【表紙2】 高年齢者活躍企業フォーラム 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム アーカイブ配信のご案内 高齢者雇用に取り組む、事業主や人事担当者のみなさまへ  10月に東京で開催された「高年齢者活躍企業フォーラム(高年齢者活躍企業コンテスト表彰式)」、10月〜11月に開催された「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」の模様をアーカイブ配信します。  本年度は企業において高齢者の戦力化を図るために関心の高い「職場コミュニケーション」、「ウェルビーイング」、「キャリア・リスキリング」、「評価・賃金制度」をテーマとして開催しました。  各イベントの模様を、お手元の端末(パソコン、スマートフォンなど)でいつでもご覧いただけます。  学識経験者による講演、高齢者が活躍するための先進的な制度を設けている企業の事例発表・パネルディスカッションなどにより、高齢者が活躍できる環境整備の必要性や今後の高齢者雇用について考えるヒントがふんだんに詰まった最新イベントの様子を、ぜひご覧ください。 各回のプログラムの詳細については、当機構(JEED)ホームページをご覧ください。 https://www.jeed.go.jp/elderly/activity/index.html 視聴方法 JEEDホームページ(トップページ)から機構について→広報活動(メルマガ・啓発誌・各種資料等)→YouTube動画(JEED CHANNEL)→「イベント」からご視聴ください。 または jeed チャンネル 検索 https://youtube.com/@jeedchannel2135 お問合せ先 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)高齢者雇用推進・研究部 普及啓発課 TEL:043-297-9527 FAX:043-297-9550 https://www.jeed.go.jp/ 写真のキャプション 上:高年齢者活躍企業コンテスト表彰式の様子 下:シンポジウムの様子 【P1-4】 Leaders Talk リーダーズトーク No.103 若者流出で女性・高齢者が支える地域経済 若手社員との協業で労働生産性の向上を 青森公立大学経営経済学部教授 大矢奈美さん おおや・なみ 青森公立大学経営経済学部教授。専門は労働経済学、社会保障論で、失業問題や職業能力開発、労働市場および社会保障制度に関する実証分析などの研究を行っている。青森県男女共同参画審議会会長をはじめ、青森市シルバー人材センター評議員などを務めている。  少子高齢化の進展により、さまざまな業種・業界で人手不足が問題となっています。特に、地方においては、若者の都心部への流出などが続き、にない手不足は大きな課題となっており、それを埋める人材として高齢者が活躍しています。そこで地方における雇用情勢に詳しい、青森公立大学教授の大矢奈美さんに、地方における高齢者雇用の現状や課題について、お話をうかがいました。 避けられない若者の都心部への流出人手不足を高齢者が補う ―人口減少が進み、地方や地域の企業においても、にない手不足が深刻だといわれています。地方の企業が抱えている現状について教えてください。 大矢 青森県、岩手県、秋田県、山形県、宮城県の5県の2015(平成27)年から2020(令和2)年の雇用者数の増減を国勢調査で調べてみました。全国で見ると、男性の15〜59歳層の雇用者数の減少を、60〜74歳層の女性や男性の雇用者数増加がカバーするなど、全体的に雇用者数は増えています。東京都は15〜59歳層も含めてすべての年齢層で増加していますし、宮城県も60歳未満層は減少していますが、男女の高齢者がカバーし、雇用者数はプラスに転じています。  一方、残念ながら宮城県以外の4県は60歳未満層の減少を高齢者がカバーしているものの、雇用者数はかなり減少しています。その背景には若者の地元離れがあります。青森県だけを見ても18歳人口が急激に低下し、男女ともに大学進学と同時に県外に出ていってしまいます。若年労働力の流出をなんとか防ぎたいのですが、「雇用がない」、「魅力的な職場がない」、「賃金が安い」とよくいわれますし、親も「戻ってこい」とはいいにくい状況なのです。若者たちにとっても「地元に戻って、はたして生活できるだろうか」というジレンマを抱えているのが現状だと思います。 ―若者が出ていくというのは、きわめて深刻な事態です。 大矢 Uターンの実例はありますが、あまりうまくいっているとはいえません。「令和4年雇用動向調査」(厚生労働省)の欠員率※を見ると、やはり東北地方の欠員率が全国平均よりも高いのです。また、「労働力調査」(2022年・総務省)から2021年の65歳以上の産業別高齢者比率をとり、同時期の産業別欠員率との相関関係を調べたところ、相関係数は約0.55でした。つまり、欠員率が高い産業ほど高齢者が就業している割合が高い傾向にあり、欠員を高齢者が埋めているのではないかと推測されます。一方、「令和3年雇用動向調査」(厚生労働省)の都道府県別入職者に関する集計から求めた、いままで仕事をしたことがない19歳から24歳の未就職者が入職者に占める割合と、60歳以上の転職者が入職者に占める割合の相関係数はマイナス0.42です。単純な相関ですが若者の就職者が多い企業には高齢者の転職者が少ない傾向があるといえるでしょう。逆にいえば、若者が行かない企業・業界を高齢者が補っているという推測も成り立ちます。 ―高齢者が不可欠な労働力になっているということですが、地方で働く女性や高齢者の現状はどうなっているのでしょうか。 大矢 女性に関しては、例えば青森県の50歳以上の女性の就業率、有業率ともに全国平均よりやや高いという特徴があげられます。その背景には東北地方は他地域に比べて農業従事者が多く、女性の労働力も必要とされてきたことがあります。もう一つは「令和4年賃金構造基本統計調査」(厚生労働省)でも明らかですが、青森県をはじめ北東北地方は賃金水準が低く、収入を補うために働く女性が多いのではと考えられます。  また勤務先も100人未満の企業が中心で、5人未満の小規模零細企業も多いのです。「令和4年就業構造基本調査」(総務省)によると、これは全国平均ですが、5人未満の事業所に勤務する65歳以上の就業者の勤続年数は30年以上が半分以上を占めています。20年以上で見れば6割を超えるなど零細企業ほど長期勤続者の高齢者が多いというのが現状です。また国勢調査(2020年)の60歳以上の正規従業員の比率を見ると、北東北は男性も女性も東京都や全国に比べて正規比率が高い傾向にあります。例えば青森県の60〜69歳層の男性の正規比率は67.7%、70〜74歳層でも43.7%です。女性は同じ層で31.1%と20.6%ですが、これも全国平均よりも高い。その背景として中小・零細企業が多い地方では、若い人が採用できないので長く勤めてきた人を大事にし、65歳以上も正社員として働いているのではないかと推測されます。ワークシェアリングの活用により高齢者が長く働ける環境は実現できる ―東北地方では若者が県外に出ていく一方、高齢者が長く働き続けることで地場の企業を支えているという構図ですね。 大矢 慶應義塾大学の塾長を務めた清家(せいけ)篤(あつし)先生らの研究チームが1990年代に、「何が高齢者の就業を促進するのか」という実証分析をされています。そのなかで高齢者の就業をうながす要素として、「健康であること」、「高学歴であること」、「都市居住であること」の三つをあげています。都市部ではいろいろな仕事があり、働き方が多様で選択肢の幅が広いので、都市居住の高齢者は就業しやすいというのが理由です。しかし最近は違うのではないかと考えています。労働力不足が高まるなかで、若者の県外流出が進む現状において、むしろ地方に住んでいる高齢者の就業率が高くなる傾向に変わってきているのではないかと思っているのです。 ―ただ、高齢者にも限界があります。65歳、あるいは70歳を超えてもフルタイムで働くのはむずかしいのではないでしょうか。 大矢 そうですね。70代前半はがんばれても、70代後半になると身体的にもきつくなるし、通院のために休みたいということもあるでしょう。高齢者の雇用を推進するための一つの方法がワークシェアリングです。例えば、あるリフォーム関連の会社では、若者が採用できないだけではなく、高齢社員からは「もう年だから引退したい」といわれて困っていたそうです。そこで「1日8時間ではなく、3時間でも働けませんか」とお願いしたところ、複数の高齢社員から手があがり、1日の作業を引き継ぎながら、3人でこなすようにしたそうです。その方たちも家にいるより収入も得られ、なによりお客さまに「ありがとう」といってもらえるのがうれしいと好評だそうです。  一方で、地方が抱えている課題はほかにもあり、その一つが労働生産性の低さです。勤続年数が長く、60歳を超えてもいつまでも働ける、あるいは会社もそれで存続できるというのは、一見よいことに思われますが、それだけでは地方は発展しません。地方が伸びなければ日本全体も成長しませんし、国際競争力も落ち、所得水準も下がっていく一方です。 ―地方が成長していくためには、何が必要でしょうか。 大矢 やはり生産性を上げていくことです。そのためには、社会情勢の動きに合わせて最新のスキルの修得や多様な経験の蓄積などを行い、それを新しい発想に結びつけていく機会を提供していくことが必要です。しかし地方には教育訓練をしてくれる機関や多様な経験ができる機会が乏しい現状があります。例えば、先ほどのリフォーム関連会社のように、事業の継続を高齢者が支えつつ、そこで生まれた時間を使って、40代、50代の高齢期を迎える社員の学び直しやスキル修得のトレーニングをどうしていくかを、地方でも考えていく必要があるのではないでしょうか。 現在も残る男性優位≠フ状況を改善し女性も企業にとって重要な戦力である認識を ―大矢さんは、青森県男女共同参画審議会の会長も務められています。ジェンダー平等などの現状はいかがでしょうか。 大矢 青森県が実施した「令和2年度青森県男女共同参画に関する意識調査」で「家庭や職場などにおいて男女が平等だと思うか」を聞いています。家庭では43.1%が男性優位だと答えていますが、職場では56.8%が男性優位だと回答しています。若い世代になるほど「平等」という回答が増えるので、意識が変わってきているのだろうと思われますが、例えば農業関係の集まりに女性が行くと「なんで女がきた」といわれるとか、町内会長選挙でも「選ぶなら男性だよね」という暗黙の圧力があって、女性は立候補もできないという声も聞きます。家庭のなかでは平等でも、地域や職場で男性優位が続くかぎり、女性はなかなか昇進できませんし、男女の賃金格差も縮まりません。こうした意識を変え、女性の活躍の幅を広げることが労働力不足解消にもつながります。 ―働くことに対する高齢女性の価値観も多様です。長く働き続けたいと思う女性に企業はどう対応すべきでしょうか。 大矢 定年まで働き続けてきた女性のなかには、出産・育児などにより、それまでのキャリアを中断した経験がありながら、復帰後も強い決意を持って仕事をされてきた方もいると思います。その人たちが「今後も活躍したい」と思っているのであれば、その力を十分に活かせる環境を提供していくことが必要です。彼女たちのなかには家庭内の性別役割分業を抱えつつ、職場では「女性だから」といわれながら、柔軟にスキルを発揮してがんばってこられた方々もいるでしょう。持ち味の柔軟性を活かした活躍の場があるはずです。「家計を支えるのは男性だから定年後も雇わなければいけない」という発想ではなく、女性も企業にとって大事な戦力だという意識を持っていただきたいと思います。 (インタビュー/溝上憲文 撮影/中岡泰博) ※ 欠員率……常用労働者に対する未充足求人数の割合 【もくじ】 エルダー エルダー(elder)は、英語のoldの比較級で、”年長の人、目上の人、尊敬される人”などの意味がある。1979(昭和54)年、本誌発刊に際し、(財)高年齢者雇用開発協会初代会長・花村仁八郎氏により命名された。 ●表紙のイラスト 古瀬 稔(ふるせ・みのる) 2023 December No.529 特集 6 ミドル世代から始める生涯現役時代のキャリア研修 7 総論 “ポスト高齢者”であるミドル世代を取り巻く現状 株式会社日本総合研究所 創発戦略センター スペシャリスト 小島明子 11 解説 生涯現役に向けたミドル世代のためのキャリア研修のポイント 株式会社パソナ キャリアアセット事業本部 シニアコンサルタント 山下弘晃 15 事例@ 住友商事株式会社(東京都千代田区) キャリア開発プログラム受講を30代前半から義務づける 19 事例A 株式会社 明治(東京都中央区) 重要だが緊急ではなかったミドル世代のキャリア形成 研修、面談、リスキリングで先手を打って支援する 23 事例B 豊田合成株式会社(愛知県清須市) ミドル・ベテラン層への充実した施策からシニア層の働きがい創出につなげる 27 事例C 理研食品株式会社(宮城県多賀城市) 再雇用者の増加にともなう職場環境の変化にミドル社員向け動機づけ研修を実施し対応 31 ご案内 ミドル世代の戦力化、管理者のマネジメント力向上へ 「就業意識向上研修」をご活用ください 1 リーダーズトーク No.103 青森公立大学 経営経済学部 教授 大矢奈美さん 若者流出で女性・高齢者が支える地域経済 若手社員との協業で労働生産性の向上を 32 江戸から東京へ 第133回 テストされる町奉行(二) かげの革命支持者 水野忠之 作家 童門冬二 34 高齢者の職場探訪 北から、南から 第138回 大分県 公益社団法人あじむ農業公社 38 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは 第88回 日本環境マネジメント株式会社 プロパティマネジメント事業本部 運営管理部 温品正比朗さん(78歳) 40 多様な人材を活かす 心理的安全性の高い職場づくり 【第2回】言葉からつくる心理的安全性 原田将嗣 石井遼介 44 知っておきたい労働法Q&A《第67回》 産休・育休と職位の廃止、高度専門職との労働契約の終了 家永勲 48 新連載 “生涯現役”を支えるお仕事 【第1回】 「働くから元気になる」 高齢者のお仕事を支えるシニア営業マン 株式会社高齢社 営業部 営業第二グループ部長 高木章さん 50 いまさら聞けない人事用語辞典 第41回 「フリーランス」 吉岡利之 52 日本史にみる長寿食 vol.361 サケはトップクラスの長寿食 永山久夫 53 心に残る“あの作品”の高齢者 【第7回】 小説『姥ざかり』(著/田辺聖子 1981年) トレノケート株式会社 国家資格キャリアコンサルタント、産業カウンセラー 田中淳子 54 「令和6年度高年齢者活躍企業コンテスト」のご案内 56 BOOKS 58 ニュース ファイル 60 次号予告・編集後記 61 技を支える vol.334 緻密で正確な手作業でいにしえの柄を現代に再現 伊勢型紙彫刻師 宮ア正明さん 64 イキイキ働くための脳力アップトレーニング! [第78回]漢字・色の名前 篠原菊紀 【P6】 特集 ミドル世代から始める 生涯現役時代のキャリア研修  モチベーションの向上をうながす適切な評価・処遇制度、身体的負担を軽減するための作業環境の改善、さまざまな事情を抱えながらも働き続けられるための多様な勤務制度など、高齢者雇用の推進にあたっては、高齢社員それぞれの現状を把握し、課題解決を図っていくことが欠かせません。  一方で、役職定年や定年後再雇用の職責や役割の変化に対応し、高齢社員に活き活きと働き続けてもらうためには、シニア世代を迎える前からのキャリア支援が重要になるといわれています。定年直前にライフプラン研修を行う会社は以前から多くありましたが、近年では、40代・50代のミドル世代を対象としたキャリア研修を行う会社も増えてきています。  そこで今回は、数年〜数十年後を見すえた「ミドル世代のキャリア研修」に焦点をあて、そのポイントについて解説します。 【P7-10】 総論 “ポスト高齢者”であるミドル世代を取り巻く現状 株式会社日本総合研究所創発戦略センタースペシャリスト 小島(こじま)明子(あきこ) 1 はじめに  総務省「労働力調査」※によれば、1976(昭和51)年には就労者全体の約3割であった45歳以上の就業者の比率が、2021(令和3)年には約6割弱まで上昇しています。少子高齢化が進む日本社会においては、今後もこの比率は増えることが予想され、多くの職場において、若手よりも、中高年が高い比率を占める可能性があります。特に、いまの中高年世代は、総合職などで活躍をしている女性が少なく、管理職の多くは男性です。平均寿命も延びつつあるなか、多くの中高年男性は、役職定年や定年にともなって、キャリアの頭打ち感に悩む人は少なくありません。本稿では、中高年男性が抱える悩みや不安とその要因とともに、中高年世代を活性化させることの意義について、2022年に公表した株式会社日本総合研究所「東京圏で働く高学歴中高年男性の意識と生活実態に関するアンケート調査結果(報告)」(以下、「日本総合研究所の調査」)をもとに解説します。 2 中高年男性の労働価値観の実状  日本総合研究所の調査は、2019年に民間企業かつ東京都内のオフィスに勤務し、東京圏に所在する四年制の大学あるいは大学院を卒業した45歳から64歳の中高年男性を対象に行いました。そのなかで、就業継続に関する意思決定に影響を与える労働価値観について調査をしています。  一般に、就業継続にあたっては、仕事に対する本人の考え方が影響すると考えられます。具体的には、「働くことによって得られる便益」と「働くことにともなう費用」を天秤にかけ、便益が費用を上回れば就業を行うという意思決定がくだされると考えられます。ただし、便益、費用ともその考え方は個人によって異なる主観的なものと考えられます。「働くことによって得られる便益」は、働くことによって得られる給与所得や会社における安定的な地位の確保といった“外的報酬”と、仕事を通じて得られる自己成長や仕事そのもののおもしろさ・楽しさといった“内的報酬”に大別することができます。「働くことにともなう費用」は、仕事をすることによってあきらめなければならないプライベートや家族との時間といった時間に関するものに加え、仕事によって負わなければならない精神的なストレスや肉体的な疲労といったものが含まれます。これをまとめると、「働くことにともなう費用」は、“ハードワークに対する許容度合い”といい換えることができます。  前述した内容をまとめると、就業継続に関する意思決定には、「外的報酬に対する欲求」、「内的報酬に対する欲求」、「ハードワークに対する許容度合い」の三つの要素により構成される「労働価値観」が総合的に影響していると考えられます。  日本総合研究所の調査によれば、中高年男性の労働価値観に関する九つの質問に対する回答結果から、おもに四つの特徴が明らかになりました(図表1・2)。 @「外的報酬に対する欲求」に関して、出世・昇進といった役職に対する欲求は必ずしも強くないが、より高い報酬を得たいという欲求は強い傾向にあること A「内的報酬に対する欲求」は、外的報酬に対する欲求と比べて総じて強いこと B「内的報酬に対する欲求」は、就職活動時点からアンケート回答時点まで、その分布に大きな変化はみられないこと C就職活動時点では、ハードワークを許容できると考えている男性がそうでない男性より多いが、アンケート回答時点においては、「ハードワークに対する許容度合い」が大きく低下し、ハードワークを許容できると考える男性がそうでない男性よりも少なくなること  これらのことから、ある程度高い報酬は求めており、年齢を経ても仕事のやりがいや成長意欲は高いが、体力的な衰えなどからハードワークはむずかしいという中高年男性の人物像が浮かびあがります。一般的には、役職定年や定年を迎えた中高年男性は、仕事への意欲が低いととらえられることは少なくありません。ハードワークがむずかしい中高年男性が増えるという点からは、そのような誤解を与えてしまうことがあるかもしれませんが、じつは、中高年男性自身は、仕事を通じた意欲は高いことが示されているのです。同調査では、現在の職場環境に対する満足度についても調査を行っているのですが、「仕事を通じて自分の能力やスキルが活かせている」と回答した中高年男性は約4割にとどまっています。中高年男性自身は、自己成長や仕事のやりがいを求める意欲は高くても、職場ではその意欲が十分活かされていない可能性があり、新たな活躍のあり方を検討していくことが求められます。  しかし、前述した調査に基づくと、全体の65.8%が「勤務先において、キャリアに関する研修や相談のいずれの機会もなく、今後も予定はない」と回答しています。近年は、キャリア研修などを行う企業が増えていますが、若手に比べると、中高年は優先順位が低くなってしまうのが現実です。一方、キャリアに関する研修や相談機会を得られた男性に、その効果について聞くと、「自分のキャリアを考えることの重要性を認識できた」が51.1%と最も高く、「ワークライフバランスを考える必要性を感じた」、「老後に必要な資産や生活設計について学べた」、「自分の強みと弱みなど自己分析できた」と続いています。定年が視野に入ってきた男性を対象に、キャリア研修や相談の場を設けることは、今後のキャリアを整理していくうえでも重要です。中高年男性の活躍をうながすためには、勤め先内外を問わず、キャリア研修やキャリアに関する相談機会を提供できる環境づくりが必要だと考えます。 3 中高年男性が抱える再就職への不安  「中高年男性の労働価値観の実状」では、仕事への意欲は高いものの、職場環境でモチベーションが活かされておらず、キャリア研修やキャリアの相談ができる機会も少ないことを述べました。そのような状況において、中高年男性のなかには、自分がより活躍できる場を求めて、環境を変えるために定年後再就職をしたいと考える人も出てくることが想像されます。日本総合研究所の調査では、中高年男性が再就職してもよいと考える職種としては、一般事務・サポートが圧倒的に多く、介護や保育の職種に再就職してもよいと考える男性は5%未満であることが明らかになっています。  一般事務・サポートの仕事は、どの世代でも非常に人気があり、高齢になってから、中途で採用されるのは容易ではありません。今後もニーズがある仕事としては、介護や保育といった分野があげられますが、中高年男性のそれらの分野への再就職に対する関心は低く、再就職市場の需要と中高年男性側の希望とのミスマッチが存在しているといえます。実際、調査のなかでも、大企業に所属している人ほど、定年後の再就職に関して、スキルのミスマッチで再就職がうまくいかないのではないかと不安を抱える男性が増える傾向がみられています。  一方、中小企業・NPOなどへの再就職を希望する中高年男性は全体で約7割に上り、中小企業の人手不足状況をふまえれば、中小企業への再就職という選択肢は現実的です。しかし、中小企業では、少ない人数で、さまざまな仕事をこなさなければならないケースも多く、マルチタスクができる能力が求められます。大企業で働くことに慣れている中高年男性においては、再就職後のミスマッチを減らすために、中小企業・NPOなどでの副業・兼業を通じて、現場を知ることが必要だと考えます。 4 中高年男性の活躍に寄与する副業・兼業  日本総合研究所の調査によれば、副業・兼業に対して賛成している中高年男性は、「非常に賛成している」(23.9%)、「やや賛成している」(53.5%)を合わせ、約8割にのぼり、多くの男性が賛成していることが明らかになっています。副業に賛成する理由としては、「収入確保の手段の多様化につながる」(48.1%)が最も多く、「今まで培ってきた専門性を活かせる」(46.2%)、「新たな人間関係の構築につながる」(28.3%)と続いています。自由記述のなかでは、「年功序列が崩れて給料が下がるのは仕方がないが、生活を維持するために副業を認めてほしい」、「複数の仕事をこなして、それぞれ充実した意味のある人生にしたい」といった意見もあり、現状の働き方を改善するために、副業・兼業に新たな活路を見いだしたいという様子がうかがえます。  また、副業・兼業を希望する男性のうち、約半数は給与が削減されても副業・兼業を利用したいと考えており、副業・兼業を行うことによる給与減額の許容割合として、最も多いのが「0%〜10%未満」(38.8%)、続いて「10%〜20%未満」(25.1%)、「20%〜30%未満」(18.6%)です(図表3・4)。定年後に、新たな就職先を探すのは容易ではありませんが、中高年男性のなかには、将来のセカンドキャリアの道が開ける人もいると考えます。企業側にとっても、中高年男性が副業・兼業にチャレンジすれば、新たに獲得したスキルやネットワークが本業に還元されることが期待できます。  さらに、副業・兼業先は、必ずしも企業だけとはかぎりません。2022年10月には、「労働者協同組合法」が施行されました。この法律は、「協同労働」の理念を持つ団体のうち、同法の要件を満たす団体を「労働者協同組合」として法人格を与えるとともに、その設立、管理などの必要事項を定める法律です。「協同労働」とは、働く人が自ら出資し、事業の運営にかかわりながら事業に従事する働き方です。組合員はみんなフラットな関係性で、組合の「出資」、「経営」、「労働」のすべてをになえます。地域社会で必要とされる仕事をすることが中心になっていますので、地域課題の解決に貢献できるやりがいを味わったり、地域のなかで豊かな人間関係を広げていったりすることもできます。いままでのスキルをベースに、労働者協同組合で副業・兼業をするという働き方は、中高年男性の活躍につながるのではないでしょうか。 5 おわりに  本稿では、「“ポスト高齢者”であるミドル世代を取り巻く現状」として、東京圏の高学歴中高年男性の労働価値観の現状をふまえて、仕事への意欲が活かされていないこと、再就職への不安、副業・兼業を通じた施策について述べました。中高年世代の働く意欲を活かしていくためには、キャリア研修およびキャリアに関する相談機会の提供や、副業・兼業の解禁をはじめとした多様な働き方の選択肢を増やしていくことが必要だと考えます。さらに、今後は、世の中の女性活躍推進の流れを受けて、定年まで勤める女性も徐々に増えることが予想されますので、それらの施策は、中高年女性の活躍をうながすうえでも重要だといえます。  