【表紙2】 高年齢者活躍企業フォーラム 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム アーカイブ配信のご案内 高齢者雇用に取り組む、事業主や人事担当者のみなさまへ  2023(令和5)年10月に東京で開催された「高年齢者活躍企業フォーラム(高年齢者活躍企業コンテスト表彰式)」、同年10月〜11月に開催された「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」の模様をアーカイブ配信しています。  本年度は企業において高齢者の戦力化を図るために関心の高い「職場コミュニケーション」、「ウェルビーイング」、「キャリア・リスキリング」、「評価・賃金制度」をテーマとして開催しました。  各イベントの模様を、お手元の端末(パソコン、スマートフォンなど)でいつでもご覧いただけます。  学識経験者による講演、高齢者が活躍するための先進的な制度を設けている企業の事例発表・パネルディスカッションなどにより、高齢者が活躍できる環境整備の必要性や今後の高齢者雇用について考えるヒントがふんだんに詰まった最新イベントの様子を、ぜひご覧ください。 各回のプログラムの詳細については、当機構(JEED) ホームページをご覧ください。 https://www.jeed.go.jp/elderly/activity/index.html 視聴方法 JEED ホームページ(トップページ)から 機構について→広報活動(メルマガ・啓発誌・各種資料等)→YouTube 動画(JEED CHANNEL)→動画からご視聴ください。 または jeed チャンネル 検索 https://youtube.com/@jeedchannel2135 お問合せ先 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)高齢者雇用推進・研究部 普及啓発課 TEL:043-297-9527 FAX:043-297-9550 https://www.jeed.go.jp/ 写真のキャプション 上:高年齢者活躍企業コンテスト表彰式の様子 下:シンポジウムの様子 【P1-4】 Leaders Talk No.104 医学的にも実証される笑いの効果人を笑顔にすることが生涯現役の原動力に 産婦人科医/日本笑い学会副会長 昇幹夫さん のぼり・みきお 九州大学医学部卒業後、九州大学医学部附属病院に入局。その後、福岡大学附属病院勤務等を経て、現在は医療法人愛賛会浜田病院(大阪府)の産婦人科勤務。病院勤務のかたわら、日本笑い学会の副会長を務めており、笑いの医学的効用について研究を行っている。  「笑う門には福来る」ということわざがありますが、「笑い」や「笑顔」には、健康長寿をもたらす効果があるといわれています。今回は、現役産婦人科医で、「日本笑い学会」の副会長の昇幹夫さんに、「笑うこと」についての医学的考察を語っていただきました。笑い続けること、変わり続けること―。人生100年時代を生涯現役で乗り切る術を、昇さんのお話からひも解きます。 「笑うこと」は腹式呼吸の健康法治療医学から健康増進の医学へ視野が広がる ―昇さんは、麻酔科医、産婦人科医として働きながら、「笑い」の医学的効用について研究をされてきたとうかがいました。そのきっかけについて教えてください。 昇 1986(昭和61)年に読んだ、小さな新聞記事がきっかけになりました。エノケン※1の「最後の弟子」として知られる近藤(こんどう)友二(ともじ)氏が、「笑顔教室」を主催しているという内容の記事です。当時勤めていた医院はあまりに忙しく、看護師もとげとげしい雰囲気でしたので、こういう教室での接遇教育も必要だと考え、看護師に通ってもらうことにしました。すると、しばらくして、近藤氏から「笑うということは、どんなふうに健康によいのですか」という質問の電話がきて、「3カ月後に教室で話してください」と依頼されたのです。  私は絶句しました。これまで病気を治すという治療医学はさんざんやってきましたが、「健康増進の医学」という発想はまったくなかったのです。しかし医学的に考えれば、笑うことは、連続的に息をはき出すこと。腹式呼吸の変形といえます。それならば健康法になると考えました。  当時はインターネットもない時代ですから、図書館に行って、「笑顔」や「笑い」の文献を調べ、猛勉強しました。そのなかで、関西大学の井上(いのうえ)宏(ひろし)名誉教授の著書『笑いの人間関係』に出会い、井上氏が主催する交流会に参加するようになったのです。 ―井上氏は「日本笑い学会」の初代会長ですね。同学会創設の経緯や活動内容について、お話しいただけますか。 昇 最初に参加したのは「笑学(しょうがく)の会」。日本笑い学会の前身です。笑いが大好きな人たちが集まった異業種交流会でした。私は鹿児島県出身で、「人さまには笑われるな」といわれて育った薩摩(さつま)隼人(はやと)です。かたや大阪には、こういう会があったのです。教授や政治家など肩書きに関係なく、「ああでもない」、「こうでもない」とジョークのいい合いでおもしろいと思いました。  交流会が続いていくうちに、「洒落(しゃれ)でもともとや。学会にせんか」という話になり、1994(平成6)年7月9日、日本笑い学会※2が創設されました。「泣(7)く(9)」の日に笑い学会。まったくの洒落ですよ。  学会は、笑いに関心があれば、年会費1万円(学生は5000円)でだれでも入会することができます。今年で創設30周年になりますが、会員数は1000人を超え、大学教授、医師、弁護士、僧侶、主婦、サラリーマン、学生など、職業も年齢もさまざまです。 ―「笑い」がもたらす健康効果について、具体的に、どのような研究をされてきたのでしょうか。 昇 1990年代ですが、「笑うことは免疫力を上げる」ということを、すばるクリニック(岡山県倉敷市)の伊丹(いたみ)仁朗(じんろう)医師とともに、大阪府大阪市にある吉本興業の劇場「なんばグランド花月(かげつ)」で実験しました。がんで闘病中の患者を含む計19人に、吉本新喜劇を見て、3時間笑ってもらうという実験です。結果として、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)が非常に活性化するというデータが得られました。  NK細胞は、がん細胞をはじめ異常のある細胞を攻撃するリンパ球の一種で、NK細胞の数値が高すぎるとアレルギーになり、低すぎると感染症になります。それが、吉本新喜劇で3時間大笑いするだけで、NK細胞がちょうどよい数値に収まりました。大阪では実験の場所から、「NK細胞は、なんば(N)花月(K)細胞だ」という人まで出てきたのです。 吉本新喜劇で「3時間大笑い」するとがんとも戦うナチュラルキラー細胞が活性化 ―笑いの効果を医学的に実証する研究はほかにもあるのでしょうか。 昇 まずは海外の事例ですが、「笑い療法の父」と呼ばれるノーマン・カズンズという人物がいます。米国人ジャーナリストで、被爆した原爆乙女※3を米国に招いて治療を受けさせたことで知られていますが、彼自身、治る確率が500分の1とされる膠原病(こうげんびょう)の一種の難病に罹患していました。激痛をともなう病気でしたが、テレビを見ながら夜10分間、本気で大笑いすることによって鎮痛効果が得られ、2時間は痛みを感じることなく睡眠できると証明しました。彼の著書『笑いと治癒力』は非常に有名で、日本語にも翻訳されています。  日本では、日本医科大学の故・吉野(よしの)慎一(しんいち)名誉教授によるリウマチの研究があります。大の落語好きだった吉野氏は、病院内に寄席をつくって落語家を呼び、リウマチ患者に1時間ほど笑ってもらいました。すると、リウマチを悪化させるインターロイキンー6という物質が半分以下になりました。この結果は、アメリカの学会誌にも載りました。  遺伝子工学の権威で、2021(令和3)年に亡くなった筑波大学の村上(むらかみ)和雄(かずお)名誉教授も、笑い学会の会員でした。村上氏は、「笑い」が特定の遺伝子を活性化させることを実験で証明しています。笑うことが、よい遺伝子のスイッチをオンにして、悪いスイッチをオフにすることを突きとめ、発表当時は大きなニュースになりました。 ―「笑いの効果」は医学的にも証明されていて、免疫機能が低下する高齢者にとっても、笑うことの意味は大きいということですね。高齢者が、日々の暮らしで「笑い」を増やし、活き活きと過ごすため、必要だとお考えになることをお聞かせください。 昇 年をとると、人はだんだん笑わなくなります。何をおもしろいと思うかは、人それぞれ違いますが、ひとついえるのは、どんなことでも、ある程度の知識がないと笑えないということです。例えば、有名な映画を題材にした笑い話は、その映画のことを知らなければおもしろくもなんともないでしょう。笑い話のどこがおもしろいかを説明することほど、つまらないものはありません。そういう意味では、共通の趣味があり、同じところで笑える人がいることが、とても大事だと思います。  日々の活性化という意味では、好きなことに夢中になることも大事です。昨夏、85歳と83歳の女性、82歳の男性を含む計5人で、モンゴルに行きました。83歳の女性はがん患者で、2回も手術をしています。モンゴルは初めてで、馬なんてもちろん乗ったことがありません。最初は「絶対に行きたくない」といっていたのに、馬に乗ったら夢中になってしまって、「また来年、絶対に友だちと行きます」といっていました。  「旅」は非日常体験で、夢中になることができます。すると何歳であっても元気になれます。いままで行ったことのないところに行きたいと思うと、まず「足腰が丈夫じゃないと」と考えますね。それも、とてもよいことです。 年齢は数字でしかない人は何歳になっても変わることができる ―昇さんご自身も75歳を超えて産婦人科医として現役で活躍されていますが、生涯現役の秘訣があれば、教えてください。 昇 役目がある間は、お迎えが来ない――。私はそんな、根拠のない自信を持っています。いまも月10回以上、当直を担当していますが、産婦人科医としての役目がある間は、生涯現役でいられると考えています。  人間がほかの動物と一番違うのは、「歳のとり方に差がある」という点です。10年生きた犬や猫、15年生きた犬や猫は、どの個体をとっても歳のとり方は一緒だと考えられています。しかし人間は、生きれば生きるほど差が出ます。そして、人間は若返ることがありますが、ほかの動物には、絶対ありません。  「年齢なんて、ただの数字です」といった女優がいました。これは非常に重要なキーワードだと思っています。年齢はただの数字。人生100年、いくつになっても変わることができるのです。 ―高齢者が元気に、活き活きと働いていくため、高齢者を雇用する企業や地域社会に求めること、働く高齢者へのアドバイスがあれば、お願いします。 昇 まず、高齢者が「65歳以上」だと国が定義づけたのは、いつのことでしょうか。1964年の東京五輪のころ、いまから60年近く前のことです。当時は平均寿命が68歳ぐらいでしたが、60年も経っているのに、まだ定年年齢が60歳、65歳というのは、違う気がしますね。実際の感覚として、「高齢者といわれるのは75歳から」でよいと思います。  仕事でも趣味でも、「自分が長年つちかってきた得意技でだれかを喜ばせたい」、「だれかを笑顔にしたい」、「笑顔を見るとうれしくなって、またがんばろうという気持ちになる」。そんな生きがいを持つことが、人間だけが獲得した長い老後、100年の人生の意味だと考えています。  必ずしも企業や組織のなかで働くということではなく、ボランティアで活動するのもよいでしょう。スマートフォン、タブレット、パソコンなどのIT機器には、高齢者にこそ役立つ機能が備わっています。そういったものも積極的に取り入れて、だれかの役に立とうとすることが、シニアの世代の役割ではないかと思います。 (インタビュー/沼野容子、撮影/安田美紀) ※1 エノケン……榎本(えのもと)健一(けんいち)(1904−1970)。俳優・歌手・コメディアンとして活躍 ※2 日本笑い学会ホームページ https://www.nwgk.jp/index.html ※3 原爆乙女……広島で被爆し、顔や体にやけどを負った女性たちの総称 【もくじ】 エルダー(elder)は、英語のoldの比較級で、“年長の人、目上の人、尊敬される人”などの意味がある。1979(昭和54)年、本誌発刊に際し、(財)高年齢者雇用開発協会初代会長・花村仁八郎氏により命名された。 ●表紙のイラスト 古瀬 稔(ふるせ・みのる) 2024 January No.530 特集 6 シニア世代のワーク・ライフ・バランス 〜多様な働き方が実現する充実した高齢期〜 7 総論 高齢者の多様な働き方とワーク・ライフ・バランス 一般社団法人定年後研究所 理事/所長 池口武志 11 事例@ 日青木材株式会社(東京都江東区) 目標は週休3 日、働き方改革で休暇を増やし「働き者」の高齢社員の公私充実を実現 15 事例A 公益社団法人日光市シルバー人材センター(栃木県日光市) 地域を支える多様な仕事をにないライフスタイルに合った働き方を 19 事例B sunday zoo 店主 奥野喜治さん 健康を保ち、謙虚さを忘れず、感謝の心を抱き続ける三つの「K」を合言葉に豊かな第二の人生を開拓 1 リーダーズトーク No.104 産婦人科医/日本笑い学会 副会長 昇 幹夫さん 医学的にも実証される笑いの効果 人を笑顔にすることが生涯現役の原動力に 23 日本史にみる長寿食 vol.362 古くから人気のあったクワイ 永山久夫 24 新春特別企画@ 「令和5年度 高年齢者活躍企業フォーラム」基調講演 多様な人材が活躍できるダイバーシティ・マネジメント:管理職の役割が鍵 佐藤博樹 28 新春特別企画A 「令和5年度 高年齢者活躍企業フォーラム」トークセッション 70歳就業時代のシニア社員戦力化〜入賞企業に聞く 34 高齢者の職場探訪 北から、南から 第139回 宮崎県 株式会社丸商建設 38 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは 第89回 株式会社ぴんぴんころり 育児・家事支援サービス 東京かあさん 後藤早苗さん(66歳) 40 多様な人材を活かす 心理的安全性の高い職場づくり 【第3回】心理的安全性を高めるのは、一つひとつの行動の積重ねから 原田将嗣/石井遼介 44 知っておきたい労働法Q&A《第68回》 未払残業代と代表取締役の責任、高齢者採用と退職金 家永 勲 48 “生涯現役”を支えるお仕事 【第2回】「生涯現役」実現へ、企業の健康経営の取組みをサポート ウェルネスドア合同会社 代表 狩野 学さん 看護師・ヨガトレーナー 水野英美さん 50 いまさら聞けない人事用語辞典 第42回 「最低賃金」吉岡利之 52 「令和6年度 高年齢者活躍企業コンテスト」のご案内 54 TOPIC 「ミドル・シニアの学びと職業生活についての定量調査」 株式会社パーソル総合研究所 56 心に残る“あの作品”の高齢者 【第8回】小説『終わった人』(著/内館牧子 2015年) 社会保険労務士 川越雄一 57 BOOKS 58 ニュース ファイル 60 次号予告・編集後記 61 技を支える vol.335 国際大会優勝の経験を後進の育成に活かす 菓子職人 後藤順一さん 64 イキイキ働くための脳力アップトレーニング! [第79回]マッチ棒パズル 篠原菊紀 ※連載「江戸から東京へ」は休載します 【P6】 特集 シニア世代のワーク・ライフ・バランス 〜多様な働き方が実現する充実した高齢期〜  人生100年時代を迎え、高齢者が活き活きと活躍できる社会を実現していくためには、さまざまな事情を抱える高齢者が、自分のペースで働き続けることができる仕組み・環境を整えていくことが重要です。そのためにも欠かせないのが、高齢者の“多様な働き方”です。  勤務時間や勤務場所といった要素はもちろん、趣味や地域・社会貢献活動など、自身のライフワークに軸足を置きながらスポット的に働ける仕事や、会社を離れて自身の好きな分野や得意な分野を活かして起業するといった働き方も、高齢者のワーク・ライフ・バランスを高め、充実した時間を過ごすことにつながります。  今号では、「ワーク・ライフ・バランス」と「多様な働き方」の視点から、高齢者の働き方を考えます。 【P7-10】 総論 高齢者の多様な働き方とワーク・ライフ・バランス 一般社団法人定年後研究所理事/所長 池口(いけぐち)武志(たけし) 働く高齢者の増加とワーク・ライフ・バランス  総務省の「労働力調査」によると、2022(令和4)年では60代後半で2人に1人、70代前半でも3人に1人が仕事に就いており、生涯現役時代は現実のものになりつつあります。人口減少社会のもと、人手不足が加速するなかで、労働力の供給源として高齢者への期待感は増すばかりです。筆者は都内の事業所に毎日通勤していますが、通勤電車のなかには、スーツを身にまとった高齢の乗客がかなり増えてきたと感じています。  では、定年後も活き活きと仕事を続けている人はどんな人なのでしょうか。筆者は、2022年〜2023年にかけて「定年前後期でキャリアチェンジを果たし、定年後も活き活きと仕事を続けている人」の特徴を調べるインタビュー調査※1を実施しました。その結果として、「社会貢献意欲が満たされていること」、「天職といえる仕事で周りから必要とされていること」に加えて、「無理のない主体的な仕事スタイルを確立していること」が大きな共通点として浮かびあがりました。新たな職場は自治体やベンチャー企業、社会福祉法人、NPO法人、日本語学校などさまざまでしたが、就業形態は、フルタイム雇用ではなく、短日・短時間勤務、非常勤職員、個人事業主など自己裁量が利く立場で活躍されていることが印象的でした。  2023年11月、一般社団法人定年後研究所と株式会社ニッセイ基礎研究所は、中高年の女性会社員を対象に「働く意識や実態」を幅広い視点で共同調査しました(2024年公表予定)。速報ベースですが、自身の健康面で「持病はない」は32%に留まり、多くの方がなんらかの病気や症状を抱えていました。介護に関しては、「現在介護中」が10%、「過去に介護経験あり」が20%、「将来介護負担が生じる」が36%と、多くの方が介護と仕事の両立を迫られています。高齢期に働き続けるうえでの会社への要望としては、勤務時間や勤務場所の融通、短日・短時間勤務といった「柔軟な勤務環境」が上位に並びました。ちなみに、老後のお金をまかなう手立てとしては「出来るだけ長く自分が働く」が40%近くを占め、「支出抑制」の13%を大きく上回る結果となりました。今回の調査は中高年女性が対象でしたが、中高年男性も類似の意識や実態を持っているのではないでしょうか。  これらの結果から、高齢者が定年後も活き活きと仕事を続けていくうえでは、柔軟な勤務形態を主体的に選択できることが重要と考えられます。まさに、ワーク・ライフ・バランスを支える多様な働き方が求められているのです。 ワーク・ライフ・バランスを図りながら生涯現役で働くことの意義とは  そこで、高齢者がワーク・ライフ・バランスを図りながら、多様な働き方で仕事を続ける意義を「高齢者の視点」、「企業経営の視点」、「社会全体の視点」で整理したいと思います(図表)。 @高齢者の視点  いくつになっても周囲から必要とされ、好きなことを自分のペースで続けることが高齢者のウェルビーイングに大きく寄与することは論をまたないと思います。日本の生きがい研究に大きな影響を与えた精神科医で作家の神谷(かみや)美恵子(みえこ)は、生きがい感の基本的要素の一つとして「生存充実感」をあげ、仕事を通じた使命感・役割感が生きがいの大きな構成要素であるとしています。逆に、老年期の悲哀の大部分はその使命感・役割感の欠如によるものとしています※2。  このことは日本だけの特性ではなく、米ギャラップ社が150カ国を対象にした50年にわたる調査研究の結果でも、「人生の幸福の5つの要素」の根幹に「仕事に情熱を持って取り組んでいる」をあげています。また、仕事への熱意が身体的な健康状態に影響することも実証されています※3。  近年、中高年のひきこもりが社会問題となっています。内閣府調査では、ひきこもりは不登校や若年世代だけでなく、中高年期も含めて、全世代にまんべんなく起きていることや、中高年期のひきこもりのきっかけの最多が「退職」である※4としており、社会参画の視点でも仕事を続ける意義は大きいといえるでしょう。  また、仕事への熱意や没頭・活力から成る「ワーク・エンゲイジメント」は、加齢とともに上昇することが明らかにされており※5、旺盛な仕事への熱意を発揮できる機会の提供が高齢者の生きがい視点でも重要性を増しています。 A企業経営の視点  企業経営の視点からの意義は、まず「人手不足」への対応があげられます。有効求人倍率が高止まりを続け、介護サービスや社会福祉領域、運輸業界などでの深刻な人手不足が連日のように報道されています。IT技術による効率化は進めつつも、人によるサービス提供が必須な領域では、業務の棚卸し・細分化を図るなかで、高齢者の力を有効活用することは今後ますます重要となります。  次に、近年企業が進める「ダイバーシティ経営」の面でも、従来からの女性活躍、障害者雇用、外国人雇用に加えて、高齢社員の活躍を重点取組み分野に掲げる企業が増加しています。それも、社会福祉的な観点ではなく、人的資本強化の観点で多様な価値観を持った人材の交流を図ることで、新たなイノベーションを追求する動きが広がりつつあります。この点、早稲田大学の竹内(たけうち)規彦(のりひこ)教授は「シニアが長年蓄積してきた専門性・スキル・経験に着目し、既存メンバーの知と組み合わせ、知の多様性を追求する必要がある」※6と論じています。  また、先に触れた通り、高齢者の高いワーク・エンゲイジメントを積極的に活かす視点も、企業経営上重要でしょう。 B社会全体の視点  有償・無償問わず、働く元気な高齢者が増えることで、医療・介護など社会保障制度の安定につながることはたいへん意義深いものがあります。また、住民一人ひとりが世代や分野を越えて支え合う「地域共生社会」の実現に向けて、そのにない手として高齢者への期待が膨らむのは全国共通ではないでしょうか。  阪神・淡路大震災をきっかけに、神戸市で四半世紀にわたり「地域の助け合いの居場所」づくりに奔走してきた認定NPO法人コミュニティ・サポートセンター神戸(CS神戸)の中村(なかむら)順子(じゅんこ)理事長は、「貧困に苦しむ非正規雇用の若者、シングルマザーとお子さんたち、孤立した高齢者を支え、互いに助け合う居場所が足りません。そのにない手も圧倒的に不足しています。60代の会社員は仕事の負担を軽くして週一回は地域活動に参加してほしい。70代は地域活動の主力として大いに活躍してほしい。80代はにない手の応援をしてほしい」と、定期開催の「輝くシニアデビュー講座」、「子どもの居場所担い手養成講座」などを通じて呼びかけを続けています。  また、福祉領域に留まらず、社会全体で人材を有効活用することの重要性は論をまたないと思います。この点、玉川大学の大木(おおき)栄一(えいいち)教授は「50歳以上の大企業勤務者が円滑に転職できる環境を整備することは重要な政策課題」と指摘し、当該層からの転職先で多い「中小企業の仕事の仕方の理解」がとりわけ重要としています※7。 生涯現役社会の実現に向けた課題とは  次に、このような意義を実現していくうえでの課題を、同じく三つの視点で考察していきます。 @高齢者の課題  新卒入社後、定年まで同じ会社で働き続ける会社員は、昭和後期から平成初期に大企業に入社した層を中心に依然多くを占めていると思われます。厚生労働省の調査では、60歳定年の企業における定年到達者の87.1%が継続雇用を選択している実態を示しています※8。  その弊害として、自分の経験やスキルが社外で通用するのかイメージが持てず、自らの市場価値も把握できないまま、65歳以降の再就職活動で苦戦する人が多いことがあげられます。  副業が解禁されつつありますが、高齢社員からの申請はほとんどないとの声も数多く聞かれます。またせっかく、会社の斡旋で転職できても、古巣のやり方に固執し、転職先になじめず離職に至るケースも数多く報告されています※9。  そこで、会社員は遅くても50代に差しかかった段階で、定年後の仕事について考え始めることが必要です。最近、大企業では中高年社員対象の「キャリア研修」を実施する事例が増えてきました。一部の企業では、ボランティア活動やインターンなどの「越境体験型研修」を行うケースも出てきました。このような機会を積極的に使うことで、自らのキャリアの拡がりを考え、体感することが重要です。たとえ勤務先では研修がなくても、大学や自治体が類似のプログラムを提供している実例もありますので、一度ホームページなどでチェックすることをおすすめします。  また、退職後は、雇用される働き方だけではなく、フリーランスとしての働き方もぜひ選択肢として考えてみてはいかがでしょうか。経済的な立場の脆弱性も指摘されるフリーランスですが、ワーク・エンゲイジメントは会社員よりも高いとの調査結果※10もあり、「無理のない主体的な仕事スタイル」ともきわめて相性がよいともいわれています。 A企業経営の課題  高齢社員の活性化に向けては、年齢による一律的な処遇のダウンや考課・査定の対象外とする従来型の高齢社員特有の人事制度や雇用慣行を見直す時期にきているのかもしれません。70歳までの就業機会確保を求める改正法は努力義務であり、対応策を検討中の企業が多いものの、改正法施行を機に50代以降の制度や慣行の見直しを始めた企業は数多く見られます。  特に、高齢社員の経験や能力を活かす配置ポストの検討は、人事部門だけではなく、現業部門を巻き込んだ現場目線での検討が求められています。一例として人手不足が深刻な介護施設でも、軽度で簡易な業務を抜き出して、高齢職員に担当してもらう事例が報告されています※11。  