新連載 知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変わっていき、ときには重要な判例も出されるなど、日々把握することが求められています。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第1回 役職定年制と人事異動 第2回 中途採用と使用人兼務取締役 第3回 退職金と解雇 第4回 定年後再雇用の賃金と長澤運輸事件最高裁判決 第5回 正社員と有期雇用労働者の賃金の相違(ハマキョウレックス事件最高裁判決) 第6回 定額割増賃金と高齢者の再雇用拒否 第7回 働き方改革関連法への対応、治療と仕事の両立支援の法的留意点 第8回 企業年金制度の受給額の減額、管理監督者の要件 第9回 減給時の留意事項、違反行為の公益通報 第10回 前払い退職金制度の留意点、パワハラの分類 第1回 役職定年制と人事異動 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲 Q1 役職定年制の法的問題点を教えてほしい  当社では、退職に関する定年制度とは別に、役職に関して一定の年齢を超えた場合には、役職を解くことを就業規則に定めることを検討しています。役職定年制を運用するにあたって法的な問題点があれば教えてください。 A  役職定年制については、就業規則の変更内容が合理的な範囲であるかぎりは、有効になると考えられています。しかし、役職から外れることにともない、給与の大幅な減額が行われる場合や勤務場所の変更が行われる結果、労働者に生じる不利益が大きい場合には、無効となる場合もあります。 1 「役職定年制」とは  高年齢者雇用安定法の改正などにより、65歳までの継続雇用が義務づけられてきた結果、多くの企業で役職定年制が取り入れられてきました。  役職定年制とは、一定の年齢に達した労働者(55歳程度が多いようです)について、部長や課長などの役職を解く制度をいいます。役職を解かれた後は、一般職に戻る場合や、専門職や専任職などと呼ばれる職種に変更する場合など、企業によってさまざまな制度が設計されています。  この制度が採用された背景や目的としては、定年が引き上げられる一方で、組織内でかぎられたポストを若手の人材に移し、組織の活性化や人材の育成を図るといったことがあります。定年とは異なり退職をともなわないため、雇用を確保しながら育成などの目的を達成するために採用されてきた制度といえます。 2 役職定年制の合理性について  役職定年制の人材育成などの目的は不適切ではありませんが、対象となる労働者にとっては、役職を解かれることによって不利益を受けることが多いようです。例えば、役職手当が支給されている場合にその手当が支給されなくなったり、基本給などが役職における責任をふまえた内容となっていた場合に基本給が減額されてしまったりします。  このように労働者に不利益を生じさせるような役職定年制について、そもそも法的に有効になる余地があるのでしょうか。  役職定年制の適法性について直接判断したものではありませんが、最高裁平成12年9月7日判決(みちのく銀行事件)では、役職定年制を導入する就業規則の変更の有効性を判断するにあたって、役職定年制について触れられました。  この事件では、管理職定年制の導入にあたって、55歳に到達した職員は役職を解き、専任職という新たに創設された「所属長が指示する特定の業務又は専任的業務を遂行することを主要業務内容とする職位」に就くという制度設計が採用されていました。  判例では、「五五歳到達を理由に行員を管理職階又は監督職階から外して専任職階に発令するようにする」管理職定年制について、「これに伴う賃金の減額を除けば、その対象となる行員に格別の不利益を与えるものとは認められない」と評価しており、賃金の減額がない場合には、一定の年齢に到達したことを条件に、管理職から外す制度自体は許容されるものと考えられます。 3 役職定年制の導入にあたっての留意点(就業規則の変更)  役職定年制を新たに導入する場合には、就業規則の変更によることになります。就業規則の変更は、労働者が受ける不利益の程度、変更の必要性、内容の相当性、労働組合等との交渉状況その他の事情に照らして、合理的と認められるものでなければなりません(労働契約法10条)。  前述のみちのく銀行事件も、就業規則の変更によって管理職定年制を導入した事案であったため、その変更の合理性が検討されています。  この事件では、基本給の約半額を占める業績給が50%程度削減され、役職手当または管理職手当も支給されなくなり、賞与の額も大きく減額された結果、賃金の削減率が約33%から46%に達しているという事情を考慮して、賃金減額部分を除く役職定年制自体の合理性は認めつつも、減額の幅が大きすぎることから、雇用の継続や安定化を図るものではなく、嘱託制度に近いものに一方的に切り下げるものと評価せざるを得ないと断じています。結果として、賃金の大きな減額をともなう変更には、高度の必要性と合理性がなければならないが、今回の切り下げは緩和措置もなく一部の従業員に大きな負担をさせることから、合理的な変更と認められず、大幅な賃金の減額をともなう管理職定年制の導入に関する就業規則の変更は無効と判断されました。 4 導入にあたっての留意点  役職定年制は、役職を解くだけという単純な制度であれば就業規則の変更による導入も比較的認められやすいと思われますが、一般的には、その導入にあたっては、役職を解くことにともなう手当の減額、基本給の変更、勤務場所の変更などがともなうはずです。  賃金の減額幅について、約33%から46%程度の削減については、不利益の程度が大きいとされていますので、役職定年によって大幅な減額を行うことは困難です。また、労働条件などに変更がないにもかかわらず減額することは合理性が認められにくいため、減額する場合は、役職を解かれる前の業務内容や責任の程度とは異なるものにしなければならないと考えられます。  さらに、前述のみちのく銀行事件では、高齢者層にのみ人件費削減の負担が偏(かたよ)っており、中間層に対する不利益の程度と比較して大きな負担が生じていることなども理由にあげられているため、役職定年制の対象者となる労働者のみではなく、人事制度全体において不利益の程度を分散できる制度設計や、対象者に対する不利益緩和措置の準備などが求められています。そのため、導入にあたっては、ポストを準備し人材育成を行うといった目的と、それを達成するからといって役職定年制対象者のみに負担が偏らないように留意する必要があると考えられます。 Q2 人事異動の法的限界について教えてほしい  当社では、これまで幅広く社内の業務を体験させ、業務の全体像を把握するために、ローテーション人事を実施してきました。近年では、グループ会社などもできており、会社をまたいだ人事異動が行われることも少なくありません。  このような人事異動を命じることについては、法的な限界はあるのでしょうか。 A  人事異動命令の法的な限界については、法的には「転勤」、「配置転換」、「出向」、「転籍」といった分類に分けて検討されています。  最高裁の判例では、人事異動に関する判断基準が示されているほか、2017(平成29)年には、厚生労働省より「転勤に関する雇用管理のヒントと手法」が公表されており、参考になります。 1 人事異動の種類  人事異動について、法的には転勤、配置転換、出向、転籍といった分類がなされています。契約関係を整理して検討するためという観点と、労働者に生じる不利益の程度に差異があるという観点が考慮されています。  主要な相違点を整理すると、下記の表のような違いがあります  転勤や配置転換については、就業規則または労働契約において命令の根拠となる規定がある場合には、使用者が業務命令として実施することが可能と考えられています。  出向については、出向元との労働契約が終了しないため、出向元に命令の根拠となる規定がある場合には、出向命令によることも可能と考えられていますが、転籍については、従前の労働契約を終了させ、転籍先との新たな労働契約の締結が必要とされていますので、労働者本人の同意を得る必要があります。 2 転勤と出向の限界  人事異動はその種類ごとに分類されていますが、それぞれ無制限に業務命令として実施できるわけではなく、人事異動に関する業務命令には限界があると考えられています。  まず、転勤については、過去に最高裁判所が判断した判例があり、最高裁昭和61年7月14日判決(東亜ペイント事件)がリーディングケース(主要判例)とされています。  この判例は、業務上の必要性に基づく業務命令による転勤の有効性について、「転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである」と判断しています。この事件における労働者は、転勤に応じる場合、71歳の母親、妻、2歳の長女と別居を余儀なくされる状況でしたが、こうした不利益は、通常甘受すべき程度のものとして、転勤命令は有効とされました。  また、人事異動を実施する際に年齢の基準等を設けたうえで人選を行うことがありますが、これも不当な目的や動機をもって設定したものでないかぎりは、有効と考えられています。したがって、高齢社員を対象とした異動対象者を人選した場合でも、業務上の必要性やその目的と合致しているかぎりは無効とはならないと考えられます。転勤が否定される例外としては、労働契約において、勤務地が限定されている場合には、これらの命令に基づく人事異動はできないと考えられています。  次に、出向命令については、最高裁平成15年4月18日判決(新日本製鐵(日鐵運輸第2)事件)が、出向命令の有効性について判断しています。この判例は、@出向命令に就業規則および労働協約に根拠規定があること、A労働協約には、社外勤務の定義、出向期間、出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他の処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられていることを理由として、出向命令を有効なものと判断しました。ここでは、詳細な根拠規定が求められており、転勤よりも厳格な判断がなされています。  出向では、契約主体が異なることから生じる労働条件の曖昧さがあり、労働条件に大きな影響を与える可能性があるため、このような目に見えない不利益に対する配慮が求められていると考えられます。  なお、出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用(らんよう)したものと認められる場合には、当該命令は無効とされます(労働契約法14条)。 3 『転勤に関する雇用管理のヒントと手法』における検討事項  2017年3月30日に厚生労働省より公表された「転勤に関する雇用管理のヒントと手法」では、過去の裁判例をふまえて、転勤における留意事項や検討のポイントが整理されています。  まずは、人事異動の必要性や目的の見直しです。自社にとって不可欠な転勤か否かを見極めることや、目的に対して効果が上がっているのか検証すること、ほかの手段により実現できる目的ではないかという点が検討のポイントとしてあげられています。  次に、勤務地限定に関する整理が求められています。人事異動命令の有効性に関する争いでは、勤務地限定の合意があったか否かという点は、裁判上でも争点になることが多くなっています。雇用契約などに勤務場所が記載されていることで勤務地が限定されていたと考える労働者がいる一方で、使用者としては、当初の勤務場所を明記したに過ぎないという理解をしています。紛争となることを予防するためには、勤務地限定の趣旨であるか否かを明記することが今後の労働契約実務上は望ましいと思われます。  最後に、異動に向けた労使間のプロセスも重要とされています。労働者の不利益緩和のためにも、一定程度の猶予期間をもって伝えることが望ましく、事前の説明や会社の方針を示しておくことにより予見可能性を持たせておくことも重要です。 4 ローテーション人事における留意点について  まずローテーション人事を行う場合、その目的や効果の検証を進め、必要な範囲を限定していくことが求められます。不要な人事異動をなくし、ほかの手段による目的の実現なども視野に入れていく必要があると思われます。また、対象者との労働契約における勤務地限定の合意の有無を確認しておくべきでしょう。  次に、転勤であるのか、出向であるのかを正確に把握する必要があります。例え、グループ会社間での人事異動であったとしても、労働契約の主体に変更を生じさせることになるため、出向として整理する必要があります。  最後に、人事異動と同時に労働条件が不利益に変更されるような場合、労働者への不利益の程度を勘案して、人事異動命令自体が無効となる場合もありますので、人事異動にともなう労働条件の不利益変更については、十分に労働者と協議のうえ、不利益の緩和措置を用意したり、できるかぎり双方の合意に基づくようにすべきでしょう。 人事異動の種類 契約主体 就業場所 配転 転勤 変更なし 長期間変更あり 配置転換 変更なし 変更なし(部署などのみ変更) 出向 出向元の労働契約と出向先の労働契約が併存 事案による 転籍 転籍先との労働契約 事案による 第2回 中途採用と使用人兼務取締役 Q1 中途採用の留意点を教えてほしい  人材が不足しており、中途採用により採用することが多くなっているのですが、採用における留意点を教えてください。また、高齢者を採用する場合の留意点もあわせて教えてください。 A  企業には採用の自由が認められていますが、職業選択の自由を害するような方法で選考しないことが必要です。また、法律上の制限があるため、高齢者だからといって採用から一律に除外するといった対応は適切ではありません。また、採用にあたっては、可能な職務内容などを整理することも重要となってくるでしょう。 1 採用の自由とは  採用について法律上で検討するにあたり出発点となるのは、企業にとって「採用の自由」があるかという点です。  一般的には、契約締結にあたっては、契約を締結するまではお互いに自由であり、契約を締結するか否かについては、お互いに拘束しあわないという関係が保たれています。このことは、私的自治の原則や契約自由の原則などと呼ばれています。  この考え方が雇用契約においてもあてはめることができるのかという点が「採用の自由」の問題です。憲法第22条は、国民に「職業選択の自由」を認めている一方で、企業にとっても憲法第22条および第29条2項によって労働者の採用を含めた「経済活動の自由」が認められています。  採用の自由は、これらの権利を調整する結果として、どのような採用方法までが許容されるのか、職業選択の自由以外の基本的人権を侵害する方法で採用していないかといった点が問題とされる場面といえます。 2 判例における「採用の自由」の考え方  過去に採用の自由が争点となり、最高裁が判断を下した事例があります。最高裁昭和48年12月12日判決(三菱樹脂本採用拒否事件)が現在においても採用の自由における基本的な考え方を示したものとして参照されています。  まず憲法上の権利が衝突する場合における法律上の問題については、「私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途も存するのである。」とし、衝突する権利が社会的許容性の限度か否かという基準を示しています。  