高齢者の職場探訪 北から、南から 第139回 宮崎県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 知恵袋として存在感を発揮するベテラン勢定年制を撤廃し、活躍の場を無期限に 企業プロフィール 株式会社丸商(まるしょう)建設(宮崎県日南(にちなん)市) 設立 1974(昭和49)年 業種 注文住宅設計・施工事業 社員数 108人(うち正規社員数108人) (60歳以上男女内訳) 男性(5人)、女性(0人) (年齢内訳) 60〜64歳 3人(2.8%) 65〜69歳 2人(1.9%) 定年・継続雇用制度 定年はなし。最高年齢者は営業職の68歳  宮崎県は九州の南東に位置し、太平洋の暖流(黒潮)により温暖な気候で、年間の日照時間も全国トップクラスです。恵まれた気候を活かしてつくる農産物はキュウリやピーマン、畜産物は宮崎牛をはじめとする肉用牛や豚、鶏の全国有数の産地です。JEED宮崎支部高齢・障害者業務課の井上(いのうえ)健彦(たけひこ)課長は次のように話します。  「本県における就業者の産業部門別割合は、第一次産業が約10%(全国3位)、第二次産業が約21%、第三次産業は約69%となっています※。また、常用労働者数300人以下の事業所が約96%と大多数が中小事業所となっています。労働力確保が困難な状況のため高齢者の活用は進んでいるものの、運用で雇用しているケースも多く、プランナー等の相談・助言活動では制度化に向けた提案・助言や規定例の提示などが多く見受けられます。当支部では、2023(令和5)年度は常用労働者数が21〜30人の事業所を中心に訪問してきました。少人数の事業所で事業主自らが率先して業務を行っていることから多忙であり、就業規則などは顧問社労士にほぼ任せていることも多く、そうしたなか訪問日の再調整や顧問社労士の同席もうながすなど、可能なかぎり訪問し高齢者雇用の提案・助言に努めています」  同支部で活躍するプランナー・谷口(たにぐち)行利(ゆくとし)さんは、中小企業診断士、社会保険労務士、一級販売士の資格を持ち、11年8カ月間のアドバイザー・プランナー歴があります。30年を超える経営コンサルティングの豊富な経験と支援ノウハウに、社会保険労務士の知識・専門性の合わせ技で、高齢者雇用において戦略的に解決手段を提案するプランナーです。今回は、谷口プランナーの案内で「株式会社丸商建設」を訪れました。 経験、知識、意識の持ち方、すべてがお手本  株式会社丸商建設は、1974(昭和49)年4月、宮崎県日南市で個人経営の事業所として創業。1987年に宮崎店を開店し、1989(平成元)年4月に株式会社丸商建設に組織変更しました。創業以来、「家族」をキーワードとした注文住宅の家づくりを展開しています。家全体の性能を落とすことなく、資材の大量生産、工期短縮や人件費削減、無駄な中間マージンのカットを実行し、最大限のコストパフォーマンスにより注文住宅をよりよい価格で提供することで、子育て世代を中心に支持を得てきました。  専務取締役の榎えの木田(きだ)真之(まさゆき)さんは「小学校低学年くらいまでのお子さんの一生の記憶に残る生活を、マイホームで送ってほしいという思いがあります。新築の購入により旅行や外食をがまんしなくてもすむよう、若い人も手の届く価格設定をモットーに事業を行ってきました。安心・安全の面では引き渡し後、通常10年の補修や損害賠償を20年に延長して実施しており、これは全国的にも珍しい長期保証だと思います」と胸を張ります。  同社では、年齢に関係なく採用活動を行っています。  「意識やモチベーションが高い人であれば、他業種からの参入も大歓迎です。これまでも40〜50代の方を積極的に採用してきました。当社の高齢社員は60歳を過ぎても一線で活躍する人ばかりで、長年社内の稼ぎ頭として活躍してきた活力は若手のお手本であり、ぜひ学んでほしい一面です」(榎木田専務取締役) プランナーの提案後、「定年なし」に制度を改正  谷口プランナーは2020年10月に同社を初めて訪問しました。