知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変わっていき、ときには重要な判例も出されるなど、日々把握することが求められています。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第21回 休職期間中の過ごし方、妊娠をした際の報告義務 第22回 労使慣行の変更、賃金の支払いの確保に関する諸制度 第23回 労働条件の不利益変更、試用期間の法的な位置付け 第24回 ハラスメント関連指針の改正、変形労働時間制 第25回 中途採用の留意点、管理監督者の要件 第26回 海外における労働関連法の適用、労働時間と休憩時間 第27回 健康情報の取扱い、特別休暇の付与 第28回 休職から復職時の留意事項、社内貸付制度 第29回 公益通報者保護法の改正、テレワーク導入時の留意点 第30回 歩合給と時間外割増賃金、副業・兼業の留意点 第21回 休職期間中の過ごし方、妊娠をした際の報告義務 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲 Q1 休職期間中の過ごし方に制約があるのか知りたい  休職中の従業員が、復職不可との診断をうけ、傷病手当金を受給しています。そのような状況にありながらも、転職活動をしていることが発覚しました。療養期間中には、直接の面談ではありませんが、1カ月に少なくとも1回は回復の状況を確認するために連絡を取り合っており、そのときにも回復していない旨の報告を受けていました。このような場合に懲戒処分を行うことは可能でしょうか。 A  休職期間中の従業員は、基本的には療養に専念する義務があるといえます。ただし、療養に専念するといえども、医師の治療方針などをふまえて、日常生活などの通常の範囲の活動まで許容されないわけではありません。  とはいえ、転職活動を行っていることから、復職意思があるのか否かについては、確認する必要があるでしょう。 1 休職制度について  休職制度は、労働基準法などの法律によって用意された制度ではありません。しかしながら、多くの企業においては、勤続中に罹患する疾病により入院による治療が必要となる場合に、ただちに解雇するのではなく、当該疾病に必要な治療のために、休職期間を定めて、休職を制度化しています。  制度の成り立ちからすると、想定されていた場面は、入院などによって治療に専念せざるを得ないような場面が想定されていたため、ご相談のように治療しながらもほかの活動ができるという場面は例外的であったといえそうです。  最近、このような休職利用中の活動が問題にされているのは、ストレスの負荷などによって、精神疾患に罹患したことが原因で休職することが出てきているという背景は無視できないでしょう。  精神疾患による休職の場合、入院治療によることは少なく、かかりつけ医に通院し、薬の処方を受けつつ、状態の安定を目ざしていくことになるでしょう。そのため、療養に専念しながらも、ほかの活動を行える範囲が広くなっており、ご相談のように転職活動に至るようなケースも出てきてしまいます。 2 休職制度の利用と復職について  休職制度は、従業員のみに都合のよい制度であるかというと、そうではありません。休職制度は、各企業が就業規則において、ある程度自由な制度設計が可能となっていますが、多くの企業が採用しているのは、休職期間を設定する代わりに、休職期間中に復職可能な程度まで治癒しきれなかった場合には、当然に退職または解雇措置をとるという制度設計です。この場合、休職制度は、解雇の猶予措置として機能することになります。  休職制度の解雇の猶予措置としての位置づけの重要性は最高裁判例にも表れており、日本ヒューレット・パッカード事件においては、「診断結果等に応じて、必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきであり、このような対応を採ることなく、被上告人の出勤しない理由が存在しない事実に基づくものであることから直ちにその欠勤を正当な理由なく無断でされたものとして諭旨退職の懲戒処分の措置を執ることは、精神的な不調を抱える労働者に対する使用者の対応としては適切なものとはいい難い」と判断しており、休職措置を取らずに実施した諭旨(ゆし)解雇の効力を否定しています(最高裁平成24年4月27日第二小法廷判決)。  なお、業務上の災害による休業に対しては、休業期間中および復職後30日間は解雇することは制限され(労働基準法19条)、例外的に平均賃金の1200日分の打切り補償が支給された場合にのみ解雇が可能となるなど、私傷病による休職とは取扱いが大きく異なるため、混同しないように注意が必要です。 3 療養専念義務について  休職制度自体が、就業規則で創設される制度であることから、休職期間中の従業員がどのような義務を負担するかについても、法律などで明確に定まっているわけではありません。  一般的な考え方としては、従業員が休職制度の適用を受ける状態になれば、休職期間の満了に至るまでに復職できなければ解雇されるおそれがある状況に置かれることになります。また、企業としては、療養するための期間として休職を認め、当該期間の就労不能を不利益に取り扱わないように配慮している状況でもあります。  これらの関係性から、従業員は、できるかぎり早く復職して、正常に労務提供ができるような状態に戻ることが求められており、職務に従事することに代えて、療養に専念する義務(以下、「療養専念義務」)があると考えられています。  一例として、マガジンハウス事件においては、うつ病や不安障害といった病気に罹患していた従業員について、「主治医が会社に関与する行動をとることは禁忌である」とされていたことを前提としつつ、会社に対する抗議活動およびブログの執筆をくり返し行っていた行為に対して、療養を支援する趣旨に反する行為であり服務規律違反を問われることはやむを得ないと評価されました(東京地裁平成20年3月10日判決)。一方で、同判決は、療養の専念との関連において、オートバイでの外出、ゲームセンターや場外馬券売り場に出かけていたこと、飲酒していたことなどについては、日常生活を送ることは病気の療養と矛盾するものではないとして、問題視することはできないとしました。  当該判決からいえることとしては、私傷病の種類に応じて、その治療方針と矛盾した行動をとることについては、療養専念義務違反として懲戒処分の対象とすることは可能と考えられますが、治療方針と必ずしも矛盾しない行動については、その責任を問うことはむずかしいと考えられます。特に、骨折などの外傷であり安静にすべきことが明瞭であるにもかかわらず外出しているようなケースであれば、比較的判断は容易ですが、精神的な疾患については、日常生活を送ることと治療が両立しうるため、その判断は医師の治療方針を確認しながら慎重に行うほかありません。 4 報告義務の設定について  医師の治療方針との矛盾がないかぎりは、転職活動を行うための外出などを行っていたとしても、ただちに、療養専念義務に違反するということはできないと考えられます。しかしながら、休職制度の利用を認めているのは、治療後に復職してもらうことを希望しているからであり、その間の従業員の補充などを控えるような対応を実施する場合もあります。  そこで、療養専念の状況を把握するために、定期的な報告を受けるようにしながら、当該報告の場面において、転職活動に関する情報が報告されないのであれば、面談の機会などを設定しつつ、転職活動が真実であるのか確認するとともに、復職可能か否かについてコミュニケーションをはかりつつ、場合によっては、復職の可否について会社指定医の診断を受けるようにうながすなどの方法で、休職制度の利用の継続について確認していくことをおすすめします。  従業員から療養の状況に関する報告が行われない場合には、当該報告義務の違反があることになりますので、その際には、懲戒処分を検討することもできると考えられます。 Q2 妊娠をした場合、会社へ妊娠したことの報告を義務づけることは可能か  これまで、産前休暇の直前まで報告がされない場合があったり、妊娠の兆候がみえても本人からの報告がなければ、聞くこと自体に臆することもあり、業務に支障が出ていました。  妊娠した際には、人員の補充や引継ぎなどの準備も必要となるため、報告のタイミングについて就業規則で規定しようと考えていますが、有効でしょうか。 A  就業規則で、報告時期について規定することは可能と考えられますが、妊娠の報告に関しては、発覚が遅れることや流産のリスクなどがあることなどから報告を遅らせることもあるため、懲戒などの不利益処分を課すことは困難でしょう。 1 妊娠中の女性労働者に関する規定について  妊娠中の女性労働者については、各種の法律が使用者に対する義務を設定するなど、さまざまな規制がなされています。主要な法律としては、「労働基準法」、「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下、『均等法』)」があります。  労働基準法では、6週間(多胎妊娠の場合は14週間)以内に出産する予定の女性に産前休業を求める権利を認めています(同法65条1項)。  次に、均等法は、事業主に対して、妊娠中の女性労働者が母子保健法の規定による保健指導または健康診査を受けるために必要な時間を確保することができるように、勤務時間の変更、勤務の軽減など、必要な措置を講ずる義務を負担させています(同法12条および13条)。さらに、同法は、妊娠を理由とした不利益取扱いも禁止しています(同法9条3項)。  これらの規定は、使用者への義務づけまたは妊娠した女性労働者に権利を与えています。また、これらの制度は、女性労働者の請求に基づき、使用者が配慮を求められることになります。そのため、妊娠中であることを理由とした権利の行使について、妊娠した女性労働者の判断に委ねられています。  したがって、法律上の規定からは事業主への報告を義務づけているとはいえません。 2 報告義務の設定について  前述したような法律では、妊娠した女性労働者に対する報告義務を課すことについて直接禁止した規定は見あたりません。むしろ、均等法施行規則は、事業主に、妊娠中の女性労働者に対して、妊娠週数に応じた保健指導または健康診査を受けるために必要な時間を確保する義務を負担させていますが(同則2条の3)、これは使用者が、労働者の妊娠を把握していなければ実施することは困難です。  労働基準法は、妊娠中の女性労働者に関して、坑内業務の禁止(同法64条の2)、危険有害業務の禁止(同法64条の3)のほか、妊娠中の労働者が請求した場合の時間外労働、休日労働、深夜業の禁止(同法66条各項)、軽易作業への転換義務(同法65条3項)などを使用者の義務として定めています。そして、これらの義務について使用者が違反した場合には、罰則の定めまであります(同法118条1項、119条1項)。  労働基準法および均等法が、事業主に対して上記のような各種の義務を負担させていることからすれば、使用者が当該義務を適切に履行するためには、女性労働者に対して、妊娠した事実の報告を求めること自体は、労働基準法および均等法の趣旨に反するものではないと考えられます。  したがって、就業規則に妊娠の報告義務およびその時期を定めることが無効とはされないと考えられます。そのため、当該規定に基づき、使用者において、安定期(妊娠後5カ月から6カ月目まで)に入った時期に妊娠の報告をするよう義務づけることは可能と考えられます。  しかしながら、妊娠の報告を義務づけることができたとしても、報告を怠った場合に不利益処分を行えるか否かについては、均等法が定める不利益取扱いの禁止に違反しないか否かの検討が必要となります。 3 不利益処分の可否について  均等法9条3項の定める不利益取扱いの禁止に関して、最高裁の重要な判断として広島中央保健生活協同組合(A病院)事件(最高裁一小 平成26年10月23日判決)があります。  当該事案は、妊娠中に軽易業務への転換を求めたところ、近接した時期に降格処分を受けたため、その降格処分の無効を訴えたというものでしたが、最高裁は、「女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は、原則として同項(筆者注:均等法9条3項)の禁止する取扱いに当たる」と判断し、妊娠中業務への転換を「契機」とした処分は、原則無効であるという判断を下しました。  この判決を受けて、厚生労働省は通達を改正し、妊娠したことを「契機」とした不利益処分は、原則として、妊娠したことを「理由」とした不利益処分となると解される旨の解釈を示しています。そして、契機としたか否かの判断については、妊娠と不利益処分が時間的に近接しているか否か、具体的には1年以内であるか否か、人事考課における不利益な評価や降格については最初のタイミングまでの間に行われたものか否かで判断されます。  これらの不利益取扱いの例外として認められるためには、業務上の必要性から当該不利益取扱いを行わざるを得ない場合で、かつ、均等法の趣旨に反しないと認められるか、労働者の自由な意思による同意が得られるような場合にかぎられています。なお、労働者の「自由な意思」と認められるためには、一般的な労働者であれば同意するような客観的かつ合理的な理由が必要と考えられています。  したがって、妊娠中であることの報告を怠った場合であっても、妊娠と近接した時期に行う不利益処分は、その性質上、同意を得て行うようなものではないため、処分を行うことが避けがたいほどの業務上の必要性が認められるとも考えにくいため、同法に違反するものとして無効とされる可能性が高く、不利益処分は無効となるうえ、均等法に基づく指導、勧告などの対象となり得ますので注意が必要です。 第22回 労使慣行の変更、賃金の支払いの確保に関する諸制度 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲 Q1 労使慣行を変更するにあたり、注意すべきことはありますか  長年にわたって、賞与の補充の位置づけで、年度末に一時金の支給を実施してきました。この一時金の支給については、労働契約はもちろん、就業規則にも明記しておらず、事実上支給してきたものです。  このたび、業績の不振や昔と異なり従業員の給与水準が全体的に上昇してきたことから、一時金の支給を廃止して、賞与の支給に統一しようと考えています。  特に、労働契約の内容や就業規則の規定を変更するものではないことから、廃止することは問題ないと考えていますが、変更にあたって注意すべきことはありますか A  たとえ、労働契約や就業規則に明記されていない場合であっても、労使間において事実たる慣習となっている場合や黙示の合意が認められる場合などには、法的に有効な労働条件として拘束力を有することになります。  このため、労使慣行により法的に有効な労働条件を不利に変更する場合には、就業規則の変更と同様に変更の合理性が求められることがあります。 1 労使慣行について  労使間の労働条件を決めるのは、基本的に労働契約に基づくほか、就業規則や労働協約によって定められることになります。  しかしながら、就業場所における細かい ルールまで逐一(ちくいち)定めておくことは、現実的ではなく、一時的な取扱いのつもりで始めることもあるでしょう。  そのようななかで、長期間にわたり、維持され続けることで、あえて廃止する理由もなくなり、その取扱いに依拠(いきょ)した労働者の期待なども生まれてくることがあります。  このような状態に至った場合には、労働者は、これを既得権として意識するようになっていきます。  