知っておきたい 労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第71回 定年後の同一労働同一賃金、能力不足を理由とする賃金減額 第72回 定年後の雇用継続、残業命令とパワハラ該当性 第73回 高齢者の契約更新と期待可能性、賃金の不利益変更 第74回 定年後再雇用制度の凍結、受診命令とセクシュアルハラスメント 第75回 定年を超えた労働者と再雇用拒否、休職期間延長の可否 第76回 事業場外労働と残業代、定年後再雇用における労働条件の調整 第77回 従業員が死亡した場合の退職金の支給対象者、副業先の時間外労働 第78回 定年後の職務発明に関する紛争、年俸決定の裁量権 第79回 合併後の継続雇用の更新、SNS上での誹謗中傷を投稿した社員に対する懲戒処分 第80回 退職金減額・不支給、中途採用と信用調査 第71回 定年後の同一労働同一賃金、能力不足を理由とする賃金減額 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲 Q1 正社員に付与している休暇について、定年後再雇用者に付与しないことに問題はありますか  定年後の再雇用者について、正社員であったころと業務内容は大きく変わらないのですが、正社員には夏季休暇、年末年始休暇を与えている一方で、定年後再雇用者については、夏季休暇、年末年始休暇を設定していません。定年後再雇用者が、休みを求めてきた場合には、有給休暇を使ってもらっていますが、問題あるでしょうか。 A  同一労働同一賃金には、休日や休暇などに関する労働条件も含まれています。夏季休暇、年末年始休暇を与えないことに合理的な理由が説明できない場合には、たとえ有給休暇を与えている場合でも、違法なものとして賠償責任を負うことがあります。 1 同一労働同一賃金について  同一労働同一賃金に関して、かつては労働契約法第20条(現在は削除)に定められていましたが、現在は、「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(以下、「パート有期労働法」)の第8条に定められています。その内容は、「短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれ」を対象として、通常の労働者との比較において、@業務の内容および責任の程度(以下、「職務の内容」)、A職務の内容および配置の変更の範囲、Bその他の事情(待遇の性質や目的に照らして適切と認められるもの)を考慮して、「不合理と認められる相違」を設けてはならないとされています(いわゆる「均衡待遇」の規定)。  他方で、「職務の内容が通常の労働者と同一の場合」については、同法第9条が「雇用関係が終了するまでの全期間」において、@職務の内容および配置、A職務の内容および配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれる者については、「短時間・有期雇用労働者であること」を理由として、「基本給、賞与その他の待遇のそれぞれ」について、差別的取扱いをしてはならないとされています(いわゆる「均等待遇」の規定)。  法文の記載が若干異なりますので、整理すると図表1の通りになります。 図表1 「均衡待遇」と「均等待遇」 対象となる待遇 前提条件 考慮要素 許容されない差異 均衡待遇 基本給、賞与その他の待遇のそれぞれ 短時間・有期雇用労働者であること @職務の内容 A職務の内容および配置の変更の範囲 Bその他の事情 不合理と認められる相違 均等待遇 基本給、賞与その他の待遇のそれぞれ 短時間・有期雇用労働者であることを理由としていること @職務の内容 A職務の内容および配置の変更の範囲 差別的取扱い ※筆者作成 2 定年後再雇用について判断した裁判例  定年後再雇用の嘱託社員が、@賞与に相当する期末・勤勉手当の支給がないこと、A夏季および年末年始休暇がないこと(有給休暇として扱われたこと)、B扶養手当の支給がないことは不合理であるとして事業者を訴えた裁判例(社会福祉法人紫雲会(しうんかい)事件。宇都宮地裁令和5年2月8日判決、東京高裁令和5年10月11日判決)があります。  この判決の意義としては、支給されていなかった時期が労働契約法旧第20条適用時期とその後のパート有期労働法が改正および施行された時期にまたがっていたことから、一つの事件において、労働契約法旧第20条に基づく均衡待遇に関する判断だけではなく、パート有期労働法第8条に基づく均衡待遇や第9条に基づく均等待遇に関する判断もなされている点です。適用時期との関係で、パート有期労働法に基づく判断は、まだ多いとはいえず、同法第9条に基づく均等待遇の適用要件について判断した事例はほとんどありません。  まず、均等待遇の適用に関しては、パート有期労働法第9条には「短時間・有期雇用労働者であることを理由として」との要件が明記されている点をとらえて、「処遇の相違が期間の定めに関連して生じたものであるというだけでは足りず、処遇の相違が有期労働契約であることを理由としたものであることを要するものというべき」と判断しています。処遇の相違が期間の定めに関連していれば、均衡待遇に関する規定が適用されるという判断は最高裁の判例でも確立していますが、均等待遇に関して要件が加重されることを明確にしています。そして、この裁判例においては、処遇の相違が、単に有期雇用労働者であることを理由としたものではなく、退職金の支給を受けたなど、定年後再雇用の事情が考慮されていることをふまえて、嘱託社員とその他の有期雇用労働者(臨時職員)においても異なる処遇になることから、均等待遇の規定は適用されないと判断されました。  労働契約法旧第20条およびパート有期労働法第8条に基づく均衡待遇の規定については、適用があることを前提として、@職務の内容、A職務の内容および配置の変更の範囲、Bその他の事情を考慮して判断されました。  手当ごとの判断をまとめると図表2の通りです。  なお、基本給部分は、正社員の約80%程度(期末・勤勉手当が支給されないことによる年収を比較しても約62%程度)であり、退職金として2100万円程度を受給し、嘱託社員は労働組合との団体交渉を経て、賞与の支給がないことを明記した内容の嘱託社員労働契約書が締結されていたといった事情もありました。  夏期および年末年始休暇の趣旨について判断を示した点も特徴であり、「所定休日や年次有給休暇とは別に、労働から離れる機会を与えることにより、労働者が心身の回復を図る目的」や「年越し行事や祖先を祀るお盆の行事等に合わせて帰省するなどの国民的な習慣や意識などを背景に、多くの労働者が休日として過ごす時期であることを考慮して付与されるもの」という整理がされています。  そして、このことをふまえたとき、この要請は嘱託社員にも等しくあてはまることを理由に、不合理な差異で違法であり、出勤日数に応じた賃金相当額の損害賠償の支払いを命じるという結論につながりました。  本判決によって、定年後再雇用者と通常の有期雇用労働者の処遇について、相違なく同様の取扱いをしている場合には、均等待遇の規定が適用される可能性があることが明確にされたと考えられますので、留意が必要です。 図表2 当該裁判における均衝待遇に関する判断 労働条件の種類 不合理か否か 主な理由 期末・勤勉手当(賞与) 不合理ではない 定年後再雇用は長期雇用を前提としていない 夏季・年末年始休暇 不合理で、違法となる 心身を回復する目的や国民的な習慣や意識により付与されるもの 扶養手当 不合理ではない 扶養手当は継続的雇用を確保する目的である ※筆者作成 Q2 業務を遂行するうえでの能力が不足している社員の賃金は減額してもよいのでしょうか  採用するときに期待していただけの能力を有しておらず、能力不足と感じている社員がいます。ほかの社員としても、同等の賃金を得ていることに不服を感じているようなので、実際の労務提供の成果をふまえて賃金を減額したいのですが、可能でしょうか。 A  就業規則に、減額の事由、その方法および程度などについて具体的かつ明確な基準が定められていることが必要とされることもあるため、自社の就業規則の規定を確認したうえで、慎重に行う必要があります。根拠規定がない場合は、本人を説得のうえ、自由な意思による同意を得る必要があります。 1 賃金の減額について  労働基準法第11条には「この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」と定め、「賃金」に該当する場合には、通貨払いの原則、直接払いの原則、全額払いの原則などによるさまざまな保護を受けることになり、労働者にとって賃金を受領することは重要な権利と位置づけられます。  そして、賃金は、労働条件のなかでも特に重要なものとして位置づけられており、その減額を合意により行う場合には、自由な意思による合意が必要と考えられています(山梨県民信用組合事件、最高裁平成28年2月19日判決)。  なお、合意以外の方法での減額が一切許容されていないわけではありません。例えば、就業規則の不利益変更により、個別の従業員ではなく全体の賃金を下げるような場合については、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合に、その変更の効力が生ずると考えられています(大曲市農業協同組合事件、最高裁昭和63年2月16日判決)。  このように、賃金に関する不利益変更については、労働契約法で労働条件の変更として許容されている合意や就業規則の変更による場合でも、かなり慎重な判断がなされています。それでは、労働契約法に根拠がない、使用者による一方的な減額は可能なのでしょうか。 2 一方的な賃金減額方法に関する裁判例  ご紹介する裁判例は、業務成果などの不良を理由として賃金の減額を一方的に行ったところ、その有効性が争いになった事件です(システムディほか事件。東京地裁平成30年7月10日判決)。  使用者からは、「就業規則である賃金規程中には、基準給は本人の経験、年齢、技能、職務遂行能力等を考慮して各人別に決定する(10条1号)、裁量労働手当は裁量労働時間制で勤務する者に対し従事する職務の種類及び担当する業務の質及び量の負荷等を勘案して基準給の25%を基準として各人別に月額で決定支給する(12条)、技能手当は従業員の技能に対応して決定、支給する(13条)との定めがある」ことを理由として、期待する十分な業務成果を上げることができず技能が著しく不足していたことから、賃金を減額することを決定したと主張されています。  一見すると、能力に応じて賃金を決定することができることから、減額の根拠もあると解釈することも可能であるように思われます。  しかしながら、裁判所は、「特に賃金は労働契約の中で最も重要な労働条件であるから、使用者が労働者に対してその業務成果の不良等を理由として労働者の承諾なく賃金を減額する場合、その法的根拠が就業規則にあるというためには、就業規則においてあらかじめ減額の事由、その方法及び程度等につき具体的かつ明確な基準が定められていることが必要と解するのが相当である」という基準を示しました。そして、使用者が定める規定について、「各賃金が減額される要件(従前支給されていた手当が支給されなくなる場合を含む)や、減じられる金額の算定基準、減額の判断をする時期及び方法等、減額に係る具体的な基準等はすべて不明であって、被告会社の賃金規程において、賃金の減額につき具体的かつ明確な基準が定められているものとはいえない」うえ、「昇給に係る規定はあるが、降給については何らの規定もないことが認められ、被告会社の賃金規程は、そもそも降給、すなわち労働者の賃金をその承諾なく減額することを予定していない」とも指摘され、このことは「原告の配置や業務が変更されたことによっても左右されない」として、賃金の減額が一切認められませんでした。 3 賃金減額における留意事項  賃金については、能力に応じて支給される職能給と職務に応じて支給する職務給という考え方があり、後者の場合であれば、配置や業務が変更された場合には賃金が変更されるという考え方と親和性があります。  しかしながら、賃金の性質については、職能給であるのか職務給であるのか、それともこれらがミックスされたものであるのか、一部の手当については職務給的要素が強いのかなど、さまざまなバリエーションが存在しており、その決定方法については、基本的に自社の就業規則および賃金規程の内容によって定まることになります。裁判例が降給(労働者の承諾なく賃金を減額すること)を予定していないと指摘している点もその表れであり、降給の規定がないことから、職能給的性質が強いと評価されるということにつながります。  賃金の性質決定については、近年では同一労働同一賃金の差異に、正社員と定年後再雇用者においてその性質に差異があるのかといった点にも影響しているところであり(名古屋自動車学校事件。最高裁令和5年7月20日判決においても、基本給の性質や目的を十分にふまえて行うことが求められています)、自社の賃金の性質が説明可能となるように、就業規則および賃金規程の整備を進めることが必要といえるでしょう。 第72回 定年後の雇用継続、残業命令とパワハラ該当性 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 定年間近の懲戒解雇が認められなかった場合、継続雇用はどうなりますか  定年が近い従業員について、在籍中の問題行動などを理由に懲戒解雇により労働契約を終了させることにしました。懲戒解雇が有効と認められなかった場合には、定年を迎えた後の雇用を継続する必要がありますか。 A  定年後再雇用時には、退職事由または解雇事由に相当する理由がなければ、定年後再雇用を拒否することはできません。これらの事由が認められない場合に雇用の継続を義務付けた裁判例もあります。 1 定年後再雇用について  高齢者については、高年齢者雇用安定法により65歳までの継続雇用が義務づけられており@定年の延長、A継続雇用、B定年制の廃止のいずれかの措置を取る必要があります。  これらのうち、継続雇用制度に関しては、心身の故障のため業務に堪えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないことなど、就業規則に定める解雇事由または退職事由(年齢に係るものを除く)に該当する場合には、継続雇用しないことができるとされています。ただし、解雇事由に該当すると評価されるためには、客観的かつ合理的な理由と社会通念上の相当性が求められることは、通常の解雇や雇止めと同様です。  逆にいえば、解雇事由または退職事由に該当する程度の事情がないかぎりは、65歳までは継続雇用しなければならないともいえます。このことは、高年齢者雇用安定法の制度によって、雇用に対する期待が高められていることを示しています。  定年をもって、労働契約を終了したことを前提に、定年後の有期労働契約を締結していない場合に、どのような取り扱いになるのでしょうか。 2 継続雇用の拒否が認められなかった裁判例  定年が近かった従業員について、在籍中に行ったSNS上での信用棄損行為やそのほかの事情を考慮して、懲戒解雇を行った事案において、当該従業員が懲戒解雇の無効および継続雇用されるべきであると主張して争った裁判例があります(学校法人札幌国際大学事件。札幌地裁令和5年2月16日判決。以下、「本件裁判例」)。  懲戒解雇の効力と合わせて、定年後の継続雇用が問題になったのは、懲戒解雇は定年を迎える前に行われていますが、その後、その効力を争っている期間中に、定年を迎える時期も超えたことから、使用者が、懲戒解雇が有効であると主張することと合わせて、仮に、懲戒解雇が無効であったとしても定年を迎えたことにより労働契約が終了すると主張したといった事情があるからです。  