していけば前進していくことができると思われます。  次回は、「フレックスタイム制」について解説します。 第44回 「フレックスタイム制」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、多様な働き方の実現に対して効果的な制度である、フレックスタイム制について取り上げます。 働く時間などを自ら自由に決定できる制度  フレックスタイム制の定義は、「フレックスタイム制のわかりやすい解説&導入の手引き」(厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署)※1によると、「一定の期間についてあらかじめ定めた総労働時間の範囲内で、労働者が日々の始業・終業時刻、労働時間を自ら決めることのできる制度」とあります。  フレックスタイム制について理解を進めるために、通常の労働時間の制度との比較で見ていきます。通常の労働時間の制度であれば、会社が業務の始業・終業時刻と休憩時間を就業規則で指定します。これにより適用労働者一律で一日に働くべき時間帯と労働時間が決定されます。一方、フレックスタイム制は、次の定められた@〜Eの条件内で労働者が出退勤時刻や働く長さを自ら自由に決定することができます。 @対象となる労働者の範囲・・・制度適用の対象者。全社・部門・個人単位のいずれも可 A清算期間・・・働くべき時間を管理・調整する期間。3カ月が上限※2 B総労働時間・・・清算期間中で定められた働くべき時間。労働基準法に定められた労働時間の上限である法定労働時間の総枠内で設定※3 C標準となる1日の労働時間・・・清算期間における総労働時間を期間中の所定労働日数(働くべきと定められた日数)で割ったもの Dコアタイム・・・必ず勤務しなければならない時間帯(設定は任意) Eフレキシブルタイム・・・いつ始業・終業してもよい時間帯(設定は任意)  なお、フレックスタイム制を導入するには、@〜Eの内容を、労使協定※4で締結し、就業規則に記載する必要があります(加えて、清算期間が1カ月を超える場合には、労使協定の所轄労働基準監督署長への届出が必要)。 フレックスタイム制の運用イメージ  この文章だけではフレックスタイム制の運用イメージがわきにくいと思いますので、図表を見ながら確認していきます。  まずは、1日の働き方ですが、(図表1)を見てください。コアタイムが10時から15時に設定されているため、この時間は必ず働いている必要があります。参加必須のミーティングなどを行う場合は、この時間中に行います。フレキシブルタイム時間内であれば、自由に業務開始・終了時刻を決められるため、少し早く業務終了したい場合は7時に業務開始して16時に終了(8時間労働)、朝と夕方に用事がある場合は10時に業務開始して15時に終了(4時間労働)というのも可能です。なお、コアタイムとフレキシブルタイムの設定は任意であるため、何時からでも自由に業務開始・終了できるスーパーフレックスタイム制度を導入している企業もあります。  次に、清算期間中の時間管理について、(図表2)を見てください。例えば、清算期間1カ月、総労働時間160時間とした場合、1日の労働時間が先述のように8時間や4時間とばらつきがあっても、1カ月単位で160時間の実労働時間を満たす必要があります。このため、1カ月の実労働時間が155時間だった場合には、5時間分を賃金から控除するか、次の清算期間の総労働時間に加算する必要があります。逆に実労働時間が185時間の場合は、25時間分の賃金を追加で支払う必要があります。フレックスタイム制の場合、法定労働時間の総枠を超えた分を時間外労働として扱います。よって、185時間働いた月の暦日が31日の場合は、185時間から総枠177.1時間を引いた7.9時間分を時間外手当(2割5分以上の割増賃金)として支払い、法定労働時間の総枠177.1時間から総労働時間160時間を引いた17.1時間分は時間に応じた賃金(割増賃金にしなくて可)を支払うことになります。 フレックスタイム制のメリットと留意点  フレックスタイム制は、働き方に関する本人の志向性や家庭の事情に応じて自由に労働時間が設定できるため、ワーク・ライフ・バランスの観点から労働者にとってのメリットは大きいといえます。また、企業側のメリットとして、通常の労働時間制であれば日によって業務の繁閑があっても、1日8時間・週40時間を超過した分は時間外労働として扱う必要がありましたが、フレックスタイム制では清算期間のなかで繁閑に応じて労働時間を調整してもらえばよいため、結果として時間外労働が削減されることがあげられます。また、柔軟な働き方をしたい労働者が増えているなか、人材採用や定着の面で有利になることもあげられます。  しかし、メリットは大きいフレックスタイム制ですが、顧客に対応する時間が固定されていて、かつ長時間にわたるなど自由に労働時間を設定するのがむずかしい職種や社員には適用できないという点に留意が必要です。  次回は、「春闘」について解説します。 ※1 https://www.mhlw.go.jp/content/001140964.pdf ※2 清算期間の上限は1カ月だったが、働き方改革促進の一環として2019(平成31)年4月施行の法改正により、上限は3カ月となった ※3 清算期間が1カ月で、暦日が28日の場合:160.0時間、29日の場合:165.7時間、30日の場合:171.4時間、31日の場合:177.1時間となる ※4 事業所ごとに労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは、労働者の過半数を代表する者と事業主との間で労働条件について定めた書面 図表1 コアタイム・フレキシブルタイムの設定の例 6:00 フレキシブルタイム いつ出社してもよい時間帯 10:00 コアタイム 必ず勤務しなければならない時間帯 12:00 休憩 13:00 コアタイム 15:00 フレキシブルタイム いつ退社してもよい時間帯 19:00 出典:厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「フレックスタイム制のわかりやすい解説&導入の手引き」 図表2 総労働時間を超過または不足した場合の賃金清算 ◆総労働時間を超過した場合 総労働時間 160時間 実労働時間 185時間 超過した時間分の賃金を追加して支払 ◆総労働時間に不足する場合 総労働時間 155時間 実労働時間 不足 @不足した時間分を賃金から控除 または A翌月の総労働時間に加算して労働させる(※) 不足 総労働時間 ※ただし、加算後の時間(総労働時間+前の清算期間における不足時間)は、法定労働時間の総枠の範囲内である必要があります。 