そして、採用の自由に関しては、「企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭(こよう)するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができる」としており、企業が採用の自由を有していることを前提としています。 3 「法律その他による特別の制限」とは?  採用の自由が認められるのであれば、高齢者や中途採用希望者を雇用するにあたって、各企業における注意点がなくなるのかというとそうではありません。紹介した判例においては「法律その他による特別の制限がない限り」という留保をおいており、実際に募集や採用の方法を規制する法律が存在しています。  例えば、男女雇用機会均等法第5条は、「事業主は、労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。」と定めて男女間の機会均等を定めていますし、年齢に関する内容として、雇用対策法第10条は「事業主は、(中略)労働者の募集及び採用について、厚生労働省令で定めるところにより、その年齢にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。」と定めており、年齢ごとの機会均等も確保することになっています。  また、高年齢者雇用安定法第20条1項においては、「事業主は、労働者の募集及び採用をする場合において、やむを得ない理由により一定の年齢(六十五歳以下のものに限る。)を下回ることを条件とするときは、求職者に対し、厚生労働省令で定める方法により、当該理由を示さなければならない。」と定め、65歳以下の年齢制限を設けることに対して、求人の際に年齢制限を行う理由を明示する義務を課しています。  これらの法律により、各種の制限が課されている以上、中途採用において年齢を制限して募集を行うことは原則できません。 4 その他の留意点  採用にあたっては、厚生労働省が「公正な採用選考をめざして」というパンフレットを公表しています。これには、採用選考において就職差別につながる配慮すべき事項として、図表に掲げる14の事項が掲げられています。  三菱樹脂本採用拒否事件においては、過去の学生運動の参加の有無を調査し、思想、信条を理由として雇用を拒否することも自由と判断されていましたが、現在では、思想信条の調査についても適切ではないと考えられるようになっており、現時点ではこれらの事項に掲げられていない項目についても、今後配慮すべき事項として追加されていく可能性は否定できません。  また、近年、働き方改革の内容として、「単線型の日本のキャリアパスからの脱却」が指向されており、ライフステージに応じた転職が可能となる労働市場や企業慣行の確立が目ざされています。高齢者は、これまでの経験から備えた能力があり、その能力に見合った業務の具体的な内容を調整して用意ができれば、高齢者の能力と企業の期待がマッチした採用が可能となることが期待されます。 図表 採用時に配慮すべき事項 本籍・出生地 家族 住宅状況 生活環境・家庭環境など 宗教 支持政党 人生観・生活信条など 尊敬する人物 思想 労働組合(加入状況や活動歴など)、学生運動などの社会運動 購読新聞・雑誌・愛読書など 身元調査などの実施 全国高等学校統一応募用 紙・JIS規格の履歴書に基づかない事項を含む応募書類(社用紙)の使用 合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断の実施 出典:「公正な採用選考をめざして」厚生労働省 Q2 使用人兼務取締役の留意点を教えてほしい  このたび、社内において従業員の立場と取締役の立場を兼任させることになりました。労働者の立場と兼務する取締役の処遇について、留意する点を教えてください。 A  使用人兼務取締役は、労働者の地位と取締役が並存することになるため、たとえ、取締役であるとしても、労働者としての権利を無視することはできません。したがって、労働者としての権利を引き続き認める必要があります。また、賃金および報酬についても明確に区分しておくべきでしょう。 1 使用人兼務取締役について  企業においては、人事考課の結果により昇給または昇格によって労働者の待遇がよくなっていくものですが、最終的な昇格として、取締役に就任するようなことも少なくありません。このような場合に、労働者としての地位と、取締役としての地位を兼務する者は「使用人兼務取締役」などと呼ばれています。  とはいえ、取締役の就任と労働者としての地位が両立することについては、さまざまな問題が生じることになります。問題となる要因は、取締役と会社の関係は「委任契約」ですが、労働者と会社の関係は「雇用契約」であり、これらの契約の性質が相容(あいい)れない場面が生じるためです。  委任契約では、取締役は会社に対して忠実義務を負担し、会社へ損失を与えるような行為は禁じられる一方で、会社の指示を受ける立場ではなく、自らの判断で会社の業務を執行していく立場にあります。また、報酬については時間に応じて支払われるものではないと考えられているため時間管理を受けるという立場ではありません。また、報酬の決定方法も株主総会決議による必要があります。  雇用契約では、労働者は、会社の指揮命令に従う義務があるため、自らの判断で業務を執行するとはかぎりません。また、労務の対償である賃金は、原則として時間に応じて計算されることになります。管理監督者の立場になれば、時間に応じて計算されるとはかぎりませんので、必ずしも委任契約と矛盾するものではありませんが、賃金が労働時間に応じて決定されることが多く、役員の報酬が株主総会決議で決定される点とは大きく異なります。 2 報酬と賃金の関係について  使用人兼務取締役に対しては、労働者に対する賃金と取締役に対する報酬を支払うことになりますが、前述のとおりその決定方法は異なります。  労働者に対する賃金は、就業規則や賃金規程に基づいて支給されることになります。仮に、取締役としての報酬を与えることを前提に賃金を減額するような措置をとる必要がある場合、そのことを就業規則や賃金規程に織り込んでおくべきでしょう。織り込んでいなかった場合、就業規則よりも低い基準の労働条件を定めることは無効とされるため(最低基準効)、たとえ合意により賃金を減額したとしても無効となるおそれがあります。例えば、一定の役職や等級以上の賃金の最低額を定めている場合、降格や降級を行わないかぎり、これが最低基準となってしまうことになります。  また、取締役の報酬については、株主総会の決議が必要とされていますので、就業規則や賃金規程にしたがって決定することはできません。だからといって、取締役としての報酬をまったく受領できないわけではなく、労働者としての賃金と区別して決定する必要があるとされています。  判例では、「使用人兼務取締役が取締役として受ける報酬額の決定についても、少なくとも被上告会社のように使用人として受ける給与の体系が明確に確立されており、かつ、使用人として受ける給与がそれによつて支給されている限り」、「使用人として給与を受けることを予定しつつ、取締役として受ける報酬額のみを株主総会で決議すること」が許容される旨判断されています(最高裁昭和60年3月26日判決)。  以上のことからすると、役員報酬を決定するにあたって、賃金体系はしっかりと確立しておかなければなりません。  ところが、しっかりとした賃金体系があるということは、その賃金体系が最低基準として機能することになり、労働者としての賃金部分については合意によっても減額できない可能性も高くなるともいえます。  そのため、従業員としての賃金部分と取締役としての報酬部分をどのように設定するのかについては、自社の就業規則における賃金体系の状況をふまえて、賃金と役員報酬を区別し、賃金については最低基準と抵触しないよう設定することに留意する必要があります。 3 懲戒等の処分と取締役としての地位について  使用人兼務取締役が、就業規則に違反するような行為があった場合には、企業としても何らかの処分の実施が必要になる場合があります。  このような場合にも、委任契約と雇用契約が並存していることから、通常の労働者に対する措置とは異なる配慮が必要となります。  懲戒処分の根拠となる就業規則は、雇用契約の当事者に対する規制とはなりますが、委任契約の当事者に対する規制にはなりません。したがって、取締役に対して懲戒処分を課すことはできません。  例えば、使用人兼務取締役が、故意に多額の金品を横領するなど解雇に相当する行為を行った場合、就業規則に基づき、懲戒解雇をするのみでは十分とはいえません。懲戒解雇によって消滅させることができるのは、雇用契約上の地位のみです。そのため、そのままでは、委任契約上の取締役としての地位が残ったままになります。取締役としての地位もあわせて消滅させるためには、株主総会の過半数以上の賛成により解任する手続きが必要となります。解雇に相当する事由と重なる部分もありますが、取締役の解任においては、法令や定款への違反行為などの正当な理由がなければ損害賠償請求を受けるといったリスクもあります(会社法第339条および第341条)。 4 その他の処遇について  その他の処遇としても有給休暇を利用することができるのかといった労働者の権利を行使する場面と会社の取締役として忠実義務が衝突する場面は想定されます。  いずれかを優先すべきかについて、取締役の担当業務などと照らして個別具体的に判断せざるを得ないことが多く、対応に苦慮することもあります。  したがって、使用人兼務取締役という制度自体の採用について再検討することも重要でしょう。就業規則において、雇用契約の終了事由として「取締役に就任したとき」などと定め、使用人兼務取締役が生じないようにすることで、ご紹介したような労働者の権利と役員としての義務の衝突やそれぞれの地位が並存することによる弊害を回避することができます。 第3回 退職金と解雇 Q 1 退職金の支給についての留意事項を教えてほしい  退職金の支給にあたって留意すべき点を教えてください。また、競業避止義務違反や懲戒処分による退職の場合でも退職金を支給しなければならないのでしょうか。 A  退職金支給は毎月支払う賃金とは異なる扱いであり、会社の裁量の余地が広い制度です。懲戒処分や競業避止義務違反がある場合には、一部または全部を不支給とする余地もありますが、違反の程度が重大であることが必要です。 1 退職金について  多くの企業で、退職金制度を採用しています。最もポピュラーな制度は、基本給を基準とし勤続年数に応じて増額する「基本給連動型」の退職金制度でしたが、近年では、業務の成果をポイントとして付与するポイント制によって退職時の支給額を決定する方法もあります。  多種多様な退職金制度が存在しているなか、退職金について「退職金、結婚祝金、死亡弔慰金、災害見舞金等の恩恵的給付は原則として賃金とみなさないこと。但し退職金、結婚手当等であつて労働協約、就業規則、労働契約等によつて予め支給条件の明確なものはこの限りでないこと。」(昭和22年9月13日発基17号)と行政解釈されており、法的にはそのように整理しています。  しかし近年の退職金制度は、就業規則などで制度化されていることがほとんどであるため、原則とされている恩恵的給付とされることは少なく、賃金に該当することが多いと考えられます。そして、退職金については、@賃金の後払い的な性格と、A功労報償的性格をあわせ持っていると整理されることが一般的になっています。 2 退職金の支給について  退職金の支給条件が、就業規則に定められていなければ、あくまでも恩恵的給付に過ぎず、支給するか否かを含めて、使用者が自由に決定することになります。ただし、労使慣行といえるほど、退職金の支給の計算基準などが定まっており、実際に支給されている場合は、支給しなければならない場合もあります。  就業規則などで支給条件が定まっている場合は、当該支給条件にしたがって、支給手続をとる必要があります。  支給条件は、懲戒解雇の場合は、支給対象から除外する、自己都合退職と会社都合退職の際の支給額の計算方法を異なるものにするなどさまざまです。  退職金の支給について、一定の条件を定めることには、当該条件を充足しないかぎり、退職金請求権が発生しないものと理解されており、一律に無効とは解釈されていません(最高裁昭和52年8月9日判決「三晃社事件」参照)。 3 退職金の減額や不支給について  退職金の支給条件として、同業他社に転職した場合に半額とした場合に就業規則の有効性が争われたことがあります(前記「三晃社事件」)。  当該事件において、最高裁は「同業他社に就職した退職社員に支給すべき退職金につき、その点を考慮して、支給額を一般の自己都合による退職の場合の半額と定めることも、本件退職金が功労報償的な性格を併せ有することにかんがみれば、合理性のない措置であるとすることはできない。」と判断し、予め定められた競業避止義務に違反する場合に半額に減額することを許容しました。  とはいえ、近年では、雇用市場の流動化を目ざして、職業選択の自由が重視される傾向にあることから、競業避止義務を設定する期間については短くあるべきとの解釈が増えているように思われます。  かつて、退職後3年程度は、競業避止義務を有効と認める事例もありましたが、近年では、退職後1年程度の制限が適切であり、高度な必要性があり代償措置もとられている場合には2年程度まで許容されうると考えるべきでしょう。  また、単に同業他社に入社したというだけでは、競業避止義務違反と認められないことが多いため、同業他社に入社したことによる具体的な損害を明らかにすることが重要です。典型的な事例でいえば、会社から従業員の引き抜きがあった、重要な顧客を奪取された、営業秘密を持っていかれたといった事実をもとに、会社に生じた損害を具体化していくことが必要となります。  なお、退職金には、賃金の後払い的性格もあることから、全額の不支給とするためには、永年の勤続の功労を抹消させるほどの背信的行為があった場合にかぎると解釈されています。そのため、使用者が退職金の支給条件を完全かつ自由に設定できるものではありません。競業避止義務違反による減額以外にも、懲戒処分や就業規則違反がある場合、会社都合による退職の場合、退職金を減額する事例もありますが、これらの場合も、在職中の功労を抹消させるほどの背信的行為といえるかが問題となります。 4 その他の留意点について  退職金の支払い義務自体は、労働者が退職したときに生じるものですが、就業規則などに支給条件を定めた後は、労働条件の一種となります。そのため、まだ支給が確定していない労働者との関係においても、退職金の支給条件を変更することが労働条件の不利益変更に該当することがあります。  例えば、将来の退職金支給条件を含む就業規則の変更に関して、「就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである」ことが求められています(最高裁平成9年2月28日判決「第四銀行事件」)。  退職金の支給条件の変更は、賃金の支給条件の変更となります。そのため、高度の必要性がなければ就業規則変更の合理性が認められにくいため、できるかぎり変更の必要性が生じないように留意すべきでしょう。 Q 2 解雇制度について教えてほしい  高齢労働者に対する解雇は、通常の解雇と異なる点があるのでしょうか。そもそも、解雇の手続きをとったことがないため、解雇の制度自体を教えてください。 A  解雇の実施に際しては、解雇予告制度、解雇権濫用法理や解雇理由証明書の発行などさまざまな制度を理解しておくことが必要です。また、整理解雇などにおいては、性別や年齢のみを基準とせず、人選の合理性を確保すべきとされています。 