一方で、個々人に目を向ければ、だれもが平等に歳をとり、歳をとれば自分を変えることはむずかしくなります。そのため、中高年からは自分を変えようとするのではなく、「深化」と「進化」に注力することが大切だと考えます。これまでの経験や価値観、感性など、自分がいま持っているものに焦点をあてて深化させつつ、同時に、それを活かす場や手法を広げることによって、活躍の場を広げていくのです。世の中には「自分を変えよう」というメッセージに溢れている感がありますが、高齢になったら、あえて自分を無理に変えようとせず、この二つの軸を同時に進めてみてはいかがでしょうか。 ※ https://www.stat.go.jp/data/roudou/index.html 図表1 労働価値観に関する質問に対する回答分析(就職活動時点) n=1,662 全くそう思わなかった そう思わなかった どちらでもない そう思っていた 強くそう思っていた 外的報酬に対する欲求 出世・昇進のために働くことが重要だ 8.4% 24.3% 33.9% 25.2% 8.2% 終身雇用を前提とした組織に勤めることが重要だ 4.9% 14.1% 34.2% 33.0% 13.8% より高い報酬を得るために働くことが重要だ(給与の他諸手当、福利厚生含む) 2.7% 10.8% 31.7% 40.4% 14.4% 内的報酬に対する欲求 自分の能力やスキルを活かすために働くことが重要だ 2.6% 7.2% 30.4% 43.0% 16.7% 興味・好奇心を追求して働くことが重要だ 3.0% 8.4% 30.8% 42.0% 15.8% 自己成長のために働くことが重要だ 2.6% 7.2% 32.3% 41.3% 16.7% ハードワークに対する許容度合い やりたい仕事であれば、仕事以外の時間が削られても仕方がない 3.9% 11.6% 35.2% 36.2% 13.1% やりたい仕事であれば、体力的にきつくても仕方がない 3.4% 12.5% 33.5% 38.5% 12.1% やりたい仕事であれば、精神的にきつくても仕方がない 4.5% 14.3% 34.8% 36.2% 10.2% 出典:株式会社日本総合研究所「東京圏で働く高学歴中高年男性の意識と生活実態に関するアンケート調査結果(報告)」 図表2 労働価値観に関する質問に対する回答分析(アンケート回答時点) n=1,662 全くそう思わない そう思わない どちらでもない そう思う強く そう思う 外的報酬に対する欲求 出世・昇進のために働くことが重要だ 12.6% 28.4% 37.4% 19.6% 2.0% 終身雇用を前提とした組織に勤めることが重要だ 7.1% 21.1% 42.4% 25.0% 4.4% より高い報酬を得るために働くことが重要だ(給与の他諸手当、福利厚生含む) 3.3% 12.0% 41.6% 37.4% 5.7% 内的報酬に対する欲求 自分の能力やスキルを活かすために働くことが重要だ 2.4% 7.5% 34.4% 46.3% 9.4% 興味・好奇心を追求して働くことが重要だ 2.8% 7.3% 38.9% 43.8% 7.2% 自己成長のために働くことが重要だ 2.4% 7.5% 34.4% 46.3% 9.4% ハードワークに対する許容度合い やりたい仕事であれば、仕事以外の時間が削られても仕方がない 7.3% 20.9% 41.9% 26.9% 2.9% やりたい仕事であれば、体力的にきつくても仕方がない 7.9% 22.5% 42.2% 25.0% 2.3% やりたい仕事であれば、精神的にきつくても仕方がない 10.2% 24.2% 41.4% 21.8% 2.5% 出典:株式会社日本総合研究所「東京圏で働く高学歴中高年男性の意識と生活実態に関するアンケート調査結果(報告)」 図表3 副業・兼業を希望する日数・時間(給与が削減されるという前提) n=1,794 関心があり、週1日程度は副業・兼業を行いたい 24.7% 関心があり、週2日程度は副業・兼業を行いたい 19.7% 関心があり、週3日程度は副業・兼業を行いたい 6.0% 関心があり、業務時間以外の時間(退社後や休日)を使って副業・兼業を行いたい 15.9% 副業・兼業を行うことに関心はない 33.6% 出典:株式会社日本総合研究所「東京圏で働く高学歴中高年男性の意識と生活実態に関するアンケート調査結果(報告)」 図表4 副業・兼業を行うことによる給与減額の許容割合 n=1,191 0%〜10%未満 38.8% 10%〜20%未満 25.1% 20%〜30%未満 18.6% 30%〜40%未満 6.8% 40%〜50%未満 3.4% 50%〜60%未満 2.4% 60%超 5.0% 出典:株式会社日本総合研究所「東京圏で働く高学歴中高年男性の意識と生活実態に関するアンケート調査結果(報告)」 【P11-14】 解説 生涯現役に向けたミドル世代のためのキャリア研修のポイント 株式会社パソナキャリアアセット事業本部シニアコンサルタント 山下(やました)弘晃(ひろあき) 1 はじめに  企業が取り組んでいるキャリア形成のための人事施策のなかで、キャリア研修はつねに上位にランクされ、多くの企業で長く実施されています(図表1)。また、各企業がキャリア研修後に実施するアンケートでも研修に対する評価は10点満点で8〜9点と高得点で、自由記述の欄にも「キャリアを考える重要性が理解できた」などの前向きなコメントが多く書かれています。しかし、なぜ多くの企業が社員のキャリア自律に苦労しているのでしょうか。  本稿では、人生100年時代、生涯現役時代に向けた動きのなかで、企業が具体的な効果を出すことができるキャリア研修について考えていきたいと思います。 ※昨今、体験・越境を通じてキャリアに“気づき”を与えるプログラムも多くなっていますが、本稿では従来からある座学型の研修について考察します。 2 これまでのキャリア研修  キャリア研修は市場環境の変化や企業の状況などにより、いろいろなバリエーションがありますが、基本形としては「過去をふり返り、自分自身を見つめ直し、本当にやりたいことを見つけ、将来をイメージする」流れになっています。ただ昨今の環境変化、社員の多様性を考えると、考慮しなければならない点がいくつか見えてきます。 ・黄昏(たそがれ)感が漂う研修内容  将来の夢、価値観、ファイナンシャルプラン(退職金や将来の年金)という内容が続くと、受講者は「私ももうこんな年齢になったんだ…」という黄昏を感じてしまいます。「がんばろう」と思った方がキャリア研修に出たことで逆に「モチベーションが下がった」という調査結果を目にしたこともあります。 ・プライバシーに関する内容  多くの場合、同じ会社の、同年代の方が集まって研修を行っています。また人事の担当者もグループワークの様子をうかがったりしているなかでは、なかなか本当のことを語るのがむずかしい環境です。多様な働き方・生き方が広がるなかで、まだ子どもが小さい方、独身の方、ご両親の介護中の方など、参加者の状況もさまざまで、その背景にあるお金、家族、病気というキャリアに大きな影響を与える重要なことに触れられないまま研修が進んでしまうこともあるでしょう。 ・かぎられた時間  多くの企業で行われているキャリア研修は1日、もしくは2日の終日型です。参加者は、日ごろからキャリアを考えてはいない方が多く、また研修内容や進行にも不慣れなため、受講者は講師の進行に流されるようなイメージ(講義→個人ワーク5分→グループ討議10分→全体共有、をくり返し、最後に計画書を書いて終了など)を持たれているのではないでしょうか。このような流れのなかで納得感のある計画を立てることはむずかしく、またそのように立てた計画であるため、研修後に読み返されることが少ないのかもしれません。 3 これからのキャリア研修  ミドル世代の社員も、黄昏れるのではなく、さらにキャリア自律度を高め、より会社に貢献することが求められる時代です。社員のキャリア自律度は「きっかけ」→「自己理解」→「主体的行動」→「挑戦」というステップをふみながら高めていくのが一般的ですが、主体的な行動(具体的な行動変容)につなげるには図表2の右図のような大きな壁がそびえたっているのではないでしょうか。受講者に大きな気づきを与え、しっかりとフォローし、いかに多くの方がキャリア自律の階段を上がることができるか、これまでに述べた課題に対してどのようなポイントが重要になるかについて、まとめていきます。 ・リスキリング(学び直し)  環境の変化、技術の進歩が加速するなか、会社の変化・成長に対応し、いままで以上に貢献できる社員が求められると思います。従来の研修にもあったWill/Can/Must(キャリアデザインのフレームワーク)はもちろん重要ですが、より具体化することが求められています。  例えば、これまでは「ポータブルスキル」、「テクニカルスキル」という考え方があることを理解するに留まっていましたが、これからは各自がどのようなスキルを所持しているのか、できるかぎり具体的にリストアップ(スキルの因数分解)し、そのスキルを環境変化(「少子化」、「DX化」のような抽象的な表現ではなく、各自が所属する組織・企業の5年後、10年後の変化)と照らし合わせ、その結果「スキルアップが必要」、「陳腐化する」と評価されたスキルについては具体的な“学び”、“学び直し”のプランを立て、今後のキャリアプランに盛り込んでいくことが重要になってきます。また、これからは兼業や越境という形で、在籍しながら社外で自身のスキルを活かす機会も増えることでしょう。棚卸ししたスキルが自社でしか使えないものではないか、社外で求められるスキル、さらには将来会社を離れて社会に貢献するときに期待されるスキルと照らし合わせた際にどうなのか、ということも検証することが重要です。  将来にわたって社会や組織に貢献し続ける現実的な計画をつくり、実行していくことで、“社会人としての集大成”、“人生の集大成”を成し遂げるモチベーションにつなげることもできます。 ・キャリア研修前の準備  かぎられた時間のなかで行われるキャリア研修をより有効で有意義なものにするためには、事前にキャリアへの意識を高め、研修の内容について理解を深めたうえで、当日に向けた準備をしっかり行うことが重要です。  一つの方法として、キャリア研修のダイジェスト版(60〜120分)を動画で提供する方法があります。この動画を研修受講者が事前に見ることで、研修の内容や重要性を理解し、当日までに意識を高めることもできます。多くのキャリア研修では事前課題を課していますが、このような動画があることで、課題のねらいや意味を理解したうえで課題に取り組むことができるようになります。  また研修はある特定の年齢の社員を対象に実施することが多いと思いますが、このような動画を視聴できる環境を用意することで、研修受講対象年齢ではない社員にもキャリアを考えるきっかけを提供することが可能です。 ・研修後のフォローアップ(キャリア相談)  プライバシーがしっかり守られているなかで、キャリア研修のフォローアップができる環境を用意することは重要です。このような環境を用意することで、研修のなかでは語れなかった重要なことについて、さまざまな考え方や助言を得ることができます。社員によっては「人事に知られたくない」、「社内の人には話したくない」という思いを持っています。相談相手としても「社員カウンセラー」、「人事カウンセラー」、「社外カウンセラー」とさまざまな選択肢を用意することで、相談内容に合わせたサポートを提供することができます。  このフォローアップ(キャリア相談)を継続的に行うことで、研修中につくった計画書をさらによいものにしていくことも可能です。 ・上司向けキャリア支援  キャリアを考える風土をつくっていくことは非常に大きなテーマだと思いますが、まずその一歩として、一番身近にいる上司によるキャリア支援が重要です。多くの上司の方は、これまでキャリア支援を受けたことがないケースが多く、そのような方に「部下のキャリア支援をしてください」、「部下とキャリア面談を行ってください」という仕組みをつくったとしても何をしたらよいのかわからない、というのが本音だと思います。  例えば、前述のキャリア研修のダイジェスト版の動画を見ることで、少なくともキャリア研修ではどのようなことを行っているのかを知ることができます。これまではキャリア研修から戻ってきた社員に何と声をかけたらよいのかわからなかった上司も、「〇〇さんのWillについて何か見えた?」といった会話を始めることが可能です。  上司自身に、一度キャリア相談を受けてもらうことも一案です。実際に相談にのってもらうことで、キャリア相談の雰囲気や流れを把握することができます。またキャリア相談の時間を長めに設定し、前半は上司自身のキャリア相談を行い、後半ではこれからキャリア面談を行う部下を事例にして、プロのキャリアカウンセラーからどのようにキャリア面談を進めたらよいかなどの助言をもらうことも有益です。  もちろん、上司の方にはこのような体験だけではなく、理論としてもキャリア面談の重要性について理解していただく必要があります。コミュニケーション、傾聴の重要性、仕事の意味づけなど、キャリア面談の場だけではなく組織の長として必要なスキルを学ぶことが重要です。 ・女性社員向けの支援  1986(昭和61)年に男女雇用機会均等法が施行され、定年を迎える女性がどんどん増えていく時代となっています。これまではミドル世代=男性というイメージでしたが、今後大きく変わっていきます。女性のための取組みはもちろん、男性のライフプランも多様化しているなか、これまでの男性中心のファイナンシャルプランや働く時間の例示、仕事ベースのライフラインチャートを使った自己理解など、研修内容をいま一度見直してみる必要があると感じます(図表3)。 4 おわりに  これからのキャリア研修は、単なる一時的な気づきの場から、持続的な成長をサポートする施策群の一つにシフトしていく必要があります。  人生100年時代、キーワードは“社内−社外−社会”です。社内で活躍し、また越境や兼業で社外でも活躍し、そして将来は社会にも貢献できるようなキャリアを支援していく「きっかけ」となるキャリア研修を行うことも、人的資本経営の時代に求められる“個の成長と企業の成長”の実現につながると思っています。 図表1 キャリアプランやライフプランを考える研修について ◆これらの研修を実施しているか? n=107 実施している 71% 実施していない 27% わからない 2% ◆どの年齢層を対象にしているか?(複数回答) n=107 30歳未満 30歳以上、40歳未満 40歳以上、45歳未満 45歳以上、50歳未満 50歳以上、55歳未満 55歳以上、60歳未満 60歳以上 出典:日本CHO協会「ミドル・シニアのキャリア自律」に関するアンケート結果(2022年2月) 図表2 キャリア自律に向けたステップ キャリア自律に向けたステップ(理想) 時間 きっかけ作り 自己理解 主体的行動 挑戦 会社依存のキャリア ・単線型 ・終身雇用 自律したキャリア ・多様な働き方 ・学び直し キャリア自律に向けたステップ(人事、社員の実感) 時間 きっかけ作り 自己理解 主体的行動 挑戦 会社依存のキャリア ・単線型 ・終身雇用 自律したキャリア ・多様な働き方 ・学び直し 図表3 50歳以上の女性社員へのキャリア支援について ◆これから特に必要になると考える取り組み(複数選択) 自社としての、シニア層に対するキャリア支援方針の明確化 45件 継続雇用を前提とした、モチベーション向上のためのプログラム 41件 セカンドキャリアに関する研修 39件 個別のキャリアカウンセリング・キャリアコンサルティング 38件 スキルアップ研修やリスキリング研修 37件 年齢に関係なく、昇進や新しい仕事に抜擢する機会 26件 ロールモデルとなる女性社員の紹介 20件 50歳以上の女性社員が中心となって活躍できる社内職務開発・職場開発 18件 50歳以上の女性社員を対象としたライフプランやマネープラン研修 15件 50歳以上の女性社員を対象とした健康推進施策 15件 出典:日本CHO協会「50歳以上の女性社員へのキャリア支援」に関するアンケート結果(2022年) 【P15-18】 事例1 住友商事株式会社(東京都千代田区) キャリア開発プログラム受講を30代前半から義務づける プレシニアのキャリアデザインを支援  住友商事株式会社は、日本国内20カ所、海外109カ所に事業所をもつ総合商社。同社グループは、国内・海外の地域組織が連携し、グローバルに幅広い産業分野で事業活動を展開している。2019(令和元)年に、同社は創立100周年を迎え、新たな100年に向けてふみ出している。  同社では、50歳から65歳までをシニア、45歳から50歳までをプレシニアと呼んでいる。従来、おもにシニアを対象にキャリアデザインセミナーなどのキャリア開発支援を行ってきたが、ここ数年はプレシニアをターゲットとしたプログラムを導入するなど、より早い時期からのキャリアデザインをうながす施策に力を入れている。  対象年齢を引き下げた理由について、キャリアデザイン担当の茂木(もてぎ)敏男(としお)人事部部長代理は、「VUCA(ブーカ)の時代、そして人生100年の時代に、50歳からキャリアを考えるのでは遅すぎる」と語る。  VUCAとは、Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった語で、前例や過去の成功例に基づいたやり方では通用しない社会に突入していることを意味する。  「想定外のことがいつでも起こりうる時代。しかも65歳で完全退職したとして、その後30年以上も生きる時代を迎えています。シニアになったからといって安住の地が約束されるわけではなく、つねにキャリアについて考え、学び続け、自らをアップデートしていくことが求められます。そのような姿勢の重要性に、シニアになる前から気づく必要があります」(茂木人事部部長代理)  同社ではおもにプレシニアからシニアを対象として、さまざまなキャリア開発支援の取組みを展開している。まず、それらの背景となる、同社におけるシニアの状況について概観する。 会社に依存し、現状に満足するシニア  プレシニアの社員数は約560人、シニアは約1520人。プレシニアとシニアで社員全体の4割を占めている。定年は60歳で、65歳までの嘱託再雇用制度があり、シニアの数は今後も増え続けていくという。  それが引き起こす問題の一つは、新陳代謝が遅れることだ。会社が、増えるシニアをただ抱え続ける余裕はないので、人材活用のため、少し無理をしてでもポジションを用意せざるを得ない。それは、適材適所を困難にする要因となり、配置の新陳代謝の機会を狭め、組織の活力を低下させるリスクを高める。  もう一つは、職能資格制度を長く運用してきたため、職務ではなく能力の高さで報酬を決める運用が残っており、職務と報酬のバランスが取れていないシニアが多くなることである。職務の価値に比べて高い報酬を支払い続けると、会社は高コスト体質に陥る。  このような問題意識を会社は以前から持っており、人事制度の改定などの手を打ってきたが、2019年に行った従業員意識調査で、シニアにおいて自律的なキャリア意識が低いという結果が現れた。  「シニアの半分以上が、会社にキャリアを依存しており、『自分のキャリアを決めるのは会社だ』と思っているシニアが多かったのです。その一方で、従業員満足度はシニアが一番高かったのです。満足度が高いのは悪いことではありませんが、キャリア自律意識の低さと合わせて考えると、シニアが現状に甘んじている傾向が強いと思われるような調査結果でした」(茂木人事部部長代理)  こうした実態を受け、2021年には人事制度の改定を、2022年には嘱託再雇用制度の改定を行った。人事制度改定では、「職能資格制度」を「職務等級制度」に変更。職務等級が上がらなければ、その職務で経験を積んでも、基本的に報酬は変わらず、職務等級は職務昇進がなければ上がらない。つまり、年功で昇格や昇給する余地のあった制度から、定年までずっと同じ処遇のこともありうる制度に変わった。このことは、「仕事やポジションは会社から与えられるもの」という意識から、「自分のキャリアは自分で考え形成していくもの」という意識への変革をうながす契機となった。 対話型のキャリア開発プログラムを導入  この人事制度の改定と合わせて、キャリア施策についても、社員に強いメッセージを発信した。その一つは、自律的なキャリアデザインの意識を持つよう求めたこと。二つ目に自らの知見・スキル・知識をつねにアップデートし、そのことによりエンプロイアビリティを高めることをうながした。ここでいうエンプロイアビリティとは、他社に雇われる能力というより、どんな組織でも自分の力をフルに発揮できる能力をさしている。  ただ、先に見たように、特にシニアではキャリア自律意識が低い傾向にあった。そのためメッセージを出すだけではなく、会社として社員のキャリア自律を支援するためのいくつかの施策を「キャリア自律開発支援パッケージ」と名づけてリリースした。 ●キャリアデザインセミナー  プレシニアとシニア、すなわち45歳以上を対象とした「キャリアデザインセミナー」は、1回90分のオンライン形式で行う。キャリアデザインの考え方、リスキリング(学び直し)の方法、キャリアプランとして多様な選択肢があることへの気づき、定年後を見すえたマネープランなど、テーマを毎回設定して、講義と質疑応答を行う。  キャリアデザインセミナーなど「キャリア自律開発支援パッケージ」の一部を担当する加来(かく)依子(よりこ)人事部課長代理は次のように説明を加える。「初年度の2021年は年間5回実施しましたが、年々回数が増え、今年度は7回になりました。任意参加で、初年度の参加者は多くても100人前後でしたが、今年度は200人や300人を超える回もあります。リピーターが多く、シニア世代の15%ほどが毎回申し込んでいます」 ●SBCキャリア開発プログラム  2022年度から、30代(30〜35歳)・40代(40〜45歳)・50代(50〜55歳)を対象に、一方通行の講義だけでなく、グループセッションや講師との対話も取り入れた研修プログラムを導入した(オンライン形式で実施)。名称は「SBCキャリア開発プログラム」で、SBCは住商ビジネスカレッジの略称である。SBCでは同社のOFF-JT研修を体系的に企画・提供しており、キャリア開発プログラムはその一環として位置づけられている。  「それぞれ該当する年齢になったら早めにとうながして、受講を義務づけています。キャリアデザインセミナーは動機づけや情報提供が中心ですが、このプログラムでは、参加者同士で話し合ったり、間を空けて2日目を設定しふり返る機会を設けたり、研修の効果が受講後も持続し、行動変容につながるよう、組み立てを工夫しています」(加来人事部課長代理)  研修のねらいは、30代・40代では、自身のキャリアをふり返ることを通じて、将来のありたい姿を明確化させ、今後どのようなスキル・経験が必要かを考えること、50代では、60歳以降の働き方について早期にイメージを持ち、自身のキャリアや組織内での役割を考え、これまでに蓄積したキャリア資本のアップデートを図ることとしている(図表)。 コンサルタントが1年間伴走して個人を支援  そして、「キャリア自律開発支援パッケージ」の一つとして、2021年には50歳以上を対象とした「ネクストキャリア支援サービス」をスタートさせた。これは、希望するシニアに、外部のキャリアコンサルタントがネクストキャリアを考えるための伴走者としてガイドをするもの。  50歳からは早期退職制度の対象となるが、このプログラムは退職を前提としていない。本人が希望し、上司の承認を得ることで、業務と両立しながらサービスを受けることができる。費用は会社負担だ。  自分のキャリアの棚卸しから始まり、強みの発見、目ざすキャリアの明確化、必要な学び直しの内容、多様な選択肢への気づきなど、具体的な内容は個別にカスタマイズされ、キャリアコンサルタントから1年間、継続的にコーチングを受ける。その結果、転職や独立起業に向かうことがあってもよいし、会社に残ってもよい。このように1年間キャリアを考えたうえで会社に残る選択をした人は、以前よりも職務エンゲージメントや組織エンゲージメントが高まっているはずなので、会社にとっても上司にとっても、歓迎すべきことだ。  これまでに20人のシニアがこのサービスを受けたが、離職・転職したのは1人だけで、それ以外は同社に残っているという。 定期的なキャリア面談で上司と対話  研修以外にも、社員の自律的キャリア開発を支援する制度を設けている。その一つが「キャリアアセスメント面談」だ。  業務と結びついた目標設定面談やパフォーマンスレビュー面談とは別に、年1回、上司との間でキャリアアセスメント面談を行っている。  本人は、「キャリアアセスメントシート」に、職務経歴やこれまでの職務成果、現在アサインされている職務についての認識、今後の希望、習得すべきスキル・知識といった、キャリアの棚卸しとプランについて、あらかじめ記入して面談に臨む。45歳以上になると、定年後のキャリアプランも書き込む。  このシートにしっかり書き込めるかどうかが自律的キャリアデザインの第一歩であり、翌年以降は、記入した内容をふり返り、その都度更新していく。そのための「シートの書き方セミナー」も実施している。  一方で、上司の面談スキルや、部下のキャリア開発を支援するマインドも、面談の成功のためには重要なポイントとなる。  「管理職の責任は、業績を上げるだけではありません。部下のキャリア形成を支援することも、重要な役割です」(茂木人事部部長代理)  上司は、部下自身が望むキャリアを目ざすために、具体的に手助けできる知識や権限を持っているとはかぎらない。上司に必要なのは、部下の思いを傾聴し、適切にフィードバックし、伴走するマインドとスキルを持つことだ。部下が年上であれば、さらに強くその姿勢が求められる。そこで、上司向けにキャリア面談のスキルを向上させる研修も実施している。  「キャリアデザインは対話がカギです。自らのキャリアビジョンを語り、他者からフィードバックを受けることで、単なる思い込みや願望ではない具体的なプランが描けるようになります。そういうコミュニケーションがあたり前のようにできる組織風土を目ざしています」(茂木人事部部長代理) キャリア支援は価値を創造する社員を育てる  「キャリア自律開発支援パッケージ」の施策のなかに、社外交流プログラムや、社外越境体験プログラムがある。