また、ワーク・ライフ・バランスに配意した支援制度(短日・短時間勤務、副業など)を設けたものの、杓子定規な認定基準や要員管理がもとで、所属長の壁や人事担当者の壁に制度利用がはばまれている企業が多いとの指摘も聞かれます。この面でも人事部門と現業部門との日常的なコミュニケーションが強く望まれます。 B社会の課題  「履歴書を数多く送付しても反応がない」、「でも実際に会ってもらうと一度で採用が決まった」というのは、高齢者の就職活動でよく聞く話です。「高齢者だから」との年齢への無意識の思い込みや偏見を一人ひとりが取り除いていくことが、いままさに求められています。  中高年の再就職での不調要因は本人要因ばかりではなく、受入れ側の企業、NPO法人、社会福祉法人の課題も多く指摘されています。例えば、求人ニーズや求める役割が不明確などお手並み拝見的であったり、逆に過度な期待を寄せているなど、高齢社員の採用場面での改善余地も大きそうです※9。  人材マッチングを支援する機関にも「高齢者専門窓口」を設置する事例が出始めています。相談に乗る側も、高齢者特有の体力面でのハンディキャップや、高齢者の能力、心理状態に関する正しい知見や造詣を深めていく努力が求められています。 さいごに  イギリスの歴史人口学者ピーター・ラスレットは、ライフコースを4段階に分け、責任と所得の時代の「セカンドエイジ」から、個人的な実現と達成の時代の「サードエイジ」への円滑な移行を唱え、サードエイジを人生最良の時代としました※12・13。個人・企業・社会が互いにカバーし合いながら、最良のサードエイジを実現したいと思います。 ※1 池口武志・杉澤秀博「50〜60代会社員のキャリアチェンジのプロセス〜大企業のホワイトカラー職種(管理職)出身者を対象として〜」、『老年学雑誌』第14号に掲載予定(2024年3月発行予定) ※2 神谷美恵子『生きがいについて』(1966年・みすず書房) ※3 トム・ラス他『幸福の習慣』(2011年・ディスカヴァー・トゥエンティワン) ※4 内閣府「生活状況に関する調査(平成30年度)」 ※5 厚生労働省『令和元年版 労働経済の分析―人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について―』 ※6 竹内規彦「シニアの心の高齢化をいかに防ぐか」、『Diamond ハーバード・ビジネス・レビュー』2019年4月号(ダイヤモンド社) ※7 大木栄一「高年齢者の大企業から中小企業への円滑な転職」、『玉川大学経営学部紀要』第25号 ※8 厚生労働省「令和4年 高年齢者雇用状況等報告」 ※9 中馬宏之監修『中高年再就職事例研究 成功・失敗100事例の要因分析から学ぶ』(2003年・東洋経済新報社) ※10 石山恒貴『定年前と定年後の働き方―サードエイジを生きる思考』(2023年・光文社新書) ※11 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構『エルダー』2023年11月号「特集:令和5年度 高年齢者活躍企業コンテスト」入賞企業事例 ※12 木下康仁『シニア学びの群像 定年後ライフスタイルの創出』(2018年・弘文堂) ※13 Laslett,Peter 1989/1991 A Fresh of Life:The emergence of theThird Age, Harvard University Press 図表 生涯現役で働くことの意義と課題 高齢者 ・仕事を通じた生きがい向上 ・高いワーク・エンゲイジメントの発揮 〈課題〉 自らの可能性を広げる機会を持つフリーランスも選択肢にする 社会全体 ・地域共生社会づくりへの寄与 ・社会全体での人材の有効活用 〈課題〉 無意識の偏見の克服 高齢者に配慮したマッチング支援 企業経営 ・人手不足への対応 ・ダイバーシティ経営の推進 〈課題〉 経験を活かせる役割の付与 柔軟な勤務環境の整備 【P11-14】 事例1 日青(にっせい)木材(もくざい)株式会社(東京都江東区) 目標は週休3日、働き方改革で休暇を増やし「働き者」の高齢社員の公私充実を実現 木材の街・新木場で伝統事業を支える高齢社員  日青木材株式会社は、木材の街・東京都江東区の新木場(しんきば)で事業を営む材木問屋。独自の資材力・物流力を活かして、関東近郊であれば即日・翌日配達を実現し、大手ゼネコンが手がける都市開発などに土木・建築用資材を提供している。1964(昭和39)年、2021(令和3)年に開催された東京五輪でも、資材の供給を行っている。  江戸時代から材木商や製材業者が軒を連ね専業地域だった木場が、戦後、都市化して住宅が増えたことから、貯木場としての機能を新木場に移し、600以上の木材問屋が新木場へ移転した。しかし、時代の変遷とともに一般住宅における建材の供給様式も変化し、近年では木材問屋は300件ほどまでに減少した。「実際に木材を扱っている事業所はその半分くらいではないでしょうか。新木場一帯はすべて木材の会社でしたが、運送会社や倉庫が増え、木材を運ぶ車の行き来もずいぶんと少なくなりました」と、代表取締役の青木(あおき)一(はじめ)さんは話す。  そうした状況下において、業界発展の一端をになう日青木材は、高齢社員の力をおおいに活用し、その力に支えられている企業の一つだ。  日青木材の社員数は16人(業務委託1人含む)。年齢構成をみると、80代2人、70代5人、50代5人、40代2人、30代1人、20代1人で、平均年齢は60歳。おおよそ2人に1人が70歳以上と、高齢社員の割合が高い。青木代表取締役は、大叔父にあたる現会長から会社を引き継ぐために、2017年に同社に入社し、2023年に代表取締役に就任した。青木代表取締役は大学卒業後、ほかの木材会社に就職し経験を積んでおり、業界歴は長いものの、日青木材を継ぐことにあまり気乗りはしなかったという。しかし、実際に会社を見学し、60歳を超える社員たちが一生懸命に仕事をしている様子を見て気持ちが変わった。会社を移ってから、一貫して社員が働きやすい職場環境の改善に取り組んでいる。 「働き方改革宣言」による休暇増加が公私充実の鍵  日々の生活のうち、働いて過ごすことで充実感を得るという高齢者は少なくない。同社の高齢社員もみんな働き者だ。そこで会社として、できるかぎり働きやすい職場環境を整え、生活の質の向上、ひいては人生の豊かさにつなげたいとの思いで、2019(平成31)年3月18日に「TOKYO働き方改革宣言」を行った。  「TOKYO働き方改革宣言企業」制度は、東京都が都内企業の働き方改革の気運を高めていくため創設し、働き方・休み方の改善に向けて、「働き方改革宣言」を行う企業にさまざまな支援を行うというもの(宣言企業の募集は2020年度で終了)。宣言した企業は、社員の長時間労働の削減、年次有給休暇の取得促進などに向けた目標および取組み内容を定め、「働き方改革宣言」を行い、会社をあげて取り組む。  同社は、働き方改革の目標として、「時間外労働・休日出勤を減らし、月の残業時間45時間以内を目ざす(働き方の改善)」、「業務のばらつきがなくなるように全員が平等に休暇を取得できるような職場をつくる(休み方の改善)」を宣言した。具体的な取組みは次の通り。 ■「働き方の改善」の具体的な取組み ・業務の効率化、見える化を行い、作業分担をしっかり行う ・業務の週間管理表を作成する ・工数のかかる作業を見える化し、IT化していく ■「休み方の改善」の具体的な取組み ・休日をシフト制にする ・社員全員の休暇申請・取得状況を見える化する ・社員全員の休暇希望を見える化し、効率よく作業できるようにする  宣言による目標の設定と取組み内容の明文化は、取組みを推進するにあたり高い効果があった。「特に休み方の改善は実施して非常によかったと思います」と青木代表取締役は話す。  というのも、都市開発の現場は土曜日も稼働していることが多く、資材の当日配送に対応するには、週6日事業所を開所させなくてはならず、必然的に社員たちは週6日勤務になっていた。  そこで、働き方改革宣言をきっかけにシフト勤務を導入したことで、完全週休二日制を実現、日々の業務による疲労回復にもつながっている。特に、体力が落ちる高齢社員にとって、疲労は心身の不調をきたす要因の一つ。かつ余剰人員がいない体制において、不調の出現を防げていることは事業所にとっても大きい利点となった。  勤務シフトは全員分を一覧表にしたもので、1カ月ごとに作成を行うが、シフト決定後の休暇申請にも柔軟に対応している。「仲間と旅行に行きたいから」と追加の休暇を相談されることもしばしばだ。旅行好きな高齢社員はよく連休を取得して旅行に出かけ、驚くほど土産を買い込み社内で配ってくれるという。 朝型の社員に合わせた柔軟な勤務体制も  同社における勤務体制は、高齢社員が多いこともあり非常に柔軟だ。70代以上の高齢社員の大半はパートタイマーで、週5日、8時〜17時の勤務を基本とするが、朝型が多い高齢者に合わせて柔軟に働くことができる仕組みとなっている。  「高齢者は朝が早い人も多く、7時には仕事を始める社員もいますので、帰りはその分早く退社してもよいことにしています」(青木代表取締役)  柔軟な働き方や、前述の「休み方の改善」による休暇取得の取組みにより、高齢社員が働きながらゆとりある生活を実現している。 伸び伸びできる仕事が生活全体を豊かにする  同社の高齢社員が働く理由として、「孫に小遣いをあげたい」、「旅行がしたい」、「外食を楽しみたい」など、収入に期待する一面がある一方で、「働くことそのものが心身のためによい」と感じ、気負いなく働いている人がほとんどだという。  4年前、ハローワークを通じて入社したフォークリフト担当のAさん(77歳)は、同社が出していた希望条件と合わず、年齢も70歳を超えていたことから、青木代表取締役は、採用におよび腰だったという。しかし、ハローワークの担当者から「やる気がある人だから」と説得され、面接を実施したところ年齢を感じさせないパワーとやる気がある人物だったため、「お会いしてみてその場で採用を決めました」という。Aさんは社交的で友人関係が広く、プライベートはひんぱんに仲間と国内旅行に出かけるなど、休暇をアクティブに過ごしている。  Bさん(76歳)は、40年近くフォークリフトに乗る大ベテランだ。「フォークリフトの上で生涯を終えるに違いない」と尊敬を込めて冗談をいわれるほどの熱意で日々の仕事に励んでいるという。Bさんは悪性腫瘍の療養を終え、仕事復帰を考えていたところ、Aさんの紹介で入社した。入社間もないころは体調を崩すこともあり、周囲は心配したが、働くにつれ元気を取り戻し、いまは活き活きとフォークリフトを操っている。「働かないと動けなくなる」といわんばかりに、仕事が生活の張合いになっているという。  正社員のCさん(70歳)は、長年事務の屋台骨を支えてきた人物。働き方改革宣言後、物流システムの見直しを行い、だれでも仕入れや出荷の情報を確認できるようにしたことでCさんの負担も減少、月次精算の処理も楽になった。「システム入れ替え前と比べて残業がほぼなくなり、プライベートの時間が増えた」と喜んでいるそうだ。  20年以上業務委託で同社の仕事を請け負っている配達担当のDさん(71歳)は、個人で所有するトラックが故障し廃業を考えていたが、会社がトラックを購入し貸与する形で仕事を続けてもらっている。  60歳が目前のEさん(59歳)は、社歴が長く、敷地内に果樹を植えたり、さまざまな小道具を手づくりしたりと、職場環境改善の工夫に取り組んできた人物。2年前に病気で倒れ、以降、土・日曜日固定で休みをとっている。この事情を社員全員が理解し、Eさんが土・日に休めるよう協力してシフト調整をしている。  青木代表取締役は、「高齢社員は本当に働き者です。若手や中堅なら『もう終わりにしておこうかな』という場面で、『これだけは終わらせる』というふんばりが利くところがすごいと思います。文句の一つもいわず、任せた仕事をしっかりこなしてくれます」と感謝の念を口にした。 高齢社員の自主性を最大限に尊重し環境整備  同社の構内は、どこも自主的に整頓され、テーブルやゴミ箱なども必要に応じて高齢社員たちが手づくりしたものばかり。「高齢社員は自分たちで工夫して楽しむ達人」(青木代表取締役)というように、仕事場も、休憩場所もおのずと働きやすく、くつろげる空間にしている。  「どんなものでも、あるものを利用してつくってしまうからすごいですよ。職場環境の改善につながる、『こういった作業で、こんな素材を使った什器がつくりたいから材料がほしい』という要望には、しっかり応えていきます」  また、高齢社員の意見は会議の場でもしっかり吸い上げるようにしている。月に一回実施する全体会議は、社員全員が発表する機会となっており、高齢社員からは、日々の業務に関する要望が多い。「出庫表の伝票を大きく見やすくしてほしい」、「入庫時に物を置かないでほしい」、「在庫にこの商材はいらない」など、指摘があった状況を改善し、働きやすい職場づくりに努めている。  建設需要の高まりや競合他社の減少などを背景に、同社の業績は上向きで、社内の雰囲気もよいと話す青木代表取締役。好調なときこそ、その利益をしっかり社員に還元するのも日青木材流だ。事務所の椅子をすべてアームレストつきの高品質なオフィスチェアに入れ替えたほか、トイレを改装し、きれいな個室を設けて最新式のシステムトイレにリフォーム。月の売上目標を達成した翌月は、老舗料理店の豪華な弁当をとって全員で食べるなどしており、社員の楽しみの一つにもなっている。  高齢社員の健康を守る環境づくりにおいても余念がない。夏はペットボトルのお茶を冷蔵庫に用意し、こまめに水分補給ができるようにしているほか、夏の厳しい日ざしのもとで行う作業の負担を和らげるため、ファンつきの作業着を会社負担で配付した。社員がくつろぐ休憩室には、洗面台、給湯室、冷蔵庫、トイレを完備している。また、2021年からは、社員各自の毎日の歩数を一覧表に記録し、健康意識を高めるための取組みも行っている。  コロナ禍を経て、最近はインフルエンザが流行していることもあり、青木代表取締役が朝出勤した際に、事務所内の扉など、人の出入りがある場所に消毒液を噴霧して拭き上げている。「余剰人員がいないので、感染症が流行ったら営業はままなりません」と説明するも、それ以前に高齢社員の体調を心配し、これ以上ないほど大切にしているからこそ成せる配慮である。「彼らにこれ以上年をとらないでほしいです。会社の若返りも考えていません。いまの状態が非常によいので、このまま続けばよいですね」と話してくれた。 高齢社員を尊重することが社員全体の公私の質を高める  同社の定年は65歳だが、65歳を超えて働く人がほとんどであることもあり、定年制の撤廃を検討中だという。「定年撤廃の前に、この先2〜3年の間で週休3日制を実現するつもりです。ですが、現状のシフト勤務から月2日休日を増やせば週休2・5日になるので、これはすぐにでも実行できる気がします」と青木代表取締役は軽やかな口調で抱負を語った。  今後も高齢社員が年齢を重ねていくなか、仕事と余暇、心と身体のバランスが整った生活を実現していくために、会社の仕組みを柔軟に変えていく。そんな同社の高齢社員を尊重する柔軟な取組みが、高齢社員のみならず社員全員のQOLを高め続けていくだろう。 写真のキャプション 青木一代表取締役 フォークリフトを扱うBさん(右) 【P15-18】 事例2 公益社団法人日光市シルバー人材センター(栃木県日光市) 地域を支える多様な仕事をにないライフスタイルに合った働き方を 全国で1308センターが活動会員の力を地域のニーズに活かす  「シルバー人材センター」は、高齢者が会員となり、本人のライフスタイルに合わせて、臨時的・短期的な仕事に就き、働くことを通じて生きがいを得るとともに、社会参加を通じて、地域社会の活性化に貢献している。  シルバー人材センターは、原則として市区町村単位で設置されており、2023(令和5)年3月末現在、1308団体が公益法人として活動している。各センターは、「自主・自立、共働・共助」の共通理念に基づき、それぞれが独立した運営を行い、会員拡大に励み、高齢者の力を仕事やボランティア活動に発揮できる環境を整え、地域の多様なニーズにつなげて応えている。  「公益社団法人日光市シルバー人材センター」(以下、「日光市SC」)は、1986(昭和61)年9月に設立。2006(平成18)年3月に今市(いまいち)市、(旧)日光市、藤原町(ふじはらまち)、足尾町(あしおまち)、栗山村(くりやまむら)が合併して新たな日光市が誕生したことにともない、当時の今市市シルバー人材センター、藤原町シルバー人材センター、および日光市シルバー人材センターが同年4月に統合して新しい日光市SCとなり、現在に至る。2023年3月末現在、会員数は516人、2022年度の事業収入は約3億4000万円となっている。 道路パトロール、広報、育児支援など多種多様な仕事を会員に提供  日光市SCは、広大な市内に3カ所の事務所を置き、市域全体を対象とする市道巡回補修(道路パトロール)、市広報の配布、放課後児童クラブの運営、公共施設の管理、地域の高齢者の暮らしや通院のサポートなど、さまざまな仕事を市や公共団体から受託している。加えて、民間事業所や家庭から、庭木のせん定や草刈り、清掃、襖・障子張り替え、育児支援など多種多様な依頼を受注。それらの仕事をセンターの事務局が会員に提供し、会員はグループで仕事をシェアしたり、ローテーションで就業をしたりして、一人あたり月10日程度の就労日数で仕事に従事している。  また、会員が主体的に行う独自事業も手がけており、地域特性などを活かし、日光杉並木観光ガイド、陶芸品・手芸品等の製作販売、手打ちそばの製造販売、刃物研ぎ、子ども書道教室を展開している。  これらのなかでも、放課後児童健全育成事業(放課後児童クラブ)の運営に最も多数の会員がたずさわり、子どもたちが放課後を安心して過ごせる環境づくりにおおいに貢献していることが、日光市SCの事業の大きな特徴だ。  放課後児童クラブ(以下、児童クラブ)は、就労や介護などにより保護者が昼間家庭にいない児童に対し、遊びや生活の場を提供して健全な育成を図る施設であり、日光市ではその運営を、日光市SCをはじめNPO法人などに委託している。  日光市SCは、行政合併以前の旧今市市時代からこの事業に取り組み、実績が認められて継続されてきた。行政合併を経てから業務は拡大し、現在では市内48の児童クラブのうち、32の児童クラブを日光市SCが受託。児童クラブの対象児童数約1300人のうち、日光市SCの32児童クラブで約1000人を受け入れてい る。 100人以上の会員が児童クラブの子どもを見守る  日光市SCが運営する児童クラブは、小学校の空き教室や小学校敷地内の建物などにあり、あわせて100人を超える会員が指導員として就業している。会員の5人に1人以上がたずさわっている事業である。指導員には元教諭や保育士など子どもにかかわる仕事を長年務めてきた会員もいれば、子どもとはかかわりのない仕事をしてきた会員もおり、その経歴はさまざまだ。そのため、当該事業にあたる会員は、新任指導員研修の受講を必須としている。  会員は通常、児童を受け入れる1時間前に各クラブに集合し、清掃やミーティングを行い、子どもたちが来ると、うがい、手洗い、健康チェックを実施して、宿題や自主学習、おやつの配付、その後は外遊びや室内遊び、自由勉強や読書などを見守り、保護者の迎えを待つ、という流れである。  日光市SCの鈴木(すずき)伊之(よしゆき)常務理事兼事務局長は、「子どもたちが集団生活を気持ちよく過ごせるよう約束ごとを決めているほか、クラブごとに会員が工夫して、七夕やお月見、クリスマス会など子どもたちが楽しめる季節の行事を取り入れています。コロナ禍も緊急事態宣言下にあっても原則開館し、保護者のみなさまが安心して就労できるよう、子どもたちを受け入れていました。クラブごとにシフトを組んで就業していますが、会員がよくがんばって対応し続けてくれました」と児童クラブの仕事を語り、日ごろの会員の工夫や責任感、コロナ禍における仕事ぶりをたたえる。  児童クラブの仕事は、健康で働く意欲があれば就くことが可能だが、いざ働いてみて、イメージと違っていたとか、体力的に自分にはむずかしいといったこともあるため、事務局では事前に事業概要を説明し、最初は試用期間として就業体験をしてもらい、継続する会員には新任指導員研修を受講してもらうことにしている。また、実務経験2年以上の会員には、希望により、「栃木県放課後児童支援員認定資格研修」の受講をうながし、さらに必要な知識・技能を習得する機会としている。 安心して安全に働ける環境づくり  児童クラブにおける会員一人あたりの就業日数は週3〜4日で、就業日はそれぞれの希望を聞き、なるべく応じられるようにシフトを組んでいる。各児童クラブの班長・副班長がリーダーシップを発揮して会員をまとめ、円滑な運営に努めているほか、事務局のコーディネーターが事業全体をサポートし、小学校との情報共有などもにない、「子どもたちの安全はもちろんですが、会員が安心して安全に働ける環境づくりにも努めています」と鈴木事務局長は話す。  この環境づくりは、シルバー人材センターのすべての就業に共通していることで、高齢者に適さない危険のともなう仕事は受けず、仕事の仕方も安全第一でスケジュールを立て、依頼者の理解を得て行うことにしている。事務局は日ごろから会員の声に耳を傾け、何かあれば相談に応じる。会員にとっては、月10日程度の就業のため、地域活動や趣味、家族との時間などを大事にしながら、やりがいを感じる仕事ができる場となっている。 援助を必要としている高齢者の力になり役に立つ喜び  児童クラブの仕事は、子どもたちに対応するという内容から、「77歳まで」という年齢上限を内規としている。しかし、77歳を超えたら仕事がなくなるのではなく、年齢上限のない別の仕事に就くことができるという。  例えば、市から受託している高齢者世帯の暮らしのお手伝い事業では、納戸からコタツを出したい、落ち葉掃きを頼みたい、ゴミ出しをお願いしたいなどのちょっとした依頼≠ェあるという。単発で、いつでもある仕事ではないが、「役に立てるなら」と快く引き受けてくれる会員が必ずいるそうだ。  「日光市は高齢化率が高いこともあり、『援助を必要としている高齢者の方々を支えたい』という思いや、『感謝されたことがうれしかった』、『励みになった』という話を会員から聞きます。月1、2回程度の仕事でも、『張合いがあります。私にできることならやります』といってくれる会員もいます。  元気な高齢者が地域で援助を必要としている方の力になる。こうした事業では、会員は働くことを通じてだれかの役に立てる喜びを感じ、そのことがモチベーションになって元気な状態が長続きしている、そんな会員が多いように感じています」(鈴木事務局長)  暮らしのお手伝いのほかにも、高齢者を対象とした通院移送サービス、個人からの依頼による墓地の清掃代行などさまざまな仕事がある。 特技や趣味を仕事にして仲間と地域貢献する事業活動  独自の事業では、会員の特技や趣味、好きなことを仕事にして、仲間と楽しみながら地域貢献する事業活動を展開している。  日光杉並木観光ガイド事業は、「世界で最も長い並木道」としてギネスブックに掲載されている日光杉並木の一部や周辺の史跡を散策しながら日光の魅力を紹介する事業である。1997年に開始し、郷土の歴史や文化財、観光などに関心を持つ会員が、ガイドになるために研鑚(けんさん)を重ね、案内の仕方にも工夫を凝らし、個人旅行、団体旅行に対応。修学旅行や地元の小学校の総合学習において依頼されることもある。コロナ禍の影響を受けて現在は依頼数が減っているが、4人のガイドは毎月「観光ガイドの集い」を開催して仲間と新たな情報を共有するなどして、次の依頼に備えて熱心に準備を行っている。  陶芸品の製作販売は、2000年に日光市の生涯学習の一環として、日光市SCの事務所がある「生きがいセンター」に陶芸窯が設置され、その教室で学んだ人たちがセンターの会員になったことがきっかけとなった。高い技術を持つ会員もいたことなどから、活動を開始。現在6人の会員が皿や花瓶などをつくり、JA直売所など3カ所で販売をしている。メンバーは、仲間との製作活動を楽しみながら、地域に貢献できるよう、多くの人に好まれるものづくりを目ざして励んでいる。  手打ちそばの製造販売は、センターの会員が立ち上げた「そば打ち愛好会」から、事業に発展した。日光はそばの名産地であり、愛好者も多いという。そうしたなかでそば打ち愛好会が発足し、センターのイベントなどで販売をしていたところ、「おいしい」と評判を呼んだため、必要な許可を取得して、毎月第3土曜日、十数人の会員でそばを打ち、打ち立てのそばをセンター事務所で販売している。販売後に仲間と打ったそばを食べることも、メンバーの楽しみになっているという。  子ども書道教室は、夏休み・冬休みの各2日間開催する教室事業で、もともとは生きがいセンターで活動していた愛好会の人たちが会員になり、研鑚を積むなかで事業化された。現在5人の会員が夏・冬休みに小・中学生を対象として、初日は練習し、2日目に作品を仕上げる教室を開き、好評を得ている。講師を務める会員は、センターの受注する賞状書きなどの仕事も行っており、向上心を持って腕を磨き続けている。 地域に貢献し、新たな仲間も元気が長続きするシルバー人材センター  シルバー人材センターの仕事は、収入面では多くを望めないものの、多種多様な仕事があり、これまでつちかったスキルや経験を活かすことができるほか、未経験の仕事にチャレンジする機会もある。そして、自分のライフスタイルに合った働き方ができることや、自分の住む土地で、地域の役に立つ仕事ができることが大きな魅力といえる。  「『シルバー人材センター』の名は多くの方に認知されていますが、多様な仕事や独自事業があること、自分の都合に合わせた働き方ができることまではあまり知られていません。また、ボランティア活動やグラウンドゴルフ大会、互助会などもあり、仲間と楽しむ活動にも取り組んでいます。