これまでの裁判例では、定年後再雇用をすることなく労働契約を終了させた場合において、それが解雇事由などのない不適切な判断であった場合であっても、必ずしも定年後の継続雇用が維持されるという結論にはなっていませんでした。例えば、東京高裁平成29年9月28日判決(学校法人尚美学園〈大学専任教員B・再雇用拒否〉事件)においては、定年後の再雇用拒否に対して、労働契約が継続している旨の主張をした労働者に対して、「労契法19条は、『従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす』と規定しているのに対して、本件における従前の契約は期間の定めのない労働契約であるから、新たに成立するものとみなされる有期労働契約の労働条件の特定は不可能であるところ、この点をその後に締結される可能性のある別の契約に係る本件規程の定めを利用することで補うことは、説明がつかないというべきである」として、定年後の有期労働契約が不特定であることを理由に、その成立を否定していました。  本件裁判例においては、懲戒事由が懲戒解雇に相当するものであるとは認めなかったため、解雇が無効であった場合に迎えた定年の効力が問題となりました。使用者において、「本件就業規則10条1項本文は、大学教員は満63歳に達した日の属する年度の終わりをもって定年とする旨を定め、同項ただし書は、本人が希望し、解雇事由又は退職事由に該当しない者については、本件特任就業規程により、退職日の翌日から1年ごとの雇用契約を更新することにより満65歳まで継続雇用する旨を定めている」ことをふまえて、「原告に解雇事由があるとは認められず、その他退職事由もうかがわれないから、上記再雇用の要件を満たすものと認められる」と判断しています。  そして、最高裁平成24年11月29日判決(津田電気計器事件)を引用して、「原告において、定年による雇用契約の終了後も満65歳まで雇用が継続されるものと期待することに合理的な理由があると認められ、原告の人事考課の内容等を踏まえれば、原告を再雇用しないことにつきやむを得ない特段の事情もうかがわれないから、再雇用をすることなく定年により原告の雇用が終了したものとすることは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認めることはできない」として、労働契約上の地位を認める判断をしました。  この点、学校法人尚美学園事件においては、継続しているとみなす労働契約が特定できないことを理由に、労働契約の成立を認めなかったところ、本件裁判例では、「労働条件は、本件就業規則、本件特任就業規程及び本件特任給与内規の定めに従うことになる」としたうえで、月額の賃金については、「月額24万円、25万円、26万円の3区分である(本件特任給与内規3条1項)ところ、原告は少なくとも月額24万円の限度で支払を受ける権利を有すると認められる」、賞与に相当する期末手当については、給与内規の定めに従い「6月分は給料月額の1.0か月分、12月分はその1.8か月分である(本件特任給与内規6条)から、原告は、6月に24万円、12月に43万2000円の支払を受ける権利を有する」として、継続雇用後の労働条件を特定することで、継続雇用後の労働契約存続を認めるという結論に至っています。  最高裁判例である津田電気計器事件と同様の考え方をしているため、目新しくはないともいえますが、定年後再雇用の拒否に対して、労働契約の継続を認めるという裁判例は珍しい事例です。ポイントとしては、定年後の再雇用に対する労働条件が就業規則や給与内規において、一定のパターンのみとなっており、個別具体的に決定するような内容となっていなかったことがあげられるでしょう。そのため、賃金については最も低い水準であるとはいえ、労働条件を特定することができ、労働契約の継続を認めるという結論につながったものと思われます。  解雇紛争中に定年を迎えたという特殊な事案ではあるものの、定年後再雇用を拒否したときに共通する争点に対する判断として参考になると思われます。 Q2 残業命令はパワハラに該当するのでしょうか  部長が、部下に対して、他部署の営業社員よりかなり高い営業ノルマを課し、業務量を多くこなすよう指示しています。営業成績はよい結果が出ているものの、所属の社員から「部長から頻繁に残業命令が出るので、疲労が蓄積している。ここまでくるとパワハラではないか」との相談を受けました。こうした業務命令はパワハラに当たるのでしょうか。 A  一部の特定の社員に対して不当な動機や目的をもって行われていないかぎり、部長の指示がパワハラに該当するとは考えがたいといえます。しかしながら、パワハラに該当しないとしても、過重労働は会社の損害賠償責任を生じさせるおそれがあるため、ノルマの緩和または時間外労働の抑制のいずれかを適切に行う必要があります。 1 パワーハラスメントの定義  パワーハラスメントは、「パワハラ」と省略されるように、一般的にも浸透した言葉となっています。しかしながら、パワハラという言葉については、人によってとらえ方が異なっているように思われます。  労働施策総合推進法第30条の2においては、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」と定義されています。  この定義においては、業務上「必要」かつ「相当」な範囲を超えていることがパワハラに該当するためには必要とされています。個人の受け取り方によっては、業務上必要な指示や注意・指導を不満に感じたりする場合でも、これが業務上必要かつ相当な範囲で行われているかぎりで、パワーハラスメントにはあたらないものと考えることができます。  ここでいう業務上の必要性とは、残業にわたる業務指示においていえば、残業して行うことの必要性であり、業務上の相当性とは、その命令の伝え方などの方法が適切に行われているか否かという点に着目するとわかりやすいでしょう。 2 パワハラの類型  パワハラの行為類型としては、@身体的な攻撃、A精神的な攻撃、B人間関係からの切り離し、C過大な要求(例えば、業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)、D過小な要求(例えば、業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事や仕事を与えないこと)、E個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)といった六つの行為類型があげられます。  質問をふまえてみた場合、かなり高い営業ノルマを課し、業務量を多くこなすよう指示していることや、頻繁に残業命令を行っているといった行為が、C過大な要求に該当する可能性があると考えられます。  しかしながら、パワーハラスメントの行為類型については、一定の区別が可能であり、@からBまでの行為類型については、原則として業務遂行上の発生しうる事象とは考えられないため、業務上の必要性が肯定されにくいと考えられます。他方で、CからEまでについては、必要な業務上の命令や指導との線引きが必ずしも容易でない場合があります。  参考になるのは、労働災害の認定に関して参照される「心理的負荷による精神障害の認定基準」において、パワーハラスメントについて「弱」、「中」、「強」の区別がなされており、これらのうち過大な要求について「強」に該当するのは、「業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制する等の過大な要求」が反復・継続するなどし、そのような過大な要求を執拗に受けた場合があげられています。  質問であげられている行為は、分類としてはC過大な要求に該当する可能性がありますが、これらの行為の結果として、部門の営業成績はよいということであれば、業務上の必要性は肯定されうるものと考えられ、命令や指示の方法が精神的攻撃として不適切な方法になっておらず、反復・継続して執拗な程度にまで至っていないかぎりは、パワーハラスメントに該当するとまではいえないと考えられます。 3 時間外労働への配慮  残業を含む業務命令が、単独ではパワーハラスメントに該当しないとしても、使用者は、労働者に対する安全配慮義務を負っており、労働者が職場環境の悪化などによって、身体または精神的な損害を生じないように配慮しなければならず、これに違反した場合は、会社としては損害賠償責任を負担するおそれがあります。安全配慮義務を尽くせていない環境においては、業務に起因する労働災害も発生しやすくなるでしょう。  パワーハラスメントも労働災害の要因としてあげられていますが、そのほかにも多種多様な要因が心理的負荷による精神障害の認定基準には掲げられています。例えば、達成困難なノルマが課されたことや、1カ月に80時間以上の時間外労働を行ったことなどが、心理的負荷を与えるものとして考慮されています。  パワーハラスメントに該当しないとしても、例えば、ノルマの内容が「達成は容易ではないものの客観的にみて努力すれば達成可能であるノルマが課され、この達成に向けた努力に向けた業務を行ったこと」は、「中」程度の心理的負荷とされており、さらに、時間外労働が月80時間を超えた場合も、「中」程度の心理的負荷があるものとされています。これら二つの心理的負荷が同時期に行われていた場合で、近接した時期に精神障害が生じた場合は、労働災害として認定される可能性があると考えられます。  したがって、たとえ、パワーハラスメントが行われていない場合であっても、達成が容易でないノルマの負荷と80時間以上の時間外労働が同時期に行われている場合には、ノルマの内容を変更するか、もしくは、時間外労働を減少させるように配慮しておくことが必要になると考えられます。 第73回 高齢者の契約更新と期待可能性、賃金の不利益変更 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 他社を定年退職した高齢者を雇用する際に留意すべきことは何ですか  人材の不足が続いていることから、自社内での定年後の再雇用だけでなく、他社において定年を迎えた高齢者についても、有期雇用の社員として採用を始めました。定年後再雇用の労働者と基本的には同一の業務を任せて、おおむね3年から5年程度の期間で契約を終了することを予定しています。何か留意しておく事項はありますか。 A  無期転換権の適用を除外することができないことに留意する必要があるほか、労働契約更新の期待を自社の実情を考慮して、適切な記載にしておく必要があります。また、更新拒絶の可能性がある場合には、事前に更新の基準などを説明しておくことが望ましいでしょう。 1 人材不足と高齢者雇用のニーズ  物流や建設業界などでは、「2024年問題」と呼ばれている働き方改革による時間外労働の上限規制の適用開始もあいまって、一人あたりの時間外労働時間数を減らさなければならず、人材不足をいかにして補っていくのかという課題に直面している事業者も多いようです。  物流・建設業界が特に取り上げられることが多いですが、これらの業種にかぎらず、人材不足に悩みを抱えている企業は増えているように思われます。  定年後の再雇用については、これまでに触れてきている通り、高年齢者雇用安定法に基づき、65歳までの継続雇用については、解雇事由に該当するような事情がないかぎりは、雇止めは認められず、70歳までの継続が努力義務として定められているところです。なお、定年後の再雇用においては、第二種計画認定を受けておくことによって、労働契約法第18条に基づく無期転換権の適用を除外することが可能となっています。  他方で、自社で定年を迎えていない高齢者の採用については、定年を超えた年齢で採用しているかぎり、第二種計画認定によって無期転換権の適用を除外することができません。また、定年後の継続雇用とは異なるため、65歳未満であっても、高年齢者雇用安定法により65歳までの継続雇用が保障されるわけでもありません。  このように、自社で定年を迎えた労働者の継続雇用であるか、それとも、他社で定年を迎えた後に採用した高齢者雇用であるのかという違いは、65歳までの継続雇用や無期転換権の適用除外が可能であるかといった点に相違があるため、まったく同じような取扱いをしていくことが適切とはかぎりません。  他社を定年退職した高齢者を雇用する場合には、有期雇用契約の更新基準や更新に向けた評価、面談などについて、継続雇用してきた労働者以上に気をつけておく必要があると考えられます。 2 高齢者に対する雇止めに関する裁判例  大手信託銀行を定年退職した労働者(入社時66歳)が、ハローワークを通じて入社した企業において、契約を合計3回更新して、通算3年2カ月の間、有期雇用契約を継続していたところ、社員の若返りを図りたい旨を口頭で伝えたうえで、担当していた業務への社内からのクレームがあること、担当業務が実施されていなかったこと、居眠りおよび年齢を理由として雇止めを行う旨を通知したところ、これに不服をとなえて訴訟に至ったという事案があります(東京地裁令和3年2月18日判決)。  他社を定年退職して入社してきた有期雇用の労働者ですので、高年齢者雇用安定法による保護対象ではありませんが、通常の有期雇用契約と同様に、更新に対する期待が合理的であるか、反復して更新されており無期雇用の労働者と社会通念上同視できる場合には、雇止めについて、有期雇用契約の継続を主張することができます。ただし、雇止めに客観的かつ合理的な理由があり、社会通念上相当である場合には、労働契約は期間満了をもって終了することになります(労働契約法第19条)。  この事件では、採用時の求人票には、「契約更新の可能性あり(原則更新)」と記載されており、年齢による更新上限や定年制の規定がなかったうえ、年齢も70歳に至っていないという事情がありました。また、原則更新との記載を打ち消すような、更新上限や最終更新時期、業務遂行状況を評価したうえでの雇止めの可能性などについて具体的な説明も行われていませんでした。これらの事情を理由として、裁判所は、「原告において本件労働契約の契約期間の満了時(平成31年3月31日の満了時)に同契約が更新されるものと期待することがおよそあり得ないとか、そのように期待することについておよそ合理的な理由がないとはいえず、本件労働契約は労働契約法19条2号に該当する」と判断し、雇止めが制限されると判断しています。  したがって、雇止めに関して、客観的かつ合理的な理由と社会通念上の相当性が必要となるのですが、裁判所はその判断をする前に、労働者の期待について、「原告が、平成31年3月31日の満了時に同契約が更新されることについて強度な期待を抱くことにまで合理的な理由があるとは認められず」という理由をつけ加えています。労働契約法第19条2号の要件においては、合理的期待の有無であって、その程度は判断基準とは直接関係はありません。にもかかわらず、裁判所が「強度な期待を抱くこと」について合理的な理由はないと触れているのは、雇止めにおける客観的かつ合理的な理由および社会通念上の相当性の判断基準を低く設定する意図があったものと考えられます。  実際、この事件では、労働者による業務上の不備がさまざま指摘されたうえで、「本件労働契約は、労働契約法19条2号に該当するものの、被告が原告の更新申込みを拒絶することが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められないとはいえないから、原告の更新申込みを被告が承諾したものとはみなされない」として、雇止め自体は有効であると判断して、労働者側が敗訴しています。  