社外交流プログラムでは、例えば小規模な地方自治体と期限を決めて交流し、地域課題を議論し、その解決策を提言する活動を行っている。地方行政と大企業では、仕事の文化が大きく異なる面もあるため、交流を通じて互いに有益な刺激が得られるという。プログラムに参加したシニアからは、「いままであたり前と思っていたスキルの発揮が、自治体職員から賞賛され、自分の強みをあらためて認識した」などの声があり、キャリア面での気づきの効果に手応えを感じている。  ほかにも、兼業・副業容認基準の緩和や、社外キャリアコンサルタントへの相談窓口設置、人材紹介会社に登録して求人情報を得られる求人開拓マッチング支援など、多様なメニューを揃えている。  社員のキャリア開発支援のために、会社はなぜここまで手厚い施策を用意するのか。もはや生涯雇用を約束できない時代であることを、社員に理解させるためなのか。茂木人事部部長代理にたずねた。  「たしかに、その現実を社員に伝えることは、会社の責任です。しかし、真のねらいは別にあります。社員には、目の前の仕事に埋没するのではなく、つねに視野を広く持ち、時代の変化に合わせて知見やスキルをアップデートしてほしい。そういう社員になって新しい価値を創造しないと、会社の存続・成長は望めません。若手・中堅のみならず、シニアもその価値創造のにない手になってほしい。それが、キャリア自律を重視する会社としての思いです」 〈図表〉キャリア開発プログラムの目的・ねらいと内容 ●30代(30-35歳)・40代(40-45歳) 《研修目的・ねらい》 ・自身のキャリアをふり返ることを通じて、将来のありたい姿を明確化させ、今後どのようなスキル・経験が必要かを理解・行動する。 ・実践期間のふり返りを行うことで、日常的にキャリアを考える一助とする。 《プログラム》 Day1:13:00〜17:30 @自分らしさを発見/表現する(モチベーション・価値観の把握) Aケーススタディ(キャリア戦略考察) Bキャリア戦略シェアと会社資産の客観視 C周りとの関係性、組織のキャリア機会を探る Day2:10:00〜11:30 実践期間のふり返り ●50代(50-55歳) 《研修目的・ねらい》 ・60歳以降の働き方について早期にイメージを持ち、自身のキャリアや組織内での自身の役割を考える。 ・また、これまでのキャリア資本をふり返り、今後どのようにアップデートを図るかを考える。 《プログラム》9:30〜17:00 @ライフシフトの重要性を認識する Aモチベーションの源を知る B価値観(Will)を棚卸しする Cライフシフトビジョン(Will)を描く D強み(Can)を棚卸しし、更なる強化を考える Eベテランの役割/立ち位置/スタンスを考える F自己PR力を高めるためのヒントを学ぶ G今後のアクションプランを考える 資料提供:住友商事株式会社 写真のキャプション 人事部の茂木敏男部長代理(右)と加来依子課長代理(左) 【P19-22】 事例2 株式会社明治(東京都中央区) 重要だが緊急ではなかったミドル世代のキャリア形成研修、面談、リスキリングで先手を打って支援する これから先の100年を見すえたサステナビリティビジョンを策定  日本人なら、だれもが一度は口にしたことがあるであろう、お菓子や乳製品などの製造を行っている大手食品メーカー、株式会社明治。2016(平成28)年にグループ創立100周年を迎え、創業以来つちかってきた明治グループの企業価値をさらに発展させていくべく、「明治グループサステナビリティ2026ビジョン」を掲げ、社会課題の解決に向けた人財の育成に取り組んでいる。  同社では、2022(令和4)年より、50代社員を対象とした「キャリアデザイン研修」と「キャリアデザイン面談」を実施し、リスキリング支援を行うなど、ミドル世代を活性化させる取組みを推進している。  同社のミドルのキャリア開発支援について、実務を担当している人財開発部D&I推進グループの齋藤(さいとう)明敏(あきとし)専任課長と人財開発グループの上田(うえだ)五郎(ごろう)専任課長にお話をうかがった。 全国のミドル世代400人以上を対象にオンライン研修  同社では、2021年から全社員の個性が輝き、多様な人財の融合から大きなイノベーションの創出を目ざし、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)プロジェクト「DIAMONDプロジェクト」を推進しているが、その一環としてほぼ同時にスタートしたのが、キャリアデザイン研修とそれに続くキャリアデザイン面談だ。  「第一回のキャリアデザイン研修は2022年10月に実施したのですが、それ以前からキャリア開発支援に関しては社内で課題として共通認識がありました。その大前提として、『スキルや意欲のあるシニアに社内で活き活きと活躍してほしい』という願いがあり、実際にキャリア開発支援に関するタスクチームが立ち上がったのが2021年の秋になります。その第一歩として、ミドル世代である50代の社員へのキャリア開発支援を行う、という流れができました」と齋藤専任課長はふり返る。  企画開始当初はコロナ禍のため対面での実施はむずかしく、研修もそれに続く面談もすべてオンラインで行われた。北海道から沖縄県、さらには海外を含め遠隔地にある拠点を同時につないで実施できるというメリットを活かし、当時55〜58歳までの社員400人以上を対象に、生産性も高く効率よく実施することが可能となったという。同社では今後もフルオンラインでこの取組みを継続していく予定だ。  セミナーの対象者は管理職と一般社員の二つに分けられ、管理職は3時間半の研修を3回、一般社員は3時間半1回で完結する。  「60歳以降になって仕事上のギャップが特に大きいのが、やはり管理職です。時間をかけて手厚く取り組むために3回行いました。まずは自分のこれまでのバックボーンを一回ふり返って、『自分がどんな仕事をしてきたのか』、『どんなことが好きだったのか』、『本当にやりたいことは何だったのか』ということを思い出してもらうことからスタートし、最後に『60歳を超えた自分が社内外で活き活きと活躍するためにはどうしたらよいか』というアクションプランを各人が立てるまで支援をするという内容です」(上田専任課長)  企画内容は、同社ですでに実績のある外部講師からの提案を、齋藤専任課長や上田専任課長を含む実務担当チームを中心として、ブラッシュアップして決定していった。 自身のキャリアをふり返り言語化する  実際のセミナーは、「60代の自分は何をしていたいか」から逆算し、そのために「いまの自分は、どんなことに手をつけたらよいのだろうか」という自省や、あるいはグループミーティングで「こういう道もある」、「ここだけは譲れない」ということをほかのメンバーから聞くことで、気づきをうながすなどのステップをふんで進められた。こうして各自がキャリアの棚卸しを行い、キャリア・アンカーを見いだしていくことを支援するのだが、「受講者のほとんどは、これまでキャリアについて考えてこなかったため、自分の思いを言語化することに苦労している人が多かった」と上田専任課長は語る。  「齋藤さんや私を含めてですが、ミドル世代にとって自分自身のキャリアプランというのは『重要だけれど緊急ではない案件』なので先延ばしにしていたのだと思います。ただ50代になると徐々に緊急度合が増してくるので、やはりこのタイミングで一度自身のキャリアと向き合うということは必要なことだったと思います」  研修は一方的な講義とならないよう配慮され、グループミーティングなども活用しながら、お互いに対話を通して、新たな気づきがあればそれを取り入れたり、逆に他者への気づきも与えられるよう、各自の自律性を重視した内容となっている。「そうすることで、より深く自分を理解でき、自分の将来についても明確にすることができたと思います」と齋藤専任課長は自律的なキャリア支援の効果を語る。  また、受講者は同世代ではあるものの、ふだんは会話する機会がない部署の社員同士となるケースが多い。今回の研修でグループミーティングを通して関係が深まり、セミナー以降も交流を続けるなど、社内コミュニケーションが活性化するという副次的な効果もあったという。 キャリアデザインの答えは社員自身の中にある  研修後に行われるキャリアデザイン面談は、人事部と人財開発部が一体となって、管理職も含めて15人で担当した。オンラインによる1on1方式で、1回30分。担当者1人につき30人から50人程度と面談したことになる。齋藤専任課長自身も2022年度は約50人と面談したという。  「研修の記憶が薄れないうちにスピード感を持って行うため、研修が終わった1カ月後に面談を始められるように計画しました。2022年は研修が一番早く終わったのが12月でしたので、面談は2023年1月から開始しました」と齋藤専任課長。最後の研修が2月中旬に終わり、最終的には3月末までに対象者全員の面談を終了することができた。  面談の基本は傾聴であり、研修で作成したアクションプランを実現するとしたら、それに向けて「何を」、「どう着手していくのか」、「いまどの程度進めようとしているのか」など、担当者と被面談者との間の対話を通じてキャリア形成をうながしていくきっかけづくりが主眼となっている。  アクションプランには個人情報も含まれるため、面談では秘密を保持したうえで、被面談者から情報を共有された場合にかぎり、「では具体的にどこから始めますか?」、「そのために何が必要だと思いますか?」など、対話を通じて内省をうながしていく。  「30分という短い時間なので、『こんな感じで自分のキャリアを考えていこうかな』という小さな契機になってくれれば、と思っています。答えは私たちが持っているのではなく、ご自身のなかにあるのです。例えば同じ立場の人でも、志向は異なります。そういった部分をふまえ、自分のなかにある答えを見いだすお手伝いをすることがわれわれの役割です」と齋藤専任課長は、面談における傾聴の重要性を強調する。 面談をきっかけにキャリア相談へとつなげる  キャリアデザイン研修・面談に対する社内での評判はおおむね良好であった。  まったくキャリアについて考えたことがなかったり、自身のキャリアをふり返った経験のなかったりする社員たちから、「研修と面談を受けて、自分のいままでのことやこれからやっていきたいことが、より言語化できてわかりやすくなった」といった声や「何をしたいか、すべきかを考えられるよいきっかけになった」という声が聞かれたという。  「このキャリアデザイン支援で、漠然としていたものがある程度見えてきた方が多いのだと思います。もちろんはっきりと見えるに越したことはありませんが、やはり最初のステップですので、そこに気づいていただくことが重要でした」(齋藤専任課長)  こうした結果を受けて、同社では2023年4月から、50代以上の社員を対象としたキャリア相談窓口を設置。キャリアデザイン面談でキャリアについての相談をしてきた社員のために、さらに手厚く支援するための体制も整え始めている。 リスキリングを充実させ学ぶ機会を創出  キャリアデザイン研修・面談を通じて導き出されたライフプラン、キャリアプランを実現するために必要となるのがリスキリング(学び直し)だが、同社ではどのような支援がなされているのだろうか。  「社内での研修ラインナップをお伝えしたり、自己啓発を行いたい社員には、会社で取りまとめて、外部の通信教育会社に申込みをするなどで対応しています。決まった期間内に修了した社員には、一定の割合で会社が費用を負担する制度なども設けています」(上田専任課長)  もちろんこれも本人の希望が優先であるが、キャリアデザイン面談中の話の流れによっては「こういった研修をおすすめしますがどうですか?」と具体的な講座を示す場合もあるそうだ。  このように面談のなかでも具体的なリスキリングの内容や、会社が準備している教育支援サービスなどを説明することで、社外セミナーの受講者における50代社員の構成比が、2022年と比べて今年は約2倍になるなど一定の成果を上げている。  同社が現在紹介している講座数は通信教育で約300種類あり、通信教育ではそれなりの期間を拘束されるため伸び率は小さいが、最近はeラーニングや、手軽な動画学習などの比較的ハードルが低くすきま時間で学べるコンテンツの申込者が増加しているという。  人気の講座は語学関連だが、ミドル世代ではデジタルスキルを習得したいという意欲も高い。  「私たちの世代はデスクに電話機があって、その横にメモ帳があったころに入社してきました。そのため1人にパソコン一台という時代になっても、どうしてもパソコンと距離を置いてしまい、若いときにパソコンをやらなかった人たちが管理職になり、いまは部下や若い後輩などにパソコンが必要な業務を頼んでいる状態が考えられます。しかし、再雇用になって立場が変わるとこれを自分でやらなければならない。そうなったときのために、いまのうちにパソコンスキルを身につけておきたいというニーズは大きいのだと思います」(齋藤専任課長)  同社では今後、デジタルスキルの向上だけでなくコーチングスキルなどのリスキリングについても幅広く支援していく予定だという。 しなやかに自分のキャリアを考える社会を目ざして  同社では現在、53〜55歳の社員470人を対象に、次のキャリア開発支援を進めており、最終的には50代になったすべての正社員が支援を受けられるようにしたいという考えを持っているという。そこでお2人にキャリア開発に関する今後の展望を聞いた。  「ミドル世代になって、『いままでこの仕事をしてきたので、このまま60歳以降も経験を活かして同じ仕事を!』とうまくいけばよいのですが、そうではないときに苦労をするのは社員自身ですし、家族や、会社にとっても不幸です。『いまは必要ない』と思っている方にも、研修を通じて『こういうことを学んでみようかな』と気づいていただけるような内容へ充実させていきたいと思います」と、上田専任課長は研修のさらなるブラッシュアップを目ざしている。  「リスキリングによってできることを増やすことも大切ですが、『つねに新しいことに挑戦し続ける』という意欲を持ったミドル世代を増やしたいと思います。若い世代の人たちから見たときに、何も挑戦しないミドルと、『やったけどだめだった。次はこれをやってみるよ』と話すミドルがいたとして、どっちを見てこの会社に残りたい、この会社でがんばりたいと思うかです。その先にシニアが活き活きと活躍する会社があり、そういった環境のなかでこそ若手も活き活きと働けるのではないでしょうか」と、齋藤専任課長は、シニア世代に技術や知識の伝承を期待するのはもちろん、プラスアルファとして新しいことに試行錯誤して挑戦していく姿勢を求めている。  そのうえで、「活き活きと働いてもらうことが、本人はもちろん、会社にとっても社会にとっても必要なことですので、自律性を持って自分のキャリアを決定できるような支援をしていきたい。特にこれからは仕事と介護の両立や、仕事と病気の治療の両立が必要になる方も増えてくると思います。そういう場面に直面したときも、『自分にとって最適な選択は何なのか』ということを自律的に、しなやかに考えられるような支援を今後もしていきたいです。また、当社内だけでなく『それがあたり前』という社会になればよいと思います」と今後を見すえている。 写真のキャプション 人財開発部D&I推進グループの齋藤明敏専任課長(左)、人財開発部人財開発グループの上田五郎専任課長(右) 【P23-26】 事例3 豊田合成(とよだごうせい)株式会社(愛知県清須(きよす)市) ミドル・ベテラン層への充実した施策からシニア層の働きがい創出につなげる 社員の働きがい向上に向けさまざまな施策を展開  豊田合成株式会社は、愛知県の尾張(おわり)地方に位置するトヨタグループの高分子系部品メーカー。ゴム・樹脂を材料とする自動車部品の開発から製造・販売までを手がけている。トヨタ自動車工業株式会社のゴム研究部門が独立し、国華(こっか)工業株式会社名古屋工場を経て、1949(昭和24)年6月に名古屋ゴム株式会社として創業。その後、1973年に豊田合成株式会社に改称した。  創業から70年以上の歴史を持ち、2001(平成13)年ごろから、海外拠点数・売上げが増加。2023(令和5)年10月現在、世界16の国と地域で事業を展開しており、63のグループ会社がある。従業員数は全世界で約4万人、海外売上げ比率は55%となっている。  そのような同社の事業活動を支える基盤となっているのが、社員の「働きがい」である。しかし、2018年に同社の労働組合が組合員5795人を対象に「働きがいアンケート」を行ったところ(有効回答数5340件、92.1%)、特に"仕事のやりがい・成長感"が、前回調査(2016年)より低下していることが明らかになったという。そこで同社では、従業員のさらなる働きがい向上に向けた取組みを推進している。  2019年には、職場ヒアリングを通して明らかとなった「シニア・若手・監督者」の課題について、労使で継続的な議論をスタート。それを受けて2020年に「働きがいプラス委員会」を発足した(図表1)。  同委員会では、幅広い部署からメンバーを募り、@シニア、A若手/中堅、B監督者の分科会を設置。各分科会において議論・検討をしながら、現場の「生の声」を吸い上げたところ、@では、賃金・賞与水準への不満、チャレンジできる役割・環境、体力・健康維持などが顕在化、Aでは、キャリア目標達成度、能力の十分な発揮、知識・情報の共有・活用、Bでは、役割分担があいまい、年長者とのコミュニケーションの取り方、部下指導とハラスメントの区分、などが課題としてあげられた。その解決のため、部門横断の取組みを展開している(図表2)。 シニア層の働きがい向上に向けミドル世代向け支援の充実を図る  シニア層の働きがい向上に向けた取組みの一環として、同社では2022年4月より定年年齢を60歳から65歳へ引き上げた。現在、社員の高齢化が進行しており、2030年には60代社員が1000人を超え、従業員の3人に1人が55歳以上という状況を迎えることが予測されている。会社の持続的成長のためにも、シニア層のいっそうの活躍促進は不可欠といえる。梅田(うめだ)雅史(まさし)人事部長は次のように話す。  「シニア層がより働きがいを持って活躍できる環境整備の推進のため、当社ではさまざまな施策に取り組んでいます。とりわけ、シニア期を控えたミドル・ベテラン層に対する施策は、シニア期の働きがい推進の視点からみても、重要なポイントです」  そこで同社では40代、50代のミドル・ベテラン層を対象に、「キャリア」と「ライフ」の二つの視点から研修を開催し、働きがいを持ってシニア層へ移行してもらうための支援に取り組んでいる(図表3)。  キャリア支援の取組みでは、45歳の社員を対象に、「定年まで折り返し地点にすぎないからこそ継続的にモチベーション高く働き続けることの意識づけ」をねらいとした研修を行っている。  45歳研修は事技職※を対象とし、グループワークを多く設け、他者との意見交換のなかで気づきを得てもらう内容となっている。職場を離れた環境で同世代社員との対話のなかで、自分の目ざすべき方向を再認識し、さらにモチベーションを高めたり、他者の価値観に触れることで、気づきを得られる研修となっている。研修終了後には、フォローアップのためのアンケートを行い、自分は何がしたいか、実現したいことは何かを意味する「WILL」、自分は何ができるかを意味する「CAN」、何を求められているか、するべきことは何かを意味する「MUST」について、改めて考える機会を設けている(図表4)。  55歳研修は、事技職および製造現場の社員全員が対象。はじめに自分自身が人生やキャリアのどこにいるのかを24時間の時間軸で例えて考えることで、55歳ではまだゴールが先にあること、キャリアの後半は主体的・自律的に考えて行動することが必要とされる時代になっていることを理解してもらう。そしてグループワークを通して「ベテラン社員が活き活き働く」ための課題や思い(出世や報酬といった外的キャリア志向から、社会や他者への貢献欲求などの内的キャリア志向が強まることなど)を共有する。そのうえで、現時点での「WILL」、「CAN」、「MUST」を考え、今後「新たな領域」で組織に貢献・活躍していくための課題の洗い出しを行い、「やりがい」をふまえた目標を設定し「行動変革」を宣言する内容となっている。  同社でミドル世代向けの研修を担当している、人事部労政室の岩瀬(いわせ)恵理子(えりこ)チームリーダーは、55歳研修を実施するうえでのポイントを次のように話す。  「55歳では、65歳の定年までまだ10年もあるなか、働きがいを高めるように気持ちを向けてほしいと考えています。『技能伝承』や『後進育成』はベテラン層にしかできないことであり、ベテランだからこそ持っている豊富な知見や経験を頼りにしていること、周囲から『いつもありがとう』と感謝されるような人になってほしいことを伝えていくことを意識しています」 65歳定年制の制度設計のためのおもな四つの取組み  このように、同社ではシニア期の活躍推進に向けミドル期からの手厚い施策を展開しているが、そもそも65歳定年制を導入する制度設計のコンセプトとして、60歳以降も変わらぬ能力発揮・活躍を期待し、59歳以前の人事制度を適用した仕組みとなっている。60歳以降の処遇率は国家公務員と同水準を確保しており、安心・活躍・伝承の担保を図っている(図表5)。  シニア層の活躍支援に向けた取組みとしては、@士気向上、A健康・体力向上、B職場環境整備、Cセカンドライフに向けた資産形成、があげられる。  まず@については、上司へのマネジメント教育に取り組んでいる。人事部人事室の白田(しらた)敏之(としゆき)グループリーダーは次のように話す。  「シニア層の方に活躍していただくための上司へのマネジメント教育のほか、年3回の自己申告面談での対話充実、適材適所での配置を推進しています。上司・本人間で想いや希望を共有することが第一歩ですし、技能伝承など自分の役割を果たしたいという方にもっと報いていきたいと考えています」  Aでは健康教育の実施があげられる。40代以降の社員を対象に、定年延長にともなう健康維持・管理に対して啓発活動を行っており、高脂質・高血圧リスクへの対応として、例えば日常生活でできる体操の習慣化を奨励している。また、40代以降は有給休暇扱いで無料で人間ドックの受診が可能であり、生活習慣を見直すきっかけづくりと病気の早期発見につなげている。  Bについては、さまざまな取組みが各現場で行われている。例えば、ゴムの端材を活用し、製造現場にゴムマットを敷いて体への負荷がかからないような工夫を行っている。そのほか、自動化によるスマートファクトリーの推進など、グローバルな取組みとして、工場における負担軽減に向けた取組みを展開している。  Cでは、資産形成をテーマとした研修を、入社時、40歳、55歳それぞれの年代に応じたカリキュラムで実施している。55歳研修では、対象となる社員の配偶者も参加することができる。現状の資産、将来必要な資産、支出をシミュレーションし、安心して老後を過ごすための情報提供を行っている。同時に、さまざまな社内制度の活用について知ってもらう機会にもなっている。 ウェルビーイングな働き方を実現するために  65歳定年制の導入にあたっては、同社が2022年から取り入れた「ウェルビーイング」の考え方が反映されている。ウェルビーイングは、「よい(Well)」と「状態(Being)」からなる言葉で、厚生労働省が2019年に公表した「雇用政策研究会報告書」では、「個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念」であると定義されており、心身の健康状態だけではなく、キャリアや人間関係などさまざまな領域において、没頭したり前向きな感情を抱いたりすることが、ウェルビーイングな状態を高めていくことにつながる。  同社は、「シニア層が自身のありたい姿を目ざし続け、安心できる居場所づくりは会社の責務」(梅田人事部長)であるとし、65歳定年制の導入、ミドル世代向けのキャリア支援などの取組みに注力してきた。  シニア層の働きがいを創出し、強みを活かせる職場づくりのためにも、ミドル層のキャリア支援の取組みは、企業の持続的な成長をもたらす牽引力となるに違いない。 ※ 事技職……工場などの生産現場以外で働く非生産系職種をさす 図表1 働きがい向上の取組み(これまでの実施事項) ・まずは仕事の目的/意義を上司の「想い」として伝える「マネジメント宣言」をスタート ・職場ヒアリングから出てきた「シニア・若手・監督者」の課題を、労使で継続的に議論 2018 2019 2020 2021 働きがい向上への取組み 各職場にて「マネジメント宣言」活動開始 上司の「ビジョン・想い」を伝える 職場の困りごと解決(ヒアリング・懇談) シニア・若手・監督者に課題あり 従業員エンゲージメントの向上へ 働きがいプラス委員会 65歳定年制 若手キャリア形成活動 活動を支える事業基盤の強化 ○C豊田合成株式会社 図表2 働きがい向上の取組み(働きがいプラス委員会) ・幅広い部署からメンバーを募り、@シニア A若手/中堅 B監督者の分科会を設置 ・ワイガヤを通して「生の声」を吸い上げ、課題解決に取組む 現状把握・課題整理 <ワイガヤ> 対策の立案 対策実行 分科会で振り返り @シニア分科会 課題 ・賃金・賞与水準への不満 ・チャレンジできる役割・環境 ・体力・健康維持 ・人事・組合 ・技術/生産技術 ・製造 A若手・中堅分科会 課題 ・キャリア目標達成度 ・能力の十分な発揮 ・知識・情報の共有・活用 ・人事・組合 ・育成センター ・技術/生産技術 ・製造 B監督者分科会 課題 ・役割分担があいまい ・年長者とのコミュニケーションの取り方 ・部下指導とハラスメントの区分 ・人事・組合 ・生産管理 ・製造 ○C豊田合成株式会社 図表3 ミドル・ベテラン層向けセミナー ねらい 40代 セカンドライフを考えるきっかけとした健康や資産形成の意識づけ 定年まで折り返し地点にすぎないからこそ継続的にモチベーション高く働き続けることへの意識づけ 50代 これからの働き方と豊かなセカンドライフを迎えるための資産形成と健康寿命を延ばす意識づけ キャリア 45歳 ・キャリアの振り返り・棚卸 ・キャリア資本の確認 ・取り巻く内外環境変化の認識 ・未来への準備(アクションプラン) 55歳 ・55歳以降の仕事の取り組み方気持ちの持ち方(働き方や仕事の選択) ・グループワーク(問題意識の共有・宣言) ライフ 40歳 ・健康診断・人間ドックの重要性 ・歯の健康 ・セカンドライフに向けた準備の必要性 ・ライフシミュレーション作成 子供養育:保険、積立 ・DC活用に向けた投資の知識 ・育児・介護の社内制度の理解 44歳 ・(健康推進室主催)しなやかセミナー ・休養・病気の話(1時間) 55歳 ・健康診断・人間ドックの重要性 ・体力年齢測定(実態把握)と改善のための運動体験 ・セカンドライフのお金の備えセカンドライフ必要額の気づき社内資産形成制度の理解 保険、ローン見直し ・介護制度の理解(仕事との両立支援) ○C豊田合成株式会社 図表4 豊田合成におけるWILL-CAN-MUSTの定義 自分は何ができるか できること 能力・スキル 経験ノウハウ 持ち味・強み 自分は何がしたいか実現したいことは何か やりたいこと 続けたいこと 意思・目標・価値観 (自分にとって重要な事柄・テーマ) 重複部分 何を求められているかするべきことは何か なすべきこと 社内外環境からの要請 会社・職場の期待 ○C豊田合成株式会社 図表5 65歳定年制の制度設計キーワード キーワード 安心 安心感をもって働き続けられる環境づくり 〜無年金期間も安心して仕事に専念できる〜 活躍 トヨタグループの一員としてチャレンジ・活躍し続けることを後押し 〜頑張り続けることができる〜 伝承 培った技術・技能・経験を後世につなぎ、組織としての総合力を高める 〜知見を活かし、チーム力を高める〜 ○C豊田合成株式会社 写真のキャプション 右から、人事部の梅田雅史部長、岩瀬恵理子チームリーダー、白田敏之グループリーダー 【P27-30】 事例4 理研食品株式会社(宮城県多賀城(たがじょう)市) 再雇用者の増加にともなう職場環境の変化にミドル社員向け動機づけ研修を実施し対応 被災後、新たな思いで海藻産業の発展に取り組む  理研食品株式会社は、1964(昭和39)年に理化学研究所をルーツとする理研ビタミン株式会社の子会社として宮城県多賀城市で創業した。