これまでまったく異なる道を歩んできた人たちと、『子どもが好きだ』、『そばが好きだ』という共通点で仲間となり、新たな交流を広げている会員さんたちもたくさんいます」と、鈴木事務局長はシルバー人材センターのさらなる魅力をあげる。  65歳、70歳まで企業で働く人が増えていることを背景に、センターへの入会者は70代が中心となり、会員の平均年齢は年々上昇している。そうした状況から、センターの役割は少しずつ変化している。  変化の一つとして、ここ数年、女性会員数が伸びているセンターが増えている。派遣事業で受けた介護や介助、その周辺業務、保育の周辺業務などの仕事で、女性会員の活躍が目立っているという。また、早朝に清掃などの仕事を3時間ほど行い、帰りに友人とのランチや趣味を楽しめるといった働き方もできることが女性に好まれ、会員増加につながっているようである。  鈴木事務局長は、地域を支えるシルバー人材センターの出番はこれからさらに増えていくとみており、「今後も地域から求められる存在であり、地域のなかの仕事に会員がやりがいを感じ、働くことによって元気が長続きする、そんな組織を目ざしていきます」とこれからを見すえる。シルバー人材センターの働き方に賛同し、入会する高齢者が増えていくことが期待される。 写真のキャプション 鈴木伊之常務理事兼事務局長 そば打ちを行う会員 子ども書道教室の様子 【P19-22】 事例3 sunday(サンデー) zoo(ズー)店主 奥野(おくの)喜治(よしはる)さん 健康を保ち、謙虚さを忘れず、感謝の心を抱き続ける三つの「K」を合言葉に豊かな第二の人生を開拓 週末限定のコーヒースタンドに無類のコーヒー通が足しげく通う  東京都江東区にある、清澄白河(きよすみしらかわ)。清澄庭園に代表される下町情緒の色濃い街でありながら、モダンアートで知られる東京都現代美術館があり、さらに近年では最新スタイルのカフェが軒を連ねている。2015(平成27)年に、コーヒーのパイオニアであるブルーボトルコーヒー日本1号店が清澄白河にオープンしたことが大きな話題を呼んだが、その1年前に清澄白河でコーヒースタンドを創業したカフェの先駆者がいたことをご存じだろうか。2014年にコーヒースタンド「sunday zoo」を開いた奥野喜治さん。ハンドドリップでコーヒーを落とす間、妻の明美さんは常連客と楽しそうに世間話に花を咲かせる。「会社員」から念願の「個人事業主」へ転身が叶った奥野さん。決して平坦ではなかった10年の歩みをふり返っていただきながら、妻と二人三脚で切り盛りしてきたコーヒースタンドへの愛着と、一歩先の夢を語っていただいた。奥野さんの言葉のなかに、定年後起業のヒントが散りばめられている。 全日空ひとすじに半世紀働きながら学んだこと  「私は大阪の生まれです。高校を卒業後は大学進学を目ざしたのですが、なかなか叶わずに結局就職することに決めました。特に進みたい分野などはなかったのですが、全日空が高卒者を採用することを新聞で知り、『空の仕事は格好いいかな』と思い応募してみました。当時の全日空はいまほどの巨大企業ではなかったのですが、やはり人気が高く、すごい倍率であったことだけは覚えています。運よくその高い倍率を勝ち抜いて就職が叶いました」と奥野さん。  配属されたのはフライトマネジメントの部門で、ディスパッチャー(航空機運航管理者)として燃料計算や飛行計画の作成などをサポートする業務に就いた。転勤の多い職務で、まず大阪で3年間勤務した後、高知へ転勤となった。その後も大阪、沖縄、成田、さらにはオーストリアのウィーンで5年間の勤務もあったという。高知へ配属されたとき、高知空港(高知龍馬空港)で同じ全日空の管理課に勤務していたのが後の妻となる明美さんであった。2人は結婚し、明美さんは退職、奥野さんの沖縄以降の転勤にはすべて同行した。フライトマネジメントの仕事を四半世紀近く務めた後、羽田空港で空港マネジメントの業務に移り、10年ほど勤務の後、定年を迎えた。  「空港マネジメントというのは、空港環境計画の作成や教育、啓発活動など多岐にわたります。要は顧客満足度を向上させるためのさまざまな施策を上司に提示していくという仕事でした。いかにお客さまに満足していただけるかを考える部署で10年間働いた経験は、個人事業主に転身していく過程でおおいに役立ちました。マネジメントを学べたからこそ、思い切って個人事業主に一歩ふみ出せたのだと思っています。62歳で定年を迎えましたが、65歳まで嘱託として働けるということで迷わず働き続けることにしました。週3日勤務になるため、当然賃金は下がりますが、副業可能という点が私にはありがたいことでした。私たち夫婦はカフェや雑貨屋を巡ることが好きだったので、『定年後は自分でカフェを経営したい』と考えていましたが、最初のころ、妻は本気にしていなかったようです。ただ、自宅に焙煎機を置いて焙煎の勉強をしている姿を見て、少しずつ理解してくれたのではないかと思っています。そして、2014年、念願のコーヒースタンドを開業することができました。2016年に全日空を65歳で退職するまでの2年間は月・火・水曜日は会社に出勤、木曜日はコーヒー豆を焙煎して、週末の3日間にお店を開けました。ダブルワークで心身ともにきつかったのですが、『夢を叶えた』という思いが支えになって乗り切ってこられたように思います。若くして結婚、転勤にもすべてついてきてくれて、その後もずっと添い続けてくれている妻には感謝しています」と奥野さんは白い歯を見せた。 「失敗するかしないかはやるかやらないかだ」という言葉に背中を押された  奥野さんは、2013年ごろから自転車で走り回って店舗となる物件を探していたという。いまのお店がある建物を通り過ぎたとき、そこにあった小さな事務所に心惹かれた。中をのぞくと、白い壁がとてもきれいだったので奥野さんのイメージが膨らみ「ここでお店をやろう、街の人たちにとびきりおいしいコーヒーを飲んでもらおう」と、奥野さんはすぐに大家さんをたずね、手つけを打った。白い壁を活かして店内をレイアウトし、カウンターや棚、マガジンラックや看板など、数脚の椅子以外はすべて2人で手づくりした。  2014年1月17日に奥野さん夫妻の夢のカフェ「sunday zoo」はオープンした。1995年1月17日の阪神・淡路大震災を忘れないでいたいという気持ちを開店日に込めた。sunday zooは三つの駅から等間隔の距離にあり、決してアクセスがよいとはいえず、道路に面してはいるものの人通りはそう多くはない。開業してしばらくは不安な日々が続いたという。ただ、会社員時代から焙煎を学び、心を込めてていねいに入れたコーヒーは家族にも好評だったので、コーヒーの味には自信があった。やがて、近所の人、近隣の会社で働く人たちが少しずつ店にやってくるようになり、「sunday zoo」の名はしだいに知られるようになっていった。1年目は開業の費用がかかったため当然のごとく赤字であったが、売上げもコンスタントに伸びていったという。  そのころ、「sunday zoo」を追いかけるように、海外からオールプレス・エスプレッソやブルーボトルコーヒーなど世界的に著名なコーヒー店が相次いで清澄白河に進出、大手チェーンのコンビニエンスストアも開業するなど、奥野さん夫妻の不安が高まった。しかし、商売敵の相次ぐ出店によって清澄白河に新しい物好きの若者が集まり始めた。いつの間にか清澄白河は「コーヒーの街」として知られるようになり、多くの人が訪れ、「sunday zoo」にも立ち寄ってくれる人が現れ始めた。  「著名なコーヒー店の集客効果はものすごいものがありました。あせってすぐに店を閉めなくてよかったと思います。私が開業のことでいろいろと悩んでいたとき、ある人に相談したらこんな言葉をかけてくれたのです。『失敗するかしないかはやるかやらないかだ』と。私は本当にそうだと思いました。やらなければ失敗はしないけれど成功も当然ありません。シニアで起業を考えている人にはこの言葉を私から贈ります。シニアの起業のポイントは、あまり考えこまないことだと私は思います。若い人よりも残された時間が少ないので、ぐずぐずしていたらすぐに時間はなくなってしまうからです。そして、もうひとつ、定年になってから考えるのではなく、少なくとも10年以上かけて準備を進めておくことが大切です。私も、カフェをやりたいという思いは漠然とはあったものの、実際に必要なコーヒー豆の焙煎などの勉強に10年は費やしています。  そういう意味では、シニアは起業しやすい環境に恵まれていると思います。なぜなら、やりたいことがあったら少しずつ準備を進めておけるのですから。若い人の起業とは違うところです。定年前、できれば40代か50代までに具体的な夢を持つことが大切です。  私のことを何かの記事で読まれたのか、『自分も定年後に起業したいと考えているけれど、できるだろうか』とたずねてこられる方もいますが、気持ちが定まっていないようです。まずは自らの意志を強く持つことが大切だと思います」と奥野さんは言葉を強めた。 一杯のコーヒーで会話が弾み人生を楽しくする出会いが生まれる  「sunday zoo」では豆の焙煎から行っており、抽出はすべてハンドドリップでじっくり落とす。多いときには1日80杯以上淹れることもある。豆は焙煎度の異なるブラジル、コスタリカ、グアテマラなど8種類を常備しており、自分の好みを伝えると、奥野さんがその場でコーヒー豆を選んでくれる。いまでこそドリップで抽出しながらお客さんと会話ができるようになったが、もともと口下手な方だったので、以前はなかなかお客さんとコミュニケーションをとることができなかった。黙々とコーヒーを淹れる奥野さんを見かねて、明美さんが「短い言葉でもいいから何か話しかけてみれば」と助言。高知空港で働いていた際は接客も担当していた明美さんならではのアドバイスだ。いまでは常連さんが、コーヒーはもちろん、カウンター越しのおしゃべりが楽しみでお店が開いているときは毎日のように集まってくる。こぢんまりした店内はお客さんが座るスペースもかぎられているため、テイクアウトの人が多いが、なかには立って飲んで帰る方もいるそうだ。  カウンター越しに奥野さんとお客さんの話が弾み、そこに明美さんが加わって店内は笑い声が絶えない。店の名前は、あるとき7人の孫たちが一堂に集まったとき、まるで動物園のようににぎやかだったことから、人がにぎやかに集まってほしいという思いを込めて「zoo」という言葉を入れたそうだ。お店のカードや看板、店内のいたるところに見え隠れする可愛いゾウのイラストは奥野さんの作品である。  「現在金曜日から日曜日の3日間だけ開店し、10時半から18時まで、日曜日は16時半までが営業時間です。週末3日のみの開店は、私のダブルワーク時代からの慣習そのままです。いまは専業になったので毎日開店ということもできますが、私のようなシニアが長く仕事を続けていくためには決して無理をしないことが大切です。お客さまには申し訳ないけれど、いまではみなさん、よくわかってくださっています。私たちもお客さまに会える週末がとても楽しみで、いろいろな方に支えられ今日まで頑張ってこられました」と奥野さん。 シニア世代よ起業を実現し夢を叶えよう  「シニアは起業しやすいと私が思うのは、なにより人生経験が豊富だからです。また、起業は良くも悪くも自己責任を全(まっと)うしなければいけませんが、まじめで責任感のあるシニアならクリアできるはずです。ただ、人から学ぶことは大切ですが、方法を簡単に他人にたずねることだけはしてはいけません。自分の夢を叶えるために、まずは自分の頭でしっかり考え構想を練るべきです。ワーク・ライフ・バランスという概念は個人経営者にはあまり必要ないと私は思います。ワークそのものがライフというか、働くことが生きがいなのですから。もし、バランスということをいうなら、趣味を持ち仕事にのめりこみ過ぎないことでしょうか。  最後に私が自らに課している三つの『K』をお伝えします。一つめは何より『健康』です。工夫して健康維持に努めていきましょう。二つめは『謙虚であれ』ということです。いばり散らしては若者の成長をじゃまするだけです。年をとればとるほど聞く力を養っていきたいものです。そして最後は『感謝』です。パートナーや家族、友人、お客さまはもちろん、私たちの店を支えてくれるあらゆる業者の方への感謝を忘れたことはありません。さらにつけ加えるならば、『会計力、技術力、営業力』というビジネスの三要素が起業には必要だと思われます。具体的な夢を実現するために努力していけば、だれもがきっと新しい人生を始められると思います」  73歳になったいまも、まだまだ夢を追いかけ続ける奥野さん。シニア世代への熱いエールで締めくくると、そばにいた明美さんが笑顔でうなずいた。 sunday zoo 東京都江東区平野2−17−4 zoo@karny.jp https://www.karny.jp/ 写真のキャプション 入口の看板も奥野さん自身でデザイン。道行く人が目をとめる 手づくりの棚には奥さまの故郷、高知県で親しまれている名産品が置かれている 一杯のコーヒーに心を添えて 【P23】 日本史にみる長寿食 FOOD 362 古くから人気のあったクワイ 食文化史研究家● 永山久夫 北斎の好物だったクワイ  平均寿命が40歳そこそこだった江戸時代に、90歳まで現役の浮世絵師だった葛飾(かつしか)北斎(ほくさい)は、たいへんな引越し好きで、生涯に90回以上も家を替えたそうです。  絵にかける情熱は驚異的で、寝る間も惜しんで筆をとり続け、着物が破れ、家の壁に穴があいても気になりません。貧乏暮らしの達人なのです。  また北斎は、何度か結婚していますが、いずれも死別。50代半ばからは独身を続けています。  そんな彼の食生活のほとんどは買い食いで、好物は出前のそばとクワイだったと伝えられています。  そばの主成分は炭水化物ですが、タンパク質やビタミンB1も豊富。ルチンという抗酸化成分も多いので、老化防止効果も期待でき生涯現役を保つうえで役に立っていたのはまちがいありません。  そして、北斎が特に好んだのがクワイ。クワイはオモダカ科の水生植物で、地下に生じる塊茎(かいけい)を食用にします。  丸味をおびた塊茎は、立派な芽をつけています。 ここから「芽が出る」とか、「おめでたい」と縁起をかつぎ、お祝いごとの料理やお正月のおせち料理には、欠かせない食材となりました。  『万葉集』には、次の作品に「エグ(クワイ)」が記されています。 君がため山田の沢のえぐ摘むと雪消の水に裳のすそ濡れぬ  「あなたのために山田の沢で、エグ(クワイ)をとろうとしたら、雪どけの水ですそを濡らしてしまいました」という意味で、甘さのなかにある苦みに人気があったのです。  また、別名を「地栗(じぐり)」とも呼ばれるように、クリに似たホクホクした食感があります。タンパク質が多く、100g中に6g強と、サツマイモやジャガイモなどより多く含まれています。  年長者にも好まれ、若さを保つというビタミンEや疲労回復にも役立つビタミンB1、病気に対する免疫力を強化するというミネラルの亜鉛も含まれていることからも、不老長寿食といわれるようになりました。 【P24-27】 新春特別企画@ 「令和5年度高年齢者活躍企業フォーラム」基調講演 多様な人材が活躍できるダイバーシティ・マネジメント:管理職の役割が鍵 東京大学名誉教授 佐藤(さとう)博樹(ひろき)  2023(令和5)年10月6日に開催された「高年齢者活躍企業フォーラム」より、東京大学名誉教授の佐藤博樹氏による基調講演の模様をお届けします。高齢者が活躍できる職場づくりに向けて、多様な人材を受け入れ、それぞれが能力を発揮する仕組みを構築していくダイバーシティ・マネジメントのポイントについてお話しいただきました。 多様な人材・考え方を受け入れて企業理念に基づいて決定する  「シニアが活躍できる企業」とは、シニア社員だけを対象にした取組みを行っている企業ではなく、多様な人材の活躍を目ざして取組みを行っている企業です。多様な人材が活躍できる職場づくりを目ざした結果、シニアも活躍できる職場環境が生まれるということです。  本日の話題の「ダイバーシティ・マネジメント」とは、年齢や性別、国籍などに関係なく多様な人材を受け入れて活かし、組織や企業の成長をうながす手法を意味しています。その実現には、多様な人材を受け入れることだけでなく、それぞれが能力を発揮し、組織や経営に貢献できるようにする仕組みづくりが鍵となります。  ダイバーシティ経営を進めると、年齢や性別などの多様な属性のみならず、多様な考え方を持った人たちが社内に増えていきます。そうすると組織に遠心力が働き、まとまりが弱くなる可能性があります。  例えば、若い人ばかりの組織にシニアが入ることで多様性が生まれ、あるプロジェクトを進めるために多様な意見を出し合うことができます。ところが、多様であるがために、1カ月議論しても意見がまとまらない、決まらない……。なぜなのでしょうか。経営的な観点での議論は尽くされ、わかりやすくいえば、あとは甲乙をつけるだけ、という状況も、極端にいうと「最後は好み」ということになり、若者だけで議論していたところにシニアも入ると、いろいろな考えが出てきてまとまらなくなるのです。多様な考え方の人たちで議論することで新しいものが生まれるチャンスが出てくる一方で、組織のまとまりがなくなる可能性がある。その問題をどうクリアしていけばよいのでしょうか。  ここで大切なのが、企業の「経営理念」や「パーパス」、あるいは「ミッション」といわれるものです。先ほどの例の続きでいうと、あるプロジェクトの最後にA案とB案が残り、どちらもすばらしい場合、ある人は「Aがよい」、別の人は「Bがよい」という。そんなとき、最後は、わが社の経営理念なり、パーパスに基づいて決める、ということです。  いろいろな考え方の人を社内に受け入れ、いろいろな議論をするなかで新しいものを生み出し、そのためにシニア人材を受け入れて活躍してもらう。そのなかで意見の対立が起きたとき、最終的には「共通の土俵」が決め手となります。細かいところまで考え方が一緒である必要はありませんが、シニアも若者も、男性も女性も、「わが社は何を目ざす会社なのか」ということに、社員一人ひとりがコミットしていることが重要になるということです。 多様な人材が活躍できる働き方改革を  これまでの日本の企業では、フルタイムで勤務し残業もできる人が望ましい社員とされてきました。しかしいまは、「短時間勤務がよい」、「週休3日がよい」という声が、シニアにかぎらず、子育て世代など、いろいろなところから聞かれます。  ところが、実際の働き方をみると、従来のフルタイム勤務で残業ができる社員が望まれていたときにできあがった仕事の仕方がまだまだ残されています。これを変えていくのが「働き方改革」ですが、残念ながら、働き方改革に対して多くの企業は、残業削減にとどまっています。もちろん、過度な残業は減らすべきですが、残業が少なくなればよい、ということではありません。  例えば、毎日2時間残業がある職場が働き方改革に取り組み、残業を毎日1時間に減らしたとします。残業半減ですから、すごい成果です。ではこれで、“多様な人材が活躍できる企業になったか”というと、毎日1時間の残業がある状況ではだめなのです。では、さらに残業を減らせばよいのかというと、決してそういうことでもありません。大切なのは、出退勤時間の裁量や在宅勤務など、働く時間帯や働く場所を選択することができるような仕組みをつくることです。毎日1時間残業をしなくてはいけない働き方ではなく、「今日は残業しないで帰る」、あるいは「今日はまとめて残業をする」といったことを選択可能な仕組みができると、多様な人が活躍できるようになるわけです。  肝心なのは、残業削減だけではなく「広義の働き方改革」によって、多様な人材が活躍できる仕事の仕方に変えていくこと。これが、シニアの活躍推進においても重要な考え方となります。 残業を評価する職場風土の変革を  働き方改革と同様に、職場風土の変革も重要です。フルタイム勤務で残業ができる社員が望ましいとされてきた時代には、例えば、課長が部下を評価するとき、BさんよりAさんに高い評価をつけたとします。ところが、Bさんは急な残業も毎回嫌な顔をせずに引き受けてくれることを思い出して、Bさんに対しても高い評価をつけようかと課長が考える、ということが起きがちです。  しかし、部下を評価するときに重要なのは、残業の有無など単純な勤務時間数ではなく、1時間あたりどれだけ会社に貢献しているか、あるいは、短時間で質の高い仕事をしているかです。ところが、これまで仕事に費やしてきた時間を評価されて課長や部長になった人が多い職場では、従来と同じような評価の仕方をしてしまいがちです。  つまり、現在は働き方の仕組みを変えると同時に、時間をかけた働き方を評価する職場風土の変革も必要になっているのです。  例えば、あるシニア社員が残業しない働き方を希望して6時間勤務をしているとします。1時間あたりの働きをみると、ほかの社員と同じように貢献をしています。しかし「あの人は早く帰ってしまう」、「残業をしてくれない」とマイナスの評価をするような職場は、変えていかなくてはいけないのです。現場の管理職にとって、残業してくれる人がありがたい存在であることは、私にもよくわかります。ですが「わが社はこれからどういう会社を目ざすのか」を考え、職場風土を変革していくためにも、会社のマネジメントを変えることが必要です。  そのカギを握るのは管理職です。シニア、若者、男性、女性、あるいは働き方や勤務時間の長短に関係なく、それぞれの貢献に応じて評価していくこと。そうしていかないと、会社の将来はないということを管理職に理解してもらうことがまず重要です。  最近は少なくなりましたが、シニア人材の処遇を考える際、60歳定年以降は一律に給与が下がり、評価も行わないという会社が少なくない時代がありました。働く側からすると、貢献度はみんな違いますから、定年後再雇用であっても、新しいことを学んだり、新しい仕事をしたり、若手を指導したりしているなかで、やはり「評価はしてほしい」という気持ちはあると思います。そういう仕組みを人事がつくっているかどうか。シニアの活躍推進を考えたとき、こうした仕組みづくりがやはりたいへん重要だと思います。 多様な部下をマネジメントできる管理職の育成・登用を  管理職によるマネジメントが重要になるということは、管理職の育成・登用もまた大切です。  例えば課長であれば、部下に働いてもらった結果として、課長に課せられたミッションを達成する。これが管理職の働き方です。営業課長なら、売上げ目標や利益目標があり、課せられた目標を達成するために、どういう営業活動をしたらよいかを考え、戦略を立てるわけです。課長自らが走り回ってその計画のすべてを実現するのではなく、その仕事を分解し、Aさんにはこの仕事、Bさんにはこの仕事、Cさんには……、と割りふって、それぞれの仕事内容の優先順位を理解してもらい、各自が持っている能力をフルに発揮して働いてもらう。その結果として、課長に課せられたミッションを達成するわけです。そういう意味では、管理職というのは、部下の働きに依存するものなのです。  一般的には、担当職で仕事ができた人が主任になり、課長になっていきます。つまり、仕事のできる人が管理職になる。ところが課長になると、自分で仕事をするのではなく、部下に仕事をしてもらう立場になります。ここは大切なポイントで、つまり「担当職として優秀であっても、管理職の仕事が務まるとはかぎらない」ということもあるのです。  管理職の仕事は、一人ひとりの部下にやるべき仕事をきちんと説明することが出発点になります。とはいえ、部下は簡単には理解してくれません。すると、「いわれた通りにやりなさい」といいたくなってしまう。これでは、部下の側からすると、理解できない仕事に対して「一生懸命やろう」とはなりません。  管理職の部下マネジメントの基本の1番目は、「部下の役割支援」です。部下自身がになうべき役割を理解することです。2番目は、「部下の職業能力の維持、開発支援」です。部下が自分に期待された役割を実現するために必要な職業能力を保有しているか確認、能力が不足する場合は能力開発を支援します。3番目は、「部下の仕事意欲の維持・向上」です。  これら三つはいずれも重要ですが、最近はとりわけ3番目の「部下の仕事意欲の維持・向上」が重要といわれています。時代とともに仕事の中身が変わり、「1から10までやり方が決まっている仕事」ではなくなり、生産性向上のためにも、仕事のやり方を部下に変えてもらわなくてはいけないというケースが、少しずつ増えています。このような状況でのマネジメントにおいて、特に管理職に求められているのが「対人スキル」です。部下とコミュニケーションを取り、部下がどういう人で、どういうスキルがあって、将来どういう仕事をしたいと考えているのか。あるいは、仕事以外にどういう課題があるのか。これらをふまえたうえで、仕事を割りふったり、仕事意欲を高めたりと、部下と協調して仕事をする能力が求められています。 管理職の「ヒューマンスキル」が求められる理由とは  対人スキルに代表されるヒューマンスキルは、かつての管理職にはそれほど求められていませんでした。ところがいまは、自分より年上の再雇用の部下がいたり、女性の社員が多くなったり、育児休業を取る男性社員がいたりと、管理職自身が経験したことがないマネジメントが求められているのです。  部下のマネジメントでは、部下とのコミュニケーションによる部下理解が不可欠であるという時代になってきました。例えば、50代の部下であれば、親の介護の課題があるかもしれません。これは、聞かないとなかなかわからないことです。あるいは、将来のキャリアについても、みんなが課長や部長を目ざしたいという時代ではなくなっていて、一人ひとりキャリア観も異なります。属性や考え方など、多様性を持った部下をマネジメントしていくために、いまの管理職に求められるヒューマンスキルは質もレベルも高くなっているのです。  そのためにも、多様な部下をマネジメントできる管理職を育成し、登用することが求められています。仕事のできる人を管理職にするというのは、決して悪いことではありません。