知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変わっていき、ときには重要な判例も出されるなど、日々把握することが求められています。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第11回 団体交渉への対応、偽装請負と業務委託の違いとは 第12回 有給休暇の消化義務、産業医の役割の拡大と権限強化 第13回 社員や退職者によるインターネット・SNS によるトラブル予防 第14回 有期雇用の雇止めと期間・回数制限、死亡退職金の帰趨(きすう) 第15回 懲戒処分、業務請負と労働者性 第16回 人事考課、賃金からの相殺 第17回 フレックスタイム制、出張と労働時間 第18回 労働条件の統一、育児休業後の契約切り替え 第19回 求人広告と労働契約、パワハラの防止義務 第20回 労災保険給付、年次有給休暇と時季変更権 第11回 団体交渉への対応、偽装請負と業務委託の違いとは Q1 団体交渉の申し入れに対する対応方法について教えてほしい  このたび、当社の従業員が加入した労働組合から団体交渉の申し入れがありました。自社内には労働組合が存在しなかったため、これまでに団体交渉というものを経験したことがありません。  交渉事項は会社の役員の変更や労働環境の改善など多岐にわたっており、協議しても合意に至る見込みはないと考えています。 A  たとえ、外部の労働組合であっても、労働組合からの団体交渉については応じなければなりません。交渉事項について合意に至る見込みが低い場合であっても同様です。  仮に、団体交渉に応じなかった場合には、労働委員会という機関に申し立てをすることで、労働組合法に基づく救済を命令されることにつながります。 1 労働組合について  かつては、社内労働組合がある企業からの相談もありましたが、最近の相談では、外部の労働組合からの団体交渉の申し入れが増えているように思われます。  社内労働組合は、社内の状況を把握したうえで、会社の労働条件や労働環境の改善を目ざして活動していましたので、労働者全体にとっての改善に向けて話合いを進めるような場面も多く、必ずしも会社と対立するばかりではありませんでした。  ところが、最近は、労働組合からの団体交渉申し入れを受け、それにどのように対応したらよいのかわからないといった企業も増えています。会社からすれば、外部の団体からの突然の申し入れですので、まずは拒絶しようという発想になる場合も少なくありません。  しかしながら、労働組合からの団体交渉の申し入れは、労働組合法によって保護されていますが、会社としては、単純に拒絶するだけでは紛争の場面を拡大することにつながってしまうため、正しい知識を持って対応を試みる必要があります。 2 団体交渉について  労働組合が申し入れてくる団体交渉とは、労働組合法に基づくものです。団体交渉の意義は、労働者を集約することにより交渉力を増し、可能なかぎり会社と対等の立場に立ったうえで、労働条件の改善を目ざして活動することにあり、社内労働組合によって行われる場合には、ストライキなどの争議行為も背景にした交渉力が重要と考えられています。  外部の労働組合の場合は、労働者を集約しきれているとはかぎらず、必ずしも交渉力は大きくありません。現状では、労働組合法に基づく保護を前提とした交渉および労使間のコミュニケーションの場面としての価値が重視されているとも考えられます。  ここでいう労働組合法に基づく保護というのは、団体交渉を拒絶することは、「不当労働行為」という労働組合法に違反する違法な行為であるとされ、その効果として、労働委員会による救済命令の対象となることや、状況によっては不法行為に基づく損害賠償請求の根拠となることがあります。  「不当労働行為」とは、労働組合法特有の考え方ですが、労働組合の存在意義をなくさないための労働組合の活動に対する特別の保護ルールです。例えば、団体交渉についていえば、「使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと」が労働組合法では不当労働行為と整理されています。  したがって、今回のご相談も、「正当な理由がなく」団体交渉を拒絶してしまうと、不当労働行為となってしまいます。この規定を根拠として、会社には、誠実交渉義務があると考えられており、労働組合から求められた要求や主張に対して、具体的な内容を回答し、資料の提供もしながら、相互に合意に向けた努力を行わなければなりません。一方で、交渉が行き詰まってしまい相互に譲歩する余地がなくなった状況においてもなお、交渉を継続する義務まではありませんので、一定程度具体的な交渉を重ねた後であれば、団体交渉を打ち切ることも許されます。  なお、労働組合法がいう、「使用者が雇用する労働者」については、在籍中の労働者が含まれることは当然ですが、失業者なども含むと考えられていますので、団体交渉の交渉事項においては、解雇した労働者に対する解雇通知の撤回などが提示されることもあります。 3 労働委員会による救済命令について  万が一、団体交渉を正当な理由なく拒絶した場合、労働組合は労働委員会という公的な機関に対して、救済命令の申し立てという手続きをとることができます。個別の労働者が裁判所という第三者の公的機関に救済を求めることと比較すると、労働組合にとっての裁判所のような存在が労働委員会といえるでしょう。  裁判所との違いは、労働委員会による救済命令の方法は、裁判における判決とは異なり、柔軟な命令を出すことができる点でしょう。  例えば、団体交渉の拒否という不当労働行為に対しては、団体交渉を打ち切った理由を根拠として拒否してはならないと命じたり、一定の事項について誠実に団体交渉に応じることを命じる場合もあります。個別の事件ごとに、どのような命令によって不当労働行為を救済するかについては、労働委員会の裁量が広く認められています。  ほかには、不当労働行為を行ったことを陳謝し、今後くり返さないことを誓う内容を社内に掲示することを命じる場合もあります。 4 具体的な対応について  団体交渉の申し入れがあった場合、たとえ交渉事項が、応じる見込みがほとんどない場合であっても、これに応じることなく頭ごなしに拒否することは、不当労働行為に該当します。  したがって、まずは、団体交渉の場を設定し、労働組合からの質問や交渉に応じる必要があります。しかしながら、日時や場所については、会社の担当者の予定を調整する必要がある場合や、場所が一方的に定められている場合に、調整することを求めたとしても、ただちに団体交渉を拒否したことにはなりません。まずは、あわてることなく、日程および場所を調整することが必要です。なお、団体交渉においては、直接面会して交渉する義務も誠実交渉の一環として必要と考えられていますので、書面のやり取りのみで交渉することは得策ではありません。  次に、だれが、団体交渉に参加するのかという点も決める必要があります。会社の立場では、代表者を交渉の席に常に参加させるわけにはいかない場合もありますが、参加する担当者は、少なくとも誠実に交渉したとは認められる程度に権限を有している者とする必要があると考えられます。  また、誠実交渉を尽くしたといえるようにするためには、具体的な回答や資料を提示したうえで、交渉に応じることができない理由を説明し尽くしたといえなければなりません。団体交渉の席を設けても、同じことのくり返しになった場合は、交渉打ち切りを検討してもよい状況に至っていると考えられます。 Q2 どんなときに偽装請負と認定されるのか知りたい  取引先からの要望に基づいて、当社から数名の従業員を取引先に常駐させて業務に従事させています。  情報管理の側面から、取引先内部での業務処理が求められるといった状況や、取引先が導入しているシステムを利用しなければならないなどの事情があるのですが、このような場合においても偽装請負として問題になる余地はあるのでしょうか。 A  直接の指揮命令を発注者に行わせないこと、時間外労働や休暇取得の判断など労働時間の管理について発注者に行わせないこと、機械や資材の調達を自ら行ったうえで、賠償責任も負担することを前提とした契約とするなど独立性を維持する措置をとっておく必要があります。  なお、形式ではなく実質で判断され、故意に偽装請負を免れる目的がある場合には、労働者派遣法または職業安定法違反になるおそれがあります。 1 偽装請負とは(違反時の効力含む)  かつて、「偽装請負」が社会問題となり偽装請負について争われた事件が最高裁まで争われ、大きな話題となりました。  その後、厚生労働省などは、適正な請負(業務委託)とはどのような形態であるのかについて、整理してガイドラインなどによって公表しています。  ガイドラインなどの内容を検討する前に、そもそも「偽装請負」とは何が問題なのかを紹介しておきたいと思います。  社会的になぜ「偽装請負」が行われるようになったのかというと、派遣事業が法律により規制されることになる一方で、対象となる業務がかぎられていたことがあります。対象業務以外の業界においては、派遣の形式ではない、類似の方法を採用するために、業務委託や請負契約を締結し、実際には労働者を受け入れて、現場で直接指揮命令をしたり、労働時間を管理したり、給与を事実上決定するなどの状況が生じました。  労働者に対して、直接指揮命令をしてよいのは、直接雇用をしている使用者か、適法に実施した派遣契約に基づいて、派遣先が指揮命令する場合、出向中の労働者に対する出向先からの指揮命令にかぎられます。業務委託や請負契約に、たとえ直接の指揮命令が可能であると定められていたとしても、それは法令の適用を回避しようとしているに過ぎません。  偽装請負の方法によりますが、偽装請負は労働者派遣法に違反する、または職業安定法が禁止する労働者供給事業に該当する違法な行為になります。  労働者派遣法は、このような労働者派遣法の義務を免れる目的の契約によって労働者を受け入れた場合には、労働者は、派遣先に直接雇用を申し込む権利があり、受け入れ先はこれを拒否することができないとされています。 2 偽装請負と業務委託の区別について  それでは、業務委託や請負契約に基づき、労働者が外注先において執務することはまったく許されないのでしょうか。例えば、システム開発の現場では、受注した企業の労働者が、顧客に赴いて直接作業を行う形態での業務委託契約があります。このような場合が、すべて偽装請負となるわけではありません。  重要な点は、発注者は、受注した企業の労働者に対して、@直接の指揮命令を行うことはできないこと、A労働時間の管理を行わないこと、B発注先が事業者としての独立性を維持することなどがあげられます。これらの要件は、「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」(「昭和61年労働省告示第37号」と呼ばれています)において整理されています。  まず、@については、労働者に対する業務の遂行方法に関する指示その他の管理および業務遂行の評価等に係る指示やその他の管理を(受注者)自らが行うことが必要とされています。受注者が、自らの判断と責任で人員の配置を決定することを意味しており、例えば、発注者が面談した労働者を担当者にするなど、事実上、人員の選択を委ねている場合は、偽装請負の要素が強くなります。  次に、Aについて、労働時間の始業および終業時刻や休暇の取得や、時間外労働や休日労働の指示などについても(受注者)自らが行うことが求められています。発注者の事業所において執務している場合、時間外労働や休日労働の必要性については、間近で見ている発注者の方が判断しがちです。しかしながら、直接の指揮命令ができない以上、時間外労働などを含む労働時間の管理については、受注者が行わなければなりません。  さらに、B独立性の維持として、服務規律に関する事項に対する指示、労働者の配置の決定および変更を(受注者)自らが行い、さらに、業務の処理に要する資金を受注者が調達し支弁したうえで、独立した事業者として受注者が損害賠償責任を負担することなどが必要とされています。まず、服務規律については、懲戒権を有しているのはあくまでも受注者である以上、服務規律に関する指示などについても受注者が行えなければなりませんし、また、労働者の配置も受注者自身で決定できなければなりません。資金の支弁や損害賠償責任の負担については、受注者にとって不利益な要素のようにも見受けられますが、独立した事業者であるかぎりは、責任を負うことは一般的な契約においては通常の規定であり、それが排除されていることは独立性を疑わせる要素になります。  このほか、業務に必要な機械や設備、材料や資材は受注者自ら調達することや、自らの専門的な技術や経験に基づいて業務を処理することなどが求められています。特に、後者の内容から、単純労働については、労働者派遣法の適用を免れる目的があると見られやすいため、特に注意が必要でしょう。 3 具体的な対応などについて  ご相談の状況については、システム利用などの必要性があると見受けられますが、そのことのみをもって、偽装請負ではないとはいえません。  発注者の事業所で執務するのであれば、直接の指揮命令を受けることがないように留意する必要があります。よく採用される手法としては、直接の指揮命令を行わないことを前提に、連絡を取り合うために、相互に担当者を定めたうえで、状況を共有し、あくまでも受注者の立場で時間管理や休暇の調整などを実施する方法です。このような方法で連絡を取り合う場合でも、受注者が発注者の要望をそのまま労働者に命じており、自身の判断ではない場合、規定に違反する可能性が生じるため、独立性が維持されているとは評価されないので注意が必要です。 第12回 有給休暇の消化義務、産業医の役割の拡大と権限強化 Q1 有給休暇の消化義務についてくわしく知りたい  働き方改革にともない、使用者に有給休暇の消化が義務づけられたとのことですが、いったいどのような制度なのでしょうか。 A  2019(平成31)年4月1日以降に法定の有給休暇が一度に10日以上付与された労働者を対象として、当該付与された日から1年の間で5日以上の有給休暇を消化することが罰則つきで義務づけられました。  制度を遵守していくためには、消化義務の制度に加えて、休暇という制度自体の理解も整理しておかれるべきでしょう。 1 有給休暇の消化義務について  働き方改革関連法の改正により、使用者に対して、有給休暇の消化が義務づけられました。これまで、有給休暇といえば労働者の権利であり、使用者が手出しできるような権利ではなかったわけですが、今回の改正によって有給休暇制度自体に大きな転換があったといえるでしょう。  有給休暇の消化については、厚生労働省からは、「原則として丁寧に指導し、改善を図っていただく」と表明されていますが、罰則つきで義務づけられている以上、企業としては違反するということがないような体制を整えていく必要があります。  今回の有給休暇の消化義務を理解するにあたって、そもそも有給休暇の制度の理解が必要であり、有給休暇以外の特別休暇との区別も、社内で確認しておく必要がありますので、まずは、休暇制度自体を見直しておきたいと思います。 2 カウントされない休暇について  今回の規制の対象となるのは、労働者が労働基準法に基づき権利として取得する「有給休暇」です。  企業においては、有給休暇だけが会社の休暇とはかぎりません。例えば、会社の創業記念日などを休暇としている場合もあるでしょうし、最近では、労働者の誕生日などをバースデー休暇としている企業もあらわれています。このようなもの以外には、慶弔休暇などの設定も一般的に行われていることでしょう。  