導入自体も流動的に、特に意識されることなく行われるため、これを廃止する方法についても特に意識されないことが多いように思われます。  労働契約や就業規則などに明記されない形で導入されるルールは、労使慣行などと呼ばれることがありますが、すべてが法的に拘束力を有するとは考えられておらず、労働法上も取扱いがむずかしい問題となることがあります。 2 労使慣行の法的拘束力について  労使間の慣行に関する法的拘束力について判断した裁判例として、大阪高裁平成5年6月25日判決(商大八戸ノ里ドライビングスクール事件)があります。同裁判例は、@同種の行為または事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたこと、A労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないことに加えて、B当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていることが必要と整理しました。  さらに、規範意識に関して、「使用者側においては、当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有している者か、又はその取扱いについて一定の裁量権を有する者が規範意識を有していたことを要する」とされています。要するに、権限のある者が気づいていないルールが継続しているわけではなく、認めたうえで継続していたことが必要とされています。  以上の要件に加えて、「その慣行が形成されてきた経緯と見直しの経緯を踏まえ、当該労使慣行の性質・内容、合理性、労働協約や就業規則等との関係(当該慣行がこれらの規定に反するものか、それらを補充するものか)、当該慣行の反復継続性の程度(継続期間、時間的間隔、範囲、人数、回数・頻度)、定着の度合い、労使双方の労働協約や就業規則との関係についての意識、その間の対応等諸般の事情を総合的に考慮して決定すべき」とされ、「労働協約、就業規則等に矛盾抵触し、これによって定められた項を改廃するのと同じ結果をもたらす労使慣行が事実たる慣習として成立するためには、その慣行が相当長期間、相当多数回にわたり広く反復継続し、かつ、右履行についての使用者の規範意識が明確であることが要求される」としています。  明文の規定に抵触しても成立する可能性があるため、就業規則の明文にないルールだからといって、法的拘束力がないわけではありません。また、今回の一時金の支給は、権限者が支給に関与していないとは考えられないため、使用者側の規範意識を有していたといえ、長期にわたり事実上継続してきたことからも法的拘束力のある労使慣行になる可能性があります。 3 労使慣行の変更や廃止について  労使慣行については、法律の明文でその有効となる要件が定められているわけではありません。そのため、労使慣行を変更する要件も定められていません。  労使慣行の成立要件は裁判例で一定程度整理されているものの、変更についてはどのように考えればよいのでしょうか。  京都地裁平成24年3月29日判決(立命館(未払一時金)事件)においては、労使慣行の不利益変更の有効性が問題となりました。  同判決では、「労使慣行の変更が許される場合とは、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該変更の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有する必要がある」とされ、就業規則の不利益変更と同趣旨の判断基準を示しました。一時金という賃金に関連する事項については、「当該変更が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のもの」にかぎられました。  同裁判例が示すように、一時金のような賃金と関連する制度の廃止を行うためには、高度の必要性がなければならず、高度の必要性が存在していない場合には、個別の同意を得たうえで、変更していくほかないということになります。 Q2 賃金の支払いが遅れる場合の罰則や労働者への支援などについて知りたい  賃金の支払いが遅れそうな状況なのですが、賃金の支払いができなかった場合には使用者へのペナルティなどはあるのでしょうか。  もし、このまま支払うことができなかった場合には、労働者に対する生活保障はあるのでしょうか。 A  賃金請求権は、労働者にとって重要な権利であるため、未払いに対する罰則が用意されているほか、支払いをうながすための通達も定められています。  なお、支払うことができない状態となった場合でも、破産手続が開始されるなど、一定の状況に陥った場合には、賃金の立替払い制度が用意されています。 1 賃金未払いへの制裁について  労働基準法は、賃金の支払いに関して、いくつかの原則的なルールを定めています。主なルールとして、@通貨払いの原則、A直接払いの原則、B全額払いの原則、C月一度以上の定期払いの原則があげられます。  まず、@の原則は、現物支給を避け、通貨という生活の糧を支給することを確保させています。Aの原則は、労働者供給や職業仲介人による中間搾取などを生じさせないために定められたものであり、Bの原則は、使用者による不当な控除を回避することを目的としています。Bについては、社会保険料や所得税の源泉徴収などの一部の例外はあるものの、貸金や賠償金などの名目で賃金から相殺することを禁止するという機能も有しています。また、Cについては、支払時期を不当に長期にすることで、労働者に対する拘束を強めることを回避する機能を有しています。  これらのルールは、労働者の賃金を確保するために歴史的な意味でも重要と考えられてきた内容であり、労働基準法は、これらの違反に対して罰則をもって制裁を予定しています。罰則の内容は、30万円以下の罰金という内容ですが、賃金の支払い原則に関する労働基準法違反に対しては、社会通念上なすべき最善の努力をしていない場合には、労働基準監督署長は使用者に対して期日を指定してそれまでに賃金を支払う旨を厳重に確約させ、この確約に応じないときまたは確約を履行しないときは事件を地方検察庁に送致すべし、との通達が出されており、労働基準法上最も厳守することが求められているルールであるといえます。  したがって、賃金の支払いが遅れないように厳守することは強く求められており、できれば、賃金の支払いが遅れないようにほかの債務の支払いとの調整を試みるべきでしょう。 2 労働者がとりうる手段について  労働者は、使用者からの未払い賃金債権について、その支払い確保のために一般先取特権という担保権を有しています。  この一般先取特権は、債務者である使用者の総財産に対して効力を有しているため、労働者の立場からは、判決を得るまでもなく、使用者の財産に対して担保権の実行を裁判所に申し立てて、使用者の財産を換価することを求めることができます。  実際に実行される事例は少ないものの、労働者の権利が十分に保護されていることを示した制度であるといえそうです。 3 未払い賃金に対する遅延利息について  賃金の支払いをうながす法律は、労働基準法のみではありません。賃金の支払いの確保などに関する法律には、未払い賃金に対する遅延利息が高率となるよう定められています。適用されるのは、退職した労働者にかぎられていますが、未払い賃金が生じた結果、労働者が退職に至った場合、未払い賃金に対しては、年14・6%の割合の遅延利息が付されることになっています。  この規定は、退職後の未払い残業代を請求される場合にも適用されることが多く、未払い残業代を生じさせた場合には、想定以上の金額を支払わなければならなくなる場合もあります。なお、未払い残業代に対しては、労働基準法は付加金による制裁も用意しているため、最大で未払い残業代と同額の付加金支払いを命じられる場合があります。結論として未払い残業代および同額の付加金を負担しなければならなくなり、想定していた残業代の2倍を負担させられるおそれがあります。  これらの規定は、賃金や残業代の請求などが行われる場合には、適用される可能性が高い内容であり、未払い賃金に関する制裁として機能する基本的な制度として位置づけられるでしょう。 4 未払い賃金の立替払い制度  労働者災害補償保険の適用事業者(農林水産業の一部を除き、1人以上の労働者を使用する事業はすべて、強制的に適用事業であるため、ほぼすべての事業者が該当します)であって、1年間以上の事業活動を行っていた場合で、次のいずれかに該当する場合には、立替払い制度が行われています。 @破産手続開始の決定を受け、または特別清算の開始命令を受けたこと A民事再生手続開始の決定、または更生手続開始の決定を受けたこと B中小企業の場合、事業活動が停止し、再開の見込みがなく、かつ賃金支払い能力がないことが労働基準監督署に認定されたこと  使用者がこれらに該当することを前提に、支払われる範囲にも限定があります。まず、退職した労働者が対象となりますので、いずれかの要件を充足するとともに、労働者に対する解雇などにより退職が完了されていなければなりません。  次に、立替払いされる賃金は、退職日の6カ月前の日以後立替払いの請求日の前日までの期間において、支払期日が到来している定期給与および退職金で、総額が2万円以上のものについて、それらの8割に相当する額が支払われます。ただし、図表のような年齢に応じた上限額の設定もあります。  賃金を支払うことができなくなってもなお、事業活動を継続しようとする経営者があげる理由の大きな部分は、労働者たちの生活への影響が大きすぎる点を心配することも多いです。  しかしながら、賃金の立替払い制度の存在を知らない場合も多いように思われます。また、破産手続が開始された後においても、破産開始決定前3カ月間の賃金については、財団債権といって、破産手続において優先的に弁済をしなければならない債権とされており、使用者の財産がまったくないような場合はともかく、財産を換価したのちには、賃金の支払いを受ける可能性があります。  事業活動の廃止に向けて検討するにあたっては、これらの制度の内容をふまえたうえで、方針を定めることは重要であると思われます。 図表 未払賃金立替払制度の上限額 退職労働者の退職日における年齢 立替払いの上限額 45歳以上 296万円 30歳以上45歳未満 176万円 30歳未満 88万円 筆者作成 第23回 労働条件の不利益変更、試用期間の法的な位置付け 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 賃金の見直しは労働条件の不利益変更にあたるのでしょうか  これまで職能給制度のもと、年功序列による昇給を実施してきましたが、同一労働同一賃金への取組みとともに、職務給および成果主義による賃金制度への変更を計画しています。  すべての従業員について、賃金が上昇することになると人件費の負担が大きすぎるため、新たな賃金制度の導入とともに一部の従業員の賃金や福利厚生面についても見直しを検討しています。  労働条件を変更するためには、どのような手続きが必要なのでしょうか。 A  労働条件を変更する場合は、合意によって変更することが原則とされています。そして、労働条件の変更の合意については、労働者の自由な意思が確保されていなければなりません。  また、就業規則や労働協約の変更によって、制度自体を変えることで、多数の従業員の労働条件を変更する場合は、変更の合理性が認められなければなりません。賃金制度の変更などにおける合理性の判断にあたっては、従業員全体に対する人件費の総額が維持されるか否かも重視されています。 1 労働条件の変更ルール  従業員との間で労働条件の変更を行う方法には、@同意による方法(労働契約法第8条)、A就業規則の変更による方法(労働契約法第10条)、B労働協約による方法(労働組合法第14条、第16条)があります。  これらの変更方法には、異なる基準によりその変更の有効性が判断されることになりますので、それぞれの留意点を見ていきたいと思います。 2 同意による変更  労働契約法第8条は、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」と定めたうえで、同法第9条において、「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない」と定めることで、例外的な場合を除いて、合意によって労働条件を変更することを原則として位置付けています。  合意による変更であるため、紛争にはなりにくそうですが、合意が真意によるものであったのかが争われる場合があります。  例えば、合併などにともない退職金の支給基準の変更を署名押印のある書面により明示的な合意で変更した事案である最高裁平成28年2月19日判決(山梨県民信用組合事件)においては、@指揮命令に服すべき立場に置かれていること、A意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることを考慮して、労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきであることを前提として、「変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点」から判断すべきとし、具体的な不利益の内容や程度についても説明を充実することが求められています。  これだけ明示した合意であっても、自由な意思であることが求められることが通常であることから、労働条件の変更に異議を述べなかったことを理由に黙示の合意が認められるのは極めて例外的な場合にかぎられています。  したがって、合意により労働条件を変更するにあたっては、不利益部分に関する説明内容を充実させたうえで、労働者の自由な意思により変更に応じたことを担保するように留意する必要があります。 3 就業規則による変更  就業規則を変更することによって、労働条件を変更することができる例外的な場合として、労働契約法第10条は、「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする」と定めています。  手続き的な要件として必要とされているのは、労働者への周知ですが、変更が有効か否かを判断する重要な要素としては、不利益変更の合理性が求められています。  そもそも、労働条件の変更が「不利益」であるか否かは、どのように判断されるのでしょうか。就業規則を変更する場合には、複数の条文を同時に変更することが多く、労働者にとって有利な部分もあれば、不利な部分もあるというのが実情です。このような場合でも、少しでも不利益な変更部分が存在する場合には、不利益変更として評価され、有利な要素があることは合理性の程度として評価されることになります。  近年の成果主義賃金に関する裁判例では、賃金原資総額が減少しない場合という留保をつけつつ、「個々の労働者の賃金を直接的、現実的に減少させるのは、賃金制度変更の結果そのものというよりも、当該労働者についての人事評価の結果である」として、不利益変更の合理性について、やや緩やかに判断した事例があります(東京地裁平成30年2月22日、トライグループ事件)。  なお、当該裁判例においては、昇給、昇格、降給および降格の結果についての平等性が確保されること、人事評価における使用者の裁量の逸脱、濫用を防止する一定の制度的な担保がされていることなどの事情を総合的に考慮して判断すべきとされており、成果主義賃金導入後に人事考課の裁量が広くなりすぎるという問題点への対処は求められています。 