新春特別企画@ 「令和5年度高年齢者活躍企業フォーラム」基調講演 多様な人材が活躍できるダイバーシティ・マネジメント:管理職の役割が鍵 東京大学名誉教授 佐藤(さとう)博樹(ひろき)  2023(令和5)年10月6日に開催された「高年齢者活躍企業フォーラム」より、東京大学名誉教授の佐藤博樹氏による基調講演の模様をお届けします。高齢者が活躍できる職場づくりに向けて、多様な人材を受け入れ、それぞれが能力を発揮する仕組みを構築していくダイバーシティ・マネジメントのポイントについてお話しいただきました。 多様な人材・考え方を受け入れて企業理念に基づいて決定する  「シニアが活躍できる企業」とは、シニア社員だけを対象にした取組みを行っている企業ではなく、多様な人材の活躍を目ざして取組みを行っている企業です。多様な人材が活躍できる職場づくりを目ざした結果、シニアも活躍できる職場環境が生まれるということです。  本日の話題の「ダイバーシティ・マネジメント」とは、年齢や性別、国籍などに関係なく多様な人材を受け入れて活かし、組織や企業の成長をうながす手法を意味しています。その実現には、多様な人材を受け入れることだけでなく、それぞれが能力を発揮し、組織や経営に貢献できるようにする仕組みづくりが鍵となります。  ダイバーシティ経営を進めると、年齢や性別などの多様な属性のみならず、多様な考え方を持った人たちが社内に増えていきます。そうすると組織に遠心力が働き、まとまりが弱くなる可能性があります。  例えば、若い人ばかりの組織にシニアが入ることで多様性が生まれ、あるプロジェクトを進めるために多様な意見を出し合うことができます。ところが、多様であるがために、1カ月議論しても意見がまとまらない、決まらない……。なぜなのでしょうか。経営的な観点での議論は尽くされ、わかりやすくいえば、あとは甲乙をつけるだけ、という状況も、極端にいうと「最後は好み」ということになり、若者だけで議論していたところにシニアも入ると、いろいろな考えが出てきてまとまらなくなるのです。多様な考え方の人たちで議論することで新しいものが生まれるチャンスが出てくる一方で、組織のまとまりがなくなる可能性がある。その問題をどうクリアしていけばよいのでしょうか。  ここで大切なのが、企業の「経営理念」や「パーパス」、あるいは「ミッション」といわれるものです。先ほどの例の続きでいうと、あるプロジェクトの最後にA案とB案が残り、どちらもすばらしい場合、ある人は「Aがよい」、別の人は「Bがよい」という。そんなとき、最後は、わが社の経営理念なり、パーパスに基づいて決める、ということです。  いろいろな考え方の人を社内に受け入れ、いろいろな議論をするなかで新しいものを生み出し、そのためにシニア人材を受け入れて活躍してもらう。そのなかで意見の対立が起きたとき、最終的には「共通の土俵」が決め手となります。細かいところまで考え方が一緒である必要はありませんが、シニアも若者も、男性も女性も、「わが社は何を目ざす会社なのか」ということに、社員一人ひとりがコミットしていることが重要になるということです。 多様な人材が活躍できる働き方改革を  これまでの日本の企業では、フルタイムで勤務し残業もできる人が望ましい社員とされてきました。しかしいまは、「短時間勤務がよい」、「週休3日がよい」という声が、シニアにかぎらず、子育て世代など、いろいろなところから聞かれます。  ところが、実際の働き方をみると、従来のフルタイム勤務で残業ができる社員が望まれていたときにできあがった仕事の仕方がまだまだ残されています。これを変えていくのが「働き方改革」ですが、残念ながら、働き方改革に対して多くの企業は、残業削減にとどまっています。もちろん、過度な残業は減らすべきですが、残業が少なくなればよい、ということではありません。  例えば、毎日2時間残業がある職場が働き方改革に取り組み、残業を毎日1時間に減らしたとします。残業半減ですから、すごい成果です。ではこれで、“多様な人材が活躍できる企業になったか”というと、毎日1時間の残業がある状況ではだめなのです。では、さらに残業を減らせばよいのかというと、決してそういうことでもありません。大切なのは、出退勤時間の裁量や在宅勤務など、働く時間帯や働く場所を選択することができるような仕組みをつくることです。