しかし、仕事ができるだけではなく、「多様な部下をマネジメントできる管理職」を登用することが、現代では重要なのです。 キーワードは「心理的安全性」と「アンコンシャス・バイアス」  シニアを含め、多様な考え方を持った人たちを受け入れ、その人たちが意見を闘わせていくと、同じような考え方の人同士で議論するよりも、いろいろな意見が出てきます。しかし、多様な人材を受け入れている職場であっても、例えば、ある会議の場で、上司の「Aだと思う」という発言に対し、部下が「Bではないでしょうか」と反対意見をいい出しにくい職場は、“多様な人材が活躍する職場”とはいえません。上司や同僚と違う意見であっても、だれもが発言できて、多様な部下がいろいろな考えを出せるような職場づくりをしていくことが重要です。これを「心理的安全性」といいます。チームのメンバーが恐怖や不安を感じることなく、安心して発言、行動できる状態のことです。  また、「シニアだから」、「女性だから」と、その属性だけを見て判断してはいけません。例えば、一般的に「シニアは新しいことに取り組むのが苦手」だといわれますが、これは、平均的な傾向としては間違いではないかもしれません。しかし、いま自分の目の前にいるシニアの部下がそうであるとはかぎらないのです。人はつい、「無意識の思いこみ」(アンコンシャス・バイアス)をしがちです。目の前にいるシニアの部下の能力を評価するときに、「シニアは一般的に○○である」とか、「過去のシニア社員は△△だった」ということで推し量りがちです。しかしそうではなく、目の前にいる部下個々人の能力を評価することが大切なのです。  自分のなかに隠された「無意識の思いこみ」があることを認識し、その思いこみが自分の思考や行動に影響を及ぼすことを最小限にするように努力して行動することが重要です。 おわりに  多様な人材が活躍できるダイバーシティ経営は、シニアも若者も女性も外国籍の社員も、あらゆる属性の人たちを対象にしているということです。ダイバーシティ経営を進められるような、職場風土や管理職を登用する仕組みをつくり、結果として、シニア人材が活躍できる会社を目ざしていただければと思います。 写真のキャプション 東京大学名誉教授の佐藤博樹氏 【P28-33】 新春特別企画A 「令和5年度高年齢者活躍企業フォーラム」トークセッション 70歳就業時代のシニア社員戦力化〜入賞企業に聞く  続いて「高年齢者活躍企業フォーラム」より、「令和5年度高年齢者活躍企業コンテスト」入賞企業3社が登壇して行われたトークセッションの模様をお届けします。コーディネーターに東京学芸大学の内田賢教授を迎え、高齢社員が生涯現役で活躍できる職場づくりについて、各社にお話をうかがいました。 コーディネーター 東京学芸大学教育学部教授 内田(うちだ)賢(まさる)氏 パネリスト 有限会社小川(おがわ)商店 代表取締役 小川(おがわ)知興(ともおき)氏 社会福祉法人フェニックス 地域共生社会推進室長 吉田(よしだ)理(おさむ)氏 井上(いのうえ)機工(きこう)株式会社 代表取締役 塩原(しおばら)勇一(ゆういち)氏 総務課長 鈴木(すずき)穂高(ほだか)氏 企業プロフィール 井上機工株式会社 〈静岡県富士宮市〉 ◎創業 1966(昭和41)年 ◎業種 空調用配管部品の製造(電気機械器具製造業) ◎社員数 197人(2023年4月1日現在) ◎特徴的な高齢者雇用の取組み 定年は60歳。希望者全員65歳まで再雇用、その後も基準を設けて70歳まで継続雇用。以降も運用により一定条件のもと年齢上限なく継続雇用。継続雇用を希望する際の面談では、働く側の希望に応じた勤務形態や各人の評価結果等に応じて、賃金や手当などを決定している。 社会福祉法人フェニックス 〈岐阜県各務原市〉 ◎創業 2000(平成12)年 ◎業種 社会福祉・介護 ◎職員数 193人(2023年4月1日現在) ◎特徴的な高齢者雇用の取組み 定年は60歳。希望者全員70歳まで再雇用、その後も基準を設けて年齢上限なく継続雇用。定年後も、賃金は60歳到達時の基本給を据え置いている。「介護助手」という職務の創出や、介護ロボットなどの導入により、だれもが活躍できる職場環境づくりを推進している。 有限会社小川商店 〈島根県大田市〉 ◎創業 1688(元禄元)年 ◎業種 石油・食品小売、運輸、自動車整備 ◎社員数 72人(2023年1月20日現在) ◎特徴的な高齢者雇用の取組み 定年は66歳。定年後は基準を設けて70歳、その後も基準を設けて75歳まで継続雇用。以降も運用により一定条件のもと年齢上限なく継続雇用している。2015年にJEEDの企画立案サービス※を活用し、定年年齢の引上げとあわせて、再雇用後の賃金の見直しを図った。 ★3社のさらに詳しい取組み内容は、本誌2023年10月号「特集」をご覧ください https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/202310.html エルダー 2023年10月号 検索 〈有限会社小川商店〉 高齢者雇用はイノベーションのチャンス 内田 はじめに、3社の高齢者活躍推進の取組みをお聞きしたいと思います。有限会社小川商店の小川さんからお願いします。 小川 当社は、江戸時代である1688(元禄元)年に島根県大田(おおだ)市で創業し、海運業からスタートして、現在はおもに石油・食品小売、運輸、自動車整備などの事業を展開しています。  高齢者雇用は、社員の高齢化の進展を背景に、2013(平成25)年から取り組みはじめました。ちょうどそのころ、JEEDの企画立案サービス※を知り、専門家の助言を受けながら、2017年に定年の引上げ、翌年に賃金制度や人事評価制度の見直しを行いました。その後さらに、70歳までの継続雇用の基準を定めています。  当社では、制度づくりに加え、社員とのコミュニケーションを大事にしています。再雇用後の働き方や処遇は、まず本人から希望を聞き、課題となりうる要素があれば話合いを重ねて調整します。定年後も当社で働きたいという社員の漠然とした思いを、ワーク・ライフ・バランスや無理のない働き方を考え具体的にしていくことで、互いに納得できる条件に到達するものと思い、実践しています。  高齢者雇用は、イノベーションのチャンスだと実感しています。当社の運輸部門で勤続46年、73歳の社員は「定年後は畑仕事や旅行がしたい」という理由から勤務時間を短くできる業務を新たに模索し、“トラック野郎”から“スクールバスのおじいちゃん”へと転身しました。彼はいま、子どもたちに囲まれて地域で活躍しています。このように、会社にとっても社員にとってもイノベーションとなった事例がほかにもたくさんあります。生涯現役でがんばり続けてもらえる組織を目ざして、今後も邁進する所存です。 内田 高齢社員の「働き続けたい。だけど〇〇も大事」といった希望に、会社はどう応えていけばよいか。こういうことは多くの企業や団体が直面していることだと思います。その点を工夫して、会社にとってもプラスとなり、本人にとっても活き活きと働き続けることができているすばらしい事例ですね。 〈社会福祉法人フェニックス〉 職務の創出や介護機器導入で70歳以降も活躍 内田 続いて社会福祉法人フェニックスの吉田さん、お願いします。 吉田 当法人は岐阜県各務原(かかみがはら)市で、29カ所の医療・介護福祉事業所を展開しており、グループ全体で約540人が働いています。1988(昭和63)年に有床診療所を開設以来、いち早く訪問診療や在宅ケアを実践し、地域医療や介護の充実を推進してきました。  どのような状況にあっても、質の高いサービスを提供し続けられる組織づくりが大事と考え、多世代、多職種からなる人財の支え合いによって生産性を高められる組織づくりを目ざし、「ダイバーシティ型の人財確保・育成・定着」に取り組んでいます。その一環として、「介護助手」という職務の創出や、介護ロボット、介護補助機器などを導入し、介護業務の機能分化と質の向上、負担軽減を図り、年齢にかかわらず活躍できる職場づくりを推進しています。  当グループの定年は60歳、希望者全員70歳まで再雇用し、70歳以降も年齢上限なく継続雇用しています。全職員に占める70歳以上の割合は、14.0%となっています。最高年齢者は81歳です。  2025年には、すべての団塊世代が75歳以上の後期高齢者となります。これを「2025年問題」として、社会保障制度の深刻な課題として取り上げられることも少なくありません。しかし、団塊の世代といえばつねに新しいことにチャレンジしてきた世代です。だからこそ、これからもカッコよく、時代のメインストリートを闊歩(かっぽ)していただきたいと願い、企業としてもそうした生き方を見習いながら、精一杯応援してまいりたいと思っています。 内田 高齢化が進み、社会福祉の受け持つ部分が広がるなかで、社会福祉法人における高齢者雇用はますます進んでいくと考えられます。同時に、フェニックスをはじめ、先進的な取組みが数多く見られるようになりました。そのノウハウが、全国の社会福祉法人に広がっていくことを期待したいですね。 〈井上機工株式会社〉 多様な勤務体系で生涯現役職場の実現へ 内田 それでは、井上機工株式会社の塩原さん、お願いします。 塩原 当社は、1966年に静岡県富士宮(ふじのみや)市で創業し、熱交換器用パイプの加工から、空調機器の加工・組立てなど徐々に業容を拡大。いまでは家庭用・業務用エアコンなどさまざまな空調機器に当社の製品が使用されています。  社員数は197人で、60歳以上の比率は34%、70歳以上は約19%となっており、おもに製造部門を中心に活躍しています。最高年齢者となる83歳の社員は、手曲げ加工に従事し、経験を要する重要な仕事をになっています。  当社では、生涯現役職場を実現する制度として、定年60歳、希望者全員65歳まで継続雇用しています。65歳以降は70歳まで有期フルタイマー、パートタイマーとして雇用し、70歳以降も継続雇用が可能です。65歳以降はワークシェアリングや、短時間勤務希望者による単独ラインをつくり、多様な勤務体系を実現しています。  意欲・能力の維持・向上の取組みとしては、評価と連動した賃金制度を確立し、月給制、日給月給制、時間給制があり、働くニーズに応じて業務内容、役割も含めて勤務形態を決定しています。高齢社員の経験と技術により、旧型機械を稼働できるようになり、それまで外注化していた事業の一部を内製化し、コスト削減・納期短縮を実現しています。定年後の嘱託社員の役割は、おもに後進の育成、技術の伝承となります。  今後も、安全で安心な働く環境をつくり、高齢者のみならず、障害者、女性の積極的な活用に取り組み、一人ひとりに寄り添った柔軟な対応で、全社員が笑顔で働ける会社を目ざします。 内田 一般的に「新しい技術と高齢社員のつちかってきた強みをどう両立させるのか」という声もありますが、井上機工のベテラン社員は昔から使ってきた方法で強みを出し、技術の伝承もされているとのお話がありました。また、能力向上の仕組みを工夫されていることも印象的ですね。 高齢者雇用を強力に推進するようになった背景 内田 高齢者雇用を推進する背景には、さまざまな状況があると思います。そこで、高齢者雇用を推進するようになった背景について教えていただけますか。 小川 当社は、旧温泉津町(ゆのつまち)という人口2500人ほどの小さな町を拠点にしています。いまから10年ほど前、売上げの約3割を占める運輸部門で社員の高齢化率が54%となり、「高齢者雇用に取り組まなければ当社の未来はない」と考えたことがきっかけでした。 吉田 職員の高齢化が進むなか、熟練した職員や職場の事情に通じた方に、より長く働いてもらいたいと考えたことと、ほとんどの職員が「継続して働きたい」という意向を持っていたので、それに応えたいと考えました。加えて、将来を見すえ、労働力不足の時代にも耐えられる、パッチワーク型の人材活用のモデルをつくっていく必要があると考え、取組みを進めました。 鈴木 当社では新卒の高校生を募集していますが、徐々に応募が減少しています。また、中途採用も厳しい状況となり、今後どのように人材を確保していくのかを模索し、地域の協力を得ようと考えました。そして、「人材を募集しています」と隣近所を一軒一軒訪ねることからはじめたところ、だんだん広まり、特に高齢者の方から多くの応募があって採用したことがきっかけです。 内田 ありがとうございます。「今後を見すえて」というお話がありましたが、「将来予測はむずかしい」といわれる時代にあっても、例えば、今後の人員構成と業務の関係などについてシミュレーションをして備えていくということは、とても重要なことではないかと感じます。 60歳以降の処遇を決める際の基本的な考え方とは 内田 続いて、60歳以降の処遇を決める際の基本的な考え方についてお聞きしたいと思います。 小川 「再雇用の際に基本給を大きく下げる」といった考えはなく、定年後も人事評価を実施しています。「○○ができる、△△はできない」といった評価ではなく、本人の自発性や職務能力がより発揮できるような形で評価し、年齢にかかわらず社員のだれもが納得できる処遇となるように努めています。 吉田 「同一労働同一賃金」を原則としており、定年後に基本給や職務手当が変わることはありません。賞与も59 歳以前と同様に支給しています。気をつけているのは、仕事内容を明確にして、その内容と実績に応じて処遇を決めていく、ということです。契約更新の際は、健康状態も確認して仕事内容と処遇をあらためて明確にし、納得してもらい決めています。 塩原 60歳定年後の嘱託社員の賃金制度は月給制、日給月給制、時間給制があり、月給制については、継続雇用を希望する際の面談で本人の意向を聞きながら業務内容や役割、勤務形態を決め、スキルの保有状況などに応じて個々に契約しています。65歳以降の有期雇用社員は、時間あたりの生産性、部門別・個人別の評価制度などにより金額を決定しています。 内田 ありがとうございます。やはり、貢献を評価し、フィードバックすることは大事だと思います。定年後も会社はきちんと見ていて、働きに応じて処遇を決めている。そういうことは、若手や中堅の社員も見ていますから、そうしたことが高齢社員に対するほかの世代の姿勢や信頼感にもつながっていくと思います。 高齢者雇用がもたらした想定外の効果や課題 内田 次に、高齢者雇用がもたらした想定外の効果や課題についてお聞かせください。 小川 社員自身が、年齢による気力や体力の衰えを感じにくくなっている、という印象があります。仕事を通じて地域とかかわる機会が増えると同時に、地域の人々から感謝されることを通じて、地域の課題に興味を持ち、貢献の思いが強くなったり、地域に誇りを持てるようになったりしたことが大きな要因ではないかと思っています。 吉田 高齢職員にとってわかりやすいルールやマニュアルづくり、職場の整理整頓を進めてきた結果として、「だれにとっても働きやすい職場環境が整ってきた」という声があります。また、「介護助手」として働く高齢職員が増えてきたことで、「歳をとって介護の仕事ができなくなっても、次は『介護助手』の仕事があるので、長く仕事を続けられるから安心だ」と、若手・中堅世代の職員が自分たちの高齢期の働き方を前向きにイメージできるようになってきました。とても大きな効果だと思います。課題としてはやはり、転倒防止や腰痛対策などへの配慮です。 鈴木 他社を定年退職した後に入社した高齢社員が多くいますので、当社では経験ができないそれぞれの経験を、若い社員に話してくれることがあります。課題としては、労働災害の発生リスクが高くなっていることがあげられます。 高齢者が無理なく働ける仕組み 内田 高齢になると体力や気力が変化するという問題がよく聞かれます。そこで、高齢者が無理なく働けるために取り組んでいることをうかがいたいと思います。 小川 当社では、60歳を超えると働く日数、時間、職務などを自由に選択できるような体制を整えています。それぞれの希望をヒアリングして調整し、着地点を見つけています。 吉田 小川商店と一緒で、ニーズに応じた働き方を選択可能としています。また、作業環境の改善を実施しました。 鈴木 毎日のラジオ体操をはじめ、毎月の安全衛生委員会では各職場の代表が出席し、問題があればその場で解決策を話し合うことを徹底しています。 内田 ありがとうございます。では、高齢者の労働災害防止で特に気をつけていることは何でしょうか。 小川 高齢者雇用の推進をきっかけに、これまで以上に社員の健康管理と安全教育の徹底に注力しています。ヒヤリハットの情報共有はもちろん、ひと声かけたときの応答の様子から、その変化を見逃さないコミュニケーションのとり方も大事にしています。 吉田 介護業務の負担を軽減する取組みとして、介護補助機器などを導入しています。また、だれもが働きやすい職場環境の整備点検を毎月実施しています。ふだんの健康増進支援として、当法人のフィットネスクラブの利用を職員にうながし、費用の一部を助成しています。 鈴木 労働災害防止対策は、高齢社員にかぎらず、小さいものも含めて、起きた場所、原因を各職場の上長に伝達し、二度と発生させない対策をすぐにとるようにしています。また、3年前から年間休日を大幅に増やし、メリハリのある働き方ができるようにしました。 内田 ありがとうございます。ちょっとしたことですが、顔色や口調などの変化を日常のなかで見逃さないということも、とても大事なことですね。 今後の高齢者雇用推進の方向 内田 2021年4月1日に施行された改正高年齢者雇用安定法では、70歳までの就業確保措置を講じることが企業の努力義務となりました。みなさんの職場ではすでに70歳までの就業確保の取組みが行われているわけですが、より充実させるための、今後の高齢者雇用推進の方向について、小川さんからお聞かせください。 小川 年齢を問わず、転職先に選んでもらえる会社になることを目ざして、SNSなどを通じて日々の情報発信を今後も積極的に行う方針です。また、さらなる高齢者の活躍機会の創出と、地域社会との連携効果で、「会社・地域の課題=我がこと」ととらえ、変化を生み出す力を持つ高齢社員を増やしていきたいと考えています。 吉田 現場からの声なのですが、介護職員の手の届きにくいようなサービスの提供、例えば、介護エステや、その人らしい部屋の飾りつけをするといったことを担当できる人材を募集できないかという話があり、今後地域に発信していくことを検討しています。そうした仕事に就いてもらうなかで、徐々に活躍できる範囲を広げていくというような採用もできたら、という話合いを現在進めているところです。 塩原 当社では、ダイバーシティの確立を目ざして、多様な社員がつねに安全に働ける環境づくりに今後も努めてまいります。また、最近、協働型ロボットを導入しました。くり返しの作業などはロボットに置き換え、経験や技術が必要な仕事は高齢社員に、という共存のかたちをつくることが、今後の取組みの方向性の一つと考えています。 これから高齢者雇用を進める企業・団体へのアドバイス 内田 高齢者雇用を前向きに考えながらも、戸惑いを感じている企業も多いと思います。最後に、これから高齢者雇用を進める企業・団体へのアドバイスをお願いします。 小川 まずは、年齢で判断しない「エイジレス」の考え方を導入していくことが大事ではないかと思います。そして高齢者雇用の推進にあたっては、高齢社員のみならず、すべての社員とコミュニケーションをとっていくことが一番大切ではないでしょうか。 吉田 高齢者雇用には、社会実験のような側面があるような気がしています。経営者のリーダーシップが重要なことはいうまでもありませんが、この人口減少の時代にはリーダーだけが指示をしている組織では、環境変化に十分対応できないと感じています。社員一人ひとりが“我がこと”として、自分自身をつねにアップデートし、トライ・アンド・エラーで新たな試みにチャレンジする。それを経営者がしっかり後押しするような関係が理想ではないかと思っています。 塩原 当社にとって、若手の採用難と生産コストの増加を救ったのは高齢社員でした。経験豊富な高齢社員を貴重な人材と位置づけ、その経験や技術を最大限に活用するとともに、年齢にかかわらず業務の貢献度に応じて評価し、働き続けられる環境を整備することで、高齢社員はもちろん、社員一人ひとりが笑顔になれるような会社になります。地域社会に必要とされる会社を目ざして、これからも取組みを続けてまいります。 内田 ありがとうございました。「まだまだ働きたい」、「会社に貢献したい」という方々を、年齢にかかわらず戦力として活用することによって、会社はより強くなります。取り組み始めたばかりのころは苦労を重ねることになるかもしれませんが、先行的に取り組むことでノウハウを獲得し、より長くそういった方々を活用し、働く人たちも幸せに、かつ企業・団体も強くなれるようなシステムづくりについて、本日のお話はおおいに参考になるものと思います。  本日はありがとうございました。 ★トークセッションを円滑に進めるために、パネリストの方々を「さん」づけとしています ※企画立案サービス……高年齢者等の雇用管理改善や生涯現役社会の実現に取り組む事業主などに対して、高年齢者雇用アドバイザーおよび70歳雇用推進プランナーによる相談・助言の過程で発見された個別課題について、必要な条件整備(人事管理制度の整備、賃金・退職金制度の整備、職場改善・職域開発など)のための具体的な改善案を作成し提供するサービス 写真のキャプション 東京学芸大学教育学部教授の内田賢氏 有限会社小川商店代表取締役の小川知興氏 社会福祉法人フェニックス 地域共生社会推進室長の吉田理氏 井上機工株式会社代表取締役の塩原勇一氏 井上機工株式会社総務課長の鈴木穂高氏 【P34-37】 高齢者の職場探訪 北から、南から 第139回 宮崎県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 知恵袋として存在感を発揮するベテラン勢定年制を撤廃し、活躍の場を無期限に 企業プロフィール 株式会社丸商(まるしょう)建設(宮崎県日南(にちなん)市) 設立 1974(昭和49)年 業種 注文住宅設計・施工事業 社員数 108人(うち正規社員数108人) (60歳以上男女内訳) 男性(5人)、女性(0人) (年齢内訳) 60〜64歳 3人(2.8%) 65〜69歳 2人(1.9%) 定年・継続雇用制度 定年はなし。最高年齢者は営業職の68歳  宮崎県は九州の南東に位置し、太平洋の暖流(黒潮)により温暖な気候で、年間の日照時間も全国トップクラスです。恵まれた気候を活かしてつくる農産物はキュウリやピーマン、畜産物は宮崎牛をはじめとする肉用牛や豚、鶏の全国有数の産地です。JEED宮崎支部高齢・障害者業務課の井上(いのうえ)健彦(たけひこ)課長は次のように話します。  「本県における就業者の産業部門別割合は、第一次産業が約10%(全国3位)、第二次産業が約21%、第三次産業は約69%となっています※。また、常用労働者数300人以下の事業所が約96%と大多数が中小事業所となっています。労働力確保が困難な状況のため高齢者の活用は進んでいるものの、運用で雇用しているケースも多く、プランナー等の相談・助言活動では制度化に向けた提案・助言や規定例の提示などが多く見受けられます。当支部では、2023(令和5)年度は常用労働者数が21〜30人の事業所を中心に訪問してきました。少人数の事業所で事業主自らが率先して業務を行っていることから多忙であり、就業規則などは顧問社労士にほぼ任せていることも多く、そうしたなか訪問日の再調整や顧問社労士の同席もうながすなど、可能なかぎり訪問し高齢者雇用の提案・助言に努めています」  同支部で活躍するプランナー・谷口(たにぐち)行利(ゆくとし)さんは、中小企業診断士、社会保険労務士、一級販売士の資格を持ち、11年8カ月間のアドバイザー・プランナー歴があります。30年を超える経営コンサルティングの豊富な経験と支援ノウハウに、社会保険労務士の知識・専門性の合わせ技で、高齢者雇用において戦略的に解決手段を提案するプランナーです。今回は、谷口プランナーの案内で「株式会社丸商建設」を訪れました。 経験、知識、意識の持ち方、すべてがお手本  株式会社丸商建設は、1974(昭和49)年4月、宮崎県日南市で個人経営の事業所として創業。1987年に宮崎店を開店し、1989(平成元)年4月に株式会社丸商建設に組織変更しました。創業以来、「家族」をキーワードとした注文住宅の家づくりを展開しています。家全体の性能を落とすことなく、資材の大量生産、工期短縮や人件費削減、無駄な中間マージンのカットを実行し、最大限のコストパフォーマンスにより注文住宅をよりよい価格で提供することで、子育て世代を中心に支持を得てきました。  専務取締役の榎えの木田(きだ)真之(まさゆき)さんは「小学校低学年くらいまでのお子さんの一生の記憶に残る生活を、マイホームで送ってほしいという思いがあります。新築の購入により旅行や外食をがまんしなくてもすむよう、若い人も手の届く価格設定をモットーに事業を行ってきました。安心・安全の面では引き渡し後、通常10年の補修や損害賠償を20年に延長して実施しており、これは全国的にも珍しい長期保証だと思います」と胸を張ります。  同社では、年齢に関係なく採用活動を行っています。  「意識やモチベーションが高い人であれば、他業種からの参入も大歓迎です。これまでも40〜50代の方を積極的に採用してきました。当社の高齢社員は60歳を過ぎても一線で活躍する人ばかりで、長年社内の稼ぎ頭として活躍してきた活力は若手のお手本であり、ぜひ学んでほしい一面です」(榎木田専務取締役) プランナーの提案後、「定年なし」に制度を改正  谷口プランナーは2020年10月に同社を初めて訪問しました。その翌月11月の再訪問の際、「65歳への定年の引上げ」および「65歳以降70歳までの再雇用制度の導入」を提案しました。谷口プランナーはこの際の助言について、次のようにふり返ります。  「特に65歳以上の高齢社員の役割は、次世代社員への経験や技術・技能の伝承ならびにOJTでの能力引上げ、チーム業績への具体的な実務貢献、仕事と家庭の両立支援での代替実務貢献ととらえています。