このように、休日とは異なる本来労務提供が義務づけられた日について、労務提供を免除することで休暇とするケースがあります。こうした休暇を有給にするか、無給にするかについては、企業の就業規則に明記することで自由に定めることができますが、この場合の休暇をたとえ「有給」にしたとしても、労働者が労働基準法に基づき権利として取得する「有給休暇」とは異なります。このような休暇は、企業が独自の基準で設けている「特別休暇」として整理されており、「有給休暇」の消化とはカウントされません。  このほか、注意していただく必要がある休暇として、時間単位の有給休暇取得について、労使協定を締結して認めている場合には、当該時間単位での有給休暇取得は、カウントされないことになっています。こちらは、特別休暇という異なる制度であることが理由ではなく、「有給休暇」の取得ではあるものの対象外とされています。基本的には、労働者の身体的疲労を回復させ、健康維持を増進するという背景もあることから時間単位ばかりの有給休暇を取得することは、その趣旨にそぐわないことが背景にはあると思われます。  なお、時間単位の有給休暇と類似の制度である、半日単位の有給休暇制度(労使協定の締結がなくとも就業規則の規定により導入できます)がありますが、こちらで有給休暇を取得した場合には、0・5日としてカウントすることができます。導入にあたっては、半日の単位を企業ごとに明確にするために、就業規則において半日の定義などを記載しておくことが望ましいでしょう。 3 対象者の整理と基準日について  有給休暇の消化義務の対象となるのは、一度の有給休暇の付与において、法定の有給休暇が10日以上付与される労働者です。累計10日以上の有給休暇が残っている労働者が対象ではありませんので、間違わないようにしましょう。  したがって、所定労働日数が少ないパートタイム労働者などにおいては、有給休暇の比例付与が実施されている場合には、10日以下の有給休暇の付与が行われることもありますので、対象外となる労働者も出てきます。  また、有給休暇制度に関連して、労働者ごとに、有給休暇を与えた時季、日数および基準日を明らかにした「年次有給休暇管理簿」を作成し、3年間保存しなければならないことも定められました。  1年間のカウントの起算点となる基準日は、有給休暇の付与日から1年間となります。法定通りに有給休暇を付与している場合には、入社日ごとに基準日が異なりますので、中途採用を中心にしている企業においては、労働者の数だけ基準日があるという状況も生じる場合があります。  有給休暇の付与日については、一斉付与などを採用して、付与日の統一を図っている企業もあろうかと思いますが、その場合は、有給休暇の消化義務の基準日の設定が特殊になります。  まず、@前倒して10日付与した場合には、当該付与した日を基準日として1年間の間に5日消化する必要があります。次に、A1年の間に付与日の重複が生じる場合には、1年目の基準日から2度目の付与日までの間(α日とします)と2度目の付与日を基準とした1年を経過する日までの間(1年+αの期間となります)で、長さに応じた比例按分をもって消化することも許容されることになっています。最後に、B一部の前倒し付与をしている場合は、前倒し付与した日から合計10日の有給休暇を付与された日までの間(β日とします)と当該合計10 日の有給休暇を付与された日から1年間(1年+βの期間となります)の間で5日消化する必要があります。Bに該当する場合は、2年目以降にAと同じ状況が生じるため、2年目はAと同様の基準で消化させることも許容されることになります。  こうみると、Bの付与方法を採用している企業は、3年目を迎えるまで、基準日が異なることになり、消化義務のカウントの管理が煩雑になるおそれがあります。 4 実際の有給休暇指定の方法について  有給休暇が消化されていないことを把握して、適宜指定を実施しなければなりませんが、そのための準備も必要です。  一つは、就業規則の改定です。有給休暇の指定命令については、現在の就業規則には記載がないはずですが、休暇に関する記載は絶対的必要記載事項であるため、記載することなく指定することはできず、記載せずに指定する場合には罰則の適用があると考えられています(労働基準法120条)。  また、実際の指定にあたっては、労働者の意見を尊重することが求められているため、メールやそのほかの方法で、労働者の意見聴取を実施したうえで、有給休暇の指定日を決定する必要があります。  企業における繁忙期に有給休暇の取得が困難であるなど、各企業の事情もふまえて、基準日から6カ月経過するまでに労働者からの意見聴取を実施したうえで、当該意見聴取の日から5カ月経過するまでの日を指定するようにすれば、労働者ごとに基準日が異なることを気にすることなく、5日の有給休暇を消化することができるのではないでしょうか。 Q2 労働基準法以外の働き方改革関連法について教えてほしい  働き方改革において、有給休暇消化義務や時間外労働の上限規制が取りざたされていますが、ほかに留意すべき規制や変更はないのでしょうか。 A  労働安全衛生法の改正によって、産業医の権限強化とともに、労働時間の把握義務の対象が管理監督者や裁量労働制、事業場外労働者にまで拡大されるなど、無視することができない変更が含まれていますので、留意する必要があります。 1 労働安全衛生法の改正  労働安全衛生法により、事業場における労働者が50名を超える場合には、産業医を選任する必要があります。同法の改正前における、産業医の役割としては、どちらかというと、非常時における面接指導や復職判断における主治医からの診断と比較するためのセカンドオピニオンとしての役割などが中心であり、日常的な関与が大きくない側面があったことは否定できないと思われます。  今回の改正において、産業医の権限が拡大され、期待される役割や職務の範囲も広がりました。そして、それにともない、企業の産業医に対する情報提供義務が強化された結果、企業においては労働時間管理を徹底していかなければならなくなりました。  また、労働者の健康管理に対する関与も強められています。これまでは、労働者と産業医が直接コンタクトを取ることは少なかったかもしれませんが、健康相談対応に必要な体制として、社内において選任した旨を周知するよう努めるものとされました。 2 産業医に対する情報提供義務  産業医を選任した企業は、労働者の労働時間に関する情報その他の産業医が労働者の健康管理等を適切に行うために必要な情報として、以下の情報を提供する義務を負うことになりました。 @健康診断の実施後の措置、長時間労働者に対する面接指導実施後の措置、ストレスチェックの結果に基づく面接指導後の措置などに関する情報 A1週間あたり40時間を超えて労働させた場合におけるその超えた時間が1月あたり80時間を超えた労働者の氏名と超えた時間に関する情報 Bその他健康管理に必要な情報(作業環境、作業不可の状況、深夜労働の回数・時間数など)  特に、Aの情報については、速やかに(2週間以内を想定)提供する必要があると整理されており、時間外、休日の労働時間把握を毎月適切に行っておく必要があります。なお、該当する労働者がいない場合においては、該当者がいない旨を通知する必要があり、また、このAに関しては、産業医だけではなく、労働者本人に対しても通知する義務があります。  Aに該当し、かつ、「疲労の蓄積が認められる」労働者は、産業医による面接指導の対象者となりますので、産業医と労働者の双方に通知することで、長時間労働による健康への影響の早期発見に資するための制度改正になっているといえるでしょう。時間外労働が80時間を超えた労働者が存在しない場合においても、該当労働者がいない旨を通知しなければならないため、時間外労働が少ない企業においても、産業医に対する情報提供義務が軽減されるわけではありません。  なお、時間外労働が80時間を超えている場合には、該当する労働者自身に対しても、通知する義務があり、該当労働者からの面接指導の申出が増加する可能性があります。 3 労働時間把握の対象について  前記A記載の事由に該当する労働者には、管理監督者やみなし労働時間制が適用される労働者を含め、すべての労働者が含まれることとなりました。  これまでの労働時間の適正な把握に関するガイドラインにおいては、管理監督者や事業場外労働によるみなし労働時間の適用がある場合は除外されていましたので、これまでの取扱いから変更されています。  「労働時間」そのものの把握ではなく、「労働時間の状況」の把握とされ、労働者の労働日ごとの出退勤記録や入退室時刻を把握することが求められています。労働者がいかなる時間帯にどの程度の時間、労務を提供し得る状態であったかを把握することとされていますが、「労働時間」そのものの把握との線引きは困難でしょう。  改正法の施行後は、管理監督者に関して労働時間の管理をすることは、管理監督者として評価されるために必要な時間管理を受けていないという要素との関係が問題となり、事業場外労働に関しては、「労働時間を算定し難い」という要件との関係が問題となるでしょう。  管理監督者についても、労働安全衛生法に基づき「労働時間の状況」の把握を行う必要がある以上、単にタイムカードを使用していることなどを理由として管理監督者性が否定されることはあってはならず、今後は、始業・終業時刻の拘束がないことの表れとして、遅刻や早退に対して制裁をもって不利益な処分をされないことが重要な要素になっていくものと考えられます。  事業場外労働については、労働時間の状況を把握することができれば、「労働時間を算定し難い」という要件を充足し難しくなることは否定しがたく、客観的な方法により把握できない場合に許容される自己申告制による労働時間の状況の把握を適切に尽くしていくほかないのではないかと考えられます。なお、自己申告制が許容されるためには、@労働者への適正な申告をするよう事前説明すること、A管理者にも同様に適正な申告をさせるよう事前説明をすること、B実態との合致について、必要に応じて実態調査を行い、相違があれば補正すること、C自己申告時間以上の労務提供が見受けられる場合には、労働者に報告させ、内容の適正さを確認すること、D適正な申告を阻害する措置を講じないことなどが必要とされたうえ、翌労働日までの申告が適当とされています。これらの要素を見直しながら、事業場外労働を適正に実施可能か確認しておくべきでしょう。 第13回 社員や退職者によるインターネット・SNS によるトラブル予防 Q1 労働者のSNS利用に制限を設けることはできるか  近ごろ、さまざまなSNSの利用が広がっており、これを利用する労働者も増えているように感じています。一方で、悪質な動画や写真をアップすることによって、会社が謝罪するような事態に至るなど、社内での活用に対して消極的にならざるを得ないと考えています。労働者のSNSの利用に対して、会社としてはどのような対応ができるのでしょうか。 A  SNSの利用については、基本的には私的な活動の一種であるため、これを全面的に制限することはできないと考えられますが、事業活動に関連する範囲においては、その利用方法などを制限することは許されると考えられます。  事後的な損害賠償請求によっては十分な被害回復とならないことが多いため、予防のための準備や従業員教育が重要となります。 1 SNSについて FacebookやTwitter、InstagramなどはSNSとして著名となっており、利用者は多数におよんでいます。  これらのSNSに関して、企業の公式アカウントを開設して、広報活動に活用している企業もあり、利用の仕方によっては非常に有用なツールとなりえます。  労働者によるSNSの利用については、不適切な情報を拡散することにより企業の信用を毀損(きそん)するおそれもあり、注意が必要です。しかしながら、企業の公式アカウントのような場合でないかぎり、SNSの利用は原則として、労働者の私的な活動として行われることになります。そのため、会社としてもどこまで制限してよいのか、就業規則に禁止規定を定めたとしても、どのような場面においてどの程度の処分が可能となるのかなど、判断がむずかしいところです。 2 私的な活動に対する制限について  会社が、労働契約に基づいて労働者を拘束できる範囲は、基本的には会社の業務と関連する行為にかぎられることになります。  例えば、業務外の行為によって逮捕・起訴された事件に対して、懲戒解雇処分を行った事案で、「従業員の不名誉な行為が会社の体面を著しく汚したというためには、必ずしも具体的な業務阻害の結果や取引上の不利益の発生を必要とするものではないが、当該行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類・態様・規模、会社の経済界に占める地位、経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から綜合的に判断して、右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない。」(日本鋼管事件、最判昭和49年3月15日)と判断されており、犯罪行為であった場合でさえも、私的な行為に対する労働契約上の制限や制裁を行うことは非常に限定的に解釈されています。  そのため、SNSの利用のうち、原則として、業務と関連する行為と判断できるか否かを基準として、労働契約または就業規則において、SNSの利用を制限した場合に有効となる範囲が画されることになるといえるでしょう。  規制対象を限定するにあたってのポイントとしては、@業務時間中であるか否か、A業務において得た情報を開示または漏洩(ろうえい)したものであるか否かを前提としつつ、例外的に、私的行為のうちでも、B会社の社会的評価を著しく毀損するなど、悪影響が重大であると客観的に評価される場合を対象として規制することを検討するべきでしょう。 3 トラブルを予防する方法について  SNSによる情報拡散をきっかけとしたトラブルが生じないようにするためにも、会社としても予防策を行っておく必要があります。  まず、就業規則において、SNSの利用を制限する規定を定めておく方法が考えられます。とはいえ、私的行為全般にまで規制をおよぼすことはできないため、禁止する範囲としては、「当社の従業員としての自覚をもって利用すること」などの抽象的な規定にならざるを得ません。より具体的に禁止しておくべき内容としては、私的行為のなかでも信用毀損にともなう会社に対する損害を生じさせる行為です。前述の判例も述べているとおり、私的行為に対して制限をおよぼすためには会社の社会的評価に対する悪影響が重大である場合に限定されているため、就業規則に定める禁止行為もこれに準じた内容を定めておくべきです。  就業規則の禁止行為として定め、懲戒事由として整備しておけば、違反があった場合には懲戒処分の対象とすることが可能です。懲戒処分の程度については、ケースバイケースで判断せざるを得ないですが、世論を大きく騒がせたうえで会社に重大な損害が生じたような事例でないかぎりは、懲戒解雇を行うことはむずかしく、おそらく、戒告や減給といった比較的軽微な処分から実施することにならざるを得ないでしょう。  懲戒処分を実施する段階に至った場合、会社に生じる悪影響に対する予防が叶わなかったことを意味しますので、就業規則の規定のみで十分とはいえません。  予防するためにより重要なのは、会社としてのSNS利用に対するポリシーやガイドラインなどを公表し、会社がSNSの利用に対してどのような意識を持っているのかということを明確にすることです。