知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変わっていき、ときには重要な判例も出されるなど、日々把握することが求められています。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第61回 企業年金制度の変更、今後の労働契約法制および労働時間法制について 第62回 シフト制労働者の雇用管理、高年齢者雇用状況等について 第63回 熊本総合運輸事件最高裁判決、役職定年制 第64回 名古屋自動車学校事件最高裁判決について、LGBTへの対応について 第65回 年次有給休暇に対する時季変更、労働条件通知書の記載事項変更と定年後再雇用対応 第66回 契約更新回数の上限の意味、継続雇用希望の意思表示方法 第67回 産休・育休と職位の廃止、高度専門職との労働契約の終了 第68回 未払残業代と代表取締役の責任、高齢者採用と退職金 第69回 定年制の変更について、社有車の盗難による事故とその責任 第70回 退職金の不支給、人事評価の違法性判断基準 第61回 企業年金制度の変更、今後の労働契約法制および労働時間法制について 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 企業年金制度の変更を検討しているのですが、留意事項について教えてください  これまで採用してきた企業年金制度について、減額変更を検討しています。退職者で受給中の人や、まだ受給していないがこれまで加入して積み立ててきた労働者もいます。企業年金の運用主体などによっても、変更方法は変わるのでしょうか。 A  企業年金制度の仕組みに応じて、検討すべきポイントが異なるため、自社で採用している年金制度の状況を把握することから始める必要があります。自社が実施主体になっているような場合、労働条件に該当するものとして不利益変更には合理的な理由が必要です。 1 企業年金制度の分類  企業年金制度の減額変更にあたっては、基本的には、@退職前の労働者か退職者か、A内枠方式か外枠方式か、B実施主体が事業主か外部の基金かというポイントを把握してから、今後の対応を考える必要があります。  まず、@退職前の労働者であれば、例えば、労働条件として位置づけられる場合であれば、労働契約法第10条に基づき就業規則の変更による対応を考えることになりますが、退職者の受給条件は、すでに労働者ではなく就業規則の適用も受けないため、労働契約法第10条に基づく一斉変更はできないというのが原則になります。  次に、Aについて、退職金制度の枠組みのなかで給付の一部について、企業年金を支払うことを予定していた場合(「内枠方式」と呼ばれます)、企業年金の減額分を、退職金としての支給額に反映させることで総額を変更しないことが可能であり、そうすることで、不利益変更の問題を生じさせないことも可能です(ただし、退職金としての支給額に反映させない場合は、不利益変更の問題は生じます)。他方、退職金制度と企業年金制度は別個の制度にしており、企業年金制度の変更を退職金制度に反映させることができない場合(「外枠方式」と呼ばれます)には、企業年金の変更による不利益変更の問題は避けがたいということになります。  最後に実施主体の問題があり、事業主が実施主体となっている場合には、企業年金制度自体が労働契約に関する労働条件の一部となる一方で、各種基金が実施主体となっている場合、労働条件とはならず、当該基金が定める約款や改廃条項の定めの解釈などを検討する必要があります。なお、退職者の年金に関する減額も改廃条項の定めなどに基づいて判断されることが一般的とされています。 2 改廃のポイント  就業規則の不利益変更という方法によるか(労働者に適用される外枠方式の事業主主体の企業年金の制度変更)、年金の支給に関する約款や規程が定める改廃条項(退職者に対する制度変更や外部の基金が主体となっている企業年金の制度変更)のいずれにおいても、ある程度考慮される内容は類似しています。ただし、後者の方が改廃条項の個別性(考慮すべき事情は明示された内容も重要となる)に左右されやすいため、その点には注意が必要です。  不利益に変更するにあたっては、何らかの事情があると思われますが、減額・廃止の必要性は重要なポイントになります。例えば、運用実績が予定利回りを下回っていること、過去に定めた給付水準を現在の経済情勢では維持しがたいこと、母体となっている企業の経営を圧迫していることなどが事情として考慮されます。特に、母体企業の経営を圧迫することで、現在の在籍労働者の労働条件が悪化することにつながっていたり、経営への影響が続けば破綻に向かう恐れがあるような場合には、そもそも年金を受給する権利自体が絵に描いた餅になってしまうこともあるため、経営改善策の一環として、企業年金制度の変更の必要性が肯定される場合があります。  次に、変更内容の相当性も考慮されます。上記のような必要性があるとしても、それに対応するバランスのよい変更内容とする必要があり、均衡を欠く場合には変更が有効とはなりません。この相当性については、変更内容自体が適正であることや、段階的な変更、経過措置の導入、代償措置の適用などによって、不利益性を緩和するような方法も考慮されます。  さらに、手続きの相当性が考慮されることになります。例えば、対象者となる従業員や退職者に納得してもらうための説明資料の作成、その説明を行うための会合や労働組合との協議の場を設ける、反対者の意見がどの程度現れていたかなどが考慮されます。年金の改廃条項などにおいては、受給者の3分の2以上の同意など明示的に割合が示されているケースもあるため、その場合は手続きの相当性だけではなく、同意を得た割合がこれを超えるかどうかという問題も生じます。 3 裁判例の紹介  企業年金制度の変更に関する裁判例を紹介しておきます。まず、自社が事業主体となっている年金制度の変更に関しては、大阪高裁平成18年11月28日判決があります。当該裁判例では、年金について定めた規程について、「福祉年金契約については、年金規程が福祉年金制度の規律としての合理性を有している限り、被控訴人の各退職者において、年金規程の具体的内容を知っていたか否かにかかわらず、年金規程によらない旨の特段の合意をしない限り、福祉年金規程に従うとの意思で年金契約を締結したものと推定するのが相当であり、その契約内容は、年金規程に拘束されると解すべき」として、退職者も含めて拘束される事実たる慣習になっているとして拘束力を認めました。また、改廃条項においては、「経済情勢もしくは社会保障制度に大幅な変動があった」場合に労使協議を経て変更することができるとされていたところ、経済情勢には当該企業自身の状況を含むものと解釈しつつも、その必要性に対して変更の内容が最低限度のものであるという相当性が求められるとされました。結論として、給付利率を一律2%引き下げる必要性があり、相当な手続きを取っていたことも考慮して、変更の相当性も肯定されました。  そのほか、年金制度の廃止を行った事例として、類似の改廃条項に基づき、会社分割などにともない、年金制度を廃止した事例(東京高裁平成21年10月28日判決)においては、年金としての支給ではなく、一時金としての支給という形に切り替えたことについて、企業年金の廃止についてはその効力を否定する裁判例が多いなか、企業年金制度の改正による負担増が生じたことや、実際の運用利回りと予定運用利回り(4%)が大きく乖離していたことから差額の追加負担を会社がせざるを得ず、不足金7億円を補填するなどしていた状況を加味して、その変更の必要性を肯定し、従業員に対して一時金(1.5%の利回りによる割り戻し)による支給制度へ移行することを説明していたうえ、1人を除き全員の同意が得られていたことなどから、変更の有効性が肯定された例があります。 Q2 労働関連法令の改正予定について知りたい  今後予定されている労働関連法令の改正やその対応について教えてください。 A  無期転換ルールの周知徹底、労働条件明示事項の追加、裁量労働制の改正などが予定されています。 1 労働契約法制および労働時間法制の改正  2024(令和6)年4月1日を施行時期として、労働契約法制および労働時間法制に関する省令改正が予定されています。主な項目としては、無期転換ルールに関する事項を含めた労働条件明示事項の追加、裁量労働制に関する改正で、幅広い事業者にとって関係する省令改正となります。 2 労働条件明示事項の追加  労働基準法第15条には、労働条件として明示が義務づけられている事項が列挙されています。今回の改正では、これに、@通算契約期間または有期労働契約の更新回数の上限、A就業の場所および従事すべき業務の変更の範囲が追加されます。  さらに、無期転換ルールの周知徹底との関連で、@を定めようとする場合には、あらかじめその理由を有期雇用労働者に説明することが求められることになるほか、無期転換申込権が発生する有期労働契約を締結(通算して5年間を超える有期雇用契約を締結)するときには、無期転換申し込みに関する事項および無期転換後の労働条件について書面を交付する方法で明示しなければならなくなります。  労働条件は、労働条件通知書または雇用契約書などで明示されているのが通常と思われますが、雇用形態にかかわらず、A就業場所および従事すべき業務の変更の範囲を明記することが必要となります。これまでは、就業場所および従事すべき業務のみが記載事項でしたが、今後は、これらの変更の範囲を明記することが必要となります。従来の記載事項では、あくまでも当初の就業場所や従事すべき業務の範囲を示すだけであったことから、この記載から職場限定や職種限定の合意があったとは解釈されないことが通常でしたが、変更の範囲を明示することにより、職場限定や職種限定に関する合意として成立することが多くなりそうです。  また、これらの記載事項は、同一労働同一賃金における考慮事項とも合致していますので、正社員と短時間または有期雇用労働者との間の労働条件の相違にも影響があると考えられます。記載が同一の正社員と短時間または有期雇用労働者の間では、労働条件の相違(主に社宅手当や地域手当など異動の有無による相違が説明されていた部分)については、合理性が説明できなくなると考えられます。  単なる記載事項の追加ととらえるのではなく、これまでの働き方改革とつながりのある改正であることを意識しておくことが重要でしょう。 3 裁量労働制について  裁量労働制には、企画業務型裁量労働制、専門業務型裁量労働制があり、これ以外にも高度プロフェッショナル制度という形で労働時間法制の柔軟化が図られています。  しかしながら、これらの制度は、その導入要件などが相違しており、また、専門業務型裁量労働制については、適切な運用がなされていたとも言いがたい状況も散見されたことから、労働者の同意を得ることおよび同意の撤回に関する手続きをあらかじめ定めることを前提とした制度に変更となります。高度プロフェッショナル制度や企画業務型裁量労働制においては、事前の同意が必要とされていたことや、高度プロフェッショナル制度において同意の撤回手続きを設けることとされていた点が専門業務型裁量労働制にも及ぶようになります。  また、裁量労働制が適用される結果、時間外労働の割増賃金が得られないにもかかわらず、通常の労働時間制である労働者と賃金がほとんど変わらないとなれば、裁量労働を行うにふさわしい職務であるのか、それに対する賃金として適正かという点についても疑義が生じます。そこで、裁量労働制の対象労働者に適用される評価制度およびこれに対応する賃金制度を変更する場合は、事前に説明を行うことが適当であることなども設けられます。みなし労働時間の設定についても、業務の内容、適用される評価制度、賃金制度を考慮して適切な水準とし、相応の処遇を確保する必要があるともされており、職務内容と処遇のバランスに対する意識を高めていくことが求められているといえます。  そのほか、健康確保の観点から、「労働時間の状況」について、労働安全衛生法により把握が求められているものと同一であることを明らかにするものとされており、管理監督者の「労働時間の状況」を把握するのと同様に、過重労働(目安として、月80時間の時間外労働を超える労働)が抑制されるように留意することも必要となります。また、健康・福祉確保措置を充実させることも求められており、労働時間の上限措置を決めておくことや勤務間インターバルの採用、深夜業の回数制限、年次有給休暇の取得促進などの措置を取っておくことが求められています。  また、苦情処理制度も設けることになっており、この苦情処理制度については、制度の適用を受ける同意を得るにあたって明示することに留意するよう求められてもいるため、裁量労働制が定額働かせ放題≠ニならないように、対象労働者側からの運用に対する苦情を受けて、改善を求められることも増えると考えられます。  運用にあたっては、同意の取得と適用時の処遇に関する説明を明確に行っておかなければ、同意が撤回されて裁量労働制の適用が解かれたときの労働条件の変更(不利益な内容をともなうことが想定される)において、労使間で紛争が生じる恐れもあると考えられますので、留意が必要でしょう。 第62回 シフト制労働者の雇用管理、高年齢者雇用状況等について 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲 Q1 シフト制で働いている労働者の雇用管理の留意点について教えてほしい  シフト制で働いている労働者に関して、繁閑に合わせて自由に労働日数を変動させているのですが、問題はありますか? A  労働契約の内容を正確に把握しておかなければ、たとえシフト制であっても労働日数を変動させることが違法になることがあります。 1 シフト制労働者の雇用管理  厚生労働省は、2022(令和4)年1月7日付で「いわゆる「シフト制」により就業する労働者の適切な雇用管理を行うための留意事項」(以下、「ガイドライン」)を公表しました。  コロナ禍においては、例えば、シフト制の労働者の労働日数を削減することで実質的な休業にもかかわらず、休業手当が支給されないといったトラブルも生じており、裁判で争われるということも生じていました。  ここでいう「シフト制」とは、一定期間ごとに作成される勤務割や勤務シフトなどにおいて初めて具体的な労働日や労働時間が確定するような形態を意味しており、あらかじめ労働日数や労働時間数が決まっており、勤務時間のパターンを組み合わせて勤務する交替制勤務は除かれています。  ポイントは、「具体的な労働日や労働時間数が決まっていない」ということで区別されているということです。労働契約において、具体的な労働日数や労働時間が決まっている場合(例えば、労働条件通知書や労働契約書において、1カ月あたり●日、1日あたり8時間という内容が定まっている)場合は、ガイドラインにおける「シフト制労働者」に含まれていません。シフトを提示されるまでは労働日数や労働時間数が定まっていない労働者を対象としたガイドラインとなっています。 2 シフト制労働者との労働契約  労働基準法が定める明示事項のうち、「始業及び終業の時刻」、「休日」に関する事項は、シフト制労働者の場合には具体的な記載をすることができません。  とはいえ、可能なかぎり労使間の認識を明確にしておくために、ガイドラインでは、単に「シフトによる」と記載するだけでは足りないとされています。このような記載はガイドラインが公表される以前は多くみられた記載ですので、注意が必要です。今後は、原則的な始業および終業時刻を記載したうえで、契約締結と同時に定める一定期間分のシフト表などをあわせて労働者に交付することが必要とされています。  