また、施主と一生涯おつきあいするハウスメーカーにとって、高齢社員の年齢と経験は武器であり、人材が中心の中小企業では有効かつ有用と助言しました」  同社は、谷口プランナーが訪問した翌年の2021年4月に、就業規則を改定し、定年制の廃止という、プランナーの提案を超える決断をしました。  「訪問後、経営陣が協議し、顧問の社会保険労務士に規定案を相談したそうです。事前に規定案を拝見したところ、定年引上げどころか定年制の廃止にふみ切られていたのには驚きました。宮崎県において住宅着工戸数ナンバー1を実現した若手経営陣の意欲が、高齢者雇用の推進を後押ししているように感じています」(谷口プランナー)  今回は、ベテラン社員2人と、一緒に働く社員の方々にお話をうかがいました。 伸び盛り世代の指導とその成長に喜びを感じる  営業統括部長の川島(かわしま)俊一(しゅんいち)さん(68歳)は、46歳のときに丸商建設に入社しました。川島さんは、ホテルのレストランからキャリアをスタートし、喫茶店を個人経営した後、ファッション業界に転職、世界的な有名ブランドを扱う会社で国内数店舗を統括した経歴があります。「不動産業界に転職し、衣・食・住のすべてを網羅しました」と穏やかに語りますが、不動産業界はまったくの素人であったことから、はじめは苦労の連続だったそうです。  「お客さまは人生で一番高い買い物をするわけで、満足してもらうのはたいへんです。業界用語も多く、経験がものをいううえに、自分より若い先輩に教えてもらい、叱られるわけです。ですが営業職は契約件数がすべて。反骨精神をバネに契約件数を上げました」とふり返ります。  何を隠そう、川島さんは会社の規模拡大に寄与してきた「伝説の営業マン」。「営業職は会社に属してもいわば個人商店。自分のとった契約でどんどん会社が大きくなるのも醍醐味です。そのやりがいを若手に伝えていきたいです」と力強く話します。  川島さんは2023年8月から現在の役職に就きました。榎木田専務取締役は、その理由について「以前から若手への指導を行ってもらっていましたが、あらためて役割を明確にしました。後進に川島さんのノウハウおよび当社の考え方を伝承していただきたいです」と話します。  教育係としてのやりがいを聞くと、「30〜40代は家庭を持ち、仕事で伸びようとしている年代です。サポートしてきた若手や中堅社員の営業成績が伸びるとすごくうれしいですよ。これからも会社の魅力を後進に託していきたいです」と話します。  3年前までハーフマラソンを年7回、年末はフルマラソンに出場してきたというパワフルな川島さん。「いまはジム通いと病院通い」と冗談を交えながら、若手への愛情をにじませ、抱負を語りました。  川島さんとペアを組むことが多い石川(いしかわ)智規(ともき)さんは、モデルハウスでの待機中などの雑談のなかで、お客さまへの対応や営業活動のヒントを教わっています。「川島さんは社会経験が豊富で、営業職としてのお客さまとの距離の縮め方から、建物の間取りのつくり方、敷地調査、身だしなみの整え方まで、あらゆることにアンテナを張って仕事に活かしており、営業職のあり方を教えてもらっています」と尊敬していました。 建築のエキスパートとして工務の頼れる知恵袋  内田(うちだ)輝夫(てるお)さん(62歳)は、建築ひとすじのテクニカルエキスパート。日向(ひゅうが)店の工務部で工務を担当しています。大工としてキャリアをスタートし、一級建築士の資格を保有しており、同社には49歳で入社し勤続13年目になります。県内で現場や看板をよく見かけていたという「丸商建設」の知名度の高さも応募のポイントになりました。同社の工務の業務はマルチタスク。図面の建築確認から申請、お客さまとの打合せ、仕様の決定、業者との打合せから施工、完成、さらに保険補償まで、責任を持ってやり遂げます。「口下手なのではじめは苦手なこともありましたが、いまではお客さまと話すのが楽しいです」と内田さん。日向店、延岡(のべおか)店の多くの若手社員の知恵袋のような存在です。  日向店で日々内田さんに教えを請いているという児玉(こだま)晃太郎(こうたろう)さんは、「わからないことを聞くといつも的確な回答があって、現場の人たちはみんな内田さんを頼りにしています。やさしい人柄なので聞きやすく、業者との交渉のつなぎ役にもなってくださいます」とその頼もしさを話してくれました。榎木田専務も「現場では一筋縄ではいかないことが多々起きるなか、私自身もアフター工事や不具合が起きたときには、持ち帰って内田さんに相談することもあります」と話すほど、会社にとってなくてはならない存在です。  周りから頼られることの多い内田さんですが、「たとえ長年やってきても、工期が短い場合など、自分だけではどうにもならないこともたくさんあります。若手社員に手伝ってもらって協力して完成したときは感慨深いですね」と話し、若手と一緒に行うものづくりがやりがいになっているそうです。  今回の取材を終え、谷口プランナーは「ベテランの方々が、よい意味で世代間のギャップを意識しておらず、会社がダイバーシティ経営を実践されていることを感じました。社員一人ひとりが経営理念を共有し、一緒に仕事をしていれば、年齢は関係ありません。こうした風土が定年制の廃止を成し遂げたのだと思います。今回お話を聞いた2人の高齢社員についても、楽しんで後進の指導にあたっていることが、表情や言葉からにじみでていました。ベテランの活用が企業としての成長をうながし、地域雇用の受け皿になっています」と評価しました。  今後も地域密着に徹し、家族が笑顔で集う住宅を提供していく丸商建設。その縁の下には会社の理念とノウハウを伝承するベテラン社員の力がありました。 (取材・西村玲) ※ 総務省統計局「令和2年国勢調査」 谷口行利 プランナー アドバイザー・プランナー歴:11年 [谷口プランナーから] 「事業所訪問の際は、事前にその事業所の業種や人員規模、ビジネスモデルをホームページや新聞などで調べ、また、訪問事業所の外観から雰囲気などを感じとるようにしています。実際の訪問時には、出会いの瞬間を大切にし、名刺交換や面談者を待つ姿勢や態度にも気をつけています。コミュニケーションが円滑になるように、有用な世間話や情報提供などで、話題の喚起をし、そして『人と組織』戦略の観点から、高齢社員活用の重要性とポイントを的確に助言できるように努めています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆宮崎支部高齢・障害者業務課の井上課長は谷口プランナーについて、「谷口プランナーを一言で表現するなら、とにかくエネルギッシュな方です。中小企業診断士・社会保険労務士の専門的知識と豊富な経験により、事業所の問題改善や将来の方向性を導く的確な相談・助言・提案活動を行っています。また、『企画立案サービス』や『就業意識向上研修』を積極的に実施されるなど、行動力抜群のプランナーです」と話します。 ◆宮崎支部高齢・障害者業務課は、JR南宮崎駅から徒歩約7分、宮崎市内外の交通の拠点である「宮交シティバスセンター」からは徒歩約3分に位置する宮崎職業能力開発促進センター(ポリテクセンター宮崎)内にあります。 ◆同県では、6人の70歳雇用推進プランナー・高年齢者雇用アドバイザーが活動し、2022年度は304件の相談・助言活動を展開、103件の事業所に定年の引上げなど、制度改善に向けた提案を実施しました。 ◆相談・助言を無料で行います。お気軽にお問い合わせください。 ●宮崎支部高齢・障害者業務課 住所:宮崎県宮崎市大字恒久(つねひさ)4241 宮崎職業能力開発促進センター内 電話:0985-51-1556 写真のキャプション 宮崎県日南市 丸商建設宮崎店 榎木田真之専務取締役 談笑する川島さん(左)と石川さん(右)。雑談のなかにも営業のヒントが多くある 内装について打合せをする内田さん(右)と児玉さん(左) 【P38-39】 第89回 高齢者に聞く生涯現役で働くとは  後藤早苗さん(66歳)は、主婦や子育ての経験を活かし共働きの若い世代の家庭を中心に家事や育児をサポートしている。ていねいな仕事と明るい人柄で「早苗ママ」と慕われる後藤さん。だれかの役に立つことの喜びが、働く機動力になるという、そのエピソードを語る。 株式会社ぴんぴんころり 育児・家事支援サービス東京かあさん 後藤(ごとう)早苗(さなえ)さん 感謝の気持ちを忘れずに  私は千葉県の千葉市稲毛(いなげ)区で生まれました。大学卒業後、銀行に就職しましたが、2年ほどで職場結婚し、いわゆる寿退社をしました。研修でいろいろ学ばせてもらいながら早期退社は申し訳ないという気持ちもありましたが、当時は「結婚したら女性は家庭に入るもの」という風潮もあり、24歳で専業主婦として新しい一歩をふみ出しました。  その後、夫の転勤にともなって何度も生活の場を移しました。東京から兵庫県の各地を回り、また東京に戻るといったことが続き、なんと引越しは7回にもおよびました。目まぐるしい日々でしたが、2人の男の子に恵まれ、子育てに専念できたことは幸せでした。  下の子が小学校低学年になると時間の余裕も生まれ、そろそろ働いてみようかと漠然と考えていたとき、かつて私が入行した銀行がアシスタントを募集していることを知り、応募したところ、採用されました。書類の点検がおもな業務で、週3日のパート勤務でしたが、結局、38歳から20年間勤めました。新卒で縁ができた職場を早くに辞めたことを心苦しく思っていましたが、パートとはいえ時を経てから長い間働かせてもらえたのですから、人生はおもしろいと思います。その後、夫が兵庫県西宮(にしのみや)市の夙川(しゅくがわ)に転勤になったため20年の勤務を終えましたが、当時の職場にはいまも感謝の気持ちでいっぱいです。  「関西有数の高級住宅地・夙川での日々はとても楽しかった」と後藤さん。そして4人の孫を授かり順風満帆と思えた後藤さんの人生に、予測できないことが起きた。 前を向いて新しい世界へ  夙川は街の雰囲気が落ち着いていて、社宅も居心地がよく、夫婦で楽しく暮らしていた矢先、2021(令和3)年に、夫がコロナウイルスに感染して急逝しました。当時、関西圏もコロナの猛威はすさまじく、自宅で亡くなる方も大勢いました。病気ひとつしたことがない健康な夫のあまりにもあっけない最期に、しばらくは茫然としていましたが、いつまでも下を向いていては夫が悲しむと思い、夙川を離れて東京都に住む次男家族の家の近くへ転居しました。  新しい土地では次男家族以外に知合いもおらず、自分からアクションを起こさなければ何も始まらないと、まずは仕事を探すことにしました。あるとき、インターネットで育児や家事を支援する「東京かあさん」という言葉に出会いました。その「かあさん」というやさしい響きが心に刺さり、詳しく調べてみると、自分に向いている仕事のような気がして、思い切って連絡してみました。コロナ禍の影響もあり、オンラインで面談を受け、運よく登録していただきました。64歳の新たな挑戦でした。  「東京かあさん」は株式会社ぴんぴんころりが展開する家事・育児のサポートサービスで、家事代行やベビーシッターの枠を超えて、若い世代の共働き家庭を丸ごと支援する。熟練主婦の後藤さんは天職に出会えた。 だれかの役に立てる喜びとともに  「東京かあさん」のイメージは、実家のお母さんそのものです。共働きの若いご夫婦からは母親目線で自分たちを助けてくれることを強く求められます。そこで登場するのが「お母さんができることはなんでも頼んでください」というちょっとおせっかいな存在です。「東京かあさん」がすごいのは、会社に登録しているシニア世代の母さんたちが若い人を支援すると同時に、自らの就労の機会を得ているということです。会社代表の起業の原点は、シニアが長く元気で働ける場所をつくることでした。  私の「東京かあさん」のデビューは2021年の9月。うかがったのは奥さまが亡くなられて7年ほど経ったお宅で、お手伝いさんが入院されたので家事のサポートをしてほしいということでした。朝7時からお掃除全般を引き受けたのですが、初めてうかがった朝にご主人が朝食を用意してくださったことはいまも忘れられません。週2回、お手伝いさんが戻られるまで通いました。  次にうかがったのは、ご夫妻が会社の代表をされているというとても多忙なご家庭で、私がうかがう1週間前に赤ちゃんが生まれていました。週1回の掃除で10カ月間通いましたが、赤ちゃんの可愛さが日ごとに増して、お宅を辞去するときは寂しくてたまりませんでした。  「東京かあさん」では、私たちワーカーは名前の下にママとつけて呼ばれます。私が「早苗ママ」になって2年余りですが、少し慣れたからか、仕事と生活のリズムをうまくとれるようになりました。現在は、3軒のお宅に継続してうかがっており、合わせると月10日間、25時間になります。  私はお掃除のサポートがメインですが、慣れてくると少し時間があまるようになったので、料理を一品だけつくることもあります。また、「背広のほつれを直してください」といわれれば針を持つこともあります。利用者さんの要望に応えるというより、それぞれの思いや願いに心を添わせることが大切だと私は思っています。  うれしいのは、サポートから自宅に戻ると利用者さんからお礼のメールが届くことです。人はだれかの役に立っていると思えると本当にうれしくなるものです。利用者さんの温かい言葉がいまでは、私の支えになっています。 生涯現役の人生をより豊かに  そのほかにも、サポート先のアメリカ人のご主人に、日本のお花見を味わってもらおうと、英語が話せる次男夫婦と孫とともに、わが家の近所の公園にお誘いしたことがありましたが、とても喜んでくださいました。  「東京かあさん」の仕事は自分で時間の調整ができるので、趣味にもたっぷり時間が使える点も魅力です。私は下手の横好きで、いろいろなことにチャレンジしています。健康に関することでは、毎朝近くの公園でラジオ体操に参加しています。体操の後はおしゃべりを楽しみながらのウォーキングです。新しい土地でも親しい仲間が増えました。この土地にしっかり根ざし、小さなことでもいいから地域に貢献したいと思います。また、ちょっと恥ずかしいのですが、筋トレやヨガも楽しんでいます。「東京かあさん」の最高齢者は85歳の料理のサポーターだそうですから、私も健康に気をつけて後に続きたいと思います。変わったところでは″パーチメント≠ニいうペーパーアートや己書(おのれしょ)≠ニいう書道にもチャレンジしています。  急逝した夫は旅行好きで、日本列島はくまなく2人で回りました。2人で行った土地をもう一度訪ねたいと思っていますが、もう少し時間がかかりそうです。この先も、夫の分まで明るく前向きにこの人生を謳歌(おうか)したいと思います。 【P40-43】 多様な人材を活かす心理的安全性の高い職場づくり  高齢者をはじめとする多様な人材の活躍をうながすうえで大切な「心理的安全性」について、株式会社ZENTechの原田将嗣さん、石井遼介さんに解説していただきます。  心理的安全性は、「これをやっていれば間違いない」という画期的な方法によってつくられるものではありません。普段の一つひとつの行動を積み重ねて、心理的安全性の高いチームをつくりましょう。 株式会社ZENTech(ゼンテク) シニアコンサルタント 原田(はらだ)将嗣(まさし)(著) 代表取締役 石井(いしい)遼介(りょうすけ)(監修) 第3回 心理的安全性を高めるのは、一つひとつの行動の積重ねから 1 いまのチームの心理的安全性は過去の「行動」の積重ねでつくられている  心理的安全性とは「組織やチームのなかで、だれもが率直に、思ったことを言い合える状態」をいいます。「話しやすさ」、「助け合い」、「挑戦」、「新奇歓迎」の4つの因子を高めることでチームに心理的安全性を醸成することができるのです。  「ミスの報告がしにくい」、「わからないことでも聞きづらい」、「新しいアイデアを言いにくい」、「自分の強みや個性が発揮しにくい」。このような状態は心理的安全性が低い状態です。このチームの状態は、いつから始まったのでしょうか。昨日から急に変わった、ということはないはずです。  いまのチームの状態は、これまでのチームでの歴史の積重ねによってつくられています(図表1)。  ミスの報告に対して叱る、怒鳴るという反応をリーダーやベテランが頻繁にしてきた結果、そのチームでは「ミスをしたら怒鳴られるので、言いにくい」という状態になってしまいます。また新しいアイデアに対しても「前例はあるの?」、「それはうちではむずかしいね」などの否定的な反応がくり返されると、新しいアイデアは言いにくくなるのです。  メンバー一人ひとりがとった行動に対して、リーダーやほかのメンバーがしてきたリアクション(反応)の一つひとつが、いまのチームの状態をつくっています。職場によっては、だれも反応してくれないので、朝の「おはようございます」という挨拶にすら抵抗感がある職場もあるかもしれません。  このように、日々のメンバー同士の発言や行動、リーダーの反応などを見ながら、チームのなかで学習してしまっているのです。 2 一つひとつの「行動」の積重ねからチームの心理的安全性がつくられる  いまという時代は、以前に比べてチームで働く人たちが多様になりました。性別や国籍、育児や介護などの家庭環境、高齢者の雇用など、一人ひとりの持つ多様性をチームの力に変えていくために、より心理的安全性の高い状態にすることが求められています。  心理的安全性の高いチームを目ざすうえでの注意点は「心理的安全性をつくれ」などと指示をしても、一朝一夕には変わることはない、ということです。これは前述の通り、いまの「心理的安全性が低い」状態は、過去の歴史の積重ねによってつくられているからです。  よりよい状態に変えていくためには、一人ひとりのよい行動を積み重ねていくことが大切です。では、どうすれば「行動変容」は起こせるのでしょうか。 3 チーム運営に役立つ行動分析のフレームワーク  行動分析学という学問分野で使われる「きっかけ↓行動↓みかえり」フレームワークをご紹介します。行動変容に役立つフレームワークで、図表2のように、三つの箱を使って、何が人々の行動をもたらすのか、分析をすることができます。  例えば「同僚に『近くに新しいレストランができたから行ってみようよ』とランチに誘われる」という【きっかけ】があって、ランチに行ってご飯を食べるという【行動】が起きます。そして行動の後の「安くて美味しかった!」という【みかえり】が【Happyなみかえり】であれば、そのレストランをリピートするというように行動が増え、一方で、美味しくない・高いのに不愉快な接客など【Unhappyなみかえり】であれば、二度とそのレストランには行かないでしょう。  このように、人々は【きっかけ】をもとに行動をとり、そして自分がとった行動に対して、その直後に【Happyなみかえり】があると次にまた同じ行動をとる確率が上がり、【Unhappyなみかえり】があると、次にまた同じ行動をとる確率が下がるのです。  レストランの例を聞くとあたり前のことのように感じるかもしれませんが、あなたがリーダーの立場で、メンバーから「トラブルの報告」を聞いたら、どう反応しているでしょうか。「なんでこんなになるまで報告しなかったんだ!」と部下を叱る、といった方も少なくないでしょう。  その際、これ以上くり返しトラブルが起きることを避けるために、叱責は重要だと感じている人も多いのではないでしょうか。  しかし、図表3のように「報告するメンバー」の立場で行動分析のフレームワークにあてはめて考えてみると、「報告する」という行動の直後に「叱責される」という【Unhappyなみかえり】があるわけですから、次にトラブルがあったときの「リーダーへの報告」が減ってしまうのです。リーダーは、ミスそのものを減らしたくて、ともすると心を鬼にして、厳しく叱っているのかもしれませんが、行動分析の考え方では、ミスそのものを減らす効果は小さく、報告を減らす効果が大きいと考えます。  心理的安全性の低い、罰や不安が多く与えられる職場では、メンバーの多くの行動に【Unhappyなみかえり】が返されています。それが原因で、メンバーは行動を減らしてしまい、成果も出にくくなってしまうのです。つまり「怒られない範囲で指示されたことをやろう」、「余計なことはしないようにしよう」と、後ろ向きな努力に向かわせてしまうのが心理的「非」安全なマネジメントなのです。  トラブルそのものは、望ましくないものかもしれません。しかし、もし起きてしまったのであれば、「早急に、漏れなく報告される」ことは、「報告がない、あるいは遅い状態」よりは望ましいことのはずです。行動分析を知っておけば、増やしたい行動・本来望ましい行動にUnhappyな罰を与えて、減らしてしまうことを避けることができます。行動の質や結果ではなく、行動そのものの量を増やしたいかどうかを見分けることが重要ということです。  「言いにくいことだったと思うけど、いち早く報告してくれてありがとう」という言葉は、まさに発言の内容自体は「深刻なトラブル」であったとしても、「話してくれる」という望ましい行動に感謝を伝え、少しでもHappyなみかえりを伝えようとする言葉です。  前回の連載(第2回)でお伝えした「言葉がけ」、そのなかの「きっかけ言葉」、「おかえし言葉」は、まさにこの行動分析のフレームワークに則った心理的安全性の高いチームをつくるための具体的な手段なのです(図表4)。  重要なことは「きっかけ言葉」で行動をうながすだけではなく、メンバーが行動をした後、「おかえし言葉」までをセットで伝え、望ましい行動を増やしてもらうことです。このときの「おかえし言葉」はみかえりとして、行動をとった本人がたしかに実感できるHappyであることが重要です。  ですから「ありがとう」とただ伝えるだけではなく、あなたが何についてありがたいと感じたのか、「〜してくれてありがとう」と、理由をつけて感謝を伝えることが、相手の次の行動を生み出す秘訣です。  ほかにも、日常的に枕詞のようにあたり前に使っている言葉が、悪いきっかけとして作用しうる、という例をご紹介します。  「自分は嘱託社員だから…」という言葉が浮かんでしまうと、遠慮してしまうことがあります。これは、この言葉が悪い「きっかけ」となって「気がついた改善点を言う」という行動を減らしている、といえます。  また、「あの人は再雇用だから…」という言葉が浮かぶと、負荷をかけ過ぎないようにと気遣いが生まれます。チーム全体で考えたらその人にお願いしたい仕事でも、依頼ができなくなってしまいます。気遣いは決して悪いことではありませんが、過度になると本人は言われれば自然と引き受けていたかもしれない仕事でも、依頼されなくなるわけですから、実際にやらなくなってしまいます。これも「あの人は再雇用だから…」という言葉が悪い「きっかけ」となって「できるかどうか確認する」、「依頼をする」という行動を減らしているといえます。  このように、日常的に使っている言葉を一度ふりかえってみると、すぐに変えることができる【きっかけ・みかえり】が見つかることがあります。あなたの言動が、相手の望ましい行動を引き出し、またその行動をリピートさせる言動になっているかどうかを、この機会にふりかえってみましょう。  特にリーダーにおすすめしたい「きっかけ」づくりのヒントがあります。それは、再雇用や嘱託の方にかぎらず、メンバー一人ひとりに「相手に期待すること」を明確に伝えることです。特にベテランのメンバーには「いま現在何を期待しているのか」をあらためて伝えてみてください。本人が思っている「期待されていること」とリーダーが考えている「期待していること」にずれがあるかもしれません。ベテランメンバーは知識や経験が豊富でできることが多いので、どの能力を活かすことを期待されているのかが、明確になっていたほうが本人は迷いなく力を発揮することができます。期待に応えて行動してくれた際は、先述の「理由をつけて感謝を伝える」も、ぜひセットで実践してみてください。 4 まとめ  チームの状態を変えていくためにはあなたを含むメンバー一人ひとりの日々の行動の積重ねが重要です。行動変容のために「きっかけ→行動→みかえり」の行動分析のフレームワークが役立ちます。  ここまで読んでいただき、お気づきになっているかもしれませんが、あなたの言動が相手にとっては、行動を起こす【きっかけ】や、行動をリピートするかどうかを左右する【みかえり】になっていることが多々あります。「手伝ってくれない相手が悪い」のではなく、自分は相手が手伝いたいと思える適切な【きっかけ】や、相手が手伝ってくれたときに「次回もぜひ手伝いたい!」と思える【みかえり】を届けられているのか、という視点をぜひ持っていただきたいのです。  もちろん逆に相手の言動があなたにとっての【きっかけ】や【みかえり】となって、あなたの行動に作用していることもあります。仕事を進めるうえでお互い望ましい【きっかけ】や【みかえり】を提供し合えると、チームがより機能的になっていくのではないでしょうか。  あなたが新たに用意できる【きっかけ】には何がありますか。また行動した人にとってHappyに感じる【みかえり】として何ができそうでしょうか。行動分析のフレームワークを活用し、心理的安全性を高めるために必要な「チームにとって望ましい行動」を増やしていきましょう。 図表1 過去の行動の積重ねでつくられる心理的安全性 これまでの一つひとつの積重ね 資料提供:株式会社ZENTech 図表2 行動分析のフレームワーク きっかけ その人が行動を起こす 状況・文脈 行動 その人が自分からとれるアクション みかえり 行動した後の結果がHappyかどうか 次回、同じ行動をとる確率が変わる 出典:『心理的安全性をつくる言葉55』(飛鳥新社) 図表3 【Unhappyなみかえり】がもたらす行動変容 きっかけ ミス・トラブルが発覚! 行動 上司にいち早く報告! 