4 労働協約による変更  労働組合法第16条は、「労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする。この場合において無効となつた部分は、基準の定めるところによる。労働契約に定がない部分についても、同様とする」と定め、労働条件の最低基準となることを定め、労働契約に優先する効力を持つと解釈されています。さらに、同法第17条において、「一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至つたときは、当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用されるものとする」とも定め、労働組合の組合員以外への法的拘束力も肯定しており、労働協約を変更することで、多数の労働者との間で労働条件を変更することも可能となっています。  労働協約は、労働組合との合意により成立するものであり、労使間の交渉を経て、条件の調整などを重ねながら最終的な労働協約として整理されるという過程を経ることが多く、当該労使間の交渉が行われることが重視され、就業規則と比較すると、変更の有効性は認められやすい傾向にあると考えられています。 Q2 試用期間を経て本採用を見送る場合に問題はありますか  求人活動を経て、採用に至ったのですが、入社してから協調性のなさ、業務に関する報告が不十分であること、業務のスピードが一般的な採用者と比べても大きく劣っているなど、採用時にはわからなかった能力不足が明らかになってきました。  採用にあたっては、3カ月の試用期間を設けているので、試用期間満了をもって契約を終了しようと思っているのですが、問題があるでしょうか。 A  試用期間の満了による終了においても、解雇権濫用に該当する可能性があります。採用前に判明していなかった事情であるか、試用期間中に解消することができない能力不足であったのかなどを考慮のうえ、本採用拒否の有効性が判断されることになります。なお、試用期間を延長することで対応する方法も考えられますが、その場合就業規則の規定に延長を許容する内容が含まれている必要があります。 1 試用期間の法的性質  多くの企業においては、採用の際に試用期間を設けることが一般的です。期間としては、3カ月から6カ月程度が多いかと思われますが、試用期間中に十分な能力がない場合には、本採用を拒否して、労働契約を終了させる場合があります。  この試用期間の法的性質については、「試用契約の性質をどう判断するかについては、就業規則の規定の文言のみならず、当該企業内において試用契約の下に雇傭された者に対する処遇の実情、とくに本採用との関係における取扱についての事実上の慣行のいかんをも重視すべきもの」として、事案ごとに個別に判断される余地は残しつつも、「上告人と被上告人との間に締結された試用期間を三か月とする雇傭契約の性質につき、上告人において試用期間中に被上告人が管理職要員として不適格であると認めたときは、それだけの理由で雇傭を解約しうるという解約権留保の特約のある雇傭契約」という認定を是認しています(最高裁昭和48年12月12日判決、三菱樹脂本採用拒否事件)。  この説示は、たとえ試用期間中であったとしても雇用契約は成立していることを前提にしているため、本採用の拒否は、解雇に該当するということを示しています。一方で、試用期間中には、解約権が留保されていることから、当該留保された解約権の行使として行われる本採用拒否においては、通常の解雇とは判断基準が異なるという結論が導かれます。  当該判例においては、留保解約権の行使について、「一定の合理的期間の限定の下にこのような留保約款を設けることも、合理性をもつものとしてその効力を肯定することができるというべきである。それゆえ、右の留保解約権に基づく解雇は、これを通常の解雇と全く同一に論ずることはできず、前者については、後者の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきものといわなければならない」として、解雇よりは広く行使することが許されると考えられています。 2 解雇権濫用との関係について  試用期間の性質が、留保解約権付の雇用契約であるとしても、ただ自由に本採用拒否できるというわけではなく、同判例においても「留保解約権の行使は、上述した解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものと解するのが相当である」と判断されています。  具体的には、企業が、採用決定後における調査の結果により、または試用中の勤務状態などにより、採用の当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合などに、引き続き当該企業に雇用しておくのが適当でないと判断することが、留保された解約権の趣旨、目的に照らして、客観的に相当であると認められる場合であれば、有効な留保解約権の行使と認められると考えられています。 3 試用期間満了と解雇予告について  試用期間後の本採用拒否も一種の解雇であると理解されていることからも、本採用拒否をする場合においても、14日以内の試用期間の労働者を除き(労働基準法第21条第4号)、「使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない」と定める労働基準法第20条が適用されることになります。  したがって、3カ月の試用期間を定めた場合においても、予告手当を支給しない場合には、2カ月経過するまでの間に、本採用拒否によって解雇するか否かを決断しなければならない場合があります。 4 試用期間の延長について  試用期間中には、留保解約権が企業に残され続けることになるため、一般的には、不安定な地位に労働者を置いていると評価され、あまり長期間になることは許容されていません。あくまでも、試みの期間として合理的な範囲でなければならないということになります。  しかしながら、試用期間を延長して様子を見たい場合も生じることがあります。  過去の裁判例では、「試用期間の趣旨に照らせば、試用期間満了時に一応職務不適格と判断された者について、直ちに解雇の措置をとるのでなく、配置転換などの方策により更に職務適格性を見いだすために、試用期間を引き続き一定の期間延長することも許されるものと解するのが相当である」などと判断されており、本採用拒否を回避する趣旨での延長については許容されているものがあります(東京地裁昭和60年11月20日判決、雅叙園観光事件)。  ただし、就業規則において、延長の規定すら定めていない場合は、試用期間の延長は、就業規則が定める最低基準を下回る(より不安定な地位に長く置く)ことになるため、延長の効力が否定されるとの規制もあるため、延長する前提として就業規則の規定は整備しておく必要があります。 第24回 ハラスメント関連指針の改正、変形労働時間制 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 ハラスメント関連指針の改正内容について知りたい  労働施策総合推進法が改正されパワーハラスメントの防止が求められるようになったほか、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法なども一斉に改正され、ハラスメント関連の指針も改められたとのことです。  これまでの法律とどのような違いがあるのでしょうか。企業において準備しなければならない事項は、具体的にはどのような内容になるのでしょうか。 A  労働施策総合推進法によりパワーハラスメントの防止が法制化された点は重要な改正であり、そのほかの法律との整合性も意識されています。  新しい指針については、各種ハラスメントの防止に関する指針の内容の整合性を整理し、防止のためにあるべき姿を明確にしたことに意義があるといえるでしょう。  企業においては、ハラスメント防止のために、方針の明確化、就業規則の整備、相談窓口の設置などの対応が求められることになります。 1 労働施策総合推進法の改正について  昨年、ハラスメントの防止に関連して、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(旧「雇用対策法」、以下「労働施策総合推進法」)が改正されました。  この法律では、長時間労働の防止やワークライフバランスを図ること(同法6条1項)、求人などの人材募集においても年齢によらない均等な機会をあたえること(同法9条)など、雇用において生じるさまざまな問題に対する基本方針のようなものが定められています。  今回の改正では、パワーハラスメントの防止措置に関して、事業主の義務として明記されることになりました。  改正労働施策総合推進法30条の2第1項では、「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない」とされ、当該規定に基づく対応として、「相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備」と「その他の雇用管理上必要な措置」を準備することが必要となります。また、同条第2項においては、「事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」とも定められており、セクシュアルハラスメントやマタニティハラスメントと同様に、不利益取扱いの禁止も定められました。  「当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置」を講じることについて、同様の規定が男女雇用機会均等法11条や育児・介護休業法25条にも定められており、これで、主なハラスメントの防止措置に関する規定がそろったことになります。 2 ハラスメント防止措置違反に対する制裁について  パワーハラスメントの防止措置の整備状況に関しては、厚生労働大臣が必要な事項について報告を求めることができ(改正労働施策総合推進法36条第1項)、当該報告に応じなかった場合や、虚偽の報告をした場合には20万円以下の罰金に処するものとされています。  しかしながら、近年では、制裁としては罰金よりも、違反者に対する是正勧告に従わなかった場合に行われる企業名公表の方が重大かもしれません(同法33条第2項)。企業名公表の制度は、セクシュアルハラスメントやマタニティハラスメントに関しても採用されており(男女雇用機会均等法30条及び育児・介護休業法56 条の2)、違反者に対する行政上の制裁として確立してきています。  企業名公表は、企業が労働関連法を順守していないことを世間に知らしめることになるため、最も影響を受けるのは求人活動であると考えられます。労働関連法を順守していないことは、採用に大きな悪影響を与えることにつながるため、事業活動に支障が生じるおそれがあります。 3 ハラスメント防止指針について  各種ハラスメントの防止指針は、令和2年厚生労働省告示第5号および第6号として定められました。  細かい点は、それぞれのハラスメントの特性に応じて異なる点もありますが、事業主の責務として求められる内容は共通しています。  まず、@事業主の方針の明確化とその周知・啓発があげられています。基本的には、社内におけるハラスメントを禁止すること、違反に対して厳正に対処する旨のトップメッセージを発信し、社内報など社内での公表などの措置により周知することが考えられます。また、就業規則における服務規律や懲戒処分の規定を整備しておくこともあわせて実施する必要があります。  次に、A相談や苦情に対応する体制の整備が必要です。実際には相談窓口を設置し、窓口の利用に関して周知することになるでしょう。また、相談対応を行う人員についても研修が必要ですが、負担が大きい場合には、例えば、法律事務所などの外部窓口へ委託する方法も採用できます。  さらに、B発覚した後の迅速かつ適切な対応が必要です。なかでも、迅速さをないがしろにすると被害の拡大につながるため注意が必要です。適切な対応とは、(1)事実関係の正確な把握、(2)被害者への配慮が行われること、(3)事実確認後必要に応じて行為者に対する処分などの措置を実施すること、(4)組織内における再発防止策を実施することなどがその内容となっています。  最後に、C各措置においてプライバシーへの配慮が行き届いていることが必要です。相談者や行為者の情報はプライバシーとして保護されるべき対象と考えられています。このことは、正確な事実関係を把握するまで、加害者と指摘された労働者も、実際に加害行為を行ったのか否か不明であることを前提にしなければならないということでもあります。また、相談者の情報を開示することがハラスメントをエスカレートさせるおそれもあることから、状況によっては相談者を具体的に開示することなく対応するケースも生じることが想定されます。 4 望ましい対応について  指針には、順守すべき内容に加えて、望ましい対応もあわせて示されています。一つは、パワーハラスメント、セクシュアルハラスメントやマタニティハラスメント対応の窓口を一元化することです。  ほかにも、ハラスメント予防のために、感情をコントロールする手法やコミュニケーションスキルアップの研修を行うこと、マネジメントや指導についての研修を実施することなどもあげられています。  また、雇用という関係の外にある場面についても言及されており、インターンシップなど、まだ雇用に至っていない人間関係や、業務委託関係にある個人事業主などもハラスメントが望ましくないことは前提とされています。  さらには、顧客などからの著しい迷惑行為や、取引先であるほかの事業主との関係にまで言及されており、いわゆるカスタマーハラスメントなどまで想定された内容となっています。  以上の、望ましい内容については、法令上の拘束力まで及ぼす趣旨ではないと考えられますが、労働環境の整備にあたっては重要な視点であると思われます。 Q2 変形労働時間制とはどのような制度なのか知りたい  働き方改革により労働時間の抑制やフレキシブルな労働時間制度の採用が望まれているようですが、変形労働時間制とはどのような制度なのでしょうか。導入のためには、どのような手続きが必要なのでしょうか。 A  1カ月以内の単位の変形労働時間制と、1年以内の単位の変形労働時間制があります。それぞれ、事業内容などに応じて使い分けることで、労働時間を柔軟化することが可能です。  導入には、1カ月単位の変形労働時間制の場合は就業規則または労使協定の締結、1年単位の変形労働時間制の場合は労使協定の締結が必要です。なお、締結した労使協定は労働基準監督署へ届け出ることになります。  対象期間、労働日、労働時間を特定して定めておかなければ、変形労働時間制の適用が否定されることがあるため注意が必要です。 1 変形労働時間制の種類  労働時間制度は、1日8時間以内、かつ、1週間40時間以内とすることが原則とされており、これを超えるためには、36サブロク協定の締結が必要であり(労働基準法36条)、法定の労働時間を超えた場合には時間外割増賃金を支払う義務が使用者に生じます。  しかしながら、原則通りのルールのみでは、例えば、週に1日集中して業務にあたった方が労働者にとっても効率のよい業務があったとしても、1日12時間労働したうえで、翌日は午後出社して4時間勤務をした場合(2日間で16時間労働)でも、4時間分の時間外割増賃金が発生することになります。  とすると、時間外割増賃金が発生することを回避したい使用者からすれば、8時間勤務の維持を望むことから、労働者にとっては都合のよい働き方を選択しづらくなってしまいます。  このような場合の例外的な制度として、変形労働時間制が用意されています。  