次に、「休日」については、具体的な曜日などが定まっていない場合は、休日の設定にかかる基本的な考え方などを明示しなければなりません。週に1日ではなく4週に4日以上の休日とするような変形休日制を採用する場合には就業規則などに定めることも必要になります。  以上のほか、紛争予防のために望ましい取組みとして、シフト作成に関するルール(労働者の意見聴取を行う、シフト表の通知期限や方法など)を定めておくことや、シフト変更に関するルール(シフト期間開始後の変更期限や手続など)を定めておくことなどがあげられています。そのほか、労働日や労働時間についても、契約上、具体化することができないとしても、基本的な考え方を労使間で合意しておくといった方法があげられています。  シフト表などによる労働日と休日の決定において、重要な点として、シフト決定前とシフト決定後の変更は、その法的性質が大きく異なるということです。シフト決定前は、白紙の状態に指定することで労働日と労働時間が具体化されるという性質であるため、使用者の裁量が大きいといえますが、一度決定した労働日や労働時間は労働契約の内容となっているため、これを自由に変更することができるとはいえません。そこには、一定の制約がなされるべきということになります。 3 シフト制労働者に対する指示の変更に関する裁判例  シフト制の労働者について、シフトの削減ではなく、自宅待機命令から出勤命令に変更した事例において、当該変更が違法であるとして争われた事例があります(大阪地裁令和4年6月23日判決)。  当該裁判例における使用者は、毎月25日までに、各従業員に対して勤務指定表と題する文書を示して、翌月各日の勤務の有無および種類を通知することが就業規則に定められており、業務上の必要性により指定した勤務日や種類を変更するときは、「勤務変更通知書」を交付して変更する運用が採用していました。  使用者は、事業における業務量が減少したことから、実際に勤務する人員数を減少させ、自宅待機させる労働者を設けるようになり、勤務指定表において自宅待機日を指定するようになっていました。当該自宅待機日において、知識向上および業務改善のために配付した資料に自ら記入して次回出勤日に必ず提出することとされていたところ、これを提出しなかった労働者に対して、自宅待機として指定していた労働日を出勤するように変更する内容の勤務変更通知書を交付しました。この勤務変更が、違法なものであるとして、損害賠償請求がなされました。  自宅待機から出勤を命じることは、勤務場所や勤務内容の変更という要素を含んでいるところ、当該裁判例では、東亜ペイント事件(最高裁昭和61年7月14日判決)の示した基準を参考にしつつ、@業務上の必要性、A不利益の程度、B従業員間の負担又は相違の有無、程度及び合理性といった考慮要素をもって判断するという規範を示しました。  これらに照らしたところ、「労働者が、労働契約上、自宅待機を命じられる権利を有していたものではないこと、課題提出者にも自宅待機が命じられることがあったことおよび課題の分量や所要時間が乏しいものであったことなどを考慮すると、本件運用が従業員間に一定の業務上の負担の相違を生じさせるものであったとしても、その相違の程度が著しいとはいえず、従業員間の公平性を害するものということはできない」として、課題を提出していなかった自宅待機予定の労働者に出勤を命じたことは、裁量権の範囲を逸脱し、またはこれを濫用するものではなく、違法ではないと結論づけました。  この裁判例において参考になるのは、自宅待機状態(シフト上の休日)から出社を命じることについて、就業場所の変更をともなうことを考慮して、一度指定したシフトを変更するときの判断基準について、東亜ペイント事件の規範に準じた内容が用いられたという点です。東亜ペイント事件は、配置転換命令の有効性を判断するという事案のリーディングケースですが、業務内容や場所を変更する命令についても応用的に利用されました。特徴的なのは、B従業員間の負担または相違の有無、程度および合理性という要素があげられている点です。シフト制労働者が多数いる状況のなか、だれに対して業務内容や場所を変更するかどうかを決めるためには、このような要素、いい換えれば人選の合理性が問われるということが示されたともいえるでしょう。紹介した裁判例では、自宅待機中に行うよう求められていた課題などに取り組まない社員(自宅待機中に知識向上や業務改善に取り組まない人員)を優先的に出社させることが、人選の合理性があると肯定されています。  シフト決定前と決定後における法的な性質の違いと、シフト決定後における変更命令において考慮すべき事項に留意しながら、シフト制労働者を適切に雇用管理していきましょう。 Q2 現在の日本における高齢者雇用の状況について教えてほしい  高年齢者雇用安定法が2021(令和3)年に施行されて、 70歳までの就業確保措置などが加わりましたが、これらの導入状況はどうなっているのでしょうか。 A  引き続き、65歳までの継続雇用制度を導入している企業が多い状況ですが、就業確保措置を導入している企業も現れてきています。 1 高齢者雇用の今後について  高年齢者(55歳以上の者)の雇用に関して、高年齢者雇用安定法は、その継続的な雇用または就業機会の確保を目ざして、改正が重ねられています。  直近では2021年4月1日から、70歳までの定年の引上げ、定年の廃止、70歳までの継続雇用制度の導入、業務委託契約を締結できる制度の導入および社会貢献事業に従事できる制度の導入のいずれかの方法で70歳までの就業機会を確保することが努力義務として施行されました。なお、法的な義務は、65歳までの定年の引上げ、定年制の廃止、65歳までの継続雇用制度の導入のいずれかの措置を導入することとされています。  これにより、70歳までの「就業機会の確保」として、必ずしも雇用に限定しない方法で高年齢者が事業や社会貢献活動にかかわることが求められるようになっていますが、これまでの高年齢者雇用安定法においても努力義務として定めた後に、法的な義務とする改正が行われてきたこともあり、現状は、就業機会の確保の準備期間ともいうべき状況にあると考えられます。 2 2022年の就業機会確保措置等の導入状況  2022年「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果が公表されています。  65歳までの雇用確保措置については、中小企業および大企業ともに99.9%が実施ずみとされており、ほぼすべての事業主が実施しています。また、これらのうち、70.6%が継続雇用制度の導入となっていますが、割合としては減少しており、定年の引上げにより対応している企業が若干増加しています。近年では60歳であってもまだまだ働けるという方が増えているようにも思われ、定年の引上げはその状況を反映しているようにも思われます。また、継続雇用制度を導入する場合は、定年後には有期雇用契約とすることにともない、賃金を減額するにあたっては、同一労働同一賃金の観点からも業務内容、就業場所の変更の範囲、責任の範囲などについて、相違を設けることを意識せざるを得なくなりますが、現実的には相違を設けることがむずかしい場合もあり、継続雇用よりも定年の引上げの方が企業の実情にあうという場面が増えているのかもしれません。  一方で70歳までの就業機会確保措置については、実施ずみの企業は27.9%であり、2021年と比較し2.3%増加していますが、65歳までの継続雇用が99.9%であることと比較すると、まだまだこれからという状況になっています。その多くは、70歳までの継続雇用制度の導入となっており、業務委託契約を締結できる制度の導入および社会貢献事業に従事できる制度(「創業支援等措置」)を導入しているのは、0.1%にとどまっています。  創業支援等措置については、社会貢献事業を行っているのはおおむね大企業に多く、そのような制度を準備できる企業がそもそも限定的であると考えられるため、現実的には業務委託契約を締結できる制度の導入が選択肢になると考えられます。一方で、法的な観点からすれば、雇用契約から業務委託契約に切り替える点については、その実践方法が確立しておらず、実施した企業がそのリスクを背負うということになりかねず、現実的な選択肢になっていないようにも思われます。  実務的には、雇用ではなく業務委託契約で従事している方について、労働基準法が適用されないように構築することは、容易ではありません。なぜなら、労働者としての性質を有しているか否かについては、1985(昭和60)年に作成された「労働基準法研究会報告」(2021年に公表された「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」においてもこの報告が引用されています)や37号告示と呼ばれる「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」などを参照しながら検討するのですが、これらの文書に掲げられた考慮要素については、総合考慮を前提としている一方で、各考慮要素の重みやバランスは専門家の感覚に委ねられている部分もあり、ケースバイケースの判断が必要になることが通常となっているからです。  裁判例の蓄積があるといえども、同様の業種であっても、業務委託と認められた会社もあれば、そうではない会社もあります。高年齢者の就業機会を確保しようと検討するにあたって、このような法的に安定しない業務委託契約の導入に踏み切ることはむずかしい側面があります。  雇用契約と業務委託契約の区別をより明確にすることができれば、業務委託契約を締結できる制度の導入という形で70歳までの就業機会確保が実現していくのではないかと思われます。 3 定年到達者の動向  定年到達した者のうち、87.1%が継続雇用、12.7%が継続雇用を希望しなかった、わずか0.2%が継続雇用を希望したが継続雇用されなかったという分類となっています。統計からは、高年齢者の継続雇用を行わないことがきわめて少数です。  高年齢者の継続雇用について、拒絶することを検討される企業からの相談などを受けることがありますが、解雇に相当するほどの事情がなければ、継続雇用を拒絶することはできず、31人以上規模の企業における60歳以上の常用労働者数は、2022年6月1日現在約441.7万人に達しており、その人数は年々増加し続けているため、定年後の労働者も活躍してもらえるような環境整備や制度の準備という課題は重要性を増しています。自社にとって、貴重な人材のモチベーションを維持しながら活かし続ける方法を模索していくことが必要な時代となっているように思われます。 第63回 熊本総合運輸事件最高裁判決、役職定年制 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲 Q1 歩合給と固定残業代を組みあわせて支給することに問題はありますか  歩合給と固定残業代を組みあわせて支給する方法について、現在の裁判所がどのように考えているのか教えてください。 A  実質的に、時間外労働に対する割増賃金による賃金増額が生じないような支給方法は、許容されていません。 1 熊本総合運輸事件について  2023(令和5)年3月10日、最高裁で固定残業代に関する新しい判決(熊本総合運輸事件)がありました。事案の概要としては、トラック運転手として勤務していた労働者が、時間外労働、休日労働および深夜労働(以下、「時間外勤務等」)に対する割増賃金等および付加金の支払いを求めて訴えたというものです。  この事案においては、時間外勤務等に対する割増賃金の支給にあたっての計算方法が複雑になっています。支給項目は、図表1の通りであり、割増賃金の基礎単価になる「通常の労働時間の賃金」に該当するものは、@〜Bのみとしていました。そして、CおよびDが割増賃金の総額(E)となり、@〜Dの合計がF賃金総額となります。  C割増手当は、@〜Bを割増賃金の基礎単価としたうえで、現実に行った時間外労働等に対して支給が義務付けられる割増賃金を計算した結果の金額になります。一方で、D調整手当は、E割増賃金総額からC時間外手当を控除した額と一致するように、EからCを控除した金額によって計算することとされていました。そのため、F賃金総額は、時間外労働の時間数に関係なく、定額となるよう調整されていました。  なお、平均的な時間外労働は月あたり80時間弱となっていましたが、この制度のもとで、割増賃金が追加で支給されることはなかったようです。 2 控訴審における結論について  固定残業代は、時間外割増賃金の支払い方法として有効になり得るものと判断されてきました。最高裁においても、「労働基準法37条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまり、使用者は、労働者に対し、雇用契約に基づき、上記方法以外の方法により算定された手当を時間外労働等に対する対価として支払うことにより、同条の割増賃金を支払うことができる」として固定残業代自体を許容しつつ、その有効となる要件として、「使用者が労働者に対して同条の割増賃金を支払ったものといえるためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である」と判断しています。  最高裁判決では、(1)時間外労働の対価であること(対価性)および(2)「通常の労働時間の賃金」と「割増賃金」を判別できること(明確区分性)のいずれもが必要とされています。  (2)については、基本給などを割増賃金計算の基礎となる「通常の労働時間の賃金」としたうえで、別途手当として「割増賃金」を支給することで充足することができそうであり、熊本総合運輸事件の控訴審でも、このことから、固定残業代が割増賃金として区別されており、判別可能であるということを前提に、労働基準法第37条に基づき支給が必要な割増賃金が支払われたものということができるという結論に至り、使用者の主張を一部認める判断をしていました。 3 最高裁の判断  本件について最高裁は、控訴審判決の結論を是認することなく、結論を覆し、固定時間外手当は割増賃金の対価として支払われたとはいえないと判断しました。  おもに問題となったのは、D調整手当は、C時間外手当の計算結果と完全に連動しており、Cが定められれば、必然的にDが確定するという関係にある点です。  このような区別について、C時間外手当とD調整手当は、区別されているものの、結局、一体として合算した金額が一つの趣旨(時間外割増賃金に対する対価の支払い)を有しているというほかないと判断されました。結局のところ、C時間外手当+D調整手当=実質的な固定残業代となっていたということです。  そして、「その実質において、時間外労働等の有無やその多寡と直接関係なく決定される賃金総額を超えて労働基準法37条の割増賃金が生じないようにすべく、(中略)賃金の一部につき、名目のみを本件割増賃金(※筆者注:Eに相当する賃金のこと)に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系であるというべき」と判断されています。  その前提として、C時間外手当およびD調整手当の合計額が、労働基準法第37条に定める割増賃金として支給されており、超過した金額が支払われることがまったくなかったことからすると、平均80時間弱という時間外労働を前提として算定される金額を上回る調整手当が支給されていることになります。そのため、実際の勤務状況に照らして想定しがたい程度の長時間の時間外労働などを見込んだ過大な割増賃金が支払われる賃金体系になっていることになり、時間外労働の多寡と直接関係なく決定されるF賃金総額を超えて労働基準法第37条の割増賃金が発生しないようにすることを目的としていると評価されました。  