この裁判例からは、他社を定年退職した高齢者を雇用するにあたって、更新の可能性に関して、「原則更新」といった記載をしておくことは、更新に対する合理的な期待が認められる可能性を高めることになることには留意する必要があるでしょう。また、現在は、更新上限回数を労働条件通知書に記載する必要がありますので、定年後再雇用者と同程度の期間を想定するのであれば、70歳までもしくは5回を上限とするなど、労働条件通知書や雇用契約書に記載する事項についても、継続雇用の労働者以上に気を配る必要があると考えられます。 Q2 業績悪化による賃金減額・手当の廃止を検討しているのですが、注意点はありますか  会社の業績などを考慮すると、昇給を継続することができず、むしろ手当の削減や給与制度全体の見直しが必要な状況にあると考えています。廃止すべき手当について、どのように選別していくとよいのか、また、削減するにあたって、気をつけるべき点があれば教えてください。 A  不利益変更の必要性のほか、全体的な不利益の程度を試算し、不利益緩和措置を行うこと、労働組合などとの協議を行い条件を調整すること、協議については回数を重ねて行い、譲歩の余地があれば会社から提案するといったプロセスを経て、最終的な変更に至ることが重要となります。 1 賃金の不利益変更  支給する賃金を個別にではなく、全体的に見直すことを予定している企業において、就業規則の不利益変更に関する配慮は避けることができません。  労働契約法第10条は、就業規則により労働者の労働条件を不利益に変更することについて、合理的なものでなければならないと定めています。したがって、不利益変更の合理性がどのような観点から認められるのか検討する必要があります。合理性判断にあたって考慮される内容は、以下のような事項とされています。 @労働者が受ける不利益の程度 A労働条件変更の必要性 B変更後の就業規則の内容の相当性 C労働組合等との交渉の状況 Dその他就業規則の変更に係る事情  ただし、労働契約において、労働者および使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、合意によらないかぎり変更することはできません。  会社の業績などを考慮して、賃金制度の見直しを行うということは、会社の現在の業績と昇給ができないという事情が、A労働条件変更の必要性ということになります。決算書をふまえた資産の状況などを考慮して、切実な必要性が認められるのか、そうではないのかということが検討されることになります。賃金に関する不利益変更を有効と認める裁判例では、「高度の必要性」(例えば、破産または清算するか、賃金減額するか選択せざるを得ないほどの必要性)が求められ、なかなか変更が有効とは認められていません。  次に、手当の削減の金額やそれに対する経過措置を置くかどうかといった点が、@労働者が受ける不利益の程度や、B変更後の労働条件の相当性として考慮されることになります。なお、ある手当を削減しつつ、ほかの条件を引き上げることで実質的に不利益ではない状態を整えたとしても、部分的な不利益変更があるかぎりは、就業規則の変更には合理性が必要となると考えられており、ほかの条件の引上げはB変更後の就業規則の内容の相当性において考慮されるにとどまります。  また、近年で重視される傾向にあるのは、C労働組合などとの交渉の状況です。労働組合がない場合には、労働者たちに対する説明会の実施や労働者から選ばれた過半数代表者との協議などがこの要素として考慮されることがあります。  さらに、Dその他就業規則の変更に係る事情としては、社会一般の状況や代償措置の内容、その他の労働条件の改善状況などが含まれると考えられています。 2 手当廃止と経過措置による不利益変更  今回は、特殊業務手当という手当を廃止するために、基本給などの昇給措置をとり、廃止にあたっては経過措置として20%ずつ実施した事案において、賃金減額の不利益変更が有効と認められた事案を紹介します(東京地裁立川支部令和5年2月1日判決)。  当該事案は、病院を運営する法人において、精神病棟に勤務する職員のみに特殊業務手当が支給されていました。その理由は、過去の制度において、精神病棟に執務することの負担を考慮して、支給するものとされていたからでした。  他方で、現在では、精神病棟のみならず、一般病棟においても精神病患者を受け入れているなど、かつてほどの相違がなくなっていたことから、特殊業務手当の廃止を決断するに至ったという背景があります。  また、約7年間経常収支が赤字の状態が継続しており、給与制度の適正化を含む取組みにより黒字化や繰越欠損金の削減を図ることが、厚生労働大臣より求められている状況から、労働条件変更の必要性が肯定されています。  なお、特殊業務手当について、4年の経過措置で廃止すること(1年25%ずつの削減)を提案していたところ、労働組合との交渉の結果、5年(1年20%ずつの削減)に変更したうえで、地域手当や基本給などほかの賃金項目の引上げなどにより不利益性を緩和した結果、賃金変更の合理性が肯定されるという結論になっています。  なお、多くの裁判例において、賃金の不利益変更については、「高度の必要性」がないかぎり、有効とは認められにくかったのですが、この裁判例では、「高度の必要性」はなくとも変更の合理性を認めたという点に特徴があります。  そのような結論を導いた背景としては、精神病棟の職員のみに支給すべき事情が失われていたこと、減額の幅が最大でも3.92%程度にとどまっていたこと、労働組合との協議が2カ月という短期間に5回と多数回行われたうえ、協議以外の場においても交渉を行い、双方の条件を調整するための提案を行っていたことなどが考慮されています。なお、この事案では、労働組合は、提案された内容に対して賛成しておらず、最終的に労働組合と合意ができたわけではありませんでした。  これらの事情は、就業規則を不利益変更するにあたって重要な事情が網羅されているといえそうです。就業規則変更のプロセスにおいて、労働組合との協議のなかで提案を修正するなどして合理的な条件を見出すほか、短期間で実現する必要がある場合にはスピード感をもって回数を重ねることも意義がありそうです。また、全体の従業員について不利益変更後の賃金額を試算して、その結果を見たときに最大の減額幅(3.92%)が把握できていたという事情も重要でしょう。  仮に特殊業務手当を削減しなければならないという目的だけをもって、不利益緩和措置や減額にともなう従業員に生じる不利益の程度が試算できていなかった場合には、このような結論にはならなかったと思われます。 第74回 定年後再雇用制度の凍結、受診命令とセクシュアルハラスメント 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 経営状況の悪化により定年後再雇用制度を凍結した場合、再雇用はしなくてもよいのでしょうか  会社の経営状況の悪化を理由に、定年後再雇用制度を一時的に凍結することが定められました。この凍結期間に定年退職に至った場合には、継続雇用の対象外となるのでしょうか。 A  定年後の再雇用の労働条件が特定されていないような場合には、継続雇用をする義務が否定されることがあります。ただし、経営状況の悪化などが具体的に進行しており、そのことの説明が尽くされていることも必要と考えられます。 1 定年後の継続雇用と再雇用拒否が可能な理由  高齢者については、高年齢者雇用安定法により65歳までの高年齢者雇用確保措置が義務づけられており、@定年の延長、A継続雇用、B定年制の廃止のいずれかの措置を取る必要があります。  ただし、厚生労働省が定める指針(高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針)において、継続雇用制度を適用しないでもよい場合として、「心身の故障のため業務に堪えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く。)に該当する場合には、継続雇用しないことができる」とされています。  定年をもって、労働契約を終了したことを前提に、定年後の有期労働契約を締結していない場合の取扱いについても、明確な規定はありません。最高裁平成24年11月29日判決(津田電気計器事件)では、定年後に嘱託雇用契約の状態にあった従業員について、継続雇用の基準を満たしていたにもかかわらず、基準を満たしていないものとして扱って再雇用をしなかった事案において、「法の趣旨等に鑑み、上告人と被上告人との間に、嘱託雇用契約の終了後も本件規程に基づき再雇用されたのと同様の雇用関係が存続しているものとみるのが相当であり、その期限や賃金、労働時間等の労働条件については本件規程の定めに従うことになるものと解される」と判断したものがあります。  ただし、この判例は、高年齢者雇用安定法において、継続雇用の基準を定めることができた当時の判断であり、現時点でも通用するのかについては、検討が必要なものといえます。 2 人員整理にともなう高年齢者雇用の凍結に関する裁判例  航空会社において、新型コロナウイルス感染症の蔓延にともない、業績がきわめて悪化し、役員報酬の減額、役員の減員、早期退職の募集、必要不可欠ではない雇用の停止などを実施したうえで、日本以外の国でも多数の従業員を解雇するにいたっていた状況において、日本における定年後の継続雇用制度を一時的に凍結するという決定をし、当該凍結の結果、雇用契約が終了した従業員と紛争になった事案があります(東京地裁令和5年6月29日判決、アメリカン・エアラインズ事件)。  当該裁判例での争点は、@定年後の継続雇用の拒絶について、就業規則上の退職または解雇事由に該当するか否か、A@に該当する場合に解雇権濫用法理が適用されるか否か、B雇用継続への期待可能性が認められ雇止め法理(労働契約法〈以下、「労契法」〉第19条2号)が適用されるか、C津田電気計器事件と同様に定年後に同一条件にて労働契約が成立したといえるか、といった点など多岐にわたります。  事件の当事者となった使用者においては、就業規則に「事業縮小、人員整理、組織再編等により社員の職務が削減されたとき」が退職事由と定められており、裁判例においては、新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大により大幅な減便を余儀なくされ、経費削減(関接部門の正社員30 %減員などの労務費削減を含む)に取り組み、あわせて定年退職者の再雇用についても一時凍結したことについては、就業規則に定める退職事由に該当するものと判断しました。  さらに、定年後再雇用の拒絶について、解雇権濫用法理が適用されるかという点については、「定年後再雇用の制度は、期間の定めのない労働者が定年に達した場合に退職の効力を一旦発生させた上で、定年後の労働条件についてあらためて協議・合意して労働契約を締結するという構造の制度」であることを理由に、「解雇がされたものではないのであるから、労契法16条が想定し、同条が規定するいわゆる解雇権濫用法理が適用される枠組みとは事案を異にする」として、解雇権濫用法理の適用を否定しました。この点は、退職事由または解雇事由に該当することが必要であり、かつ、客観的かつ合理的な理由と社会通念上の相当性が必要と考えられていた従来の厚生労働省のQ&A※で示されていた考え方とは、異なる考え方を採用していると考えられます。  解雇権濫用法理が適用されないということになると、退職事由に該当したとしても、雇用が継続していたというためには、労契法第19条2号による雇止め法理の類推適用を受けるか、もしくは、津田電気計器事件の判例による保護対象となる必要があるということになります。  まず、労契法第19条2号の適用について、適用の前提となる要件の充足があれば適用可能性があること自体は肯定されましたが、労働契約更新への期待可能性について、「期間の定めのない労働契約が定年により終了した場合であっても、労働者からの申込みがあれば、それに応じて期間の定めのある労働契約を締結することが就業規則等で明定されていたり、確立した慣行となっており、かつ、その場合の労働条件等の労働契約の内容が特定されているということができる場合」には、期待することにも合理的な理由があり得ると判断しました。  しかしながら、当該事案における具体的な判断としては、就業規則などに再雇用後の労働契約が特定されていたわけではなく、個別の協議で定まるとされていたことや、会社の経営が急激に悪化している状況などを社内メールで全員に配信するなど説明をしていた状況をふまえて、一定の期待を有していたとしても、そのことが合理的な理由に基づくものとはいいがたいとして、労契法第19条2号の適用もないと判断されました。  そして、津田電気計器事件の判例による保護対象となるかについても、同事案は、雇用基準を定めており、当該基準を満たしていた者を更新しなかったというものであり、かつ、すでに嘱託社員としての労働条件が定まっていた労働者に関する事案であるから、本件とは事案を異にするものと判断されました。  本裁判例からは、退職事由または解雇事由がある場合には、必ずしも客観的かつ合理的な理由が必要と判断されるとはかぎらない場合がありそうですが、継続雇用の具体的な労働条件が特定されている場合には、本件のような結論とはならない可能性があるという点などには、留意しておく必要があると考えられます。 Q2 体調不良や精神疾患がうかがわれる社員に医療機関への受診を命令することはできるのですか  最近、仕事でミスが多くなり、身だしなみも整わず、体重の減少などもあるようにみえる社員がいるので、精神疾患に罹患しているのではないかと心配しています。医療機関への受診を命じ、早めに対処したいと思っているのですが、社員が異性でもあるため、体重の減少を直接話題に出すのは、セクシュアルハラスメントにあたるのでしょうか。また、受診をうながした場合の費用の負担は会社が行うべきでしょうか。 A  就業規則の根拠を確認したうえで、受診を命令しなければならない必要性および相当性を検討したうえで、受診を命じることは可能ですが、体重の減少などを理由とすることは控えることが望ましいでしょう。なお、費用負担をする義務はありませんが、実務上は受診を実現するために費用負担をせざるを得ないこともありえます。 1 受診命令の根拠  会社が、労働者に対して受診命令を行うことができるか否かについては、最高裁昭和61年3月13日判決(帯広電報電話局〈NTT〉事件)において、判断されたことがあります。この事件は、就業規則を構成する健康管理規程において、労働者の健康保持の努力義務や健康回復を目的とした健康管理従事者の指示に従う義務があることなどが明記されていました。このような明示の根拠がある場合には、会社による受診すべき旨の指示に従い、病院ないし担当医師の指定および健診実施の時期に関する指示に従う義務があると判断されています。  端的にいえば、就業規則に定めがあるかぎりは、健康管理上必要な事項については、受診を命じる必要性および相当性が認められれば、病院の指定や医師の指定も含めて命じることができると考えられます。なお、このような就業規則の規定がない場合についても、当該事件の事情に照らして医師の判断を仰ぐ高度の必要性が認められたことを理由に、信義則ないし公平の観念に照らし合理的かつ相当な理由のある措置として受診を命じることができると判断した裁判例もあります(東京高裁昭和61年11月13日判決、京セラ〈旧サイバネット工業〉事件・控訴審)。  受診を命ずるにあたっては、治療にあたる医師を選択する自由が労働者にもあることには配慮が必要です。