例えば、前記の例示のようなケースであれば、1カ月単位の変形労働時間制を採用することで、時間外労働時間を抑制することが可能です。すなわち、一定の期間を単位として定めることで、その範囲内において、1日または1週単位における労働時間の制限が緩和されることで、時間外労働としては扱われなくなります。 2 導入の手続きについて  1カ月単位の変形労働時間制を導入する場合は、就業規則に規定を設けるか、過半数以上の労働者から選出した労働者代表(過半数以上の労働者で組成する労働組合でもかまいません。以下、「過半数代表者」)との間で締結する労使協定によることもできます。  一方で、1年単位の変形労働時間制を導入する場合は、過半数代表者との間で労使協定を締結することが必須です。なお、この場合でも、始業時間と終業時間については、就業規則に規定しておく必要があります。  いずれの場合であっても、労使協定を締結した場合には、労働基準監督署へ届け出ることになります。  変形労働時間制を導入するためには、対象労働者、対象期間と起算日、労働日と労働日ごとの労働時間、労使協定の有効期間などを定める必要があります。 3 対象とする期間や労働日、労働時間の特定について  変形労働時間制を導入するための要件のなかでも、注意が必要とされるのが、対象期間と起算日や労働日の所定労働時間の特定です。  過去にこの点が争点となった事件で、就業規則等において、「業務の都合により四週間ないし一箇月を通じ、一週平均三八時間以内の範囲内で就業させることがある」旨が定められていた事案において、「一箇月単位の変形労働時間制…(略)…は、法定労働時間の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において一週の法定労働時間を、又は特定された日において一日の法定労働時間を超えて労働させることができるというものであり、この規定が適用されるためには、単位期間内の各週、各日の所定労働時間を就業規則において特定する必要があるものと解される」として、各週、各日の所定労働時間を特定されていないことを理由に、変形労働時間制の適用が否定されました(最高裁平成14年2月28日判決〈大星ビル管理事件・上告審〉)。  対象期間と起算日、所定労働時間については、変形労働時間制の単位期間が始まる前に、シフト表やカレンダーなどで指定されて特定することが一般的に行われていますが、これらは変形労働時間制適用の前提となるものであるため、非常に重要であるということは認識しておくべきでしょう。労働日の特定については、1カ月単位の変形労働時間制の場合は、対象期間の前日までに、一方、1年単位の変形労働時間制の場合は、対象期間を1カ月以上の期間に区分して、当該区分した期間の初日から30日以上前までに、過半数代表者と同意して特定する必要があるとされています。 4 使い分けの判断について  1カ月単位の変形労働時間制は、1カ月のなかで、繁閑(はんかん)の差があるような企業においては、メリハリのある労働時間の配分のために採用する余地があります。  一方で、1年単位の変形労働時間制については、1年間を通じた、労働時間の調整も一定程度可能となります。季節ごとに繁閑差があるような企業において採用することが適切といえるでしょう。1年単位の変形労働時間制において、労働時間の調整が一定程度にとどまる理由は、1日単位の労働時間は最大10時間、1週間単位の労働時間は最大52時間とされ、3カ月を超える単位としている場合には、週の労働時間が48時間を超える週を連続させるのは3週以下、3カ月ごとの各期間において週の労働時間が48時間を超える週は3回以下といった上限規制があるため、純粋に年間の労働時間全体で調整できるわけではないからです。  なお、対象期間の特定などがむずかしい場合には、フレックスタイム制の採用を検討することになります。 第25回 中途採用の留意点、管理監督者の要件 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲 Q1 中途で人材を採用する際の留意点について知りたい  重要なポストに人材不足が生じていることから、中途採用により補充することを検討しています。  処遇などについては、ポストに見合うものを用意しようと思っていますが、それだけに適切な人材を採用できるか否か心配もあります。  採用の際に留意すべき点はあるでしょうか。 A  経験者、即戦力として期待する人材を確保することを目的としている場合には、求人の段階から、その旨を明確にしておくことが重要です。  また、採用面接においても、必要な能力や期待する職務遂行の水準などを明確にしておくべきでしょう。  採用後においても、職務内容の重要性の理解に資するだけの資料を用意しておくとともに、試用期間中における能力の見極めが重要といえます。 1 経験者、即戦力の採用について  雇用の流動性が高まりつつあるなか、重要なポストについても、社内での育成のみではなく、外部からの採用に頼るケースも増えているように思われます。  中途採用によって、役職相当の人材を確保すること自体は、採用の自由の観点から当然認められるものですが、不適切な人材を雇用してしまうと、解雇することが困難であることは、一般の労働者と大きく変わるものではありません。  したがって、慎重な採用が必要となることは間違いありませんが、採用の場面において、適切な対応をしておくことで、解雇する場面においても使用者に有利な判断を導くことができることがあります。  今回は、経験者、即戦力を期待した従業員の雇用にあたっての留意事項と裁判例をご紹介します。 2 採用時の留意事項について  使用者と労働者の間で、労働契約を締結した以上、解雇権濫用法理や雇止め時の解雇権濫用法理の準用などによって、客観的かつ合理的な理由と、社会通念上の相当性がなければ、労働契約を終了できません。  解雇が認められるか否かにおいて、重要な要素となっているのが、「最終手段として解雇を選択したか否か」です。したがって、最終手段となるためには、通常であれば、解雇以外の手段によって雇用を維持する努力が求められることになります。解雇以外の手段としては、例えば、業務指導による能力改善、配置転換や転勤による業務内容や就業場所の変更などが典型的な解雇回避措置になるでしょう。  経験者や即戦力の労働者を採用する場合には、最終手段までの選択肢をできるかぎり減らしておくことが重要となります。したがって、例えば、就業場所を限定することによって、転勤という選択肢をなくしておく、職種を限定することによって、配置転換という選択肢をなくしておく、高額の処遇と期待する能力をあらかじめ明示しておくことによって業務指導による能力改善を行うという前提をなくしておくといったことが重要となります。  労働条件通知書や労働契約書においては、基本的な必要的記載事項以外の項目について触れることなく、当たり障りのない内容のみが記載されていることが少なくありませんが、経験者や即戦力を期待している場合には、就業場所の限定や職種の限定を明記するほか、期待する能力についても明記しておくことが重要です。  なお、これらの点については、突然、契約書に記載するだけでは不十分であり、求人広告や求人票の記載においても明記しておく必要があります。また、面接の際においても、いかに即戦力として採用することを前提にしている求人であるかということは明確に伝えておくべきでしょう。 3 裁判例について  部長として中途採用を行った会社において、試用期間満了時に本採用を拒否した事案について、試用期間満了時の判断を有効とした裁判例を紹介します(東京地裁平成31年1月11日判決)。事案の概要は、次の通りです。  A社が部署の特性を理解したきめ細やかなマネジメントを行うことができ、グループ全体の新たな事業分野の開拓にも貢献できる即戦力の人材を求めて、部長職としての募集であることを明示して求人を行っていたところ、X氏がこれに適合する人材であることを前提とした履歴書を提出し、A社とX氏は年収を1000万円超と設定した労働契約書を締結しました。ところが、1カ月も経過しないうちに、X氏がパワーハラスメントをしたとの通報があったほか、履歴書の記載においても虚偽の事実が発覚したというものです。  裁判所は、採用の経緯などもふまえて、「原告は、その履歴書における経歴から、発達支援事業部部長として、さらにはA社グループ全体の事業推進を期待されるA社の幹部職員として、A社においては高額な賃金待遇の下、即戦力の管理職として中途採用された者であり、職員管理を含め、A社において高いマネジメント能力を発揮することが期待されていた」ことを前提にしました。そして、A社は、X氏の採用経緯などから、ほかの部署に異動させるなどの解雇回避の措置をとるべき義務はなく、即解雇することにしても本件労働契約の特質上やむを得ないなどと主張していました。裁判所も、「他の職員の業務遂行に悪影響を及ぼし、協調性を欠くなどの言動のほか、履歴書に記載された点に事実に著しく反する不適切な記載があったことが認められるところであり、本件本採用拒否による契約解消は、解約権留保の趣旨、目的に照らし、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当なものと認められる」と判断して、本採用拒否を有効と判断しました。 4 裁判例から見える留意事項について  履歴書における虚偽記載などの事実が重視されるためには、採用理由との関連性が強く求められるところであり、即戦力としての期待をあらかじめ示しておくことは、採用理由との関連性を基礎づけることに非常に効果的であると考えられます。  また、高待遇を用意していること自体も、試用期間における能力を図るにあたって厳しく見ることが許容されるために重要な要素といえます。  加えて、採用時点における期待が具体的に本人に伝わっていたということは、本人に寄せられている期待を認識させることにつながるため、この点も重要でしょう。 Q2 管理監督者の要件について知りたい  当社では、一定の役職以上の労働者については、労働基準法上の管理監督者として取り扱うことを基準として定めています。  待遇などについては、基準以上の労働者については、役職手当の支給などにより厚遇しているのですが、何か問題があるでしょうか。 A  いわゆる企業の「管理職」と、労働基準法上の管理監督者については、かなり大きな乖離(かいり)があります。  一定の役職以上であることを基準として労働基準法上の管理監督者であると形式的に判断するのではなく、実態をともなう運用を心がける必要があります。 1 管理監督者性について  過去の記事においても管理監督者として必要な要素について、紹介したことがありますが※、今回は、裁判例の紹介などをふまえて、具体的にどの程度の権限などが求められることになるのかについて見ていきたいと思います。  管理監督者性の判断について、簡単におさらいしておくと、近年の裁判例では、以下の三つの要件の総合考慮によって判断する傾向があります。 @実質的に経営者と一体的な立場にあり、重要な職務、責任、権限が付与されていること A労働時間の決定について厳格な制限や規制を受けていないこと B地位と権限にふさわしい賃金上の待遇を付与されていること  また、これらの要件を考慮したうえで、最終的には、「労働時間規制の枠を超えて就労することを要請されてもやむを得ないような重要な職務と権限を付与されているといえるか否か」という観点から判断されています。 2 裁判例の紹介  横浜地裁平成31年3月26日の裁判例を題材にしたいと思います。  事案の概要としては、コーポレートプラン部(ブランドの復活を目ざす部署)のマネージャー職や、マーケティング部のマーケティングマネージャー職に従事していた(なお、これらの職位は課長職相当であった)労働者が、管理監督者としての地位になかったことを前提に、遺族が未払い割増賃金を請求したということです。なお、労働者が執務中に死亡したという事情がありましたので、遺族からの請求となっています。  裁判所は、管理監督者としての判断基準について、「@当該労働者が実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されているか、A自己の裁量で労働時間を管理することが許容されているか、B給与等に照らし管理監督者としての地位や職責にふさわしい待遇がなされてるかという観点から判断すべき」として、過去の裁判例において踏襲されてきている基準と同様の基準を示しています。  まず、労働時間の管理について、勤務時間は把握されていたものの、遅刻早退による賃金控除はされておらず、労働時間管理については裁量を有していたと評価されました。  待遇としては、年収1200万円を超えており、部下との差額も240万円程度におよんでいたことから、待遇としてはふさわしい地位にあったと評価されました。  しかしながら、経営者との一体性に関する具体的な判断にあたっては、コーポレートプラン部(経営企画業務)のマネージャー職に従事していた時期の職務内容について、上長が了承しないかぎり、企画立案が採用されることがなかったことや、会議において発言することが基本的に予定されていなかったことから、経営意思の形成に対する影響力が間接的であるとされました。また、収益に影響のない事項の裁量を有していたものの、収益に影響がある場合にはCEOの決裁を求める必要があったことなどから、権限が限定的であるとされました。また、異動後のマーケティング部におけるマーケティングマネージャーとしての職務においても、重要な会議に参加しているものの、提案にあたって、あらかじめ上長の承認を受ける必要があること、出席が求められるのも担当する商品が議題に上がるときにかぎられていたこと、参加の機会が限定的であることなどから、こちらも経営の意思形成への影響力が間接的とされています。  これらの労働時間管理、待遇、経営者との一体性を総合考慮された結果、結局、経営者との一体的といえるだけの重要な職務、責任、権限を付与されていたとは認められないとして管理監督者性は否定されました。 3 裁判例から見える留意事項について  労働時間の裁量に関しては、管理監督者性を否定する事情としては、管理監督者であるにもかかわらず労働時間の把握がなされていたことが主張されることが多いですが、裁判例における労働時間の裁量についての判断においては、労働時間が把握されていたこと自体が決定的な要素とはいえないように思われます。一方で、労働時間に関しては早退や遅刻の賃金控除を行っていたか否かは重視しており、単に労働時間を管理または把握されていただけでは、管理監督者性が否定される要素とはされていません。働き方改革にともない、過労死の防止などをふまえて、労働時間の状況の把握が求められていますので、現在の裁判例の傾向は今後も続くものと考えられます。  待遇については、ケースバイケースの判断にならざるを得ませんが、一般職と管理監督者の待遇の差は、重要とみられていると考えてよいと思われます。今回の事例では、部下との間で年収にして240万円ほどの差が生じており、待遇としては十分なものと評価されました。どの程度の待遇であれば十分といえるかという判断はむずかしいですが、時間外労働や休日労働の割増賃金が発生しなくなった結果、賃金などに関する待遇が悪化したような事情があると、消極的に評価されるものと考えられますので、役職への就任前後の賃金の変化は重要な要素となるでしょう。  最後に、経営者との一体性、与えられている権限の重要性は、近年でも厳格に判断される傾向にあるといえます。各要素を総合考慮するといわれているものの、ほとんどのケースにおいて、判断の決め手になるのは、経営者との一体性としての権限の重要性が不足しているという点です。