三陸沿岸におけるわかめ養殖の広まりを受けて、わかめ事業へ進出し、1965年に塩蔵わかめの草分けとなる「生わかめわかめちゃん○R」(★)、1976年にわかめをフレーク状に乾燥させた「ふえるわかめちゃん○R」(★)を発売するなど、大ヒット商品を生み出し事業を拡大。国内のわかめの生産量の約7割が三陸産であるが、同社は北海道、瀬戸内海沿岸の産地でも開発を行い、わかめの品質管理、加工指導に加え、日本人の健康づくりに欠かせない海藻を、より食事にとり入れてもらうためのメニュー提案や商品開発を推し進めるなど、わかめの新たな魅力の発信に努めてきた。  海藻にかかわる食文化の普及に貢献してきた同社だが、2011(平成23)年3月11日、東日本大震災の津波により本社工場、仙台新港工場、大船渡(おおふなと)工場が被災。多岐にわたる事業整理に追われる一方、復興のみならず被災前以上の発展を目ざして取組みを展開している。2013年に大船渡工場を新設したほか、2017年には気候変動による生産量の減少や生産者の高齢化といった、海藻産業が抱える課題に取り組むための研究拠点「ゆりあげファクトリー」を設立。さらに、2021(令和3)年にはFSSC22000(ISO22000含む)認証(本社工場)、ISO22000認証(仙台新港工場)を取得するなど、安心・安全な食品提供のための管理体制を整えている。 「6人に1人が再雇用者の職場」が現実に迫る  理研食品の定年年齢は60歳。定年後は希望者全員を65歳まで再雇用する制度を整えている。世間一般の傾向と同様、同社でも社員の高齢化が進んでいる。本多(ほんだ)正和(まさかず)取締役総務部長は、同社の現状について次のように話す。  「年々60歳以上の再雇用者が増えており、2022年の再雇用者は8人、2023年は12人、最も多くなると予測する2026年は26人にのぼる見込みです。これは社員の6人に1人が再雇用者という比率で、その状況が間近に迫っています。急激に高齢化率が高まっている背景には、2011年の東日本大震災があります。被災後、事業の整理に多くを費やし、この先数年も整理が続きます。そのため、新規採用に手が回らず、社員の高齢化の進展につながりました」  社員の高齢化に対し現場からも戸惑いの声が聞こえてくるという。再雇用になった高齢社員からすると、上司と部下の関係が入れ替わり、かつての部下が上司になったり、再雇用にともなう役割や職責の変更により、同じような職務であっても給料が下がったりと、さまざまな変化に直面している。一方、若手や中堅社員にとっては、かつて上司だった人が自分の部下になり、どう接すればよいのかということを悩んでいるという。  こうした現場の状況をふまえ、同社では、対応策の検討を実施。社員の高齢化をはじめとした現状の理解と、再雇用制度による高齢者活用についての解説書を作成し社内に周知するなど、社員全員で会社の未来を考えていく風土の醸成を目ざしている。同時に、2018年に当機構(JEED)の企画立案サービス※1を受けたことがあったことから、2022年4月に、あらためてJEED宮城支部あてに、70歳雇用推進プランナー等による相談・助言を依頼することとなった。 定年を意識する50代後半を対象に研修を実施  JEED宮城支部の70歳雇用推進プランナーである大場(おおば)宣英(のぶひで)さんは、2018年に同社への企画立案サービスを担当し、昇進・昇格制度、および教育制度策定の支援を行った。  「当時は40〜50代の社員が多く、今後高齢者が増加することは明らかでした。さまざまお話をうかがったところ、社員のモチベーション向上をうながすための動機づけと人材の戦力化が課題にあがりました。そこで、全社員を対象に計画的・継続的に人材育成を進めていくための昇進・昇格制度、教育制度を策定し、導入に向けた支援を行いました」(大場プランナー)  その後、2022年4月に同社から再び相談があったことを受け、大場プランナーが再訪問を実施。高齢社員戦力化のための「雇用力評価ツール」による診断結果をふまえ、就業意識向上研修※2のなかから、50代後半の社員を対象にした「生涯現役エキスパート研修」を提案し、同年6月に研修を実施した(同時期に再雇用社員の上司を対象にした「職場管理者研修」も実施)。2023年6月にも「生涯現役エキスパート研修」を実施している。  「生涯現役エキスパート研修」は、定年を意識している年齢の社員に焦点をあて、55〜59歳の社員12人を対象に1日がかりで実施した。じつは、同社にとって、このような社内研修の実施は初めてのこと。対象となる世代の社員たちは、各現場の責任をになう立場にあり、そういったメンバーが丸1日業務から外れることは、かなりイレギュラーな対応であったと村田(むらた)政広(まさひろ)総務部長付は話す。  「1日を通して彼らが職場にいない状況は、通常ではありえません。また、受講者のなかには、座学で1日学ぶという経験は数十年ぶりという人もおり、不安を感じている人もいましたが、『今後の会社のためにも、自分のためにも、がんばりましょう』と鼓舞して参加してもらいました」(村田総務部長付)  就業意識向上研修の内容は、実施企業の要望をふまえて、講師を務めるプランナーが策定する。同社からは、再雇用後のモチベーションをいかに維持していくか、そして世代間のコミュニケーションを円滑にするためのポイントなど、再雇用者をめぐる課題解決に直結する要望があった。大場プランナーはきめ細かな打合せを行い、ていねいなコミュニケーションに努め、研修内容の検討を進めた。 講義型と演習型をあわせて効果の最大化を図る  大場プランナーが実施した研修の特徴は、講師が説明する講義型だけではなく、講師と受講者、あるいは受講者同士が双方向でやり取りを行うほか、個別発表を行うという演習型を組み込んだ点にある。  「受講対象を55歳から59歳に設定したのは、人数を絞るというねらいもありました。講義型のセミナーの受講者数は30〜40人が一般的ですが、これでは講師との接点が薄くなります。今回は研修の効果を最大化する目的で10人程度が最適と考え、年齢層を絞った形で提案しました」(大場プランナー)  カリキュラムは8時45分から17時45分まで、昼食休憩を含む3回の休憩をはさみ、八つのフェーズ(段階)を設定した講義と、四つの演習を行う。  まず、研修の冒頭では、大場プランナーより「求められるエンプロイアビリティ」をテーマに、@「なぜいま生涯現役、70歳雇用か」、A「必要人材要件とは何か、仕事能力とは何か、年代ごとの仕事能力の変化」について解説し、現在ミドル世代の社員が直面している環境の詳細や研修実施のねらいを伝えた後、「仕事生活チェックリスト自己診断」を実施した。  「自己診断を最初に行うことで、自分の強みと弱みを把握することができ、問題意識を持ってその後の講義を聞くことができるので、自分に必要な情報をしっかりとキャッチすることができます」(大場プランナー)  午前中は講義を中心に、必要な情報を効率的かつ確実に伝えていく。フェーズ1は「業績貢献力を高める」ことをねらいとし、定年後の再雇用に向け@仕事観と企業経営の目的を考える、A経営環境の構造変化、Bエンプロイアビリティとコンピテンシーについて解説を行う。  続くフェーズ2〜4では、「協働力を高める」、「効率追求力を高める」、「価値創造力を高める」をテーマに仕事のあり方について解説。職務に関する目的や目標を整理して伝え、動機づけを行った。  午後に行われたフェーズ5〜8は、ミドル世代が高齢化していく自分自身と向き合うための時間としている。「加齢変化適応力を高める」、「生涯現役力を高める」、「定年後変化対応力を高める」、「専門能力形成力を高める」を題目に、定年後、同じ仕事でも給料が下がる、あるいは役職を外れるなど、再雇用でモチベーションを下げることがないよう、いかに必要とされる人材になっていくかを説いた。  八つのフェーズでの講義終了後、演習フェーズがスタート。6人ずつのチームをつくり「業務環境の変化予測」をテーマに50代後半から自分を取り巻く環境がどのように変わっていくのか、チーム内で意見を出し合って討議し、まとめ役のリーダーが発表を行った。  続いて、自身に向き合う時間として「自己改善計画の作成」を実施。キャリアターゲット(目標課題)を決め、各人が計画を立てた。最後に「行動革新の決意表明」として、それぞれが決意表明を行い、1日の日程が終了となった。 ミドル世代に向けた研修を行い数年後の再雇用期に備える  もちろん、研修を1日行ってそれで終了というわけではない。受講者には、研修効果を高めるための宿題が、大場プランナーより出されている。  「受講者には、『生涯現役エキスパート・実行計画シート』を作成するという宿題を出しました。シートには今回学んだ内容をふまえて、これから挑戦する業務課題を書き出し、そのために『何を実行して』、『いつまでに』、『どの程度まで達成するか』を記入してもらいます。同様に個人の仕事のやり方、能力など、改善が必要な課題についても書き出してもらい、これらの課題達成に向けて、意識・生活の改善をうながすため、平日・休日の過ごし方を変える生活計画を立ててもらいました。研修で学び、自ら決めたことを日々の生活で実行していくことは、漠然とした不安感の解消につながります」(大場プランナー)  「生涯現役エキスパート・実行計画シート」は受講者全員が作成し、各々の上司と共有した。上司は当人の考えている課題を共有し、この先の再雇用に向けて、本人の考えを知ることにもつながる。  「これまで一生懸命仕事に取り組んできた50代後半の社員は、この先、仕事のみならず生活面でも自分を取り巻く環境に間違いなく変化が起こります。このまま定年に突入して変化に対応できず戸惑うことがないよう、自分の職業人生をふり返って棚卸しすることで、変化に対応するための心構えができます。高齢社員は経験が豊富で、対応力が高く、勤勉に仕事に取り組める人材です。彼らを戦力として活用することができれば、会社にとって大きな力となります。私は、再雇用者の割合が高くなるこの状況を、理研食品さんにチャンスととらえていただき、正面から向き合い高齢社員活用のバネにしてもらいたいのです。これがミドル世代を対象にしたこの研修のねらいです」(大場プランナー)  研修後に大場プランナーが実施したアンケートでは、受講者の100%が、「よく理解ができた」または「理解ができた」と回答。92%が「研修内容はこれからの就業・生活にかなり役立つ」および「役立つ」と回答している。受講者の感想として、「自分の強みを棚卸しすることができ、定年までにやるべきことが明確になった(57歳)」、「定年後について抱えていた不安が払拭された(56歳)」などの声があがっている。  村田総務部長付は、研修の効果について次のように話す。  「上司も再雇用になる人とどう接したらよいのか、迷っていました。受講者が作成した実行計画を上司と共有することで、定年を控えた世代の社員が何を考えているのか、どう職場でやっていきたいのか、各自がそれぞれ職場における課題を持っていることなどがわかり、双方のコミュニケーション向上につながっています。研修は、今後の職場改善に向けたよい機会となりました。  また、今回、ミドル世代の課題を整理することで、ミドル世代社員自身の問題だけではなく、若い世代への技術伝承など、会社として取り組むべき課題も浮き彫りになりました。研修を実施しただけで終わらせないために、いかに職場の改善に結びつけていくのか、評価につなげる仕組みづくりまで進め、スパイラルアップを図りたいです」  最後に本多部長は次のように締めくくった。  「これから会社として発展していくうえで、人手不足は大きな課題です。JEEDさんに初めて相談をしたころは、65歳までの雇用をどうするか、どう満足いくように働いてもらうかを考えていましたが、現在はそれだけではすまない状況に直面しています。65歳超、70歳までの雇用についても考えていかなくてはなりません。再雇用者がもっとも多くなる2026年は、今回研修を受けた社員が定年を迎え再雇用に移行する時期でもあるので、そのときによい結果が出ることを期待しています」  企業経営において最も重要なのは環境変化への適応である。大きな環境変化である再雇用者の増加に対応するため、ミドル世代に焦点をあてた研修は、人材の戦力化に向けた第一歩となる。 ★ 「生わかめ わかめちゃん」、「ふえるわかめちゃん」は理研ビタミン株式会社の登録商標です。 ※1 https://www.jeed.go.jp/elderly/employer/plan_services.html ※2 本誌31ページをご参照ください 写真のキャプション 本多正和取締役総務部長(右)、村田政広総務部長付(左) 大場宣英70歳雇用推進プランナー 【P31】 ご案内 ミドル世代の戦力化、管理者のマネジメント力向上へ 「就業意識向上研修」をご活用ください  独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)では、企業における中高年齢従業員・職場の活性化を支援するための「就業意識向上研修」を行っています。おおむね45歳以上の中高年齢従業員を対象とした「中高年齢従業員研修」、中高年齢の部下を持つ管理者を対象とした「職場管理者研修」に分かれており、各企業の実態や要望に応じたカリキュラムの設定が可能です。  ミドル世代の戦力化やモチベーション向上、管理者のマネジメント力向上にぜひご活用ください。 就業意識向上研修とは 中高年齢従業員研修 対象:おおむね45歳以上の中高年齢従業員 生涯現役 ライフプラン研修 (基礎編) 年金等のライフプランの解説に加えて、生涯現役で働き続ける必要性を指導し、就業意識の改善を図ります。 生涯現役 エキスパート研修 (展開編) チェックリストやグループワークを実施し、生涯現役として企業で活躍できる仕事のエキスパートを育成します。 職場管理者研修 対象:中高年齢従業員を部下にもつ職場管理者・監督者 生涯現役 職場管理者研修 (基礎編) 高齢社員を職場戦力として活用するために必要とされる、基礎的な管理スキルを指導します。 生涯現役 マネジメント研修 (展開編) 高齢社員を職場戦力として活用するために必要なマネジメントの方法について理解を図ります。 研修時間:4時間以上15時間以下 受講者数:5人以上20人程度 講師:70歳雇用推進プランナー、高年齢者雇用アドバイザー 研修カリキュラム等:受講者の状況などを勘案し、プランナー等がご相談させていただきながら作成します ●利用方法と手続き  ご利用をお考えの際は、最寄りの都道府県支部(65ページ参照)までお問い合わせください。  ご依頼内容を審査のうえ、当該事業主と都道府県支部との間で、実施に関する確認書を取り交わし、研修を実施する際に最も適したプランナー等を選任・依頼して研修を行います。 プランナー等 事業主 JEED @就業意識向上研修実施の依頼 A確認書の取り交わし B選任・依頼 C就業意識向上研修の実施 D負担分支払い E支払い ●就業意識向上研修に係る経費  研修に要する費用は、JEEDと事業主がそれぞれ2分の1ずつの負担となります。なお、ご利用料金は研修時間により異なりますので、下表をご参照ください。 就業意識向上研修に係る経費(例) 就業意識向上研修の内容 最高限度額 うち事業主負担額(2分の1) 半日コース(4時間) 60,000円 30,000円 1日コース(8時間) 120,000円 60,000円 ★「就業意識向上研修」の詳細については、JEEDホームページをご参照ください https://www.jeed.go.jp/elderly/employer/startwork_services.html 【P32-33】 江戸から東京へ [第133回] テストされる町奉行(二) かげの革命支持者 水野(みずの)忠之(ただゆき) 作家 童門冬二 老中テスト  八代将軍徳川(とくがわ)吉宗(よしむね)の改革は、市民を政治の対象≠ノしたので目新しく、  「幕府中興の祖」 といわれる。  名江戸町奉行大岡(おおおか)忠相(ただすけ)とのコンビで有名だ。しかしその陰に静かな支え手がいた。水野忠之だ。吉宗との密約で、 「改革の悪評はわたしが引き受けましょう」  と悪役を引き受けた。奇妙な大名だ。  三河(愛知県)岡崎城の城主で、源氏の名門で徳川家にとっても縁が深い。  吉宗は将軍になったとき、実は重役(老中・大臣)の試問をおこなった。 「ことしの幕府の総予算額は」 「すでに支出額は」 「補正の必要は」 「いま役人の総定員は」 「補填の必要は」  などと、係長クラスなら常識程度の問いだ。だが老中たちは答えられなかった。  吉宗はガッカリした。が、なかにひとりだけ吉宗が問うたびにニコリとほほ笑む大名がいた。決意して、 「名は?」  と聞くと、 「水野忠之でございます」  と答えた。 「ああ、名門だな」 「岡崎城をお預かりしております」 「神君(家康)の愛城だ。よろしくたのむ」 「はい」 「ことしの幕府の予算は?」 いきなりブッツケた。忠之は、 「○○○○両でございます」  と即座に答えた。 「フム、支出額は?」 「○○○○両でございます」  これもよどみがない。 「しからば補正の必要は?」 「先日の嵐で崖くずれ等の補修費が必要でございます」 吉宗は心の中でニッコリ笑った。 (この男はイケる) と感じたからだ。 「江戸城もヤラレたのか?」 「はい、相当に」 「見に行こう」  行動派の吉宗は立ち上がった。他の連中も供に従おうとした。吉宗はとめた。 「水野だけでよい。他の者はここで待機せよ」  これで老中の一次評価は終わりだ。老中たちは勘定奉行を連れてこなかったことを後悔した。かれがいれば、 「ナンデモおまかせあれ」 と大ミエを切ったのに。 天下を平らか(平和)にしよう  忠之は吉宗を石垣に案内した。くずれていた。黒い幕が張ってあった。通行人に見せないためだ。 「また石を積むのか?」 吉宗の問いに忠之は、 「いいえ」  と首を振った。 「どうする気だ」 「木と草を植えます」 「ほう」 「野鳥には家を。モズ、カケス、ホトトギスなどに」 「ハッハッハッ」 と吉宗は笑い出した。 「なかなかの風流人だな、草は?」 「まず彼岸花(曼珠沙華(まんじゅしゃげ))です。人間が忘れてもあの花は忘れません。時期がくれば必ず咲きます。あのへん(忠之は桜田門の前あたりの通りを示した)から眺める真っ赤な花の群れは、実にみごとでございます」 「なにが?」 「平和、天下が平らかなしるしでございます」 「フフ」 吉宗は笑った。 「神君にかぶれたな、『古書大学=xの一節だ」 「はい。私の目標でございます」 「けっこうな目標だ。わしの目標でもある。大岡とともに励め。わしを支えろ。天下を平らかに平和にするのだ」 「かしこまりました。励みます」 「ただし」 「はい?」 「はじめての改革を経験する江戸の市民には、温かくきびしく」 「はい」 「温かいほうの感謝は大岡に」 「はい」 「きびしい面の悪評は約定のとおり、すべて忠之おまえがうける」 「承知いたしました」  このことは戻って、待機中の重職に告知される。水野忠之は「老中首座」に就任した。 【P34-37】 高齢者の職場探訪 北から、南から 第138回 大分県 このコーナーでは、都道府県ごとに、 当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 地域農業を支える誇り高い仕事をにない無理のない働き方で、生涯現役を目ざす 企業プロフィール 公益社団法人あじむ農業公社(大分県宇佐(うさ)市) 創業 1997(平成9)年 業種 農業 職員数 13人(うち正規職員数1人) (60歳以上男女内訳) 男性(8人)、女性(2人) (年齢内訳) 60〜64歳 2人(15.4%) 65〜69歳 5人(38.5%) 70歳以上 3人(23.1%) 定年・継続雇用制度 正規職員の定年は60歳、希望者は70歳まで継続雇用。臨時職員の定年は70歳、希望者は75歳まで継続雇用。最高年齢者は71歳  大分県は九州地方の北東部にあり、山海の自然環境と温暖な気候に恵まれて、「関あじ・関さば」、「豊後(ぶんご)牛」などのブランド食材をはじめ、かぼす、しいたけなど四季折々の食材が豊富です。また、県の観光PRキャッチフレーズとして「おんせん県」を標榜(ひょうぼう)している通り、源泉数、湧出量、地熱発電電力量は日本一を誇ります。  産業の特徴を見ると、鉄鋼、石油化学、自動車、半導体など多様な業種の企業がバランスよく立地しており、県中部の大分市は国内有数の製鉄所と石油化学コンビナートを備えた臨海工業地帯を擁し、県北部の中津(なかつ)市、宇佐(うさ)市、豊後高田(ぶんごたかだ)市は自動車産業などの第2次産業が盛んです。地場企業と進出企業が共生・発展する産業集積が進み、製造品出荷額は福岡県に次いで九州第2位となっています。  JEED大分支部高齢・障害者業務課の池田(いけだ)悟(さとる)課長は、県の高齢者雇用の状況と支部の取組みについて次のように話します。  「2022(令和4)年の高年齢者雇用状況等報告では、『66歳以上まで働ける制度のある企業』、『70歳以上も働ける制度のある企業』がともに全国3位と、高齢者雇用の取組みが先行しています。当支部では、大分労働局などと連携し、70歳までの就業確保措置の導入を目ざして、70歳雇用推進プランナー等による相談・助言活動を実施し、制度導入に関する進め方などをご案内しています」  同支部で活躍するプランナーの1人、加嶋(かしま)慎介(しんすけ)さんは、特定社会保険労務士の資格を持ち、人事労務管理の専門家として、県内事業所の健全な発展を支援しています。今回は、加嶋プランナーの案内で、「公益社団法人あじむ農業公社」を訪れました。 高齢化率51%の町で農業を支える  公益社団法人あじむ農業公社は、1997(平成9)年に、地域農業を活性化することを目的に設立されました。事務局長の松久(まつひさ)房義(ふさよし)さんは事業内容について、「おもに、人手不足や高齢農家の作業を有料で代行する受託事業、直営ぶどう園(1.5ヘクタール)の栽培管理とぶどうの樹のオーナー事業、ニーズに対応した新しい野菜の試作や生産拡大を図る産地づくり事業を展開しています」と説明します。同法人のある宇佐市安心院町(あじむまち)は西日本有数のぶどう産地として名高く、地元産のぶどうを原料とした安心院ワインも有名で、同法人で栽培したワイン用ぶどうを納品するワイナリーは、国産ワインコンペティションで金賞を受賞しています。  農業が盛んな安心院町ですが、人口は約6500人で、高齢化率は51%。以前から農業従事者の高齢化やにない手不足が課題となっています。同法人でも若手職員の雇用はむずかしく、他産業の定年退職者を中心とした高齢職員が主体になっており、職員の平均年齢は64歳です。  「年齢にかかわらず、長く働いてほしい」(松久事務局長)という思いから、だれもが働ける「歓び」、育て収穫する「やりがい」、地域に役立つことの「誇り」を持つことができ、無理のない働き方で生涯現役を目ざす職場づくりに向け、2006年から高齢職員が活躍するための制度整備やさまざまな改革に取り組んでいます。 制度や作業環境の改善、職域拡大を実施  同法人では、正規職員は希望者全員70歳まで、臨時職員は75歳まで継続雇用する制度を導入しています。また、短時間・短日勤務制度により、身体的負担の軽減とともに、働きながら地域での世話役などもになえる職場を実現しています。  作業環境については、現場の声を聞きながら、ぶどうの枝の剪定時に使う電動剪定機や、狭い場所でも使える乗用草刈り機、夏場はファン付き作業衣、冬場は透湿防水ウェアなどを導入し、身体的な作業負担軽減を図っています。  ぶどう栽培は夏場に多忙をきわめますが、その時期だけ雇用していた臨時職員を通年で雇用できるように、さといも、アイスプラントなどの生産・出荷を新たに手がけ、職域を拡大しました。  また、外部のセルフキャリアドック※を活用して、将来を考える機会をつくるなどして職員のモチベーション向上につなげ、資格取得の希望者には取得費用を負担して能力向上も推進。さらに、加嶋プランナーから、健康管理制度の拡充や、有期雇用から無期雇用への転換などのアドバイスを受けて実施しました。  人事労務を担当する管理課長の廣本(ひろとも)康栄(やすえ)さんは、「積極的に情報を集めて、国の雇用支援制度などを活用しました。助成制度などでわからないことがあるとJEEDさんに質問して教えていただき、加嶋プランナーにも支えてもらいながら取組みを進めました」とふり返ります。  