例えば、労働安全衛生法第66条1項は、事業者に労働者に対する健康診断を義務づける一方で、同条5項ただし書きにおいて労働者が選択した医師による健康診断の結果を提出することは許容されています。医師選択の自由が保障されていることは重要であり、受診命令を根拠づける就業規則の合理性が肯定される根拠にもなりますので、自ら選択する医師による診察を受けることを制限するものではないことも就業規則に明記しておくとよいでしょう。  なお、受診命令の必要性および相当性も問題となります。「仕事のミスが多くなり、身だしなみが整わず、体重の減少も見受けられる」とのことですが、加えて、欠勤や遅刻の増加などの勤怠不良が生じていないか、本人と面談を行って心身の不調に関する本人の認識や原因の聴取なども行っておく方が適切でしょう。 2 セクシュアルハラスメントとの関係について  過去の裁判例においては、「職場において、男性の上司が部下の女性に対し、その地位を利用して、女性の意に反する性的言動に出た場合、これがすべて違法と評価されるものではなく、その行為の態様、行為者である男性の職務上の地位、年齢、被害女性の年齢、婚姻歴の有無、両者のそれまでの関係、当該言動の行われた場所、その言動の反復・継続性、被害女性の対応等を総合的にみて、それが社会的見地から不相当とされる程度のものである場合には、性的自由ないし性的自己決定権等の人格権を侵害するものとして、違法となるというべき」(名古屋高裁金沢支部平成8年10月30日判決、金沢セクシュアルハラスメント事件。上告審においても判断是認)とされた裁判例があります。  当該事件の事情から「男性の上司が部下の女性に対し」という前提になっていますが、重要なのはここで掲げられている考慮事由の内容です。このような裁判例の考慮事由をふまえて、「太ってるんだから」、「ダイエットするためにうちの店で働くって決めたんでしょ」などの発言を、業務とはまったく関係のないものであるとして、セクシュアルハラスメントに該当すると判断されている事例もあります(例えば、東京地裁平成27年10月15日判決)。  違法な言動になるか否かについては、業務との関連性も考慮され、当該言動の必要性や相当性も評価されることになります。そのため、受診命令を行う必要性があったのか否かという点と、体重の減少といった話題を出す必要性は重なり合う部分があるといえるでしょう。  前述の通り、受診命令の必要性および相当性にあたっては、欠勤や遅刻の頻度など客観的な事情も加味して判断すべきですので、体重といった話題を出すことなく、受診を命じることが可能であれば、その方が望ましいと考えられます。仮に、そのような話題を出さざるを得ないとしても、多少の体重の変動というよりは、客観的に見ても極度にやせ型になっており、従前の状況との大きな変化があったような場合に限定することが望ましいと考えられます。 3 受診命令にともない生じる費用の負担  受診命令にともなう費用負担に関しては、健康診断の費用負担に関する考え方が参考になります。  労働安全衛生法第66条に基づく健康診断の義務に関して、厚生労働省は、事業者に法律上義務づけられた健康診断の費用であることから、当然に事業者が負担すべきものとの見解を示しています。他方で、法令上の義務ではない健康診断の費用に関しては、事業者が当然に負担すべきとは考えられていません。  このような考え方を参考にすると、精神疾患への罹患が疑われている状況については、事業者において労働者を医師に受診させる義務を負担させるような法律上の根拠はなく、このような場合の受診や検査費用については、特段の決まりはありません。そのため、いずれが負担するかについては、労使間の協議により定めるべき事項であり、必ずしも事業者が負担しなければならないとはいえないでしょう。  ただし、実務上の判断としては、本人の意思に委ねていては受診もままならない状況で推移してしまい、休職に必要な判断材料が入手できないという状況に陥ることもあり、指定医による診察を受けてもらうことは会社の判断に資する部分が大きいこともふまえて、指定医における受診に関しては、会社において費用を負担することを明示して診察を命じることによって、医師の診断書の獲得に向けて動くことも選択肢に入れて、診察をうながさざるを得ないこともあるでしょう。 第75回 定年を超えた労働者と再雇用拒否、休職期間延長の可否 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 定年後継続雇用となった高齢社員との契約の更新を止める際の留意点について知りたい  定年を超えて継続雇用していた労働者について、65歳以降も雇用を維持してきました。しかしながら、体力面での衰えや業務への理解が追いつかなくなるなど、これ以上の雇用継続がむずかしいと感じています。次回の更新時期に、雇用を継続しないという判断をしようと考えていますが、留意すべき点はありますか。 A  継続雇用への期待を生じさせないことが必要であり、これまで継続してきた事情をふまえても、雇用継続が適切ではないと判断した事情をあらかじめ労働者に説明しておくことが適切でしょう。 1 定年後の継続雇用とその終了  定年後の継続雇用について、65歳までは、高年齢者雇用安定法に基づく義務として行わなければなりませんが、それ以降は努力義務となっています。  他方で、65歳を超えた労働者については、定年制のように、労働契約の終了時期について明確な基準があるわけではありません。第二種計画認定などにより、労働契約法に基づく無期転換申込権の適用除外を受けている場合には、有期雇用で更新し続けるという状況が想定されます。  労働力不足が社会的な課題ともなっており、年齢を問わず、スキルや体力など、業務に必要な能力を有している人材は活用されていくべきであり、そのような傾向は超高齢化社会においては不可避なのではないかとも思われます。  他方で、加齢とともに能力が低下していくこともまた避けがたい事実であり、いつかは労働契約を終了させるという判断が必要になることもまた事実です。  労働条件通知書において、有期労働契約においては、その更新回数の上限や期間の限度などを記載するようになりましたが、個別の事情に応じてこれを超えて更新するようなケースも生じてくる可能性もあります。そうしたことがくり返されると、明確な基準がないなか、有期労働契約で勤務を継続する高齢者が増えていき、その雇用継続への期待は高まっていく可能性があり、そのことは、労働契約法第19条に定める雇用継続の期待とも関連する事情となっていきます。  そこで、65歳を超えた労働者を人材として活用していくにあたっても、どのような基準や時期をもって、労働契約の終了を判断していくのかという点は、課題になっていくであろうと考えられます。 2 裁判例の紹介  65歳を超えて継続的に有期労働契約で雇用が維持されていた労働者らが、雇止めを受け、当該雇止めが権利の濫用で違法であるとして慰謝料を請求した事案があります(横浜地裁令和元年9月26日判決)。  タクシー事業を営む会社であり、代表者が健康かつ接客態度および業務態度が良好な乗務員については、65歳以上であっても再雇用すると述べており、タクシーの運転手として69歳まで雇用を継続されていた労働者の雇止めが違法であるか否かが争点となりましたが、裁判所は、会社による雇止めを違法とは認めませんでした。その理由として、当該労働者が交通事故を4回生じさせ、全ドライバーのなかでも4番目に多かったことや、雇用更新の前に観光バスの前に割り込む運転を行い、警察から注意をされたにもかかわらず、自ら非を認めず謝罪や反省などをしなかったという事情がありました。このような事情は、裁判所に「原告が…乗務員となった後の交通事故発生率が比較的高く、とりわけ本件雇止め直前…に立て続けに事故を惹起していること、それにもかかわらず前記危険運転行為(注:観光バスの前に割り込む運転のこと)に及び、これについて反省や今後事故を回避するための方策を真摯に検討する様子が伺えない点を踏まえると、被告が、今後原告の運転により重大な事故等が発生することを危惧し、前記運転行為について真摯な謝罪や反省がなければ契約の更新を行うことはできないと判断したことは、やむを得ないというべき」と評価されました。  この裁判例は年齢についても言及しており、「原告は、本件雇止め時点で69歳と高齢であって、年々身体能力が低下していくこと自体は否めず、その程度如何によっては、雇用契約が更新されなくなる可能性も否定できないのであるから、その意味で原告の雇用契約更新への期待の程度は限定的である」という判断がなされています。 3 裁判例の評価  紹介した裁判例において、69歳という年齢について年々身体能力が低下していくこと自体は否めないことを前提としていることは、多くの使用者においても参考になるであろうと考えられます。ただし、運転手という職業との関連性を考慮してのことであろうと考えられますので、自社内での具体的な判断にあたっては、業務と身体能力の関連性もふまえた判断を行っていくことには、留意する必要があります。  また、年齢による身体能力の低下だけではなく、その表れともいえる事故の回数という事象が生じていたことも捨象することができません。年齢を理由に雇止めができるというわけではなく、身体能力の低下とその発現としての業務上の不備やミスなどを記録しつつ、その改善の余地がなくなってしまったことという状況が、雇止めを適法と判断されるための重要なポイントとなっています。したがって、高齢になるにつれて、そのようなミスなどが生じていないかという点は更新時期の直前ではなく、一定の期間をもって評価ができるような体制にしておくことが望ましいと考えられます。  他方で、代表者が、65歳を超えても積極的に雇用すると述べていたことは、紛争の火種になってしまった部分があるといえそうです。労働契約法第19条においても、雇用継続への期待が要件となっているように、期待を生じさせてしまう発言は、全体に対して伝えるよりは個別の労働者ごとに判断したうえで伝えていく方が適切でしょう。また、そのような期待を生じさせてしまっているような場合には、前述の通り一定の期間をもって評価を行い、そのフィードバックにおいて、更新することがむずかしいということを可能なかぎり早期の段階で伝えておかなければ、紛争を回避することが困難となるでしょう。 Q2 私傷病で休職している従業員について、就業規則で定めている休職期間を延長してもよいのですか  当社の従業員で、私傷病の治療で長期にわたり休職している労働者がいます。治療の成果が出ているようですが、勤務可能な状態になるのが就業規則で定める休職期間の1カ月後の予定のようです。可能なかぎり復帰させたいと考えていますが、このような場合に個別に休職期間を1カ月延長することは可能でしょうか。 A  就業規則に延長可能である旨の規定がある場合は、当該規定に基づき延長することが可能です。また、規定がない場合には、当該労働者との間で個別に合意を締結することで延長は可能と考えられます。 1 休職制度の位置づけ  一般的に、就業規則においては休職の規定が定められていることが多いです。例えば、厚生労働省が公表しているモデル就業規則を例にとると、業務外の原因による疾病や傷害(いわゆる「私傷病」)に基づく休職措置を前提としています。  なお、業務上の傷病が原因である場合は、労災補償の対象となるほか、当該業務上の傷病に基づく休職中については、解雇が制限されています(労働基準法第19条1項)。そのため、業務上の傷病に基づく休職については、就業規則に定めた休職期間とは無関係に、療養のための休職期間を認める必要があります。  就業規則に定めることが一般的となっていますが、業務外の傷病を原因とする休職という制度については、労働基準法をはじめとして法令に具体的な定めはありません。そのため、休職に関する規定については、企業が裁量的に制度設計する余地が大きく残されています。  そのため、例えば、Y保険会社事件(東京高裁平成28年10月6日判決)においても、「休職制度の制度設計、運用については、基本的に使用者の合理的な裁量に委ねられているものと解される」と判断されており、私傷病について、そもそも休職制度を採用するか、制度を採用するとしても当該制度をどのように設計するかについては、企業の合理的な裁量の範囲で定めることができます。 2 休職制度の趣旨について  休職制度は一般的になり、その趣旨についても「傷病が完治するまで会社に在籍し続けることができる制度」と考えられているかもしれません。  しかしながら、休職期間の満了時点において治癒していない場合(休職前の従前の職務に戻ることができない場合を意味することが多いです)には、当然に退職となるという制度設計をされ、治癒しないかぎり復職できない制度になっていることが一般的です。  私傷病により労務の提供ができなくなったとき、労働者は、労働契約における最も基本的な義務である労務提供ができない状況にあります。そのため、労働者の債務不履行と評価することが可能といえます。債務不履行が生じたときには、契約を解除(労働契約においては解雇)できることが民法などの基本的なルールです。  しかしながら、長期雇用を前提とした労働者が私傷病に罹(かか)った場合に、私傷病で労務が提供できなくなったからといって治療の期間を与えることもなく解雇にすることが憚(はばか)られる場合もあるでしょう。また、治療期間もなく解雇することが労働者にとって酷な場合もあります。とはいえ、治療をいつまでも継続することになると、企業としては人員補充の時機を失することもあり、長期化する場合にはその不利益を無視できない場合もあります。  そこで、休職制度を設けることによって、労働者にとっては、即時に解雇されるという不利益を一定程度緩和しつつ、企業としては期限までに復職できない場合には退職させることができるようにバランスをとることができます。そのため、使用者の立場から見たときには、休職制度は法的には労働者に対する解雇猶予措置としての機能を有しています。  例えば、前出のY保険会社事件において、「休職制度は、一般的に業務外の傷病により債務の本旨に従った労務の提供をすることができない労働者に対し、使用者が労働契約関係は存続させながら、労務への従事を禁止又は免除することにより、休職期間満了までの間、解雇を猶予する旨の性格を有している」と整理されています。  したがって、休職制度は、労働者にとって治癒できるまで会社が待つという意味では、労働者にとってメリットのある制度という側面もある一方で、法的には、休職期間満了時までに治癒できない労働者にとって退職が待ち構えているという不利益な側面も有している制度といえます。 3 休職延長の可否  休職制度の設計が企業の合理的な裁量に委ねられていることからすると、延長を認めるか否かについても、就業規則上であらかじめ定めておくことで、当該規定に基づいて延長することは可能と考えられます。そのため、就業規則において、延長を許容することがある旨定めている場合には、必要に応じて休職期間を延長することは可能でしょう。  次に、就業規則において延長規定を置いていない場合についても、検討しておきましょう。  就業規則が労働条件の最低基準を画する効力を有していることからすると(労働契約法第12条)、就業規則が延長規定を設けていない場合に、延長することが、当該労働者にとって不利益な措置となる場合は、たとえ個別の合意があったとしても、労働者にとって就業規則よりも不利益な労働条件として無効になると考えられます(労働契約法第7条)。  とすれば、休職の延長を行うことが労働者にとって不利益な労働条件の変更となるかを評価する必要があります。休職制度が解雇猶予措置であることから、休職期間を延長することは、労働契約終了までの猶予期間を延長することを意味しています。