今回の裁判例においては、上長の承認や了承が必要とされていることや会議での発言や参加の機会が限定されていたことなどから、結論として経営者との一体性が否定されていますので、管理監督者と位置づけている従業員については、役職の位置とともに、決裁や稟議における位置づけ、参加する重要な会議における発言権なども確認しておく必要があるでしょう。 ※ 2018年12月号掲載 第26回 海外における労働関連法の適用、労働時間と休憩時間 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 海外出張中の労働者には、日本の労働法が適用されるのですか?  海外出張中の労働者については、日本の労働法が適用されると考えて問題はないのでしょうか。一定の期間出向する場合や、海外の支店で勤務する場合はどうなるのでしょうか。  そのほか、海外赴任の際に留意すべき事項を教えてください。 A  短期的な出張の場合は、引き続き日本の労働法が適用されますが、出向や海外の支店で勤務する場合には、当事者間の合意により日本法を適用すると定めていないかぎりは、海外の法律が適用されることになります。  海外赴任中においても、安全配慮義務を尽くす必要があるほか、労災保険法に関する特別加入の申請などを検討しておく必要があります。 1 海外における労働関連法の適用について  企業のグローバル化やインターネットの発展などにより、過去と比較すると物理的な距離が参入障壁になるとはかぎらず、海外においても事業を展開する企業の割合は増加しています。  一方で、海外に勤務する労働者の管理や適用される法律の問題などについては、複雑になりがちであり、日本国内における労務管理とは異なる課題に直面することもあります。  そこで、今回は、海外赴任時に抱える国際的な労働関連法について、解説しておきたいと思います。 2 公法関係と私法関係について  国際的な法律の適用を考えるにあたって、公法関係と私法関係に分けて考えることが有用です。  まず、公法関係とは、典型的には、日本が定める刑罰や行政による規制などを定めた法律(または法律に定められた規定)があげられます。公法関係については、基本的には、日本国内においてのみ適用され、国外において労働する人までも規制の対象とすることはできないと考えられています。  一方で私法関係とは、賃金や就業場所、そのほかの労働条件を定める労働契約が典型例ですが、私人間(企業と労働者間)の合意により定められる権利義務関係を意味しています。理解のためにあえて単純化するとすれば、労働者が使用者に対して有している権利の内容を決めることが、私法関係であるとイメージを持ちやすくなるかもしれません。私法関係については、「法の適用に関する通則法」という法律が、国をまたぐ契約関係などにおいて、どこの国の法律にしたがうのかというルール(準拠法と呼ばれます)を定めています。  原則として、当事者の合意による準拠法が選択され、それが定められていない場合には、最も密接に関連する国の法律が適用されるというのが基本的なルールです。そして、労働関連法においては、労務を提供する場所を最も密接に関連する国と推定していますので、当事者による準拠法の選択がない場合には、労務提供地である海外の労働関連法が適用されることになります。なお、仮に、準拠法を選択して日本と定めていた場合であっても、労働者が適用するよう求めた現地の強行法規(例えば、日本でいう労働基準法や最低賃金法などの最低基準を定めた法律など)に反する合意は、無効とされてしまいます。  したがって、準拠法を日本と定めておく方が人事労務管理はしやすいとはいえますが、現地の法律(特に強行法規)の調査などが不要となるわけではありません。 3 出張中の労働者について  海外出張中の労務提供に関しては、形式的に見れば、現地における労務に従事しているともいえそうです。しかしながら、比較的短期間の出張のために、海外の労働関連法が適用されるのは不都合であり、現実にそぐわないでしょう。  したがって、短期的な国外における就労については、労務の提供を受けているのが日本国内の企業であることから、労務の提供地が日本であるものとして、国外の労働関連法は適用されないことが多いと整理されています。 4 出向中、海外支店勤務について  出向や海外支店において勤務することになった場合は、出張などの短期的な就労とは異なります。したがって、当事者間において準拠法の選択がされていないかぎり、赴任先の国の労働関連法にしたがうことになります。  日本国内で締結した労働契約の条件を維持している場合においても、現地の労働関連法令を順守できているとはかぎりません。また、仮に、準拠法の選択をしていたとしても、労働者が強行法規の適用を希望した場合には現地の労働関連法が適用されることになります。そのため、短期間ではない出向や海外赴任を行う場合には、現地法の調査が必要ということになります。  現地法が適用されることになれば、日本とは労働時間の上限や割増賃金の計算方法などが異なる可能性があるため、支給すべき賃金にも影響する可能性があります。 5 そのほかの留意事項について  海外赴任時において、労働条件と並んで問題となりやすいのが健康管理です。企業は、労働者に対する安全配慮義務を負っており、これを怠った場合には、労働者に対する損害賠償義務を負うことになります。安全配慮義務は、企業と労働者間の私法関係ですが、指揮命令により安全配慮を実施することができるかぎりにおいては、企業の責任を認めている裁判例も存在しています(東京地裁平成22年8月30日)。  健康管理を実施するにあたって、海外においては医療水準もさまざまであり、必ずしも日本と同等の医療的ケアを受けられるとはかぎりません。さらに、海外における診察を受けるには、コミュニケーションがうまくいかないことで、適切な治療が受けられないリスクもあるなど、国内における安全配慮義務の尽くし方とは異なる問題が生じることがあります。  厚生労働省検疫所が公表している「FORTH」(https://www.forth.go.jp/index.html)というウェブサイトにおいては、各国の留意すべき疾病などの情報がまとめられており有益です。また、外務省が公表している「世界の医療事情」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/medi/)においても、各国の医療水準や主要な医療機関などが掲載されており、こちらも赴任前に確認しておくべきでしょう。  そのほか、海外の事業場に属して労務提供する海外派遣者については、労働者災害補償保険法による支給を受けられないとされているため、特別加入を申請し、労災保険の支給対象となるように準備しておく必要がある場合もあります。 Q2 労働時間と休憩時間の区別についてくわしく知りたい  会社を退職した労働者から、未払い残業代を請求されました。内容をよく見てみると、会社としては、始業前の時間や仮眠用の休憩時間であって、労働時間として把握していない時間に関する未払い残業代のようです。  会社としては、始業前の時間や休憩時間については、労働することを求めていない時間であるため、労働時間になる余地はないと思うのですが、問題があるでしょうか。 A  使用者からの指揮命令がない場合でも、労働することが余儀なくされていた場合には、たとえ休憩時間として設定していたとしても労働時間に該当する場合があります。  休憩時間とする場合には、労働からの完全な解放が必要であるため、休憩時間中には小さな業務であったとしても対応をしないよう徹底しておく必要があります。 1 労働時間と休憩時間とは  近年、労働関連法に対する意識の高まりもあり、未払い残業代が請求されることも増えてきています。  会社としては、労働時間として把握している範囲については残業代を支払っているところ、出社してから労働時間の開始までの時間や、休憩時間としている時間などについて、残業代請求を求められるケースです。  会社が休憩時間としてあつかっているという場合でも、さまざまな類型があり、例えば、長距離トラック運転手の荷下ろしの待機時間、警備員や長距離バス運転手の仮眠時間などさまざまなケースがあります。  労働時間の定義については、最高裁の判例で基準は確立されていますが、個々の会社ごとにどう考えていくのかについては、むずかしいところがあります。  最高裁の判例が示している基準は、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」をいい、「客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」とされています。そして、「使用者から義務付けられ」または「これを余儀なくされたとき」は、「使用者の指揮命令下に置かれたもの」で、労働時間に該当するとされています(最判平成12年3月9日)。この裁判例に加えて、最高裁は、不活動仮眠時間に関して「労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる」と判断しています(最判平成14年2月28日)。  これらの判例からいえることは、労働契約や就業規則で労働時間を固定化することはできず、実態に即して客観的に判断されるということと、労働からの解放が保障されていなければ、労働時間としてあつかわれることがあるということになります。 2 始業前または終業後の業務  今回の質問で問題となりやすい点は、就業規則などで定められた労働時間における始業前の時間が労働時間であるかというものです。  例えば、朝礼や朝の掃除、制服への着替えなど、始業時間前に準備する場合や終業後の残務処理があります。これらの行為についても、使用者の指揮命令に基づくものであれば労働時間となりますが、指揮命令がなく自主的に行っていた場合や業務との関連性が希薄である使用者の指揮命令があったとはいえないような場合には、労働時間ではないとされます。  労働時間性を否定した裁判例を概観すると、駅員が行う労働時間開始前の口頭で行われる引継ぎに関して頻繁に行われることがない簡潔なものであることから、口頭引継の時間については労働時間性が否定されています(東京地判平成14年2月28日)。そのほか、実習に関する日報であり業務と直接関連するものではないこと、日報が必ず当日中に提出しなければならない決まりがなかったこと、労働時間中に日報作成のための時間が確保されていたことなどから、日報作成のために残業することが義務付けられていたとはいえないとして、労働時間性が否定されています(東京高判平成25年11月21日)。  一方で、上記の駅員の事案においては、始業時間開始前に行われる点呼については、交代時の業務の一環として行われていたこと、マニュアルを作成、配布して点呼方法を周知し、点呼を行うことを教育指導していること、点呼を行わなかったことが不昇格の理由とされたことがあることなどから、点呼の時間は労働時間性が認められています(東京地判平成14年2月28日)。  これらの事例においては、業務との関連性や明示的な指示、マニュアルの存否に加えて、不利益取扱いの有無などをふまえて、判断されています。 3 仮眠時間・不活動時間について  使用者が、労働者に対して、仮眠時間や積極的に業務に取り組む必要がない時間とされている休憩時間について紛争になることがあります。  使用者の立場からすれば、仮眠しても構わないとしているくらいなので、労働時間ではないと判断していることが多いですが、裁判例では必ずしも仮眠時間の労働時間性は否定されていません。  前掲の最高裁判決の事案(最判平成14年2月28日)は、夜間の警備業務において、1名体制であるうえ、警報や電話などにただちに対応することが義務づけられていたことなどから、労働時間性が肯定されています。結果として、仮眠時間としていた時間すべてが労働時間とされたため、一日あたり7時間から9時間の時間外労働(一部は深夜労働でもあります)が増加する結果となりました。  この判例以降も同種の事案は生じていますが、例えば、4名体制の2名ずつ交代制で勤務する形をとり、仮眠室が用意されており、実際に仮眠時間に活動せざるを得ない状況もほぼ皆無であった事案においては、労働時間性が否定されています(東京高判平成17年7月20日)。そのほか、深夜の夜行バスの運転手の事案ですが、2名体制で、休憩中の運転手が仮眠することができるほか、飲食も許されており、制服の上着を脱ぐことも許されていたことなどをふまえて、労働時間性を否定した事案もあります(東京高判平成30年8月29日)。  仮眠時間などを労働時間から除外するためには、複数名体制とすることが最も有効であり、そのうえで、仮眠時間中の即時対応義務を明示的に否定しておくことが重要であることが、裁判例から見て取ることができます。 第27回 健康情報の取扱い、特別休暇の付与 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 コロナウイルスなどの感染症に対する健康情報の取扱いについて知りたい  新型コロナウイルス感染症の蔓延を受けて、同様の感染症が生じた際に、感染の疑いが生じたり、感染者が出た際の対応をあらかじめ検討しておきたいと考えています。  他社でコロナウイルス感染者が生じた場合に、ホームページなどに発症者が出た旨を公表したり、ビルの管理事務所から情報提供を受けたりしたことがありますが、自社に生じた場合にはどのように対応すべきでしょうか。 A  感染症の疑いや発症については、要配慮個人情報(またはこれに準じる健康情報)として、慎重に取り扱う必要があります。  必ずしも本人の同意がなければ、社内共有や第三者への情報提供ができないわけではありませんが、できるかぎり同意を取得するよう留意すべきです。 1 個人情報保護法について  個人情報保護法は、個人情報の定義として、生存する個人に関する情報であって、@特定の個人を識別できるもの、または、A個人識別符号が含まれるものとしています(同法第2条1項)。  さらに、特に配慮が必要な「要配慮個人情報」の一種として、本人の病歴があげられています(同条3項)。また、個人情報保護法施行令においては、病歴のみではなく、健康診断の結果や当該結果に基づく医師などによる指導、診療もしくは調剤が行われたことなどにも広げられています(同法施行令第2条2号、3号)。  要配慮個人情報については、原則として、本人の同意なく、取得することができないものとされています(同法第17条2項)。通常の個人情報においては、利用目的を通知または公表しておく必要があるとされていることに加えて、特定の個人からの同意が必要とされている点で、特徴的です。  また、取得の場面のみならず、個人情報の第三者提供を行う場面においては、要配慮個人情報ではない個人情報であっても、本人の同意なく、第三者へ提供をすることができないとされています(同法第23条)。  したがって、原則に従う場合には、新型コロナウイルスに感染したという情報を特定の個人と結びつけた場合、取得することや第三者提供を行う際には、同意が必要ということになります。 2 個人情報の取扱いにおける例外について  要配慮個人情報の取得や個人情報の第三者提供において、同意が得られない場合であっても、取得または第三者提供ができる例外が定められています(同法第23条1項)。  主な例外事由は、@人の生命、身体または財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき、A公衆衛生の向上のために特に必要な場合で本人の同意を得ることが困難であるとき、があります。  