1 「解雇」とは  「解雇」という言葉は、労働契約の解消に関する特有の呼び方ですが、一般的によく耳にする言葉でもあります。  労働法の分野では、使用者が労働契約を解除するまたは中途解約することを、「解雇」と呼び、労働者が労働契約を解除または中途解約する場合は、「退職」や「辞職」と呼ばれることが一般的です。  民法では、期間の定めのない労働契約(一般的には、定年まで働くことを想定して雇用された正社員が該当します)については、「各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。」と定められています(民法第627条1項)。効力の発生時期は、2週間後ですが、解約の申入れはいつでも可能であるという点が特徴です。  労働者から申し出る「退職」については、職業選択の自由を確保するためにも、この規定が必要です。しかし、使用者から申し出て行う「解雇」は、この規定をそのまま適用すると、労働者に生じる不利益が大きいため不適当であると考えられており、労働基準法や労働契約法などで、さまざまな規制が行われています。 2 解雇における手続上の規制  解雇の実施にあたり、その手続きを概観します。労働基準法では、使用者が行う解雇の手続きとして事前と事後の対応を定めています。  事前の手続きは、「解雇予告」です(労働基準法第20条)。民法第627条においては、2週間後に労働契約の解約申入れの効力が発生するとされていますが、使用者が行う場合は、30日前に予告をしなければならないとされています。予告を短縮するためには、30日分以上の平均賃金を支払う必要があります。  ただし、解雇予告に違反して行われた解雇手続きについて、判例では、予告手続に違反があったとしても、使用者が即時解雇に固執しないかぎりは、予告期間に相当する30日経過後または予告手当を支払えば、解雇の効力には影響がないと考えられています(最高裁昭和35年3月11日判決「細谷服装事件」参照)。  なお、会社によっては、就業規則に、懲戒解雇として即時に解雇する旨定めている場合もあります。しかしながら、予告が不要な例外が認められるのは、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合または労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合に限られ、労働基準監督署長による除外認定を受けることとされています(労働基準法第20条)。  即時解雇を有効とするための除外認定の基準は、懲戒解雇であるからといって直ちに認められるわけではなく、予告期間を置かずに解雇することもやむを得ないと考えられるほどに重大な服務規律違反が必要と考えられています。  事後の手続きとして行う必要があるのが、解雇理由証明書の交付です(労働基準法第22条2項)。労働者から交付の請求を受けた場合、遅滞なく発行することとされています。  解雇理由としては、就業規則の該当条文を示すだけではなく、条文に該当する行為や事実関係を記入しなければならず、解雇理由証明書に記載しなかった事実関係は、後日主張が困難になります。よくあるご相談は、解雇に該当する事実関係を文章として表現しづらいまたはうまく表現できないといった場合です。このような事態になるのは、そもそも解雇にあたっての検討が不十分だったことが多く、解雇の手続きを行う場合には、その理由を、明確に説明できるようにしておくことも重要です。 3 「解雇権濫用法理」について  解雇権濫用法理とは、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」(労働契約法第16条)とされています。抽象的な規定ですが、逆に多種多様な理由で生じる解雇に対応するための柔軟な規定ともいえます。  規定を読むだけでは、その内容が十分に理解しづらいところがありますので、近年ではさらに分析されています。  まず、客観的かつ合理的な理由については、「@解雇以外の手段を検討し、解雇回避の努力を尽くしたうえで最終手段として行われたこと」、「A将来を予測しても、改善や修復などの期待可能性がないこと」などを基軸にしながら検討されています。これらの検討事項のなかで、実務的に重要なのは改善に関する指導を実施したか否かという点です。@とAのいずれについても、改善指導は関連します。解雇する前に、指導によって改善を試みたということは解雇回避の努力の一環となるうえ、指導を行っても改善されなかったことにより将来的な期待可能性も失われることにつながります。これらの改善指導の経過を客観的に示すことができることが、解雇の際に重要な要素となります。  次に、社会通念上の相当性については、解雇しなければならないほどの重大な事由が生じていること、ほかの従業員との均衡がとれているか、公正な手続きによって行われているのかなどが必要と考えられます。解雇は、労働契約の終了という労働者にとって重大な不利益が生じるため、使用者も慎重な検討を行うよう、社会通念上の相当性の要件も厳格な内容となっています。 4 「整理解雇」について  いわゆる整理解雇(リストラ)を実施する場合も、基本的には、解雇権濫用法理が適用されます。ただし、複数の労働者が同時に解雇されるという事態に即して、裁判例では、@整理解雇の必要性、A解雇回避努力義務の履行、B人選の合理性、C手続きの相当性が必要である、といった整理がされています。  このなかでも、整理解雇における特徴としてあげられるのが、B人選の合理性でしょう。就業規則の違反行為などがあるわけでもなく、同時に複数の労働者が選択される場合、人選の基準が合理的であり、基準の運用が恣意(しい)的でないことが求められます。  例えば、整理解雇の基準として、●歳以上の「女性」といった基準は、男女双方について同条件としたものではなく、性別のみを理由とした基準として、男女雇用機会均等法第6条4号の趣旨に反するものとして不合理な人選とされる可能性があります。  また、雇用対策法や高年齢者雇用安定法などの趣旨からしても、年齢のみを基準とすることは不合理とされる可能性がありますので、年齢ではなく、勤務成績、勤続年数、家族の状況などを複合的に考慮した基準を設定することが望ましいと考えられます。 第4回 定年後再雇用の賃金と長澤運輸事件最高裁判決 Q 定年後再雇用の賃金について教えてほしい  定年後に嘱託社員として再雇用する労働者がいます。業務の内容などは変更がないのですが、高年齢雇用継続給付もありますし、正社員と比べて賃金を低くしたいのですが、問題ないでしょうか。どのような手続きをとって減額すればよいのでしょうか。 A  長澤運輸事件の最高裁判決が2018(平成30)年6月1日に下されました。事例に即した判断であるため、一般化することはむずかしいですが、しっかりと話し合ったうえで、減額幅に納得してもらうことが最適でしょう。仮に、減額するとして、退職金の支給があった場合であっても、2割程度の減額に留まるように調整すべきと考えられます。 1 定年後の再雇用と賃金の関係  多くの企業では、65歳までの雇用確保措置を義務付けている高年齢者雇用安定法に基づき、定年後の再雇用制度を雇用確保措置として採用されていると考えられます。  では、定年後の再雇用制度を採用する場合、定年までの労働契約と定年後の再雇用における労働契約の賃金に差異を設けてもよいのでしょうか。差異を設けるとしても、その限度などはないのでしょうか。厚生労働省が高年齢者雇用安定法のQ&Aとして公表している内容には次のような記載があります。 Q1‐9 本人と事業主の間で賃金と労働時間の条件が合意できず、継続雇用を拒否した場合も違反になるのですか。 A1‐9 高年齢者雇用安定法が求めているのは、継続雇用制度の導入であって、事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではなく、事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば、労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず、結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても、高年齢者雇用安定法違反となるものではありません。  この内容からすると、定年後の再雇用の際には、労働契約を締結し直すことが前提とされており、その際には、賃金や労働条件が一部見直されることも許されると考えられています。しかしながら、「事業主の合理的な裁量の範囲の条件」を提示していることが前提なので、どの程度の賃金減額であれば、合理的な裁量の範囲といえるのかは、個別具体的な判断が必要とされます。  一つの考え方として、高年齢雇用継続給付という制度が、再雇用後の賃金が定年前の賃金より75%未満に減少される場合に給付金の支給を予定していることなどから、支給対象となる75%未満から支給率が最大となる61%程度の賃金の低下率であれば、許されうるという考え方も可能でしょう。  とはいえ、高年齢雇用継続給付があるからといって、減額した賃金の全額がカバーされるわけではなく、継続雇用者に不利益があることは否定できません。基本的な考え方としては、定年を迎える労働者としっかり話し合ったうえで、相互が納得する条件で再雇用の労働契約を締結することが重要です。 2 労働契約法20条の解釈  2018年6月1日に最高裁判決が示された「長澤運輸事件」では、定年後再雇用された期間の定めのある労働者(以下「嘱託社員」)と、期間の定めのない労働者(以下「正社員」)の労働条件の相違が、労働契約法20条に違反するものとして、争われた事件です。具体的な労働条件の相違は図表に定める通りです。  法的な問題点は、@労働契約法20条違反の効果(不利益に取り扱われた労働者への救済方法)、A定年後再雇用時に賃金や手当を引き下げまたは変更することが、不合理な内容であると認められるか否か、といった点です。  (期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)  第二十条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。  労働契約法20条は、有期労働契約と無期労働契約の間の不合理な相違を禁止しており、不合理さの判断について次の三つの要素を考慮する旨定めています。 (a)労働者の業務の内容および業務にともなう責任の程度(以下「職務の内容」)といいます) (b)当該職務の内容および配置の変更の範囲 (c)その他の事情  長澤運輸事件の最高裁判決では、労働契約法20条は、前記の三つの要素を考慮して、労働条件の相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり、前記の三つの要素の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解されました。  長澤運輸事件で認定された事実関係は、三つの要素のうち(a)職務の内容は、正社員と嘱託社員の間に違いはありませんでした。(b)も、正社員と同様に、業務の都合により勤務場所および担当業務を変更することがあるとされていました。  したがって、(a)および(b)について、正社員と嘱託社員の間に相違点がないことが判断の前提とされました。その結果、(c)その他の事情としていかなる事情が考慮され、どの程度の差異であれば不合理とまでいえないのかという点が問題となっています。  この点に関して、第一審判決と控訴審判決(第二審)は、見解が異なり、(c)その他の事情として考慮されるべき事項について、第一審判決は(a)および(b)の方が重視されるべき事情であり、正当と解すべき特段の事情がないかぎり不合理との評価を免れないと解釈した一方で、控訴審判決は各要素について序列を設けることなく総合的に考慮して結論を導いていました。  最高裁(上告審)判決では、「労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮されることとなる事情は、労働者の職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではない」と判断しており、幅広い事情を考慮するものとしています。さらに、第一審判決とは異なり、「基本的には、団体交渉等による労使自治に委ねられるべき部分が大きい」とも評価しており、(a)および(b)の事情を重視するというよりは、労使間の協議などが重要であると考えられています。  最高裁判決では、定年制が長期雇用維持の前提であることや、定年後には老齢厚生年金の支給が予定されていることなどを理由に、定年退職後に再雇用された者であるということが「その他の事情」として考慮されています。  今回の最高裁判決で、労働契約法20条が定める三つの要素については、幅広く総合的に考慮していくという方向性は定まったものと考えられますが、今回の最高裁判決は定年後の再雇用という特殊な事案であることにも留意する必要があります。 3 賃金や手当の比較の方法  控訴審判決では、手当ごとの比較を行うというよりは、正社員の賃金総額と定年後の賃金総額を全体的に評価する方法によっていました。その結果、個別の手当ごとに不合理であるか否かという判断が示されることなく、総合的にみて不合理と評価できるか否かという判断基準になっていました。  ところが最高裁判決では「有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。」と判断しており、控訴審判決の総合判断のみに従った結論を否定しています。なお、関連性のある賃金項目について、相互に考慮されること自体は否定していませんが、あくまでも賃金項目ごとに比較することが原則になるものと考えられます。 4 各賃金項目に関する判断  正社員の基本給、能率給および職務給と、嘱託社員の基本賃金および歩合給が同種の性質を持つ賃金と評価され、比較されました。しかし、団体交渉を経て基本賃金が増額され、歩合給の一部の係数が有利に変更されたことや、職務給を支給しない代わりに基本賃金を定年退職時の基本給の水準以上としたこと、歩合給の係数が高く労務の成果が賃金に反映されやすいこと、調整給として老齢厚生年金の報酬比例部分が支給されるまでの間、月額2万円が支給されていることなどを考慮して、不合理とはいえないと判断しています。  次に精勤手当について、歩合給の係数が高くなっているとしても、支給要件として従業員の皆勤という事実に基づいて支給されているものであることから、その相違が不合理であると判断されました。  住宅手当および家族手当は、正社員には、幅広い世代の労働者が存在し得ることから、住宅費や家族を扶養するための生活費を補助することには相応の理由が認められ、嘱託社員には老齢厚生年金の支給やそれまでの調整給の支給があることから、相違があるとしても不合理と評価できないとされています。  役付手当は、支給要件や内容に照らせば正社員のなかから指定された役付者であることに対して支給されるため、これも不合理なものとは認められませんでした。  「時間外手当と精勤手当」の相違については、割増賃金の計算方法を区別しているわけではないが、嘱託社員に精勤手当が支給されておらず、精勤手当分が時間外手当の計算の基礎に含まれていない点が不合理な相違に該当するとされました。  賞与は定年退職にあたって退職金を受給しており、老齢厚生年金またはそれまでの調整給を受給することとされ、賃金は定年退職前の79%程度になるよう工夫されていることなどから、不合理な相違とはいえないとされました。  