さらに、SNSの利用に関する教育を実施したうえで、ポリシーやガイドラインを社内に浸透させることが非常に重要です。  SNSに関して、その情報の拡散範囲や想像以上のスピードで拡散されることを意識せずに利用されていることが、炎上の原因にもなっていますし、また、古い情報であってもデータは蓄積され、情報としては保存され続けていることから、忘れたころに話題になることがあることも意識づけておかなければならないでしょう。 4 炎上する投稿と損害賠償について  SNSへの投稿内容が、広く拡散されたうえ、大量の批判にさらされた結果、会社の社会的評価を低下させるようなことがくり返されています。  このような行為に対して、労働者に対する損害賠償請求などしかるべく法的措置をとることを表明している企業もあり、このようなSNSを通じた炎上により企業に対する信用を毀損した結果として生じた損害については、労働者に対して損害賠償請求を行うことが可能と考えられます。  とはいえ、会社の信用を毀損した結果生じた損害が、金銭的な評価としてどの程度であるかを特定すること自体がむずかしい問題でもあることから、損害賠償請求により会社に生じた損害を回復しようとしても十分な損害賠償請求ができるとはかぎりません。  さらに、会社の労働者に対する損害賠償請求については、会社が労働者の労務提供を通じた事業活動により利益を得ている以上、そのリスクも甘受すべき範囲があるとの考えから、損害の全額の賠償を認める裁判例は少なく、せいぜい、4分の1から2分の1までの範囲に制限されることが多くなっています。  損害が金銭賠償により一部回復されたとしても、失われた信用まで回復するとはかぎらないことも含めて考えると、SNSの利用に対する制限などによって、現代の会社にとって、炎上を予防することの意味は非常に大きくなっているといえるでしょう。 Q2 退職者のものと思われるインターネット上の書き込みに迷惑している  当社の社内における人事の事情や給与体系などが、インターネット上に書き込まれており、採用活動に支障が出ています。おそらく退職者によるものと思われますが、記載された内容には、事実と異なる内容も含まれているため、非常に迷惑しています。このような記載を削除させることはできないのでしょうか。 A  インターネット上の書き込みについては、プロバイダを特定したうえで、削除請求することが可能です。事実と異なる内容によって、会社の信用を毀損していることが前提となるため、事実関係をしっかりと調査することが重要です。 1 インターネット上の書き込みについて  労働者が会社を退職した後に、会社の評判を下げるような書き込みを行ったり、SNSを利用して発信することがあります。労働基準法違反に至っていなくても、他社との比較において相違する点があれば、安易に「ブラック企業」などの表現を用いて、批判がくり広げられることもあります。  インターネットに記載された口コミや評判はだれの目にも触れることになるうえ、特に採用活動においては、各企業の評判などを検索したうえで、就職先を探すことも多いため、その影響を甘く見ることはできません。  このように会社にとって無視することができない影響をおよぼすインターネット上の口コミや書き込みに対して、会社はいかなる措置をとることができるのでしょうか。 2 プロバイダに対する削除請求2  会社の信用を毀損するような内容のインターネット上の書き込みや発信については、プロバイダ責任制限法に基づきインターネットプロバイダを介して、削除請求することができます。インターネットプロバイダとは、書き込みなどが可能となっているサイトにおいては、一般的には運営会社などが該当することになります。  書き込みを行った者に表現の自由がある以上、本人以外が当該表現を削除することは控えるべきと考えられていますが、会社の信用を毀損するような表現を放置することは、被害の拡大に寄与することにつながるため、プロバイダが本人に対する意見照会を行ったうえで、特段異論がない場合などには、本人に代わって削除をすることが認められています。  プロバイダ責任制限法に基づき、削除を請求するにあたっては、どのような記載によって会社の信用が毀損されたのかを特定したうえで、当該記載が事実と異なるのか否かを含めて説明することが必要となります。  任意で削除請求をする場合には、プロバイダ責任制限法に基づく定型書式がインターネット上に公開されており、それに基づき削除請求を行うことで、必要な記載内容などは充足することができます。  また、最近のWebサイトでは、削除のた めの問合せフォームなどを用意しており、当該フォームを通じて削除を請求することで対応を求めることも可能です。ただし、この削除フォームを用意するか否かはサイト運営者の方針次第であるため、プロバイダ責任制限法に基づく請求方法も活用せざるを得ない場合も多いでしょう。  5ちゃんねる(かつての2ちゃんねる)など、任意での削除に応じない方針を採用しているプロバイダもあるため、その場合は、裁判所に仮処分を申し立てたうえで、裁判所による決定を取得し、削除させるといった手続きをとる必要があります。  さらに、サーバーやプロバイダが海外に所在していることもあるため、海外の運営者に対する請求が必要となる場合もあります。海外の企業に対しては、原則として、日本のプロバイダ責任制限法がおよばないため、任意の削除フォームなどを利用しながら削除を求めていくことになります。  プロバイダごとに対応が異なるうえ、サイト上に運営会社を明記していないサイトもあるため、運営しているプロバイダの特定が容易ではない場合もあります。プロバイダを特定しきれない場合には、削除請求に対応している弁護士などの専門家に相談したうえで、対応を検討していくべきでしょう。 3 労働者本人に対する対応について  プロバイダ責任制限法に基づき請求できるのは、削除および、発信者情報の開示です。すなわち、書き込まれた内容のみでは情報を発信した当事者を特定できない場合に、発信者を特定するために必要な情報の開示を受けたうえで、本人に対して、削除や損害賠償請求を行う措置をとることも可能です。ただし、プロバイダは発信者の氏名や住所などの情報を有しているとはかぎらないため、最終的な発信者情報を取得するために複数の経由プロバイダなどへ数段階にわたって、発信者情報の開示請求が必要となる場合もあります。  Twitterでの発信は、アカウントから発信者の特定ができているのであれば、プロバイダではなく本人に対して直接削除請求や損害賠償請求を行ったほうが早期の解決が得られる場合もあります。  在籍中の労働者による発信であった場合には、就業規則に「会社の信用を毀損した場合」などを懲戒事由としている場合には、懲戒処分の対象とすることが可能と考えられます。まずは、懲戒事由が定められていることを確認したうえで、本人から投稿の意図などのヒアリングを実施し、厳重に注意するとともに、発信内容を削除するよううながすべきでしょう。  退職者による発信であった場合には、懲戒処分の対象とすることはできませんが、事実と相違する内容を発信して、会社の信用を毀損したのであれば、削除および損害賠償を請求していくことを検討しましょう。なお、このような場合に備えて、退職時には、会社の信用を毀損するような言動を行わない旨を定めた誓約書を取得しておくなど、あらかじめこのような対応が必要となる事態を予防しておくことも重要です。 第14回 有期雇用の雇止めと期間・回数制限、死亡退職金の帰趨(きすう) Q1 有期雇用に期間の上限や、更新の回数制限を設けることはできるのか  有期雇用について、更新の手続きを適切に行うことなく、更新の基準があいまいな場合、契約期間が満了したことを理由に契約を終了させることができなくなると聞きました。  そのため、更新手続きを厳格に行うようにしたうえで、有期雇用の上限期間として3年と定めるようにしています。このように上限期間を定めておくことで、有期雇用は期間満了を理由に終了させることがかなうでしょうか。  また、65歳以降は更新しないことも定めているのですが、こちらは有効となるのでしょうか。 A  有期雇用の期間満了時に契約を終了させる場合に、@無期雇用と同一視される状態であるか、A更新することに合理的な期待が認められる場合、解雇権の行使と同様に、客観的かつ合理的な理由および社会通念上の相当性が必要とされます。  更新回数の上限を定めておくことは、更新への期待を打ち消す事情となるでしょう。また65歳を限度と定めることは、体力の低下と業務内容、事業規模による個別判断の困難性などをふまえ、有効な規定と判断される可能性が高いでしょう。 1 有期雇用の雇止めについて  労働契約法第19条は、有期労働契約に関して、@過去に反復更新したことがあるものであって、期間満了時に終了させることが、無期労働契約の労働者に解雇の意思表示をすることと社会通念上同視できる場合(以下「実質的無期契約型」)、または、A更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる場合(以下「合理的期待型」)のいずれかに該当する場合には、客観的かつ合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、同一の労働条件で更新したものとみなされる旨を定め、有期雇用労働者を保護しています。  この規定は、有期雇用労働者に対する雇止めの効力を制限して、有期雇用労働者を保護しようとするものです。  とはいえ、業務の状況をふまえた雇用の調整としての機能や、専門的な領域における能力を図るために比較的長期の雇用を行う場合など、有期雇用であるからこそ雇用するという場面があります。このような場合に、契約期間満了を実現するために、さまざまな工夫をしている使用者がいます。 2 更新手続きの実施方法について  有期雇用の更新方法については、法律上その方法について明確には定められていません。そのため、自動更新に近いような形で更新することも可能です。  しかしながら、前述の通り、実質的無期契約型となった場合には、無期労働契約と同様に有期労働契約を満了する際に、当該労働者に対する雇止めの効力が規制されることになります。  有期労働契約としての効力を維持するためには、更新時の手続きを形式的なものにせず、厳格化する必要があります。  具体的には、有期労働契約の更新時において、きちんと書面を交わしなおすこと、更新の際に説明を尽くして有期労働契約の更新基準を労働者に理解させることが重要です。更新基準については、実質的な基準として機能させなければならず、過去に更新基準に即した雇止めの事例が存在するか否かということも重視される傾向にあります。 3 更新回数や更新期間の上限設定について  無期転換ルールが定められたことも一因と思われますが、有期労働契約において、更新回数の上限や更新期間の上限を定める例が増えているように見受けられます。これらの上限を設けることが、有期労働契約を満了させることに役立つのでしょうか。  高知地裁平成30年3月6日判決(高知県立大学後援会事件)は、就業規則において「契約職員の雇用期間は、1会計年度内とする。ただし、3年を超えない範囲において更新することができる。」と定めていた事例について、「就業規則において、契約職員の通算雇用期間の上限を3年と明確に定めていたこと」、「有期雇用契約を更新する場合も、管理職による意向確認や契約期間を明記した労働条件通知書の交付といった手続をとっていたこと」、「原告の契約の更新回数は2回にすぎず、通算雇用期間も3年にとどまっていたこと」、「原告の給与計算を主とする業務は、(中略)、ルールに従って一定の処理を行うもので、(中略)、代替性が高いもの」などを考慮のうえ、労働契約法第19条2号の合理的な理由のある期待があったと認めることは困難としました。  最高裁平成28年12月1日判決においても、「3年を限度に契約を更新することがある。」と定められている事案について、契約期間の更新限度が3年であることが明確に定められており、このことを労働者も十分に認識していたうえで労働契約を締結したものであることから、「更新限度期間の満了時に当然に無期労働契約となることを内容とするものであったと解することはできない」とされています。ただし、この事案については、契約期間が試用期間としての機能も同様に果たしていたことや大学の講師としての業務であったという特徴もあったため、その点にも留意すべきとの補足意見も付されています。  更新手続きが厳格に行われていたことも重要な要素とはされていますが、更新期間の上限を定めておくことで、合理的期待を生じさせにくくする要素として機能することがあること自体は広く肯定されています。 4 高年齢者と更新制限について  さらに、最高裁平成30年9月14日判決においては、満65歳に達した日以後は有期労働契約を更新しない旨を定める就業規則の有効性について判断されました。更新回数が多数回にわたるような有期労働契約も含めて当該規定の適用を受ける可能性があるという点に特徴があります。  同判決においては、「期間雇用社員が屋外業務等に従事しており、高齢の期間雇用社員について契約更新を重ねた場合に事故等が懸念されること等を考慮して定められたものであるところ、高齢の期間雇用社員について、屋外業務等に対する適性が加齢により逓減(ていげん)し得ることを前提に、その雇用管理の方法を定めることが不合理であるということはできず、被上告人の事業規模等に照らしても、加齢による影響の有無や程度を労働者ごとに検討して有期労働契約の更新の可否を個別に判断するのではなく、一定の年齢に達した場合には契約を更新しない旨をあらかじめ就業規則に定めておくことには相応の合理性がある。」として、上限年齢を定めること自体の有効性を肯定しました。  当該上限規制が有効であることを理由に、実質的無期契約型と認めず、更新手続きも65歳以上の更新がない旨の説明書面が交付されていたことなどを考慮して合理的期待型とも認めず、有期労働契約が終了していると認めました。  最高裁判決の事案においては、有期労働契約に上限年齢を定めることの合理性については、体力の低下と業務内容のほか、事業規模による個別判断の困難性をあげているため、すべての使用者にとって同一の判断がされるとはかぎりませんが、定年制自体の合理性が否定されないかぎりは、有期労働契約の上限年齢の効力も肯定されやすいとは考えられます。 Q2 従業員の死亡退職金の支給を相続人が受け取らないと申し出てきた  当社では、従業員の死亡時に退職金を支給する旨を定めています。このたび、亡くなった従業員の相続人が、「相続放棄を行うので退職金を受け取ることができません」と申告してきました。事情をうかがうと、消費者金融から多数の借入れをしていたようであり、到底返すことができないので、相続放棄をするほかないというのです。  当社は、退職金を支給する必要はないと考えてよいのでしょうか。 A  退職金規程の定め方次第で、結論が大きく異なりますので、しっかりと確認してください。  支給対象者が、「配偶者」など個別に定められている場合には、相続財産には該当しないため、支給しても相続放棄には影響しない場合もあります。なお、支給対象者が「相続人」などになっている場合には、相続放棄をした方の次順位の相続人を調査して支払う必要があります。 1 相続と相続放棄について  「相続」という言葉は一般的にも理解されているかと思いますが、その制度に関する全体像を把握されているわけではないでしょう。配偶者が2分の1を相続し、子どもが残りの2分の1を分け合うということは、よく知られているでしょう。  しかしながら、すべての人が相続財産を引き継ぎたいと思っているわけではありません。相続の対象となるのは財産ばかりではなく、債務、典型的には借金なども承継することになるからです。