したがって、これらの場合には、例外的に、本人の同意が獲得できない場合であっても、取得または第三者提供が可能となります。 3 感染症の発症者またはその疑いについて  感染症の発症が確定している場合には、明確に病歴に該当し、要配慮個人情報となります。  また、感染疑いの場合には、病歴そのものではありませんが、厚生労働省が公表する「雇用管理分野における個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項」(以下、「健康情報指針」)においては、「健康情報」として、「健康診断の結果、病歴、その他健康に関するもの」と定めており、確定的な病歴診断にかぎらず、広く健康に関するものを含む定義としています。感染症の疑いが本人に対して不当な差別や偏見を生じさせるおそれがあることをふまえると、プライバシー性の高い「健康情報」として、要配慮個人情報と同程度に扱うことが適当と考えられます。  要配慮個人情報であっても取得においては、感染力の強さをふまえて判断する必要がありますが、新型コロナウイルスのように感染力が強い場合には、「@人の生命・身体の保護のために必要」といえるでしょう。また、健康情報指針においては、感染したり、蔓延したりする可能性が低い感染症に関する情報は、特別な必要がある場合を除き、取得すべきではないとされていますが、反対解釈をすれば、感染力が強い場合には、取得が許容されることがあると解釈することができます。  感染症の発症またはその疑いに関する情報を取得する際には、原則として同意を得ることが必要ですが、感染力の強さなどからすると、同意を得ることが困難である場合には、個人情報保護法の例外事由に該当するものとして、取得することが可能と考えられます。  ただし、これらの例外事由に該当するためには、「本人の同意を得ることが困難」であることが前提であるため、まずは、本人の同意を得る努力を尽くすべきであり、隔離措置などにより本人との連絡が取れない状況にあることを記録に残しておくことは必要でしょう。 4 社内公表について  社内公表に関しては、個人情報保護委員会が「新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止を目的とした個人データの取扱いについて」と題する文書を公表しています。  社員に感染者や濃厚接触者が出た場合に社内公表することの可否について、第三者提供に該当しないため、本人の同意が不要であるとしています。この背景には、会社が従業員に対して適法に取得した個人情報を提供すること自体は、会社による自己利用にすぎず、第三者提供には含まれないという解釈があります。  しかしながら、社内への公表が個人情報保護法の規制対象外であるとしても、感染者またはその疑いなどの情報に対するプライバシー性も加味して、公表内容については慎重に吟味する必要があります。個人情報保護法を遵守したからといって、プライバシー侵害(不法行為)に該当しないとはかぎらないからです。したがって、この場合においても、本人の同意を取得することを目ざして、説明を尽くすべきです。  公表時の情報公開の範囲について、基本的には、当該個人が特定できる形での公表は避けるべきでしょう。特定可能な範囲で伝達することが許容されるのは、感染防止に関する業務を担当している責任者(人事総務部門など)や濃厚接触者となっており、検査の必要が生じる一部の従業員に限定すべきでしょう。 5 第三者提供について  ホームページでの公表やビル管理者への情報提供(第三者提供)に関しても、要配慮個人情報または健康情報を取得する場合と同様に、本人の同意を得ることが困難な場合には、@人の生命・身体の保護、または、A公衆衛生の向上のためのいずれかに該当すると考えられるため、第三者提供することも可能と考えられます。  取得の場合と同様、同意を得ることが困難であることを記録しておくほか、提供する際の情報提供の範囲については、社内公表時以上に、詳細な情報は不要な場合が多いと考えられるため、感染症拡大防止に必要な範囲を吟味して提供範囲を検討し、必要最低限の範囲にするべきでしょう。 Q2 年次有給休暇以外に、有給の特別休暇を付与する際の留意事項について知りたい  就業規則に定めがないのですが、感染症蔓延を回避するために、有給の特別休暇を付与し、法定の有給休暇が減少しないように配慮しようと考えています。  就業規則に定めることなく、このような対応をすることは適法でしょうか。付与した休暇は無効になるのでしょうか。 A  休暇については、就業規則の絶対的必要記載事項であるため、定めておかなければ罰則の適用を受けるおそれもあり、適法とはいえません。  ただし、労働者にとって有利な権利の付与であれば、当該休暇を無効と扱う必要はないと考えられます。 1 特別休暇とは  労働条件については、労働条件通知書、労働契約書のほか就業規則などによって、定められることになります。  いわゆる休暇とは、労働義務がある日について、当該労働義務を免除することを意味しており、連続して一定期間におよぶものは休業と呼ばれたりしています。ちなみに、休日とは、労働義務がない日を意味します。  労働基準法に定められた休暇として代表的なものに年次有給休暇がありますが、そのほか産前産後休暇、育児・介護休業、子の看護休暇など各種労働関連法によるさまざまな法定休暇(休業)制度があります。  一方、法律上の最低限の休暇しか付与してはいけないわけではないため、会社は、労働契約に定めるか、就業規則に定める方法で、法定外の休暇を定めることが可能です。会社によっては、慶弔休暇、罹災休暇、リフレッシュ休暇、病気休暇やバースデー休暇、アニバーサリー休暇などを用意している企業もあります。 2 就業規則の必要的記載事項  労働基準法第89条1号には、休暇に関する事項は、就業規則に定めなければならないと規定されています。少なくとも年次有給休暇は法律上付与しなければならない以上、この規定は絶対的必要記載事項と考えられています。  同条の規定を遵守するためには、法律上必要な休暇さえ定めればよいというわけではなく、会社が任意の休暇制度を定める場合にも、必ず就業規則に定めることが必要となります。  違反した場合には、是正指導を求められることが通常ですが、労働基準法第120条には、同法第89条違反に対して30万円以下の罰金に処すると定められており、就業規則に定めのない状況で特別休暇を定めた場合には、適法であるとはいえません。  したがって、法定外の特別休暇を定めるためには、就業規則の変更の手続きをとる必要があり、労働者の過半数代表者からの意見聴取、従業員に対する説明会を行うなどの方法による就業規則の変更内容を周知すること、労働基準監督署への届出という一連の手続きが必要となります。  なお、法定外の特別休暇の付与が、労働者の賃金の減額をともなわないなど、特段不利益を与える内容ではないような、有給の特別休暇の付与であれば、就業規則の「不利益」変更とはいえないため、変更の合理性までは求められないと考えられます。 3 コロナ禍(か)における未規定の特別休暇の効力  新型コロナウイルス感染症の影響下における見解ですが、厚生労働省は、小学校休業等対応助成金に関する見解として、特別休暇の付与に関して、就業規則や社内規定の整備を行うことが望ましいが、就業規則などに規定されていない場合であっても、要件に該当する有給の休暇を付与した場合であれば、対象となる旨を示しています。  当然ながら、就業規則などの整備を行うことが望ましいとはされているものの、厚生労働省の見解の背景には、実際に付与された特別休暇の効力自体を否定しないという趣旨を含むものと考えられます。したがって、就業規則に定められていない有給の特別休暇であっても、使用者が労働者に対して付与した場合には、法的には有効なものと扱うことは可能と考えられます。  ただし、厚生労働省の見解においても、休暇制度を設けた場合には、遅滞なく就業規則を変更し、所轄の労働基準監督署に届け出ていただく必要がある、とされています。積極的に罰則を適用する意思があるとは思われないものの、あくまでも暫定的な措置であることを前提に、就業規則などの変更手続きは事後的にでも速やかに実施しておくことが望ましいと考えられます。 4 平常時の取扱いについて  厚生労働省の見解は新型コロナウイルスの影響を考慮した緊急時の対応として示されたものと評価すべきであり、新型コロナウイルス感染症の影響下にないなど緊急時ではない状況下においては、罰則の可能性を拭い去れません。  そのような状況下、使用者が労働者への配慮を尽くすことを希望する場合には、労働義務の免除である休暇の付与以外の方法で対応することも検討する必要があります。  新型コロナウイルス感染症に関しては、特別休暇の付与に対して、助成金の付与が用意されたため、特別休暇によって対応することに意味がありました。ただし、このような特別な助成金のことを考慮外とするのであれば、使用者が、労働者に対して、労務の提供を拒絶する(要するに自宅待機を命じる)場合には、使用者の責に帰すべき事由があるものとして、少なくとも6割の休業手当の支払いが必要となりますが、あくまでも6割は最低基準として定められた内容といえますので、この際に10割の賃金を支給することも違法ではありません。  したがって、罰則の適用を避けながら、満額の支給を確保する方法としては、自宅待機命令による方法も考えられます。 第28回 休職から復職時の留意事項、社内貸付制度 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 休職していた従業員の復職時の留意事項について知りたい  メンタルヘルス不調を起因に休職している従業員が、復職を希望しています。復職を判断するにあたって、どういった手続きが必要でしょうか。また、復職させるにあたって、どのように対応していく必要があるのでしょうか。 A  復職判断にあたっては、労働者から復職可能である旨の情報提供として診断書などの提出を求めておきましょう。  診断書をふまえて、元の職務に復職させることができるか、困難である場合はほかの業務を用意できるかなどの復職判断を下す必要があります。  復職前に「試し出勤」を実施したり、復職後には短時間勤務から慣らしたりしていくことで、復職に向けた配慮が求められます。 1 メンタルヘルス不調に起因する休職について  近年、休職制度の利用にあたっては、メンタルヘルス不調に起因するものが増えてきています。  メンタルヘルス不調に起因する休職の特徴としては、休職開始時の就労不能の判断が困難であること、休職期間が長期化しやすい傾向にあること、復職時の判断が休職開始の判断と同様に困難であることなどがあげられます。  また、復職の際に、どのような配慮をもって復職させるべきであるのかということも課題となります。  休職制度は、法律上の根拠に基づくものではなく、就業規則または労働契約に基づき制度化されるものであるため、自社の就業規則などに基づき解釈することが必要ですが、過去の裁判例などをふまえて、留意事項を整理しておきたいと思います。 2 休職時の判断について  休職判断にあたっては、就業規則などに定めた休職事由に該当する必要があります。おおむね、連続欠勤が1カ月ないし6カ月程度継続する場合には、休職を命じることができるとされていることが多いと思われます。  一方、メンタルヘルス不調による欠勤は、連続欠勤とはならず、断続的な出勤不良(欠勤のみではなく、遅刻、早退が増加する)が継続することが多いと思われます。そのため、就業規則などには、連続欠勤だけを休職事由とするのではなく、断続的な欠勤も休職事由としておくことが重要です。  断続的な欠勤を休職事由に定めていない場合には、「通常の業務に堪たえないとき」などの抽象的な要件に該当するか否かを判断する必要が生じることが多いのですが、この場合には、専門家である医師の診断書の提出を求めて、当該診断書に記載された療養期間などをふまえて、休職期間を設定することが必要となります。 3 復職時の判断について  復職時の判断については、就業規則などには、傷病が「治癒」されたときや、「従前の業務を通常に行える程度に回復すること」が求められていることが一般的です。  復職の判断にあたっては、これらの言葉をいかに解釈するかが、裁判例では争点となっていますが、この際に使用者にどの程度の配慮が求められているのでしょうか。  メンタルヘルス不調とは異なる事例ですが、慢性腎不全を原因とする休職からの復帰が問題となった事案において、運転手に職種を特定されて採用されていたものの、ほかに現実に配置可能な部署ないし担当できる業務が存在し、会社の経営上もその業務を担当させることにそれほど問題がないときは、通常程度に業務ができないとはいえないものと判断しており、従前の職務と同じ業務ができない場合には、配置転換や軽易業務への従事などの配慮が求められています(大阪高裁平成14年6月19日判決)。  一方、職種などの限定がない労働者の復職判断にあたって、妄想性障害という傷病の特性を考慮したうえで、配置転換、在宅勤務などによっても就労させることが困難であったことをふまえて、配置転換などの実施がなかった場合においても、休職期間満了に基づく退職を有効と判断しています(東京高裁平成28年2月25日判決)。  したがって、復職時の判断にあたっては、原則として、元の職務のみではなく、配置転換、軽易作業への転換などを検討したうえで、復職の可否を判断する必要があり、例外的に、傷病の程度などから、配置転換などの実施に支障があり実施が困難である場合には、休職期間満了による退職が有効となると整理することができます。  なお、復職にあたっては、労働者の治療や回復に関する情報は、労働者の個人情報でありその支配下にあることから、労働者が復職可能であることを使用者に示す必要があると考えられています(前記東京高裁平成28年2月25日判決)。しかしながら、労働者に対して、休職期間の満了時に退職扱いとなることや必要な診断書の提出をうながすことなどは、労働者との紛争回避の観点からは重要と考えられますので、診断書等の提出がない状態を放置することなく、働きかけは行っておくべきでしょう。 4 復職後の配慮について  復職後の職場復帰に関する基本的な考え方や具体的な方策については、厚生労働省から、「改訂 心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」が公表されており、参考になります。  正式な職場復帰前に行う、「試し出勤」制度についても触れられており、@模擬出勤(生活リズムを勤務時間と合わせるため、自宅で過ごす)、A通勤訓練(自宅から職場付近まで移動したうえで、一定時間過ごして帰宅する)、B試し出勤(職場に試験的に出勤してみる)の三つに分類しています。Bが最も復帰に近づけた状況といえるでしょう。  これらの「試し出勤」制度は、原則として、労務提供を受けるものではなく、賃金を発生させるものではありません。とはいえ、労働時間として判断されるか否かは、使用者の指揮命令下にあるか否かによって判断されるため、使用者としては、「試し出勤」の実施中に、賃金を発生させないためには、指揮命令に基づく労務の提供を受けることがないようにしておく必要があります。裁判例のなかでも、たとえ無給である旨の合意があり、試し出勤中の軽作業であっても、使用者の指揮に基づき作業成果を享受している場合には、最低賃金相当額の賃金が発生すると判断されています(名古屋高裁平成30年6月26日判決)。  そのほか、「試し出勤」の間は、労務に従事しているわけではないことから、通勤災害および業務災害の適用がないことなどはあらかじめ労使間で共有しておくことが適切でしょう。  