日本史にみる長寿食 FOOD 362 古くから人気のあったクワイ 食文化史研究家● 永山久夫 北斎の好物だったクワイ  平均寿命が40歳そこそこだった江戸時代に、90歳まで現役の浮世絵師だった葛飾(かつしか)北斎(ほくさい)は、たいへんな引越し好きで、生涯に90回以上も家を替えたそうです。  絵にかける情熱は驚異的で、寝る間も惜しんで筆をとり続け、着物が破れ、家の壁に穴があいても気になりません。貧乏暮らしの達人なのです。  また北斎は、何度か結婚していますが、いずれも死別。50代半ばからは独身を続けています。  そんな彼の食生活のほとんどは買い食いで、好物は出前のそばとクワイだったと伝えられています。  そばの主成分は炭水化物ですが、タンパク質やビタミンB1も豊富。ルチンという抗酸化成分も多いので、老化防止効果も期待でき生涯現役を保つうえで役に立っていたのはまちがいありません。  そして、北斎が特に好んだのがクワイ。クワイはオモダカ科の水生植物で、地下に生じる塊茎(かいけい)を食用にします。  丸味をおびた塊茎は、立派な芽をつけています。 ここから「芽が出る」とか、「おめでたい」と縁起をかつぎ、お祝いごとの料理やお正月のおせち料理には、欠かせない食材となりました。  『万葉集』には、次の作品に「エグ(クワイ)」が記されています。 君がため山田の沢のえぐ摘むと雪消の水に裳のすそ濡れぬ  「あなたのために山田の沢で、エグ(クワイ)をとろうとしたら、雪どけの水ですそを濡らしてしまいました」という意味で、甘さのなかにある苦みに人気があったのです。  また、別名を「地栗(じぐり)」とも呼ばれるように、クリに似たホクホクした食感があります。タンパク質が多く、100g中に6g強と、サツマイモやジャガイモなどより多く含まれています。  年長者にも好まれ、若さを保つというビタミンEや疲労回復にも役立つビタミンB1、病気に対する免疫力を強化するというミネラルの亜鉛も含まれていることからも、不老長寿食といわれるようになりました。