出典:厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「フレックスタイム制のわかりやすい解説&導入の手引き」 ※吹き出しは筆者加工 第45回 「春闘」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は春闘(しゅんとう)について取り上げます。毎年、春になると報道などで聞く機会が増え、労働者・経営者にとっても関心の高い事柄ではないでしょうか。 春の交渉で年間の処遇が決定される  春闘とは何かについては、労働組合(労組)※1の全国中央組織(ナショナル・センター)である連合(日本労働組合総連合会)の説明が分かりやすいので引用すると「労働組合が労働条件について要求し、使用者(経営者)と交渉し決定することをいいます。大手企業を中心に、労働組合(略称:労組)が企業に要求を提出するのが2月、企業からの回答が3月頃であることから、『春闘』と呼ばれているのです」とあります。要は賃上げや福利厚生などの労働条件に関する話合いと決定を春にまとめて行う行為ですが、時期が春なのは、3月末決算・4月新事業年度開始というタイミングに合わせ、賃上げ※2や、人事関連の制度運用開始などを4月に実施する企業が多いことに起因しています。日本以外の企業は決算期が12月の会社が多く、4月を起点に労働条件の見直しを図ることが一般的ではないことから、春闘は日本独自の慣行ともいわれています。秋にも同様の労使交渉がある場合は秋闘(しゅうとう)と呼んだりしますが、多くの企業は春に1年間の処遇を決定する傾向にあります。 スケジュールは横並び  春闘の流れをもう少し詳しく見ていきます。連合の場合、前年の8月ごろから検討開始、12月上旬に春闘の全体方針を発表、その方針に基づき1月下旬から2月中旬にかけて産業別組合(産別)が具体的な要求を決定します。一方、経営者側は、1月中旬に経団連(日本経済団体連合会)が交渉指針を出し、1月下旬には、連合と経団連が賃上げなどお互いの方針を説明する労使フォーラムが開かれ、事実上春闘が開始となります。この後、企業ごとの組合(単組)は産別の要求に基づき要求書をまとめ、2月中旬をめどに企業へ提出します。企業側は経営層や人事・総務部門が中心となり、要求に対する会社の考え方と、どの程度要求に応じるのかを検討し、労組側に3月中旬をめどに回答します。要求と回答にギャップがある場合には、経営側・組合側の代表者を中心に労使交渉を重ね、おおよそ3月末までに妥結していきます。  なお、これらの要求・交渉・妥結は、主要大手企業の場合は横並びのスケジュールで実施されます。横並びで実施するのは、労組側は単独で交渉するより有利な回答を引き出すため組合同士で連携する、経営者側は他社の交渉動向を参考にしながら回答するという双方の事情に基づいています。特に、大手企業の回答が出揃う日を集中回答日と呼んでいます(2024〈令和6〉年は3月13日)が、この回答内容をふまえ、大手企業は妥結に向けて動き、中小企業は交渉を本格化させます。労組がない企業でも、特に賃上げについては大手企業の回答を参考にして検討するケースが多く、春闘のおよぼす影響は大きいといえます。毎年の賃上げ率や額が産業別・企業規模別にある程度一定水準なのは、この春闘の進め方が大きく影響しているともいえます。 春闘のあり方は時代とともに変化する  春闘の前提は、労働者側と経営者側の立場や意見が異なる点にあります。労働者側(連合)は春闘の正式名称を「春季生活闘争」としていますが、経営者側(経団連)は「春季労使交渉」と呼んでいる違いにも表れていると思います。労働者側の呼び方は、労働条件を力で勝ちとるニュアンスが比較的強く出ていますが、春闘の始まりはまさにこのような状況でした。  春闘は、1955(昭和30)年に私鉄総連(日本私鉄労働組合総連合会)や合化労連(合成化学産業労働組合連合)・電機労連(全日本電機・電子・情報関連産業労働組合連合会)などの8つの産業別組合(8単産)※3が、解雇反対や低賃金打破などを目ざし共闘したことが始まりといわれています。朝鮮戦争休戦による不況で人員整理が実施されたことに対し、企業別の組合だけでは解雇に反対しても成功することが少なく限界があるため、共闘して企業や社会に対する影響力を大きくする必要があったことが背景にあります。  この後、日本経済は高度経済成長・オイル ショック・バブル経済と崩壊・リーマンショックと好況・不況をくり返してきましたが、いずれの時期も春闘の主要なテーマは賃上げで、労組側の要求の大きさに対して経営側の回答は小さく、お互いが同意・妥協できるラインで妥結するというのが基本パターンでした。春闘は労働三権のうち、労働者が使用者と交渉する権利である団体交渉権の行使にあたるため企業としては交渉に応じなければならないのですが、主張をぶつけ合うなかで紛糾し、会社側からの交渉打ち切りや、それに対抗するために労働者が要求実現のために団体で行動する権利である団体行動権を行使し、ストライキにまで発展するといったケースも見られました。  しかし、近年では闘争よりも話合いのニュアンスが強くなっているように変化しています。2008(平成20)年のリーマンショック後の景気低迷を背景に、多くの企業ではベースアップ未実施、定期昇給も低水準が続き、労使ともにそれを打破する大きな動きはありませんでした。しかし、2014年に政府が景気浮揚・成長戦略の一環としてベースアップを中心とした賃上げを企業に要請していきます。政府が春闘に介入することを官製春闘と呼んだりしますが、毎年春闘前になると賃上げを政府から企業に要請し、一定の大手企業が応じていくことが恒例化していきます。特に、2023年は、近年例を見ない物価上昇や、人手不足による人材獲得競争、日本企業の国際競争力の低下などの課題感とこれらに対応するために賃上げの重要性が労使で共有され、労組の要求通りに受け入れる満額回答やそれを上回る回答、これまで賃上げに慎重だった企業も一気に賃金を引き上げるなど、これまでに見られなかった展開を見せました。