毎日1時間残業をしなくてはいけない働き方ではなく、「今日は残業しないで帰る」、あるいは「今日はまとめて残業をする」といったことを選択可能な仕組みができると、多様な人が活躍できるようになるわけです。  肝心なのは、残業削減だけではなく「広義の働き方改革」によって、多様な人材が活躍できる仕事の仕方に変えていくこと。これが、シニアの活躍推進においても重要な考え方となります。 残業を評価する職場風土の変革を  働き方改革と同様に、職場風土の変革も重要です。フルタイム勤務で残業ができる社員が望ましいとされてきた時代には、例えば、課長が部下を評価するとき、BさんよりAさんに高い評価をつけたとします。ところが、Bさんは急な残業も毎回嫌な顔をせずに引き受けてくれることを思い出して、Bさんに対しても高い評価をつけようかと課長が考える、ということが起きがちです。  しかし、部下を評価するときに重要なのは、残業の有無など単純な勤務時間数ではなく、1時間あたりどれだけ会社に貢献しているか、あるいは、短時間で質の高い仕事をしているかです。ところが、これまで仕事に費やしてきた時間を評価されて課長や部長になった人が多い職場では、従来と同じような評価の仕方をしてしまいがちです。  つまり、現在は働き方の仕組みを変えると同時に、時間をかけた働き方を評価する職場風土の変革も必要になっているのです。  例えば、あるシニア社員が残業しない働き方を希望して6時間勤務をしているとします。1時間あたりの働きをみると、ほかの社員と同じように貢献をしています。しかし「あの人は早く帰ってしまう」、「残業をしてくれない」とマイナスの評価をするような職場は、変えていかなくてはいけないのです。現場の管理職にとって、残業してくれる人がありがたい存在であることは、私にもよくわかります。ですが「わが社はこれからどういう会社を目ざすのか」を考え、職場風土を変革していくためにも、会社のマネジメントを変えることが必要です。  そのカギを握るのは管理職です。シニア、若者、男性、女性、あるいは働き方や勤務時間の長短に関係なく、それぞれの貢献に応じて評価していくこと。そうしていかないと、会社の将来はないということを管理職に理解してもらうことがまず重要です。  最近は少なくなりましたが、シニア人材の処遇を考える際、60歳定年以降は一律に給与が下がり、評価も行わないという会社が少なくない時代がありました。働く側からすると、貢献度はみんな違いますから、定年後再雇用であっても、新しいことを学んだり、新しい仕事をしたり、若手を指導したりしているなかで、やはり「評価はしてほしい」という気持ちはあると思います。そういう仕組みを人事がつくっているかどうか。シニアの活躍推進を考えたとき、こうした仕組みづくりがやはりたいへん重要だと思います。 多様な部下をマネジメントできる管理職の育成・登用を  管理職によるマネジメントが重要になるということは、管理職の育成・登用もまた大切です。  例えば課長であれば、部下に働いてもらった結果として、課長に課せられたミッションを達成する。これが管理職の働き方です。営業課長なら、売上げ目標や利益目標があり、課せられた目標を達成するために、どういう営業活動をしたらよいかを考え、戦略を立てるわけです。課長自らが走り回ってその計画のすべてを実現するのではなく、その仕事を分解し、Aさんにはこの仕事、Bさんにはこの仕事、Cさんには……、と割りふって、それぞれの仕事内容の優先順位を理解してもらい、各自が持っている能力をフルに発揮して働いてもらう。その結果として、課長に課せられたミッションを達成するわけです。そういう意味では、管理職というのは、部下の働きに依存するものなのです。  一般的には、担当職で仕事ができた人が主任になり、課長になっていきます。つまり、仕事のできる人が管理職になる。ところが課長になると、自分で仕事をするのではなく、部下に仕事をしてもらう立場になります。ここは大切なポイントで、つまり「担当職として優秀であっても、管理職の仕事が務まるとはかぎらない」ということもあるのです。  管理職の仕事は、一人ひとりの部下にやるべき仕事をきちんと説明することが出発点になります。とはいえ、部下は簡単には理解してくれません。すると、「いわれた通りにやりなさい」といいたくなってしまう。これでは、部下の側からすると、理解できない仕事に対して「一生懸命やろう」とはなりません。  管理職の部下マネジメントの基本の1番目は、「部下の役割支援」です。部下自身がになうべき役割を理解することです。