そのような状況に加えて、Eには、通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分を相当程度含んでいるものと解釈するほかないとされ、どの部分が時間外労働等に対する対価にあたるかが明確になっているといった事情もうかがわれないとして、労働基準法第37条の割増賃金にあたる部分を判別することができないことを理由に、固定時間外手当としての効力が否定されました。 4 対価性の要件とは  固定残業代の対象とする手当に、割増賃金の前払いとしての趣旨以外を含めてしまうと、時間外労働の対価である部分とほかの性質の部分が混濁してしまうことがあります。  紹介した最高裁判決には複雑なところがありますが、結局のところ、E割増賃金総額のなかに、通常の労働時間の賃金に相当する部分が含まれていることから、その部分と割増賃金に相当する部分が混濁しており、時間外労働の対価であるといい切れなくなった点が、固定残業代の効力が否定された一つの要因となっています。  なお、当該最高裁判決の補足意見においては、固定残業代制度の有用性がある側面も認めつつも、「固定残業代制度の下で、その実質においては通常の労働時間の賃金として支払われるべき金額が、名目上は時間外労働に対する対価として支払われる金額に含まれているという脱法的事態」を認めるべきではないとしており、本件のような仕組みを固定残業代へ取り入れることにはきわめて否定的な意見が出されています。 Q2 役職定年制について教えてほしい  70歳までの就業機会の確保が努力義務とされるなど、労働者の年齢が高齢化する一方で、役職が不足することになり、このままでは人件費の総額も底上げされ続けることになります。就業機会の確保をしつつ対応するための方策は何かあるのでしょうか。 A  年齢にあわせて役職を解く方法で賃金などを減額する方法は合理性が認められやすい傾向にあります。役職定年制を導入して、高齢者の稼働や責任を減らしつつ、賃金の適正化を図ることが重要と考えられます。 1 役職定年制  役職定年制とは、従業員が一定の年齢に達したときに部長、課長などの役職を解く制度をいいます。組織の新陳代謝を図り、人員の増加にともなう賃金支払総額の抑制を目ざした制度として導入されます。  役職定年制により賃金が減額される労働者がいる場合には、就業規則が不利益に変更されることになるため、その不利益変更には合理性が必要とされています。自社が役職定年制を導入する目的を明確に設定しておくことは、役職定年制導入が可能となるか否かにとって重要な出発点となります。 2 役職定年制自体の合理性について  役職定年制自体の合理性について、役職定年制に関する裁判例のリーディングケースとして、最高裁平成12年9月7日判決(みちのく銀行事件)があります。  この判例においては、55歳に到達した職員を役職から解き、専任職という新たに創設された職務に就かせるという制度に関して、「55歳到達を理由に行員を管理職階又は監督職階から外して専任職階に発令するようにするものであるが、右変更は、これに伴う賃金の減額を除けば、その対象となる行員に格別の不利益を与えるものとは認められない。したがって、本件就業規則等変更は、職階及び役職制度の変更に限ってみれば、その合理性を認めることが相当である」と判断しています。  したがって、就業規則において役職定年制を導入する場合には、合理性が認められると考えられます。ただし、その場合でも、「賃金の減額を除けば」という留保が付されていることから、賃金の減額幅が大きい場合には、合理性が否定される可能性があります。 3 役職定年制に基づく賃金減額について  近年の事例において、57歳が部長職にとっての役職定年と定められ、従業員が役職定年を迎えると、部長の役職から離脱し、以降、専任部長とされ、役職手当が支給されなくなるという制度を設けていたところ、当該役職定年が適用された労働者が、不利益変更であり無効であるとして争ったという事案があります(東京地裁令和2年8月28日判決)。労働者は、役職の有無にかかわらず、業務内容などの事情に変化がないことなどを理由として、減額前の賃金を支給するように請求していました。  裁判所は、会社が、「役職定年制度規程に基づく役職定年制度が設けられており(中略)部長職の役職は57歳が役職定年とされ、部長職にあった従業員は、役職定年による役職離脱日(役職定年に到達した直後の期末)を迎えると、部長の役職から離脱し、以降、専任部長とされるものとされている(役職離脱に伴い、役職手当の支給はなくなる。同規程8条第2文ただし書。)」ことを前提に、当該役職定年規程が、就業規則としての周知が行われていたことや、当該役職定年規程の内容や目的が「役職人事の円滑化と若手社員の登用による組織の活性化と競争力の強化を図る」としていたことに照らし、相応の合理性を認めることができるとして、役職定年制の有効性を肯定し、賃金の減額も認めました。 4 役職定年後の地位と処遇について  役職定年後の賃金減額が有効と認められやすいとしても、定年退職後に契約社員として雇用を継続する場合には、同一労働同一賃金の観点からの再検討も必要となります。  紹介した各裁判例においては、役職定年制の適用により、役職から退いた労働者は、専任職階や専任部長という地位になるとされています。これらの「専任」という言葉は、主として、一般職に急激に降格することを回避するために、技術や能力を有する労働者が、新人教育や指導に従事するといった経験を活かすことができる職種として位置づけることが想定され、またそれは理想的でもあります。  一方で、専任職階や専門職といった名称と合致しない形で、責任者としての地位の後任が育っておらず、従前の業務を継続してしまうようなことがあると、問題があります。定年を迎えるまでの間は、期間の定めのない労働者同士の同一労働同一賃金の制度がないことから、役職定年が適用される結果、賃金の減額は肯定されやすいと考えられますが、それでも、業務内容や責任の程度が同一のまま、役職定年規程を杓子定規に適用して賃金が減額されることになると、人事権としての裁量を逸脱し、違法と判断される可能性は残るでしょう。  また、定年後に契約社員となると、同一労働同一賃金の制度が適用され、正社員と比較されることになります。定年後もなお、業務の内容が同一のまま維持されるような事態に陥れば、このような場合にも、賃金の減額が違法と判断される可能性が残ります。  前記のように後任が育っていないような場合には、役職定年制によって組織の新陳代謝を図るべき状況にあるとはいえないうえ、賃金支払総額の抑制が必要な場面に至っていないともいえそうです。そのため、役職定年制を形式通りに適用することなく、適用を延長しつつ対応するといった方法も考えておく必要があるように思われます。 第64回 名古屋自動車学校事件最高裁判決について、LGBTへの対応について 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 定年後再雇用者の賃金の取扱いに関する最高裁判所の判断は?  定年後の再雇用となる従業員の賃金の減額について、新しい最高裁の判例が示されたとのことですが、どのような内容なのでしょうか。 A  2023年7月20日に、60%を下回る賃金減額部分を違法と判断した下級審の判断に対して、基本給の支給目的などの考慮が足りないという理由で差し戻されたところです。そのため、結論はまだ明確に示されていません。 1 名古屋自動車学校事件について  定年退職した後の有期労働契約を締結していた労働者(以下、「嘱託社員」)と期間の定めがない労働契約を締結している労働者の賃金に関して、基本給および賞与などの相違が労働契約法第20条(法改正の影響で、現在ではパートタイム・有期雇用労働法の第8条に相当する内容であり、不合理な待遇差を禁止したもの)に違反するか否かを争点とした事件です。  過去に当該事件について触れたことがあります(本誌2021年6月号※)。当時は、最高裁まで争い続けるか不透明でしたが、2023(令和5)年7月20日に最高裁が判断を下しました。  事案の概要としては、定年後の嘱託社員について、嘱託規程に基づき、賃金体系はその都度決め、賃金額は経歴、年齢そのほかの実態を考慮して決める旨定められており、再雇用後は役職に就かない旨が明記され、賞与の支給はないものの嘱託社員には一時金を支給することがある旨も定められていました。  訴えていた労働者の基本給などの変動は図表の通りです。なお、2人の労働者が訴えていますが、ほぼ同程度の金額であるため、1人のみの図表としています。定年退職後には、老齢厚生年金および高年齢雇用継続基本給付金の受給を受けていますので、収入全体でいうと、これらの金額のみではありませんでした。 2 控訴審までの判断について  地方裁判所および高等裁判所(以下、「下級審」)までは、以下のような理由から、基本給の60%を下回る部分について、不合理な差異であるとして、違法と判断し、使用者に対して賠償を命じました。  判断の前提として、業務の内容、責任の程度、変更の範囲などに関して、「定年退職の前後を通じて、主任の役職を退任したことを除き、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲に相違がなかった」という点を考慮しています。  次に、「基本給及び嘱託職員一時金の額は、定年退職時の正職員としての基本給及び賞与の額を大きく下回り、…勤続短期正職員の基本給及び賞与の額をも下回っている」と、その差異が際立っていたこと、「労使自治が反映された結果」でないこと、「労働者の生活保障の観点からも看過し難い」といった理由で、定年退職時の基本給の額の60%を下回る部分について労働契約法第20条にいう不合理な差異に該当すると判断していました。 3 最高裁の判断  最高裁は、下級審判決を是認することなく、高等裁判所へ審理を差し戻しました。そのため、あらためて高等裁判所において判断されることになります。  まず前提として、基本給や賞与であったとしても不合理な差異としてはならないということを確認したうえで、「判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべき」という過去の最高裁判例の基準を踏襲しました(最高裁令和2年10月13日判決、大阪医科薬科大学事件)。  そのうえで、「正職員と嘱託職員である被上告人らとの間で基本給の金額が異なるという労働条件の相違について、各基本給の性質やこれを支給することとされた目的を十分に踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法がある」という結論を導いています。  最高裁の判決が考慮した事情は、大きく分けると、@定年前の基本給の目的と嘱託社員の基本給の目的の相違が不明瞭であること、A労使交渉の結果のみならずその具体的な経緯をも勘案すべきという2点です。  一つ目の考慮事項として基本給の目的を重視しています。今回の事案における基本給の位置づけについて、定年前の基本給は、勤続年数に応じて額が定められる「勤続給」としての性質のみを有するということはできず、職務の内容に応じて額が定められる「職務給」としての性質をも有する余地があり、また、基本給には功績給も含まれていることから「職能給」としての性質も有する余地があることに加え、長期雇用を前提として役職に就き昇進することが想定されていたこと、役職に対しては「役付手当」が支給されていたがその金額も不明であることなどから、正社員に対して支給されている基本給の性質やその目的が確定不能であるとされました。  また、嘱託社員についても、「役職に就くことが想定されていないことに加え、正職員とは異なる基準の下で支給され、勤続年数に応じて増額されることもなかったこと等から、正職員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有するとみるべきである」とされたうえで、嘱託社員の基本給の性質および目的も検討されてないとされました。  二つ目の考慮事項として、労使交渉に関する事情があげられています。同一労働同一賃金の不合理さを判断するにあたって「その他の事情」として考慮するということは、従前の判例で示されています。また、当該事情については、その結果のみならず、その具体的な経緯をも勘案すべきものとされています。本件の下級審においては、原告のうち1人が労働組合の分会長として、嘱託社員と正社員との賃金の相違について回答を求める書面を送付した事実が認定されているだけで、その後の具体的な経緯が不明瞭なままとなっていました。  最高裁としては、正社員の基本給の性質および目的が不確定であるうえ、嘱託社員の基本給の性質および目的も検討されていなかったこと、労使交渉の具体的経緯が不明であることから、高等裁判所で判断し直さなければならないと判断したということです。  基本給の性質や目的について、わざわざ定めているとはかぎらず、使用者が詳細に定めていない場合、これまでの運用などから認定されることになると考えられます。正社員と嘱託社員における基本給の性質および目的を相違させておくということも、賃金の相違を説明する要素になるということは一考に値するでしょう。 Q2 LGBTに関する対応について教えてほしい  男性職員から、自分はMtF(Male to Female)なので、女性トイレの利用を認めるように申し入れがありました。多様性を認める観点からはこれを認めていく必要性があるようにも思われますが、女性職員の意向も汲くむ必要があると思います。どのように対応したらよいでしょうか。 A  各社の状況や具体的な職員の意思などをふまえて、個別具体的に決定していくことが重要です。ただし、時間をかけつつ、可能なかぎり理解を求めていくという努力は必要になると考えられます。 1 多様性の確保とその対応  近年、多様性を受け入れること、とりわけ性的少数者とも呼ばれるLGBTについて、対応をしていくことが求められています。LGBT理解増進法も成立し、今後はLGBTの対応に関する話題が加速していく可能性があります。  例えば、トイレの利用は、男性と女性が分けられており、これは身体的な性別により分けられてきたというのが、これまでの歴史的な背景としてあります。女性の立場からすると、身体的には男性の人物がトイレに入ってくることに抵抗を感じるという話題はよく耳にするところであり、性自認に合わせたトイレの利用を認めることは容易ではないでしょう。 2 トイレ利用に関する最高裁判決について  経済産業省において、ご質問と同様にMtFの職員が、女性トイレの利用を認めるように求めた事案について、執務するフロアと上下1フロア離れたトイレ以外の利用しか認めなかった判断に対して、2023年7月11日に最高裁の判決が出ました。  結論として、女性トイレの利用を認めないという措置が違法であるという判断であったため、広く報道されるなど、企業に与える影響も大きかったようにも思われます。しかしながら、最高裁判決では、慎重な考慮を重ねたうえで結論を出しており、結論だけを見ることはミスリーディングであるともいえるでしょう。  まず、前提となる事実を整理しておくことが重要です。原告となった男性の特徴を整理すると、@1998(平成10)年ごろから女性ホルモンの投与を受けており、翌年には性同一性障害であるとの医師の診断を受けている、A2008年ごろから女性として私生活を送っていた、B2011年には名の変更許可審判を受けて男性名から女性名に変更した、C2010年3月ごろまでには、男性ホルモンの量が男性の基準値を大きく下回っており、性衝動に基づく性暴力の可能性が低いと判断される旨の医師の診断を受けていた、D性別適合手術については健康上の理由から受けていない、という状態です。  