結局、精勤手当以外は、不合理な相違とは評価されていないに等しく、定年後の再雇用については、賃金の引き下げを一定程度許容したという結論となっています。しかし、本件の特殊性には十分配慮する必要があります。  まず、定年退職後の労働条件の設定は、労働組合との協議が重ねられた結果という点があります。最高裁が労使間における自治を重視していることからすると、この点は非常に重要な点であると考えられます。また、調整給を支給することで老齢厚生年金の報酬比例部分が支給されるまでの生活補償が計られています。さらに、退職金が支給済であることから、この点でも定年退職後の生活補償が計られています。これら三点の事情があったことや、減額幅が76%から80%程度にとどめられており、高年齢雇用継続給付の対象とならない程度の減額だったことも重要でしょう。 5 労働契約法  20条違反の法的効果労働契約法20条違反がある場合に、正社員と同じ地位を認めるべきというのが、嘱託社員からの主張でしたが、最高裁はこれを認めませんでした。また、就業規則も別々に作成されていることから、正社員の就業規則を適用するという解釈も採用しませんでした。  労働契約法20条違反の結果は、不法行為に該当し、損害賠償請求が可能であるというにとどめました。過去に発生した不合理な差別に対しては差額を請求することができます。しかし、今後の取扱いの是正まで裁判所が命じるものではないということになります。  事実上、判決後は不合理と判断された手当などについては是正されることが多いかもしれませんが、直接的な解決とは一歩距離を置いた判断になっています。 6 今後の労働関連法の改正の予定6  6月29日に国会で働き方改革関連法案が可決されました。同関連法の改正は、パートタイム労働法の対象者に有期雇用労働者が含まれることになり、賃金および賞与等に関する差別的取り扱いの禁止も設けられました。今後、改正後のパートタイム労働法に基づく判断がなされれば、「長澤運輸事件」の判断が及ぶ期間は限定的となる可能性があります。 図表 長澤運輸事件の嘱託社員と正社員の労働条件の相違について 基本給(正社員) 能率給 職務給 無事故手当(1か月間無事故) 精勤手当(すべての日に出勤した場合) 住宅手当 家族手当 役付手当 通勤手当 超勤手当(時間外手当) 賞与及び退職金 調整給 年収 在籍給 年齢給 歩合給(嘱託社員) 基本賃金(嘱託社員) 正社員 1年目8万9100円1年ごとに800円加算 20歳を0円として、1歳につき200円を加算 月稼働額×3.15%〜4.6%(車種による) 7万6952円から8万2900円(車種による) 2万円 5000円 1万円 5000円(配偶者)5000円(子2人まで) 1500円又は3000円 4万円を限度 あり あり賞与は5か月分 なし 100% 当初提案 10万円 月稼働額×10% 1万円 なし 嘱託社員 12万5000円 月稼働額×7%〜12%(車種による) 5000円 なし なし 3000円 なし 4万円を限度 あり ただし、精勤手当分基礎賃金が低い なし 2万円 76%から80% 控訴審 総合的に判断して、2割前後減額されたことをもって直ちに不合理な内容とはいえない。 最高裁 不合理な相違とはいえない 不合理 不合理とはいえない 不合理とはいえない 不合理 不合理とはいえない ※職務の内容、責任の程度、職務の変更の範囲などについては相違点がないことが前提とされている ※調整給の支給は、厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまで ※当初提案から無事故手当が減少したのは、基本賃金を増額することとしたため 出典:著者作成 第5回 正社員と有期雇用労働者の賃金の相違(ハマキョウレックス事件最高裁判決) Q 正社員と有期雇用労働者の賃金の相違について教えてほしい  当社では、正社員と有期雇用労働者といった雇用形態の従業員がいます。業務内容や業務にともなう責任の程度には相違ないのですが、有期雇用労働者には、配転や出向といった規定を適用せず、長期的な雇用を前提とした賃金体系を採用していません。そこで、有期雇用労働者を正社員と比べて賃金を低くしておきたいのですが、問題ないでしょうか。 A  有期雇用労働者と正社員の労働条件の相違について争われたハマキョウレックス事件の最高裁判決が平成30年6月1日に下されました。この判決では、契約期間の有無を理由とした労働条件の相違に関する一般的な判断が示されています。労働条件の差異を設けるにあたっては、基本給や個別の手当ごとに慎重にその理由を検討することが求められます。働き方改革関連法の成立をふまえて、同一労働同一賃金に関して慎重な対応が求められていくでしょう。 1 正社員と有期雇用労働者の労働条件  正社員のほかにパートタイム労働者や契約社員など雇用形態が異なる労働者を雇用している企業も多いでしょう。パートタイム労働者の場合は、労働時間に相違があり、それにともなって業務の内容や責任の程度も異なることが多いかと思われますが、正社員以外の契約社員の場合には業務内容やそれにともなう責任の程度に相違がない状況が生じやすいでしょう。  正社員と契約社員を区別するポイントは、多くの場合、労働契約の契約期間の有無になります。有期雇用労働者である契約社員について、労働条件の相違、特に賃金や手当の支給を相違させることは許されるのでしょうか。労働条件に相違を設けるとしても、その限度はないのでしょうか。 2 労働契約法20条の解釈  前回紹介した長澤運輸事件と同日の平成30年6月1日に最高裁判決が示された「ハマキョウレックス事件」では、期間の定めのある労働者(以下「契約社員」といいます)と、期間の定めのない労働者(以下「正社員」といいます)の労働条件の相違が、労働契約法20条に違反するものとして争われた事件です。具体的な労働条件の相違は図表に定める通りです。  法的な問題点は、@賃金や手当に差異を設けることが、不合理な内容であると認められるか否か、A労働契約法20条違反の効果(正社員と同一の地位にあることの確認が認められるか、損害賠償責任のみで救済されるのか)、といった点です。  今回も問題となるのは、労働契約法20条の解釈とその法的な効果になります。  (期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止) 第二十条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。  前回もご紹介したとおり、労働契約法20条は、次の三つの要素を考慮して不合理さを判断する旨定めています。 (a) 労働者の業務の内容および業務にともなう責任の程度(以下「職務の内容」)といいます) (b) 当該職務の内容および配置の変更の範囲(以下「人材活用の仕組み」といいます) (c) その他の事情  ハマキョウレックス事件の最高裁判決は、労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者との間で労働条件に相違がありうることを前提に、職務の内容、人材活用の仕組み、そのほかの事情を考慮して、労働条件の相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり、上記の三つの要素の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解されました。  ポイントは、「均等」ではなく、「均衡」のとれた処遇を求める規定と解されたことです。「均等」とは、差異がなくまったく等しいことを意味しており、近年の労働関連法令においても「均衡」と「均等」は区別して用いられていますので、最高裁もこの区別は前提としているものと考えられます。  例えば、内閣府が公表している働き方改革実行計画では、同一労働同一賃金ガイドライン案の概要においては、均衡だけでなく、均等にもふみ込んだものとしている旨を表明しており、その区別を前提としています。  ハマキョウレックス事件で認定された事実関係は、三つの要素のうち(a)職務の内容は、正社員と契約社員の間に特段の相違はありませんでした。  一方、(b)人材活用の仕組みについては、正社員は、出向などにより全国規模の広域異動の可能性がありますが、契約社員にはそのような定めはありませんでした。また、正社員は、等級役職制度が採用され、将来中核をになう人材として登用される可能性があるとされましたが、契約社員にはこのような制度は採用されず、中核をになうことを予定されていません。この事件における等級役職制度とは、職務遂行能力に見合う等級へ格付けし、教育訓練の実施による能力開発と人材の育成、活用に資することを目的とした制度と認定されています。  したがって、ハマキョウレックス事件では、(a)は相違がないものの、(b)は相違点があるとされたことに特徴があります。長澤運輸事件とは異なり、(c)その他の事情について、特筆するような事情はあげられていません。  しかしながら、「労働条件が均衡のとれたものであるか否かの判断に当たっては、労使間の交渉や使用者の経営判断を尊重すべき面があることも否定し難い。」と判断されていることから、長澤運輸事件における考慮事項のように労使間の交渉などを考慮することを否定するものではありません。  ハマキョウレックス事件の最高裁判決でも、労働契約法20条が定める三つの要素については、幅広く総合的に考慮していくという方向性は同様です。 3 賃金や手当の比較の方法  ハマキョウレックス事件の特徴として、第一審では、職務内容に大きな相違がないことを前提にしつつも、人材活用の仕組みが異なることから、通勤手当以外については個別の理由を検討することなく、「被告の経営・人事制度上の施策として不合理なものとはいえない」と一括して判断していましたが、控訴審および上告審では、手当ごとに比較されています。比較の方法について、個別の手当ごとに比較して不合理な差異か否かを判断していますので、長澤運輸事件が判断した「有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。」との判断と同様の手法によっていると考えられます。特段の記載がないのは、控訴審自体が「個々の労働条件ごとに判断されるべきものである」と判断していたことを是認しているからに過ぎず、異なる基準を採用したものではないと考えられます。 4 各賃金項目に関する判断  各種の手当ごとの判断の理由は次の通りです。住宅手当以外は、いずれも不合理な相違であると判断されており、手当の判断は、ほとんど「均等」待遇を求められるに等しい厳しい傾向が見られます。  住宅手当は、人材活用の仕組みを考慮して、正社員の方が転居をともなう配転が予定されていることから住宅に要する費用が多額となり得るとして、不合理ではないと判断されました。  皆勤手当は、契約社員と正社員の職務内容に相違がない以上、出勤する者を確保する必要性は差異がなく、契約社員は昇給しないことが原則であり、皆勤の事実を考慮して昇給が行われた事実もうかがわれないことから、不合理と判断されました。  無事故手当は、優良ドライバーの育成などの目的が人材活用の仕組みの相違から生じるものではないため、不合理であると判断されました。  作業手当は、作業そのものを金銭的に評価して支給される性質であるところ、人材活用の仕組みの相違が作業の金銭的評価の相違を導くことにはならないとされ、不合理と判断されています。  給食手当は、勤務中に食事を取ることを要する労働者に対して支給すべきとされ、不合理と判断されました。  通勤手当の相違については、労働契約の期間の定めがあるか否かによって通勤に要する費用が異なるものではないことから、不合理であると判断されました。  正社員との基本給や賞与、退職金、家族手当の相違については、次項で解説する労働契約法20条違反の法的効果と関連します。 5 労働契約法20条違反の法的効果  労働契約法20条違反がある場合に、正社員と同じ地位を認めるべきというのが、契約社員からの主張でした。基本給や賞与、退職金の相違や現在支給対象となっていなかった家族手当などについては、正社員と同じ地位を認めてもらえなければ救済にならないというのがこの主張の背景にあります。  最高裁はこれを認めませんでした。もしこれを裁判所が行ってしまうと、法律に記載されている以上の救済を裁判所が創設することにつながってしまう点が背景にあります。また、就業規則も別々に作成されていることから、正社員の就業規則を適用するという解釈も採用しませんでした。  結局、労働契約法20条違反の結果は、不法行為に該当し、損害賠償請求が可能であると判断されました。  そのため、基本給、賞与、退職金、家族手当に関しては、正社員との差額などが損害と認められることはなく、賠償責任の対象とはなりませんでした。  本件の特徴は、人材活用の仕組み以外の考慮事由がほとんどなかったことにあるといえます。長澤運輸事件では、定年後の再雇用、労使間交渉、調整給による労働条件低下への配慮などがありましたが、これらの事情はあてはまりません。  同一労働同一賃金に関する争点については、ハマキョウレックス事件と長澤運輸事件を合わせて検討することになろうかと思われますが、各種手当の支給目的に即した支給要件の設定や相違する理由を文章化して説明を試みるといった方法で検討してみるべきと考えられます。 6 労働関連法の改正  有期雇用労働者の救済方法に関する最高裁の判断は、法律の明文にないことが主な理由となっていることから、法律に救済方法が明記された場合には、正社員と同一の地位を認めるなどの救済方法も視野に入ってきます。働き方改革の一環として、実効性ある救済の創設も予定されています。  働き方改革関連法の改正では、行政による履行確保措置※1やADR※2(裁判外紛争解決手続)の整備は進みましたが、裁判所(司法)による救済方法の拡大については直接触れられてはいません。  しかし、パートタイム労働法の対象者に有期雇用労働者を含め、職務内容や人材活用の仕組みが同一の有期雇用労働者について、基本給、賞与そのほかの待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならないと規定され、均等待遇と解釈しうる規定とされました(改正後パートタイム等労働法第9条)。  また、職務内容などが同一とまで評価できない場合であっても、個々の労働条件について、待遇の性質およびその目的に照らして適切と認められるものを考慮して不合理と認められる相違を設けてはならないと規定されました(改正後パートタイム等労働法第8条)。  基本的な考え方は、最高裁の判断を敷衍(えん)できると思われますが、今後、有期労働契約者の労働条件の相違については、労働契約法20条ではなく、これらの改正法が適用されることになると考えられます。 ※1 行政による履行確保措置……正社員との労働条件の相違などの説明義務が設けられ、違反に対する公表措置などが定められた ※2 ADR……裁判外紛争解決手続の略称。学術経験者などから選ばれた3名の委員からなる紛争調整委員会による調停手続により労働紛争の解決を目ざすことができる 図表 ハマキョウレックス事件の契約社員と正社員の労働条件の相違について 基本給 無事故手当 作業手当 給食手当 住宅手当 皆勤手当 通勤手当 家族手当 賞与(一時金) 退職金 正社員 月給制 定期昇給あり 1万円 1万円 3500円 2万円 1万円 5000円(原告と同じ市内居住の場合) あり あり(会社の業績に応じる) あり(5年以上勤務した場合) 契約社員 時給制 定期昇給なし。 