こうして、無理なく働ける職場づくりに取り組んだ結果、同法人の事務局長経験者2人が知識や経験を活かしリーダー的存在として、短日勤務で活躍しています。また、トラクター作業のにない手を募集したところ、「週2日程度・午後だけなら」と希望する熟練者を採用できました。職員からは、「70歳までがんばりたい」、「仕事はハードでもストレスはない」、「無期雇用を機に意欲がわいた」などの声が聞かれています。  今回は、ぶどうとアイスプラントの栽培で活躍する2人の高齢職員にお話をうかがいました。 未経験から農作業に従事して大活躍  吉成(よしなり)八重子(やえこ)さん(69歳)は、48歳のときにハローワークで同法人の求人を知り、農業未経験で入職しました。  仕事のやり方を教わりながら、徐々に野菜づくりのコツを覚え、職域拡大のために栽培を始めたアイスプラントの担当者になるほどスキルアップしました。勤続21年目の現在、無期雇用の臨時職員として、ぶどうとアイスプラントの栽培管理に従事し、月16日間、フルタイムで働いています。  アイスプラントは厚みのある小さな葉とほのかに塩味がするのが特徴で、サラダなどで食されています。収穫期には、収穫と袋詰め作業、農協や里の駅などの販売先への運搬・陳列を吉成さんが1人で担当しています。通常の勤務時間は8時〜17時ですが、収穫期は朝6時から収穫を行い、袋詰めをして販売先へ向かいます。アイスプラントは、栽培を開始した10年前には認知度が低く売れ行きに苦戦していたそうですが、徐々に実績が伸び、いまは追加注文があるほどです。「お客さまから『おいしい』といってもらえるのもうれしく、やりがいを感じています」と笑顔で話します。  廣本管理課長は「アイスプラントは、事業として着実に成長しています。吉成さんはまじめで責任感が強く、農業未経験での入職でしたが、努力して経験を積み、当法人にとってなくてはならない存在になっています」と吉成さんを評します。また、吉成さんはぶどう栽培において「袋がけがだれよりも早い」と評判です。  吉成さんは、「身体は疲れますが、土・日は休みですし、有給休暇も気がねなく取れます。働けるうちは続けたいです」と話しました。 前職の経験を活かして期待に応える  松川(まつかわ)富貴雄(ふきお)さん(71歳)は農協を退職後、57歳のときに臨時職員として入職しました。農協時代につちかった経験と知識を活かし、事業の柱の一つ、ぶどうの栽培管理を担当しています。  ぶどう栽培は8月〜9月に収穫期を迎え、多い日は1日2トンを収穫します。シーズン後は、ハウスのビニール外し、たい肥散布、剪定、そして春にはまたビニールを張り、次の収穫に向けて芽かき、袋がけなど、作業は1年を通して続き、松川さんがその工程を管理しています。最もむずかしいのは芽かき作業で、「芽を見きわめるのがむずかしい」と松川さん。また、広大なぶどう畑の草刈りを、以前は手で持つ機械で行っていましたが、2年前に乗用草刈機が導入されて、「だいぶ楽になりました」とのこと。  廣本管理課長は松川さんについて、「プロ意識が高く、みんなが頼りにしていて、それに応え続けてくれています。勤務日数が減ったとしても、身体に無理のない働き方で続けてほしいので、そのことをしっかりと伝えています」と話します。  以前は週5日で働いていましたが、3年ほど前からは勤務日数を減らし月17日間、8時〜17時の勤務です。「入職時は2〜3年間勤務できればと思っていましたが、もう14年です。経験が活かせることと、この年齢でも『長く働いてほしい』といってもらえることがありがたいです」とやりがいを語る松川さん。気象状況などに左右される農業のむずかしさが身に染みているだけに、納品先のワイナリーのワインが全国で高く評価されている喜びはひとしおで、「誇らしいです」と話します。  今後は、「ぶどう栽培の後継者を育ててバトンタッチできるよう、体調管理に気をつけてがんばりたい」と語ってくれました。  加嶋プランナーは取材後、「お2人の仕事に対する誠実さと、設立時からのプロパー職員である廣本管理課長が、現場をよく見て職員の立場に立った職場づくりに励んでいることにあらためて感心しました。職員から見ると、自分たちのことをいつも見て気にかけてくれるという思いになり、そうしたことがコミュニケーションの取りやすい職場風土につながり、働きやすい職場を実現していると思います」と語りました。  廣本管理課長は最後に、「無理のない働き方で、誇りを持って活き活きと働ける職場づくりに向けて、これからも努力します」と、今後も高齢職員の思いや意見を大事にして、長く働き続けられる雇用条件や職場環境の整備に取り組み続けていくことを話してくれました。(取材・増山美智子) ※ セルフキャリアドック……企業が人材育成ビジョン・方針に基づき、キャリアコンサルティング面談と多様なキャリア研修などを組み合わせて、体系的・定期的に支援を行い、従業員の主体的なキャリア形成を促進する総合的な取組み 加嶋慎介 プランナー アドバイザー・プランナー歴:7年 [加嶋プランナーから] 「事業所訪問の際、訪問を好ましく思っていない方、緊張している方など、面談者にはさまざまな方がいらっしゃいます。少しでも話しやすくなるよう、話の導入を考えてから訪問しています。そのためには、訪問先事業所のことをよく調べておくことも必要です。その後は貴重な時間をいただくのですから、何かひとつでもお役に立てるようにと考えて話を進めています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆大分支部高齢・障害者業務課の池田課長は加嶋プランナーについて、「特定社会保険労務士の資格を持ち、高い専門性およびコミュニケーション能力を有しています。事業所訪問の際は、初めての面談者にもスムーズに意思疎通を図ることで信頼関係を築きながら、的確でわかりやすい助言を行っています」と話します。 ◆大分支部高齢・障害者業務課は、JR「鶴崎(つるさき)駅」から徒歩約8分。乙津(おとづ)川に面しており、大分職業能力開発促進センターと大分障害者職業センターが同じ敷地内にあります。鶴崎地域は、古くから瀬戸内海航路の拠点として栄え、大分県を代表する盆踊り「鶴崎踊り」は400年以上の歴史があり、夏の一大風物詩です。 ◆同県では、6人の70歳雇用推進プランナー等が活動しています。2022年度の県内事業所訪問では、197事業所への相談・助言業務を行い、98件の制度改善提案を行いました。 ◆相談・助言を無料で行います。お気軽にお問い合わせください。 ●大分支部高齢・障害者業務課 住所:大分県大分市皆春(みなはる)1483-1 大分職業能力開発促進センター内 電話:097-522-7255 写真のキャプション 大分県宇佐市 公益社団法人あじむ農業公社の直営ぶどう園 松久房義事務局長 廣本康栄管理課長 ぶどう畑で作業する吉成八重子さん 乗用草刈機でぶどう畑の草刈りをする松川富貴雄さん 【P38-39】 第88回 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは  温品正比朗さん(78歳)は営業畑一筋に歩き続け、定年後は放置自転車監視業務の統括責任者として第一線で活躍している。生後1カ月のときに東京大空襲に遭い、命の大切さをかみしめながら日々業務に励む温品さんが、生涯現役への思いを語る。 日本環境マネジメント株式会社 プロパティマネジメント事業本部 運営管理部 温品(ぬくしな)正比朗(まさひろ)さん 命の尊さをいつも心の片隅に  私は1945(昭和20)年の2月に、東京の池袋で生まれました。生まれてわずか1カ月後の3月10日に、死者が10万人を超える東京大空襲があり、東京の下町一帯は戦禍に見舞われました。池袋は下町に比べれば被害は小さかったものの、生後1カ月の私を抱いて火の海を逃げ回った苦難を両親は何度も語ってくれました。「両親が必死で守り抜いてくれた命を大切にしなければ」という思いが、私の原点になっているような気がします。  私たち一家は戦禍をくぐり抜け、母の生家があった埼玉県深谷(ふかや)市に疎開しました。その後私は深谷市内にある高校を卒業して、東京都内の大学に進学、民間のメーカーで営業職に就きました。会社は全国展開をしており、私は東日本一帯、なかでも甲信越を中心に営業の仕事を任され、転勤生活が長く続きました。その後東京都内に配属され、埼玉県浦和(うらわ)市の社宅へ入り、定年の4年前には念願のマイホームを浦和市に構えました。60歳で定年を迎えた際、会社に残る道もありましたが、母が大病をしたことで迷うことなく母の介護を選択しました。生まれたばかりの私を抱いて大空襲の焼夷弾(しょういだん)のなかを逃げ延びてくれた母に、やっと親孝行をするときがやってきたのです。深谷市で暮らす母を介護するために浦和市から通い続けました。  1945年3月10日の東京大空襲は死者約10万人、被災者は100万人を超える。戦後78年経ったいま、小さな命を守り抜いてくれた母への感謝を温品さんは何度も口にした。 第二の人生がスタート  迷うことなく選んだ介護生活は、二重生活の不便もあり正直たいへんでしたが、半年ほどが過ぎたころ母に回復の兆しが見られ、幸いなことに深谷市内の施設に入所が叶いました。もちろん折につけ母の見舞いは続けましたが、介護は一段落し、憧れていた悠々自適の日々が始まりました。ところが望んでいた自由な生活は、気がつけば退屈な日々に変わっていました。趣味や遊びというものは、忙しい日々の寸暇を惜しんでやるからこそ楽しいのだということに気がついたのです。  再び社会に出ようと、新しい職を探しにハローワークに通いましたが、なかなか望んだ仕事に出会えません。それというのも、民間メーカーの過酷な競争のなかで戦ってきただけに、これからは社会の役に立つ、何か公共の仕事をしたいと思っていたからです。模索する日々のなかで、そのころ利用していた浦和駅で放置自転車の監視業務を目にすることがありました。その現場で働く人から教えてもらったのが、いまの会社、「日本環境マネジメント株式会社」です。定年から1年後、新しい人生が始まりました。  日本環境マネジメント株式会社は、施設の総合管理と環境保全を主業務に創立され、間もなく創業半世紀を迎える。いまでは「指定管理者制度」が知られているが、「市民生活に密着した環境管理」の一つに放置自転車監視業務がある。 天職との出会い  縁あって入社した会社はとても教育熱心で、1年間は現場作業をしっかり教育されました。  社会に役立つ公共の仕事をしたいと願っていた私にとって、快適な日々の追求や物心両面の幸福の追求、地域社会への貢献などを経営理念に掲げる企業との出会いは本当に幸せでした。  私の面接を行った前任者がすばらしい人で、その人が紹介してくれた早朝の勉強会(片山塾)に参加したことを思い出します。やがて後任として仕事を任せてもらうようになりましたが、思えば前任者の背中を追いかけてきた16年であったような気がします。  現在、私はさいたま市より発注の放置自転車監視業務統括責任者として、各現場への定期巡回を行い、従事者の指導監督を行っています。各現場では、さいたま市内の駅周辺の駐輪禁止区域に自転車を放置しないよう市民のみなさんに協力を呼びかけるのがおもな業務です。多くの方が協力的ですが、なかには理不尽な反応もあります。それでも私たちはつねにていねいに対応することを心がけ、統括責任者の私は各現場にその徹底指導をしています。  現場で働く人たちは週4日勤務、三交代で1日9時間勤務をしていますが、重要駅では土・日勤務もあります。現在総勢45名のうち、最高年齢者は86歳、平均年齢75歳の集団ですが、とにかく元気で愉快な仲間たちです。監視業務統括責任者の私は週4日、9時から15時までの勤務となっていますが、土・日曜日は市役所も休日のため、管理監督者の定期巡回が必要とされ、最低4回以上業務にあたっています。  高齢者が多いので体調も心配ですし、とりわけ夏と冬の定期巡回ではみんなの顔色をチェックしながら健康管理に留意しています。自宅で休んでいても電話の音で飛び起きるのが日常ですが、みんなが元気に長く働き続けられることによって、市民のみなさんの環境が守られます。それを願いながら、統括責任者としての任務を果たしたいと自らを奮い立たせています。 人生100年を意気に感じて  競争の激しい民間のメーカーでの長い営業の経験は、いまの仕事にも役立っていると思うことがあります。いまから16年前は各駅で放置自転車が公道にあふれていました。その対策として市側に若干予算があるという情報を得て、頻繁に市の出先機関を訪問、提案営業をくり返し、採用してもらった経験もあります。どんな経験も必ず人生のなかで役立つものなのだと確信しました。いまは、人生100年時代といわれています。私も含め、各現場で働く仲間たちはだれもが働く意欲にあふれています。元気であれば生涯現役も夢ではありません。  メーカー勤務時代、営業畑は接待がつきものでしたから、私にも暴飲暴食の日々がありました。その代償で持病にも悩まされましたが、当社で統括責任者となってからは職責の重さを肌で感じて、一日一万歩を歩くことを日課としています。若いころはいろいろなスポーツにも挑戦しましたが、いまでは観戦することが楽しみになっています。また、昔から読書が好きで、いまでも自分を向上させるために本を読むようにしています。  最近とてもうれしかったのは、会社のトップから「いまは人生100年、がんばってください」と直接声をかけてもらったことです。いまの会社に出会えたことで私の人生は希望に満ちたものとなりました。激励を意気に感じながら、少しでも会社や社会に恩返しできるよう精進していきたいと思います。  来年は会社創立50周年、節目に立ち会える喜びを自らの集大成にしたいと思います。 【P40-43】 多様な人材を活かす心理的安全性の高い職場づくり  高齢者をはじめとする多様な人材の活躍をうながすうえで大切な「心理的安全性」について、株式会社ZENTechの原田将嗣さん、石井遼介さんに解説していただきます。  前回で心理的安全性の大切さをお伝えしましたが、具体的にどんなことから心理的安全性づくりを始めていけばよいのでしょうか。まずは、「日常で使っている言葉がけ」をふり返ってみてください。 株式会社ZENTech(ゼンテク) シニアコンサルタント 原田(はらだ)将嗣(まさし)(著) 代表取締役 石井(いしい)遼介(りょうすけ)(監修) 第2回 言葉からつくる心理的安全性 1 なにげなく使っている言葉から、チームづくりを  心理的安全性とは「組織やチームのなかで、だれもが率直に、思ったことを言い合える状態」をいいます。前回お伝えしたように、「話しやすさ」、「助け合い」、「挑戦」、「新奇歓迎」の4つの因子を高めることでチームに心理的安全性を醸成することができます。逆にそれが低い、いわゆる心理的「非」安全なチームというのは、チームの成果のためにとった行動に対しても、「罰や不安」が与えられている状態をいいます。  心理的「非」安全は例えば、アイデアを言ったら「それうまくいくのかなぁ…」と否定的な反応が返ってきた。チームで改善した方がよい課題を見つけて、リーダーに報告したところ「じゃあ、あなたがやっておいて」と自分の仕事がただ増えた。このように、チームのためによかれと思ってとった行動に対して、一つひとつは小さくとも「罰」や「不安」が与えられてしまうと、チームの心理的安全性が低くなります。  では、どうすればよいのでしょうか。じつは、チームで与えられている「罰や不安」のほとんどが「言葉」や「言い方」によって与えられています。コミュニケーションのなかであたり前に交わされている言葉が、じつは相手にとって罰や不安になっていることがあるのです。  以下に、NG言葉の例を紹介します。みなさんのチームで使われている言葉はないか、確認してみましょう。 @相談されたら「まずは自分で考えて!」と言っている A新しいアイデアが出てきたら、「じゃあ、やっておいてね」、「よろしくね」と任せるようにしている B一度教えたことをまた聞かれたら「前にも言ったよね」と厳しく指導している Cチームで失敗が明らかになると、まず「だれの責任?」と責任の所在を明確にしている Dミスが起きたら、「どうしてミスしたんだ」と詰め寄るようにしている E期限を過ぎたり、失注したときには「なんでできなかったの?」と聞くようにしている 出典:『心理的安全性をつくる言葉55』(飛鳥新社) イラスト/やまねりょうこ  最後の「なんでできなかったの?」というセリフがNGと聞いて、「ホントに?」と、びっくりした方もいらっしゃるかもしれません。純粋に間に合わなかった理由や、失注した原因を知ることができれば対策を打てるので、「なんでできなかったの?」と聞くようにしている人は多いのではないでしょうか。  けれどもぜひ、「この声かけが、役に立つかどうか」、「声かけの目的を達成しているかどうか」をふり返っていただきたいのです。あなたは「できなかった原因」を知りたくて「なんでできなかったんだ?」と質問したとしましょう。けれども、相手は問い詰められている、怒られていると感じ、「すみません」と謝罪が返ってきたり、「いや、これは違いまして…」と言い訳と聞こえるような返答があったり。  つまり「なぜ?」、「WHY?」と人に詰め寄ると、あなたが聞きたい、課題解決につながる返答が得られるのではなく、相手の萎縮と謝罪、ときに言い訳や人間関係の悪化が得られるものとなってしまうのです。  日常的に使っている言葉だからこそ、言葉ひとつ変えることの影響は積み重なって大きなものへとなっていきます。しかも、声かけの言葉は、意識的に変えていくことができます。次回「失注しました…」と部下から報告を受けたとき、どう対応するか、練習をしておくこともできるでしょう。  もし、あなたの日常の声かけのなかに「罰や不安のNG言葉」が多く使われているのであれば、それらを「心理的安全性をつくる言葉」に変えるところから、心理的安全性づくりに取り組んでいきましょう。 2 「きっかけ言葉」と「おかえし言葉」  声かけの言葉は大きく2種類に分類できます。それが、「きっかけ言葉」と「おかえし言葉」です。  図表1に示したように「きっかけ言葉」を使って、相手の行動をうながします。そうして起きた行動や結果を「おかえし言葉」で受けとめます。この2種類を、バランスよく使うことが重要で、多くの管理職やリーダーは「きっかけ言葉」はよく言うのですが、「おかえし言葉」は行動の直後には使われず、大きな成果が出たときや失敗に終わったときのように結果が出た後に使われるなど、アンバランスになっていることが多いようです。  相手の行動をうながす「きっかけ言葉」のポイントは「かみ砕くこと」です。言われた相手が何をしてよいかがわからない言葉は「きっかけ言葉」として機能しません。例えば新入社員が「新規事業案、つくっておいてね」と言われても、何をどう進めてよいかわからず行動ができませんよね。これはじつは、部下から上司に対してもそうです。数十ページにわたる書類をドサっと渡されて「◯◯さん、一応ご確認お願いします」と言われても、忙しい上司は困ってしまいますよね。「◯◯さん、この書類なのですが、特にこの点とこの点は課題になるかもしれないので、一応ご確認いただきたいのですが…」のように、相手が行動に移しやすい「きっかけ言葉」を使うことは有用です。  私自身「この書類ですが、ご覧いただけたら5分で確認できますので…」と言われて「じゃあ、先にやっておこうかな」と、強力に行動をうながされたこともあります。  このように「相手のレベルや状況に合わせてかみ砕く」ことで、効果的な「きっかけ言葉」を使うことができます。  相手の行動を受けとめる言葉が「おかえし言葉」です。「きっかけ言葉」によって行動をとったとしても、行動の後に感謝の言葉やフィードバックによる「受けとめ」がないと、「これでよかったのかな?」、「次回もやったほうがよいの?」と不安や迷いがわいてきます。「おかえし言葉」で、相手の行動そのものや進捗・結果を受けとめることが、組織やチームのなかに望ましい行動を増やす秘訣なのです。  「おかえし言葉」のポイントは「即座」と「承認」です。行動をとった相手に、できるだけ早く、行動に対する承認をすることで、効果的な「おかえし言葉」になります。  目覚ましい成果・よい結果が出たときだけ承認をするリーダーや管理職がいますが、行動そのものを承認することや、その行動の持つ意味・意義を伝えることで承認ができます。「すぐにやってくれて助かったよ」、「朝早く出社してオフィスの整理整頓してくれていたね」、「今回のプロジェクトは全社で参考になりうる事例だね」など、行動に対して即座に「おかえし言葉」で受けとめましょう。  ときに、「でも、承認しようにも承認するところがない部下もいるんだよ」という意見が聞かれます。じつは「承認」には「@成果、A行動、B成長、C存在」の4種類の承認があります(図表2)。  一般的に多く使われる「@成果承認」は、成果や結果を認めることです。結果が出る前の「行動そのもの」を承認することが「A行動承認」、相手の過去と現在を比較して成長を認めることが「B成長承認」、ここにいることそのものを認めることが「C存在承認」です。  この@成果承認だけを使っていると「成果や結果が出ていないのに承認できない…」となり「おかえし言葉」がかけづらくなってしまいます。業務によっては、そもそも「目覚ましい結果」が出ない業務もあります。そういった際は、「成果承認」だけで承認しようとすると「おかえし言葉」が不十分になりがちです。迷ったらおすすめしたいのは「行動承認」です。相手が何かやってくれたときに、すぐさま行動を受けとめる「おかえし言葉」を届けてみましょう。 3 言葉がけの具体例  例えば、みなさんの職場で再雇用の方が新たに加わったときに、どのような「きっかけ言葉」を使うと効果的でしょうか。再雇用といっても、元々は別の職場で働いていた方のケースです。  おすすめしたいきっかけ言葉は 「〇〇さんに期待することは〜〜で、そのため△△ということをしてもらいたいと思っています」です。  ポイントは二つです。  一つめが、相手の名前をつけて会話をはじめること。日常の挨拶でも「〜さん、おはようございます」と、名前をつけて挨拶するだけで、相手からも「あ、〜〜さん、おはようございます! じつはちょっと相談したいことがありまして…」なんて、あいさつプラスアルファの情報交換ができる「きっかけ」になりますのでぜひ試してみてください。これは、4つの承認でいうC存在承認ともいえるでしょう。  二つめが、期待している行動を、期待や目的や意義とセットで伝えることです。きっかけ言葉のポイントで「かみ砕く」ことをお伝えしました。相手がどんな行動をとればよいかわかる、効果的な言葉がけを模索してください。相手がこの職場やこの業務領域での経験が少ない場合は、ぜひ具体的な行動、できるだけかみ砕いた行動をお伝えすると「では、まずはそこから手をつけてみます」と戦力になりやすいものです。しかし、それだけではなく期待や目的、意義とセットで伝えることで、例外が発生したり、問題が起きたり、具体的に依頼したタスクから領域を越えて別の仕事に取り組む際に、活躍しやすいでしょう。  この知見は、再雇用の方だけでなく、組織に新しく入ってこられた方にも同様に活用できるはずです。ぜひ、新たに加わったメンバーには、既存メンバーに対してより、具体的な行動を伝えましょう。  もう一つ、再雇用の方がミスをしたときや、失敗をしたときに、どんな「おかえし言葉」で声かけをしますか。どんな声かけをすると、適切な「きっかけ言葉」・「おかえし言葉」になるのでしょうか。  すでに「なんでできなかったの?」はNGな「おかえし言葉」だとお伝えしました。おすすめしたい「おかえし言葉」は「手が止まったところって、どこでしたか?」、「特に何が、むずかしかったですか?」です。  ポイントは、疑問詞を変えることです。「なぜ(Why)」という疑問詞を「なに(What)」、「どこ(Where)」に変えてみましょう。そうすることで、問い詰められている状況から、起きたことや事実を思い出して話す状況になります。また、相手がむずかしく感じていることが明確になれば、必要な教育やトレーニングなど次につながる学習を推進することができるようになります。  このように、ただ疑問詞を変えることは、建設的に問題解決や人材育成を行う、きわめて有用で、しかしシンプルな「おかえし言葉」なのです。 4 まとめ  今回は、具体的な心理的安全性のつくりかたとして「言葉がけ」をご紹介しました。ぜひ、声かけを通じて、多様な人材が活躍できるチームづくりへチャレンジしてください! 自分自身が使う言葉だけでなく、チームで使われている言葉にも注意を向け、チーム内で心理的安全性をつくる言葉を増やしましょう。 図表1 「きっかけ言葉」と「おかえし言葉」 きっかけ言葉で 行動をうながす おかえし言葉で 受け止める イラスト/やまね りょうこ 出典:『心理的安全性をつくる言葉55』(飛鳥新社) 図表2 4つの承認を使い分ける @成果承認 A行動承認 B成長承認 C存在承認 イラスト/やまね りょうこ 出典:『心理的安全性をつくる言葉55』(飛鳥新社) 【P44-47】 知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第67回 産休・育休と職位の廃止、高度専門職との労働契約の終了 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲 Q1 役職に就いている社員が育児休業中に、所属部署の廃止が決まりました。当該社員の役職も廃止になるのですが、問題はないでしょうか  役職に就いていた社員が育児休業している期間中に、所属していた部署を廃止することになり、それにともない就いていた役職も廃止されることになりました。育児休業を理由としているわけではないのですが、禁止されている不利益取扱いに該当するのでしょうか。 A  部署や役職の廃止を行うこと自体は業務上の必要性から肯定される余地はあるものの、将来のキャリア形成への不利益なども加味して、処遇を決定する必要があります。 1 産休・育休を理由とした不利益取扱いの禁止  男女雇用機会均等法第9条3項では、「事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」と定めており、妊娠や産前産後休業取得に対する不利益取扱いが禁止されています。  