正式な復職後においては、配慮が不要となるわけではなく、就業上の配慮が必要になると考えられています。これは、使用者が負っている安全配慮義務を構成するものと考える必要があります。  例としては、短時間勤務、軽作業や定型業務への従事、残業・深夜業務の禁止、出張制限、交代勤務制限、危険作業などの制限、フレックスタイム制の制限または適用、転勤についての配慮などがあげられています。  これらのなかでいつでも使える配慮は、短時間勤務でしょう。メンタルヘルス不調からの復帰の際には、リズムを取り戻すことと、仕事をすることに徐々に慣れていくことが必要です。ただし、あまりにも短時間にしすぎると、受領できる賃金が低くなりすぎるため、短ければよいともかぎりません。  例えば、初週は4時間、次週は6時間、その後8時間勤務に戻すことを計画し、その間の様子を見ながら計画通りに進めていけるか見守るほか、1カ月経過時点において産業医の面談を設定したうえで、復帰後の労働者の状況を把握しながら、復職後の配慮を尽くしていくことが適切でしょう。 Q2 従業員の生活維持のため、従業員への貸付を行うことはできるのか  コロナ禍の影響もあり、賞与の支給を停止することを考えています。しかしながら、住宅ローンの返済など特別の事情がある従業員に対しては、賞与相当額の貸付を行うことを検討しています。  会社から、従業員に対して貸付を行うことは許されるのでしょうか。返済を受ける方法は賃金からの控除を実施しても問題ないでしょうか。 A  労働基準法が規制する違約金および賠償予定の禁止、前借金相殺の禁止に該当しないように制度設計をする必要があります。  貸付金の返済について、不履行に対する制裁を与えるなど身体拘束や足止めにならないようにする必要があるほか、賃金からの控除については、労使協定の締結と労働者の自由な意思による同意が必要となります。 1 社内貸付制度と労働基準法の規制の関係  コロナ禍の影響もあって、賞与の支給停止または支給額を抑制する企業もありますが、一方で労働者の生計を維持する必要もあることから、対応に苦慮された企業も多いようです。  企業のなかには、賞与支給に代えて、社内貸付制度を新たに設けることで、生活の維持に寄与することを目ざした企業もあります。  労働者の生計維持のために、企業からの貸付を行うという目的自体は、労働者の利益のための配慮であることから、禁止すべきものとまでは思われませんが、労働基準法の規制を無視することもできません。 2 社内貸付制度と違約金・賠償予定の禁止  まず、労働基準法第16条は、損害賠償の予定を禁止して、労働者の保護を図っています。典型例としては、欠勤や遅刻ごとに一定額の金額を支払わせることなどですが、その趣旨は、金銭賠償を負担させることで身体拘束を図ることなどを防止することにあります。  一見すると、貸付とは無関係の規定にも見えますが、例えば、一度支給した賃金を、契約違反などがあったときに返還を求める約束も規制対象に含まれると考えられており、貸付も実質的にこれと同様の意味を持つ場合には、規制対象に入る可能性があります。  貸付金であるか、違約金の設定であるかについては、制度の実態に即して判断されることになり、業務との関連性が強く労働者の利益が小さい場合などは、本来使用者が負担すべき費用として違約金の設定と判断されやすく、業務との関連性が薄く労働者の利益が大きい場合には、貸付金として許容されやすい傾向にあります。  そのため、社内貸付制度を設計するにあたっては、まずは、労働者の利益としての位置づけを守るために、労働者の自主的な判断で貸付が申込み可能であることや使途について限定することなく労働者が受ける利益の程度を大きくしておき、業務との関連性を薄くしておくことが重要といえます。 3 社内貸付制度と前借金相殺の禁止  労働基準法は、賠償予定の禁止のみではなく、前借金と賃金を相殺することも禁止しています(同法第17条)。この条文では、前借金つまり会社からの貸付そのものを禁止するのではなく、賃金との相殺が禁止されています。その趣旨は、前借金を発生させたうえで、賃金を相殺して、手取額を低額にすることで、身体拘束や不当な足止めが生じることを防止することに主眼があります。  また、労働基準法第24条は、賃金の全額払いの原則を定めており、この規定の趣旨には、相殺禁止も含まれていると考えられています。その趣旨については、労働者の生活経済を脅かすことのないようにその保護を図るものと解釈されています。  相殺禁止に関して、判例は、「労働者がその自由な意思に基づき右相殺に同意した場合においては、右同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、右同意を得てした相殺は右規定に違反するものとはいえない」と判断しており、労働者の同意があれば、相殺が可能と判断しています(最高裁平成2年11月26日判決)。ただし、当該労働者の同意について、「労働者の自由な意思に基づくものであるとの認定判断は、厳格かつ慎重に行われなければならないことはいうまでもないところ」とも注記しており、使用者からの押しつけがあってはいけません。  また、労働基準法第24条は、賃金からの控除の前提として、労働者の過半数代表者との労使協定の締結を求めています。  したがって、賃金から貸付金を控除して、返済に充てる場合には、規制の趣旨にしたがって、控除額が労働者の生計を脅かすほどのものとはならない範囲にとどめたうえで、賃金からの控除に関する労使協定の締結を行い、該当する労働者との間で自由な意思による同意を得て行う必要があります。 4 留意事項のまとめ  これらの労働基準法に基づく規制をふまえると、制度設計にあたっては、@労働者からの申込みを受けて行うものとすること、A使途については制限することなく生活資金として貸付を行うこと、B契約違反などに基づく一括返済の規定はできるかぎり設けず、設ける場合であっても退職を心理的に制限するような条件としないこと、C賃金からの控除を行う場合には、控除額は生活を脅かさない程度に抑制し、労使協定の締結と本人の同意を整えること、などに配慮しておくことが必要となるでしょう。 第29回 公益通報者保護法の改正、テレワーク導入時の留意点 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲 Q1 公益通報者保護法の改正について知りたい  公益通報者保護法が改正されたようですが、改正された点はどんなところでしょうか。何か準備しておかなければならないことはありますか。 A  公益通報者として保護される対象について、労働者、派遣労働者や一定の範囲の業務受託者に加えて、役員や退職者の一部などが加わります。  また、300人を超える企業については、公益通報窓口の設置などの体制整備が義務化されたため、公益通報窓口の設置などを準備しておく必要があります。なお、300人以下の企業においても、努力義務とされています。 1 公益通報者保護法について  改正公益通報者保護法が、2020(令和2)年6月12日に公布されました。施行時期は、そこから2年を超えない範囲で、政令で定める日とされていますので、公布から2年以内には、改正法が施行される予定です。  公益通報者保護法は、企業の内部にいる者が企業の不祥事や不正などを把握した場合などに、当該不正などの是正を進めていくためにそのための窓口へ通報しやすくすることで、通報者の保護を図り、各種法令の遵守をうながすことが目的とされています。  とはいえ、あらゆる通報を保護してしまうと、法令などの遵守とは離れた形で苦情や不満の受け皿となってしまい、企業としても適切に取り扱うべき通報以外の対応に追われることになってしまいます。  そのため、公益通報の対象となる通報対象事実は、法律や政令で特定されています。また、通報者は、労働者や派遣労働者、請負契約などに基づき役務提供している事業者が掲げられていたほか、今回の改正で役員や退職して1年以内の労働者も通報者に加えられています。  通報先は、自社(いわゆる内部通報窓口)以外に、あらかじめ定めた者(いわゆる外部通報窓口)のほか、一定の事由がある場合には、規制権限を有する行政機関や被害拡大防止に必要と認められるもの(報道機関など)があげられています。今回の改正においては、行政機関や報道機関などへの通報に必要な事由が緩和されました。  通報者の保護については、通報者に対する解雇や契約解除の無効、不利益取扱い(降格、減給、退職金の不支給など)が禁止されています。新たに改正で通報者に加えられた役員については、解任された場合の損害賠償請求権を確保するという方法で保護を図っています。  通報者保護の実効性を図る観点から、行政機関からの勧告や命令に加えて、違反者に対する公表措置が明文化されたほか、通報者の特定に関する守秘義務を強化して罰則による規制も加えられました。 2 通報対象事実について  ありとあらゆる通報について、公益通報として扱う必要があるわけではありません。公益通報の通報対象事実は特定されています(法第2条第3項)。  主な通報対象事実は、個人の生命、身体の保護、消費者の利益の擁護、環境の保全、公正な競争の確保にかかわる規制として、罰則が定められた法令を根拠としています。  刑法(傷害罪や横領罪など)は当然ながら、金融商品取引法(インサイダー取引など)、個人情報保護法(個人情報の漏えいなど)が定められているほか、労働基準法や各業法による規制なども幅広く定められています。  自社が行政から規制される根拠法がある場合には広く含まれると考えておく必要がありますが、犯罪行為であり罰則が定められているものに特定されている点には、留意する必要があります。 3 通報先の選択について  通報対象事実に関する通報先については、大きく分けると以下の3種です。 @自社(内部通報窓口)または自社が指定したもの(外部通報窓口) A規制権限を有する行政機関 B拡大防止に必要と認められるもの(報道機関など)  通報先については、@〜B記載の通りとなりますが、今回の改正で、A、Bに対する通報の要件が緩和されました。  まず、Aについては、通報者の氏名、住所、通報対象事実の内容とその発生した、またはまさに生じようとしていると思料する理由、適切な措置が取られるべきと思料する理由を明記した書面または電磁的方法※により明記して提出することで、保護されることになりました。  次に、Bについても、公益通報者を特定させるものであることを知りながら、正当な理由がなく、役務提供先が情報を漏らすと信ずるに足りる相当な理由がある場合に、報道機関などへ通報できることとなりました。公益通報者は、匿名であっても保護されなければならず、また、公益通報者が特定されないように配慮することが必要とされますが、それが守られないという懸念を抱いている場合には、完全な第三者である報道機関などへの通報が可能となっています。 4 内部通報者を特定させる情報に対する守秘義務  これまでは、法律上の義務としてではなく、プライバシーおよび不利益取扱いの防止の観点から、「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」において、通報者の特定に資する情報の管理に対する配慮が求められていましたが、法律上の義務とまではされていませんでした。  今回の改正では、この点が、法律上の義務として位置づけられ(法第12条)、さらに違反者に対しては罰則まで定められています(法第21条)。この点は、前述の特定が維持されない場合の報道機関などに対する公益通報の要件とも共通しますが、通報者の匿名性の維持、特定させないことなどが、通報者による制度利用の障害排除につながることが意識されているものと考えられます。 5 必要な体制の整備について  改正公益通報者保護法においては、常時使用する労働者が300人を超える事業主においては、以下の2点を遵守することが法律上の義務となりました。 @公益通報に対応する業務に従事する者を定めること。 A公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を取ること。  常時使用する労働者が300人以下の事業主においては、これらの事項について努力義務にとどめられていますが、従事者の指定および窓口の設置を行っていないとしても、内部通報があった場合には公益通報として取扱い、適切に対応する必要があることには相違ありません。また、報道機関などに対する公益通報の要件が緩和されたこととの関係でいえば、体制の整備がなされていないことは、匿名性の確保に関して、通報者の特定に資する情報が守られないと考える理由の一つにはなりえるとも考えられます。  そのため、今回の公益通報者保護法の改正が、300人以下の事業主にとって無関係なわけではありません。自社内にて公益通報に対応できる準備は整えておくか、外部の窓口を指定しておくことが望ましいでしょう。 ※ 電磁的方法……パソコンなどの電子計算機で処理可能なデジタルデータのこと Q2 テレワーク導入時の留意点について教えてほしい  テレワークを導入しようと考えていますが、どこから手をつけたらよいのかわかりません。どういった手順で進めていけばよいのでしょうか。 A  テレワーク導入にあたっては、就業規則の整備が基本ですが、そのほか一斉休憩除外のための労使協定も必要になることが多いでしょう。  就業規則に、就業場所の変更、就業時間の変更がある場合を含め、テレワークにかかる費用負担に関する点などを定めて準備を進めましょう。 1 テレワークと就業場所の指定について  テレワークの実施にあたっては、テレワークに関する規程が定められるなど、テレワーク導入時の業務内容について、労使間のルールを定めた状態で開始することが通常です。  例えば、厚生労働省が公表している『テレワークで始める働き方改革 テレワークの導入・運用ガイドブック』(以下、「ガイドブック」)には、テレワークを導入する場合には、就業規則にテレワーク勤務に関して規定しておくことが必要であると記載されています。  テレワーク実施にあたって、就業規則に定めておくべき事項として、ガイドブックでは、テレワークを命じることに関する規定、テレワーク用の労働時間を設ける場合の規定、通信費などの負担に関する規定を定める必要があるとされています。  これらについては、テレワークの実施は就業場所の変更を意味するため、これを命じるためには、例えば「就業場所を事務所のみとする」といった、就業場所の限定がないこと(ある場合には合意で解除または変更すること)、変更を命じる根拠となる規定を定めておく必要があります。  また、労働基準法第89条においては、就業規則の絶対的または相対的必要記載事項が定められており、始業および終業の時刻や休憩時間、作業用品などの負担に関する事項などがこれらに該当します。そのため、これらのルールを定める場合には、テレワークに関する規程を定め就業規則として周知・届出が必要となります。 2 テレワークと情報管理について  テレワークは、就業場所の変更をともなう一方で、ルールを定めておかないと制約なく業務ができる体制になってしまうことも意味しており、企業にとっては情報がさまざまな場所で管理され、拡散されるおそれが出てきます。  ガイドブックにおいても、情報管理のためのICT環境の構築などが案内されており、企業にとっての情報管理の重要性は意識されています。こちらでは、技術的な側面からのセキュリティに対する助言が記載されています。  技術的な側面も重要ですが、人為的な側面として、就業場所の限定をいかなる基準で設定していくかという点も重要です。