ただし、会社の業績と本人の勤務成績を考慮して昇給することがある。(原告は、時給1150円から1160円に上がったことがある。) 規定なし 規定なし 規定なし 規定なし 規定なし 最大3000円 (平成26年1月以降は正社員と同一に変更) 規定なし (原告は支給対象外) 原則なし 会社の業績及び勤務成績を考慮して支給することがある 原則なし 第一審 法または就業規則による補充は認められない 合理的 合理的 合理的 合理的 合理的 不合理 合理的 合理的 合理的 控訴審 法または就業規則による補充は認められない 不合理 不合理 不合理 合理的 合理的 不合理 法または就業規則による補充は認められない 最高裁 法または就業規則による補充は認められない 不合理 不合理 不合理 合理的 不合理 不合理法 または就業規則による補充は認められない ※職務の内容及び業務に伴う責任の程度については相違がないことが前提とされている ※正社員については配転出向などの規定があり、等級役職制度が採用されているが、有期雇用労働者にはそれらの規定や制度は設けられていない 出典:著者作成 第6回 定額割増賃金と高齢者の再雇用拒否 Q1 定額割増賃金の留意点を教えてほしい  時間外の割増賃金に関して、残業の有無にかかわらず、定額の手当を支払っているのですが、何か問題はあるでしょうか。定額の手当や年俸として支払うにあたっての注意点はどういった点になるでしょうか。 A  割増賃金の計算の基礎となる賃金と割増賃金部分が明確に判別できるようにしておく必要があります。また、割増賃金として支払っている金額を実際の時間外労働により生じた割増賃金が超過するような場合には、手当に追加して実際に発生した割増賃金分を支給しなければなりません。 1 割増賃金と前払いについて  労働基準法37条は、時間外、休日、深夜の労働に対して、割増賃金を支払うことを使用者に義務づけています。その割合は、時間外労働および深夜労働については25%以上の割増、休日労働については35%以上の割増賃金が最低額とされています。なお1カ月60時間を超える時間外労働に対しては、50%以上の割増賃金とされていますが、この部分の規定については、中小企業にかぎり、2023年4月1日までは適用が猶予されています。  そこで、使用者としては、時間外、休日、深夜の労働に対して、それぞれ割増賃金を支払わなければ、労働基準法37条に違反することになります。  とはいえ、割増率については、あくまでも最低限の数値が定められているに過ぎませんので、使用者が当該割増率よりも高額の賃金を支給しているかぎりは、労働基準法に違反するものではないと考えられています(昭和24年1月28日基収3947号)。しかしながら、割増賃金の計算にあたっては、計算の基礎となる賃金(以下、「基礎賃金」)と割増賃金が区別できなければ、そもそも、割増率をいくらの賃金を基礎として計算しているのか判別することができないことから、割増賃金を支払っているのかいないのかが不明瞭になってしまうという問題があります。 2 基礎賃金について  基礎賃金とされるのは、労働の対償として支払われる賃金から、労働の内容や量とは無関係な手当である「家族手当」、「通勤手当」、「別居手当」、「子女教育手当」、「住宅手当」が除外され、そのほか「臨時に支払われた賃金」、「一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」が除外されたものとされています(労働基準法施行規則第二十一条)。  「臨時に支払われた賃金」とは、臨時的・突発的事由に基づいて支払われたもの、および結婚手当など、支給条件はあらかじめ確定されているが、支給事由の発生が不確定である、かつ非常に稀(まれ)に発生するものと考えられています。そのほか、1カ月を超える期間を基準として算定して支給される手当や賞与などが除外されることになります。  そのため、年俸制を採用している場合で、かつ、賞与の計算方法があらかじめ定まっているような場合、たとえば、年俸を18で分割し、12カ月分の基本賃金に夏と冬に3カ月分ずつ支給すると決まっているような場合は、1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金ではないと解釈されているため、割増賃金から除外することは許されないと考えられています。  したがって、手当として支給する場合か、年俸制として支給する場合で基礎賃金となる範囲が異なることがありますので、この点にも注意が必要です。 3 最高裁判例について  これまで、使用者が、歩合給(ぶあいきゅう)や手当などを、割増賃金の支払いとして行ってきたものであると主張して、裁判において争点となり、最高裁において判断された事件が多くあります。  まず、最高裁平成6年6月13日判決(高知県観光事件)では、使用者が、歩合給として支払っていた賃金が割増賃金であるから、請求されている割増賃金については支給済みであると主張したことに対して、「本件請求期間に上告人ら(著者注:労働者)に支給された前記の歩合給の額が、上告人らが時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであった」ことを理由に、使用者による割増賃金の支給があったものとはいえず、未払いの割増賃金を支払う義務があると判断されました。  このほか、1700万円の年俸を支給されていた医師について、時間外、休日、深夜の割増賃金については、すべて年俸に含まれている旨合意したものとして争われた事例においても、年俸の1700万円のうち割増賃金にあたる部分が明らかにされていなかったことを理由に、基礎賃金と割増賃金にあたる部分を判別することができないものとして、使用者の主張は排斥されました(最高裁平成29年7月7日判決)。  さらに、最高裁平成24年3月8日判決(テックジャパン事件)があります。月の総労働時間が180時間以内であるかぎりは、基本給のほかに支給しない旨の合意をしていた事案において、このような基本給に割増賃金の支給をあらかじめ含めておく合意については、「全体が基本給とされており、その一部が他の部分と区別されて労働基準法(平成20年法律第89号による改正前のもの。以下同じ。)37条1項の規定する時間外の割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれない」として、割増賃金が支給されていたものと認められず、時間外割増賃金を基本給に含めるという合意の成立を認めませんでした。補足意見では、給与にあらかじめ一定時間の残業手当を算入する場合、雇用契約上もその旨が明確にされていなければならないと同時に支給時に支給対象と時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならず、予定していた残業時間を超えた場合に超過分を支給する旨も明らかにしておかなければならないといった厳格な意見も示されています。  これまでの最高裁の判例では、基礎賃金にあたる部分と割増賃金にあたる部分を判別することができなければならないという基準が示された結果、その後は、いかなる場合であれば、判別できると評価されるのかという点が主たる争点となっています。また、補足意見などでは、あらかじめ明示的な合意が必要であるなど厳格な見解も現れるなど、要件を充足する方法が不明瞭になってきているようにも思われます。  割増賃金を賃金に含める方法に対する厳格な見解が広がるなか、東京高裁平成29年2月1日判決(以下、「控訴審判決」)は、定額残業代の支払いを法定の時間外手当の全部または一部の支払いとみなすことができるのは、労働者が超過した残業代をただちに請求できる仕組みが備わっており、これらの仕組みが雇用主によって誠実に実行されているほか、基本給と定額残業代の金額のバランスが適切であり、その他長時間労働による健康状態の悪化など労働者の福祉を損なう出来事の温床となる原因がない場合にかぎられると判断し、従前の最高裁が示していた基準よりもかなり厳格な基準を基に判断しました。これに対して、最高裁平成30年7月19日判決では、「手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである」として、判断基準についてこれまでよりも少し詳細に述べたほか、控訴審判決が示すような厳格な要件が必須のものではないと判断されました。  この事案では「賃金56万2500円(残業手当含む)」、「給与明細書表示(月額給与46万1500円、業務手当10万1000円)」、「時間外手当はみなし残業時間を超えた場合はこの限りではない」といった記載がなされていたもので、基礎賃金と割増賃金の判別が不可能とまではいえない事案でした。使用者の時間外労働管理の方法については問題がないわけではなかったため、控訴審判決のような判断が現れたと考えられますが、定額割増賃金と認められるための要件としては、基礎賃金と割増賃金の判別という基準に尽きることが改めて示されたものと考えられます。 Q2 高齢者の再雇用の拒否について教えてほしい  60歳で定年を迎えた高齢者について、就業規則に基づき嘱託社員として再雇用することになりました。とはいえ、60歳を迎えた高齢者のなかでも、あらかじめ定めていた再雇用基準に適合しない者も含まれているため、退職手続きをとることに問題はあるのでしょうか? また、再雇用するにあたって、労働条件の変更を求め、応じない労働者については再雇用を拒否しようと考えていますが、問題ないでしょうか。 A  再雇用基準については、解雇事由および退職事由と同一の内容にかぎられ、拒否するにあたっては客観的かつ合理的な理由があり、社会通念上の相当性を備えた内容でなければなりません。また、労働条件の変更は可能ですが、労働者の再雇用の期待を失わせることを目的とした労働条件の提示は適切ではないと考えられます。 1 高齢者の雇用安定について  高年齢者雇用安定法によって、@定年の引上げ、A継続雇用制度の導入、B定年の廃止のいずれかの措置をとることが必要となりましたが、多くの企業ではA継続雇用制度の導入が実施されています。  使用者には、採用の自由があると考えると、継続雇用の制度だけが準備され、実際に再雇用されない高齢者が生じるおそれがあります。  高年齢者雇用安定法の、高齢者の安定した雇用の確保の促進といった目的をふまえ、厚生労働省のガイドラインは、まず、就業規則および労使間の合意で定める再雇用基準については、解雇事由または退職事由と同一の事由を継続雇用しない事由として定めることができるとしたうえで、解雇事由または退職事由とは異なる基準を設けることは高年齢者雇用安定法の趣旨を没却するおそれがある旨明記しています。また、継続雇用しないことについては、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であることが求められると考えられる旨も明記されています。 2 再雇用拒否制限の法令上の根拠  厚生労働省のガイドラインにおいては、上記の通り、客観的かつ合理的な理由があり、社会通念上相当な理由がないかぎり、再雇用を拒否することはできないと記載されていますが、これに対する法律上の明確な条文は用意されていません。  表現方法からすれば、厚生労働省のガイドラインが述べるところは、解雇権濫用法理を意識していることは明らかです。とはいえ、定年により退職の効力が成立しているとすれば、使用者は定年退職者を改めて解雇するわけではないため、解雇権を行使しているわけではありません。  そのほか、参考になるのは、労働契約法19条の定めがあり、一定の有期労働契約について、解雇権濫用と同様の規制がなされていますが、定年退職する労働者は、有期労働契約ではないため、この規定も直接適用されるものではありません。しかしながら、定年退職後の労働者の地位は、無期労働契約であったものが、再雇用されることを期待してもやむを得ない状況であるとはいえそうです。  そのため、実際には、高年齢者雇用安定法において、直接、再雇用拒否を規制する規定はないものの、解雇権濫用の類推適用などを理由として、客観的かつ合理的な理由と社会通念上の相当性が認められないかぎりは、再雇用後の地位を認めるような判断がなされています。  この際に重要になるのは、再雇用拒否の客観性を明らかにするためには、再雇用基準自体が、客観的かつ合理的な内容になっていなければならないということになります。厚生労働省のガイドラインが再雇用拒否事由を解雇事由および退職事由と同一のものでなければならないと明記しているのも、上記のような解雇権濫用の趣旨などをふまえて検討された内容になっていると考えられます。 3 再雇用時の労働条件の変更について  再雇用の際に労働条件の変更を提示すること自体は、厚生労働省のQ&Aにおいても、高齢者の安定した雇用を確保するという高年齢者雇用安定法の趣旨をふまえたものであれば、最低賃金などの雇用に関するルールの範囲内で、事業主と労働者の間で決めることができるとされています。  とはいえ、定年により退職を強いられる労働者にとって、労働条件の変更が提示されると、これに応じなければ再雇用されないという趣旨を含むものになるおそれがあります。このような状況は、解雇されるか労働条件の変更に応じるかを労働者に選択させる方法で労働条件の引下げをはかる、変更解約告知と呼ばれる手法に類似しているといえます。変更解約告知の法的な効力について、最高裁の判例もなく結論は出ていませんが、解雇の規制に服するものと考えられています。  したがって、定年時の労働条件の変更についても高齢者の雇用継続の期待を裏切るような労働条件の引下げが提案された場合には、解雇権濫用法理と同様の規制により、再雇用の拒否の効力が否定される可能性は否定できません。提示する条件についても使用者の一方的なものにならないように労働者の希望を確認しながら実施するべきでしょう。 第7回 働き方改革関連法への対応、治療と仕事の両立支援の法的留意点 Q1 働き方改革関連法の政省令について教えてほしい  働き方改革関連法の改正が行われ、政省令の整備が進んでいると聞きます。政省令により定められた内容をふまえて、改正法令において対応が必要な事項を教えてください。 A  特に、対応が必要なポイントは、労働時間の罰則付き上限規制および年次有給休暇の消化義務であると考えられます。前者については、36協定の記載事項が変更されましたので、新たに公表された書式に即した記載が必要となります。また、後者については年次有給休暇管理簿の作成義務も規定されています。 1 働き方改革関連法の改正のポイントについて  働き方改革関連法の改正により、多くの労働に関する法律に改正が実施されることになりました。主要な改正法としては、労働基準法、労働契約法、労働者派遣法、旧パートタイム労働法(有期雇用労働者を対象に追加)、労働安全衛生法などがあげられます。  多くの企業に影響がありそうな改正のポイントを整理しておくと、@時間外労働の罰則付き上限規制(大企業は2019(平成31)年4月1日施行、中小企業は2020年4月1日施行)、A年次有給休暇の消化義務(2019年4月1日施行)、B同一労働同一賃金の促進(大企業は2020年4月1日施行、中小企業は2021年4月1日施行)、C中小企業の割増賃金の引上げ(2023年4月1日施行)、D高度プロフェッショナル制度の導入(2019年4月1日施行)、Eフレックスタイムの清算期間の延長(2019年4月1日施行)などがあげられます。このほか、勤務間インターバル制度の努力義務なども定められたほか、労働安全衛生法の改正により、産業医の権限拡大や安全衛生委員会の位置付けなども重視されるようになりました。  