2024年もこの流れは継続しており、経団連・連合の会長同士の会談でも例年以上の賃上げが必要との見解で一致し、労使協調の傾向が強まっています。  次回は、「ウェルビーイング」について取り上げます。 ※1 本連載第28回(2022年9月号)「労働組合」をご参照ください。https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202209/#page=50 → ※2 賃上げ……賃金を引き上げること。賃金表にのっとって個人別に毎年賃金を引き上げる定期昇給や、賃金表と対象者を一律に引き上げるベースアップなどが含まれる ※3 8単産…… 合成化学産業労働組合連合、日本炭鉱労働同組合、日本私鉄労働組合総連合会、日本電気産業労働組合、日本紙パルプ紙加工産業労働組合連合会、全国金属労働組合、全国化学一般労働組合同盟、全日本電機・電子・情報関連産業労働組合連合会の8つの単産をさす 第46回 「ウェルビーイング」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回はウェルビーイングについて取り上げます。 ウェルビーイングは二つの単語の組み合わせ  ウェルビーイングという用語は、Well(よい)とbeing(状態)の組み合わせで成り立っています。WHO憲章※1に「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being)にあることをいいます」という記載があり、ここからこの用語は広まったといわれています。厚生労働省の雇用政策研究会報告書のなかでも、「個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念」と記載されています。概念≠ニあるように人や機関によって考え方や重視する指標(物事を判断・評価するための目印)がさまざまなのが実態ですが、少なくともよい状態≠フ対象が身体のみならず精神、社会と幅広くとらえられているのは共通しているところです。 ウェルビーイングに関する調査は多い  それでは、ウェルビーイングの具体的な取組みにはどのようなものがあるかについて見ていきたいと思います。ウェルビーイングの取組みを調べると最も多く取り上げられるのは調査です。数多くの調査がありますが、ここでは代表的な調査について見ていきたいと思います。 @国を横断した調査 ・よりよい暮らし指標(BLI)・・・OECD※2による調査。住宅、所得、雇用、社会的つながり、教育、環境、市民参画、健康、主観的幸福、安全、ワークライフバランスの11項目で構成されている。 ・世界幸福度ランキング・・・SDSN※3が「World Happiness Report(世界幸福度報告書)」のなかで毎年発表しているランキング。一人あたりGDP、健康寿命、社会的関係性、自己決定感、寛容性、信頼感の6項目で構成されている。 A日本国内の調査 ・満足度・生活の質に関する調査報告・・・内閣府が日本の経済社会の構造を人々の満足度の観点から多面的に把握し、政策運営に活かしていくことを目的に調査。図表に記載のある多岐にわたる項目で毎年調査している。 ・地域幸福度(Well-being)指標・・・魅力溢れる新たな地域づくり(デジタル田園都市国家構想)の実現に向けて、市民の「暮らしやすさ」と「幸福感(Well-being)」を指標で数値化・可視化したもの。一般社団法人スマートシティ・インスティテュートが公表。  ウェルビーイングの調査で重要なのは、「客観指標」と「主観指標」の組み合わせといわれています(図表)。客観指標とは、同一項目の設問であればだれが見ても同じ結果となる数値基準です。主観指標とは、同一項目の設問であっても人によって感じ方が違うものです。ウェルビーイングでは個人がどの程度のよい状態≠ニ感じているかが重要なので、主観指標がより重視されます。例えば、世界幸福度ランキングでは、客観指標は、一人あたりGDPと健康寿命の2項目に対して、残り4項目は主観指標で構成されています。内閣府の調査でも図表の通り、主観満足度が上位の階層に位置づけられています。 調査実施以外には課題が多い  ウェルビーイングが広まるもととなったWHO憲章の効力発生は1948(昭和23)年ですが、少なくとも日本ではそれほど注目されていませんでした。しかし、2015(平成27)年に国連で採択されたSDGs※4の目標3にすべての人に健康と福祉を(GOOD HEALTH AND WELL-BEING)と掲げられたことから注目度が上がります。企業の社会的責任としてSDGsへの貢献をあげる企業が多いなかで、事業活動を通じたウェルビーイングの実現を経営目標に掲げる企業や、ウェルビーイングの一環として社員の健康維持管理のために健康経営※5や労働時間の短縮・休日増加など働き方改革を推進する企業、従業員満足度調査を実施し人事施策に活かすなど、具体的な実行に移している企業は多くあります。  一方で、社会全体ではどうかというと、まずウェルビーイングの認知度の低さが課題としてあげられます。内閣府が2023(令和5)年に行った調査※6によると、新たな価値観に関する調査として、SDGsとウェルビーイングへの関心に関する年代別回答があります。「知らなかった」という回答のうち「SDGsへの関心」が7.2%〜12.2%に対して、「ウェルビーイングへの関心」が34.8%〜44.8%とSDGsと比べてウェルビーイングはまだまだ知られていない状態です。  また、世界幸福度ランキングが公表されるたびに日本の順位(2024年は143カ国中51位。前年は137カ国中47位)から日本人の幸福度の低さが報道等で指摘されています。2023年に発表された成長戦略実行計画でも、新たな日常に向けた成長戦略の一環として、「国民がWell-being を実感できる社会の実現」が掲げられていますが、どのように対応してウェルビーイングの意識を上げていくかの対応は明確になっていない状況です。調査結果を活かした具体策の策定も今後の重要な課題といえます。 * * * *  次回は「出向・転籍」について解説します。 ※1 WHO憲章……すべての人々の健康を増進し保護するため互いにほかの国々と協力する目的で設立された機関(WHO〈世界保健機関(World Health Organization)〉)の基本的な原則・目的を記したもの ※2 OECD……経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development)は、よりよい暮らしのためのよりよい政策の構築に取り組む国際機関 ※3 SDSN……国際的な研究組織である持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(Sustainable Development Solutions Network) ※4 SDGs……持続可能な開発目標。「誰一人取り残さない」という理念のもと、「持続可能な世界を実現する」ことを目ざした、2030年を達成期限とする17のゴール、169のターゲット、および、その進展を評価するための指針を持つ包括的な目標 ※5 本連載第13回(2021年6月号)「健康経営」をご参照ください。https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202106/html5.html#page=55 ※6 「第6回 新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」2023年4月19日公表 図表 満足度・生活の質を表す指標群 〈第1層〉 全体的な生活満足度(総合主観満足度) 〈第2層〉分野別主観満足度 家計と資産 雇用と賃金 住宅 仕事と生活(ワークライフバランス) 健康状態 〈第3層〉客観指標群 可処分所得金額 金融資産残高 生産賃金 正規雇用数・不本意非正規雇用数 完全失業率・有効求人倍率 所得内給与額・最低賃金 延床面積 家賃地代 住宅保有率 実労働時間 長時間労働者割合(週49時間以上) 年次有給休暇取得率 平均寿命・健康寿命 糖尿病が強く疑われる者の割合・生活習慣病による死亡者数 運動習慣がある者の割合 ※このほかの分野別主観満足度の項目として、「あなた自身の教育水準・教育環境」、「交友関係やコミュニティなど社会とのつながり」、「生活を取り巻く空気や水などの自然環境」、「身の回りの安全」、「子育てのしやすさ」、「介護のしやすさ・されやすさ」がある。 出典:内閣府「満足度・生活の質に関する調査報告書2023年〜我が国のWell-being の動向」(2023年7月) 第47回 「出向・転籍」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。 出向・転籍は人事異動の一つ  今回は、出向・転籍について取り上げます。  出向・転籍は人事異動の一つです。人事異動とは、社員の所属する組織や地位、勤務条件などが変わることをいいます。  人事異動のうち、社員の所属する組織を変えるおもな行為が配置転換・出向・転籍です。このうちほぼすべての企業で行われるのが配置転換で、自社内において、勤務地や所属する部署・職務が変更となることをさします。一方で、自社以外の企業へ所属や職務が変わることが出向・転籍で、「社外への異動」というのが配置転換との違いになります。 出向は元の会社との雇用関係あり  それでは、出向と転籍について具体的にみていきたいと思います。まずは出向ですが、図表の〔出向〕にある通り、労働者が出向元企業(自社)と出向先企業(他社)と労働契約を結び、双方と雇用関係を持ちながら職務に従事することをいいます。労働者がもともと労働契約を結んでいる企業に在籍したまま他社の仕事をすることから在籍型出向とも呼ばれます。民法上では、労働契約の権利を使用者(雇用主)が第三者に譲り渡すことはできないとされていますが、本人の合意または就業規則に基づく異動命令※1により実施されることになります。  出向を実施するにあたり必要となるのが、出向元・出向先間で結ばれる出向契約です。出向契約で定めておくことが望ましい事項の代表的なものとして、出向期間、職務内容・職位・勤務場所、就業時間・休憩時間、休日・休暇、賃金・手当などの負担、社会保険・労働保険の扱い、福利厚生の扱い、人事考課の実施方法、途中解約の条件があげられます※2。このうち、就業時間・休憩時間、休日・休暇、安全配慮・労災保険などの就労にかかわる部分は出向先、解雇については出向元の就業規則に従います。賃金に関しては、出向元・出向先のいずれが給与を支払う窓口となるか、支給水準や各々の支払いの負担(出向負担金)をどうするかは両社の協議で定め、厚生年金・健康保険は賃金の支払窓口となる企業の適用、雇用保険は賃金負担の大きい企業の負担というのが基本的な考えとなります。 転籍は元の会社との雇用関係がなくなる  次に転籍ですが、図表の〔転籍〕をみると、転籍元と労働者間は雇用関係終了となり、転籍先と労働者間のみ雇用関係ありとなっています。このように、元の会社との労働契約を終了させ、転籍先と労働者間で新たに労働契約を結ぶことを転籍といいます。転籍元・転籍先・労働者間で結ぶ転籍契約に基づき、一定期間出向した後に、出向元企業との雇用契約を終了させると同時に、出向先企業との雇用契約を発生させるケースが多いことから転籍型出向と呼ばれることがあります。ただし、企業が保有する事業の一部または全部を他社に譲り渡す事業譲渡や、別会社に移転する会社譲渡にともなう転籍もあるため、転籍は出向と必ずしも一緒に行われるというわけではありません。  転籍における出向との大きな違いは、労働者の個別の合意なく企業の一方的な命令だけでは転籍させられない点にあります※3。また、出向契約に定めるような、労働条件や賃金などについての出向元・出向先どちらの規程に従うかといった別はなく、すべて転籍先の規程に従うことになります。ただし、転籍による労働者の処遇への影響が避けられないことから、転籍前の給与水準を維持する、退職金の支給や年次有給休暇の付与日数において、転籍前の勤務期間を通算するなどの個別の定めをするケースもみられます。 出向と転籍にはメリットも大きい  かつて大ヒットした銀行を舞台にした某ドラマで、出向や転籍だけはしたくないといったシーンがたびたびあったように、特に労働者側の立場からは、出向・転籍に対して消極的な印象が強いかと思います。たしかに、以前は人員数や人件費削減のためになかば強制的に子会社や関連会社に出向・転籍させ、同時に給与水準を引き下げるといった運用が多くみられたことは否めません。しかし、近年ではその状況は変わりつつあります。  例えば、2021年の「在籍型出向に関するアンケート結果について」※4をみると出向先での業務経験により知識・スキルが高まった、出向先での交流を通じて人的ネットワークが広がった、出向先での業務経験によりキャリアの選択肢が広がったというキャリア形成・能力開発に関するメリットを見出す労働者側の回答が目立ちます。