確率Down みかえり めちゃくちゃ怒られる… Unhappy 次回、同じ行動をとる確率が減るつまり、ミス・トラブルを報告しなくなる 出典:『心理的安全性をつくる言葉55』(飛鳥新社) 図表4 【Happyなみかえり】がもたらす行動変容 きっかけ きっかけ言葉 行動 メンバーの望ましい行動 確率Up みかえり おかえし言葉 Happy 次回も、また望ましい行動をとるぞ! 出典:『心理的安全性をつくる言葉55』(飛鳥新社) 【P44-47】 知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第68回 未払残業代と代表取締役の責任、高齢者採用と退職金 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 未払残業代を取締役個人に対して請求された  退職した従業員から未払残業代を請求されたのですが、会社だけではなく、取締役個人にまで請求されています。このような請求が認められることがあるのでしょうか。 A  未払残業代の発生が、取締役の故意または重大な過失による場合には、個人も連帯して責任を負担することがあります。 1 取締役個人に対する請求の根拠  会社と取締役(代表取締役も含みます)は、法的に別人格であり、権利や義務も区別されることになります。そのこと自体が、会社を設立して経済活動を行うことの意味であり、これが区別されないままだと、会社名義で経済活動を積極的に行うことが阻害されてしまうでしょう。  労働基準法に関しても、労働者との間でこの法律を遵守しなければならないのは使用者である会社であり、取締役個人ではありません。ただし、取締役は、会社法に基づき善管注意義務および忠実義務を負担しているといわれており、会社の利益を追求するにあたり、法令に違反しない方法を選択するようにしなければなりません。取締役自身が法令を遵守することに加えて、自身以外の取締役が法令を遵守するよう監視する義務もあり、また、従業員らに法令を遵守させなければ会社の法令遵守は実現できないことから、会社の体制として法令を遵守することを目的とした仕組みをつくることも必要になります。  要するに、取締役は会社に法令を守らせるという任務をになっているということであり、このような任務を懈怠(けたい)することは許されていません。会社法第429条第1項は、「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う」と定めることで、取締役の任務懈怠により取引先などの第三者へ生じさせた損害について、取締役個人が賠償する責任を負担しなければならない旨が定められています。ここでいう第三者の範囲については広く認められており、労働者であっても、賠償請求が可能な第三者には該当すると考えられています。  今回の相談では、未払残業代を生じさせることが任務懈怠といえるのか、どのような場合に取締役の悪意または重大な過失と評価されるのかという点が問題となります。 2 未払残業代と任務懈怠に関する裁判例  管理監督者に該当するものとして、残業代の支払いを受けてこなかった労働者が、会社が解散してしまったこともあり、代表取締役個人に対して未払残業代相当額を請求した事件があります(名古屋高裁金沢支部令和5年2月22日判決)。  当該事案においては、管理監督者に該当するという前提で残業代を支払っていなかったことが、任務懈怠といえるのかという点がまず問題となります。  裁判例では、管理監督者に該当するか否かについては、@経営者との一体性、A労働時間の裁量、B賃金等の待遇などから判断するものとされました。そして、@については営業会議への参加および同会議において提案していたことをもって一定程度の影響力を有しているとされたものの、雇用の決定にまでは関与してなかったとされ、A労働時間の裁量についても、就任前後のいずれもシフトに基づき就労し、また、就任後の方が労働時間は増加しており裁量を与えられていたとはいい難く、労働時間を自己申告にしたとしても裁量があったとは認められず、B従前受けていた残業代の支給を受けられなくなってもふさわしい待遇といえるかという観点からしても3000円程度しか差が出ていない待遇差はふさわしい待遇とはいえないとされ、管理監督者性が否定されました。  管理監督者性については、経営者との一体性という観点から評価されるため、その要件は厳しく、裁判例でも肯定されることは多くありません。このような場合に、代表取締役個人が責任を負担することになるのでしょうか。  管理監督者ではない労働者に対して残業代を支給していない状態は、労働基準法第37条に違反するものであり、取締役としての任務懈怠に該当するという点は反論の余地はないでしょう。残された問題は、代表取締役に故意または重過失があったか否かという点です。  この事件の代表取締役は、社会保険労務士に相談をしたところ、管理監督者にすれば残業代を支払う必要はないが給料も上げなければならないという助言を受け、その要件の詳細の説明を受けることはなく、管理監督者にふさわしいか否かの相談をせずに、残業代の支払義務を免れるために管理監督者の制度を利用していました。このような事情から、管理監督者として扱ったことに重大な過失があると評価されています。  なお、裁判所は、管理監督者該当性の判断基準へのあてはめを誤ったことがただちに重過失とされるものではないとしつつも、判断基準にあてはめることもなく、残業代を支払わない方法として管理監督者の制度を利用したという点を重視して、重過失を肯定しました。  管理監督者という制度が、残業代を支払わないでよいものとして悪用され、「名ばかり管理職」などと呼ばれる現象が生じていることに警鐘を鳴らす判決であるといえるでしょう。  ちなみに、この裁判例では、単に労働時間の計算ミスなどにより、取締役が把握することができない状況で未払残業代が発生したとしても、それがただちに取締役の故意または重過失による損害とはならないことも判断しており、制度の悪用ともいえる範囲で責任を肯定していますので、その影響は限定的ともいえます。何か法令違反があればただちに取締役個人が責任を負担するわけではありません。  しかしながら、法令違反の状態を知りながら長期間放置するような事態になれば、重過失が肯定される可能性は高まっていくことにつながるでしょうし、過去には過労死を生じさせるほどの長時間労働が生じていた企業について、長時間労働の状況が取締役らにより容易に把握可能な状況であったにもかかわらず、これを防止する措置がとられなかったことなどもふまえて、取締役らの個人の責任を肯定した裁判例(大阪高裁平成23年5月25日判決、上告棄却及び不受理にて確定)もあるため、労働関連法令の違反については、会社全体で適法性を確保できる体制づくりを維持することも重要です。 Q2 定年を超えた年齢の人材を採用した場合の退職金の取扱いが知りたい  求人をしていたところ、定年となる年齢を超えた人材から応募がありました。定年後の再雇用もしていることから年齢的には採用可能と考えていますが、留意すべき事項はありますか。 A  退職金制度について、自社で定年を迎えた労働者以外も除外するような内容となっているか、確認しておくことが適切です。 1 高齢者を採用するときの留意事項  自社で定年を迎えた労働者であれば、定年後の継続雇用制度の対象となるため、退職事由や解雇事由がないかぎりは、継続雇用を希望する労働者との労働契約を終了させることはできません。  他方で、高年齢者雇用安定法が定める継続雇用制度の対象者は、自社において雇用する労働者にかぎられるため、他社で定年を迎えた者まで、継続雇用制度の対象として希望されたら雇用しなければならないというわけではありません。  したがって、定年を超えた年齢の労働者から応募があったとしても、通常どおり書類選考や面接の対象としたうえで、採否を決定すればよいということになります。継続雇用の対象も当然増えていると思いますが、他方で、人口全体の高齢化が進んでいる状況ですので、定年を迎えた会社以外で働くことを希望する高齢者や65歳以降は別の会社で雇用されるようになるといった状況はこれからも増えていく可能性があります。  定年を迎えた労働者を継続雇用の対象としている場合に、継続雇用対象者用の就業規則や退職金規程を設けていることがあります。特に退職金については、定年時に支給をしている前提ですので、退職金は支給しない旨を明記していることが一般的でしょう。  ところで、継続雇用対象者用の就業規則や退職金規程において、対象労働者の定義をどのように定めているでしょうか。例えば、「会社を定年退職し、継続雇用の対象となった労働者」といった定義にしている場合、ここでいう「会社」は就業規則上自社のことをさすと定義されているでしょうから、定年を超えた年齢で採用した労働者は「会社を定年退職」したわけではないため、この継続雇用対象者用の就業規則の対象とならない可能性があり、その場合に、正社員の就業規則などが適用される可能性があります。 2 退職金制度に関する裁判例  定年年齢を超えた労働者を雇用したところ、当該労働者に退職金の支給を定めた規定が適用されるか否か、退職金を請求することができるか争いになった事件(大阪高裁平成9年10月30日判決)があります。  この事件において、会社は、退職金について、「従業員が退職したときは退職金を支給する。但し、勤続年数が3年未満の者には支給しない」という内容と、計算方法として「基本給×勤続年数÷2」を就業規則に定めていました。  事件の当事者となった労働者は、勤続年数が3年を超えていたことから、退職金の請求が可能であるとして、退職金を会社に対して請求しました。会社としては、通常であれば定年時に退職金を支給しており、定年を超えて採用された労働者は退職金の対象とならないと反論しました。  裁判所は、「被控訴人(筆者注:会社)が平成六年一二月一五日付で制定し労働基準監督署に届け出た本件就業規則は、規定の上で、適用対象を正社員に限定しておらず、高齢者を適用対象とする就業規則が別に制定されていたものではなく、又、被控訴人がそれ以前に制定し労働基準監督署に届け出ないまま事実上使用していた旧就業規則でも、規定の上で、適用対象を正社員に限定せず、高齢者を適用対象とする就業規則が別に制定されていたものでもなかった」ことを理由に、高齢者を区別していなかった以上は、定年を超えて採用された労働者であっても就業規則の適用を受けると判断しました。さらに、「就業規則には高齢者に退職金を支給しないという明文の定めがなく、勤続三年未満の者には退職金を支給しないとの定め以外の適用排除規定が見当たらず、退職金は基本給と勤続年数を基礎にして算出される定めとなっており、控訴人についても右定めによって退職金を計算することが可能であること」や定年年齢を超えた採用であったことから「退職後の支給であるため年金を受給しつつ労働を続けるために賃金や諸手当を低額に抑えるという要請を受けないこと」などから、退職金の規定を適用できないと解すべき根拠がないと判断されています。  結果として、60歳の定年年齢を超えてから採用した従業員に対して、退職までの勤続年数約7年に相当する退職金を支給するように命じられるという結論になりました。  このような事例は特殊であるように思われるかもしれませんが、そうともいいきれません。自社の就業規則について、定年後再雇用者はどのような定義になっているか確認しておくべきでしょう。嘱託社員などと呼ばれることも多いですが、その定義は、「会社を定年退職し、継続雇用の対象となった労働者」などとされているのではないでしょうか。このような定義で適用範囲を定めていた場合に裁判例のロジックにしたがえば、嘱託社員用の就業規則や賃金規程では退職金を支給しない旨定めているとしても、自社を定年退職することなく採用した従業員は嘱託社員就業規則および賃金規程の適用を受けるものではなく、正社員の就業規則の適用を受ける可能性があります。  そうなると、裁判例が述べている通り、退職金の支給を受けたわけでもなければ、賃金や諸手当を低額に抑える要請を受けるものではないという点も共通することになりますので、退職金を支給する対象になり、想定外の状況になりそうです。  このような事態を避けるためには、嘱託社員就業規則が適用される範囲について、自社を定年退職した従業員だけではなく、定年年齢を超えて雇用された労働者も対象にしたうえで、退職金の支給がない旨を明記しておくといった対応をしておく必要がありそうです。 【P48-49】 “生涯現役”を支えるお仕事 第2回 「生涯現役」実現へ、企業の健康経営の取組みをサポート ウェルネスドア合同会社 代表 狩野(かりの)学(まなぶ)さん 看護師・ヨガトレーナー 水野(みずの)英美(えみ)さん  人生100年時代を迎え、多くの高齢者が長く働き続けることができるのは、高齢者の生涯現役を支えている人たちの活躍があるからともいえます。このコーナーでは、さまざまな分野や場面で働く高齢者、そして“生涯現役社会”を支えるお仕事をしている人々をご紹介します。  少子高齢化で働き手の不足が深刻化するなか、企業が経営的視点から従業員の健康管理を進める、「健康経営○R」※に注目が集まっています。今回は、健康経営に関するコンサルティング事業を展開するウェルネスドア合同会社代表の狩野学さん、同社専門スタッフとして活動する看護師でヨガトレーナーの水野英美さんに、健康増進や健康意識向上など、「生涯現役の実現」のカギとなる企業の取組みについて、お話をうかがいました。 健康教育は早い段階から企業の課題に応じたカリキュラムを作成 ―ウェルネスドア合同会社は、2019(令和元)年に法人化されていますが、狩野さんが起業された経緯、現在のおもな事業内容について教えてください。 狩野 当社創業の経緯としては、約15年前、私自身が20歳のときに、パーソナルトレーナーとして、一般の方やアスリートの健康管理、健康増進のための指導を始めたのが最初になります。その後、健康経営を推進する大企業、中小企業を認定する経済産業省の「健康経営優良法人認定制度」がスタート。企業での健康管理研修などのニーズが高まったことから、企業向けのサービスを開始し、法人化しました。  いまは、企業の健康管理室や健康保険組合とタッグを組み、健康増進に関するさまざまな研修や運動実技の企画、サービス制作をオンラインを含めて展開しています。 ―お仕事はどのような形で進めていらっしゃいますか。 狩野 私は、お客さまのオファーを受け、企画を作成して提案する作業を一日中しています。それぞれの企業の従業員の年齢や性別構成、健康診断の結果などに応じて、「うちの従業員には、こういう施策が必要」といったリクエストがあるので、その課題に応じたカリキュラムを作成し、必要な人材をキャスティングしています。 ―ウェルネスドア合同会社では、スポーツインストラクター、医師など健康分野の専門家計100人以上が専門スタッフとして登録。水野さんもその1人として活動されていますが、仕事内容を教えてください。 水野 私はずっと看護師ひとすじで働いてきましたが、いまはヨガインストラクターとパーソナルトレーナーを軸に仕事をしています。当社では、オンラインフィットネスなどを担当しています。肩こりや腰痛、膝の痛みや加齢によって出てくる症状などは、体の使い方によって予防・改善ができますので、そういったこともお伝えしたいと思っています。  そのほか、看護師としての知識を活かし、禁煙や禁酒、更年期障害についてなど、健康系のセミナーにもたずさわっています。 ―企業からのリクエストは、どのような内容が多いですか。 狩野 「生涯現役」というキーワードでのリクエストは非常に多いですね。生涯現役で働くためには、40代、50代ぐらいから健康教育を積極的に取り入れることが必要です。高齢になっても健康を維持できるよう、早い段階から取組みを進めようとするのが、企業や健康保険組合の基本姿勢です。会社によっては、毎年35歳の従業員に対し、健康管理研修などを行っているケースもあります。  やはりヘルスリテラシーが高い人と低い人とでは、生活習慣も日常の食品の選び方も、睡眠に対する意識も違います。従業員の健康習慣を変革し、高いパフォーマンスを保って、生涯現役で働いてもらおうとする意識が高まっているようです。 就業時間内で運動を!企業の取組みが日本の健康レベルを上げる ―高齢者が長く働いていくためには、「健康」がカギになるということですね。 狩野 高齢者の再雇用について見ると、パートタイムの肉体労働が多いという印象があります。関連会社やグループ会社がある大手であれば、高齢者に適した仕事を用意できるかもしれません。しかし地方の中小企業などでは、新しい労働力を集めるのがむずかしく、65歳以上の人でも、若手と同じ労働現場で働き続けることを期待されるケースも多くなります。  そういう状況のなか、自分の健康状態をいかに維持していくことができるか。それが生涯現役で働き続けるための重要なテーマになりますね。企業側、労働者側双方に健康に対する共通認識を持ってもらうため、橋渡しをするのが私たちの仕事で、そこに意義を感じています。 ―健康状態を維持していくため、オンラインフィットネスなどの効果について教えてください。 水野 スポット的ではなく定期的に、例えば週1回といった形で、オンラインフィットネスを行う場合だと、参加者の変化がとてもよくわかります。はじめのうちは、画面に自分を映さないようにしていた人が、積極的に手をふってくれたり、明らかに元気になって、表情が豊かになってきたり。運動することによって、表情や体の可動域、そして日常生活自体も変わっていくことに、喜びを感じます。ぜひ、もっとやってほしいという感覚があります。 ―企業の健康経営が、生涯現役社会の実現に果たす役割について、考えをお聞かせください。 狩野 自分がパーソナルトレーナーをしていたとき、お客さまとして来るのは基本的に健康意識の高い人たちで、本来一番かかわらなければならない「健康に無関心な人たち」へサービスが届かないことに、問題意識を感じていました。ヘルスリテラシーを高め、日本全体の健康レベルを高めていくためには、多くの人が所属する「企業」というコミュニティに情報発信することが必須だと強く感じています。  健康、運動に対する優先度の低い人は、自分ではなかなか取り組まないので、就業時間内に短い時間でも、健康体操などを導入し、文化として根づかせることが必要です。企業の経営者や担当者には、生涯現役の人を増やすための大事なコミュニティを運営されているという意識を持って、健康増進の施策を取り入れていただきたいですね。(取材・沼野容子) ※「健康経営○R」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。 写真のキャプション ウェルネスドア合同会社代表の狩野学さん(写真提供:ウェルネスドア合同会社) 看護師・ヨガトレーナーの水野英美さん(写真提供:ウェルネスドア合同会社) 【P50-51】 いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第42回 「最低賃金」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。 毎年10月は最低賃金の改定に注意  秋になると最低賃金に関する話題が報道されたり、駅などで周知ポスターを見かけることが多いかと思いますが、これは毎年10月1日〜中旬にかけて地域別の最低賃金が改定されることに起因しています。  最低賃金は、最低賃金法に基づき国が賃金の最低限度を定め、使用者はその金額以上の賃金を支払わなければならない制度です。2023(令和5)年時点では、時間額(時給)で定められています。最低賃金法の第一条には目的として次のように記載されています。  「この法律は、賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。」  傍線部分が目的に関するキーワードですが、低廉な労働者に該当しない賃金全般の引上げも目的に含まれるといわれています。  この目的に沿って、最低賃金には二つの種類が設けられています。 @地域別最低賃金…産業や職種にかかわりなく、都道府県内の事業所で働くすべての労働者とその使用者に対して適用されるもの。各都道府県別に定められている。毎年改定される。 A特定最低賃金…「地域別最低賃金」よりも金額水準の高い最低賃金を定めることが必要と認める特定の産業について設定された最低賃金。毎年は改定されない。  @とAの関係性ですが、両者を比較してみて高い方を適用する必要があります。例えば、2023年10月時点では、@東京1113円に対して、A東京・鉄鋼業871円のため、@1113円を適用することになります。Aはあまり意識されていないかもしれませんが、自社が特定産業に属するか否かをチェックする必要があります。 最低賃金の確認は必ず行う  最低賃金の改定時期は10月ですが、毎年8月〜9月の時点には改定額が各都道府県で発表されるため、そのあたりから自社の賃金が改定後の最低賃金を下回らないか確認を行い、必要に応じて賃金を見直す必要があります。最低賃金を下回るとその賃金は最低賃金法により無効となり、最低賃金額と同額の定めをしたものとして扱われます。また、最低賃金までの差額の支払い、50万円以下の罰金が求められます※1。このほか、労働者のモチベーション低下や流出、採用難などを引き起こしかねません。  確認を行うにあたり、ここでは必ず押さえるべき基本的な点についてみていきます。 ・適用範囲…すべての労働者。正社員・パート・アルバイト・嘱託等の雇用形態や呼称にかかわらず適用※2 ・適用都道府県…労働者が実際に働いている事業場がある都道府県。派遣労働者の場合は派遣先の都道府県 ・対象となる賃金…毎月支払われる基本的な賃金。ただし、「臨時の賃金(結婚手当等)」、「賞与等」、「時間外勤務手当」、「休日出勤手当」、「深夜勤務手当」、「精皆勤手当・通勤手当・家族手当」は除外 ・確認方法…自社の全労働者の時間額(時給)が最低賃金未満とならないかを確認。日給制の場合は1日の所定労働時間、月給制の場合は月平均所定労働時間で割って時間額を算出したうえで比較 ・賃金見直し方法…最低賃金未満の労働者の時間額を最低賃金以上に設定。ほかの労働者もあわせて引き上げる必要があるかを検討  最低賃金は時間給で定められているため、月給処遇者の確認を疎(おろそ)かにしがちです。特に、一定期間昇給をしていない正社員や、定年前よりも一定程度給与を引き下げられた再雇用者については、時間給を算定してみると最低賃金未満であるケースが実際にみられたりしますので、注意が必要です。  詳しくは、厚生労働省のWEBサイト※3にわかりやすく網羅的にまとめられているので、参照してみてください。地域別最低賃金と特定最低賃金の一覧もこちらに掲載されています。 今後も最低賃金は上昇し続ける  2023年10月の改定では、全国加重平均額が1004円となり初めて1000円を超えたと話題になりました。また、図表の通り最低賃金は毎年右肩上がりで、前年に対する上昇額もここ10年は20円〜30円程度で推移していたものが、本年は43円の上昇額でした※4。地域別最低賃金は、地域における労働者の生計費や賃金、通常の事業の賃金支払い能力を考慮して、最低賃金審議会の議論・答申に基づき決定されますが、その議事録をみると、近年の物価の上昇や景況感、賃金上昇における国際比較や人手不足などの社会的な課題などを含めて議論がされています。これらの課題が今後も大きく変わる想定がしにくい点や、岸田首相が2023年8月に開催された「新しい資本主義実現会議」で2030年代半ばまでに全国加重平均で1500円を目ざす≠ニ明言している点などを考慮すると、今後も同等以上の上昇額で上昇することが容易に想定されます。  企業側の立場になると、最低賃金の大幅上昇は経営に影響を与えるものではありますが、今後も避けて通れないことはほぼ確実なため、対応し続けることができる経営基盤づくりが求められることになります。  次回は、「タレントマネジメント」について解説します。 ※1 特定最低賃金を下回る場合は、労働基準法により30万円以下の罰金 ※2 精神または身体の障害により著しく労働能力の低い方など、使用者が都道府県労働局長の許可を得ることを条件に、特例が認められる場合がある ※3 https://pc.saiteichingin.info/point/page_point_what.html ※4 2020年は、新型コロナウイルス感染症による景況の悪化などを背景に、全国加重平均は1円上昇 図表 最低賃金(地域別最低賃金 全国加重平均額・時間額 2013年〜2023年) 全国加重平均額 上昇率% 2013年 764円 2014年 780円 2015年 798円 2016年 823円 2017年 848円 2018年 874円 2019年 901円 2020年 902円 2021年 930円 2022年 961円 2023年 1,004円 ※厚生労働省「平成14年度から令和5年度までの地域別最低賃金改定状況」を基に筆者作成 【P52-53】 令和6年度 高年齢者活躍企業コンテスト  高年齢者活躍企業コンテストでは、高年齢者が長い職業人生の中でつちかってきた知識や経験を職場等で有効に活かすため、企業等が行った創意工夫の事例を広く募集・収集し、優秀事例について表彰を行っています。  優秀企業等の改善事例と実際に働く高年齢者の働き方を社会に広く周知することにより、企業等における雇用・就業機会の確保等の環境整備を図り、生涯現役社会の実現に向けた気運を醸成することを目的としています。  高年齢者がいきいきと働くことができる創意工夫の事例について多数のご応募をお待ちしています。 T 応募内容 募集する創意工夫の事例の具体的な例示として、以下の取組内容を参考にしてください。 