全体的な印象としては、労働時間に拘束されない柔軟な働き方を推進する一方で、働きすぎ防止のための罰則の用意や各種健康確保措置としての産業医面談や勤務間インターバル制度の採用など、使用者にとっては安全配慮義務に対して、より一層高い意識を持って対応することが求められてくるものと考えられます。  今回は、これらの改正のなかでも、改正省令が公表され、詳細な点も整理された時間外労働の罰則付き上限規制および有給休暇の消化義務について触れておきたいと思います。 2 時間外労働の罰則付き上限規制について  36協定の書式も新しく整理され、改正法の施行後には、現在の書式よりも詳細な記載が求められることになりそうです。  大きな変更点は、@「上記で定める時間数にかかわらず、時間外労働及び休日労働を合算した時間数は、1箇月について100時間未満でなければならず、かつ2箇月から6箇月までを平均して80時間を超過しないこと」と記載されたチェックボックスへのチェックが必須になったこと、A限度時間を超えて労働させる特別条項について、具体的な事由を定めること、B特別条項を定める場合は、健康および福祉を確保するための措置を明記すること、C限度時間を超えて労働させる場合における手続を明記することがあげられます。  まず、@のチェックボックスについてですが、チェックがない場合には、法定要件を欠くものとして無効となるものとされています。罰則を受けるような違反を行わないという宣言となるものですので、当然といえば当然ですが、チェックを欠くことにより時間外労働が実施できなくなる恐れがありますので、留意が必要でしょう。なお、「2箇月から6箇月までを平均して80時間を超過しない」という記載の意味ですが、「対象期間の初日から1箇月ごとに区分した各期間に当該各期間の直前の1箇月、2箇月、3箇月、4箇月および5箇月の期間を加えたそれぞれの期間における時間外・休日労働が1箇月あたりの平均で80時間を超えないこと」とされていますので、単に6カ月の平均が80時間を超えていなければよいという趣旨ではありません。6カ月のうちに、80時間を超えるような月が続いてしまうと、2カ月間の平均が80時間を超えてしまうようなこともあり得ますので、時間外・休日労働時間が多くなってしまった翌月などは特に注意が必要でしょう。  また、BおよびCについては、労働基準法施行規則において追加された内容が反映された書式となっています。健康および福祉を確保する措置には、勤務間インターバル制度の導入や医師による面接指導の実施、産業医による助言・指導や労働者に保健指導を受けさせること、連続休暇の付与、配置転換などが用意されていますが、これらにはほかの法律の改正と関連性のある内容も含まれています。 3 有給休暇の時季指定義務について  正社員の約16%が有給休暇を1日も取得していないとされ、長時間労働の傾向もあることから、使用者が年次有給休暇を消化させる義務が設定されました。  基本的なルールは、10日以上の有給休暇を有する労働者に対して、付与した日から1年間の間に5日以上の有給休暇を付与することが義務付けられたというものです。年次有給休暇は入社の半年後から1年ごとに付与されることからすると、有給休暇の付与の期間と5日消化させる期間が合致しているため、複雑な内容にはなりません。  しかしながら、有給休暇の前倒し付与をしている場合には、入社した年度には、1年間の間に有給休暇の付与が2度生じる場合があり、1年間の起算日の決定方法に支障が出ます。  そのため、年次有給休暇の前倒し付与をしている企業向けに労働基準法施行規則が定められ、またその指針も公表されました。基本的な考え方としては、1年以内に2回目の付与があった場合には、2回目の付与日から1年以内に、1回目の付与と2回目の付与までの期間+12カ月を基準として比例付与することが許容される(例えば、6カ月+12カ月の場合、18カ月の間に7・5日を付与する)という制度になっています。その後は、1年ごとに5日ずつ消化するという原則的なペースに戻ります。  自社の有給休暇の付与ルールに即して、5日消化させなければならない基準日をしっかりと把握しておく必要があります。  また、有給休暇制度に関連して、労働者ごとに、有給休暇を与えた時季、日数および基準日を明らかにした「年次有給休暇管理簿」を作成し、3年間保存しなければならないことも定められました。年次有給休暇管理簿を作成するには、基準日を記載しておかなければなりませんので、就業規則で定める有給付与の時期に即して整理するとよい機会になるでしょう。 4 そのほかに整備されたポイントについて  労働基準法施行規則の改正では、労働条件の明示方法として、これまで労働条件通知書の書面による交付に限定されていたものが、ファクシミリおよび電子メールの送信によって明示することも許容されることになりました。今後、活用されることが期待されます。  また、過半数労働者の選任方法について、「使用者の意向に基づき選出されたものでないこと」が明記されました。基本的な考え方自体が変わるものではありませんが、使用者においても改めて留意しておくべきでしょう。 Q2 復職とリハビリ出社、治療との両立の法的な留意点について教えてください  従業員からがんの治療を必要とする旨の申告がありました。これまでに例がないため、どのように対応すればよいのでしょうか。復職の際に留意すべき事項はあるでしょうか。  また、メンタルヘルス不調で休職に入った従業員から、復職するときに短時間勤務やリハビリ出社を希望されたのですがどのように対応したらよいでしょうか。 A  治療と職業生活の両立支援のためのガイドラインが公表されています。使用者としての留意点のほか、医師との連携方法などさまざまな観点から留意事項がまとめられているので、参考にすべきでしょう。  復職時に、フルタイムでの出勤ができない場合には、リハビリ出社を認めることも可能ですが、労務の提供として扱うのか否か、明確にしておくべきでしょう。 1 働き方改革における治療と仕事の両立について  かつては、がんといえば不治の病との印象もありましたが、近年では、生存率も上昇し、早期発見・早期治療により、職場への復帰が実現することも多くなっています。  とはいえ、具体的な治療方法も外科治療や抗がん剤治療、放射線治療など多種多様であるため、がん患者とどのように接していくべきなのか、周囲の従業員へどのように周知すべきかなど、治療の継続と仕事の両立には悩まされる場面も多いでしょう。  厚生労働省は、「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」(以下、「両立支援ガイドライン」)を公表し、両立支援への準備事項や実際の両立支援の進め方、病気の類型ごとの基礎知識や留意事項、各種行政上の支援制度や助成金の案内など必要な情報をまとめています。  治療との両立の支援にあたっては、病気やそれに対する治療行為に関する理解が前提となるため、本人が周囲に可能なかぎり情報を開示して理解を得ることが望ましいとされているなど、非常に参考になる情報が集約されています。  また、取組み方についても、医師への情報提供のための様式や両立支援プランの作成例なども用意されています。 2 休職および復職判断のプロセス  治療のために休職していた従業員が、職場復帰する際は、どのような判断が必要でしょうか。  過去の判例では、「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。」と判断しています(最高裁平成10年4月9日判決(片山組事件))。  したがって、復職にあたっては、元の職種と同様の働きができないとしても、ほかの部署に配置できる可能性があり、本人の希望があるかぎりは、復職を認めるべきといえます。  両立支援ガイドラインでは、上記最高裁判例の趣旨もふまえて、復職判断のプロセスとして、主治医の意見収集、産業医による業務遂行能力をふまえた職場復帰の可否、本人の意向、復帰予定の部署の意見、配置転換も含めた復職の可否の判断と整理しています。  また、職場復帰支援プランを策定しておき、実際の復職時にはプランと実現できている職務の程度なども比較しながら、就業上の配慮や支援を行っていくことが望ましいとされています。 3 リハビリ出社の法的な整理について  復職にあたっては、産業医などから、職場復帰の可否について、短時間勤務が望ましいといったことや、一定の条件が付される場合もあります。特に、メンタルヘルス不調の場合などは、職場に復帰した際に再発することも懸念されるため、リハビリ出社が望まれることもあります。  このような場合に、使用者が短時間勤務に応じることが必ずしも義務とまではいえない場合もありますが、両立支援ガイドラインなどの趣旨をふまえると、復職の実現に向けて、リハビリ出社に応じていくことが望ましいといえるでしょう。  しかしながら、リハビリ出社の法的な位置付けについては、自社内できちんと整理しておかれたほうがよいでしょう。というのも、リハビリ出社の種類においては、実際に労務の提供をするのではなく、職場へ出社して時間を過ごすことができるか試すという場合もある(「試し出勤」などと呼ばれることもあります)ため、そのような場合も労働時間として扱って賃金を支給するのか、それともあくまでも休職期間中の治療への協力として位置付けるのかなど、さまざまな整理が考えられるからです。  例えば、復職の可否を判断する材料とするために、休職期間中に、試し出勤をしてみる場合には、労働時間と位置づけないこともできます。しかしながら、このような位置づけの場合、労務の提供のために会社に来ているわけではないので、会社までの経路での事故などが通勤災害とならないなど、労働者の保護に欠ける場合もあります。  一方、必ずしも労務の提供とまではいえないとしても、労働時間として位置付けることで、通勤災害の対象となるようにしたうえで、事業場内での拘束時間中は賃金が発生するようにすることも考えられます。とはいえ、実際に提供できる労務の内容が、本来の労務内容と大きく相違する場合もあるため、そのような場合は、復職時の合意において、賃金の内容や拘束時間などについて、労働者と真摯(しんし)な合意を成立させておくことは必要でしょう。 第8回 企業年金制度の受給額の減額、管理監督者の要件 Q1 企業年金制度の受給額を減額することはできるのか  当社では、退職後の従業員に対して、企業年金を支給することになっています。しかしながら、制度を構築してからかなりの時間が経過しており、支給すべき額が会社の現状に必ずしも合致していません。  企業年金の支給額を変更することは可能なのでしょうか。 A  企業年金の性質によって必要な手続きは異なりますが、変更の必要性、内容の合理性、手続きの正当性などを総合的に勘案したうえであれば変更を認められると考えられます。  ただし、多数の受給予定者に影響があるため、慎重に進めるべきと考えられます。 1 企業年金制度とその種類について  人口に占める高齢者の割合が増え、近年では、企業型の確定拠出年金などの利用も増えており、退職後の年金支給に企業が関与するような例もあります。  企業年金の基本的な種類としては、完全に自社のみで年金制度を運用するいわゆる自社年金と、根拠法令に基づき年金の原資を積み立てる外部積立型があります。企業型の確定拠出年金は外部積立型の一種となっています。  外部積立型の場合は、各種法令における受給額の変更に関する要件を充足しなければなりませんが、自社年金の場合は、企業の裁量により自由に設計することが可能であるため、企業年金の支給要件を就業規則で定めている例もあれば、労働協約などによって定めている例もあるなど、さまざまな方式が考えられるところです。 2 自社年金型の受給額変更について  自社年金型の場合、就業規則や労働協約など定め方はさまざまですが、事後的に年金額を変更しうる可能性がある旨の規定(以下、「改訂条項」)が明記されているといえるのか、という点が重要です。  現時点における支給額は、かつて企業に勤め続けた時期に説明を受けるなど、労働者としては将来受給できる権利として期待していることが通常であり、受給予定の労働者には帰責性がないこともあり、変更が容易に可能となると労働者の期待や権利が保護されないことになります。  一方、企業年金の受給額を変更することについては、企業の経営状況などをふまえ、会社を倒産させるよりは継続させるために、受給額の変更を肯定するほかない場合もあります。  過去には、早稲田大学(年金減額)事件(東京高裁平成21年10月29日判決、上告不受理により確定)において、自社年金型の年金における減額に関して、次のような判断がなされています。  「本件年金契約は、その内容が本件年金規則によって一律に規律されることを前提とし、加入者もそのことを容認し、また、退職後の給付内容についても、本件年金規則に定められた内容に従って決定されることを容認していたものと解される」としたうえで、「在職中のみならず、退職後、受給者となってからも、同規則による規律を受ける立場にある」と判断し、退職後においても変更することは可能と認められました。  そして、「楽観的な見通しによる計画は制度運用の実態に合わないものとなり、従来の給付水準を維持したままでは、本件年金基金の財政状況は更に著しく悪化し、将来的には年金財産がゼロとなって、年金制度自体の破綻も予想される事態に至っている」ことを理由に、20年かけて年金の支給額を最大35%引き下げるという必要性および変更内容については合理的と認められました。  ただし、労働者の権利を保護するために、 「控訴人が本件改定を行うに当たっては、信義則上、これらの契約当事者に対し誠実にその内容を説明し、その納得を得るための相応の手続を経ることが要請されているものと解すべき」として、手続的な相当性も重視されました。実際に取られた手続きとしては、年金委員会への諮問と受給者および受給予定者の3分の2の賛成を得るために説明会や修正案の作成を重ね、3分の2以上の同意を得られた修正を実施しており、相当な手続きと認められました。 3 外部積立型について  外部積立型年金の場合、根拠法令によって、手続き自体はさまざまですが、規約の変更について、労使で構成される代議員の議決または過半数労働者代表の同意を得るなどしたうえで、監督官庁の認可や承認を得ることが必要とされます。  また、認可や承認においては、経営状況の著しい悪化または掛金額の大幅な上昇により減額がやむを得ないと認められることおよび受給者などの意向を十分に反映させる措置を講じたうえで、十分な説明と意向確認の実施、全受給者の3分の2以上の同意、一時金の支給など緩和措置を講じていることなどが必要とされています。  監督官庁の承認や認可を得るための要件を充足したからといって、それに受給者が拘束されるか否かは別問題ではありますが、承認や認可の要件は相当厳格な内容として定められており、基本的にはこれらを充足した場合には、変更内容が有効と認められる可能性が高いと考えられます。 4 変更における留意点について  こうしてみると、自社年金型であっても、外部積立型であっても、変更において充足すべきとされている要件は、@改訂条項が存在していること、または改訂が監督官庁に承認または認可されること、A変更の必要性が認められること、B変更内容の合理性が認められること、C手続きの相当性が認められることが、多数の受給者との関係において年金受給額を変更するためには必要と考えられます。  