いわゆる、自身がLGBTに該当すると述べているだけではなく、医師の診断を重ねていることや、生活状態も女性として振る舞っており、名の変更審判も受けていたという状態という点が特徴的です。  経済産業省が、それでもなおトイレの利用について、執務するフロアと上下1フロア離れた女性トイレの利用しか認めなかったのは、@性別適合手術を受けていなかったこと、A女性トイレを利用することについて同一の部署で働く職員に説明会を開いたところ、明確な異議は出なかったものの数名の女性職員が違和感を抱いているように見えた、B一つ上の階のフロアを日常的に利用している女性職員が存在した、といった事情を考慮したものでした。  経済産業省がそのような決定を行った後、原告は、2フロア以上離れた女性トイレを利用し始めましたが、ほかの職員との間でトラブルが生じないまま4年10カ月が経過しましたが、この間、取扱いが見直されることもありませんでした。  最高裁は、このような状況に対して、「本件における具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、上告人の不利益を不当に軽視するものであって、関係者の公平並びに上告人を含む職員の能率の発揮及び増進の見地から判断しなかったものとして、著しく妥当性を欠いたもの」として、違法と判断しました。  今回の事件から参考になる事項としては、@性別適合手術の有無という形式的な基準のみに依拠して区別することは許容されない場合があること、A抽象的な事情ではなく個別具体的な事情(自社の事情、女性職員の有無、自社の職員のLGBTに対する理解の程度など)をふまえて判断する必要があること、B長期にわたって見直すことなく状況を維持・固定化することがないように心がける必要があること、などがあげられるでしょう。  なお、裁判長の補足意見において「トイレを含め、不特定又は多数の人々の使用が想定されている公共施設の使用の在り方について触れるものではない。この問題は、機会を改めて議論されるべき」と触れられている通り、オープンな利用が前提である施設には、判例の述べたような内容はあてはまりません。 3 これからのLGBT対応について  最高裁の事件では、トイレの利用だけが争点となっていますが、じつは原告が求めた対応は多岐にわたっており、その内容はLGBTの人物が求める措置と重なる部分があるでしょう。  原告が求めたのは、@女性の身なりで働くこと、A女性用休憩室の利用を認めること、B健康診断において乳がん検診を受けられるようにすること、C出席簿の名札の色を女性用の色にすること、Dシステムなどの名前および性別を女性に変更すること、Eメールアドレスの名前を変更すること、F身分証の名前および写真を変更すること、などです。すべてがあてはまるとはかぎりませんが、自社でも対応が必要になる部分があるとイメージすることはできるのではないでしょうか。  LGBT理解増進法では、事業主には、労働者に対してLGBTの理解を促進し、研修の実施、普及啓発、相談体制の整備などが努力義務として課されており、最高裁判例において示されたような事情もふまえつつ、具体的な対応が求められていくことになりそうです。 第65回 年次有給休暇に対する時季変更、労働条件通知書の記載事項変更と定年後再雇用対応 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲 Q1 年次有給休暇の時季変更をする際の留意点が知りたい  シフトを組む際に、複数の労働者から有給休暇の申請を受けたところ、臨時の業務や当日見込まれる業務量からすると、すべての有給休暇を受け入れるわけにはいかなかったため、有給休暇の取得時期を変更して、シフトを組みました。有給休暇を変更された労働者が不満を持っているようなのですが、対応に問題があったのでしょうか。 A  労働者の有給休暇取得は権利として認められているため、原則としてそのまま受け入れなければならず、変更するためには業務の正常な運営に支障があるといえなければなりません。また、その判断にあたっては、合理的な期間内に、遅くとも有休取得日よりも相当期間前までに行うべきと考えられます。 1 年次有給休暇について  労働者には、6カ月以上継続勤務し、かつ、その出勤率が8割を超えている場合には、年次有給休暇を取得する権利が付与されます(労働基準法第39条)。所定労働日数が4日以下かつ週所定労働時間が30時間未満の時短勤務である場合には、その所定労働日数に応じて比例的に付与する必要があります。  この年次有給休暇の取得については、原則として、労働日よりも前に取得する日を指定した場合には、使用者はこれに応じて、労働者に休暇を取得させなければなりません。  使用者には、例外的に有給休暇の取得日を変更することができる権利が与えられており、「時季変更権」と呼ばれています。時季変更権が認められるのは、「事業の正常な運営を妨げる場合」にかぎられており、この要件についても過去の裁判例においては、厳格に解釈される傾向にあります。 2 時季変更権に関する裁判例  有給休暇を取得する権利に関する過去の判例を、いくつか整理しておきます。  まず、有休取得に使用者の承認が必要かという点については、「労働者がその有する休暇日数の範囲内で、具体的な休暇の始期と終期を特定して右の時季指定をしたときは、客観的に同条三項但し書所定の事由が存在し、かつ、これを理由として使用者が時季変更権の行使をしないかぎり、右の指定によつて年次有給休暇が成立し、当該労働日における就労義務が消滅するものと解するのが相当である」(最高裁昭和48年3月2日判決、白石営林署事件)とされており、使用者の承認がなくとも、有給休暇の取得日を指定されたときには、そのまま労働義務が消滅するとされています。  また、有給休暇の取得に理由が必要かという点について、「年次休暇の利用目的は労基法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由である、とするのが法の趣旨であると解するのが相当である」(最高裁昭和48年3月2日判決、国鉄郡山工場賃金カット事件)と判断されているため、利用目的によって取得を認めるか否かを決めることもできません。  また、労働者が有給休暇取得を指定した場合は、「使用者に対し、できるだけ労働者が指定した時季に休暇を取れるよう状況に応じた配慮をすることを要請しているものとみることができる」として、使用者に配慮義務を課しており、シフトを割り当てられた日に有給休暇を取得する場合についても、「勤務割によつてあらかじめ定められていた勤務予定日につき休暇の時季指定がされた場合であつてもなお、使用者は、労働者が休暇を取ることができるよう状況に応じた配慮をすることが要請されるという点においては、異なるところはない」(最高裁昭和62年7月10日判決、弘前電報電話局事件)とされています。同事件では、「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するか否かの解釈についても、「使用者としての通常の配慮をすれば、勤務割を変更して代替勤務者を配置することが客観的に可能な状況にあると認められるにもかかわらず、使用者がそのための配慮をしないことにより代替勤務者が配置されないときは、必要配置人員を欠くものとして事業の正常な運営を妨げる場合に当たるということはできないと解するのが相当である」と判断しています。 3 最近の裁判例紹介  有給休暇取得に関して、近年も最高裁判例の内容をふまえた判断がされています。  東京地裁令和5年3月27日判決(JR東海(年休)事件)においては、シフト制の勤務体制のなかで、臨時対応用のシフトを予定された労働者が有給休暇の取得を求めたところ、使用者がこれを拒んだことから、その時季変更権行使の違法性が争われました。  時季変更権における配慮が尽くされていないことが、賠償責任に結びつくか否かに関して判断しましたが、弘前電報電話局事件の最高裁判例を踏襲しつつ、「事業の正常な運営を妨げる場合」の判断を誤ったとしても、それだけでは配慮義務違反がただちに債務不履行にあたると認めることはできないと判断しました。  他方で、請求した有給休暇取得の直前まで時季変更権が行使されないことが、使用者の義務違反であるかについて判断された点は、本件における特徴といえます。裁判所は、「時季変更権の行使時期について労基法その他の関係法令に特段の規定が置かれていないことを考慮しても、使用者が事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的な期間を超え、指定された時季の直前まで時季変更権の行使を行わないなどといった事情がある場合には、使用者による時季変更権の行使が労働者の円滑な年休取得を合理的な理由なく妨げるものとして権利濫用により無効になる余地があるものと解される」と判断しています。  そのため、使用者の立場からすると、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間内に、かつ、遅くとも労働者が時季指定した日の相当期間前までにこれを行使することが必要となります。また、これが適切に行われたか否かについては、労働者の担当業務、能力、経験および職位など、並びに使用者の規模、業種、業態、代替要員の確保可能性、使用者における時季変更権行使の実情およびその要否といった事情を総合的に考慮して判断するとしています。  当該事案において、裁判所は、JRによる新幹線の運行について社会経済上の要請があることなどをふまえつつも、時季変更権の行使は、判断するのに必要な合理的期間を超えていたものとして、使用者の過失による義務違反(債務不履行)であると判断しました。  そのほか、労働者からは、恒常的な人員不足を理由とする時季変更権の行使は許されないとの主張もなされており、裁判所は、「使用者が恒常的な要員不足状態に陥っており、常時、代替要員の確保が困難な状況にある場合には、たとえ労働者が年休を取得することにより事業の運営に支障が生じるとしても、それは労基法39条5項ただし書にいう『事業の正常な運営を妨げる場合』に当たらず、そのような使用者による時季変更権の行使は許されないものと解するのが相当である」と判断され、被告が恒常的な要員不足の状態のまま時季変更権を行使したことも債務不履行に該当するものとされました。恒常的な要員不足に陥っている場合は、使用者による有給休暇に関する時季変更権を行使できなくなるおそれもあることを示しているため、有給休暇の取得が可能となる人数を確保しておくよう注意が必要です。 Q2 2024(令和6)年4月1日から施行される、労働条件通知書記載事項の変更とは何ですか  労働条件通知書の記載事項が変更になるにあたって、定年後再雇用時の記載について、留意すべき事項はあるでしょうか。 A  更新に関して上限の記載を行うか否かという点や無期転換権が生じないのであれば、その旨を記載することを検討しておくことが望ましいと考えられます。また、給与体系の変更がある場合には、その期待される役割や業務内容についても記載しておくことが適切でしょう。 1 労働条件通知書の記載事項変更  2024年4月1日以降、労働基準法において求められている労働条件通知書の記載事項が変更されます。  おもな項目としては、無期転換ルールに関する事項を含めた労働条件明示事項の追加、裁量労働制に関する改正などが予定されていますが、高年齢者雇用との関係において留意すべきポイントを整理しておきたいと思います。  追加が必要となる記載事項は、@通算契約期間または有期労働契約の更新回数の上限、A就業の場所および従事すべき業務の変更の範囲のほか、B無期転換申込機会の明示や無期転換後の労働条件の明示となっています。  定年後再雇用を行う場合は、基本的には有期労働契約を締結することになるため、@の通算契約期間または有期労働契約の更新回数の上限を記載する必要があります。例えば、65歳定年後、70歳までを上限として1年ごとの有期労働契約を予定している場合には、通算契約期間として5年間と記載するか、更新回数上限として4回と記載しておくことが適切でしょう。  また、Bに関連して、無期転換申込機会の明示については、使用者において第二種計画認定※の手続きを終えているのであれば、無期転換申込権自体が発生しないため、その機会の明示自体も必要はないと考えられますが、労働者の立場をふまえると無期転換申込権が発生しない旨を明記しておく方が望ましいでしょう。他方、第二種計画認定の手続きを終えていない場合には、5年を超えて締結する際には、無期転換申込機会を明示する必要があります。記載例としては、「本契約期間中に会社に対して期間の定めのない労働契約(無期労働契約)の締結の申込みをしたときは、本契約期間の末日の翌日から、無期労働契約での雇用に転換することができる」といったものがモデル労働条件通知書として公表されています。定年後再雇用者が無期転換権を行使した場合、定年による労働契約の終了が生じることはなくなるため、本人の就労意思が続くかぎり、または解雇事由が生じないかぎりは、労働契約が存続し続けることにもつながる可能性があります。必要であれば、第二種計画認定の手続きを終えておくか、無期転換後65歳以降の第二定年も用意しておくなど、自社の想定している雇用維持の方法をふまえて、就業規則も整備しておくことが重要でしょう。 2 就業の場所および従事すべき業務の変更の範囲  追加された記載事項としてA就業の場所および従事すべき業務の変更の範囲があります。従前から、就業の場所自体は記載事項とされていましたが、これが、当初就業する場所を意味しているのか、配置転換の可能性を制限する就業場所制限の合意としての位置づけであるのか曖昧になっており、訴訟においても争点になることがしばしば生じています。  就業場所制限の合意として認められる場合には、使用者から配置転換や転勤などを命じることもできなくなることから人員配置の柔軟性を確保することはできなくなります。一方で、転勤することをふまえて基本給やそのほかの手当などを予定していた場合には、就業場所制限の合意があるのであればそのような処遇を行う理由もなくなるといえます。  これまでは、就業場所に記載されているだけでは、特段の事情がないかぎりは、就業場所制限の合意ではなく、当初の就業場所を明示したにすぎず、就業規則に配置転換などの規定があるかぎりは、使用者が配置転換や転勤を命じることはできると考えられることが多かったといえます。しかしながら、今後は、就業場所の変更の範囲を明記することが求められるため、変更の範囲について記載がされていない場合には、使用者の配置転換などの権限はないと判断される可能性は高まるといえるでしょう。このことは、業務内容の変更の範囲にも同様のことがいえます。  定年後再雇用を行うこととこれらの就業場所および業務内容の変更の範囲について記載を要することの関連性はどこにあるかというと、定年前と定年後の働き方による同一労働同一賃金の判断要素となるという点にあります。定年後再雇用であるにもかかわらず、就業場所や業務内容を変更する余地が大きいままで正社員のときと変更されていないようであれば、賃金を減額する理由が乏しいということになります。定年後の雇用条件については、正社員であった当時の労働者自身の労働条件と比較される場合もあり、特に注意が必要でしょう。他方で、正社員との相違を明確化しておくことができれば、そのことが同一労働同一賃金でないことを説明するための合理的な理由になります。  先日、定年後再雇用における賃金減額に関して、最高裁は、名古屋自動車学校事件(最高裁令和5年7月20日判決)について、正社員と高齢者の基本給や賞与の性質の検討が不足しているとして名古屋高等裁判所へ差し戻しました。