ここでは転籍については触れられていませんが、出向先の業務が気に入って自ら転籍を希望するという事例は実際に耳にします。  また、人員数や人件費の調整ではなく、社内や企業グループ内でのキャリア形成を目的に、本人希望や公募を起点とした出向・転籍を実施する企業も増えています。このほか、人手不足のなか、社員が社外に転職する前に、社内の異なる仕事に目を向けてもらいリテンション(人材流出防止)を図ることを目的としたり、高度な専門的スキルを有する人材を本社等で採用し、一定期間従事後に子会社等に出向・転籍させることでグループ全体の専門レベルを引き上げる施策をとる企業も増えています。  多様な働き方が求められるなか、今後は出向・転籍もキャリアの幅を広げる機会ととらえられることが増えていくのではないでしょうか。  次は、「役員報酬」について取り上げます。 ※1 出向先での賃金・労働条件、出向の期間、復帰の仕方など就業規則や労働協約等によって労働者の利益に配慮して整備されている、また出向命令が使用者の権利の濫用ではないといった前提が必要 ※2 『在籍型出向「基本がわかる」ハンドブック(第2版)』(厚生労働省)。在籍型出向の詳しい解説や出向契約書の参考例あり ※3 会社分割による場合は、労働者の個別の合意なく、分割契約書の定めによる包括的同意のみで転籍可能とされている ※4 都道府県労働局にて産業雇用安定助成金の計画届を受理した出向元・出向先事業主および在籍型出向を経験した労働者に対して都道府県労働局が2021年8月に実施した調査 図表 出向・転籍 〔出向(在籍型出向)〕 出向契約 出向元 出向先 労働者 雇用関係 雇用関係 〔転籍(転籍型出向)〕 転籍契約 転籍元 転籍先 労働者 雇用関係の終了 雇用関係 出典:「出向等に関する参考資料」経済産業省北海道経済産業局、筆者一部加工 第48回 「役員報酬」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、役員報酬について取り上げます。 役員報酬には支払い方法の種類が複数ある  役員報酬とは、簡単にいうと「役員に求められる役割・業務遂行等に対する対価」のことです。役員とは、取締役・執行役・会計参与・監査役・理事・監事および清算人という幅広い対象者となります※1。ただし、役員の対象によって支払い条件に異なる部分があることや、対象者数として最も多いのが取締役であることから、本稿では取締役に対する報酬≠中心に解説していきます。  最初に、役員報酬の種類について押さえていきます。役員報酬は、毎月の給与に該当する基本報酬とあらかじめ設定した条件(利益目標の達成や成長率等)を達成することで支払われるインセンティブ、退職時に支給される退職慰労金に大別されます。基本報酬は原則、毎月一定額で支払われることから固定報酬、インセンティブは支払い有無や支払額が条件達成度合いで異なることから変動報酬と呼ぶこともあります。  ここまでだと従業員の給与・賞与・退職金の関係に近くイメージしやすいと思いますが、従業員の給与等にあまりみられない支払い方法として、非金銭報酬というものがあります。従業員の場合は労働基準法上、給与は現金で支払うことと定められ、役員報酬でも基本報酬は現金(金銭報酬)で支払われることが多いのですが、インセンティブについては、上場企業の場合は会社の業績・成長と株価の関連性が強いことから、自社株式の付与をもって報酬とする株式報酬(非金銭報酬)を用いるケースが多くみられます。 役員報酬には税法上の制約もある  従業員の場合には、労働基準法等に定められている事項を遵守すれば給与・賞与等は会社毎のペイポリシー(支払いに対する基本的な考え方)に従って自由に設計でき、支払額については原則、法人税法※2上の損金(経費)として算入(損金算入)できますが、役員報酬の場合には次のいずれかの支払い方法に該当しない場合には損金算入が認められない※3という制約があります。 @定期同額給与・・・1カ月以下の一定期間ごとに同額で支給するもの。 A事前確定届出給与・・・所定の時期に確定額の金銭または確定数の株式等を支給することを事前に定めた届出書を税務署に提出し、届け出た時期と金額通りに支給するもの。 B業績連動給与・・・業務執行役員※4に対して業績に連動して支給するもの。利益の状況や株式の市場価格の状況などを示す指標を基礎として、支給額の算定方法が客観的に定められ、有価証券報告書などにより開示されていることなどの条件を満たす必要がある(有価証券報告書等の開示が条件となるため実質的には上場企業にしか使えない)。  なお、役員報酬の支給額や算定方法については、定款または株主総会決議によって定め、定期同額給与額に変更がある場合は事業年度開始から3カ月以内に支払いを開始、事前確定届出給与を支払う場合は定められた期限内に税務署に届出をする必要があるなど(詳細は国税庁ホームページ等を参照)の報酬決定・支給プロセス面での制約もあります。  このように役員報酬の支払い方法にはさまざまな制約がありますが、決算を見越した過大・過小な支払いを認めてしまうと、利益や支払うべき税金が調整できてしまうからだといわれています。 近年の役員報酬の傾向  最後に、役員報酬の近年の傾向についてみていきましょう。まずは水準感ですが、規模別や役位(ポジション)別にいくつかの統計が存在します。しかし、役員の報酬に対して社外に開示したくないという意識の企業も多く、各統計とも回答母数が少ないのが実情です。比較的母数が多い(企業規模計・1123社)統計が図表の「令和5年民間企業における役員報酬(給与)調査」の結果で、ほかの統計の数値と比較しても乖離がないため、おおよそこのくらいの水準感と認識してよいと思います。  同統計の第5表(報酬月額の改定状況)をみると、2022(令和4)年に増額改定した企業は42.5%(減額改定6.9%)、2023年増額改定(予定を含む)は31.4%(減額改定〔予定を含む〕5.4%)という状況です。上場企業については1億円超の報酬額が支払われる役員については、個人名と支払額等を有価証券報告書等で開示するように企業内容等の開示に関する内閣府令で定められていますが、2023年3月期決算の公表では、対象者717人(東京商工リサーチ調べ)と開示人数が過去最多と話題になりました。