また、育児介護休業法第10条では、「事業主は、労働者が育児休業申出等(育児休業申出及び出生時育児休業申出をいう。以下同じ。)をし、若しくは育児休業をしたこと又は第九条の五第二項の規定による申出若しくは同条第四項の同意をしなかったことその他の同条第二項から第五項までの規定に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」と定め、こちらでは育児休業の取得などに対する不利益取扱いの禁止が定められています。  ここでいう不利益取扱いの典型例は、解雇や降格、減給などですが、人事考課において不利益な評価を行うことなども含むとされています。  質問にあげられているような部署の廃止にともない役職を喪失することは、間接的には降格といえるでしょう。しかしながら、長期であれば2年間程度の産休および育休となり得ることからすると、企業内での事情を加味して組織変更を行うことすら選択肢から奪われるというのは、企業にとっては許容しがたいということになるでしょう。 2 育児介護休業にともなう降格に関する裁判例  最高裁平成26年10月23日判決において、妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる措置について、原則として禁止される不利益取扱いに該当するとしつつ、「当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利な影響の内容や程度、上記措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に照らして、当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき、又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして、上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは、同項の禁止する取扱いに当たらない」という判断がされたことがあります。  当該事件においては、管理職から非管理職へ変更されたという処遇変更について、一時的な措置ではなく、管理職への復帰を予定していない措置であること、本人の意向に反するものであったこと、管理職への復帰の可否などについて説明がなされていなかったことなどをふまえて、労働者の自由な意思に基づいて承諾したものと認めることはできないとされています。  また、趣旨および目的に実質的に反しないと認められる特段の事情に関しても、軽易業務へ転換することの業務上の必要性が不明瞭であることや、内容や程度が相当なものであったといえるか検討されていないとされて、高裁へ差し戻された結果、特段の事情は認められないという結論に至っています(差戻審:広島高裁平成27年11月17日判決)。  近年、同様の基準にしたがって判断された裁判例があらわれました(東京高裁令和5年4月27日判決〈アメックス《降格等》事件〉)。  基本的な考え方として、不利益取扱いが禁止されている範囲については、労働者の自由な意思による承諾か、もしくは、趣旨および目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときでなければならないとした点は、最高裁判決を踏襲しています。  当該事件における特殊な点としては、育休中に部署が廃止された結果、役職を解かれたことについて、具体的な賃金への影響はないように配慮されていたにもかかわらず、禁止される不利益取扱いに該当すると判断されたことです。その理由としては、「基本給や手当等の面において直ちに経済的な不利益を伴わない配置の変更であっても、業務の内容面において質が著しく低下し、将来のキャリア形成に影響を及ぼしかねないものについては、労働者に不利な影響をもたらす処遇に当たるというべき」ということがあげられています。  ここでは、キャリア形成という抽象的な不利益に対しても、不利益取扱いに該当するという判断がされていることから、役職を解くにあたっては慎重な配慮が必要になると考えられます。具体的には、役職を解くことに対し自由な意思による同意を得るために説明を尽くしていくことや業務上の必要性が高度に求められることには留意する必要があるでしょう。  将来のキャリア形成への影響という点は、抽象的であり、今後の裁判例の蓄積を待つ必要がありますが、当該事件においては復職後の業務の質が著しく低下している(具体的には、部下がおりその管理などを任せられていた営業職がテレアポのみを担当する業務に変更されている)ような事案であったことから、極端な職務内容の変更は労働者自身の自由な意思による承諾が得られないかぎりは控えておくべきでしょう。 Q2 高度専門職の社員を定年後再雇用しないことはできますか  高度な職務を任されることを前提に、高い報酬が与えられている部長職について、期待された成果が出ていないことから定年後の再雇用を控えることはできるのでしょうか。 A  高度な専門職を対象とする場合、解雇相当と認められる可能性が高くなるため、通常の定年後再雇用と比較して、再雇用を控えることができる可能性は高いと考えられます。ただし、定年後の業務内容や条件を十分に提示することは必要です。 1 定年後再雇用の要件  高年齢者雇用安定法では、継続雇用制度について、現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度と定義されており、定年後の再雇用については、就業規則に定める解雇または退職に相当する事由などがないかぎりは、原則として継続雇用希望者については、65歳までは再雇用しなければならないとされています。  例えば、厚生労働省のQ&Aにおいては、「継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みが廃止されたことから、定年時に継続雇用しない特別な事由を設けている場合は、高年齢者雇用安定法違反となります。ただし、就業規則の解雇事由又は退職事由と同じ内容を、継続雇用しない事由として、別に規定することは可能であり、例えば以下のような就業規則が考えられます」とされています。なお、「就業規則の解雇事由又は退職事由のうち、例えば試用期間中の解雇のように継続雇用しない事由になじまないものを除くことは差し支えありません。しかし、解雇事由又は退職事由と別の事由を追加することは、継続雇用しない特別な事由を設けることになるため、認められません」とされています。  厚生労働省のQ&Aをふまえると、退職や解雇に相当するような事由がないかぎりは、定年後再雇用をしないという判断をすることは、高年齢者雇用安定法違反になると考えられますので、継続雇用を控えるためには解雇事由が十分に認められるのかという判断が重要になります。 2 高度専門職に対する解雇判断  東京地裁令和4年4月12日判決(クレディ・スイス証券〈職位廃止解雇〉事件)では、高度な職務に就くことを前提に高額報酬を得ていた従業員について、整理解雇の対象としたことが、許容されるか否かが争点になりました。  原告は、高度な職位(投資運用部のプロジェクト・リーダー)としての役割を期待されていた労働者で、事業譲渡にともない移籍したところ、引き続き部長職として高度な職務を任されていました。  しかし、商品を日本国内で販売するにあたっての税務処理などの商品設計上の課題が山積みしており、適切に対応できておらず、当該部門自体を最終的に閉鎖するという判断に至り、原告に対しては退職勧奨が実施されました。原告はこれに応じなかったことから、最終的に会社が解雇を実施し、その有効性が争われました。  会社は、高度な職位に就任していた(会社内の役職はヴァイス・プレジデント)ことから、その処遇も高待遇であり、整理解雇の四要素(@人員削減の必要性、A解雇回避努力、B被解雇者選定の妥当性、C手続の妥当性)を形式にあてはめて判断することはそぐわないと主張しましたが、裁判所は、これを受け入れることなく、整理解雇の四要素が総合的に考慮して判断するという基準を示しました。そのため、高度な職位にいるとしても労働者である以上は、整理解雇の四要素が考慮されるという点に変わりはありません。  しかしながら、高度な職位であったことや高額な報酬を得ていたことなどの事情は、解雇回避努力の内容や程度などを検討するにあたっての考慮要素として斟酌(しんしゃく)することができるという判断も示されており、一般的な労働者の整理解雇と比較すると緩やかな基準で判断されることになります。  実際の事例では、原告に対して会社からほかの職種などへの希望などを聴取し、合計四職種の提案をしてもこれに応じなかったので五つ目の職種を提案するなど行っていたところ、同程度のポジションの提案がなかったことをもって十分な措置が取られていないといった反論がなされていたものの、裁判所としては、そのような提示を求めることは原告のために特別な措置を取ることを求めるに等しいもので、「会社都合で職位を消滅させたとはいえ、他の従業員との公平性を害しかねないそのような特別措置を取ることまで信義則上要求されると解することはできない」と判断し、原告の要求は一蹴されています。会社からの提示されたポジションに応じなかったことについては、「原告は、被告会社が取り組んでいた原告の解雇回避のための努力に真摯に向き合おうとしなかったものであり、会社都合により職位を失ったという事情を考慮したとしても、極めて不誠実な態度であったと言わざるを得ない」という評価に至っています。そのほかにも、部署の定員数を増加させたり、新たな部署の設立が可能であったなどの主張もなされていましたが、「業務上の必要性があるとはうかがわれない本件においてそのような措置を取るべきであるといえないことは明らかである」とされており、部署の廃止などに関わる業務上の判断については、会社側の事情が優先される結果となっています。 3 継続雇用時の判断との関係  継続雇用を控えることと、先述の裁判例における判断の関係性については、継続雇用をしないためには、解雇事由を充足していることが必要という点で連結することができます。  定年後再雇用においても、従前の役職などと同程度の待遇や業務内容を用意できないという場面は容易に想定できます。そのような場合において、会社としては定年後に期待する役割や条件を十分に提示しておくことが重要です。基本的に、定年直前の状況というのは高待遇な状態になっている可能性は十分にあり得ることから、提示した業務内容や労働条件に対して、これに応じることなく拒絶されるような事態が生じれば、継続雇用ができないという判断もあり得るということになるでしょう。  なお、元々の労働条件が高待遇であった場合には、紹介した裁判例との親和性は高くなりますが、業務内容の変更と待遇の低下という意味では、定年後の再雇用との考え方との関係では、少なからず影響がある裁判例であると考えられます。いかなる場合であっても、定年後の働き方について提示できる業務内容や条件を十分に提示しておくことは必要であるという考えは持っておくべきでしょう。 【P48-49】 新連載 生涯現役を支えるお仕事 第1回 「働くから元気になる」高齢者のお仕事を支えるシニア営業マン 株式会社高齢社 営業部 営業第二グループ部長 高木(たかぎ)章(あきら)さん  人生100年時代を迎え、多くの高齢者が長く働き続けることができるのは、高齢者の生涯現役を支えている人たちの活躍があるからともいえます。このコーナーでは、さまざまな分野や場面で働く高齢者、そして“生涯現役社会”を支えるお仕事をしている人々をご紹介します。  シニアに特化した人材派遣会社として、注目を集める「株式会社高齢社」。「元気な高齢者がたくさん働く高齢社会の実現」を企業テーマに掲げ、定年を迎えても、気力・体力・知力に満ちたシニアに「働く場所」と「やりがい」を提供しています。今回は、同社営業部営業第二グループで、顧客開拓営業や人材の発掘に取り組む高木章部長に、働くシニアを支える仕事のやりがい、「働いて元気になる」極意などをうかがいました。 派遣社員の平均年齢は71.8歳。高齢者による高齢者のための会社 ―株式会社高齢社は、東京ガス株式会社の理事などを歴任した故・上田(うえだ)研二(けんじ)氏が、2000(平成12)年に設立。2023(令和5)年10月現在の派遣登録者数は約1150人で、平均年齢は71.8歳。高齢社の本社スタッフの平均年齢も67.1歳と、まさに社名通り、高齢者による高齢者のための会社として活動の幅を広げています。高木さんが所属する営業部営業第二グループのおもな業務内容について、教えてください。 高木 当社はもともと東京ガスの退職者を対象とした会社で、設立当初は派遣先も、すべてが東京ガス関連の事業でした。それが約10年前、テレビ番組で紹介されたのをきっかけに、一般の人からの登録申込みが急増。現在の派遣先は東京ガス関連の業務が約65%、東京ガス関連以外が約35%です。営業部営業第二グループでは、東京ガス関連以外の派遣先を担当しています。  私たちの仕事の一つめは、派遣先の開拓。以前は、一般の人の登録申込みが増えても、十分な派遣先がなく、営業担当が苦労していた時期があったと聞きます。しかし、この10年で新規開拓が進み、多くの企業から派遣のオファーをいただくようになりました。いま一番多いのは、レンタカーの受付業務の仕事です。  二つめは、派遣社員の発掘。人材派遣のオファーに適した人を探す仕事です。私も東京ガス出身で、在職中はOB会事務局の業務に6年ほどたずさわっていました。当時OB会に所属していた約6500人のうち、半数ぐらいと面識があり、その人脈が、大きなプラスになっています。  三つめは、派遣社員および派遣先のフォローです。派遣先に対しては、いまの仕事を継続してもらえるよう、また、さらに新しいオファーがいただけるよう、折衝(せっしょう)も行っています。 ―65歳で東京ガスを退職後、高齢社に入社されたということですが、入社のきっかけを教えてください。 高木 以前から「65歳になったら仕事はしない」と決めていました。しかし、退職後3カ月も経たないうちに、妻が「もう働かないの?」と。わが家は、娘夫妻、孫3人の大家族なので、できれば私には、外に出かけてほしいという気持ちがあったのだと思います。  高齢社には、東京ガスの先輩が2人いて、「退職したら来ない?」と在職中から声をかけられていましたが、ずっと固辞していました。しかし退職後に「お酒でもどう?」と誘われ、本社に赴くと、2人にのせられて履歴書を書き、入社に至った次第です。いまでは、入社してよかったとつくづく感じています。 ―毎日のお仕事について、お聞かせください。高木さん自身、70歳を超えていますが、たいへんだと感じる業務などはありますか。 高木 私の出社は火・水・金曜日の週3日です。私の担当に21人の派遣社員を配置している会社があり、そのスケジュールづくりが、一番たいへんな仕事ですね。平均70歳を超える人たちですから、体調がすぐれず「今日はお休みします」という連絡が、早朝から入ってくることも少なくありません。私の携帯電話への連絡は「24時間OK」にしていますので、1日何十本もの電話を受けることもあります。 元気で意欲ある高齢者の働きが新たな高齢者の仕事を生み出す ―高齢社の仕事で、特に印象的だったこと、やりがいを感じたことはありますか。 高木 今年2月、茨城県内のLNG(液化天然ガス)サテライトから、「全点検業務をやってもらえないか」という話がまい込んできました。LNGサテライトは、都市ガスの供給エリア外で、LNGを利用するために建設される施設。そこにある配管の点検をし、ガス漏れをチェックするという、これまでにない大きな仕事です。「いい話だ」と思いました。  この仕事はだれでもできるものではなく、レーザーメタン検知器という機器を使ったガス漏れ検査の経験があり、図面に沿って漏洩判断ができる人が必要でした。打合せのため、早朝出発して茨城県まで出かけたり、戻ってきて、人材を探したり。たいへんでしたが、楽しさもあり、最後には大きな達成感が得られました。  営業の仕事では、派遣社員から「仕事を紹介してもらってよかった」、「ありがとう」といわれるのが、一番うれしいことです。一方、今回のように大きな仕事が得られるのは、派遣社員が一生懸命仕事をしてきたことの賜物でもあります。「社員を大切にしなければ」と、あらためて思います。 ―働く高齢者を支える仕事をするにあたり、大切にしていることはどのようなことでしょうか。 高木 当社の経営理念は「働く人を大切にする」こと。「顧客よりもさらに大事なのが社員だ」との考えのもと、仕事をしています。また、人は「元気だから働く」のではなく、「働くから元気になる」という意識も大切です。多くはなくても、働いて給料をもらえれば、お孫さんにお小遣いをあげて、喜ぶ顔を見ることができる。ゴルフでも、ダンスでも、趣味に使って楽しめる―。働いて楽しむことで、世の中も少し明るくなるのかなと思いますね。 ―高齢者が生涯現役で、活き活きとして仕事を続けていくために、どんな課題があると考えていますか。 高木 働き方改革が進んでいますが、われわれにとってはまだ、厳しい面があると考えています。例えば、年金受給者の場合、働いて収入が一定以上に増えれば、在職老齢年金の仕組みで年金額が削られてしまいます。働き手として必要とされ、せっかく働いたのに、働いた分が減るという制度には矛盾を感じるのです。  これから間違いなく、働き手不足の時代が到来し、派遣業でも70歳、75歳まで働くことがあたり前。そんな時代になっていくでしょう。だからこそ、そういった矛盾がなくなってくれるといいな、と思っています。(取材・沼野容子) 写真のキャプション 営業部営業第二グループ部長の高木章さん 【P50-51】 いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第41回 「フリーランス」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  フリーランスという用語は、柔軟な働き方の一形態として近年ますます目にする機会が増えています。一方で、具体的な内容がわからずに使われがちな用語でもあります。 フリーランスとは働き方を示す用語  まず押さえておきたいのは、フリーランスは法律上の用語ではないという点です。そのため情報によってフリーランスをさす範囲や対象者数が異なっている状況ですが、「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」※1をみると、「実店舗がなく、雇人もいない自営業主や一人社長であって、自身の経験や知識、スキルを活用して収入を得る者を指す」とあります。内閣官房の統一調査では、@自身で事業等を営んでいる(自営業である)、A従業員を雇用していない、B実店舗を持たない、C農林漁業従事者ではない、という「働き方」の要件を満たすものをフリーランスとして対象者数を試算しています。  個人事業主と混同されがちですが、個人事業主は、自身で事業を営むに際して、法人を設立せずに、税務署に対して「個人事業の開業・廃業等届出書」を提出したものが対象となる「税法上」の区分をさします。一方で、@〜Cの「働き方」の要件を満たせば企業などの法人(人間〈自然人〉と同様の権利・義務を持つ組織)経営者であってもフリーランスに含まれます。また、従業員を雇用していても個人事業主の対象となりますが、フリーランスの対象には含まれません。個人事業主とフリーランスはイメージとしては似ていますが、区分の目的や対象者が必ずしも一致せず、別物として使用すべき用語ということになります。 雇用との違いを理解することが重要  近年、自身で選択する人が増えているといわれるフリーランスですが、企業に雇用される従業員(以下、「従業員」)とは大きく異なる点がいくつもあり、理解しておくことが非常に重要です。以下に人事関連に絞った違いをあげてみます。  一つめは、企業からの報酬の支払われ方の違いです。従業員には企業との雇用契約に基づき労働の対価として毎月定められた給与が支払われます。フリーランスについては、企業とは雇用契約を結ばず、業務の内容や報酬の額、支払い時期などを定めた業務委託契約に基づき、報酬が支払われることになります。業務委託契約は法律上では、請負契約※2と準委任契約※3に分かれています。準委任契約の場合は仕事が完成しなくても定められた業務を遂行していれば報酬は支払われますが、請負契約は仕事が完成しないかぎり報酬は支払われません。契約内容によっては報酬が支払われない時期もあるという点が従業員と異なります。  二つめは、従業員には労働条件に関する最低条件などを定めた労働基準法が適用されますが、フリーランスは企業と雇用契約を結ばず労働者に原則該当しない※4ため、労働基準法の適用対象外となる点です。例えば、従業員については時間外労働や休日についての規制が存在しますが、フリーランスについては規制対象外となるため、業務が終わらなければ何時間でも働くことや、時間単価が最低賃金を下回ることもありえます。  三つめは、加入できる公的保険の違いです。健康保険について従業員は企業が属する健康保険組合に加入し、保険料の支払いは企業と本人で折半です。フリーランスは都道府県・市区町村が運営する国民健康保険への加入が基本で、保険料も全額自身で支払う必要があります。年金保険については、従業員は国民年金に上乗せする形で厚生年金に加入となりますが(一部適用外あり)、フリーランスは法人化しないかぎり厚生年金には加入できません。将来受け取れる年金を上乗せしたい場合には国民年金基金に加入するなど、自身で対応をとる必要があります。また、従業員は雇用保険(労働者が失業、休業した場合に手当が支給される)や労災保険(労働者の業務上の事由または通勤による労働者の傷病等に対して必要な保険給付が行われる)の対象ですが、フリーランスはともに対象外(労災保険については特別加入あり)です。 フリーランスの課題と対応  これまで見たように、フリーランスは労働者保護制度の適用対象外となるなどの課題も多く、政府も実態把握とその対応を進めてきました。  フリーランスの諸問題が浮き彫りになった「フリーランス実態調査結果」※5の資料を参照すると、労働者保護制度の適用以外にも課題が見えてきます。一つの課題は、収入の不安定さ・少なさです。同調査のなかで収入が少ない・安定しないという回答は6割、フリーランスの年収として最も多いのが本業で200万円以上300万円未満(19%)、副業で100万円未満(74%)という決して高いとはいえない年収です。次に課題となるのが、取引先とのトラブル経験がある者37.7%(トラブル内容として、「発注の時点で報酬や業務内容などが明示されなかった」37.0%、「報酬の支払いが遅れた・期日に支払われなかった」28.8%)のうち、トラブルについて「交渉せずに受け入れた」が21.3%、「交渉せず、自分から取引を中止した」が10.0%という、発注側にかたよった力関係です。  これらの状況を改善し、フリーランスが安定的に働く環境を整備するために、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)」が2023年5月12日に公布(2024年秋ごろ施行予定)。同法により、以下の点が義務となりました。 @書面等による取引条件の明示 A報酬支払期日の設定・期日内の支払 B禁止事項(フリーランスに責任がないのに発注した物品等を受け取らない、発注時に決めた報酬額を後で減額すること等の禁止) C募集情報の的確表示 D育児介護等と業務の両立に対する配慮 Eハラスメント対策に係る体制整備 F中途解除等の事前予告  日本のフリーランス人口は、2020年時点で462万人というかなりの数に上ります。70歳までの就業機会の確保の選択肢として「70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入」もあり、フリーランスは今後も増えていくことが想定されます。そのため、フリーランスの保護に関する制度や施策のいっそうの拡充が望まれます。  次回は、「最低賃金」について解説します。 ※1 内閣官房・公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省『フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン』(令和3年3月26日) ※2 請負契約……当事者の一方が「ある仕事を完成する」ことを約束し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約束する契約 ※3 準委任契約……当事者の一方が「法律行為以外の事実行為をする」ことを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することを内容とする契約 ※4 雇用契約を結んでいなくても、業務内容や遂行方法、勤務場所と勤務時間などについて具体的な指示や拘束を発注者側から受けているなど、法律上の「労働者」にあたる(労働者性がある)場合もある ※5 内閣官房日本経済再生総合事務局『フリーランス実態調査結果』(令和2年5月) 【P52】 日本史にみる長寿食 FOOD 361 サケはトップクラスの長寿食 食文化史研究家● 永山久夫 赤い身のパワー  日本では古くから、「赤」は不老長寿や永遠の美しさ、悪霊を追い払うなどのパワーが強い特別な色として神聖視されてきました。  神様をまつる神社の鳥居が赤く塗られているのも、永遠の若さをお祈りするためといわれています。小豆などの赤色の食材も、不老や厄除けの食材として用いられてきました。  赤い色をした縁起のよい食べ物といえば、なんといってもサケ。お正月の祝い魚や神様へのお供えとして欠かせないのは、不老長寿に役立つからです。  サケ特有の赤い色は、アスタキサンチンという抗酸化成分です。体細胞の酸化を防ぐパワーが強力で、若返りに効果が高いという評価があり、世界的に人気を集めています。  サケは、アイヌ語で「カムイチェプ(神の魚)」と呼ぶそうですが、まさに神秘的なパワーを身につけた魚だったのです。 アスタキサンチンの長寿効果  サケは、神様からの贈り物という考え方がありますから、頭から尾まで残すことなくいただかないと申し訳がたちません。  実際に、塩サケは頭部も皮も、骨もえらも、さらに尾まで脂ののりがよく、サケ特有のアミノ酸が豊富なために、どこを口にしても美味なのです。  