このことは、最高裁が、同一労働同一賃金の判断に関して、賃金の性質や支給の目的を重要な要素としていることを示しています。労働条件通知書における、就業場所および業務の内容の変更の範囲を明記することは、賃金の性質などを判断するにあたって重要な事情になるはずです。加えるならば、基本給の支給額に関する計算要素や手当の目的など給与体系に変更がある場合は、その説明も加えておくことで、賃金などの性質を明らかにし、合理的な説明であると労働者が理解できるように準備しておくことも視野に入れておくべきでしょう。 ※適切な雇用管理に関する計画書を作成し、都道府県労働局長の認定(第二種計画認定)を受けた事業主の下で、定年に達した後、引き続いて雇用される有期雇用労働者(継続雇用の高齢者)については、無期転換ルールの特例として、その事業主に定年後引き続いて雇用される期間は、無期転換申込権が発生しない 第66回 契約更新回数の上限の意味、継続雇用希望の意思表示方法 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 有期契約社員の契約更新の上限設定と、無期転換権発生の関係について教えてほしい  契約社員の更新期限を5年に満たない範囲で設定しています。5年を迎えようとしている社員から「無期転換権を発生させないような制度で、違法なのではないか。労働契約を更新して、無期転換権を行使したい」と求められていますが、応じなければならないでしょうか。 A  更新期限の設定自体は、契約更新を期待させないようにするための一要素として意味があるものであり、そのこと自体が違法というわけではないと考えられます。ただし、契約内容と異なり上限設定が形骸化するような説明や実態がある場合は、上限を設定していたとしても更新する義務が生じることがあります。 1 有期労働契約の無期転換権  有期労働契約を締結している場合、その合計の期間が5年を超えた場合は、当該更新された労働契約の期間中であれば、有期から無期に転換する権利(いわゆる「無期転換権」)を労働者に与えています(労働契約法第18条)。  これは、有期労働契約が長期化するなかで、実態として正社員に近づいていたり、有期労働契約の不安定さを維持することが適切ではなくなっていくことから、5年を超えた有期労働契約については、無期労働契約へ転換する権利を付与することとされています。  この制度が導入された当時、5年を超えないような有期労働契約とすることで、無期転換権が発生しないようにするために、更新回数または更新期間に上限を設定するということが行われてきました。  労働者からすれば、上限設定だけで無期転換権を形骸化することができるというのは不合理に感じられるところであり、使用者からすると非正規雇用は雇用の調整弁としての位置づけもあり、調整弁として機能しなくなってしまう無期転換権を避けることは経営上の判断としては取らざるを得ない選択肢でもあったかと思います。  当時から、この上限設定について、そもそも有効としてよいのか、どのような意味があるのかという点が論点になっていましたが、近年、この論点に関連する裁判例が現れています。 2 更新上限の設定に関する裁判例  東京高裁令和4年9月14日判決(日本通運〈川崎・雇止め〉事件)は、有期労働契約の上限設定に関して、労働契約法第18条を潜脱する目的を有したもので、無効であるという主張が行われた事件です。そのほか、労働者の自由な意思が確保された状態での合意によらなければ、更新上限を設定することはできないという主張もなされています。なお、現在、この事件に対する上告受理申立てがなされており、最高裁による判断がくだされる可能性もあります。  高裁判決では、労働者からの主張として、公序良俗違反と自由な意思による合意の不存在がなされており、これらの争点に対する判断がなされました。  そもそも、第1審の地裁判決においても、「本件雇用契約締結当初から、更新上限があることが明確に示され、原告もそれを認識の上本件雇用契約を締結しており、その後も更新に係る条件には特段の変更もなく更新が重ねられ、4回目の更新時に、当初から更新上限として予定されていたとおりに更新をしないものとされている」という点を重視して、有期労働契約を締結する労働者の業務については、顧客の事情により業務量の減少・契約終了があることが想定されていたことや、業務内容自体が高度なものではなく代替可能であったことなどから、更新に対する合理的な期待を生じさせる事情があったとは認めがたいとして、労働者の主張を認めない判断をしていました。  高裁判決もこれを基本的に維持しつつ、労働者から行われた高裁における追加主張に対する判断をくだしています。  その内容は、「労働契約法18条の規定は、…有期労働契約の濫用的な利用を抑制し、労働者の雇用の安定を図ることを目的とするものと解される」としつつも、「同条の規定が導入された後も、5年を超える反復更新を行わない限度において有期労働契約により短期雇用の労働力を利用することは許容されていると解されるから、その限度内で有期労働契約を締結し、雇止めをしたことのみをもって、同条の趣旨に反する濫用的な有期労働契約の利用であるとか、同条を潜脱する行為であるなどと評価されるものではない」として、上限設定それ自体が違法とされることはないと判断しています。これに類似する判断として、最高裁平成30年9月14日判決において、65歳を超えて有期労働契約を更新しない旨の上限を設けていた事案があります。本件では、「被上告人の事業規模等に照らしても、加齢による影響の有無や程度を労働者ごとに検討して有期労働契約の更新の可否を個別に判断するのではなく、一定の年齢に達した場合には契約を更新しない旨をあらかじめ就業規則に定めておくことには相応の合理性がある」として、上限を設定することが高年齢者雇用安定法に抵触するものではないと判断した事例がありましたので、その傾向は変わっていないように思われます。  しかしながら、上限設定がいかなる場合においても、更新拒絶の理由になるかというと、そういうわけではなく、高裁判決は、「同法19条による雇止めの制限が排除されるわけではないから、有期労働契約の反復更新の過程で、同条各号の要件を満たす事情が存在し、かつ、最新の更新拒絶が客観的かつ合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、(中略)従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で承諾したものとみなされ」、その結果として、通算5年を超えて更新されることとなる場合には、無期転換申込権を取得することになると判断しています。  なお、同法19条の適用に関しても、また、「使用者が、一定期間が満了した後に契約を更新する意思がないことを明示・説明して労働契約の申込みの意思表示をし、労働者がその旨を十分に認識した上で承諾の意思表示をして、使用者と労働者とが更新期間の上限を明示した労働契約を締結することは、これを禁止する明文の規定がなく、同条19条2号の回避・潜脱するものであって許容されないと解する根拠もない」として、更新上限を設けていることのみをもって結論が左右されるのではなく、期待の合理的理由を否定する方向の事情(一要素)として考慮要素になるという整理をしています。  このような判断が下されたことと、2024(令和6)年4月1日から施行される労働条件の事前明示に関して、有期労働契約者に更新上限の明示が義務付けられたことは整合性があるといえます。労働者の主張によると、そもそも更新上限を設定すること自体が許容されるべきではないということになりますが、労働条件明示のルールにおいてはむしろ更新がないのであればないと明確にしておくべきという整理がなされたところです。  高裁の判断や労働条件明示の位置づけからすれば、基本的には、更新上限を設定している場合には、使用者にとって契約当初に想定していた更新期限の設定としての意味を持つことになります。しかしながら、有期労働契約の更新にあたって、5年間の間に、その際の説明内容の変化や業務内容の変化などが生じる可能性があり、また契約期間管理の状況が杜撰であったりした場合にも、期待の合理的理由は高まる可能性はあり、上限設定さえしていれば、更新を確実に拒絶できるわけではありません。  なお、自由な意思による合意が必要との主張に対しては、「本件雇用契約の締結当初から明示されたものであり、しかも、本件雇用契約書及び説明内容確認票の各記載によれば、本件雇用契約の雇用期間は5年を超えない条件であることは一義的に明確であること」や本人には面談のうえ説明されていたことなどから、自由な意思に基づかないで合意されたとの事情があったとはいいがたいとして排斥されています。基本的には、最高裁判例などで採用されている労働者の自由な意思が求められる場面は、これまでもすでに成立している労働条件の不利益変更の場面であることからしても、契約成立時点で明示されている更新上限にまでそのまま妥当するものではないといえるでしょう。ただし、契約締結当初ではなく、有期労働契約の更新時に更新上限を追加するような場合には、労働者の自由な意思による合意が求められる可能性は否定できません。 Q2 定年を迎える従業員の継続雇用への意思確認は、どのようにすればよいのでしょうか  従業員が継続雇用を希望するか否かを明確にするために、会社所定の様式で提出することを求めています。定年を迎えた従業員から様式に則した希望が示されなかったのですが、継続雇用を拒否しても構わないでしょうか。 A  定年後再雇用の希望の示し方について制限を設けていたとしても、希望する旨の意思が示されている場合、客観的かつ合理的な理由および社会通念上の相当性が認められないかぎり、継続雇用に応じる必要があります。 1 継続雇用の要件  高年齢者雇用安定法第9条1項2号において、継続雇用制度について、現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度と定義されています。  ポイントは、高年齢者が「希望」するときという要件が定義に含まれていることから、すべての高年齢者を継続雇用の対象としなければならないというわけではなく、希望者を対象とする制度とされているという点です。  とすると、定年を迎える労働者が、継続雇用を希望しているか否かを確認しなければ、継続雇用するか否かを判断できないということになります。そこで、使用者としては、希望の有無を明確化するために、所定の様式などを用意して確認することもあるでしょう。  所定の様式を用意することは意思を明確化するためには不合理な制度ではないと考えられますが、その運用方法を誤ると、紛争になってしまう可能性があります。 2 様式性の過度な要求による紛争  函館地裁令和4年12月13日判決は、高年齢者雇用の希望について、様式性を厳格に求めたことが一因となって紛争となった事例です。使用者は、定年後の再雇用について、60歳の定年退職者で引き続き勤務延長を希望している労働者は、厚生年金受給開始日の前日までを対象とし、退職日の1カ月前までに所定の書式として「勤務延長願」を作成させるという運用がとられていました。  当該事件において、使用者は、ある労働者について、再雇用にあたっては定年退職日の90日前までに労働者が「勤務延長願」の用紙の交付を請求する運用があり、労働者から当該指定の用紙が提出されなかったことや使用者が用意した定年退職を前提とする確認書に署名押印していることなどを理由に、継続雇用を拒否したところ、労働者は、継続雇用を希望していたことを理由として、再雇用の拒否が不当であるとして労働委員会への救済申立てを行っていました。  裁判所は、「そもそも、所長は、原告が令和3年1月29日に所長に対し継続雇用の意思がある旨を告げた際、原告に対し所定の勤務延長願を交付しておらず、その後も、原告に対しては勤務延長願が交付されないまま、同年2月24日、労務課の職員から再雇用をしない意向を告げられた」ことや、その後に「再雇用を巡って紛争となったという経緯等を踏まえると、原告が所定の勤務延長願の交付を求めず、また提出することもなかったことをもって、原告に再雇用を承諾する意思がなかったことを基礎付けると評価することはできない」と判断されました。また、様式は異なるものの、労働者が、労働組合または代理人弁護士を通じて再雇用拒否が無効である姿勢を示していたことなどから、再雇用を希望する意思があったものと認定しています。  使用者が行っていた運用をそのまま徹底すれば、様式性を満たすことなく示された希望については、使用者にとっては継続雇用の希望を示したものとは認めないという扱いになりますが、裁判所はこれを否定しています。裁判所は、様式性の定めや運用が定着していたとしても、様式外の方法による希望が示されていた事情があれば、継続雇用の希望の意思は示されたものとして取り扱われなければならないという評価をくだしたといえます。また、本件においては、対象の労働者と使用者の間で労働組合における活動内容を背景とした不和が生じており、見方によっては使用者から「勤務延長願」を提供しないことで、継続雇用の様式性を満たせないようにしておくことで拒絶の理由としたというとらえ方もできるような状況となっていました。  様式性を求めて、取扱いをできるかぎり統一的に行うことで、定年後の継続雇用の希望を正確に把握しておくこと自体は不合理ではないとしても、希望の把握方法はその内容に限定されるものではなく、そのほかの方法で希望が示された場合であっても、継続雇用の対象として扱うことが適切です。希望の有無が不明瞭にならないように書面であらためて提出するようにうながすといったことは行ってもよいと考えられますが、所定の様式にこだわりすぎずに、労働者の真意を正確にとらえるように留意することが重要でしょう。 第67回 産休・育休と職位の廃止、高度専門職との労働契約の終了 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲 Q1 役職に就いている社員が育児休業中に、所属部署の廃止が決まりました。当該社員の役職も廃止になるのですが、問題はないでしょうか  役職に就いていた社員が育児休業している期間中に、所属していた部署を廃止することになり、それにともない就いていた役職も廃止されることになりました。育児休業を理由としているわけではないのですが、禁止されている不利益取扱いに該当するのでしょうか。 A  部署や役職の廃止を行うこと自体は業務上の必要性から肯定される余地はあるものの、将来のキャリア形成への不利益なども加味して、処遇を決定する必要があります。 1 産休・育休を理由とした不利益取扱いの禁止  男女雇用機会均等法第9条3項では、「事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」と定めており、妊娠や産前産後休業取得に対する不利益取扱いが禁止されています。  また、育児介護休業法第10条では、「事業主は、労働者が育児休業申出等(育児休業申出及び出生時育児休業申出をいう。以下同じ。)をし、若しくは育児休業をしたこと又は第九条の五第二項の規定による申出若しくは同条第四項の同意をしなかったことその他の同条第二項から第五項までの規定に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」と定め、こちらでは育児休業の取得などに対する不利益取扱いの禁止が定められています。  ここでいう不利益取扱いの典型例は、解雇や降格、減給などですが、人事考課において不利益な評価を行うことなども含むとされています。  質問にあげられているような部署の廃止にともない役職を喪失することは、間接的には降格といえるでしょう。