これらのことから、役員報酬水準は増加傾向にあるといえます。  支払い方法については、上場企業を中心とした株式報酬の導入増加が傾向としてあげられます。日本企業の役員報酬の特徴として固定報酬の比率が高くインセンティブ部分が薄いため「攻めの経営」ができていないという指摘があり※5、かねてより年度利益に連動した賞与の導入など短期インセンティブの拡大を図る企業は多くありました。しかし、短期的な業績向上だけではなく、中長期的な企業価値の向上を見すえた経営を促進するための仕組みの整備も必要との方針が日本再興戦略(平成27〈2015〉年6月30日閣議決定)で打ち出され、以降、中長期インセンティブとして株式報酬を導入する会社は年々増加し、一般社団法人日本経済団体連合会によると2015年時点で592社だった導入企業は2023年7月1日時点で2321社と4倍近くになっています※6。  次回は、「裁量労働制」について取り上げます。 ※1 各々の役割・設置条件については、本連載第16回「役員」(2021年9月号)を参照 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202109/html5.html#page=52 ※2 法人税……法人の企業活動により得られる所得に対して課される税。法人の所得金額は、益金の額から損金の額を引いた金額となる ※3 役員報酬の損金算入が認められないと損金と認められる額が小さくなり、課税対象となる所得が大きくなる ※4 業務執行役員……会社内での担当業務の責任者等として遂行における中心的な役割をになう立場の者 ※5 「『攻めの経営』をうながす役員報酬〜企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引〜」(経済産業省・2023年3月時点版)に詳しく記載 ※6 「役員・従業員へのインセンティブ報酬制度の活用拡大に向けた提言」(一般社団法人日本経済団体連合会・2024年1月16日) 図表 企業規模別、役名別平均年間報酬 役名 役名 役名 役名 役名 役名 役名 役名 役名 役名 役名 会長 副会長 社長 副社長 専務 常務 専任取締役 部長等兼任 監査等委員 監査役 専任執行役員 万円 万円 万円 万円 万円 万円 万円 万円 万円 万円 万円 企業規模 全規模 6,391.1 5,821.5 5,196.8 4,494.4 3,246.9 2,480.0 2,086.6 1,746.2 2,054.0 1,694.9 2,368.9 3,000人以上 9,305.8 *7,579.4 8,602.6 6,008.8 4,545.0 3,354.8 2,990.8 1,968.6 2,965.4 2,692.9 3,469.0 1,000人以上3,000人未満 5,813.1 *6,205.7 5,275.6 3,947.9 3,343.6 2,464.2 2,100.3 1,743.3 1,810.5 1,657.5 2,156.9 500人以上1,000人未満 5,636.4 *3,062.6 4,225.5 3,510.6 2,543.4 2,154.4 1,836.6 1,707.7 1,587.4 1,326.8 1,701.6 「*」は、集計実人員が20人以下であることを示す。 出典:人事院「令和5年民間企業における役員報酬(給与)調査」2024(令和6)年2月29日掲載 https://www.jinji.go.jp/kouho_houdo/toukei/0321_yakuinhousyu/0321_yakuinhousyu_ichiran.html 第49回 「裁量労働制」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、裁量労働制について取り上げます。2024(令和6)年4月1日施行で、裁量労働制に関する厚生労働省令・大臣告示の改正があったため、その内容も含めて解説していきます。 定められた時間働いたとみなす$ァ度  裁量労働制とは、業務遂行の手段や時間配分などを大幅に労働者の裁量に委ねる制度です。「裁量」とは一般的には本人の考えや判断により実行に移すことをさします。  この制度が適用されると、実際に働いた時間にかかわらず、会社と労働者間で定めた時間分を働いたとみなす(実際にあったものとして扱う)ことになります。企業が定める就業時間である所定労働時間が8時間の場合、7時間しか働かないときは欠勤扱いになり1時間分の賃金は減少、9時間働いた場合は時間外労働となり1時間分の時間外手当を支給というのが基本的な労働時間と賃金の考え方です。一方、裁量労働制の場合、1日8時間働いたとするみなし時間を定めると、7時間働いても9時間働いても支払われる賃金は変わらないというのが原則です。  このことから、裁量労働制はみなし労働時間制の一部といわれています。ほかのみなし労働時間制に該当するものに事業場外みなし労働時間制がありますが、こちらは労働時間の全部または一部を事業場外での業務に従事した場合に労働時間の「算定」が困難な際に働いたとみなす制度なので、「裁量」による時間配分により働いたとみなす裁量労働制とは別物です。 裁量労働制の対象業務  裁量労働制を適用するには、「専門業務型裁量労働制」(以下、「専門型」)または「企画業務型裁量労働制」(以下、「企画型」)のいずれかの条件を満たす必要があります。この専門型か企画型かは、対象となる業務の違いです。まずは専門型ですが、高度な専門性を必要とする業務の性質上、業務遂行において本人の大幅な裁量があると想定される20の対象業務が厚生労働省令および大臣告示にて定められています(図表)。なお、図表の13「いわゆるM&Aアドバイザーの業務」については、冒頭で述べた令和6年施行の法改正により追加された業務です。次に企画型ですが、具体的な業務指定はなく、「事業の運営に関する事項についての業務」、「企画、立案、調査および分析の業務」、「業務遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務」、「業務遂行の手段および時間配分について、使用者が具体的な指示をしない業務」であることのすべてを満たした業務が対象とされています。一見、対象範囲が広そうにみえますが、実際にはこれらのすべてを満たす業務はかなり制限されるといわれています。 