しかも、不老長寿に役立つ成分もたっぷり。現代は、「若返り」にどんどんチャレンジして、80、90歳になってもバリバリ仕事をこなして長寿を楽しむ「人生100年時代」。その後押し食のトップがサケといっても決して過言ではありません。  サケには、ほかにもアミノ酸バランスのよいタンパク質や脂質、ビタミンA、B1、B2、D、E、カルシウム、マグネシウム、亜鉛などがバランスよく含まれています。そして、老化を防ぐといわれる抗酸化成分のアスタキサンチンが含まれているのに加え、血液のサラサラ効果を高めるEPA(エイコサペンタエン酸)や、記憶力を高め学習能力を強くするというDHA(ドコサヘキサエン酸)も多く、サケをコンスタントに摂ることによって、認知症予防に役立つことも報告されています。情報化や長寿時代にはありがたい栄養成分です。たくさん摂ってこの年末を乗り切りましょう。 【P53】 心に残る“あの作品”の高齢者  このコーナーでは、映画やドラマ、小説や演劇、音楽などに登場する高齢者に焦点をあて、高齢者雇用にかかわる方々がリレー方式で、「心に残るあの作品の高齢者」を綴ります 第7回 小説『姥(うば)ざかり』(著/田辺(たなべ)聖子(せいこ)1981年) トレノケート株式会社 国家資格キャリアコンサルタント 産業カウンセラー 田中(たなか)淳子(じゅんこ)  かくありたいと思う憧れの女性がいます。田辺聖子さんの小説『姥ざかり』の主人公、歌子さん、76歳。  明治生まれで昭和初期に船場(せんば)の商家に嫁ぎ、戦後、力が抜けてしまった姑と夫に代わり、商売を盛り立てて、事業を大きくします。その会社を長男にゆずってからは、いっさい仕事にかかわらず、自分のしたいことをして生きている、その姿がじつに頼もしく清々しいのです。  本家の屋敷は古くて不便だと息子にゆずり、歌子さんは東神戸の海も山も見えるマンションに一人暮らし。3人の息子やその連れ合いたちは、歌子さんを年寄り扱いし、何かと「一人では不便では」といってくるものの、歌子さんを心配してのことではなく、息子が3人もいて親を一人で住まわせているのは世間体が悪いと考えていることもお見通しです。  歌子さんはとにかく忙しく、子どもや孫たちの相手などしている暇がありません。絵画や英語を習い、お習字を教え、白いスーツを身にまとい、観劇など外出も楽しみ、とにかく充実した日々を送っています。  朝食は、グレープフルーツと紅茶とトースト。次男宅に泊まった際、年寄りは味噌汁と漬物好きなのだろうと出されたことに対して、「洋風料理が好きな年寄りもいるのだ」と憤慨します。  晩酌の描写も素敵です。  『五勺の日本酒に、ヒラメのエンガワなんかのお刺身。灰若布(はいわかめ)を水にもどして、さっと、しらす干しなんかと二杯酢であえたもの』、『ときどき、ベランダの鉢から、花のつぼみをとって来て、箸枕にしたり』、『それらを心しずかに、ひとくち、ひとすすり、しつつ食べる』。自分の好きなものを好きなようにいただく生活を手放してなるものかと思っているのです。  必死に働いて、夫も見送り、やっと得られた一人の暮らし。老人仲間が愚痴をこぼしたり、孫自慢ばかりしたりするのにうんざりしている歌子さんは、ひたすら「自分のいま」を楽しむことに集中しています。  3人の息子が連絡しては煩(わずら)わしいことばかりいってきますが、その面倒くささがあるから、いまの暮らしも楽しめるのかもしれないと思ったりもする歌子さん。  男女雇用機会均等法第一世代の私は、同性の先輩が長く身近にいませんでした。みな、職場を去ったからです。歌子さんの物語を読んでいると、凛とした引退後の生活がとても魅力的で、懸命に働いた後、こういう生活が待っているなら、歳を重ねることも悪くないと思わせてくれます。「歌子さん」の小説はシリーズ化されており、いまでも手に入るので、ぜひ読んでみてください。 田辺聖子『姥ざかり』 (新潮社 刊) 【P54-55】 令和6年度 高年齢者活躍企業コンテスト  高年齢者活躍企業コンテストでは、高年齢者が長い職業人生の中でつちかってきた知識や経験を職場等で有効に活かすため、企業等が行った創意工夫の事例を広く募集・収集し、優秀事例について表彰を行っています。  優秀企業等の改善事例と実際に働く高年齢者の働き方を社会に広く周知することにより、企業等における雇用・就業機会の確保等の環境整備を図り、生涯現役社会の実現に向けた気運を醸成することを目的としています。  高年齢者がいきいきと働くことができる創意工夫の事例について多数のご応募をお待ちしています。 T 応募内容 募集する創意工夫の事例の具体的な例示として、以下の取組内容を参考にしてください。 取組内容 内容(例示) 高年齢者の活躍のための制度面の改善 @定年制の廃止、定年年齢の延長、65歳を超える継続雇用制度(特殊関係事業主に加え、他の事業主によるものを含む)の導入 A創業支援等措置(70歳以上までの業務委託・社会貢献)の導入(※1) B賃金制度の見直し C人事評価制度の導入や見直し D多様な勤務形態、短時間勤務制度の導入 等 高年齢者の意欲・能力の維持向上のための取組 @高年齢者のモチベーション向上に向けた取組や高年齢者の役割等の明確化 (役割・仕事・責任の明確化) A高年齢者が活躍できる職場風土の改善、従業員の意識改革、職場コミュニケーションの推進 B高年齢者による技術・技能継承の仕組み (技術指導者の選任、マイスター制度、技術・技能のマニュアル化、若手社員や外国人技能実習生、障害者等とのペア就労や高年齢者によるメンター制度等、高年齢者の効果的な活用等) C中高年齢者を対象とした教育訓練、キャリア形成支援(高年齢者の前段階からのキャリア形成支援を含む)の実施(キャリアアップセミナーの開催) D高年齢者が働きやすい支援の仕組み (職場のIT化へのフォロー、力仕事・危険業務からの業務転換) E新職場の創設・職務の開発 等 高年齢者が働き続けられるための作業環境の改善、健康管理、安全衛生、福利厚生の取組 @作業環境の改善 (高年齢者向け設備の改善、作業姿勢の改善、配置・配属の配慮、創業支援等措置対象者への作業機器の貸出) A従業員の高齢化に伴う健康管理・メンタルヘルス対策の強化 (健康管理体制の整備、健康管理上の工夫・配慮) B従業員の高齢化に伴う安全衛生の取組(体力づくり、安全衛生教育、事故防止対策) C福利厚生の充実(休憩室の設置、レクリエーション活動、生涯生活設計の相談体制) 等 ※1「創業支援等措置」とは、以下の@・Aを指します。 @70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入 A70歳まで継続的に、「a.事業主が自ら実施する社会貢献事業」または「b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業」に従事できる制度の導入 U 応募方法 1.応募書類等 イ.指定の応募様式に記入していただき、写真・図・イラスト等、改善等の内容を具体的に示す参考資料を添付してください。また、定年制度、継続雇用制度及び創業支援等措置並びに退職事由及び解雇事由について定めている就業規則等の該当箇所の写しを添付してください(該当箇所に、引用されている他の条文がある場合は、その条文の写しも併せて添付してください)。なお、必要に応じて当機構から追加書類の提出依頼を行うことがあります。 ロ.応募様式は、当機構の各都道府県支部高齢・障害者業務課(※2)にて、紙媒体または電子媒体により配付します。また、当機構のホームページ(※3)からも入手できます。 ハ.応募書類等は返却いたしません。 ニ.提出された応募書類の内容に係る著作権及び使用権は、厚生労働省及び当機構に帰属することとします。 2.応募締切日 令和6年2月29日(木)当日消印有効 3.応募先 各都道府県支部高齢・障害者業務課(※2)へ郵送(当日消印有効)または連絡のうえ電子データにて提出してください。 ホームページはこちら ※2 応募先は本誌65ページをご参照ください。 ※3 URL:https://www.jeed.go.jp/elderly/activity/activity02.html V 応募資格 1.原則として、企業からの応募とします。グループ企業単位での応募は不可とします。 2.応募時点において、次の労働関係法令に関し重大な違反がないこととします。 (1)令和3年4月1日〜令和5年9月30日の間に、労働基準関係法令違反の疑いで送検され、公表されていないこと。 (2)「違法な長時間労働や過労死等が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長等による指導の実施及び企業名の公表について」(平成29年1月20日付け基発0120第1号)及び「裁量労働制の不適正な運用が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長による指導の実施及び企業名の公表について」(平成31年1月25日付け基発0125第1号)に基づき公表されていないこと。 (3)令和5年4月以降、職業安定法、労働者派遣法、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法、パートタイム・有期雇用労働法に基づく勧告又は改善命令等の行政処分等を受けていないこと。 (4)令和5年度の障害者雇用状況報告書において、法定雇用率を達成していること。 (5)令和5年4月以降、労働保険料の未納がないこと。 3.高年齢者が65歳以上になっても働ける制度等を導入(※4)し、高年齢者が持つ知識や経験を十分に活かして、いきいきと働くことができる職場環境となる創意工夫がなされていることとします。 ※4 平成24年改正の高年齢者雇用安定法の経過措置として継続雇用制度の対象者の基準を設けている場合は、当コンテストの趣旨に鑑み、対象外とさせていただきます。 4.応募時点前の各応募企業等における事業年度において、平均した1月あたりの時間外労働時間が60時間以上である労働者がいないこととします。 W 審査  学識経験者等から構成される審査委員会を設置し、審査します。  なお、応募を行った企業等または取組等の内容について、労働関係法令上または社会通念上、事例の普及及び表彰にふさわしくないと判断される問題(厚生労働大臣が定める「高年齢者就業確保措置の実施及び運用に関する指針」等に照らして事例の普及及び表彰にふさわしくないと判断される内容等)が確認された場合は、この点を考慮した審査を行うものとします。 X 賞(※5) 厚生労働大臣表彰 最優秀賞 1編 優秀賞 2編 特別賞 3編 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長表彰 優秀賞 若干編 特別賞 若干編 クリエイティブ賞 若干編 ※5 上記は予定であり、各審査を経て入賞の有無・入賞編数等が決定されます。 Y 審査結果発表等  令和6年9月中旬をめどに、厚生労働省および当機構において各報道機関等へ発表するとともに、入賞企業等には、各表彰区分に応じ、厚生労働省または当機構より直接通知します。  また、入賞企業の取組事例は、厚生労働省および当機構の啓発活動を通じて広く紹介させていただくほか、新聞(全国紙)の全面広告、本誌およびホームページなどに掲載します。 みなさまからのご応募をお待ちしています 過去の入賞企業事例を公開中!ぜひご覧ください! 「高年齢者活躍企業事例サイト」 当機構が収集した高年齢者の雇用事例をインターネット上で簡単に検索できるWebサイトです。「高年齢者活躍企業コンテスト表彰事例(『エルダー』掲載記事)」、「雇用事例集」などで紹介された228事例を検索できます。今後も、当機構が提供する最新の企業事例情報を随時公開します。 高年齢者活躍企業事例サイト 検索 主催 厚生労働省、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 当機構では厚生労働省と連携のうえ、企業における「年齢にかかわりなく生涯現役でいきいきと働くことのできる」雇用事例を普及啓発し、高年齢者雇用を支援することで、生涯現役社会の実現に向けた取組みを推進していきます。 【P56-57】 BOOKS 会社を大きく成長させた著者が、人材の悩みを解決するヒントを明かす! 人材を磨く経営 中小企業は社員の個性を活かして伸ばす 鈴木(すずき)康仁(やすひと) 著/幻冬舎/1760円  2023(令和5)年夏に日本商工会議所・東京商工会議所が実施した中小企業の人手不足に関する調査結果によると、人手が「不足している」と回答した企業の割合が68.0%に達し、調査を開始した2015(平成27)年以降、最高となった。人材確保や育成に悩みを抱えながら、どのように解決したらよいのか、具体的な方法がわからないという中小企業の経営者は多いだろう。  本書の著者は、2002年に物流商社を創業し、20年間で年商100億円、社員300人のグループへと成長。本書は、中小企業における人材採用と人材育成の基本的な考え方を整理したうえで、著者が実際に行ってきた「可能性を秘めた人材の見極め方」や「人材の磨き方」について解説。採用の基準や面接時の取組み、個性を伸ばすための独自のルールや仕組みなど、「大企業ではおそらくやらない」とされる取組みが多数披露されている。人材育成は、オンラインで管理し、だれもが自由に閲覧できる日報を活用しているという。また、「上司は部下のためにいる」という考え方をベースにした、独自の組織づくりについても明かしている。  人材不足に悩む中小企業の経営者にとって、解決の手がかりが見つかる一冊といえるだろう。 職場のメンタルヘルスケアについて「知っておきたいこと」を実践的にわかりやすく解説 職場のメンタルヘルスケア入門 編集代表 宮岡(みやおか)等(ひとし)、編集 淀川(よどがわ)亮(りょう)・田中(たなか)克俊(かつとし)・鎌田(かまた)直樹(なおき)・三木(みき)明子(あきこ)/医学書院/3740円  厚生労働省の令和4年度「過労死等の労災補償状況」によると、精神障害に関する労災請求件数と支給決定件数が、前年度に続き過去最多を更新した。また、働く人の半数以上が仕事に何らかの強いストレスや不安を感じているという調査結果もあり、職場におけるメンタルヘルス対策の重要性がさらに増している。  本書は、職場のメンタルヘルスにかかわるすべての人に向けて、適切な精神医学の知識をベースにして解説された入門書だ。現場に即した内容として、産業医、産業保健スタッフにアンケート調査を実施し、結果をふまえて広範かつ体系的に問題を取り上げたという。  執筆は、産業医として活動している精神科医が中心となり、Q&A形式で簡潔かつ平易な文章で説明。編集には、産業看護職、弁護士も加わり、多面的な視点で問題に対応している。  高齢者雇用と関連する内容では、「どのようなときに認知症を疑って受診勧奨したほうがよいか」という質問があり、職場で認知症を疑う症状や、認知症のような症状を呈する疾患について解説し、対応の仕方にも触れている。  職場のメンタルヘルスケアにかかわる人や学びたい人などに、大いに役立つ入門書である。 「老後も幸せが続く」知られざる方法が満載 「老年幸福学」研究が教える60歳から幸せが続く人の共通点 前野(まえの)隆司(たかし)・菅原(すがわら)育子(いくこ)著/青春出版社/1210円  いつまでも年をとらず長生きする「不老長寿」は、人類の永遠の夢だといわれる。年をとることに、あまりよいイメージがないからだろう。しかし、科学的見地をもとにしたデータによると、老いることは必ずしも不幸ではないという。  本書は、「60歳からも幸せな生活を続けること」をテーマに、人間関係、お金、仕事、生きがい、健康などの切り口から、「幸福学」と「老年学」のデータをもとに、そのヒントを解説する。幸福を科学的手法で評価する幸福学と老化や長寿について研究する老年学をかけ合わせることにより、幸福感が高齢者の寿命に深くかかわっていることや、人のためにお金を使うと自分も幸せになること、健康寿命を超えても幸せな老後を過ごせることなど、これまであまり知られていなかったできごとも紹介されている。  シニアの幸せのカギとしては、「つながり」をあげている。例えば、男性の育休取得は、家族のためではあるが、子どもを通じた親同士のコミュニティができる機会であり、将来の自分のためにもなることを認識すべきだと指摘する。  60歳を意識しはじめた人やすでに超えた人はもとより、従業員の幸せと健康を考える企業経営者や人事担当者にも参考になる内容だ。 キャリア、健康、お金…各分野の専門家が教える生涯生活プランニング LIFE100+人生を整えるためのキャリア・健康・資産管理 人生100年時代50歳からのライフ・デザインづくり 梶原(かじわら)豊(ゆたか)・高沢(たかざわ)謙二(けんじ)・菊池(きくち)真由子(まゆこ)・春日井(かすがい)淳夫(あつお)・木谷(きや)光宏(みつひろ)・澤木(さわき)明(あきら)・小林(こばやし)ふじ子・長山(ながやま)萌(もえ) 著/産労総合研究所出版部 経営書院/1760円  充実した人生を送るためには、将来に向けて自ら積極的に「人生を整える」ことが大切な時代になっているという。  本書は、高齢期において日常生活をどう送り、生涯生活計画をどう立てて行動するかを考えるための道筋や、ノウハウ、情報が詰まった一冊。  漠然と定年や高齢期を迎えるのではなく、いままで歩んできた50年間をふり返り、蓄積した職業能力やキャリア、取得した資格などの資産を有効に活用し、そこから先の態勢を考えていきたい。そのために行うこととして、自分のセールスポイントと学ぶことの確認や、ライフシフト(人生行路転換)のための具体的行動、生涯現役のための健康管理、50歳からの生活と経済プラン、資産管理と運用、公的年金をはじめとした社会保険についての知識などを、各分野の8人の専門家が、伝えたいことや知っておきたいことを解説している。  また、効果的な時間管理への取組み、人と人とのつながりを大切にするなど、生涯現役時代に求められる行動力についても示している。  定年後が気になる世代はもちろん、企業における中高年齢者を対象にしたライフプラン研修、キャリア研修などの教材としても活用できる。 「4年に一度の学び直し」で、AI時代を生き抜こう! AI時代を生き抜くということChatGPTとリスキリング 石角(いしずみ)友愛(ともえ) 著/日経BP/1980円  インターネットを使うことがあたり前になったのと同じように、ビジネスの現場ではChatGPTをはじめとする生成AIを活用することが通常になっていく。そんな情報にモヤモヤして、立ち往生してはいないだろうか。  本書は、AI時代を生き抜くビジネスパーソンにとって必要なリスキリングについて、順を追って説明する実践的なガイドブックである。  著者は、米国シリコンバレーでAIビジネスの最前線に立ち、多くの日本企業に対してAI・DX支援を提供している。冒頭では、大学で4年間学んだスキルを活かして40年間働ける「4to40」の時代は終わり、いまは4年間学んで4年間働く「4to4」の時代になっていると説く。つまり、4年に1度ほどの継続的な学び直しが必要な時代になっているという。  そして、進化の著しいAI時代に求められる人材像をあげ、そうした人材になるために必要なリスキリングを紹介。さらに、リスキリングを成功に導く「LEARN(ラーン)+Aステップ」について詳しく解説していく。  年齢にかかわらずリスキリングが必要なことや、リスキリングをする際に目ざす方向性を主体的に意識して行うことの重要性も伝えている。 ※このコーナーで紹介する書籍の価格は、「税込価格」(消費税を含んだ価格)を表示します 【P58-59】 ニュース ファイル NEWS FILE 行政・関係団体 厚生労働省 長時間労働が疑われる事業場に対する令和4年度の監督指導結果  厚生労働省は、2022(令和4)年度に実施した長時間労働が疑われる事業場に対する監督指導の結果を公表した。監督指導を行った事業場の42.6%に違法な時間外・休日労働が認められた。  この監督指導は、各種情報から時間外・休日労働数が1カ月あたり80時間を超えていると考えられる事業場や、長時間にわたる過重な労働による過労死等に係る労災請求が行われた事業場を対象としている。  結果をみると、監督を行った3万3218事業場のうち、2万6968事業場(全体の81.2%)で労働基準関係法令違反が認められた。おもな違反は、違法な時間外・休日労働があったものが1万4147事業場(全体の42.6%)、賃金不払残業があったものが3006事業場(同9.0%)、過重労働による健康障害防止措置が未実施のものが8852事業場(同26.6%)となっている。  違法な時間外・休日労働があった事業場のうち、時間外・休日労働(法定労働時間を超える労働および法定休日の労働)の実績がもっとも長い労働者の時間数が1カ月あたり80時間を超えるものが5247事業場(37.1%)、同100時間を超えるものが3320事業場(23.5%)、同150時間を超えるものが752事業場(5・3%)、同200時間を超えるものが168事業場(1.2%)となっている。 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_34504.html 厚生労働省 専門実践教育訓練の指定講座を公表 (令和5年10月1日付け指定)  厚生労働省は、教育訓練給付金の対象となる「専門実践教育訓練」の2023(令和5)年10月1日付指定講座として新たに129講座を決定し、公表した。  指定された129講座の訓練内容の内訳をみると、業務独占資格または名称独占資格の取得を訓練目標とする養成課程(介護福祉士、看護師、美容師、社会福祉士、保育士、歯科衛生士など)が69講座、専門学校の職業実践専門課程およびキャリア形成促進プログラム(商業実務、衛生関係、工業関係など)が25講座、専門職学位課程(ビジネス・MOT、法科大学院、教職大学院など)が7講座、大学等の職業実践力育成プログラム(特別の課程〈保健〉、正規課程〈保健〉など)が3講座、第四次産業革命スキル習得講座(AI、データサイエンス、セキュリティなど)が25講座となっている。  なお、今回の指定により、すでに指定済みのものを合わせると、2023年10月1日時点の給付対象講座数は2861講座になる。  「教育訓練給付」は、労働者の主体的なキャリアアップを支援するため、厚生労働大臣が指定する教育訓練を受講・修了した際に、経費の一部が支給されるもの。そのうち「専門実践教育訓練給付」は、厚生労働大臣が指定する教育訓練を受講し修了した場合に、受講費用の50%(年間上限40万円)が支給される。また、訓練修了後1年以内に資格等を取得し、就職などをした場合には受講費用の20%(年間上限16万円)が追加支給される。 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_34593.html 総務省 「統計からみた我が国の高齢者」  総務省統計局は、敬老の日に合わせて、「統計からみた我が国の高齢者」を公表した。  人口推計によると、2023(令和5)年9月15日現在の総人口は、1億2442万人で、前年に比べ54万人減少した。また、65歳以上の高齢者(以下、「高齢者」)人口は、3623万人で、前年に比べ1万人減少し、1950年以降初めて減少した。総人口に占める高齢者人口の割合は29.1%となり、前年に比べ0.1ポイント上昇し、過去最高。年齢階級別にみると、70歳以上は2889万人で、前年に比べ20万人増(0.2ポイント上昇)、75歳以上は2005万人で、前年に比べ72万人増(0.6ポイント上昇)、80歳以上は1259万人で、前年に比べ27万人増(0.2ポイント上昇)。  2022年の高齢者の就業者数は、2004年以降、19年連続で前年に比べ増加して912万人となり、過去最多。15歳以上の就業者総数に占める高齢就業者の割合は13.6%で、前年に比べ0.1ポイント上昇し、過去最高となっている。就業者のおよそ7人に1人を高齢就業者が占めている。  高齢者の就業率は25.2%で、前年に比べ0.1ポイント上昇。年齢階級別にみると、65〜69歳は50.8%、70〜74歳は33.5%と、いずれも過去最高。産業別で10年前と比較すると、最も増加しているのは「医療、福祉」の65万人増で、10年前の約2.7倍となっている。次いで、「サービス業(他に分類されないもの)」で40万人増、「建設業」で34万人増などとなっている。 https://www.stat.go.jp/data/topics/topi1380.html 産業雇用安定センター 「従業員の『副業・兼業』に関するアンケート調査」結果  公益財団法人産業雇用安定センターは、厚生労働省の補助事業として、雇用型の副業・兼業に関する情報提供モデル事業(ビジネス人材雇用型副業情報提供事業)を、2023(令和5)年10月2日から展開している。この事業実施に先立ち、「従業員の『副業・兼業』に関するアンケート調査」を、2023年6月〜7月に実施し、その結果を公表した。調査対象企業数は、7609社(回答数1054件)。  調査結果をみると、「雇用による副業・兼業」を認めている割合は25.7%、今後「雇用による副業・兼業」を認める予定の割合は6.2%で、あわせて約3割となっている。一方で、「個人事業主等としての副業・兼業」を認めている割合は13.4%、今後「個人事業主としての副業・兼業」を認める予定の割合は3.1%で、あわせて約2割。また、「認める予定はない」は27.7%、「検討していない」が23.9%で、あわせて約5割となっている。  「副業・兼業を認める」、「認める予定がある」と回答した企業のうち、その対象者となる年代は「限定していない」が93.4%となっている。  従業員の「副業・兼業」を認めている(認めようとしている)目的について(複数回答可)みると、「多様な働き方の実現」(回答数252)、「従業員のモチベーション向上」(同157)、「従業員の自律的なキャリア形成」(同153)が上位を占めている。また、「従業員のセカンドライフへの関心の高まり」の回答数は94で、上から7番目となっている。 https://www.mhlw.go.jp/content/11703000/001145565.pdf 調査・研究 日本商工会議所・東京商工会議所 「人手不足の状況および多様な人材の活躍等に関する調査」集計結果  日本商工会議所ならびに東京商工会議所は、全国の中小企業6013社を対象として、2023(令和5)年7月から8月にかけて「人手不足の状況および多様な人材の活躍等に関する調査」を実施。