しかしながら、長期であれば2年間程度の産休および育休となり得ることからすると、企業内での事情を加味して組織変更を行うことすら選択肢から奪われるというのは、企業にとっては許容しがたいということになるでしょう。 2 育児介護休業にともなう降格に関する裁判例  最高裁平成26年10月23日判決において、妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる措置について、原則として禁止される不利益取扱いに該当するとしつつ、「当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利な影響の内容や程度、上記措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に照らして、当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき、又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして、上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは、同項の禁止する取扱いに当たらない」という判断がされたことがあります。  当該事件においては、管理職から非管理職へ変更されたという処遇変更について、一時的な措置ではなく、管理職への復帰を予定していない措置であること、本人の意向に反するものであったこと、管理職への復帰の可否などについて説明がなされていなかったことなどをふまえて、労働者の自由な意思に基づいて承諾したものと認めることはできないとされています。  また、趣旨および目的に実質的に反しないと認められる特段の事情に関しても、軽易業務へ転換することの業務上の必要性が不明瞭であることや、内容や程度が相当なものであったといえるか検討されていないとされて、高裁へ差し戻された結果、特段の事情は認められないという結論に至っています(差戻審:広島高裁平成27年11月17日判決)。  近年、同様の基準にしたがって判断された裁判例があらわれました(東京高裁令和5年4月27日判決〈アメックス《降格等》事件〉)。  基本的な考え方として、不利益取扱いが禁止されている範囲については、労働者の自由な意思による承諾か、もしくは、趣旨および目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときでなければならないとした点は、最高裁判決を踏襲しています。  当該事件における特殊な点としては、育休中に部署が廃止された結果、役職を解かれたことについて、具体的な賃金への影響はないように配慮されていたにもかかわらず、禁止される不利益取扱いに該当すると判断されたことです。その理由としては、「基本給や手当等の面において直ちに経済的な不利益を伴わない配置の変更であっても、業務の内容面において質が著しく低下し、将来のキャリア形成に影響を及ぼしかねないものについては、労働者に不利な影響をもたらす処遇に当たるというべき」ということがあげられています。  ここでは、キャリア形成という抽象的な不利益に対しても、不利益取扱いに該当するという判断がされていることから、役職を解くにあたっては慎重な配慮が必要になると考えられます。具体的には、役職を解くことに対し自由な意思による同意を得るために説明を尽くしていくことや業務上の必要性が高度に求められることには留意する必要があるでしょう。  将来のキャリア形成への影響という点は、抽象的であり、今後の裁判例の蓄積を待つ必要がありますが、当該事件においては復職後の業務の質が著しく低下している(具体的には、部下がおりその管理などを任せられていた営業職がテレアポのみを担当する業務に変更されている)ような事案であったことから、極端な職務内容の変更は労働者自身の自由な意思による承諾が得られないかぎりは控えておくべきでしょう。 Q2 高度専門職の社員を定年後再雇用しないことはできますか  高度な職務を任されることを前提に、高い報酬が与えられている部長職について、期待された成果が出ていないことから定年後の再雇用を控えることはできるのでしょうか。 A  高度な専門職を対象とする場合、解雇相当と認められる可能性が高くなるため、通常の定年後再雇用と比較して、再雇用を控えることができる可能性は高いと考えられます。ただし、定年後の業務内容や条件を十分に提示することは必要です。 1 定年後再雇用の要件  高年齢者雇用安定法では、継続雇用制度について、現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度と定義されており、定年後の再雇用については、就業規則に定める解雇または退職に相当する事由などがないかぎりは、原則として継続雇用希望者については、65歳までは再雇用しなければならないとされています。  例えば、厚生労働省のQ&Aにおいては、「継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みが廃止されたことから、定年時に継続雇用しない特別な事由を設けている場合は、高年齢者雇用安定法違反となります。ただし、就業規則の解雇事由又は退職事由と同じ内容を、継続雇用しない事由として、別に規定することは可能であり、例えば以下のような就業規則が考えられます」とされています。なお、「就業規則の解雇事由又は退職事由のうち、例えば試用期間中の解雇のように継続雇用しない事由になじまないものを除くことは差し支えありません。しかし、解雇事由又は退職事由と別の事由を追加することは、継続雇用しない特別な事由を設けることになるため、認められません」とされています。  厚生労働省のQ&Aをふまえると、退職や解雇に相当するような事由がないかぎりは、定年後再雇用をしないという判断をすることは、高年齢者雇用安定法違反になると考えられますので、継続雇用を控えるためには解雇事由が十分に認められるのかという判断が重要になります。 2 高度専門職に対する解雇判断  東京地裁令和4年4月12日判決(クレディ・スイス証券〈職位廃止解雇〉事件)では、高度な職務に就くことを前提に高額報酬を得ていた従業員について、整理解雇の対象としたことが、許容されるか否かが争点になりました。  原告は、高度な職位(投資運用部のプロジェクト・リーダー)としての役割を期待されていた労働者で、事業譲渡にともない移籍したところ、引き続き部長職として高度な職務を任されていました。  しかし、商品を日本国内で販売するにあたっての税務処理などの商品設計上の課題が山積みしており、適切に対応できておらず、当該部門自体を最終的に閉鎖するという判断に至り、原告に対しては退職勧奨が実施されました。原告はこれに応じなかったことから、最終的に会社が解雇を実施し、その有効性が争われました。  会社は、高度な職位に就任していた(会社内の役職はヴァイス・プレジデント)ことから、その処遇も高待遇であり、整理解雇の四要素(@人員削減の必要性、A解雇回避努力、B被解雇者選定の妥当性、C手続の妥当性)を形式にあてはめて判断することはそぐわないと主張しましたが、裁判所は、これを受け入れることなく、整理解雇の四要素が総合的に考慮して判断するという基準を示しました。そのため、高度な職位にいるとしても労働者である以上は、整理解雇の四要素が考慮されるという点に変わりはありません。  しかしながら、高度な職位であったことや高額な報酬を得ていたことなどの事情は、解雇回避努力の内容や程度などを検討するにあたっての考慮要素として斟酌(しんしゃく)することができるという判断も示されており、一般的な労働者の整理解雇と比較すると緩やかな基準で判断されることになります。  実際の事例では、原告に対して会社からほかの職種などへの希望などを聴取し、合計四職種の提案をしてもこれに応じなかったので五つ目の職種を提案するなど行っていたところ、同程度のポジションの提案がなかったことをもって十分な措置が取られていないといった反論がなされていたものの、裁判所としては、そのような提示を求めることは原告のために特別な措置を取ることを求めるに等しいもので、「会社都合で職位を消滅させたとはいえ、他の従業員との公平性を害しかねないそのような特別措置を取ることまで信義則上要求されると解することはできない」と判断し、原告の要求は一蹴されています。会社からの提示されたポジションに応じなかったことについては、「原告は、被告会社が取り組んでいた原告の解雇回避のための努力に真摯に向き合おうとしなかったものであり、会社都合により職位を失ったという事情を考慮したとしても、極めて不誠実な態度であったと言わざるを得ない」という評価に至っています。そのほかにも、部署の定員数を増加させたり、新たな部署の設立が可能であったなどの主張もなされていましたが、「業務上の必要性があるとはうかがわれない本件においてそのような措置を取るべきであるといえないことは明らかである」とされており、部署の廃止などに関わる業務上の判断については、会社側の事情が優先される結果となっています。 3 継続雇用時の判断との関係  継続雇用を控えることと、先述の裁判例における判断の関係性については、継続雇用をしないためには、解雇事由を充足していることが必要という点で連結することができます。  定年後再雇用においても、従前の役職などと同程度の待遇や業務内容を用意できないという場面は容易に想定できます。そのような場合において、会社としては定年後に期待する役割や条件を十分に提示しておくことが重要です。基本的に、定年直前の状況というのは高待遇な状態になっている可能性は十分にあり得ることから、提示した業務内容や労働条件に対して、これに応じることなく拒絶されるような事態が生じれば、継続雇用ができないという判断もあり得るということになるでしょう。  なお、元々の労働条件が高待遇であった場合には、紹介した裁判例との親和性は高くなりますが、業務内容の変更と待遇の低下という意味では、定年後の再雇用との考え方との関係では、少なからず影響がある裁判例であると考えられます。いかなる場合であっても、定年後の働き方について提示できる業務内容や条件を十分に提示しておくことは必要であるという考えは持っておくべきでしょう。 第68回 未払残業代と代表取締役の責任、高齢者採用と退職金 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 未払残業代を取締役個人に対して請求された  退職した従業員から未払残業代を請求されたのですが、会社だけではなく、取締役個人にまで請求されています。このような請求が認められることがあるのでしょうか。 A  未払残業代の発生が、取締役の故意または重大な過失による場合には、個人も連帯して責任を負担することがあります。 1 取締役個人に対する請求の根拠  会社と取締役(代表取締役も含みます)は、法的に別人格であり、権利や義務も区別されることになります。そのこと自体が、会社を設立して経済活動を行うことの意味であり、これが区別されないままだと、会社名義で経済活動を積極的に行うことが阻害されてしまうでしょう。  労働基準法に関しても、労働者との間でこの法律を遵守しなければならないのは使用者である会社であり、取締役個人ではありません。ただし、取締役は、会社法に基づき善管注意義務および忠実義務を負担しているといわれており、会社の利益を追求するにあたり、法令に違反しない方法を選択するようにしなければなりません。取締役自身が法令を遵守することに加えて、自身以外の取締役が法令を遵守するよう監視する義務もあり、また、従業員らに法令を遵守させなければ会社の法令遵守は実現できないことから、会社の体制として法令を遵守することを目的とした仕組みをつくることも必要になります。  要するに、取締役は会社に法令を守らせるという任務をになっているということであり、このような任務を懈怠(けたい)することは許されていません。会社法第429条第1項は、「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う」と定めることで、取締役の任務懈怠により取引先などの第三者へ生じさせた損害について、取締役個人が賠償する責任を負担しなければならない旨が定められています。ここでいう第三者の範囲については広く認められており、労働者であっても、賠償請求が可能な第三者には該当すると考えられています。  今回の相談では、未払残業代を生じさせることが任務懈怠といえるのか、どのような場合に取締役の悪意または重大な過失と評価されるのかという点が問題となります。 2 未払残業代と任務懈怠に関する裁判例  管理監督者に該当するものとして、残業代の支払いを受けてこなかった労働者が、会社が解散してしまったこともあり、代表取締役個人に対して未払残業代相当額を請求した事件があります(名古屋高裁金沢支部令和5年2月22日判決)。  当該事案においては、管理監督者に該当するという前提で残業代を支払っていなかったことが、任務懈怠といえるのかという点がまず問題となります。  裁判例では、管理監督者に該当するか否かについては、@経営者との一体性、A労働時間の裁量、B賃金等の待遇などから判断するものとされました。そして、@については営業会議への参加および同会議において提案していたことをもって一定程度の影響力を有しているとされたものの、雇用の決定にまでは関与してなかったとされ、A労働時間の裁量についても、就任前後のいずれもシフトに基づき就労し、また、就任後の方が労働時間は増加しており裁量を与えられていたとはいい難く、労働時間を自己申告にしたとしても裁量があったとは認められず、B従前受けていた残業代の支給を受けられなくなってもふさわしい待遇といえるかという観点からしても3000円程度しか差が出ていない待遇差はふさわしい待遇とはいえないとされ、管理監督者性が否定されました。  管理監督者性については、経営者との一体性という観点から評価されるため、その要件は厳しく、裁判例でも肯定されることは多くありません。このような場合に、代表取締役個人が責任を負担することになるのでしょうか。  管理監督者ではない労働者に対して残業代を支給していない状態は、労働基準法第37条に違反するものであり、取締役としての任務懈怠に該当するという点は反論の余地はないでしょう。残された問題は、代表取締役に故意または重過失があったか否かという点です。  この事件の代表取締役は、社会保険労務士に相談をしたところ、管理監督者にすれば残業代を支払う必要はないが給料も上げなければならないという助言を受け、その要件の詳細の説明を受けることはなく、管理監督者にふさわしいか否かの相談をせずに、残業代の支払義務を免れるために管理監督者の制度を利用していました。このような事情から、管理監督者として扱ったことに重大な過失があると評価されています。  なお、裁判所は、管理監督者該当性の判断基準へのあてはめを誤ったことがただちに重過失とされるものではないとしつつも、判断基準にあてはめることもなく、残業代を支払わない方法として管理監督者の制度を利用したという点を重視して、重過失を肯定しました。  管理監督者という制度が、残業代を支払わないでよいものとして悪用され、「名ばかり管理職」などと呼ばれる現象が生じていることに警鐘を鳴らす判決であるといえるでしょう。  ちなみに、この裁判例では、単に労働時間の計算ミスなどにより、取締役が把握することができない状況で未払残業代が発生したとしても、それがただちに取締役の故意または重過失による損害とはならないことも判断しており、制度の悪用ともいえる範囲で責任を肯定していますので、その影響は限定的ともいえます。