その翌月11月の再訪問の際、「65歳への定年の引上げ」および「65歳以降70歳までの再雇用制度の導入」を提案しました。谷口プランナーはこの際の助言について、次のようにふり返ります。  「特に65歳以上の高齢社員の役割は、次世代社員への経験や技術・技能の伝承ならびにOJTでの能力引上げ、チーム業績への具体的な実務貢献、仕事と家庭の両立支援での代替実務貢献ととらえています。また、施主と一生涯おつきあいするハウスメーカーにとって、高齢社員の年齢と経験は武器であり、人材が中心の中小企業では有効かつ有用と助言しました」  同社は、谷口プランナーが訪問した翌年の2021年4月に、就業規則を改定し、定年制の廃止という、プランナーの提案を超える決断をしました。  「訪問後、経営陣が協議し、顧問の社会保険労務士に規定案を相談したそうです。事前に規定案を拝見したところ、定年引上げどころか定年制の廃止にふみ切られていたのには驚きました。宮崎県において住宅着工戸数ナンバー1を実現した若手経営陣の意欲が、高齢者雇用の推進を後押ししているように感じています」(谷口プランナー)  今回は、ベテラン社員2人と、一緒に働く社員の方々にお話をうかがいました。 伸び盛り世代の指導とその成長に喜びを感じる  営業統括部長の川島(かわしま)俊一(しゅんいち)さん(68歳)は、46歳のときに丸商建設に入社しました。川島さんは、ホテルのレストランからキャリアをスタートし、喫茶店を個人経営した後、ファッション業界に転職、世界的な有名ブランドを扱う会社で国内数店舗を統括した経歴があります。「不動産業界に転職し、衣・食・住のすべてを網羅しました」と穏やかに語りますが、不動産業界はまったくの素人であったことから、はじめは苦労の連続だったそうです。  「お客さまは人生で一番高い買い物をするわけで、満足してもらうのはたいへんです。業界用語も多く、経験がものをいううえに、自分より若い先輩に教えてもらい、叱られるわけです。ですが営業職は契約件数がすべて。反骨精神をバネに契約件数を上げました」とふり返ります。  何を隠そう、川島さんは会社の規模拡大に寄与してきた「伝説の営業マン」。「営業職は会社に属してもいわば個人商店。自分のとった契約でどんどん会社が大きくなるのも醍醐味です。そのやりがいを若手に伝えていきたいです」と力強く話します。  川島さんは2023年8月から現在の役職に就きました。榎木田専務取締役は、その理由について「以前から若手への指導を行ってもらっていましたが、あらためて役割を明確にしました。後進に川島さんのノウハウおよび当社の考え方を伝承していただきたいです」と話します。  教育係としてのやりがいを聞くと、「30〜40代は家庭を持ち、仕事で伸びようとしている年代です。サポートしてきた若手や中堅社員の営業成績が伸びるとすごくうれしいですよ。これからも会社の魅力を後進に託していきたいです」と話します。  3年前までハーフマラソンを年7回、年末はフルマラソンに出場してきたというパワフルな川島さん。「いまはジム通いと病院通い」と冗談を交えながら、若手への愛情をにじませ、抱負を語りました。  川島さんとペアを組むことが多い石川(いしかわ)智規(ともき)さんは、モデルハウスでの待機中などの雑談のなかで、お客さまへの対応や営業活動のヒントを教わっています。「川島さんは社会経験が豊富で、営業職としてのお客さまとの距離の縮め方から、建物の間取りのつくり方、敷地調査、身だしなみの整え方まで、あらゆることにアンテナを張って仕事に活かしており、営業職のあり方を教えてもらっています」と尊敬していました。 建築のエキスパートとして工務の頼れる知恵袋  内田(うちだ)輝夫(てるお)さん(62歳)は、建築ひとすじのテクニカルエキスパート。日向(ひゅうが)店の工務部で工務を担当しています。大工としてキャリアをスタートし、一級建築士の資格を保有しており、同社には49歳で入社し勤続13年目になります。県内で現場や看板をよく見かけていたという「丸商建設」の知名度の高さも応募のポイントになりました。同社の工務の業務はマルチタスク。図面の建築確認から申請、お客さまとの打合せ、仕様の決定、業者との打合せから施工、完成、さらに保険補償まで、責任を持ってやり遂げます。