例えば、自宅以外の場所として、近隣のカフェなどで勤務する場合には、Web会議における内容が周囲に漏えいするおそれがあり、企業の情報管理に関する課題が現れてきます。こういった側面は技術的な情報管理の側面で解決できるものではなく、就業場所をいかに限定するかという点と関連してきます。  典型的には、在宅勤務(自宅のみでテレワークを許可する)、サテライトオフィス勤務(企業が用意した施設での勤務を許可する)、モバイルワーク(いかなる場所でもテレワークを許可する)といった3種に分類されています。情報管理の側面からすると、在宅またはサテライトオフィス勤務の方が情報管理は容易といえるでしょう。モバイルワークで行う場合には、外部で利用できるソフトウェアの制限や必要以上の情報に接することができないようにアクセス制限を行うなど、技術的な管理も併用しながらも、漏えいや紛失などを防止するためのルールづくりも重要となってきます。 3 労働時間(労務提供)の管理について  在宅勤務を始めたけれども十分な労務提供を行わないおそれがある(心配である)など、これまでのように会社に集まって仕事をしているときとは異なる懸念があります。  労働時間の把握は正確に行う必要がありますので、その方法も準備する必要があります。通常の勤務と比較すると、中抜けが生じやすくなり、業務効率が下がって残業が増える(逆に、効率が上がって残業が減少する場合もあります)など、実際に実施してみるとさまざまな変化も見えてくるかと思います。労働基準法に基づき休憩時間についても一斉付与が原則ですが、集合しているわけではないため一斉休憩は現実的ではなく、労使協定を締結して適用を除外しておく方が適切でしょう。  また、テレワーク中の労務提供が十分に行われるか否かという点は、これまでの労働環境からの大きな変化であることから、労使間の信頼関係のみでは解決できない側面もあり、如何なる方法であれば、相互に納得できる制度として構築できるのかという点は重要な観点です。  常時監視するためのシステムを導入することがよいのか、業務効率が上がるようなシステムを導入したり、時間以外に業務の成果を見える化することで相互の不満が生じないような就業状況をつくるなど、自社に合った方法を導入することが重要でしょう。  労働時間の管理については、過重労働が生じないようにすることが目的であると割り切って、労務提供の成果などについては、日々の業務について日報を提出させて、翌日に行う業務の整理も前日(またはそれよりも前)に行っておくように習慣づけることで、業務の効率化と成果の把握を実現できるようにしていく方法も一案です。  長期的にテレワークを実施する場合には、人事考課の際に定性的な評価がむずかしくなるおそれもあるため、そういった評価に必要な情報を集めるためにも、離れているからこそWebでの会議などを通じて、コミュニケーションが欠落しないように配慮するよう意識することも重要でしょう。 第30回 歩合給と時間外割増賃金、副業・兼業の留意点 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲 Q1 歩合給と時間外割増賃金の関係について知りたい  成果主義賃金の一環として、成果に応じた歩合給を導入する予定です。歩合給を支給した場合の、時間外割増賃金の計算方法を教えてください。 A  通常の労働時間に対応する時間外割増賃金は、1・25倍の支給が必要となりますが、歩合給については、0・25倍の時間外割増賃金を付加する計算方法で足ります。ただし、歩合給の割増賃金計算に関する裁判例にも留意する必要があります。 1 時間外割増賃金と歩合給について  時間外労働に対する割増賃金の計算方法については、労働基準法第37条に「使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない」と定められています。  労働基準法施行規則には、さらに詳細が定められています。同規則第19条1項4号は、一般的な基本給などで多い「月によつて定められた賃金」についてあげると、「その金額を月における所定労働時間数(月によつて所定労働時間数が異る場合には、一年間における一月平均所定労働時間数)で除した金額」を通常の労働時間の賃金として、これに「延長した労働時間数を乗じた金額」を支給しなければならないとしています。  計算式でいえば、「通常の労働時間の賃金」×「時間外労働時間数」×1・25となることが一般的です。  一方で、歩合給に関連する規定は、同規則第19条1項6号であり、「通常の労働時間の賃金」について、「出来高払制その他の請負制によつて定められた賃金については、その賃金算定期間(賃金締切日がある場合には、賃金締切期間、以下同じ)において出来高払制その他の請負制によつて計算された賃金の総額を当該賃金算定期間における、総労働時間数で除した金額」とされています。  歩合給が、「出来高払制その他の請負制によつて定められた賃金」に該当する場合には、時間外労働の時間数に応じて歩合給自体が当然に発生するものではないことから、発生した歩合給に対する割増のみで足ります。  計算式としては、算定期間(賃金締切期間)内の「歩合給」×0・25となり、これに相当する割増賃金を支払うことで足ります。 2 出来高払制その他の請負制によって定められた賃金について  歩合給と呼称している賃金がすべて「出来高払制その他の請負制によつて定められた賃金」に該当するとはかぎりません。  そもそもの賃金体系が出来高払制であるか否か争われる場合があります。例えば、運送業において、使用者が、ルート別に単価を設定しており、当該ルートを運行した「回数」に応じて賃金が変動するとして、出来高払制である旨主張したものの、「ルート別単価は、ルートごとの標準的な収受運賃、拘束時間、走行距離、作業内容等を勘案して決められたものであって、運転手の仕事の成果である現実の売上高や配送量あるいは運送時間によって増減するものではないことが認められる。そうすると、被告の主張する上記賃金体系は、そもそも、出来高払その他の請負制の実質を備えていないというべき」として、出来高払制としての性質が否定された裁判例があります(千葉地裁松戸支部令和元年9月13日判決)。同裁判例では、出来高払制その他の請負制においては、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならないにもかかわらず(労働基準法第27条)、そのような保障はなされていなかったことも、出来高払制を否定する要素として考慮されています。  また、典型的な歩合給として評価されるような売上げや利益などの金銭的な成果に対して支払われるものではない運送業における各種手当について、「運行回数、運送距離ないし走行距離、積荷の積載量、売上げといった作業の成果とは関連していないこと」などを理由に、仕事の成果に応じて定められた賃金であるとはいえないとして、出来高払制賃金であることが否定された例もあります(東京地裁平成29年3月3日判決)。  歩合給を採用して出来高払制にするにあたっては、給与のすべてを出来高払制にすることなく労働基準法第27条が定める保障給を考慮しておくことに加えて、歩合給がいかなる指標と連動するのか、当該指標を回数ではない成果と関連させておくことも重要です。 3 歩合給に関する最高裁判例について  近年、歩合給に対する時間外割増賃金の支給に関して、最高裁で判断された事例があります(最高裁令和2年3月30日判決)。  タクシーの乗務員に対する売上高に連動する歩合給の支給に関して、当該歩合給の増加に応じて乗務員の時間外労働に対する割増賃金を控除する仕組みを採用し、時間外労働が生じた場合の歩合給額と時間外労働をせず歩合給を得た場合の計算が一致するようになっており、タクシー乗務員らが会社に対して控除された割増賃金の支払いを求めた事案です。  過去の判例において、手当の支給によりあらかじめ割増賃金を支給することについては、時間外労働との対価性が必要とされていたところ(最高裁平成30年7月19日判決)、本判例では時間外労働をしたとしても、歩合給が減少することになれば、「出来高払制の下で元来は歩合給として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合には、その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするもの」と判断しています。このことは、この歩合給に対応した時間外割増賃金の計算方法が、実質的には割増賃金の減額を行っているに等しいことから、その対価性に欠けるとの観点により、割増賃金の支払いに不足があるとの判断がなされています。  歩合給を活用する場合においても、そのことをもって、時間外割増賃金の減額につながるような制度を採用することは、この最高裁判例が示した基準に抵触するおそれがあるため、制度構築にあたっては、この判例にも十分に留意する必要があります。 Q2 従業員の副業・兼業を認める際の留意点について教えてほしい  副業および兼業を希望する労働者がいるのですが、前例がなくこれまで承認したことがありません。承認するとした場合には、どのような点に留意すればよいのでしょうか。 A  働き方改革にともない、行政においても副業・兼業の普及促進が図られていますが、実現にあたって使用者が留意すべき事項は労働時間、健康管理、競業回避など多岐にわたります。特に、労働時間管理の点については、十分な理解をしておかなければ、労働基準法違反となる事態を引き起こすおそれがあります。 1 副業および兼業について  働き方改革関連法の改正においても、副業および兼業の承認などにより、新しい働き方を促進していく方針が示されています。また、厚生労働省は、2018(平成30)年には、モデル就業規則において、副業および兼業に関する規定を新設するなどの対応もしていましたが、企業においては、なかなか積極的には促進されていないというのが実情ではないかと思われます。  直近では、厚生労働省は、2020(令和2)年9月に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(以下、「ガイドライン」)を改定しました。  副業および兼業の課題の洗い出しとそれに対する対応方法などが整理されていますので、副業および兼業を承認するにあたって留意すべき事項が理解できると考えられます。 2 労働時間管理について  副業および兼業における課題の一つは、労働時間管理です。  労働時間については、原則として、1日8時間が限度であり、それを超える場合には36協定が必要となるほか、時間外割増賃金の支給義務も生じます。これが2社別々に評価されるのであれば、各社が管理する範囲は明確になるのですが、そのような制度はとられておらず、2社の労働時間を通算した場合の限度が1日8時間とされています(労働基準法第32条2項、第38条1項)。  さらに、働き方改革にともなう労働基準法の改正により、法律上の労働時間の上限規制が採用され、罰則も制定されており、長時間労働におよんだ場合には、罰則適用のおそれもあるため、労働時間管理の重要性は高まっています。  基本的には、労働者から、副業および兼業先の会社における労働時間の報告を受けないと、本業の会社は2社通算の労働時間を知ることができないため、副業および兼業先の労働時間を報告させる機会を定期的に設けておかなければなりません。  通算した労働時間を把握した際に、自らの事業場で法定労働時間を超える部分のうち、自ら労働させた時間について、時間外労働の割増賃金を支払う必要があると考えられています。  このように副業および兼業先との労働時間の通算や時間外割増賃金支払当事者の確定などの課題が多いことから、ガイドラインにおいては、簡便な労働時間の管理方法の管理モデルが示されています。本業と副業の両社において、それぞれあらかじめ設定した労働時間の範囲内で労働させるかぎり、ほかの使用者の事業場における実労働時間の把握を要することなく労働時間管理を遵守できる方策として提示されています。前提として、労働契約を後から締結する副業先において、労働時間の設定に関して、本業の要望を受け入れてもらうことが出発点となります。割増賃金については、本業は自らの時間外労働に対する割増賃金のみを支払い、副業先は自らの事業場における労働時間のすべてに割増賃金を支給することで、具体的な時間を双方で管理することなく、割増賃金の不足が生じないようにすることが可能です。要するに、副業先においては、法定時間外労働の発生の有無にかかわらず割増賃金を支給することになりますので、労働者は法定の割増賃金以上の金額を受給することとなり、割増賃金の支給に関しては、労働基準法に違反する心配がなくなります。 3 健康に対する配慮について  労働契約法は、使用者に労働者に対する安全配慮義務を求めており、このことは、副業および兼業である場合においても、同様です。  この場合、前述の労働時間管理とも関連しますが、過労死や精神疾患に関する労災認定基準においては、過剰な時間外労働や連続勤務が重要な要素とされているところ、副業および兼業において、時間外労働が過剰か否かや連続勤務についてどのように配慮する必要があるのかが、問題となります。  基本的な対応方針としては、就業規則や労働契約において、長時間労働や連続勤務によって労務提供に支障がある場合には副業および兼業を禁止または制限できるような規定を設けておくことで、万が一の場合の過剰な時間外労働の制限が可能となるように備えておくべきとされています。  また、副業および兼業の状況について、報告を受ける機会を設け、健康上の問題が確認される場合にも、休暇の付与や産業医との面談など適切な措置を実施することも重要です。  しかしながら、前述の管理モデルを前提に運用する場合には、各社は具体的な実労働時間を把握しきることができなくなるおそれもあるため、健康管理の側面については、労働者自身に自己管理の意識を強く持ってもらうことも重要です。また、実労働時間の具体的な把握が不要な運用を採用するとしても、働きすぎにならないように時間外労働自体を抑制することなどについても労使間で協議のうえで適切な措置を講じることが重要となります。 4 その他の留意事項について  企業にとっては、秘密保持義務や競業避止義務についてもあらかじめ確認しておかなければ、労使間で紛争が生じるおそれがあります。退職後の競業避止義務は職業選択の自由の観点から制限される程度が大きいですが、副業および兼業においては、使用者に対する競業避止義務があると一般に考えられています。  したがって、副業や兼業を承認する基準として、副業や兼業を行う会社が競業企業であるか確認しておくべきでしょう。副業や兼業の許可前には、このことを面談によって把握する機会を設けておくことが必要と考えます。  また、秘密保持義務については、就業規則などに定められている企業が多いと考えられますが、副業および兼業先の企業においても遵守しなければならないことについては、改めて注意喚起をしたり、秘密保持義務および競業避止義務に関する誓約書などを改めて取得することも必要となると考えられます。  1週間の所定労働時間が短い業務を複数行う場合には、雇用保険などの適用がない場合がありますが、令和4年1月からは65歳以上の労働者本人の申出により、二つ以上の事業所の労働時間を合算して雇用保険を適用する制度が運用される予定です。社会保険については、複数の事業所でいずれも被保険者要件を満たす場合には、いずれかの事業所を管轄する年金事務所および医療保険者を選択させる必要があり、各事業主は報酬の額により按分した保険料を納付することになるため、副業の承認の際に労働者に副業先の所定労働時間や管轄の選択についても確認しておくことが必要となります。