何か法令違反があればただちに取締役個人が責任を負担するわけではありません。  しかしながら、法令違反の状態を知りながら長期間放置するような事態になれば、重過失が肯定される可能性は高まっていくことにつながるでしょうし、過去には過労死を生じさせるほどの長時間労働が生じていた企業について、長時間労働の状況が取締役らにより容易に把握可能な状況であったにもかかわらず、これを防止する措置がとられなかったことなどもふまえて、取締役らの個人の責任を肯定した裁判例(大阪高裁平成23年5月25日判決、上告棄却及び不受理にて確定)もあるため、労働関連法令の違反については、会社全体で適法性を確保できる体制づくりを維持することも重要です。 Q2 定年を超えた年齢の人材を採用した場合の退職金の取扱いが知りたい  求人をしていたところ、定年となる年齢を超えた人材から応募がありました。定年後の再雇用もしていることから年齢的には採用可能と考えていますが、留意すべき事項はありますか。 A  退職金制度について、自社で定年を迎えた労働者以外も除外するような内容となっているか、確認しておくことが適切です。 1 高齢者を採用するときの留意事項  自社で定年を迎えた労働者であれば、定年後の継続雇用制度の対象となるため、退職事由や解雇事由がないかぎりは、継続雇用を希望する労働者との労働契約を終了させることはできません。  他方で、高年齢者雇用安定法が定める継続雇用制度の対象者は、自社において雇用する労働者にかぎられるため、他社で定年を迎えた者まで、継続雇用制度の対象として希望されたら雇用しなければならないというわけではありません。  したがって、定年を超えた年齢の労働者から応募があったとしても、通常どおり書類選考や面接の対象としたうえで、採否を決定すればよいということになります。継続雇用の対象も当然増えていると思いますが、他方で、人口全体の高齢化が進んでいる状況ですので、定年を迎えた会社以外で働くことを希望する高齢者や65歳以降は別の会社で雇用されるようになるといった状況はこれからも増えていく可能性があります。  定年を迎えた労働者を継続雇用の対象としている場合に、継続雇用対象者用の就業規則や退職金規程を設けていることがあります。特に退職金については、定年時に支給をしている前提ですので、退職金は支給しない旨を明記していることが一般的でしょう。  ところで、継続雇用対象者用の就業規則や退職金規程において、対象労働者の定義をどのように定めているでしょうか。例えば、「会社を定年退職し、継続雇用の対象となった労働者」といった定義にしている場合、ここでいう「会社」は就業規則上自社のことをさすと定義されているでしょうから、定年を超えた年齢で採用した労働者は「会社を定年退職」したわけではないため、この継続雇用対象者用の就業規則の対象とならない可能性があり、その場合に、正社員の就業規則などが適用される可能性があります。 2 退職金制度に関する裁判例  定年年齢を超えた労働者を雇用したところ、当該労働者に退職金の支給を定めた規定が適用されるか否か、退職金を請求することができるか争いになった事件(大阪高裁平成9年10月30日判決)があります。  この事件において、会社は、退職金について、「従業員が退職したときは退職金を支給する。但し、勤続年数が3年未満の者には支給しない」という内容と、計算方法として「基本給×勤続年数÷2」を就業規則に定めていました。  事件の当事者となった労働者は、勤続年数が3年を超えていたことから、退職金の請求が可能であるとして、退職金を会社に対して請求しました。会社としては、通常であれば定年時に退職金を支給しており、定年を超えて採用された労働者は退職金の対象とならないと反論しました。  裁判所は、「被控訴人(筆者注:会社)が平成六年一二月一五日付で制定し労働基準監督署に届け出た本件就業規則は、規定の上で、適用対象を正社員に限定しておらず、高齢者を適用対象とする就業規則が別に制定されていたものではなく、又、被控訴人がそれ以前に制定し労働基準監督署に届け出ないまま事実上使用していた旧就業規則でも、規定の上で、適用対象を正社員に限定せず、高齢者を適用対象とする就業規則が別に制定されていたものでもなかった」ことを理由に、高齢者を区別していなかった以上は、定年を超えて採用された労働者であっても就業規則の適用を受けると判断しました。さらに、「就業規則には高齢者に退職金を支給しないという明文の定めがなく、勤続三年未満の者には退職金を支給しないとの定め以外の適用排除規定が見当たらず、退職金は基本給と勤続年数を基礎にして算出される定めとなっており、控訴人についても右定めによって退職金を計算することが可能であること」や定年年齢を超えた採用であったことから「退職後の支給であるため年金を受給しつつ労働を続けるために賃金や諸手当を低額に抑えるという要請を受けないこと」などから、退職金の規定を適用できないと解すべき根拠がないと判断されています。  結果として、60歳の定年年齢を超えてから採用した従業員に対して、退職までの勤続年数約7年に相当する退職金を支給するように命じられるという結論になりました。  このような事例は特殊であるように思われるかもしれませんが、そうともいいきれません。自社の就業規則について、定年後再雇用者はどのような定義になっているか確認しておくべきでしょう。嘱託社員などと呼ばれることも多いですが、その定義は、「会社を定年退職し、継続雇用の対象となった労働者」などとされているのではないでしょうか。このような定義で適用範囲を定めていた場合に裁判例のロジックにしたがえば、嘱託社員用の就業規則や賃金規程では退職金を支給しない旨定めているとしても、自社を定年退職することなく採用した従業員は嘱託社員就業規則および賃金規程の適用を受けるものではなく、正社員の就業規則の適用を受ける可能性があります。  そうなると、裁判例が述べている通り、退職金の支給を受けたわけでもなければ、賃金や諸手当を低額に抑える要請を受けるものではないという点も共通することになりますので、退職金を支給する対象になり、想定外の状況になりそうです。  このような事態を避けるためには、嘱託社員就業規則が適用される範囲について、自社を定年退職した従業員だけではなく、定年年齢を超えて雇用された労働者も対象にしたうえで、退職金の支給がない旨を明記しておくといった対応をしておく必要がありそうです。 第69回 定年制の変更について、社有車の盗難による事故とその責任 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 定年廃止後に定年を改めて設定することはできますか  高齢従業員の就労確保のために、定年を廃止することも視野に入れて検討しています。ただ、状況によっては定年制を再度定め直して、継続雇用措置に切り替えることも考えておきたいのですが、問題はあるでしょうか。 A  一度廃止した定年制を設定し直すことは、就業規則の不利益変更に該当し、その効力が否定されるおそれがあります。廃止を先行させるのではなく、定年の延長などを順次行いつつ、最終的な廃止を目ざすほうがよいと考えられます。 1 高齢者の就業確保について  高年齢者雇用安定法が改正され、現在では、70歳までの就業機会の確保が努力義務として定められています(同法第10条の2)。  65歳までの高年齢者雇用確保措置と同様に、定年の引上げや継続雇用制度のほか、定年の定めの廃止も就業確保の措置となることが定められています。2022(令和4)年「高年齢者雇用状況等報告」(厚生労働省)によれば、66歳以上になっても働ける企業の割合は40.7%、70歳以上まで働ける企業の割合は39.1%となり、いずれも増加傾向にあります。  高年齢者雇用安定法における70歳までの就業機会確保の努力義務化の影響や、人材不足への対応として高齢者雇用を長期化することが課題になっていることを反映しているものと思われます。今回は、高齢者の就業確保措置の一環として定年制を廃止した場合に、これを改めて設定することができるのか検討していきたいと思います。 2 定年の引下げと就業規則の不利益変更に関する裁判例  定年制の廃止は、労働者の労働契約の終了時期に関する定めがなくなることで、労働者が退職を申し出ないかぎりは労働契約が終了しないことになることからすれば、定年制の対象となる労働者にとって不利益になることはなく、就業規則は有効に変更することができるでしょう。  問題は、一度定年制を廃止した後に改めて定年制を定め直して、継続雇用措置に変更することが可能であるかです。  大阪地裁平成25年2月15日判決(大阪経済法律学園〈定年年齢引き下げ〉事件)では、満70歳とされていた定年年齢を満67歳へ引き下げる内容に就業規則を変更したところ、これらを定めていた就業規則の変更が有効と認められるか否かが争われました。  就業規則の不利益変更が有効か否かについては、現在の労働契約法に定められている内容とほぼ同様の基準を用いており、「変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応」を考慮対象にしつつ、学校法人であったという特徴から「同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して、当該変更が合理的であるといえることが必要」という判断基準が示されました。  そして、定年引下げについては、既得権を消滅、変更するものではないとしつつも、「在職継続による賃金支払への事実上の期待への違背(いはい)、退職金の計算基礎の変更を伴うものであり、実質的な不利益は、賃金という労働者にとって重要な労働条件に関するもの」であることを理由に、労働者にそのような不利益を法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであることが必要とされました。  このような基準に照らして、変更の必要性については、学校法人という特殊性の観点から私立大学間の競争が激化していること、定年を引き下げる大学が複数あり満70歳定年制の大学はむしろ少数であること、教員年齢の偏りが生じていたことなどから、一定の必要性は肯定されつつも、財政上の理由はなく緊急性があったとまでは認められませんでした。  変更内容による不利益の程度については、平均的な定年年齢であることから内容自体は相当なものとされつつも、単に相当であればよいだけではなく、「重要な労働条件に不利益を課すものであるから、合理的であるといえるためには、……代償措置ないし経過措置である……再雇用制度が、かかる不利益に対する経過措置・代償措置として相当なものであるといえることが必要」という条件を加えました。  そして、「特別専任教員又は客員教授としての再雇用は、本件定年引き下げ以前から存在する制度であるから、これらをもって、本件定年引き下げの代償措置と評価することはできない」とされ、さらに、当該再雇用の対象とならなかった場合の割増退職金制度もないことなどから、代替措置として不十分であるとして、就業規則の不利益変更として合理性を有しているとは評価することができず、無効であると判断されました。  なお、この裁判例で触れられている再雇用制度は、希望者全員を再雇用するものではなく、一定の基準をもって再雇用対象者を選定するものであり、いわゆる高年齢者雇用安定法が定める継続雇用制度とは異なるものでした。 3 裁判例からわかる留意事項  ご紹介した裁判例が、定年の引下げという定年制度の再設定よりは不利益の程度が小さいと思われるものであっても、厳格な判断が行われています。高齢従業員の就業確保措置を実現するにあたって、定年制を廃止する方法も選択肢にありますが、一度廃止した定年制を改めて設定することは、より困難であろうと考えられます。  定年制の廃止は、70歳にとどまらず高齢者雇用を広げていくものであり、望ましい施策ではありますが、一度廃止した後に再設定することは困難であることに留意して、自社の実情に合うものであるのかについては、慎重に検討していくべきでしょう。  このような法的な課題もあることもふまえると、継続雇用制度を維持した状態で、定年を延長しつつ、自社における高齢者雇用の課題を明らかにしながら、最終的な方法として定年制の廃止を目ざすという方法がよいのではないかと思います。 Q2 盗難された社有車で事故を起こされたとき会社は責任を問われるのですか  社有車を少し離れた月極駐車場で管理していますが、ある日、1台盗難にあいました。前日に使った社員が施錠をせず、鍵を車内に置いたまま車から離れ、そのまま帰宅したことが原因のようです。そして、盗難された車で事故を起こされたのですが、当社は被害者に対する賠償責任を負担する責任はあるのでしょうか。 A  客観的に第三者の自由な立入りを禁止する構造または管理状況にあるか、内規などにより自動車の管理を適切に定めて運用も確保されている状況にあれば、盗難された社有車による事故の責任を会社が負担する可能性は低いでしょう。 1 盗難された側の会社が事故の責任を負うことがあり得るのか  社有車を会社の敷地内から少し離れた月極駐車場で管理している状況で盗難にあった場合、当該盗難車で生じた事故は、盗難した者が責任を負うべきであるというのが原則ですが、盗難した者は自動車の所有者でもないため、被害者にとってはその特定が容易ではない場合があります。  そのような場合であっても、自動車の所有者や管理者に対して責任追及できるように定めた法律があります。「自動車損害賠償保障法」(以下、「自賠法」)第三条は、「自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる」と定めており、「運行供用者責任」と呼ばれています。  ここにいう、運行の用に供する者(以下、「運行供用者」)に該当するか否かについては、判例上、@自動車の運行を支配(コントロール)していること(以下、「運行支配」)とA自動車の運行により何らかの利益を得ていること(以下、「運行利益」)を考慮して判断されています。  これらの運行支配や運行利益について、盗難車であれば否定されるのかというと、必ずしもそうではないと考えられています。また、管理状況に不手際があった場合にはそのことを理由に不法行為責任を負担する可能性もあると考えられています。 2 二つの最高裁判例  盗難された社有車による交通事故について、会社の責任を判断した二つの最高裁判例があります。  一つめは、最高裁昭和48年12月20日判決です。事案の概要としては、タクシー会社が所有する自動車が窃取され、2時間後に事故を起こしました。駐車されていた場所は周囲を2mの高さのブロック塀で囲われた駐車場内でしたが、エンジンキーなどの管理が十分でなかったことから窃取されたという状況でした。  最高裁は、自賠法第三条が定める運行供用者責任に関しては、「本件事故の原因となつた本件自動車の運行は、訴外B(筆者注:窃取した運転手)が支配していたものであり、被上告人(筆者注:会社)はなんらその運行を指示制御すべき立場になく、また、その運行利益も被上告人に帰属していたといえないことが明らかである」としてその責任を否定しました。また、この判例は、「客観的に第三者の自由な立入りを禁止する構造、管理状況」があったことを理由に会社の不法行為責任も否定しました。  しかしながら、社有車の駐車場が第三者の自由な出入りを許す構造となっている場合(例えば、周囲を塀で囲まれていないような場合)には、会社は、社有車が盗難された後に引き起こされた事故に対して責任を負う可能性が残される判断となっていました。  この点について判断したのが、二つめの最高裁令和2年1月21日判決です。