「口下手なのではじめは苦手なこともありましたが、いまではお客さまと話すのが楽しいです」と内田さん。日向店、延岡(のべおか)店の多くの若手社員の知恵袋のような存在です。  日向店で日々内田さんに教えを請いているという児玉(こだま)晃太郎(こうたろう)さんは、「わからないことを聞くといつも的確な回答があって、現場の人たちはみんな内田さんを頼りにしています。やさしい人柄なので聞きやすく、業者との交渉のつなぎ役にもなってくださいます」とその頼もしさを話してくれました。榎木田専務も「現場では一筋縄ではいかないことが多々起きるなか、私自身もアフター工事や不具合が起きたときには、持ち帰って内田さんに相談することもあります」と話すほど、会社にとってなくてはならない存在です。  周りから頼られることの多い内田さんですが、「たとえ長年やってきても、工期が短い場合など、自分だけではどうにもならないこともたくさんあります。若手社員に手伝ってもらって協力して完成したときは感慨深いですね」と話し、若手と一緒に行うものづくりがやりがいになっているそうです。  今回の取材を終え、谷口プランナーは「ベテランの方々が、よい意味で世代間のギャップを意識しておらず、会社がダイバーシティ経営を実践されていることを感じました。社員一人ひとりが経営理念を共有し、一緒に仕事をしていれば、年齢は関係ありません。こうした風土が定年制の廃止を成し遂げたのだと思います。今回お話を聞いた2人の高齢社員についても、楽しんで後進の指導にあたっていることが、表情や言葉からにじみでていました。ベテランの活用が企業としての成長をうながし、地域雇用の受け皿になっています」と評価しました。  今後も地域密着に徹し、家族が笑顔で集う住宅を提供していく丸商建設。その縁の下には会社の理念とノウハウを伝承するベテラン社員の力がありました。 (取材・西村玲) ※ 総務省統計局「令和2年国勢調査」 谷口行利 プランナー アドバイザー・プランナー歴:11年 [谷口プランナーから] 「事業所訪問の際は、事前にその事業所の業種や人員規模、ビジネスモデルをホームページや新聞などで調べ、また、訪問事業所の外観から雰囲気などを感じとるようにしています。実際の訪問時には、出会いの瞬間を大切にし、名刺交換や面談者を待つ姿勢や態度にも気をつけています。コミュニケーションが円滑になるように、有用な世間話や情報提供などで、話題の喚起をし、そして『人と組織』戦略の観点から、高齢社員活用の重要性とポイントを的確に助言できるように努めています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆宮崎支部高齢・障害者業務課の井上課長は谷口プランナーについて、「谷口プランナーを一言で表現するなら、とにかくエネルギッシュな方です。中小企業診断士・社会保険労務士の専門的知識と豊富な経験により、事業所の問題改善や将来の方向性を導く的確な相談・助言・提案活動を行っています。また、『企画立案サービス』や『就業意識向上研修』を積極的に実施されるなど、行動力抜群のプランナーです」と話します。 ◆宮崎支部高齢・障害者業務課は、JR南宮崎駅から徒歩約7分、宮崎市内外の交通の拠点である「宮交シティバスセンター」からは徒歩約3分に位置する宮崎職業能力開発促進センター(ポリテクセンター宮崎)内にあります。 ◆同県では、6人の70歳雇用推進プランナー・高年齢者雇用アドバイザーが活動し、2022年度は304件の相談・助言活動を展開、103件の事業所に定年の引上げなど、制度改善に向けた提案を実施しました。 ◆相談・助言を無料で行います。お気軽にお問い合わせください。 ●宮崎支部高齢・障害者業務課 住所:宮崎県宮崎市大字恒久(つねひさ)4241 宮崎職業能力開発促進センター内 電話:0985-51-1556 写真のキャプション 宮崎県日南市 丸商建設宮崎店 榎木田真之専務取締役 談笑する川島さん(左)と石川さん(右)。雑談のなかにも営業のヒントが多くある 内装について打合せをする内田さん(右)と児玉さん(左)