例えば、質問にあるように、消費者金融の借入金がたくさんある場合には、相続をすることでむしろ残された遺族の財産までも借金の返済に充てなければならなくなってしまいます。  このような場合に用意されている制度として、相続財産の範囲で債務を弁済して残余財産が生じる場合にのみ相続をする「限定承認」という制度や、相続財産と債務のすべてを一切相続しないことを選択する「相続放棄」という制度があります。  これら以外のいわゆる一般的な財産も債務も承継する相続を行うことを「単純承認」といいます。民法は、一定の場合には、自動的に単純承認したと認めることにしています。例えば、相続人が相続財産の全部または一部を処分したときや、相続人が、限定承認または相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部もしくは一部を隠匿(いんとく)し、私的にこれを消費し、または悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったときなどがこれに該当します。  つまり、相続放棄や限定承認の制度を利用するためには、相続財産に該当するものを受け取って使用してしまうと、相続放棄ができなくなってしまうことがあるのです。そのため、遺族としては、退職金を受け取って何かに使用してしまった場合に相続放棄ができなくなるのではないかと考えて、受領自体を拒否されるようなことにつながります。 2 死亡退職金制度について  そもそも、労働者の死亡退職金は相続財産となるのでしょうか。  原則としては、労働者がこれまで働いてきた賃金の後払いとしての性格と功労報償としての性質を併せ持つ退職金は、労働者に生じる退職金請求権であり、相続財産に含まれるという考え方が採用されます。しかしながら、死亡退職金に関しては、そもそも、支給対象となる労働者自身が死亡により存在しなくなってから支給されることが想定されていることから、就業規則などにおいて、支給対象者が別途定められていることがあります。また、当該支給対象者の順位について、必ずしも相続と同様ではなく、生計を同一にしている者などを優先的に支給することにしている例もあります。  判例においては、就業規則や退職金規程などにおいて、相続と異なる順位が定められている場合や、受給者が明確に定められている場合などには、遺族の生活保障を目的としていることなどを理由に、遺族固有の財産であり、相続財産とはならないと判断されています。このような判断は、生命保険金の受給者に対する裁判例の傾向とも合致しています。  とはいえ、退職金の受給者として「生計を同一にしている配偶者」などと指定して記載するのではなく、「相続人」などと包括(ほうかつ)して記載している場合には、相続人が確定しないかぎりは支給できないことになるうえ、相続財産とは異なる固有の財産として位置付けているとは評価されないため、相続財産に該当することになります。  したがって、就業規則や退職金規程などに「生計を同一にしている配偶者」などの具体的な受給者が明記されている場合には、遺族固有の権利として、退職金を受給することができます。 3 相続人への弁済時の留意点  就業規則や退職金規程などに受給権者が定められていない場合には、労働者の相続財産となるため、相続放棄を希望している遺族には支給することができません。  しかし、だれにも支給しなくてもよいわけではなく、その場合、次順位の相続人を調査して支給対象者を探さなければなりません。子が全員相続放棄した場合には、直系尊属(典型的にはご両親)が相続人となり、直系尊属がいない場合または全員相続放棄したときは、兄弟姉妹が相続人となります。  また、相続人に退職金を支給する際には、真実の相続人であるか否かを確認したうえで支給しなければ、使用者としては、二重払いを強いられるおそれがあります(虚偽の相続人には返還を求めることはできますが、すでに費消してしまって回収できないこともあります)。そのため、相続人であることを確認するために、支給を求める相続人からは戸籍の提出を受けたうえで、相続関係にあることを明確にしておくべきでしょう。  一方で、相続人調査のために必要な戸籍は、ご本人に提出していただかなければ入手できません。相続人との連絡もとれず、支給ができないままにしたくない場合には、弁護士などに依頼し戸籍調査をすることも可能です。 第15回 懲戒処分、業務請負と労働者性 Q1 懲戒処分を行ううえでの留意事項について知りたい  社内において従業員の重大な非違(ひい)行為※が発覚し、懲戒処分を実施しなければならないと考えています。これまで、懲戒処分を実施したことがほとんどないため、懲戒処分を行うにあたって留意すべき事項を教えてください。 A  懲戒処分を行うためには、就業規則上に懲戒の種類と懲戒の根拠となる懲戒事由の規定が必要です。  また、懲戒権の濫用(らんよう)に該当する場合は無効となるため、合理的な理由および相当性が必要とされています。これらの要素の判断にあたっては、不遡及(ふそきゅう)の原則、二重処分の禁止、平等原則などの要素が考慮されています。  そのほか、懲戒処分の手続きに関して、弁明の機会を与えておくことや、懲戒理由を後日追加しないことなどについても留意が必要です。 1 懲戒処分について  労働契約法第15条は、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする」と定めていますが、懲戒処分の根拠や種類については触れられていません。  また、労働基準法においても、減給処分の限界などは定められているものの、それ以外の懲戒処分の種類などは明示されておらず、ただ、同法第89条において「表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項」を就業規則において定めることができると触れられているにとどまります。  現行法の下では、就業規則上に制裁の根拠を定めることにより、使用者が懲戒権を行使することが可能となると考えられており、@懲戒事由(懲戒処分の対象となる行為や禁止事項)およびA懲戒の種類(戒告、譴責(けんせき)、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇など)を定めておくことが必要と考えられています。 2 懲戒事由の限界  就業規則に懲戒事由を定めておくことで懲戒処分の対象とすることができるといえども、いかなる行為であっても対象とできるわけではありません。  就業規則は、あくまでも労働契約を補完するものであるため、根本的には労働契約と関連性がある範囲、すなわち、職務上の行為を対象として定めることが原則です。  したがって、私生活上の非行、例えば、犯罪行為(自動車運転過失致死傷罪や窃盗罪など)が行われたことを理由として懲戒処分を行うことは、原則として、許されません。とはいえ、私生活上の非行が使用者の事業にまったく影響しないともかぎらないため、事業活動に直接の影響があるような私生活上の行為(労働者の犯罪行為が使用者の営業停止等の処分につながるケースなど)や、私生活上の行為が結果として企業の信用を毀損(きそん)するような行為については、懲戒処分が許容される場合もあります。  近年、問題となっているのは、SNSなどのプライベートにおける発信が、使用者の信用へ影響するようなケースですが、このような場合に対応するためには、「使用者の名誉信用を毀損するような行為」を懲戒事由として規定しておくことが必要でしょう。 3 懲戒権濫用の中身  客観的な合理性および社会通念上の相当性がなければ、懲戒権は無効となりますが、いかなる要素が考慮されるのでしょうか。  懲戒事由が客観的に存在していること自体は必要ですが、それ以外にどのような要素が考慮されるのかについては、主要な考慮要素として、「不遡及の原則」、「二重処分の禁止」、「平等性の原則」などに整理されています。  「不遡及の原則」とは、非違行為が行われた当時の就業規則に基づかなければ懲戒処分を行うことはできず、非違行為の後に就業規則を改定して懲戒処分の対象とすることはできないという意味です。そのため、懲戒事由については、自社にとって禁止すべき行為が網羅されているか、現在の社会的な情勢をふまえているかなど、定期的に見直すことで、十分な内容が定められているか否か確認しておくことが望ましいでしょう。  「二重処分の禁止」とは、一度、懲戒処分を行った場合には、後日、その処分を重くしたり、複数回にわたって懲戒処分を行ったりすることはできないという意味です。例えば、懲戒事由の調査や処分の程度を検討することを目的に、一度、出勤停止の懲戒処分を科したのち、調査結果をふまえて懲戒解雇を行うようなことは許されないと考えられています。この場合、出勤停止については懲戒処分としてではなく、自宅待機命令といった業務命令の一環で行う必要があり、その場合、労働者の責に帰すべき事由がないかぎりは、少なくとも休業手当として6割の賃金を支払う必要があると考えられます。  「平等性の原則」は、懲戒処分を行うにあたってもっとも留意する必要がある原則の一つです。社内において同等の非違行為に対しては、同程度の処分をもって臨むべきであるという考え方です。非違行為については、さまざまな行為が想定され、同じ行為は一つとして存在しないと考えられますが、非違行為による損害の程度、反復継続性、処分歴などをふまえて、平等性を欠くことがないように留意する必要があります。また、初めての懲戒処分であっても、平等性の原則は無関係ではなく、今後の懲戒処分にあたって先例として評価されることをふまえて、懲戒処分の程度を検討し、将来にわたって規律を維持することを意識する必要があるでしょう。  これらの原則以外にも懲戒の種類は総合的に考慮されることになるため、不遡及の原則に類似する考え方として、非違行為当時の懲戒事由に基づくものではあるものの、非違行為が行われてから長期間経過したケースにおいて、懲戒権の濫用と判断されたものもあります。 4 懲戒処分の手続きについて  懲戒処分を行うにあたって、非違行為が存在することを客観的に明らかにすることが必要ですが、労働者の動機などもふまえて処分を決定する必要があります。  そのような点を明らかにするために、懲戒処分を行う前に、非違行為者に対して「弁明の機会」を付与することが手続き的な正当性を維持するために重視されています。  使用者によっては、就業規則や懲戒規程などにおいて、懲戒処分の手続きや審査方法として、懲戒委員会を組織し、同委員会において弁明の機会を与えたうえで、最終的な懲戒処分を決するものとしている場合があります。このように就業規則において懲戒手続きを定めた場合、使用者もこの手続きを遵守しなければならず、これに違反する場合、懲戒権の濫用に該当するものとして、懲戒処分が無効となる可能性が高くなります。  また、懲戒処分の際に懲戒事由としていなかった理由を、後日、懲戒処分の有効性を維持するために追加することは、弁明の機会を与えることなく懲戒処分を行うことにつながるため、原則として許されないと考えられています。 ※ 非違行為……違法行為のこと Q2 社内に常駐する業務委託者は、労働者と違うのでしょうか  当社には、当社の業務を受託した個人が常駐しながら、業務を行っています。職場内では、座席も与えられており、ともに業務を遂行することもあるのですが、直接雇用されている労働者との違いはあるのでしょうか。  日常業務において接するにあたって、留意すべき事項はあるのでしょうか。 A  労働者であるのか、業務委託であるのかについては、実態に即して判断されることになります。業務委託の形を整えただけであれば、実質的には労働者である場合、労働基準法や労働者派遣法などの規制が適用されることになり、法令違反を引き起こす恐れがあります。  使用従属性の判断基準をふまえて、労働者と判断されないように留意する必要があります。 1 業務委託と労働者性について  労働基準法第9条において、「この法律で『労働者』とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と定められ、労働契約法第2条においても、「この法律において『労働者』とは、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者をいう」とされており、その定義は複雑ではありません。  要素としては、「使用者に使用されて、賃金を支払われる者」という整理になりますが、業務委託を受注する個人についても形式的にはこれに該当しそうです。とはいえ、労働契約と業務委託契約では、その求める内容や契約当事者の意識も異なるはずです。したがって、これらの区別については、形式のみではなく実態をふまえて判断することとされています。  この場合の「実態」を判断するための基準とされているのが、使用者に「使用」されていること、つまり、「使用従属性」があると評価ができるか否かということになります。 2 労働者と判断されることのリスク  たとえ、業務を受託している個人が、労働者であると判断されたとしても、法的なリスクがないのであれば、気にする必要はありません。  しかしながら、かつては、請負という名の労働者派遣について、「偽装請負」と評され話題になったときと同様の問題が生じることになります。  受託者が個人ではなく企業であり、当該企業の労働者が業務遂行のために常駐する場合において、これが業務委託に基づくものではなく、労働者自体を供給するものである場合、職業安定法が禁止する労働者供給事業に該当するおそれがあるほか、労働者派遣法が禁止する無許可派遣業に該当するおそれがあります。これらの違反については、罰則が定められており、受注者側の企業にとっても大きなリスクとなる可能性があります。  また、委託であることを前提に、時間外割増賃金を支給していなかったり、休日の確保が十分でなかったりすると、実態が労働者であると判断された場合には、労働基準法違反も生じることになります。 3 使用従属性について  「使用従属性」という考え方が示されたのは、昭和60年12月19日付「労働基準法の『労働者』の判断基準について」と題する労働省(当時)の報告です。  判断基準の要素について、@仕事の諾否(だくひ)の自由の有無、A指揮命令の有無、B時間や場所の拘束性の有無、C代替性の有無、D報酬の労務対償性の有無(労働時間の対価であるか否か)、E事業者性の有無(用具の負担関係、報酬の額)、F専属性の有無、Gそのほか(採用選考過程の雇用類似性の有無、福利厚生の適用関係、就業規則の適用の有無)などをあげています。  このほか、派遣労働者との区別として、「労働者派遣事業と請負により行われる事業の区分に関する基準」(通称「37号告示」)も存在しており、こちらもよく参照されます。判断の要素は類似していますが、こちらについては、受託者の独立性のほか、単に肉体的な労働力を提供するものではないこと、逆にいえば、専門性のある業務を任されていることが考慮要素に加わっていることが特徴といえます。  当職は、この判断基準については、判断要素が多すぎるがゆえに、実態判断を困難にしているという印象を抱いていますが、裁判例においては、これらの要素をふまえて総合考慮の結果として、直接雇用の労働者との比較なども参照しながら、事業主と評価できるか、労働者性を帯びているかを判断しています。 4 判断するにあたってのイメージについて  判断基準に照らしても、なかなか個別の判断を行うことは困難ですが、イメージとしては、労働者とは異なり、個人が経費や損害発生時のリスクを負担している一方、拘束の程度が労働者と同等にまでおよんでいないことが必要という認識を持っていただくべきと考えています。  