事案の概要は、寮から社有車による通勤を許しており、当該社有車は、公道から出入りすることが可能な状態であった場所に、エンジンキーを運転席上部の日よけに挟んだ状態で駐車していたところ窃取され、その後に事故を生じさせたというものです。  先ほどの事件とは異なり、客観的に第三者の自由な立入りを禁止する構造、管理状況ではない場所に通勤に利用されていた社有車が駐車されていました。ただし、会社には、第三者の自由な立入りが予定されていない場所にエンジンキーを保管する場所を設けたうえで、従業員が自動車を駐車場に駐車する際は、ドアを施錠し、エンジンキーを当該保管場所に保管する旨の内規が定められていました。  最高裁は、駐車場所について「公道から出入りすることが可能な状態であったものの、近隣において自動車窃盗が発生していたなどの事情も認められない」としたうえで、「内規を定めることにより、窃取されることを防止するための措置を講じていたといえる」と判断して、会社の過失はないと判断し、賠償責任を否定しました。なお、最高裁昭和48年12月20日判決との関係については、駐車場が「客観的に第三者の自由な立入りを禁止する構造、管理状況」にない場合に、ただちに不法行為責任を肯定すべきとする趣旨のものではないと説明されました。ただし、この判例では、労働者が「以前にも、ドアを施錠せず、エンジンキーを運転席上部の日よけに挟んだ状態で本件自動車を本件駐車場に駐車したことが何度かあった」点について、会社がそのことを把握していたとの事情も認められないという補足をしていることからすると、内規が形骸化していることを認識している場合には結論が異なる可能性があります。  これらの判例によれば、会社の責任を否定する要素としては、「客観的に第三者の自由な立入りを禁止する構造、管理状況」を整える方法以外に、内規を整え、これを遵守させることで施錠を管理する方法によることも可能であるといえます。 3 判例から留意すべき事項  例えば、月極駐車場が、駐車場の契約者のみに貸与されるカードキーや暗証番号などにより、契約者しか入れないような構造になっていれば、「客観的に第三者の自由な立入りを禁止する構造、管理状況」であるといえるので、会社が事故に対する責任を負担することはないでしょう。  しかしながら、一般的な月極駐車場であれば、自社の社員のみならず、他の駐車場契約者も出入りが可能であることが通常と思われます。そのような場合には、鍵の保管場所や保管のルールを定めた内規を整えておくことにより、会社が責任を免れる根拠を用意することができます。定めた内規に基づく運用が形骸化していないかぎりは、会社が、盗難車による事故の責任を問われることはないでしょう。 4 社員の責任  会社に事故の責任が問われないとしても、会社の規程に違反して社有車という財産を毀損した社員に対して処分ができなくなるわけではありません。内規の違反が懲戒事由とされている場合には、当該違反を根拠として、社員に対する懲戒処分を行うことは可能でしょう。  なお、盗難後の事故により破損した自動車の修理費や買い替え費用などの責任については、たしかに鍵の管理を怠った社員をきっかけとしているとはいえますが、その結果、社有車が盗難されて事故を生じさせることは通常のできごとではなく、社員がこれを予見することはできないと考えられますので、当該社員にその責任を負担させることはできないでしょう。これらの損害は、盗難した者を特定して追究する必要があるでしょう。 第70回 退職金の不支給、人事評価の違法性判断基準 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 不祥事を起こした従業員の退職金を不支給とすることはできますか  酒気帯び運転を行った従業員に対して、懲戒解雇と退職金の減額を検討しています。自動車運転について、物流業等以外も対象にアルコール検査義務等が制定されるなど、規制も厳格になっているため、全額を支給しないという判断も可能でしょうか。 A  退職金の全額不支給については、長年の勤続の功労を抹消するほどの事情が必要であるため、全額の不支給とすることは適切とはいいがたいでしょう。ただし、自動車運転に対する責任が大きい事業であれば、許容される可能性があります。 1 退職金の減額措置について  就業規則において定められた退職金は賃金の性質があり、@賃金の後払い的な性格と、A功労報償的性格をあわせ持っていると整理されることが一般的です。  退職金について、就業規則で支給条件が定まっているのであれば、当該支給条件にしたがって、支給手続きをとることになります。就業規則で定める支給条件については、さまざまな条件が考えられ、支給の条件として、懲戒解雇の場合は、支給対象から除外する、または支給額を減額するといったことや、自己都合退職と会社都合退職の際の支給額の計算方法を異なるものとするといったことが行われています。  ただし、退職金を不支給または減額するにあたって、退職金には賃金の後払い的性格もあることから、その範囲を制限する裁判例も多く、特に全額の不支給とするためには、永年の勤続の功労を抹消させるほどの背信的行為があった場合にかぎると解釈されています。 2 酒気帯び運転による退職金全額不支給が肯定された裁判例  公立学校の教師であった公務員が、酒気帯び運転を理由に懲戒免職され、その結果、退職金が全額不支給とされた事案において、そのような処分の有効性が争われました(最高裁令和5年6月27日判決)。  当該公務員は、同僚の歓迎会でビールを中ジョッキとグラスで各1杯程度、日本酒を3合程度飲んだのち、自家用車を運転して、ほかの自動車と衝突する事故を生じさせ、事故時点の呼気検査でアルコールが検出されました。その後、略式命令で罰金35万円を命じられています。  公立学校の教師に対しては、酒気帯び運転や酒酔い運転により検挙される事案が過去に相次いでいたことから、懲戒処分について厳格に運用していくといった方針が通知されており、飲酒運転につき免職または5カ月以上の停職とする旨の基準が定められるに至っていました。  このような状況において、当該公務員は、酒気帯び運転をしたうえで事故を起こしたことから、通知されていた通りに懲戒免職されたうえ、退職金の全額を不支給とされたものです。  高裁では、「本件規定(注:退職金の減額の根拠規定)は、一般の退職手当等には勤続報償としての性格のみならず、賃金の後払いや退職後の生活保障としての性格もあることから、退職手当支給制限処分をするに当たり、長年勤続する職員の権利としての面にも慎重な配慮をすることを求めたものと解される」として、労働契約における退職金と同趣旨の考慮をして、「約30年間誠実に勤務してきたこと、本件事故による被害が物的なものにとどまり既に回復されたこと、反省の情が示されていること等を考慮すると、本件全部支給制限処分は、本件規定の趣旨を超えて被上告人に著しい不利益を与えるものであり、本件全部支給制限処分のうち、被上告人の一般の退職手当等の3割に相当する額を支給しないこととした部分は、県教委の裁量権の範囲を逸脱した違法なもの」として、7割の減額は肯定しつつも、3割の支給を命じるという結論になっていました。  他方、最高裁は、この結論を認めずに、全額不支給を有効と判断しました。ただし、退職金減額や不支給の根拠規定について、「退職者の功績の度合いや非違行為の内容及び程度等に関する諸般の事情を総合的に勘案し、給与の後払的な性格や生活保障的な性格を踏まえても、当該退職者の勤続の功を抹消し又は減殺するに足りる事情があったと評価することができる場合に、退職手当支給制限処分をすることができる旨を規定したもの」としている点は、労働契約における退職金の判断や高裁の判断と大きな相違はありません。  しかしながら、本件が公務員に対する処分として行われているという特徴をふまえて、「退職手当支給制限処分が退職手当管理機関の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に違法であると判断すべき」として、退職金の不支給が認められる余地を広げる判断をしています。そして、公務員であるという事情については、「本件非違行為は、公立学校に係る公務に対する信頼やその遂行に重大な影響や支障を及ぼすものであったといえる。さらに、県教委が、本件非違行為の前年、教職員による飲酒運転が相次いでいたことを受けて、複数回にわたり服務規律の確保を求める旨の通知等を発出するなどし、飲酒運転に対する懲戒処分につきより厳格に対応するなどといった注意喚起をしていたとの事情は、非違行為の抑止を図るなどの観点からも軽視し難い」と判断されており、公務員による飲酒運転の悪影響の重大性が加味されています。 3 裁判例からわかる留意事項  公務員に対する退職金の不支給に対する判断ではあるものの、退職金の性質やそれを減額などする場合の考慮については、同様の配慮がなされており、労働契約における退職金の不支給にも通ずる部分がある最高裁判例となっています。  高裁と最高裁で結論を分けた点は、退職金の性質以外に公務員であるという事情による影響を加味するか否かという点が大きかったように思われます。最高裁が重視したのは、公務員であるからその処分の判断基準に裁量の余地が広く認められうることと、「公務に対する信頼」という観点から飲酒運転という重大事故につながりかねない非違行為を重く見ることになったという点といえます。  当然ながら、通常の労働者においても飲酒運転やそれによる事故が許されるわけではありませんが、公務員と比較すると「公務に対する信頼」まで守る立場にはないことから、退職金の減額または不支給の程度にも差が出ることになるでしょう。  労働契約の場合には、高裁のように7割程度の減額という結論は、「公務に対する信頼」という要素を考慮しなくとも許容される可能性があると考えられますが、全額の不支給とするには、飲酒運転のみならず重大な事故も引き起こしていたり、「公務に対する信頼」に近いような要素を加味する必要がある自動車運転自体を事業とするような場合でなければならないと考えられます。 Q2 会社による人事評価の結果について違法性が問われることはありますか  人事評価により昇給に関する判断を行い、従業員に伝えたところ、人事評価に対して納得がいっていないようです。人事評価については会社が定める項目や基準に則して行っているかぎり、法的に問題はないでしょうか。 A  人事評価の内容については、会社の裁量が大きく、強行法規、就業規則および公序良俗に反しないかぎり、尊重されるべきとされており、著しく不合理でないかぎり違法とはなりません。 1 人事評価の法的な位置づけ  会社は、雇用する労働者に対する賞与の支給や昇給の際に、対象の労働者について一定の評価を行い、それを反映する形で賞与の支給額や昇給額を決定していきます。  その内容については、会社が求める人材のあり方や事業内容などに照らしてさまざまな項目や理由によって行われるものであり、さまざまな会社における共通の評価方法が確立しているわけではありません。  また、人事評価については、法律により直接規制されているものでもありません。間接的に、賃金の減額を行う場合などにはその理由や評価が適切であるか問題となることがありますが、人事評価制度自体が適切であるか否かということが問題にされることは多くありません。  しかしながら、人事評価に対して納得がいかない労働者も生じることはあり、その評価基準や評価方法が法律上問題となることがあります。 2 人事評価の違法性が争われた裁判例  東京地裁令和4年4月28日判決は、過去6期分(1年ごとに上期下期の合計3年分)にわたる人事評価について、本来A評価とされるべき項目がB評価であったことから賃金が低額となったとして、損害賠償を請求した事案です。  人事評価の仕組みは、図表にまとめた項目を含む合計21項目について、評価項目ごとにA、B、Cの評価がなされ、Aには5点、Bには3点、Cには0点が割り振られ、それらを合計することで評価点が算出されていました。  原告は、図表の@からCの項目について自らの評価に誤りがある(B評価ではなくA評価であるべき)と主張しました。なお、被告においては、上記の@からCの項目におけるA評価の割合はおおむね4分の1程度であり、多数の労働者はB評価とされていました。  人事評価の項目について、評価者が記録する「個人評価チェックシート」の記録や社員からの納得ができなかった場合の記録などに基づき、「個人評価項目着眼点・評価尺度」という書式に評価を記入して、結果をフィードバックすることになっていました。  裁判所は人事評価の内容決定については、「使用者の裁量的な判断に委ねられており、人事評価の適法性が争われた場合、使用者の裁量的な判断は尊重されるべきであり、その判断が上記の強行法規に反する場合や、就業規則などの労働契約の定めに照らして、是認される範囲を超え、著しく不合理であって濫用にわたると認められる場合でない限り、違法となることはない」として、使用者の広い裁量を認めました。  このような判断基準によれば、強行法規違反となる事情が認められることは少ないと思われるため、就業規則を遵守した評価であるかぎりは、著しく不合理な評価のみが違法になると考えられます。  このような基準に照らして判断された結果、@からCのいずれについても、使用者の人事評価の違法性は認められませんでした。  なお、原告は、被告から人事評価の理由の説明や指導がなかったことを理由に、人事評価の違法性を主張していましたが、裁判所は「どのような場面でどのような言葉かけでもって部下に対する注意指導を行うかについては、評価者である管理職に裁量があるといえるから…(中略)…、Aと評価することができない理由となる具体的事実の指摘を評価者が行わなかったからといって…(中略)…、直ちに違法となるものではない」と判断しており、人事評価の内容を詳細に説明したり、指導を継続することまでは求めていません。 3 人事評価における留意点  会社が人事評価を定めるにあたっては、事業内容や社内の課題克服に向けた方針なども影響するものであり、非常に個別性が高いといえます。そのため、人事評価の適切さに対して裁判所が過度に介入することが適切とはかぎらず、裁判例の示したような使用者に裁量の余地を広く認める判断基準にならざるを得ないでしょう。  注意が必要となるのは、就業規則に評価項目やその評価基準が定められている場合には、その範囲での裁量に限定されるという点です。また、一度定めた項目や基準を変更する場合には、就業規則の変更も必要になるでしょう。広範な裁量が認められるのは、就業規則に定められた文言から解釈できる範囲ということになるため、記載がない項目を加味したり、記載されていない事情を考慮して評価基準を拡張するようなことは許されないという点には留意する必要があります。  人事評価そのものの違法性が争われる事案は多くありませんが、実務的には裁判にまではならなくとも、どの程度までの裁量が許容されるのか判断することに悩む場面もあると思われますので、紹介した裁判例を参考に自社の人事評価をあらためて見直してみてください。 図表 当該裁判における評価項目と評価基準 項目 評価基準 @ 「応援」 業務繁忙時に必ず応援を行っている場合にはA、応援を行っている日がある場合にはB、応援を行っていない場合にはCとする A 「創意・工夫・提言」 支援の実効を上げるため、創意・工夫をして施策を立案・実施し、受持ちの実績向上に貢献した場合にはA、施策を実施したが、効果は不十分である場合にはB、施策を実施していない場合にはCとする B 「業務知識」 高度な業務知識を有している場合にはA、通常業務をこなすための業務知識を有している場合にはB、業務知識が不十分である場合にはCとする C 「苦情・賞賛」 賞賛があった場合にはA、賞賛と苦情があった、または何もなかった場合にはB、苦情があった場合にはCとする ※筆者作成