取組内容 内容(例示) 高年齢者の活躍のための制度面の改善 @定年制の廃止、定年年齢の延長、65歳を超える継続雇用制度(特殊関係事業主に加え、他の事業主によるものを含む)の導入 A創業支援等措置(70歳以上までの業務委託・社会貢献)の導入(※1) B賃金制度の見直し C人事評価制度の導入や見直し D多様な勤務形態、短時間勤務制度の導入  等 高年齢者の意欲・能力の維持向上のための取組 @高年齢者のモチベーション向上に向けた取組や高年齢者の役割等の明確化 (役割・仕事・責任の明確化) A高年齢者が活躍できる職場風土の改善、従業員の意識改革、職場コミュニケーションの推進 B高年齢者による技術・技能継承の仕組み (技術指導者の選任、マイスター制度、技術・技能のマニュアル化、若手社員や外国人技能実習生、障害者等とのペア就労や高年齢者によるメンター制度等、高年齢者の効果的な活用等) C中高年齢者を対象とした教育訓練、キャリア形成支援(高年齢者の前段階からのキャリア形成支援を含む)の実施(キャリアアップセミナーの開催) D高年齢者が働きやすい支援の仕組み (職場のIT化へのフォロー、力仕事・危険業務からの業務転換) E新職場の創設・職務の開発  等 高年齢者が働き続けられるための作業環境の改善、健康管理、安全衛生、福利厚生の取組 @作業環境の改善 (高年齢者向け設備の改善、作業姿勢の改善、配置・配属の配慮、創業支援等措置対象者への作業機器の貸出) A従業員の高齢化に伴う健康管理・メンタルヘルス対策の強化 (健康管理体制の整備、健康管理上の工夫・配慮) B従業員の高齢化に伴う安全衛生の取組(体力づくり、安全衛生教育、事故防止対策) C福利厚生の充実(休憩室の設置、レクリエーション活動、生涯生活設計の相談体制)  等 ※1「創業支援等措置」とは、以下の@・Aを指します。 @70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入 A70歳まで継続的に、「a.事業主が自ら実施する社会貢献事業」または「b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業」に従事できる制度の導入 U 応募方 1.応募書類等 イ.指定の応募様式に記入していただき、写真・図・イラスト等、改善等の内容を具体的に示す参考資料を添付してください。また、定年制度、継続雇用制度及び創業支援等措置並びに退職事由及び解雇事由について定めている就業規則等の該当箇所の写しを添付してください(該当箇所に、引用されている他の条文がある場合は、その条文の写しも併せて添付してください)。なお、必要に応じて当機構から追加書類の提出依頼を行うことがあります。 ロ.応募様式は、当機構の各都道府県支部高齢・障害者業務課(※2)にて、紙媒体または電子媒体により配付します。また、当機構のホームページ(※3)からも入手できます。 ハ.応募書類等は返却いたしません。 ニ.提出された応募書類の内容に係る著作権及び使用権は、厚生労働省及び当機構に帰属することとします。 2.応募締切日 令和6年2月29日(木)当日消印有効 3.応募先 各都道府県支部高齢・障害者業務課(※2)へ郵送(当日消印有効) または連絡のうえ電子データにて提出してください。 ホームページはこちら ※2 応募先は本誌65 ページをご参照ください。 ※3 URL:https://www.jeed.go.jp/elderly/activity/activity02.html V 応募資格 1.原則として、企業からの応募とします。グループ企業単位での応募は不可とします。 2.応募時点において、次の労働関係法令に関し重大な違反がないこととします。 (1)令和3年4月1日〜令和5年9月30日の間に、労働基準関係法令違反の疑いで送検され、公表されていないこと。 (2)「違法な長時間労働や過労死等が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長等による指導の実施及び企業名の公表について」(平成29年1月20日付け基発0120第1号)及び「裁量労働制の不適正な運用が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長による指導の実施及び企業名の公表について」(平成31年1月25日付け基発0125第1号)に基づき公表されていないこと。 (3)令和5年4月以降、職業安定法、労働者派遣法、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法、パートタイム・有期雇用労働法に基づく勧告又は改善命令等の行政処分等を受けていないこと。 (4)令和5年度の障害者雇用状況報告書において、法定雇用率を達成していること。 (5)令和5年4月以降、労働保険料の未納がないこと。 3.高年齢者が65歳以上になっても働ける制度等を導入(※4)し、高年齢者が持つ知識や経験を十分に活かして、いきいきと働くことができる職場環境となる創意工夫がなされていることとします。 ※4 平成24年改正の高年齢者雇用安定法の経過措置として継続雇用制度の対象者の基準を設けている場合は、当コンテストの趣旨に鑑み、対象外とさせていただきます。 4.応募時点前の各応募企業等における事業年度において、平均した1月あたりの時間外労働時間が60時間以上である労働者がいないこととします。 W 審査  学識経験者等から構成される審査委員会を設置し、審査します。  なお、応募を行った企業等または取組等の内容について、労働関係法令上または社会通念上、事例の普及及び表彰にふさわしくないと判断される問題(厚生労働大臣が定める「高年齢者就業確保措置の実施及び運用に関する指針」等に照らして事例の普及及び表彰にふさわしくないと判断される内容等)が確認された場合は、この点を考慮した審査を行うものとします。 X 賞(※5) 厚生労働大臣表彰 最優秀賞 1編 優秀賞 2編 特別賞 3編 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長表彰 優秀賞 若干編 特別賞 若干編 クリエイティブ賞 若干編 ※5 上記は予定であり、各審査を経て入賞の有無・入賞編数等が決定されます。 Y 審査結果発表等  令和6年9月中旬をめどに、厚生労働省および当機構において各報道機関等へ発表するとともに、入賞企業等には、各表彰区分に応じ、厚生労働省または当機構より直接通知します。  また、入賞企業の取組事例は、厚生労働省および当機構の啓発活動を通じて広く紹介させていただくほか、新聞(全国紙)の全面広告、本誌およびホームページなどに掲載します。 みなさまからのご応募をお待ちしています 過去の入賞企業事例を公開中!ぜひご覧ください! 「高年齢者活躍企業事例サイト」  当機構が収集した高年齢者の雇用事例をインターネット上で簡単に検索できるWeb サイトです。「高年齢者活躍企業コンテスト表彰事例(『エルダー』掲載記事)」、「雇用事例集」などで紹介された228事例を検索できます。今後も、当機構が提供する最新の企業事例情報を随時公開します。 高年齢者活躍企業事例サイト 検索 主催 厚生労働省、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 当機構では厚生労働省と連携のうえ、企業における「年齢にかかわりなく生涯現役でいきいきと働くことのできる」雇用事例を普及啓発し、高年齢者雇用を支援することで、生涯現役社会の実現に向けた取組みを推進していきます。 【P54-55】 TOPIC 「ミドル・シニアの学びと職業生活についての定量調査」 株式会社パーソル総合研究所  政府が2023(令和5)年6月下旬に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2023(骨太の方針2023)」にて、「三位一体の労働市場改革」が掲げられました。その具体的施策の一つが「リスキリングによる能力向上支援」。リスキリング・学び直しにより、自らのキャリアを選択するための能力を磨いていくことが求められる時代がすぐそこまできています。高齢化が進む日本の労働市場においては、ミドル・シニアがリスキリング・学び直しを行うための支援や制度も重要となります。  そこで今回は、パーソル総合研究所が2023年3月に行った「ミドル・シニアの学びと職業生活についての定量調査」の結果のなかから、一部を抜粋して紹介します。 ミドル・シニアの学び直しタイプの割合  ミドル・シニア就業者の中で、学び直しをしている「学び直し層」は14.4%。趣味の学習だけしている「趣味学習層」は8.2%。学び直す意欲はあるが学んでいることはない「口だけ層」が29.8%を占める(図表1)。 図表1 ミドル・シニアの学び直しタイプの割合 全体n=36,537 (スクリーニング調査) 学び直し層14.4% 学び直しをしている 学び直し積極層12.7% 自ら学び直す意欲がある やむなく学び直し層1.7% 自ら学び直す意欲がない 趣味学習層8.2% 趣味の学習だけしている 意欲あり趣味層6.4% 自ら学び直す意欲がある 意欲なし趣味層1.8% 自ら学び直す意欲がない 非学習層77.3% 特に学んでいることはない 口だけ層29.8% 自ら学び直す意欲がある 不活性層47.5% 自ら学び直す意欲がない 学び直しタイプ割合[就業終了希望年齢別]  希望する就業終了年齢(働くことを終えたい年齢)が高いほど、「学び直し層」が増加。「70歳以上」まで働きたいミドル・シニア就業者の19.3%が、学び直しを実行する一方、「口だけ層」も増加(図表2)。 図表2 学び直しタイプ割合[就業終了希望年齢別] 全体n=9,000 就業終了希望年齢 ( )はn数 〜60歳まで働きたい (2,603) 学び直し層12.5% 趣味学習層8.0% 口だけ層26.8% 不活性層52.7% 61〜65歳まで (2,708) 学び直し層12.1% 趣味学習層7.1% 口だけ層27.9% 不活性層52.9% 66〜70歳まで (1,677) 学び直し層15.4% 趣味学習層8.2% 口だけ層31.8% 不活性層44.6% 70歳以上 (2,012) 学び直し層19.3% 趣味学習層9.9% 口だけ層34.8% 不活性層35.9% 現在の年齢別学び直し実施率 学び直し実施率(%) 就業終了希望年齢 〜60歳まで働きたい 61〜65歳まで 66〜70歳まで 70歳以上 35−44歳(2,568) 14.2 19.1 24.4 23.3 45−54歳(2,978) 13.4 13.7 17.1 19.7 55−64歳 (3,454) 6.3 8.4 10.5 16.3 ※性別、年代、雇用形態、業種、職種、企業規模、年収の影響を除去しても、就業終了希望年齢が学び直しの実行を促進(0.1%水準で有意、二項ロジスティック回帰分析) 学び直しの種類  学び直し層のうち、「本業に関する学習」は71.1%が、「本業以外の仕事やキャリアに関する学習」は47.0%が実行。ミドル・シニア就業者の学び直しは、現在の仕事に関する「アップスキリング」が多い傾向(図表3)。 図表3 学び直しの種類 全体 本業(現在の仕事)に関する学習 71.1 本業以外の仕事やキャリアに関する学習 47.0 両方実行 18.0 年代別 学び直し層n=5,277 () (スクリーニング調査) 本業(現在の仕事)に関する学習 35〜39歳(962) 71.1% 40〜44歳(1049) 71.2% 45〜49歳(1030) 70.6% 50〜54歳(882) 71.4% 55〜59歳(736) 69.4% 60〜64歳(619) 73.0% 本業以外の仕事やキャリアに関する学習 35〜39歳(962) 53.6% 40〜44歳(1049) 48.5% 45〜49歳(1030) 45.1% 50〜54歳(882) 44.0% 55〜59歳(736) 46.9% 60〜64歳(619) 41.6% 両方実行 35〜39歳(962) 24.6% 40〜44歳(1049) 19.8% 45〜49歳(1030) 15.7% 50〜54歳(882) 15.4% 55〜59歳(736) 16.3% 60〜64歳(619) 14.6% ※ここでは、「リスキリング」とは仕事のデジタル化において必要となるスキルの習得に限定していない 学び直し肯定意識  ミドル・シニア就業者の70.1%が、「何歳になっても学び続ける必要がある時代だ」に対して肯定的に回答。過半数を超えるミドル・シニア就業者が、学び直しの「必要性」や「意義」そのものは肯定的にとらえている(図表4)。 図表4 学び直し肯定意識 Q.あなたは、仕事やキャリアに関する学び直しについて、どのようにお考えですか。 全体n=9,000 何歳になっても学び続ける必要がある時代だ あてはまる 17.9% ややあてはまる 52.2% あてはまる・ややあてはまる 計70.1% ややあてはまらない 22.3% あてはまらない 7.6% 学び直しは将来のキャリアに役立つと思う あてはまる 12.4% ややあてはまる 50.6% あてはまる・ややあてはまる 計63.0% ややあてはまらない 27.7% あてはまらない 9.3% 学び直しの実利的効果  学び直し層の60.7%が「仕事のパフォーマンスを高められた」と回答。「学びが将来のキャリアに活かされると思う」との回答は68.1%と、多くが仕事やキャリアへの効果を実感している(図表5) 図表5 学び直しの実利的効果 (%)「あてはまる」「ややあてはまる」選択率 学び直し層n=1,800 仕事の成果向上 仕事のパフォーマンスを高められた60.7% 仕事に対するモチベーションが高まった60.4% 任される仕事の範囲が広がった48.7% 任される仕事のレベルが上がった50.7% 収入源の増加 新たな収入源につながった38.2% 自分の転職市場における価値が高まった46.3% 学ぶことによって、将来の生活への不安が減った49.2% 将来のキャリアの向上 学びが将来のキャリアに活かされると思う68.1% 学びが将来、本業に活かされると思う69.2% 自分の将来のキャリアが明確になった53.3% 仕事の意義づけ 仕事の意義が見いだせるようになった56.7% 仕事に対するとらえ方が変わった59.7% 創造性の向上 仕事上の問題に対して、創造的な解決方法を思いついた54.4% 仕事での新しいアイディアを思いつくきっかけになった56.1% 社会関係資本の増加 社会に参加している実感が得られた 45.4% 人間関係が広がった 44.3% 【P56】 心に残る“あの作品”の高齢者  このコーナーでは、映画やドラマ、小説や演劇、音楽などに登場する高齢者に焦点をあて、高齢者雇用にかかわる方々がリレー方式で、「心に残るあの作品の高齢者」を綴ります 第8回 小説『終わった人』 (著/内館(うちだて)牧子(まきこ) 2015年) 社会保険労務士 川越かわごえ)雄一(ゆういち)  「定年って生前葬だな」。内館牧子さんのベストセラー小説『終わった人』は、このひと言から始まります。主人公は大手銀行の出世コースから子会社に出向・転籍させられ、そのまま定年退職を迎えた田代(たしろ)壮介(そうすけ)です。エリートで仕事一筋だった主人公ですが、定年後は職探しもままならず、わが家に居場所もなく、迷いあがき続けます。  主人公の年齢設定は63歳。まだ心技体とも枯れていないのに、職場からの退場を余儀なくされます。その後は、定年前の自分に未練を持ちながら「こんなはずじゃなかったのに……」と葛藤の末、自分の居場所を見つけ出すというストーリーです。  『終わった人』というタイトルはなんとも衝撃的でした。この言葉、仕事ばかりか人生まで終わった人のような印象を持ったからです。人生を終えるというのは死を意味するわけですから、定年退職がそれと同等に扱われるのがショックでした。というのは、私自身も主人公と同じ年代であり、とても他人事とは思えなかったからです。  さて、この小説はまさに定年後の生き方をテーマにしたものです。定年を境に職探しも思うようにいかない主人公とは対照的に、自分の夢へ向かって活き活きとしている妻・田代千草(ちぐさ)と食い違いが生じ、夫婦関係も気まずくなります。程度の差こそあれ現実によくある話ではないでしょうか。  なかでも、主人公が中小企業へ面接に行った場面が印象的でした。「何だって東大出がうちあたりに……」と、面接もまともに受けられない様子が、あまりにリアルであり、その光景は容易に想像できます。  また、登場する高齢者の発した「若い頃に秀才であろうがなかろうが、大きな会社に勤務しようとしまいと人間行きつくところは大体同じ」が心に刺さりました。そういえば、私が若いころ勤務していた会社の社長も、還暦を迎えたときに同じようなことをいっていたことを思い出します。  『終わった人』は、シニア世代にとっては現実的なテーマであるし、若い世代にとっても「明日はわが身」、普遍的なテーマを投げかけた小説です。  一方、シニア従業員のモチベーションアップに取り組まれる人事担当者にとっても、高齢者が何を考え、何に悩んでいるかを理解するうえでたいへん参考になるのではないかと思います。  余談ですが、『終わった人』は映画化されました。主人公・田代壮介役は舘(たち)ひろしさん、妻・田代千草役が黒木(くろき)瞳(ひとみ)さんです。『終わった人』とは無縁そうな2人だったからこそ、深刻なテーマがそこまで重くならなかったのかもしれません。 内館牧子『終わった人』 (講談社 刊) 【P57】 BOOKS 変化の時代のいまにも、自分らしく豊かに生きるためのヒントが満載! 自分らしく生きるためのキャリアデザイン ライフシフトで価値観・働き方が多様化する現代社会において 平岩(ひらいわ)久里子(くりこ)著/ナカニシヤ出版/2420円  長寿化が進んだことにより、従来の教育→仕事→引退へと進む「3ステージ人生」のモデルは限界を迎えたといわれ、人生のあり方に変化が求められている。また、コロナ禍により在宅勤務やオンライン会議などの導入が進み、従来と異なる職場や家庭のかたちが生まれた。さらに、家庭内における男女の役割分担の変化や、さまざまな価値観が多様化する現代社会。  本書は、仕事だけではなく、家庭や社会活動も含めた変化を多面的にとらえながら、人生100年時代のキャリアを考えること、そして、自分の価値観を大切にしながら生きていくことを主眼としたキャリアデザインの指南書である。  自分らしい生き方を探り出し、実践に向けた第一歩をふみ出すために、著者が考案したワークシートを活用し、過去の自分をふり返り、理解しながら、自らの選択基準を探してキャリアを考えていくことができる。また、人生100年時代のキャリアデザインをイメージする手がかりとして、雅楽師(ががくし)の東儀(とうぎ)秀樹(ひでき)さん、人材育成をになう株式会社日立アカデミー取締役社長の迫田(さこだ)雷蔵(らいぞう)さん、香川県知事の池田(いけだ)豊人(とよひと)さんへのインタビューも掲載。変化の時代にも、活き活きと人生を歩んでいくためのヒントが詰まっている。 80歳の世界的デザイナーが語る「ハッピーの種」の見つけ方 80歳、ハッピーに生きる80の言葉 鳥居(とりい)ユキ著/主婦と生活社/1760円  著者の鳥居ユキさんは、1962(昭和37)年に19歳でファッションデザイナーとしてデビューして以来、欠かさず新作を発表し続けて61年。現役で仕事を続けるなか、昨年80歳を迎えた。  本書は、心も身体も健康でいるために鳥居さんが続けている日々の営みや、チャーミングに生きる秘訣、仕事にまつわる哲学などを軽妙な文章で綴り、写真と鳥居さんのデザイン画を盛り込んでまとめた一冊。  新しいことに挑戦するのが好きで、SNSで自身のコーディネートや好きな花などを発信している。コロナ禍に「オンライン接客」を始めて遠方のお客さまともつながり、「こころを柔らかくしておくと世界が広がります」と楽しそうだ。仕事をするうえでは、「スピード感」、「鮮度」、「勢い」を大事にして、いまも「仕事のペースを落とそうと考えたことはない」。一方で、長いキャリアで知り過ぎたことが足かせにならないように、「つねに新しく感じられる方法を考え出し、トライするのみ」と自らを律する。  エネルギッシュでありながら、また、いろいろな出来事に遭遇しながらも、毎日「ハッピーの種」を見つけてしなやかに生きる鳥居さんの日々は、読者の心もほぐしてくれる。 ※このコーナーで紹介する書籍の価格は、「税込価格」(消費税を含んだ価格)を表示します 【P58-59】 ニュース ファイル NEWS FILE 行政・関係団体 厚生労働省 令和5年「就労条件総合調査」の結果を公表  厚生労働省は、令和5年「就労条件総合調査」の結果を公表した。常用労働者30人以上の民間企業6421社を対象に、2023(令和5)年1月1日時点の労働時間制度、賃金制度などについて調査したもの。  労働時間制度についてみると、「何らかの週休2日制」を採用している企業割合は85.4%(前年83.5%)、「完全週休2日制」は53.3%(同48.7%)となっている。また、年次有給休暇の取得状況をみると、1年間の付与日数(繰越分は除く)は労働者1人平均17.6日(前年17.6日)、そのうち労働者が取得した日数は10.9日(同10.3日)であった。取得率は62.1%となり、前年(58.3%)を3.8ポイント上回り、8年連続で上昇した。  次に、勤務間インターバル制度の導入状況をみると、「導入している」が6.0%(前年5.8%)、「導入を予定又は検討している」が11.8%(同12.7%)、「導入予定はなく、検討もしていない」が81.5%(同80.4%)であった。勤務間インターバル制度の導入予定はなく、検討もしていない企業について、その理由(複数回答)別の企業割合をみると、「超過勤務の機会が少なく、当該制度を導入する必要性を感じないため」が51.9%(前年53.5%)と最も多く、次いで、「当該制度を知らなかったため」が23.5%(同21.3%)となっている。 https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/23/ 厚生労働省 「令和5年版過労死等防止対策白書」を公表  政府は2023(令和5)年10月13日、「令和4年度我が国における過労死等の概要及び政府が過労死等の防止のために講じた施策の状況」(令和5年版過労死等防止対策白書)を閣議決定した。  同白書は、過労死等防止対策推進法の第6条に基づき、国会に毎年報告を行う年次報告書で、今回で8回目。おもな内容は、以下の通り。 1.「過労死等の防止のための対策に関する大綱」(2021年7月30日閣議決定)に基づく調査分析として、睡眠の不足感が大きいと疲労の持ち越し頻度が高くなり、うつ傾向・不安を悪化させ、主観的幸福感も低くなる傾向があることなどを報告。 2.長時間労働の削減やメンタルヘルス対策、国民に対する啓発、民間団体の活動に対する支援など、令和4年度の取組みを中心とした労働行政機関などの施策の状況について詳細に報告。 3.企業や自治体における長時間労働を削減する働き方改革事例やメンタルヘルス対策、産業医の視点による過重労働防止の課題など、過労死等防止対策のための取組み事例をコラムとして紹介。  「過労死等」とは、「@業務における過重な負荷による脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡」、「A業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡」、「B死亡には至らないが、これらの脳血管疾患・心臓疾患、精神障害」と定義づけられている。  今回の「過労死等防止対策白書」は、左記の厚生労働省ウェブサイトに掲載されている。 https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/karoushi/23/index.html 厚生労働省 令和5年度「輝くテレワーク賞」受賞企業を決定  厚生労働省は、令和5年度「テレワーク推進企業等厚生労働大臣表彰(輝くテレワーク賞)」の受賞企業を決定し、2023(令和5)年11月27日、東京都内で開催された、「『働く、を変える』テレワークイベント」(内閣府・総務省・厚生労働省・経済産業省・国土交通省の共催)において表彰式が行われた。  この表彰制度は、テレワークの活用によって、労働者のワーク・ライフ・バランスの実現に顕著な成果をあげるとともに、他社の模範となる取組みを行っている企業・団体を表彰するもの。今年度は、「優秀賞」1社、「特別奨励賞」4社が受賞した。  また、表彰にあたり、「輝くテレワーク賞」を受賞した企業が、テレワークの活用によりワーク・ライフ・バランスの実現を図っていることをアピールできるようにするため、認定マークを作成した。受賞企業は、認定マークの上部王冠内に「輝くテレワーク賞」を受賞した年を記載したうえで、その認定マークを使用することができる。 受賞企業は次の通り。 【優秀賞】取組みが総合的に優れていると認められる企業・団体に対する表彰 ・東洋ハイテック株式会社 【特別奨励賞】取組みが優れていると認められる企業・団体に対する表彰(五十音順) ・キャップクラウド株式会社 ・株式会社JSOL(ジェイソル) ・株式会社ZENKIGEN(ゼンキゲン) ・大鵬(たいほう)薬品工業株式会社 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_35897.html 当機構(JEED)から 生涯現役社会の実現に向けた地域ワークショップ」を開催  JEEDでは、「高年齢者就業支援月間」である10月、各都道府県支部が中心となって「地域ワークショップ」を開催した(一部は11月に開催)。  地域ワークショップは、生涯現役社会の実現に向け70歳までの就業機会の確保への理解を深めることを目的とし、高齢者雇用に関する学識経験者などによる基調講演、高齢者雇用に先進的な企業の事例発表などで構成される勉強会。今回は2023(令和5)年10月27日(金)に富山支部が主催した地域ワークショップ「高年齢者活躍推進セミナー これからのシニア活用〜コンテスト入賞事例から探る〜」の模様をレポートする。  