2番目は、「部下の職業能力の維持、開発支援」です。部下が自分に期待された役割を実現するために必要な職業能力を保有しているか確認、能力が不足する場合は能力開発を支援します。3番目は、「部下の仕事意欲の維持・向上」です。  これら三つはいずれも重要ですが、最近はとりわけ3番目の「部下の仕事意欲の維持・向上」が重要といわれています。時代とともに仕事の中身が変わり、「1から10までやり方が決まっている仕事」ではなくなり、生産性向上のためにも、仕事のやり方を部下に変えてもらわなくてはいけないというケースが、少しずつ増えています。このような状況でのマネジメントにおいて、特に管理職に求められているのが「対人スキル」です。部下とコミュニケーションを取り、部下がどういう人で、どういうスキルがあって、将来どういう仕事をしたいと考えているのか。あるいは、仕事以外にどういう課題があるのか。これらをふまえたうえで、仕事を割りふったり、仕事意欲を高めたりと、部下と協調して仕事をする能力が求められています。 管理職の「ヒューマンスキル」が求められる理由とは  対人スキルに代表されるヒューマンスキルは、かつての管理職にはそれほど求められていませんでした。ところがいまは、自分より年上の再雇用の部下がいたり、女性の社員が多くなったり、育児休業を取る男性社員がいたりと、管理職自身が経験したことがないマネジメントが求められているのです。  部下のマネジメントでは、部下とのコミュニケーションによる部下理解が不可欠であるという時代になってきました。例えば、50代の部下であれば、親の介護の課題があるかもしれません。これは、聞かないとなかなかわからないことです。あるいは、将来のキャリアについても、みんなが課長や部長を目ざしたいという時代ではなくなっていて、一人ひとりキャリア観も異なります。属性や考え方など、多様性を持った部下をマネジメントしていくために、いまの管理職に求められるヒューマンスキルは質もレベルも高くなっているのです。  そのためにも、多様な部下をマネジメントできる管理職を育成し、登用することが求められています。仕事のできる人を管理職にするというのは、決して悪いことではありません。しかし、仕事ができるだけではなく、「多様な部下をマネジメントできる管理職」を登用することが、現代では重要なのです。 キーワードは「心理的安全性」と「アンコンシャス・バイアス」  シニアを含め、多様な考え方を持った人たちを受け入れ、その人たちが意見を闘わせていくと、同じような考え方の人同士で議論するよりも、いろいろな意見が出てきます。しかし、多様な人材を受け入れている職場であっても、例えば、ある会議の場で、上司の「Aだと思う」という発言に対し、部下が「Bではないでしょうか」と反対意見をいい出しにくい職場は、“多様な人材が活躍する職場”とはいえません。上司や同僚と違う意見であっても、だれもが発言できて、多様な部下がいろいろな考えを出せるような職場づくりをしていくことが重要です。これを「心理的安全性」といいます。チームのメンバーが恐怖や不安を感じることなく、安心して発言、行動できる状態のことです。  また、「シニアだから」、「女性だから」と、その属性だけを見て判断してはいけません。例えば、一般的に「シニアは新しいことに取り組むのが苦手」だといわれますが、これは、平均的な傾向としては間違いではないかもしれません。しかし、いま自分の目の前にいるシニアの部下がそうであるとはかぎらないのです。人はつい、「無意識の思いこみ」(アンコンシャス・バイアス)をしがちです。目の前にいるシニアの部下の能力を評価するときに、「シニアは一般的に○○である」とか、「過去のシニア社員は△△だった」ということで推し量りがちです。しかしそうではなく、目の前にいる部下個々人の能力を評価することが大切なのです。  自分のなかに隠された「無意識の思いこみ」があることを認識し、その思いこみが自分の思考や行動に影響を及ぼすことを最小限にするように努力して行動することが重要です。 おわりに  多様な人材が活躍できるダイバーシティ経営は、シニアも若者も女性も外国籍の社員も、あらゆる属性の人たちを対象にしているということです。ダイバーシティ経営を進められるような、職場風土や管理職を登用する仕組みをつくり、結果として、シニア人材が活躍できる会社を目ざしていただければと思います。 写真のキャプション 東京大学名誉教授の佐藤博樹氏