常駐型の業務委託の場合、場所的な拘束は避けがたい状況であるところ、場所的な拘束が避けがたい理由として、例えば、作業対象のシステムが社内に存在しており、そこ以外での作業は不可能であることなどを明確にしておくべきと考えられます。また、それ以外の拘束の要素についての拘束力を弱めるために、時間的な拘束を緩和したり、直接の指揮命令を行ったりしないよう留意しておかなければ、労働者性を肯定される恐れがあります。  報酬の定め方についても、時給に近いような定め方を採用することは、労務対償性が肯定されてしまう要素にもなるため、業務成果に対して支払いが行われるような内容にしておくことも重要であり、業務委託であることを維持するのであれば、源泉徴収や社会保険の加入などを行うべきではありません。  そのほか、単純な肉体労働ではなく、専門性を有した代替性が低い業務であるかといった点も確認しておかれる方がよいと考えられます。 第16回 人事考課、賃金からの相殺 Q1 人事考課の査定結果への不服申し出は法律的にはどうなっているのか知りたい  従業員から、年に一度の人事考課による査定結果について、不服があるという申し出がありました。  前年度の成果からすれば、ほかの従業員と同程度の昇給にとどまるのはおかしく、この査定結果は賞与の支給額にも関係するので、査定結果を見直すよう求められています。  人事考課における査定に対して、従業員が不服を申し出ることはできるのでしょうか。 A  法的には、人事考課における不当な取扱いがあった場合に、損害賠償請求を行う余地はあります。しかしながら、昇給や賞与の支給に関する場合には、使用者に広い裁量が認められるため、違法となることはほとんどないといえるでしょう。  ただし、就業規則などで定めた評価項目・評価対象期間を遵守することや、法令に違反するような不当な差別的な取扱いを行うことは許されません。 1 昇給・賞与に関する人事考課について  過去に降格および降職に関して解説しましたが(2019年1月号掲載)、今回は、昇格・昇給や賞与に関する人事考課に関する相談です。  日本の企業の多くは、職能資格制度を採用している場合が多く、「職能資格」については、一度身についた能力を前提に等級が定められており、これを引き下げるためには、厳格な判断がなされる傾向にあります。  それでは、職能資格の引上げが納得いかない場合に、労働者からの再査定などの要求にこたえなければならないのでしょうか。また、これが賞与の査定に影響する場合はどのように考えられているのでしょうか。 2 昇給における査定結果について  多くの企業では、年に一度の人事考課を行い、その査定については、管理監督者からの一方的な評価による場合や、労働者自らが立てた目標の達成度をふまえた評価制度を採用するなど、さまざまな方法による査定が実施されています。  労働関連法規においては、特定の評価方法を採用することが定められているわけではなく、人事考課における査定方法については、使用者の裁量により決定することが可能であり、その裁量の範囲も広いものと考えられています。また、いかなる査定方法を採用するかに加えて、当該査定における各労働者の評価方法についても、基本的には使用者の裁量により決定されることに委(ゆだ)ねられています。  例えば、昇給の査定に関して、裁判例において、「昇給査定は、これまでの労働の対価を決定するものではなく、これからの労働に対する支払額を決定するものであること、給与を増額する方向での査定でありそれ自体において従業員に不利益を生じさせるものではないこと」をふまえて、賃金規程においては、人物・技能・勤務成績および社内の均衡などを考慮し、昇給資格および昇給額などの細目については、その都度定めると規定されていたことから、「従業員の給与を昇給させるか否かあるいはどの程度昇給させるかは使用者の自由裁量に属する事柄というべきである」と判断された事例があります(広島高裁平成13年5月23日判決、マナック事件控訴審)。  昇給時における人事考課の査定について、争いになる事件はそれほど多くありませんが、この裁判例において示された傾向は、人事考課および査定を法的にどのように位置づけるのかについて基本的な考え方を示しているといえるでしょう。  なお、賞与の査定についても、同事件では、「一般的に賞与が功労報償的意味を有していることからすると、賞与を支給するか否かあるいはどの程度の賞与を支給するか否かにつき使用者は裁量権を有するというべき」と判断されており、使用者が広い裁量を有するという点は共通しています。 3 違法となる基準について  使用者に広い裁量を認めたからといって、まったく違法となる余地がないわけではありません。実際、前述したマナック事件においては、昇給の査定および賞与の査定に関して、裁量の範囲を逸脱して違法であると判断した部分もあります。  まず、評価対象とする期間が定められている場合は、対象とする期間外の出来事を考慮することは、裁量権を逸脱したものと評価されることにつながります。マナック事件においては、評価対象期間外の出来事を考慮していたと判断された結果、裁量権の逸脱があると認定されました。  次に、評価項目を定めている場合に、当該評価項目以外の事項を基準に評価を下げたりすることも、裁量の範囲を逸脱することがあります。例えば、直属の上司の評価を大幅に下げる評価を行った行為が、評価対象の労働者の態度に好感を持てていなかったことが原因であるとされ、裁量権の逸脱を認定された事例があります(東京高裁平成23年12月27日判決)。評価項目の設定は、可能なかぎり客観的かつ公平な評価を目的として設定されているはずですので、これを主観によって恣意(しい)的に運用する場合には、本来の人事考課の目的とは異なる不当な動機や目的をもって査定を実施したものとして、違法と評価されることがあるということです。  これら以外には、法律が不当な差別的取扱いを禁止している場合に、違法と評価されることがあります。例えば、同一の成果や人事考課を受けている労働者について、男女の差異を理由として、昇給額に差を設けることは禁止されています(男女雇用機会均等法第6条第1号参照)。 4 本件における対応について  不服を申し出ている労働者が、査定結果に対していかなる理由や根拠に基づいて査定のやり直しを求めているのかを把握する必要があります。  一方で、評価を行った直属の上司などに対しても、評価の根拠を確認したうえで、会社が定めた評価方法に則して実施されているかを確認しておくべきでしょう。  評価の前提となる事実関係に誤りがある場合や、上司が恣意的に過小評価している場合には、違法となるおそれがありますので、査定結果を是正すべき場合もあります。  上司が評価を恣意的に行っているか否かを把握するためには、不服を申し出た労働者以外の労働者、特に同程度の成果と見受けられる労働者との比較を行い、合理的に評価の相違点を説明できるかを検証する方法が考えられます。 Q2 従業員の退職後、通勤手当の過払い分を賃金から相殺することはできるか  当社は、6カ月分の定期券相当額を通勤手当として支給しているのですが、退職する際に、過払いの通勤手当が生じることがあります。  退職後に過払い分を返還してもらおうとしても、連絡が取りづらくなったり、支払意思がなくなってしまったりするため、最終の賃金計算の際に控除しようと思っていますが、何か問題はあるのでしょうか。  また、労働者の不注意による事故によって、会社に損害が生じたため、損害を賠償してもらう予定なのですが、これを賃金から控除してもよいのでしょうか。 A  賃金については、「全額払いの原則」が定められており、賃金からの控除についてはこれに違反するおそれがあります。  ただし、一定の範囲で調整的な理由で行われる場合には許容される場合もあります。  損害賠償相当額を賃金から控除することは基本的には許容されませんが、労働者の自由な意思に基づく合意にしたがう場合には、許される場合があります。 1 賃金全額払いの原則  労働基準法第24条は、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」と定め、ただし、「法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる」と定めています。  この規定は、賃金支払い方法に関する原則を定めており、本件では、「賃金全額払いの原則」からして、賃金からの控除が許容されるかが問題となります。  「賃金全額払いの原則」は、労働者に確実に賃金を受領させ、その経済生活をおびやかすことのないように保護することを目的としており、使用者による労働者の搾取を防止するために非常に重要な原則として位置づけられています。  本件においては、ただし書きが定めるような労使協定などではなく、個別の労働者との対応が問題となるため、ただし書き以外の例外が許されるのかが問題となります。 2 調整的相殺について  通勤手当の過払い分を回収することについては、通勤手当を1カ月分ずつ払っている場合であっても、退職日を通勤手当の期間とうまく調整しないかぎりは、少なからず発生することになります。  最高裁昭和31年11月2日判決(関西精機事件)は、賃金全額払いの原則に照らして、「賃金債権に対しては損害賠償債権をもつて相殺することも許されない」と判断しており、原則として、使用者の一方的な意思によって相殺を行うことは許されません。  とはいえ、いかなる場合においても賃金からの控除が許容されないとなると、実務上、賃金計算を誤って行って少額の過払いが生じたとしても控除できず、退職時に調整することもできないなど、不便な場面が多く想定されます。そこで、「調整的相殺」については、許容するという考え方があります。  最高裁昭和44年12月18日判決(福島県教組事件)において「適正な賃金の額を支払うための手段たる相殺は、同項但書によつて除外される場合にあたらなくても、その行使の時期、方法、金額等からみて労働者の経済生活の安定との関係上不当と認められないものであれば、同項の禁止するところではないと解するのが相当である」と判断し、@合理的に接着した時期に行われ、Aあらかじめ労働者にそのことが予告される、または、その額が多額にわたらないなどの事情があれば、許容されるものと判断されました。  したがって、通勤手当といった賃金の過払いと関連するような場合には、計算可能となった時期と接着した時期に実施するようにしたうえで、対象となる労働者に対してあらかじめ通知しておくことで、実施することが許容されると考えられます。ただし、返還を受けるべき額が高額にわたる場合には、労働者の経済生活の安定を脅かすおそれもありますので、通知しておくだけではなく、労働者の同意を得ておくなど、慎重な対応を行うべきでしょう。  なお、類似の問題として、1カ月の賃金支払額の端数について、1000円未満の端数が生じた場合には、翌月の賃金支払日にくり越して支払うことが、全額払いの原則の例外として、行政解釈上許容されています。なお、この場合も、翌月という接着した時期にかぎり許容されている点は留意する必要があります。 3 損害賠償と賃金の相殺について  調整的相殺において、許容されているのは、あくまでも賃金の過払いやその計算相違などによる齟齬(そご)を調整することであるため、使用者が、労働者に対して、不法行為や債務不履行により損害賠償請求権を有する場面を想定したものではありません。  上記の判例においても、不法行為や債務不履行による損害賠償請求権との相殺を禁止した福島県教組事件判決と矛盾しない範囲で調整的相殺を許容したにすぎません。  したがって、労働者の不注意で生じた事故のような不法行為に基づく損害賠償請求権との相殺は、いかに時期が接着していたとしても、許容されるわけではありません。  このような場面において一方的な相殺は許容されないとしても、合意による相殺まで許容されないのかという点について、判断した判例があります。  最高裁平成2年11月26日判決(日新製鋼事件)では、「労働者がその自由な意思に基づき右相殺に同意した場合においては、右同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、右同意を得てした相殺は右規定に違反するものとはいえないものと解するのが相当である」と判断されており、合意による相殺は許容される余地があります。  ただし、留意すべき点として、「労働者の自由な意思」に基づいていることが強調されており、通常の合意の成立とは異なる表現があえて用いられています。実際の事案においては、会社からの借入金の返済について退職金からの控除を実施できるかといった点が問題となっており、会社がさまざまな配慮を労働者にしたうえで、労働者も自発的に協力していたことを根拠に、「労働者の自由な意思」があったものと判断しており、相当に慎重に検討された結果でした。  労働者による賃金の放棄と同様の基準が想定された判決となっており、労働者が自らの賃金を放棄してもよい、または相殺されてもよいと判断するような合理的な背景や理由があったことを使用者が立証できなければ、容易には「労働者の自由な意思」があったとは認められがたいといえます。労働者との間で相殺の合意書を作成するにあたっては、合意に至った理由や背景もふまえた記載を心がけるなど、その効力が無効とされないように留意する必要があります。 第17回 フレックスタイム制、出張と労働時間 Q 1 フレックスタイム制を導入するうえでの注意点について知りたい  従業員の働き方の柔軟化のためにフレックスタイム制を導入しようと思っていますが、働く時間を従業員に任せるのであれば、労働時間を具体的に把握する必要もなく、残業代などは発生しないのでしょうか。  休日も自由に取ってもらえればよいと思っていますが、問題ないでしょうか。 A  フレックスタイム制は、労働時間の柔軟化に役に立ちますが、時間外割増賃金や休日労働や深夜労働の割増賃金などが発生することもあります。  また、休日は定めておく必要があるうえ、法定休日に働いた場合には休日労働の割増賃金の支給も必要です。 1 フレックスタイム制について  労働基準法が定めるフレックスタイム制は、規定自体の内容が難解で、その利用が促進されているとはいいがたい面もあります。  今回は、働き方改革の一環で改正されたフレックスタイム制について、導入方法と基本的な制度について説明したいと思います。  フレックスタイム制には、1カ月以内の期間を基準に労働時間を清算する制度と、1カ月を超えて3カ月以内の期間で労働時間を清算する制度があり、後者が労働法の改正によって新たに設けられたフレックスタイム制です。 2 コアタイムとフレキシブルタイム  フレックスタイム制は、「一定の期間についてあらかじめ定めた総労働時間の範囲内で、労働者が日々の始業及び終業時刻や労働時間数を自ら決めることができる制度」とされています。  フレックスタイム制のメリットは、1日や週単位の法定労働時間に拘束されることなく働くことが可能になる点です。よくある勘違いとしては、労働者に働く時間を委ねることから、労働時間の把握自体が不要になる(できなくなる)と考えられていることがありますが、フレックスタイム制でも労働時間の把握は必要です。また、深夜労働や休日労働については、通常と同様に割増賃金の支払いが必要です。  まず、始業と終業時刻の双方を労働者の裁量に委ねることが必須とされています。ただし、必ず出社してもらうことを義務とする「コアタイム」を設定することもできます。逆に出退社が自由となる時間帯を「フレキシブルタイム」といいます。  