そのため、労働者にとって、治癒して復職する機会が延長されることになります。このような観点からすれば、休職期間を労働者と合意のうえで延長することは、就業規則よりも有利な労働条件を定めるものとなり、延長することが許容されると考えられます。 第76回 事業場外労働と残業代、定年後再雇用における労働条件の調整 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 事業場外労働における残業代の取扱いについて知りたい  日中に外で業務を行うことから、事業場外労働によるみなし労働時間として取り扱っていたところ、始業や終業の時間を報告して把握できたはずだという理由で、残業代を請求されたのですが、支払わなければならないのでしょうか。 A  業務の内容があらかじめ定まらず、報告を受けてもその正確性を確認できないような場合には、適用は否定されません。 1 事業場外労働によるみなし労働時間制  労働基準法第38条の2第1項は、「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす」という定めを置いています。  このような規定が置かれている理由は、事業場外においては、指揮監督が及ばず、労働時間の算定が困難な業務を対象として、労働時間について、所定労働時間労働したものとみなすこととし、労働者にとっては労務提供を実際に行っていたか立証する必要がなくなり、使用者にとっては事業場外で労務提供を行うことを許容することができるようにしています。  同条が定める要件は、@「事業場外」であることに加えて、A「労働時間を算定し難いとき」という二つですが、労働時間を算定しがたいか否かについては、現在ではその評価がむずかしくなってきています。というのも、始業や終業の時間を把握するという意味では、携帯電話での連絡、スマートフォンを利用したチャット、クラウド勤怠システムによる勤怠管理なども技術的には可能となっており、同条が定められた当時とは状況が大きく異なってきているからです。  そのため、近年では事業場外労働によるみなし労働時間制の適用が否定される裁判例も多く、その取扱いには慎重にならざるを得ない面があります。他方で、在宅勤務を含むテレワークにおいても、事業場外労働は適用可能性があるとされており、現在においても適用が必要な場合もあります。 2 適用を否定した最高裁判決の存在  海外旅行の添乗員について、事業場外労働のみなし労働時間制が適用されるか否かが争点となった事案があります(最高裁平成26年1月24日判決、阪急トラベルサポート〈派遣添乗員・第2〉事件)。  同事件において、海外旅行の派遣添乗員が、時間外労働を理由とした未払い割増賃金の支払いを求めたところ、使用者が、事業場外みなし労働時間制が適用されるものと反論していました。  前述の通り、事業場外みなし労働時間制が適用されるためには、二つの要件を充足することが必要とされていますが、この事件でも「労働時間を算定し難いとき」に該当するかが問題となりました。  海外旅行の派遣添乗員ですので、当然ながら、指揮命令をする上司が同伴していないかぎり、事業場外であり、かつ、指揮監督が困難な状況とはいえそうです。しかしながら、最高裁は、このような事案において、添乗員に対する事業場外みなし労働時間制の適用を否定しました。その理由は、あらかじめ旅程や所要時間が定まっており、その通りに進行することが業務であったことや、その内容も報告が必要であったこと、イレギュラーな事態が生じたときには報告して指示を仰ぐことが求められていたことなどがあげられています。  最高裁は、適用の可否を判断するために必要な考慮要素について、「業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等」という整理をしています。とはいえ、考慮要素を列挙されただけでは、どういった事情があれば適用可能であるのかということは明らかにはなりません。  一見すると、事業場外労働と認められそうな事案において、その適用が否定されたことにより、事業場外労働の適用範囲の判断はむずかしくなりました。 3 新たな最高裁判決  最近、新たに事業場外労働のみなし労働時間制が適用されるか否かが争点となった事件が最高裁で判断されました(最高裁令和6年4月16日判決、協同組合グローブ事件)。  外国人技能実習生の指導員として働いていた労働者が、外国人技能実習生を受け入れている企業や当該実習生をサポートするために、熊本県内および九州各地に所在する企業などを訪問するような業務を行っていたところ、事業場外労働のみなし労働時間制が適用されないものとして未払い賃金を請求したという事案です。  第1審および控訴審においては、いずれも事業場外労働のみなし労働時間制の適用を否定して、未払い賃金の支払いを命じました。その際には、阪急トラベルサポート事件が示した考慮要素に基づき、業務状況を逐一確認することは困難であるが、業務日報の内容を確認すれば、その内容を把握し、外国人技能実習生や彼らを受け入れている企業に確認をすることも可能であったことなどから、正確性も担保されているとして、労働時間の算定が困難ではなかったという結論を導いています。  たしかに、阪急トラベルサポート事件においても、業務内容を事後的に報告することとされていたことが考慮されて、事業場外労働のみなし労働時間制の適用が否定されており、その判断に沿ったものといえそうです。  しかしながら、最高裁は、この結論を否定し、事業場外労働のみなし労働時間制の適用可否を判断するにあたって、業務日報が提出されているだけでは足りず、その正確性を担保する手段をより具体的に検討する必要があるとして、破棄したうえ、高裁で審理をやり直すよう差戻しを行いました。  第1審と控訴審は、かつて最高裁があげた考慮要素をもとに判断しましたが、それでも最高裁に差し戻されており、このことは法律解釈のプロである裁判官ですら、事業場外労働のみなし労働時間制が適用されるかどうかを判断することはむずかしいということを端的に示しているように思われます。  どのような相違があったのかという点は、最高裁判決をしっかりと見比べる必要がありますが、大きな相違点としては、業務内容があらかじめ確定しているか否か(協同組合グローブ事件の場合は裁量や変更可能性があった)、事後的な報告の正確性を担保する手段が現実的であるか否か(協同組合グローブ事件では一般的な可能性しか指摘されていなかった)といった点があげられます。事業場外労働が導入された背景である、業務に対する具体的な指揮監督が困難であるか否かという点に立ち返って、業務に対する裁量や確認方法の現実性を見ていく必要があります。 Q2 定年から再雇用契約の締結までに時間がかかってしまった場合の会社の責任について知りたい  定年後再雇用する際に、当該社員より就業場所の変更などを希望されたのですが、従前と同様の場所で働いてもらいたいので、協議していたところ、定年を迎えてから再雇用契約を締結するまでに期間が空いてしまいました。高年齢者雇用安定法に違反する対応になるのでしょうか。 A  定年後の労働条件が合致しなかったことが理由であれば、やむを得ないものとして許容されると考えられます。 1 定年後再雇用制度  高年齢者雇用安定法は、65歳までの継続雇用を義務づけており、事業主は、労働者が60歳で定年を迎える場合には、その後継続雇用することが必要となります。  継続雇用制度は、現に雇用する労働者が希望するときは、定年後も引き続いて雇用する制度をいうとされており、原則として60歳定年を迎えるときには継続雇用の条件が定まり、定年と継続雇用には隙間がないように対応することが望ましいといえます。  ここに隙間が生じた場合には、例えば、高年齢雇用継続基本給付金をその間受給できなくなってしまい、収入への影響が生じることがあるなど、労働者にとっては不利益が生じることになりかねません。  そのため、定年を迎えるまでに労働条件に関する協議や定年後の継続雇用に関する労働契約を締結しておくことが適切といえます。  しかしながら、使用者としても合理的な裁量の範囲で労働条件の変更が可能であるうえ、労働者にとっても定年後の労働条件の変更を希望する場合もあり、条件が合致しない可能性もあります。使用者からすれば、労働条件が合致しない以上は継続雇用に関する労働契約が成立しなかったものとして扱うことが可能な場合が多いですが、それを必ずしも望んでいるわけではない場合もあるでしょう。 2 協議しているうちに定年を超えてしまったとき  理想的な形で、定年前に労働条件が合致できればよいのですが、定年からしばらくしてから条件が合致したときに、使用者は高年齢者雇用安定法違反を問われるのでしょうか。  仮に、労働条件が合致しないまま、定年退職をして、その後も労働条件が合致しなかった場合、使用者が合理的な裁量の範囲内において提示した条件であったのであれば、違法となることはなく、高年齢者雇用安定法違反となることもないと考えられます。しかしながら、定年後しばらくしてから成立したときの解釈については、参考になる見解はあまり存在しておらず、どのような取扱いとなるのか不明瞭なところがあります。  このような事態について、裁判で争われた珍しい事例がありますので、ご紹介します(大阪地裁令和4年10月14日判決)。  この事案は、従業員であった原告が、定年後再雇用契約を締結したにもかかわらず、再雇用契約を締結したのは定年退職時より遅い時期とされたため、賃金などに未払いがあり、また、健康保険料を支払わなければならない、高年齢雇用継続基本給付金が受給できないなどの損害が生じたとして、損害賠償などを求めた事案です。  原告である労働者は、定年直後に継続雇用の合意が成立していたと主張していますが、被告である使用者は、定年を迎えてから紆余曲折を経て、合意に至ったもので、定年直後の合意は成立していないと主張しています。  紆余曲折の内容としては、定年前のアンケートでは、定年後の就業場所について変更の希望があったほか、継続雇用を希望しない旨の連絡を一度行っていましたが、その後あらためて定年後再雇用を希望すると伝え、使用者から継続雇用の労働条件を伝えたものの、就業場所について拒絶されてしまっていました。その後、あらためて労働者から使用者に対して、使用者が提示した就業場所で構わないと伝えたものの、数日後にはやはり嫌であると述べるなど二転三転し、使用者としては従前の就業場所と同様とすることを示唆したところ、原告が当該就業場所の所長に電話をかけて希望叶わず配属になったので今後は好きにさせてもらうなどと伝えたことから、やむなく別の就業場所での勤務を提案した、というものでした。  最終的に定年後の再雇用に関する雇用契約書が作成されたのは、定年からおよそ半年程度経過している段階でしたが、原告は、定年直後に再雇用の合意があったものと主張していたということになります。  裁判所は、使用者においては、定年後再雇用契約の場合は、原則として従前配属されていた営業所に配属する運用であったことや、原告が意向を変更したことを受けて対応していたことなどを認定したうえで、「原告の希望を踏まえて配属先を調整したり、原告の健康状態を確認するなどしていたため、原告の定年退職前あるいは定年退職後直ちに再雇用契約を締結することができ」なかったという経緯は、合理的なものとして首肯することができる、と判断しています。  そして、原告が請求していた損害(被告が定年後再雇用契約を締結したにもかかわらず、被告が同日に定年後再雇用契約を締結していない扱いとしたため、健康保険料全額の支払いをしなければならなくなった、高年齢雇用継続基本給付金の支給を受けることができなかった)についても、その請求は前提を欠いており、失当であると判断されています。  裁判所としても、定年後の再雇用において、労働条件が合致していない間については、たとえ継続雇用が使用者の義務であるとはいえ、強制するわけではなく、その合意に向けた手続きがきちんととられているかぎりは、合理的なものとして首肯できると判断しています。定年後再雇用において、労働条件がうまく合致しない場合における対応方針を定めるにあたって参考になる事例と思い、紹介します。 第77回 従業員が死亡した場合の退職金の支給対象者、副業先の時間外労働 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 従業員が死亡した場合、退職金の支給対象はだれになるのか  従業員が亡くなったのですが、当社では死亡による退職時にも、退職金支給が行われます。このたび、相続人であるという従業員のご兄弟から連絡があったのですが、支払いを行っても問題ないでしょうか。支払うにあたって、確認しておくべき事項はありますか。 A  死亡退職金の支給対象者は、相続人とはかぎらず、自社の就業規則などを慎重に確認する必要があります。支払いにあたっては支給対象者に該当するか否か確認すること、および代表者にまとめて支払うことについて、全員の了承が得られているのかなども確認しておくべきです。 1 退職金制度  退職金制度を導入するか否かは、各社の裁量に委ねられており、そもそも制度を設けるか否か、設けるとしてもどういった支給基準(計算方法)を採用するか、死亡時の退職金の支給対象者(支給順位)をどのように定めるかなど、退職金制度の設計において各社ごとに内容が相違することが多くあります。  各社の裁量に委ねられているとはいえ、労働基準法(以下、「労基法」)が退職金についてまったく触れていないかというとそういうわけではなく、「退職手当」という用語で、図表1のような規定が設けられています。  また、通常の賃金の場合は、退職した後に請求された際には7日以内に支払わなければならないと規定されています(労基法第23条)が、退職手当については、退職前においては退職事由次第では支給されないこともある停止条件付債権であり、支給するか否かも含めて使用者が条件を定めることができることから、通常の賃金と異なり、あらかじめ特定した支払い期日が到来するまでは退職金を支払わなくとも差し支えないと解釈されているという特徴もあります。  退職金制度を自社のみで準備することもあれば、独立行政法人勤労者退職金共済機構の中小企業退職金共済制度(以下、「中退共」)を用いる場合もあります。中退共においては、中小企業退職金共済法に基づき、加入者に対して退職金の支給が行われることになりますが、「被共済者がその責めに帰すべき事由により退職し、かつ、共済契約者の申出があつた場合において、厚生労働省令で定める基準に従い厚生労働大臣が相当であると認めたときは、機構は、厚生労働省令で定めるところにより、退職金の額を減額して支給することができる」と定められており(同法第10条第5項)、一定の場合には退職金が減額されることが想定された停止条件付債権となっています。 2 死亡退職金の支給にあたっての留意事項  従業員の死亡時に退職金を支給するにあたっては、その支給対象者を確定する必要があります。この点、留意しなければならないこととしては、必ずしも相続人が退職金の受給対象者となるとはかぎらないという点です。  例えば、中退共による退職金の支給については、法令においてもその受給者の順位が定まっており、図表2のような定めとなっています。  この規定では、配偶者が第一順位とされており、そのほかの相続人と相続分に応じて分けることにはなっていないことや、第2項が死亡の当時主としてその収入によって生計を維持していたものを優先する内容となっており、たとえ子であるとしても、生計を維持した兄弟姉妹が存在する場合には、相続とは異なり優先されないといった相違があります。  