特に、手続きの相当性については、受給予定者や受給者の3分の2以上の同意を得ることを目ざすことは重要な要素となっていると考えられますので、手続きの相当性に重点を置いていくことは必要でしょう。 Q2 管理監督者の要件について教えてほしい  管理監督者として割増賃金などの適用除外にしている労働者がいるのですが、本人から管理監督者といえるような状況にないとして、割増賃金の支払いを求められました。どのような要件が整えば、管理監督者といえるのでしょうか。 A  管理監督者と認められるためには、@実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの権限と責任があること、A労働時間に裁量が与えられていること、B割増賃金を不要とするにふさわしいだけの処遇(賃金)が支給されていることを総合的に考慮して決定されます。  なお、深夜の割増賃金は適用除外の範囲外ですので、深夜の労働部分については、割増賃金の支給が必要です。 1 管理監督者と労働基準法の関係  事業所においては、一定の役職以上の労働者などについては、時間外割増賃金の対象外としている例が多いでしょう。  その根拠となる労働基準法41条は「この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない」と定め、同条2号では「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者」を適用除外の対象者にあげています。  しかしながら、いかなる場合に、「監督若しくは管理の地位にある者」(以下、「管理監督者」)として認められるのかについて、法令等に詳細な要件は定まっていません。 2 管理監督者の要件について  管理監督者の要件について、最高裁判例などで確定しているわけではないものの、行政解釈は一定程度示されているうえ、多くの裁判例が分析されており、おおむね次のような3つの要件の総合考慮によって判断する点については、一致してきています。 @実質的に経営者と一体的な立場にあり、重要な職務、責任、権限が付与されていること A労働時間の決定について厳格な制限や規制を受けていないこと B地位と権限にふさわしい賃金上の待遇を付与されていること  これらの要件を考慮したうえで、最終的には、労働時間規制の枠を超えて就労することを要請されてもやむを得ないような重要な職務と権限を付与されているといえるか否かという観点から、それぞれの要素を総合的に考慮して判断されるべきと考えられています。 3 経営者との一体性について  経営者との一体性といわれても、会社によってそのような地位にあるかについて形式的に決められるとはかぎりません。主たる判断要素として考慮されている事情を整理すると次のようになります。 (ア)経営に関する意思決定への参加(例えば、取締役会への参加や幹部会議など経営上重要な意思決定の場への参加) (イ)労務管理上の指揮監督権があること(典型的には、部下が存在し、指揮命令の対象となる労働者がいることや部下の採用や待遇決定の権限が与えられていること) (ウ)実際の職務内容および職責の重要性(例えば、経営計画や予算案の策定などへの関与があること)  なお、かつては経営者との一体性については、企業全体に対する関与が求められる傾向にありましたが、近年は、組織や部署ごとに管理を分担させつつ連携統合する企業が一般的であることから、部門における統括的立場にあることで足りるという見解も示されています。 4 労働時間に対する自由裁量について  労働時間の自由裁量に関する主たる判断要素は、次の通りです。 (ア)出退勤や勤務時間の管理がなされているか (イ)遅刻や早退に対する制裁が実施されていないか (ウ)職員との交代勤務や職員に対するバックアップが義務付けられていないか  これらのうち、(ア)の要素に関する基本的な考え方としては、時間の管理把握をしてはならないというほどの厳格さがあるわけではなく、遅刻などに対する制裁などがないことの方が重要と考えられます。なぜなら、管理監督者といえども、健康管理の側面などから、労働時間を把握すべき対象にはならざるを得ないうえ、改正労働安全衛生法などにおいても時間把握の対象労働者には含まれていますので、労働時間についてタイムカードの打刻(だこく)などがあるだけで管理監督者性が否定されてしまうと、管理監督者として認められる余地がなくなってしまうからです。  また、判断がむずかしくなるのは、プレイングマネージャーのような立場にある場合であり、(ウ)の要素との関係において、通常の労働者と同様の業務を行っていることが時間外労働の主たる原因となっているような場合には、管理監督者性が否定されやすくなることには留意する必要があります。 5 賃金などの処遇について  賃金などの処遇に関する主たる判断要素は、次の通りです。 (ア)社内における収入の順位 (イ)平均収入との比較、役職者以外の労働者との比較 (ウ)金額自体が高額といえるか  これらのうち、(ア)および(イ)につい ては、会社ごとの相対的な評価になりますが、 (ウ)については時間外労働に対する割増賃金を支給している場合と遜色(そんしょく)ない程度に至っているといえるかという観点が重要となりま す。 6 深夜労働に対する割増賃金について  管理監督者が認められた場合に、深夜業の割増賃金も適用が除外されるかについては、条文の規定が明確ではないこともあり、見解が分かれていました。  この点については、2009(平成21)年12月18日の最高裁判決(ことぶき事件)において、結論が明確に示されました。  最高裁は、「労働が1日のうちのどのような時間帯に行われるかに着目して深夜労働に関し一定の規制をする点で、労働時間に関する労基法中の他の規定とはその趣旨目的を異にする」こと、および「第6章中の規定であって年少者に係る深夜業の規制について定める61条をみると、同条4項は、上記各事業については同条1項ないし3項の深夜業の規制に関する規定を適用しない旨別途規定している。こうした定めは、同法41条にいう『労働時間、休憩及び休日に関する規定』には、深夜業の規制に関する規定は含まれていないことを前提とするものと解される」ことを理由として、管理監督者について、深夜の時間外割増賃金まで適用が除外されるものではないという結論が示されました。  深夜割増手当も含めた固定時間外割増賃金が支払われている場合には、別途当該固定時間外割増賃金が明確に区別されているかなどによって結論は左右されますが、管理監督者の深夜割増賃金を支給対象外にすることは許されず、その結果、深夜労働時間については時間管理の必要があることになりますので、注意が必要でしょう。 第9回 減給時の留意事項、違反行為の公益通報 Q1 減給をする際の留意事項について教えてほしい  人事考課の結果に基づき、減給の対象となる従業員がいるのですが、減給をする場合に留意すべき事項はあるのでしょうか。  役職を解くことにともなう減給と、基本給自体を減給することの違いはあるのでしょうか。 A  減給を行う場合には、どのような根拠に基づいて行うのかによって相違があるため、慎重に検討する必要があります。役職を解く場合には、使用者の裁量の余地が広いと考えられていますが、基本給を減額する場合には、会社の給与制度がどのようになっているか、減額を想定した就業規則になっているのか確認する必要があります。 1 人事考課と減給について  会社においては、従業員に対する人事考課制度を用意し、それを基本給や賞与の評価に活用しています。  会社が、いかなる人事考課制度を用意するのかといった点は、会社自体の文化にも左右されますし、身につけるべき能力やその難易度をふまえて、緩やかな昇給制度にすることもあれば、成果を重視した昇給制度を選択することもありえます。  これらの人事考課制度の構築には、会社の裁量の余地が広いというべきですが、労働法分野においては、労働条件の不利益な変更に対する救済の範囲は広く、人事考課制度もその例外ではありません。人事考課制度のなかでも、減給をともなうような場合には、制限される場合もありますが、制度の趣旨に応じて使用者の裁量の余地が広く残されているものもありますので、人事考課制度を構築するうえでは、現状の労働法における考え方を整理したうえで臨むべきと考えられます。 2 降格について  人事考課の結果として、「降格」によって賃金の減額につながる場合があります。しかしながら、「降格」という言葉は、会社によって異なる意味で使われていることも多く、労働契約や就業規則でどのように定めているのかを確認しながら、その評価をしなければなりません。  労働法においては、「降格」という言葉は、理解の便宜のために、「降職」と「降級」という分類がされることがあります。  日本の伝統的な人事考課制度は、「役職」と「職能資格」という二つの要素によって給与が決定されていると考えられています。  ここでいう、「役職」とは、部長、課長、課長代理やチーフ、スーパーバイザーなど、いわゆる責任や権限の範囲を示した肩書のことをさします。こういった役職には、当該責任に応じた賃金(例えば、役職手当など)が支給されていることが多く、役職を下げるまたは解くと、同時に賃金が下がることにつながります。この、「役職」を下げるまたは解くことを「降職」と呼びます。  「役職」については、経営判断に基づく労働者およびその責任者の適正配置を決定するために、使用者における裁量の余地は広いと考えられており、労働契約や就業規則などに明示的な根拠がない場合であっても、使用者はその人事権に基づいて、裁量の範囲を逸脱または濫用(らんよう)したりしないかぎりは、「降職」を実行することは許されると考えられています。  次に、「職能資格」については、伝統的な終身雇用を前提にした職能資格制度に基づく整理です。職能資格制度とは、自身の評価に応じた等級が与えられ、年功序列制度のなかで定年までに徐々に等級が引き上げられていき、基本給が上昇していく仕組みのことを意味します。この制度の下では、職能資格は一度獲得した以上は、原則として引き下げられるような性質のものではないと考えられています。そのため、労働契約や就業規則において職能資格を下げる権限が使用者に明示的に設定されていなければ実施できません。また、「降級」については、人事権の行使が合理的であるか否かについては厳格に判断すべきと考えられています。  改めて整理すると、「降職」とは、「役職」を下げるまたは解くことを意味しており、労働契約や就業規則に明示的な根拠がない場合でも、広い裁量が認められるものであり、「降級」とは、獲得済みの「職能資格」を引き下げることを意味しており、労働契約や就業規則において明示的な根拠がなければ実施できないうえ、実施する場合にはその合理性が厳格に判断されるものとされています。 3 降格実施における留意点について  まず、実施しようとしている降格にともなう減給は、「降職」か「降級」のいずれであるのか確定させておく必要があります。  役職者が対象であれば、降職と降級のいずれも可能性がありますが、役職者でない場合は、降級とならざるを得ないでしょう。単に、役職手当を減給する場合には、根拠規定がない場合でも、経営上の必要性やその理由に合理性があれば、許容される可能性が高いといえます。  また、実施しようとしているのが、降級である場合は、労働契約や就業規則に降級する権限が明示されているでしょうか。就業規則では、「降職」と「降級」を区別することなく、単に「降格」とのみ定めており、降級が可能であるか不明瞭な例も多いため、人事考課制度において「降級」を検討する余地がある企業においては、一度見直しておかれるべきでしょう。  見直しの基本的な方針としては、役職を下げるまたは解いて役職手当を引き下げることと、基本給を引き下げる権限を定めることを区別した表現としておくべきということになります。 4 人事考課による減給と裁量の限界について  労働法においては、賃金、特に基本給に対する不利益な処分や変更については、人事考課の評価の過程に合理性があり、労働者における弁明の機会が与えられ、人事考課の仕組みに公正さが認められることが必要との見解も存在するなど、厳格に考えられており、特に「降級」を実施する際における使用者の裁量の余地は小さいものとされています。  仮に、使用者の裁量の余地を大きくすることを検討する場合には、当該裁量の余地を小さくしている根本的な原因である職能資格制度を採用するのではなく、年功序列を脱した成果主義的な賃金体系を構築および実施することなどが考えられます。 Q2 会社内で行われている違反行為はどこに通報すればいいのか  企業の経営陣が法令に違反する行為を行っていることが発覚しました。このことを外部の第三者やほかの役員などに伝えたいのですが、社内秩序を乱したことを理由に不利益な取扱いを受けるのではないかと心配しています。どうすればよいのでしょうか。 A  公益通報者保護法の適用を受けることができれば、不利益な取扱いをされたとしても無効とされます。公益通報者保護法の要件を充足するように留意しなければならず、原則として、会社への内部通報を検討したうえで、会社の違法行為の是正に向けて動くべきと考えられます。 1 公益通報者保護法について  経営陣による行為にかぎらず、会社内における不正については、内部で働いている労働者が察知する機会が多いことは自明でしょう。  とはいえ、労働者の立場からは、そのような場合に、自身の労働者としての地位の保全と会社の不正を暴くことを比較した場合に、自身が不利益を被ることを心配して第三者にそのことを伝えることをためらうことも容易に想像がつきます。  公益通報者保護法は、会社ないし社会としての健全性を保つための法律であり、これにより通報者の地位が保護されることが保証されています。  制度の概要としては、労働者が、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的ではなく、その労務提供先などについて、通報対象事実が生じまたはまさに生じようとしている旨を行政機関や事業者の内部窓口など通報先に通報することを「公益通報」として保護しようというものです。 2 通報対象事実について  公益通報の対象となるのは、「通報対象事実」に限定されています。通報対象事実とは、当該法律の規定する犯罪行為および当該法律の規定に基づく処分に違反することが犯罪行為となる場合の当該処分の理由とされた事実に限定されています。  要するに、単なる法令違反ではなく、罰則などが規定された犯罪となりうる行為に該当していなければなりません。 3 通報先の選択について  通報先を誤ると、必要以上に企業の信用などを棄損(きそん)するおそれがあるため、通報先についてもルールが定まっています。  事業者内部への通報は、信用棄損などへの影響が小さくなると考えられることから、要件は緩やかに設定されており、通報する労働者に不正の目的がなく、通報対象事実が発生またはまさに発生しようとしていることで足ります。この場合、通報対象事実が真実であるか否かについては、問題とされておらず、必要最小限の情報で公益通報と認められることになります。  一方、処分または勧告などの権限を有している行政機関への通報を実施する場合には、真実と信じるに足りる相当な理由が必要とされます。この点を立証しようとすると、会社の内部資料など客観的な証拠に基づき、通報対象事実の発生または発生可能性を具体的に裏付けていなければならないと考えられます。  さらに、外部の報道機関などへ通報する場合には、さらに厳格な要件とされています。