注意点としては、「コアタイム」が所定労働時間とほぼ同一である、または、「フレキシブルタイム」が極端に短いため、出退社の時間が労働者に委ねられたといえない場合には、フレックスタイム制の導入要件を満たさないおそれがあります。 3 労働時間の把握方法  次に、フレックスタイム制では、「総労働時間」の設定が前提になっています。例えば1カ月単位で総労働時間を設定する場合は、毎月の労働時間の起算日を定めることで、「総労働時間」の計算期間が定まります。この計算期間を「清算期間」と呼びます。  これらを基準に、「清算期間」中の実際の労働時間が、「総労働時間」を超えたか否かという観点で、労働時間管理を行うことになります。そのためには、清算期間中の実際の労働時間を把握するためにタイムカードなどによる時間管理が必要です。  ただし、時間管理にあたり、1日ごとに遅刻や早退を気にする必要はなくなります。なお、コアタイムに対して遅刻が頻発する場合は、最低限の規律の維持のために懲戒処分の対象とすることや、人事考課などにおいて遅刻回数を考慮するような制度設計を行うことは可能です。  一方、休憩について、フレックスタイム制の場合は、休憩時間も自由に取らせたいというニーズがあります。そのような場合には、一斉付与の対象から除外するために労使協定を締結しておく必要があります。 4 フレックスタイム制における時間外労働と休日の設定  フレックスタイム制の場合、時間外労働の計算方法が通常とは異なります。  原則として、フレックスタイム制における時間外労働は、1日または週単位ではなく、清算期間内の「法定労働時間の総枠」を超えた時間を基準として計算されます。  「法定労働時間の総枠」の計算方法は、「40時間(週の法定労働時間)×歴日数÷7日」とされていますが、よく利用される法定労働時間の総枠は図表1のとおりです。  フレックスタイム制を導入する際に、休日についても労働者の自由に委ねたいかもしれませんが、フレックスタイム制においても法定休日の設定は必要です。また、所定休日も定めておかなければ、総労働時間が法定労働時間の総枠を確実に超えることになるため、時間外労働を抑制するためには所定休日も設定しておくべきでしょう。なお、完全週休二日制を導入している場合には、法定労働時間の総枠の計算方法について、労使協定の締結により「8時間×所定労働日数」とすることが可能となるため、計算を簡便化することが可能です。  1カ月を超える清算期間を設定するフレックスタイム制においては、本来なら清算期間のすべてを終えてから時間外労働を清算すればよいはずですが、過重労働防止の観点から、図表2に記載した1カ月ごとに週50時間以上を超えた部分については、時間外割増賃金を支給する必要があります。  また、休日については、法定休日の労働は「休日労働」として計算し、所定休日の労働は通常の労働時間としてカウントして、法定労働時間の総枠を超過した場合には時間外割増賃金を支払うことになります。  なお、これらの時間外労働や休日労働に関しては、通常の労働者と同様に36協定の締結も必要になります。 5 フレックスタイム制の導入方法  フレックスタイム制の導入には、「就業規則への記載」と「労使協定の締結」が必要です。いずれか一方のみでは足りません。また、1カ月を超える期間で労働時間を清算する場合には、労使協定を労働基準監督署に届け出る必要があり、届出がない場合は、罰則として30万円以下の罰金が科されることがあります。  就業規則についてですが、以下の事項を定める必要があります。 @対象とする労働者の範囲 A労働時間を清算する期間と起算日 B標準となる労働時間 C始業終業時刻とコアタイム又はフレキシブルタイム  次に、労使協定には以下の事項を定める必要があります。 @対象とする労働者の範囲(就業規則と重複することもありますが記載が必要です) A労働時間を清算する期間と起算日 B清算期間における総労働時間(計算方法を記載する方法でも可能) C1日の標準労働時間(欠勤や有給休暇時の時間計算の基準となります) D始業終業時刻とコアタイム又はフレキシブルタイム  就業規則の記載例および労使協定の記載例については、厚生労働省「フレックスタイム制のわかりやすい解説&導入の手引き」※1においても示されていますので、参考になると思います。  フレックスタイム制の運用にあたっては、就業規則の記載とフレックスタイム制の労使協定締結に加えて、休憩の一斉付与の例外に関する労使協定および時間外労働が発生することに備えてフレックスタイム制の対象労働者用の36協定を締結しておくことが実務上は必要でしょう。 図表1 法定労働時間の総枠 歴日数 1カ月の法定労働時間の総枠 歴日数 2カ月の法定労働時間の総枠 歴日数 3カ月の法定労働時間の総枠 31日 177.1時間 62日 354.2時間 92日 525.7時間 30日 171.4時間 61日 348.5時間 91日 520.0時間 29日 165.7時間 60日 342.8時間 90日 514.2時間 28日 160.0時間 59日 337.1時間 89日 508.5時間 図表2 週平均50時間以上となる月間労働時間数 歴日数 31日 221.4時間 30日 214.2時間 29日 207.1時間 28日 200.0時間 Q 2 出張にともなう移動は労働時間に含まれるのか  従業員から、労働時間中に遠方への出張がともなったため、残業代を支給するように求められています。出張時間中には、業務をしていたのか否かは不明であり、特段、出張の移動中に行うべき業務を指示したわけでもありません。出張中の移動時間については、どのように労働時間を計算すればよいのでしょうか。 A  移動時間は、原則として労働時間には該当しないが、具体的な業務や指揮命令がおよんでいる場合には、労働時間となることがあります。  就業規則には事業場外労働の規定を設けておくことや、出張日当に固定時間外手当としての性質も及ぼしておくことも検討しておくべきです。 1 出張中の移動時間と労働時間の関係について  出張における移動時間については、労働基準法などにおいてもその取扱いが明確にされているわけではありません。  いわゆる、労働時間か否かの判断基準である「指揮命令下」にあったか否かによって判断されるということはできますが、ケースバイケースの判断になるというだけでは日々の対応に困ることになるでしょう。  そこで、出張に関して、どのように処理していくことが適切か整理しておきたいと思います。  出張ということは、事業場の外に出ていることになるでしょう。したがって、事業場外労働のみなし労働時間制を採用している場合には、これが適用されるか検討すべきでしょう。事業場外みなし労働時間制※2については、就業規則の規定を定めておくことで適用することが可能です。  しかしながら、通常所定労働時間を超えて労働することが必要な場合には、当該必要な時間を労働時間として算定しなければなりません。  とすると、通常必要となる時間のうちに、出張による移動時間が含まれるのか否かによっても計算方法が変わることになりそうです。  したがって、結局のところ、出張中の移動などについて、基本的にどのように考えるべきかについて整理しておかなければ、労働時間の管理が十分に行えないことにつながります。 2 出張に関する基本的な考え方  一般的に、出張に関しては、通勤や直行直帰などと類似する移動時間と評価され、例えば、横浜地裁川崎支部昭和49年1月26日決定(日本工業検査事件)においては、「出張の際に往復に要する時間は、労働者が日常の出勤に費す時間と同一性質であると考えられるから、右所要時間は労働時間に算入されず、したがってまた時間外労働の問題は起り得ないと解するのが相当」と判断されています。基本的な考え方としては、これにしたがった解釈は可能と考えられますが、ただし、指揮命令下に置いていない場合という留保がつくと考えるべきでしょう。  例えば、昭和23年3月17日基発461号、昭和33年2月13日基発90号においては、「出張中の休日は、その日に旅行する等の場合であっても、旅行中における物品の監視等別段の指示がある場合の外は休日労働として取り扱わなくても差し支えない」としており、休日中の具体的な業務命令が行われていないかぎりは、出張中の休日は労働時間として扱う必要がないことを示しています。  このような解釈を前提にすると、出張中の移動時間や休日については、使用者からの指揮命令がないかぎりは、労働時間としては扱う必要はないという整理になると考えられます。  指揮命令下につき具体的に判断している裁判例として、東京地裁平成24年7月27日(ロア・アドバタイジング事件)があります。当該事例は、17回にわたる出張につき、各出張の状況をふまえて、個別に労働時間の該当性を判断しており、移動手段などが指定され、行動の制約があったのみでは、たとえ、上司の同行があったとしても別段の用務を命じられていないかぎりは、出張を労働時間とは認めていない一方で、納品物の運搬それ自体を目的としており、無事に支障なく目的地まで運び込むことが目的となっていた場合や、ツアー参加者の引率業務に従事していた時間については移動時間も業務遂行中の時間であるとして指揮命令下におかれたものと評価しています。しかしながら、結論においては、事業場外労働に該当することを認め、ほとんどの出張について、通常必要な時間を超えたとは認めることなく、所定労働時間働いたものとみなすという結論になっています。 3 出張日当の支給について  基本的な考え方に則した場合、出張自体は労働時間に該当しないことも多く、時間外労働の割増賃金の支給対象とはなりません。しかしながら、労働時間ではないとはいえ、長時間の拘束になることは否定しがたいため、多くの会社では、出張日当などを支給することで、労働者に対するケアを行っています。  出張時間については、状況によっては労働時間になることをふまえると、出張日当などについても、時間外割増賃金の前払い(固定時間外手当)として支給しておくことも検討に値するのではないかと考えられます。 ※1 https://www.mhlw.go.jp/content/000476042.pdf ※2 事業場外みなし労働時間制……労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。(労働基準法第38条の2) 第18回 労働条件の統一、育児休業後の契約切り替え Q1 企業合併時の労働条件の統一について知りたい  このたび、企業買収を実行することになり、買収対象となる会社を合併して、会社の法人格を統一することになりました。当社と対象会社の業務内容に関連性はあるものの、本店も別々であり、事業場も異なります。さらに、始業時間や終業時間、賃金体系、退職金の有無などさまざまな点が異なっています。  これらの労働条件を統一するにあたってどのような点に注意すべきでしょうか。 A  合併の際の労働条件の変更方法としては、労働組合が存続する場合は当該組合との労働協約の締結があるほか、一般的には就業規則の変更によって実施することになります。  ただし、就業規則の不利益変更は、合理的な内容でなければならず、賃金の減額をともなう場合には、十分な説明と自由な意思による同意が得られなければ、有効に労働条件を変更できない場合があります。 1 合併と労働条件について  会社の合併によって、二つ以上の会社が一つの会社に統一されることがあります。質問にもあるように、通常二つの会社における労働条件がまったく同一であることはありません。  合併により、吸収する存続会社の労働条件にすべて自動的に統一されるような法制度も存在していないため、労働条件の統一については、労働基準法、労働契約法などの規定にしたがって、順次進めていかなければなりません。  労働条件は、労働契約、就業規則、労働協約、その他労使慣行となっている内容などがあるところ、これらにより定められた内容を変更するにあたっては、不利益変更となるか否かなどをふまえた変更方法を検討していく必要があります。 2 労働条件統一の方法について  多数の労働者の労働条件を一斉に変更しなければならないことから、労働協約または就業規則を変更することをもって、統一する方法が考えられます。  そのほか、労働者から個別の同意を得ることをもって、労働条件を変更するということも考えられます。  労働協約によって設定されている労働条件がある場合には、労働組合との事前協議を経て、最終的な労働条件を定めた労働協約を締結することが理想です。しかしながら、合併により存続する会社の労働組合と、消滅する会社の労働組合が併存するのか、それとも合流するのか、もしくは一方は解散(消滅)するのかなど状況に応じて、労働協約を締結すべき労働組合は変わってきます。したがって、労働協約が存在する場合には、合併後に存続する労働組合との間で、合併後に適用すべき労働協約について協議して、締結することになると考えられます。 3 労働条件統一にあたっての留意点  労働組合が存在しない場合には、労働協約ではなく、就業規則の変更によって労働条件の統一を目ざすことになります。  しかしながら、就業規則の変更は、完全に自由に行えるわけではなく、不利益な変更については、労働契約法による制限があります。  労働契約法第9条は、「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない」と定め、同法第10条は、不利益変更の合理性に関して、「就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき」にかぎって、その就業規則の変更が有効であることを許容しています。  合併後の労働条件の統一にあたっては、すべての労働条件について、いずれか有利な条件を採用して、労働者にとってもっとも有利な条件で統一する場合でないかぎり、存続会社または消滅会社のいずれかにとっては不利益となる項目が多数出てくることが通常です。また、仮に有利な条件で整えようと試みた場合であっても、手当の額など金額の比較のみで決定できる場合とは異なり、始業時間は早い方が有利なのか、それとも遅い方が有利なのかについては、一概に決定することはできませんし、手当についても支給条件が異なる場合には、いずれに統一する方が有利なのか判断することは、実際の場面では困難がともないます。  したがって、不利益変更をともなうことを避けることはできないといっても過言ではないでしょう。 4 合併時の労働条件の統一と不利益変更に関する判例  合併時の就業規則変更による労働条件の統一に関する最高裁判例として、大曲(おおまがり)市農協事件(最高裁昭和63年2月16日判決)があります。当該判決においては、就業規則の不利益変更の合理性を判断するにあたって、「当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される」と判断しました。なかでも、「賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである」としており、賃金の減額に関しては明示的に厳格な基準を設定することを打ち出しています。  したがって、賃金の減額に関しては、就業規則の変更のみではなく、労働者の同意を得て行うべきですが、同意の取得方法に関しても、最高裁平成28年2月19日判決において、具体的な変更に先立つ「労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である」として、単なる形式的な同意を主張しているだけでは足りないとされています。  