また、就業規則においては、労働災害補償法第16条の7(生計を維持していた兄弟姉妹は優先しない点で中退共による支給と相違する)を引用している事例も多くあります。  したがって、自社の死亡退職金の支給対象者がだれになるのかという点は、就業規則などに定められた内容を確認しなければ確定しないことになります。また、中退共による支給や労働災害補償法第16条の7を引用しているような場合には、子、孫、父母などであることの確認に加えて、「生計を維持していた」か否かについても確認が必要ということになります。基本的には住所が同一であったか否かといった方法で確認することになりますが、相続とは大きく異なる点ですので、注意が必要です。  また、同順位の受給者がいる場合には、各人に分割して支払っていくか、もしくは受領する代表者を定めて支給するということになりますが、後者の場合には、代表者以外のほかの受給者も含めて、代表者を選んだことに各自が同意しているかという点にも留意する必要があります。同意したか確認することなく、代表者に全額を支払ってしまった場合には、ほかの受給者から自身の受給予定額を請求されたときには、二重払いをせざるを得ない(その場合、代表者から返還してもらうようにしなければならない)というリスクもあります。  なお、過去の裁判例においては、受給者の順位を定めていなかった事例では、遺族固有の権利とする合理的な根拠もなかったことから、相続財産に含まれるものとして相続人が支払いを求めることができると判断しているものがあります(大阪地裁平成22年9月19日判決、大阪産業大学事件)。したがって、受給者の順位を定めていない場合には、相続順位にしたがって支給対象者を検討することになりますが、代表者への支払いについては同様の事項に留意することが必要です。 図表1 労働基準法による退職手当の規定 第89条第3の2号 (就業規則に)退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項 第143条 第115条の規定(時効)の適用については、当分の間、同条中「賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間」とあるのは、「退職手当の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)の請求権はこれを行使することができる時から三年間」とする。 ※筆者作成 図表2 中小企業退職金共済法が定める遺族の範囲と順位 (遺族の範囲及び順位) 第十四条 第十条第一項の規定により退職金の支給を受けるべき遺族は、次の各 号に掲げる者とする。 一 配偶者(届出をしていないが、被共済者の死亡の当時事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。) 二 子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹で被共済者の死亡の当時主としてその収入によつて生計を維持していたもの 三 前号に掲げる者のほか、被共済者の死亡の当時主としてその収入によつて生計を維持していた親族 四 子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹で第二号に該当しないもの 2 退職金を受けるべき遺族の順位は前項各号の順位により、同項第二号及び第四号に掲げる者のうちにあつては同号に掲げる順位による。この場合において、父母については養父母、実父母の順とし、祖父母については養父母の養父母、養父母の実父母、実父母の養父母、実父母の実父母の順とする。 3 前項の規定により退職金を受けるべき遺族に同順位者が二人以上あるときは、退職金は、その人数によつて等分して支給する。 ※筆者作成 Q2 従業員が副業をするにあたり、副業先での時間外労働の取扱いと、当社で留意すべき事項について知りたい  当社は副業を認めており、ある若手従業員が副業の申し出をしてきました。ところが、副業先が就業規則の作成や36協定の締結・届出をしているかもわかりません。副業であることから時間外労働が生じることも考えられるのですが、問題ないでしょうか。 A  副業先において、就業規則および36協定が作成・届出がなされていないとすれば、副業先において時間外労働をさせることができないということになります。そのため、副業先における時間外労働の可能性をふまえると、副業先における36協定提出完了を確認させておくことが望ましいでしょう。 1 副業・兼業について  副業・兼業については、厚生労働省が、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(以下、「ガイドライン」)を策定しており、原則として、副業・兼業を認める方向とすることが適当と示しています。  副業・兼業については、労働者にとって、離職せずとも別の企業でのスキルや経験を獲得できること、所得が増加することなどのメリットがある一方で、就業時間が長くなる可能性があることから健康管理も一定程度必要とされ、その把握や管理の方法が課題とされています。  ガイドラインにおいては、就業時間の把握や管理方法以外にも、安全配慮義務、秘密保持義務、競業避止義務との関係なども整理されています。また、厚生労働省のホームページには、これらに則したモデル就業規則、届出書、労使間で締結することを想定した副業・兼業に関する合意書の様式、ガイドラインのQ&Aなどが公表されており、参考になります。  なお、副業先における働き方が、雇用ではなく準委任契約等である場合には、労働時間管理には影響は与えないと考えられます。 2 副業・兼業と労働時間の管理  労働者が、副業・兼業を実施する場合の労働時間管理については、時間外労働時間の計算方法に特徴があります。  まず、自社と副業先の労働契約の成立日の先後関係を把握する必要があります。副業の申出を受けたということは、自社が先に労働契約を締結していたものと考えられます。  副業時の時間外労働時間の把握については、@所定労働時間の通算とA所定外労働時間の通算の問題があり、@については、労働契約を後に成立させた副業先において、両社の所定労働時間を通算して法定労働時間を超えた部分について、時間外割増賃金を負担しなければならないことになります。例えば、自社において7時間、副業先において3時間の所定労働時間となっている場合には、所定労働時間の通算結果は、合計10時間となり、労働契約を後に成立させた副業先において2時間(法定労働時間8時間を超過した部分)の時間外労働をさせるという取扱いとなります。このような場合、副業先は36協定の作成および届け出を行っておかなければ、想定していた3時間働いてもらうことは労基法違反となってしまいます。  Aについては、@の方法で計算した所定労働時間の通算に加えて、自社において所定外労働時間が生じた場合に、労働契約の先後関係ではなく、所定外時間労働が生じた順番(労働時間の先後関係)をもって、法定労働時間を超えたか否かを判断することになります。例えば、所定労働時間の通算においては、合計8時間以内におさまっているような場合であっても、自社の出勤前に副業先で働いているようなケースにおいては、自社の所定外労働時間となった部分については、時間外労働として把握する必要があります。  したがって、これらの計算を行うためには、そもそも、労働契約の先後関係はどのようになっているのか、副業先における所定労働時間がどの程度であるのか、時間帯が自社よりも早いのかについて把握しておく必要があります。  これらの把握や通算が煩雑な場合には、厚生労働省が紹介している簡便な労働時間管理の方法「管理モデル」を採用することも考えられます。自社および副業先の双方において、時間外労働が労働時間の上限規制(単月100時間、複数月80 時間未満)を下回るように、それぞれにおける時間外労働の上限をふり分けたうえで、各社が定めた上限を遵守しているかぎりは、それぞれの事業場で行った時間外労働に対して割増賃金を支給することをもって、労基法違反を回避することができるというものです。  なお、副業先が労使協定を届け出ているとしても、原則として労使協定において月45時間未満の時間外労働という上限が定められ、労基法が定める上限である単月100時間、複数月80時間となるような時間外労働が可能となるような特別条項の適用は年6回を上限とするように労使協定に定められていることが一般的です。したがって、上限規制を遵守するということだけではなく、特別条項の適用回数について留意する必要はあります。 3 健康管理  副業を行う場合には、どうしても通算した労働時間は、1社で働いている場合よりも多くなりがちです。  労働災害との関係でいえば、複数の事業場における労働時間は通算したうえで、精神障害や脳・心臓疾患の発症と業務の関連性(業務起因性)が判断されることになります。その際には、過剰な時間外労働や連続勤務が重要な要素とされています。  他方で、長時間労働者を対象とした産業医による面接指導や自社における健康確保措置の対象者について、法制度上は、労働時間を通算することが前提とされていません。しかしながら、労災認定の基準が緩やかになるわけではなく、事前予防の機会を失うことにもなりかねません。  したがって、たとえ、管理モデルを採用して、副業先の労働時間を積極的に把握する必要がなくなったとしても、健康管理の観点から、どの程度の労働時間となっているのか、連続勤務の状況(休日が確保されているか)については、定期的に本人の申告を受けたり、本人の心身の不調が疑われるときには、副業先の労働時間を含めた状況の把握が必要になるでしょう。また、産業医による面接指導の機会についても法制度上の義務であるか否かにこだわりすぎずに、自社内での健康管理について、副業を行っている場合には定期的に実施したり、自社内での時間外労働時間数のみによることなく実施対象にするなど、事前予防の機会を失わないように配慮しておくことが望ましいでしょう。 第78回 定年後の職務発明に関する紛争、年俸決定の裁量権 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 退職した元従業員が発明した特許には、利用料相当額を支払わなければならないのですか  定年で退職した従業員が、自分が発明した特許を会社が使用しているとして、その利用料相当額の請求をしてきました。たしかに、定年に至るまで開発や研究にかかわる業務を行っていた従業員ではありますが、会社の設備などを利用していた開発や研究の成果に対して、個人的な利益を求めてくるとは想定外です。会社は、利用料相当額を支払わなければならないのでしょうか。 A  会社で職務発明規程を定めているか、また、その規程を定めた経緯などを確認する必要があります。会社の職務として行ったものであれば、支払いは不要である可能性が高いですが、一定程度の補償金を支払わなければならない可能性もあります。 1 職務発明制度  職務発明とは、会社の従業員が行った発明について、その特許を受ける権利や特許権を会社に帰属させるための制度です。現在ある課題を解決するような発明は、社会の発展のために有意義ですが、発明者にそのすべての権利が帰属するとすれば、会社としてはその研究や開発のための投資を行う意欲が失われます。他方で、従業員である発明者になんらの報酬もないとすれば、従業員にとっても発明の意欲が湧きません。  そこで、特許法第35条が、性質上使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至った行為がその使用者等における従業者等の現在または過去の職務に属する発明を「職務発明」と定義し、会社と労働者の利益を調整しています。職務発明に対して、どのような取扱いを行うかについては、図表のように大きく分けて三つの選択肢があります。なお、2015(平成27)年の改正以降は、このような取扱いとなっていますが、それ以前の場合には、若干取扱いが異なることがあります。  そもそも、職務発明について、合意や規則を定めるか否かについても使用者が任意に選択することができるほか、特許権をどのような方法で使用者に帰属させるかという点も異なります。ただし、特許権を使用者に帰属させる場合、使用者は発明者に対して相当の利益を与える必要があり、在籍中ではなく、定年などの退職後に請求を受ける場合や会社に相当な経済的利益を生じさせた特許権の帰属についての紛争が生じることがあります。 2 裁判例の紹介  従業員が在籍中に行った発明に関する特許権について、職務発明に該当するものとして会社が特許権を出願して登録したことに対して、定年退職した従業員が、種々の紛争を生じさせた事案があります(東京地裁令和6年9月26日判決)。長年にわたり、さまざまな手続きが行われていますが、過去には職務発明に対する相当な利益の支払いを求める請求が行われたほか、最終的には、特許権が自らに帰属することの確認を求めて訴訟を提起しており、また、これらの手続きに要した費用について使用者に対して損害賠償の請求を行いました。  当該事件の会社では職務発明に関する規程が定められており、職務発明に該当する場合には、会社が承継するものと定めるとともに、会社が必要ないと認めた場合には従業員に特許権が残るとされていました。この規定は、図表のAとして整理した事前承継に該当する規定と評価されました。そして、従業員が行った発明は、使用者の業務範囲に属し、かつ、発明者の職務にも含まれるものであることから、職務発明に該当するものと判断されました。  問題として残るのは、相当な利益の支払いを行っていないことになりそうですが、当該事案における職務発明の規程においては、特許権を承継するにあたり、協議や意見の聴取、相当な利益の支払いを要件としていないことを理由に、発明者であった従業員に特許権が帰属するという主張を排斥しています。  仮に、職務発明規程において、相当な利益を与えたことを特許権が移転する要件として定めていた場合には、相当な利益を与えていないかぎりは移転しないという結論になっていた可能性を否定できません。  なお、相当な利益の決定方法については、使用者と従業員との間で行われる協議の状況、策定された基準の開示状況、相当な利益の内容の決定について行われる従業員からの意見聴取の状況を考慮して定めるものとされています(特許法第35条第6項)。特許庁が定めるガイドラインにおいては、相当な利益の算定について基準を策定するにあたり、従業員との協議、基準の開示、具体的な意見聴取方法を定めている場合には、当該基準の内容を尊重して相当な利益を定めるものとされています。また、相当な利益には、金銭以外にも留学機会の付与や昇進や昇格、特別休暇の付与なども考慮されるものとされています。  したがって、開発や研究に資するような設備や、そのほかにも相当な利益として考慮されるような要素があれば、追加で相当な利益を与えなければならない可能性は低く、従業員との協議により定めた算定基準を開示しており、それに従っているかぎりは、追加の支払いまでは不要になることもあります。 3 特許以外の知的財産権  特許権を獲得するような事業活動がない場合には、関係がないと思われるかもしれませんが、類似の状況は著作権でも生じることがあります(著作権法第15条)。  著作権法では、使用者の発意に基づき従業員が職務上作成する著作物について、法人が自己の著作の名義のもとに公表するもの(プログラムの著作物については、公表不要)は、「職務著作」として、契約、勤務規則その他別段の定めがないかぎり、使用者に原始的に著作者として著作権が帰属するものとされています。特許法とは異なり、契約や規則がなくとも職務著作であるかぎり使用者に帰属する点や相当な利益の付与は求められていない点は異なります。  