内部通報や行政機関への通報の要件に加えて、内部通報や行政機関へ通報すれば解雇その他の不利益な取扱いを受けることや、証拠隠滅や偽造のおそれがあると信じるに足りる相当な理由があること、会社から通報しないことを正当な理由なく要求された場合、正当な理由なく書面などによる内部通報から20日経過しても調査を行う旨の通知がない場合や正当な理由なく調査を実施しない場合、生命身体に急迫不正の危険があると信ずるに足りる相当な理由がある場合のいずれかの状況が必要となります。  一般的には、報道機関などへの通報により、法令違反行為などの事実が発覚し、大々的に報じられるイメージもありますが、報道機関への通報については、最も要件が厳格であり、通報を行う前に内部通報や行政機関への通報ができないか慎重に検討してから実施することが求められています。 4 公益通報に関する保護の効果について  「公益通報」に該当した場合には、当該労働者に対する、当該通報を行ったことを理由とした解雇や派遣契約の解除は無効とされ、減給などの不利益な取扱いをすることも禁止されます。  公益通報の前提として、社内の資料などを複製したり、外部へ持ち出したりしなければ、真実と信じる理由が説明できない場合もありますが、多くの企業において、社内の資料や秘密情報などを社外へ持ち出す行為あるいは第三者へ提供する行為を就業規則で禁止しており、懲戒処分や解雇の理由とされることもあります。  あらゆる資料の持出しが、公益通報の保護のもとで許されるわけではありません。例えば窃盗や横領に近似するような方法で資料を獲得することは許されませんが、通常の業務の過程において取得した資料などを公益通報の役に立てること自体は否定されるものではなく、これらの行為に対する解雇その他の不利益取扱いが有効とされる可能性は低いといえるでしょう。 5 内部通報を受けた企業としての対応  内部通報が行われる場合、企業自身に対して行われることがあります。どのように対応すべきか方針が定まっていない場合もあるでしょう。  企業においては、外部への通報に至るよりは、内部通報のみで問題が解消された方が信用棄損のリスクなどを負うことがないため、可能なかぎり、内部通報窓口を用意したり、通報があった際の対応をあらかじめ検討しておくことが望ましいと考えられます。  通報後の対応としては、通報者を特定することができる情報については、できるかぎり通報を受けた窓口やその責任者の範囲に留めるようにしておくべきでしょう。通報者に関する情報が広まることは、当該通報者を取り巻く就労環境を悪化させるのみならず、違反者などによる報復行為の対象とされる可能性を高めることになります。  また、前述の通り、報道機関への公益通報の要件の一つとして、20日以内に調査を開始する旨の通知を行わない場合や正当な理由なく調査を実施しない場合などが定められています。この要件を充足すれば、報道機関への公益通報が容易となってしまうため、通報を受けてからの初動について速やかに実施するべきと考えられます。内部通報にとどまることなく、報道機関への公益通報に至れば、回復困難な信用棄損が生じるおそれもあることを十分に認識し、早期対処を心掛けておくべきでしょう。 第10回 前払い退職金制度の留意点、パワハラの分類 Q1 前払い退職金制度を導入するにあたっての留意点について教えてほしい  当社では、退職金制度について、退職後の支払いのみではなく、在籍中に上乗せ支払いを行う制度を導入することを検討しています。  退職後に一括して支給する場合との相違点や注意すべき事項はありますか。 A  退職金について、前払い制度を導入すると、退職後に一括払いする場合とは異なり、月額賃金としての性格が強くなり、税務上および社会保険における取扱いなどが異なることになります。労働者にとって、不利益な点が多いため、導入にあたっては、十分な説明などを行うよう留意してください。 1 退職金の前払い制度について  近年では、退職金制度を導入している会社において、退職金の前払い制度を導入する企業もあらわれてきています。中小企業退職金共済制度に加入し、掛金を納付し続けてきたような会社であれば、問題なく退職金を支給できるかもしれませんが、退職時に一括して支払うための原資を積み立てておくことはそう簡単なことではなくなっています。そこで、退職金制度を導入していた企業においても、積立て不足を回避することなどを目的として、退職金の前払いを検討するようになってきています。  ところで、労働者が「退職金」を受給する場合には、通常の賃金とは異なる点がいくつかあります。例えば、退職金に対する課税は、給与所得よりも優遇されており、課税される額が低く抑えられています。また、賃金が2年間と短期間に設定されていることに比べて、退職金の消滅時効は5年間と定められており(労働基準法第115条)、長期間請求権が存続するものとされています。  さらに、退職金には、賃金の後払い的性格に加えて、功労報償的な性格も含まれていることから、労働基準法において賃金全額払いの原則が定められているにもかかわらず、競業避止義務違反や懲戒に相当する事由に該当した場合に退職金の一部または全部の不支給を行うことも、一定の範囲で許容されています。  これらの退職金としての特色と、退職金の前払い制度を導入する場合の相違点などを整理しておきましょう。 2 税務および社会保険における取扱いについて  退職時に一括して支給される退職金は、税務上は「退職所得」に分類され、受領した退職金からの基礎控除や課税率などが、通常の給与とは異なる取扱いがなされており、受領した退職金に対する税負担が軽減されています。  また、社会保険との関係においても、退職時に受領することから、社会保険料の計算の基礎となる月額報酬にも影響することなく、特段の負担はないといえます。  ところが、退職金の前払い制度を導入すると、これらの点に影響があります。  まず、税務上、退職手当として扱われるのは、「退職したことに起因して一時に支払われること」が要件となっています。そのため、前払い制度を導入し、これを賃金とあわせて毎月支給する場合、たとえ、退職金規程などから逆算して支給すべき金額を計算していたとしても、税務上は「退職手当」とはならず、「給与所得」となり通常の賃金と同じように課税されることになります。したがって、このような受給方法を採用した場合には、従業員にとってみると、「退職手当」として受給する場合と比較して税務上の優遇を受けることができないことになります。  このことは、社会保険との関係でも同様の結論となり、月額報酬の上昇としてとらえられることから、受給する金額にも左右されますが、従業員にとって社会保険料の負担が増えることにもつながります。 3 退職金の一部または全部の不支給について  退職金には、賃金の後払い的性格があることに加えて、功労報償的性格があることから、退職時に競業避止義務違反や懲戒事由に該当する場合には、一部または全部の不支給が許容されることがあります。  しかしながら、退職金の前払い制度を導入した場合、このようなことはできなくなると考えられます。本来の退職金については、退職をきっかけとした臨時の支給であることから、通常の賃金とは異なる取扱いが許容されており、賞与に類似する性格を有していることから、使用者の裁量も残されています。しかし、退職をきっかけとせずに毎月支給することになると、賞与類似の臨時性が失われることから、通常の賃金と異なる取扱いをする理由が失われてしまいます。  その結果、退職金から一部または全部の不支給が許容されていた根拠も失われることになり、賃金に退職金からの上乗せ部分が生じているとしても、それを減額することは、通常の賃金を減額する場合と同様の規制が適用されることになり、減給処分の限界(労働基準法第91条)や一度支給を始めた場合に減額するためには、労働者の同意が必要となります(労働契約法第8条)。 4 割増賃金の基礎となる平均賃金について  退職金の一部または全部の不支給のような裁量の余地がなくなることに加えて、前払い制度を始めると、割増賃金の計算の基礎となる平均賃金においても、上乗せ部分が考慮されることになります。  なぜなら、平均賃金として参入しない費目は、労働基準法第12条に明記されており、「臨時に支払われた賃金及び三箇月を超える期間ごとに支払われる賃金並びに通貨以外のもので支払われた賃金で一定の範囲に属しないもの」とされており、退職という臨時の事情によることなく、毎月の賃金に上乗せして支払うようになってしまえば、同条において例外事由とされている臨時性が失われてしまうからです。  この点は、労働者にとっては有利な事情となるわけですが、使用者にとっては、予想外に割増賃金が増加する原因ともなりうるので、注意する必要があるでしょう。 5 導入時の留意点について  以上の通り、退職金の前払い制度の導入は、退職金として一括して支払うことに比べて、労働者にとっては、平均賃金が上昇することや一部または全額の不支給が行われない点以外に、消滅時効の短期化、税務上および社会保険上の負担の増加など、多岐にわたって、不利益な点が見受けられます。  したがって、退職金の前払い制度については、受給総額が一括払いと相違ない制度設計にしたとしても、労働条件の不利益変更が生じるものに準じて、労働者には十分な説明を行ったうえで、慎重に実施するようにご留意ください。 Q2 パワーハラスメントと業務上の指導との区別について知りたい  パワーハラスメントの防止などが謳うたわれて久しいですが、業務上の指導との具体的な区別がむずかしいと感じています。また、パワーハラスメントの防止の目的を明確にしておかなければ、各労働者が真面目に取り組んでくれないと感じています。防止の目的とパワーハラスメントの分類を教えてください。 A  パワーハラスメントによる悪影響は、生産性や労働意欲の低下、人材の流出、信用毀損(きそん)、紛争や事故などが想定されます。紛争や事故にいたった場合には、会社や行為者の損害賠償責任も問題となります。したがって、これらを防止することが目的といえるでしょう。  また、パワーハラスメントの分類は、典型的な身体的または精神的な攻撃以外にも、過大または過小な要求、人間関係からの切り離し、個(プライバシーなど)の侵害などに分類されています。 1 パワーハラスメントについて  「パワーハラスメント」という言葉は浸透していますが、その具体的な中身や、実際目(ま)のあたりにしたときにパワーハラスメントに該当するか否かを判断することは困難な場合が多いでしょう。確たる基準があるわけでもなく、当事者間で許容されるか否かのような曖昧な基準をイメージしているのではないでしょうか。  明確な基準があるとまではいえませんが、現在において考えられている影響や分類について知っておき、判断の基準を持つことは有用でしょう。 2 防止する目的について  パワーハラスメントによる悪影響は、さまざまな段階を経てあらわれてきます。まずは、職場環境の悪化から生じ始めるものとして、生産性や労働意欲の低下があります。パワーハラスメントが横行する職場では、その影響は自身が次の被害者になるかもしれないと思うなど、ほかの労働者にまでおよんでいきます。  次に生じてくるのは人材の流出です。現在は、一つの企業において定年まで働き続けることがあたり前ではなくなっており、被害者自身の退職が生じることもあれば、ほかの労働者にとっても働きづらい環境からの転職が発生することもあります。  企業にいる間は悪評などを心のなかにしまっていても、退職後は、SNSや口コミサイトなどを通じて企業の評判を書き込むこともあります。このような記載がインターネット上にあらわれると、人材の補充を目ざして求人しても、応募数が減少するといった影響が出てきます。  さらに、紛争や事故といった形で表出した場合は、損害賠償責任が生じるおそれがあります。  加害者自身が損害賠償責任を負うのはもちろん、企業は、労働者に対する安全配慮義務を尽くす必要があることから、職場でパワーハラスメントが行われた場合には、被害者から損害賠償を請求されることになります。  企業は、こういった損害賠償責任が生じないようにする一方で、被害者や加害者、同僚からのヒアリングなどの社内調査を行い、調査結果をふまえた加害者に対する懲戒処分の検討などにも追われることになります。 3 パワーハラスメントの分類について  厚生労働省においては、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう」と定義されています。  ポイントは、上司から部下に限定されず、部下から上司または同僚同士も含まれていることと、「業務の適正な範囲を超える」ことが限界として設定されているという点です。なお、「職場」には、職場の延長線上にある、参加が強制されているような飲み会や研修会、それらからの帰り道なども含まれます。  分類としては、典型的な身体的または精神的攻撃をはじめとして、過大または過小な要求、人間関係からの切り離し、個(プライバシー)の侵害などがあげられており、具体例として図表のようなものがあげられます。  これらを見てみると、パワーハラスメントという言葉だけからイメージされるものだけでなく、人間関係からの切り離しや過小な要求などのように「いじめ」といったほうがイメージしやすい分類も含まれているといえるでしょう。 4 パワーハラスメントの防止について  パワーハラスメントの原因となっているのは、人間の感情である場面も多くあります。例えば、部下や後輩が間違いをくり返さないように注意したいと思い、感情的になり言葉が強くなることがあります。もしくは、上司が部下の振舞いを注意しようと思っても、職場環境からいい出すことができないために指導をやめてしまうことなどがきっかけになることもあります。  パワーハラスメントの防止は、感情のコントロールの重要性を管理職に理解してもらうことが第一歩といえるでしょう。叱責すべき場面が生じたとしても、感情を抑えてから、指導にあたるように注意していきましょう。  また、指導が、労働者の人格非難におよばないようにしなければなりません。業務指導の範囲にとどまるかどうかは、「人格」に対する非難ではなく、「行為」に対して指導できているかという点が重要です。この点は、感情のコントロールとも密接に関連しており、あらかじめ指導の対象を「行為」とするように整理していくことで、感情に任せた指導から、冷静な業務指導へと変わっていくはずです。  さらに、パワーハラスメントは、コミュニケーションの不足に起因することが多く、叱責や指導の後、場面を変えてコミュニケーションを取り直すことで、双方ともに冷静に業務に向かうことができます。業務指導後のフォローまでを一つのセットと考えて、コミュニケーションの充実を図ることも重要でしょう。  最後に、通常の職場環境であっても、パワーハラスメントを受けていることは申告しづらいため、相談窓口を設置するなどして、匿名での情報提供なども含めて、幅広く防止に向けた措置を用意していくことも重要でしょう。 図表 パワハラの例 分類 典型例 身体的攻撃 ポスターや書類などで頭をたたく行為 唾を吐きかける行為 精神的攻撃 「給料泥棒」、「死ねよ」などの発言 「上司に分からないことが私に分かるわけがない」と言って、上司に対して業務上必要な情報提供を行わない 過大な要求 多大な業務量を強いて、残業時間が月80時間を超えた 絶対にできない仕事を強制する 過小な要求 本来の業務以外の他部署の雑務ばかりを行わせる 一日中掃除や除草作業のみをさせ続ける 人間関係からの切り離し 参加していた会議から外される 自分には業務以外の会話が全くなく、無視される 個の侵害 家庭の事情をしつこく聞き続ける 不必要に住所などを公開する 筆者作成(参考:厚生労働省「明るい職場応援団」webサイト https://www.no-pawahara.mhlw.go.jp)