制度を遂行するときに注意すべき点  手続き面でも条件を満たさなければなりません。例えば、専門型の場合には、労使協定※1にて次の@〜Iを定め、労働基準監督署へ届け出る必要があります。「@制度の対象業務」、「Aみなし労働時間」、「B業務遂行の手段や時間配分に関し、使用者が適用労働者に具体的な指示をしないこと」、「C適用労働者の労働時間の状況に応じて実施する健康・福祉確保措置の具体的内容」、「D適用労働者からの苦情処理のために実施する措置の具体的内容」、「E制度の適用にあたって労働者本人の同意を得なければならないこと」、「F制度の適用に労働者が同意をしなかった場合に不利益な取扱いをしてはならないこと」、「G制度の適用に関する同意の撤回の手続」、「H労使協定の有効期間」、「I労働時間の状況等※2や、同意および同意の撤回の労働者ごとの記録を協定の有効期間中およびその期間満了後3年間保存すること」です。傍線部分が2024年改正での追加事項であり、労使協定の内容や制度の概要、適用される賃金・評価制度の内容、同意をしなかった場合の配置および処遇などを説明のうえ、本人の同意を得ることが必要とされました。  企画型の手続きについては、誌面の都合により割愛しますが、より厳しい条件となっています※3。 裁量労働制の適用状況  それでは、最後に裁量労働制の適用状況についてみていきたいと思います。厚生労働省の令和5年就労条件総合調査の概況をみると、みなし労働時間制を採用している企業が14.3%、うち専門型は2.1%、企画型は0.4%という状況です。10年前(2014年)の同調査のみなし労働時間制を採用している企業13.3%、うち専門型は3.1%、企画型は0.8%と比べても適用状況はほぼ変わっていません。  裁量労働制は、適切に運用すれば、近年の柔軟な働き方を推進する有効な手段です。2024年の法改正を機に、より適切な運用ができるように本稿で紹介した冊子※3や、厚生労働省ホームページを確認することをおすすめします。また、裁量労働制についてすでに労使協定を結んでいる場合でも、法改正に従って、追加事項を含めてあらためて協定を結び直す必要がありますので、忘れずに対応していただければと思います。 ****  次回は、「副業・兼業」について取り上げます。 ※1 労使協定……事業主と過半数労働組合、または労働者の過半数代表者間で労働条件について定めた書面 ※2 労働時間の状況等……正しくは「労働時間の状況、健康・福祉確保措置の実施状況、苦情処理措置の実施状況」 ※3 厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署が発行している『専門業務型裁量労働制の解説』、『企画業務型裁量労働制の解説』に対象業務や手続き、規程・協定書・説明書・同意書例などが詳しく記載されている 図表 A 専門業務型裁量労働制の対象となる業務は、次に掲げる業務です ※太字部分は令和6年4月1日から追加される業務です。 1 新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務 2 情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であってプログラムの設計の基本となるものをいう。7において同じ。)の分析又は設計の業務 3 新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送法(昭和25年法律第132号)第2条第28号に規定する放送番組(以下「放送番組」という。)の制作のための取材若しくは編集の業務 4 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務 5 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務 6 広告、宣伝等における商品等の内容、特長等に係る文章の案の考案の業務(いわゆるコピーライターの業務) 7 事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務(いわゆるシステムコンサルタントの業務) 8 建築物内における照明器具、家具等の配置に関する考案、表現又は助言の業務(いわゆるインテリアコーディネーターの業務) 9 ゲーム用ソフトウェアの創作の業務 10 有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務(いわゆる証券アナリストの業務) 11 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務 12 学校教育法(昭和22年法律第26号)に規定する大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る。) 13 銀行又は証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査又は分析及びこれに基づく合併及び買収に関する考案及び助言の業務(いわゆるM&Aアドバイザーの業務) 14 公認会計士の業務 15 弁護士の業務 16 建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務 17 不動産鑑定士の業務 18 弁理士の業務 19 税理士の業務 20 中小企業診断士の業務 出典:『専門業務型裁量労働制について』厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署 第50回 「副業・兼業」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、副業・兼業について取り上げます。 副業と兼業の各々の定義は多様  副業・兼業とは、読んで字のごとくで「二つ以上の仕事をかけ持ちすること」をいいます。このなかには複数の会社と雇用契約を結ぶことや、事業主として複数の会社の業務を請負や委任といった形で請け負うことなどさまざまな形態が想定されています。  しかし、よくみると“副業”と“兼業”という似たような言葉が並列になっていて、何が異なるのかと気になる方もいらっしゃるかと思います。この点についてはじつは明確ではなく、企業によって定義は多様で、政府が発行している資料でも使い分けているケースと分けていないケースがあります。