開会のあいさつに続き、富山県内の高齢者雇用の状況について、富山労働局職業安定部職業対策課の南部(なんぶ)一人(かずひと)さんが、2022年度のデータをもとに70歳までの就業確保措置の実施状況を報告。「運用ではなく、対象者を限定して就業規則に明示化することが大切」と呼びかけた。  続いて、東京学芸大学教育学部の内田(うちだ)賢(まさる)教授による講演が行われ、「70歳就業に向けたシニア戦力化の工夫」をテーマに、高齢者活用の多様な工夫と運用法を紹介した。「高齢者雇用の諸課題の解決には、従来の視点の転換を図ることがポイントになる」とし、肉体的負担や精神的負担は重いものから軽いものへ、文字・音量は小から大、作業スピードは速いから遅いなど、現在の環境の真逆を意識して環境整備を実施するよう提案した。また、高齢者の新規採用の工夫、若手中堅の一体感を生むための工夫などについても、すぐにでも取り入れられる具体的な取組みを紹介し、「高齢者雇用は会社から従業員へのメッセージ。高齢者をしっかり活用している会社を従業員は信頼する」と述べ、人事施策における高齢者雇用の有効性を指摘し、参加者に取組み促進をすすめた。  休憩をはさんで、企業の事例発表が行われた。最初に登壇したのは、富山市内で介護福祉施設を運営する有限会社日和(ひより)の西田(にしだ)朋子(ともこ)取締役。同社では、従業員の勤続年数が延びたことで職員の高齢化が進んだことから、高齢者雇用の取組みを強化し、「勤務形態の整備」として三つの短時間勤務制度を導入。定年後も継続して無理なく就労できるようにするとともに、定年後再雇用を含む職員全員を昇給対象とすることでやる気アップにつなげた。また、子育て世代と高齢職員で助け合ってタイムシェアを行っている取組みなどを紹介した。  続いて、プラント機器を製造する山田工業株式会社の作内(さくうち)浩二(こうじ)常務取締役が登壇。高齢者の新規採用を積極的に実施し、高齢社員が増加したことから勤務形態の整備を行い、短日・短時間勤務が選択可能な制度を導入。60歳以降の賃金については、60歳時点の賃金水準の8割以上を維持し、モチベーションの維持に寄与している。また、高齢社員と若手社員のペア就労を実施し、若手の作業時に安全をチェックする役割を高齢者がになっているほか、技能の継承を進めるうえでも高齢社員の指導が不可欠であることから、「無理なく働いてもらいたい」と高齢社員への期待を込めた。  その後、事例発表を行った2社と内田教授が登壇し、「高齢者が働きやすい職場づくりについて」というテーマでトークセッションが行われた。「高齢者の活用を考えている企業へのメッセージ」を求められると、日和の西田取締役は「人集めを模索しながら高齢者活用にたどりついた。年齢というデメリットに目が向きがちだが、メリットにこそ目を向けるべき」、山田工業の作内常務取締役は「キャリアを確認できる求人サイトなどの仕組みを駆使し、よい人材を見つけたらすぐ働きかけることが重要」とアドバイスを送った。内田教授は「高齢者雇用は若手にもメリットがある。取組みを推進するためには、走りながら、つねに修正を加えて工夫していくことがポイント」とまとめた。  参加した経営者ならびに人事担当者は、県内先進的企業の報告に熱心な様子で耳を傾けていた。終始和やかなムードのなか進行し、2時間の地域ワークショップは終幕した。 写真のキャプション 富山県での「地域ワークショップ」の様子 【P60】 次号予告 2月号 特集 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム〜開催レポート@〜 リーダーズトーク 山本勲さん(慶應義塾大学 商学部 教授) JEEDメールマガジン好評配信中! 詳しくは JEED メルマガ 検索 ※カメラで読み取ったリンク先がhttps://www.jeed.go.jp/general/merumaga/index.htmlであることを確認のうえアクセスしてください。 お知らせ 本誌を購入するには 定期購読のほか、1冊からのご購入も受けつけています。 ◆お電話、FAXでのお申込み 株式会社労働調査会までご連絡ください。 電話03-3915-6415 FAX 03-3915-9041 ◆インターネットでのお申込み @定期購読を希望される方 雑誌のオンライン書店「富士山マガジンサービス」でご購入いただけます。 富士山マガジンサービス 検索 A1冊からのご購入を希望される方Amazon.co.jpでご購入いただけます。 編集アドバイザー(五十音順) 猪熊律子……読売新聞編集委員 上野隆幸……松本大学人間健康学部教授 大木栄一……玉川大学経営学部教授 大嶋江都子……株式会社前川製作所コーポレート本部総務部門 金沢春康……一般社団法人100年ライフデザイン・ラボ代表理事 佐久間一浩……全国中小企業団体中央会事務局次長 田村泰朗……太陽生命保険株式会社取締役専務執行役員 丸山美幸……社会保険労務士 山ア京子……立教大学大学院ビジネスデザイン研究科特任教授、日本人材マネジメント協会理事長 六本良多……日本放送協会 メディア総局第1制作センター(福祉)チーフ・プロデューサー 編集後記 ●新年あけましておめでとうございます。本年も、読者のみなさまのお役に立てるような情報発信に努めてまいります。引き続きご愛顧のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。 ●今号の特集は、「シニア世代のワーク・ライフ・バランス」をテーマにお届けしました。高齢者がワーク・ライフ・バランスを図りながら活き活きと働き続けるためには、多様な働き方の視点は欠かせません。事例として、さまざまな勤務形態を利用できる企業や、スポット的に働けるシルバー人材センター、起業により夢を叶えられている方をご紹介していますので、ぜひご一読ください。 ●新春特別企画では、昨年10月6日に開催した「高齢者活躍企業フォーラム」の模様をご紹介しました。基調講演とコンテスト受賞企業のトークセッションでは、高齢社員が生涯現役で活き活き働ける職場・制度づくりの秘訣も多数お話いただきました。高齢者雇用の推進に役立てていただければ幸いです。 読者アンケートにご協力をお願いします! よりよい誌面づくりのため、みなさまの声をお聞かせください。 回答はこちらから 公式X(旧Twitter)はこちら! 最新号発行のお知らせやコーナー紹介などをお届けします。 @JEED_elder 月刊エルダー1月号No.530 ●発行日−−令和6年1月1日(第46巻 第1号 通巻530号) ●発行−−独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 発行人−−企画部長 境伸栄 編集人−−企画部次長 中上英二 〒261-8558 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-2 TEL 043(213)6216 FAX 043(213)6556 (企画部情報公開広報課) ホームページURL https://www.jeed.go.jp メールアドレス elder@jeed.go.jp ●発売元 労働調査会 〒170-0004 東京都豊島区北大塚2-4-5 TEL 03(3915)6401 FAX 03(3918)8618 ISBN978-4-86319-983-5 *本誌に掲載した論文等で意見にわたる部分は、それぞれ筆者の個人的見解であることをお断りします。 (禁無断転載) 読者の声募集! 高齢で働く人の体験、企業で人事を担当しており積極的に高齢者を採用している方の体験、エルダーの活用方法に関するエピソードなどを募集します。文字量は400字〜1000字程度。また、本誌についてのご意見もお待ちしています。左記宛てFAX、メールなどでお寄せください。 【P61-63】 (写真提供:グランド ハイアット 東京) 技を支える vol.335 国際大会優勝の経験を後進の育成に活かす 菓子職人 後藤(ごとう順一(じゅんいち)さん(63歳) 「後進には、私のやり方を押しつけるのではなく、コンクールへの参加など、自ら工夫し、成長できる機会を与えるようにしています」 数々の国際コンクールで優勝・受賞を果たす  東京・六本木のホテル「グランドハイアット東京」で副総料理長(ペストリー/ベーカリー担当)を務める後藤順一さんが、得意とするのはアメ細工。煮詰めたアメを、くり返し引き伸ばしてツヤを出す「引きアメ」、空気を送り込んで膨らませる「吹きアメ」、型に流し込む「流しアメ」などの技法を駆使し、技巧に富んだ作品を生み出してきた。1995(平成7)年には、パティシエ・コンクールの最高峰といわれる「第4回クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」(フランス)で個人アメ細工部門1位および日本チーム2位、1998年には「世界製菓芸術コンクール」(モナコ)で1位になるなど好成績を残す。  グランド ハイアット 東京には、開業メンバーとして2003年に入社し、各レストランや宴会場、ペストリーブティックなど、ホテルで提供されるすべてのスイーツ・パン製造を統括してきた。また、後進の育成にもたずさわり、世界大会で優勝・受賞したパティシエを何人も輩出している。  これらの長年にわたる功績が評価され、2018年に「卓越した技能者(現代の名工)」を、2023(令和5)年には「黄綬褒章(おうじゅほうしょう)」を受章した。 思い描いたものを形にすることに喜び  華々しい実績を誇る後藤さんだが、最初から「菓子職人になりたい」という思いでこの業界に飛び込んだわけではなかった。  「高校卒業後、せっかく働くなら技術を身につけたいと思い、調理系の仕事に就こうと、和洋中すべてがそろうプリンスホテルに就職しました。そのなかで選んだのが、もっとも華やかそうな製菓部門でした」  配属された東京プリンスホテルの製菓部門を統括していたのは、日本のホテルベーカリーの基礎を築いたといわれる内海(うつみ)安雄(やすお)氏。「偉大なシェフに学びたい」という意欲にあふれた人たちばかりで、職場は緊張感に満ちていた。そんな環境のなかで後藤さんは、菓子づくりの知識ゼロの状態から、目の前の仕事を着実にこなしていくことで、次第にできることが増え、仕事がおもしろくなっていったという。  国際コンクールで好成績を残せた理由を聞くと、「新しい技術といっても、昔からある技術の延長線上にあるもので、それを思いつくか思いつかないか。思いついても、やらずに諦めるか、やれるようになるまでがんばるかの違い。普段からいろいろなものを見て、強く印象に残ったものの蓄積が、アイデアの源泉になっていた」と話す。  もっとも思い出深い作品は、23歳のとき、親方から指名され、「全国菓子大博覧会」に出品するために製作したもの。イタリア・フィレンツェにある「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」をテーマにした一畳ほどもある作品を、約8カ月をかけて一人でつくり上げた。  「何もないところから何かをつくり上げることがすごく楽しい」という後藤さん。自分の思い描いたものを、その通り形にすることに喜びを感じるそうだ。 コンクールへの出場は技術を磨く貴重な機会  製菓学校などでアメ細工を教える機会も多いが、そこでよく話すのは、「自転車に乗ることと一緒で、最初はまったくできなくても、やる気さえあれば、努力次第でだれでもできるようになる」ということ。後藤さんが若いころは、朝から夜まで長時間働くのがあたり前だった。  「アメ細工の仕事でも、『明後日までにこれをつくれ』といわれたら、もう帰らずにやるしかない(笑)。そんな環境だったので、きつかったですが、自然に技術を磨くことができました」  労働環境が大きく変わった現在、コンクールに参加することの意義は以前にも増して大きいという。  「コンクールは自分で工夫し、努力できる貴重な機会ですから、挑戦できる環境はこちらで用意します。あとは本人の努力次第ですね」  自分自身がそうであったように、後進たちもコンクールを通じて躍進できるよう、支援を惜しまない。 グランドハイアット東京 TEL:03(4333)1234 https://www.tokyo.grand.hyatt.co.jp (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) 写真のキャプション 後藤さんのもとで約20人のスタッフが、ホテル内の各レストランや宴会場、ペストリーブティックなどで提供されるすべてのスイーツやパンづくりをになう グランド ハイアット 東京1階にある「フィオレンティーナ ペストリーブティック」 ホテルメイドの焼きたてのパンは、ホテル内のレストランやバンケットで提供されるものも合わせて約70種におよぶ 約30種類のスイーツを取り揃えるペストリーブティック。厳選された素材の風味を生かした、シンプルかつモダンな味わいを特徴としている 後藤さんは、数々の国際コンクールで優秀な成績を収めてきた(写真提供:グランド ハイアット 東京) ペストリーブティックでは、クッキーなどオリジナルの焼き菓子も豊富に取り揃えている 季節にあわせたスイーツも提供しており、ギフトに用いられることも多い 【P64】 イキイキ働くための脳力アップトレーニング!  今回のテーマは、マッチ棒を使ったクイズです。頭の中で考えながらマッチを移動する際には、空間認知力、ワーキングメモリの力が必要になります。また、答えを悩み考えている間、ずっと注意を保つ、注意の持続力も必要です。じっくり考え、脳をしっかり鍛えましょう。 第79回 マッチ棒パズル 目標5分 マッチ棒を1本だけ動かして、正しい計算式にしてください。 @5+12=18 A5+8=1 B9−2=8 ●マッチ棒の数字は下記の形を使用します。 注意力の種類  今回は注意力強化を図る脳トレです。うっかりミスが多くなった、なかなか集中できない、気が散りやすい、といったことが気になる方は特にチャレンジしてみてください。  神経科学の分野では、「集中力」という言葉はあまり使わず、「注意」「注意力」をよく使います。  注意は大きく三つに分けて調べられます。「選択的注意」、「分散的注意」、「持続的注意」です。  一つめの「選択的注意」は、どこか注目すべきところに注意を向け、ほかは無視するという注意です。一般的に「注意力」や「集中力」と呼ばれるものは、大体が「選択的注意」をさします。  二つめの「分散的注意」は、どこかに注意を向けつつも全体に気を配る注意です。これは生き物にとって重要な注意力であり、現代でも集団でのコミュニケーションの場面などでは必須となってきます。  三つめの「持続的注意」は、「選択的注意」や「分散的注意」を続けることです。集中力というのは概ね「選択的注意」の「持続力」のことをさします。  この機会に、漠然とでもよいので、注意力の種類を知りましょう。 篠原菊紀(しのはら・きくのり) 1960(昭和35)年、長野県生まれ。公立諏訪東京理科大学医療介護健康工学部門長。健康教育、脳科学が専門。脳計測器多チャンネルNIRSを使って、脳活動を調べている。『中高年のための脳トレーニング』(NHK出版)など著書多数。 【問題の答え】 @5+13=18 A9−8=1 B8−2=6 【P65】 ホームページはこちら (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)各都道府県支部高齢・障害者業務課 所在地等一覧  JEEDでは、各都道府県支部高齢・障害者業務課等において高齢者・障害者の雇用支援のための業務(相談・援助、給付金・助成金の支給、障害者雇用納付金制度に基づく申告・申請の受付、啓発等)を実施しています。 2024年1月1日現在 名称 所在地 電話番号(代表) 北海道支部高齢・障害者業務課 〒063-0804 札幌市西区二十四軒4条1-4-1 北海道職業能力開発促進センター内 011-622-3351 青森支部高齢・障害者業務課 〒030-0822 青森市中央3-20-2 青森職業能力開発促進センター内 017-721-2125 岩手支部高齢・障害者業務課 〒020-0024 盛岡市菜園1-12-18 盛岡菜園センタービル3階 019-654-2081 宮城支部高齢・障害者業務課 〒985-8550 多賀城市明月2-2-1 宮城職業能力開発促進センター内 022-361-6288 秋田支部高齢・障害者業務課 〒010-0101 潟上市天王字上北野4-143 秋田職業能力開発促進センター内 018-872-1801 山形支部高齢・障害者業務課 〒990-2161 山形市漆山1954 山形職業能力開発促進センター内 023-674-9567 福島支部高齢・障害者業務課 〒960-8054 福島市三河北町7-14 福島職業能力開発促進センター内 024-526-1510 茨城支部高齢・障害者業務課 〒310-0803 水戸市城南1-4-7 第5プリンスビル5階 029-300-1215 栃木支部高齢・障害者業務課 〒320-0072 宇都宮市若草1-4-23 栃木職業能力開発促進センター内 028-650-6226 群馬支部高齢・障害者業務課 〒379-2154 前橋市天川大島町130-1 ハローワーク前橋3階 027-287-1511 埼玉支部高齢・障害者業務課 〒336-0931 さいたま市緑区原山2-18-8 埼玉職業能力開発促進センター内 048-813-1112 千葉支部高齢・障害者業務課 〒263-0004 千葉市稲毛区六方町274 千葉職業能力開発促進センター内 043-304-7730 東京支部高齢・障害者業務課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2794 東京支部高齢・障害者窓口サービス課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2284 神奈川支部高齢・障害者業務課 〒241-0824 横浜市旭区南希望が丘78 関東職業能力開発促進センター内 045-360-6010 新潟支部高齢・障害者業務課 〒951-8061 新潟市中央区西堀通6-866 NEXT21ビル12階 025-226-6011 富山支部高齢・障害者業務課 〒933-0982 高岡市八ケ55 富山職業能力開発促進センター内 0766-26-1881 石川支部高齢・障害者業務課 〒920-0352 金沢市観音堂町へ1 石川職業能力開発促進センター内 076-267-6001 福井支部高齢・障害者業務課 〒915-0853 越前市行松町25-10 福井職業能力開発促進センター内 0778-23-1021 山梨支部高齢・障害者業務課 〒400-0854 甲府市中小河原町403-1 山梨職業能力開発促進センター内 055-242-3723 長野支部高齢・障害者業務課 〒381-0043 長野市吉田4-25-12 長野職業能力開発促進センター内 026-258-6001 岐阜支部高齢・障害者業務課 〒500-8842 岐阜市金町5-25 G-frontU7階 058-265-5823 静岡支部高齢・障害者業務課 〒422-8033 静岡市駿河区登呂3-1-35 静岡職業能力開発促進センター内 054-280-3622 愛知支部高齢・障害者業務課 〒460-0003 名古屋市中区錦1-10-1 MIテラス名古屋伏見4階 052-218-3385 三重支部高齢・障害者業務課 〒514-0002 津市島崎町327-1 ハローワーク津2階 059-213-9255 滋賀支部高齢・障害者業務課 〒520-0856 大津市光が丘町3-13 滋賀職業能力開発促進センター内 077-537-1214 京都支部高齢・障害者業務課 〒617-0843 長岡京市友岡1-2-1 京都職業能力開発促進センター内 075-951-7481 大阪支部高齢・障害者業務課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0782 大阪支部高齢・障害者窓口サービス課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0722 兵庫支部高齢・障害者業務課 〒661-0045 尼崎市武庫豊町3-1-50 兵庫職業能力開発促進センター内 06-6431-8201 奈良支部高齢・障害者業務課 〒634-0033 橿原市城殿町433 奈良職業能力開発促進センター内 0744-22-5232 和歌山支部高齢・障害者業務課 〒640-8483 和歌山市園部1276 和歌山職業能力開発促進センター内 073-462-6900 鳥取支部高齢・障害者業務課 〒689-1112 鳥取市若葉台南7-1-11 鳥取職業能力開発促進センター内 0857-52-8803 島根支部高齢・障害者業務課 〒690-0001 松江市東朝日町267 島根職業能力開発促進センター内 0852-60-1677 岡山支部高齢・障害者業務課 〒700-0951 岡山市北区田中580 岡山職業能力開発促進センター内 086-241-0166 広島支部高齢・障害者業務課 〒730-0825 広島市中区光南5-2-65 広島職業能力開発促進センター内 082-545-7150 山口支部高齢・障害者業務課 〒753-0861 山口市矢原1284-1 山口職業能力開発促進センター内 083-995-2050 徳島支部高齢・障害者業務課 〒770-0823 徳島市出来島本町1-5 ハローワーク徳島5階 088-611-2388 香川支部高齢・障害者業務課 〒761-8063 高松市花ノ宮町2-4-3 香川職業能力開発促進センター内 087-814-3791 愛媛支部高齢・障害者業務課 〒791-8044 松山市西垣生町2184 愛媛職業能力開発促進センター内 089-905-6780 高知支部高齢・障害者業務課 〒781-8010 高知市桟橋通4-15-68 高知職業能力開発促進センター内 088-837-1160 福岡支部高齢・障害者業務課 〒810-0042 福岡市中央区赤坂1-10-17 しんくみ赤坂ビル6階 092-718-1310 佐賀支部高齢・障害者業務課 〒849-0911 佐賀市兵庫町若宮1042-2 佐賀職業能力開発促進センター内 0952-37-9117 長崎支部高齢・障害者業務課 〒854-0062 諫早市小船越町1113 長崎職業能力開発促進センター内 0957-35-4721 熊本支部高齢・障害者業務課 〒861-1102 合志市須屋2505-3 熊本職業能力開発促進センター内 096-249-1888 大分支部高齢・障害者業務課 〒870-0131 大分市皆春1483-1 大分職業能力開発促進センター内 097-522-7255 宮崎支部高齢・障害者業務課 〒880-0916 宮崎市大字恒久4241 宮崎職業能力開発促進センター内 0985-51-1556 鹿児島支部高齢・障害者業務課 〒890-0068 鹿児島市東郡元町14-3 鹿児島職業能力開発促進センター内 099-813-0132 沖縄支部高齢・障害者業務課 〒900-0006 那覇市おもろまち1-3-25 沖縄職業総合庁舎4階 098-941-3301 【裏表紙】 定価503円(本体458円+税) 令和6年度 高年齢者活躍企業コンテスト 〜生涯現役社会の実現に向けて〜 ご応募お待ちしています 高年齢者がいきいきと働くことのできる創意工夫の事例を募集します 主催 厚生労働省、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)  高年齢者活躍企業コンテストでは、高年齢者が長い職業人生の中でつちかってきた知識や経験を職場等で有効に活かすため、企業等が行った創意工夫の事例を広く募集・収集し、優秀事例について表彰を行っています。  優秀企業等の改善事例と実際に働く高年齢者の働き方を社会に広く周知することにより、企業等における雇用・就業機会の確保等の環境整備を図り、生涯現役社会の実現に向けた気運を醸成することを目的としています。  高年齢者がいきいきと働くことができる創意工夫の事例について多数のご応募をお待ちしています。 取組内容 募集する創意工夫の事例の具体的な例示として、以下の取組内 容を参考にしてください。 1.高年齢者の活躍のための制度面の改善 2.高年齢者の意欲・能力の維持向上のための取組 3.高年齢者が働きつづけられるための作業環境の改善、健康管理、安全衛生、福利厚生の取組 主な応募資格 1.原則として、企業単位の応募とします。また、グループ企業単位での応募は不可とします。 2.応募時点において、労働関係法令に関し重大な違反がないこととします。 3.高年齢者が65歳以上になっても働ける制度等を導入し、高年齢者が持つ知識や経験を十分に活かして、いきいきと働くことができる職場環境となる創意工夫がなされていることとします。 4.応募時点前の各応募企業等における事業年度において、平均した1カ月あたりの時間外労働時間が60時間以上である労働者がいないこととします。 各賞 【厚生労働大臣表彰】 最優秀賞 1編 優秀賞 2編 特別賞 3編 【独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長表彰】 優秀賞 若干編 特別賞 若干編 クリエイティブ賞 若干編 ※上記は予定であり、各審査を経て入賞の有無・入賞編数などが決定されます。 詳しい募集内容、応募方法などにつきましては、本誌52〜53ページをご覧ください。 応募締切日 令和6年2月29日(木) お問合せ先 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 各都道府県支部 高齢・障害者業務課 ※連絡先は65 ページをご覧ください。 2024 1 令和6年1月1日発行(毎月1回1日発行) 第46巻第1号通巻530号 〈発行〉独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 〈発売元〉労働調査会