そのため、合併時の労働条件統一にあたっては、就業規則の変更のみではなく、事前の説明会の開催、特に賃金の減額をともなう場合には、十分な説明を行って同意を取得するほか、減額の程度が大きい場合などには、調整給の支給などの方法による緩和措置を十分に設定するなど、さまざまな配慮が必要になるでしょう。 Q2 育児休業後の契約切り替えについて知りたい  当社の正社員が育児休業を利用した後、復職する予定です。復職時には短時間勤務を希望しているようなのですが、当社の制度上、短時間の勤務とする場合にはパートタイマーとして、期間の定めのある契約を締結することとなっています。そこで、本人の同意を得て、当該の労働者と有期雇用の労働契約をあらためて締結しようと思うのですが、問題ないでしょうか。 A  非正規雇用への切り替えは、育児休業などの利用に対して行われることが禁止されている不利益取扱いに例示されています。  合意により行う場合は、必ずしも全面的に禁止されているわけではありませんが、客観的かつ合理的な理由があると認められる自由な意思による同意を得られなければ、契約内容の変更が無効となると考えられます。 1 出産・育児に関する制度  育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下、「育児休業法」)においては、育児に必要な諸制度が定められ、使用者となる企業は、これを遵守しなければなりません。また、労働基準法にも産前産後の休業に関して規定されています。  使用者は、産前6週間(多胎妊娠の場合は14週間)、産後8週間については、就業させてはならないとされ(労働基準法第65条)、出産後については、育児休業制度として、原則として子が1歳になるまでの間(保育所などに入ることができないなどの事情がある場合には最長子が2歳になるまでの間)について、育児休業を取得させなければなりません(育児休業法第5条、第9条など)。  このほか、子が3歳に満たない場合に、労働者が労働時間の短縮措置を求めた場合は、原則として6時間に短縮する措置をとることが求められ(同法第23条)、小学校に入るまでの子を養育している場合、年間5日の範囲で看護休暇を取得することができます(同法第16条の2)。  これらの制度の利用を確保するために、これらの制度の利用に対して、不利益な取扱いをしてはならない旨定めています(育児休業法第10条及び第16条の4)。 2 不利益取扱いの種類  厚生労働省が定めるガイドラインにおいては、不利益な取扱いの種類として、解雇、契約の更新回数の制限、退職の強要、自宅待機命令、意に反する労働時間短縮措置、降格、減給、人事考課上の不利益な評価、不利益な配置変更などがあげられています。また、正規雇用労働者を非正規雇用労働者に変更するよう強要することも不利益取扱いとして例示されています。  したがって、質問のようなかたちで、有期雇用のパートタイマーといった非正規雇用へ契約内容を変更するよう強要することは、育児休業法により禁止されており、仮に変更したとしても無効とされてしまうと考えられます。  しかしながら、「強要」という表現がされている通り、強要によらない契約内容の変更まで完全に否定されているわけではありません。 3 非正規雇用への変更にあたっての同意について  非正規雇用の契約に変更するにあたって、本人の同意を得るために留意すべき事項について、検討しておきたいと思います。  使用者と労働者の関係性から、使用者が求める契約内容を断ってしまうと、不利益な取扱いを受けるのでないかといった懸念を労働者が持つことは想像に難くありません。そのため、同意によるものかについて、裁判所も慎重に判断する傾向があります。  例えば、東京地裁平成30年7月5日判決においては、労働時間の短縮措置を求めた労働者を、合意によってパート社員へ切り替えたことに関して、「労働者と事業主との合意に基づき労働条件を不利益に変更したような場合には、事業主単独の一方的な措置により労働者を不利益に取り扱ったものではないから、直ちに違法、無効であるとはいえない」としつつも、「労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、当該合意は、もともと所定労働時間の短縮申出という使用者の利益とは必ずしも一致しない場面においてされる労働者と使用者の合意であり、かつ、労働者は自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該合意の成立及び有効性についての判断は慎重にされるべきである」と整理しています。  さらに、合意の成立を認めるためには、「当該合意により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者が当該合意をするに至った経緯及びその態様、当該合意に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等を総合考慮し、当該合意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要であるというべき」という基準を設けました。  この裁判例においては、短時間勤務となるためにはパート社員になるしかないといった説明を受けて行った労働契約の変更に対する合意については、自由な意思により行われたものではないため、有効なものとは認められませんでした。 4 自由な意思による同意について  裁判例が用いた「自由な意思」という言葉や、「合理的な理由が客観的に存在することが必要」といった内容については、賃金の減額をともなう労働条件の不利益変更を行う場合と同等程度の基準をもって判断することを意味しており、育児休業に対する合意による不利益取扱いについて、労働条件においてもっとも根幹をなしている賃金の変更と同程度に重要な労働条件として保護されるべきということを意味しているといえるでしょう。  したがって、労働時間の短縮措置に対して、契約内容を不利に変更することを実現するためには、変更の必要性が高いのみならず、十分な説明内容や不利益の緩和措置があることなどから、一般的な労働者であれば応じることが合理的であると説明可能なものとしなければ、およそ有効にはなりえないものになると考えられます。  非正規雇用といった内容に変更せずに、現行の契約内容のまま短縮措置を講ずることができるように、業務内容や社内の体制を整備するほか、短時間措置の適用に備えた就業規則の内容とするなど、育児中の労働者への支援が可能となるように留意する必要があります。 第19回 求人広告と労働契約、パワハラの防止義務 Q1 求人広告と異なる内容で労働契約を結んでもよいのでしょうか  求人広告を掲載し、採用活動を行い、面接を経て、内定を出しました。ただし、雇い入れるまでの間に、社内の事情が変わったことから、採用の際には求人広告と異なる内容で雇い入れることになりました。労働条件通知書や雇用契約書には、変更後の労働条件を記載しており、労働者もこれに署名押印しています。  労働者から、求人の時と条件が異なることを指摘され、求人通りの労働条件にするように求められたのですが、これに応じなければならないのでしょうか。 A  求人広告や求人票には、雇い入れ時の労働条件を正確に記載しなければならず、これに対する労働者の期待も保護されるべきと考えられています。  求人広告などと異なる労働条件とすることについて、明確に説明を尽くして、労働契約締結に至ったのではないかぎり、求人広告通りの労働条件による労働契約が成立すると判断されるおそれがあります。 1 求人広告について  近年、企業の採用活動は、新卒のみではなく中途採用も頻繁に行われており、雇用の流動化が生じてきているように思われます。  中途採用の場合、多くの企業においては、民間企業またはハローワークなどに求人の掲載を依頼し、それを見た求職者が応募してくるという方法が一般的でしょう。  これまで、求人情報については、採用条件が明確に記載されない場合、採用後に労働条件に関するトラブルが生じやすいことが指摘されてきました。  そこで、職業安定法第5条の3は、「求職者、募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者に対し、その者が従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」と定め、求人広告の記載事項について明示義務を負わせています。  さらに、労働契約を締結しようとする場合には、「明示された従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件(以下、この項において「従事すべき業務の内容等」)を変更する場合その他厚生労働省令で定める場合は、当該契約の相手方となろうとする者に対し、当該変更する従事すべき業務の内容等その他厚生労働省令で定める事項を明示しなければならない」とされ、求人情報の変更の際には、変更後の条件を明示する義務まで定めており、求人情報と労働条件の相違がなくなるような施策が採用されています。 2 求人情報の記載と労働条件  求人情報の正確性を保つ施策が採用されているとしても、これは行政上の規制であり、労働契約の成立にあたって、どのような効力があるのかについては、労働契約成立の過程などをふまえた、当事者間の合理的な意思解釈に基づき行われることになります。  過去に、求人票と労働条件が異なることが紛争に至った事件があります。例えば、東京地裁平成21年9月28日判決があります。  当該裁判例は、雇用形態について「正社員」である旨記載された求人票に基づいて応募してきた求職者に対して、会社が「契約社員」としての採用を決定し、その旨を求職者に伝えたうえで、雇用契約の締結に至った事案です。  まず、求人票と労働契約の関係について、「使用者による就職希望者に対する求人は、雇用契約の申込の誘引であり、その後の採用面接等の協議の結果、就職希望者と使用者との間に求人票と異なる合意がされたときは、従業員となろうとする者の側に著しい不利益をもたらす等の特段の事情がない限り、合意の内容が求人票記載の内容に優先すると解するのが相当である」と判断基準を示し、労働条件を知らされてから1カ月以上の検討期間が設けられていたこと、他社に在籍中でもあったことから契約締結を余儀なくされる状況にもなかったことなどから、正社員から契約社員へ労働条件が変更されたとしても、最終的な労働契約の合意が優先されると判断しました。  一方、反対の結論となった裁判例もあります。京都地裁平成29年3月30日判決であり、こちらも正社員としての採用が求人票に記載されていたところ、実際の契約においては契約社員とされたというものです。当該判決は、「求人票は、求人者が労働条件を明示した上で求職者の雇用契約締結の申込みを誘引するもので、求職者は、当然に求職票記載の労働条件が雇用契約の内容となることを前提に雇用契約締結の申込みをするのであるから、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなどの特段の事情のない限り、雇用契約の内容となると解するのが相当である」という判断基準を示しました。また、当該事件においては、面接時においても求人票と異なる条件の説明はなかったことなどから、特段の事情の存在を認めることなく、求人票記載通りの労働契約が成立したものと判断されました。 3 求人票記載時の留意事項  結論の異なる2種類の判決を紹介しましたが、いずれの裁判例からも求人票記載の際に留意すべき事項は整理することが可能と考えられます。  求人情報の掲載が、労働契約の申込みを誘引するために行われることは疑いないところであるため、特段の変更が示されないかぎりは、誘引の原因となった求人情報と同じ内容での労働契約が成立するというのが自然な流れでしょう。  求人票と異なる労働条件で労働契約を成立させるためには、求人票よりも後の段階で、異なる労働条件の提示がなければなりません。このことは、職業安定法が、労働条件を変更する場合には、変更後の条件を明示しなければならないと定めたこととも相まって、不意打ち的な変更は許されにくい傾向になっていくでしょう。  二つの裁判例の結論を左右したのは、面接の時点やその後の労働条件のやり取りにおいて、変更する内容について提示したうえで、求職者に判断する機会を与えていたことです。  さらにいえば、検討の機会を与えるだけでは不十分な場合もあります。それは、変更の機会を与えられたとしても、選択の余地がないような状況に置かれている場合には、変更された労働条件に応じる以外の選択肢が実質的には存在しないことになるため、前職を退職した後に変更内容を示したり、生活に困窮している状況にある求職者である場合には、求人票通りの労働条件による労働契約が成立する可能性は否定できません。  求人票と異なる労働条件とならないように、変更時点で明示することに留意するとともに、やむを得ず、求人票と異なる労働条件で合意に至る場合には、その旨を明示したうえで、検討の機会を十分に与えることが必要でしょう。 Q2 パワハラの法規制について詳しく知りたい  法改正によりパワーハラスメントについても法律で規制されるようになったようですが、どのような内容なのでしょうか。  また、どのような行為がパワハラになるのか、人間関係が考慮されるというのは本当なのでしょうか。業務との関連性はどのように判断されるのでしょうか。 A  「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」の改正により、使用者に対するパワハラの防止義務が定められました。  過去のパワハラの裁判例では、人間関係をふまえた判断が行われているケースや、業務上の必要性を肯定してパワハラを否定している事例もあります。 1 パワハラ防止に関する法律について  この度、法改正によりパワハラに関する法規制が実施されることになりましたので、改めて、新法の内容と、パワハラの具体的な例や責任を負担する当事者について、裁判例をもとに整理してみたいと思います。  パワハラの防止に関して定められたのは、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(以下、「労働施策総合推進法」)の第30条の2です。  パワハラの定義については、「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない」と定められました。優越的な関係を背景とするという点などは、上司から部下に対する権力的な行為にかぎらないという点が明らかにされており、一般的にイメージされるパワーハラスメントのみならず、いわゆる職場におけるいじめのような行為も含んでいます。  また、かつては、「業務の適正な範囲を超えて」行われる行為か否かという基準であった点は、「業務上必要」かつ「相当」という定め方に変更され、適正な範囲よりも検討の要素が明確にされました。 2 パワハラと人間関係の考慮について  パワーハラスメントについては、当事者同士の人間関係から、許容される場合もあるなどといわれることがあり、このことがパワーハラスメントの判断をむずかしくしていることがあります。それでは、実際の裁判例ではどうなっているのでしょうか。  例えば、東京地裁平成27年9月25日判決においては、学内行事の企画について問い詰め、水またはお茶をかけたほか、「あんたはバカなんだから」、「あんたは実力がない」、「あんたなんかいなくたっていい」などに類する発言をした行為に対する降格処分の有効性が争われたところ、当事者の人間関係について、「業務と無関係な私的時間と考えられる場面を含めて原告らと常時行動を共にするなど、少なくとも外見的には原告らと良好な人間関係を保っていた」ことから、「深刻な被害感情を抱いていることにまで思いが至らなかったとしてもやむを得ない面がある」ため、被害感情が必ずしも大きいとは評価できなかったことと相まって、処分量定上十分に斟酌(しんしゃく)する必要があるとされ、降格処分は重きにすぎるとして無効と判断されました。