区別する場合には、「副業=収入を得るためにたずさわる本業以外の仕事(本業がメイン業務、副業がサブ業務)」、「兼業=同程度の労働時間や労力をかけて行う複数の仕事(メイン業務・サブ業務の別なし)」がおおよその整理かと思います。また、両者の違いをあえて明確にしない複業と呼ぶケースもあります。しかし、これらの用語の違いが法律面や手続き面で特に影響しているわけではないため、同義として扱っても問題ないと考えられています(本稿でも特に区別はしません)。 時代によって変化する副業・兼業へのスタンス  かつては、企業が就業規則上で、副業・兼業を許可しないのが一般的でした。おもな理由としては、「過重労働になり、本業に支障を来す」、「知識や技術の漏洩が懸念される」、「人材の流出につながる」といった点があげられます。また、終身雇用の志向が強い雇用環境のなかで、副業・兼業自体に心理的な抵抗感が企業・従業員双方にあったことは想像に難くありません。  しかし、政府は2017(平成29)年3月の『働き方改革実行計画』の「5.柔軟な働き方がしやすい環境整備」のなかで、労働者の健康確保に留意しつつ、原則副業・兼業を認める方向で、副業・ 兼業を普及促進し、就業規則などで、合理的な理由なく副業・兼業を制限できないことをルールとして明確化する旨を掲げたことから、副業を認める会社が増えていくことになります。  この後、厚生労働省の『モデル就業規則』※1に副業・兼業を認める記載例を掲載したり、副業・兼業を認めるうえでの必要事項や労働時間の管理方法・雇用保険や厚生年金保険などの扱いなどを網羅した『副業・兼業の促進に関するガイドライン』※2を公表するなどして副業を促進していく環境を整えていきます。特に、副業・兼業時の労働時間の申告や通算方法、法定外労働の扱いがわかりにくいとされていましたが、このガイドラインで簡便な労働時間管理の方法(管理モデル)を示したことにより、副業・兼業の手続き上の負荷が減ったといわれています。  また、経営者の団体である一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)も働き手のエンゲージメントを高め、働き方改革フェーズUを推進するとして副業・兼業の促進を提言し※3、2023(令和5)年10月の第17回規制改革推進会議のなかでも岸田首相が、兼業・副業の円滑化をはじめとする雇用関係の制度の見直しに言及するなど、政府と企業側が副業・兼業を牽引していくという流れが近年明確になっています。 副業・兼業のメリットは大きい  このような流れにあわせて、副業・兼業従事者の数も増加傾向にあります。『令和4年就業構造基本調査』(総務省統計局)※4内に「副業がある者の推移―全国」というグラフがありますが、2012年には214.6万人だったのが、2017年245.1万人、2022年304.9万人と、特に2017年以降の伸びが大きくなっています。また、経団連が2022年10月に提示した『副業・兼業に関するアンケート調査結果』※5を参照すると社外で副業・兼業することを認めている企業は、従業員数100人未満企業で31.6%のところ5000人以上規模で66.7%と、企業規模が大きいほど認めている企業の割合が大きくなっています。  副業・兼業のメリットについて、従業員にとっては収入の増加や新たな知識・スキル習得、多様なキャリア形成、起業準備に役立つなどがあげられることが多いですが、企業にとってはどのようなメリットがあるのでしょうか。図表を参照すると複数の観点からの効果が示されています。特に「社内での新規事業創出やイノベーション促進」や「社外からの客観的な視点の確保」を目的に副業・兼業を認めている会社も多くあります。従来の日本企業のあり方では、ものの見方や考え方が当該企業の枠組内にとどまり、イノベーションが起きにくい、組織が停滞し環境変化に対応しにくいといった課題が発生しやすくなるため、副業・兼業の推進が解決策の一つになることが期待されているのです。  高齢者雇用・活躍推進の観点からも副業・兼業は有益です。副業・兼業を通じた知識・スキルの習得が、新たな業務・分野への挑戦や業務遂行能力の維持・向上を促進し、長く働き続けることへプラスの影響を与えます。「本業で従事していた企業を定年後に退職し、副業・兼業していた会社で働き続ける」、「副業・兼業でつちかったスキルや経験を活かし、その道の専門家としての業務委託契約を締結することで、就労機会の確保を実現する」、といった事例もしばしばみられるようになっています。  次回は、「エンゲージメント」について解説します。 ※1 モデル就業規則……https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/model/index.html ※2 副業・兼業の促進に関するガイドライン……https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000192188.html ※3 副業・兼業の促進 働き方改革フェーズUとエンゲージメント向上を目指して……https://www.keidanren.or.jp/policy/2021/090.html ※4 令和4年就業構造基本調査……https://www.stat.go.jp/data/shugyou/2022/index2.html ※5 副業・兼業に関するアンケート調査結果……https://www.keidanren.or.jp/journal/times/2022/1027_04.html 図表 社外からの受入:認めたことによる効果 人材の確保 53.3% 社内での新規事業創出やイノベーション促進 42.2% 社外からの客観的な視点の確保 35.6% 自社で活用できる他業種の知見・スキルの習得 24.4% 習得した他業種の知見・スキルの展開による生産性向上 17.8% 自社で活用できる人脈の獲得 17.8% 採用競争力の向上 4.4% 企業イメージの向上 4.4% 都市部の企業等との関係構築 0.0% 地方の企業等との関係構築 0.0% 社内風土の転換 0.0% その他 8.9% 特に効果は出ていない 4.4% ※該当する項目を上位3つまで選択する形式 ※社外からの副業・兼業人材の受入を認めている企業45社における比率 出典:『副業・兼業に関するアンケート調査結果』一般社団法人日本経済団体連合会、2022年10月11日