その集計結果を公表した(回答率51.9%)。  人手が「不足している」と回答した企業割合は68.0%で、2015年の調査実施以降、最高となっている。人手が「不足している」と回答した企業のうち、6割以上が「非常に深刻」(6.9%)、または「深刻」(57.2%)と回答している。業種別では、人手が「不足している」との回答は、介護・看護業(86.0%)、建設業(82.3%)、宿泊・飲食業(79.4%)で約8割となっており、最も低い製造業でも約6割(58.8%)となっている。  人材確保に向けた取組みとしては、「賃上げの実施、募集賃金の引上げ」(72.5%)が最も多く、「ワークライフバランスの推進(残業時間の削減等)」(38.1%)が続いている。一方で、「多様で柔軟な時間設定による働き方の推進」(15.4%)、「兼業・副業の許可」(14.3%)、「場所にとらわれない柔軟な働き方の推進(テレワーク等)」(12.0%)など、多様で柔軟な働き方の推進はいずれも2割以下となっている。女性のキャリアアップ支援については、「必要性を感じている」との回答が8割強(84.3%)に達しているものの、うち6割弱が「十分取り組めていない」と回答している。 https://www.jcci.or.jp/news/jcci-news/2023/0928140000.html 連合総合生活開発研究所 「2022年非正規雇用労働者の働き方・意識と労働組合に関する調査」報告書を公表  公益財団法人連合総合生活開発研究所は、「非正規雇用労働者の働き方・意識と労働組合に関する調査」報告書を公表した。  全国の20〜64歳の民間の非正規で雇用される労働者(パートタイマ―・アルバイト、契約社員・準社員、派遣労働者、嘱託社員)2500人(組合員500人、非組合員2000人)を対象に、「就業状況や職場環境」の実態、「公的年金や社会保険の加入状況」、同一労働同一賃金など「非正規労働に関するルール」についての認知、「新型コロナウイルス感染症拡大による仕事への影響」、「労働組合について」、「暮らしや家計の状況」などについて、2022(令和4)年11月から12月にかけて調査を行った。同一労働同一賃金のルールについてみると、「知っている」が8.9%、「ある程度知っている」が22.6%。一方で、「知らない・はじめて聞いた」が30.1%となっている。  また、同研究所では、非正規で働く労働者のために労働組合等が行っている取組みの現状とその課題を明らかにすることを目的として、2023年3月〜6月にかけて、9つの労働組合・NPO・団体にインタビュー調査も実施し、そのインタビュー概要もホームページに掲載している。 ●調査報告書 https://www.rengo-soken.or.jp/work/2023/08/311630.html ●インタビュー概要 https://www.rengo-soken.or.jp/work/2023/08/311700.html 【P60】 次号予告 1月号 特集 シニア世代のワーク・ライフ・バランス 〜多様な働き方が実現する充実した高齢期〜 リーダーズトーク 昇 幹夫さん(産婦人科医、日本笑い学会副会長) JEEDメールマガジン好評配信中! 詳しくは JEED メルマガ 検索 ※カメラで読み取ったリンク先がhttps://www.jeed.go.jp/general/merumaga/index.htmlであることを確認のうえアクセスしてください。 お知らせ 本誌を購入するには 定期購読のほか、1冊からのご購入も受けつけています。 ◆お電話、FAXでのお申込み 株式会社労働調査会までご連絡ください。 電話03-3915-6415 FAX03-3915-9041 ◆インターネットでのお申込み @定期購読を希望される方 雑誌のオンライン書店「富士山マガジンサービス」でご購入いただけます。 富士山マガジンサービス 検索 A1冊からのご購入を希望される方 Amazon.co.jpでご購入いただけます。 編集アドバイザー(五十音順) 猪熊律子……読売新聞編集委員 上野隆幸……松本大学人間健康学部教授 大木栄一……玉川大学経営学部教授 大嶋江都子……株式会社前川製作所コーポレート本部総務部門 金沢春康……一般社団法人100年ライフデザイン・ラボ代表理事 佐久間一浩……全国中小企業団体中央会事務局次長 田村泰朗……太陽生命保険株式会社取締役専務執行役員 丸山美幸……社会保険労務士 山ア京子……立教大学大学院ビジネスデザイン研究科特任教授、日本人材マネジメント協会理事長 六本良多……日本放送協会 メディア総局 第1制作センター(福祉)チーフ・プロデューサー 編集後記 ●今号の特集は、「ミドル世代のキャリア研修」をテーマにお届けしました。60歳以降も活き活きと働くためには、60歳以前からの準備が重要になるといわれています。40・50代の段階で、60歳以降も活躍していくために必要なスキルや能力を把握し、スキルの棚卸しや学び直しなどによるアップデートを図ることが大切です。  一方で、高齢期に向けた準備期間でもあるミドル世代は、「中年の危機」という言葉があるように、自分のキャリアに不安を感じる年代でもあるといわれています。  つまり、ミドル世代向けのキャリア研修は、高齢期に向けた準備であると同時に、ミドル世代の社員自身を活性化させるためにも、有効な取組みなのです。本企画を参考にしていただき、ぜひミドル世代のキャリア研修・キャリア支援に取り組んでいただければ幸いです。 ●「令和6年度高年齢者活躍企業コンテスト」の募集が始まりました(54、55ページ参照)。みなさまからのご応募をお待ちしています。 読者アンケートにご協力をお願いします! よりよい誌面づくりのため、みなさまの声をお聞かせください。 回答はこちらから 公式X(旧Twitter)はこちら! 最新号発行のお知らせやコーナー紹介などをお届けします。 @JEED_elder 読者の声 募集! 高齢で働く人の体験、企業で人事を担当しており積極的に高齢者を採用している方の体験、エルダーの活用方法に関するエピソードなどを募集します。文字量は400字〜1000字程度。また、本誌についてのご意見もお待ちしています。左記宛てFAX、メールなどでお寄せください。 月刊エルダー12月号No.529 ●発行日−−令和5年12月1日(第45巻 第12号 通巻529号) ●発行−−独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 発行人−−企画部長 境伸栄 編集人−−企画部次長中上英二 〒261-8558 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-2 TEL043(213)6216 FAX043(213)6556 (企画部情報公開広報課) ホームページURL https://www.jeed.go.jp メールアドレス elder@jeed.go.jp ●発売元 労働調査会 〒170-0004 東京都豊島区北大塚2-4-5 TEL03(3915)6401 FAX03(3918)8618 ISBN978-4-86319-982-8 *本誌に掲載した論文等で意見にわたる部分は、それぞれ筆者の個人的見解であることをお断りします。 (禁無断転載) 【P61-63】 技を支える vol.334 緻密で正確な手作業でいにしえの柄を現代に再現 伊勢型紙(いせかたがみ)彫刻師 宮ア(みやざき)正明(まさあき)さん(70歳) 「型紙の良し悪しを決めるのは染めるときです。そのため、染め屋さんと事前に打合せをして、染めやすい型紙づくりを一番に心がけます」 型紙づくりの技術を活かし文化財の復元・修復にも貢献  江戸小紋(こもん)や友禅(ゆうぜん)など、着物の生地に柄を染める「型染め」に用いられる道具、型紙。なかでも三重県鈴鹿(すずか)市でおもに生産される伊勢型紙は、千年以上の歴史を持ち、国の伝統的工芸品に指定されている。緻密な職人技による型紙の美しさが評価され、近年は型染めの道具だけでなく、灯りやインテリアなどにも用いられている。  「伊勢型紙は、美濃和紙(みのわし)を3枚、繊維の向きを交互にして柿渋(かきしぶ)で貼り合わせて強度をもたせた『渋紙(しぶかみ)』に、彫刻刀で柄を切り抜いてつくります」と話すのは、東京で伊勢型紙をつくる数少ない職人の一人で、大田区伝統工芸士に認定されている宮ア正明さん。注文を受けて型紙をつくるほか、昔の型紙の復刻も行っている。61ページの写真の骸骨たちが踊ったり演奏したりしているユニークな柄の型紙(「骸骨の宴」)は、宮アさんが江戸時代の柄を復刻したものだ。また、型紙づくりの技術を活かし、明治神宮「宝物殿」、浜離宮(はまりきゅう)「松の御茶屋」、寛永寺「葵の間」をはじめ、全国各地の文化財の天井絵や壁紙、襖絵(ふすまえ)などの復元や修復にも数多くたずさわっている。 1ミリの狂いもない正確さが型染めの美しい柄を生み出す  伊勢型紙が人々を魅了するのは、細かい柄を彫刻する緻密さにあるが、伊勢型紙に求められる技術はそれだけではないという。  「型染めをする際は、型紙を移動させながら順に染めていくので、型紙の端と端の柄がぴったり合わないと、きれいに連続した柄になりません。そのため、1ミリの狂いもない正確さが求められます」  さらに、細かい図柄を彫り進めるためには、根気も不可欠。制作に1カ月以上かかる型紙も珍しくない。ちょうど取材時に手がけていた唐紙の型紙もその一つ。柄の細かさに加え、8色染めのため、色ごとに8枚の型紙をつくらなければならない。しかも、8枚を重ね合わせたときにずれないように、細心の注意を払う必要がある。  「ひたすら一人でコツコツと彫り続けるこの仕事は、人によってはなかなかむずかしいかもしれません。私の場合は、逆にそれがストレス発散になっています(笑)」  彫ること以上にむずかしいのが、小刀を自分が彫りやすいように研ぐことだと宮アさんは話す。  「刃の厚みはわずか1ミリ強。砥石(といし)にあてる刃の角度が微妙で、こればかりはとにかく、くり返し練習して体得するしかありません。私の場合、うまく研げるようになるまで7〜8年かかりました」  切れ味が悪ければ仕上がりに影響する。毎日作業をする前には必ず研ぎ、一日彫る場合は途中で砥石をあてないと、切れ味が落ちてしまうそうだ。 後継者の育成は亡き師匠への恩返し  大田区役所の職員だった宮アさんが、伊勢型紙と出会ったのは1986(昭和61)年のこと。「これが人間の手でつくれるものなのか−−」。偶然展示会で目にした型紙の美しさに魅了され、その翌日、制作者である鈴鹿市出身の小林(こばやし)一(はじめ)氏に弟子入り。昼は区役所に勤務し、夜になると上野にあった小林氏の工房に通って技術を学んだ。  「最初は紙に一円玉をなぞって丸をたくさん描き、その丸をひたすら彫る練習をさせられました。初心者には、丸く彫るのが一番むずかしいんです」  そして、簡単な柄を彫っては師匠に確認してもらうことをくり返しながら、腕を磨いていった。  「師匠の仕事を手伝えるようになったのは、弟子入りして10年ほど経ってから。20年ほどして、ようやく『師匠に追いつけたかな』と思えるようになりました」  現在は、師匠が運営してきた「伊勢型紙技術保存研究会」を引き継ぎ、東京と横浜の4カ所で教室を開いている。また東京都が行っている「職人塾」でも講師を務める。  「師匠は生前、『宮ア君、後を頼むよ』とずっといわれていました。後継者を育てることは、師匠への恩返しだと思っています」 伊勢型紙技術保存研究会 TEL:080(5431)3515 (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) 写真のキャプション 8色染めの唐紙の型紙を彫っているところ。細かく描かれている絵の、幅1ミリほどの線に沿って彫っていく。細い線を彫るときは、息を止めて集中する 型紙で染めた和紙を使った灯り。ワークショップの題材にしている 上は彫った2枚の型紙を重ねて試し刷りしたもの。指先の、型紙の異なる線と線が合っている。下はずれている例 62ページの作業を拡大したところ。描かれている線の両側をなぞるように小刀を引き、線の部分を抜き取っていく 毎年開催する「伊勢型紙展」も師匠から引き継いだものの一つ。教室の生徒や自身の作品を展示し、伊勢型紙の魅力を伝える 使用する彫刻刀の数々。小刀のほか、丸い穴を開けるための錐(きり)が、大きさの違いで複数ある 植物学者シーボルトが100年以上前に日本からドイツに持ち帰った「おたくさ」(紫陽花)柄の型紙を復刻。背景の模様も細やかだ 【P64】 イキイキ働くための脳力アップトレーニング!  「色」にはさまざまな種類があり、それぞれの国や地域、歴史や風土によって、その名称も異なります。例えば、日本では、山や木々を表現する色として、緑や紅葉などにさまざまな名前があります。一方、砂漠のある国や地域では、砂を表す色が豊富にあるそうです。今回は、どこかで目にしたり耳に入ってきたりしたことのある、日本の伝統色を使った脳トレです。 第78回 漢字・色の名前 色をヒントに、□に当てはまる漢字を書きましょう。 ※色みは一例です。 目標10分 @ 黄を帯びた鮮やかな赤色 しゅいろ □色 A 明るい黄色 たまごいろ □□色 暗い青色 B 米こうじのような薄い赤みの灰黄色 こうじいろ □色 C 薄い明るい青色 そらいろ □色 D 暗い青色 あいいろ □色 E 黄みがかった明るい赤色 さんごいろ □□色 F やわらかい赤みのある黄色 こむぎ □□色 G 赤みがかった黄色 おうどいろ □□色 H わずかに赤みを含んだ濃い青色 こん □ I むらさきみがかった深い青色 ぐんじょういろ □□色 J 深みのある真っ赤なくれない色 □□ K 茶色がかった赤むらさき色 あずきいろ □□色 L 鮮やかな赤みを帯びた黄色 やまぶきいろ □□色 M 青みと黒みの濃いみどり色 ふかみどり □□ N 青みを帯びたむらさき色 えどむらさき □□□ 参考サイト:伝統色のいろは○R URL:https://irocore.com/ 昔覚えた漢字や熟語を思い出そう  頭の中にある記憶や知識を引き出す脳の働きのことを「想起力」といいますが、この想起力が衰えると、少し前のことが思い出しにくくなってしまいます。「さっきまで使っていたのに、どこに置いたか思い出せない」、「鍋に火をつけたまま、すっかり忘れてしまう」というような、困ったことが起きてしまいます。  そこで、今回の問題のような、勉強や読書などで昔覚えたり、見たり、聞いたりしたことのある漢字や熟語を思い出すことは、その想起力を鍛える、とてもよいトレーニングになります。  また、想起力のトレーニングで大切なのは、ネガティブな気持ちにならないことです。「年をとったから記憶力が落ちてしまったけど、仕方ない」という気持ちでテストを行うと、成績が落ちることがわかっています。挑戦し、もしも答えが違ったとしても気落ちしたりせず、前向きな気持ちで取り組むことが、脳を若返らせることにつながります。 篠原菊紀(しのはら・きくのり) 1960(昭和35)年、長野県生まれ。公立諏訪東京理科大学医療介護健康工学部門長。健康教育、脳科学が専門。脳計測器多チャンネルNIRSを使って、脳活動を調べている。『中高年のための脳トレーニング』(NHK出版)など著書多数。 【問題の答え】 @朱 A玉子 B麹 C空 D藍 E珊瑚 F小麦 G黄土 H紺 I群青 J真[深]紅 K小豆 L山吹 M深緑 N江戸紫 【P65】 (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 各都道府県支部高齢・障害者業務課 所在地等一覧  JEEDでは、各都道府県支部高齢・障害者業務課等において高齢者・障害者の雇用支援のための業務(相談・援助、給付金・助成金の支給、障害者雇用納付金制度に基づく申告・申請の受付、啓発等)を実施しています。 2023年12月1日現在 ホームページはこちら 名称 所在地 電話番号(代表) 北海道支部高齢・障害者業務課 〒063-0804 札幌市西区二十四軒4条1-4-1 北海道職業能力開発促進センター内 011-622-3351 青森支部高齢・障害者業務課 〒030-0822 青森市中央3-20-2 青森職業能力開発促進センター内 017-721-2125 岩手支部高齢・障害者業務課 〒020-0024 盛岡市菜園1-12-18 盛岡菜園センタービル3階 019-654-2081 宮城支部高齢・障害者業務課 〒985-8550 多賀城市明月2-2-1 宮城職業能力開発促進センター内 022-361-6288 秋田支部高齢・障害者業務課 〒010-0101 潟上市天王字上北野4-143 秋田職業能力開発促進センター内 018-872-1801 山形支部高齢・障害者業務課 〒990-2161 山形市漆山1954 山形職業能力開発促進センター内 023-674-9567 福島支部高齢・障害者業務課 〒960-8054 福島市三河北町7-14 福島職業能力開発促進センター内 024-526-1510 茨城支部高齢・障害者業務課 〒310-0803 水戸市城南1-4-7 第5プリンスビル5階 029-300-1215 栃木支部高齢・障害者業務課 〒320-0072 宇都宮市若草1-4-23 栃木職業能力開発促進センター内 028-650-6226 群馬支部高齢・障害者業務課 〒379-2154 前橋市天川大島町130-1 ハローワーク前橋3階 027-287-1511 埼玉支部高齢・障害者業務課 〒336-0931 さいたま市緑区原山2-18-8 埼玉職業能力開発促進センター内 048-813-1112 千葉支部高齢・障害者業務課 〒263-0004 千葉市稲毛区六方町274 千葉職業能力開発促進センター内 043-304-7730 東京支部高齢・障害者業務課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2794 東京支部高齢・障害者窓口サービス課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2284 神奈川支部高齢・障害者業務課 〒241-0824 横浜市旭区南希望が丘78 関東職業能力開発促進センター内 045-360-6010 新潟支部高齢・障害者業務課 〒951-8061 新潟市中央区西堀通6-866 NEXT21ビル12階 025-226-6011 富山支部高齢・障害者業務課 〒933-0982 高岡市八ケ55 富山職業能力開発促進センター内 0766-26-1881 石川支部高齢・障害者業務課 〒920-0352 金沢市観音堂町へ1 石川職業能力開発促進センター内 076-267-6001 福井支部高齢・障害者業務課 〒915-0853 越前市行松町25-10 福井職業能力開発促進センター内 0778-23-1021 山梨支部高齢・障害者業務課 〒400-0854 甲府市中小河原町403-1 山梨職業能力開発促進センター内 055-242-3723 長野支部高齢・障害者業務課 〒381-0043 長野市吉田4-25-12 長野職業能力開発促進センター内 026-258-6001 岐阜支部高齢・障害者業務課 〒500-8842 岐阜市金町5-25 G-frontU7階 058-265-5823 静岡支部高齢・障害者業務課 〒422-8033 静岡市駿河区登呂3-1-35 静岡職業能力開発促進センター内 054-280-3622 愛知支部高齢・障害者業務課 〒460-0003 名古屋市中区錦1-10-1 MIテラス名古屋伏見4階 052-218-3385 三重支部高齢・障害者業務課 〒514-0002 津市島崎町327-1 ハローワーク津2階 059-213-9255 滋賀支部高齢・障害者業務課 〒520-0856 大津市光が丘町3-13 滋賀職業能力開発促進センター内 077-537-1214 京都支部高齢・障害者業務課 〒617-0843 長岡京市友岡1-2-1 京都職業能力開発促進センター内 075-951-7481 大阪支部高齢・障害者業務課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0782 大阪支部高齢・障害者窓口サービス課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0722 兵庫支部高齢・障害者業務課 〒661-0045 尼崎市武庫豊町3-1-50 兵庫職業能力開発促進センター内 06-6431-8201 奈良支部高齢・障害者業務課 〒634-0033 橿原市城殿町433 奈良職業能力開発促進センター内 0744-22-5232 和歌山支部高齢・障害者業務課 〒640-8483 和歌山市園部1276 和歌山職業能力開発促進センター内 073-462-6900 鳥取支部高齢・障害者業務課 〒689-1112 鳥取市若葉台南7-1-11 鳥取職業能力開発促進センター内 0857-52-8803 島根支部高齢・障害者業務課 〒690-0001 松江市東朝日町267 島根職業能力開発促進センター内 0852-60-1677 岡山支部高齢・障害者業務課 〒700-0951 岡山市北区田中580 岡山職業能力開発促進センター内 086-241-0166 広島支部高齢・障害者業務課 〒730-0825 広島市中区光南5-2-65 広島職業能力開発促進センター内 082-545-7150 山口支部高齢・障害者業務課 〒753-0861 山口市矢原1284-1 山口職業能力開発促進センター内 083-995-2050 徳島支部高齢・障害者業務課 〒770-0823 徳島市出来島本町1-5 ハローワーク徳島5階 088-611-2388 香川支部高齢・障害者業務課 〒761-8063 高松市花ノ宮町2-4-3 香川職業能力開発促進センター内 087-814-3791 愛媛支部高齢・障害者業務課 〒791-8044 松山市西垣生町2184 愛媛職業能力開発促進センター内 089-905-6780 高知支部高齢・障害者業務課 〒781-8010 高知市桟橋通4-15-68 高知職業能力開発促進センター内 088-837-1160 福岡支部高齢・障害者業務課 〒810-0042 福岡市中央区赤坂1-10-17 しんくみ赤坂ビル6階 092-718-1310 佐賀支部高齢・障害者業務課 〒849-0911 佐賀市兵庫町若宮1042-2 佐賀職業能力開発促進センター内 0952-37-9117 長崎支部高齢・障害者業務課 〒854-0062 諫早市小船越町1113 長崎職業能力開発促進センター内 0957-35-4721 熊本支部高齢・障害者業務課 〒861-1102 合志市須屋2505-3 熊本職業能力開発促進センター内 096-249-1888 大分支部高齢・障害者業務課 〒870-0131 大分市皆春1483-1 大分職業能力開発促進センター内 097-522-7255 宮崎支部高齢・障害者業務課 〒880-0916 宮崎市大字恒久4241 宮崎職業能力開発促進センター内 0985-51-1556 鹿児島支部高齢・障害者業務課 〒890-0068 鹿児島市東郡元町14-3 鹿児島職業能力開発促進センター内 099-813-0132 沖縄支部高齢・障害者業務課 〒900-0006 那覇市おもろまち1-3-25 沖縄職業総合庁舎4階 098-941-3301 【裏表紙】 定価 503円(本体458円+税) 令和6年度 高年齢者活躍企業コンテスト 〜生涯現役社会の実現に向けて〜 ご応募お待ちしています 高年齢者がいきいきと働くことのできる創意工夫の事例を募集します 主催 厚生労働省、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)  高年齢者活躍企業コンテストでは、高年齢者が長い職業人生の中でつちかってきた知識や経験を職場等で有効に活かすため、企業等が行った創意工夫の事例を広く募集・収集し、優秀事例について表彰を行っています。  優秀企業等の改善事例と実際に働く高年齢者の働き方を社会に広く周知することにより、企業等における雇用・就業機会の確保等の環境整備を図り、生涯現役社会の実現に向けた気運を醸成することを目的としています。  高年齢者がいきいきと働くことができる創意工夫の事例について多数のご応募をお待ちしています。 取組内容 募集する創意工夫の事例の具体的な例示として、以下の取組内容を参考にしてください。 1.高年齢者の活躍のための制度面の改善 2.高年齢者の意欲・能力の維持向上のための取組 3.高年齢者が働きつづけられるための作業環境の改善、健康管理、安全衛生、福利厚生の取組 主な応募資格 1.原則として、企業単位の応募とします。また、グループ企業単位での応募は不可とします。 2.応募時点において、労働関係法令に関し重大な違反がないこととします。 3.高年齢者が65歳以上になっても働ける制度等を導入し、高年齢者が持つ知識や経験を十分に活かして、いきいきと働くことができる職場環境となる創意工夫がなされていることとします。 4.応募時点前の各応募企業等における事業年度において、平均した1カ月あたりの時間外労働時間が60時間以上である労働者がいないこととします。 各賞 【厚生労働大臣表彰】 最優秀賞 1編 優秀賞 2編 特別賞 3編 【独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長表彰】 優秀賞 若干編 特別賞 若干編 クリエイティブ賞 若干編 ※上記は予定であり、各審査を経て入賞の有無・入賞編数などが決定されます。 詳しい募集内容、応募方法などにつきましては、本誌54〜55ページをご覧ください。 応募締切日 令和6年2月29日(木) お問合せ先 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 各都道府県支部 高齢・障害者業務課 ※連絡先は65ページをご覧ください。 2023 12 令和5年12月1日発行(毎月1回1日発行) 第45巻第12号通巻529号 〈発行〉独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 〈発売元〉労働調査会