しかしながら、職務発明規程がなければ、特許権は使用者に帰属しないことがあり、使用者として知的財産権全般を管理することを意図する場合には、職務発明のみならず、職務著作の帰属先などについてもあわせて整理しておくことが適切でしょう。  職務著作に関しては、相当な利益を与えることが必須ではないものの、職務発明規程を定めるにあたっては、各種の知的財産に関する相当な利益の算定基準を定めておくことによって、後日の紛争を回避することに資するため、従業員と協議のうえ、就業規則と同様に開示を行っておくという取扱いをスタンダードにしておくことが重要でしょう。 Q2 年俸制の場合、評価に基づき年俸を減額しても問題はないのでしょうか  当社では、裁量の範囲が大きい業務を取り扱っている労働者について、年俸制を採用しており、年度ごとに前年度の業務成果などを考慮して、年俸を決定してきました。このたび、業務成果に応じて、年俸の減額を伝えたところ、これに労働者が反対してきました。会社が年俸を一方的に減額することに問題はあるのでしょうか。 A  年俸制に関する評価基準や決定手続きが合理的に定められており、減額に対する不服申立手続きが用意されていることなどが確保されている場合であれば、減額の合意に達することができなかったとしても、使用者の裁量を逸脱・濫用しないかぎり、減額することは可能と考えられます。ただし、減額の幅について限界を定めておくことが望ましいでしょう。 1 年俸制について  年俸制とは、賃金の全部または相当部分を、労働者の業績などに関する目標の達成度を評価して年単位で設定する制度などと定義されており、単純に労働時間における労務提供が行われるかどうかだけをもって賃金を決定するわけではないということが前提とされています。なお、年功序列による賃金体系を維持しつつ、年収のことを年俸といい換えている場合もありますが、その場合は年俸制としての特徴はほとんどないものになります。  本来の年俸制を採用する使用者において想定しているのは、毎年の業績評価を通じて年俸の増減を行うことによって、目標達成へのインセンティブを確保することにあります。増額される場合には労使間で紛争になることは想定しがたいところですが、日本の労働法制においては、たとえ年俸制であるとしても、賃金の減額を行う際には紛争が生じやすく、減額を有効に行えるのか問題となることがあります。  なお、減額以外の観点からは、年俸制といえども、年に一度まとめて支給するのではなく、毎月1回以上の定期払いが必要であることから12回以上に分けて、少なくとも月に一度は賃金を支給することは必要となります。 2 年俸制と時間外割増賃金  年俸制が、時間に応じるよりも、業績に対する達成度で評価する側面を有していることから、基本的には年俸制は専門性が高く、労働時間の管理がなじまない業務を行っていることが多く、時間外労働による割増賃金の適用が除外される管理監督者や高度プロフェッショナル制度の適用対象者、専門業務型や企画業務型の裁量労働制の対象者との相性がよいものです。  他方で、これらの制度の対象ではない一般の労働者に年俸制を適用し、年俸に時間外割増賃金を含めて合意しているという主張がなされることがあります。過去の判例では、勤務医に対して年俸1700万円を支給していた事例において同趣旨の主張をした事件では、年俸の金額のうち時間外労働割増賃金に相当する額が判別可能ではないという理由で、別途時間外割増賃金の支払いが必要とされた事例があります(最高裁平成29年7月7日判決、康心会事件)。したがって、たとえ年俸制であったとしても、通常の賃金の合意と同様の取扱いをするということが、日本の労働法における基本的な考え方となっているといえるでしょう。 3 年俸の減額  仮に、年俸制であっても賃金と同様の取扱いとなるとすれば、原則として、労働者の自由な意思による同意がなければ、減額ができないという結論にもなりそうです。しかしながら、自由な意思による同意がないかぎり減額できないとすれば、日本では年俸制は実質的に採用できないということになってしまいます。  したがって、年俸制において減額できるようにするためには、減額するための条件などが、就業規則または労使間で合意した労働契約に含まれている必要があると考えられています。すなわち、賃金の名称を年俸と呼称しておけばよいわけではなく、年俸制の定義に含まれているような「業績等に関する目標の達成度を評価して年単位で設定する」ということを具体化して労働契約の内容に定めておくことが必要ということになります。  例えば、東京高裁平成20年4月9日判決(日本システム開発研究所事件)では、「年俸制において、使用者と労働者との間で、新年度の賃金額についての合意が成立しない場合は、年俸額決定のための成果・業績評価基準、年俸額決定手続、減額の限界の有無、不服申立手続等が制度化されて就業規則等に明示され、かつ、その内容が公正な場合に限り、使用者に評価決定権があるというべきである」という判断がされています。通常の賃金決定においてあまり想定されていない、不服申立手続きも要素としてあげられていることからも、裁判所の判断において、評価における客観性や透明性が確保されていることは重視されており、公正な評価自体が担保されていることが重要といえます。  とはいえ、成果・業績評価の基準については、使用者がいかなる指標を重視するかについては、事業の内容や規模などに応じて左右されるものです。そのため、過去の裁判例においても、成果・業績評価の基準については、「使用者が労働者を人事評価するうえで、いかなる要素を捉えて業績、貢献度の大小の判断基準とするかは、使用者がいかなる企業・組織の運営方針や人事政策を採用するかに委ねられた問題であって、使用者はこの点につき広い裁量を有する」と判断されています(東京地裁平成28年2月22日判決)。  したがって、使用者には、年俸の減額に関する基準を定めた根拠がある場合には、減額の限界に従うかぎり、広い裁量をもって次年度の年俸を決定することができると考えられています。ただし、年俸制による賃金が減額されて紛争となった場合、裁判所が使用者において合理的な評価が行われたかについて判断することになります。使用者に裁量が認められるとしても、その裁量を逸脱または濫用して評価がゆがめられているような場合には、年俸の減額が違法となり、前年度の年俸相当額を賠償しなければならない場合もあります。 第79回 合併後の継続雇用の更新、SNS上での誹謗中傷を投稿した社員に対する懲戒処分 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 会社が吸収合併される場合、継続雇用社員の労働条件および契約更新はどのようになるのでしょうか  当社の事業が不振の状況であることから、吸収合併により会社が吸収され、消滅することになります。従業員のなかには、定年後の継続雇用を行っている者がいるのですが、吸収合併により事業を継続する企業とは、継続雇用における労働条件が合致しておらず、吸収後に条件を調整する予定になっています。他方で、継続雇用の従業員からは、労働条件の引き下げに反対する意見が出ていますが、どのように対応すべきでしょうか。 A  合併後の労働条件の統一とも関連する状況ですが、継続雇用という事情から提示される継続雇用の労働条件には合理性が認められる内容である必要があります。従前の労働条件を必ず維持しなければならないというわけではありませんが、合併に至る手続きのなかで労働条件の変更について納得感を得られるていねいなプロセスを経ることが必要です。 1 吸収合併と労働契約の関係  事業が不振となった場合には、会社について破産または解散するなどによって清算するほか、事業について関心を有する企業などがある場合には、合併や事業譲渡などによって事業を承継するといった可能性もあります。破産または解散によって清算するときは、従業員との間の労働契約も解消することが前提になるため、全員が失業することになりかねませんが、合併や事業譲渡などで事業が承継される場合には、事業活動を支える従業員との労働契約も承継することが前提とされることが一般的です。  特に合併手続きによる場合には、包括承継と呼ばれており、清算する会社(以下、「旧会社」)、合併により事業を継続する会社(以下、「新会社」)における契約内容を包括的に同一の内容のまま引き継ぐことが可能となっています。したがって、合併契約により承継される時点においては、継続雇用の対象となっている従業員は、旧会社における労働条件を維持したまま、働き続けることができるのが原則となります。  しかしながら、新会社では、継続雇用にかぎらず、労働条件を定めた就業規則およびそれに付随する各種規程が定められていることが通常であり、旧会社で定められていた労働条件を維持し続けることは同一企業内での不公平を生じさせることにもなりかねず、労働条件の統一が課題になることがあります。したがって、合併後に旧会社から承継した労働者について、就業規則の変更や個別の同意を得ながら、労働条件を変更することによって統一を図ることになります。  継続雇用の従業員についても、同様に労働条件を統一することも可能ですが、期間の定めがある労働契約であることから、次回の更新時に労働条件を調整するような方法がとられることがあります。 2 裁判例の紹介  合併によって承継した継続雇用の対象者から継続雇用の希望が示されたことに対して、契約更新時に労働条件を変更した内容で提案したものの、この申出を従業員が断ったため、契約を更新しなかったところ、継続雇用の期待を有していたにもかかわらず、これを合理的な理由なく拒絶されたとして、従前と同一条件による継続雇用の維持を求めて訴えた裁判例があります(東京地裁令和6年4月25日)。状況としては、質問と同種であり、事業継続困難な状況から、合併により事業を継続し、従業員も承継されていた新会社において、継続雇用の更新時に労働条件を変更する提案をしたというものであり、合併後の状況としては、よくある内容であると思われます。  労働契約法第19条は、有期労働契約について、「契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することが合理的な理由があるものであると認められる」ときには、有期労働契約更新の「申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす」と定めています。したがって、更新されるだろうという合理的な理由のある期待を保護し、更新拒絶には客観的かつ合理的な理由と社会通念上の相当性が必要とされています。  紹介する裁判例では、この規定の解釈として、更新されることへの期待とは、その法的効果が同一の労働条件で更新したものとみなすものとされていることから、合理的な期待として保護される対象となるのは「同一」の労働条件で更新されることが期待されていることをさしていると解釈しました。そして、合併に至る手続き内において、継続雇用対象者に対しては、新会社の定める規程が適用されること、それによって労働条件が不利に変更されることになること、新会社の規程では継続雇用においては2種類の働き方(管理職相当を維持するか、一般職として業務軽減するか)があり、それぞれの労働条件を比較して選択することが説明され、また、規程はイントラネット上に掲載して内容を確認可能であったことなどから、従前と「同一」の労働条件が維持されることは期待されていなかったとして、労働契約法第19条の適用を否定し、継続雇用をしなかったという新会社の判断を肯定しています。  なお、労働条件の変更の程度としては、管理職相当の地位を維持する場合には労働日が週4日から週5日に増加する一方で基本賃金が15%減少するというものであり、一般職相当になる場合には週4日の労働日が維持されつつ賃金が約51%減少するというものでした。  さらに、仮に労働契約法第19条の適用があるとしても、客観的かつ合理的な理由および社会通念上の相当性が肯定されることも補充的に判決内で示すことで、その結論を補強しています。更新拒絶したことについて客観的かつ合理的な理由があるか否かについては、有期労働契約の更新時に示した労働条件に合理性があるか否かによることになるとし、新会社の規程に沿った内容であることや規程外の条件で継続雇用をしている従業員がほかにおらず一人だけ特別扱いをすることによって定年後再雇用者において不公平感を抱き、士気や意欲の低下を招くことは容易に想像できることや、合併により救済された事業であるものの、そのなかでも細分化した業務内容としては撤退を要する業務を担当していた従業員であったことから業務が多忙になることもないということをふまえると、提案内容には合理性があったと判断されています。 3 継続雇用時に提示する労働条件  定年後の継続雇用においては、著しく不利益な労働条件の提示によって裁量を逸脱した場合には、継続雇用制度と認められずに、高年齢者雇用安定法違反になる可能性があります。ただし、ここでも一定の裁量があることは認められており、つねに従前と同一の労働条件を提示しなければならないわけではありません。紹介した裁判例では、「同一」の労働条件に対する期待がなければ、保護されないと判断していますが、それでは保護の範囲はほとんどないに等しく、同様の解釈を取る裁判例が主流になるとは考えがたく、合併などによって従前の契約当事者から変更があった場合など特殊な状況を前提にしていると考えた方がよさそうです。  新会社の判断が尊重されるにあたって重視されていたのは、合併手続きが進められるなかで説明会が開催されており、その回数や内容も充実していたこと、訴えた従業員以外との間では紛争が生じていないことなど、客観的に見た際に納得感を得ることができるプロセスを経ていたかという点ですので、労働条件を不利益な内容で提示することが許容されたという結論部分だけにとらわれることなく、手続重視の取組みが重要であると考えます。 Q2 SNS上で会社の誹謗中傷を投稿している社員がいるようです。懲戒処分はできるのでしょうか  SNS上で、当社の就業環境について、「サービス残業がある」、「上司からのパワハラも放置」、「ブラック企業」などといった記載が見つかりました。投稿は従業員によるものであろうと考えていますが、どのような対応ができるのでしょうか。投稿者が従業員であると特定できた場合には、懲戒処分を行うことは可能でしょうか。 A  事実ではない情報をSNSによってインターネット上に公表された場合には、法的な手続きで特定または削除の対応が可能です。従業員による投稿と特定でき、名誉棄損として違法な行為に該当するときには、就業規則の定めにしたがって懲戒処分を行うことは可能と考えられます。 1 投稿者の特定や投稿の削除  SNS上の発信については、実名で行われることが少なく、投稿者が社内の従業員であるのか、退職者など社外のものであるか不明なこともあります。発信者を特定するためには、@発信者とおぼしき従業員からのヒアリングを行うか、A情報流通プラットフォーム対処法(旧名称:プロバイダ責任制限法)に基づく発信者情報開示請求を行うことで特定をしていく必要があります。名誉・信用毀損が成立するような場合には、プロバイダやSNSサービスを提供している事業者は、投稿者に関する情報(IPアドレス、タイムスタンプ、ポート番号など)の開示に応じる必要があります。とはいえ、投稿から3カ月程度しか発信を特定するためのログは保存されていないことも多いので、投稿自体が古い場合には、特定がかなわない場合もあります。そのような場合には、せめて削除をするために、プロバイダに対して削除請求をすることで投稿自体の削除を求めるという手続きも存在します。  