なお、加害者の行為自体がパワハラに該当しないという判断ではないことには留意する必要があります。  また、一方で周囲との人間関係の醸成が十分ではない新入社員に対して、「何でできないんだ」、「何度も同じことをいわせるな」、「そんなこともわからないのか」、「俺のいっていることがわからないのか」、「なぜ手順通りにやらないんだ」など周囲にほかの従業員らがいるかいないかにかかわらず、5分ないし10分程度、大声かつ強い口調で叱責していた行為などについて、「社会経験、就労経験が十分でなく、大学を卒業したばかりの新入社員であり、上司からの叱責に不慣れであった」者に対し、「一方的に威圧感や恐怖心、屈辱感、不安感を与えるものであったというべき」として、悪質性の高い行為として評価されています。 3 業務上の必要性について  違法なパワーハラスメントになるか否かについては、業務上の必要性の程度も考慮されます。  例えば、静岡地裁平成26年7月9日判決では、「指示や叱責等は、原告が主張するようにそれが行き過ぎる場合があったとしても、主として、発足したばかりのデイサービスの経営を軌道に乗せ、安定的な経営体制を構築しようという意図に出たものと推認される」などとして、違法とは評価しなかった事例もあります。  また、医療機関における厳しい指導や指摘に関して、一般に医療事故は単純ミスがその原因の大きな部分を占めることや、それによる損害が非常に重大となりうることをふまえて、「単純ミスを繰り返す原告に対して、時には厳しい指摘・指導や物言いをしたことが窺(うかが)われるが、それは生命・健康を預かる職場の管理職が医療現場において当然になすべき業務上の指示の範囲内にとどまるものであり、到底違法ということはできない」と判断している例もあります。  今回の法制化によっても、業務上の「必要性」と「相当性」という要件が定められていますが、この二つの要件は相関関係にあり、必要性が高度である場合は、許容される指導や叱責の範囲も広くなるという傾向は、今後も変わりないと考えられます。 4 パワハラ防止義務について  今回の労働施策総合推進法において、パワハラ防止の義務が明記されましたが、過去の裁判例においても同様の義務を設定している裁判例もあります。  例えば、東京高裁平成29年10月26日判決においては、「安全配慮義務のひとつである職場環境調整義務として、良好な職場環境を保持するため、職場におけるパワハラ」を防止する義務を負い、「パワハラの訴えがあったときには、その事実関係を調査し、調査の結果に基づき、加害者に対する指導、配置換え等を含む人事管理上の適切な措置を講じるべき義務を負う」として、法制化の前から使用者の義務としてパワハラの防止義務を根拠に、労働者に対する損害賠償責任を肯定した事例もあります。事案に応じた判断は必要ですが、今回の法律と比較すると、適切な措置の内容として指導、配置換え等などの具体例も示されている点は参考になると考えられます。 第20回 労災保険給付、年次有給休暇と時季変更権 Q1 従業員が就業中にケガをしました。どのような手続きを取ればよいのですか  従業員から、就業中にケガをしたと申告がありました。これまで、そういった出来事がなかったので、どういった手続きを取ればよいのかわからないのですが、どうすればよいのでしょうか。  労災保険等から支給があった場合には、会社が補填する必要はなくなると考えてよいのでしょうか。 A  業務上の事由により生じた負傷、疾病、障害、死亡等に関しては、労働者災害補償保険からの保険給付が実施されますが、労働者からの申告等を前提にしています。会社としては、当該申告に協力する立場になります。  なお、業務上の事由であることが認められて保険給付が実施された場合でも、すべての損害が補填されるわけではないため、補充する必要がある費目もあります。 1 労働災害について  労働者災害補償保険法(以下、「労災保険法」)は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に関して、保険給付を行うことを定めています(第2条の2)。  業務上の事由による場合は「業務災害」、通勤による場合は「通勤災害」と呼ばれており、これらの二つをまとめて「労働災害」と呼んでいます。  ご相談の例は、就業中のケガであるため、いわゆる「業務災害」に該当するといえます。  業務災害が発生した場合、事業主は労働基準法により補償責任を負わなければなりませんが、労災保険法に基づく保険給付が行われる場合、事業主は労働基準法上の補償責任を免れます(ただし、休業する際の休業1〜3日目の休業補償は、労災保険から給付されないため、労働基準法で定める平均賃金の60%を事業主が直接労働者に支払う必要があります)。初めて労働災害が起きた際は、請求の流れや、労働災害として認定されなかった場合の手続きを把握しておく必要があります。  また、事業主には、労働災害による死亡や休業の発生時には、「労働者死傷病報告」の提出が義務づけられており(労働安全衛生法100条および同法施行規則97条)、当該報告を行うことなく、いわゆる「労災隠し」を行った事業主に対しては、罰金50万円以下という刑罰も用意されています(労働安全衛生法120条)。 2 労災保険給付の当事者  労災保険給付を請求する当事者は、労働者自身であり、使用者である会社ではありません。労災保険法施行規則23条第2項は、「事業主は、保険給付を受けるべき者から保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは、すみやかに証明をしなければならない」と定めており、会社は当該労災保険給付に必要な証明に協力する立場となります。  ケガをした労働者は、労働基準監督署宛てに、所定の書式を提出することになりますが、当該書式には、会社の労働保険番号の記載や「災害の原因及び発生状況」などに関する事業主の証明欄への記名押印が求められているため、会社へ協力を求めてくることになります。  この際、労働災害としての申告をされて、労災保険が給付された場合(労働災害が存在すると労働基準監督署に認められた場合)には、労働基準監督署の調査を受ける場合があることや、労災保険料の増額が生じる恐れがあることから、労働災害として認めることなく、労働災害としての申告をさせないために証明を避けることを考えているとのご相談を受けることがあります。  しかしながら、事業主の証明を受けられなかったからといって、労働者による労災保険の請求が認められなくなるわけではありません。  また、仮に、労働災害としての手続きに協力しなかった場合には、労働者から、会社に対する不法行為または債務(安全配慮義務)不履行責任に基づき、直接賠償請求が行われることにもつながり、本来保険給付で賄われるはずであった補償まで、会社が負担せざるを得なくなることになります。 3 労災保険給付と会社が負担する損害賠償責任の関係  業務上の原因によりケガが生じた場合、労災保険給付のおもな種類としては、図表のような費目があります。ケガの程度にもよりますが、後遺症(障害)が残るような重度のケガである場合には、年金や一時金などの給付も用意されています。なお、業務災害により死亡した場合には、これら以外に、葬祭料、遺族補償給付なども支給されることがあります。  これらの保険給付が実施されたとしても、必ずしも会社が負担すべき損害賠償責任のすべてがカバーされるわけではありません。  例えば、ケガの治療などに通院や入院期間が一定程度ある場合には、会社の負担すべき損害として入通院に関する慰謝料が認められますが、これらに対応するような保険給付はありません。後遺障害が残った場合には、後遺障害慰謝料も会社の責任と認められることになりますが、これも保険給付によりカバーされることはありません。  そのほか、休業補償もあくまでも最大で80%となっているため、会社の責に帰すべき事由が大きい場合には、その差額部分については負担しなければならない場合もあるほか、年金の方法で支給される場合には、未支給部分については、これを原則として控除しないという取扱いとなっているため、将来分については会社が負担しなければならなくなることもあります。 図表 労災保険給付の種類 名称 主な内容 療養補償給付 治療費および通院費 休業補償給付 休業4日目以降の給付基礎日額の最大80%(特別支給金も含む) 傷病補償年金 治療開始後1年6カ月経過後に治癒に至っておらず、障害の程度が重い場合に支給される 障害補償給付 後遺症(障害)が残った場合には、障害の程度に応じて年金または一時金が支給される 介護補償給付 重い後遺障害により家族からの介護や介護サービスが必要となった場合に支給される ※筆者作成 Q2 年次有給休暇の時季変更権について知りたい  使用者に年次有給休暇の消化義務が課されるようになったため、有給休暇の積極的な利用を認める方針を取ろうと思っているのですが、一方で、年次有給休暇を同時期に取得されることで業務に支障が出ることへの懸念もあります。  どういったケースであれば、年次有給休暇に対する時季変更権を行使しても許されるのでしょうか。 A  業務の正常な運営を妨げる場合であれば、時季変更権を行使することができますが、単に代替要員の確保ができないといった程度では許容されません。使用者には、労働者が年次有給休暇を取得したとしても正常な運営が可能な体制を整えることが必要とされます。  一方で、同時取得により支障が出る人数などをふまえた年次有給休暇の取得の運用が労使慣行となっている場合には、その慣行は尊重される傾向がありますので、労使間での調整を重ねながら、運用を固めていく必要があるでしょう。 1 年次有給休暇について  働き方改革の一環として、年次有給休暇が10日以上付与された日から1年間以内に5日間の消化が使用者に義務づけられました。労働者ではなく、使用者に義務づけられた点が特殊ですが、使用者に対する義務づけに加えて、罰則も定められたことから、使用者が、年次有給休暇について、正確な理解と消化日数を把握することが求められるようになりました。  まず、年次有給休暇とはいかなる制度であり、どういった点に注意が必要となるのでしょうか。  有給休暇は、6カ月以上継続して勤務し、出勤率が全労働日の8割を超えている労働者に対して、給与を支給しながら休暇を取得できる権利を与える制度です。なお、年次有給休暇の付与日数は、週の所定労働日数が5日以上または週の所定労働時間が30時間以上である場合は、6カ月の継続雇用の時点で10日付与され、その後徐々に増加し、週の所定労働日数や所定労働時間が少ない場合であっても比例的に付与される制度となっています。  給与の支給がある点が、欠勤とは異なりますし、年次有給休暇の取得が権利である以上、これを取得したことによって不利益な取扱いがなされることも許容されないことになります。 2 年次有給休暇の内容  年次有給休暇は、労働者の権利であると位置づけられていることから、原則として、労働者が取得を希望する時期に与えなければなりません(労働基準法第39条第5項)。ただし、使用者としては、その日に年次有給休暇を取得させたときに「事業の正常な運営を妨げる場合」には、ほかの日にこれを与えることができるとされています。  後者が、使用者による、「時季変更権」と呼ばれるものであり、「事業の正常な運営を妨げる場合」にかぎって、その行使が許されています。  これらの規定から、労働者の年次有給休暇の権利に関しては、労働者が時期を指定した場合に、使用者が時季変更権を行使することなく、これを拒むような行為(例えば、「不承認」として処理するような行為)をしただけでは、年次有給休暇の効力発生を妨げることができないと考えられています。要するに、使用者としては、年次有給休暇の取得日の変更は可能ではありますが、取得自体を妨げることができないということです。  権利の性質上は、労働者による権利行使が優先される内容となっており、年次有給休暇の取得が自由に行われやすいはずですが、現実にはそうなっていません。労働の現場においては、労働者同士が相互に協働して業務遂行にあたっていることも多く、使用者に対する配慮だけではなく、労働者間相互の配慮の結果として、年次有給休暇が取得しづらい場合もあるため、たとえ、権利の性質上は自由な取得が保証されていても、その行使に至らないようなことも多いといえます。 3 計画年休制度の活用  年次有給休暇は、本来的には、労働者からのイニシアチブによって行使されるべきものですが、労働者相互間の配慮もある結果、自由な行使を必ずしも期待できない状態も生じます。  そこで、年間5日間の年次有給休暇を残す形であれば、使用者が設定する日程で年次有給休暇を取得させる計画年休制度も用意されています。この計画年休により取得させた場合は、年次有給休暇の消化義務を履行したものと評価されます。  事業場の過半数労働者との労使協定が必要となりますが、集団的に年次有給休暇を取得させることで、使用者としても業務の計画を立てやすくなり、労働者同士の相互の配慮により未取得も防止することが可能となります。 4 時季変更権が許される要件  年次有給休暇の取得に対して、使用者が時季変更権を行使できるのはどのような場合でしょうか。典型的な事例としては、労働者らによる一斉休暇の申請や、特定の業務を拒否することを目的とした場合などがあげられますが、このような事例は稀有(けう)でしょう。  基本的には、労働者の権利行使に対して、使用者が配慮することが求められており、休暇をとる労働者がいれば、当然ながら、業務への影響は大なり小なり生じることになりますが、これに対して、使用者は、代替要員の配置や業務の割り振りの変更などによって対応できるように備えるような配慮が求められています。そのため、単に業務上の支障が生じるとか代替要員の確保ができないといった理由だけでは、年次有給休暇取得に対して時季指定を行うことはできないと考えられています。  とはいえ、人員配置については、使用者による裁量の余地も広く、労使慣行と認められる程度に一定の基準によって配置が定められ、休暇の取得に関する基準ともなっているような事情がある場合には、恒常的な人員不足により取得が妨げられているような事情がないかぎりは、裁判所もそれを尊重せざるを得ないといった指摘もあるところですので、年次有給休暇取得にあたっての事前申請の時期や代替要員の確保の必要性については、運用を固めておくことは重要でしょう。  また、連続的な年次有給休暇の指定は、「事業の正常な運営」に対する影響は大きくなります。例えば、1カ月間の連続休暇となるような年次有給休暇の取得を求めた事案において、判例では、事業活動の正常な運営の確保に関わる諸般の事情について、これを正確に予測することが困難であることを理由として、蓋然性(がいぜんせい)に基づく裁量的な判断を許容せざるを得ないとして、使用者の判断が不合理な場合にかぎり、違法となると判断したものがあります(最高裁平成4年6月23日判決)。  現実的には、労使間での事前調整の実施とともに穏当な形で落ち着いていることも多いかと思われますが、過去には、使用者から年次有給休暇の取得に対して「非常に心象が悪い」、「仕事が足りないなら仕事をあげる」などと発言して休暇の取得を妨げた事案では、慰謝料の支払いが命じられている裁判例もありますので、コミュニケーションにおいても、年次有給休暇の取得が労働者の権利であることを念頭に置く必要はあるでしょう。