SNSやインターネットを通じた情報発信の特徴として、@伝播可能性(発信された情報が拡散される)、A公共空間性(不特定多数の閲覧が予定されている)、B情報の保存・維持(一度発信した情報は削除してもアーカイブなどに保存されることがある)、C特定可能性(匿名の発信であっても技術的には特定することは可能)、D発信の安易さ(いつでも、どこでも発信が可能)といった特徴があるといわれています。これらのうち、@伝播可能性やA公共空間性の特徴から、不特定多数の第三者にまで情報が拡散され、会社に対する信用の毀損が生じやすく、閲覧者の反応次第で影響の拡大は予測不可能なほどに大きくなるおそれがあります。 2 名誉・信用棄損に該当する行為に対する懲戒処分  SNSによる投稿は、私生活上で行われたものと考えられ、就業時間中の行為ではないと思われます。労働契約では、あくまでも就業時間中の行為に対する指揮命令権が与えられているにすぎないため、私生活上の行為まで懲戒処分の対象にすることはできません。しかしながら、私生活上の行為であったとしても、その行為が職場の風紀を乱したり、会社の信用を毀損したりすることで、会社に対する悪影響を及ぼす場合には、当該行為を対象に懲戒処分を行う余地はあります。  過去に就業時間外における会社批判を根拠として行われた懲戒処分の効力が争われた先例があります。  就業時間外に社宅に会社を批判するビラを約350枚配布した事例で、当該ビラに記載された内容が事実無根であったことから、就業規則に定める「その他特に不都合な行為があったとき」に該当するものとして、譴責(けんせき)処分を有効と判断しています(関西電力事件 最高裁一小 昭和58年9月8日)。このような判例に照らすと、SNSに会社を誹謗中傷する事実無根の投稿をしたときには、懲戒事由に該当することが前提ではあるものの、譴責程度の懲戒処分を行うことは可能と考えられます。  なお、懲戒処分を行うためには、就業規則上の根拠が必要となり、懲戒事由として、「職場の風紀を乱さないこと」や「会社の信用を毀損する行為をしてはならない」といった内容が定められているか確認しておく必要があります。 3 SNSへの投稿と会社に対する名誉・信用毀損の成立要件  会社の名誉・信用を毀損する場合には、当該投稿を行っている者は、会社に対する不法行為責任を負い、名誉回復措置も命じられることもあります(民法709条および723条)。ただし、公共の利害にかかわる事実を適示する表現が、@適示された事実が真実である場合、または、A真実と信ずるについて相当な理由がある場合には、名誉・信用を毀損する表現であったとしても不法行為責任を負担することはありません。また、公共の利害にかかわる意見や論評については、その意見や論評の根拠とした事実が上記の@やAに該当する場合に加えて、B意見・論評としての許容される表現の域を逸脱していない場合にも不法行為責任を負担しません。このような理由で名誉・信用毀損として不法行為責任を負わないにもかかわらず、懲戒処分を行ったときには、懲戒権の濫用となり、懲戒処分が無効になると判断した事例もあります(三和銀行事件 大阪地裁 平成12年4月17日)。  投稿内容がいずれも事実ではないとすれば、名誉・信用毀損に該当するといえそうですが、懲戒処分等を検討するには当該投稿が名誉・信用毀損といえるかどうか判断するために、表現全体をみたときに意見論評としての域を逸脱しているか否かについても精査する必要があります。 第80回 退職金減額・不支給、中途採用と信用調査 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 退職金規程違反を理由に退職金を減額・不支給することは可能でしょうか  当社には退職金制度があるのですが、懲戒事由に相当する事由がある場合には、減額または不支給とすることができる旨が退職金規程に定められています。同業他社への就職や秘密情報の持ち出しを禁止しているにもかかわらず、退職後に同業他社へ情報を持ち出した人物がおり、退職金を不支給にしたいのですが、可能でしょうか。 A  退職金を減額または不支給とするには、過去の功労報賞を著しく抹消するほど重大な違反が必要と考えられています。職業選択の自由の観点から競業避止義務が限定的に解釈することをふまえてもなお、違反の程度が悪質な場合には、大幅に減額することであれば可能な場合はあります。 1 退職金支給と懲戒事由の存在  退職金制度は、必ずしも会社が設けなければならない制度ではなく、また、会社ごとにその内容は異なります。しかしながら、日本では退職金規程を定めたうえで、ご質問のような退職金の減額または不支給の規定を設けている会社は少なくありません。  退職金の請求権は、退職する労働者にとって非常に重要な権利であり、勤務した期間が長くなればなるほど支給額も増える傾向にあることから、継続的に勤務するほどその重要性も増していきます。そのため、退職金の減額や不支給についても、一定程度制限されることが一般的です。とはいえ、まったく減額や不支給ができないとも考えられておらず、そのことは、退職金の性質とも関連しています。  退職金の性質について、裁判例では賃金の後払いとしての性質と功労報償としての性質をあわせ持つといわれています。賃金の後払い的性質については、文字通り読むと賃金全額払いの原則に違反するかに見えますが、勤務に対する評価を蓄積して、退職時に具体的な請求権が発生するものであることから、全額払いの原則に反するとは考えられていません。  したがって、賃金の後払いや功労報償としての性質を有する退職金について、その発生条件として、懲戒事由が存在しない旨を定めておくことは賃金全額払いの原則に抵触するものではなく、有効になり得ると考えられています。  しかしながら、そもそも懲戒事由として定めた規定の有効性が問題となるほか、懲戒事由といえどもその程度はさまざまであることから、単に懲戒事由に該当しさえすれば、退職金の減額または不支給ができるとは考えられていません。 2 裁判例の紹介  会社が定めていた競業避止義務および守秘義務に違反したことを理由として、退職金の全額を大幅に減額としたことの有効性が争われた事件があります(東京地裁令和5年5月19日判決およびその控訴審である東京高裁令和5年11月30日判決)。  この事件では、雇用契約書の備考欄に「退職するに至った場合に退職後1年を経過する日までは、当社が競合若しくは類似業種と判断する会社・組合・団体等への転職を行わないことに同意する。但し、当社の事前の同意があった場合はこの限りでない」という趣旨の規定が定められているほか、社内では数回にわたり、競業避止義務に関する説明を行い、退職前に競業避止義務違反があった場合には退職金の一部または全部が払われなくなることを説明していました。  なお、会社は、労働者に対し、退職時にも競業避止義務を定めた合意書の締結を求めていましたが、労働者がこれを拒絶したため、退職時の競業避止義務の合意は成立していませんでした。  裁判所は、まず競業避止義務の有効性について、「労働者は、職業選択の自由を保障されていることから、退職後の転職を一定の範囲で禁止する本件競業避止条項は、その目的、在職中の職位、職務内容、転職が禁止される範囲、代償措置の有無等に照らし、転職を禁止することに合理性があると認められないときは、公序良俗に反するものとして無効であると解される」として、その有効性は限定的に判断されるべきという基準を示しました。この基準は、労働者の競業避止義務の有効性に関して一般的に用いられる判断基準です。  この事件では、当該労働者の立場から会社の重要なノウハウなどを知ることができたことなどを理由として、期間も不相当に長いものでもないことから、競業他社に転職されることを防ぐための競業避止義務は有効と判断されました。  ただし、競業避止義務が有効に設定されているとしても、直ちに退職金を減額または不支給できるとは判断しておらず、「退職金の性質からすれば、本件競業避止義務違反をもって直ちに退職金を不支給又は減額できるとするのは相当といえず、本件減額規定に基づき、競業避止義務違反を理由に業績退職金を不支給又は減額できるのは、労働者のそれまでの勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為がある場合に限られるとするのが相当である」という限定を付しています。  退職金の減額または不支給の判断においてよく用いられるフレーズが、「労働者のそれまでの勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為がある場合に限られる」というものであり、これは勤続期間が長く会社への貢献が大きければ大きいほど、減額や不支給が困難であることを示しています。  この事件は、労働者が、元の勤務先で検討されていたプロジェクトにかかわる競業企業に転職しており、また、元の勤務先における秘密情報を大量に印刷して少なくともその一部は社外に持ち出すことを目的としていたことなどが裁判所で認定されており、競業他社への転職のケースにおいても、特に悪質なものでした。  結論としては、「原告の競業避止義務違反の内容が悪質であること、原告が故意に競業避止義務に違反していること、業績退職金に占める原告が貢献した割合も低いことなどを考慮すれば、原告の競業避止義務違反は、原告の勤続の功を大きく減殺する、著しく信義に反する行為」に該当するものとして、退職金額を4分の1にまで減額したことは相当であると判断されました。 3 退職金減額または不支給の留意事項  現代では、70歳までの就労機会の確保が努力義務とされており、65歳定年制も増えていくことが見込まれますが、65歳を超えても働き続けることも想定されています。しかしながら、定年による退職後であっても、競業避止義務を負担することになります。  定年まで勤めた労働者にとっては、同社でつちかったスキルを活かして、新たな仕事を始めることは想定されるところですが、会社の承諾なく行ってしまうと、退職金の減額や不支給といった影響につながるおそれがあります。  せっかく貢献してきた企業にとって勤続の功を抹消ないし減殺してしまうことは、望んでいないでしょうから、競業行為になりそうな場合には、会社の事前承諾を得るなど、退職金の取扱いが紛争化しないように留意していただくことが望ましいものと考えます。 Q2 採用時に行う「信用調査」は、不適切なのでしょうか  当社では中途採用の際、内定を出す前に、外部の民間業者に委託して信用調査を行うこととしています。社内から「採用前に信用調査を行うことはプライバシー侵害になるのでやめた方がよいのではないか」との意見が出ているのですが、信用調査を行うことは不適切なのでしょうか。 A  信用調査を行うにあたっては、本人の同意を得て行うべきでしょう。なお、本人の同意を得た場合であっても、社会的差別の原因となるおそれのある情報のように収集自体が禁止されている情報があることにも留意しなければなりません。 1 信用調査とは  採用の場面における信用調査には、過去の職歴や具体的な業務内容などを過去の在籍企業に問い合わせることによって、採否を決定するための情報として活用する目的があります。  外資系企業においては、「リファレンスチェック」などと呼ばれており、信用調査を行うことが一般的になっていますが、日本の企業では必ずしもこのような調査が行われているわけではありません。情報収集の方法としては、前職の企業に対して、経歴や実績、職務経験、在籍期間、懲戒処分の有無や勤怠状況などを質問する書面を送付したり、面談を申し入れたりすることで行われます。  これらの行為は、調査対象となる本人の同意なく行ってもよいのでしょうか。 2 個人情報保護法による規制  個人情報保護法は、個人情報の取得に関して、利用目的をできるかぎり特定し(同法第17条)、取得にあたっては、偽りその他不正の手段によって個人情報を取得してはならない(同法第20条)とされています。適正な取得と認められるためには、利用目的をあらかじめ公表しておくか、速やかに本人へ通知することが求められています(同法第21条第1項)。さらに本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないように、その取扱いに特に配慮を要するものは、「要配慮個人情報」とされており、同法の除外事由がないかぎり、本人の同意なく取得することが禁止されています(同法第20条第2項)。  信用調査においては、受託した調査会社に対して調査対象となる前職の企業が提供する行為は、個人情報の第三者提供に該当することになります。したがって、個人情報保護法を順守する企業であれば、本人の同意がないかぎり、信用調査に対する回答は行わないということになるでしょう。情報のなかに要配慮個人情報が入っていれば、なおさら同意なく提供することは許されません。  仮に、本人の同意なく情報を得られたということであれば、信用調査を行うことで、前職の企業における個人情報保護法違反を引き起こしてしまっていることになります。調査を依頼した企業としても、個人情報は適正に取得しなければならず、個人情報保護法違反を犯して取得された情報を得ることは避ける必要があります。  なお、個人情報保護法以外に職業安定法でも、労働者の募集を行う者は、労働者の個人情報を収集し、保管し、または使用する際に、その業務の目的の達成に必要な範囲内で取り扱うことが求められており(職業安定法第5条の5)、同法について厚生労働省が定める指針においても、事業者が応募者の適性・能力とは関係のない事項で採否を決定しないようにするために、@人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項、A思想および信条、B労働組合への加入状況などの情報収集について、業務目的の達成に必要不可欠であり、収集目的を示して本人の同意を得ないかぎり、禁止しています。したがって、これらの情報については、同意があったとしても、取得することが規制されています。そのため、信用調査を行うとしても取得すべき内容にも限定が必要となります。 3 プライバシー侵害との関係  個人情報の観点だけでなく、プライバシー権との関係も問題となります。プライバシー権とは、「私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利」(「宴のあと」事件 東京地裁昭和39年9月28日判決)と解されており、非公開の情報で、一般人の感覚を基準として公開によって心理的な負担、不安を覚えるような事柄であれば、法的な保護に値するものと考えられています。  厚生労働省が収集することを禁じている情報は、プライバシー権がおよぶ可能性が高いものといえますが、それ以外にも私生活上の情報や人間関係についても知られたくない内容も含む可能性があります。  プライバシー権についても本人の同意を得て収集する場合には、違法と評価されるには至らないと考えられますが、同意を得ずに収集することはプライバシー権の侵害になる可能性が否定できません。 4 信用調査における留意点  信用調査について外部へ委託する場合もあるかと思われますが、その場合でも、本人の同意を得て開始することを前提とする必要があり、委託先が本人の同意を得ることなく取得した情報を採否の決定に利用することは不適切な個人情報の利用となりかねません。  信用調査については、同意を得られた対象者について実施することとし、同意が得られない場合には前職の企業への質問や面談などを通じて、対象者の情報を収集してはならないと考えられます。  信用調査の結果を採用活動において活用することを継続することを希望されるのであれば、対象者からの同意を確実に獲得しつつ、進めることが適切でしょう。